「うわぁっ!!」
 大きく吹っ飛ばされて、地面に出来ていた水溜まりの中に倒れ込んだのは仮面ライダータウロスだった。だが、すぐに手をついて身を起こす。
「くそっ、あの馬野郎!!」
 吐き捨てるようにそう言い、自分を吹っ飛ばしたペガサス怪人の方を睨み付ける。
 そのペガサス怪人は仮面ライダーレオ、仮面ライダースコルピスと二人のライダーを相手に一歩も引かない戦いを演じていた。もっとも二人のライダーの間に連携など無く、その攻撃をあしらうことはペガサス怪人程の力があれば容易であるのだろう。事実、つい先ほどまではそこにタウロスも加わっていたのだ。
 三人のライダーを相手に一歩も引かず、それどころか軽々とあしらっている。ペガサス怪人の力は仮面ライダー達を遙かに凌駕しているのか。
「フフフ……三人もいてその程度なのか?」
 レオの放ったパンチを軽々と受け流しながらペガサス怪人が嗤う。
「こいつらが邪魔をしなければ貴様など……!」
 棒状に組み替えたメガアンタレスを突き出しながらスコルピスが言う。
 さっと飛び上がって突き出されたメガアンタレスの上に軽々と降り立つペガサス怪人。
「貴様など……何だと言うのだ?」
 嫌味な口調でそう言うと、スコルピスの顔に蹴りを喰らわせる。その一撃は尋常な威力ではなく、スコルピスの身体が軽々と宙を舞った。そしてそのまま地面に叩きつけられてしまう。
 ペガサス怪人は更に身体を回転させながらの回し蹴りをレオに喰らわせ、レオも大きく吹っ飛ばしてから悠々と地面に降り立った。
「貴様らなど本気を出せばこんなものだ。所詮は人間の作ったもの、たかが知れている……」
 まるでペガサス怪人を中心に三角形を描くかのような形で吹っ飛ばされ、何とか身を起こしたばかりの三人の仮面ライダーを見回しながらペガサス怪人は言う。その姿には余裕と自信が満ちあふれていた。
(くそっ、やっぱりこいつらを何とかまとめねぇと勝ち目はねぇか……)
 自分と同じように身を起こしたばかりの二人の仮面ライダーを見やるタウロス。
 少なくても今の自分たちよりも実力が上であるペガサス怪人を倒すには自分たちの力を結集して挑まなければならないだろう。だがレオもスコルピスもまるで協力しようとはしない。互いに自分一人でペガサス怪人に勝つつもりでいるようだ。
(けっ、若いってのはよ……)
 自分よりも若いであろう二人のライダーのその無謀とも言える考えに、少し羨ましくもあり少し苛立ちもするタウロス。
「舐めるなと前にも言ったはずだ」
 そう言いながらゆっくりと立ち上がるレオ。
「たかが人間と舐めていると痛い目を見る。前回のことを忘れたか?」
「何だと?」
 そう言ってペガサス怪人がレオを睨み付ける。
「……本気と言うことならばまだこちらも見せてはいない。それを思い知らせてやる」
 今度はスコルピスが立ち上がる。そして手にしているメガアンタレスを棒状から銃形態へと組み替え、その銃口をペガサス怪人に向けた。
「あの時は不覚を取ったが今度はそうはいかない。俺はこんなところで足踏みしているわけにはいかないんでな」
「……ほう?」
 興味深げにスコルピスの方を見るペガサス怪人。
「あー、全く……若いってのはあれだな。無謀って言うか何て言うか」
 よっこらせっとかけ声をかけながら立ち上がるタウロス。
「こんな連中に付き合うこっちの身にもなれってんだよ」
「何を言っている?」
「まぁ、何だ。とにかくよ、お前をぶっ飛ばすって事だ」
 怪訝な顔をするペガサス怪人にそう言い、タウロスアックスを構えて思い切り睨み付ける。
 三方から睨み付けられながらも、それでもペガサス怪人の余裕な態度は崩れない。
「フフフ……ならば見せてみろ、お前達の力を。本気を。その全てを叩き潰してやる!」

仮面ライダーZodiacXU
Episode.13「激突する魂-Crashing soul-」

 時間は少し遡る。
 北川 潤はテーブルの上に置いた三つの水晶玉と愛用のノートパソコンを前にうつらうつらしていた。
 昨日の夕方、蚤怪人を倒した後マンションに戻ってきてからずっとあることを彼は考え続けて、そして気がつけば朝になっていた。しかし、それだけ考えても結論は出ていない。
 そうこうしているうちに朝が来てしまい、流石に体力の限界に来たのかついつい居眠りをしてしまっているようだ。
「あれ?」
 不意にそんな声が聞こえてきたので北川がぼんやりと目を開けてみると、同居人の相沢祐名が少し驚いたような顔をして彼の方を見ているのが見えた。
「おじさん、もしかして徹夜したの?」
「ん……ああ、まぁそんなところだな」
 目をこすりながらそう答えた北川はすぐにテーブルの上に置きっぱなしになっている水晶玉を手に取り、ポケットの中にねじ込んだ。水晶玉を見ただけでそれが一体どう言うものでどう言う意味を持つのかがわかるとは思えないが、何となく見せたくはなかったのだ。
「祐名はいつもこんな時間に起きてるのか?」
 時計を見てみるとまだ五時である。外は薄暗い。朝食の準備をするにしたって早すぎる時間だ。
「何となく目が覚めただけ。コーヒーでも淹れる?」
「いや、すぐに寝るからいい」
 台所の方に向かう祐名にそう答え、北川は立ち上がり、大きく伸びをした。それからやはり開きっぱなしになっていたノートパソコンを閉じる。
「それで徹夜までして何してたの?」
 冷蔵庫を開けて中から牛乳のパックを取り出しながら尋ねてくる祐名。
「ああ、いや、仕事だよ仕事。ちょっと締め切りがやばいのがあってな」
「ふぅん……私たち、邪魔してないかな?」
「邪魔って?」
「おじさんの仕事の邪魔。もし私たちがいることでおじさんの仕事の邪魔になっていたら悪いなぁって」
 パックからコップに牛乳を移し替えながら言う祐名。
「何言ってんだよ。お前らをここに住むように誘ったのは俺の方だぜ? それに祐名や一雪がいるお陰で朝飯昼飯晩飯とちゃんと食えてるんだ。感謝こそすれ迷惑になんか思うかよ」
 そう言った北川は彼自身気付かないままに少しきつめの口調になっていた。
「だいたいこの仕事だって俺がさぼっていたから徹夜する羽目になっただけだぜ。祐名が気にすることはないって」
 祐名が少し怯えたような顔をしていることに気付いたのか、北川は苦笑を浮かべてそう言う。どうやら寝不足の為に少し気が立っていたみたいだ。そんな自分に反省を促しながら北川は自分の寝室へと向かう。勿論テーブルの上のノートパソコンを片手に、だ。
「それじゃ俺は寝る。火の元と戸締まりだけはしっかり頼むな」
「うん、了解」
 祐名の返事を背に北川は寝室に入り、ドアを閉じた。それからベッドの上にまるで倒れ込むかのように横になり、目を閉じる。
「結局、なるようにしかならねぇか……」
 その呟きを最後に北川は眠りの世界に引きずり込まれていくのであった。

 北川が本格的に眠りについたのと同じ頃、郊外にある竹林の中では獅堂 凱の特訓が未だに続けられていた。一晩中特訓は続けられていたらしく、付き合わされ手伝わされている敷島慎司はかなり疲労のたまった眠たそうな顔をしている。
「獅堂さん、そろそろ帰りましょうよ。これ以上やったら先に獅堂さんの身体の方が参っちゃいますよ?」
「いや、まだだ。この程度のことが出来なくてこの先どうやって戦い抜ける」
 獅堂の身体のことを気遣うのが半分、もう半分は自分の身体を気遣いたい敷島の意見をあっさりと否定する獅堂。しかし、その身体は敷島が心配する通りボロボロになっていた。いつも着ている黒いコートは近くに脱ぎ捨てられているが、その下に着ていたシャツは何度も若竹に打ち据えられてもはやボロ布同様になっている。その破れ目から覗く素肌も青アザを越えてもはや紫になり、明らかに内出血しているのが見て取れる程だ。
「……卯月さんのことも気になりますし」
 少しどころではなく不安げな顔をする敷島。
 特訓をしている最中、一度だけかかってきた卯月みことからの電話。だが、ほんの少し会話をしたところでいきなり切れてしまった。それ以降何度かけてもみことは一度も出ない。何かあったに違いないと思うのだが、獅堂は彼女のことよりも自分の特訓を優先させた。
「絶対に何かあったと思うんですけど」
「……大丈夫だ。卯月があの二人の側にいたなら絶対にな」
 何処か自信ありげに獅堂が言う。
 その自信の根拠がわからない敷島が不審げな表情を浮かべて彼の方を伺うと、獅堂はボロボロになったシャツを脱いでいる最中だった。鍛え上げられた、引き締まった上半身のあちこちに紫色になった部分が見える。
「ほ、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと言った。だいたいあの二人には例のおっさんがいるんだ。あのおっさんがあの二人の危機を見逃すはずがない」
「いや、そっちじゃなくって獅堂さんの身体の方が……」
「俺のことなら気にするな。それより続けるぞ」
 ボロボロのシャツを脱ぎ捨て、獅堂はまた例のポジションに立った。どうやら上半身裸のまま特訓を再開するつもりらしい。
「ちょ、ちょっと待ってください! そんな格好でやるなんて無茶ですよ! ただでさえそんな内出血だらけなのに……」
「気にするなと言ったはずだぞ、敷島。お前は黙ってやればいい」
 驚きの声をあげる敷島を一睨みして黙らせる獅堂。
 押し黙った敷島は渋々ながら獅堂の言うことに従った。昨日から幾度と無く獅堂の身体を打ち据えた若竹の先端を持ち、大きくしならせる。いつ手を放すか、それは敷島に一任されている。
(もう知りませんからね……)
 頭の中でそう思いながら若竹から手を放す敷島。
 限界までしならされていた若竹が元に戻ろうとする、その勢いは物凄い。獅堂はその若竹が元に戻ろうとする軌道上に立っている。とっさにジャンプしてかわそうとするが、そのタイミングは全く遅く若竹が思い切り彼の身体を打ち据えた。
「ぐうっ!!」
 今までは間にシャツ一枚挟んでいたのだが今度は直接地肌を、しかも内出血している場所を打ち据えられたのだ。その痛みは想像を絶する。獅堂は思わずその場に踞ってしまった。
「さ、流石に効いたな……」
 額に脂汗が浮かぶ。表情も何処か引きつっているが、それでも痛みを堪えてすぐに立ち上がる。
「続けるぞ、敷島!」
 心配そうな、不安そうな顔をしてこちらを見ている敷島に向かって叫ぶ獅堂。

