「今だ!」
 仮面ライダータリウスが蟷螂の怪物に向かって駆け出す。今まで何処にも付け入るような隙の無かった敵に、その隙が出来たのだ。このチャンスを逃す手はない。
「いかん! 流星、戻れ!」
 駆け出したタリウスの後ろからタリウスの正体である早田流星の祖父、早田 真の声が聞こえてくるがタリウスは止まらない。折角出来たこのチャンスを逃しては次にいつチャンスが来るかわからない。今この時、このチャンスを生かして一撃を叩き込む。それしか今の彼は考えていない。
 だから彼はどうして祖父が自分を止めようと声をあげたのかわからなかった。わかろうともしなかった。そして彼がそれに気付いたのは、自分の身体に物凄い衝撃に続き激しい痛みが加えられた直後だった。
 一体何が自分の身に起こったのかまるでわからないまま、タリウスは大きく吹っ飛ばされ地面の上を転がる。
「な、何が……」
 呆然とそう呟き、タリウスは起き上がろうとした。しかし、身体中に走る激痛の為に身体はピクリとも動こうとはしない。それでも何とか顔を上げてみると蟷螂の怪物がこちらへと歩いてきているのが見えた。このまま倒れていたらあの両手の鋭い鎌の餌食になってしまうだろう事は想像に難くない。何とか起き上がらなければ、と思うのだが身体は言うことを聞かなかった。
「くう……」
 激痛を堪えながら地面に両手をつき、必死に身体を起こそうとするタリウス。だが、その間にも蟷螂の怪物はタリウスの側へと近付き、とどめを刺そうとその鋭い鎌のような両腕を振り上げていた。その腕が振り下ろされればタリウスと言えどもその首と身体が離ればなれになってしまうだろう。それがわかっていても、まだタリウスの身体は動こうとはしない。
「流星!」
 真の悲痛な叫び声が響き渡る。さしもの彼でも今の孫の窮地を救うことは出来なかった。
 当のタリウスも激痛の為に身動き一つ出来ず、蟷螂の怪物が振り下ろそうとしている鎌をただ待つことだけしか出来ない。もはや仮面ライダータリウス、流星に出来ることと言えばやがて来る死を待つことだけなのか。
 だが、蟷螂の怪物の鎌は振り下ろされることはなかった。
「させるかぁっ!!」
 そう言いながら万城目が突っ込んできたからだ。彼は横合いから蟷螂の怪物の腰にタックルし、その勢いのまま蟷螂の怪物を地面へと押し倒す。
「先生、今のうちに流星を!」
 蟷螂の怪物を地面へと押さえつけながら万城目が叫ぶ。彼の力で蟷螂の怪物を押さえ込んでいられる時間は長くはないだろう。倒れていて動けないタリウスを助け出すならば今のうちだ。真は大きく頷くと同時に倒れているタリウスの側へと駆け寄り、タリウスに肩を貸して立ち上がらせた。
「大丈夫か、流星?」
「……爺ちゃん、一体何が……?」
 未だに自分の身に何が起きたかタリウスはわかっていないようだ。しかし、今はそれを説明している暇はない。もはや戦うことの出来ないタリウスを一刻も早くこの場から遠ざけなければならないのだ。
「万城目! お前も早く退け! そいつは……」
 タリウスの質問に答えず、真は後ろを振り返りながら万城目に向かって声をかける。その彼の目の前で万城目が蟷螂の怪物に振り払われてしまう。
 蟷螂の怪物は素早く起き上がると鎌を振り上げて身構えた。じっと万城目を見据えるその目が怒りに燃えている。後ちょっとのところで仮面ライダーにとどめを刺せたと言うのにこの人間がそれを邪魔した。仮面ライダーを殺すことが出来ればあの男と戦うことが出来る。上手くすればあの男に代わって自分が上位に行くことが出来るだろう。しかし、そのチャンスをこの人間が台無しにしたのだ。許すわけには行かない。切り刻んでやらなければ気が済まない。
 一方の万城目も素早く立ち上がり、蟷螂の怪物を前に身構えていた。早田道場では上から数えた方が早い実力者の彼だが、それはあくまで人間が相手である場合のこと。今のように人間ではない謎の怪物が相手ではかなり分が悪いと言えよう。それでも彼は臆さず怯まずじっと相手を睨み据え、その場に立っている。果たしてそれは彼の正義感によるものなのか。
「万城目、よせ! そいつはお前の敵う相手ではない!」
 真がそう叫ぶが、万城目はあえてそれを無視した。大きなダメージを受け、戦闘不能となった仮面ライダータリウス――流星と真をこの場から逃がす為には自分が時間を稼がなければならない。その為には命を投げ出してもいい。
「おおおっ!」
 雄叫びをあげながら万城目が動いた。前へと飛び出しながら鋭い回し蹴りを放っていく。相手が人間ならば、余程鍛えていないと対応出来ない速さだ。万城目自身としてもまさしく会心の一撃。
 だが、蟷螂の怪物はその一撃を両腕であっさりと受け止めてしまう。それどころか、逆に彼の蹴り足を弾き返してしまったではないか。
「くっ! だが!」
 しかし、そんなことで万城目は諦めたりはしなかった。元より通じないであろう事は予測していたことだ。自分のやることは真と流星を逃がすこと。その為の時間稼ぎ。
 更に一歩踏み込んだ万城目は今度は全力での正拳突きを蟷螂の怪物の腹へと叩き込む。瓦ならば軽く二十枚くらい割ることが出来る万城目の拳だ。それを至近距離から受けて、流石の蟷螂の怪物も後ろへと吹っ飛ばされた。しかし、それで少しよろめいただけで倒れるまでには至らない。
「ウオオッ!」
 それを見た万城目が地面を蹴ってジャンプした。全体重をかけた蹴りを繰り出していく。
 しかし、蟷螂の怪物は片方の鎌を振り上げて万城目の蹴り足を受け止めると、もう片方の鎌で彼の身体を地面に叩きつける。
「くっ!」
 地面に背中をしたたかに打ち付けた万城目だが、蟷螂の怪物が倒れた自分に向かって鎌を振り下ろそうとしているのを見て、慌てて横に転がり、その勢いを利用して起き上がった。
(こいつ……とんでもなく強いな。先生の言う通り俺じゃどうしようもないか)
 それでもここで退くわけにはいかない。少なくても今はまだ。
 改めて身構える万城目。
 この怪物と互角に戦えるのは仮面ライダーだけで、その仮面ライダーに変身出来るのは流星だけ。その流星が負傷して戦えない今、この怪物を止めることは誰にも出来ないだろう。
 しかし、例えそうだとして万城目自身としてはこの怪物を放置することは出来なかった。一般市民を守る警察官だと言うこともあるが、それ以上に彼の中の正義感がそれを許すことは出来なかったのだ。
(例え倒せないとしてもダメージを与えることが出来れば……)
 ぐっと拳を握りしめ、万城目は一歩前に踏み出す。
「よせ、万城目!」
 再び後方から真の制止の声が聞こえてくるが万城目は止まらなかった。一気に蟷螂の怪物との距離を詰め、人体の弱点の並ぶ正中線に向かって攻撃を繰り出そうとしたまさにその時だった。
 蟷螂の怪物の腕が二度、閃く。まさしくその速さは閃光。
 万城目自身も何が起きたのかはっきりとはわからなかっただろう。だが、全身の力が抜けたように、その場にガックリと膝をついてしまう。そして、次の瞬間、彼の身体から大量の血が噴き出した。
「万城目!!」
 真が悲痛な叫び声をあげるのを万城目はぼんやりと聞いていた。もはや意識がはっきりとしない。血が流れすぎているのか。
「逃げろ、万城目! 殺されるぞ!」
 真の必死の声が遠くに聞こえてくる。そんな万城目の前に立った蟷螂の怪物は彼の首を刎ねようと鎌を振り上げた。
 と、そんなところに一台のバイクが飛び込んできた。乗っているのはサングラスをかけた若い男。その男はニヤリとした笑みを口元に浮かべつつ、蟷螂の怪物に向かって突っ込んでいく。
 突っ込んでくるバイクを慌てて後方に飛び下がってかわす蟷螂の怪物。
「爺さん、早くそいつを連れて逃げな!」
 バイクに乗った男はそう言うと、再びバイクを蟷螂の怪物目掛けて走り出させた。どうやら万城目に変わって彼が蟷螂の怪物を惹きつける囮役を買って出てくれたようだ。
 突然の乱入者に真は少しの間呆然としていたが、すぐに我に返ると膝をついたままの姿勢の万城目へと駆け寄った。彼の身体からは未だに大量の血が流れ出していて、早く病院に運ばないと出血多量で命を失ってしまうだろう。真はすぐさま上着を脱ぎ、それで万城目の身体をきつく縛り上げた。そのままにしておくよりは多少マシなはずだ。そして真は万城目を背負って走り出す。
「スマン、若いの! 後は任せたが死ぬんじゃないぞ!」
 それだけ言い残して真はその場から離れ、一路病院へと向かうのだった。

仮面ライダーZodiacXU
Episode.17「燃える男の意地-Burning in My Pride-」

 流星が目を覚まし、始めに見たものは白い天井だった。自分の部屋のものではないことはすぐにわかる。
「……何処だよ、ここ」
 そう呟いて身体を起こそうとするが、すぐさま全身に走る激痛に顔をしかめ、再び倒れ込んでしまう。
「くうっ……何だよ、これ?」
 どうしてこんなに体中が痛むのか、はっきりそれを思い出すことが出来ない。しかし、こんなダメージを受けたのはきっと戦っている時だと、それだけは理解出来る。それはつまり――
「負けた……のか、俺?」
 正直言って勝てたとは思えない。あの蟷螂の怪物は今の自分よりも遙かに強い。正面からぶつかって勝てるような相手ではない。
 しかし、負けたならば何故自分はこうして生きているのか。奴らが負けた自分を生かしておくような真似はしないだろう。何せ自分は奴らにとって唯一の脅威、仮面ライダーなんだから。
「……目が覚めたのか、流星?」
 ドアが開き、そう言いながら真が入ってきた。その顔には暗く、重い表情が浮かんでいる。
「爺ちゃん……?」
 室内に入ってきた真の表情を見て流星は急に不安になる。誰かに、知っている誰かに何か悪いことが起きたのではないか。考えられるのはあの蟷螂の怪物との戦いの場に一緒にいた万城目ぐらいだが。
「……まさか万城目さんが!?」
 身体に走る激痛にも構わず身体を起こす流星。
 彼にとって万城目は兄のような存在だ。道場でも嫌と言う程厳しく鍛えられもしたし、それ以外でも両親のいない流星のことを気にかけてくれた。優しく厳しい兄貴分。その万城目の身にもしものことがあっては、自分を許せそうにない。
 たまらず、流星はベッドから飛び降りると乱暴にドアを開けて廊下に飛び出した。通りかかった看護婦に万城目の居場所を聞き出し、すぐさまそこへと向かう。
 万城目のいる病室は集中治療室だった。流石に中に入ることは出来ず、ドアの前で項垂れる流星。
「何で……何で万城目さんが……」
「お前を助ける為だ」
 いつの間にか追いついてきた真が項垂れている流星の背に声をかけてくる。
「あの怪物に勝つ望みを残す為に万城目は勝ち目のない戦いをした。理由はわかるな?」
 責めるような厳しい口調。慰める気などさらさら無い。
「幸いにも手術は成功したが、山はここ二日だそうだ。出血が多すぎたらしい」
 真のその声に流星がゆっくりと振り返った。その目には涙が浮かんでいる。自分が不甲斐なかった為に万城目が重傷を負った。それがどうしようもなく悔しい。
「俺が……俺が弱い所為で……」
「そうだ。お前が弱いから万城目はああなった」
 容赦なく言い放つ真。
 その辛辣な言葉を受け、流星は何も言い返せず、ただ拳をギュッと固く握りしめるだけだった。
「前にも言ったはずだな。お前は勝たなければならんと。お前があの怪物共を倒せないとこう言うことになる。それが身に染みてわかっただろう」
 真の言葉を無言で流星は聞いている。
「今回は万城目だった。次は儂かも知れん。百合子君かも知れん。あの馬鹿坊主共の一人かも知れん。お前が負ける……奴らに勝てない限り犠牲者は増える一方だ」
「でも……あいつは俺なんかよりも強かった!」
 我慢出来なくなったかのように流星が言う。
「俺は自分に何が起こったのかわからなかった! それに俺よりも強い万城目さんがやられたんだ! 勝てっこない!」
 今まで抑えてきた感情が爆発したのだろう、流星はまるで吐き捨てるかのようにそう言い、その場に膝をついた。
「仮面ライダーになっても俺は奴らに勝てない! 俺みたいな奴が仮面ライダーになっても無駄なんだ! 何で、何で俺なんかが……」
「……逃げる気か、そう言って」
 泣きながら、喚くようにそう言う流星に真はやはり容赦なく、突き放すように言う。じっと孫を見下ろす目は恐ろしく冷たかった。
「今更怖くなったから逃げるのか。お前はやると言った。だからあの嬢ちゃんもお前にあの装置を託した。あの嬢ちゃんにお前が言ったことをもう忘れたのか?」
「あいつに言ったこと?」
「自分に出来ることがあるのなら、と言ってお前はあの装置を借り受けた。それはもう二度と戻れぬ道だとお前もわかっていたはずだ。今更怖くなったから、あの怪物に勝てないからと言って逃げることは許されん」
「で、でも……」
「勝てないなら勝つ為に努力しろ。死に物狂いで勝つ為に自らを鍛えろ。それがこの装置を持ったお前の義務だ。その為なら儂は何でも協力してやる」
「爺ちゃん……」
 流星が涙に濡れた顔を上げ、祖父を見上げた。だが、その祖父の顔に浮かぶ表情を見て彼は言葉を無くす。祖父が浮かべていたのは今まで見たことがない程怖く、険しい表情だったからだ。
 思わずゴクリと唾を飲み込み、青ざめる流星。
「来い。今からあの怪物を倒す為の特訓を始めるぞ」
 有無を言わせぬ口調でそう言い放ち、真は歩き出した。
 慌ててその後をついていく流星。一歩歩くごとに激痛が走るが、泣き言を言ったところで聞き入れて貰えるとは思えない。それに今は泣き言を言っている場合ではない。あの怪物を倒す為の特訓が一体どんなものなのかすらわからないのに、始める前から泣き言など言っている暇はないのだ。

 真が流星を連れて向かったのは少し町中から離れた山中にある小さな滝だった。
 この場所は流星にとって馴染みがないわけではない。幼い頃より真に連れられて精神修養だと言われては滝に打たされ、足腰を鍛えると言われては滝壺の半ばまで入ってそこで蹴りを百回とかやらされてきた、むしろ馴染み深い場所だ。
「あの怪物がどう言った攻撃を出したのか、お前はわかっていなかったな」
 滝を前に立ち、真が後ろ手に腕を組んで口を開いた。その後ろに立っていた流星は無言で続きを待っている。
 真の言った通り流星はあの蟷螂の怪物がどう言った攻撃を繰り出し自分を倒したのか、まるでわかっていない。わかる暇がなかったと言うべきか。あの蟷螂の怪物の攻撃はまさしく神速の域に達していた。気がついた時には吹っ飛ばされ、多大なダメージを受けて意識を失っていたのだから。
「あの怪物の見た目は覚えているか?」
「ああ、カマキリのような感じだった」
 祖父の問いに流星はすぐさま答えた。
 昆虫の中でも最強最悪の部類に入るカマキリ。その能力を持っているとすれば、相当な強敵だと言えよう。
「あの怪物はその見た目通り両手の鎌を武器としている」
 そう言いながら真は流星の方を振り返った。手を鎌のようにして腰を低く身構える。中国拳法で言う蟷螂拳のような構えだ。
「儂は奴の攻撃をお前と万城目、二人のお陰で二度見ることが出来た。だから辛うじてあの動きを見切ることが出来た。まずは……」
 真はまず右手を上に挙げて縦に振り下ろす。
「次は、こう……」
