チュンチュンと雀の囀る声が聞こえてくるさわやかな朝。空は晴れ渡り、この様子だと今日も一日いい天気だろう。雨戸を開けながら早田 真はそう思い笑みを浮かべる。
 時刻は朝の六時三十分を過ぎたぐらい。昨夜は色々とあって就寝時間が少し遅くなってしまったが目覚めたのはいつもとそう変わらない時間だった。日頃の習慣とは恐ろしいものだ、と欠伸を噛み殺しながら真は竹刀を片手に孫の部屋へと向かう。
 そっと音を立てないようにドアを開け、やはり足音を立てないように部屋の中に入った真はベッドの上で何ともだらしない格好でイビキをかきながら眠っている孫を見下ろすと一瞬ニヤリと笑い、それからすぐに表情を引き締めた。手に持った竹刀をゆっくりと振り上げ、思い切り殺気を込めて孫の頭に向かって振り下ろす。
「ぬおおおっ!!」
 いきなり雄叫びをあげて真の孫である流星が跳ね起きた。その為に真の振り下ろした竹刀は彼の頭ではなく枕に叩き込まれる。
「チッ、気づきおったか」
「朝っぱらから何しやがる、このクソジジイ!!」
 悔しそうに舌打ちする真に向かって流星が怒鳴った。それはそうだろう。寝ていたところに本気で竹刀を振り下ろされたのだ。もし、殺気に気がつかなかったら竹刀が頭を直撃、目が覚めるどころか意識の方が無くなってしまっていただろう。
「何を言っておるか、流星。早田家家訓、男子たるもの常日頃から油断せず、常にその身戦場にあると思え。それを実戦してやったまでじゃ」
「いつの時代だよ、ここはっ! 今はもう平成なんだぞ! 戦国時代じゃねぇっ!」
「心構えの問題じゃ、心構えのな」
「だからと言って人がいい気分で寝ているところを……」
「何を寝惚けたことを言っておるか。朝の鍛錬の時間だ。早く着替えて道場の方に来い」
 まだ怒り冷めやらない孫にそう言い放ち、真が部屋から出ていく。
 閉じられたドアを見て、流星はハァとため息をついた。実のところ、このやりとりは毎朝のように繰り返されている。一年三百六十五日欠かさずだ。日曜であろうと祝日であろうとそれは関係がない。長年そう言う生活をしてきた真はともかくまだ学生である流星にとっては貴重な睡眠時間をこうやって削られるのだからいい迷惑だった。だからと言って反抗する気にもなれない程、この生活に彼も慣れきってしまっているのだが。
 のそのそとベッドから降り、パジャマ代わりのジャージから手早く胴衣に着替える。早く母屋に隣接している道場に行かないと鍛錬と称したイジメのようなしごきが増えるだろう。それだけは勘弁して欲しいと思いながらドアを開けて道場の方に向かう。その途中、客間の前まで来て、流星はふと足を止めた。
 この客間は普段使われていない。だが、今はここに一人の少女が眠っているはずだ。
 昨日出会った相沢秋穂という名の美少女。何か得体の知れない怪物に追われていて、だが彼女はその事情やら詳細やらを話す前に気を失ってしまった。そしてそのまま今もずっと眠っている。
(……夢……じゃなかったんだよな、あれは……)
 昨夜のことを思い出す流星。
 得体の知れない怪物から秋穂を助ける為に必死になった。すると秋穂が何やらわからない機械を自分の腰に装着し、それにカードを差し込んだら何か変身してしまって、そのまま訳もわからないまま戦って得体の知れない怪物を倒してしまった。その後、秋穂が気を失ってしまったのでどうやって変身を解けばいいのかわからなくてかなり苦労したのだが何とか変身を解除し、彼女を家に運んで自分もそのまま倒れるように眠ってしまった。
 自分の記憶にあるのはその程度。何となく夢なのではなかったか、と思わないでもないような出来事だ。実際に今も信じられないでいる。自分が変身して、得体の知れない怪物を倒したなど。
(……あいつが起きたらはっきりすることだな。まぁ、今はあのクソジジイの相手をしないとうるさいだろうし……)
 足早に客間の前から道場の方へと向かう流星。その道場では真がなかなか来ない彼に苛立っていることも知らずに。

仮面ライダーZodiacXU
Episode.15「戦う覚悟-Resolution to Fight-」

 腫れて赤くなった頬を手でさすりながら流星が学校への道をとぼとぼと歩いている。その後ろ姿を見つけ、誰かが駆け寄ってきた。
「よっ、流星! 元気無さそうだね!」
 彼の背中を叩きながら明るい声でそう言ったのは幼馴染み五人組の紅一点、北斗拓海であった。何かいいことでもあったのか普段以上にニコニコとしている。
「何だ、拓海か」
 チラリと振り返り、背中を叩いてきたのが誰かを確認した流星が心底つまらなさそうに呟く。
「どうしたどうした、朝から辛気くさいなぁ〜。またお爺ちゃんにやられてへこんでる?」
「うるせぇ。お前こそ何だよ、この陽気で頭に何かわいたか?」
「あはは〜。何、流星。ぶん殴られたい?」
 ニッコリと笑顔で拳をギュッと握りしめる拓海。
「じょ、冗談だよ、冗談。これ以上殴られてたまるか」
 拓海が本気だと気づき、慌ててそう言う流星。
「それで、何でそんなにへこんでいるのさ?」
「お前には関係ないだろ」
「そりゃま、そうだけど。まぁ、その腫れたほっぺた見てたらだいたい見当つくけどね」
「なら黙ってろ……クソッ、あのクソジジイ、いつかぎゃふんと言わしてやる」
 ニヤニヤ笑っている拓海の前で毒づく流星。
 どうやら彼の頬が腫れているのは朝の鍛錬の時に真にしこたま殴られた所為らしい。やはり真を待たせたのがいけなかったのか。今頃後悔してももはや手遅れだった。
「ところでお前は何でそうご機嫌なわけ?」
「ふっふ〜ん。よくぞ聞いてくれました。実はねぇ」
「あ、あれ晃太と豪じゃないか。お〜い!!」
 拓海が話したくてうずうずしているのがわかっていたのでとりあえず話を振ってみた流星だが、彼女が話を始めようとする前に幼馴染み五人組の二人が少し前を歩いているのに気付き、彼女の話を遮るようにして大声を出してみた。前を歩く二人が流星の声に気付き、振り返る。そこで二人が見たのは拓海によって豪快に殴り倒される流星の姿であった。

