真っ白い部屋の中、一人の少女がベッドの上に座りこちらを見つめて微笑んでいる。
 その少女を僕は知っている、そんな気がした。でも誰だったか思い出すことが出来ない。思い出そうとするけど、まるで靄が掛かったようにあやふやになってしまう。
 彼女が僕を見て何か言った。でもその声が聞き取れない。口が動いているからこちらに向かって何かを話しかけていると言うことだけがわかる。だけどどうしてもその声が聞こえない。
 少女の方に近寄る為に僕は足を動かそうとしたが、ぴくりとも足は動かなかった。まるで僕の意思を拒絶するかのように、言うことを聞かない。僕の身体なのに、まるで僕の身体でないみたいに。
 少女がまた何か言う。やはりその声は僕には届かない。でも、何か大事なことを言っている、そんな気がした。聞かなければならない。聞いておかなければならない。だが、どうしても声は聞こえない。まるで世界から音が消えてしまったかのように。
 微笑んでいる少女の目から、不意に涙がこぼれ落ちる。どうやら声が届いていないことが彼女にもわかったらしい。悲しげな表情を浮かべ、首を左右に振る。
 どうしてそんな悲しげな顔をするのだろう。少女の悲しげな顔を見ていると何故か胸が締め付けられるような思いがする。彼女を守ってやらなくては、と言う思いに胸が満たされる。その理由はわからないが。あえて言うなら家族愛に近いものなのかも知れない。
 少女がまた口を開いた。声が届かないと彼女にもわかっているはずなのに。それでも少女はまた何かを僕に語りかけてくる。そして僕は、少女の口が紡ぎ出した言葉を、その動きからようやく理解することが出来た。そして、同時に驚愕する。
「お兄ちゃん………」
 確かに彼女はそう言っていた……。

 はっと目を開いて一番初めに視界に飛び込んできたのは天井だった。当たり前と言えば当たり前なのかも知れない。何故ならベッドの上で眠っていたのだから。
 相沢一雪は目をぱちくりとさせてからゆっくりと身体を起こした。
「何だったんだ、あれ……夢?」
 そう呟いてから大きく伸びをする。はっきりと思い出せないが何か夢を見ていたような気がする。何か大事な夢を。
 何か釈然としないものを感じつつ部屋の中を見回し、時計を見てみると目覚ましをセットした時間よりもかなり早い時間だった。普段なら寝直そうと思うのだが、何となく今日はそう言う気分にならない。たまには早起きするのも悪くないだろう。そう思ってベッドから降り、部屋から出ていくと眠たそうな顔をして部屋から出てきた双子の兄姉、祐名とばったりと出会った。
「ふわぁ……おはよ、一雪。休みなのに随分と早いんだね」
 随分と眠たそうな顔をしている祐名は一雪に向かってそう言うと自分はさっさと洗面所に向かっていった。顔でも洗いに行くのだろう。
 一雪は何となくリビングのソファに座り、ぼんやりとしたままテレビをつけた。やっているのは朝の情報番組のオープニング。普段なら絶対に見ることのないところだ。
「いつもそう言う風に早起きしてくれると助けるんだけど」
「僕は母さん似なんだから仕方ないよ」
 後ろから聞こえてきた祐名の声に振り返りもせずに答える一雪。二人の母親は別段低血圧というわけでもないのだが、物凄く朝が弱かった。父から聞いた話によると学生時代は部屋に30個程の目覚まし時計をおいて全てセットしても起きなかったという。そんな母に似てしまったのか、一雪は物凄く朝に弱い。一旦起こしてその後5分後にもう一度起こしに行って、更にその5分後に起こしに行かないとダメな程。
「開き直らないで。それより起きたのなら朝ご飯作るの手伝ってよ」
 祐名はそう言うとパジャマの上にエプロンをつけて台所の方へ向かった。普段は一人で3人分の朝食の準備をしているのだ。
「僕に何を手伝えって言うんだよ」
 少し不服そうに言い返しながらも立ち上がる一雪。一応手伝うつもりらしい。料理ぐらいは彼も出来る。あくまでそれなりに、だが。ぶつぶつ言いながらも台所に向かう。
「そう言えば……」
「そうそう、ちょっと……」
 二人が同時にそう言い、顔を見合わせた。
「……どぞ」
 何となく引いてしまう一雪。
「あ〜、うん。さっき変な夢見てね……」
「夢?」
「うん。よく覚えてないんだけど……ねぇ、一雪。私たち、妹なんていたっけ?」
 祐名の言葉に一雪はぎょっとした顔になる。自分が見た夢と同じ夢を祐名も見ていたのだ。双子特有のテレパシーとかそう言うのは二卵性なだけに信じていない二人だが、それでも互いに何を考えているかよくわかったりするし、何も言わなくても相手が何を求めているかわかることがある。だが、夢まで同じものを見ると言うことはほとんど無い。
「……もしかして一雪も見たの?」
 一雪の表情から彼も同じような夢を見たのだとわかったらしい祐名が驚きの表情を浮かべた。
「……妹なんかいなかったはずだよ、僕らには……」
 祐名の問いに答えるように小さく頷き、その一つ前の質問に答える一雪だったが、その言葉に自信はなかった。何か重大なことを忘れている、そう言う感じがする。それは祐名も同じのようで、二人は互いの顔を見合わせ、考え込むのであった。

仮面ライダーZodiacXU
Episode.10「白の脅威―White threat―」

 疾走する黒いバン。運転するのは敷島慎司、助手席でふんぞり返っている獅堂 凱、後部座席では卯月みことが設置されているモニターを凝視している。
「近いわ。獅堂君、準備はいい?」
「ああ、任せろ」
 みことの言葉に獅堂がいつものように素っ気なく返す。
 彼らが追っているのは新たに活動を始めた百八の怪物のうちの一体だ。互いに共鳴しあう水晶玉を体内に有しているその怪物を発見する為のサーチシステムがこの車と彼らが本拠地としている雑居ビルにはある。そのサーチシステムに反応があったのがほんの30分程前。すぐさま雑居ビルを飛び出し、細かい位置はバンの中にある簡易システムで特定していくというのが彼らのパターンだ。
 黒いバンが明らかにスピード違反の速度で疾走していくその横を一台の大型バイクが追い抜いていった。更にわざわざ黒いバンの前に移動し、片手を上げて見せてくる。
「……獅堂さん、あれって……」
 ハンドルを握りながら敷島がそっと隣に座っている獅堂を伺うと、彼はあからさまなまでに不機嫌そうな表情を浮かべていた。どうやら前方を行く大型バイクのライダーに心当たりがあるらしい。
「またあいつか……」
 忌々しげにそう呟く獅堂の目の前で、大型バイクは更にスピードを上げて走り去ってしまう。
「速い……随分と改造してそうですね、あれ」
 あっと言う間に見えなくなってしまったバイクに対する感想を述べる敷島。元々が大型な上に更に改造を施してあるというのは違法すれすれなのではないだろうかと思いつつ。それに比べてこちらは中古のバンに少し手を加えただけのもの。後部座席のところに積み込んである機材の為に速度がかなり犠牲になっている。
