断続的に聞こえてくる爆発音。
地下駐車場に並ぶ数台の車がその振動で震える。
「うわわっ……な、何なんだよ!?」
一台の黒塗りのバンの運転席に伏せながら敷島慎司はガタガタ震えていた。一体何がどうなっているのか。自分はここにこのバンを搬送するように言われただけなのに、何でこんな恐ろしい目に遭っているのか。まるで解らないことだらけだ。
「何でこんな目に遭わなきゃならないんだよぉ……」
目尻に涙を浮かべながら敷島がそっと頭を上げて外を窺うと、また爆発の振動が襲ってきた。
「ひぃぃっ!!」
慌てて頭を下げる敷島。外に何か居るわけでもないのだが、何故か姿を隠してしまう。そうすれば助かるとでも言うかのように。
聞こえてくる爆発音はまだ遠い。ここがすぐ爆発するとか言うことはないだろうが、それでも断続的に起きている爆発によって建物自体が崩れ落ちるかも知れない。その前にここから逃げるべきなのだろうが、彼の身体と心は恐怖に固まってしまっていて動けないでいる。
と、不意に静かになった。今まで断続的に聞こえてきていた爆発音が止み、静寂が地下駐車場を包み込んだ。恐る恐るまた頭を上げると、フロントガラスの向こうに人の姿が伺えた。
「だ、誰か……いる?」
白衣を着ているところを見るとここの職員だろうか。つい最近雇われたばかりの彼はここに来るのも初めてだったし、ここの職員とも勿論会ったことがない。だからそこにいるのがここの職員かどうか判別出来ないのだ。もしかしたらこの研究所に潜入してきた何処かの企業スパイなのかも知れない。企業スパイにしては爆発を起こすなどやり方が荒っぽいが。何にせよ、車から降りて声をかけようと言う気にはならなかった。
だが、相手の方でバンの運転席にいる敷島に気がついたらしい。すぐさまバンの方に駆け寄ってくる。今まで薄暗かったので解らなかったが、駆け寄ってきたのは薄汚れた白衣を着た若い女性だった。胸につけているIDカードから、この女性がここの職員であると言うことが解る。もっともそのIDカードが偽造で無いと言う証拠は何処にもなかったが。
その女性はバンのドアをドンドンと乱暴に叩き、ロックを外すように要求してきた。どうやらかなり焦っているようだ。その剣幕に恐れをなした敷島が慌ててロックを解除すると、女性はすぐさまドアを開けて中にいる敷島に怒鳴り込んできた。
「何やっているのよ、君はっ!!」
「ひぃぃっ!! す、すいませんっ!!」
思わず謝ってしまう敷島。理由は解らないがとにかく、女性の剣幕に畏怖を感じたことは言うまでもない。
女性は敷島が謝ったのを聞いて、小さく頷くとバンの助手席に座り、すぐにシートベルトを締めた。
「ほら、早く出して!!」
「は、はいっ!!」
慌ててエンジンをかけ、アクセルを踏み込む敷島。思い切り踏み込んだのでバンが急発進する。シートに背中が沈み込むのを感じながらも、それでも必死にバンを運転する。
「ど、何処行くんですか?」
「とりあえずここから離れるのよ! 一刻も早くね!!」
女性に怒鳴りつけられながらも敷島はしっかりとしたハンドル捌きを見せていた。少々気は弱いがハンドルを握るとレーサー並みの運転技術を持つ。それが彼、敷島慎司だ。
黒塗りのバンが燃えさかる研究所を後にして、街へと走り去っていく。

仮面ライダーZodiacXU

Episode.04「獅子の迷い―Leo's hesitation―」

私立城西大学付属高等学校の校舎の1階。
その廊下にゴリラのような異形の怪人が立っている。その真正面に、まるで対峙するかのように立っている一人の少女。その目は恐怖に彩られ、全身をガタガタと震えさせている。だが、そこから動こうとはしない。逃げようとはしない。正確に言えば恐怖のあまりに身体が硬直してしまっていて逃げられないのだが、他にも理由があった。少女の居る廊下に面している調理実習室。そこにはクラスメイト達がいるのだ。
そして廊下には一人の少年が倒れている。少女のクラスメイトで、彼女を助けようと飛び込んできたのだが逆にやられてしまい、気を失っている。他にも外に面している窓ガラスの一つが割れており、外に一人の少年が倒れていた。少女によく似た容貌のその少年はまだ意識があるが、身体が動かないようだ。彼もやはり少女を助けようとして怪物の逆襲にあったらしい。やはり人間の力ではあの怪物は倒せないのだ。
「う……うう……」
動かない身体を必死に動かそうと少年――相沢一雪は力を込めるが、指一本すら動かせなかった。
「くそっ、僕に……僕に力があれば……」
悔しげにそう呟く一雪。
もしもあの怪物と戦えるだけの力があれば。そう思うと悔しくてならない。何で自分にはそう言う力がないのか。どうして自分は選ばれなかったのか。そう、あの怪物と戦える唯一の存在、仮面ライダーに。
「何で……何で僕には……」
倒れている彼の目からこぼれ落ちたのは悔し涙。力があれば、自分が仮面ライダーであれば、あの怪物を倒してやるのに。両親の敵を討てると言うのに。誰も傷つけないで済むのに。
と、その耳に機械的な音声が飛び込んでくる。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
はっとなった一雪が何とか顔を上げるとそこには黒いコートを着た男が立っているのが見えた。その男の腰にあるのはゾディアックガードルと呼ばれる変身ツール。
「……獅堂……さん……?」
「変身ッ!!」
一雪の呟きはその男には届かなかったようだが、男――獅堂 凱は手に持っていたカードリーダーをゾディアックガードルに差し込んだ。
『Completion of an Setup Code ”Leo”』
カードリーダーが装置に差し込まれると同時にそんな機械的な音声が流れ、続けて装置から光が放たれる。その光は獅堂の前に光の幕のようなものを作り出し、その光の幕には獅子座を象った光点が明滅している。
その光の幕が獅堂の身体を通過し、獅堂は仮面ライダーレオへと変身を完了した。そう、あの怪物達と戦える唯一の存在、仮面ライダーへと。
「こんな真っ昼間からとは……」
そう呟いた仮面ライダーレオは校舎の中にいるゴリラのような異形に向かって駆け出した。校舎の少し手前で軽く地を蹴ってジャンプし、窓ガラスを叩き割りながら中に飛び込んでいく。そして、ゴリラのような異形と対峙している少女の前に降り立つと同時に身体を回転させての後ろ回し蹴りをゴリラのような異形の胸板に叩き込んだ。その一撃はゴリラのような異形の不意をつけたらしく、ゴリラのような異形はその巨体をよろめかせる。そこに更にパンチを叩き込んでいくレオ。
少女――相沢祐名はその光景を見ながら、ヘナヘナと力無くその場に座り込んでしまっていた。
「ゆ、祐名ちゃん!!」
そう言って小柄な少女が祐名の下に駆け寄ってきた。クラスメイトの一人、磯谷 桜だ。彼女は心配そうな顔をしながら座り込んでしまっている祐名の側まで来ると彼女の腕を取った。
「ほら、早く逃げるよ!」
そう言って祐名を引っ張る桜だが、座り込んでしまい、脱力しきった祐名を体の小さい桜が引っ張ることは出来ない。何と言っても体が小さい分力も弱いのだ、彼女は。
「祐名ちゃんっ!!」
「……ゴメン、腰抜けたみたい……」
桜に向かって力の抜けた笑みを見せる祐名。どうやら恐怖と緊張から解放された時に腰を抜かしてしまったらしい。これでは桜一人では動かせそうもない。
「磯谷さん、何やってるんですか!」
そんな時にそう声をかけてきたのはやはりクラスメイトの初野華子だ。クラス委員長もやっている彼女は他の生徒が調理実習室から逃げ出していく中、座り込んでしまっている祐名とその側にいる桜を見咎めたらしい。
「華子ちゃん、助けて〜」
「だから華子って呼ぶな〜!!」
「そんな事言ってる場合じゃないよ〜!! 祐名ちゃんが腰ぬかしちゃって……」
「もう、相沢さんってばあれだけ勢いよく出ていった割に……」
そう言って華子が桜を手伝おうと座り込んでいる祐名に手を伸ばした。だが、脱力しきっている祐名の身体は予想以上に重い。華子自身、それほど力が強いわけでもない。それにもう一人は非力な桜だ。実質華子が一人で祐名を引っ張ろうとしているようなものだった。
「相沢さん、少しダイエットしたら?」
「私、そんなに重くないよ〜」
「磯谷さん、もっと力入れて!!」
「入れてるよ〜!」
二人がじりじりと祐名を引きずっていくその前方ではゴリラのような異形と仮面ライダーレオの戦いが続いている。その距離はそれほど離れていない。下手をすれば3人とも戦いに巻き込まれてしまうだろう。少し離れたところで恐る恐る様子を伺っていた白鳥真白は何とかしなければ、と周囲を見回した。すると、ちょっと離れたところに一人の少年が倒れているのが見えた。真白はつかつかとその少年の側まで歩み寄ると、倒れている少年の胸ぐらをおもむろに掴みあげ、そしてその頬に容赦無く平手打ちを喰らわせる。
「いつまで寝ているんですか、天海君。ほら、さっさと起きなさい!」
そう言いながら容赦無く平手打ちを気を失っている少年――天海 守の頬に叩き込でいく。
パンパンパンと何度目かに頬を張られて、ようやく天海は意識を取り戻したようだ。ゆっくりと目を開く。
「イッテ〜……何するんだよ、白鳥!!」
「悠長に気を失っている場合じゃありませんことよ。ほら、早く相沢さんを助けなさい! あなた男の子でしょ!!」
真白に何度も張られ、赤くなった頬を手で押さえながら彼女を睨み付ける天海だが、真白がビシッと指さした方向を見て慌てて駆け出した。そこでは華子と桜が腰を抜かした祐名を必死に引っ張っていたからだ。
「華子、何やってるんだよ!!」
幼馴染みである華子に怒鳴るように声をかけながら天海は3人の側に駆けつける。
「見たら解るでしょ! 相沢さんを……」
天海に態度に少なからずムッとなった華子が彼を振り返って言い返そうとするが、それよりも先に天海は座り込んでしまっている祐名の身体をひょいっと持ち上げていた。
「よし、逃げるぞ!!」
そう言って祐名を抱えたまま走り出す天海。
「ちょっと、守!!」
「華子ちゃん、早く逃げるよ!!」
何か文句を彼に言おうとした華子を制し、その手を取って桜が走り出した。
この場から早く離れなければならない。そうしないとあの化け物同士の戦いに巻き込まれてしまう。
「わ、解ったわよ!」
何処か不服そうにそう言いながら華子は桜に引っ張られていく。

その頃、ゴリラのような異形と戦っている仮面ライダーレオは自分のパンチがまったく相手に効いていないと言うことに気がついていた。どうやら相手の全身を包み込んでいる鋼のような筋肉がレオの攻撃を弾き返しているようだ。むしろパンチを繰り出している自分の拳の方にダメージがある。
「くっ、こいつ!!」
さっとゴリラのような異形の手の届かないところまで下がったレオが舌打ちした。このままではいくら殴っても無駄な努力になるだけだ。何とかダメージを与えるには鋼の筋肉に覆われていない場所を攻撃するか、鋼の筋肉をも破壊するだけのダメージを与えるか。どちらにしても難しいことには変わりない。
「だが……やるしかないっ!!」
そう呟いて、レオは腰にあるカードホルダーから一枚のカードを取り出した。そして、そのカードを左手につけられている手甲にあるカードリーダーに通す。
『”Leo Minor” Power In』
機械的な音声が流れ、レオの前に光のカードが現れた。それに描かれているのは子獅子座の星座図。そこに向かってレオが右手を突き出すと、光のカードはレオの右手に吸い込まれるようにして消え、代わりに彼の右手が光に包まれる。
「ウオオオッ!!」
雄叫びをあげてレオの右拳が放たれた。光に包まれたその拳が与える破壊力は今までのものとは比べものにならない。
自分に向かって繰り出された光の拳を見たゴリラのような異形はさっと自分の拳を振り上げ、まるで迎撃するかのように振り下ろした。その速さは鈍重そうな身体から想像もつかないものだった。
真正面からゴリラのような異形と仮面ライダーレオの拳がぶつかりあう。その結果、吹っ飛ばされたのは何とレオの方だった。レオの光の拳よりもゴリラのような異形のパンチの方が勝ったのだ。吹っ飛ばされたレオは窓ガラスを叩き破り、表へと投げ出されてしまう。地面に叩きつけられたレオだが、何とかすぐに身を起こし、立ち上がろうとした。
「うっ!?」
突如右手に走る激痛に思わず呻き声を上げてしまう。どうやら先程打ち合った時にかなりのダメージを受けてしまったようだ。この様子だと骨にまでダメージが行っているかも知れない。
「……だが!」
多少のダメージが何だと言うのだ。あの怪物共を倒せるのは自分だけ。仮面ライダーである自分一人があの怪物共と戦える。だからこそ、こんなところで倒れたり、弱音を吐いている暇はない。
「ウオオオッ!」
雄叫びをあげながら立ち上がったレオは再び校舎の方に向かって走り出した。それに気付いたゴリラのような異形はダンッと廊下を蹴って外に向かってジャンプする。飛び込んでくるレオを迎撃するつもりのようだ。
やはり窓ガラスを叩き割りながら外へと飛び出してきたゴリラのような異形を見たレオは足を止め、その場で身体を回転させた。そしてその勢いを利用して回し蹴りを飛び込んでくるゴリラのような異形に叩き込んだ。明らかにレオよりもウエイトの重そうなゴリラのような異形がレオの回し蹴りによって吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされたゴリラのような異形が校舎の壁に叩きつけられるのを見たレオが痛む右手に代わって左手でゾディアックガードルに納められていたカードを取り出そうとした。だがその時、何処からともなく一体の、別の怪物が姿を現した。
新たに現れた怪物はレオに跳び蹴りを喰らわせると、校舎の壁にめり込んだゴリラのような異形の方を向いた。そして動けないゴリラのような異形に向かって飛びついていく。カチカチと歯を鳴らしながらゴリラのような異形に飛びついたその怪物が、ゴリラのような異形の首筋に噛みついた。ブシュッと言う音と共に吹き出すゴリラのような異形の血を新たに現れた怪物が啜り始める。
自らの血を怪物に啜られているゴリラのような異形が苦しげに首を左右に振った。そして、腕を伸ばして怪物の首筋を掴みあげると、無理矢理引きはがした。更に容赦無く重いパンチを引きはがしたばかりの怪物へと叩き込んでいく。
その一撃で大きく吹っ飛ばされ宙を舞う怪物だが、空中でうまく身体を回転させ、両手両足を使って腹這いになりながら着地した。それを見ながら、ゴリラのような異形が立ち上がる。互いに距離をおいたまま、睨み合う2体の怪物。
「な、何だ……?」
起きあがったレオは互いに睨み合ったまま動かない2体の怪物達を見て、呆然と呟いた。首筋から血を流しているゴリラのような異形と、口元から血を流しているもう一体の異形。一体何がどうなっているのかレオには解らなかった。そうこうしているうちに、四つん這いになっていた怪物が再びゴリラのような異形に飛びかかっていった。それを拳を振り上げて弾き飛ばすゴリラのような異形。だが、怪物は軽やかに空中で一回転して着地するとまたもゴリラのような異形に向かって飛びかかっていく。
「こいつら……仲間割れを……?」
一体どうすればいいのか、レオには判断が付かなかった。ただでさえ強敵なゴリラのような異形。そしてそのゴリラのような異形に向かっていく謎の怪物。同時に相手するのははっきり言って今のレオでは無理だろう。右手を痛めた状態のままでは。
争いあう2体の異形を前にどうして良いのか解らず立ち尽くしているレオ。それを校舎の屋上から見下ろしている者がいた。真っ白いコートを着たその男は眼下で繰り広げられている戦いを見ながらニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「フフフ……地暴星に地捷星か……なかなか面白い取り合わせだ」
楽しげな笑みを浮かべながら白いコートの男が言う。
「だが……ちょっと早いな。まだ始められては少し都合が悪い……」
そう言ってから白いコートの男は指をパチンと鳴らした。それと同時に突如巻き起こった衝撃波が真っ逆様に地上へと向かっていく。
地上ではゴリラのような異形がその太い腕をぶんぶん振り回していてもう一体の怪物の接近を許していなかった。だが、その腕には細かい傷が幾つも付けられている。もう一体の怪物が腕に食いつき、その皮膚を食い破っているのだ。レオはどうすることも出来ず、ただ見ているだけ。そこに頭上から衝撃波が襲いかかってきた。
「っ!?」
突如頭上から襲いかかってきた衝撃波に気付いたレオだけがその場から退避する。2体の怪物は互いに争いあうのに夢中で頭上から襲いかかってきた衝撃波には気付いていなかったようだ。まともに衝撃波を受けて吹っ飛ばされる。
「くうっ!!」
離れたはずのレオだったが、衝撃波の威力は半端なものではなく、その余波だけで大きく吹っ飛ばされてしまった。地面に叩きつけられ、その上を転がるレオ。何とか回転を止めて身を起こすと、目の前は衝撃波を受けた影響なのか土煙が立ち込めていてよくは見えなかった。
「一体何が……?」
呟きながら土煙の中に敵である怪物達の姿を探し求めるレオだが、そこに怪物達の姿はもう無かった。あるのは衝撃波の直撃を受けた地面が少し陥没している跡だけ。どうやら衝撃波に吹き飛ばされたのを良いことにあの怪物達は何処かに逃げ出してしまったらしい。
さっと上を見上げるレオ。あの衝撃波は頭上から襲いかかってきた。もし、あの衝撃波を何者かが放ったのならばそこには誰かが、衝撃波を放った何者かがいるはず。そう思ったのだ。そして彼は見た。屋上の縁に立ち、こちらを見下ろしながらニヤニヤと笑みを浮かべている白いコートを着た男の姿を。
「あいつは……」
その男の視線がレオを捕らえる。再び口の端を歪ませて笑みを浮かべると白いコートの男はさっとコートの端を翻し、奧へと引っ込んでいった。
それを見ながら、レオは一歩も動けなかった。あの白いコートの男から感じ取れた物凄い殺気に圧倒されていたのだ。あの男がゴリラのような異形やその異形に挑み掛かっていた怪物と同じく敵ならばレオはおそらく敗れていただろう。今のレオは右手にダメージを受けており完全な調子ではない。いや、調子が完璧でもあの白いコートの男には勝てなかっただろう。それほどの力をあの男は秘めている。
「な、何だ、あいつは……」
思わずその場に立ち尽くしてしまうレオ。そんな彼の耳に近付いてくる人の声が聞こえてきた。
「なんだなんだ、何の騒ぎだ!?」
「一体どうしたって言うんだ!?」
どうやらこの学校の教師達らしい。騒ぎを聞きつけてやって来たのか、それともここから逃げていった生徒達が呼んできたのか。そんな事はどうでもいい。怪物達を逃がしてしまった以上、ここにいても無駄だ。そう思ったレオは変身を解くと素早く校舎から離れていった。

城西大学付属高校の敷地から出た獅堂が駅前でまだチラシ配りをしていた敷島と合流していた頃、その高校の保健室では校舎の外で倒れていた一雪が意識を取り戻していた。
「う、うう……」
顔をしかめて呻き声を上げる一雪。それからゆっくりと目を開いていくと、じっとこちらを覗き込んでいた桜と目があった。
「……」
「……」
思わず無言で見つめ合ってしまう二人。一雪からすれば目を開けて、まさか目の前に桜がいるとは思わなかったし、桜としてもいきなり一雪が目を開けるとは思っていなかったからこそ彼の顔を覗き込んでいたのだろう。だから、一瞬二人は思考が追いつかなかったのだ。
「う、うわあぁっ!!」
「きゃ、きゃああっ!!」
二人が同時に悲鳴を上げて飛び退いた。あまりにも慌てていたせいか、桜は床に尻餅をつき、一雪は自分がベッドの上だと言うことも気付かないまま下に落ちてしまう。
「わたっ!」
情けない声をあげる一雪。
「あたた……何処だ、ここ?」
床に打ち付けた腰をさすりながら一雪は周囲を見回した。彼の記憶では確か校舎の外にいたはずなのだ。外に投げ出され、背中を激しく打って動けなくなって、それで。
「保健室ですわ」
その返事が返ってきたので声の聞こえてきた方を見ると、そこには腕を組んで不機嫌そうな顔をした真白が立っている。
「校舎の外で倒れていたあなたをここまで運んでくるのにどれだけの苦労があったか。感謝して貰いたいものですわ」
「あ、ああ、有難う、白鳥さん」
真白の不機嫌そうな視線に晒されて、ちょっと怯えながら一雪が言う。どうもこの少女は苦手だ。何かと言うとああ言う冷たい態度を取ってくる。何をしたと言うわけでもないのに。
「運んだのは俺だけどな」
そう言ったのは真白の少し後ろにいる天海だった。
「天海……無事だったんだ」
「まぁな。鍛え方が違う。こう見えても俺はスポーツマンだし。とりあえず感謝するように」
一雪に向かってニヤリと笑いながら答える天海。
「天海君は祐名ちゃんを運ぶ時は物凄く早かったのに一雪君を運ぶ時はそれほどでもなかったよね、真白ちゃん」
「そう言えばそうでしたわね」
いきなり桜がそう言い、更に真白が同意したので天海は思わず表情を引きつらせた。何を言い出すんだ、こいつらは、と言う顔で二人の方を見る。
「へぇ、そうだったんだ……」
少し半眼になって天海を見ながら一雪が言った。
「な、何だ、一雪まで。まるで俺が男女差別をする奴みたいじゃないか」
「いや、そうは言ってないよ、僕は」
「あら、私も言っておりませんわよ」
「あたしも〜」
慌ててそう言う天海に冷ややかな視線を送りながら3人が口々に言う。
「あ、あれはだな、ほら、一雪よりも祐名ちゃんの方が軽かったから……」
「僕と祐名ってそれほど体重変わらないはずなんだけど」
言い訳をしようとした天海だが、容赦無くとどめを一雪が刺す。
何も言えなくなった天海をじっと3人が見つめていると、新たに保健室に入ってきたものがいた。クラス委員長の華子と祐名だ。
「何やってるの、みんなして」
きょとんとした顔でそう言う祐名。
「あ、祐名ちゃん」
「説明、終わりましたの?」
桜と真白が振り返ってそう言うと華子が疲れ切ったような顔をして頷いた。
「まったく……見た人はともかく見てない人にどう説明しろって言うのよ」
ため息をつきながら華子がそう言い、空いているイスに腰を下ろす。その側に立っている祐名は苦笑を浮かべているだけだ。
「説明って?」
一雪がそう尋ねると華子と祐名が揃って彼の方を見た。
「よかった。気がついたんだね、一雪」
「相沢君、大丈夫なの?」
「僕なら大丈夫。で、何を説明しに行ってたの?」
嬉しそうな笑顔を浮かべる祐名と心配そうな顔を向けてきた華子にそう言い、一雪は再び疑問を口にする。
「あれだよ、調理実習室の前に現れた怪物のこと」
「そう、あの怪物のことをね、説明しに」
天海に続いて華子が答えた。この二人、流石は幼馴染みだけあってこの辺の呼吸はばっちりだ。
「私達は良いわ。実際に見たんだもの。でも見てない人は誰も信じてくれなくて」
「そりゃそうだろうな。俺だって信じたくないぞ、あんな怪物がいるなんて事」
「家庭科の先生も見てたんじゃないの?」
そう言ったのは桜だ。彼女もばっちり怪物――ゴリラのような異形の姿を見ている。それにあの調理実習室にいた家庭科の教師も怪物の姿を見ているはず。だから他の教師達に説明をしていた二人のフォローをしてくれるはずなのだ。と言うか、そうでないと困る。
「確かに言ってくれたけど……しっかり見たって訳でもないって」
今度は祐名が答える。
「で、詰まるところ話はどうなったんですか?」
真白が急かすようにそう言うと、祐名は華子の方を見た。華子も祐名の方を見返し、二人が頷きあう。
「あの怪物に関しては集団幻覚。で、割れた窓に関しては不審者の仕業」
「おいおい、マジかよ、それ!?」
二人の話を聞いた天海がイスから立ち上がった。彼は実際にゴリラのような異形に投げ飛ばされている。だからその結論にはどうしても納得がいかなかった。
「まぁ、実際に校内で黒いコートを着た人を見たって話もあって……なんかそれで話はついちゃったのよ」
華子も納得いかなさそうだったが、どうやら教師達はそう結論づけてしまったらしい。こうなってしまっては生徒である彼らが何を言っても覆らないだろう。
「まったく……だから大人って信頼ならないのですわ」
「ホントだよ」
真白と桜が並んで腕を組んでコクコクと頷いている。
そんな中、一雪と祐名は今朝の新聞を思い出していた。先日の繁華街で起きた怪物による大量殺害事件はガス爆発によるものと言うことにされていた。誰だって信じたくはないのだ。人間を越える力を持った謎の怪物がこの世に存在しており、その怪物達が人間を襲うと言うことなど。偶然にもその事件に居合わせていた二人は事件の真実を知っているが、それを口にすることはない。不必要に人に不安を与える必要はないし、それに誰がそんな話を信じるというのか。今回のことも同様のこと。あの教師達が信じるとは祐名も始めから思っていなかったし、話を聞いた一雪もそれには同意見だった。
「……ところで授業は? そろそろ5時間目だと思うんだけど?」
ふと時計を見た一雪がそう言うと、天海がまたニヤリと笑みを浮かべる。
「あの騒ぎのおかげで午後からは休校だとよ。で、俺たちは気を失ったお前と説明に行っていた華子と祐名ちゃんをここで待っていたというわけ」
「あ、そう言うことか。何でここにみんないるのか思ってたんだ」
天海の説明を聞いた一雪がそう言って安心したような笑みを浮かべるのだった。

とある古ぼけた雑居ビルの3階のある一室。
何かの事務書風に設えてあるその部屋の入り口近くにある応接用のソファに座った獅堂は敷島に右手の手当てをして貰っていた。そう言う技術を何処かで習得しているのか、敷島は意外とうまく獅堂の手に包帯を巻いていく。
「これでとりあえずは大丈夫だと思います。ちゃんと検査した訳じゃないから解りませんけど骨に異常はないと思いますよ」
敷島はそう言うと救急箱を持って立ち上がった。
それを見ながら獅堂は包帯の巻かれた手を開いたり閉じたりしてみる。少し痛みはあるがそれでもかなりマシだ。何とか闘えないでもないだろう。
「あまり無理はしないで下さいよ、獅堂さん」
「言うだけ無駄よ、敷島君。獅堂君にはね」
不安げに獅堂を見下ろした敷島がそう言うところに声をかけてきたのは卯月みことだった。彼女はいつもと同じくパソコンの前に座っている。
「それに戦える人間が彼一人な以上、頑張って貰わないと」
「で、でも、それなら余計に獅堂さんには」
「俺なら大丈夫だ、気にするな」
冷静に言うみことに対して敷島が食って掛かるが、それをあっさりと制したのは獅堂の一言だった。それだけ言った獅堂は黙って立ち上がるとソファの背にかけていた黒いコートを手にその部屋から出て行ってしまう。二人はそれを見送ることしか出来なかった。
一人部屋を出た獅堂が向かったのはこのビルの屋上だった。そこには誰が置いたのか解らないが小さなボンネットバスが置いてあり、獅堂はそこをねぐらにしているのだ。その中に入った彼はベッド代わりにしている後部座席の上に腰から下げていたゾディアックガードルを投げ出すと、床に座り込んだ。そして手を伸ばしてゾディアックガードルからカードホルダーだけを手に取る。その中に納められているカードは2枚。変身と怪物にとどめを刺す時に必要な”獅子座”のカードと攻撃力を増す”子獅子座”のカード。
「やはり……これだけじゃ足りないな」
そう呟く獅堂。
変身ととどめ用のカードは全部で12枚、それ以外にも様々な能力を秘めたカードが76枚、彼ら仮面ライダーには用意されていた。だが、変身用のカードは変身用のアイテム――ゾディアックガードルとともに獅堂の分を除いて行方不明になっており、他のカードも完成したのかすら不明だ。全てはあの時、あの研究所が襲われた時に。
「他のカードが手に入ればいいんだが……」
口に出すがそれはおそらく不可能に近いだろう。あれから一度研究所跡に足を運んだことがあったが、そこには何も残されておらず、まさしく廃墟となっていた。そこにカードが残されている可能性は限りなくゼロに近いだろう。
「……これでやるしかない……」
自分に与えられた2枚のカードを見て獅堂は決意を新たにするのであった。相手が如何に巨大で強敵であろうとやるしかないのだ。

「ただいま〜」
「ただいま〜」
双子らしくまったく同じタイミングで祐名と一雪がそう言い、中に入っていく。流石にリビングに続く廊下は二人も並べないので祐名が先に、その後に一雪が続いて。
「お? 早かったな、今日は」
リビングにあるテーブルの上にノートパソコンを置いて何やら作業をしていた北川 潤が作業の手を止めて入ってきた二人に声をかけた。
「ちょっと事情があって午後は休校になったんだよ」
「事情?」
答えながら置いてあるソファに鞄を投げ出した一雪に向かって北川が尋ねる。その間に祐名は自分の部屋に入っていた。
「……また例の怪物が出たんだ」
「ふぅん……って、何だと!? また出ただと!?」
ガタッと音をたてて立ち上がり、怒鳴り声を出す北川。
「う、うん……」
自分の方を見た北川の剣幕に一雪は思わず一歩後ずさってしまった。北川の反応が彼の想像以上のものだったと言うこともあるが、それ以上に彼が怒っているように見えたからだ。
「で、ここにいるってことは無事だったんだな……」
今度は安心したと言う風に北川は笑みを浮かべた。彼は先程一雪が思わず後ずさってしまったことなどまったく気がついていない。
「うん、ほら、また獅堂さんが……」
「あいつか!! あの黒尽くめ野郎か!! あいつがまた来たってのか!?」
またイスに腰を降ろしかけていた北川が獅堂の名を聞いた瞬間、降ろしかけていた腰を上げ、一雪を怒鳴りつけた。
またビクッと身体を縮ませる一雪。
「う、うん……おかげで何とか助かったんだけど」
「……それもそうか。またあいつに借りが出来たって訳か……」
ぶつぶつ言いながら今度こそイスに腰を下ろす北川。先程までやっていた作業もそっちのけで彼は腕を組んで何かを考え込み始める。
何となくだが、それを邪魔してはいけないような気がした一雪はソファに投げ出していた鞄をそっと手に取ると自分の部屋に向かうのだった。

一雪が自分の部屋に戻ったのを目の端で捕らえていた北川はイスから立ち上がると自分の部屋へと向かった。そして、ベッドの上に置いてあるゾディアックガードルを手に取る。
「……あの野郎……」
手に持ったゾディアックガードルを睨み付けながら、彼はこれを送りつけてきた親友の顔を思い浮かべた。どう言うつもりでこれを自分に送りつけてきたのか、それが今はっきりと解る。同封されていた手紙にも書かれていたが、それだけでは信じられなかったのだ。だが、またあの二人の前の怪物が現れたと聞いた以上、これを送りつけてきた意味は一つしかない。
「本気で俺に……」
ギュッとゾディアックガードルを握りしめる北川。勿論その程度で壊れたりはしないが、まるで握りつぶそうとでもしているかのように手に力を込めていく。だが、そんな事をしても自分の手が痛いだけだと気付き、枯れ果てに持ったゾディアックガードルをベッドの上に投げ出した。
「出来るわけないだろう、俺なんかに……」
ベッドに倒れ込むように横になり、天井を見上げながら北川はそう呟くのだった。

その翌日も城西大学付属高校は休校になり、暇を持て余していた祐名が台所で何か作っていると一雪が自分の部屋から出てくるのが見えた。
「何処か行くの?」
台所の中からそう声をかけると、一雪が足を止めて祐名の方を向く。苦笑を浮かべて頭をかきながら。
「ちょっと家まで行って来る」
「家って?」
「僕らの家だよ。取りに行きたいものがあるんだ」
「ふぅん。気をつけてね」
興味無さげに祐名が言うのを聞いてから一雪は玄関へと向かった。
出ていった一雪と入れ違うように今度は北川がリビングに顔を見せた。ずっと寝ていたのかその顔はまだ半分くらい寝ているような感じで髪の毛もひどく寝癖がついている。
「ン〜、一雪か、出ていったの?」
その声で北川がリビングに現れたのを知った祐名が振り返った。
「お早う、おじさん。そうだよ。何か家に取りに行ってくるって」
「何だ、言ってくれりゃ送ってやったのに」
祐名の説明を聞いた北川が少し残念そうに言い、そのままリビングを横切って洗面所へと消えていく。
「おじさん、仕事は〜?」
「何時もと同じだよ。昼過ぎに出版社に行ってくるけどな」
「りょうか〜い」
台所と洗面所で会話する二人。どっちかと言うと祐名は何か作っているのに夢中でちゃんと聞いているのかどうかは疑問であったが。何かに夢中になっている祐名は一見会話出来ているように見えて、後から確認するとまったく覚えていないことが多い。右から左に聞き流しているのだろう。
その辺は北川もよく解っているので、それ以上は何も言わない。とりあえず顔を洗い、そして髪をちゃんと梳かす。洗面所にある時計を見てみるとそろそろお昼になろうと言う時間だった。これから昼ご飯を食べて出掛ければ丁度良いぐらいだろう。その昼ご飯があるのかどうかも疑問だが。
「さて、と」
まずは着替えないと。昼ご飯をここで食べるにしろ、外で食べるにしろ、約束の時間に間に合わすには先に着替えておくべきだろう。そう思って洗面所を出ると祐名は台所で何かの本を持ってうんうん唸っていた。料理の本かそれともお菓子の本なのか。どっちにしろ帰ってきたら試食させられるのは間違いない。苦笑を浮かべつつ、北川は自分の部屋に戻っていくのであった。

黒いバンが城西大学付属高校の近くをゆっくりとしたスピードで走っている。勿論ハンドルを握っているのは敷島で、助手席にはいつものように黒いコートを着てサングラスをかけた獅堂が座っていた。後部座席にはみことがいて、何やらノートパソコンのモニターと睨み合っている。
「どうですか、卯月さん?」
「ダメね……昨日の今日だからまだ近くにいると思ったんだけど」
敷島の質問にみことが首を左右に振って答える。
「獅堂君が見たのは2体……どっちかいても不思議じゃないと思うんだけど」
みことがそう言うが、獅堂は何も答えない。黙って腕を組んで前を見ているだけだ。起きているのか寝ているのかすら解らない。
「獅堂君、起きてる?」
「……ああ」
先程から一言も発しない獅堂が寝ているのではないかと疑問に思ったみことがそう尋ねると獅堂は短くそう答えた。一応起きていることは起きているらしい。
実を言うと彼はずっとあることを考えていたのだ。今探しているのはまったく攻撃の通じなかったゴリラのような異形とその異形に向かっていき、彼には出来なかった異形に傷を与えることの出来た怪物の2体。この2体に戦いを挑んで果たして勝てるかどうか。もしも2体同時に発見し戦うことになれば自分の勝ち目はかなり低いだろう。どうやって戦えばいいのだ。ずっと、昨夜からそればかり考えている。
「……今日は休みのようですね、ここ」
城西大学付属高校の正門の前を通りかかった時に敷島が横を見てそう言った。
「それならあの二人はここにはいないってことか……場所変える?」
みことも身体を乗り出して正門の方を見てからそう言い、二人の顔を順に見比べる。獅堂は例によって何も答えず、敷島はどうするか迷っているようだ。
「……場所、変えた方がいいんじゃないか?」
しばしの沈黙の後、獅堂がいきなりそう言った。そして窓の向こう側を指で指し示す。二人がそちらの方を見ると、警官がこちらの方をじっと見ているではないか。
「職務質問とかされたら困るだろ?」
「それもそうね。敷島君」
「解りました」
警官がこちらに近寄ってくる前に敷島はアクセルを踏み込み、正門前から離れていった。そのまま城西大学付属高校の側からも離れていく。このままそこにいても例の怪物達は見つからないだろう。何よりも搭載しているレーダーにまったく反応がないのだから。
「とりあえずあそこを中心にして範囲を広げましょうか」
そう言ってノートパソコンのモニターに地図を呼び出すみこと。
「半径5キロぐらいなら……」
素早い手つきでキーボードを操作する。彼女は気付いていなかったが、その半径5キロの範囲内には一雪や祐名の家が入っていた。それは全くの偶然だったのだろう。その家に一雪が向かっていると言うことも。

長年生まれ育った家の前で一雪は何気なく立ち尽くしていた。ここから出ていったのはつい先日のことなのに何故か物凄く懐かしい気がする。
「っと、それどころじゃなかったっけ」
感慨に耽っている場合ではない。早くしないと暗くなってしまう。
ポケットの中から鍵を取り出すと玄関の鍵穴に差し込み、鍵を外す。それから彼は中に入ると一番始めに父の書斎へと向かった。大切な研究資料などもあるからと言ってあまりここには入れて貰えなかった。だが、今は父も母も行方不明で彼を止めるものは誰もいない。それをいいことに一雪は父の書斎に入ると机の上に積み上げられているファイルの山に手を伸ばした。中をパラパラと捲ってみて自分が欲している情報がありそうなものだけを幾つか抜き出し、持っていたデイパックの中に突っ込んでいく。細かい部分は後でちゃんと見ればいい。今は少しでも情報が欲しかった。あの怪物達のこと、仮面ライダーのこと。
幾つかのファイルをデイパックの中に詰め込むと今度は自分の部屋に向かう。2階にある自分の部屋に入るとタンスの中から革ジャンとヘルメットを取り出した。それを持ってまた家の外に出るとしっかりと玄関を施錠し、ガレージに足を向ける。そこには父の愛車や母愛用の自転車の他に一台の真新しいオフロードタイプのバイクが止められていた。高校に入学して初めての誕生日に無理を言って買って貰ったものだ。免許に関しては現在教習所に通っている真っ最中。と言うことは今運転すると無免許運転と言うことになる。だが、そんな事に構っている暇はない。どうせもうじき自動二輪の免許は取得出来るのだ、少しぐらい早倒しにしても構わないだろう。勿論、それが自分勝手な理屈だと言うことは十分承知の上だが。
バイクに鍵を差し込み、エンジンをかける。一度も乗ったことがないが、一発で掛かったので一雪はちょっと嬉しそうな笑みを口元に浮かべた。
ガレージのシャッターを開けて外に出ると、一度降りてシャッターを閉め直す。それからようやく彼は今の住居へと向かうのだった。

あまり車の通らない道を選んで走っている一雪のバイク。それを横目で見ながら追いかけているモノがいた。昨日、ゴリラのような異形に挑み掛かっていた怪物。イナゴを思わせる容貌を持つ怪物だった。
イナゴ人間とも言えるその怪物はじっと一雪の姿を視界に捕らえたまま、素早い動きで彼と一定の距離をおきながら追いかけている。それはまるで肉食獣が獲物を見つけ、襲いかかるチャンスを待っているようなもの。哀れな獲物は余程の運がない限り逃げ延びることは出来ない。カチカチと歯を鳴らしながらイナゴ人間は徐々に一雪との距離を詰めていった。
慣れないバイクを運転するのに必死な一雪は自分を獲物と狙い定めている怪物の存在に気付いていない。教習所内では出せないスピードに少し彼は戸惑っている。
それに気付いたのか、そろそろ頃合いだと思ったのかイナゴ人間が大きくジャンプし、一雪の頭上から襲いかかった。
「何っ!?」
いきなり自分の頭の上から襲いかかってきたイナゴ人間に一雪の反応が一瞬遅れる。その間にイナゴ人間は一雪の後ろに降り立ち、その首に腕を回してきた。物凄い力で一雪の首を締め上げてくるイナゴ人間。その力は半端なものではない。息が止まる前に首の骨が折れてしまいそうなほどだ。
「くっ!!」
このままではいけない、と思った一雪は思い切った手段に出ることにした。急ブレーキをかけてタイヤをロックさせ、そして車体をそのまま横に倒したのだ。自分はハンドルから手を離し、バイクから離れながら地面を滑っていく。新品のバイクが傷だらけになり、そして自分の服も道路とこすれて破れてしまうがそんな事はどうでもいい。今は自分の首を締め上げているイナゴ人間から脱出することが先決だ。そして彼の思惑通り、道路に叩きつけられたイナゴ人間が一雪の首から手を離し、後方へと転がっていく。
「いたた……」
先に身を起こしたのは一雪だった。自身も道路に叩きつけられているからそれなりにダメージはあるのだが、それでも自分からやったことなのでそれなりに覚悟も出来ていたし、ある程度の対応も出来ていた。だが、あのイナゴ人間はまさか彼がこう言う手段に出るとは予想していなかったはずで、何の予備知識も予防措置もないままに道路に叩きつけられたのだ。ダメージは向こうの方が遙かに大きいはず。
「くっ……」
何とか立ち上がろうとして、ひどく左腕が痛むことに気付いた。どうやら倒れ込んだ際にこちら側が下になってしまったらしい。骨が折れているとか脱臼していると言うことはないが、曲げることも出来ないほど痛んでいる。
「ちょっとやりすぎたかな……」
痛みに顔をしかめながら立ち上がった一雪。少し離れたところで倒れているイナゴ人間の方を見ると、イナゴ人間がゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「……やばいっ!」
立ち上がりかけているイナゴ人間を見た一雪が痛む身体を引きずって走りはじめる。だが、その足取りは遅々としたものでなかなかその場を離れられない。どうやら左腕だけでなく足までダメージを負ってしまっているらしい。このままではあのイナゴ人間に捕まってしまう。
「くうっ!!」
また一歩踏みだした時、猛烈な痛みが彼を襲った。その痛みは左腕でも足でもなく左肩から。ゆっくりと左側を見てみるとイナゴ人間が彼の左肩に食いついていた。
「う、うわぁぁぁっ!!」
たまらず悲鳴を上げてしまう一雪。その間にもイナゴ人間の鋭い歯が彼の肩に食い込んでいく。そして、そこから流れ出す血をイナゴ人間が啜り始めた。自分の血を吸われるという前代未聞の恐怖に、一雪はどうすることも出来なくなってしまう。声をあげることも忘れ、ガタガタと震えるのみ。
左肩をイナゴ人間に食いつかれ、血をすすられている一雪の膝から力が抜けていく。がくりと膝をつく彼だが、イナゴ人間は離そうとはしない。このまま最後の一滴まで血をすすりきるまで離すつもりはないのだろう。徐々に意識も朦朧としてくる一雪の耳に何かのブレーキ音が聞こえてきたのはその時だった。
「こっちの方か!!」
そう言いながら急停止した黒いバンの助手席から降りてきたのは勿論獅堂だった。素早く黒いコートの内側からゾディアックガードルを取り出し腰に装着する。続けて一枚のカードとカードリーダーを取り出し、カードをカードリーダーに挿入した。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
機械によって合成された音声がその場に響き渡る。そして一雪とイナゴ人間の方に向かって駆け出しながらカードリーダーをゾディアックガードルに差し込んだ。
「変身ッ!!」
『Completion of an Setup Code ”Leo”』
カードリーダーが装置に差し込まれると同時にそんな機械的な音声が流れ、続けて装置から光が放たれる。その光は獅堂の真正面に光の幕のようなものを作り出し、その光の幕には獅子座を象った光点が明滅している。その光の幕を獅堂の身体をが通り抜けると、獅堂は仮面ライダーレオへと変身を完了していた。
そのまま仮面ライダーレオは一雪の肩に食いついているイナゴ人間に向かっていき、その頭部に回し蹴りを叩き込んだ。その一撃でイナゴ人間が吹っ飛ばされる。だが、同時に一雪の肩の肉も少し食いちぎられていた。
「うああっ!!」
肩の肉を食いちぎられる激痛に悲鳴を上げる一雪。思わずその場に崩れ落ちてしまう彼をよそに仮面ライダーレオは自分が蹴り飛ばしたイナゴ人間の方へと歩き出していた。レオにとっての最優先事項は敵の排除であり、巻き込まれた民間人の救助はそれに劣る。だから、この場でも傷付いた一雪のことよりもあのイナゴ人間を倒すことを優先したのだ。
吹っ飛ばされたイナゴ人間はすぐに起きあがると自分に向かって歩いていく仮面ライダーレオの方を見やった。そして首を傾げる。こいつは一体何者なのだ。何で自分の邪魔をするのか。まったく解らない。解らないが、一つ解ることがある。こいつは邪魔者だ。自分達にとって邪魔な存在。だから排除するべきだ。
カチカチ歯を鳴らしながらイナゴ人間はアスファルトの地面を蹴って大きくジャンプした。
「……そんな手が……」
レオは足を止めるとその場で身構えた。そして頭上から襲いかかってくるイナゴ人間を迎え撃つ。
「通じると思うな!!」
上から降りてくるイナゴ人間に向かってパンチを繰り出すレオだが、イナゴ人間はそれを見ると身体を丸めて半回転し、レオのパンチを足で受け止めた。そしてあいている方の足でレオの顔面に蹴りを放つ。
「くうっ!?」
思わずよろめいてしまうレオにイナゴ人間は膝蹴りを叩き込んできた。イナゴのような容貌は伊達ではなく、どうやらその脚力もかなりのもののようだ。膝蹴りをまともに喰らってしまったレオの身体が宙に浮く。イナゴ人間は更にそこで一回転してレオを上へと蹴り上げた。
「うおっ!」
宙に舞ったレオに向かってイナゴ人間がジャンプして追ってくる。そのままレオを追い越すとその背に蹴りを放った。一気に地面に叩き落とされてしまうレオ。
「くうっ……こ、こいつ……」
アスファルトの地面に叩きつけられたレオだが、上からの殺気を感じさっと横に転がった。その直後、イナゴ人間の膝が先程まで彼が横になっていた場所を襲う。そのまま地面を転がり、その勢いを利用して起きあがったレオはイナゴ人間がすぐさまジャンプしたのを見て自らもジャンプした。だが、イナゴ人間のジャンプには到底及ばない。イナゴ人間はレオのはるか頭上にいる。
「くっ……届かないだとっ!?」
イナゴ人間に向かって手を伸ばすレオ。それを見下ろしながらイナゴ人間はクルリと空中回転するとレオに向かって猛烈な蹴りを放ってきた。レオはとっさに両手を十字に組んでイナゴ人間の蹴りを受け止めるが、またしても地上へとその背を叩きつけられてしまう。

仮面ライダーレオとイナゴ人間が戦っている場から少し離れたところに停まっているバンの影で一雪はみことと敷島によって応急手当を受けていた。左腕や足の怪我も一雪本人の予想よりも酷かったが一番酷いのはやはり左肩だろう。イナゴ人間によって食いちぎられたところからかなり出血している。当の一雪は半ば意識を失いかけているほどだ。
「もうちょっと頑張りなさい。救急車は呼んでおいたから」
みことが話しかけるが一雪は虚ろな目で彼女を見返すだけだった。
「それにしても獅堂君は何やってるのよ。まだ倒せないの?」
「倒すどころか苦戦してますよ!!」
バンの影から戦いの様子を伺っていた敷島が焦ったような声をあげてこちらを振り返る。
慌ててみことは立ち上がると、敷島の側からそっとレオとイナゴ人間の戦いをのぞき見た。確かに敷島の言う通り、イナゴ人間の攻撃にレオが翻弄されている。イナゴ人間の俊敏な動きに対してレオはいつものような動きが出来ていない。戦いながらも、何処か集中し切れていないような、そんな感じだ。
「ど、どうしたんでしょう、獅堂さん?」
「……解らないけど……昨日から様子がおかしかったのは確かね」
「じゃ、じゃあ、昨日の戦いが原因で?」
「その可能性はあるわね」
不甲斐ないレオの戦いぶりに苛立ちを募らせるみことと不安を隠せない敷島。と、そこにフラフラと一雪がやってきた。手にはデイパックを持っている。
「ちょっと、君! じっとしてないとダメじゃない!!」
みことがそう言うが、一雪はそれを無視して二人の足下に座り込み、デイパックを開いた。そしてその中から一冊のファイルを取り出すとパラパラと捲っていく。二人は一雪が何をしようとしているのかまったく解らない。だから見ていることしか出来なかった。やがて目的のものを見つけたのか、一雪はファイルの間から一枚のカードを取り出した。
「こ、これ……」
カードをすっとみことに向かって差し出す一雪。
「父さんが……一枚だけ家に持って帰ってきていたんだ……」
辛そうに笑みを浮かべながら一雪が言う。
みことは無言で頷くと、一雪の手からカードを受け取った。そしてバンの影から飛び出していく。
「獅堂君ッ!!」
イナゴ人間のジャンプからの攻撃に苦しめられているレオに向かってみことが叫び、そして手に持ったカードを彼に向かって投げた。
さっとイナゴ人間のジャンプキックを前転してかわしたレオがみことの投げたカードを受け取る。そしてカードを投げた彼女の方を見た。
「獅堂君、あなたはあなたの戦いをしなさい!! 迷っていても何にもならないわっ!!」
再びみことが叫ぶ。
それを聞いた仮面ライダーレオは彼女を見、それからカードを見て、大きく頷いた。
(そうだ……俺は俺の戦いをするしかない!!)
心の中にある迷い、それはこれから先、自分よりも遙かに強い敵が現れるであろうと言うことに対する恐怖。そして特殊能力を与えてくれるカードの絶対的な不足による不安。だが、それが何だというのだ。自分は自分なりの戦いをやるだけだ。例え敵わなくても、精一杯やれるだけのことをする。最後の最後まで藻掻き足掻き、決して諦めはしない。それだけでいい。
ゆっくりと、そして力強く立ち上がる仮面ライダーレオ。そこにまたジャンプして襲いかかるイナゴ人間だが、レオはさっと足を少し引き、身体を半身にするだけでかわしてしまう。
ジャンプ攻撃をかわされたイナゴ人間がレオの方を振り返り、首を傾げた。つい先程までは全然かわせなかったと言うのに。今のは単なる偶然か、それとも。またやってみれば解ることだ。そう思ったのだろう。再びジャンプするイナゴ人間。
レオはそれを見るとすっと一歩前に出た。そして左の拳を突き上げ、降下中のイナゴ人間を迎え撃った。アッパー気味のパンチを腹に食らったイナゴ人間が身体を九の字に曲げながら地面に叩きつけられる。
「……使わせて貰うぜ、このカード」
そう言いながら左腕の手甲にあるカードリーダーにカードを通した。
『”Andromeda”Power In』
機械的な音声が流れ、レオの前に光のカードが現れる。そこに描かれているのはアンドロメダ座の星座図。そこに向かってレオが右手を突き出すと、光のカードはレオの右手に吸い込まれるようにして消えていく。
その間に起きあがったイナゴ人間がまたジャンプしようと膝を曲げた瞬間、レオが両手を大きく振りかぶった。そして一気に振り下ろすと左右の手から光のチェーンが伸び、ジャンプしようとしていたイナゴ人間を絡め取る。
いきなり自分の動きを封じた光のチェーンにイナゴ人間は激しく動揺した。自分が一番得意としているジャンプによる攻撃を封じられたのだ。それ以外の攻撃手段と言えば鋭い歯による攻撃だが、それは至近距離にまで接近しなければ使えない。更に言えば強靱な足を封じられたことによって逃げることも出来なくなってしまったのだ。もはやどうすることも出来ない。
「さぁ、お遊びはお仕舞いだ」
そう言ってレオがイナゴ人間に近付いていく。光のチェーンによって身動きを封じられたイナゴ人間に容赦のないパンチを一発食らわせ、それからゾディアックガードルに納められているカードを取り出した。それをすっと前方に投げると変身時のように光のカードがそこに現れる。勿論、そこに描かれているのは獅子座の星座図だ。
等身大の光のカードに向かってレオが走り出す。そこをレオがくぐり抜けると光のカードは消え、代わりにレオの身体が光に包まれた。
「喰らえ、”獅子の一撃”!」
レオはまるで猛獣が獲物に襲いかかるかのように軽くジャンプしながら必殺のパンチをイナゴ人間目掛けて叩き込んだ。そのパンチがイナゴ人間に命中した瞬間、レオの全身を包み込んでいた光が彼の右腕を通して一気にイナゴ人間に向かって流れ込む。そして、次の瞬間、イナゴ人間は弾かれるように吹っ飛ばされてしまった。
次いで起こる大爆発。だが、すぐにその爆発は収束し、その後には小さな水晶玉が一個、転がっていた。
その水晶玉を拾い上げると同時にレオは変身を解く。
「……地捷星……」
ぼそりと呟きながら獅堂はその水晶玉を握りしめた。そこにみことと敷島の二人が駆け寄ってくる。
「獅堂さん!!」
「やったわね、獅堂君」
駆け寄ってくる二人を見ながら獅堂は口元に笑みを浮かべてみせた。そしてみことに向かって手に持った水晶玉を放り投げる。
「これで三つ目ね」
「まだまだ先は長いがな」
受け取った水晶玉を上着のポケットに納めたみことに向かってそう言いながら獅堂がバンに向かって歩き出した。そこに聞こえてくる救急車のサイレンの音。どうやら一雪の為に呼んだ救急車が到着したようだ。応急手当もしてあるからおそらく大事には至らないだろう。バンの横で倒れて気を失ってしまっている一雪をちらりと見下ろし、獅堂はバンに乗り込んでいくのであった。

獅堂達を乗せた黒いバンが走り去っていくのと入れ違いに救急車がその場に到着するのを離れた場所から見ている男がいた。吹き渡る風に白いコートの裾をはためかせながら、その男は何故か楽しそうに口元を歪ませている。
「面白い……実に面白くなってきたよ……」
そう言うとクルリと背を向けて歩き出す。
「下位72星に仮面ライダー……フフフ……今回は楽しめそうだ」

This Story was Completed!
To be Continues Next Episode!

本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース