ガシッと突き出した手が受け止められる。渾身の力を入れて繰り出したパンチをあっさりと受け止められ、思わず動揺してしまうが、それを顔には出さない。自分が動揺してしまったことを相手に悟られると、その分相手が優位に立ってしまう。肉体的に優位に立たれている相手に更に精神的にも優位に立たれてしまえばもはや勝ち目はないも同じだ。
「どうしたどうした、その程度か、獅堂!!」
「くっ!!」
受け止められた手を引き、逆の手でパンチを繰り出すが、相手はさっと身を退いてかわしてしまう。何度パンチを繰り出しても相手には一度も当たらない。相手は繰り出すパンチを時に受け止め、時に受け流し、時に完全にかわしてしまう。
「そんなんじゃいつまでたっても当たらないぞ!」
相手が揶揄するようにニヤニヤ笑いながら言う。
「こ、このっ!!」
流石にムッとなり、渾身の力を込めてパンチを繰り出すが、そんな大振りのパンチが当たるはずもない。あっさりとかわされたあげく、足まで払われて無様に倒れてしまう。
「うわぁっ!!」
頭から倒れ、思わず口から悲鳴にも似た声をあげてしまった彼を相手の男は呆れたような顔をして見下ろした。
「あのなぁ、獅堂。何でお前はそう一直線なんだ?」
倒れている彼の側にしゃがみ込む男。
「少しはフェイントかを織り交ぜて攻撃のリズムを作れ。それにパンチばっかりじゃなくキックとかもな」
男がそう言うのを聞きながら彼はゆっくりと立ち上がった。そして顔に付いた泥を手で拭い、また身構える。その構えは典型的なボクシングスタイルだ。
「やれやれ……そんなんじゃ俺には勝てないってのがまだ解らないのか、獅堂?」
しゃがみ込んだまま立ち上がった彼を見上げて男が言う。
「うるさい。さぁ、もう一度だ!」
「やれやれ……」
肩を竦めながら立ち上がり、男もファイティングポーズを取った。
「さぁ、こっちはいいぜ。何時でもかかってきな」
挑発するようにニヤリと笑いながら男が言う。
軽くステップして右のジャブを放つが、あっさりとかわされてしまった。勿論それは想定済。本命は左のフック。
「甘いよ」
すっと軽く後ろに下がられて本命のフックをかわされ、逆襲の膝蹴りをまともに腹に受けてしまう。身体を九の字に折り曲げてよろめく彼に更に追い打ちの蹴りを叩き込んでくる。それを頭に受け、吹っ飛ばされてしまった彼はそのまま気を失ってしまう。
それを見た男はまた肩を竦めて見せた。そして後ろを振り返る。
「本当にこいつにもやらせるんですか? こいつ、まだまだですよ?」
「いや、彼の適性は非常に高い。戦闘技術に関しては戦っていくうちに何とかなるさ。彼はまだ経験値が低いだけだろうからね」
「……了解。それじゃもっともっと鍛えてやりますか」
「お手柔らかに頼むよ、鮫島君」
「任せてください、相沢主任」
鮫島と言う男は後ろにいた白衣の男に向かってそう言うと片目をつぶって見せた。

仮面ライダーZodiacXU

Episode.05「力には力を―Power to power―」

とある廃工場の中、仮面ライダーレオが何かを追うように走っている。
「チィッ、あの身体でこんなに素早いとはなっ!」
レオの前方、やや上の方を見るとそこにはゴリラのような異形が天井の梁を伝って奧へ奧へと移動していた。その動きは巨体に似合わず俊敏で、地上を走っているレオでも油断すると見失ってしまいそうなほどだ。
天井の梁から梁へと巧みに渡っていくゴリラのような異形。まるで密林の中を巧みに移動するゴリラのようだ。
偶然この廃工場の近くを通りかかった時にレーダーが反応したので中に入ってみれば何時か逃がしてしまったゴリラのような異形の姿を発見、すかさず戦闘に突入したのだがゴリラのような異形の意外と俊敏な動きにレオは翻弄されてしまっている。
「くっ……こうなれば!」
左腰にあるカードホルダーから一枚のカードを取り出すレオ。そしてそのカードを左手の手甲にあるカードリーダーに通した。
『”Andromeda”Power In』
機械的な音声が流れ、レオの前に光のカードが現れる。そこに描かれているのはアンドロメダ座の星座図。そこに向かってレオが右手を突き出すと、光のカードはレオの右手に吸い込まれるようにして消えていく。
「オオオッ!!」
雄叫びをあげながらレオが両手を振りかぶり、一気に振り下ろした。するとその手の先から光のチェーンが飛び出し、天井を行くゴリラのような異形の足に巻き付いていく。
「オオリャアッ!!」
気合いの声をあげ、光のチェーンを引っ張るレオ。今にも移動しようとしていたゴリラのような異形はいきなり下から引っ張られてバランスを崩し、地上へと落下してしまう。
「よしっ!!」
地面へと落下したゴリラのような異形に向かってレオは走り出した。前の時はまったくこちらの攻撃が通用しなかった。鋼鉄のような筋肉の前にこっちの拳の方がダメージを受けてしまったぐらいだ。おそらくそれは今回も同じだろう。だが、それでも弱点はあるはずだ。人間の身体の急所と同じ場所を狙えば。
「おおらぁっ!!」
頭でも落下した時に打ったのか、フラフラと起きあがるゴリラのような異形の側まで辿り着いたレオがその顔面にパンチを叩き込んだ。狙いは鼻の下にある急所。レオのパンチがゴリラのような異形の鼻にめり込む。
鼻血を吹き出しながら吹っ飛ばされるゴリラのような異形。追いかけ、更に追い打ちをかけようとするレオだが、ゴリラのような異形は腕を振り回して近寄ってきたレオを吹っ飛ばしてしまう。大きく吹っ飛ばされたレオはそのまま廃工場の壁に叩きつけられてしまう。
「うわっ!!」
地面に倒れてしまったレオを見ながらゆっくりと起きあがるゴリラのような異形。鼻から流れる血をぺろりと舌で舐めあげてから、倒れているレオの方に向かって歩き出す。とどめを刺そうと言うつもりなのか。
レオの側までやって来たゴリラのような異形はすっと腕を伸ばしてレオの身体を掴みあげると、天井に向かって放り投げた。
「うおおおっ!?」
物凄い力で放り投げられたレオだが、上手く身体を丸めて一回転すると天井を蹴って急降下していく。急降下の勢いと自分の体重を加えたパンチならダメージを与えることが出来るはずだ。そう思ったレオだが、ゴリラのような異形は両手を広げてレオのパンチを待ち受けている。それほどまでに自分の鋼のような筋肉を信頼していると言うのか。ならば試してやろう。この急降下パンチが勝つか、それともそっちの鋼のような筋肉が勝つか。
「オオオオッ!!」
再び雄叫びをあげ、拳を振りかぶるレオ。そして一気に拳を突き出す。狙いはやはり相手の顔面。胸の辺りだと弾き返されるかも知れない。こっちは負けるわけにはいかないのだ。卑怯だろうが何だろうが関係ない。
だが、それはゴリラのような異形も考えていたようだ。レオのパンチが届く前に広げていた両手を一気に、伸ばしたまま閉じてきた。まるでハエ叩きに潰されるハエのようにゴリラのような異形の両手に挟まれてしまうレオ。そしてそのままゴリラのような異形がその場で回転し始める。まるでハンマー投げの選手のように。レオはぶん投げられるハンマーなのか、回転が最高潮に達したところでゴリラのような異形が手を離し、レオの身体が大きく吹っ飛ばされていく。
天井を支えている柱に思い切り叩きつけられ、そこから跳ね返って地面に落ちるレオ。そのダメージは絶大だ。気を失うことはなかったが、身体が言うことを聞かない。立ち上がることはおろか腕一本、指の一本すら動かせない。
「くっ……」
それでも何とか身体を動かそうと必死に力を入れる。ここで諦めたら終わりだ。まだ終わるわけにはいかない。気力を振り絞り、腕を、足を、指の一本でも動かそうとする。
「こ、この……」
だが、どれだけ頑張っても彼の身体は動こうとはしなかった。
そこにまたゴリラのような異形が近付いてくる。動けないレオにはどうすることも出来ない。ゴリラのような異形は倒れたままのレオを掴みあげるとおもむろにベアハッグ状にして両腕で締め上げ始めた。
「ぐあああっ!!」
物凄い力で締め上げられ、激痛に悲鳴を上げるレオ。ゴリラのような異形の力は半端なものではない。鋼のような筋肉が生み出す力は樹齢何百年の大木をも粉砕するほどなのだ。いくら仮面ライダーとは言え、それほどの力に耐えられるものではない。
「ぐあああっ……」
身体を砕こうとする激しい締め付けに徐々にレオの口から漏れる悲鳴が小さくなっていく。もはや限界だ。これ以上の締め付けを受けると背骨が砕けてしまう。意識が朦朧とし始める。だが、その時、レオの視界にゴリラのような異形の顔が入ってきた。あの目、レオを殺そうと暗い欲望に燃えているあの目。それが今、無防備にもレオの手の届くところにある。
「……オオオッ!!」
最後の気力を振り絞り、レオが片手をあげる。そして、一気にゴリラのような異形の目に向かって振り下ろす。レオの拳が、ゴリラのような異形の眼球を叩き潰した。次の瞬間、ゴリラのような異形が声にならない叫びをあげてレオの身体を投げ捨てた。潰された方の眼球を手で押さえ、流れ落ちる血を必死に止めようとするが勿論、止まらない。
投げ捨てられたレオは地面の上に倒れたまま、今度こそ動けなくなっていた。今、攻撃を受ければ確実にやられてしまうだろう。だが、ゴリラのような異形は片目を失った痛みに藻掻き、のたうち回っているだけだった。そして、そのまま何処かへと消えていく。
何処へともなく逃げていったゴリラのような異形に、レオは安堵の息を吐く。こちらのダメージも大きい為、これ以上の戦闘行為は無理だった。あのまま戦っていればおそらくこちらが死んでいたことだろう。
「た、助かった……と言うべきだな、今は」
そう呟き、レオはそのまま意識を失っていくのだった。