「そんなことよりも急げ。あいつに先を越されるわけにはいかないだろ」
 やはり不機嫌そうな獅堂の声を聞きながら、敷島はアクセルを踏み込むのであった。

 今回現れたのは蚤の怪物だった。驚異的なジャンプ力を駆使し、道行く人を襲ってはその生き血を啜って逃げていく。まさに神出鬼没のこの怪人の活動を知り、ここ数日獅堂達はこの怪人の行方を追っていたのだ。だが、彼らのサーチシステムの検知範囲外で活動していたらしくなかなかその足取りを掴めなかった。それが今日になってサーチシステムの検知範囲内に入ってきたらしく、反応があったのだ。それでこうして出てきたのだが、先ほど追い抜いていった大型バイクのライダー、北川 潤もどうやら同じ怪人の存在を水晶玉の反応で感知していたらしい。獅堂達を追い抜いていったのは自分で倒すつもりなのだろう。
 北川の大型バイクが止められていたのは郊外にある公園の入り口のところだった。バイクを見た獅堂が黒いバンから飛び出していく。
「みこと、どっちだ?」
「向かって左!」
「よし!」
 みことの声を背に受けながら黒いコートの裾を翻しながら走り出す獅堂。
 既に戦いは始まっていた。その場に辿り着いた獅堂はぴょんぴょん跳び回っている蚤怪人と大きな斧を振り回している仮面ライダータウロスを見つけると、すかさずベルトに引っかけているゾディアックガードルを取り出した。それを腰にあてがうとゾディアックガードルの左右からベルトが伸び、固定される。続いて取り出したのはカードリーダーと一枚のカード。そのカードをカードリーダーに挿入する。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
 聞こえてくる機械的な合成音。
「変身っ!!」
 そう言って獅堂はゾディアックガードルにカードリーダーを差し込んだ。
『Completion of an Setup Code ”Leo”』
 カードリーダーが差し込まれると同時に機械的な音声が流れ、ゾディアックガードルから光が放たれる。その光は獅堂の前に光の幕を作り出した。そこに輝く獅子座を象った光点。その光の幕に向かって獅堂は駆け出し、そこを通り抜けた彼の姿は仮面ライダーレオへと変わっていた。
 仮面ライダーレオはそのジャンプ力を生かして跳ね回る蚤怪人が着地する瞬間を狙って跳び蹴りを放った。だが、それに気付いた蚤怪人は着地すると同時に後方へと飛び下がる。その為にレオの跳び蹴りは空振りに終わってしまった。
「チッ、意外と素早い!」
「オオオッ!!」
 雄叫びを上げながら大きな斧――タウロスアックスを振り上げ蚤怪人に突っ込んでいくタウロス。突風が巻き起こる程物凄い勢いでタウロスアックスを一閃させるが、蚤怪人はその刃をジャンプしてあっさりとかわしてしまう。
「トォッ!!」
 ジャンプした蚤怪人を追ってレオもジャンプするが、蚤怪人の高さには届かない。前にイナゴ人間と戦った時もそうだったが、レオはジャンプ力の面ではそれほど高い能力を持っていないようだ。
 より高い位置にいた蚤怪人がレオに向かって強烈な蹴りを放ち、レオを地面に叩きつけた。更にもう一撃食らわそうとしてくるが、倒れたレオの前にタウロスが飛び出し、タウロスアックスを振り回して蚤怪人を牽制する。
「何やってんだよ。届かないなら無理すんな」
「そうやって馬鹿みたいに振り回していて当たったら言うことを聞いてやる」
 声をかけてきたタウロスにそう返しながら立ち上がるレオ。その二人の前方では蚤怪人がぴょんぴょんと跳びはねている。そうしながらこちらの出方を伺っているかのようだ。
「ジャンプは届かねぇ、動きが素早いから斧も当たらねぇ、何つーか最悪だな、こいつ」
 タウロスアックスを構えながら呟くタウロス。
「ああいう奴は動きを封じればいいんだ」
 そう言って駆け出すレオ。走りながら腰のカードホルダーから一枚のカードを取り出す。そのカードを素早く左腕の手甲にあるカードリーダーに通した。
『”Andromeda”Power In』
 機械的な音声が流れ、レオの前に光のカードが現れる。そこに描かれているのはアンドロメダ座の星座図。そこに向かってレオが右手を突き出すと、光のカードはレオの右手に吸い込まれるようにして消えていく。
「とぉりゃあっ!!」
 レオの雄叫びと共にその右手から光のチェーンが飛び出していく。勿論光のチェーンが向かう先は飛び跳ねている蚤怪人だ。だが、少しも一つところにじっとしていない蚤怪人に光のチェーンはあっさりとかわされてしまう。
「この、ちょろちょろと!」
 苛立たしげにレオが呟き光のチェーンを操るが蚤怪人を絡め取ることは出来なかった。
「何やってんだよ! 出来ないんなら下がってろ!」
 そう言いながらタウロスがレオを押しのけるようにして前に出る。腰のカードホルダーから一枚のカードを取り出すとタウロスアックスにあるカードリーダーに読み込ませる。『”Reticulum”Power In』
 機械的な音声が流れ、光のカードがタウロスの前に現れる。そこに描かれているのはレチクル座の星座図。その光のカードはタウロスの胸に吸い込まれ、消えていく。
 タウロスが左手をバッと突き出すとそこから光の網が飛び出した。だが、その光の網でも蚤怪人を捕まえることは出来なかった。光の網をかいくぐって素早く後方に飛び下がったのだ。レオの光のチェーン程タウロスの光の網はその効果範囲が広くない。それが仇となったようだ。
「くそっ、ちょこまかしやがって!!」
「フン、口程でもないな、おっさん」
「やかましいっ!!」
「やはりあんたには無理だ。おとなしく下がっていろ」
 そう言ってレオが一歩前に出ようとするがタウロスはそれを遮るかのように一歩横に移動した。仕方なくレオが更に横に移動してから前に出ようとしたが、タウロスはまたしてもそれを遮ってしまう。どうやらレオを前に出したくないらしい。
「何のつもりだ、おっさん?」
 苛立たしげな声で尋ねるレオ。
「生憎だがお前に命令されるいわれはないんでな」
 返ってきたタウロスの声もかなり不機嫌そうだ。
「戦いの素人は黙ってプロに従え。それがあんたの為だ」
「うるせぇな。プロだろうが何だろうがお前に命令されなきゃならねぇ覚えはねぇって言ってんだよ!」
 そう言いながら振り返ったタウロスがレオの方に詰め寄った。
「だいたいだな、後から来たくせに下がってろってのはどう言う了見だよ」
「あいつは俺たちがここ数日ずっと探していた奴だ。あんたに横取りされなければならない理由はない」
「何日探していようと、だ。あいつを先に見つけたのは俺だ。お前の方こそ下がってろ」
「フン、素人のくせに口だけは達者だな。怪我をしないうちに引っ込め」
「何だと、この野郎!」
「俺の邪魔をするなと言っている!」