 獅堂が苦行とも言える特訓を未だ続けていた頃、とある洞窟の出口の前で一人の中年男が真剣な顔をして中にいるであろう倉田一馬の出てくるのをじっと待っている。彼は一馬の武術指南役。空手や柔道を始め、およそ武術と呼ばれるものならば何でもこなす達人級の男。その彼の手には弓と矢が握られているのは一体何故だろうか。
 昨夜からずっと彼はその場を一歩たりとも動くことなく一馬が出てくるその瞬間を待ち続けていた。そして、その時は近い。洞窟の中から感じ取れる気配が大きくなってきたことで彼はそれを悟ったのだ。
 すっと手に持っていた弓に矢をつがえ、構える。まるで洞窟から出てくる獲物を狙っているかのように、神経を研ぎ澄ませ、中から一馬が出てくるのを待つ。
 矢には勿論金属製の鏃がつけられており、当たり所が悪ければ死に至る可能性もあった。それを知りながらも、それでも武術指南の男はあえて外そうとはせず、それどころかその矢を出て来るであろう一馬に向けて構えているのだ。
 これこそが死の恐怖を乗り越えたいと願う一馬に対する武術指南の答えであった。
 一馬が洞窟に入る前に洞窟内部には命に関わるような仕掛を内部に施してあると言っておいたが、それは嘘だった。洞窟の中を、光一つ無い暗闇の中を、足下すらおぼつかない中を歩かせているのは彼の集中力を研ぎ澄ませる為。極限まで集中力を高めれば自ずと死の恐怖に身体が硬直してしまうことはなくなるはずだ。死の恐怖に心を乱されることはなくなるはずだ。
 そして、最後の仕上げは洞窟の出口における必殺の罠。暗闇から脱出出来るという安堵感、そこに生まれる隙をついての必殺の罠。いや、それでもこちらは殺気を放っている。注意していればすぐに気付けるだろう。だが、どう言う罠が待ち受けているか相手にはわからない。その恐怖に打ち勝ち、外に出てくることが出来るか。更にはその罠、この場合は武術指南による弓矢の一撃だが、それをかいくぐることが出来るか。
 それが出来れば死の恐怖など克服したも同じ事だと彼は考えている。いや、実際のところ死の恐怖を完全に拭い去ることは不可能だ。死の恐怖とは人が人である限りどうしても拭い去ることの出来ない本能的な恐怖。それを前にした時にどうするか。所詮はそれだけのこと。死の恐怖があるからこそ生きる為に、生き残る為に必死になるのだ。
 足音が、おそらくは一馬のものであろう足音が段々と洞窟の出口に近付いてくる。男がぎりりと弓を引き絞り、狙いを定めると、いきなり足音が止まった。どうやらこちらの放つ殺気に気付いたようだ。少しの躊躇の後、再び足音が聞こえ始めた。覚悟を決めてこちらへと来るつもりのようだ。
(流石は若様)
 口元に感心の笑みを浮かべつつ、それでもその一瞬を見逃さないよう更に集中する。洞窟の外に出たその瞬間、もっとも油断してしまいそうなその一瞬を狙う為に。
 足音はかなり慎重に外へと続く出口へと近付いてくる。洞窟の中にこそ罠があると思っている一馬にはまさか洞窟の外から狙われているなどとは思いもよらないことだろう。それこそが油断となり、まさしく命取りとなる。
 再び足音が止まる。どうやら警戒しているようだ。だが、いつまでもそこにいるわけにも行かない。そう思ったのか、足音が動き始めた。慎重且つ大胆に洞窟の出口へと近付いてくる。どうやら最後の罠に対する覚悟が決まったらしい。
 一馬の姿が洞窟の出口から見て取れた。たった一晩だけだったと言うのにその頬はやつれ、足下もおぼつかない。光一つ刺さない真の暗闇に相当精神を疲弊させてしまっているようだ。それでもその目はギラギラと輝いている。どうやら闘志は失われていないらしい。
 その一馬に向かって武術指南役の男は容赦なく矢を放った。命中すればただでは済まない。それどころか下手をすれば死んでしまうかも知れない。だが、それでも何の躊躇もせずにフラフラの一馬に向けて矢を放つ。
 一歩、また一歩と少しよろけながら洞窟の外に出てくる一馬に放たれた矢が迫っていく。その矢が彼に命中しそうになったその時、一馬の手がその矢を受け止めていた。矢を掴んだ手を下ろしながら、武術指南の方を向いてニヤリと笑う。
「随分な真似をしてくれるな、元谷」
 そう言った一馬に向かって武術指南はすぐさまその場で平伏した。
「申し訳ございません、若様」
「いや、いい。お前のお陰で死の恐怖を乗り越えることが出来そうだ」
 平伏している武術指南の側まで歩み寄ってそう言った一馬は手にした矢をその場に投げ捨て、ゆっくりと歩き出す。
 何一つ見えず、足下すら覚束ない真の暗闇。痛い程の静寂。その二つが与える強烈なまでのストレスが精神を磨り減らす。更に洞窟内部に仕掛けられていると言う罠。下手をすれば命にも関わりかねないと言うそれを越えなければ外に出ることは不可能と言う状況が心を絶望に落とし込む。だが、それらを乗り越えた時、一馬の心は更に強く成長していた。極限まで研ぎ澄まされた彼の集中力は飛んでくる矢を掴み取る程までになっていたのだ。 もはや死の恐怖に身体が動かなくなることはないだろう。一度は自分を死の恐怖に凍り付かせ、一敗地にまみれさせてくれたあのペガサス怪人を今度はこちらが倒してやるのだ。
「思い知らせてやる……この俺を怒らせるとどうなるかをな」
 静かに呟く一馬。その目には暗い復讐の炎が燃えていた。

 朝からそんなに天気はよくなかったが、遂に雨が降り始めたのを見て祐名はため息をついた。
「あーあ、降り出しちゃったか。やっぱり傘持ってくるべきだったね」
 彼女と同じように降り出した雨を窓越しに見てそう言ったのは彼女の双子の兄姉である一雪だった。
「一雪がもう少し早く起きてくれたらあんなに慌てないでもよかったもん」
「……それを言われると結構痛い……帰りにコンビニでビニール傘買うよ。祐名の分も」
 ジロリと一雪を見やる祐名に、ちょっと引きつった笑みを浮かべながら答える一雪。どうも一雪は女性には弱いらしく、双子でありながらも祐名には頭が上がらないところがある。
「よろしい。それで手を打ちましょう」
 そう言って笑みを浮かべる祐名。
「何、傘を持ってないとな?」
 と、いきなり二人の間に割り込んできた少年がいた。クラスメイトで一雪とは腐れ縁の親友である天海 守である。
「祐名ちゃん、俺偶然にも傘二本持ってんだ。一個使ってくれていいぜ」
 そう言いながらさっと祐名の方に折り畳み傘を差し出す天海。本人は偶然と言っているがどうにも用意周到な感じが否めない。
「何で二本も持ってるのさ?」
 一雪がそう問いかけると天海は彼の方を振り返り、ぎこちない笑みを浮かべて見せた。
「な、何、偶然って言っただろ。偶然だよ、偶然。たまたまって奴さ」
「何がたまたまよ。どうせあれでしょ、この前雨降りそうで降らなかった日に持って帰るの忘れていただけでしょ」
 少し呆れたような声が聞こえてきたので男二人して振り返ると、そこには本当に呆れ顔のクラス委員長、初野華子が立っている。ちなみに彼女、天海の幼馴染みでもある。
「むむ……流石は華子……」
「あんたとはそれこそ生まれた時からの付き合いだものね〜」
「なんだその言いぐさは。それは俺のセリフだ」
「あ〜あ、全く……」
 ため息をつきつつ、華子が二人の側から離れていく。
 その後ろ姿を見送りながら天海が首を傾げた。
「何しに来たんだ、あいつ?」
「さぁ?」
「ところで祐名ちゃん、これ、気にしないで使ってね」
 くるりと祐名の方を向き、満面の笑みを浮かべて言う天海。だが、彼が見たのはいつの間にか間に割って入っていた磯谷 桜の後頭部だった。
「ねーねー、祐名ちゃん。今日の帰り、ちょっと付き合ってよー」
「ん〜、でも雨降ってるしな〜」
「その頃までに止むよ〜。だからぁ、付き合ってよぉ〜」
「おいこらちびっ子」
「晩ご飯の準備もしなくっちゃいけないし、あまり時間はとれないよ?」
「それでもいいから〜」
「おいこら、そこのちびっ子」
「なぁによぉ? それにちびっ子言うな」
 話の邪魔をされたことを不愉快に思ったのか、ムッとした顔をして振り返る桜。そして思い切り天海の足を踏みつける。
「ぐおおおっ!!」
 思い切り踏みつけられた足から脳天にまで突き抜けるような痛みに思わず苦悶の声をあげる天海。
 そんな彼を一瞥してから桜はまた祐名の方に向き直る。
「そーだ、それなら買い物もして帰ろうよ。それなら一石二鳥でしょ?」
 先ほどとは一転して笑顔で祐名に話しかける桜。
 その変わり身の余りもの速さに思わず苦笑してしまう一雪だった。
「雨が止んだらね。止まなかったらその話は無し。それでいい?」
「OK、絶対に止むって」
 祐名の言葉に笑顔で頷く桜だが、外の雨はまだ止む気配を少しも見せてはいなかった。この調子だと桜との約束は無しになるだろう。別に桜と一緒に遊ぶのが迷惑でも嫌なわけでもないが、何となく今日はそう言う気分にはなれなかったのだ。
 そんなところにがらがらがしゃんと何か派手にものが倒れるような音が聞こえてきた。音の聞こえてきた方を見ると今だ悶絶していたらしい天海が足を椅子に引っかけ、更に机まで巻き込んで豪快に転んだらしい。
「何やってるんですか、この類人猿!!」
 怒ったような、呆れたようなそんな声が聞こえてくる。天海にとって天敵とも言える白鳥真白だ。そこそこ名家のお嬢様でその口調は丁寧だが性格は結構容赦がない。天海からは「似非お嬢」と呼ばれ、その天海を「お猿さん以下」「類人猿以下」などと言い放つ、口喧嘩が絶えない関係を築いている。
「少しは大人しくすると言うことが出来ないんですか、あなたは!!」
 一方的に怒鳴り立てる真白。
 普段なら天海が何か言い返すところなのだが、今回は思い切り足を踏みつけられて悶絶していたところに豪快に転び、頭でも打ったか目を回している。反論したくても出来ないと言うところだろう。
「そもそもあなたはいつも何でそう落ち着きがないのですか! 男子たるもの多少の物事には動じず……」
 天海が聞いてないことなどお構いなしに真白の演説は続く。
 これもいつものことなのでクラスメイトの誰もがただ苦笑を浮かべてみているだけなのであった。

