夜の街を背広を着た一人の男が片手にアタッシュケース、もう片方の手で白いワンピースを着た少女の手を引いて走っている。まるで何かから逃げるかのように、必死で走っている。だが、二人の後方に二人を追うものの姿はない。それでも二人は必死に逃げ続ける。立ち止まったら最後、すぐに追いつかれてしまうかのように。
一体どれだけの間走っていただろうか、不意にワンピースの少女が足をもつれさせでもしたのか転んでしまった。それを見た男がすぐに少女の側にしゃがみ込む。
「大丈夫か? まだ走れるか?」
そう尋ねると、少女は男の顔を見上げてこくりと頷いた。だが、その顔に疲労の色は濃く、彼女がかなり無理をしているのがわかる。おそらくはこれ以上は知ることは出来ないだろう。それでも彼女が頷いたのは、このままでは自分たちの身に危険が迫ると言うことがわかっているからだった。
「……少し休んだ方がいいな」
男がそう言うが、少女はそれは出来ないとばかりに首を左右に振る。
「いや、ダメだ。少し休まないと君の身体が……」
少女に言い聞かせるように男は言い、周囲を見回した。何処か身を隠せる場所でも探しているのだろうか。やがてそう言う場所が見つかったのか、男は少女の身体を抱き上げると歩き出した。
彼が向かったのは少し離れたところにある公園だった。近隣住民の憩いの場所として、そして災害時の避難場所としてこんなところに作られたのだろうが、住宅地はここからかなり離れている為に雑草生え放題、荒れ放題となっている。夜だと言うこともあるが、それ以上にここの異様な雰囲気に誰も近づかないようで、中には誰の姿もなかった。その中にある少し壊れかけてはいるが、まだ何とか座れそうなベンチを見つけた男はそこに少女を降ろした。
「大丈夫か?」
男がそう言って少女の前にしゃがみ込んだ。彼女の足を取り、少しマッサージをしてやる。走りすぎたのか脹ら脛はパンパンに張っている。日頃からあまり運動をしない所為だろう。走り慣れていないのだ。もっとも、それは背広の男も同様だったが。
「もう少し休んだら行こう。奴らはすぐに追いついてくるだろうしな」
背広の男がそう言うのに少女は黙って頷いた。その息はかなり荒い。少しぐらいの休憩では落ち着かないだろうが、今は一刻も早く逃げるのが先決だ。彼らを追うものの姿は見えないが確実に迫ってきているのであろうから。
と、男の耳にガサリと雑草を踏みしめるような音が聞こえてきた。注意していなければ聞き逃してしまうような、そんな小さな音だったが男はそれを聞き逃すことはなかった。追われているから余計に注意していたおかげだろう。だが、追いつかれたと言うことは、それだけでもうほとんどお終いだと言うことを意味していた。
「いいかね。これを持って出来る限り遠くへ逃げるんだ」
男は足下に置いてあったアタッシュケースを拾い上げると、それを少女に押しつけながらそう言った。
「そして誰か……これを扱える人にこれを託して守ってもらえばいい。君は……あの二人と同じく我々にとって最後の希望なんだ」
男のあまりにも真剣な眼差しに少女は黙って頷くことしか出来なかった。彼女もここに着実に迫ってきている死の危険を感じ取っているのだろうか。その目には怯えが感じられる。
「出来るなら君を一人にしたくないんだが……許してくれ。君を奴らに奪われるわけにはいかないんだよ」
そう言う男の目に涙が浮かぶ。その涙は少女のことを思っての涙なのか。それともこの先自分に待っている運命を嘆いての涙なのか。
少女も目を潤ませ、男の顔に手を伸ばした。そして、男の顔を自分の方に引き寄せるとその額に静かに自分の唇を押し当てた。それが今の彼女に出来る精一杯だった。これから自分を逃がす為におそらくは命をかけて囮となるであろう、この男に自分がしてやれることなど何もない。ただ、彼に対する親愛の情を示すだけ。
「いいかい、絶対に諦めてはダメだ。これを扱うことの出来る人間は絶対にいる。だから最後の最後まで諦めちゃいけない。わかるね?」
男の言葉に少女が頷く。
「生きて、君は生きて奴らを……さぁ、行きなさい」
男に促されて、少女はベンチから腰を上げた。そしてゆっくりと歩き出す。時折、男の方を振り返りながら。
そんな少女の姿を男は愛おしそうに眺めていたが、やがて首を左右に振って叫んだ。
「行け! 早くここから離れろ!!」
その声に少女がビクッと身体を震わせる。だが、男の気持ちがわかったのか、少女は最後にもう一度だけ男を振り返ると、こくりと頷いて見せた。そして走り出す。もう今度は振り返ろうとはしない。ただ真っ直ぐ、闇の中へと走っていく。
少女の後ろ姿をじっと見送っている男の背後に音もなく一つの影が現れた。
「自らを犠牲にしてでもあの小娘を逃がすか……」
影がぼそりと呟くように言う。
「わからんな……何故そこまでする?」
影の問いに男は何も答えようとはしなかった。それがこの相手に見せる自分の意地だとばかりに、口元に笑みを浮かべる。
「さっさと殺せばどうだ。お前達なら俺ぐらい造作もないだろう」
「確かに造作もない。だが知りたいのだ。何故人間とは時に自らの身を犠牲にして仲間を守ろうとするのかを」
「それを知ってどうする。お前らみたいな……殺戮を繰り返すだけの存在がそれを知ってどうすると言うんだ?」
「ふむ……確かに。お前達人間風に言うならば単なる好奇心みたいなものだ」
少し残念そうに影は言うと、その右腕を一閃させた。直後、男の口から大量の血が溢れ出す。見ると男の腹部を何か鋭いものが貫通していた。
「ぐふっ……」
何かを言おうと口を開けるが、そこから出てきたのは大量の血だけ。もはや声すら出すことも出来なくなってしまっているようだ。首だけを動かし、後ろを振り返ろうとする。そこに立っている奴の姿を見極める為に。
そこにいたのはアリゲーターに似た姿を持つ怪物だった。
「ま、まさか……そんな……」
アリゲーターのような怪物を見た男の顔が驚愕の色に包まれる。だが、それはほんの一瞬のことで、男の視界はすぐに白い炎に包まれてしまう。男の腹部を貫いた鋭いもの――分厚い刀身を持つ巨大な剣だ――から白い炎が立ち上り、男の全身を包んでいるのだ。
「う……う……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
声のでなかったはずの口から紡ぎ出される絶叫。だが、それもすぐに消えてしまう。男の身体を包み込んだ炎がその勢いを一層強め、一気に燃え上がったのだ。
その白い炎が消えた時、そこには既に人の姿はなかった。完全に燃え尽きてしまったのか、骨すら残っていない。すっと手に持った剣を一降りすると、アリゲーターの怪物の手の中からその剣が姿を消した。まるで初めからそこには無かったかのように。
アリゲーターの怪物は少しの間、少女の消えていった闇をじっと見つめていたが、やがて、そちらに背を向けて歩き出した。その姿がアリゲーターの怪物のものから人間のものへと変わっていく。テンガロンハットにポンチョを着た大柄な男の姿に。それはまるで西部劇から抜け出してきたような姿。
「なぁに? 女の子一人捕まえられないの?」
いきなりそんな声が聞こえてきたのでテンガロンハットの男は足を止めた。チラリと声のした方を振り返ると、そこにはまるで喪服のような黒い服を着た一人の美女が木にもたれるようにして立っている。
美女の姿を確認したテンガロンハットの男はすぐに彼女から視線を外し、また歩き出した。
「見逃していいのぉ? あの子、厄介な存在なんでしょぉ?」
小馬鹿にするような間延びした口調。それが気に入らなかったのか、テンガロンハットの男が足を再度止めた。
「あの男の意地に答えたまでだ。それに手は既に打ってある」
「流石ね、天殺星」
ニヤニヤ笑いながら美女が言うが、テンガロンハットの男は無視して歩き出す。今度はもう立ち止まる気はない。その意思を示すかのように足早にその場から去っていく。
「ふふふ……少しは面白くなってきたじゃなぁい……」
美女がそう言って微笑む。
「向こうも楽しそうなことになってきているようだし……今度のは楽しくなりそうだわぁ」

仮面ライダーZodiacXU
Episode.09「重なり合う力―Power to overlap―」

タウロスアックスを構える仮面ライダータウロスに向かって突っ込んでくる金色の殻。並大抵のことではろくにダメージを与えることが出来ないその殻に向かってタウロスが思い切りタウロスアックスを振り抜いた。丁度それはバッターがボールに向かってスイングするように。