 レオはそう言うと、タウロスの肩をどんと突いた。思わずよろけてしまうタウロスを尻目にレオは未だにぴょんぴょん跳びはねながらこちらを伺っている蚤怪人に向かって駆け出していく。だが、まるでどちらかがそうやって飛び出してくるのを待っていたかのように蚤怪人がこちらに軌道修正をしながらジャンプし、駆け出してきたレオに向かって強烈なキックを浴びせかけた。
「うわっ!」
 蚤怪人の強烈なキックを食らいレオが吹っ飛ばされる。
 それを横目にタウロスがタウロスアックスを振り上げながら蚤怪人に突っ込んでいった。思い切りタウロスアックスを振り下ろすが、やはり蚤怪人は素早くジャンプしてその一撃をかわしてしまう。
「ちぃっ!!」
 舌打ちしながら離れていく蚤怪人を睨み付けるタウロス。と、蚤怪人がいきなりこちらに向かって飛びかかってきた。これ幸いとばかりにタウロスアックスを構えようとするタウロスだが、先ほど振り下ろした時に勢いがつき過ぎていたらしく、その刃が地面にめり込んでしまっていて抜けなくなっている。
「何とぉっ!?」
 思わず驚きの声を上げてしまうタウロスに蚤怪人の強烈なキックがヒットし、吹っ飛ばされ、丁度立ち上がりかけていたレオにぶつかってしまった。体重の重いタウロスがレオを押し倒すような形で再び地面に倒れてしまう。
「おい、何をしてる!!」
 タウロスの下敷きになってしまったレオが抗議の声を上げる。
「早くどけ! 邪魔だ!!」
「うるせぇ! 耳元でぎゃあぎゃあ騒ぐな!」
 怒鳴るレオに怒鳴り返しながらタウロスが起きあがった。続けて起きあがったレオがすかさずタウロスを突き飛ばして前に出るが、もうそこに蚤怪人の姿はなかった。どうやら二人が倒れている間に何処かに逃げていってしまったらしい。
「くそっ、逃がしたか……」
 周囲を見回し、もう何処にも蚤怪人の姿はおろか気配すら感じられなくなったことを確認しながらレオは変身を解いた。そして、同じように変身を解いたタウロスの方に近寄っていき、ガシッとその胸ぐらを掴み上げた。
「何のつもりだ、おっさん!!」
「ああ?」
 いきなり自分の胸ぐらを掴んで大声を上げた獅堂を鬱陶しそうに見る北川。
「何のつもりだと聞いているんだ! あんたが余計なことをしなければあいつを逃がすことはなかった!!」
「はん、何言ってやがる」
 語気荒く言う獅堂に対し、北川は少し呆れたような口調で答えた。どっちかと言うと相手をするのも面倒くさいという感じだ。自分の胸ぐらを掴んでいる獅堂の手を掴み返し、ぐっと力を込めて握りしめる。
「お前一人であの野郎を倒せたって言うのか? 冗談言ってんじゃねぇぞ」
 言いながら獅堂の手を自分の胸ぐらから離していく。
「何だと!?」
 掴まれている手首を振り解きながら獅堂は北川を睨み付けた。
「粋がってんじゃねぇぞ。お前にどれだけのことが出来た? 後からきて、何をしたって言うんだよ?」
「俺の邪魔をしておいてよく言う」
「言っただろうが。お前に命令される覚えはねぇってな」
 互いに睨み合う二人。一触即発と言う言葉がぴったりと来る程空気が二人の間に張りつめる。今にも殴り合いを始めそうなそんな雰囲気を打ち破ったのは、そこに駆けつけてきたみことと敷島の声だった。
「何やってるのよ、二人とも!!」
「獅堂さんも北川さんも止めてください!!」
 みことが獅堂の、敷島が北川の、それぞれ正面に回り込んで睨み合っていた二人を引き離す。
「もう! 少しは協力とか出来ないわけ!?」
 みことが起こったようにそう言い、獅堂と北川を順番に見る。だが、二人はそっぽを向いてしまい、彼女と視線を合わせようともしなかった。
「全く……」
 呆れたようにため息をつき、みことが首を左右に振る。
「それよりも奴は何処へ行った?」
 そう尋ねたのは獅堂だった。言葉の端々に苛立ちが感じられる。あの蚤怪人を逃がした事に対しても、そして北川に対しても相当苛立っている事がわかる。
「残念ながらサーチの範囲外に逃げたみたいよ。どっちの方角に逃げたかは一応わかっているけど」
「方角だけわかっても仕方ないだろう! くそっ!」
 あくまで冷静に事実を告げるみことに対し、獅堂は苛立たしげな感情を隠そうともしない。相当苛立っている。
 そんな彼をチラリと見てから、北川は歩き出した。
「あ、北川さん、何処へ?」
 歩き出した北川を見てそう声をかける敷島。だが、すぐに声をかけたことを後悔する。考えてみれば北川は自分たちの仲間ではないのだ。それだけに彼を束縛する権利も無ければ、その質問をする権利もない。そして事実、彼は振り返った北川に思い切り睨み付けられてしまう。
「何でそんなことをお前に教えなきゃいけないんだよ!」
「は、はい、そ、そうですよね……ははは」
 北川に怒鳴られ、敷島は引きつった笑みを返してしまう。
「おい、おっさん!」
 再び歩き出した北川の背中に獅堂が声をかけた。だが、北川は立ち止まろうとはしない。聞くつもりはないようだ。しかし、それでも構わなかった。こっちの言いたいことを言うだけなのだから。
「今度俺の前に現れてみろ! あいつらよりも先にあんたをぶっつぶしてやる!!」
 獅堂の怒鳴り声に北川はそれでも足を止めず、そのまま去っていった。その背を獅堂は忌々しげに睨み付けるであった。

 とんとんとんと小気味いい音が響いてくる。何の音かと言うと台所で祐名が包丁を使っている音なのだが、その音を聞きながら一雪はリビングのソファに座ってうとうとしていた。時刻はそろそろ正午。いつもより早起きしたものの特にすることもなく、朝ご飯の準備を手伝った後はぼんやりと過ごしていたのだが、段々と早起きのツケが回ってきたようだ。
「ふわああああ……」
 大きく欠伸をしつつ、ごろんとソファの上に横になる一雪。このまま眠ってしまってもよかったが、そうなると祐名に見つかった時にうるさいだろう。寝るなら自分の部屋に戻るべきか、しかし面倒くさい。もう怒られてもいいか、と思って目をつぶったその時にいきなり電話の鳴る音が聞こえてきた。
「一雪、電話出てくれる?」
 台所の方から祐名の声が聞こえてくる。
 ごそごそと起きあがり、電話の方にフラフラと向かっていく。受話器を取ると聞こえてきたのは腐れ縁の親友の物凄く元気のいい声であった。
『いよぉーっす、一雪! 元気でやってたか〜?』
 思わずがちゃんと受話器を戻してしまう一雪。何となくだが、今のこの半分くらい寝惚けている頭にあの声は非常に不愉快に感じられたのだ。まぁ、用があるならもう一度かかってくるだろう。あれくらいでへこたれる様な奴ではないはずだ。
 そんなことを考えているとまた電話が鳴った。ちょっと考えてから受話器を取る。
『な、何をするんだよ!! 何でいきなり切るんだよ、お前っ!!』
 いきなり怒鳴られたのでもう一度、容赦なく受話器を戻してみる。半ば叩きつける様にして。これで少しは相手も考えるだろう。しかし、考えてみれば黙っているのにどうして自分だとわかったのだろうか。この電話は北川が引いている固定電話で、誰が出るかわかったものでもないはずなのに。まさか気配でわかったというわけでもないだろうが。