 続けて左手を真横へと動かした。丁度先程の右手の動きの軌跡と今の左手の動きの軌跡を重ねると十字を描くように。
「これを恐るべき速さで奴は繰り出す。わかってないなら何が起きたかわからんまま切り刻まれているだろうな」
 流星はゴクリと唾を飲み込み、そっと胸に手を当てた。上着の下には包帯が巻かれており、自分の身体がどうなっているのかはわからない。だが、斬られているような感じはしなかった。
「お前は仮面ライダーに変身しておったからな。身体にある鎧が守ってくれた。だが万城目はほとんど生身であれを受けた。もしお前も生身であの攻撃を受けたならば今頃お前の葬式の準備を儂はせねばならなんだ」
 彼の疑問に答えるように真はそう言い、構えを解く。
「……わかっていれば……」
「甘いな。一撃目をかわすことが出来ても二撃目はかわせん。例えわかっていても、だ。奴の攻撃はそれほど速い。それに今のお前では一撃目をかわすことすら出来ん」
 小さく呟いた流星に容赦なく言い放ち、真は滝を指差した。
 上から常に流れ落ち続け、途切れることのない滝。一体それをどうしろと言うのだろうか。流星は少し疑問げな視線を祖父に送る。
「あの滝の流れは途切れることはない。あれをあの怪物の鎌と見立てて……あの滝を断て」
「はぁ!?」
 突然真の言った滅茶苦茶なことに流星は思わず間抜けな声をあげてしまった。
 流れ落ちる滝を断つ。およそ常識では有り得ないことを要求され、流星は驚くと同時に戸惑ってしまう。祖父は一体どうしてしまったのか。まさかあの怪物を目にしていきなりボケが始まってしまったとでも言うのか。
「何言ってんだよ、爺ちゃん。あんなもの、断てるわけが」
「それが出来なければお前はあの怪物には勝てん。絶対にな」
 呆れ顔でそう言う流星に真はぴしゃりと言い放った。
「あの怪物の鎌による攻撃はまさしく神速の域。お前があの怪物に勝つには同じ速さを、いやそれ以上の速さを身につけるしかない。だがそう簡単に速さは身に付くものではない。だが、一撃、一撃だけならば何とかなるやも知れん。あの滝を断てるだけの速さの一撃があればあの怪物を倒せる」
 真顔でそう言いきり、真は手に持っていた包みを流星の方に放り投げる。
 包みを受け取った流星がその包みをほどいてみると中には見慣れた彼の稽古着が入っていた。
「着替えてすぐに始めろ! いつまたあの怪物が暴れ出すかわからんのだぞ! お前には一刻の猶予もないと言うことを肝に銘じて今すぐ始めるんだ!!」
「お、おう!」
 流星は稽古着に着替えるとすぐに滝壺の中へと入っていった。
 それほど深いわけでもないが、それでも滝のほぼ真下辺りまで来ると流星の腰の辺りまで水に浸かってしまう。そこで流星は一旦祖父の方を振り返った。無言でじっとこちらを睨み付けている真を確認してから流星は滝に向き直る。
「やぁぁぁぁっ!!」
 気合いの雄叫びをあげて流星は流れ落ちる滝に手刀を叩き込んだ。
 同じ年代の少年の中でも流星はかなり鍛えられている方だ。空手などの大会に出れば全国でも上位に入ることなど容易い程に。今繰り出した手刀のかなりの速さだったのだが、滝は断たれることは勿論無かった。
「くっ!」
「まだだ! 出来るまで何度もやれ!」
「おう!」
 後ろから聞こえてくる祖父の叱咤の声にそう答え、再び身構える流星。

 薄暗い倉庫の中、テンガロンハットを被りポンチョを着た大男が木箱に腰掛け、骨付きの生肉を貪るように食っていた。一つを骨だけにしたその大男はその骨を投げ捨てると、新たな肉に手を伸ばす。と、剥き出しの骨をつかみかけ、その手を止める。
「……来たか」
 ギロリと獲物を狙う猛獣のような目をして大男が振り返ると、薄暗がりの中に何らかの気配が現れる。
「仮面ライダーを抹殺してこいと言ったはずだな、貴様には。首尾はどうだ?」
 大男の問いに対して気配は猛烈な殺気を返すことで答えた。
「ほう……この俺とやる気か。いいだろう。しかしその前に本当に貴様が仮面ライダーを倒したのか、その成果を見せて貰おうか」
 今にも飛びかかってこようとしていたその気配は大男のその言葉で動きを止める。先程までの猛烈な殺気は消え、今度は少し戸惑ったような雰囲気が感じられた。どうやら仮面ライダーと倒したという証拠となるものはないらしい。
「……ならばまだ貴様と戦うことは出来んな。次に来る時は仮面ライダーの首の一つでも持参してこい。それならば何の気兼ねもなく貴様を叩き潰してやろう」
 テンガロンハットの大男はそう言って壮絶な笑みを浮かべた。まるで野獣が獲物を見つけた時に浮かべる喜びの表情のようだ。
 その言葉を受け、気配は消える。再びあの街に赴き、今度は仮面ライダーの首をその手にする為に。

 陽が沈み、夜になり、そしてその夜が明けてもまだ流星の特訓は続いていた。その間、ずっと滝壺につかり、ひたすら滝の流れを断つ為に手刀を繰り出し、蹴りを放ち続けていた為疲労はピークに達している。
「ハァハァ……」
 荒い息、肩を大きく上下させ、青ざめた顔で滝を睨み付ける流星。全身びしょ濡れで稽古着が肌に貼り付き、それが彼の体温も奪っていた。
(クソ……どうしても出来ない……)
 滝を睨み付けながら泣きそうな顔になる流星。だがすぐに首を左右に振り、頭に浮かんだ考えを捨てる。
(出来ないじゃない、やるんだ!)
 そう思い直し、再び気合いを入れて滝に向かって手刀を放った。だが、その手は滝の流れに弾かれてしまう。もはや彼の身体は限界点を突破しているのだ。それでも再び腕を振り上げ、手刀を滝へと叩き込んでいく。しかし、その手はまたしても滝の流れに弾かれ、今度はその勢いで後ろへとよろけてしまう。
「くそぉっ!!」
 悔しそうに大声で言いながら倒れる流星。だが、すぐに身を起こし、流れ落ちる滝を睨み付ける。
「……ダメだ……出来ない」
 力無くそう呟き、流星はその場に膝をついた。
「出来ないっ! 俺には出来ないっ! この滝を断つなんて、出来っこない!!」
 心底悔しそうにそう言いながら流星は水面を叩く。
 一晩中必死になってこの滝の流れを断とうとしたが、どうやっても滝の流れを断つことが出来ない。それどころか一体どうすれば滝の流れを断つことが出来るのかそのヒントすら思いつかない。しかし、体力は確実に消耗し、もはや立つことすら困難な程だ。こんな状態であの滝の流れを断つことなど出来るはずもない。そんな思いが彼の心をも着実に蝕んでいる。
 祖父はこの滝の流れを断つことが出来れば、あの蟷螂の怪物を倒せると言った。だが、それは逆に言えばこの滝の流れを断つことが出来なければどうやってもあの蟷螂の怪物を倒すことが出来ないと言うことだ。
「元々無茶だったんだ。爺ちゃんは出来るはずもないことを言って俺に諦めさせようとしているだけなんだ……そうに違いない……」
 小さくそう呟く流星の耳に誰かが近付いてくる足音が聞こえてきた。はっと顔を上げ、その足音の方を見ると、水際に真が立っている。
「どうした。何をしている、流星」
 その声には微塵の優しさもない。何処までも突き放した、容赦の欠片もない冷たい口調。
「そんなところで休んでいる暇はないはずだ。早く特訓を続けろ」
「出来るわけない! こんな滝を断つ事なんて不可能だっ!」
「……」
「だってそうだろ? そんなこと自然の摂理に反してる! 俺を諦めさせる為にやらせてるだけなんだろ!!」
 必死に、まるで訴えかけるように言う流星。
 真はそんな孫を冷たい目でじっと見ているだけだった。
 少しの間二人の間に沈黙が流れ、そしてそれを真が打ち破る。
「……言いたいことはそれだけか?」
「何?」
 祖父の口から出た言葉に思わず流星は聞き返してしまった。
「わかった。お前の覚悟とはその程度のものだったのだな。ならば今すぐ止めてこの町から出ていけ。もうお前に用はない」
「ど、どういうことだよ!!」
 祖父の言っていることの意味がわからない、と言う感じで流星は真に向かって怒鳴り返す。しかし、真はあくまでも冷たく突き放したように孫を見ながら、また口を開いた。
「お前はもっと出来ると思っていたが期待外れだ。そのような軟弱な心ではこの先戦っていけるはずもない。何処なりと尻尾を巻いて逃げるがいい」
 言うだけ言って真は自分が来た方を指で示した。今すぐにでもここから去れと言わんばかりの態度だ。これには流石に流星もカチンと来る。
「何だとっ!!」
「口だけは立派だな。しかし……その顔は何だ? その目は何だ? その涙は何だ?」
 言われて初めて流星は自分が涙を流していた事に気付く。
「お前が泣いて喚けばあの怪物共は消えていなくなってくれるのか? お前が守りたいと言った人々を守れるのか? どうだ、答えてみろ!!」
 真の怒鳴り声に流星は何も言い返せず、ただ黙り込むだけ。彼にもわかっているのだ。どれだけ泣いて喚こうとあの怪物共は襲ってくる。自分が泣いていても、誰一人として救えるわけではないと言うことを。
 しかし、この修行は、この特訓はきつすぎる。流れ落ちる滝の流れを断つことなど不可能だ。これを為すことが出来なければあの蟷螂の怪物に勝つことは出来ないと言うのならば、自分にはどうやっても勝ち目はないと言うことではないか。
 そんな思いが流星の心に湧き上がり、彼は再び目に涙が溢れてくるのを感じた。
「……お前が泣こうと喚こうと奴らはお構いなしだ。逃げたいのならば逃げろ。止めはせん。お前の好きにするがいい」
 立ち尽くしている流星に真はそう言い、そのまま元来た道を戻っていく。
 その場に残された流星は滝に向き直るわけでもなく、かといって祖父の背を見送るわけでもなく、ただ俯いて立っているだけだった。
 どれだけそうしていただろうか、俯いたままの彼の耳に新たに足音が聞こえてきた。先程去っていった祖父のものとは違うその足音に流星が顔を上げると、そこには白いワンピースを着た美少女が立っているではないか。
「……お前」
 美少女の姿を確認した流星は慌てて稽古着の袖で顔を拭い、それから何処かムッとしたような顔をして彼女を睨み付ける。
「何だよ? 俺の無様な姿を笑いに来たのか?」
 流星がそう言うと美少女は首を左右に振ってみせた。それからすっと右腕をあげて滝を指差す。
「……やらないの?」
 一瞬何のことかわからず、首を傾げてしまう流星だが、すぐに彼女が特訓のことを言っているのだと気付いて舌打ちする。
「あんなもん、出来るわけないだろうが。滝の流れを断てだなんて無茶もいいとこだ。それが出来ないならあの怪物に勝てないって言うのなら、俺は絶対にあの怪物に勝てないって事だろ」
 ふて腐れたようにそう言う流星。
 美少女はそんな彼を、真とはまた少し違った目で見つめている。何処か呆れたような、哀れんでいるようなそんな目だ。
「……弱虫」
 ぼそりと呟く美少女。だが、それでも流星の耳に届くぐらいの大きさの声ではある。いや、むしろ彼の耳に届くように呟いたのだろう。
「何だと!?」
 美少女の狙い通り、流星は彼女が呟いた一言にしっかりと反応していた。ギロリと相手を思い切り睨み付ける。気の弱い者ならば、すぐにこの場から逃げ出してしまいたくなるような、それほど鋭い視線。
 だが美少女はその視線を真っ直ぐに受け止め、少しも怯んだ様子を見せない。むしろ、逆に睨み返してくる程だ。
「弱虫って言ったの。あなたはお爺さんの気持ちが少しもわかっていない。ただ自分の努力が足りないのにそれを人の所為にして簡単に諦めているだけ」
 それだけ言うと美少女は再び滝を指差した。
「お爺さんはあなたなら出来ると、そう信じてやらせてる。あなたはその思いに答える義務がある」
「無理に決まってるだろう、こんなの! 出来るわけがない!!」
「お爺さんはあなたなら出来ると信じてる!」
 苛ついたように大きい声をあげる流星に負けないくらい大きい声で美少女が言い返す。
 思わずキョトンとなってしまう流星。まさかこの少女がそこまで大きい声をあげるとは思っていなかったからだ。大人しそうな見た目で口数が少ない、まるで何処かのお嬢様。そう言うイメージをこの少女に持っていたのだ。
「……お爺さんは昨日、一晩中道場にいたわ。私が声をかけてもずっと。何も食べないで、一睡もしないでじっと道場の中で正座してた。あなた一人に苦しい特訓をやらせておいて自分は休んでることは出来ないって言って」
 少女の言葉を聞いて流星は唇を噛んだ。
「あなたはその期待に応えなければならない。それにゾディアックガードルを持った以上、逃げることも許されない。覚悟を決めたって前に言ったよね?」
 そう言って少女はじっと流星を見つめる。
 流星は何も言わず、また俯いてしまっていた。その姿は何か考え込んでいるようにも見える。
「……滝の流れは絶えることはない。ただ闇雲に流れを断とうとしてもダメ。目標を見つけるの。流れの中に目標を」
 俯いたままの流星にそれだけ言って少女は彼をその場に残して歩き出す。振り返ることもなく、足早にその場から去っていく。
 少女の姿が完全に見えなくなってから流星は顔を上げた。
「流れに……目標……」
 少女が最後に言い残した言葉を聞いていたのだろう流星は小さくそう呟くと、滝の方を振り返った。
 相変わらず一定の速さで滝は流れ落ち続けている。一体この中にどうやって目標を見出せと言うのだろうか。仮に目標となるものを見出せたとしても、果たして本当に滝を断つことなど出来るのだろうか。
「どいつもこいつも無茶ばかり言いやがって……」
 ギリッと歯を噛み締め流星は滝を睨み付ける。
「出来る訳ねぇだろうが、この馬鹿野郎!!」

 ふて腐れたように水際に座っている流星。
 誰も彼もが無茶を言う。滝の流れを断つことなど出来はしないのに、それをやれと強制する。もうやっていられない。こんな修行に何の意味があるというのだ。
 と言うのが流星のふて腐れている主な理由である。
 まぁ、何度やっても出来ないのが彼の苛立ちを増幅させているのも否めないのだが。
 とにかく座り込み初めて既に三十分以上経っている。一晩の内に溜まった疲労や空腹、睡眠不足もあってなかなか立ち上がろうという気が起こらない。
「あークソ、腹減ったなぁ……」
 そう呟いて後ろ側に倒れ込む。
 と、その耳に複数の足音が聞こえてきた。また誰か来やがった、今度は誰だ、と言う風にそちらへと顔を向けると四人分の足が見える。そして、その内の一つが容赦なく流星の顔面を踏み抜いた。
「何処見てるんだよ、あんたはっ!!」
「そ、その声は……拓海か?」
 ぐりぐりと顔面を踏みにじられながら何とかそれだけ流星が言うと、ようやく彼の顔面から足がどけられた。
「痛ー……相変わらず口よりも先に手が出るな、お前」
 思い切り踏みつけられた時に出たのであろう鼻血を手で拭いながら流星は起きあがり、後ろを振り返る。そこには彼の幼馴染みが四人、勢揃いしていた。
「ようやく見つけたぜ。まったく何やってんだよ、こんなところで」
 そう言ってニヤニヤ笑っているのは弾 悠司だ。
「とりあえず腹減ってるだろ。食い物持ってきた」
 手に持ったバスケットを掲げたのは松戸 豪。
「しかし懐かしいな、ここは。よく師匠に連れてこられて無茶苦茶な特訓をやらされた」
 滝の方を見ながら感慨深げに呟いたのは座頭晃太。