再び響くガキィンと言う金属音。まるで鉄パイプで鉄骨製の柱を思い切り打ったような感触がタウロスの手に伝わってくる。だが、それでも今度は弾き返されることはなかった。タウロスアックスの刃が少し金の殻に食い込んでいる。おそらくはタウロスの物凄いパワーによる力任せのスイングと金の殻がこちらに向かって来ていた勢いの相乗効果の為だろう。
しかし、それが精一杯だった。この金の殻、想像以上に堅い物質で出来ているらしい。それに刃が食い込んだ部分から白い泡が漏れだしてきて、白い煙が上がり始めた。
「な、何ぃっ!?」
慌ててタウロスアックスを金の殻から引き抜こうとするタウロスだが、時既に遅く、タウロスアックスの刃の一部は溶かされてしまっていた。
「オイオイ、マジかよ……」
溶けてしまったタウロスアックスを見てタウロスが嘆きの声を漏らす。だが、すぐに気を取り直し、金の殻の方へと向き直る。
金の殻からもそもそと滑ついた身体が出てくる。その本当の姿、カタツムリの怪物の正体を現したのだ。
「よし、中身が出てくりゃこっちのもんだ!」
タウロスがそう言ってカタツムリの怪物に向かって駆け出すが、それよりも先にカタツムリの怪物は地面に向かって白い泡を吹き付けていた。白い泡がアスファルトの地面を溶かし、白い煙を上げる。カタツムリの怪物は次々と地面に向かって白い泡を吐き続けた。その度に白い煙が上がり、ついにはカタツムリの怪物の姿を覆い隠してしまう。
「何だ、何をしているんだ?」
白い煙の少し手前で足を止めたタウロスがその向こう側にいるであろうカタツムリの怪物の様子をうかがう。一体何をしているのか。この煙は煙幕のつもりで、その向こう側でチャンスをうかがっているのか。全く相手の考えが読めない。何を考えているのか、そもそも考える為の脳があるのかどうかも怪しい相手だが。
だが、その後すぐにこのカタツムリの怪物がかなりの知能を有していることをタウロスは理解することになる。
この白い煙を吹き飛ばすべく、タウロスが腰のカードホルダーから一枚のカードを取り出した。タウロスアックスにあるカードリーダーにそのカードを通す。
『”Eridanus”Power In』
機械で合成された音声が流れ、タウロスの前に光のカードが現れる。そこに描かれているのはエリダヌス座の星座図。そのカードに向かってタウロスはタウロスアックスを突き出した。すると光のカードがタウロスアックスに吸い込まれるようにして消えた。
「おおりゃあっ!!」
タウロスが吼えながら手に持ったタウロスアックスを横に一閃させると、そこに水流が現れ、一気に白い煙を押し流した。だが、その先にカタツムリの怪物の姿はない。
「何っ!?」
驚きの声を上げながら、カタツムリの怪物がいたであろう場所へと駆けつけたタウロスは地面に開いた大穴を発見する。どうやら地面に白い泡を吹き付けていたのは煙幕の代わりにするわけではなく、逃走路を作る為だったらしい。
「くそっ、逃がしたか……」
地面に開いた大穴の側に片膝をついて中を見ながら呟くタウロス。この穴の中に飛び込めばカタツムリの怪物を追うことが出来るが、それは極めて不利な戦いを強いられることになるだろう。いくら大穴と言っても人一人が通れるかどうかの大きさ、この中で例の何でも溶かしてしまう白い泡を食らったらかわしようがない。それに肝心のタウロスアックスの刃も一部が溶かされてしまっている。ここは一旦引いて態勢を整えた方がいいだろう。
そう考えながらタウロスは立ち上がり、後ろを振り返った。
「もう大丈夫だぞ」
物陰に隠れてタウロスをカタツムリの怪物との戦いを見ていたらしい3人が恐る恐る顔を見せる。
「倒すことは出来なかったがダメージを与えることは出来た。多分、当分出てこないだろ」
そう言いながらタウロスは止めておいた大型バイクに歩み寄った。
「あ、あの!」
大型バイクのエンジンをかけようとしていたタウロスの側に3人のうちの2人が駆け寄ってくる。一人は少年で、もう一人は少女。どちらもよく似た顔立ちをしている。
勿論タウロスはこの二人をよく知っていた。相沢一雪とその双子の兄姉である相沢祐名。タウロスが守らなければならない二人だ。
「あ、ありがとうございました!」
そう言って頭を下げたのは祐名の方だ。自らの身体を張って、危険も省みずに助けてくれたことを感謝しているのだろう。
「まぁ、これが俺の仕事のようなもんだからな」
努めて明るい声で言うタウロス。だが、戦闘中に受けた左腕がじくじくと痛む。仮面のお陰で表情を知られないから二人にはわからないだろうが。
「手、大丈夫ですか?」
心配そうにタウロスの左腕を見ながら今度は一雪が言う。
「俺のことよりも先に自分のことだ。早く病院、行けよ」
そう言ってタウロスは大型バイクのエンジンをかけた。そしてすぐさま走り出す。このまま、あの二人と喋っていたら正体が知られてしまう可能性があった。まだ、あの二人に自分の正体を知られるのはまずいだろう。
去っていく仮面ライダーを見送りながら一雪は不思議そうな表情を浮かべる。
「……何で僕の怪我のこと、知ってるんだろう?」
「それだけ制服に血を付けてたらわかるんじゃないの?」
「そうなのかな……?」
自分と並んで去っていく仮面ライダーを見送っている祐名が一雪の疑問にあっさりと答えたのだが、何となく一雪はそれでは納得出来かねていた。

一雪や祐名達から充分以上に離れたことを確認した仮面ライダータウロスはようやくバイクを止めて、変身を解いた。そして左腕を見てみると、結構広い範囲に渡って火傷のような感じになっていることを知る。
「……こりゃ痛いはずだわ」
少し泣きそうな顔をして左腕を見る北川 潤。とりあえずバイクから降りると念のために用意してあった救急セットを荷物入れの中から取りだした。
「備えあれば何とやらって言うけど、本当だねぇ〜」
何時バイクで転んで怪我してもいいように、と思って積んであったこの救急セットがこうして本当に役に立つ日が来るとは正直言って考えてもいなかった。だが、やはり念のためと思って積んでおいたのが功を奏したようだ。このまま、怪我をしたまま一雪や祐名の前に出たらさっき二人を助けた仮面ライダーが自分だとすぐにばれてしまうだろう。そうなるとどうしても自分が仮面ライダーになった経緯を説明しなければならなくなる。それを今はまだ二人に語りたくはなかったのだ。
持っていた救急セットではとりあえずの応急処置しか出来なかったが、今はそれでも構わないだろう。ちゃんとした手当は後ですればいい。何せこれから病院に行くのだし、そこで「転んだ」とでも言って手当てして貰ってもいい。出来るならば、その手当てをしてくれるのが可愛い看護婦の子とか二人を連れて行って貰っている例の保健医だったらいいのだが。そんなことを考えながら器用に左腕に包帯を巻いていく。

仮面ライダータウロス、北川 潤がカタツムリの怪物を何とか撃退することに成功していた頃、獅堂 凱はようやく見つけた公衆電話に飛び込んでいた。中に入ると受話器を外し、小銭を入れようとして、一円も持っていないことを思い出す。
「しまった……十円だけでも借りておけば良かった……」
逃げ出す時に一緒に連れてきた女性――K&Kインダストリー社長、倉田佐祐理から少しでも金を借りておけばこういう事にはならなかったかもしれないのだが、全ては後の祭りと言うことだろう。今更引き返して金を借りて来るというわけにも行かないだろうし。それに何よりこの場から一刻も早く離れないことには自分を追ってきている連中にまた捕まってしまうかもしれない。
獅堂は受話器を乱暴に戻すと素早く周囲を見回した。追っ手らしき姿は見当たらないが、油断は出来ないだろう。何者かは知らないが、あの連中はおそらく逃走に利用した救急車がどこにあるかを突き止めているはずだ。もうこの公園に来ているのかもしれない。
「……歩くしかないのか……」
思わず天を仰ぐ獅堂。ここから仲間のいる雑居ビルまで一体どれくらいあるのか見当もつかないが、とにかく歩くしかない。一円も持ってない以上、車はおろか電車も使えないのだから。

一台の黒塗りの高級車がその公園の駐車場に入ってきた。
少し離れたところには救急車が止められているのを見て、中に乗っていた倉田一馬が飛び出してくる。救急車に駆け寄ると、そのドアを開けて中を覗き込んだ。
「母上、大丈夫ですか!?」
そう声をかけると、中にいた倉田佐祐理はいつものように微笑みを浮かべたまま、一馬の方を向く。
「なかなか早かったですね、一馬さん。もっと時間がかかると思ってました」
普段通り、と言う言葉が一番よく当てはまる佐祐理の態度。一瞬、そんな佐祐理に呆気にとられてしまう一馬だが、すぐに彼も普段のようなクールな表情に戻る。
「誉め言葉として受け取っておきます、母上」
「誉めているんですよ、言葉通り」
「ありがとうございます。ところで例の男は?」
周囲を見回してみても例の男――佐祐理を連れてここまで逃げてきた男、獅堂の事だ――の姿はどこにもない。
「あの人ならもう行ってしまいました」
「……行ってしまった? 逃げていったと言うことですか?」
母親のその言いように少しの疑問を覚える一馬。何となくだが、獅堂に対する信頼のようなものをその言葉の端から感じられたからだ。自分を人質にしてここまで逃げてきた男に対して何故母のような聡明な女性が信頼を寄せるのか、それが彼には理解出来ない。
「いえ、行ってしまった。それだけですよ」
「つまり逃げたわけではない、と?」
「そう言うことになりますね」
相変わらずの微笑み。それが時として母が何を考えているのか理解出来なくさせる。彼女なりのポーカーフェイスという奴なのだろう。これがどれだけ厄介なのか、一馬は充分よく知っている。
「……わかりました。黒崎、母上を!」
「はっ」
一馬がここに来る時に乗っていた車を運転していた黒崎という運転手がすぐに駆け寄ってきた。そして、佐祐理に向かって一礼するとそっと彼女を抱き上げる。足が不自由で車イス無しではどこにも行けない彼女を運ぶにはそうするしかない。
黒崎が佐祐理を高級車の方に運んでいるのを見ながら一馬は携帯電話を取り出していた。連絡する先は彼が独自に組織している監視班だ。逃げた獅堂を探し出し、出来るならばもう一度捕まえるよう指示を出す為だ。
「一馬さん」
登録してある電話番号を呼び出そうとしたその時、佐祐理が不意に声をかけてきた。
「何でしょうか、母上?」
顔を上げると佐祐理は高級車の後部座席に座ってこちらをじっと見つめていた。だが、その顔には先ほどまでの微笑みはない。K&Kインダストリー社長として、何かを判断しなければならない時に見せる真剣な表情、それを今、佐祐理は浮かべて一馬の方を見つめていた。母の表情を見て、思わず緊張してしまう一馬。もしかしたら母の発する気に圧倒されているのかもしれない。
「あの方を追うことを禁じます。これは母としてではなく、社長としての命令です。いいですね」
「なっ……!?」
佐祐理の発言に驚きのあまり一馬は思わず言葉を失ってしまう。
「例の研究に関しては続けても構いません。ですが、あの方を追い、また捕らえようなどとは考えてはいけません。それは社長として禁じます」
「な、何故ですか! あの男は例の研究所の生き残りで、奴が握っている情報は……」
「一馬さん、K&Kインダストリー社長として命じます。あの人を追うことを禁じます。いいですね?」
「で、ですが!」
「これ以上異議を申し立てるならあなたに与えた全権限を取り上げることも可能なのですよ、一馬さん」
必死に縋り付く一馬に対して佐祐理は冷たい声で言い放った。
これ以上文句を言おうものなら本気で自分が持っている権限を全て取り上げられてしまうだろう。佐祐理にはその権利がある。今自分の持っている権限を取り上げられるわけにはいかない、そう思った一馬は渋々ながら頷いた。
「……わかりました、社長」
「わかっていただけて幸いです」
佐祐理は不承不承でもようやく頷いてくれた息子を見て、満足げに微笑んだ。そして、手を伸ばして一馬を自分の方に引き寄せる。
「一馬さん、あなたの気持ちがわからないわけでもありませんが堪えてください。あの人は佐祐理を傷つけないと言ってくれました。そしてその約束を違えることはありませんでした。佐祐理はそれに報いなければならないのです」
自分の胸に一馬の頭を抱きながら佐祐理は言う。今度は社長としてではなく、母として。
だが、それでも一馬は納得出来たわけではない。今は母の顔を立てて引き下がるだけだ。いずれ、いずれ奴とは相見えることがあるだろう。その時には。

陽がとっぷりと暮れてからようやく獅堂は目的の雑居ビルに辿り着いていた。かなり身体を鍛えている方である獅堂だったが、ここ一週間ばかりずっとベッドの上だったので少し身体が鈍っているらしく雑居ビルの中に入った時には自分が相当疲労していることを感じていた。
「チッ、これくらいのことで……」
少し悔しそうに言うが、疲労しているという事実に変わりはない。とりあえず一旦休んでからだ。一度休んでから、あの二人に顔を見せよう。そう思った獅堂は無言で階段を上がっていく。この古い雑居ビルにはエレベータなどと言う便利なものはない。上に行くには階段を使う他無いのだ。面倒くさいことこの上ないが仕方ない。
ようやく3階にまで上がってくると階段に程近いドアが開き、中から一人の青年が顔を見せた。その彼と獅堂の視線がぶつかり、青年が硬直する。
「…………獅堂さん!?」
驚きの声を上げた青年が慌てたように獅堂に駆け寄ってくる。
「今までどこ行っていたんですか! 随分と心配したんですよ! 僕だけじゃなくって卯月さんとかも! ほら、ちょっと卯月さんに顔を見せましょう! 早く早く!」
興奮したように一息で一気にそう言うと、彼は獅堂の腕を取って何処かへと引っ張っていこうとした。が、その腕を獅堂は面倒くさそうに振りほどく。
「……悪いがな、敷島。今は少し休ませてくれ。説明は後でする」
青年――敷島慎司に向かってそう言うと獅堂はそのまま階段を上がっていってしまう。今はとにかく休みたい。休んで体力を回復させることが今の彼にとって最優先事項だった。
「卯月さん! 卯月さん! 獅堂さんが帰ってきました!!」
しかし敷島は一週間も行方不明だった獅堂が帰ってきたという事実に興奮しているのか、全く獅堂の様子に気付くことなく、先ほど彼がでてきたドアの向こうにいるのであろう卯月みことに必死に声をかけていた。この調子ではなかなか休ませてもらえないかもしれない。特に卯月みことが出てきたらそれはほぼ確実になるだろう。そうなる前に退散した方がいいだろう。
階段を上り、屋上に放置されているボンネットバスの中に入る。そこが彼のプライベートな空間だった。ベッド代わりにしている後部座席に倒れ込むように横になり、すぐに目を閉じる。このまま眠れることが出来れば幸いだったのが、そうはいかなかった。誰かが近寄ってくる足音が聞こえてきたのだ。
「獅堂君!!」
そう言いながらボンネットバスの中に入ってきたのは卯月みこと本人であった。チラリと目を開けて彼女の様子をうかがってみたが、どうやらかなり怒っているみたいだ。それはそうだろう。いきなり一週間も行方不明になっていたのだから。実際には拉致監禁されていて連絡の一つもとれなかったのだが、今はそれを説明するのも面倒くさい。
「今までどこ行ってたのよ! 私たちがどれだけ心配したか、わかってるの!!」
「……心配してくれていたのか、俺を?」
ぼそりと小さい声でそう言うと、不意にみことは顔を真っ赤にさせた。
「あ、あ、当たり前でしょ! 獅堂君がいないとあいつらを倒せないじゃない! 私たちに課せられた使命は……」
「……わかってるよ。だが今は少し休ませてくれ。話は起きたらちゃんとする……」
それだけ言って獅堂は再び目を閉じた。
みことはまだ不服そうだったが、どうやら獅堂が相当疲労しているのを見て取り、ため息を一つつくとボンネットバスから出ていった。とりあえず今は彼の言う通り休ませておこう。この先、何時また新たな敵が出現するかわからないのだ。休める時に休ませておかないと戦闘に支障が出ては困る。しかし、それはそれとして。
「……良かった……帰ってきてくれて」
そっと小さく呟くみことであった。

母親である佐祐理を屋敷に送り届けるよう命じておいて一馬は黒崎を伴い、K&Kインダストリーの本社ビルへとやってきていた。ここの地下に彼が管理しているラボと監視班が詰めている情報処理室があるのだ。
今回、用があったのは監視班ではなくラボの方だった。ここでは先の戦いで手に入れた謎の水晶玉の解析が行われている。その解析の進行状況を知りたかったのだ。
このラボには矢野のような変人ではあるが突出した天才はおらず、その代わりに堅実な学者タイプの研究員が多く揃っている。あの水晶玉を矢野に渡さなかったのは彼が獅堂脱走に関して役に立たなかったどころかゾディアックガードルまで勝手に獅堂に返してしまったことに対する怒りもあるが、それ以上に水晶玉を渡すことで更なる悪巧みを考えるであろう事を懸念した所為でもある。その点、ここのラボの研究員達は与えられた仕事を堅実にこなし、余計な野心を持とうとはしない連中ばかりである。リスクの少ない、より確実性の高い仕事を求めるならこちらの方が遙かに優秀だ。