 降り出した雨が徐々に本格的なものになりつつあると言うのに獅堂は未だに特訓を続けている。裸の上半身は既に傷だらけで内出血していたところも皮膚が破れて血が滲み出ていた。
「獅堂さん、少し休みましょう。でないと保ちませんよ」
 もうすっかりびしょ濡れになっている敷島がそう言うが、獅堂は険しい顔をして首を左右に振った。
「ダメだ! 続けるぞ!」
「そんな〜……付き合ってる方の身にもなってくださいよ〜」
 そう言ってその場に座り込む敷島。
「昨日から一睡もしないで、飲まず食わずでやってるんですよ。少しくらい休ませてくれたっていいじゃないですか」
 いかにも不服そうに、疲れ切った口調で敷島が言うので獅堂は何も答えずに黙り込んだ。そして彼と同じようにその場に座り込む。
 二人とも雨に濡れることにはもう気にならない様子だった。今はただ休みたい、それだけのようだ。
「……敷島、お前は一旦車に戻れ。お前に風邪でも引かれたら困るからな」
「あ、は、はい」
 余りにも突然の獅堂の言葉に戸惑いつつも、敷島は立ち上がった。ゆっくりと彼らの乗ってきたバンの方へと歩いていく。
 敷島の姿が見えなくなってから獅堂は地面を思い切り殴りつけていた。
「くそっ!! こんな事で……っ!!」
 悔しそうな声が彼の口から漏れる。どうやらこの姿を彼は敷島には見られたくなかったらしい。
「これしきが出来なくて奴に勝てるわけが……!!」
 苛立ちは自分に向けられたもの。自らが考案した特訓が上手く行かない、何度やっても思うようにいかないことに対しての苛立ち。自分はこの程度のものだったのかと言う失望感。その二つに加えて自分よりも上の実力を持つペガサス怪人のこともある。あいつを倒さないことにはこの先はない。
「くそっ、どうすれば……」
 一体どうすればあのペガサス怪人に勝つことが出来るのか。自分なりに考えてこの特訓を思いついたのだが、その特訓すらままならない。もはや八方ふさがりだ。
『だからお前はダメなんだよ、獅堂』
 不意に脳裏に思い起こされる声があった。
 あれはまだ彼が研究所にいた頃のこと。彼よりも先に仮面ライダーとして選ばれ、その訓練を受けていた男のこと。獅堂が何度挑みかかっても決して勝てなかった男のこと。

 投げ飛ばされた獅堂が地面の上に転がる。だが、すぐに身を起こすと自分を投げ飛ばした男を見上げ、思い切り睨み付けた。
「も、もう一度だ!」
「やれやれ、何度やっても同じだって。ま、付き合ってやるけどな」
 その男は少し困ったような顔をしながらもそう答えて身構える。だが、そこに気負いなどまるでなくあくまでも自然体だ。
「オオオッ!!」
 立ち上がると同時に男に向かって飛びかかっていく獅堂。鋭く且つ威力を込めた拳を突き出していくが、男はあっさりとその拳を受け流し、それだけでなく彼の足をも払っていた。ふわりと獅堂の身体が宙を舞ったかと思った瞬間、彼の身体が一回転し、そのまま地面に叩きつけられてしまう。
「がはっ!」
 背中を強打し、一瞬彼の意識が飛びかけた。
 そんな獅堂の顔を覗き込んでくる男。
「おーい、生きてるか?」
「くっ……まだまだ」
 そう言って身を起こそうとする獅堂だが、それを男が押しとどめた。
「やめとけやめとけ。今のお前じゃ何度やっても同じ事だ」
「なんだと!?」
「お前はあれだ、頭に血が上りやすい。それに何て言うか、真っ直ぐすぎる。悪いとは言わないんだが、どうもそれが裏目裏目になってしまってるな」
「…………」
 男の言葉に思い当たるものがあるのか獅堂は押し黙る。
「もっと冷静になれ。相手を見極めろ。集中しろ。緊張感を保ち続けろ。俺が言えるのはそれくらいか」
 そう言って男はニヤリと笑い、立ち上がった。
「まだだ! もう一度……」
 慌てて獅堂も起き上がるが、その彼の前に男がすっと指を突きつける。
「だからお前はダメなんだよ、獅堂」
 そう言った彼の顔には先ほど浮かべた笑みはない。やけに真剣な顔をしながら獅堂を見下ろしている。
「いいか、実際の戦いになったら”もう一度”なんてものはない。あるのは勝つか負けるか、死ぬか生きるか、だ。俺たちが相手にしようとしているのはそう言う奴らなんだよ」
「そ、そんなことは」
 わかっていると続けようとして、だが獅堂がそれを口にすることは出来なかった。男が獅堂を思いきり殴り飛ばしたからだ。
「わかってないな、獅堂。これは訓練だ。だからもう一度と言わず何度だって出来る。だが実戦はそうはいかない。やられたらそこでお終いなんだよ」
 再びしゃがみ込み、獅堂の顔を見ながら男が続ける。
「仮にさっきまでのが実戦だったとしたらお前は今日だけで何度死んだ? 俺が敵だったらお前は何度死んだんだ?」
 男の辛辣とも言える言葉に獅堂は返す言葉もなかった。それが事実だからだ。
「甘えるなよ。俺たちが背負わなくっちゃならないものは大勢の人たちの、何の罪もない人たちの命だ。絶対に負けるわけにはいかないんだよ」
 それだけ言うと男は立ち上がり、そのまま獅堂をその場に残して歩き出した。
「もう一度なんて無いんだよ、俺たちには。いつだって命をかけて、それこそ背水の陣でのぞまなけりゃいけないんだ。それを肝に銘じておくんだな」
 身を起こしたままの姿勢で男の言葉を聞いている獅堂。だが、男の言葉は彼の胸の奥に深く刻み込まれたのであった。

「そうだ……俺たちに、俺には”もう一度”と言う言葉はない……」
 そう呟いて立ち上がる獅堂。
 素早く周囲を見回し、自分が脱ぎ捨てた黒いコートを見つけるとそこに歩み寄り、内側から大降りのナイフを取り出した。しかも一本ではない。予備として持っているもう一本の大型ナイフも取り出している。
 取り出した二本のナイフを手に持ち、散々自分を打ちのめした若竹の方へと歩き出した。自分を何度も打ち据えた部分には血がついているのですぐにわかる。その部分にナイフを二本ともくくりつける。
「……これでいい」
 ナイフが丁度自分の心臓に当たる位置だと言うことを確認し、獅堂は満足げに頷いた。
「な、何やってるんですか、獅堂さん!!」
 いきなり後ろからそんな声が聞こえてきたので振り返ってみると、そこには車の方に戻ったはずの敷島が立っている。手にはタオルと缶コーヒー。どうやら獅堂の様子を見に戻ってきたようだ。
「丁度いいところに来た。また頼む。これで最後だ」
 獅堂はそう言うと、また例の位置についた。
「ちょ、ちょっと待ってください! こんなものくくりつけて、これじゃ怪我どころじゃ済みませんよ! 下手したら獅堂さんが!!」
 若竹にくくりつけられたナイフを見て敷島が叫び声を上げるが、獅堂は黙ったまま何も答えない。それどころか早くやれとばかりに彼を睨み付けてくる。
「で、出来るわけないじゃないですか!」
「……やれ。俺のことなら構う必要はない」
「やれるわけないでしょう! 獅堂さんに何かあったら……」
「この程度で死ぬならその程度のことだったと言うことだ。この先、あいつよりも強い奴が必ず出てくる。これしきのことで躓いていたら戦ってなどいけるか」
 獅堂が強い口調でそう言い、敷島にやれと目で促す。
 仕方なしに敷島は若竹をしならせ始めた。手を放すタイミングは任されている。だが、手を放し、獅堂が失敗すれば、彼は少なくても重傷、下手をすれば死んでしまう。
(出来るはずがない……!!)
 手から放れようとする若竹を必死で押さえる敷島。
 もしも獅堂が死んでしまえばあの怪物達を誰が倒すというのか。一応北川がいるにはいるが、彼はそれほど若いわけでもないのだ。体力的な問題から考えても獅堂が一番仮面ライダーに適しているはずだ。少なくても敷島はそう信じている。だから自分の手で彼に傷を負わせることなど出来るはずもない。ましてや命を奪うなど。
 そんな敷島の葛藤をよそに獅堂は目を閉じてその瞬間を待っていた。目を閉じ、心を落ち着かせ、いつでも動けるような体勢を取っておく。一瞬でもタイミングが遅れれば死ぬ可能性がある。やり直しはきかない、まさしく命がけの真剣勝負。その緊張感たるや今までの比ではない。
 一体どれだけの時間が過ぎただろうか。
 雨の降る中、二人はじっと動かないまま。
 だが、その均衡が破れる時が来た。ずっと元に戻ろうとする若竹を抑えていた敷島の手が雨で滑ってしまったのだ。
「あっ!」
 驚く彼だが、もはやどうすることも出来なかった。彼の手を放れた若竹が元に戻ろうと勢いを増す。その先にくくりつけられているナイフが獅堂の身体を目指して唸りを上げる。
「獅堂さんっ!!」
 そう叫んで、その後起きるであろう惨劇に思わず敷島は目を閉じてしまった。
 堅く目を閉じてから数秒経ったが、何も聞こえなかった。獅堂が苦悶の声をあげることも、吹っ飛ばされ倒れる音も、何も。恐る恐る目を開けてみると何事もなかったように獅堂は元いた位置に立っている。
「し、獅堂さん……?」
 目を閉じている間に何が起こったのだろうか。恐る恐る声をかけてみると獅堂は彼の方を向いて小さく、しかししっかりと頷いてみせた。どうやら見事しなる若竹を、ナイフのくくりつけられた若竹を飛び越えることに成功したらしい。
「これで完璧と言うわけでもないが、奴に対する策の一つにはなるはずだ」
 獅堂はそう言うと若竹にくくりつけたナイフを外し始めた。そしてそれを黒いコートの内側に戻し、そのコートの袖に手を通す。雨に濡れてびしょ濡れだったが、下に着ていたシャツはボロボロでもう着られそうにもない。流石に上半身裸のままで動き回ろうという気にはなれなかった。
「いくぞ、敷島。奴に借りを返す」
「は、はい!」

 携帯電話の着信メロディが鳴っている。
 掛け布団の下から手を伸ばし、着信メロディの鳴り続けている携帯電話を掴み取ると、そのまま布団の中に引きずり込んだ。
「もしもし……ああ、あんたか」
 半分寝惚けたような声。
「悪いな、寝てたところだ」
 そう言いながら身を起こしたのは北川だった。早朝、祐名と別れてベッドに転がってからずっと寝ていたらしい。髪の毛は寝癖がついてぼさぼさになっている。
「原稿なら後で持っていくよ。ちゃんと出来てるから安心しろって」
 どうやら何処かの出版社からの電話らしい。そこそこ売れっ子のルポライターをしている彼は色々な出版社で原稿を書いているらしい。
「何だよ、締め切りまだだろ? ああ、わかってるって。それじゃ、また後でな」
 そう言って携帯電話を切り、液晶モニターの時計を確認してみる。もうとっくにお昼は過ぎていた。携帯電話をベッド脇のサイドテーブルの上に戻し、ベッドから降りて大きく伸びをする。まだ少し身体の節々に痛みが残るが、それも気になるようなものではない。
「……何だ、雨降ってるのか」
 窓の外、暗い空から降る雨を見てぽつりと呟く。
「面倒くさいな……」
 移動手段と言えば基本的にバイクの彼からすれば雨はあまり歓迎したいものではない。一応車の免許も持っているが、維持費がもったいないので車自体は持っていなかった。だが、こう言う雨の日はやはり車の方が便利だろうとは一応思っている。何と言ってもいちいちレインコートを着たりしなくてもいいからだ。
「止んでくれねぇかな……」
 雲の様子からするとあまり期待は持てそうにもなかったが、それでも絶対に止まないと言うことはないかも知れない。とりあえず仕事は仕事なのだから行かないわけにもいかないのだ。
「とりあえず昼飯食ってから考えるか」
 雨が止まないならタクシーでも拾っていけばいい。そう考えながら北川が寝室から出てリビングに向かうとテーブルの上には祐名が用意してくれてあった昼食が乗っていた。今日のメニューは野菜炒めのようだ。こうやってちゃんと昼食を作っておいてくれる祐名に感謝しながらそのお皿を電子レンジに持っていく。レンジで野菜炒めを温めている間に炊飯ジャーからご飯をよそって、愛用のマグカップと共にテーブルに運ぶ。マグカップにお茶を注ぎ込んでいる間にチンと言う音が聞こえてきた。どうやら温め終わったらしい。電子レンジの中からお皿を取りだしてテーブルに運び、ようやく自分も椅子に座る。
「それでは、いただきます、と」
 ちゃんと手を合わせてそう言ってから箸を掴む北川。
 少し遅めの昼ご飯を食べながら、天気予報でもやってないかと思ってテレビのリモコンに手を伸ばす。電源のボタンを押して、テレビが付くと丁度天気予報が始まるところだった。
「おお、ナイスタイミング」
 そんなことを呟きながら天気予報を見ているとこの雨は夕方頃には止むだろうとのことだった。同じ止むならもう少し早めに止んで貰いたいものだ、と思いながらテレビを消す。
 何にせよ出掛けなければならないことに変わりはない。食べ終わったお皿を流しに持っていき、軽く洗ってから食器洗い機に放り込む。
 面倒くさいなと思いながら着替え、玄関にまで行ってレインコートを取り出した。帰りには止んで貰いたいな、と思いながらレインコートを着、持っていく原稿を防水の鞄に入れて部屋を出る。エレベータで地下駐車場にまで下り、止めてあった大型バイクの側までやってきた時だった。一瞬、北川の顔に驚きのような、緊張のようなそんな表情が浮かぶ。ポケットの中に入っている三つの水晶玉が激しく震動を始めたのだ。
 それはつまり、例の怪物達が近くにいるという証。例の怪物達が行動を始めたという証。
 北川は鞄の中から携帯電話を取り出すと、今から行かねばならない出版社へと電話をかけた。
「済まないが急用が出来た。ちょっと遅くなるわ。多分今日中には持っていけると思うけどな。それじゃ」
 言いたいことだけを一方的に伝えて、あえて相手の返事を待たずに切る。返事を聞いたところでどうするわけでもないし、優先順位を変えるつもりもない。今の彼にとって最優先にしなければならないことはあの怪物達の魔の手から一般市民を守ることだ。
 しかし、未だあのペガサス怪人に対する有効的な手段は見つかっていない。色々と策は考えているが、戦いの時にそう上手く事が運ぶかどうかわからないのだ。行き当たりばったりと言うわけでもないが、それでもその場での臨機応変さが求められるだろう。
「やるしかないってな、やるしかよ」
 そう呟き、北川は大型バイクに跨り、エンジンをかけるのであった。

 丁度同じ頃、一馬は私設秘書である黒崎と共にとある高級ホテルの一室にいた。
 死の恐怖を克服する為の山ごもりを終え、山から下りた彼は家にも戻らずこのホテルにやってきて、身体の汚れを落とし、食事を取り、たっぷりと休息を取っていた。全てはいずれ来るであろうペガサス怪人との再戦の時の為である。
 今は時間つぶしも兼ねて黒崎に自分がいなかった間の報告をさせつつ、優雅にティータイムを楽しんでいた。
「と言うことで今のところ各部門とも滞りなく」
 手帳を開き、そう報告する黒崎を前に一馬はカップから立ち上る湯気と香りを楽しんでいる。
「聞いておられますか、若?」
「ああ、聞いているとも。まぁ、当然だな。ところでどうだ、黒崎、お前も?」
 チラリと黒崎の方を見やって一馬が言う。
 テーブルの上にはティーポットともう一つカップがある。このホテルのボーイが一応用意したものだが、使用はされていない。
「イギリスから取り寄せた最高級のものだ。味も香りも一級品。まぁ、難を言えばこれに合うお茶請けがこの場にはないと言うことぐらいかな」
 そう言って薄く笑う一馬。
「……若のそのご様子を見て安心致しました。それだけの余裕があれば」
「フッ、何度も同じ相手に負けると言うことはない。こんなところで足踏みなどしていたら誰とは言わないが、あいつに笑われてしまうからな」
 一馬の言葉に黒崎は一瞬、眉がぴくりを動いてしまったのを感じた。彼の言う”あいつ”というのはおそらく妹である川澄舞耶のことに違いない。兄妹であるのに姓が違うのには何やら複雑な事情があるらしいのだが、そこまでは流石に知ることもなく、また興味もなかった。だが、黒崎は彼女にも近付いている。一馬にとっては同じK&Kインダストリーの中での政敵とも言える彼女にも黒崎は通じているのだ。このことを一馬が知れば自分などあっと言う間にクビにされてしまうだろう。それだけならばいいが、裏で抹殺される可能性も捨てきれない。倉田一馬という男はそれだけの力を持っているのだ、まだ高校生でありながら。
「さて、一度家に戻るか。母上に顔を見せておかないとな」
 カップに入っていた紅茶を飲み終えたらしい一馬がそう言って黒崎の方を見る。
「わかりました。すぐに車の用意を……」
 そこまで言いかけ、腰を浮かしかけていた黒崎のポケットの中で携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。
「失礼します」
 一馬にそう言ってから携帯電話を取り出す。かけてきたのは一馬が独自に組織した”監視班”と呼ばれる一セクションからだった。ここでは例の怪物の出現や一馬以外の仮面ライダーの出現などが常に監視されている。そこからの電話と言うことは、すなわち例の怪物が現れたと言うことだろう。
「若、奴が現れたそうです」
 携帯電話の通話口を手で押さえて黒崎が一馬の方に顔を向けながら言った。
 その報告に一馬は一瞬だけ緊張したような表情を浮かべたが、すぐにその表情はなりを潜め、不敵な笑みが彼の口元に浮かぶ。
「そうか……意外と早かったな」
 一馬がゆっくりとした動作で立ち上がった。
「行くぞ。この前のリベンジだ」
 そう言った一馬の声はどことなく緊張したような響きが込められている。どうやらこの先待ち受けている戦いに、少なからず緊張しているらしい。一度は恐怖の為に動けなくなり、一方的に叩きのめされた相手だ。緊張しないはずがない。
 だが、その一方でそんな弱みを他の誰にも見せないようにもしている。上に立つものは決して弱みを見せてはならない。弱みを見せると、そこを突かれてしまう。今の立場を失うわけには行かない以上、決してそう言う弱点を見せてはならないのだ。
「黒崎、車を用意しろ!」

 降りしきる雨に煙る道路を敷島の運転するバンが走っている。一度彼らの本拠地にあるビルに戻った二人は一度着替えてから、そこで二人の帰りを待っていた卯月みことを伴って再び外へと出てきていた。勿論、倒さなければならない敵、今はペガサス怪人を捜す為だ。
「それで、今度は勝てそうなの?」
 後部座席に座って搭載しているパソコンのモニターから目を獅堂の後頭部に向けながら問いかけるみこと。
「さぁな。とりあえず対策は考えたがそれが通じるかどうかは微妙なところだ」
 振り返りもせずに答える獅堂。
「……一人で無理なら協力して貰えばいいじゃない」
「協力? 一体誰に?」
「少なくても仮面ライダーはもう一人いるわ」
「あのおっさんのことか? ダメだ。あんな素人と一緒に戦っても足を引っ張られるだけだ」
「そんなことはないと思うけど。だいたい獅堂君は一人で何でもやろうとしすぎなのよ」
「当たり前だ。俺は正式に選ばれた仮面ライダーだが、あいつは違う。俺がやらなければ誰がやるって言うんだ」
「北川さんも充分にやってくれているわ。昨日の話はしたでしょう?」
「ああ、聞いた。だが、それだけだ。俺に素人と協力しろと言う理由にはならない」
 あくまでもかたくなな獅堂にみことは小さくため息をついた。
 この調子だと例のペガサス怪人が現れても一人で戦おうとするだろう。そうなると苦戦は免れない。下手をすれば負けると言うこともあり得る。何と言ってもあのペガサス怪人は仮面ライダーを越える能力を持っているのだから。
 彼らの知るもう一人の仮面ライダー、北川は協力して戦うことを考えている。だが、獅堂がこの調子ではおそらくは共闘することは不可能だろう。そうなってしまえばペガサス怪人に倒されるだけだ。それだけは何とか防がなければならない。
「ねぇ、獅堂君。今回だけでいいのよ。あの怪物を倒す間だけでも……」
「無理だ」
「……本当に意固地なんだから」
「何とでも言え。無理なものは無理だ」
 獅堂の返事を聞き、みことは頬を膨らませて黙り込んだ。これ以上何を言っても無駄、もしくは逆効果になるだけだ。獅堂 凱と言う男はそう言う男なのだと言うことはよくわかっている。
 嫌な沈黙が車内を満たす中、いきなりハンドルを握っていた敷島がブレーキを思いきり踏み込んだ。甲高いブレーキ音を響かせてバンが急停止する。
「ど、どうしたの?」
 みことが尋ねると、敷島が無言で前方を指で示した。
 降りしきる雨の中、白いコートの男が悠然と立ち、こちらをじっと見つめている。その口元にはようやく獲物に出会えたと言う喜びの所為か、笑みが浮かんでいた。
「……どうやら向こうから来てくれたらしいな」
 そう言ってシートベルトを外し、バンの外へと出ていく獅堂。既に臨戦態勢は整っている。腰にはゾディアックガードル、手には一枚のカードとカードリーダー。じっと白いコートの男を睨み付けながらそのカードをカードリーダーに差し込んでいく。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
 聞こえてくる機械的な合成音。
「変身っ!!」
 そう言って獅堂はゾディアックガードルにカードリーダーを差し込んだ。
『Completion of an Setup Code ”Leo”』
 カードリーダーが差し込まれると同時に機械的な音声が流れ、ゾディアックガードルから光が放たれる。その光は獅堂の前に光の幕を作り出した。そこに輝く獅子座を象った光点。その光の幕に向かって獅堂は駆け出し、そこを通り抜けた彼の姿は仮面ライダーレオへと変わっていた。
「仮面ライダーレオ、今度こそお前を葬ってやろう!」
 白いコートの男の全身からまるで湯気が立つかのように白いオーラが膨れあがる。その中で姿が変わっていく。人間の姿からペガサス怪人の姿へと。
 両者共に初めから全力で戦うつもりのようだ。
「下がっていろ!」
 レオがバンに向かってそう言うのと同時にペガサス怪人がふわりと宙に浮き上がり、レオに向かってきた。まるで空中を滑るようにしてレオとの距離を一気に詰めてきたペガサス怪人がレオに蹴りを放ってきた。
 その蹴りを左手で受け流しながらくるりと身体を回転させて裏拳を放つレオ。だが、それをあっさりとペガサス怪人に受け止められてしまう。それを知ったレオはすかさずペガサス怪人から離れた。
「フフフ……今度は前のようには行かないぞ。お前を必ず殺す」
 距離を取ったレオを見たペガサス怪人がニヤリと笑う。
「出来るものならやってみろ。そう簡単に俺は殺せないぞ」
 ぐっと構えた拳を固く握りしめながらレオが言い返す。
 互いに睨み合う両者。と、そこに黒塗りの高級車が突っ込んできた。
 さっと宙に舞い上がるペガサス怪人とジャンプしてその高級車をかわすレオ。
「ちぃっ!」
 舌打ちして忌々しげに高級車を睨み付けるペガサス怪人。着地したレオも一体何事かとその高級車の方を見やった。
 高級車はレオとペガサス怪人にかわされた後、すぐに停止していた。そして、ドアが開き、中から一人の少年が降りてくる。未だ降り止まぬ雨に打たれながらも、不敵な笑みを口元に浮かべ、レオとペガサス怪人を交互に見やる。
「なかなか面白い場に出くわしたものだな。一番乗りと行きたかったがそうはいかなかったのが少々残念だが」
 少年、倉田一馬はそう言うと手に一枚のカードとカードリーダーを持った。
 それを見たレオが思わず驚きの声をあげてしまう。
「何っ!? 奴は……奴も仮面ライダーなのか!?」
 レオの驚きの声を聞いたのか一馬はニヤリと笑い、カードをカードリーダーに差し込んだ。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
 機械によって合成された無機質な声が響き渡った。だが、それは獅堂や北川のものとは違い、どことなく女性を思わせる感じの合成音声。
「……変身」
 静かにそう言い、ゾディアックガードルにカードリーダーを差し込む一馬。
『Completion of an Setup Code ”Scorpius”』
 カードリーダーが差し込まれると同時にやはり女性を思わせる機械的な音声が流れ、ゾディアックガードルから光が放たれた。その光が一馬の前に光の幕を作り出す。そこに輝くのは蠍座を象った光点。その光の幕が一馬の身体を通り抜けると同時に彼の姿が仮面ライダースコルピスに変わる。
 新たに現れた仮面ライダースコルピスの姿を見たペガサス怪人は、ゆっくりと地上に降り立つと肩を竦めて見せた。
「フッ、誰かと思えば一度やられた奴か。どうやら生きていたようだが、お前など相手にならん。消えろ」
「悪いがそうはいかない。貴様に受けた屈辱、返させて貰う」
 スコルピスはそう言うと腰に装着されていた専用装備であるメガアンタレスを取り出した。素早く収納形態から銃形態に組み替え、その銃口をペガサス怪人に向ける。
「この間のように行くと思うな」
 ペガサス怪人に向かってそう言い放ってからスコルピスはレオの方をチラリと見た。
「そこのお前、邪魔だ。引っ込んでいろ。こいつの相手は俺がする」
「何っ!?」
「聞こえなかったのか? 引っ込んでいろと言った。お前など俺の足手まといにしかならない」
「……貴様、何処の誰だか知らないが、勝手なことを言うな! 奴の相手は俺がする! お前こそ引っ込んでいろ!」
 スコルピスの余りもの高圧的な物言いにレオは猛然と言い返す。
「何処の馬の骨かは知らないがお前が相手に出来るような奴じゃない! 素人は引っ込んでいろ!」
「馬の骨だと? 貴様、よくもこの俺に……」
 レオの発言にスコルピスがレオの方を向いた。同時にメガアンタレスの銃口をレオの方に向ける。
「撤回しろ。そうでなければまずお前から倒すことになるぞ」
「ふん、やれるものならやってみろ。お前ごときに倒される俺じゃない」
 ペガサス怪人そっちのけで睨み合うレオとスコルピス。どうやらこの二人、相性は最悪のようだ。
「フフフ……仮面ライダー同士の戦いが見れるとはこれもまた一興。さぁ、殺し合え。生き残った方を殺してやる」
 睨み合っているレオとスコルピスを見ながらペガサス怪人がそう言って笑う。この様子では漁夫の利を得ることは簡単そうだ。放っておいても二人の仮面ライダーは勝手に殺し合ってくれることだろう。後は生き残った方をこの手で殺せばいい。それはおそらく簡単なことだろう。
 身構えるレオとメガアンタレスを構えるスコルピス。このままだとペガサス怪人の思惑通り互いに殺し合うことになってしまう。
「おいおい、何やってんだよ、お前ら」
 今にも戦闘が始まろうとした時、そんな呆れたような声が二人のライダーにかけられる。二人がはっとなって声のした方を見ると、そこにはもう一人の仮面ライダーが立っていた。仮面ライダータウロス――北川 潤の変身するパワータイプの仮面ライダー。
「相手はそこでニヤニヤ笑ってる馬野郎だろうが。それとも何だ、お前らはあの馬野郎にいいように弄ばれたい訳か?」
 心底呆れたように言うタウロス。だが、その視線は現れた三人目の仮面ライダーを警戒しているペガサス怪人を捕らえて放さない。
「おい、そこの馬野郎。この前の礼をしに来たぜ」
 タウロスはそう言って背中に装着しているタウロスアックスを取りだした。その柄をしっかりと握り、身構える。
「……面白い。お前ら三人まとめて葬ってやろう」
 三人もの仮面ライダーを前にしてもペガサス怪人の態度は変わらなかった。動揺することもなく、まだまだ余裕のありそうな態度。おそらくはこれでも勝てると思っているのだろう。事実、三人の力を合わせてもまだペガサス怪人の方が実力は上だ。
「上位36星の力を思い知らせてやる」
 ペガサス怪人の身体がふわりと宙に舞い上がった。そのまま滑るようにタウロス達の方へと突っ込んでくる。
「舐めたことを!」
 突っ込んでくるペガサス怪人を見てスコルピスがメガアンタレスの引き金を引いた。エネルギー弾が次々と発射され、ペガサス怪人に命中するが、それを意に介することもなくペガサス怪人はスコルピスの前に降り立つとメガアンタレスを持つ手を弾き、更にボディに鋭く重いパンチを叩き込む。
「ぐっ!」
 思わず身体を九の字に曲げてしまうスコルピス。そこにペガサス怪人の容赦のないアッパーカットが襲いかかり、スコルピスは大きく吹っ飛ばされてしまう。
「この馬野郎!」
 タウロスアックスを振り上げながら今度はタウロスがペガサス怪人に向かって突っ込んでいった。
 それを見たレオも同じように走り出す。
 タウロスが振り下ろす大斧を悠々とかいくぐり、その胸元に手を当ててタウロスの身体を軽々と吹っ飛ばすペガサス怪人。続けて突っ込んできたレオの左右のコンビネーションパンチを上体を反らせるだけでかわしきると、反撃とばかりに回し蹴りを叩き込んでいく。その一撃でレオは吹っ飛ばされ、地面の上を転がってしまう。
 そちらへと歩み寄るペガサス怪人を見て、スコルピスがその背中に向かって飛びかかってきた。空中からメガアンタレスのエネルギー弾を浴びせかけながら、着地すると同時にメガアンタレスをブレードモードへと組み替え、斬りかかっていく。
 しかし、ペガサス怪人はまるで後ろにも目があるかのようにスコルピスの一撃をかわすと裏拳でスコルピスを叩き伏せてしまう。そのまま倒れたスコルピスには目も向けずに倒れているレオに向かっていき、その背を踏みつけた。
「フフッ、貴様らなど……」
 余裕たっぷりにそこまでペガサス怪人が言いかけたところへタウロスが突っ込んでくる。手に持ったタウロスアックスを横に一閃し、レオの上からペガサス怪人をどかせるとまるでかばうようにレオの前に立つ。
「何やってやがるんだよ。一人で勝てる相手じゃねぇだろうが」
「うるさい! お前のような素人が口を出すな!」
 声をかけてきたタウロスにそう返しながら起き上がるレオ。タウロスを押しのけるように前に出て、ニヤニヤしているペガサス怪人と対峙する。
「こいつは俺が倒す! 邪魔をするな!」
 そう言ってレオが飛び出した。鋭いパンチを放っていくが、やはりペガサス怪人にあっさりとかわされてしまう。
 ペガサス怪人の注意がレオにだけ向けられていることに気付いたスコルピスがメガアンタレスを振り上げながら突っ込んでいった。隙をついて少しでもダメージを与えようと言うのか。
「お前を倒すのはこの俺だ!」
 猛然と雄叫びをあげながらメガアンタレスを振り下ろすスコルピス。それもあっさりとペガサス怪人にかわされてしまった。更に振り下ろしたメガアンタレスを掴まれ、投げ飛ばされて、レオの援護をしようと駆け出していたタウロスにぶつかってしまう。
「うおっ!」
「ぐあっ!」
 もつれ合って倒れる二人のライダー。だが、すぐにスコルピスが起き上がる。
「くそっ、舐めた真似を……」
 吐き捨てるようにそう言って飛び出そうとするスコルピスだが、その肩を掴んでタウロスが引き留めた。
「おいおい、ちょっと落ち着けよ。ああやって一人一人が好き勝手にやって勝てる相手じゃないだろうが」
「何だと!?」
「聞けよ。何処のどいつだか知らないがよ、お前も仮面ライダーって事はあれだ、目的は一緒だろ? 少しくらいは協力ってものをだな」
「うるさい!」
 明らかに気分を害したと言う感じの口調でそう言い、肩におかれたタウロスの手を払いのけるスコルピス。
「この俺をお前らと一緒にするな! 俺は俺だけの力で奴を倒す! 邪魔をすると言うならお前もだ!」
 メガアンタレスをガンモードに組み替えながらそう言い、その銃口をタウロスに向ける。指は勿論引き金にかけられており、少し力を入れればすぐにでも銃口が火を噴くだろう。しかし、タウロスは怯まない。銃口を突きつけられながらも一切怯んだ様子は見せなかった。
「チィッ!」
 舌打ちしてからスコルピスはタウロスに背を向けた。今倒さなければならない相手はタウロスではない。あのペガサス怪人だ。タウロスの態度が少々気に入らないが、それでもここで無駄なエネルギーを使う必要はない。
 再びメガアンタレスをブレードモードに組み替え、スコルピスはレオを翻弄しているペガサス怪人へと向かって突っ込んでいく。それを見ながらタウロスは肩を竦めていた。
「やれやれ……獅堂と言いあいつと言い、仮面ライダーになる奴ってのはどうしてこう自分勝手な奴が多いのかねぇ?」
 ため息をつきながらそう漏らし、タウロスもタウロスアックスを構えてペガサス怪人の元へと走り出すのであった。

 降りしきる雨はいつしか止み、だがそれでも空はまだ厚い雲に覆われている。まるで三人の仮面ライダーの戦いの行く末を暗示しているかのようだ。
 ペガサス怪人は三人の仮面ライダーを相手にして一歩も引かず、それどころか翻弄さえしている。そもそもの実力差に、まるで連携も何もない仮面ライダー達の攻撃。ペガサス怪人にとって数の差は問題になってない。
「どうしたどうした、本気を見せてくれるんじゃなかったのか?」
 スコルピスの攻撃を手で払いながら余裕たっぷりという感じでペガサス怪人が言う。その背後からタウロスがタウロスアックスを叩き込もうとするが、ペガサス怪人はジャンプしてタウロスアックスをかわし、その上にすっと降り立ってしまう。
「ぶっ飛ばすと言っていたのはお前だな? やってみろ。出来るものならな!」
 タウロスを蹴り飛ばし、その反動で大きく後方へとジャンプするペガサス怪人。着地はせず、背中の翼を広げてそのままレオの方へと突っ込んでいく。
「たかが人間ごときが! 勝てるとでも思ったか!!」
 レオを突き飛ばし、そこから急上昇する。そして、三人の仮面ライダーを見下ろし、指をパチンと鳴らした。ペガサス怪人の前で発生した衝撃波が地上にいる仮面ライダー達を吹っ飛ばした。
 倒れた仮面ライダー達を見ながらペガサス怪人がゆっくりと地上に降り立った。
「お前らに勝ち目はない。大人しく死ぬがいい」
 そう言いながら倒れている仮面ライダー達に迫り寄るペガサス怪人。
(クソ、やっぱり一人一人が勝手に戦ってたら勝ち目はないか……)
 自分たちの方に向かってくるペガサス怪人を見ながらタウロスは必死に思考を巡らせる。実力が自分たちよりも上のあのペガサス怪人に勝つにはどうしても他の二人のライダー、レオとスコルピスの協力は欠かせない。だが、どちらも意地っ張りと言うかプライドが高すぎると言うか自分の力だけでペガサス怪人に勝つつもりでいる。それが不可能だとはまるで思っていないらしい。
(これが若さか……って、俺もまだ若い!)
 地面に手をついて起き上がるタウロス。その横ではレオとスコルピスも起き上がっていた。どちらも迫ってくるペガサス怪人を睨み付けている。どちらもまだ闘志は失っていないようだ。
「ほう……まだやる気か?」
 起き上がった三人のライダーを見てペガサス怪人が少し意外そうに言う。
「俺は……負けられないんでな」
 ゆっくりと立ち上がるレオ。
「受けた屈辱は必ず返す。それが俺の流儀だ」
 そう言ってメガアンタレスを構えるスコルピス。
「無駄なことを……だがやってみるがいい。それが最後の足掻きだと言うことを噛み締めながらな!」
 余裕たっぷりの表情で、まるであざ笑うかのようにそう言いペガサス怪人が駆け出した。あっと言う間にレオ、スコルピスとの距離を詰め、その手から衝撃波を放って二人を吹っ飛ばす。
 地面に叩きつけられるレオとスコルピスだが、またすぐに起き上がりペガサス怪人に向かっていく。
「ウオオオッ!」
 鋭い雄叫びと共に繰り出されるレオの右ストレート。
 全く同じタイミングでメガアンタレスブレードモードを突き出すスコルピス。
 二人の攻撃をジャンプしてかわしたペガサス怪人はそれぞれにキックを食らわしてからゆっくりと地面に降り立った。
「どうした? 来ないのか?」
 じっと座り込んだままのタウロスに気付いたらしいペガサス怪人がそう言うと、タウロスはゆっくりと腰を上げる。
「……」
 無言でペガサス怪人の方を見た後、首を左右に振った。
「ダメだな、一人じゃ勝てる気がしねぇ」
「フフフ、賢明な判断だ。どちらにしろ死んで貰うことに変わりはないが……」
 タウロスの言葉に満足げに頷くペガサス怪人。だが、続けてタウロスの口から出たセリフのその表情を強張らせた。
「だけどよ、一人じゃ無理だが、三人いれば何とかなるかもな」
 不敵な、あまりにも不敵な、そして妙に自信たっぷりなタウロスのその口調。今までの戦いぶりから考えればその自信が一体どこから来るのか、ペガサス怪人には理解出来なかった。
「面白い。やれるものならやってみるがいい! やれるならな!!」
 ペガサス怪人がタウロスに向かって走り出した。一瞬にしてタウロスに肉薄するとそのボディに掌底を叩き込む。
「ぐふっ!!」
 その一撃によりタウロスの身体が宙に浮き上がった。そこに叩き込まれるペガサス怪人の回し蹴り。
 とっさに腕でその蹴りを受け止めようとするタウロスだが、それでも大きく吹っ飛ばされてしまう。地面の上に叩きつけられ、同じように倒れていたレオとスコルピスの側まで転がっていくタウロス。
「くっ……!」
 すぐ側まで転がってきたタウロスを見てレオが飛び出していく。
 それを見たスコルピスが同じように飛び出していこうとするが、それをタウロスが押しとどめた。
「馬鹿野郎! あいつみたいにただ向かっていくだけで勝てるとでも思ってんのか?」
「貴様、誰に向かってものを……」
「いいから聞け! あの馬野郎を倒さないことにゃどうにもなんねぇだろうが! それには俺たちが力を合わせる他無いんだよ!」
 自分の肩を掴んだタウロスの手をすぐさま振り払おうとするスコルピスだが、タウロスの言葉を聞いて彼の手を払おうとしていた手を下ろした。
「……考えがあるとでも言うのか?」
 どう言う心境の変化か、タウロスの話を聞こうと言う気になったらしい。どうやらペガサス怪人との実力差を感じ取り、このままでは勝てないと言うことを悟ったようだ。しかし、ここで負けるわけにはいかない。その為にならこの二人と手を組むのもやむを得ないと考えたのか。
「俺はお前さんの力を知らないから何とも言えないがな。あの野郎との連携パターンはいくつか考えたんだが、どれも決め手に欠ける。せめて奴の、あの馬野郎にウィークポイントでもあればそこを攻めるんだが」
 レオの攻撃を余裕の態度でかわし続けるペガサス怪人をチラリと見やりながらタウロスが言う。
「ウィークポイントか……少し待っていろ」
 スコルピスはそう言うとカードホルダーから一枚のカードを取り出した。そのカードをメガアンタレスのカードリーダーに通す。
『”Microscopium”Power In』
 機械的な音声と共に浮かび上がる光のカード。そこに描かれているのは顕微鏡座の星座図。それが今度はスコルピスの頭部に吸い込まれるようにして消える。すると、スコルピスの目にレオと戦うペガサス怪人の立体映像が映し出された。その立体映像のある一点が光っている。それはペガサス怪人の翼の付け根だった。
「……どうやら奴にもウィークポイントがあったようだ。そこを攻める。力を貸さないとは言わないだろうな?」
「どうやら面白いカードを持っているみたいだな。よっしゃ、で、どうすりゃいい?」
「奴の足を止めてくれ。五秒……いや、三秒でいい」
 そう言ってスコルピスはメガアンタレスを新たな形に組み替えた。ガンモードともブレードモードとも違う第三の形態、スティンガーモード。
「わかった。任せろ」
 タウロスはそう言って自分の胸を叩くとペガサス怪人のほうに向かって走り出した。
 その後ろ姿を見送りながらスコルピスは更なるカードを取り出し、無言でそのカードをメガアンタレスのカードリーダーに通した。
『”Cepheus”Power In』
 再び女性の声っぽい機械的音声が流れ、スコルピスの前に光のカードが現れる。そこに描かれているのはケフェウス座の星座図。その光のカードがスコルピスの胸に吸い込まれて消えていく。
「フッ、精々頑張ってくれよ。この俺の為にもな」
 そう呟き、スコルピスが目にも止まらない速さで駆け出した。

 レオの繰り出すパンチを軽々と受け流すペガサス怪人。
「どうした? その程度か、仮面ライダー!?」
「黙れ!」
 あざ笑うかのようなペガサス怪人の口調にレオが鋭く言い返す。もはや完全に頭に血が上っている。自分がペガサス怪人の術中にはまっていることに気がついていない。
 前回の戦いの時、レオは最後の最後まで決して諦めず、そして冷静さを失わなかった。その為に予想以上のダメージを受けてその場から退かざるを得なかったのだ。
 その時のことを教訓に、今回はまずレオ達仮面ライダーから冷静さを奪うよう挑発し続けた。それが功を奏し、レオは、おそらく最大の障害であろうレオは冷静さを欠いてしまっている。こうなれば後は向こうが疲れ果てるのを待てばいいだけのこと。始末するのはそれからでいい。より時間をかけて殺すのは前の戦いの時に翼を傷つけられたからに他ならない。ペガサス怪人がもっとも自慢に思っている白き翼を傷つけた仮面ライダーレオ。その罪は万死に値する。
「何やってる、獅堂!」
 レオのパンチを受け流しつつ、その背後に回り込んで衝撃波で吹っ飛ばそうとしていたペガサス怪人の耳に飛び込んでくる声。その声のした方を向くとタウロスがタウロスアックスを振り上げながらこちらへと突っ込んできていた。
「くっ!」
 どうやらレオの相手をするのに少々夢中になりすぎていたらしい。タウロスの接近をみすみす許してしまうとは。
 レオの背に手をつき、後方へと飛ぶペガサス怪人。その目の前をタウロスアックスが振り下ろされていく。後一瞬遅かったら真っ二つはないまでもかなりのダメージを受けていたことだろう。
「何やってやがる! 少しは落ち着きやがれ!」
 ペガサス怪人に背中をつかれてふらついているレオに向かってタウロスが怒鳴りつける。
「何っ!?」
 カッとなって振り返るレオ。
「テメェは何だ! いつも自分で言っていただろうが! 思い出しやがれ!」
 タウロスがレオに詰め寄ってそう言い、そしてペガサス怪人の方へと向き直った。
「素人風情が何を……」
「その素人に怒鳴りつけられていてどうするよ。で、少しは落ち着いたか?」
「何?」
「馬野郎の挑発に乗ってんじゃねぇぞ。テメェはプロなんだろうが。全くどうしてそう頭に血が上りやすいんだよ、お前は」
 自分に背を向けたまま言うタウロスの言葉にレオは黙り込んだ。
「冷静になれ。相手に挑発に乗るなんざ素人のすることだぜ」
 そこまで言われてレオははっとなる。その脳裏にかつて自分がどうしても勝つことの出来なかった男の言葉が甦る。その男と同じ事を今、タウロスは口にした。
(そうだ……冷静になれ。集中しろ。相手を見極めろ。緊張感を保ち続けろ。俺たちに、俺に負けは許されない!!) 
 決意も新たにレオは無言のまましっかりと頷き、タウロスの隣へと並んだ。
「フン、素人のあんたに言われるとはな。俺も堕ちたものだ」
「へっ、口が悪いのは治らないみたいだな」
「口が悪いのは生まれつきだ。それよりも手を貸せ。奴を倒す」
 ギュッと拳を握りしめてレオはペガサス怪人を睨み付ける。だが、今度は安易に飛び出していこうとはしない。どうやらタウロスと共同戦線を張ることを決めたらしい。
「何とかあいつの動きを止められないか? もう一人がその間に何とかしてくれるらしい」
 レオと同じように、こちらはタウロスアックスの柄をギュッと固く握りしめながらタウロスが言った。
「何とかって何だ?」
「そこまで知るか。とにかくやるぞ!」
「相談は終わったか? ならばそろそろ死ぬがいい!!」
 レオとタウロスが動き出したのを見てペガサス怪人もまた迎え撃つべく動き出した。突っ込んでくる二人に向かって衝撃波を放つ。
「そう何度も!」
「同じ手を食うかよ!!」
 ジャンプして衝撃波をかわすレオとタウロスアックスを思い切り振り下ろし、その勢いで衝撃波を打ち消すタウロス。
 タウロスは地面にタウロスアックスの刃を地面に食い込ませたまま、素早く一枚のカードをカードホルダーから取り出し、カードリーダーに通す。
『”Eridanus”Power In』
 機械的な音声が流れ、光のカードがタウロスの前に現れる。そこに描かれているのはエリダヌス座の星座図。その光のカードがタウロスアックスに吸い込まれるようにして消えた。
「おおりゃあっ!!」
 タウロスアックスを地面から引き抜き、横に一閃させるとその場に水流が現れ、ペガサス怪人に襲いかかっていく。
「何っ!?」
 突如目の前に出現した水流に驚きの声をあげるペガサス怪人。だが、すぐさま背中の翼を広げて空中へと舞い上がる。だが、そこに聞こえてくる機械的な音声。
『”Andromeda”Power In』
 その音声と共に光のチェーンが飛んできて、ペガサス怪人の身体を絡め取った。
「何だと!?」
 そんな声をあげながらチェーンの飛んできた先を見るとそこにはレオがいる。ペガサス怪人の身体に絡み付いた光のチェーンの片方の先を持って。
「貴様っ!!」
 怒りの声をペガサス怪人があげたその時、ペガサス怪人の動きは完全に止まっていた。それはスコルピスがタウロスに求めた一瞬。
「フッ、三秒も必要なかったか」
 そんな声がペガサス怪人のすぐ後ろから聞こえてくる。ペガサス怪人が振り返ろうとするよりも早く、その背中、翼の付け根辺りに激痛が走った。
「ぐああっ!?」
 激痛に苦悶の声を漏らしながら振り返ると、そこにはスコルピスの姿があった。その手にはスティンガーモードのメガアンタレス。その先端はペガサス怪人の背中、翼の付け根辺りに深々と突き刺さっている。
「これはおまけだ。俺を虚仮にした分のお返しだと思え」
 スコルピスはそう言うとメガアンタレスを引き抜き、それと同時にブレードモードへと組み替えてペガサス怪人の翼を両方とも斬り落とした。
「グオオオオッ!!」
 ペガサス怪人の口から絶叫が漏れる。更に斬り落とされた部分から黄金色の粒子が飛び散っていく。
「獅堂、奴をこっちに投げろ!」
 明らかに大ダメージを受けてぐったりとしているペガサス怪人を見たタウロスが叫んだ。叫びながらゾディアックガードルに納められているカードを取り出す。
「オオオッ!!」
 タウロスの声を受けてレオが未だペガサス怪人の身体を絡め取っている光のチェーンを両手で掴んだ。そして自分を軸の中心にして回転を始める。
 それはさながら砲丸投げのようだった。ただし、投げるものは砲丸ではなくペガサス怪人の身体であったが。
 充分勢いがついたのを確認してからレオが光のチェーンから手を放した。それと同時にペガサス怪人の身体を絡め取っていた光のチェーンが消え失せる。しかし、その勢いはそのまま残っていた。ペガサス怪人の身体がタウロスの立っている方へと向かって飛んでいく。
 自分の方へと飛んでくるペガサス怪人を見ながらタウロスは手に持ったカードを前方へと放り投げた。そこに現れる等身大の光のカード。そこに描かれているのは牡牛座の星座図。
「ウオオオオッ!!」
 雄叫びをあげながら光のカードをくぐり抜けたタウロスが、全身に光を纏わせながらタウロスアックスを振り上げる。
「唸れ、”猛牛一閃”!!」
 翼を失うと言う大ダメージを受けたペガサス怪人が為す術もなく投げ飛ばされてきたところに思い切りタウロスアックスを振り下ろしていくタウロス。
「ぬうっ!!」
 いつかタウロスの一撃を防いだ時のように両手でタウロスアックスの刃を受け止めようとしたペガサス怪人だが、今回は前回とは違っていることがあった。前回はただタウロスが振り下ろしたのを受け止めただけ。今回は必殺のエネルギーの込められた一撃だ。同じように見えてそれは大きく違っている。
「ぐおおっ!?」
 タウロスアックスを受け止めようとした両手を弾き飛ばされ、その刃を深々と受けてしまうペガサス怪人。
「ぐううっ! こ、この程度で!!」
 身体に深々とタウロスアックスを食い込まされながらも、それでもペガサス怪人は目の前にいるタウロスを衝撃波を生み出して吹っ飛ばした。続けて食い込んだ刃から流れ込んでくる光を遮断するかのようにタウロスアックスを引き抜き、その場に投げ捨てる。
「上位36星を……舐めるな!」
 ペガサス怪人はそう言うと自分の方に向かってきていたスコルピス、レオに向かって衝撃波を放った。
「うおっ!?」
「くうっ!!」
 かなりのダメージを受けているであろうペガサス怪人からまさか反撃を喰らうとは思っていなかった二人のライダーがなすすべなく吹っ飛ばされてしまう。
 倒れたライダー達を見てペガサス怪人はニヤリと笑い、それから少しだけふらついた。どうやら回復が追いつかない程のダメージを受けてしまったようだ。元々完全に回復しきってはいなかった、いわばウィークポイントとなっていた翼を攻撃され、更に先ほどのタウロスの一撃。完全に回復するまでにはどれだけの時間がかかるか予想も出来ない。
「きょ、今日のところはこれで勘弁してやろう……次こそ……次こそお前らを殺す!」
 それだけ言ってペガサス怪人が指を鳴らそうとしたが、その手がすぐに止まった。またしてもレオが立ち上がったからだ。
「お前にこの次など無い!」
 そう言って走り出すレオ。
「ならば貴様だけでも地獄に送ってやろう!」
 突っ込んでくるレオに向かって衝撃波を放つペガサス怪人。
「オオオッ!!」
 レオは放たれた衝撃波を充分に引きつけてから、ジャンプしてその衝撃波をかわしてみせた。竹林での特訓の成果だ。目に見えない衝撃波を、絶妙のタイミングでかわす。更にそのジャンプは今までの比ではなく、高い。
 空中で身体を丸めるようにして回転し、同時にゾディアックガードルからカードを取り出して前方へと放り投げた。空中に浮かび上がる光のカード。そこに描かれているのは勿論獅子座の星座図。
「ウオオオッ!!」
 雄叫びをあげて光のカードを突き抜けながら、レオが足を突き出した。全身に纏わせていた光がその足に収束していく。
「喰らえ、”獅子の蹴撃”!!」
 放った衝撃波をまさしく絶妙のタイミングでかわされ、驚愕のあまり硬直しているペガサス怪人にレオのキックが直撃した。レオの足に収束していた光が一気にペガサス怪人の身体の中に流れ込み、継いで弾き飛ばされるように吹っ飛んでいく。
 キックの勢いを残したまま、地面の上を滑りながらレオが着地する。ペガサス怪人に直撃した方の足からはそのエネルギーの残滓か、白い煙が上がっていた。
「お、おのれ……たかが人間が……」
 吹っ飛ばされて地面に上に叩きつけられていたはずのペガサス怪人がフラフラしながら立ち上がる。
「たかが人間風情に……上位36星に名を連ねると言うのに……」
「そのたかが人間風情にお前は油断しすぎた。それがお前の敗因だ」
 フラフラのペガサス怪人に向かってレオが言い放つ。
「ふ……ふふ……まだ……始まったばかりだ……まだ上には上がいる……お前らの地獄はこれから始まる……覚悟しているがいい」
「言いたいことはそれだけか?」
「我が名は天巧星! 上位36星の末席に名を連ねるもの! 仮面ライダーよ! 楽しかったぞ、この戦い! はっはっはっ!!」
 突然大声で高らかにそう言ってペガサス怪人がその場に崩れ落ちた。次の瞬間、大爆発が起こり、すぐさまその爆発が収束して小さな水晶玉がその場に残される。
「天巧星、か……」
 そう呟きながら変身を解く。仮面ライダーレオから獅堂 凱へと戻ってから残された水晶玉を拾い上げようと身をかがめる。
「悪いがそいつは俺が戴いていく」
 突然そんなことを言いながらスコルピスが獅堂に向かってメガアンタレスガンモードの銃口を向けてきた。
「何!?」
「お、おい!」
 獅堂と同じように変身を解いていた北川も慌てた様子でスコルピスの方を見つめている。
「よせよ! ついさっきまで一緒に戦った仲間だろうが!」
「フン、茶番は終わりだ。俺はお前らとこれから先も共に戦うつもりはない」
 冷静な声でそう言い放ち、スコルピスは獅堂の手から水晶玉を奪い取った。そして、二人に銃口を向けたまま少しずつ下がっていく。
「……貴様がそう言うつもりならいいだろう。次に会った時は貴様も敵だと認識しておいてやる」
 ジロリと下がっていくスコルピスを睨み付けながら獅堂が言う。
「フッ、元々味方でも何でもない。だがそう言うならば俺もお前らの相手をしてやろう。次に会う時を楽しみにしているぞ」
 スコルピスはそう言うとメガアンタレスの引き金を引いた。銃口から放たれるエネルギー弾が獅堂と北川の周りに着弾し、土煙を上げる。
 慌てて後ろに飛び退く北川に対し、獅堂はその場から一歩も動かず、ただ身体を少し捻っただけだった。スコルピスが本気で攻撃してくるとは思っていなかったのだろう。スコルピスの放ったエネルギー弾は単なる目眩まし、彼がこの場からいなくなるために二人の気を逸らしただけに過ぎない。
「あ、あの野郎……」
 悔しげな北川の声が耳に届いてきたので獅堂は彼の方を振り返った。少しの間彼を無言で見つめていたが、やがて口元に笑みを浮かべると彼に背を向けて歩き出す。
 北川はと言えば自分たちに攻撃をしつつ姿を消したスコルピスに対する怒りで頭が一敗らしく、去っていく獅堂には気付いていないようだった。
「何なんだ、あの野郎は! 協力したかと思えばいきなり攻撃なんかしてきやがって!」
 スコルピスに対する怒りを露わにして吐き捨てるように言う北川。
「お前もそう思うだろ、獅堂……っておい!!」
 すぐ側に居るであろう獅堂に同意を求めようとしたが、彼の姿は既にそこにはない。北川が怒りのあまり呆然としていた間に彼もこの場を去ってしまっていたのだ。
「あ、あいつまで……もうしらねぇぞ、俺は!!」
 そう言って足下に転がっていた小石を蹴り飛ばす。飛んでいったその小石がガードレールにぶつかり、跳ね返る。跳ね返った小石がイライラしながら歩き出した北川の頭に命中したと言うことは言うまでもない、お約束であった。

 闇の中で声だけが響いている。
「天巧星がやられたそうよ」
「所詮奴は我ら上位36星の末席。それに奴は自信過剰なところもある」
「やられても不思議ではない。が、上位36星の名を汚したのもまた事実ではある」
「たかが人間風情の作ったものに敗れるとは……」
「何にせよ、仮面ライダーの存在、捨ててはおけんな」
「あの小娘共々早々に始末せねば」
「逃げている奴らの始末もな」
「我らの戦いの邪魔をするものには等しく死を」
 声の主達の姿は全く見えない。だが、そこにいるのであろう。圧倒的な気配だけがそこに存在している。
 その気配が一つ、また一つと消えていく。
 そして、闇だけがそこに残される。

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