 流星達が学校に辿り着いていた頃、早田家の客間では昨夜からずっと眠ったままの秋穂が目を覚ましていた。ゆっくりと閉じていた瞼を開けて、同じくゆっくりと上半身を起こす。まだ半分寝惚けたような瞳を細い指でこすりながら、やはりゆっくりとした動作でくるりと周囲を見回す。ここが何処であるかぼんやりとした頭で考えてみて、思い出せなかったので首を傾げる。
「……?」
 とりあえず立ち上がろうとして足首に痛みを感じて顔をしかめた。痛む足を見てみると湿布が貼られている。それを見て彼女はようやくここが何処であるか、そして昨夜何があったかと言うことを思い出した。
 自分をずっと追いかけてきていた異形の怪物。その怪物と再び遭遇し殺されかけた。だがそこにやってきた流星によって助けられ、その彼が彼女の持っていたゾディアックガードルに適応し、仮面ライダーとなって怪物を倒したのだ。
 覚えているのはそこまでで、おそらくその後気を失ってしまった自分を彼がここまで運んでくれたのだろう。だからその後にあった一悶着を彼女が知るはずはなかった。
 それはさておき、秋穂は痛めている足に負担をかけないようにそっと立ち上がった。それから恐る恐る足を踏み出してみて、歩けるかどうかを確認する。昨夜は歩けない程痛かったが今はそれほどではない。一晩経ったというのもあるがずっと湿布が貼ってあった為でもあるだろう。痛みが完全に消えたわけではないが、歩けない程でもなかった。
 痛みに顔をしかめながら客間を出て、昨夜晩ご飯を御馳走になった居間のある方とは別の方向へと歩き出す。向かう先は流星の部屋。おそらく彼の部屋にあるであろうゾディアックガードルを取り戻す為だ。
 ゆっくり、足音を立てないように殊更ゆっくりと歩き、秋穂はようやくお目当ての部屋にの前に辿り着いた。そっとドアを開けて中を伺ってみる。勿論この部屋の主である流星の姿はない。一応それを確認してから秋穂は中に入り、やはり音を立てないようにドアを閉じた。
 ここまで来てようやく大きく息を吐く。それからゆっくりと部屋の中を見回してみた。いかにも男の子の部屋らしく、あまり片付いてはいない。寝間着代わりらしいジャージの上下がベッドの上に散乱していたし、読みかけのマンガなども床に置きっぱなしになっている。
(お兄ちゃんの部屋はもうちょっと綺麗だったけど……)
 少しだけ顔をしかめてから、秋穂はこの部屋に来た目的を思い出した。キョロキョロとその場から部屋の中を見回してみたが、何処にもゾディアックガードルらしくものは見つからない。何処かに隠しているのだろうかと思ってベッドの側に歩み寄り布団をめくってみたり、押入や引き出し、更にはクローゼットを開けてみたりしてみたがやはり見つからなかった。
 しかしながらこの部屋にこれ以上ものを隠せそうな場所は見当たらない。それほど大きいものではないとは言え、普通においておくには余りにも奇妙な代物だ。机の上になど置いていたらすぐにわかる。
 もしかしたらここ以外の場所に隠しているのかも知れない。そう思った秋穂が部屋の外に出ようとして、ふと足を止める。それからゆっくりと振り返り、視線を下の方に下げていく。
 彼女の視線の先にあるのはベッド。そしてその下と床の間には空間がある。流星のことだから掃除などしていないだろうと何となく敬遠していたのだが、この部屋でものを隠せる場所と言えば後はそこしかない。
 秋穂はベッドの側にまで行くと屈み込み、そっとベッドの下の空間に手を伸ばした。指先が何かに触れる。その触れた何かを掴んで引っ張り出すと、それはまさしくお約束のものであった。表紙を見ただけで真っ赤になり、慌ててそれ――ちょっとアダルト系なグラビア雑誌を投げ捨てる。
 床の上に落ちたその雑誌を少し涙の浮かんだ目で見つめる。胸がドキドキ言っているのは驚いたのとちょっとその雑誌に興味がわいたからだろうか。そっと雑誌の方に手を伸ばそうとして、慌てて頭を左右に振る。こんな事をしている場合ではない。早くゾディアックガードルを見つけなければ。そう思って改めてベッドの下を覗き込んでみると、そこには先ほど投げ捨てた雑誌以外にも何冊かの本が隠されてあった。そしてその中に紛れ込むようにゾディアックガードルが鈍い光を放っている。
 ゾディアックガードルをその中から引っ張り出すと秋穂はそれを胸に抱いて小さく息を吐いた。そして立ち上がろうとして、その身を硬直させる。
「……捜し物は見つかったのかね、嬢ちゃん」
 いつの間にかドアが開いており、そこに難しい顔をした真が立っていたからだ。

 教室の中、流星は机の上で一枚のカードを弄んでいた。
 昨夜秋穂によって押しつけられた謎のベルトのような装置に付いていたものだ。これを差し込む為のものもあったが、それは鞄の中に入っている。
 果たしてこのカードは一体何なのだろうか。鞄の中にあるカードリーダーのようなものとベッドの下に隠してきたベルトのようなもの、あれとセットになっていると言うことはわかる。そしてこれらを使うと変身出来ると言うことも。
 気になることはまだある。昨夜自分が倒したあの異形の怪物は一体何なのか。あのような化け物がこの世に存在していたとはとてもじゃないが信じられない。実際に家に帰ってから祖父に話しても信じては貰えなかった。だが、彼は半ば確信している。あの怪物こそが昨夜起こった殺人事件の犯人であると言うことを。もっとも倒してしまったからそれを証明する術はもうないのだが。
 どっちにしろ鍵を握るのは家にいる美少女、秋穂だろう。このカードを含むセットを持っていたのも彼女、あの怪物が追っていたのも彼女。きっと何かを知っているに違いない。家に帰ったらすぐに彼女から事情を聞き出さなければ。
「よぉっ、流星! 何不景気な顔してんだよ!」
 やたらと威勢のいい声が聞こえてきたので流星がそっちに顔を向けると幼馴染み五人組の一人、弾 悠司がニコニコ笑いながらやってくるのが見えた。
「随分重役出勤だな、悠司」
「イヤー、昨日の夜は色々とあってなー。起きたのがついさっきだったわけだわ」
 そう言って何故か朗らかに笑う悠司。
 彼の父親はこの町の警察署の署長をやっている。おそらくは昨夜の事件で大変だったのだろう。悠司はその巻き添えを食ったに違いない。だが、だからと言って三時間目の休み時間に堂々と登校してきていいと言うものでもないのだが、そんなことを言ったところで彼は聞きはしないだろう。
「ところで何やってんの、お前?」
 流星の一つ前の机の上に自分の鞄を置いて、悠司は彼の手元を覗き込んだ。彼の手元にあるカードに興味があるらしい。
「何だよ、それ」
「あ、おい!」
 素早く流星の手からカードを奪い取る悠司。カードの絵柄をしげしげと眺めていると流星が彼の手からカードを奪い返した。
「返せよ」
「何だよ、少しくらいいいじゃんか」
 少しムッとしたように言う悠司を無言で睨み付け、流星はカードをポケットに入れた。何故だかわからないが、このカードをあまり人目に晒してはいけないような気がしたからだ。
「それ、何のカードだ? 確か射手座の絵が描いてあったと思うんだけど」
「さぁな」
「色々とカード使うゲームあるのは知ってるけどそいつは見たことないんだよなぁ。何か新しいゲームの奴か?」
「違うよ。そう言うんじゃないさ」
 何やらカードに興味津々の悠司を少々疎ましく思いながら流星は椅子に腰を下ろす。そう言えば最近こいつ、カードゲームにはまっているって言っていたっけ。椅子に座ると同時にそんなことを思い出す。
「ところで昨日の、犯人見つかったのか?」
 カードから興味を逸らせるべく流星がそう尋ねた。
「いやいや。一晩中探し回ったみたいなんだけどな。影も形もないってさ。この町から出ていったんじゃないかって話もあるぜ」
「成る程な、道理でこうやって学校普通にやっているはずだ」
 横合いからそう言って話に割り込んできたのは幼馴染み五人組の一人、座頭晃太だった。
「もし犯人がまだこの町にいるのならば学校とかは休校にした方がいいだろうからな」
「そうでもないぜ。下手にそんな事したらかえってパニックになるだろ。だからあえてその事実は隠して普通にやらせた方がいいんじゃないかって意見もある」
「しかしそうした場合第二第三の被害者が出る可能性だってあるだろう?」
「そうならないようにみんな頑張ってんじゃんか」
「どっちにしろ犯人はまだ見つかってない。この町から出た可能性もあるがまだいる可能性もある。何にせよ早く何とかして貰いたいな」
「……多分もう現れないだろ」
 晃太と悠司の会話に割り込むようにぼそりと流星が言う。すると二人が揃って流星の顔を覗き込んできた。何でそう思うのかと問いたげな顔だ。
「いや、そう思うってだけなんだけどな」
 そう言って流星は苦笑を浮かべてみせた。まさか昨夜の殺人事件の犯人が謎の怪物で、そいつを自分が倒しましたなどと言うわけにはいかないし、言ったところで信じては貰えないだろう。むしろ頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。
「まぁ、流星の言う通り現れないに越したことはないんだが」
「俺としちゃ迷宮入りってのは勘弁して貰いたいんだがな〜」
 警察署の署長の息子である悠司からすれば、事件が迷宮入りになると言うことはあまり名誉なことではないらしい。自分の親が無能だったと言うことを証明しているような感じがするのだろう。
「だったら悠司の親父さん達にはより一層頑張って貰わないと」
「それだと悠司がいかに足を引っ張らないかにかかってるな。あまり迷惑かけるなよ?」
 晃太、流星が口々にそう言い、悠司の顔を見る。その顔には何処かいやらしい笑みが浮かんでいた。
 何度も繰り返すが悠司はこの町の警察署の署長の息子である。その所為なのかそれとも元々そうであるのかわからないがとにかく彼は正義感が強い。だからこの町で一度何か事件が起これば、よせばいいのに首を突っ込みたがるのだ。ごく稀に事件解決に貢献したりするものの、どっちかと言うと彼の行動は警察の足を引っ張ったり、余計な心配をかけさせたりとマイナス面に働くことの方が多い。
 二人は勿論それを知っていて、それで悠司をからかっているのだ。
「わかってるよ。親父にも散々釘を刺されてるんだからよ」
 ちょっとふてくされたように悠司が言い返す。どうやら本人も一応わかってはいるらしい。
「本当にわかっているんだかな」
「今度は巻き込むなよ。流石に相手が殺人犯じゃやばすぎるからな」
「お前らなぁ〜」
 まだニヤニヤ笑っている流星、晃太を見て苦笑を浮かべて悠司はそう言うのであった。