「どうだ?」
ラボに入ってきた一馬の姿を見つけたここの主任研究員が近寄ってきたのを見て一馬が尋ねる。
「サンプルが届いてからそれほど時間が経っておりませんが、その間にわかったことはこの通りです」
そう言って主任研究員が手に持っていたファイルを一馬に手渡した。例の水晶玉がここに届けられてからまだそう時間は経っていない。だが、それでも彼らは水晶玉についてある程度の解析を終えていた。
「この水晶玉はいわば奴らの存在の核となるものです」
「……存在の核?」
「奴らはこれを中心に自分の身体を形作っているのです。おそらくはこの中には奴らの遺伝子情報など様々なものが隠されているのでしょう」
「ふむ……それで?」
「現代の科学でこれを完全に解析することはおそらく不可能でしょう。全く持って残念なことですが」
「……そうか。他には?」
「この水晶玉からある一定の振動波が検出されております」
「振動波だと?」
「はい。まだ推測の域を出ませんが、この振動波で奴らは互いの存在を関知出来るのではないでしょうか。そう、まるで音叉の如く」
「…………つまりこれを利用すれば奴らを発見することが出来ると言うことか?」
「その通りでございます、若様。現在、この振動波を増幅して奴らを検知出来るシステムを開発しております。一両日中には完成することでしょう」
「わかった。期待している」
レポートを読みながら色々と説明してくれた主任研究員が一礼して去っていくのを見送った一馬は真後ろに控えている黒崎の方を振り返り、黙ってついてくるよう促した。ラボから出て、二人は少し離れた区画にある情報処理室へと入っていく。
現在この情報処理室にはかなりの人員が詰めていた。ここに入ってくる情報は基本的に街中至る所に密かに仕掛けられている超小型カメラとマイクによるもので、それを処理するのに人員がこれだけ必要だったからである。そもそも一馬がこの監視班という組織を作ったのは様々な情報を収集して自分に役立てるのが目的であった。しかし、今は例の怪物と仮面ライダーばかりを追っている。先ほどのラボで開発している怪物の検知システムが完成すればここに割く人員を減らすことが出来るだろう。優秀な人材をここにばかり詰めさせているのはもったいない。もっと別のところでの活躍機会を与えて、より有効な人材活用をするべきだろう。彼が選んだ人材はどれも優秀なものばかりなのだから。
「若、ちょっとお話が」
そう言って一人の黒服が一馬に近寄ってきた。
「何だ?」
「はい。少し前のことなのですが……何者かがここのシステムにハッキングしていた痕跡があります」
「ここにハッキングだと?」
意外そうな顔をして一馬がその黒服を振り返る。
「ここのセキュリティは最高レベルのはずだ。間違いではないのか?」
「いえ。何者かが確かにハッキングした痕跡が残っております。いや、むしろ我々にその痕跡を見つけさせることも向こうにしたら計算のうちに入っていたのやもしれません」
「……正体は見破られることは絶対無いという自信か、それともただの馬鹿か……」
「おそらくは前者だと思われます。一応調査はしておりますが……」
「無駄、だと言うことか。わかった。だがセキュリティの見直しは検討する必要があるな。それはこちらでやっておこう。お前達は例の怪物達の捜索を続けろ」
「はっ、今のところですが二体程確認されております。一体は路上で仮面ライダーと戦闘後、その場から逃走。現在捜索中です。もう一体は社長の発見された例の公園の中にある池の中で潜伏中。一度は例の仮面ライダーと戦ったようですが、その後そのライダーはその場から離れております」
「例の仮面ライダー……あの男か」
そう言いながら一馬は佐祐理に言われたことを思い出し、苦々しげな表情を浮かべた。あの男を追うことを禁じる。そう母は言った。母としてではなく、社長として。そう言われては従うしかない。
「仮面ライダーと言えども水中戦は不得手、と言うことでしょうか?」
「……かもしれないな。とりあえず監視は続けておけ。もう一体の方も……そこにも仮面ライダーがいたと言ったな?」
「はい。大きな斧を振り回す、パワータイプの仮面ライダーです」
「映像はあるか?」
「これに」
黒服の男が少し離れたところにあるモニターの側まで行き、その前にあるコンソールを操作すると、そのモニターにカタツムリの怪物と戦う仮面ライダータウロスの姿が映し出された。確かに大斧――タウロスアックスを振り回している。
「……こいつがまた別の仮面ライダーか……フン、力任せに戦うだけの奴ならどうとでもなる」
モニターに移るタウロスを見ている一馬の顔に酷薄な笑みが浮かぶ。
「とりあえずこのライダーが戦った怪物の捜索も続けろ」
「了解しました」
「発見次第俺……いや、この黒崎に連絡を入れろ。わかったか?」
「了解しました」
「黒崎、お前はこれから俺付きの秘書格とする。いいな?」
「仰せのままに」
一馬に言われた黒崎はそう言って頭を下げるだけだった。特に嬉しそうな素振りもせず、かと言って反抗するでもない。何を考えているのか今ひとつわからないが、それでもかなり優秀なのは間違いないだろう。そうでなければ只の運転手から屋敷付きの運転手、更には自分の秘書格にまで一気に昇格させようとは思わない。役に立たないものに関しては容赦なく切り捨てるが、役に立つ優秀な者に対してはそれなりの待遇をする。それが一馬という男であった。

診察室から出てきた北川は少し涙目になっていた。左腕に巻かれた包帯を見ながら、廊下においてあるベンチに座っている祐名と保健医の側までやってくる。
「全く容赦ねーなー、ここの医者は。もうちょっと優しくしてくれたって罰は当たらないだろうに」
そう言いながら祐名と保健医の隣に腰を下ろす。
「それにしてもおじさんもドジだよね。バイクで転んで思い切り擦りむくなんて」
「そう言うなよ。いきなり子犬が飛び出してきたんだ、それをかわしただけでも立派だと言ってくれ」
少し呆れたように言う祐名にそう弁解する北川。結局左腕に怪我のことはいきなり飛び出してきた子犬をかわす為にバイクごと転んで擦りむいた、と言うことにしたのだ。応急処置を自分でやっておいたお陰か、上手くそれでごまかせている。
「ところで災難だったな、あんたも。車は壊されるわ怖い目には遭うわ」
保健医の方を見て言う北川。
彼女はまだちょっと怯えているのか、少し身体を振るわせている。
「先生、大丈夫?」
祐名も心配そうに彼女を見るが、彼女はそんな祐名を見て何とか笑みを浮かべて見せた。
「だ、大丈夫……多分だけど」
それだけ言って今度はため息をつく。
「それにしてもあなたも彼も勇気あるわ。あんな化け物の前に自分から飛び出していくなんて」
「あ〜……必死だったし……」
ちょっと誤魔化すように祐名は保健医から目をそらせた。まさか今までに何度もああいう怪物と遭遇していてちょっと慣れてきています、などと言えるはずがない。
「それに一雪もいたし……何か二人で一緒にいると何でも出来るって感じがして」
「そう言うものなのか?」
そう尋ねたのは北川だった。ちょっと驚いたような顔をしている。今まで彼女の口からそう言うことを聞いたことがなかったからだ。
「何故だかわからないけど……何となく。何でも二人でやってきたからかも」
少し頼りなさそうな返事をし、はにかんだような笑みを浮かべる祐名。
「双子だからかもしれませんね。お母さんのお腹の中からずっと一緒にいたから余計にそう思うんじゃないかな?」
「かもしれませんね」
保健医に言われて、祐名は小さく頷いた。
「ところであんた、どうやって帰るんだ? 車はおシャカになったんだろ?」
「……そうですね、とりあえずタクシーでも使って帰ることにします。……はぁ、車、保険とか効くのかなぁ?」
北川の質問に答えて保健医はそう言い、ため息を漏らした。只の事故とかではなく怪物によって車を壊されましたと言って信じてくれる保険が果たしてあるのだろうか。そう考えると何とも気の毒である。
「……バイクで良かったら送っていくぜ。ヘルメットも予備があるしな」
「やめておいた方がいいと思います」
保健医に対して親切心で言ったつもりの北川だったが即座に祐名が横やりを入れてきた。
「別におじさんを信用してない訳じゃないけど、送り狼になる可能性も否定出来ないし」
「それって信用してないって言わないか、祐名?」
「そう言うつもりじゃないよ、一応」
「一応かよ」
「だって先生、可愛いし」
「相沢さん、一応先生なんだから可愛いって……」
思わず苦笑する保健医だったが、年下の生徒とは言え、可愛いと言われて不満げな顔をする者などいないだろう。ちょっと嬉しそうですらある。
「先生、人気あるんだよ、男子生徒からも。独身の男の先生なんか狙ってるって噂よく聞くし」
ちなみにその噂の出元は祐名の友人である磯谷 桜あたりからなのだが。彼女はこういうゴシップネタには妙なくらい敏感なのだ。
「……まぁ、それは納得出来る話だな。なかなか可愛いって言うか、かなりいけてる。うん、俺も立候補しようかな?」
マジマジと保健医の顔を覗き込みながらそう言った北川がニンマリと笑った。
その顔を見た保険医が思わず真っ赤になる。真に受けている、と言うわけでもないのだろうが照れているのは照れているらしい。
「おじさ〜ん……ここで保健の先生ナンパするのは止めて欲しいよ……」
呆れた顔で祐名がそう言った時、別の診察室のドアが開いてそこから一雪が出てくるのが見えた。上半身裸で左肩には真新しい包帯が巻き付けられており、その左手も首から吊している。
「終わったの?」
ベンチから立ち上がった祐名が彼に駆け寄りそう尋ねると一雪はこくりと頷いた。
「痛くない?」
「今はまだ麻酔が効いてるから大丈夫。でも結構縫ったからなぁ……多分後でくると思う」
そう言って一雪は苦笑してみせる。
「痛いのがイヤだったらああいうことやらなかったらいいのに。もう、いつも無茶するんだから」
「……僕はみんなが傷つく方がイヤなんだ。僕の怪我は我慢出来るけど、他の人の痛みは我慢出来ないからね」
「だからって自分が死んだら元も子もないよ」
「わかってるよ。次から気をつける」
「……次って……」
一雪の発言にがっくりと肩を落とす祐名。どうやら彼はこれだけの怪我をしてもまだ懲りてないらしい。もし、またああいう怪物が自分たちの前に現れたらきっとまた同じ事をするだろう。それが一雪だと言えばそうなのだろうが。
「相沢君、大丈夫?」
いつの間にか側まで来ていた保健医が声をかけてきた。
「あ、すいません、心配かけちゃって。えっと、一応大丈夫みたいです」
心配そうな保健医に向かって笑顔を見せる一雪。本当のことを言えばあまり大丈夫でもないのだが、とりあえず今は麻酔も効いているし、そのお陰で痛みもないからそう言っておく。それに何より、この保健医には悪いことをしてしまった、と言う気がしているのでこれ以上の心配はかけさせたくなかった。
「それよりも先生、あの、車のことなんですけど」
「あー……それなら大丈夫よ。多分保険で何とかなると思うし……多分、だけど」
思わずちょっと遠い目をしてしまう保健医。今はこの話題にはあまり触れて貰いたくは無さそうだ。
それでも一雪の気は収まらない。申し訳差無すぎて、どうしてもこう一言だけ言いたかった。
「……すいませんでした」
「何言ってるのよ! 車なんかまた買えばいいのよ! そう、また買えば!」
明らかに無理をしているような感じだが、それでも保健医は努めて明るく言う。何か色々と気にしている一雪を心配させないよう彼女なりに配慮しているのだろう。
「そうだそうだ。命が助かっただけでもありがたいと思わないとな。だいたいお前ら無茶しすぎだ」
保健医の後ろから北川が一雪と祐名に声をかけてきた。
「もうちょっと自重しろ。特に一雪、お前は、だ」
少し睨み付けるようにして言う北川。かつては世界中を股にかけていたこともある彼だ。その時に様々な戦場に行ったこともある。その彼が睨み付けているのだ、妙なくらい迫力がある。あったのだが。
「うん、気をつけるよ」
あっさりとした感じで一雪は答えていた。流石、遙か昔から、生まれてきた頃からの付き合いなだけに北川の正体をよく知っている。一雪と祐名、この二人の前では色々と醜態も晒してきたのだ。ちょっとやそっとの脅しではこの双子は屈さない。
「……相変わらずだな、お前は」
いくら睨んだところで恐がりもしない一雪に思わず北川はため息をついてしまっていた。この双子に言い聞かせるにはもっと別の方法を考えるべきだろう。さすがは親友の子供達、と言う気もする。果たして自分に親代わりなど務まるのだろうか。この二人からしたら案外友達感覚なのかもしれない。それはそれで構わないと言えば構わないのだが。
「さてと、今日は帰れるのか?」
「帰っていいって言ってたよ。でも風呂はダメ。一応二、三日は安静にしておけだって」
「そんなところか。よし、それじゃ祐名、一雪と二人で先に帰っておいてくれ」
「おじさんは?」
「俺はこの先生を送ってくる」
「先生、やめておいた方がいいと思うよ。おじさん、送り狼になるかもしれないし」
「一雪、お前もか……」
全く祐名と同じ事を言う一雪に思わずがっくりと肩を落とす北川とくすくす笑っている祐名と保健医。只一人、事情がわからない一雪だけがキョトンとしているのであった。

保健医と双子を先に帰らせた北川が駐車場に愛車である大型バイクを取りに戻ってくると、いきなり携帯電話が鳴り始めた。一体誰からだろうと思って携帯電話を取り出してみると、卯月みことからだった。
「もしもし、何か用か?」
『用があるから電話したの。悪いけど今から出てこれる?』
いつものようにみことの声は何処か冷たさを感じさせる。あくまで事務的、と言った方がいいのかもしれない。あの保健医もいいがみことのこういうクールなのもいいなぁとついつい思ってしまう北川。
「何だ、デートのお誘いか?」
『違うわよ。手伝って欲しいことがあるの』
「手伝え?」
『ええ、ちょっと厄介なのが相手なのよ。是非ともあなたの力を貸して欲しいの』
「例の奴らか。よっしゃ。どこへ行けばいい?」
『場所は……』
みことから場所を聞いた北川は携帯電話をポケットの中に戻すと、大急ぎでバイクに飛び乗った。エンジンをかけると猛スピードで病院の駐車場から目的の場所へと向かう。
同じ頃、みこと達も例の黒いバンで目的の場所、タガメの怪物が潜んでいる池に向かっていた。運転席には敷島、その隣には獅堂、後部座席にはみこととようやくいつもの編成である。
「……誰に電話していたんだ?」
シートにもたれかかって目をつぶっていた獅堂がみことに声をかけてきた。どうやら先ほど電話しているのを聞いていたらしい。
「助っ人の要請」
「助っ人だと? あいつらを倒せるのは俺たちだけだろう、どこにそんな助っ人がいるって言うんだ?」
「いるのよ、一人。とにかく協力して戦って」
「………」
みことの言葉に獅堂は不機嫌そうに黙り込んだ。
一応ちゃんと説明しておいた方がいいだろうか、とみことは思ったが、今の獅堂だと何を言ってもちゃんと聞いてくれるかどうか疑問だった。付き合いがそれほど長いわけでもないが、彼が偏屈者だと言うことはよくわかっているつもりだ。一度へそを曲げたらなかなか機嫌を直してくれない、悪く言えば子供っぽいところが彼にはある。
それに北川も獅堂にはあまりいい印象を持っていないだろう。それは多分に獅堂の態度に問題があるのだが、それがすぐに改善されるとは到底思えない。いきなり二人を会わせてぶっつけ本番で敵に挑ませるのもどうかと思わないでもないが、細かく説明すればする程ややこしいことになりそうな気もする。とにかく今、最優先させるべき事は例の怪物を倒すこと。怪物を前にすれば二人は協力せざるを得ないはずだ。
(上手くいけばいいんだけど……)
小さくため息をつきつつ、みことはこの作戦が上手くいくことを願うのであった。

北川と獅堂達がそれぞれのルートで例の公園内にある池に向かっている頃、とある住宅地を一人の酔っぱらいのおじさんが歩いていた。仕事も終わり、帰りに酒を飲んでいい気分になっている千鳥足のそのおじさんが家に向かって歩いていると、少し前の方に何やら金色に光る物体が転がっているのが見えた。
「何だ、ありゃ?」
訝しげな顔をしてその金色の物体に近寄っていくおじさん。程なくそれが金の渦巻き状の殻だと言うことがわかった。そっと手を伸ばしてみて、それが本物の金だと言うことを知ったそのおじさんは一気に酔いが醒めていくのを感じていた。これだけの大きさだ、全部お金に換算すれば一体どれほどになると言うのだろうか。一財産は出来るかもしれない。
「へ……へへ……」
ニタニタと笑みを浮かべながら周囲を見回し、誰もいないことを確認する。今ならこれを独り占めにすることが出来る。これがあればもう会社勤めなどすることはない。一生楽に暮らしていけるだろう。
そう思っておじさんが金の殻に手を伸ばそうとした時、その金の殻がいきなりむくっと起きあがった。そして中からもそもそと軟体質の身体が出てくる。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」
金の殻からその正体を現したカタツムリの怪物の姿を見て、おじさんが思わず悲鳴をあげながら尻餅をついてしまう。
そのおじさんをひょっろと飛び出した目で見つめたカタツムリの怪物はその口から白い泡をおじさんに向かって吹き付けた。悲鳴を上げる間もなく白い泡まみれになったおじさんの身体は溶かされてしまう。それを見たカタツムリの怪物がその場にしゃがみ込み、残った白い泡を啜り始めた。
絶対的な防御力を誇っていたはずのこの金の殻に出来た傷はこの程度のことでは回復しない。もっと、もっと多くの生体エネルギーがないと完全に修復することは出来ないだろう。それまでは戦いは避けなければならない。ここが今、ウィークポイントになってしまっているのだから。
泡を全て啜り終えたカタツムリの怪物はゆっくりとその身体を起こした。手足と身体を引っ込めてまた新たな獲物が通りかかるのを待つ。
と、そこに近寄ってくる足音が聞こえてきた。殻の中で身を潜めてその足音、新たな獲物が側に来るのを待つ。
新たに現れたのはまだ若い青年だった。不機嫌そうな顔をして転がっている金の殻にまで近寄っていくと、どんと乱暴にその殻を蹴り飛ばした。その衝撃にカタツムリの怪物が慌ててその身体を出してくる。慌ててはいるが、それでもその動作はひどくゆっくりだ。見ていて更に苛立ちを募らせる青年。
「チッ……」
舌打ちすると青年はもそもそと身体を殻の中から引き出しているカタツムリの怪物に歩み寄っていった。そして、カタツムリの怪物の後ろに回り込むと、容赦なくその殻を蹴りつける。
いきなり後ろから蹴りつけられ、思い切り前のめりに倒れてしまうカタツムリの怪物。
「全く……どんな奴かと思えばこんなとろい奴だったとはな」
苛立たしげに、吐き捨てるように呟く青年――倉田一馬。
彼は監視班からの報告を受け、この場に現れたのだ。このカタツムリの怪物を屠る為に。自分の力をもう一度確認する為に。そして何より、自分のこの鬱陶しい気分を振り払う為に。
「だが……どんな奴でもかまわん……今日の俺は機嫌が悪い。思い切りやらせて貰うぞ」
一馬はそう言うとゾディアックガードルを取り出した。腰にゾディアックガードルをあてがうとベルトが伸び、固定される。続けて取り出したのはカードリーダーと一枚のカード。そのカードをカードリーダーに挿入する。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
機械によって合成された無機質な声が響き渡った。だが、それは獅堂や北川のものとは違い、どことなく女性を思わせる感じの合成音声だった。おそらくは矢野の趣味なのだろうが、そんなことは一馬にとってどうでもいいことだ。
「……変身」
静かにそう言い、ゾディアックガードルにカードリーダーを差し込む一馬。
『Completion of an Setup Code ”Scorpius”』
カードリーダーが差し込まれると同時にやはり女性を思わせる機械的な音声が流れ、ゾディアックガードルから光が放たれた。その光が一馬の前に光の幕を作り出す。そこに輝くのは蠍座を象った光点。その光の幕が一馬の身体を通り抜けると同時に彼の姿が仮面ライダースコルピスに変わる。
「……フン、行くぞ」
スコルピスがカタツムリの怪物に向かって一歩踏み出した。腰に装着されている専用装備であるメガアンタレスを手に取ると収納形態から銃形態へと組み替える。そしてそれをカタツムリの怪物に向け、引き金を引く。メガアンタレス・ガンモード。その銃口から放たれるのは銃弾ではなくエネルギー光弾だ。
エネルギー光弾がカタツムリの怪物に襲いかかるが、その全てが金の殻によって弾き返されてしまう。
「……防御は鉄壁、か」
エネルギー光弾が全く通じないと見るとスコルピスは再びメガアンタレスを組み替えた。銃形態から棒状へと。
カタツムリの怪物はぎょろりと飛び出した目でそれを見ると、ゆっくりとした動作でスコルピスの方を振り返った。そして白い泡を口から吹き出す。
その白い泡を見た瞬間、さっと後方に飛び下がるスコルピス。監視班からの報告の中にこのカタツムリの怪物が吐く白い泡のことが無ければ彼も幾多の被害者と同じ運命を辿ったかもしれない。だが、幸いにも彼はこの白い泡が強力な溶解液であると言うことを知っていた。だからこそ、素早く白い泡の届かない範囲まで飛び下がったのだ。そして飛び下がると同時にメガアンタレスを再び銃形態に組み替える。
飛び下がったスコルピスを見てカタツムリの怪物が更に白い泡を吐こうとするが、それよりも先にエネルギー光弾がカタツムリの怪物を襲った。次々と襲いかかるエネルギー光弾が軟体質のカタツムリの怪物の身体に確実なダメージを与えていく。思いも寄らなかった攻撃にカタツムリの怪物はよろけて後退してしまう。
「他の奴ならそれで何とかなったのかもしれないがな、そんなものはこの俺には無駄だ」
容赦なく引き金を引きながらスコルピスが言う。それでも一応一定の距離を置きながら、だ。あの白い泡は大きな驚異に違いはないのだから。
カタツムリの怪物は少しずつ下がりながら何とか背を向けようとしていたが、スコルピスはそれを許さないとばかりに少しずつ動いて、カタツムリの怪物に確実にダメージを与えていく。
だが、エネルギー光弾一発一発で与えられるダメージなどほんの微々たるものだ。白い泡を吐かせない為の牽制にしかならない。
「このままでは埒が開かないか……」
スコルピスはそう呟くと腰のカードホルダーから一枚のカードを取り出した。そのカードを素早くメガアンタレスにあるカードリーダーに通す。
『”Cepheus”Power In』
やはり女性の声っぽい機械的音声が流れ、スコルピスの前に光のカードが現れる。そこに描かれているのはケフェウス座の星座図。その光のカードがスコルピスの胸に吸い込まれて消えていく。
「行くぞ……」
静かに、感情を抑えた声でそう言ってスコルピスが地を蹴った。目にも止まらぬ速さでカタツムリの怪物に迫り寄り、鋭い蹴りを叩き込む。
そのスピードに乗った一撃により、吹っ飛ばされるカタツムリの怪物。
そこにまたメガアンタレスのエネルギー光弾を叩き込んでいくが、カタツムリの怪物は今までとはうって変わって大急ぎで身体を殻の中に納めてしまった。こうなるとほとんどの攻撃が通用しない。
「チッ、厄介な奴だ……」
殻に閉じこもってしまったカタツムリの怪物を見て、忌々しげに言うスコルピス。だが、すぐに腰のカードホルダーから一枚のカードを取り出した。そのカードを無言でメガアンタレスのカードリーダーに通す。
『”Microscopium”Power In』
機械的な音声と共に浮かび上がる光のカード。そこに描かれているのは顕微鏡座の星座図。それが今度はスコルピスの頭部に吸い込まれるようにして消える。すると、スコルピスの目にカタツムリの怪物の映像が映し出された。直接の姿ではなく、立体映像だ。その立体映像のある一点が光っている。
「……そこか」
そう言いつつ、スコルピスはメガアンタレスを銃形態から棒状へと組み替えた。そして素早くカタツムリの怪物の方へと歩み寄ると棒状のメガアンタレスを振り上げる。
カタツムリの怪物は先ほどまで自分を襲っていた銃撃が止んだことを訝しげに思い、外の様子を伺おうとそのひょろっと長い目だけを殻の中から出してみた。その目に映ったのは自分のすぐ側に立ち、振り上げたメガアンタレスを振り下ろそうとしているスコルピスの姿。たかが棒の一撃、この程度でこの鉄壁を誇る殻を打ち破ることなど出来るはずがない。そう思ってじっと動かない。だが、それが間違いだと言うことをすぐにカタツムリの怪物は思い知ることになる。
スコルピスがメガアンタレスを振り下ろしたその先、そこには前にタウロスがタウロスアックスの一撃でつけた傷がある。先ほどの立体映像にあった光点こそ、この場所だったのだ。あのカードは相手のウィークポイントを探し出すことが出来る力を持っているらしい。
金の殻に付けられた傷の真上に正確にメガアンタレスを振り下ろしたスコルピスは引き金をゆっくりと押し込んだ。すると、押し当てているメガアンタレスの先端に光の刃が発生する。光の刃が金の殻の傷口から内部へと貫通し、その中にあるカタツムリの怪物の身を焼いた。