「嫌なこと思い出させるなよなー、晃太。ほら、飲み物もあるから流星も起きろ」
 苦笑を浮かべながら持ってきた水筒を見せる北斗拓海。
「何しに来たんだよ、お前ら? それ以前に今日学校はどうしたんだ?」
 そう言いながら流星は疲れた身体に鞭打って立ち上がった。そして豪が持ってきていたらしいビニールシートを広げるのを手伝う。
「学校なら今日は臨時休校だぜ。て言うか、お前知らないのか? 昨日、何か蟷螂の化け物みたいなのが現れて街中大騒ぎだったんだぜ」
 流星の質問に答えたのは悠司だ。ビニールシートを広げるのを手伝う訳でもなく、いつの間にか靴を脱いで水際に立って、うち寄せる水と戯れている。
「おお、冷てぇっ!」
「いいから少しは手伝えよ」
 流星が呆れたようにそう言うが、悠司にはまるで聞こえていないらしい。まるで子供のようにちゃぷちゃぷと水際で遊んでいる。
「そんなに水がいいなら……」
 どうやら悠司を見かねたらしい拓海がそう言いながら彼の側へと音もなく忍び寄る。そして彼の背中をドンと蹴り飛ばした。
「一生浸かってろ!」
「ふぎゃあっ!!」
 派手に水飛沫を上げながら水中に没する悠司。
「ついでにもう出てくるな」
 滝壺に没した悠司に向かって容赦なく言い放つ拓海。それから流星達の方へと振り返り、ニッコリと笑う。
「馬鹿は滅んだわ」
「勝手に殺すなぁっ!!」
 再び水飛沫を上げながら、今度は水中から悠司が飛び出してきた。それから水をばしゃばしゃと蹴立てながら先程自分を蹴り飛ばした拓海の方へとやってくる。
「この暴力女……いつかお前とは決着をつけなきゃいけないようだな」
「寄るな寄るな。馬鹿が移る」
 近寄ってきた悠司を見て、まるでハエでも追い払うかのように手を振る拓海。
「誰が馬鹿じゃぁっ!!」
「うるさい。耳元で怒鳴るなっての」
 大声を上げて激昂する悠司を心底嫌そうな目で拓海は見た。
「二人とも、夫婦漫才はその辺にしてとりあえず昼飯にしないか? 特に流星が待ちくたびれてしまっているんだが」
 放っておけばいつまでも続きそうな悠司と拓海の罵りあいをそう言って晃太が止める。すると二人が同時に晃太の方へと振り向いた。物凄い勢いで彼の方に詰め寄り、同時に口を開く。
「誰が夫婦漫才よ!」
「誰が夫婦漫才だ!」
 二人がまったく同じタイミングで同じ様な言葉を晃太に叩きつけた。
「息ばっちり合ってるじゃねーか」
 豪に水筒から熱いお茶をコップに入れて貰いながら流星は悠司と拓海を揶揄する。
「お前らコンビ組んで文化祭のステージに出ろよ。きっとうけるぜ」
「はん、冗談じゃない! こんな暴力女とどつき漫才なんざしたかないね」
「それはこっちのセリフだっての! 誰がこんな空気読めない馬鹿となんか」
「いいコンビだと思うけどなぁ」
 悠司と拓海の二人がぷいっとそれぞれ反対の方を向いたのを見て、豪がぽつりと呟いた。それにニヤニヤと笑いながら流星も同意したかのように頷いている。
「まぁ、とにかく先に昼飯にしよう」
 場を収めるように晃太がそう言ったのだが、そんな彼に拓海が食って掛かる。
「そもそもあんたが夫婦漫才とか言い出さなきゃね!」
「おーい、拓海さん、それくらいにしておいてやれよ。俺、腹減ってんだぞ」
 再び、今度は晃太を助ける為に流星は拓海に声をかけるのであった。

 豪が持ってきたバスケットの中に入っていたのは大量のサンドイッチ。具も様々で、かなり豪勢なものとなっている。
「これ、豪が作ったのか?」
「まさか。作ったのは拓海だよ」
 バスケットの中を覗き込んだ悠司がそう尋ねてきたのを豪はあっさりと返した。
「拓海の家はパン屋だからな。俺は入れ物を提供しただけ」
「感謝しなさいよー、あんた達。うちの親父達には内緒でこれだけの量作ってきてやったんだから」
 そう言って拓海が胸を張る。彼女の家は先程豪が言った通りパン屋を営んでおり、どうやらそこから色々と材料を勝手に拝借して作ってきたらしい。
「……ということは、だ。これを食べた時点で俺たちも共犯になるって訳か」
「げげ。たまには女らしいことするじゃねーかと思って少しだけ見直してたのに」
 少しげんなりとした表情を浮かべる晃太と明らかに嫌そうな顔をする悠司。そんな二人の呟きを聞き咎めたのか、拓海はムッとした表情を浮かべて二人を睨み付ける。
「何よ。文句があるなら別に食べなくてもいいわよーだ!」
「そうそう、そうなると取り分が増える。お前らはそこで黙って指くわえて見とけ」
 そう言いながら流星がサンドイッチを一つつまみ上げ、素早く口の中に放り込んだ。挟んでいたのはハムとチーズ、それにスライスしたレタスといったオーソドックスなもの。しかし、一晩中何も食わずに頑張っていた身としては最高の御馳走である。
「おお、流石拓海! うめぇじゃんか!」
「あったり前じゃない! 誰が作ったと思ってんのよ!」
 流星に誉められ、鼻高々と言う感じの拓海だ。
「それじゃ俺も一つ……うん、美味い!」
 続けて豪も一つ手に取り、口に含むなりそう言った。
 それを見て拓海は満足げに何度も頷いている。どうやら今回のサンドイッチには相当自信があったらしい。
「……あのー、拓海さん」
「俺たちも頂いてよろしいでしょうか?」
 恐る恐るという感じで、更に敬語まで使いながら拓海のご機嫌を窺うように尋ねる残りの二人。
「……まぁ、いいでしょ。もっとも食べたら共犯って事で一緒に怒られてよね?」
 そう言った拓海の顔にはしてやったりと言う笑みが浮かんでいた。

 十五分もしないうちにバスケットの中は空になり、空腹をとりあえず満たせた流星はビニールシートの上に寝転がり空を見上げていた。
(滝の流れを断つなんて事、不可能に決まってる。だけど、何で爺ちゃんはそんな不可能なことを俺にやらせようとしているんだ?)
 改めてこの特訓の意味を考えてみる。不可能なことをあえてやらせて諦めさせようと言う訳ではないのだろう。では本当に出来ると思ってやらせているというのか。その可能性は充分にあり得る。一晩中、何も食わず、一睡もせずに道場の中で正座していたというあの少女の言葉を信じるならば、祖父はこの特訓を自分ならば必ず成し遂げられると思ってやらせているに違いない。
(これくらいのことが出来なければあの怪物には勝てないって事か?)
 人類の天敵たるあの怪物達。その力は恐ろしく強大で、ただの人間では太刀打ちすることは出来ない。流星とて仮面ライダーに変身する力を偶々得たただの学生に過ぎないのだ。ただ変身出来るだけではあの怪物に勝つことは出来ない。勝つ為にはそれ相応の努力が必要なのだ。
(しかしどうやれば滝の流れを断つことが出来るって言うんだ? あいつは滝の流れの中に目標を見つけろって言ってたがそんなもん何処にもありゃしねぇし)
 白いワンピースを着た少女の言っていたことを思い起こしながら流星は身を起こした。視線の先には相変わらず流れ続けている滝がある。そしてその側には再び蹴り倒されたらしい悠司の姿もあった。
「そう言えば何でお前ら、俺がここにいるってわかったんだ?」
 ふと思いついた質問を幼馴染み達に投げかけてみる。
「突然の休校だったからな。俺はお前に渡した携帯を返して貰おうと思ってお前の家に行ったんだ。そしたら誰もいない。どうしたものかを思っていたところにばったりと豪と拓海に会ったんだが」
 そう言ったのは水際に立っていた晃太だった。先程から石を滝の方に向かって投げて遊んでいたらしい。
「何か拓海が急に思いついたようにうちにやってきてバスケット貸せって言ってきたからな。そんでサンドイッチ積めさせられて後は無理矢理連れてこられたんだ」