 薄暗い倉庫のようなところで一人の男が木箱に腰掛け、生肉を貪っている。頭にはテンガロンハットをかぶり、ポンチョを身に纏った大柄なその男はまるで西部劇の中から抜け出してきたような感じだ。だが、その男の顔を見ればそれが間違った印象だと言うことがすぐにわかる。男の顔はあまりにも野性的すぎた。そして同時に何処か爬虫類を思わせる薄気味悪さも持ち合わせている。
 と、男が生肉を貪る手を止め、その目だけを真正面に向けた。男の視線の先には壁があり、そしてそこにはおよそ有り得ない程の大きさの蜥蜴がへばりついている。そう、成人男性程の大きさの蜥蜴が。
 テンガロンハットの男はそんな巨大蜥蜴を見ても驚く風でもなく、また大きく口を開き持っていた生肉に食らいついた。
「……地耗星がやられた。次はお前が行け」
 ギロリと巨大蜥蜴を見ながらテンガロンハットの男が静かに言う。まるでその巨大蜥蜴に命令するような口調。いや、それははっきりと命令だった。
 巨大蜥蜴がするすると天井の方へと登っていく。
 それを見届け、テンガロンハットの男は骨だけになった生肉だったものを後ろへと投げ捨てるのであった。

 その日の授業が全て終わり、いそいそと帰る準備をしている流星の元に悠司が晃太を伴って駆け寄ってきた。
「流星! 今日は暇か!?」
「暇って言えば暇だけど。何かやるのか?」
「おう! この間のリベンジだ!」
「そう言うわけで俺が審判役に駆り出されたというわけだ」
 やたら張り切っている悠司に対して小さくため息をつきながら肩を竦める晃太。
 流星はそんな二人を見てニヤリと笑みを浮かべる。
「やれやれ、こりねぇなぁ、悠司は。よっしゃ、それじゃいっちょお相手して……」
 そこまで言いかけて流星は鞄の中に入っている一枚のカードのことを思い出した。自分の姿を仮面ライダータリウスに変え、謎の怪物を倒す力を与えた謎のカード。このカードのことを家にいる美少女に聞き出さなければならない。
「悪い、急用思い出した。と言うことでこの勝負はまた今度」
 それだけ言って鞄を手にした流星は二人が何か言う前にさっさと教室から出ていってしまう。
「こぉらー!! 流星っ!! あんた、今日掃除当番だろうがぁッ!!」
 廊下の方から聞こえてくる拓海の怒声。それを聞いた悠司と晃太は明日の流星の運命を思って互いにため息をつくのであった。

 学校から走って家に戻った流星はすぐさま客間へと駆け込んでいった。全ての鍵を握る少女、秋穂がそこにいるはずだと信じての行為だったが彼女の姿はそこにはなかった。
「一体何処に行ったんだ、あいつ?」
 秋穂がこの町に現れたのは昨日のこと。この町に詳しいはずはない。何処かに出歩いているとはとてもじゃないが考えられなかった。だとすればこの家の何処かにいるはず。
 客間を出た流星が次に向かったのは居間だった。秋穂がいるとすればおそらくはそこのはずだ。その他の場所――例えば風呂場だとか台所だとか――にいるとはどうも考えられない。どっちにも用がないはずだろうから。
 廊下から居間へと続く障子戸をがらりと開け放つと、彼の予想通りそこに秋穂の姿があった。同時に卓袱台の向こう側、彼女の真正面となる位置に何やら難しい顔をした祖父の姿もある。二人が何か重大な話をしていたらしいことは流星にもすぐにわかった。
「何じゃ、流星か。今日は随分早かったな」
「ああ、ちょっとこいつに用事があったからな」
 入ってきた流星をチラリと見て真がそう言うのに頷き、流星は秋穂の方を見る。昨夜着ていた浴衣ではなく、今は普通のブラウスにスカート姿。これは近所に住んでいる江戸川百合子のお下がりだろう。彼女の写真で何度か見たことがある。
「お前、何でその……」
「百合子君が持ってきてくれたんじゃ。この嬢ちゃんの服はまだ乾いておらんようでの」
 秋穂がどうして百合子のお下がりを着ているのかを詰問しようとした流星の機先を制するように真が言う。
「ふぅん。まぁ、いいや。爺ちゃんの話は終わったのか?」
「……そうじゃな、終わったと言えば終わったんじゃろうが」
 真は相変わらず難しい表情を浮かべたまま、チラリと秋穂の方を見る。彼女の様子は相変わらず何処か怯えているような感じだ。チラリチラリとこちらの表情を伺うように時折視線を向けてくる。
「ならいいや。お前に話がある。ちょっと来てくれないか?」
 ジロリと秋穂を睨み付けて言う流星。それから居間から出ていこうとするが、秋穂はおろおろとするだけで立ち上がろうともしない。それを見て流星が苛立ったような声をあげる。
「何やってんだよ! 話があるって言っただろ! 早く来いよ!」
 声を荒げて座っている秋穂の腕を掴んで無理矢理立たせようとする流星だが、その手を真が掴み、彼をあっさりと投げ飛ばしてしまう。
 畳の上に叩きつけられ、その傷みに呻き声を上げる流星だが、すぐに起き上がって自分を投げ飛ばした真を睨み付けた。
「何しやがるんだよ、このクソジジイ!!」
「ふん、早田家家訓! か弱き女性を泣かすは最低! 男子たるものか弱き女性を守るが本分!!」
 ビシィッと流星に人差し指を突きつけて言い放つ真。それから勝ち誇ったようにニヤリと笑う。
「よもや忘れたわけではあるまいな、馬鹿孫?」
「くっ……」
 悔しそうに真を見上げる流星。早田家家訓は彼の中で絶対の法則として染みついてしまっている。これを持ち出されると何故かぐうの音すら出せなくなってしまうのだ。
「わ、わかったよ! 乱暴にしなけりゃいいんだろ!」
 そう言いながら立ち上がった流星は再び秋穂をジロリと睨み付けた。それからついてこいとばかりに彼女を手招きする。
「ここでその話は出来んのか?」
 いつの間にか秋穂と話をしていた時と同じように座っていた真が流星を見てそう言うが、流星は何も答えようとはしない。
 真はそんな孫の様子に小さくため息をつくと秋穂の方をチラリと見て彼に付き合ってやるよう目で促した。
 それを見た秋穂は少し躊躇っていたようだが、やがてコクリと頷くとゆっくりと立ち上がる。そして既に廊下に出ていた流星の方へと歩いていくのだった。