声にならない悲鳴を上げてカタツムリの怪物が今まで見たこともない速さで殻の中からその全身を飛び出させてくる。その身体、丁度腹の辺りにメガアンタレスの貫いた跡があった。ぶすぶすと焼き焦げ、イヤな臭いと煙を上げている。
「……終わりにしてやる」
そう言ってスコルピスがゾディアックガードルに納められていたカードを取り出し、すっと前方に投げた。するとそこに等身大の光のカードが現れる。勿論、そこに描かれているのは蠍座の星座図だ。
スコルピスの前に現れた光のカードを見て、カタツムリの怪物が逃げ出そうとする。それが何であるかはわからないが、とにかくこの場から逃げないとやばいという気がしていたのだ。
だが、それを許さないとばかりにスコルピスが駆け出した。光のカードをくぐり抜け、その身体に光を纏わせながらカタツムリの怪物に追いすがり、まずその腕を斬り飛ばす。
またしても声にならない悲鳴を上げ、カタツムリの怪物は物凄い速さで身体を殻の中へ引き込もうとするがそれより早くひょろっと長く突き出た目をスコルピスに捕まれた。継いで中に戻りきれなかった身体にメガアンタレスの光の刃が貫いていく。
スコルピスはメガアンタレスを引き抜くと、すぐさま横に一閃させた。カタツムリの怪物の突き出た目が宙に飛ぶ。それを一瞥もせずにスコルピスは一歩下がると両手でメガアンタレスを構え、容赦なく一気に突き込んでいった。
呆然としているカタツムリの怪物の身体を深々と貫き、その内側から金の殻すらも貫いていく。貫かれた背中側の穴から吹き出す白い泡。タウロスアックスすら溶かしてしまう程の強力な溶解液だったが、流石に光の刃はどうすることも出来なかったらしい。
「……The END」
静かにそう言いながらメガアンタレスを引き抜くスコルピス。
するとカタツムリの怪物はバタリと前のめりに倒れ、自らが発する白い泡にまみれて溶けていった。その跡に小さな水晶玉が残る。
「これで二つ目か」
水晶玉を拾い上げ、スコルピスは変身を解いた。そして、少し離れたところに止まっていた高級車に戻っていく。

同じ頃、獅堂達は例の公園の中にある池の側に辿り着いていた。
「この中ね……確かに厄介だわ」
池を見ながらみことが言う。
彼女の知っているライダーの中に水中戦に適応している者はいない。獅堂もそうだが、北川も地上戦に特化しているライダーだ。どちらも水中では思うように力を発揮出来ないだろう。
「どうするの?」
そう言って振り返ってみたが、そこに獅堂の姿はなかった。よく見ると敷島の姿もない。一体どこに行ったのだろうと思って周囲を探してみると二人はボート乗り場にいた。鍵のかかった入り口を乗り越え、一艘のボートの側で何かをしているようだ。
「ちょっと、遊びに来たんじゃないんだから」
呆れたようにそう言ってみことが近づいていくと、敷島が泣きそうな顔をして彼女を見上げてきた。よく見ると彼はその身体をロープで縛られている。どうやら縛ったのは獅堂らしい。
「た、助けてください、卯月さ〜ん!!」
泣きそうなくらい情けない声を上げる敷島。
「ちょ、ちょっと! 獅堂君! 何してるのよ!」
慌ててフェンスにまで駆け寄ってまだ何かしている獅堂に声をかけるが、彼は振り返りもしない。
「聞いてるの、獅堂君!!」
「うるさい。少し静かにしろ」
少し声を荒げるみことに獅堂はそう言い、縛り上げた敷島を連れてボートに乗り込んだ。そして彼を座らせると自分は桟橋の方に戻り、そのボートを池の方へと押す。ゆっくりと動き出すボート。
「ちょっと〜、何するんですか〜!!!」
必死に叫ぶ敷島だが獅堂はあえてそれを無視し、それどころかいつの間にか用意していたらしい長い棒で敷島の乗るボートを更に向こうへと押しやった。
「…………何やってるか見当ついたわ」
思わず額を手で押さえてしまうみこと。
「大丈夫なんでしょうね、獅堂君?」
「何の話だ?」
フェンスを乗り越えて戻ってきた獅堂に向かってそう尋ねるみことだが、獅堂はとぼけて答えようとはしない。
「敷島君を囮にして大丈夫なんでしょうねって言ってるの」
ちょっとムッとした感じでみことが言うがやはり獅堂は何も答えない。黙って敷島を乗せたボートが見えるように歩き出す。
「ちょっと、聞いてるの?」
「……卯月、お前はサーチャーの準備をしておいてくれ」
「あのね、獅堂君……」
「……俺だって奴の淹れるコーヒーは嫌いじゃない」
敷島を乗せたボートの方をじっと見つめながら獅堂がそう言ったので、みことは小さくため息をついた。だが、それで充分だ。獅堂は絶対に敷島を見捨てることはない。
「それじゃこれ、渡しておくわ」
そう言ってみことはイヤーレシーバーを獅堂に手渡した。
「これで連絡とれるわ。それじゃ、頼んだわよ」
「……ああ、任せろ」
イヤーレシーバーを装着し、獅堂はまた歩き出す。
それを見たみことは小さく頷き、バンの方に向かって走っていった。バンの後部座席にある例の怪物達の探査装置を使って例の怪物が敷島を襲う直前に彼に連絡するのだ。そうすれば敷島の身の安全はかなりのものとなるだろう。

ボートの上の敷島は縛られているだけあってどうすることも出来ず、只池の上を流されているだけというこの状況に生きた心地がしなかった。この池の中には例の怪物が潜んでいるのだ。いつ、どこから飛び出してくるかもわからない。おまけに自分は縛られており、身動きの一つもとれないでいる。逃げることもままならない。もっとも池の上なので逃げ場などほとんど無いが。
「な、何でこんな目に……」
本当に泣きたくなってきた。只でさえ、夜と言うことで不気味なことこの上ないのに、こんな状況。逃げていいなら今すぐ逃げ出したい。
と、そんな時だ。いきなりボートが何かにぶつかり、大きく揺れた。バランスを崩して転んでしまう敷島。
「アイタタ……何だよ、もう」
何とか身を起こした敷島はとりあえず周囲を見回してみた。何にぶつかったのか気になったのだ。だが、ボートの周囲には何もない。ただ水面が広がっているだけ。
「……え〜っと……」
周りには何もないのにボートは何かにぶつかって止まった。その事実に思わず青ざめる敷島。その事実が指し示すことは一つしかない。
ギシッという音が背後から聞こえてきた。
ゆっくりと、恐る恐る振り返ってみると水中から飛び出してきた何か長いものがボートの後部をしっかりと抱え込んでいるのが見える。
「き、き、き、き、き、来たぁーーーーーーーーーっ!!!」
思い切り絶叫する敷島。
水中から飛び出した長い何かはボートを引きずり込むように少しずつ力を掛けていく。徐々に傾いていくボート。慌てて舳先に向かう敷島。
「し、獅堂さんっ! 何やってるんですか! 早く助けてくださいよぉっ!!」
何処かでこっちを見ているはずの獅堂に呼びかけるが、返事は帰ってこない。周囲を見回してもその姿を確認することは出来なかった。
その間にもボートの傾きは大きくなっており、いつひっくり返ってもおかしくない状況だ。
「じょ、冗談じゃっ……!!」
そこまで敷島が言った時、遂にボートがひっくり返ってしまい、彼は水中へと投げ出されてしまう。足は自由だが、腕は縛られている為に上手く泳ぐことが出来ない。それでも足で水を蹴って水面に浮上しようとするが、それよりも早く、何かが彼の身体にからみついた。それが例の怪物だと瞬時に敷島は理解する。同時にこのまま死んでしまうのかと絶望もしてしまう。
と、その時、光のチェーンが水中を突き進み敷島の身体に巻き付いた。次の瞬間、物凄い勢いで彼の身体が引き上げられていく。彼の身体にその長い足をからみつかせていた怪物ごと、だ。
水中から飛び出してきた敷島の身体を受け止め、その身体にからみついている怪物を蹴り飛ばし、着地したのは仮面ライダーレオだった。
「し、獅堂さ〜ん……」
涙目でレオを見る敷島。
「早く行け。邪魔だ」
素っ気なくそう言い、敷島を降ろしたレオは先ほど空中で蹴り飛ばした怪物に向き直った。
地面に背中から倒れているその怪物はその長い腕を伸ばしてすっと起きあがり、レオと対峙する。長い腕を広げ、まるでレオを威嚇するように立つタガメの怪物。
「ここなら遅れは取らん」
そう言ってレオは身構え、タガメの怪物に向かってダッシュした。と、そこに頭上から何かが襲いかかってくる。とっさに横に飛び退くレオだが、着地すると同時に何かが横から襲いかかり、レオを吹っ飛ばした。
「うおっ!?」
地面を転がるレオ。そこに更に何かが襲いかかってきたが、今度は前転してその一撃をかわす。起きあがると同時に前に飛び出し、一気にタガメの怪物との距離を詰めて、その腹に蹴りを喰らわせた。