 三度鳴る電話。今度は5回程鳴るのを待ってから受話器を取る。
『…………』
「…………」
 今度はどちらも無言。相手の出方を伺っているかの様に。このままでは埒があかないのでとりあえずこちらの方から話しかけてみることにする。
「もしもし?」
『……あー、怒ってませんか、一雪君?』
「別に怒ってないよ、ちょっと機嫌悪いだけ」
『ほとんど同意義に聞こえますが?』
「何か用?」
『あー、イヤ、こないだのレポートだけどもうやったか?』
「ん……後でやろうと思っていたところだけど」
『よし、なら今からお前のところに行くから一緒にやろう』
「わざわざこっちに来なくても」
『イヤ、行きたいんだよ、お前のところに』
「……祐名が目当てなら出かけて貰うよ」
『ふっふっふ、安心しろ、俺一人で押し掛ける訳じゃない。華子も一緒だ』
「委員長も? じゃ、もしかしたら……」
『ご想像の通りだ。似非お嬢とちびっ子も一緒……ぐほっ!!』
 電話の向こうで何か殴られる様な音が聞こえてきたが、あえてスルーする。『誰が似非お嬢ですか!!』とか『ちびっ子って言うな〜!!』と言う声が聞こえないでもなかったが、きっと気のせいに違いない。そう思うことにする一雪であった。
『と、とりあえずそう言うことでよろしくだ』
 今度聞こえてきた腐れ縁の親友の声は何かを必死に堪えている様な感じで少し震えていた。それがわかってもあえてスルーを決め込む。
「わかったよ。でも、ここ北川のおじさんの家だから余りうるさくは出来ないからね」
『おう、了解した。ではまた後でだ』
 受話器を電話に戻し、一雪はため息をついた。何と言うかいつものメンバーが揃うとなるとなかなか騒々しくなりそうだ。おじさんが怒らないといいけど、と思いながらリビングに戻ると祐名がテーブルに昼食の皿を並べているところだった。
「誰からだったの?」
「あ〜、天海とかから。これからレポート一緒にやろうって」
「ふうん」
「委員長とか白鳥さんも一緒に来るって」
「それじゃみんな勢揃いするんだ。何か用意しておかないと」
「それはいいけど、おじさんはいいのかな?」
「別に構わないんじゃない? それに今日は出かけているみたいだし」
 そう言いながら祐名は椅子に腰を下ろした。本日のお昼ご飯は手っ取り早く余りもののご飯などを使ったチャーハンだ。出来はなかなかのもの。料理の上手い母や祖母の手ほどきを受けていたからこれぐらいは当然だ。
「うん、我ながら上出来」
 一口食べてから笑みをこぼす祐名。
「自画自賛だね……」
「おいしくない?」
「おいしいけどさ。そういうのって自分で言う?」
「一雪が言ってくれたらいいんだよ。でも言ってくれないでしょ?」
「感謝はしてるよ。毎日ご苦労様」
「そういうのじゃなくってぇ〜」
 少し拗ねた様な表情をする祐名を見て、一雪は口元に笑みを浮かべるのであった。

 一台の高級車が高速道路を走っている。その広い後部座席には倉田一馬とその秘書となった黒崎が座っていた。
「それで本日の予定ですが」
 背広の内ポケットから取り出した手帳を開きながら口を開く黒崎だが、一馬はそんな彼を手で制した。
「何だ、日曜日だというのに何か仕事が入っているのか?」
 ニヤニヤと笑いながら言う一馬。普段は気難しい彼だが、今日は珍しく機嫌がいいらしい。何かいいことでもあったのかも知れない。もっとも黒崎の知るところのことではないのだが。
「申し訳ございません。ですが平日は若も御学業があり……」
 相変わらず感情のそれほどこもってない声で、それでも一応申し訳なさそうに言う黒崎。何処まで本当に申し訳ないと思っているのか推し量ることは出来なかったが。
「仕方ないな。で、まずは何をやれと言うんだ?」
「とりあえずは本社執務室にて書類の確認をお願いします。ここ数日分の報告書などがかなりたまっていると言うことですので」
「やれやれ、面倒くさい仕事だな」
「ですが若が社長になられたらこの倍以上の書類が若をお待ちすることになりますが」
「やれやれ、面倒な話だな。社長になったら書類にサインをする為だけに誰か雇うとしよう」
「ご冗談を」
 そう言って黒崎が薄く笑みを浮かべる。
「その次の予定ですが……」
 手帳をめくりながら言う黒崎だが、一馬が横から手を伸ばしてその手帳を奪い取った。そして彼の方を向いて笑みを浮かべてみせる。
「その次の予定とやらは全てキャンセルだ。今日は気分がいいんでな。たまにはアフタヌーンティーと言うのも洒落ているだろう?」
 本当に今日の一馬は機嫌がいいらしい。普段ならこんな事は滅多に言わず、ただ仏頂面をして黙り込んでいるのだが、一体今日は何があったのだろうか。少し疑問に思う黒崎だが口にはしない。自分には関係のないことだからだ。
「出来れば書類に目を通すのもパスしたいんだけどな」
「流石にそれは……」
「言ったみただけだ。気にするな」
 そう言ってくっくっくっと笑う一馬。

 高速道路を軽快に走っていく高級車をその脇にあるビルから見下ろしている男がいた。白いコートの裾を吹き抜けていく風にはためかせながら、じっと一馬の乗っている高級車を見つめている。
「あれが3人目の仮面ライダーか」
 白いコートの男は静かにそう呟くと、ビルの屋上からバッと飛び降りた。重力など無いかの様に軽やかに地面に着地すると、何事もなかった様に歩き出す。
「さて、そろそろ動いてもいい頃合いかな」
 ニヤリと笑い、白いコートの男は雑踏の中へと消えていった。

 北川の住んでいるマンションの最寄り駅の駅前に天海 守、初野華子、磯谷 桜、白鳥真白の4人がいる。誰かを待っているかの様にぼんやりと立ちつくしている。
「ふむ、やっぱり迎えに来て貰うべきだったな」
 腕を組んでしたり顔で一人頷いている天海。
「何言ってんのよ!」
 そんな天海を容赦なく殴りつけたのは勿論彼の幼馴染みの華子だ。こんな事が出来るのは彼女の他にいない。
「そう思うんだったら早く電話しなさいよ!」
「全く役に立ちませんわね、このお猿さんは」
 完全に軽蔑しきった目で天海を見る真白。その視線の冷たさたるや並大抵のものではない。
「まぁまぁ、落ち受け、とりあえず落ち着け華子」
 手をひらひらとさせながら言う天海。とりあえず天敵である真白のことは無視する。相手にしていたら時間がいくらあっても足りない。
「その意見はもっともだ。だがここに一つの問題がある」
 そう言って天海はやたら真剣な表情でピッと指を一本立てる。
 そんな彼を胡散臭そうに見る華子と真白。もう一人、桜だけは先ほどまでキョロキョロと辺りを見回していたが、急に天海の方を振り返ってにっこりと笑った。
「祐名ちゃんちの電話番号がわからないんでしょ?」
「むうっ! 何故その超重要機密を知っている、貴様!?」
 桜の笑顔の発言に思わず怯んだ様に一歩下がってしまう天海。
「ふっふっふ、この磯谷 桜様を甘く見ちゃいけないよ〜」