 流星が秋穂を伴ってやって来た先は母屋とは別になっている道場の中だった。総板張りの道場の中はしんと静まりかえっており、何処か薄ら寒さを感じさせる。響くのは二人の足音だけ。
 そんな道場の中央辺りまで歩いていった流星はそこで立ち止まり、後ろをついてきている秋穂の方へと振り返った。
「お前には色々と聞きたいことがある」
「……私もあなたに話があります」
 二人の視線はそれぞれに険しいものがあった。どちらも決して友好的なものではない。
 しばし互いに睨み合うかのように見つめ合い、黙り込む。どちらも相手が口を開くのを待っているのだろう。何となくだが二人とも話をし始めるタイミングを失ってしまっていた。
「……ったく……」
 この沈黙に耐えかねて先に口を開いたのは流星の方だった。
「いいよ、お前の方から先に話せよ」
 やはり相手を睨み付けるようにしながら、不機嫌そうに言う流星。秋穂が自分に一体どう言うような話があるというのか。不機嫌そうな態度をとりながらも彼女の話に興味が湧いてきている。勿論それを表に出すことはしないのだが。
 すると秋穂は無言で右手を彼の方に差し出してきた。それから、やはり険しい表情を崩さないまま口を開く。
「返して」
 短くそう言った彼女の声は、思った以上に小さく流星にははっきりと聞き取れなかった。だから眉を寄せてより一層険しそうな顔をして聞き返す。
「ええ?」
「返してって言ったの」
 今度は先ほどよりも少し大きい声で秋穂が言う。わざともう一度同じことを言わされたと思ったのか、その顔には明らかな不快感が見て取れる。
「返せって何のことだよ?」
 おそらくは昨夜自分に押しつけた謎の装置とカードのことだろうと見当をつけながらもあえて流星はすっとぼけてみた。
 カードとそれを納めるカードケースのようなものは持ち歩いている。少し大きめのあの謎の装置はベッドの下に隠しておいたはずだ。そう簡単に見つかるとは思えない。だからこそこうやって直接自分に言っているのであろう。
 さて、何故自分は彼女の言葉にああしてすっとぼけたのだろうか。素直にカードも装置も返してしまった方がいいのではないか。そう思う自分がいるのだが、同時に昨夜彼女を襲ってきた謎の怪物のことや自分が変身出来たことについての興味もある。その興味が勝ったのだろう。
「しらばっくれないで。ガードルはもう見つけた。後はカードとリーダーだけ。あなたが持っているはず」
 じっと流星を見つめながら言う秋穂。険しいながらも真剣なその瞳。元々かなりの美少女である彼女にそんな目で見つめられ、流星は思わず見とれてしまう。
「返して。あれはあなたには必要のないものなの」
 そう言って秋穂は更にぐいっと手を突き出してきた。
 自分の目の前に迫ってきた彼女の手を見て我に返った流星はズボンの後ろポケットの中に突っ込んでいたカードとカードリーダーを取り出した。
「こいつのことか?」
 手にカードとカードリーダーを持ち、あえて尋ねてみる。すると秋穂は一瞬だけ嬉しそうな表情を浮かべたがすぐにまた険しい表情に戻り彼からカードとカードリーダーを奪い取ろうと手を伸ばしてきた。一歩下がって秋穂の手をかわし、流星は悔しそうな顔をする彼女に向かってニヤリとした笑みを向ける。
「悪いんだがまだこいつは返せないな。それに今度は俺の方からお前に話だ。お前と違って俺は聞きたいことがたくさんある。こいつを返すのはそれからだ」
 そう言って流星はカードとカードリーダーを胸ポケットに突っ込んだ。それから右手の人差し指をピンと立てる。
「まずは一つ目。昨日の夜、俺が倒したあの怪物は一体何なんだ?」
「あれは……」
「いや、まだ答えなくていい。最後に一気に全部まとめて説明してもらうからな。じゃ、次、二つ目の質問だ」
 秋穂が答えようとするのを制し、流星は指をもう一本立てる。
「何でお前はあんな怪物に追われていたんだ?」
 言ってから更にもう一本。
「三つ目。このカードとかは一体何なんだ? 何で変身出来るんだ?」
 三本指を立てた手を下ろし、流星はまた睨み付けるような目をして秋穂を見た。
「とりあえずはこれくらいにしておいてやる。さぁ、答えろ」
「……一つ目。あの怪物は”百八の災厄”のうちの一体。あいつらは人間をエサとしていて私は奴にそれで狙われた。これで二つ目もいいわね」
 先ほどのお返しのように秋穂が流星の眼前に指を立てた手を突き出してくる。
「三つ目だけど……これについては口外しないと約束してくれないと話せない」
「いわゆる極秘事項に属するものってことか?」
「そう思ってくれていいわ。約束してくれる?」
「……わかった」
 秋穂の真剣な瞳にちょっと躊躇してから流星は答えた。あの真剣な瞳を前にして嘘をつくことは出来なかった。だからこそ彼は躊躇してしまったのだ。それでも頷いたのは自分を変身させ、あの怪物を倒すだけの力を持たせてくれたあの装置とカードに対する興味の方が強かったからに他ならない。
「……あの装置はゾディアックガードル。あなたが持っているカードと共にゾディアックライダーシステムの根幹を為すもの。あなたの持っているカードはライダーシステムを起動させるキー」
 そこまで言って一旦言葉を切り、秋穂は流星の胸を指差す。丁度例のカードとカードリーダーが納められている胸ポケットのところだ。
「同時にそのカードには奴らを倒す為の力が込められているの。詳しいことは私もよくは知らないけど」
「……話の途中で悪いんだがな、俺が今持っているカードには射手座の絵が描いてあるだろ。もしかして他にも……」
「ええ、あなたの思った通りよ。ゾディアックは黄道十二星座のこと。それにあわせてゾディアックライダーシステムは最終的に全部で十二セット、仮面ライダーも十二人になる予定」
「仮面ライダー?」
「そのカードと装置を使って変身した人の……そうね、コードネームみたいなもの」
「コードネームねぇ……」
「今のところ私が知っているのはそれくらいなものよ」
 秋穂はそう言うとまた流星の方に手を突き出してきた。
「話は終わり。さぁ、返して」
 だが流星はニヤリと笑って首を左右に振る。どうやらまだカードとカードリーダーを返すつもりはないらしい。
「何で? 約束じゃない!」
 キッと流星を睨み付けてそう言いながら彼に詰め寄ろうとする秋穂だが、流星はすっと一歩足を引いて彼女との距離をとった。顔にはまだニヤニヤとした笑みを浮かべている。だが、その目だけは妙に真剣な光を宿していた。もっとも秋穂はそれに気付いていなかったが。
「とりあえずって言っただろ。まだ俺の話は終わっちゃいねぇ」
 それだけ言ってから流星は表情を引き締めた。今まで以上に真剣な表情を浮かべて秋穂の顔を見つめ、それから口を開く。
「お前は一体誰だ?」
 流星のその一言に秋穂の顔がはっきりとわかる程に青ざめる。まるでこの質問を恐れていたかのように。
「このカードと言い変身出来る装置と言い、更にあの怪物と言い……全部お前が関係しているだろ。一体お前は何者なんだ? 何でここに来たんだ? 何が目的なんだ?」
 その質問に秋穂は全身を震わせることで答えた。
「そ、それは……」
 自分から目を逸らせる秋穂の様子から流星は彼女が答えてくれることはないと判断し、小さくため息をついた。
「一応言っておくけど答えて貰えないならこいつは返せないぜ」
 そう言って自分の胸を指差す流星。
 彼自身こう言うやり方はあまり好きではなかったが、そうでもしないとこの少女は何も教えてくれないに違いない。卑怯だとわかってはいるがそれでも知っておかなければならない、そう言う気がしたからこう言う意に染まない手段を執っている。
「……言えない……」
 ややあってからぼそりと秋穂が呟いた。答えるまでに間があったのはどう言う風に答えるべきか考えていたからだろう。そして彼女が出した結論は流星には話さないと言うことだった。
「どうして言えないんだよ?」
 ついつい詰問口調になってしまう流星だが、そんなことを気にかけている余裕はない。
「言えない。あなたをこれ以上巻き込んでいいはずがないから。確かに昨日の夜、あなたに変身して戦ってもらった。でもあれは仕方なかったから。それしか助かる道がなかったから。本当ならあなたに変身して戦ってもらうことはなかったし……」
 一旦そこで言葉を切り、秋穂はじっと流星の顔を見据えた。今度は目をそらさない。真剣な目で彼を見つめ続ける。
「あなたと出会うこともなかったはず。だから返してください、そのカードとカードリーダー。それはあなたに必要のないものです」
 そう言って秋穂は流星の方に手を伸ばす。三度目はその手をただ彼の方に突き出しただけではない。そのまま彼の胸ポケットの方にまで伸ばされ、そこからカードとカードリーダーを取り出そうとする。
 だが流星はその手を自分の手で押さえつけた。そして彼女を真剣な目つきで睨み付ける。
「これ以上巻き込みたくないって何だよ? もう充分巻き込まれてるだろうが。あんな目には一回遭えば充分すぎるだろ」
「まだ遅くはないわ。カードを返して。そうすればあなたはこれ以上関わり合いにならないで済む。そのカードをずっと持っていればきっとあなたは不幸になる。それは確実に言えるわ」
 流星の視線に自分の視線を合わせたまま、それを決して外すことなく秋穂は続ける。
「昨日の夜のことは謝るわ。私じゃ変身出来なかったから万が一の望みをあなたにかけてみたの。まさか本当に変身出来るとは思わなかったけど。でもあれで終わり。あなたはこれ以上関わらない方がいい」
「……その様子だとまだ何か隠しているみたいだな?」
 流星のその言葉に秋穂の肩がピクリと動く。彼としてはほとんど勘のようなものだったのだがどうやら彼女、あまり嘘や隠し事の出来ないタイプらしい。その様子から彼女が何を隠しているかを問い質そうとしたその時だ。
 道場から少し離れたところにある玄関の方から悲鳴が聞こえてきた。続けて銃声が二回。
 また視線をそらせた秋穂をじっと睨み付けていた流星だったが、すぐに顔を上げると玄関のある方向を見やった。そして掴んだままの秋穂の手を離すと彼女をその場に残して走り出す。

 道場から裸足のまま飛び出した流星が見たのは玄関の少し前で腰を抜かしたように座り込みながらも手に拳銃を持っている制服警官と玄関の屋根の上に身体を低くして立っている蜥蜴のような異形の姿だった。しかもその蜥蜴のような異形の手には気を失ってぐったりとしている女性の姿がある。
「百合姉!!」
 蜥蜴のような異形が手に抱えているのが自分が姉のように慕い、世話になっている江戸川百合子だと知り、驚きの声をあげる流星。
「りゅ、流星君! な、何だ、あの化け物は!?」
 座り込んでいる制服警官が流星に気付き、声をかけてくる。チラリとそちらの方を見てみるとこの制服警官がこの道場の練習生であり彼にとって兄弟子に当たる万城目だと言うことがわかった。どうやら先ほど聞こえてきた銃声は彼が持っている拳銃によるものらしい。
「先生に話があって来たらいきなりあいつが現れて百合子君を……一体何なんだ、あれは!? 拳銃がまるで効かないなんて!!」
 横で喚いている万城目をほとんど無視しながら流星は屋根の上にいる蜥蜴のような異形を睨み付けていた。
 おそらくは、いやほぼ確実にあれは昨夜倒した怪物の仲間だろう。だとすればあれを倒すことが出来るのはただ一人、仮面ライダーのみ。
 そんなことを考えながら流星は胸ポケットからカードとカードリーダーを取り出す。これと後ゾディアックガードルという名の装置があれば仮面ライダーに変身することが出来る。だが、今この手にゾディアックガードルはない。そのことを思い出し、流星はチッと舌打ちした。
 蜥蜴のような異形は少しの間流星達を見下ろしていたが、彼らが手出ししてこないのを見るとさっとその身を翻した。百合子の身体を抱えたまま、更に屋根の上へと登り、そこから隣家の屋根の上へと飛び移っていく。
「逃げる気か、あいつ!」
 ちらちらとこちらを振り返りながら更に別の家の屋根へと飛び移っていく蜥蜴のような異形を歯をギリギリと噛み締めながら見送るしかない流星。と、不意に脳裏に秋穂の声が甦ってきた。
『あの怪物は”百八の災厄”のうちの一体で人間をエサにしている』
(人間をエサだと……なら……百合姉が!!)
 今蜥蜴のような異形の手の中にいる百合子の身に危険が迫っている。そう考えるといても立ってもいられないのだが、今はどうすることも出来ない。
「クソッ!」
 秋穂に頭を下げるのは癪だが、今は彼女がもっているであろうゾディアックガードルが必要だ。あれがなければあの蜥蜴のような異形を倒すことは出来ない。あの怪物に対抗することが出来るのは仮面ライダーだけなのだから。
 意を決した流星が道場の方を振り返ると秋穂が緊張した顔でじっとこちらを見つめているのが見えた。その後ろには真の姿もある。おそらくは先ほどの銃声を聞いて様子を見に来たのであろう彼の顔も非常に険しいものがある。しかし、今はそれを気にしている暇はない。一刻を争う時なのだ。
「おい、あの装置を貸せ!」
 秋穂に向かってそう言い、手を彼女に向かって突き出す。
「百合姉が危ないんだ! 早く出せよ!」
 半ば怒鳴りつけるようにそう言うが、秋穂は少し悲しそうな顔をしながら首を左右に振った。
「ダメ。あれはあなたには渡せないわ」
 それだけ言うと顔を伏せる。
「何言ってんだよ! 百合姉にはお前も世話になってんだろ! その人をお前は見捨てるって言うのかよ!!」
「それは……でも……ゾディアックガードルを……」
 苛立ちのあまり更に語気が荒くなる流星に怯えてしまったかのようにしどろもどろになってしまう秋穂。それがますます彼を苛立たせる。それに加えて百合子を連れ去った蜥蜴のような異形は今もどんどん離れていってしまっているのだ。苛立ちの他にも焦燥感が募っていく。
「ごちゃごちゃ言ってる暇はないんだよ! 百合姉を助ける為なんだ! さっさと貸せ!」
 もう待ってはいられないとばかりに秋穂に詰め寄る流星。こうなれば実力行使だとばかりに彼女の胸ぐらを掴もうと手を伸ばすが、その手を真が押さえつけた。
「爺ちゃん!!」
「どう言う理由があろうと女の子に手を挙げることは許せんな」
 自分の手を押さえた祖父を思いきり睨み付ける流星だが、真はまったく動じた様子もなく、やけに落ち着いた口調でそう言い、流星の手を離した。それから彼の顔をじっと見据え、再び口を開く。
「流星、お前に覚悟はあるのか?」
「……覚悟?」
 真の口から出た言葉を思わず怪訝な顔をして聞き返してしまう流星。今はそれどころではないと言うことがこの祖父にはわからないのか。早くあの蜥蜴のような異形を追いかけないと百合子の身が危ういというのに。
「今はそんなことを」
「答えろ、流星。これは重要なことだ」
 そう言った真の顔は真剣そのものであった。下手な誤魔化しは通用しない。この一刻を争う時に何とも厄介なことに。
「……あるさ、覚悟ぐらい」
 少し間をあけてからそう答える流星だが、そこに秋穂が口を挟んできた。
「本当に? 本当にあいつらと戦う覚悟があるの、あなたに?」
「どう言う意味だよ?」
 秋穂の言い方に少しムッとしたように口を尖らせる流星。
 そんな彼を見て秋穂は小さくため息をついた。それから真の方をチラリと振り返り、首を左右に振ってみせる。
「……流星、お前にあの装置を貸すことは出来んそうだ」
 重苦しい口調で真が言う。
「な、何でだよ! 覚悟ならあるって言っただろ!!」
 納得出来ないと言う感じで流星が食って掛かるが真も秋穂も黙って首を左右に振るだけだ。
「どうしてなんだよ! 百合姉が危ないんだろ! 今はそんなことどうでもいいじゃねぇか!」
「……あなたはわかってないわ」
 必死な感じの流星を見てぼそりと秋穂が呟く。
「ゾディアックガードルを身につけて仮面ライダーとして戦うってことの意味がわかってない。そんなあなたにはゾディアックガードルは貸せない。早くカードも返して」
 何処か諦めにも似たような感じの声で秋穂はそう言い、流星の方に手を差し出した。
 そんな秋穂と真を見て流星はギリギリと歯を噛み締めた。一体二人はこの非常時に何を言っているのか。早くしないと百合子が死んでしまうかも知れないと言うのに、覚悟がどうだの戦うことの意味がどうだのと、今はそんなことを言っている場合ではないだろうと叫びだしたかった。だが、この二人は何を示し合わせているのかわからないが彼の手にゾディアックガードルを貸そうともしなければ更に彼が持っているカードとカードリーダーすらも取り上げようとしている。今はそれどころでは無いというのに。
「ば、馬鹿なことを言ってるんじゃねぇよ!」
 流星はそう言うと自分に向かって突き出されている秋穂の手を振り払った。
「今こいつを返してどうなる! お前は変身出来ねぇんだろ! 今から他に変身出来る奴を捜してる暇だって無い! そんな事してたら百合姉が!!」
「そんなことわかってる。でも今のあなたに変身して戦わせることは出来ない。それはこれを託された私の責任だから」
 そう言った秋穂の顔には先ほど浮かべていた怯えの色はない。今浮かべられているのはその見た目の年齢に似合わない程の決意の籠もった表情。これだけは譲れないと言う決意が籠もった真剣な目で秋穂は流星を見つめる。
 そんな彼女の視線に流星は思わず怯んだかのように一歩退いてしまう。彼女が背負っているものが、想像以上に重いものだと頭の何処かで直感的にわかったからだ。とてもではないが自分では背負い切れそうにないものを彼女はその小さい体に背負っているのだとわかってしまったからだ。
「流星、もう一度問うぞ。お前に覚悟はあるか?」
 再び真が口を開き、先ほどと同じ質問をしてきた。
 ちょっと意外そうな顔をして秋穂が振り返り、そして流星も驚いたように彼の顔を見る。
「お前の百合子君を助けたいという気持ちはわかる。だがお前が踏み込もうとしているのは単なるヒロイズムや生半可な覚悟で踏み込んでいい場所ではない」
 普段見せたことがない、道場での練習中でも見せたことのない、怖い程真剣な表情で真が流星に言う。
「生半可な覚悟だと……?」
 またもムッとしたように言い返す流星だが、すぐに真に睨み付けられて黙り込んだ。
「この嬢ちゃんの持っているあの装置――ゾディアックガードルとか言ったかな――あれを身につけて変身したならばお前はもう戻れなくなるぞ。百合子君をさらった怪物を倒してそれで終わりではない。嬢ちゃんの話ではあの怪物は全部で百八匹いるという。仲間を倒された奴らがお前を狙ってくると言うことも考えられる」
「ならそいつら全部ぶっ倒せば」
「まだわからんのか? その戦いはお前が今まで経験してきたレベルのものではないのだぞ。悪ガキどものケンカや拳法空手の試合ではない。やるのは殺し合いだ。命のやりとりだ。勝てばよし、負ければお前の命はない。そう言う戦いだ。それがわかっていて、尚その戦いに向かうだけの覚悟がお前にはあるのか?」
 まるで諭すような真の言葉に流星は何も答えられなくなっていた。
 百合子を助けなければと言うことで頭が一杯になっていたので真の言っていたことになどまるで気がついていなかった。そう、これから赴こうとしていた場所で待っているのはただ百合子を蜥蜴のような異形から助け出せばそれで終わるような、そんな簡単な話ではない。まずは百合子を助け出す為に蜥蜴のような異形と命がけで戦わなければならないのだ。下手をすれば自分が死ぬかも知れないと言うことを流星はまったく考えていなかった。
 秋穂がどうして自分にゾディアックガードルを渡そうとしなかったのか、カードを取り返そうとしていたのか、今ならわかる。彼女は自分に死ぬかも知れない戦いに赴いて欲しくなかったのだ。その優しさが、執拗なまでにカードとカードリーダーを取り戻そうという行動になっていたのだ。
 しかし、だが、それでも。
「……それでも……俺は百合姉を見捨てることなんか出来ない!」
 絞り出すようにそう言い、流星は真を、秋穂を見る。
「確かに爺ちゃんの言うような覚悟は出来てない。でも俺は百合姉を見捨てることなんか出来ない。命を懸ける覚悟なら今してやる。だからあれを俺に貸してくれ」
 そう言うと流星はその場にしゃがみ込み、土下座した。もはや頭を下げるのが癪だの何だのと言っている余裕はない。
「頼む! 俺に力を貸してくれ!」
 額を地面に押し当て、流星が必死に言う。
 それを見た秋穂が少し困ったような顔をして真を振り返った。どうすればいいのかの判断を彼に仰ごうとしたのだが、真はただ肩を竦めただけだった。仕方なく秋穂は流星の前にしゃがみ込んだ。
「怖く……無いの?」
「え?」
 秋穂の声に流星が顔を上げると不安げな瞳で秋穂が彼を見下ろしていた。
「戦うの、怖くないの? 死ぬかも知れないのに……怖いとは思わないの?」
 彼女の言葉は震えている。まるで何かを思い出しているかのように。そしてそれは彼女の中でもとても辛いことなのだろう。その目の端に涙が浮かんでいる。
「……怖くないって言ったら嘘になる。俺だって命がけの戦いなんてやったことないしな。でも……俺に出来ることがあるんなら、俺で出来るなら……」
 秋穂の目を見返しながら流星は言った。だが段々と何を言えばいいのかわからなくなってきてしまい、言葉が切れてしまう。
 少しの間、ほんの少しの間だけ秋穂はそんな流星をじっと見ていたが、やがてコクリと頷くと後ろに立っている真の方を振り返った。
「お爺さん」
「……嬢ちゃんが許可するなら仕方ないな。流星、こいつをお前に渡すからには絶対に勝て。お前が負けると言うことは死ぬと言うことだ。お前だけじゃない。百合子君も、儂も、この嬢ちゃんやお前の大事な仲間達もな。それを心して戦え」
 真はそう言いながら長方形の箱のような装置、ゾディアックガードルを流星に向かって放り投げる。
 それを受け取った流星は無言でしっかりと頷くのだった。