 続けて答えたのは豪。彼も晃太と同じく水際にいて、晃太とは違ってしゃがみ込んでいる。手でも洗っていたのだろうか。
「今日はいい天気だったしねー。いきなり休校になっちゃって暇もてあましてたからみんなでピクニックにでも行こうかって思ったの。何、文句ある?」
 まるで豪の言葉を引き継いだかのように拓海がそう言った。彼女は水の中、膝が浸かる程度のところにいて先程またも豪快に悠司を蹴り倒していた。手が出るのも早いが足が出るのも早いのだ、彼女は。
「ないない。で、悠司は?」
「俺は単なる暇つぶし。親父が今回のことには絶対に関わるなって言うからつまんなくってなー。とりあえずお前でもからかいに行こうと思ってたらこいつらとばったり」
 水から顔を上げた悠司が頭からぽたぽたと水を垂らしながらそう答える。
「お前んちに行っても誰もいないし、仕方ないからお前抜きで何処か行くかって話してたらお前の爺ちゃんが山の方から降りてくるの見えたからさ。それでやって来た訳だよ」
「……お前らさ、今日休校になった訳知ってるんだよな? よくそれでここまで来ようって気になったな」
 驚き半分、呆れ半分でそう言う流星。
 まだこの街に何処かにあの蟷螂の怪物は潜んでいるだろう。もし、あの怪物と出会ってしまえば命はないに等しい。そう言う怪物が何処にいるのかもわからない状況で外を出歩こうなどとは、命がいくつあっても足りない行為ではないだろうか。
「……まぁ、それは思わないでもないんだが」
「そんな怪物が本当にいたとして、その怪物に会う可能性ってのは五分五分な訳でしょ?」
「それに話によるとそいつは何でも真っ二つにしてしまうって話だし、家の中に隠れていたってそれじゃ同じだろうって事で」
 晃太、拓海、豪が続けて言う。
「理不尽に殺されちゃうなら家の中でも外でも同じじゃないかなーって。まぁ、家でじっとしてるよりは外にいた方が逃げやすいんじゃないかなとも思わないでもないし」
 最後に拓海がそう言って笑った。
 何と言う豪胆な連中だ。そう思って半ば呆れかえる流星。だが、同時にこの連中が幼馴染みであったことを良かったとも思えていた。口には出さなかったが、この四人が自分を心配してここに来てくれているのがわかったからだ。
 貸していた携帯を取り返す為とかからかう為とかピクニックに誘う為とか言いながらも、わざわざそれだけで何処に怪物が潜んでいるかわからない町中をやって来たりはしないだろう。携帯など次に会った時でもいいのだ。からかうならば電話でも良かっただろうし、ピクニックも何も今日である必要はない。昨日飛び出していったまま帰ってこなかった自分を心配して様子を見に来てくれた。それが何とも言えず嬉しくて、だがそれを素直に表すのも恥ずかしくて、だから流星は呆れたような笑みを浮かべる。
「お前ら、揃って馬鹿じゃねぇか?」
 それが流星なりの照れ隠しなのだと言うことは付き合いの長い四人にはわかっていた。だからこそ、彼に対してまた憎まれ口を返す。
「あんたに言われたくはないわね」
「類は友を呼ぶって言うからな」
 そう言って笑う拓海と晃太。豪は何も言わずただ静かに微笑んでいる。
「そう言えばよ、ここに来る途中に物凄い可愛い子とすれ違ったんだけどな」
 何とも和やかな空気になったところでいきなり悠司がそんなことを言い出した。
「ああ、そう言えばいたな。白いワンピースを着た長い髪の子だった」
「そうそう、それ、その子。この辺りじゃ見かけねぇ顔だったんだけど、流星知ってるか?」
 思い出すような仕草をしながら言った晃太に同意するように大きく頷いて悠司はそう言い、流星の方を見た。
 白いワンピースに長い髪の物凄く可愛い子。この辺りじゃ見かけない顔。心当たりは嫌と言う程ある。というか、その顔も思い浮かべば、その色白の肌さえも思い出されてしまう。
「な、何で俺に聞くんだよ?」
「いや、こっちの方から歩いてきたから。お前の知り合いじゃないのか?」
 心の中の動揺が少し出てしまったのか思わずどもってしまう流星にさらりと答える悠司。どうやら見たことのない美少女、それも類い希なる可愛い子に興味津々のようだ。何となくだが流星は悠司にだけは彼女のことを知られてはならないような気がした。彼女の存在を知られたらきっと厄介なことになる、何故かそう言う確信が生まれていた。
「知る訳ねーだろ。俺は見てないぜ、そんな子」
「ふーん、何か怪しいわねぇ」
 ニヤリと笑いながら拓海がそう言ってくる。流星が少しだけ見せた動揺を敏感に感じ取ったのかも知れない。それとも単なるカマかけか。
「知らねーもんは知らねーよ」
 改めてそう言い、流星は立ち上がった。そして滝の方へと向かって歩き出す。
「そう言えば流星、今日はどんな無茶な修行をやらされてるんだ?」
 水の中に入っていく流星を見送りながらそう尋ねたのは晃太だった。昔から何度と無く流星の祖父に命じられて様々な無茶と言える特訓をやらされてきたのだ、何となく興味が湧いたのだろうか。
「ああ、この滝の流れを断ち切れって言うんだよ。まったく無茶にも程ってもんがある」
 水の中で立ち止まり、わざわざ晃太の方を振り返って肩を竦めるポーズ付きで答える流星。彼は未だこの特訓に何の意味があるのか、それを見出せていないようだ。
「ふむ……滝の流れを断ち切れ、か……これはあれだな、”流れ切り”という技の修行だな」
 流星の返事を聴いた晃太は少しの間腕を組んで何やら考えていたが、やがて顔を上げるとおもむろにそう言った。それを聞いた彼以外の四人が同時に同じ様な表情を浮かべる。その表情とは、「ああ、また始まったか」というような、少し呆れの混じった表情だ。
「説明しよう。”流れ切り”と言うのはかつて中国で武術の達人といわれた弾 超七の一番弟子である元獅子丸という人物が二刀流の使い手である津 琉空と言う男と戦った時に津 琉空の鋭い二刀流の技を破る為に師である弾 超七に課せられた特訓を経て会得した技だ。その修行は本当に過酷で、落差四十から五十はある滝の流れをその滝に打たれながら断てと言うもので、更に滝上からは師である超七が石やら木やらを流し落としていたらしい」
 ピッと人差し指を立てて何故か自慢げに語る晃太を四人はうんざりとした顔で見つめている。
「この時獅子丸は超七が落とした木ごと滝を真っ二つにして流れ切りの技を会得したそうだ。この技を持って津 琉空と戦い、彼は見事勝利を収めたという」
「座頭先生、質問です」
 そう言って手を挙げたのは悠司だ。
「何かね?」
「一体何処からそう言う怪しげな知識を仕入れてくるんですか?」
「勿論俺の愛読書の一つからだ。この間、古本屋で見つけた本でな。世界中の怪しい拳法やら奇妙な技やらが満載されていてなかなかに興味深いものがある。何なら今度貸してやろうか?」
「全力で遠慮しておきます」
 もうたくさんだ、と言う顔をしてすごすごと引き下がる悠司。
 晃太は時折何処から得たのかわからない怪しげな知識を何故か自信たっぷり、自慢げに話すことがある。しかしながらその知識は何度聞いても眉唾物で、とてもじゃないが本当とは思えない荒唐無稽なものもたくさんある。勿論それを主に聞かされる幼馴染みの四人も晃太の話を眉唾物の得体の知れないただのほら話と思っているし、それも今までに何度も聞かされているのでもううんざりしているのだ。だからだいたいにおいて晃太がそう言う話を始めた時は皆揃って右から左に聞き流すようにしている。
 今回もそうであるはずなのだったが、ただ一人、流星だけが妙に真剣な顔をして晃太の与太話を聞いていた。
(石や木を落とした……それに落とした木ごと流れを断ち切った……流れの中に木……そうか!)
 考え込んでいた流星ははっとなったように顔を上げ、そして幼馴染み達を振り返る。
「お前ら、ちょっと手伝ってくれ!」

「準備出来たぞー!」
 滝の上に立った悠司が下に向かって手を振りながら大声で叫んだ。見るとそこには悠司だけではなく豪の姿もある。
「そんなに大声で言わなくっても聞こえてるっての。まったく馬鹿じゃないの?」
 そう言ったのは顔をしかめながらも手を振り返している拓海だ。
「まぁ、あいつは地声からして大きいからな。それに特に何も考えてない、と言うのもあるだろう」
「何冷静に分析してんのよ、あんたも」
「性分だ」
 拓海の隣にいた晃太がそう答え、滝壺にいる流星に合図を送った。
 流星は晃太の送ってきた合図に無言で頷き、そして滝に向き直ると素早く身構える。
「それじゃ行くぞ〜」
 何処か間延びした悠司の声が聞こえて来、それから少しして滝の流れに異物が混じり始めた。その異物とはそこら中にあった落ち葉など。それが滝の流れにあわせて落ちてくる。
「ウオオオオッ!」
 流れ落ちてくる落ち葉を目掛けて手刀を繰り出す流星。
 先程彼が思いついたのがこれだった。晃太の与太話の中にヒントを得て、何もない流れの中に目標となるものを無理矢理自分で作ったのだ。これならば、何もないところにただ手刀を打ち込むよりも遙かにマシというものだ。
 しかしながら、それでもなかなか滝の流れを断つことは出来なかった。何度やっても流れを切ることは出来ず、流れに弾き返されてしまうか流れに巻き込まれて滝壺に叩き込まれてしまうかのどちらかだ。
「クソォッ! これでもダメだってのかよ!」
「まぁ、そもそも晃太の話からして胡散臭いからねぇ」
 悔しそうに水面を叩く流星に少し呆れたように拓海が言う。
「何を根拠にそんなことを」
「そもそもその弾 超七だっけ? そんな武術の達人の名前なんか聞いたことないし。何にせよ、あんたの話は大概胡散臭い」
 ムッとしたようにそう言ってくる晃太にあっさりとそう言い、拓海はタオルを手に流星の側に歩み寄った。
「だいたいさ、滝の流れを断ち切るなんて無理だよ。どんな達人だってそんなこと不可能に決まってる。もう諦めなよ」
 言いながらタオルを流星の頭の上に落とす拓海。
 だが、そのタオルを手に取ると流星はゆっくりと立ち上がった。そして手にしたタオルを拓海に投げ返す。
「まだだ」
 そう言うと、また流星は滝の方へと向き直る。どうやらまだまだ諦めてはいないようだ。
「あっきれた……もう、勝手にしなさいよ」
 心底呆れた、と言う感じでそう言い放ち、拓海は彼に背を向けて歩き出した。
「そうそう、あんたさ。闇雲にやってるんじゃなくて、もうちょっとよく見なよ」
「よく見る?」
 歩きながら言った拓海の言葉に流星が彼女の方を振り返る。しかし、拓海はそれ以上何も言おうとはせず、ただ彼に手を振るだけ。
(見る……よく見る、か)
 再び滝の方に向き直り、流星は口元に笑みを浮かべた。何でそんな当たり前のことに気がつかなかったのか。どうやら色んな意味で焦りすぎていたらしい。そんな自分を嘲笑うかのような笑みを口元に浮かべ、そして目を閉じ、意識を集中させる。
 周りの音が聞こえなくなる程にまで集中、それからゆっくりと閉じていた目を開き、目の前にある滝を見る。上から下へ、その流れが絶えることはない。そんな流れの中にいくつもの落ち葉が混じっており、その内の一つに意識を集中させる。次の瞬間、流星にはその落ち葉が止まって見えた。いや、それだけではない。極度の集中した彼の目には流れ落ちる水から飛び散る水滴すらも止まって見えている。正確に言えば完全に止まっている訳ではなく、ゆっくりと落ち葉は下に落ちていっているし、水滴も飛んでいっている。だが、その動きは限りなくスローモーで、彼にとっては止まっているのと同じだった。
「ヤァァァァッ!」
 気合いの雄叫びをあげるのと同時に流星は大きくジャンプしていた。そして目標と定めた落ち葉に向かって鋭い回し蹴りを叩き込んでいく。
 次の瞬間、信じられないことが起きた。流星の蹴り足にあわせて滝の流れが切り裂かれたのだ。
 実際に滝の流れが断ち切られていたのは極々わずかの間だっただろう。だが、流星の後方でその様子を見ていた拓海と晃太の二人ははっきりと滝の流れが断ち切られた瞬間を目撃していた。
「……嘘」
 呆然と、そして何とかやっと口から出たのはそんな言葉だけ。拓海は今、自分の目の前で起こった事実が信じられないように呟く。
「流石だな。流星が本気になれば絶対に出来ると俺は信じていた」
 何故か満足げに一人頷いている晃太。
 そして、滝の流れを断ち切った当の本人である流星は滝壺の中で呆然と立ち尽くしていた。極度の集中による疲れが出たのか、その肩は大きく上下している。
「おーい、どうしたんだー?」
 滝の上から悠司の声が聞こえてくるが、それに答えるものは誰もいない。
「何だよ、何があったって言うんだよ!」
 肩を大きく上下させながら滝壺の中に立っている流星、一人満足げに頷いている晃太、未だ呆然としている拓海を見下ろし、悠司はすぐ後ろにいる豪と顔を見合わせるのだった。

 サイレンを鳴らしながらパトカーが走っていくが、それがすぐに中央から真っ二つにされてしまう。真っ二つにした犯人は勿論蟷螂の怪物だ。恐ろしい程の切れ味を誇る両腕の鎌は車など難なく切り裂いてしまう。鋼鉄の柱ですら紙の如く容易く切り裂いてしまう程だ。
「う、撃て!」
 警官隊の指揮官がそう言って自分もピストルの引き金を引く。しかし、放たれた弾丸の全てを蟷螂の怪物は両手の鎌で斬り落としてしまった。どうやら警官隊の武器では蟷螂の怪物にはダメージを与えることすら出来ないらしい。
「何て奴だ……あれは本物の化け物だ」
 パトカーをいとも容易く真っ二つにし、拳銃の弾丸さえ全て斬り落としてしまう恐るべき怪物を目の当たりにして、この現場に出てきていた警察署の署長が呆然と呟いていた。
 信じられないことだが、あれは本物の化け物としか言いようがない。もはや通常の警察の装備では太刀打ち出来ない。あの化け物の相手をするならば警察の特殊部隊か自衛隊を呼んでこなければならないだろう。もっともどちらもあんな化け物がいると言うことをそう簡単には信じてくれないだろうし、仮に信じてくれたとしてもこの様な田舎町にやってくるまでにどれだけの被害が出ているかわかったものではない。
「一体どうすれば……」
「ピストルも通じん、車ですら易々と切り裂く……あのような化け物を相手にするには警察ではちと役不足のようじゃな」
 思わず不安を口にした署長の側にすっと一人の老人が現れる。署長が顔を上げるとそこに立っていたのは早田 真だった。
「早田先生?」
「ここは儂に任せて警官隊は一旦下がらせろ。で、出来る限り強力な武器を持ってこさせるんだ」
「しかし、先生は民間人で!」
「そんな事言っている場合か! 今のままじゃまた被害者が出るぞ!」
 真は未だ渋る署長を一喝するとすかさず前に出た。そして背中から一振りの日本刀を取り出す。
「先生、それは!?」
「模造刀じゃ! 心配いらん!」
「いや、そう言う問題じゃなくて!」
「いいから早く引き上げさせろ!」
 署長に向かってそう怒鳴りつけ、真は少し離れたところにいる蟷螂の怪物を睨み付けた。あの怪物には色々と借りがある。孫である流星を思い切り痛めつけてくれたこと。可愛い弟子である万城目に瀕死の重傷を与えたこと。小さいところでは折角貰った新鮮な魚を台無しにされてしまったこととか、その為に今家にいる居候の少女に色々と余計な心配などをかけさせてしまったことなど。自分も狙われたことなども含めて、とにかく一矢ぐらいは報いなければ気が収まらない。
「行くぞ、怪物め。この儂が一太刀浴びせてくれる!」
 真のその声が届いたのか、蟷螂の怪物が真の方を向く。そして真の姿を認めると、物凄いスピードで突っ込んできた。おそらく昨日仕留め損ねた相手だと言うことを思い出したのだろう。
「むっ!」
 素早く刀を鞘から抜き、接近してきた蟷螂の怪物の鎌を何とか受け止める真。
 その後も真の身体を切り裂こうとする蟷螂の怪物の鎌を手にした刀で何とか受け止め続ける。真が目にも止まらぬ程の速さの蟷螂の怪物の鎌を受け止め続けられているのは、ひとえに長年の経験と勘の賜物だ。だが、それも長くは持ちそうにもない。何と言っても蟷螂の怪物と違って真には体力の限界がある。更に鎌を受け止めている刀の強度の問題もある。先に尽きるのがどちらにしろ、それが尽きた時が真の最後の時だ。
(くっ……このままでは……!)
 流星の修行が完成するまでの時間稼ぎの為に、そしてあわよくば一矢報いてやろうと思っていた真だが、実際に出来ることは防御し続けるだけ。流星の修行がいつ終わるかわからない以上、このままの状態を続けていなければならないのだが、蟷螂の怪物の一撃を受ける度に手にしている刀の刀身に細かいひびが入っていく。後数回受け止めて、それが限界だろう。
(あのバカ……まだ出来んのか!)
 真の顔に焦りの色が浮かび始める。
 蟷螂の怪物もそれがわかったのだろうか、鎌を振るスピードが更に上がった。左右から同時に鎌を振るい、刀を挟み込む。すると、今まで散々鎌を受け止め、細かい傷の入っていた刀身が遂に砕け散った。
「ぬうっ!」
 中程から砕け、折れてしまった刀を手に数歩後ろに下がる真。この長さではもはや身を守るのにも役に立たないだろう。となれば後はこの身を切り裂かれるのみか。
(もはやここまでか……)
 悔しそうに蟷螂の怪物を真は睨み付けた。
 その蟷螂の怪物はと言えば、真が身を守る為に使っていた刀がもはや役に立たないと言うことを悟ってか、勝ち誇ったような顔で彼を見下ろしている。いつでも、何枚にでもスライス出来る。そう言った喜びに満ちた目の輝き。そしてその腕をゆっくりと振り上げた。
 と、その時だ。いきなり誰かが真の後ろから飛び出し、蟷螂の怪物の頭に向かって跳び蹴りを見舞っていく。
 それがあまりにも突然で、更に蟷螂の怪物もこれから人体を切り刻めるという倒錯的な喜びの中にいた為、まったく対応出来ずに直撃を喰らってしまう。
 頭部にまともに蹴りを喰らい、倒れる蟷螂の怪物を前に地面にすっと着地したのは稽古着姿の流星だった。
「遅いぞ、流星」
「いきなりそれかよ……まぁ、年寄りの冷や水はその辺でお終いにしておいて、後は見ておけって」
 背中から声をかけてくる真にそう返し、流星はニヤリと笑う。その表情、自信満々だ。
「おい、そこの蟷螂野郎。昨日は不覚を取ったが今日はそうはいかねぇぞ」
 起き上がろうとしている蟷螂の怪物に向かって指を突きつけながら流星が言った。そしてゾディアックガードルを取り出すと素早く腰にあてがう。ガードルの左右からベルトが伸び、彼の腰に固定された。
「今日は始めっから本気だ。全力全開で行かせて貰うぜ」
 そう言いながらカードリーダーにカードを挿入する。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
 聞こえてくる機械で合成されたような音声。それを耳にしながら流星は高らかに叫んだ。
「変身っ!!」
 叫びながらゾディアックガードルにカードリーダーを差し込む。
『Completion of an Setup Code ”Sagittarius”』
 再び聞こえてくる機械による合成音声。それと共にゾディアックガードルから光が放たれ、彼の前に光の幕を作り出す。そこに輝く射手座を象った光点を見ながら流星は駆け出した。頭から光の幕をくぐり抜け、幕の向こう側に躍り出た彼の姿が変わる。青いボディに銀色のアーマーを身につけた仮面ライダータリウスへと。
「おおおりゃあ!」
 雄叫びをあげながらタリウスは一気に駆け出して蟷螂の怪物との距離を詰める。そして鋭いパンチを一発、二発と叩き込む。続けて肘打ち、更にボディへと重いパンチを食らわしていく。
「よし、そのまま密着状態を続けるんだ!」
 タリウスの戦いを見ていた真が後ろからそう声をかけた。
 距離をある程度開けてしまえば蟷螂の怪物の鎌攻撃を受けなくてはならなくなる。しかし、懐に入ったままならその鎌はほとんど使うことが出来ない。タリウスの取った作戦は相手の武器のリーチを逆に利用したものだった。
 重めのボディブローを喰らった蟷螂の怪物がよろめいた。そこに向かってタリウスの回し蹴りが炸裂する。
 その一撃を食らった蟷螂の怪物が大きく吹っ飛ばされる。
 前の時はそこに追い縋って更なる一撃を食らわせようとしたタリウスだったが、今回はそうはせずにじっと身構え、蟷螂の怪物が起き上がるのを待っていた。
「流星、油断するな!」
 再び後ろから真が声をかけてくるがタリウスは何も答えない。
 その間に起き上がった蟷螂の怪物は怒りに燃えた目をタリウスに向け、そして素早い動きで突っ込んできた。昨日の戦いの時のように一気に切り裂いてしまおうと言うのか。
 自分の素早い二段攻撃。昨日は為す術もなくタリウスはそれを喰らった。たった一日でそれを破ることなど出来はしない。何と言っても自分の二段攻撃の速さは神速の域に達しているのだから。その自信が怒りと結びつき、そして仮面ライダーを倒せばあの男を戦うことが出来るという欲望に重なって蟷螂の怪物を突き動かす。
 だが、この蟷螂の怪物自慢の二段攻撃の時こそ、タリウスの待っていた時でもあった。この技を破る為に滝の流れを断つと言う常識を越えた特訓をしてのけたのだ。その成果を、特訓を課した祖父の前で見せてやる。
「流星!」
 後ろで真が叫ぶ声が聞こえる。だが、そんなものはどうでもいい。今のタリウス、流星が見ているのは蟷螂の怪物の動きのみ。それだけに彼は集中していた。
 蟷螂の怪物が、その腕の鎌の届くところまで来た。片方の腕を大きく上へと振り上げ、ほぼ同時にもう片方の腕が水平方向を向く。
「……見えた!」
 蟷螂の怪物が腕を振り下ろそうとしたまさにその刹那、タリウスがそう叫び、その場でジャンプ、そして見えない程の速さの回し蹴りが蟷螂の怪物が振り下ろしかけていた腕をへし折った。しかし、それだけでは終わらない。そのまま身体を回転させてもう片方の足での後ろ回し蹴りが蟷螂の怪物の頭部に叩き込まれたのだ。
 ぐしゃりと言う何かを踏み潰すような嫌な音を立てながら、地面に叩きつけられる蟷螂の怪物。
 それを見ながら地面に降り立ったタリウスはゾディアックガードルからカードを引き抜き、それを頭上へと放り投げた。するとそこに等身大ぐらいの光のカードが出現する。そこに描かれているのは勿論射手座の星座図だ。
 そこに向かってジャンプするタリウス。光のカードをくぐり抜けるとタリウスの身体が光に包まれた。そしてそのまま空中で一回転し、落下しながらフラフラと起き上がったばかりの蟷螂の怪物に向かって回し蹴りを叩き込む。
 先程のタリウスの目にも止まらぬ速さの二段蹴りを受け、片目を失っていた蟷螂の怪物には今度のタリウスの回し蹴りは見えていなかった。それでなくても片腕をへし折られ、地面に叩きつけられ大きなダメージを受けていたのだ。どうあってもタリウスの必殺のキックはかわせなかったのかも知れない。
「ライダーキック!!」
 気合いの籠もった叫び声と共に叩き込まれたタリウスの回し蹴り。その蹴りが蟷螂の怪物に直撃した瞬間、タリウスがその身に纏っていた光が蹴り足に収束し、そのまま蟷螂の怪物へと流れ込んでいった。直後、大きく吹っ飛ばされた蟷螂の怪物が大爆発を起こす。しかし、すぐにその爆発はまるで映像を巻き戻すかのように収束し、その跡に小さな水晶玉が残された。
「ハァハァ……いっよっしゃぁぁぁっ!!」
 片腕を突き上げ、勝利の雄叫びをあげるタリウス。
 そのやや後方では真が満足げに頷いていた。

 再び病院、集中治療室の前。
 その場には流星のみならず真、更には悠司達の姿もある。悠司達にとっても万城目はよき先輩であり兄貴分でもあるのだ。彼の現状を聞いて皆、心配になって集まってきたらしい。
 今、集中治療室の中には医師がおり、万城目の容態を診ている真っ最中だ。それも終わり、医師が集中治療室から出てくる。
「先生、万城目は?」
「うむ、もう大丈夫。峠は越えました。出血量が多かったのですが傷口自体はあまりにも綺麗すぎてすぐにくっついたので退院もそう遠くないでしょう」
「そうですか。ありがとうございます」
 そう言って医師に頭を下げる真。
 去っていく医師を見送り、流星達はハイタッチをかわしていた。

 薄暗い倉庫のような建物の中、テンガロンハットを被った大男が険しい表情を浮かべて木箱に座っている。
「そうか、地猖星もやられたか。奴はいささか自信過剰気味だった。それも当然か。それよりも仮面ライダー、侮り難し、だな」
 静かに、それでいて何処か苛立たしげな雰囲気を醸し出しつつ、大男が呟くように言う。
「だがまだまだ未熟……倒すなら今のうちか」
 そう言ってチラリと後ろを見る大男。
 薄暗い中、そこにいくつもの目が光る。
 そこにいるのは血に飢えた異形達。自らの出番を、その手を血で染める時を今か今かと待ちわびている。
「次は……どいつが行く?」
 ギロリと薄暗い中にいる異形達を見回す大男。その視線がある一体の異形を捉えたところで止まった。
「よし、次はお前だ。行け、地満星。仮面ライダーを血祭りに上げてこい」
 その異形を指差し、大男が壮絶な笑みを口元に浮かべる。
 そして指名された異形は嬉しそうに一声吠えるとすぐに姿を消した。仮面ライダータリウスを倒す為の行動を早速開始したらしい。

 新たな刺客の出現、だがその事をまだ仮面ライダータリウス、早田流星は知らない。

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