城西大学付属高校の校門の前に止まっている一台の高級車にまで戻ってきた倉田一馬は車内に入ると、ぐったりとシートにもたれかかった。自分では平気だと思っていたが、どうやらかなり消耗してしまっているようだ。この分だと体力が完全に回復するまでかなりの時間を要するだろう。
「どうやら……俺もまだまだと言うことか」
自嘲するように口元に笑みを浮かべる一馬。
初めてだから、とか慣れていないから、などと言う言い訳はしない。そう言うものは許せない。あるのは結果だけ。初めて変身し、怪物を倒し、そして体力の大半を消耗してしまったという結果があるだけだ。
「この身体、もう一度鍛え直さなければな」
普段から余った時間があればトレーニングなどに費やしているが、これからは意識的にそのトレーニングの為の時間を増やすことにしよう。更に戦闘技術の研鑽も行わなければならない。ただでさえ忙しいのがこれからもっと忙しくなる。だが、構わない。それは自分で望んだことだからだ。泣き言など自分には許されない。そう自分で決めたのだから。
「若、よろしいでしょうか?」
不意に運転手が声をかけてきたので一馬は思考を中断させた。
「何だ?」
少し不機嫌そうな声で答えてしまうのは思考を中断されたからに他ならない。これからのスケジュールをどう調整しようかと考え始めていたのだから、余計に腹が立つ。もう少し気を利かせると言うことが出来ないのか、この運転手は。
「申し訳ありません。緊急のお電話が入っております」
「緊急だと?」
「はい」
自分宛の緊急の電話とはただ事ではない。自分が管轄している研究機関の一つが何かとんでもない事故でも起こしたか、それとも何か重大な発見でもあったのか。だが、運転手の口振りからそれを読みとることは出来なかった。
「どっちだ?」
「悪い知らせだと思います」
「わかった」
短くそう答えた一馬は車載電話に手を伸ばした。緊急と言うことだから相手は既に待ちくたびれていることだろう。だが、悪い知らせを喜んで聞くような者はいない。それは一馬とて例外ではなかった。
「私だ」
『申し訳ありません、若様!』
聞こえてきたのは一馬がここに来る直前までいたK&Kインダストリー系列の私立病院の院長の声だった。かなり慌てている。どうやらよほど良くないことが起きているようだ。
「何があった?」
『例の男が社長を人質に逃走いたしました!!』
「何ぃっ!?」
院長の報告はとてもではないが信じられないものであった。
「一体どういう事だ!? あの男は麻酔で眠らせ続けていたのではないのか!?」
自然と一馬の声が荒くなってくる。
ここに来る前、院長はあの男には麻酔を与え続けてずっと眠らせていると言った。それを信じて、母をあの場に残してきたというのに。更にあの男には聞き出さなければならない情報が山のようにある。まだ何も情報を引き出していないと言うのに逃走を許してはせっかく捕まえたのに意味がないではないか。
『申し訳ありません、どうやら奴は一度目覚めた時に麻酔をはずしていたようで……』
「言い訳など聞きたくない! せめて奴から母上を取り戻せ! 出来なければ貴様、今の地位はないと思え!!」
それだけ言うと一馬は乱暴に受話器を置いた。そして運転手に声をかける。
「おい、すぐに……」
「もう向かっております、若」
運転手がすぐさま答えたので、一馬は横を向いてみた。確かに車は動き出している。電話をしている間に動かしたのだろう。気の利かない奴だと思っていたが、どうやらその認識は改めなければならないようだ。
「お前、名前は?」
「は、黒崎と申します」
「黒崎か。お前は今度から屋敷付きの運転手にしてやる」
「は、ありがとうございます」
黒崎と名乗った運転手はあくまで無感情にそう答えた。遠慮するわけでもなく、かといって喜ぶわけでもない。何とも不思議な男だった。

仮面ライダーZodiacXU
Episode.08「獅子、脱出―Leo, Escape―」

時間は少し前に巻き戻る。
ある男が監禁されている病室へと向かう途中、一馬の携帯電話に連絡が入った。相手は一馬が独自に組織した監視班からで、どうやら例の怪物がまた現れたと言うことらしかった。しかもその出現場所が自分にとって縁のある城西大学付属高校の敷地内。ここからだとそう遠くはない。車で10分もあれば着くだろう。一馬は即座に判断するとそのまま監視を続けるよう言ってから、一旦携帯を切った。
「母上、申し訳ありません。急用が出来ました」
そう言って一馬は車イスの女性に向かって頭を下げた。彼女が一馬の母親であり、K&Kインダストリーの社長である倉田佐祐理である。20年近く昔に事故に巻き込まれた彼女はそれ以来ずっと車イスを使用している。今の医学ならば十分回復させることも不可能ではないのだが、彼女は何故かずっとそうすることを拒んでいた。その理由は誰も知らない。彼女も語ろうとはしない。ただ、一度だけこう漏らしたことがあるという。「これは自分に与えられた罪なのだ」と。
「この先は院長が案内してくれるでしょう。用が済み次第迎えに戻ってきますので、少しの間待っていてください」
「気をつけてくださいね、一馬さん」
佐祐理が笑顔でそう言うのを聞いてから一馬は歩き出した。勿論、その手にはアタッシュケースがある。この中に入っている新型のゾディアックガードル、これのテストに丁度いい。相手がどういう怪物であろうと何故か負ける気は微塵もしなかった。
自信たっぷりに歩き去っていく一馬を見送った後、佐祐理は隣に立っている院長を見やった。
「それでは参りましょうか」
「了解いたしました」
佐祐理にそう答えた院長が、彼女の車イスを押している看護婦に目配せをした。小さく頷いて車イスを押し始める看護婦。
当初の予定通り、3人はその病室の前までやってきた。院長がドアのロックを解除し先に中に入って中にいる男の様子を見る。ちらりと見ただけだが、ベッドの上の男は相変わらず麻酔で眠らされているようだ。これなら大丈夫だろうと院長は佐祐理と看護婦を中に招き入れた。
「彼がそうなんですか?」
佐祐理がベッドの上に眠る男を見てそう尋ねると、院長は頷いた。
「そうですか、彼が……」
しげしげと眠っている男の顔を見つめる佐祐理。その顔には興味深そうな表情が浮かんでいる。
と、その時だった。眠っているはずの男がいきなり起きあがり、側まで来ていた佐祐理に飛びかかっていく。院長と看護婦は余りにも突然の出来事に指一本動かすことが出来なかった。まさか麻酔によって眠らされているとばかり思っていた相手がいきなり起きあがって、事もあろうに佐祐理に襲いかかるとは。
「動くなっ!!」
佐祐理の首に腕を回して男が鋭い声でそう言った。