都内にあるとある病院の待合室で相沢一雪は所在なげにベンチに座っていた。左手を包帯で吊し、額にも包帯を巻いた痛々しい姿である。
「まったく……運がないよね、一雪も」
そう言ったのは隣に座っている彼そっくりの顔立ちをした少女だった。髪の毛の長さと一雪よりもちょっとだけふっくらとした身体つきを除けばほとんど一緒である。それも当然、彼女は一雪とは双子なのだから。二卵性のはずだが、何故か妙なくらい二人はそっくりだった。
「ちょっと出掛けただけで又怪物に襲われるんだから」
「……祐名も気をつけた方がいいんじゃない? 僕が襲われたってことは同じ分だけ祐名も襲われる可能性があるだろうし」
「大丈夫、私は一雪よりも運はいい方だし」
「よく言うよ……」
呆れたようにそう言い、一雪は隣にいる少女、祐名から目を背けた。
そこに二人の後見人をやっている北川 潤がやってきた。先程まで一雪の怪我の治療費を払っていたのだ。
「待たせたな」
「全然だよ」
そう言って先に立ち上がったのは祐名の方だった。一雪はと言えば、実は足の方も怪我しているのでゆっくりとしか立ち上がれない。見かねた祐名が手を貸してやり、ようやく立ち上がった一雪が苦笑を浮かべる。
「ありがとう、おじさん」
「何言ってんだよ。この分はお前らの親が帰ってきたらちゃんと請求するさ」
そう言ってニヤリと笑う北川。
「そ、そうだね……」
ちょっと笑みを強張らせる一雪と祐名。二人の両親は今現在行方不明。死んでいるかも知れないのだが、二人とも、そして北川も絶対に生きていると思っている。特に北川はあの二人が子供を残して死ぬはずが絶対無い、殺しても死ぬわけがないとさえ思っているらしい。
「さて、これからどうする? 飯でも食いに行くか?」
時計を見ながら北川がそう言うと、二人は顔を見合わせた。どうしようかと言うことを視線だけで相談する。そろそろお昼時だから食事に行くのも悪くない。だが、一雪の怪我のことを考えれば家に帰って休ませた方がいいような気もする。
「近くにいい店見つけてな。どうだ、勿論奢りだぞ」
ニンマリと笑みを浮かべてそう言う北川。彼の言う「いい店」の基準は美味しくて値段もリーズナブルなこと。店の清潔さとか雰囲気とかは一切度外視。とにかく味と値段が勝負。それを知っているだけに二人は互いに苦笑を浮かべるしかなかった。
「それじゃ、行く?」
「そうだね。ちょっとお腹もすいてるし」
「よっしゃ、決まりだな! それじゃ行くぞ!!」
二人を自分の見つけた店に案内出来ると思って少し嬉しくなった北川がそう言って歩き出す。慌ててそれに続く祐名と少し足を引きずるような感じでついていく一雪。
3人が病院の玄関から出ようとすると丁度一台の黒塗りのバンが駐車場に入ってくるのが見えた。
「……あれは……」
足を止めて入ってきたバンを見やる北川。
「獅堂さん達のバンだよ、確か」
同じく黒いバンを見ていた一雪がそう言う。
駐車場に入ったバンがすぐに停まり、横のドアが開いてそこから卯月みことに支えられた獅堂 凱が降りてきた。何があったのか彼の姿はひどく痛々しく、みことに支えられないと歩けないようだ。だが、みことでは獅堂の身体を支えるのにはちょっと難しいらしくフラフラしていて何とも頼りない。
「獅堂君、しっかり。もうすぐだから」
そう言ったみことが入り口の所にある段差に足を引っかけてしまう。獅堂を支えたまま倒れそうになったみことをさっと前に出た北川が受け止めた。
「おいおい、大丈夫か?」
「す、すいません……って、何処触ってるんですかっ!?」
倒れそうになった自分を受け止めてくれた北川の手はしっかりと彼女の胸を掴んでいる。そのつもりは勿論、彼には無かったのだとしても、カッとなったみことはあいている方の手で容赦無く北川の頬を張り飛ばしていた。

頬に湿布を貼った北川が憮然とした表情を浮かべてベンチに座っている。みことがかなり容赦無く彼の頬を張ったのでそこは見事に腫れ上がってしまっていた。負傷した獅堂と共に彼らも病院に逆戻りして、看護士に湿布を貼って貰って今は負傷した獅堂の手当てが終わるのを待っているのだ。
「あ〜、なかなか終わらないね」
北川が不機嫌だというのがありありと解るので何か雰囲気を変えようかと一雪が口を開いた。
「ああ、そうだな」
ぶっきらぼうに北川が答えたので一雪は苦笑を浮かべて祐名の方を見る。この話題はやっぱりまずかったかな、と目で問いかけると祐名は、当たり前じゃない、とやっぱり目で答える。双子特有の意思疎通、こう言う時には便利である。
「あ、あの〜……」
申し訳なさそうにそう言って二人の注意を引いてきたのは敷島慎司だった。黒いバンをちゃんと駐車場に止めてきた彼は、獅堂の治療に付き添っているみことにここで待っているように言われていたのだ。そして何故か一緒にいる北川達の側で所在無げに立っていたのだが、どうやらあまりにも悪い空気に耐えかねたらしい。
「わざわざ僕達に付き添って頂かなくても結構だと……」
「気にするな」
敷島の言葉を一言でぶった切る北川。
「で、でも」
「気にするなと言ったぞ」
まだ何か言いたそうな敷島をじろりと睨み付け、北川は黙らせてしまう。
その様子を見ていた双子は互いの顔に苦笑を浮かべるしかない。そもそもこの場に残ると言い出したのは北川だった。二人とも別に異論があるわけでもなかったので付き合って待っているのだが、どうやら獅堂はかなり手酷くやられていたらしくなかなか手当てが終わらないようだ。
「あ、そうだ。この間はありがとうございます」
ふと思い出したかのように一雪がそう言って敷島に向かって頭を下げた。ついこの間、イナゴにも似た怪物に襲われた一雪を助けてくれたのはやはり獅堂達だった。更にその時怪我をしていた彼に応急手当を施してくれたのは他でもない敷島である。礼を言うのは当然のことだ。
「あ、いやいやいや。君の方こそ元気そうで良かったよ」
何故か恐縮したように敷島がそう言い、照れたように頭をかく。
「応急処置がちゃんとしていたんでそれほどひどいことにはならなかったってお医者さんも言ってました。私からもお礼、言っておきます。ありがとうございました」
今度は祐名がそう言ってぺこりと頭を下げる。
「いやいやいや、そ、そんなお礼を言われるようなことじゃないし、当然のことをしただけだから」
更に恐縮しまくる敷島。
「そうだ。怪我している人間を助けるってのは当然のことだ」
相変わらずむすっとしたままの北川がそう言うと、恐縮しつつも照れたような笑みを浮かべていた敷島の表情が固まった。
「おじさん、この人苛めちゃ可哀想だよ。この人、一雪の手当てしてくれたんだし」
苦笑を浮かべつつ祐名がそう言うが、北川はむすっとしたままだ。
と、そこにようやくみことが戻ってきた。彼女の姿を見た敷島はようやくこのとてつもなく居心地の悪い空気の中から逃げられると思い、笑顔を浮かべている。
「お待たせ」
「卯月さん、獅堂さんは?」
「まぁ、何とか大丈夫っぽいみたい。元々体だけは丈夫そうだしね、彼」
そう言ってみことが笑みを浮かべてみせる。どうやら心配していたほど身体の怪我はひどくはなかったらしい。しかし立てなくなるほどのダメージを受けていて、もう大丈夫だとは獅堂の身体は相当タフなようだ。
「それと……さっきはご免なさい。支えてくれたのに……」
北川の方を向いて頭を下げるみこと。
「そんな事は別にいい。それよりも聞きたいことがあるんだが」
そう言って立ち上がる北川。いつになく真剣な顔をしてみことと敷島の二人を見つめながら。
「一体あの怪物達は何なんだ? それにお前らも、何であいつらと戦ってるんだ?」
「一つ目の質問はそっちの彼に聞いた方が早いと思います。もう一つの質問に関しては、それが我々の使命ですから、としかお答え出来ません」
北川の質問にはっきりとそう答えるみこと。その彼女の視線は一雪を捕らえている。先程彼女が言った「彼」とは一雪のことなのだろう。
ちらりと一雪の方を見て、そしてまたみこと達に北川は視線を向ける。
「こいつには後で話を聞いておく。今はお前らのことの方が先だ」
「私達に何を聞きたいんですか?」
「お前らの知っていること全てだよ。あの怪物は一体何か、仮面ライダーってのは何なのか、どうしてお前らは戦っているのか」
「先程お答えした通りです」
短くそう答えるみこと。それ以上は何も話す気はない、と言う雰囲気が彼女から感じられる。
「……じゃ最後に一つだけ聞かせて欲しい。お前らは……あの研究所の生き残りなのか?」
北川がその質問を口にした瞬間、その場の空気が凍りついた。
北川の言う研究所、そこはあの謎の怪物達に襲われ、爆発炎上した研究所に違いない。そこには一雪と祐名の両親も勤めていて、今現在二人は行方不明になっている。もしかしたら二人は死んでいるのかも知れない。他の職員も一体どうなったかまるで解らない。北川が研究所跡に行った時には瓦礫の山だけで何も残っていなかったのだから。そして、彼は知らない。みことが、二人の両親の手によって脱出させられたと言うことを。
みことは申し訳なさそうな目を双子の方に向けた。二人のことを調べているうちに彼女は知ってしまっていたのだ。この二人こそが、自分を脱出させてくれたあの夫婦の子供達であると言うことを。あの夫婦は自分達にはまだやらなければならないことがあるから死ぬわけにはいかないと言っていた。だが、あの場のことを考えると、二人が生きているとは思えなかった。自分を逃がす為にあの二人は犠牲になったのだという思いが彼女の胸の中にはある。だからこそ、みことは自分の前にいる双子に負い目を感じてしまう。
そして、双子の方も黙り込んでしまっていた。今、自分達の前にいるみことと敷島が、もしかしたらあの時同じ場所にいたかも知れないのだ。この二人があの場から、あの怪物達が跋扈していた研究所から逃げ出せていたと言うのなら、父や母も同じように逃げ出せた可能性が出てくる。それは二人にとって切望に近い願いだった。
「答えてくれ。それはこいつらにとっても……」
何も知らない北川が再び口を開く。彼にとっても親友夫婦の安否は気がかりだ。しかも二人の子供まで預かっている。あの二人が逃げ出せた可能性があるのは双子にとっても朗報のはずだ。
「答える必要はない」
その声はみことと敷島の後ろから聞こえてきた。二人が振り返ると、そこには包帯だらけの身体の上にいつもの黒いコートを羽織った獅堂が壁に手をついて立っている。息は少し荒く、どうやら立っているのもやっとのようだ。
「獅堂君、まだ寝てないとダメじゃない!!」
みことがそう言って獅堂に駆け寄るが、獅堂はそんなみことの方を手で押しやった。そしてじろりと北川の方を見やる。
「俺たちに関わるな。あんたは一般人、俺たちはこれに関してはプロ。下手に首を突っ込まれると迷惑だ」
苦しそうにそう言うと、獅堂は一人でフラフラと歩き出す。どうやらまだ完全に治ったわけではないようだ。当然だろう、ついさっきまで動けないほどの重傷だったのだから。それでももう立って歩けるほどにまでは回復している。足下は危なっかしいが、それでも自分の足で歩いている。何と言う回復力だ。
「そんな身体で何処行くんだよ、お前?」
北川が声をかけるが獅堂は何も答えずに彼の横を通り過ぎていく。
「チッ、相変わらず愛想の悪い奴だなぁ」
そう毒づいても何も答えない獅堂。フラフラしながらだが、それでも彼は一人で歩いていった。その後に続くみことと敷島。
黙ってそれを見送る双子と北川。
「……お父さんとお母さん、生きてるのかな?」
獅堂達が見えなくなってから祐名がぽつりと呟いた。
「……大丈夫、生きてるよ。父さんも母さんも」
まるで祐名を安心させるかのように一雪が言う。
「当たり前だ! あの二人がそう簡単に死んだりするわけない!!」
北川はそう言って二人の肩を抱くのだった。
「大丈夫、その内ひょっこり帰ってくるって」
わざと明るい声でそう言いながら、北川は自分の元に送られてきた変身ツールのことを思い起こしていた。あれの発送日は研究所が怪物達に襲撃される前だった。あの二人は、怪物達が研究所を襲撃することを事前に察知していたのだろうか。疑問は増える一方だ。

雑居ビルに帰ってきた獅堂は事務所に戻った二人と別れて居住スペースにしている屋上のボンネットバスへとやって来ていた。中に入ると、ベッド代わりにしている後部座席に倒れ込む。ここまで一人で歩いてきたが、実際のところ身体は限界だった。とりあえず今はもう歩くことも出来ないほど消耗しきっている。
「くうっ……」
あの二人の前ではガマンしていたのだが、本当なら歩くのも辛かった。それほどまでのダメージをあのゴリラのような異形によって受けていたのだ。
「……あいつは……」
あの廃工場で戦ったゴリラのような異形のことを思い出す。
こっちの攻撃は鋼のような筋肉によってほとんど防がれてしまう。更に向こうの攻撃はその筋肉から生み出されるパワーも相まって並の破壊力ではない。まともに打ち合えばこちらが負けるのは以前実証されたことだ。
「どうすれば……いい?」
ボンネットバスの天井を見上げながら獅堂は呟く。
今の自分のパワーではあのゴリラのような異形を撃ち破ることはかなり難しい。何とか片目を潰すことには成功したが、今度からはあそこまで接近することは出来ないだろう。仮に接近出来たとしても、あのベアハッグが待っている。少なくてもあの異形の腕の届く範囲は果てしなく危険だ。あの腕をかいくぐり、奴に必殺の一撃を叩き込む。それが出来れば苦労はしない。奴は意外と素早い。こちらが潜り込む前にあの腕に掴まれてしまうだろう。それに今の体調だと、そう言うことも出来るかどうか。
「だが……それでも……俺がやらないと……」
そう呟きながら、獅堂の意識は闇に沈んでいった。

片目を仮面ライダーレオによって潰されたゴリラのような異形はその痛みと怒りに耐えられないかのように暴れまくっていた。場所はレオと戦った廃工場からそう離れていない小さな森の中。生い茂っている木々を殴り、蹴り、そして引き裂きながら、ゴリラのような異形が声にならない叫びをあげる、吼える。
その様子を森の中の少し離れた場所で見ている者がいた。白いコートを着た若い男。その顔には何やら楽しげな笑みが浮かんでいる。
「フフフ……怒り狂う地暴星……」
暴れ回るゴリラのような異形をみながら白いコートの男が口を開いた。
「こいつに対して仮面ライダーはどう戦うのかな……楽しみだよ……フフフ」

一雪と祐名の二人と別れた北川は大型バイクを走らせ、都内にあるとある大手出版社のビルへと向かっていた。懇意にしている編集長に頼んでいたことがあり、それについての報告をしたいから来てくれと言う連絡があったのだ。どっちにしろその出版社には行かなければならない用事もあったので、二人と昼食を取った後、一人大型バイクでそっちへと向かっている。
途中にある信号で赤から青になるのを待っていると目の前を救急車が走っていくのが見えた。一台ではない。続けて二台、三台、いやもっと。
「何だぁ? 何かでっかい事故でもあったのか?」
次々と目の前を走っていく救急車を見ながら首を傾げる北川。救急車の向かっていく方向を見ても事故の煙など上がってはいない。どうやらそれほど近くではないようだ。
一体あれだけの救急車を必要とするにはどれくらいの規模の事故だというのだろうか。何となく興味を惹かれた北川は行き先を変え、救急車の後を追ってみることにした。しばらく走っていくと救急車の他にパトカーなどが沢山止まっている場所へと辿り着いた。
「ここか」
大型バイクを路肩に停めて中に入っていくとそこは森林公園と言った感じの場所だった。勿論彼は知らなかったが、そここそ例のゴリラのような異形が怒り狂っていた森に面した場所であったのだ。そして、公園内に入った彼はあまりにも凄惨な光景を目にし、思わず「うっ」と唸ってしまった。
公園の至る所に血の跡があり、そこかしこに血まみれの人が倒れている。老若男女関係なし。死んでいる人には先にやってきた警察が白い布を被せてあったが、それでもその下から広がる血は隠し切れていない。
「何だよ、これ……」
「はい、下がって下がって!!」
呆然と呟く北川を警官が押し戻していく。これからここはしばらくの間閉鎖されるのだろう。これほどの事件を起こした犯人の手がかりを探す為、そしてその後片付けの為に。
「お母さん、お母さんッ!!」
突然泣いている少女の声が聞こえてきたので、北川はそっちの方を向いた。そこでは救急隊員が運んでいる担架に取りすがって泣いている少女がいる。運ばれている担架には白いシーツが被せられていることから、おそらく少女の母親はもう死んでいるのであろう。
そして、泣いているのはあの少女だけで無いと言うことに今更ながらに気付いた。子供を失った親、恋人を失った男、兄妹を亡くした娘、様々な人が泣き叫んでいる。
あの時、何時かの繁華街の時もそうだったのか。あの時は別の所に逃げたのでわからなかったがおそらくここと同じような光景が繰り広げられていたに違いない。
「くっ……」
思わず拳を握りしめる北川。
この様な光景は、過去海外で何度か見たことがある。いずれも戦禍に見舞われた街だ。そこに住んでいた住人達が巻き込まれ、そして命を奪われていく。その後に残されるのは絶望と悲しみだけ。
それが、この平和な日本で繰り返されると言うのか。何の罪もない人々が無惨に殺されると言うのか。誰が? 何の為に? 一体どうして?
「……許せねぇよな、そんなのって」
静かに、怒りを堪えるように呟く北川。
これだけのことをやってのけることが出来るのはおそらく繁華街で自分達を襲ってきたあの怪物達の仲間だろう。あの時は為す術もなかったが、今は違う。大型バイクにつけてある荷物入れの中にはあの獅堂が持っているのと同じ変身ツールが入っている。あれがあれば仮面ライダーに変身してあの怪物達と戦えるはずだ。
北川は大型バイクにまで戻るとそっと変身ツール、ゾディアックガードルを手にするのだった。

とある雑居ビルの3階にある一室でテレビを見ていた敷島とみことは突然流れた臨時ニュースを見て唖然としていた。まさか白昼堂々と殺戮に励む例の怪物がいるとは信じられなかったのだ。
「こ、これってやっぱり……」
「あんまり考えたくないけどそうね。これが奴ら以外の犯行なら、そっちの方がある意味凄いと思うわ」
みことはそう言うと立ち上がり、いつものパソコンのおいてあるデスクの前に向かった。
「多分この間逃がした奴ね。獅堂君をあそこまで追いつめた奴……多分獅堂君に片目を奪われて怒り狂っているだろうとは思っていたけど」
「ど、どうしましょう?」
「あれ以上の被害を出すわけには行かないわ。敷島君、酷なようだけど獅堂君を呼んできて頂戴。何とかあいつを倒さないと」
キーボードを叩きながらみことがそう言う。モニターに映し出されたのは先程臨時ニュースで流れた事件現場の森林公園の場所。そこから半径3キロまでの地図をモニター上に表示し、エンターキーを押す。だが、画面に何の変化も起こらない。
「範囲が狭い……もっと広げろって言うことね」
地図の倍率を上げる。今度は森林公園を中心に半径5キロの範囲。再びエンターキー。それでも反応はない。
「まだ3つしかないってのに。これ以上範囲を広げたら……」
「大丈夫だ。ある程度の範囲が絞り込めたら後は俺が探す」
その声にみことが振り返ると、そこには獅堂が立っていた。相変わらずの黒いシャツに黒いズボン、そして黒いコートを着て。
「……獅堂君」
「俺なら大丈夫だ」
少し心配そうな目をしたみことにそう言い、獅堂はドアの近くに立っていた敷島を振り返る。
「敷島、車の準備だ!」
「は、はい!!」
獅堂の指示に敷島が慌てたように部屋から出ていく。
「卯月、後は車の中でやってくれ。奴にこれ以上は好きにはやらせない」
「ええ、そうね」
みことが頷いて立ち上がった。パソコンの横に立てかけてあったノードパソコンを手にすると獅堂に先駆けて部屋から出ていく。
それを見送ってから獅堂も部屋を出ようとして、よろめいてしまう。壁に手をつき、何とか身体を支える。どうやらまだ身体は完全には回復していないらしい。あれだけのダメージを受けたのだ。それも当然だろう。立って歩けるだけでもたいしたものだ。もっともそれがやっとのはずだが。
「……やるさ……俺しかいないのなら」
歯を噛み締め、壁から離れる。自分が本当はまだ戦えない、戦えるほどには回復してないと言うことをあの二人には、あの二人にだけは知られてはならない。あの二人には弱音を、自分の弱いところを見せたくはない。何せ俺は、あの怪物達と戦える唯一の存在、仮面ライダーなのだから。
部屋を出た獅堂は身体に気合いを入れるように拳をギュッと固く握りしめ、階段を下り始めるのであった。

獅堂達が動き始めた頃、ゴリラのような異形は警官隊によって下町の工場地帯に追いつめられていた。いや、ゴリラのような異形の力を持ってすれば所詮は人間である警官隊など簡単に屠れるはずなのだ。にもかかわらず、それをせずにあえて追いつめられている。追いつめられたふりをしている。
「そっちだ!! 追えっ!!」
指揮を執っている警官がそう叫び、部下の警官達が指揮官の指し示す方向へと走っていく。彼らはそれぞれ手に拳銃を持っていた。相手は怪物、これでも心許ないくらいだ。だが、そんな事を彼らは知らない、気付いていない。自分達が怪物を確実に追いつめていると思っている、信じている。
「追いつめろ! 射殺許可は出ている! 油断するな!!」
再び指揮官の声が飛ぶ。確かに彼の言う通りだ。だが、相手は一匹、こちらは多数。それにこちらが圧倒的優位に立っている。警官隊の中にはちょっとした油断が生まれていた。
ゴリラのような異形は小さな町工場の屋根から屋根へと飛び移りながら奧へ、奥へと進んでいく。この先には広い川がある。その手前が勝負のポイントだ。
それは警官隊も同じだった。いくら何でも川は飛び越えられないだろう。そこで追いつめ、射殺する。相手は凶暴な怪物だ。それしか手はない。生きたまま捕まえることなど出来はしないだろう。むしろ生かしておいてはいけない。森林公園でこの怪物が行った行為は許してはおけない行為だ。
遂に川の手前まで来た。ゴリラのような異形が屋根から地上へと飛び降りる。そこは行き止まり。完全にゴリラのような異形は追いつめられた。
着地したゴリラのような異形を見た警官達が一瞬硬直する。その姿はまさしくゴリラ。少なくても彼らにはそうとしか見えなかった。何処かの動物園からか逃げ出してきたのだろうか。
「う、撃てっ!!」
誰かが叫んだ。この場に例の指揮官はいない。だから、別の誰かが、目の前にいるゴリラのような異形に向かってそう叫ばなければ、誰も発砲しようとしなかっただろう。何せ彼らはその時、目の前にいる怪物をゴリラとしか認識していなかったのだから。本来ならば保護しなければならない動物なのだから。だが、それでも叫んだ者がいるのは、このゴリラのような異形の手が赤黒い血に塗り固まっていたからに他ならない。それが見えたから。その手が多くの人の命を奪い、残された人に絶望と悲しみを与えたから。
その場にいた警官達が一斉に発砲する。数十発にも及ぶ弾丸がゴリラのような異形に命中した。流石のゴリラのような異形もこれには耐えきれなかったのか、地響きをあげて後ろ向きに倒れる。
「や、やった……?」
そう言って一番前にいた警官が倒れたゴリラのような異形に近付いていく。だが、それは軽率な行為だった。相手が死んだかどうか、離れた場所からよく観察するべきだったのだ。近寄っていった警官はその軽率な行為を、あれだけの弾丸を叩き込んだのだから絶対に死んだはずだという思いこみの代償を、その命で払うことになる。
そっとゴリラのような異形を覗き込む警官。その次の瞬間、警官の頭をガシッと太い手が掴んで、そしてそのまま握りつぶしてしまう。悲鳴すら上げることが出来ずに、一瞬にして命を奪われた警官を投げ捨て、ゆっくりと起きあがるゴリラのような異形。その胸板から弾丸がパラパラと地面に落ちていく。どうやら警官達が放った弾丸は全てゴリラのような異形の胸板で止まっていたらしい。鋼のような筋肉が弾丸を通さなかった、全て受け止めてしまっていたのだ。
「な、何だと!?」
「拳銃が通じない!?」
死んだと思っていたゴリラのような異形が近寄った警官一人をあっさりと殺し、そして何事もなかったかのように起きあがってきた。更に拳銃の弾は全てあの強靱そうな胸板には通じない。それだけで警官隊がパニックに陥るには充分だった。
「う、うわあああああっ!!」
誰かが悲鳴を上げて逃げ出した。それを皮切りに警官達が次々と、我先に逃げ出そうとする。こうなってしまえば思うつぼだ。ゴリラのような異形は混乱を来した警官達の中へと飛び込んでいき、次々と逃げまどう警官達を投げ飛ばし、握りつぶし、踏みつぶしていく。あっと言う間に地獄絵図が描かれていく。そこはさながら血の池地獄か。無惨にも殺された警官達の屍が次々と増えていく。
「た、た、た、助け……」
命乞いをする警官を容赦無く殴り飛ばし、あっさりと屠ったゴリラのような異形は声なき叫びを天に向けてあげるのだった。

下町の工場地帯で繰り広げられた地獄絵図。多くの警官がそこで命を奪われ、負傷者も数多く出た。森林公園に続き、これで一体何人がゴリラのような異形によって命を奪われたのだろうか。
「どうやらターゲットは多くの被害者を出しつつ移動中の模様ですね」
下町には不似合いな高級車の中でサングラスをかけた黒服が後部座席を振り返って言う。
「正確な位置はわかりませんが、この近くであることは間違いありません」
「そうか、この近くか。なら仮面ライダーもこの近くに現れる可能性が高いと言うことだな」
後部座席に座り、文庫本を読んでいた痩せ気味の青年がそう答えた。そして読んでいた本にしおりを挟むと、その本を閉じる。
「そろそろ姿をちゃんと確認しておきたい。この辺り一帯の監視を怠るな」
「了解しました、若」
青年の命令に黒服の男は頷き、そして車載電話に手を伸ばす。黒服の男が車載電話で何事かを話している間に青年はまた文庫本を開いた。
「配置、完了です。それとターゲットの現在位置の確認が出来ました」
「そうか。ならターゲットも確認しておこう」
「危険だと思われますが?」
「構わないさ。ここで死ぬのならその程度の運命だったと言うだけだ」
「……わかりました」
文庫本からまったく目を離さないまま青年がそう言い、黒服はそれに従うだけ。主の命令には絶対服従。それが当然なのだ。
高級車がゆっくりと走り出す。

獅堂達の黒いバンがその現場に到着したのは高級車が走り出した直後だった。まるで入れ違うような形でそこにやってきたみことと敷島はその惨状に思わず目を背けてしまう。何時かの繁華街の時はこれほどではなかった。数多くの怪我人や死者が出てはいたが、ここまでひどくはなかった。まだ警官による現場の封鎖が出来ておらず、その惨状、まるで地獄絵図とでも言った方が良さそうな現場は周囲の人々の目に晒されてしまっている。
「ひどいな、こりゃ……」
敷島はそう呟くとそっと目を閉じ、黙祷した。これくらいしか今の自分には出来ない。せめて冥福を祈ってやることしか。
「……早く倒さないといけないわね。犠牲者がこれ以上増える前に」
「だったら早く見つけてくれ」
素っ気なくそう言ったのは勿論獅堂だった。彼にしてみれば死んでしまった者はもうどうしようもない。生きている者の為にも一刻も早く例の怪物を倒さなければならない。そう言う考えである。戦場に臨む戦士には感傷に浸っている暇など無いのだ。
「かなり近いわ。あまり遠くには行ってないみたいね」
ノートパソコンに映る地図、そして点滅する光点を見ながらみことが言う。横からノートパソコンのモニターを覗き込んだ獅堂は地図と点滅しながら移動している光点とを見てからバンから降りる。
「気をつけてね」
「ああ、任せろ」
みことの声を背に、獅堂はそう答えて走り出した。はっきり言って走れるような状態ではないのだが、それでも彼は走る。走らなければならない。一刻も早く、奴を見つけなければならない、倒さなければならない。その思いを胸に、獅堂は全身の、身体中があげる悲鳴に耐えて走るのだ。
しばらく走った彼は、不意に足を止めた。上を見上げると、そこには両腕を振り上げたゴリラのような異形がこちらに向かってジャンプしてきている。恐ろしいまでの殺気に気付かないままだとあの両腕で叩き潰されていたところだろう。後ろへと飛び退きながら獅堂はそう思った。同時にコートのポケットから一枚のカードとカードリーダーを取り出している。
「不意打ちとはな……」
小さく呟きながらカードをカードリーダーに挿入する。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
機械で合成された音声がその場に響き渡った。後はそのカードリーダーを腰に装着したゾディアックガードルに差し込めばいいだけなのだが、ゴリラのような異形は着地すると同時に獅堂に向かって飛びかかってきた。どうやら彼が自分の片目を潰したと言うことを覚えているらしい。怒り狂うゴリラのような異形はようやく仇敵にまみえることが出来、その怒りの矛先を彼に向けたのだ。
両腕を振り回し、獅堂を殴りつけようとするゴリラのような異形。何とか獅堂がその攻撃に捕まらないでいられるのは、彼が潰した片目の所為で距離感が掴めていないに他ならない。いつ、その攻撃に捕まるかわかったものではなかった。
「くそっ、変身させないつもりか、こいつっ!!」
言いながら大きく後方へとジャンプする獅堂。だが、着地の時の衝撃に身体が耐えられなかったのか、思わず片膝をついてしまう。そこに襲いかかるゴリラのような異形のパンチ。あれの直撃を受けたら確実に殺されてしまう。そう思った獅堂は必死に横に転がり、そのパンチをかわした。転がりながらカードリーダーをゾディアックガードルに差し込むことに成功する。
「変身ッ!!」
『Completion of an Setup Code ”Leo”』
カードリーダーが装置に差し込まれると同時にそんな機械的な音声が流れ、続けて装置から光が放たれる。その光は獅堂の真正面に光の幕のようなものを作り出し、その光の幕には獅子座を象った光点が明滅している。その光の幕を獅堂の身体をが通り抜けると、獅堂は仮面ライダーレオへと変身を完了していた。
「くっ!?」
仮面ライダーレオはすぐに立ち上がろうとしたが、膝に力が入らず思わずよろけてしまう。
そこにゴリラのような異形が襲いかかってきた。両腕を振り上げ、レオを捕まえようとするが、何とかその腕をかいくぐりレオはゴリラのような異形の懐に潜り込んだ。そしてボディに鋭いパンチを連続して叩き込んでいく。しかし、拳銃の弾丸すら通じなかったそのボディにレオのパンチはまったく通じない。更に今のレオの体調は完全ではない。その為にパンチの威力も下がっている。ゴリラのような異形からしてみれば蚊に刺されたほどにも感じない。
「くそっ!!」
相手にまったくダメージを与えられていないことを知ったレオはすかさず上へとジャンプした。次の瞬間、先程までレオのいた場所をゴリラのような異形の腕が通り過ぎる。強力ベアハッグを極めようとしていたのだ。
すんでの所でベアハッグから逃れることの出来たレオはそのまま空中で一回転してからゴリラのような異形の顔面目掛けてキックを喰らわせる。そしてその反動を利用して大きく後方へと飛び、そして着地した。だが、またしてもその場で片膝をついてしまう。どうやら長時間は戦えないようだ。一刻も早く決着をつけなければ。そう思うが、身体は言うことを聞かない。立ち上がれない。
(ダメだ……このままでは……っ!!)
そう思った瞬間、物凄い衝撃がレオを襲った。ゴリラのような異形の体当たりを食らったのだとわかったのは吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた時。吹っ飛びそうになる意識を何とか繋ぎ止め、起きあがろうとするが手も足も言うことを聞きはしない。そこに更なる衝撃が襲いかかる。倒れたままのレオに向かってゴリラのような異形が蹴りを食らわしてきたのだ。
吹っ飛ばされて地面を転がるレオ。
「くうっ……!!」
呻き声が口から漏れる。悔しいことに今のレオに出来ることはそれだけだった。

仮面ライダーレオとゴリラのような異形との戦いの場から少し離れたところに一台の高級車が止まっている。その窓からはビデオカメラのレンズが覗いていた。どうやらレオとゴリラのような異形との戦闘を撮影しているらしい。
「一方的ですね」
「仮面ライダーが、か?」
撮影者の呟きに後部座席に座って文庫本を読んでいた痩せ気味の青年が問いかける。相変わらず目は文庫本に落としたままだ。
「逆です。怪物の方が圧倒的優位に立っています。どうやらあのシステム、それほどたいした物ではない……」
「それは違うな。装着者がダメなだけだ。俺ならもっとマシな戦いが出来る」
文庫本から目を離さずに青年が言う。だが、その口調は自信に満ち溢れていた。自分がライダーならあの程度の怪物に遅れは取らない、あのような無様な戦いはしない。何故かそう言う自信たっぷりに言い切っている。
「この調子だとあの仮面ライダーは負けるか?」
「おそらくは」
撮影を続けている黒服の男は青年の質問に冷静に答えた。そこに何の感情も入る余地はない、とばかりに。
「何とかあの怪物を排除して仮面ライダーを助け出せ。変身システムを解析するんだ」
「……了解しました」
少しの沈黙の後、黒服がそう答え、また車載電話を取る。二言、三言喋った後、車載電話を戻すと後部座席を振り返った。
「準備に少し時間が掛かります。それと今の我々ではあの怪物を倒すことは出来ませんがよろしいでしょうか?」
「そこまでは期待していない」
短くそう言い、青年はようやく文庫本にしおりを挟んで閉じた。
「仮面ライダーだけ確保出来れば充分だ。あの怪物が暴れ回ろうと何しようと知ったことではない。ライダーシステムの解析が終わればこの手で倒してやるさ」
青年はそう言ってニヤリと笑った。その笑みは青年の容貌に似合わず、限りなく酷薄なものだった。

夕闇迫る中、レオはゴリラのような異形によって首を締め上げられ、そして吊り上げられていた。プロレスで言うネックハンギングツリーという技だ。もっともゴリラのような異形がそこまで知るわけもないが。
吊り上げられているレオは半ば意識朦朧となっていた。このままだと息が出来なくなるか、それとも先に首の骨が折れるか。どちらにしろ、このままでは死んでしまう。殺されてしまう。
「ううっ……」
何とか首を締め上げている手を引きはがそうとするが、ほとんど手には力が入らない。
「だ、ダメか……」
最後の力を振り絞ろうとするが、それももはや敵わない。だらりと力無く腕が垂れてしまう。
レオがもうダメだと諦めかけた時、眩い光がレオとゴリラのような異形を照らし出した。あまりにもその光が眩しかったのか、ゴリラのような異形は思わず片手で顔を覆ってしまう。そこに突っ込んでくる一台の大型バイク。一切スピードを緩めずに突っ込んで来たその大型バイクはそのままゴリラのような異形を跳ね飛ばした。そして急停止する。
「やっと……見つけたぞ」
低い声でそう言い、大型バイクに乗っていた男は一歩前に出た。
大型バイクがゴリラのような異形を跳ね飛ばした拍子に投げ出されていたレオが顔を上げてその男が誰か見ようとしたが、夕闇深くその顔は伺えない。
その男はゴリラのような異形が起きあがろうしているのを見ながら、バイクの荷物入れから長方形の箱形の装置を取り出した。そしてそれを腰にあてがうとその装置の左右からベルトが伸び、彼の腰に固定される。次いで彼が取り出したのは一枚のカードとそれを納めるべきカードリーダー。ゆっくりとした動作でカードをカードリーダーに挿入する。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
その機械によって合成された音声を聞いたレオが驚きの声をあげた。
「な、何ぃっ!? 俺以外に……」
その男の耳にもレオの驚きの声は聞こえていたはずだ。だが、それを完全に無視して男は起きあがったゴリラのような異形を睨み付ける。
ゴリラのような異形は新たに現れた邪魔者を睨み付けると、両腕を振り上げて襲いかかろうとした。
「変身ッ!!」
こちらに向かってくるゴリラのような異形を見ながら男が腰に固定されている装置にカードリーダーをはめ込んだ。
『Completion of an Setup Code ”Taurus”』
カードリーダーが装置にはめ込まれたのと同時にそんな機械的な音声が流れ、続けて装置から光が放たれる。その光は向かってくるゴリラのような異形を弾き飛ばし、男の前に光の幕のようなものを作り出した。その光の幕には牡牛座を象った光点が明滅している。その光の幕に向かって男が突っ込んでいき、光の幕を通り抜けると同時に男の姿がメタリックグリーンに輝くボディアーマーを身につけた戦士へと変化していた。短いながらも二本の角を持つ仮面をつけた戦士、仮面ライダータウロスへと変身を遂げた男はそのままゴリラのような異形に向かって突っ込んでいくと肩からぶつかっていった。
その一撃でゴリラのような異形が吹っ飛ばされてしまう。体調が完全な状態の時でもレオには出来なかった芸当をこの新たに現れた仮面ライダーはあっさりとやってのけた。どうやらそのメタリックグリーンの身体には物凄いパワーを秘めているパワータイプのライダーらしい。
「っしゃあっ!!」
気合いを入れるようにそう吼えると仮面ライダータウロスは倒れているゴリラのような異形へと近寄っていった。
「よせっ! 止めろッ!!」
倒れたままのレオが叫ぶがタウロスは足を止めない。そのまま倒れているゴリラのような異形の側まで歩いていく。
と、それを待っていたかのようにゴリラのような異形が手を伸ばしてきた。レオが叫んだのはこの事を警告する為だったのだろう。だが、時既に遅く、タウロスはゴリラのような異形の手に捕らえられていた。ニヤリと笑うゴリラのような異形。だが、すぐにその笑みが凍りつく。タウロスが自分を掴んだゴリラのような異形の手を逆に掴み返し、そのまま上へと持ち上げてしまったのだ。
「ヌオオオオッ!!」
持ち上げたゴリラのような異形をブレーンバスターの要領で後ろへと叩きつけるタウロス。
地面に頭から叩きつけられたゴリラのような異形は残る目を白黒させていた。頭に受けたダメージもさることながら、それよりも自分が投げ飛ばされたと言うことの方がショックだった。今までどんな奴にも投げ飛ばされたことなど無かった。パワーではどんな奴にも負けなかったのだ。
さっと起きあがるゴリラのような異形。タウロスはそれを待っていたかのように前へと出た。それは余裕なのか、まったく無防備に真っ直ぐ歩いてくる。対してゴリラのような異形は両腕を広げて待ち受けた。予想以上に長い腕、広げればその姿はかなり巨大に見える。だが、タウロスは怯むことなくそのまま迫ってきた。
「や、やめろっ!!」
レオがまた叫ぶがタウロスはそれに耳を貸すことはない。ここままだとタウロスは広げた両手に思い切り挟まれてしまうだろう。そう、自分が前にやられたように。あの時の衝撃は物凄いものだった。身体がペシャンコにされてしまうような、それほどの衝撃。更にその後に待っているのは大回転による勢いをつけたハンマー投げ。もっともハンマーとなるのは自分だが。同じ事をされたらタウロスもやられてしまう。何とかそれだけは防がなければ。そう思うが身体が動かない。
そんなレオの心配をよそにタウロスは悠然と歩いていく。
タウロスが自分の手の届く範囲内に入った瞬間、ゴリラのような異形が両手を思い切り閉じた。まるで蚊か蝿を潰すかのように。
それを見たレオは思わず顔を背けていた。これで終わった。新たに現れた仮面ライダーが早くもやられてしまった。これであの怪物を倒せるものはもういない。
ゴリラのような異形が勝利を確信したかのようにニンマリと笑う。だが、またしてもその表情が硬直する。少しずつ、少しずつではあるが閉じた両手が内側から開いていく。自分は全然力を緩めていないと言うのに。と言うことは、手の内側に挟み込んだ仮面ライダーが中から押し開こうとしているのか。そうはさせじと更に力を込めるゴリラのような異形。だが、それ以上の力で持って綴じ合わせた手が中から開かれていく。
「ヌオオオオッ!! 舐めるなよ、この野郎がぁッ!!」
そう叫び、タウロスが更に力を込めた。ゆっくりだが、ゴリラのような異形の手が開かれていく。レオですら敵わなかったゴリラのような異形のパワーを遙かに越えたパワーをタウロスは発揮しているのだ。
完全に両手を開ききったタウロスが地を蹴ってジャンプし、その顔面に蹴りを叩き込んだ。その蹴りもレオのものとは比較にならないパワーが込められており、ゴリラのような異形はあっさりと吹っ飛ばされてしまう。
着地したタウロスはすぐに腰のカードホルダーから一枚のカードを取り出した。更に背中に装着されている斧を取り出し、その斧にあるカードリーダーにそのカードを通した。
『”Reticulum”Power In』
機械的な音声が流れ、光のカードがタウロスの前に現れる。そこに描かれているのはレチクル座の星座図。その光のカードはタウロスの胸に吸い込まれ、消えていく。
その間に起きあがろうと身を起こしたゴリラのような異形に向かってタウロスは斧を持つ手とは反対の手を突き出した。そこから光の網が広がり、ゴリラのような異形の身体を包み込む。
「次はこいつだ!」
そう言ってタウロスがカードホルダーからまたカードを取り出し、斧のカードリーダーに通した。
『”Eridanus”Power In』
また光のカードが現れ、今度は斧に吸い込まれていく。タウロスがその斧を一振りすると、突如その場に水流が現れ、光の網に包まれ身動きの取れないゴリラのような異形を押し流した。
これがチャンスだと見たのか、タウロスはゾディアックガードルに納められていたカードを取り出した。それをすっと前方に投げると変身する時と同じように光のカードがそこに現れた。勿論、そこに描かれているのは牡牛座の星座図だ。
それを見ながらタウロスは斧の柄に付いてあるボタンを押した。すると斧の柄が伸び、更に刃の部分も巨大化する。いわゆるバトルアックス状に変化したのだ。これこそが仮面ライダータウロスのもつ専用武器、タウロスアックス。タウロス自身のパワーと相まって、その破壊力は絶大である。
「ヌオオオオオッ!!」
何度目かの雄叫びをあげてタウロスがタウロスアックスを構えて走り出す。等身大の大きさの光のカードをくぐり抜け、全身を光に包み込ませたタウロスがタウロスアックスを振り上げた。
「唸れ、”猛牛十文字”!!」
振り上げたタウロスアックスを振り下ろし、そして横に薙ぐ。その軌跡に沿って光が残る。ゴリラのような異形に刻み込まれた光の十文字。次の瞬間、ゴリラのような異形がその場に崩れ落ち、次いで大爆発を起こした。だが、その爆発はすぐに収束し、その後には小さな水晶玉が一個転がっているだけだった。
「……こいつは……」
タウロスがその水晶玉を拾い上げる。
とりあえず知っている奴に聞くのが早いと思ったのか、タウロスは倒れているはずのレオの姿を探した。だが、近くに倒れていたはずのレオの姿は何処にもなかった。
「……おや?」
自分がゴリラのような異形を倒したことで安心して帰ってしまったのだろうか。いや、倒れていたのはかなりのダメージを受けていたからで、一人で動けるような状態ではないだろう。
「それじゃ……何処に行きやがったんだよ、あの野郎」
そう呟きながらタウロスは変身を解いた。それから停めてあった大型バイクの方へと歩き出そうとして、思わずよろけてしまう。
「おお?」
どうやらかなり疲労してしまっているらしい。変身して戦うとここまで疲れるとは思ってもいなかった。これは少し鍛え直さなければならないだろう。バイクのシートに手をついて、心底そう思う北川であった。

丁度その頃、その場から一台の高級車が離れていた。
運転している黒服、後部座席にて文庫本を読んでいる青年、そしてもう一人、青年の隣には眠らされている獅堂の姿があった。いつの間にか変身は解かれている。そして変身ツールであるゾディアックガードルも彼の手元にはなく、誰も座っていない助手席に置いてあった。
「若、本当によろしいので?」
「何を今更。もう全ては動き始めているんだ。ここで止まってはいられないんだよ」
運転している黒服がそう尋ねてくるが、青年は相変わらず文庫本から目を離さず答える。
「とりあえずは一刻も早くライダーシステムを解析して貰いたいからな。直接ラボへ向かってくれ」
「わかりました」
青年の指示に黒服が頷く。
一体この二人は何者なのだろうか。
そしてこの二人に連れ去られた獅堂の運命は。

This Story was Completed!
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