「な、何とぉっ! 諜報戦でこちらの上を行くとはっ!!」
「と言うかちょっと考えればわかることですわよね」
「まぁまぁ、好きにやらせておきましょう」
 チッチッチッと指を左右に振り、ニヤリと笑う桜に少し芝居がかった驚きの表情を見せる天海、その横でため息をつきつつ呆れかえっている真白と華子。
「はいはい、下手なお芝居はそこまでにして」
 パンパンと手を叩きながら真白がそう言い、桜の方を見やる。
「そこのちびっ子、相沢さんの家の電話番号わかるならさっさと連絡して迎えに来て貰いなさい!」
「ちびっ子って言うな〜!!」
 ぴしっとこちらを指差して言う真白にそう言い返しつつ、桜は自分の携帯電話を取り出した。メモリーに登録してある中から祐名の携帯電話の番号を呼び出し、早速かけてみる。何度目かの呼び出し音の後、ようやく相手がでた。
『もしもし?』
「祐名ちゃん? 今ね、駅前にいるんだけど……」
 手短に現状を報告し、出来れば迎えに来て欲しいと言うことを頼んでみる。しかし、よくよく考えてみれば誰も祐名と一雪の引っ越した先の住所を知らないのにどうして行ってみようと言う話になったのだろうか。そもそも天海が一雪から電話番号を聞き出すことに成功したから、押し掛けてみようと言ったのだ。全ての元凶となった男は真白からねちねちと嫌味を言われている。
『それじゃ一雪に行って貰うから。もうちょっと待っててね』
「うん、それじゃお願いね〜」
 そう言って電話を切り、振り返ってみると真白と華子が同時に強烈なパンチを天海に食らわしているところだった。一体何があったのだろうか、思わず引きつった笑みを浮かべながら桜はそっちに駆け寄っていくのであった。

 天海達が駅前で一雪を待っているのと同じ頃、とある街角のオープンカフェで一つのテーブルを北川が占拠していた。テーブルの上に仕事道具のノートパソコンと注文したアイスコーヒーを乗せ、ぼんやりと空を見上げている。もしかしたらこういう自分ってなかなかかっこいいなどと密かに思っているのかも知れない。
「で、何やってるんですか、北川さん?」
 そんな彼に声をかけてきたのはいかにもキャリアウーマンと言った感じの女性だった。肩口で切りそろえられた髪、きりっと引き締まった口元、着ているスーツもなかなか高級そうだ。会社の中でもそれなりの立場にある女性のようだ。
「いきなり飛び出していったと思ったら、こんなところに呼び出すなんて」
 少し呆れたように女性が言う。
「や、これはこれは戒堂女史。わざわざご苦労さん」
 いかにも今女性に気付いたという感じで北川は彼女を見ると、すっと片手を上げて見せた。
「自分で呼び出しておいてご苦労さんとはよく言ったものですね」
「まぁまぁ、そう言わないで。ちゃんとお仕事はやりますから」
 ご機嫌斜めですよ、と言う風にそう言った女性に向かって手を合わせて謝る北川。どうやら立場的には北川の方が弱いらしい。
「全く……ところでさっきは急にどうしたんです?」
 北川の正面の席に腰をかけながら尋ねる女性。
「あ〜、いや、ちょっと急用を思い出して。まぁ、それが終わったし、丁度そろそろお昼頃だしここにお呼びしたって訳で」
 視線を女性から逸らしながら北川は言う。ちなみに彼の急用と言うのは例の蚤怪人の出現であり、それを倒す為に飛び出していったのだが、結果は逃げられてしまった。そのことを馬鹿正直に言うわけにもいかないのでとりあえず誤魔化してみたのだが。
「……ではここは北川さんのおごりと言うことでよろしいのかしら?」
「了解。どうぞお好きなものを」
 そう言って北川はノートパソコンの横に置いてあったメニューをとり、それを女性に手渡した。
 この女性、戒堂郁美は北川が何度か世話になったとある雑誌の編集長である。今日も仕事の話で彼を呼び出していたのだが、前述の通り北川が話の途中で飛びだしていってしまった。彼女が途方に暮れていたら、当の北川から今いるオープンカフェに来ないかと言う電話がありこうして出てきたのだ。
 近くを通りかかったウエイターにいくつかの注文を伝えると彼女は正面に座っている北川を見た。一体ここ最近何をやっているのか、仕事を頼もうにもなかなか捕まえることが出来ない。携帯電話にかけてもなかなか出ないし、家の電話にかけても留守番電話になっていることの方が多い。
(一体普段何をしているのやら……相変わらず謎の人よねぇ)
 じっと見つめられていることに気付いた北川が、少し驚いたように郁美を見る。
「何かついてるか、俺の顔?」
「いやいやいや」
 そう言って手を振る郁美。
「面白い顔だな〜って思って」
「失礼だな」
 郁美の発言に北川は苦笑を浮かべた。
「それより仕事の話じゃなかったのか?」
「そう言えばそうだったわね。それじゃ手短にいきますか」
「手短でいいのかよ」
 そう言う北川をよそに郁美は鞄の中から一冊のファイルをとりだした。それをテーブルの上で広げると、北川の方に差し出す。
 ファイルを受け取った北川はそこに挟まれているものを見て、少しだけ表情を変える。余りいいものを見た、と言う感じではない。どちらかと言うと不快そうな表情だ。
「よりによってこれかよ。戒堂女史、俺がこいつのこと、嫌いだって知ってるだろう?」
「そう言わないでよ。今一番噂の人なのよ、彼?」
 郁美はそう言うと北川がテーブルの上に投げ出したファイルに挟んであった写真を指差した。そこに映し出されているのは少し神経質そうなメガネをかけた男。年齢は北川と同じくらいだろうか。
「その彼に一日密着取材。しかもうちの独占。ギャラははずむわよ」
「誰か別の奴にやらせてやれよ。いい経験になると思うぜ」
「私はあなたにお願いしてるんだけど?」
 そう言って郁美はじろっと北川を睨み付ける。彼女からすれば今回の取材相手は北川の古い知り合いと言うこともあって、より深い話が聞き出せるのではないかと言う期待が込められているのだが、当の北川はその取材相手に好印象を持っていないのか余り乗り気ではなさそうである。それがどうにも郁美には歯痒いのだ。
「何でそんなに嫌がるんです? いい仕事だと思うんですけど」
 どうにも北川が首を縦に振りそうにもないことが分かり、郁美は小さくため息をつく。
「会いたくないんだよ、あいつとは」
 苦々しげな顔をして言う北川。どうやら余程イヤな思い出があるらしい。出来れば二度と思い出したくないと言うくらいに。おそらくそれは向こうも同じだろう。向こうだってこちらとは会いたくないはずだ。
「何かもっと別の仕事無いわけ?」
「別の仕事って……そんな選り好み出来るような立場でもないでしょうに」
「そりゃま、そうなんだけどね」
 と、そこにウエイターが郁美の注文したものを運んできた。それを見た北川がテーブルの上に置きっぱなしになっていたノートパソコンを自分の鞄の中に戻しスペースをあける。空いた場所に次々と並べられるお皿。
「これはこれは、ご健啖なことで」
 テーブルに並べられたお皿の数に目を丸くする北川。
「食事はとれる時にとれるだけとるという主義ですので。それでは遠慮なくいただきますわ」
 郁美がそう言って微笑むのを見ながら、支払うのは自分だったっけと言うことを北川はぼんやりと思い出す。と、その時、何処かからか自分をじっと見つめている視線があることを彼は不意に感じ取った。その視線から感じ取れる感情は悪意。底なしの悪意が自分を見つめている。それに気付いてしまった北川は思わず立ち上がってしまっていた。そして素早く周囲を見回し、その悪意ある視線の主を捜そうとする。
「……どうしたんですか、北川さん?」
「ああ、いや、何でもない」
 いきなり立ち上がった北川を不審げに見上げている郁美にそう答え、北川は腰を下ろした。結局視線の主を見つけることは出来なかった。それにいつの間にか視線も感じなくなっている。一体何者が自分を見ていたのかわからないが、何かイヤな胸騒ぎを覚える北川であった。

 とある高級ホテルの最上階にあるこれまた高級なレストラン。その特別室に一馬と黒崎の姿があった。K&Kインダストリー本社での仕事を早々に終え、当初の予定通りアフタヌーンティーを楽しんでいるところなのだろう。
「どうだ、黒崎。なかなかの味だろう?」
「……私は、その、それほど紅茶には詳しくありませんので……」
「今まで飲んだことのない味だと言うことか?」
「そうなります」
「ならばこう言う味にも慣れておくことだな。これからは安物の紅茶など飲むことなど有り得なくなるからな」
 そう言って一馬は湯気の立ち上る高級そうなカップに手をのばした。軽く香りを楽しんでから口を付ける。なかなか優雅な仕草だ。
 黒崎も一馬のマネをするようにカップの取っ手を掴み、よく分からないまま口を付けてみる。熱くて味も何も分からない。思わず顔をしかめてしまう。
「ハッハッハ。お前、猫舌だったのか?」
 黒崎の様子を見て一馬が笑う。
「だが覚めてしまっては折角の味も台無しになる。慣れることだな」
「はい、頑張ります」
 一朝一夕で慣れれるようなものでもないが、とりあえず頑張るしかない。だからそう答えた黒崎だったが、一馬はそんな彼の反応が面白かったのかまた笑い出した。少し憮然とした表情を浮かべる黒崎だが、その彼の携帯電話が呼び出し音を鳴らしたので、すぐに表情を切り替えて携帯電話を取り出した。
「はい、黒崎です……分かりました、今変わります」
 急に険しい表情を浮かべて黒崎は持っていた携帯電話を一馬に差し出した。
「監視班からの報告です」
 黒崎の短い言葉に無言で一馬は携帯電話を受け取る。監視班からの報告とはすなわち例の怪物が検知されたと言うことだろう。
「俺だ……分かった。すぐに向かう」
 それだけ言うと携帯電話を切って黒崎に返した。そして、口元につまらなさそうな笑みを浮かべる。
「やれやれ、この気怠い午後の一時を邪魔するとは。無粋な奴だ」
 口でそう言いつつも一馬は何処か楽しそうだ。おそらくはこれから始まる戦いに心躍らせているのかも知れない。
「行くぞ、黒崎! ティータイムはこれでお終いだ!!」
「はい!」
 意気揚々と特別室から出ていく一馬とそれを追いかける黒崎。

 ビルの上から狙いをつけた獲物に向かって飛びかかっていく蚤怪人。鋭いストロー状の口でその獲物の首筋を貫き、そこから血を吸い取っていく。文字通り血の気を無くした獲物がぐったりと力を無くすと、興味を無くしたようにその獲物を投げ捨て、またジャンプしてビルの上へと戻っていく。
「やれやれ、人の気怠い午後のティータイムを邪魔しておきながら自分はランチタイムか。舐められたものだな」
 急にかけられたその声に蚤怪人がはっと振り返ると、丁度屋上に通じるドアのところに一馬がもたれかかって立っている。相変わらず不敵な笑みを浮かべながら。
「まぁ、いいさ。食後の運動の相手を俺が買って出てやる。ありがたく思え」
 そう言って一馬は少々驚きつつ、且つ怯んでいる蚤怪人に向かって一歩踏み出した。そして、ゾディアックガードルを取り出すと腰にあてがった。ゾディアックガードルの左右からベルトが伸び、腰に固定されると今度は一枚のカードとカードリーダーを取り出した。そのカードをカードリーダーに挿入する。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
 機械によって合成された無機質な声が響き渡った。だが、それは獅堂や北川のものとは違い、どことなく女性を思わせる感じの合成音声だ。
「……変身」
 静かにそう言い、ゾディアックガードルにカードリーダーを差し込む一馬。
『Completion of an Setup Code ”Scorpius”』
 カードリーダーが差し込まれると同時にやはり女性を思わせる機械的な音声が流れ、ゾディアックガードルから光が放たれた。その光が一馬の前に光の幕を作り出す。そこに輝くのは蠍座を象った光点。その光の幕が一馬の身体を通り抜けると同時に彼の姿が仮面ライダースコルピスに変わる。
 仮面ライダースコルピスを見た蚤怪人はすかさずジャンプして距離をとろうとするが、スコルピスはそれを許さないかのように素早く腰に装着されている専用装備であるメガアンタレスを取り出し、収納形態から銃形態へと組み替え、その引き金を引いた。銃口から放たれたエネルギー弾を受け、あえなく叩き落とされてしまう蚤怪人。
「おいおい、まだ始まったばかりだ。そう簡単にやられちゃ面白くないぞ」
 そう言ってスコルピスは倒れている蚤怪人に近付いていく。油断無くメガアンタレスの銃口は蚤怪人に向けながら、だが。
 スコルピスが蚤怪人のすぐ側までやってくると、いきなり蚤怪人がぴょんと跳ね上がった。すぐ側まで近付いていたスコルピスは一瞬反応しきれず、跳ね上がった蚤怪人の蹴りを受けてしまう。
 とっさにメガアンタレスでその蹴りを受け止めるスコルピスだが、蚤怪人は蹴りを放った反動で大きく後方に飛び下がっていた。
「そうでなければ面白くない。楽しませて貰うぞ、俺も!」
 大きく距離をとった蚤怪人を見据えながらスコルピスはそう言うとメガアンタレスをガンモードから棒状へと組み替えた。そして、その先端部から光の刃が伸びる。メガアンタレス・ブレードモード。
 薙刀状になったメガアンタレスを片手にスコルピスが走り出す。蚤怪人が薙刀の届く範囲内に入ると同時に横に一閃させるが、それよりも早く蚤怪人は真上へとジャンプしていた。身体を丸めてそのまま落下してくるのを少し下がってかわすスコルピスだが、蚤怪人はそのままバウンドして今度はスコルピスの方へと向かってきた。
 すかさずメガアンタレスで突っ込んでいた蚤怪人を薙ぎ払うスコルピス。吹っ飛んだ蚤怪人を追いかけようとするが、それよりも早く蚤怪人は大きくジャンプしてスコルピスに蹴りを放ってきた。丁度走り出した時にカウンター気味に蚤怪人が突っ込んでくる形になり、スコルピスはその蹴りをかわすことが出来ずに吹っ飛ばされてしまう。
 倒れたスコルピスに向かって追撃を加えようと蚤怪人が飛びかかっていくが、スコルピスはメガアンタレスを再び銃形態に組み替え、飛び込んでくる蚤怪人を撃墜する。屋上の床面に叩きつけられる蚤怪人を見ながらスコルピスは起きあがり、倒れている蚤怪人に向かって容赦なくメガアンタレスから放たれるエネルギー弾を叩き込んでいった。先ほどの蹴りをまともに喰らってしまったことが余程頭に来たらしい。
 スコルピスが倒れている蚤怪人にエネルギー弾を容赦なく浴びせかけている、その後方にいつの間にか白いコートを着た男が立っていた。何の気配もさせず、いつの間にかその場に現れ、顔にニヤニヤとした笑みを貼り付けながらスコルピスをじっと見つめている。と、その男が口元を更に歪めた。歪な笑い顔を浮かべてすっと右手を上に挙げる。
「……!!」
 不意に背後で殺気が膨れあがった。蚤怪人に浴びせかけていたエネルギー弾を止め、振り返るスコルピス。
「貴様は……!?」
 何者だ、と口にするよりも早く白いコートの男が上に挙げていた右手の指をパチンと鳴らした。次の瞬間、白いコートの男の前に衝撃波が発生し、瞬く間にスコルピスを吹っ飛ばしてしまう。
「うおっ!?」
 屋上を囲うフェンスに叩きつけられ、どうにか転落することは免れたスコルピスだが、今の衝撃波で受けたダメージは軽くはない。
「始めまして、仮面ライダー。少しは楽しませてくれることを期待しているよ」
 白いコートの男はニヤリと笑いながらそう言うと、倒れている蚤怪人の方に歩み寄った。かなりのダメージを受けているのであろう蚤怪人が近付いてきた白いコートの男を見上げ、ビクッと体を震わせる。
「フフフ……怖がることはない。少なくても今はお前をどうこうしようとは思ってないからな」
 蚤怪人を見下ろしながらそう言い、白いコートの男は蚤怪人の腹を蹴り上げた。それからゆっくりと起きあがろうとしているスコルピスの方を振り返る。
 フェンスにもたれかかりながらも何とか身を起こしたスコルピスは新たに現れた白いコートの男を睨み付け、手に持っていたメガアンタレスを男の方に向けた。相手が一体何者なのか分からないが、とにかく危険な存在であることは間違いないだろう。見た目は人間のように見えるが、人間でないことはその異様な殺気と指を鳴らすことで生み出した衝撃波のことから分かる。
「こいつ……っ!」
 メガアンタレスの引き金を引く。そこに躊躇など存在しない。銃口から放たれたエネルギー弾が白いコートの男に向かっていくが、白いコートの男は着ているコートをはためかせてそのエネルギー弾を弾き落としてしまった。
「フフフ……」
 不敵な笑みを浮かべる白いコートの男に対して、スコルピスは思わず怯んでしまっていた。想像以上にこの白いコートの男、手強いかも知れない。
 白いコートの男はそんなスコルピスの感情を読みとったのかまたニヤリと笑うと両手を広げてみせた。来るなら来い、とでも言うのだろうか。それともスコルピスの攻撃など通じないと言う絶対の自信なのだろうか。
「舐めたマネをしてくれる……」
 スコルピスはそんな白いコートの男の態度に冷静さを取り戻すと、メガアンタレスをしっかりと男の方に向けた。引き金を引きながら白いコートの男の方に歩き出す。次々と発射されるエネルギー弾。
 そのエネルギー弾を白いコートをはためかせて弾き落としながら、男のスコルピスの方に歩み寄っていく。その顔にはまだニヤニヤとした笑みが貼り付けられている。まだまだ余裕と言うことなのか。
 両者の距離が段々と縮まって行く。その距離がほぼ1メートルぐらいにまでなった時、スコルピスが地を蹴って白いコートの男に飛びかかった。距離を詰めながら膝を突き出していくが、白いコートの男はさっと右手でその膝を押しとどめ、更に地を蹴ってスコルピスの頭上を飛び越える。
 それを見たスコルピスが振り返りながらメガアンタレスの引き金を引くが、白いコートの男は身体を回転させながらそれを弾き落とし、スコルピスに肉薄する。ニヤリとした不敵な笑みを見せつけ、スコルピスの胸に手を当てて後方へと吹き飛ばす。
「くうっ!!」
 吹っ飛ばされながらも何とか倒れることだけは防いだスコルピスは自分の方に向かって突っ込んできている白いコートの男に向かってメガアンタレスの銃口を向けた。数回引き金を引くが、放たれたエネルギー弾は白いコートの男に命中する前に弾き落とされてしまう。
 白いコートの男はニヤリと笑うとスコルピスの目前でジャンプし、スコルピスを飛び越えその後ろに着地した。と、そこで腹部に衝撃を受け、男は初めて表情を変えた。ニヤニヤとした笑みが消え、少しだけ顔をしかめている彼の腹に棒状になったメガアンタレスが突き込まれている。
「そろそろ貴様の動きは見切らせて貰った」
 スコルピスは振り返りもせずにそう言ってメガアンタレスの引き金を引く。男の腹に突き込まれているメガアンタレスの先端から光の刃が形成され、男の腹を貫いた。
「……へぇ、なかなかやってくれるじゃないか」
 白いコートの男は自分の腹を貫いている光の刃を見ながら、そう言うとまたしても不敵な笑みを浮かべた。
「それじゃそろそろ本気をみせても大丈夫だね」
「何っ!?」
 白いコートの男の発言に思わず驚きの声を挙げてしまうスコルピス。この白いコートの男がまだ本気を出していないと言うことは薄々分かっていたことだが、改めて言われるとその衝撃は大きい。だが、それ以上に驚きなのはメガアンタレスに腹部を貫かれながらもほとんどダメージを受けているように感じられないところだ。
 驚いているスコルピスをよそに白いコートの男は腹部に突き刺さっているメガアンタレスに手をやると何事もなかったかのようにそれを引き抜いた。それから身体を一回転させつつスコルピスを突き飛ばして距離をとる。
 突き飛ばされたスコルピスがよろめきながらも何とか立ち止まり、振り返ってみる。するとそこにいたのは白いコートの男ではなく白馬の姿の怪人だった。その背中には大きな翼がある。言うなればペガサスのような怪人。
「……それが貴様の本性と言う訳か」
 体勢を立て直したスコルピスがそう言い、ペガサス怪人と対峙した。
「仮面ライダー、君は我々のゲームにとって邪魔者だ。これ以上被害が出ないうちに消えて貰う」
 そう言うペガサス怪人の腹に開いていた穴がどんどん塞がっていく。物凄い勢いで回復しているようだ。これだけを見ても今までの怪人とは明らかに違うと言うことが分かる。
 スコルピスは油断無くメガアンタレスを構え、ペガサス怪人を伺った。今まで戦った相手とは質の違う相手。下手をすればこちらが負けてしまうかも知れない。そう言う予感がした。
「さぁ、始めようか」
 ペガサス怪人は腹の傷が完全に塞がるのを待ってスコルピスの方に一歩だけ踏み出した。その全身から放たれる圧倒的なまでの殺気。今までスコルピスが戦ってきたどの怪人とも異質な殺気。