「お前らがおとなしくしているならこの女には何もしない」
「……」
無言でコクコクと頷く院長と看護婦。
「俺の要求は二つ。まずは俺のものを返して貰おうか。そして俺をここから無事に出すこと。さぁ、聞いてくれるな?」
そう言ってニヤリと笑う男。その有無を言わせぬ口調と、鋭く相手を射抜くような眼光。要求を聞かないならば佐祐理の首に回した腕により一層の力を込めて、その首の骨を折ってしまいかねない。
流石に院長も相手の男が本気だと言うことがわかったようで、無言で頷くしかなかった。
「き、君、すぐに矢野のところに行って例のものを受け取ってくるんだ」
「わ、わかりました」
慌てたような声で看護婦に命じる院長と震える声で答える看護婦。
「おっと、言い忘れていたが、下手なマネをしたらこの人の命の保証はしないぜ」
出ていこうとする看護婦に向かってそう釘を刺しておくのを男は忘れない。
「それとあんた、あんたはここに残って貰おうか。一応、念の為にな」
看護婦と一緒に出ていこうとした院長を指差し男が言う。
「な、何で私が?」
「あんたをここから出す理由もない。それにこの人、大事なんだろ?」
男は自分の腕の中にいる佐祐理をチラリと見た。このような状況にありながらも彼女の顔には笑みが浮かべられている。何も考えていないのか、この状況がわかっていないのか、はたまた物凄く豪胆なのか。
「院長、ここはこの人の言う通りに致しましょう。そうすれば危害は加えないと初めに言っていたじゃないですか」
優しい声で佐祐理がそう言ったので院長はまたしても黙り込んだ。彼としてはここから出て、すぐさま一馬に連絡を取るつもりだったのだ。そうしなければ後でどういう目に遭わされるかわかったものではない。一馬は役に立たない人物を嫌う。この手の失敗にも容赦しない非情な性格である事はよく知っていた。もし、このまままんまとこの男に逃げられでもしたら、自分などすぐさまクビにされてしまうだろう。何とか、何とかしなければ。だが、相手に佐祐理を抑えられていてはどうすることも出来なかった。
どれくらい時間が経っただろうか。5分、いや10分か。院長にとってその時間は果てしなく長く感じられた。
「失礼しますよ」
ドアがノックされ、そんな声が聞こえてきたのはいい加減院長が痺れを切らした、そう言う時だった。ドアが開くと、そこには矢野と呼ばれる白衣を着た男と先ほど出ていった看護婦がそこに立っている。
「ほう……これはこれは。なかなか楽しい現場でございますな」
「矢野、そんなことを言っている場合ではないだろう。早くあれを奴に」
「ああ、全くもったいないですなぁ。これほどの研究材料は他に無いと言うのに。まぁいいでしょう。解析も終わりましたし、これが無くても別に私は構いません」
やたらもったいぶった口調でそう言った矢野は手に持っていたアタッシュケースを床にそっと置く。
「先に中を確認させて貰おうか。ケースだけで中身が空っぽじゃ意味がないからな」
床の上に置かれたアタッシュケースを見た男がそう言うと、矢野は嬉しそうな顔をして頷いた。
「ああ、それは当然なことだ。君、なかなかわかっているじゃないか」
一体何が楽しいのか、と言いたげな顔をして矢野を睨み付ける院長。だが、そんなことはお構いなしという感じで矢野はアタッシュケースを開いた。中に納められているのは勿論ゾディアックガードル、そして3枚のカード。
アタッシュケースの中身を確認した男は小さく頷く。
「よし、それを閉めてこっちに返せ」
矢野は黙ってアタッシュケースを閉じるとそれを男の足下へと滑らせた。
すっと身をかがめてアタッシュケースを拾い上げた男は自分が人質にしている佐祐理以外の3人の顔を見比べる。この中で一番厄介そうなのと言えばおそらくはあの矢野と呼ばれていた白衣の男だろう。あの男が一番何を考えているか読みにくい。院長と呼ばれている男は所詮は自分の地位を守るのが大事な小物だ。下手に手出しをしてくることはないだろう。それに自分が人質にしている女性はどうやら連中にとって大事な存在のようだ。彼女を危ない目に遭わせようとはしないはず。
「さて、それじゃ第二の要求を聞いてもらえるな?」
「ここから無事に出せと言う奴ですね」
答えたのは何故か矢野だった。相変わらず嬉しそうにニヤニヤと笑っている。その顔を院長が憎らしげに睨み付けていると言うのに、だ。
「さて、果たしてそう上手くいきますでしょうか。あなたが人質にしている方は両足が不自由な方でしてね。ここまで車イスをご使用為されておりました。まさか自分の安全が確保されるまで車イスを押して連れ回すと言うわけにも行きますまい」
「……車を用意しろ。人目に付かないように出来るだろ、ここなら」
矢野の言葉を聞いた男が少し考えてから言った。
「車ですか、よろしいですが……」
「これ以上お前と話す気はない。黙って車を用意しろ」
また矢野が何か言おうとするのを制するように男はそう言い、彼を睨み付ける。
どうもこの矢野と言う男、話を長引かせようとしている気配がある。もしかしたらここに来る前に何処かに通報しておいたのかも知れない。もしそうならここにこいつらの援軍が来るのも時間の問題だろう。その援軍が来るのを待つ為に時間を稼いでいるのだろうか。この考えが正しければあまり時間はないと思った方がいいだろう。
「下手な時間稼ぎはするな。この人が大事ならばな」
そう言って腕に力を込める。
少し苦しそうな顔をする佐祐理を見た院長が青ざめた。もし、彼女の身に何かあればクビどころでは済まないだろう。下手すれば抹殺される可能性だってある。
「わ、わかった。すぐに車を用意するから少しだけ待ってくれ!」
慌ててそう言うと、院長は病室から出ていった。
それを見た男は佐祐理ごと車イスを引きずるようにしてドアの方へと向かう。
「悪いがもう少しだけつきあって貰う。あんたに危害は加えるつもりはないから安心してくれ」
そっと小声で佐祐理に耳に囁く男。
「わかりました。あなたを信じましょう」
同じく小声で答える佐祐理。どうやら彼女、この状況を少し楽しんでいる節が見受けられる。普段が普段なので、よほど退屈していたらしい。こう言った非日常的なシチュエーションもたまには面白いものだと思っているのかも知れない。
矢野は相変わらずニヤニヤしながら、看護婦の方はおろおろしながら病室から出ていこうとする男と佐祐理を見つめている。流石に手を出そうとはしない。下手なことをして佐祐理の身に何かあれば叱責される程度では済まないことを二人ともよくわかっているからだ。
病室から出た男は佐祐理の首に回していた腕を放すと何くわぬ顔で車イスを押し始めた。そのまま裏口の方へと向かう。
「ところであなたのお名前、聞かせてもらえませんか?」
「聞いてどうする?」
「せっかくこうしてお知り合いになれたのですからお名前ぐらい聞かせていただいてもよろしいかと」
「……獅堂 凱だ」
「獅堂さんですか。倉田佐祐理と申します。どうぞよろしく」
そう言って佐祐理がぺこりと頭を下げるのを車イスを押している男、獅堂 凱はやや呆気にとられるような感じで見つめていた。何ともマイペースな女性だ。それに倉田佐祐理と言えばあのK&Kインダストリーの女社長ではないか。道理で連中が手を出してこないはずだ。
「随分と余裕だな」
「獅堂さんは嘘をつくような人じゃないと信じてますから」
ニコニコと笑顔を浮かべてそう言う佐祐理に対して獅堂は仏頂面を崩さない。そのまま裏口から外に出ると、そこには一台の救急車が止まっていた。どうやら救急の患者を運んできたところらしい。誰もいないところを見るとついさっき患者を中に運び込んだところなのだろう。
「丁度いい」
獅堂はそう呟くと佐祐理の身体を抱え上げた。そして助手席のドアを開けると彼女をそこに座らせる。自分は運転席に座り、すかさずエンジンをかけ、救急車を走らせ始めた。
「いいんですか、こんな事して」
佐祐理がそう尋ねてくるが、獅堂は何も言わなかった。どうもこの女性は苦手だ。全く自分のペースを崩そうとしない。何か自分の回りにいる女性はそう言う人ばかりのような気がする。
「でもちょっとわくわくしてきました。盗んだ車で逃避行だなんて」
本気で楽しそうに言う佐祐理。
獅堂は何も言わずにアクセルを踏み込み、先ほどまで閉じこめられていた病院からどんどん離れていった。

佐祐理を連れた獅堂が病院から脱出していた頃、北川 潤は愛用の大型バイクで街中を疾走していた。向かっている先は城西大学付属高校。少し前から彼が面倒を見ている二人――相沢祐名と一雪の双子の事だ――が怪我をしたと聞いて大慌てで城西大学付属高校に向かっているのだ。
自分もそうだが、あの二人も妙なくらいに謎の怪物との遭遇率が高い。今までよく生き延びてこれたものだと感心するほどだ。そんな二人が揃って怪我をしたという。しかも一雪の方はかなり出血しているとも聞いた。おそらくはまた謎の怪物と遭遇してしまったのだろう。そして友人達を逃がす為に一雪は自分から囮になったに違いない。
彼、一雪は何故かそう言う変に自己犠牲の強いところがある。周りからすれば自分を大事にしていないと言う風に見られることもあるが、それは違うと北川は思う。彼は単に友人を、自分の周りにいる人を大事に思っているだけなのだ。その優先順位が自分よりも上なだけ。そう言う風に教育されていたのかどうかは知らないが、少なくても北川にはそう思えていた。
(だからってそこまでしなくてもいいと思うけどな)
自分が預かってから一雪が怪我をする頻度が跳ね上がっているような気がする。それもこれもあの怪物達や仮面ライダーと関わるようになってから。一体どういう運命の巡り合わせなのか。
とにかく、二人に会ったら少し言っておくべきだろうか。いくら他の人を守る為とは言え、もう少し方法を考えろと。だが、言っても無駄のような気がする。ああ見えて二人とも頑固なところがあるからだ。それでも言うだけ言っておこう。少しでも怪我をする確率が減るのなら。
更にアクセルを回し、スピードを上げる北川。その時、一台の救急車とすれ違ったが彼は特に気にしなかった。もし、その救急車に乗っているのが獅堂と佐祐理だと気がついたならば、彼はすぐさまその救急車を追ったことだろう。だが、彼は気付かなかった。それは彼にとって幸運だったのかそれとも不幸だったのか。

”それ”はじっとそこから見ていた。
水上を行くボートを。そのボートの上にいる人間を。楽しそうな男女のカップルを。
そのボートから目を離し、別のボートに”それ”は視線を移した。
そのボートの上には家族サービスなのか、親子連れが乗っている。子供が父親にボートをこがせてくれとせがんでいる。
更に別のボートに”それ”は目を移した。
一人の男がぼんやりとタバコを吸っている。何か考え事でもしているかのようだ。
この日は平日だったが、人の数は予想外に多い。これなら獲物は選び放題、選り取りみどりだ。これだけいればエネルギーの補給は充分だろう。それにこの周辺を自分の縄張りに出来れば他の奴らが襲ってきてもより自分にとって有利に戦えるはずだ。その為にもまずはエネルギーの補給から始めなければならない。
”それ”はゆっくりと移動を開始した。狙い定めた獲物に向かって、気付かれないように気配を消して、ひたすらゆっくりと迫っていく。獲物はまだ気付いていない。捕食者が徐々に迫り寄っていることに。

ボートの上でぼんやりとタバコを吸っていた男は水中から近寄ってくる影に全く気がついていなかった。タバコを吸いながら考え事をしていたのだ。
考えることは色々ある。今の仕事のこと、これからの人生のこと、それに最近距離が出来てきた恋人のことなど。
中でもやっぱり一番気に病むことと言えば、恋人のことだろうか。もう彼女が何を考えているのかわからない。電話をしてもろくに話もしてくれないし、会う約束も取り付けられない。もしかしたら自分の他にもっといい男でも出来たのではないかと思ってしまう。そうなら自分とはもう終わりだろう。別れを言われるのも時間の問題だ。
「何つーか……ついてねーよな、俺」
そう呟いて、ため息を一つ。手に持ったタバコを池に投げ捨てようとして、ふと自分のボートの下に何か巨大な影があることに気がついた。初めは鯉か何かだと思った男だが、それにしては大きすぎる。それにまるで張り付いたかのようにボートの下から動かない。
「な、何だ?」
ボートから身を乗り出して水面を覗き込む。と、その瞬間、水中から何か細長いものが飛び出し男の身体を水中へと引き込んだ。
それはまさに一瞬の出来事。悲鳴すら上げることも出来ずに男は水中に引きずり込まれ、何が起きたのか理解出来ないままその首筋に食いつかれる。
薄れていく意識の中、男が思ったのはやはり恋人のことだった。彼女が微笑んでいる顔だけを思い浮かべながら男の意識は闇の中に沈んでいく。
水中で、男の身体が干涸らびていくのを見届けた”それ”は男の身体からその長い手を放した。干涸らびた男の身体が水中に沈んでいく。もう二度と浮上することはあるまい。”それ”は沈んでいく死体から目を離し、次の獲物に向かって静かに移動を開始するのであった。

「大丈夫か、二人共っ!!」
保健室のドアを乱暴に開けながら北川が大声で中に向かって呼びかけた。
その余りもの大声に中にいた全員が思わず耳をふさいでしまう。
「し、静かにしてください! ここをどこだと思っているんですかっ!!」
北川の声に負けず劣らずの声で怒鳴り返したのはここの保健医である女性だった。短く切りそろえられた髪に大きめのメガネをかけたこの保健医はその気さくな性格のおかげか生徒からかなり慕われている。昼休みには保健委員でもないのにここに来てこの保健医と喋っている生徒もいるぐらいだ。
「……ああ、こりゃ申し訳ない」
保健医に怒鳴られ、一瞬きょとんとしていた北川だが、すぐに自分の非を認めて頭を下げた。
「わかればいいんです、わかれば。で、あなたが相沢君達の保護者?」
「まぁ、一応」
「……前に会った時と違うわね」
そう言って疑わしげに目を細める保健医。
「あ〜、いや、俺は保護者代わりって言うか何と言うか。おい、祐名、一雪、説明してやってくれ」
助けを求めるように保健室の中を見回す北川。だが、そこに彼の見知った顔はいない。いるのは一雪の腐れ縁の親友、天海 守、祐名の友人の磯谷 桜、白鳥真白、初野華子の4人だけ。肝心の祐名と一雪の二人はと言うとベッドの上で寝かされていた。
「うお? 寝てるのか?」
「寝てると言うよりも気を失っていると言うべきですわ」
そう言ったのは真白だ。
「気を失ってる?」
「俺たちが見つけた時にはもう地面に倒れてたからな。ここまで運ぶのに苦労したぜ」
「運ぶのが祐名ちゃんだったら楽ちんだったんだろうけどねー」
天海に続けて桜がそう言い、彼女はニヤリとした笑みを浮かべて守の方を見やった。
「……スケベ」
じろっと守を睨み付ける華子。
「ま、待て! 俺は何も……」
慌てて弁解しようとする天海だが女性陣は冷たい視線を彼に投げかけるだけ。
思わず同情してしまった北川は彼の方にぽんと手を置いてしまっていた。振り返る天海にうんうんと頷いてみせる。
「お、おっさん……」
「おっさん言うな。だがお前の気持ちはわかるぞ!」
「おお!」
ガシッと熱く手を握りあう北川と天海。何か変な友情がそこに芽生えていた。
「いや、まぁ、そこで友情育むのは勝手だけど、とりあえず二人の様子を見てやってくれる?」
少し呆れたように保健医が言ったので北川はベッドの方に向かった。祐名の方は特に外傷はないようだが、一雪は左肩にひどい傷を負っているようだ。上半身裸で包帯が巻かれているが、肩の部分が出血の為に赤く染まっている。
「大丈夫なのか、一雪は?」
「出血が少し多かったけど多分大丈夫よ。輸血が必要なら先に病院に運んでるし。ちょっと傷が大きいから病院には行った方がいいわ」
横から北川と同じようにベッドの上の二人を覗き込んだ保健医がそう言うので、北川は頷いた。
「悪いんだが、俺はバイクなんだ。あんた、車か?」
「ええ」
「済まないが」
「わかったわ。うちの生徒だし、ちゃんとそこまで面倒見ましょう」
北川が何を言いたいのかすぐに理解したらしい保健医が笑みを浮かべてそう言う。
「助かる。この礼は必ずするから是非とも連絡先教えてくれ」
そう言って保健医の手を取る北川。
「あ、いや、その……」
あまりにもいきなりの北川の行為に保健医はとまどうばかりだった。どうやらこういう事には慣れていないらしく、顔を真っ赤にしてしまっている。
「そこ、勝手にうちの保健の先生をナンパしない!」
ビシッと北川に指を突きつけて華子が言う。この辺はお堅い委員長としての彼女としたら当然のことなのだろう。たとえ相手が自分よりも遙かに年上の人物であっても。
「ハッハッハ、そう言うつもりじゃなかったんだけどな」
笑いながら北川は保健医の手を放す。その顔には一切悪びれたようなところはない。まぁ、彼からすればこれも彼なりのコミュニケーションの一つなので悪びれる必要もないのだろうが。
「おっさん、師匠って呼んでいいか!?」
何か目をキラキラさせて天海が北川に駆け寄っている。どうやらあまりにもナチュラルに保険医をナンパしようとしていた北川に何か感銘でも受けたのだろう。
「ば、馬鹿ばっかりですわ……」
呆れたように物凄い勢いでため息をつく真白。
くすくす笑いながらその様子を見ている桜。
どうやら少なくてもここだけは平和なようだ。

病院にまで戻ってきた一馬は苛立たしげに院長からの報告を聞いていた。
「それで……奴はどうなったんだ!?」
「そ、それが……こちらが車を用意した時にはもういなくなっておりまして……」
恐縮しまくっている院長。一馬の怒りの程度がわかるのかその顔を見ることも出来ないようだ。声も心なしか震えている。
「では奴は一体何で逃走したんだ?」
「はい、丁度その時急患を運んできた救急車が裏口に止まっておりまして……それを盗んで逃げたと……」
「何故それを阻止出来なかった!」
「そ、その場には誰もいなかったと……」
「貴様は何をしていたんだ、その時にっ!!」
「も、申し訳ありません!」
「貴様の謝罪など聞くつもりはない! その時貴様は何をしていたかと聞いているんだ!」
ひたすら平伏するだけの院長に更に苛立ちを募らせる一馬。
出来るならばこの手ですぐにでもこの男の首をはねてやりたいくらいだ。それだけのことを出来る力を今、自分は持っているのだ。だが、それをしたところで人質になっている母が戻ってくるわけでもない。だからその衝動を必死に押し殺している。
「申し訳ありません、すぐに奴を追跡出来るよう発信器を車に仕掛けておりまして……」
「馬鹿者が! そのようなことなら貴様がやらなくても別の者にやらせれば良かったことではないか! だいたい、そのようなことに気を回しているから母上は奴に連れ去られたのだぞ!!」
「も、申し訳ありませんっ!!」
「それに何だ、麻酔を続けているから大丈夫だと! どこがだ! 貴様、この俺に嘘を言っていたのではないだろうな!」
「そ、そのようなことはっ」
「だが、結果はどうだ! 貴様の処遇は後で伝える! 覚悟しておけ!!」
一馬はそう言い放つと自分の携帯電話を取り出した。呼び出したのは彼が独自に組織している監視班だ。
「私だ。奴は捕捉出来たか?」
『申し訳ありません、若様。まだ捜索中です』
「一刻も早く捕捉しろ。捕捉出来たらすぐに私に連絡だ」
『若様自ら向かわれるので?』
「そうだ。奴には自分が何をしたか、その身でもって償ってもらう」
『了解しました』
監視班との通話を終えた一馬は携帯電話をポケットにしまうと、一度じろりと院長を睨み付けてから、その部屋を出ていった。
廊下に出ると、ドアの前で待っていたらしい矢野と黒崎が彼の後に付いてくる。
「若、この者がお話があるそうです」
相変わらず無表情無感情に黒崎がそう言ったので一馬は足を止めた。そして矢野の方を振り返る。
考えてみればこの矢野も佐祐理誘拐に関しては何もしなかった、出来なかった男の一人だ。それに大事な研究材料であるゾディアックガードルもこっちの承諾もなく勝手に奴に返してしまっている。あの院長と同じくらいにこの男も処罰しておくべきだろう。その才能は非常にもったいないが、どうしてもこの失態は許せるものではない。
「若様には全く申し訳ありませんでした。しかしながらああするのが社長の身を守るのに一番だと判断いたしましたので……」
「貴様ごときの判断が何の役に立つ。だが、母上の身の安全を第一に考えたというなら少しは考えてやろう」
「ありがとうございます、若様。それと例の研究材料の事ですが、あれならばもう必要ありません。ですから奴に返しました」
「必要ない?」
「はい、必要ありません。一度解析したものなどもう何の役にも立ちません、少なくてもこの私にとってはね」
矢野はそう言ってニヤリと笑う。どうやら自分の頭脳によほど自信があるようだ。いや、その自信は今までやってきたことに裏打ちされているのだろう。何せたった一人でゾディアックガードルを解析し、その新型を開発してのけたのだから。天才と言っても過言ではない。
「だが、その判断をするのはこの俺だ。そう言う意味では貴様は俺のことを蔑ろにしたと言える」
一馬が冷め切った目で矢野を睨み付けた。
まるで蛇に睨まれた蛙のように背筋に冷たい汗が流れ落ちるのを矢野は感じていた。この自分よりも若い青年が恐れられているのはこういう目をするからだ。この冷め切った視線で睨まれたものはほぼ確実に葬られる。クビになったり左遷されたり、とにかく彼の目の届かない場所へと送られるのは確実だ。自分だと研究部門を外され、何処か別の部門に左遷されるかそれともK&Kインダストリーから放逐されるか、そのどちらかだろう。
「若様、お待ちください。実は奴に返したアタッシュケースに発信器を取り付けておきました」
「何だと!?」
「はい、奴の持っているアタッシュケースに発信器を」
「本当か、それは!?」
「ここで嘘をつく意味が私にはございません」
矢野はそう言いながら、心の中でほくそ笑んでいた。これで少しは自分の信用を回復させることが出来るだろう。何せまだ誰も逃げた男の行方はつかんでいないはずだからだ。一馬が独自に組織している、あの監視班ですら。もっともその監視班に逃げたあの男がそう簡単に見つからないよう裏で細工しておいたのは自分だが。それもこれも一馬によってこの研究施設から放逐されない為の保険だ。
「……今回の件に関してお前のミスと独断専行は帳消しにしておいてやる。だが、今回だけだ。次は許さん」
「ありがとうございます、若様。これが受信機でございます」
苦々しげにそう言った一馬にポケットの中に入れておいた携帯電話サイズの機械を手渡す矢野。
それを受け取った一馬は黒崎の方を見た。
黙って頷き、黒崎は走り出す。車を取ってくるのだろう。すぐにでも奴を追いかけられるように。
一馬は走っていく黒崎の背を見ながら、自分の母を連れ去ったあの男を見つけたらどうしようかと心をはやらせていた。

その頃、獅堂は救急車をとある公園の駐車場に止めているところだった。
「あまり運転はお上手ではないんですね、獅堂さん」
悪戦苦闘しながら救急車を空いているスペースに突っ込んだ獅堂を見ながら佐祐理は微笑んだ。あれだけ堂々と救急車を盗んだ獅堂が、実は運転が下手だったとは。そのギャップに思わず笑みがこぼれてしまったらしい。
「……悪かったな」
ぼそりと不機嫌そうに言う獅堂。それからアタッシュケースを取り出す。留め具を外して開けると中に納められているゾディアックガードルと3枚のカードを取り出した。
「どうなさるんです?」
「……このケースには多分発信器がついている。だからこれはここにおいていく」
そう言ってアタッシュケースを閉じ、無造作に後ろへと放り投げる。
「それとあんたともここでお別れだ。ここで待っていればすぐに誰か来るだろう」
救急車から降りた獅堂はいつものようにゾディアックガードルを腰のベルトに引っかけると佐祐理の方を向いてニヤッと笑った。
「ここまでつきあわせて悪かったな」
「いいえ、普段こういう事はありませんから楽しかったですよ」
本当にそう思っているらしく、佐祐理は満面の笑みで答える。
そんな彼女の笑顔を見た獅堂は一瞬呆気にとられたような顔をしたが、すぐに普段の仏頂面に戻って頷いた。
「あんた、流石に大物だよ」
「ありがとうございます。誉め言葉として受け取っておきますわ」
「それじゃ俺は行くぜ。おそらく二度と会うことはないだろうがな」
「それは残念ですわ。またお会いしたいと思っておりましたのに」
「俺はあんたらと関わり合いたくない」
そう言って獅堂は歩き出した。
その背に向かって笑顔で手を振る佐祐理。それほど間をおかずに彼女は発見されるだろう。足が不自由で動くことが出来なくても、きっと大丈夫のはずだ。それよりもむしろ自分の方が無事に奴らから逃げおおせるかの方が心配だ。
「……先に二人に連絡しておくべきか」
歩きながらふと思い出されたのは自分と行動を共にしていた二人のこと。きっと心配していることだろう。何せ自分がいなければあの怪物どもに対して何も出来ないのだから。見つけることが出来ても倒すことはあの二人だけでは不可能だ。
とりあえず連絡を取ろうと公衆電話を探してみる。だが、見える範囲に求めるそれはない。仕方なく獅堂はまた歩き出した。
電話は見つけた時にすればいいだろう。今はこの場から一歩でも遠ざかる方が先決だ。そう思って歩を進める彼の耳に悲鳴が聞こえてきた。何事かと悲鳴の聞こえてきた方へと駆け出す。
その悲鳴は公園内にある池から聞こえてきていた。獅堂がそこに辿り着くと、ボートから転落したらしい男が溺れているのが見える。聞こえてきた悲鳴はそれか、と少し落胆してしまう。これがもし例の怪物とかだったら、自分の身体の回復具合を確かめるいいチャンスだったのに、と少々不謹慎ながら考えてしまう。
あの溺れている男が怪物の仕業でないのなら関与する必要はない。そう思って池から離れようとする獅堂だが、次の瞬間、池から飛び出し、溺れている男の身体を引き込もうとする細く長い足のようなものを見て足を止める。
「あれは……!!」
そして、続けて一瞬だけ姿を見せる怪物の姿を見て、獅堂は確信する。あれは例の怪物達の一体だと。
すかさずベルトに引っかけてあったゾディアックガードルを手に取り、腰に装着する。続けて一枚のカードとカードリーダーを手に持ち、素早くカードをカードリーダーに挿入した。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
機械によって合成された無機質な声が響き渡った。
「変身ッ!!」
そう叫んで獅堂はゾディアックガードルにカードリーダーを差し込んだ。
『Completion of an Setup Code ”Leo”』
カードリーダーが差し込まれると同時に機械的な音声が流れ、ゾディアックガードルから光が放たれる。その光は獅堂の前に光の幕を作り出した。そこに輝く獅子座を象った光点。その光の幕に向かって獅堂はジャンプし、そこを通り抜けた彼の姿は仮面ライダーレオへと変わっていた。
そのまま池の中に飛び込んだ仮面ライダーレオは溺れている男の元へと泳いでいく。だが、レオが辿り着く前に男の身体が完全に水中に没してしまう。
「くっ!」
レオも水中に潜り、沈んでいく男に向かって手を伸ばそうとするがその手を何かが打ち払った。よく見ると、沈んでいく男の側に長い両腕を持つタガメのような怪物がいる。どうやら先ほどレオの手を打ち払ったのはその腕のようだ。
「こいつか!」
タガメのような怪物は既に干涸らびきった男の体を離すと、じっとレオの方を見据えた。そしてすぐさまその長い腕をレオの方に向かって伸ばしてくる。その腕に絡め取られないように注意しながらレオはタガメの怪物に向かって接近しようとするが、水中と言うこともあってなかなか上手くいかなかった。地上とは違い、水の抵抗が大きく自由に、思うように身体を動かすことが出来ないのだ。
水中を自由に動けないレオに対してタガメの怪物はその姿形からして水生昆虫であるタガメにそっくりなので、水中を自由自在に動き回ることが出来る。その差は果てしなく大きい。
タガメの怪物はその長い両腕でレオの両手を掴むと頭からそのボディに突っ込んでいった。
「ぐはっ!」
ボディにタガメの怪物のヘッドバッドを食らったレオが思わず口から大きく息を吐いてしまう。
いくら仮面ライダーに変身したといえども水中で呼吸が出来るようになるわけではない。通常の人間よりも長時間水中で活動出来るがそれにも限度がある。それに先ほどのように大きく息を吐いてしまえば、その分水中での活動時間は短くなると言うものだ。息継ぎをしなければ溺れてしまう。
「くそっ!!」
何とか自分の両手を掴んでいるタガメの怪物の手を振りほどくと、レオは腰のカードホルダーから一枚のカードを取り出した。そしてすかさずそのカードを左手の手甲にあるカードリーダーに通した。
『”Andromeda”Power In』
機械的な音声が流れ、レオの前に光のカードが現れる。そこに描かれているのはアンドロメダ座の星座図。そこに向かってレオが右手を突き出すと、光のカードはレオの右手に吸い込まれるようにして消えていく。
「オオオッ!!」
力を振り絞って右手を水面めがけて突き上げると、その手の先から光のチェーンが飛び出した。光のチェーンは水中から飛び出すと池の周りにある柵へ巻き付く。
レオはその光のチェーンを掴むと自らの身体を引き上げた。まるでウインチで巻き上げるかのようにレオの身体が水面へと上がっていく。それをタガメの怪物は特に止めようとはしなかった。相手が逃げるならそれでいいという感じだ。
水中から外へと飛び出したレオは空中でくるりと一回転してから地上に降り立った。そしてすかさず変身を解く。忌々しげに水面を睨み付けながら、獅堂は舌打ちした。
身体はほぼ完璧なくらいに回復している。これならばよほど相性の悪い相手でない限り、そうそう後れを取ることはないだろう。だが、今度の相手は水中にいる。水中ではこちらは自由に動けない上に呼吸もそう長くは続かない。それに対して今度の怪物は水中の適性がかなり高い。下手に水中で戦えばこちらに勝ち目はないかも知れない。
「何とか奴を引きずり出さないとな……」
あのタガメの怪物を何とか地上に引きずり出さないとこちらに勝ち目はない。だが、一体どうやって奴を地上にまで引きずり出すか。池の水面を睨み付けながら獅堂は何かいい策はないものかと考えるのであった。

ようやく意識を取り戻した一雪を病院へと運ぶ為、北川と祐名は彼に肩を貸しながら駐車場の方へと向かっていた。そこでは保健医が一雪を病院に運ぶ為に車を用意して待っていてくれているのだ。同じように保健室に残っていた二人の友人達には先に帰ってもらっている。何時一雪が目を覚ますかわからなかったし、それに皆でぞろぞろと病院に行っても仕方ない。心配そうにしていたが、その内に祐名が目を覚ましたので後で連絡すると言うことにして帰ってもらったのだ。
「で、また現れたのか?」
一雪に肩を貸しながら歩いている北川がそう尋ねると、彼はこくりと頷いた。
「それで、どうやって助かったんだ?」
北川が知りたいのはそこだった。例の怪物が出て、この二人が無事だったと言うことは何者かがあの怪物を倒したと言うことだろう。そして、その何者かはおそらく仮面ライダーのはずだ。仮面ライダーでなければあの怪物達は倒せない。だが、一体誰が、どの仮面ライダーが怪物を倒したというのか。
北川が知っている仮面ライダーは自分を除くと二人。一人は仮面ライダーレオこと獅堂 凱、もう一人は一雪から話を聞いているだけの存在の仮面ライダーピスケスこと鮫島 丈。獅堂は現在行方不明で、鮫島という男は例の研究所襲撃の時から生死不明。獅堂という可能性は捨てきれないが、あまり大きいものでもないだろう。鮫島という男なら余計に可能性は小さいはずだ。獅堂ならやりそうだが、鮫島という男は倒れている一雪や祐名を見捨ててそのまま去っていくようなことをしないだろう。話に聞いただけだが、少なくても鮫島という男はそう言う男のようだ。
「……見たこともない仮面ライダーだったよ」
記憶を引きずり出すように一雪が言う。
「鮫島さんでも獅堂さんでもない、全く見たことのない仮面ライダー……」
「祐名はどうだ? 一緒にいたんだから姿ぐらいは見ただろう?」
「……あんまりよく覚えてないよ。一雪のことで必死だったし」
祐名の返答はだいたい予想した通りだった。怪我をしている一雪にかかりきりになって仮面ライダーの姿をほとんど見ていない。何かに夢中になると他が目に入らなくなる彼女らしいと言えば彼女らしかった。
「そう、か……」
そう言って北川は黙り込んだ。
完成しているゾディアックガードルは4つあると聞いている。これは獅堂と一緒にいた卯月みこと、敷島慎司からの情報だ。その内の一つが獅堂、もう一つは鮫島、そして更にもう一つを自分が所有している。と言うことは一雪と祐名を助けた仮面ライダーは残る一つのゾディアックガードルの所有者なのだろうか。そいつは一体何者なのか。あの研究所の生き残りなのだろうか。
そんなことを考えているうちに3人は駐車場に辿り着いていた。
「こっちよ、相沢さん」
保健医が祐名を見つけたらしく手招きしている。その側には一台の軽自動車。それが彼女の車なのだろう。
北川が一雪を連れてその車まで近づくと保健医が助手席のドアを開けた。そこに一雪を座らせ、何時の間にやら運転席の方に座っている保健医を見る。
「済まないが頼む。病院の場所は祐名に聞いてくれ」
「あなたは……バイクだったわね」
「ああ、すぐに追いかけるから先に行っておいてくれ。祐名、頼んだぞ」
「了承、だよ」
後部座席に座った祐名がそう言って微笑んだ。この笑顔は彼女の母親によく似ている。まだ学生だった頃の彼女の母親はよくこういう笑みを浮かべていた。もっともその笑顔を向ける対象は一人だけだったが。
走り出す軽自動車を見送り、北川は自分の大型バイクを止めてある場所へと向かった。実のところ駐車場がどこにあるのかわからなかった為、適当な場所に止めておいたのだ。いたずらとかされていなければいいのだが、と思いつつ大型バイクの元へと急ぐ。何せあれには結構金をかけて色々といじってある。ちゃんと調べたら法律違反かも知れないほどの改造を施してあるのだ。
幸いなことに彼のバイクは無事だった。特にいたずらもされていない。
「まぁ、そりゃそうだよなぁ……」
考えてみればもう放課後も随分と経っている。生徒の大半は帰宅したことだろう。残っているのは何か用事があるか、それとも部活をしているか。それ以前にこんなバイクに興味を示すものがこの学校にどれだけいるというのか。
そんなことを考えながらヘルメットをかぶり、エンジンをかける北川。
とりあえず、あの保健医の車に追いつかなければならない。そう言えば名前を聞いてなかったな、なかなか顔は可愛い方ではあったが。からかうと結構楽しそうかも知れない。顔を真っ赤にして怒ったり拗ねたりしそうで。何というか小動物系とでも言うのだろうか。少なくても今までそう言うタイプの女性をデートに誘ったことはなかったし、たまにはああいうのもいいかも。ヘルメットの中でにへらとだらしない笑みを浮かべる。
北川がそんなことを考えているとは露とも知らない保健医は祐名の指示に従って病院へと急いでいた。
「ところでちょっと聞きたいんだけど」
「何ですか?」
バックミラーに映る祐名の姿をチラリと見ながら保健医が尋ねてきたので、祐名は少し身体を前に乗り出した。
「あの人、保護者だって言っていたけど……どういう関係?」
「どういう関係って言われても……文字通り保護者ですけど」
ちょっと困ったように答える祐名。
「父さんと母さん、今仕事が忙しくて……」
「そ、そう、そうです! それでおじさん……北川のおじさんが私たちの面倒を見てくれているんです」
助け船を出した一雪に内心感謝しながら祐名は一気にそう言った。本当は二人の両親は生死不明の行方不明なのだが、それをここで言っても保健医に余計な気を遣わせてしまうだけだ。だからあえて仕事が忙しいから、と言う嘘をつく。この人のいい保健医を騙しているみたいで心苦しいものがあるが、ここは仕方ないだろう。
「ふうん……それで、その北川さんだっけ? 親戚か何か?」
「あ、いや、そうじゃないんですけど……」
「おじさんは父さんと母さんの学生時代からの親友です。僕たちも昔からよく面倒見てもらっていましたから……」
「なるほどねぇ……あ、別に詮索とかしている訳じゃないのよ。単純に興味があるからって訳でもなくって……えっと……」
何故か急に慌ててそう言う保健医に呆気にとられて言葉も出なくなる祐名。
「と、とにかく……このことは私たちだけの内緒にしておきましょう。学校側に知られたりしたら色々と厄介になりそうだし」
「あ、そ、そうですね」
「ありがとうございます、先生」
保健医の意外な申し出にちょっととまどったように答える祐名と礼を言う一雪。
「それにしても追いついてこないわねぇ」
チラリとドアミラーを見て後方を確認する保健医。祐名も振り返ってみたが、そこに北川の姿はない。もうそろそろ追いついてもいいような気がするのだが。
「どこで道草しているんだか」
少し呆れたように祐名が言った時だった。いきなり急ブレーキがかけられ、彼女は額を思いきり前のシートにぶつけてしまう。
「いたたた……どうしたんですか?」
ぶつけて少し赤くなっている額を手で押さえながら祐名が尋ねると、保健医は黙って前を指差した。そっちを見ると、軽自動車のやや前方に巨大な金の何かが転がっている。
「何、あれ?」
「金の巻き貝?」
祐名と一雪が口々に言う。
確かに転がっているのは金の巻き貝としか言えないものだった。だが、その大きさは異常だ。どう見ても1メートルぐらいはある。そんなものが無造作にこんな路上に転がっているはずがない。
「……先生、バックして」
静かに一雪が言う。
え?と言う風に一雪を見る保健医。
「早く!」
「先生、お願いします!」
先ほどよりも少し強い口調で言う一雪に合わせるように祐名も言う。
「う、うん……」
何が何だかわからないと言った感じで保健医は頷き、いわれるままにシフトレバーをバックに入れる。軽自動車がバックし始めるのとほぼ同時に目の前にある金の巻き貝のようなものが起きあがった。中からにょろっと突き出す二つの目。続けて不気味な軟体質を思わせる身体が巻き貝のような殻の中から出てくる。
「な、何よ、あれ……?」
思わず前を見てしまった保健医が震える声でそう言うのを、祐名と一雪も彼女と同じく驚愕の表情を浮かべながら聞いていた。
「先生、早く逃げて!」
必死な声でそう言ったのは祐名だ。全く何と言うことだ。よりによって一日に二回もあの怪物に遭遇するなんて。今日はきっと厄日に違いない。
その姿を現したカタツムリの怪物は更にバックしようとする軽自動車めがけて白い泡を吹き付けた。何でも溶かしてしまう恐るべき白い泡を浴びた軽自動車が急停止する。
「え? え? な、何で!?」
いきなり動かなくなった愛車に保健医はとまどってしまう。慌ててエンジンをかけ直そうとするが、エンジンはかからなかった。それもそのはず、カタツムリの怪物の吐いた白い泡がエンジンルームに入り込み、エンジンの一部を溶かしていたからだ。
軽自動車が動かなくなったことを知ったカタツムリの怪物がゆっくりと近づいてくる。
「先生、ダメだ! 降りて逃げよう!」
一雪はそう言うとシートベルトを外した。左肩の激痛に耐えながらドアを開けると、転がり出るように軽自動車の外へと飛び出す。まだカタツムリの怪物とは距離がある。それにあの動きの遅さなら充分走って逃げることが可能だろう。
「祐名! 先生!」
二人とも車から降りていることを確認しながら一雪が叫ぶ。同時に走り出す一雪だが、その後ろの方にいたカタツムリの怪物はそのぬめっとした身体を金色の殻に納めるとゴロゴロと転がり始めた。
「なっ!?」
チラリと後ろを振り返った一雪は思わず驚きの声を上げてしまった。物凄い速さで金色の殻が自分たちに向かって転がってきているのを見てしまったからだ。この調子だとあっという間に追いつかれてしまうだろう。そうなるともはやどうしようもない。
「早く! もっと!」
一番後ろを走っている一雪の声に何かあったと確信した祐名が振り返ろうとするが、その真横を金色の殻が通り過ぎていったことで即座に何があったかを理解してしまった。慌てて足を止める3人。
その3人の前で金色の殻から再び身体を出してくるカタツムリの怪物。
もう逃げられないと諦めてしまったのか、保健医がその場にぺたりと座り込んでしまった。もしかしたら緊張の糸が切れてしまったのかも知れない。
「先生!」
祐名がそう言って保健医に駆け寄るが保健医は立ち上がれそうになかった。目の前にいて、こっちに近寄りつつあるカタツムリの怪物を青ざめた表情で見つめながらがたがた震えている。無理もないだろう、今までにこんな目には一度だってあったことがないだろうから。
そんな彼女をかばうように祐名と一雪が前に出る。
「一雪、怪我しているんだから無理しちゃダメだよ」
「祐名こそ恐がりのくせに無理するなよ」
互いにそう言い合いながらも視線はこちらに向かってくるカタツムリの怪物から放さない。何とかこの場から逃げ出すチャンスはないものか。こんなところで死ぬなんて運命を受け入れてたまるものか。最後の最後まで諦めるものか。それだけの意思を込めてカタツムリの怪物を睨み付ける。
だが、カタツムリの怪物はそんなことなどお構いなしに3人の方へと近寄ってくる。もうそろそろ白い泡の届く距離だ。車ですら走行不能にしてしまう恐るべき溶解液だ。これを浴びた人間はあっという間に溶かされてしまうだろう。
座り込んでいる保健医をかばうように立っている双子の顔が緊張に強張った。このままだとどちらかが白い泡を浴びて溶かされてしまうだろう。もしかしたら二人同時かも知れない。
今度という今度こそダメかと二人が目を閉じたその時、一台のバイクがそこに突っ込んできた。そのバイクは前輪でカタツムリの怪物を吹っ飛ばすと、目を閉じている二人の前に急停止する。
「大丈夫か?」
その声に二人が目を開けると、そこには仮面ライダータウロスが大型バイクに跨ってこちらを見つめていた。コクコクと頷く二人を見ると、タウロスは満足げに頷き、大型バイクから降りる。そして背中から斧を取り出すと、その柄に付いているボタンを押し、タウロスアックスへと変形させた。
「この前は逃がしたが今度はそうはいかないぜ!」
そう言ってタウロスアックスを構え、カタツムリの怪物に向かって駆け出すタウロス。
のそのそと起きあがろうとしているカタツムリの怪物めがけて大きく振り上げたタウロスアックスを振り下ろそうとするが、それに気付いたカタツムリの怪物はすかさずタウロスに背を向けた。タウロスアックスを背中の金の殻で受け止めたのだ。ガキィーンッと言う金属音がして、タウロスアックスが弾き返されてしまう。
「くうっ!?」
思い切り振り下ろしたタウロスアックスが弾き返され、思わずよろけてしまうタウロス。何とか踏みとどまると未だこちらに背を向けたままのカタツムリの怪物の方を見やる。その金の殻には傷一つついていなかった。タウロスアックスを思い切り振り下ろしたと言うのにもかかわらず、だ。恐ろしいまでの防御力。だが、こちらも今のが全力と言うわけではない。
「けっ、なかなかやるじゃねぇか」
忌々しそうに呟き、タウロスは再びタウロスアックスを構えてカタツムリの怪物に向かって走り出した。一度でダメなら何度でも叩きつけるまで。
「オオオッ!!」
タウロスが雄叫びを上げてタウロスアックスを振り上げたその時、カタツムリの怪物がくるりと振り返った。そして白い泡をタウロスに向かって吹き付けようとする。
「くっ!」
慌てて白い泡をかわそうとするタウロスだが、勢いよく走っていた為に全てをかわしきることは出来なかった。横に転がるようにして白い泡をかわすタウロスだが、その左腕に少し泡が付着してしまったのだ。その泡が付着した部分から白い煙が上がる。
「な、何だ!?」
いきなり白い煙を上げ始めた自分の左腕を慌てたように見るタウロス。継いで、焼け付くような激しい痛みが彼を襲う。
「くぅっ!!」
余りもの痛みにタウロスはその場に思わず片膝をついてしまった。
それを見たカタツムリの怪物が再び白い泡をタウロスに向かって吹き付けようとする。流石の仮面ライダーでもあの泡をまともに食らえば溶かされてしまうだろう。
「危ないっ!」
そう叫んだのは一雪だったか、それとも祐名だったか。
とにかくその声にはっと顔を上げたタウロスは左腕の激痛に耐えながら更に横に転がった。先ほど痛みのあまり取り落としていたタウロスアックスを拾い上げると、それを支えにして立ち上がる。
またしても吐きだした白い泡をかわされたカタツムリの怪物は立ち上がったタウロスを見て、身体を金の殻の中へと引っ込めた。そして、タウロスの方に向かって転がり始めた。そのままタウロスを押しつぶそうと言うのだろうか。
「そうはいくか!」
自分に向かって転がってくる金の殻を見たタウロスがタウロスアックスから手を放し、両手を広げて金の殻を待ち受けようとする。
「ダメだ! それじゃダメだ!」
そう叫んだのは一雪だった。確信があったわけではないが、それでもタウロスのあの行為はいけないと直感がそう告げたのだ。あの金の殻を真正面から受け止めるという行為をカタツムリの怪物が望んでいるとそう感じたのだ。
一雪の叫び声を受けてタウロスは思わず突っ込んできた金の殻をかわしてしまった。かわすと同時に、あのカタツムリの怪物が吐く白い泡のことを思い出す。もし、あの金の殻を受け止めていたら、まともに白い泡を浴びていただろう。少し浴びただけであれだけの痛みを与えたのだ、まともに浴びたら一体どうなってしまうのか。あの泡が強力な溶解液であると言うことにまだ彼は気付いていない。
と、一旦通り過ぎた金の殻が方向転換してまたタウロスの方へと向かってきた。
「へっ、同じ手が何度も通用すると思うな!」
タウロスはそう言うとタウロスアックスを手に取り、大きく振りかぶる。そして突っ込んでくる金の殻目掛けて振り抜いていった。

This Story was Completed!
To be Continues Next Episode!

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