しかし、その蹴りをタガメの怪物は真ん中の腕で受け止めてしまう。
「何っ!?」
レオが驚いている間にタガメの怪物は長い腕をついて大きくジャンプした。レオの頭上を飛び越え、着地すると同時にレオに向かってその一番長い腕を鞭のようにしならせて攻撃してくる。先ほどレオを襲ったのもこの攻撃だったのだろう。予想以上に早く、そして威力のあるその攻撃にレオは近寄ることが出来ない。よしんば懐に入れたとしても真ん中の腕がこちらの攻撃を受け止めてしまう。地上にさえ引きずり出せば何とかなると思っていたレオとしては予想外な事だった。
「ちぃっ!」
右に左にしなる腕による攻撃をかわしながらレオは何とか反撃の機をうかがう。だが、その為にはまず、この長い腕を何とかする必要があるだろう。この腕さえ何とか出来れば後は……と考えていると、不意に足下をすくわれた。
上からの攻撃ではレオを倒せないと考えたらしいタガメの怪物が地面すれすれに腕をしならせ、レオの動きを止めようとしたのだ。そして、タガメの怪物の目論見通り、レオは足をすくわれて倒れてしまう。
「しまった!?」
地面に倒れてしまたレオに向けって振り下ろされるタガメの怪物の腕。何とか横に転がってその一撃をかわすレオだが、次から次へとタガメの怪物は息つく暇さえ与えないかの如く腕を振るってくる。
「こいつっ!」
反撃のチャンスが全くつかめない。このままだといつかは捕まってしまう。次第に焦りを覚えるレオ。
と、不意にタガメの怪物の攻撃が止んだ。
何だ、と思ったレオがタガメの怪物の方を見るとすっと地面の方から伸びてきたタガメの怪物の腕がレオの首を掴み上げる。そして、タガメの怪物はそのままジャンプして池の中に飛び込んだ。勿論レオの首は掴んだままだ。このまま地上で戦っても埒があかない。より有利な水中で仕留めようと判断したのだろうか。
「くおっ!?」
水中に引きずり込まれたレオは、すぐに自分の首を掴んでいるタガメの怪物の腕を振り解くと水上へと向かう。水中戦ではタガメの怪物の方が圧倒的に有利だ。何とか地上に戻らないと勝ち目がない。だが、そんなレオの足首をタガメの怪物が掴んだ。そのまま水中深くへと引きずり込もうとする。
「くっ……」
自由に動けない水中では足首を掴んだタガメの怪物の腕を振り解くことすらままならない。このままだと水中深く引きずり込まれて溺れ死んでしまう。必死に足首を掴んでいるタガメの怪物の腕を振り解こうとするレオ。そうはさせないとばかりにタガメの怪物がもう片方の腕を伸ばしてきた。レオの首を掴み、物凄い握力で締め上げていく。
だんだんレオの意識が遠のいてきた。タガメの怪物の姿が歪み始める。このままではやられてしまう。だが、どうすることも出来ない。
と、その時だった。突如水中に光の網が広がり、レオごとタガメの怪物を絡め取ったのだ。何事かと驚く間もなく、物凄い力で引き上げられていく。
「おっしゃぁ、大漁大漁!」
水上から空中へと引き上げられたレオは地上でそんなことを言っている仮面ライダーの姿を見つけた。見たことのない仮面ライダー。あれがみことの言っていた助っ人なのだろうか。
空中でレオとタガメの怪物を絡め取っていた光の網が消えた。その身に自由を取り戻したレオは首を掴んでいるタガメの怪物の腕を両手で掴むと無理矢理引きはがし、空中にいながら大きく振り回し、地面に叩きつける。
それを見たもう一人の仮面ライダー、仮面ライダータウロスは背から斧を取り出し、更にその斧をタウロスアックスへと変形させながら地面に叩きつけられたタガメの怪物へと駆け寄っていった。
着地したばかりのレオから見ればそれはあまりにも無防備な行動だった。案の定、起きあがったタガメの怪物がその長い腕を鞭のようにしならせてタウロス目掛けて振り下ろしていく。
「オオラァッ!!」
だが、タウロスは自分に向かって振り下ろされたその腕をタウロスアックスを一閃させ、斬り飛ばしてしまう。
「何ぃっ!?」
その光景にレオは自分の目を疑った。あの角度からではタガメの怪物の振り下ろす腕は見えなかったはずだ。にもかかわらず、タウロスは振り下ろされてきたタガメの怪物をその手に持つ大型の斧で斬り飛ばしたのだ。決して不可能なことではないが、それでも驚きだった。
「ずおおりゃぁっ!!」
妙な雄叫びを上げつつ、タウロスがタウロスアックスをタガメの怪物に叩き込んだ。真ん中の腕で必死にガードしようとするタガメの怪物だが、それはかえって逆効果。タウロスアックスの鋭い刃がタガメの怪物の腕を切り裂いていく。そして、そのままタウロスはタガメの怪物に向かって肩から体当たりを喰らわせていった。
吹っ飛ばされるタガメの怪物。
「これで終わりだ!」
タウロスは自分が吹っ飛ばしたタガメの怪物を見据えながらゾディアックガードルに納められているカードを取り出した。それをすっと前方に投げるとそこに等身大の光のカードが現れる。そこに描かれているのは勿論牡牛座の星座図。
「ヌオオオオオッ!!」
雄叫びを上げながらタウロスがタウロスアックスを構えて走り出す。光のカードをくぐり抜け、全身に光を纏わせながらタウロスアックスを振り上げた。
「唸れ、”猛牛一閃”!!」
タガメの怪物目掛けて思い切りタウロスアックスを振り下ろすタウロス。だが、タガメの怪物は残る方の腕を伸ばして池を囲む柵を掴み、そちらの方へと身体を引き寄せ、タウロスの必殺の一撃をかわしてしまう。地面へと激突したタウロスアックスだが、そこに込められていたエネルギーは物凄く、刃先が激突した地面を中心に物凄い衝撃波が周囲に飛び散った。その衝撃波を受けて飛び退いたはずのタガメの怪物は柵にその身体を押しつけられてしまう。
「今だ!」
レオが今度はタガメの怪物に向かって走り出す。走りながらゾディアックガードルに納められていたカードを引き抜き、前方に投げた。レオの前に現れる光のカード。そこに描かれているのは勿論獅子座の星座図。拳をぎゅっと握りしめながら光のカードをくぐり抜けると、全身に光を纏わせながら、まるで獅子が獲物に飛びかかるかのように軽くジャンプする。
「喰らえ、”獅子の一撃”!!」
柵に押しつけられていたタガメの怪物が逃げようとしたが、それよりも早くレオの拳がタガメの怪物を捕らえていた。その拳を通してレオが纏っている光がタガメの怪物へと流れ込んでいく。次の瞬間、タガメの怪物の身体が柵を突き破って池の中へと没した。続いて怒る大爆発。大きく水柱を立ち上らせ、雨のように周囲に降り注いでくる。その中に小さな水晶玉が混じって落ちてきた。
さっと手を伸ばしてその水晶玉を手に取ったレオはこちらの方をじっと見ているタウロスに気がつき、そっちの方を見た。
「……何者だ、あんたは?」
「オイオイ、助けて貰っておいてそれはないだろう。まずは礼だろ、礼」
その口調でレオはタウロスが誰か見当がついたようだ。無言でレオは変身を解く。それにあわせるようにタウロスも変身を解いた。
「やはりあんたか」
「まぁ、別に隠すような事じゃないしな。さて、とりあえずは……」
そこに立つ北川を見ても獅堂は特に驚かなかった。ただ、小さくそう言って彼を見据えるだけ。一方の北川は今までの素っ気なさの借りを返して貰おうとでも思っているのか、妙に楽しそうにニヤニヤと笑っている。
獅堂は少しの間北川をじっと見ていたが、やがてその手に持っていた水晶玉をポンと彼の方に放り投げた。慌てて投げられた水晶玉を受け取る北川。
「おっと……何のマネだ?」
「借りは返した。あんたもライダーならそれの価値がわからないわけでもないだろう?」
「……まぁな」
「だが言っておく。素人にその力を扱えるとは思えない。無茶はやめておくんだな」
「無茶ねぇ……お前さんの方がよっぽど無茶してるって気がするけどな。まぁ、忠告はありがたく受けておくよ」
そう言って北川は水晶玉をズボンのポケットに突っ込む。
「だが、俺はライダーを止めるつもりはないぜ。俺は俺でやらせて貰うからな」
「……勝手にしろ。だが、俺の邪魔をするならその時は俺がこの手であんたを叩き潰す」
「言ってくれるじゃねぇか」
獅堂の物言いに北川は明らかに気分を害したようだ。じろりと彼を睨み付けてくる。それは一雪達を見る時とは明らかに違い、殺気すら込められていた。
しかし、それを気にすることなく獅堂は北川に背を向けて歩き出した。
北川も獅堂に背を向けて歩き出す。
二人の姿が夜の公園へと消えていった。

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