 気を失いぐったりとしている百合子を手に抱えたまま蜥蜴のような異形がやってきたのは海沿いにある小さな倉庫だった。本来ならば漁船などの修理や整備に使われるのであろうその倉庫だったが、長い間誰も使用していないようで中は埃がたまってあちこち汚れている。
 そんな倉庫の床に百合子の身体を横たえ、蜥蜴のような異形は彼女の身体をなめ回すように見下ろした。それから長い舌を出して自分の口を舐める。
 テンガロンハットの男の命令を受けてやって来たこの街で本来の命令を果たす前にこんな上玉な人間を手に入れることが出来て自分はかなりの幸運だ。この人間の生体エネルギーを得てから本来の命令を果たしても問題は特にないだろう。何と言っても相手はただの小娘一人。先にその小娘を追っていた奴がやられたというのが気になるが、それよりも今は先のこの人間の生体エネルギーを頂くことにしよう。
 そんなことを考えながら蜥蜴のような異形が百合子に向かって手を伸ばしたその時だった。キキィッと甲高いブレーキ音を響かせて何者かが倉庫の入り口に姿を見せる。
 怪訝そうな顔に食事を邪魔された怒りを込めつつそちらの方を見ると、そこには一人の少年が大きく肩を上下させながらマウンテンバイクに跨ってこちらを睨み付けている。
「ハァハァ……ようやく見つけたぜ」
 少年はそう言うとマウンテンバイクから降り、倉庫の中へと入ってきた。
「百合姉を返してもらう。ついでにお前もぶっ倒させてもらうぜ」
 そう言うと少年がこちらに向かって駆け出してきた。そのまま体当たりでもしようと言うつもりなのか。
 蜥蜴のような異形は大きくジャンプして少年をかわすとそのまま倉庫の天井に張り付いた。そしてじっと少年を見下ろす。
 こいつには見覚えがある。確かこの人間をさらった場所にいてその場を去ろうとしていた自分を殺気の籠もった目で睨み付けていた人間。しかしたかが人間、自分に敵うはずもない。あの時は見逃してやったがわざわざ自分からやってくるとは。この愚かな若い人間を前菜に、そしてあの女の方をメインに。よし、それで行こう。そう思って舌なめずりする蜥蜴のような異形。
「何考えてるんだか知らねぇけどな。さっきみたいに何もしないで見ているだけじゃないぜ、今度は」
 少年――勿論、流星だ――はそう言うと腰の後ろ側のベルトに引っかけておいたゾディアックガードルを取り出した。そしてそれを腰にあてがうと、ガードルの左右からベルトが伸びて腰に完全に固定される。
「行くぜ」
 さっと手にカードとカードリーダーを持ち、カードをカードリーダーの中に挿入する。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
 聞こえてくる機械で合成された音声。それを耳にしながら流星は高らかに叫ぶ。
「変身っ!!」
 叫ぶと同時にゾディアックガードルにカードを挿入したカードリーダーを差し込んだ。
『Completion of an Setup Code ”Sagittarius”』
 再び聞こえてくる機械による合成音声。それと共にゾディアックガードルから光が放たれ、彼の前に光の幕を作り出す。そこに輝く射手座を象った光点を見ながら流星は駆け出した。
 頭から光の幕をくぐり抜け、幕の向こう側に躍り出た彼の姿が変わる。青いボディに銀色のアーマーを身につけた仮面ライダータリウスへと。
「よっしゃぁっ! 行くぜ、この蜥蜴野郎!!」

 流星が仮面ライダータリウスに変身したのと同じ頃、秋穂は不安げな顔をして早田家の玄関の前に立っていた。
「どうした、嬢ちゃん。流星のことが心配か?」
 一旦家の中に戻っていた真がそんな彼女にそう声をかけると、彼女は振り返り小さく頷いて見せた。そしてまた前の方を向く。その視線の遙か先に流星がいて、蜥蜴のような異形と戦っていると言うわけでもないのだろうが、それでもじっと前を見続けている。
「何、あのバカなら大丈夫じゃよ。並大抵の奴には負けんよう幼い頃から仕込んである。それに嬢ちゃんの持っていたあの機械の力――仮面ライダーと言ったかな? それが加わればそうそう」
「違う。私が心配しているのは……」
 秋穂は一旦言葉を切るとゆっくりとした動作で再び真の方を振り返る。その目に浮かんでいるのはやはり不安の色だ。
「彼は少し考え違いをしてる。仮面ライダーになればあいつらに勝てると思っているみたいだったけどそれは違う。仮面ライダーになって初めてあいつらと戦うことが出来る。人間の力じゃ絶対に勝てっこない相手と互角以上に戦うことが出来るようになるだけ」
 それを聞いた真の顔がぎょっとなる。彼自身も同じ考え違いをしていたからだ。仮面ライダーになりさえすれば勝てる。何故かそう思いこんでしまっていたのだ。
 しかし秋穂の話では決してそうではないと言う。仮面ライダーというのはあの怪物達と戦う為に生み出されたシステム。人智を越える怪物達に非力な人間がその存在権を懸けて挑む為のシステム。勝てるかどうかは仮面ライダーとなった者にゆだねられるのだ。
 ならばまだ若く経験も浅い流星に勝ち目などあるのだろうか。急に不安がこみ上げてくる真。
「……彼は一度勝った。だから余計にそう思っているかも知れない。それが心配」
「つまり……慢心さえしなければあのバカでも勝てると言うことか?」
「私は彼がどれだけ強いのかは知らないけど……それでも彼は初めて変身してあいつらの仲間の一体を倒したから」
 秋穂はそれだけ言ってから真を安心させるように微笑んだ。

 タリウスのキックが唸りを上げて蜥蜴のような異形に襲い掛かるが、蜥蜴のような異形はそのキックを軽々とジャンプしてかわしてしまう。そのまま壁に貼り付くとキックをかわされて少しバランスを崩しているタリウスを馬鹿にしたように嗤った。
「この野郎……ちょこまかちょこまかと、馬鹿にしやがって!」
 タリウスが壁に貼り付いている蜥蜴のような異形を睨み付けながら苛立ちを隠さない口調で呟く。先ほどから何度攻撃しても、その度にかわされてしまっているのだ。タリウスとしてはイライラがもう最高潮に達しているのだろう。
「ちょっとは大人しくしやがれ!」
 そう言いながら壁に貼り付いている蜥蜴のような異形に向かってジャンプするタリウス。そこからキックを放つがやはり蜥蜴のような異形は貼り付いていた壁を蹴って今度は天井に向かってジャンプ、そのまま天井に貼り付いてしまう。その為に目標を失ったタリウスのキックはそのまま壁をぶち抜いてしまった。
「うおっ!? 抜けねぇっ!?」
 慌てて壁をぶち抜いてしまった足を引き抜こうとするタリウスだが上手く引っ掛かってしまっているのかなかなか引き抜くことが出来ない。
 そんなタリウスを見た蜥蜴のような異形は天井から地面へと飛び降り、足を引き抜こうと悪戦苦闘している彼の側へと歩み寄っていく。そしてタリウスの首根っこを掴むと物凄い力で自分の方に引き寄せ、そのまま後方へと無造作に投げ飛ばした。
 埃まみれの地面に叩きつけられ、埃を撒き散らしながら地面の上を転がるタリウス。すぐさま起き上がろうとするが、それよりも先に蜥蜴のような異形が迫り寄り倒れているタリウスの胸を踏みつけた。
「くっ!」
 自分の胸を踏みつけ、感情のない瞳で自分を見下ろしている蜥蜴のような異形を睨み付けるタリウス。彼には蜥蜴のような異形の瞳に自分を馬鹿にしていると言うか虚仮にしていると言うかそう言う感情が込められているように思えてならなかった。
「この野郎、馬鹿にして!!」
 胸を踏みつけている足を手で払いのけ、すかさずタリウスは起き上がる。そしてよろけている蜥蜴のような異形に思い切り振りかぶったパンチを叩き込もうとするが、蜥蜴のような異形はくるりと後方へ宙返りながら下がりタリウスのパンチをかわしてしまう。しかしタリウスもそれは読んでいたようですかさず追いかけるように回し蹴りを繰り出していく。だがそれすらも蜥蜴のような異形はトンと地面を軽く蹴って飛び下がりかわしてしまう。
「ちょこまかちょこまかし過ぎだぞ、てめぇっ!!」
 もはや完全に頭に来たとばかりに蜥蜴のような異形に向かってタリウスは怒鳴りつけた。
 しかしながら蜥蜴のような異形にはタリウスの怒りは伝わらない。チロチロと口から舌を出し、タリウスが頭に血を上らせている様を見ているだけだ。
「このっ!!」
 再度タリウスがキックを放つが、蜥蜴のような異形はそれをジャンプしてかわし、尚かつ今度は両足を揃えてタリウスの胸にドロップキックを食らわせてきた。
 思わぬ反撃を受けて吹っ飛ばされるタリウスだが、何とか足を踏ん張って倒れることだけは防いだ。しかしそこに蜥蜴のような異形が突っ込んできてタリウスに肩からぶつかっていく。これは流石に受けきれず、為すがままに吹っ飛ばされたタリウスの身体は倉庫の壁を突き破って表にまで吹っ飛ばされてしまう。
「クソッ、あの野郎……」
 仮面の下で歯をギリギリと噛み締めながら、地面に手をついて起き上がるタリウス。
「一発……一発当てられたら……」
 それで勝てるのに、と思いながらゆっくりとタリウスは立ち上がった。それが自分の思い違いなどとは思いもしない。何でもいい。とにかく攻撃を当てることだけを考えながら倉庫に向かって歩き出す。

 少し離れた場所でゆっくりと倉庫に向かって歩き出したタリウスの様子を眺めている男がいた。大型のバイクにもたれかかるようにしてじっとタリウスの戦いぶりを見つめている。
「やれやれ、あれじゃダメだな。まるでわかっちゃいない」
 呆れたようにため息をつきながらそう呟く。
「しかしながら俺が手を出すことでもない……」
 そう言ってもうタリウスのことには興味がないとばかりに大型バイクに跨ってその場から走り去ろうとした。が、すぐに思い直したかのようにバイクから降り、倉庫の方に向かって歩き出した。
「やれやれ、俺もお人好しだわ。まぁ……俺が着くまでにやられていたら同じことだけどな」
 そう呟いた男の手には数枚のカードが握られている。その内の一枚に描かれているのは魚座の星座図。

 倉庫の中へと飛び込んだタリウスは未だ気を失い倒れたままの百合子に手を伸ばそうとしていた蜥蜴のような異形に向かって飛びかかると、その肩を掴んでこちらへと振り向かせ、その顔面に向かってパンチを叩き込んだ。その一撃によろけた蜥蜴のような異形に更にパンチを食らわせると、続いて腹部に向かってキックを放つ。
 ただでさえタリウスのパンチを受けて怯んでいた蜥蜴のような異形は腹部にまともにタリウスのキックを受けて大きく吹っ飛ばされてしまう。
(やった! これで……)
 昨夜自分が怪物を倒した時もこのキックが決め手となった。この蜥蜴のような異形もこれで倒せただろう。そう思って蹴り足を降ろし、吹っ飛んだ蜥蜴のような異形の方を見やると、その蜥蜴のような異形がゆっくりと起き上がってくるのが見えた。
「な、何ぃっ!? あれで終わりじゃないのかよ!?」
 必殺のはずのキックが蜥蜴のような異形に通じていない、そのことに思わず驚きの声をあげてしまうタリウス。
「話が違うじゃねぇか! 仮面ライダーになったらあいつを倒せるんだろうが!!」
 先ほどのキックで受けたダメージが大きいのか、蜥蜴のような異形はフラフラとした足取りで、それでもタリウスの方へと向かってくる。その目には明らかな怒りと殺意の感情が見て取れた。
 ついさっきまではこの仮面ライダーを大したことのない奴だと侮っていたのだが、もう違う。やはり仮面ライダー、舐めてかかっていい相手ではない。それに何と言っても地耗星をこの仮面ライダーは倒しているのだ。まだこいつが戦い慣れていないうちに倒してしまわないと後々悪影響がでるだろう。
 徐々にダメージが回復してきたのか蜥蜴のような異形の足取りがしっかりとしてき、且つ速くなってくる。ついには駆け出してきてそのままタリウスへと飛びかかっていった。
 先ほどのキックで蜥蜴のような異形を倒せなかったことに少なからず動揺していたタリウスは飛びかかって来た蜥蜴のような異形をかわすことが出来ず、そのまま地面へと押し倒されてしまう。しかし上をとられてなるものかと身体を回転させ、ゴロゴロと埃まみれの地面の上を転がり何とか蜥蜴のような異形を振り払って身体を起き上がらせる。
(クソッ、一体どうすりゃあの野郎を倒せるんだ?)
 互いに片膝をついた姿勢で睨み合う。お互いに考えていることは同じ、如何にすれば相手を倒せるかと言うこと。しかし現状で有利なのは蜥蜴のような異形の方だ。タリウスは一体どうやれば相手を倒せるのかまるでわかっていないが、蜥蜴のような異形はタリウスをとにかく痛め続ければいいだけ。いくら仮面ライダーと言えども中身は人間、ダメージを受け続ければいつかは死んでしまう。同じだけのダメージを受けたとしても蜥蜴のような異形は死ぬことはない。元より人間以上のタフネスさを持っているし、それに加えて脅威的な回復力もある。
 蜥蜴のような異形がニヤリと笑ったのを見てタリウスは自分の不利を悟った。早くあの怪物を倒す方法を見つけないことにはやられてしまうのは自分の方だ。自分がやられてしまうと言うことはすなわち自身の死を意味する。それだけではなく、彼が守りたいと思っているものが全て失われてしまう。
(そんなこと、させてたまるか!)
 タリウスは立ち上がると同時に蜥蜴のような異形に向かってダッシュした。蜥蜴のような異形を倒す為のいい方法が見つかったわけではない。だがダメージを与え続ければいつかは倒せるはずだと、それしか自分には出来ないと思っての、半ば特攻だ。
「うおおおおっ!」
 雄叫びをあげながら蜥蜴のような異形に向かって突っ込んでいくタリウス。右腕を振りかぶり思い切りパンチを繰り出すが、蜥蜴のような異形はその場から大きくジャンプしてその一撃を軽々とかわしてしまう。今回はそのまま天井に貼り付いたりせず、天井を蹴ってタリウスの頭上から襲い掛かっていった。
「くっ!」
 渾身のパンチを思い切り空振りしてしまっていて少々前のめりにバランスを崩していたタリウスに頭上から襲い来る蜥蜴のような異形をかわすことは出来ない。もうダメだと思ってタリウスが諦めかけたその時だ、少し前にタリウスが投げ飛ばされた時に出来た壁の穴から何かが飛んできたのは。
 鋭く回転しながら飛んできた何かは蜥蜴のような異形の頭にぶつかり、そのままタリウスの手元へと落ちてきた。それを見ながら蜥蜴のような異形は少し離れたところに着地する。
「こいつは……」
 それは一枚のカード。その表に描かれているのは矢座の絵だ。
「仮面ライダーならそいつの使い方を知らない訳じゃないだろう!」
 戸惑っているタリウスに向かって声がかけられる。振り返ってみると穴のところにサングラスをかけたスーツ姿の男が立っているではないか。
「そいつを使ってさっさと奴を倒せ!」
「あ、ああ……わかった!」
 サングラスの男に向かって頷くとタリウスはカードを手に蜥蜴のような異形の方へと振り返った。そしてそのカードを思い切り前に突き出す。
「……あれ?」
 何も起こらないことに首を傾げるタリウス。
 それを見て思わず頭を抱えるサングラスの男。
 更にそれを見た蜥蜴のような異形がタリウスに向かってジャンプしてきた。
「え? え? ちょっと待てって!」
 そう言いながら飛びかかって来た蜥蜴のような異形をかわすタリウス。着地すると同時にタリウスの方を振り返り、捕まえようと手を伸ばしてくる蜥蜴のような異形のその手をかいくぐりながらタリウスはまだ頭を抱えているサングラスの男の方へと叫んだ。
「ちょっと、これどうやって使うのさ!?」
「そんなことも知らないでお前仮面ライダーやってるのか?」
 呆れたような男の声が帰ってくる。
「悪いかよ! こう見えても俺、変身して戦うのまだ二度目なんだよ! 知ってるならさっさと教えてくれ!」
 タリウスは蜥蜴のような異形が掴みかかろうと伸ばしてくる手を器用にかいくぐりながら叫んでいた。だがそれにも限界がある。遂に蜥蜴のような異形の手がタリウスの腕を掴んだのだ。
「クソッ、こいつ!」
 何とか蜥蜴のような異形の手を振り解こうとするタリウスだが、蜥蜴のような異形は物凄い力でタリウスの手を離そうとはしない。
「まったく……まるでなっちゃいない。よくそれで仮面ライダーになったものだ」
「んな御託は後でいいだろ! 早くしてくれよ!」
 相変わらず呆れたような口調で言うサングラスの男に向かってタリウスが必死の声を返す。蜥蜴のような異形が自分の腕を掴んでいる力は想像を絶するものだ。このまま掴まれていると腕ごと握りつぶされてしまいかねない。
 サングラスの男は疲れたように首を左右に振ってから顔を上げ、それから口を開いた。
「何処かにそのカードを通すスロットがあるだろ? そこに通せばいい」
「カードを通すスロット!?」
 男に言われたスロットを慌てて探すタリウス。すると左腕の手甲にそれっぽい溝があることに気がついた。
「こいつか! この、離れやがれ!!」
 相変わらず自分の腕を掴んで離さない蜥蜴のような異形と自分の間に足を無理矢理ねじ込み、押し出すようにして相手の腹を蹴る。それによりようやく蜥蜴のような異形がタリウスの手を離した。それを見てからすぐさま手にしたカードを左腕の手甲にあるスロットに通す。
『”Sagitta”Power In』
 機械的な音声が流れ、タリウスの前に光のカードが現れた。そこに描かれているのは矢座の星座図。今度は何の躊躇いもなくそのカードに向かってタリウスは左腕を突っ込んだ。すると光のカードがタリウスの左腕に吸い込まれるようにして消えてしまう。次いで左腕の手甲が半回転し、中央から二つに分かれて上下に展開する。それはさながら弓のように。
「こいつは……」
 弓のようになった左腕の手甲を見て驚きの声を漏らすタリウス。だがすぐに気を取り直し、蜥蜴のような異形を振り返った。勿論左腕をそちらに向けることも忘れない。
「行くぜ、蜥蜴野郎!」
 すっと右手を左腕の弓状になった手甲に添え、弓を引き絞るようにゆっくりと後ろに引く。するとそこに光の矢が出現し、タリウスが右手を離すと同時に光の矢がそこから放たれた。
 放たれた光の矢はまさしく光の如き速さで蜥蜴のような異形に迫り、その胸を貫いた。
「よし! とどめを刺せ!」
 光の矢に貫かれた蜥蜴のような異形を見てサングラスの男が叫ぶ。それにタリウスは頷き、ゾディアックガードルからカードを引き抜き、それを前方に放り投げた。するとそこにタリウスと同じくらいの大きさの光のカードが出現する。そこに描かれているのは射手座の星座図だ。
「おおおっ!」
 雄叫びをあげながらそのカードを突き抜け、タリウスは全身に光を纏わせながらジャンプする。そしてそのまま右足を振り抜いていく。いわゆる飛び回し蹴りという奴だ。
 タリウスの右足が蜥蜴のような異形に直撃する瞬間、タリウスが全身に纏っていた光がその足に収束し、そのまま蜥蜴のような異形に流れ込んでいった。直後、タリウスの目の前で蜥蜴のような異形が大爆発を起こした。だがその爆発はすぐに収束し、その後には小さな水晶玉が残される。
「……勝った」
 そう呟き、タリウスはその場に座り込んだ。そしてゾディアックガードルからカードリーダーを抜き取り、変身を解除する。
「……助かったぜ。あんたがいなけりゃやられてた……ってあれ?」
 流星がそう言いながら壁の穴の方を振り返ってみるがそこにはもう誰の姿もなかった。遠ざかっていくサングラスの男の後ろ姿が見えているだけ。
「……返さなくていいのかよ、あのカード」
 どっちかと言うとその方が助かる、と思いながら流星はその場に倒れ込んだ。
 際どい戦いだったが何とか勝つことが出来た。百合子は未だに気を失っているが無事だ。色々と課題の多い戦いだったが、今はちょっとぐらい休んだっていいだろう。そう思って目を閉じる。
 そんな彼の耳に遠くからサイレンの音が聞こえてきていた。

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