「くうっ……!」
 その殺気にスコルピスは身動きがとれなくなってしまっていた。心の何処かで戦ってはいけないと言う声が聞こえてくるが、それに従うわけにはいかない。しかし、身体は硬直してしまったかのように動かなかった。
「フフフ……さっきまでの威勢は何処に行ったのかな?」
 動けないスコルピスを少々馬鹿にするかのように言うペガサス怪人。圧倒的なまでの実力に裏打ちされた余裕の現れなのか。
「面白くないな……こっちの動きは見切ったんだろう?」
 挑発的に言うペガサス怪人を睨み付けるだけのスコルピス。まだ身体は動かない。一体どうしたと言うのか。単純なまでの恐怖に支配される程自分は弱くはなかったはずだ。少なくても今まではそう思っていた。だが、少し考えを改めなくてはならないようだ。こうも圧倒的な殺気の前に自分は動けなくなっている。死ぬかも知れないと言う恐怖に身体が硬直してしまっている。何と情けないことか。
「くうっ……ウオオオッ!!」
 スコルピスは雄叫びをあげると動かないはずの身体に無理矢理動くよう強く命じた。目の前にいるペガサス怪人に向かってメガアンタレスを突き出しながら自らも突っ込んでいく。
「フフフ……」
 ペガサス怪人は相変わらずニヤニヤ笑ったまま、突っ込んでくるスコルピスを見ていたがすぐにその背中にある翼を広げてふわりと宙へと舞い上がった。そして、すっとメガアンタレスの上に降り立ち、スコルピスを見下ろす。
「何をしているんだい。その程度の攻撃がまさか通じると思っている訳じゃないだろう?」
 そう言ってスコルピスを蹴り飛ばす。
 あっさりと吹っ飛ばされるスコルピスを見て、ペガサス怪人は宙に再び舞い上がった。そしてつまらなさそうな顔をして倒れたスコルピスを見下ろす。
「やれやれ、もう少しは楽しませてくれるかと思っていたのに興醒めだよ。この程度なら殺す価値もない。全く、期待外れもいいところだ」
「……な、何だと……?」
 何とか身を起こしたスコルピスが空中にいるペガサス怪人を睨み付ける。
「フン、所詮は下位72星しか相手にしたことがない奴……わざわざ手を出すまでもなかったか」
 その口調にはあからさまに落胆の色が含まれていた。それは同時にスコルピスにとってかつて無い屈辱の言葉でもある。
「今日はもういい。次に会った時……いやもう二度と会わないだろうな、きっと」
 ペガサス怪人はそう言うと指をパチンと鳴らした。次の瞬間、スコルピスのいるビルの屋上が見えないハンマーか何かによって叩きつけられたかのように崩れ始める。
「な、何ぃっ!?」
 驚きの声をあげるスコルピスがその崩れていく中に消えていくのを見てからペガサス怪人は飛び去っていく。

 突然崩れ始めたビルの屋上に近くにいた人々は大パニックになっていた。警察や消防、レスキュー隊などが次々と現場に集まってくる中、騒ぎを聞きつけた北川と郁美もその場にやってきていた。
「おいおい、こりゃひでぇなぁ」
 瓦礫の散らばっている周辺の状況を見て北川が呟く。
 突然崩れだしたビルに近くを歩いていた人々は逃げまどうだけだったのだろう。奇跡的にも崩れてきた瓦礫の下敷きになった人はいないようだが、それはビルの外側だけで中にいた人間がどうなったのかは考えるまでもない。それでも崩れたのが屋上だけだったので被害があったのは最上階のみ、それより下の階層は辛うじて無事だと言う。今はいつ崩れるのか分からないので、順次避難している真っ最中らしい。
「死人が出なかったのが不幸中の幸いってところかしら?」
「そう言うこったな」
 またぐるりと周囲を見回しながら北川が呟いた。一体何があったらいきなりビルの屋上だけが崩れると言うのだろう。まるでミサイルか何か打ち込まれたかのようではないか。しかしそれはこの、ある意味平和ボケした日本では有り得ないことだろう。それでは一体どうして?
「老朽化……にしたっていきなり崩れるなんて事なさそうだし」
「この辺のビルはそんな古くもないだろう。老朽化って線はないな」
「それじゃテロか何か? 爆弾とかならあの崩れ方も理解出来そうだけど」
 どうやら郁美も同じようなことを考えていたのだろう。なかなか面白いところをついてくる、と北川は心の中で感心した。
「こんなオフィスビルをテロの標的にして何の意味があるんだよ」
「それが問題なのよねぇ。で、北川さん、あなたのご意見は?」
「さぁねぇ……どう言うことなのか見当もつかねぇなぁ」
 そう言いつつも北川はまだ何かを探すかのように周囲を見回している。彼はこのビルの屋上の崩壊を密かに例の怪人の仕業だと思っていた。だからその怪人の姿が近くにないかを探していたのだ。ちなみにポケットの中に入っている水晶玉は何の反応も示していない。そのことからもう近くにはいないのだろうと見当をつけてはいるのだが、それでも姿を探してしまっている。
 と、その彼の視線が近くに止まっている一台の黒塗りの高級車を捕らえた。
「……あれは……?」
 何となくこの場にいるには場違いな雰囲気の高級車。だから、北川の注意を引いたのだ。じっとその高級車を見ていると、片側のドアが開き一人の男が若い男に肩を貸しながら中に乗り込んでいくのが見えた。そしてその若い男の腰にあるゾディアックガードルも。
「あ、北川さん?」
 いきなり駆け出した北川に気付いた郁美が声をかけるが、その声は彼には届かなかったようだ。
 駆け出した北川が黒塗りの高級車に近寄っていくが、彼が辿り着くよりも先にその高級車は走り出していた。飛び出していく高級車の進行方向にいた北川は慌ててその場から飛び退く。危ういところで高級車をかわした北川は、中に乗っている人物の顔を見ることを忘れなかった。一人は何を考えているのか分からない無表情の男。もう一人、若い方の男は何かひどく疲れたような表情を浮かべている。
(あの若いの……何だ、この感じは……?)
 若い男の顔を見た北川は何か妙な感覚を覚えた。何処かで見たことのあるような感じがしたのだ。だが、その正体がはっきりしない。そんな彼の前をその高級車は通り過ぎていった。
「北川さん、どうしたんですか?」
 呆然としている北川に郁美が駆け寄ってきて声をかけてくる。だが、北川は答えることをしなかった。出来なかったと言うべきか。
「……いや、何でもない」
 辛うじて心配そうな郁美にそう答える北川。しかし、その視線は走り去っていく高級車を追っていた。
 そしてそんな北川を少し離れたところからじっと見つめている白いコートの男。口元には笑みを浮かべている。まるで次なる獲物を見つけた喜びに打ち震えるかのように。
「……次は……お前だ……」

This Story was Completed!
To be Continues Next Episode!

本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース