燃えさかる炎が室内を満たす。
「お父さんっ! お母さんっ!」
少女の金切り声にも似た悲鳴が室内に燃えさかる炎に負けないかのように響き渡った。
「祐名っ! 早く、早く逃げろっ!!」
勢いを増しながら燃えさかる炎の向こう側から男の声がした。おそらく少女の父親の声なのだろう。その声音には必死さが伺い知れる。
「ダメッ! お父さんも、お母さんも一緒に……」
「私達はいいから! あなただけでも早く逃げなさい!」
今度は女性の声。その姿は炎が壁となって見ることは出来ない。だが、声が聞こえてくると言うことはまだ生きているという証拠である。それが解っていて、少女は大好きな両親をこの場に残して自分だけが逃げることなど出来ようはずもなかった。
「お父さんっ! お母さんっ!」
再び少女が叫ぶ。
しかし、叫んだところで彼女に何が出来るという訳でもない。燃えさかる炎の前では少女は無力だった。ただ叫び声をあげることしか出来ない。
と、その時だ。この部屋の壁をぶち破って異形の姿が中に飛び込んできたのは。
「きゃあああっ!!」
壁をぶち破って中に入ってきた異形の姿を見た少女が、そのあまりにも奇怪な姿に悲鳴を上げる。
その悲鳴を聞きとがめたのか、異形の姿が視線を少女の方へと向けた。新たな獲物を見つけたとばかりに異形の姿がその口を歪ませる。おそらくはニヤリと笑っているのであろうが、生まれて初めてこんな異形の姿と対峙することになった少女にとってはそんな事はどうでも良いことであった。
「ひ、ひいいいいいっ!」
自分に向かって一歩一歩迫ってくる異形の姿にもはや少女は悲鳴をあげガタガタ震えるしか出来ない。抵抗することなど勿論無理、逃げることすら忘れたかのようにその場で震えるのみ。
「祐名!!」
「早く逃げて!」
炎の向こうから両親の声が聞こえてくるが、少女はまるで石像にでもなってしまったかのように身動きが出来ないでいる。そんな少女の身に異形の姿が手を伸ばそうとした時、先程異形の姿が開けた壁の穴を通り抜けて新たな影が中に飛び込んできた。
新たに現れたその影は少女に向かって手を伸ばしかけている異形の姿を見つけると、すかさず全身でぶつかっていった。そしてもつれあうようにして倒れてしまう。
何とか異形の姿を下に組み伏せた新たな影は拳を振り上げ、強烈なパンチを異形の姿に叩き込んだ。一発だけではなく、二発三発と連続で叩き込んでいく。
だが、それは異形の姿にとってダメージにはなるものの致命傷には程遠い。組み伏せられているにもかかわらず、異形の姿は無理矢理自分の上に乗っている影を振り解き、立ち上がってしまう。
「クッ……こいつっ!」
すかさず起きあがった影が炎に照らし出される。それは何処か猫科の動物を思わせる仮面を付け、銀に光るボディーアーマーを身につけた戦士の姿。
少女はあれが父や母がずっと研究していたその成果であることを瞬時に理解した。以前に一度資料を見せて貰ったことがある。「これこそが人類の希望だ」と、父はそう言っていた。
「か、仮面ライダー……?」
少女が炎に照らされた戦士に向かってそう呟く。
仮面ライダーと呼ばれた戦士は少女の方をちらりと見ると、こくりと頷き、また異形の姿へと飛びかかっていった。次いで起こる爆発。一体何が爆発したのか少女には解らなかったが、炎の勢いが更に増し、向こう側に見え隠れしていた両親の姿や異形の姿、仮面ライダーも見えなくなってしまう。
「お母さん!? お父さん!?」
炎の向こう側に見えなくなった両親を心配して少女が声をあげる。その一瞬後、突如天井が崩れた。おそらくは先程の爆発の影響で天井が脆くなっていたのだろう。それに爆発はここだけで起こった訳ではないようだ。あちこちから同じような爆発音が聞こえてくる。
「きゃああっ!!」
落ちてくる天井に少女が悲鳴を上げた。
「祐名、こっちだ!」
そう言って誰かが少女の腕を取って落ちてくる天井から彼女を救い出す。そしてそのまま、その燃え上がる部屋から出ていこうとする。
「ダメッ!! お父さんとお母さんが!」
泣きながら少女がそう言うが、彼女の腕を掴んでいる少年は振り返りもしなければ立ち止まろうともしなかった。
「離して! お父さんとお母さんを……」
「ダメだ、祐名! 僕達が行ったって何の役にも立たない!!」
「でもこのままあたし達だけが逃げたって……」
「父さんが逃げろって言っただろ! 母さんも! だから逃げるんだ!」
そう言いながらも少年の足は止まらない。一刻も早くこの場から逃げ出さなければならない。早くしないと崩れる建物の下敷きになってしまうか、あの謎の怪物に殺されてしまうかのどちらかになってしまう。それは少年と少女の両親の望むところではないのだから。
だが、少女は自分の腕を掴んでいる少年の手を振り払った。
「あたしは行けない! お父さんとお母さんをこのままにして行けるわけない!」
そう言って少女が再び炎に包まれた部屋に飛び込もうとするが、それよりも早く少年が少女の身体を後ろから抱き留めた。
「離して! お父さんとお母さんを助けるの! まだ間に合う!」
「僕だって……僕だって辛いんだ! 父さんや母さんを見殺しになんか出来ない……でも……」
そう言う少年の声が震えていることに流石に少女も気付けない訳でもなかった。少年の手が離れ、ようやく少女が振り返ると少年は肩を振るわせて泣いていた。今まで必死に堪えていたであろう涙を、少年は両目から零していたのだ。
それに少年の姿もただ事ではない。着ているシャツのあちこちが赤く染まっている。勿論そう言う柄ではないし、何かを零した訳でもない。おそらくは血、なのだろう。
「一雪、怪我、してるの?」
少女が血に染まったシャツを見て少年にそう問いかける。
「……これは僕じゃない……僕をかばって……」
辛そうに少年はそう言い、少女から顔を背けた。これ以上は何も言いたくないとばかりに。だが、すぐに少女の方を向くとその肩をギュッと掴んだ。
「ここの人達は僕らを逃がす為に必死になんだ! だから僕達は逃げなきゃいけないんだよ!」
「で、でも……」
「父さん達だってそうなんだ。ここで僕や祐名が死んだら父さんや母さんに会わせる顔がないだろ!」
「う、うん……」
「さぁ行こう。早くしないとここも」
少年が力を無くした少女の手を取って歩き出そうとすると、突如天井が崩れ、そこから異形の姿が飛び降りてきた。先程、少女が見たものとは違う、また別の異形の姿の怪物。半魚人を思わせるその異形の怪物はその場にいた二人に気付くと不気味な笑みを浮かべる。どうやら新たな獲物が見つかったと喜んでいるようだ。
「ゆ、祐名……逃げろっ!」
少年はそう言って少女を突き飛ばすと、目の前にいる半魚人に飛びかかっていった。勿論敵うとは思っていない。少女を逃がす時間稼ぎをするだけだ。
だが、突き飛ばされた少女はその場に尻餅をついてガタガタ震えるのみ。一向に逃げ出さないところを見ると腰でも抜かしてしまったのか。
しかし、それを考えている余裕など無かった。半魚人の胴体に飛びついた少年だったが、あっさりと振り解かれてしまったのだ。更に思い切り壁に叩き漬かられ、一瞬意識が飛びかける。
「うあっ!?」
床に倒れ込む少年。何とか身を起こそうとするが身体は彼の言うことを聞こうとはしなかった。今までに受けたダメージや疲労が彼の身体に休息を求めてさせているのだ。そして彼の身体はそれに忠実に従ってしまい、彼の身体は彼の意志など無視して動かなくなったのだ。
半魚人は動かなくなった少年から今度はガタガタ震えている少女の方を見やった。どうやら狙いを少年から少女に変えたようだ。一歩一歩、震えるだけで動けない少女に近寄っていく。
顔だけを上げた少年は半魚人が少女に向かって歩いていくのを見ると、必死に叫んだ。
「逃げろ! 早く、逃げるんだよ、祐名っ!!」
だが、それでも少女は恐怖の為なのか動くことが出来ないでいた。
半魚人が少女の魔の前に立ち、その腕を振り上げた。少女の身体など、あの腕が振り下ろされれば一溜まりもないだろう。
「祐名ぁぁぁぁっ!!」
少年が叫ぶ。この身体が動くならば今すぐにでも半魚人と少女との間に飛び込んでいくものを。だが、彼の身体は動かない。主である彼の意思を裏切って、彼の身体は動こうとはしない。
「いや……いや……イヤァァァァァッ!!」
迫り来る自らの死に、少女が悲鳴を上げた。
その悲鳴を聞きつけたのか、天井に空いた穴からまたも新たな影が飛び降りてきた。先程室内で少女を助けた謎の戦士と同じようなボディーアーマーを身につけた戦士、彼もまた仮面ライダーなのだろう。先程の仮面ライダーと違うのはこの仮面ライダーの付けている仮面が魚類、おそらくは鮫をモチーフとしている事ぐらいだろうか。
新たに現れた仮面ライダーは少女に今にもその腕を振り降ろそうとしている半魚人を蹴り飛ばし、少女の前に片膝をついた。
「大丈夫か?」
「あ……は、はい」
仮面ライダーは少女の返事を聞くと大きく頷いた。それから倒れている少年の方を見やる。
「こんなところで何をしているんだ、一雪。早く逃げろと言っておいただろう?」
諭すようにそう言いながら仮面ライダーが少年に歩み寄り、その身体を起こしてやった。そして二人をかばうように自分の背にしながらゆっくりと起きあがった半魚人の方を振り返る。
「さ、鮫島さん……」
「ここは俺に任せろ。お前は彼女を連れて早く行け」
「う、うん、解った」
そう言って少年が痛む身体に顔をしかめながら歩き出そうとする。だが、その手を少女が掴んで引き留めた。涙に汚れた情けない顔をふるふると左右に振る。
「どうしたんだよ、祐名?」
「……歩けない」
「……ハァァ……」
どうやら未だに腰を抜かしたままのようだ。呆れたようなため息をつきつつ、少年は少女を抱き上げた。一見すると華奢そうに見えるが、その実なかなか力はあるらしい。軽々と持ち上げられて少女は思わず真っ赤になってしまう。
「鮫島さん、行きます。気をつけて」
「ああ、お前も気をつけてな。生きていればまた会おうぜ、一雪」
「あ、あの……中にまだ父と母がいるんです。もし出来るなら……」
少年と仮面ライダーとも会話にそう言って割り込む少女。だが、それは切実な願いだった。中にも仮面ライダーが一人いるが、そこにも怪物がいる。あの仮面ライダーが怪物を倒し、そして両親を助けてくれるかどうかは解らないし、それに急に崩れてきた天井のこともある。だから、ここにいるもう一人の仮面ライダーにも頼んでいるのだ。
「……解った。出来る限りのことはしてみるさ」
仮面ライダーがそう答えたのを聞いて少女はようやく安堵の笑みを浮かべた。
「さぁ、行くんだ。行く先は解ってるよな、一雪?」
その言葉に頷くことで答える少年。
それとほぼ同時に半魚人が仮面ライダーに飛びかかってきた。両手を広げて半魚人を受け止めた仮面ライダーは猛然と身体を震って半魚人を横に投げ飛ばす。そして壁に叩きつけた半魚人に向かって鋭いパンチの連打を浴びせかける。その一撃一撃が如何に重いものか、徐々に壁にめり込んでいく半魚人を見れば解るだろう。
だが、半魚人もただ殴られてばかりではいなかった。パンチとパンチの間をついて、前のめりに倒れ込むようにして壁から脱するとそのまま仮面ライダーに体当たりしていく。
「うわぁっ!?」
半魚人の体当たりに反対側の壁まであっさりと吹っ飛ばされてしまう仮面ライダー。半魚人のパワーは人間のものよりも遙かに強く、その力でもって体当たりを喰らったライダーは壁に背を思い切り叩きつけられて床に倒れ込んでしまった。
「クッ……何てパワーだ」
そう呟きながら身を起こした仮面ライダーに半魚人が容赦無く襲いかかってきた。鋭く尖った牙の覗く口を大きく開き、その首筋に噛みつこうとする。
「うおっ!」
身を仰け反らせるかのようにして半魚人の噛みつき攻撃をかわしたライダーはそのまま身体を回転させ、その勢いを使って起きあがり半魚人から離れた。相手と距離を取ることで新たに反撃の体勢をとったのだ。だが、それは半魚人も同様らしく、身を起こすと首をゆっくりと回しながら目の前にいる仮面ライダーをその感情のまったく読みとれない目で見つめた。
「ヘッ、流石にやるようだぜ……」
仮面ライダーはそう呟くとギュッと拳を握りしめた。相手は想像以上に強い。心してかからねばこちらがやられてしまうだろう。やられるつもりは毛頭無い。何せこいつらと戦う為に仮面ライダーになったのだから。
しかし、彼はまだ気付いてはいなかった。その通路の奧、じっと半魚人と戦う自分を見つめている異形の姿があったことに。新たな異形は口元を歪めてニヤリと笑うと、ゆっくりと仮面ライダーと半魚人の戦っている場へと歩き始めた。

一方、仮面ライダーと半魚人との戦いの場から脱した少年と少女は階下にある駐車場スペースに辿り着いていた。ここはまだ何も起きていないらしく、薄暗い中、何台もの車が停められているだけである。
少年はずっと抱き上げていた少女を降ろすと近くにある車に歩み寄った。ドアを開けようとするが、鍵がかかっているらしくドアは開かない。
「ダメか……」
そう呟くと別に車に近付き、同じくドアを開けてみようとするがやはり開きはしない。
「何やってるの?」
少女が声をかけてくるが少年はそれを無視して別の車に取り付く。しばらくの間、並んでいる車のドアに手をかけてはドアが開かないか試していた少年だがどの車もしっかりとロックされていると解ると、その場に座り込んでしまった。
「開かないに決まっているじゃない。みんな鍵は自分で持っているはずよ」
「でもこれじゃここから逃げられない。祐名だって解ってるだろ、ここが街からどれだけ離れているか」
「それはそうだけど……一雪、運転なんか出来るの?」
「父さんとか鮫島さんとかに教えて貰ったことがあるよ。母さんは余りいい顔しなかったけど」
少年はそう言うと天井を見上げた。おそらく階上では今だ謎の怪物とライダーが戦っているのだろう。父や母、それに他の研究者達は一体どうなっただろう。みんな殺されてしまっただろうか。それともライダー達に救われて脱出したのだろうか。この場にいては何も解らない。だが、何の力もない自分達では確認しに行くことさえ出来ない。
「……悔しいなぁ、何も出来ないなんて」
小さい声で呟く少年。その頬を一筋の涙が伝わり落ちた。おそらくは悔し涙なのだろう、何も出来ない、力のない自分に対する。
少女はあえて何も言わず、何も見なかった振りをした。彼の気持ちが痛いほど解るからだ。自分だって何も出来ない、何の力もないことが解っているからだ。
「……ここにいれば……きっと大丈夫だよ」
少女がそう言って少年の横に腰を下ろした。
「お父さんもお母さんも、みんなきっと大丈夫」
「気休めだよな、それ?」
少女の方を見ずに少年が言う。
折角彼を慰めようとしたのに、あっさりとそう言われた少女はムッとしたように頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。だが、彼女自身、それが気休めであることは充分解っている。炎上する研究室、突如現れた謎の怪物、崩れ落ちた天井、どれをとってもいい条件はない。この条件下で両親が無事なら、それは奇跡というものだろう。
「……でもさ、祐名がそう信じるなら、きっとそうだと思う」
少し経ってから少年がぼそりと呟くように言った。
それを聞いた少女が彼の方を向く。すると少年は少女の方を向いて、はにかんだような笑みを浮かべた。
「ありがと。慰めるつもりであたしが慰められちゃったみたいだね」
「そ、そう言うつもりじゃ……」
少女が少し頬を赤くしながらそう言ったので、少年が慌てたようにそう言い、手を振る。
その様子を見ている影があったのだが、この駐車場は薄暗く、そしてその影が余りにも予想外の場所にいたので二人はまだその存在に気付いてはいなかった。
それは奇怪な身体で天井を這い回りながらゆっくりと獲物に狙いを定めていく。勿論獲物はあの少年と少女。獲物としては少々物足りないが、それでも今は構わない。とにかく獲物がいる、それだけで充分だ。出遅れてしまった身としては文句は言えないだろう。ゆっくり、ゆっくりと獲物である少年と少女に迫り寄る。
「と、とにかくここから離れよう。父さんや母さんは鮫島さん達がきっと……」
少年がそう言って立ち上がろうとしたその時だった。天井にいる何かに少年が気付く。天井にいる何かが彼らに向かって触手のようなものを伸ばしたまさにその瞬間。
「祐名、危ないっ!」
とっさに少女を突き飛ばす少年。同時に彼も床を転がって触手のようなものをかわす。少女を狙った触手のようなものは彼女に当たることはなかったが、その後ろにあった車のドアを軽々と貫いていた。
驚きの表情で穴を穿たれた車のドアを見ている少年の前ですぐさま触手のようなものはその主の元へと引き戻される。
「な、何だ……?」
触手のようなものを引き戻した謎の怪物の方を見上げる少年。その声は新たに現れた怪物を前に恐怖の為か震えている。おそらく、今度と言う今度こそ助けは入らないだろう。仮面ライダーになれる人物は限られている。その限られた人物達は他の怪物相手で手一杯のはずだ。ここに来ると言うことは万に一つも有り得ない。
天井にいる何かは少年の恐怖を感じ取ったのか、すっと床に降り立った。少し距離はあるが、あの触手のようなものを伸ばせば充分届く範囲内だ。
両肩を揺すり笑っている謎の存在を前に少年はどうにか逃げられないかと周囲を見回した。だが、何処に逃げてもあの触手のようなものが襲いかかってくるだろう。車のドアを軽々と貫くようなあれに人間の身体などきっと一溜まりもないに違いない。
謎の存在がすっと手のようなものを少年に向かって差し出した。同時に放たれる触手のようなもの。
「うわぁっ!!」
慌てて身を屈める少年の頭上を越えて、触手のようなものがまたも車のドアに穴を穿つ。しかも今度は一つではない。同時に三つ、ドアに穴が穿たれている。身を屈めてかわすことが出来たのは運が良かったのだろう。運が悪ければ今の一撃で自分は死んでいたに違いない。
「一雪!?」
「こ、こっちに来るな、祐名!」
心配そうな声をあげた少女にそう言う少年。今は彼女だけでも助けたい。例え逃げ切れることはないとしても何とか彼女だけでも、少しだけでも生き延びて欲しい。それがどれだけ叶う可能性の低い願いだとしても。
また引き戻される触手のようなもの。謎の存在は一歩も動いていない。あの場所からでも充分少年を殺すことが出来るのが解っているようだ。
何とかならないかと少年がまた周囲を見回す。武器になりそうなものなど何処にもない。身を隠す場所はたくさんありそうだが、そこまで移動出来るかどうか解らない。状況は絶望的だ。身体がどうしようもなく震えてしまうのを少年は止めることが出来なかった。このままだと待っているのは確実な死。もはや回避することなど出来ない死が待ち受けているのみ。
それは少女にも解っていた。何とか少年を助けることが出来ないかと思って周囲を見回すが、状況は少年と変わらない。唯一、彼女のいる場所からわかったことと言えば、ドアに穴を穿たれた車の、そのドアが少し開いていることぐらい。おそらく先程の触手のようなものによる一撃でドアのロックが外れたのだろう。だが、それが一体どれほどのものか。少年を助ける役に立つのか。
「か、一雪……ドア……」
震える声でそう言う少女。
少女の声に少年は自分が背にしているドアが開いていることを知った。
次の問題はそのドアを開けて中に飛び込むことを謎の存在が許してくれるかどうかだ。いや、考えるまでもない。やらなければ死ぬのは自分だ。
と、天井に張り付いていた謎の存在がすたっと床に降り立った。少年を殺すのにより確実な方法を選んだのだろう。
「く……」
どうすればいいのか自分でも解らない。何か奴の注意を引くものがないと、どうしようもない。少年が焦りを含んだ表情で周囲を見回すが、そんな都合のいいものなど何処にもない。少女の方もガタガタ震えているだけで、何かしてくれそうにもない。もっともそう言う期待すらしていないのだが。
折角脱出出来るかも知れないのに。やはりダメなのかと少年が諦めかけた時、いきなり爆発音が聞こえ、天井の一部が崩れてきた。謎の存在がそっちの方に気をとられたように少年から視線を外す。まさしく千載一遇のチャンス、これを逃すほど馬鹿ではない。少年は身体を回転させるようにしてドアを開けると車の中に飛び込んだ。
謎の存在は少年の動きに気付くと、すかさず触手のようなものを伸ばしてきた。半分開いていたドアをまた貫通し、中にいる少年に触手が襲いかかる。何かを貫いたような手応えを感じた謎の存在が触手を引き戻すと同時に少年が飛び込んだ車が動き出した。どうやらエンジンを始動させることに少年が成功したらしい。
「祐名!!」
少年がもう片方のドアを開けて叫ぶ。
その声にガタガタ震えていた少女も勇気を振り絞って立ち上がると、少年が開けたドアの内側へと飛び込んでいった。少女がドアを閉め切るよりも早く、少年の運転する車がシャッターを突き破って表へと飛び出していく。そのままスピードを上げ、その車はあっと言う間に見えなくなってしまった。
獲物を逃がしてしまった謎の存在は少しの間悔しそうに車の走り去っていった方角を眺めていたが、やがて触手の先に血のようなものがついていることに気付くと、ゆっくりと歩き出した。この血の匂いを辿っていけば必ず獲物に追いつくことが出来る。せっかくの獲物だ、このまま逃がしてしまうのはよろしくない。他の奴らに奪われる前に、自分がつばのつけたのだから。

少年の運転する車が森の中の道路をひた走る。もう少し走ればもっと広い道に出るだろう。そこまで行けば携帯電話も通じるはずだ。
上着のポケットの中に入っている携帯電話をそっと撫でてみる少女。これで一刻も早く助けを求めるのだ。そうすればきっと。と、そこで少女はあることに気付いてしまう。一体何処に助けを求めろと言うのだ。警察? 半魚人や触手を使う謎の存在など一笑に付されてしまうに違いない。ではとりあえず火災を何とかする為に消防署? 今二人が脱出してきたところまで一体どれだけかかると思うのだ。辿り着く前に全焼してしまうだろう。自衛隊にでも電話するか? 来てくれる訳がない。
「……どうすれば……」
すっかり困ってしまった少女がそう呟いた時、いきなり車が停止した。いや、少女が気付いていなかっただけで徐々にスピードは緩まっていたようだ。
「一雪、どうし……一雪!?」
少女が運転席に座っている少年の方を見て、一瞬言葉を失ってしまう。
彼はぐったりとハンドルにもたれかかるようにして、そして片方の手で脇腹のあたりを抑えている。だが、その手の下からは赤い血が抑えきれずに流れ落ちていた。おそらくは少年が車内に飛び込んだ直後に謎の存在が放った触手に貫かれてしまったのだろう。今までは何とか気力で運転していたが、どうやらその気力も尽きてしまったようだ。荒い息をしながら、半分意識を失いかけている。
「一雪、しっかりして!!」
少女がそう言うが、少年はほとんど反応しない。まさか死んでしまったのではないだろうか。そう言う不安に駆られたが、まだ少年は荒い息を続けている。辛うじて生きているらしいが、このままでは命が危ない事に違いない。
「ど、どうすれば……」
車の中を色々と探してみるが何も見つからない。とにかく止血だけでもと思った少女ははいていたスカートの端を掴むとビリビリと引き裂いた。これを包帯代わりにしようと言うのだ。少年の身体にきつめに引き裂いたスカートを巻き付け、とりあえずの止血代わりにすると車から降り、周囲を見回した。遙か向こうの方に火の手が見える。おそらくはあそこから逃げてきたのだろう。もはや全焼してしまったのか、火の手はここからでも物凄いように見えた。
「……お父さん……お母さん……」
燃え上がる建物の方を見ながら、少女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。だが、今は泣いている場合ではない。慌てて涙を手で拭うと携帯電話を取りだした。一刻も早く助けを呼ばなければならない。少年はかなり大量に出血しているようだし、それにいつあの怪物達が追って来るとも限らない。
「……やっぱり通じない、か」
液晶画面を見て、圏外との表示を確認すると一旦車の方を振り返った。運転席では少年がシートにもたれかかって相変わらず荒い息をしている。血の気を失った額には大量の汗が浮かんでおり、少年の身が危険な状態であることを示していた。
「……絶対に……戻ってくるよ。だから待ってて」
ほとんど意識のない少年に向かって、自らの決意を確かめるように少女はそう言うと車から離れて走り出した。勿論、行く先はこの先にある大通りである。携帯電話さえ繋がれば助けを呼ぶことが出来る。それだけを希望の光として、必死に走る。元々走るのは嫌いじゃない。母親が元陸上部だったこともあり、彼女も学校では陸上部に所属しているのだ。だが、ここまで切羽詰まった状況で走ることは流石に初めてだった。だからか、いつもとはまったく違ってそのペースは乱れる一方だった。息が切れ、目眩すら覚えるがそれでも彼女は走ることをやめようとはしない。ここで自分が止まったら少年が死んでしまう。それだけは絶対に避けなければならない。
必死に走り出してからどれだけ経っただろう、ようやく前方に森の切れ目が見えてきた。あそこまで行けば幹線道路まで後少し。そう思って既に限界に近い身体を、足を前へ前へと進めていく。
森を抜けたと同時に少女は足をもつれさせて豪快に転んでしまった。しかし、すぐに身を起こすとポケットの中から携帯電話を取り出す。圏外でないことを確認するとすぐに119へと連絡しようとして、躊躇ってしまう。この場所が具体的に何処であるか説明が出来ないのだ。今まで一度も連れてこられたことがない場所だった上に来る途中は父や母と話ばかりしていたのでまったく周囲を見ていなかった。
「ど、どうしよう……」
今になって周囲をよく見ていればよかったと後悔しても始まらない。何とか助けを呼ばないと。だが、どうすれば?
少女が途方に暮れそうになった時、いきなり彼女の携帯電話が着信メロディを鳴らした。どうやら誰かからか掛かってきたらしい。液晶画面を見て、誰からかを確認すると少女はすぐに通話ボタンを押した。
『よぉ祐名、久し振りだな』
聞こえてきたのは場違いなほど明るい男の声。だが、少女には相手が明るい声であろうと暗い声であろうと構っている余裕はない。
「おじさん、お願い!! 助けて!!」
悲鳴のような必死な声に相手の男は少々面食らったようだ。「うっ……」と声を詰まらせるのが彼女にも解った。
『……今、何処だ?』
少しの沈黙の後、先程の明るい声とは違って真剣味を帯びた声で男が尋ねてくる。
「……解らない! でも、お父さんとお母さんが勤めている研究所の」
『ああ、それなら解る。待ってろ。おじさんがすぐに助けに行ってやる!』
男のその言葉が今の彼女にとってどれだけ頼もしかったか、それを計り知ることは誰にも出来ないだろう。安心しきった少女がその場に倒れ込む。もう限界だった。ここまでの必死の激走と転倒時の衝撃、それに今の安心感が加わって少女の身体のリミッターは完全に外れてしまう。薄れていく意識の中、少女は『きっとこれで大丈夫』と確信していた。

次に少女が目を覚ましたのは、まったく見覚えのない部屋の中でのことであった。
余り広くない上に正直言って綺麗とは言い難い、そんな部屋の中におかれたベッドの上に彼女は寝かされていたようだ。とりあえずベッドから降りると、ここが何処なのかを知る為に部屋から出ようとドアノブに手を伸ばした。部屋の外に出れば誰かいるだろう。そう期待してのことだ。だが、それよりも早く、ドアが開かれ一人の中年男が入ってきた。
「おう、目が覚めたか」
目を覚ました少女を見た中年男はそう言うとにんまりと笑ってみせた。それから少女にベッドに戻るよう促すと、自分も部屋の中に入り、手に持っていたトレイをベッドの上に置いた。トレイの上には簡単なサラダとトースト、そして牛乳の入ったコップがおかれている。どうやら朝食のようだ。
「ほれ、これぐらいしか用意出来なかったけど、食うだろ?」
中年男がそう言って少女を見ると、少女はこくりと頷いた。そして黙ったまま、トーストに手を伸ばす。
少女が朝食を食べ終わるのを待って、中年男が口を開いた。
「一体何があったんだ、祐名?」
中年男の質問に少女がビクッと身体を震わせる。どうしても避けては通れない質問だ。だが、何があの場で起こっていたか、少女には未だにはっきりとは解っていない。むしろ自分が教えて貰いたいぐらいだ。それでも少女はこの中年男に何があったのかを自分に解る範囲で説明する。突如襲ってきた謎の怪物達。炎に包まれる建物。怪物に挑む仮面ライダーと呼ばれる戦士。そして、そこから逃げ出してきた自分達。
そこまで語って、初めて彼女は自分を助けてくれた少年のことを思いだした。
「お、おじさん、一雪は!?」
「ああ、あいつなら無事だよ。ちょっと出血が多かったが、まぁ、何とかな」
中年男はそう言うと、隣の部屋とを遮る壁を指さした。
「隣にいるが……まだ意識不明だろう。会いに行くのはもうちょっとしてからにしておきな」
そう言うと、少女を安心させるように笑みを浮かべる。
それを聞いた少女も安堵の笑みを浮かべて頷いた。

丁度同じ頃、少女と中年男のいる部屋の隣の部屋の中では少女が寝かされていたのと同じようなベッドの上に少年が寝かされていた。少女と違い、彼は負傷していた為、ここに運び込まれた後緊急手術が行われた。その麻酔が今だに効いているのか彼は額に汗をかいていながらもぐっすりと眠っている。
そんな彼の様子を窓の外から見ている影があった。それはあの夜彼らを襲ったあの謎の怪物だった。触手に付いた血の臭いを追って遂にここまで辿り着いたのだ。
謎の怪物はベッドの上の少年を見るとニヤリと笑みを浮かべた。ようやく逃げた獲物を見つけることが出来た。しかもそれだけではなく、他にも獲物となるべきものが大量にいる。邪魔をするものもなく、獲物を取り合う相手もいない。これほど嬉しいことはない。
ベッド上の少年が眠っていることを確認した怪物はそのままするすると上に上がっていく。このビルの屋上に辿り着いた怪物は階段へと続くドアを見つけるとそちらへと向かって歩き出した。ドアノブに手をかけるが鍵が掛かっているのかドアは開かない。何度やってもドアが開かないので、怪物は少し離れると触手を伸ばしてドアをぶち破った。
ひん曲がったドアを脇に放り捨て、階下に続く階段を見る。この下に行けば獲物はよりどりみどり。ここにいる全ての人間の命を奪うことが出来れば上位の奴らにも引けをとることはないほどの力を得られるはずだ。そう思うと思わず笑みがこぼれてしまう。嬉しいという感情を押し殺して、いや、そもそもそう言った感情があるのかどうかも解らないが、とにかく怪物は自らの猟場へと一歩ずつ降りていった。

「うわあああああぁぁぁっ!!」
「きゃああああっ!!」
悲鳴が飛び交い、人々が逃げまどう。
それは最上階から始まっていた。突如現れた異形の怪物、そいつがこの病院の入院患者を次々と襲いだしたのだ。動けるものは何とか逃げだそうとし、動けないものはその魔の手に掛かり命を奪われていく。まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図がそこに展開されていた。
騒ぎを聞きつけた看護婦や医師が何人か最上階に向かっていったが誰一人として戻ってこない。残ったものは何かあったと警察に連絡し、速やかに入院している患者達を避難させはじめた。だが、それは更なる混乱を呼ぶだけだった。我先に逃げようとする患者やその付添達が入り口にひしめき更なる怪我人を生み出していく。動けるものはまだいいが、動けないものとなるとそれはひどい有様だった。眠っていることをいいことに放置されてしまうもの、何とか連れ出そうとして容態が悪化してしまうもの。混乱が混乱を呼び、怪物は未だ最上階にいると言うのに怪我人や死者がどんどん増えていく。
そして、その騒ぎは勿論少女達にも届いていた。
「何の騒ぎだ?」
中年男がそう言って立ち上がりドアを開けてみると、他の部屋にいたはずの人々が我先に階段へと向かっている。どうやら何かあったらしい。そう思った瞬間、非常ベルが鳴り始めた。
「火事か?」
中年男はそう呟くと部屋の中を振り返った。
「祐名は先に行け! 一雪は俺が連れて行く!」
中年男がそう言って少女のいる部屋から出ていった。すぐさま隣の部屋に飛び込むと、未だにベッドの上で眠っている少年の身体をさっと抱き上げる。少年の身体を抱えたまま部屋の外に出ようとすると、隣の部屋にいた少女が駆け寄ってきた。
「おじさん、ダメ! 階段の方、人が一杯で降りられない!!」
「くそっ、なら非常階段……」
中年男がそこまで言いかけた時だった。階段の方からゆっくりと異形の怪物がその姿を見せたのは。
「ひっ!!」
異形の怪物を見て少女が短い悲鳴のような声をあげた。この怪物こそあの夜、最後の最後で二人を追いつめたあの怪物だったからだ。
太陽の光のあるところで見るその姿は、あの薄暗い駐車場の中で見た姿よりも遙かに奇怪に見えた。言うならば人型の表面にびっしりと蔦を生やしたようなもの。蔦人間とでも言えば丁度良いのだろうか、その頭部と思しきところには赤く光る目が二つついている。その赤い目が中年男と少女の姿を捕らえ、キラリと光った。
「な、何だ、あいつ!?」
「あ……あ……あいつは……」
少女の身体が恐怖の余りガタガタ震え出す。
思い出されるのはあの夜の絶望的なまでの恐怖。もはや死を待つ他無いと思われたあの瞬間の恐怖。車のドアをまるで豆腐に箸を差し込むかのように易々と貫く触手をもつ異形の怪人。それが再び自分達の前にやってきたのだ。おそらく自分達を追って。
少女は力を失ったかのようにその場に座り込んでしまった。
「祐名……?」
「……ダメ……もうダメ……」
少女はそう言って俯いてしまう。
「もう逃げられない……逃げても……あいつはあたし達を追ってくる……だから」
すっかり諦めきったような少女の声。
「ば、馬鹿なこと言うな!」
諦観しきった様子の少女に向かって中年男が怒鳴った。
「あんな野郎、この俺が何とかしてやる!!」
そう言うと中年男は抱えていた少年を床に降ろし、側にあった消火器を手に取った。すぐに安全ピンを抜くとノズルを蔦人間に向けてレバーを押す。ノズルの先から勢いよく消火剤が噴射され、蔦人間の目を眩ませた。
「祐名、一雪を連れて逃げろ! 向こうにいきゃ非常階段がある!」
「で、でも、おじさんが!」
「俺のことなら気にするな! こんな奴にやられるほどヤワじゃねぇよ!!」
心配してくれる少女にそう言うと中年男は正面に目を向けた。消火剤の粉末が舞い、真正面は真っ白で何も見えない。勿論、これであの怪物が倒せるとは思っていない。これはあくまで時間稼ぎだ。少女と意識不明の少年を逃がすだけの時間を稼げればいい。
少女が少年を背負って非常階段に向かって歩き出すのを横目で見てから中年男はすっかり空になった消火器を前方に向かって投げつけた。すると、消火剤の霧の中からシュッと何かが飛び出し、消火器を貫いた。
「クッ!」
中年男は何かに貫かれ、宙に固定された消火器を見て舌打ちするとさっと周囲を見回した。何か武器になるようなものがないかを探したのだが、まったく武器になりそうなものはない。その間にカランと言う音がして、消火器が廊下の上に転がった。その音にはっとなった中年男はすかさず自らの身を床に這わせた。ほぼ同時に彼の頭上を触手が通過していく。
触手は壁を大きくえぐり取ると、怪物の方へと戻っていく。
「な、何て威力だよ、おい……」
えぐられた壁を見た中年男が青ざめる。
コンクリートの壁をああも易々とえぐり取る威力の触手。あんなものを食らえば一溜まりもないだろう。図らずも少年と同じような感想を抱く中年男。だが、それは触手の威力を目の当たりにすれば誰だって抱く感想に違いない。
「チッ、こいつは……」
果てしなく厄介だ、と中年男は思う。何せこっちは素手、相手はコンクリートを易々とえぐり取れる触手をもっている上に何だかよく解らない怪物だ。まともにやりあって勝てる相手ではないような気がする。だが、せめてあの二人が逃げ切るまでは何とか時間を稼がないといけない。
中年男は立ち上がるとギュッと拳を握りしめて身構えた。格闘技の心得がある訳でもないし、余りケンカなどもしないが時間稼ぎぐらいは出来るだろう。
「さぁ、かかってきな化け物! この俺が相手になってやるぜ!」
威勢よくそう言った中年男だが、消火剤の霧の中からぬっと姿を見せた蔦人間を見て思わず身体を震えさせてしまった。
元々緑だったところに消火剤の白が混ざり、更に頭部の赤い目が爛々と輝いている。はっきり言って不気味を通り越して怪奇だ。
一体あの二人は何処でこんな奴に狙われる羽目になったのやら。いや、どっちかと言うとあの二人ではなくあの二人の両親だろう。何やら怪しい研究所で怪しい研究をしていたらしいからな。おそらくそれが原因でこんな化け物に狙われるようなことになったのだ。今度会ったら文句の一つも言ってやらないと気が済まない。もっとも会うことが出来れば、だが。
中年男がそんな事を考えている間に蔦人間はするすると足下から触手のような蔦を伸ばしていた。それはまるで意志を持っているかのように中年男の足下に迫るとさっと男の足を絡め取った。
「え!?」
驚く間もなく中年男の身体が宙に舞い上がる。足に巻き付いた蔦を蔦人間が引っ張り、そして振り回しているのだ。中年男がそうと気付くまでそれほど時間はかからなかったが、何にせよこうなったら手遅れである。為す術もなく男は吹っ飛ばされてしまう。
近くにあった部屋のドアをぶち破りながら中年男はその部屋の中へと叩きつけられた。もしぶち破ったのが窓だったら、あのまま地面へと落下、確実に死んでいただろう。身体中がひどく痛むがそれでもまだ室内だっただけ運が良かった方だ。
痛みを堪えて起きあがった中年男だが、その部屋に蔦人間が入ってくるのを見るとすぐさま起きあがり、果敢に飛びかかっていく。とにかく今は時間を稼ぐことだけを考える。その為にはあの蔦人間の動きを止めるのが一番だ。そう思っての行動だったが、あっさりと蔦人間は中年男を振り払ってしまう。
「うおっ!?」
勢いよく振り払われた為に床の上を転がり、中年男は壁に背を打ち付けてようやく止まった。それでもすぐさま起きあがり、また蔦人間に向かって飛びかかっていく。しかしまたあっさりと振り払われてしまい、床の上を転がることになってしまった。
「くうっ!! まだまだ!!」
床に手をついて勢いよく起きあがる中年男だが、そこに蔦人間の触手蔦が襲いかかった。
「なっ!?」
中年男が驚きの声をあげている間に触手蔦が彼の手足の自由を奪ってしまう。ただ縛っただけではなく、ギリギリと締め上げながら。
「くっ……ぐあああっ!!」
中年男の口から苦痛の声が漏れる。手足を締め付ける触手蔦の力は物凄く、このままだと骨まで砕かれてしまいそうだ。いや、それこそがこの蔦人間の目的なのかも知れない。爛々と光る赤い目から感情を読みとることは出来ないが、邪悪な意思だけは理解出来た。
「くううっ……こ、この野郎っ!!」
手足に走る激痛に耐えながら蔦人間を睨み付ける中年男。だが、睨み付けるだけではどうにもならない。だが、その視線の鋭さは、もしもそれだけで相手を殺せるならそれが可能なほどであった。しかし、そんな視線も蔦人間にはまったく通用しない。普通の人間なら多少なりと怯むかも知れないほどの視線を受けても平然としている。元々そう言う感情を持ち合わせていないのだろうか。
「こ、こんな野郎に……」
中年男がそう言いかけた時、蔦人間が新たな触手蔦を伸ばした。その蔦は身動きの取れない中年男の首に巻き付くと彼の手足と同じように物凄い力で締め上げはじめた。
「ぐうううっ!!」
呼吸が出来ずに悶絶する中年男。流石にこれはまずい。呼吸が出来ない上に締め付ける力は半端なものではない。息が出来ずに死ぬのが先か、首の骨が折れて死ぬのが先か。出来ればどちらも遠慮したいところだが、そんな事を考えている余裕もなくなってきていた。
「く……」
意識が朦朧とし始めた。このままでは確実な死が待っている。だが、もはやどうする事も出来ない。男が諦めかけたその時、窓ガラスを叩き割りながら黒いコートにサングラスをかけた男が飛び込んできた。
室内に降り立ったその男は蔦人間と中年男を一瞥すると、コートの内側から大振りのナイフを取り出し中年男の身体を拘束している蔦を次々と切り落とした。そして中年男をかばうようにその前に立ち、蔦人間と対峙する。
「ゲホッ、ゲホッ!!」
ようやく蔦から解放された中年男が激しく咳き込みながら、新たに現れた男を見た。
黒いコートの男はナイフを逆手にもって蔦人間と対峙している。油断無く蔦人間を睨み付けながら、少しずつ蔦人間との距離を詰めているようだ。
「お、おい! お前!!」
中年男が声をかけるが、黒いコートの男はその声をあっさりと無視した。そしてナイフを振り上げながら蔦人間に飛びかかっていく。
蔦人間は自分に向かってくる黒いコートの男に向かって触手蔦を放った。中年男の手足と首を締め上げていたものとは違い、コンクリートを易々とえぐり取る威力のある方の触手蔦だ。これを喰らえばどんな人間でも一溜まりもない。しかし、黒いコートの男はその触手蔦の軌道を冷静に読みとり、持っていたナイフで真っ二つにしてしまう。そしてそのまま男が蔦人間に迫っていくが、蔦人間は後方に軽くジャンプして黒いコートの男の攻撃をかわしてしまう。
「チッ」
小さい舌打ちが聞こえてきた。おそらくは黒いコートの男のものだろう。あの蔦人間には口のようなものは見当たらない。
再び男がナイフを構えて蔦人間に向かって一歩踏み出そうとした時だった。突如天井から蔦が伸び、男の手にあるナイフを叩き落としてしまう。更に床からも蔦が伸び、黒いコートの男の身体を拘束しようとしたが男はとっさに後方にジャンプしてその蔦をかわし、蔦人間と距離を取った。
「……こいつ……」
ギリッと歯を噛み締める黒いコートの男。武器であるナイフは少し前に落ちているがそれを取ることは出来ないだろう。隙を見せればあの蔦が襲いかかってくるに違いない。今は上手くかわすことが出来たが次も上手くかわせるかどうかは解らないのだ。
「……仕方ない……やるか」
黒いコートの男はそう呟くとコートの内側から今度は何か解らないが長方形の箱のような装置を取り出した。それを腰にあてがうとその装置の左右からベルトが伸び、彼の身体に固定される。その次に男が取り出したのは一枚のカードとそのカードを納めるケースのようなもの。すっと手を前に掲げ、ケースにカードを差し込む。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
機械によって合成された無機質な声が室内に響き渡る。
「変身ッ!!」
黒いコートの男はそう叫ぶのと同時に手に持ったケースを腰の固定された装置に差し込んだ。
『Completion of an Setup Code ”Leo”』
ケースが装置に差し込まれると同時にそんな機械的な音声が流れ、続けて装置から光が放たれる。その光は黒いコートの男と蔦人間との間に光の幕のようなものを作り出し、その光の幕には獅子座を象った光点が明滅している。
黒いコートの男がその幕に向かって駆け出し、光の幕を通り抜けると同時にその姿が黒いコートを着た男の姿から銀に光るボディアーマーを身につけた戦士へと変化した。頭部には猫科の猛獣を思わせる仮面をつけた戦士、仮面ライダーレオへと変身した黒いコートの男は駆け出した時の勢いそのままに蔦人間へと向かっていき、強烈なパンチを蔦人間に叩き込んでいく。そのパンチは蔦人間を部屋の中から廊下にまで吹っ飛ばし、廊下の壁へと叩きつけた。
仮面ライダーレオは自ら吹っ飛ばし、廊下の壁に叩きつけた蔦人間を追うように部屋から廊下へと出ようとした。だが、その前に先程彼が助けた中年男が立ちふさがる。
「お、おい、お前……」
「……邪魔だ。どいてくれ」
そう言ってレオが男を押しのけて廊下に出ると、そこに蔦人間の姿はもう無かった。
「しまった!」
素早く周囲を見回すが何処に消えたのか蔦人間の姿は見つけられない。
「おい、お前! 一体何なんだよ、お前と言いあの怪物と言い……」
後ろから中年男が苛立ったような声をあげているが、今はそれどころではない。あの蔦人間をこのまま放置して置く訳には行かないのだ。一刻も早くあいつを倒さなければ、被害者は増える一方になる。
「くそっ……」
姿を消してしまった蔦人間に苛立ちを隠さず、レオがそう毒づいた時、廊下の奥の方から何かがこちらへと向かってくるのが見えた。それは廊下の天井、床、壁を埋め尽くしながらレオと中年男のいる方へと向かってくる。
「チッ!」
レオは舌打ちするとすかさずまだ何か喚いてる中年男の身体を掴み、部屋の中へと舞い戻った。そしてこの部屋に入ってきたのと同じ窓から表へと飛び出していく。
「うおおおおっ!?」
いきなりレオに掴まれ、一緒に宙を舞う事になった男が悲鳴のような声をあげる。だが、それに構わずレオは着地すると同時に掴んでいた中年男の身体を放り出し、自分が飛び出してきた窓を振り返った。するとそこから緑の何かが残っていた窓ガラスを粉々に砕きながら大量に飛び出して来る。それは大量の蔦だった。窓ガラスを突き破って外に飛び出した蔦は空中で人型になるとそのまま降下してきた。
「来たか……今度こそ決着をつけてやる!」
レオが降下してくる蔦人間を見上げてそう言うと、蔦人間はレオに向かって触手を放った。コンクリートをえぐり取り、車のドアすら易々と穿つ威力のある触手蔦が地上にいるレオに襲いかかるがレオはその隙間をぬうようにジャンプしていた。そしてまだ空中にいる蔦人間に鋭い蹴りを叩き込む。
鋭い蹴りを一撃を受けた蔦人間は吹っ飛ばされ、地面へと落下していった。それを横目にレオも着地する。フラフラと起きあがる蔦人間とさっと立ち上がる仮面ライダーレオ。少し距離をおいて対峙する。
蔦人間はレオに向かってすっと左手を突き出した。そこからまたしても触手蔦が伸びていく。今度は先程とは違い、極細の絡みつくタイプの蔦である。レオの動きを封じようと言うつもりなのか、そんな極細の蔦が目にも止まらぬ速さでレオに向かっていく。
「くっ!?」
流石のレオも極細の蔦の速さには追いつけなかったらしく、あっと言う間に手足を絡め取られてしまった。
それを見るや否や蔦人間は左手をぐっと自分の方へと引き寄せた。途端にバランスを崩してレオが転倒してしまう。次いで蔦人間は蔦の伸びている左腕を振り回しはじめた。蔦によって繋がっているレオも蔦人間の左腕の回転と一緒に大きく振り回されてしまう。
「ウオオッ!」
遠心力が最大になったあたりで蔦人間はレオの手足を絡め取っている蔦を切り離した。勢いよく吹っ飛ばされるレオ。そのまま建物の壁に激突、壁をぶち破ってその中へと倒れ込んでいく。
コンクリートの分厚い壁をぶち破ってしまったのだ。そのダメージはかなり大きいだろう。事実レオは倒れたまま起きあがってこない。
蔦人間はこれで仮面ライダーレオを倒したと思い、その赤い目を近くで腰を抜かしたように座り込んでいる中年男へと向けた。余り美味そうにも見えないがそれでもないよりはマシだ。あの仮面ライダーを相手にするのに少し消耗しすぎた。少しでも補給しないと。一歩一歩中年男に向かっていく蔦人間。
「う……うわぁぁぁっ!!」
悲鳴を上げながら下がろうとする中年男だが、身体は言うことを聞かない。自分の身が危ないという恐怖、仮面ライダーが倒されてしまったという絶望、それらが彼の身体を硬直させているのだ。
蔦人間が中年男の目の前まで到達する。赤い、感情の無い目で中年男を見下ろす蔦人間。ゆっくりと右腕を振り上げていく。それは男にとって死を告げるギロチンの刃のようなもの。ただ、見上げることしか男には出来ない。
蔦人間がその右手を男に向かって振り下ろそうとした時、その手を後ろから何者かが掴んだ。驚いたように蔦人間が振り返ると同時にその顔面に拳が叩き込まれる。その一撃にふらつく蔦人間。そこに更なるパンチを叩き込んでいったのは先程倒されたはずの仮面ライダーレオであった。
「さっきはやってくれたな」
吹っ飛んだ蔦人間を睨み付けながらレオが言う。心なしかその言葉には怒りが込められているように感じられた。
「今度はこっちの番だ」
レオはそう言うとまだ倒れている蔦人間に向かってゆっくりと歩き出した。
その足音を感じ取ったのか、蔦人間がいきなりむくっと身を起こし、右手を太い触手蔦に変えて大きく振りかぶり、一気に振り下ろした。今までの触手蔦とは違い、その太さたるや人間の腕並である。おそらく破壊力もこれまで以上なのだろう。そんな触手蔦がレオの頭上から襲いかかっていく。
だが、レオはさっと片足を引いて半身になっただけでその触手蔦をかわしてしまった。そして地面に叩きつけられた触手蔦を思い切り踏みつけた。いや、ただ踏みつけただけではなく、レオはその蔦の上を走り出し、一気に蔦人間との距離を詰めていく。
蔦人間が慌てて右腕を振り上げレオを振り落とそうとしたが、それよりも早くレオは蔦人間まで到達しておりその顔面に向かって強烈な前蹴りをお見舞いする。仰け反りながら吹っ飛ばされる蔦人間。
そこに向かってレオはジャンプし、大きく片足を振り上げると蔦人間に向かってその踵を振り下ろしていく。
踵による一撃を受けた蔦人間はその衝撃に身体を九の字の折り曲げ、そして地面に叩きつけられた。これは蔦人間にかなりのダメージを与えたらしく、地面の上で蔦人間はその身体をピクピクと震わせている。と、その姿が人型から徐々に崩れはじめた。
それを見たレオが慌てて蔦人間の元に駆け寄るが、蔦人間はそれよりも先に人型を完全に捨て去ってしまう。
「くっ……逃がしたか?」
蔦人間が消えたあたりの地面を見渡すレオだが、何処にも蔦人間の痕跡がない。どうやら本当に蔦人間を逃がしてしまったらしい。あそこまでダメージを与えておいて逃がしたのは不覚だと思いながらレオが顔を上げる。その足下で蔦が不気味に蠢いていることにはまったく気付いていない。
「おい、足下!!」
中年男の叫び声が響いた。彼は未だに座り込んでいたのでレオの足下に蠢く蔦に気がつけたらしい。
その声にはっとなったレオが地を蹴ってジャンプする。ほぼ同時にレオの足ともで蠢いていた蔦が人型を為し、ジャンプして宙に逃げようとしたレオの足に触手蔦を絡みつかせようとした。だが、それは辛うじてレオの足に届かない。
着地したレオは再び人型になった蔦人間を睨み付けるようにして対峙した。蔦人間の方も感情の無い赤い目でレオの方をじっと見つめている。互いの視線が交錯し、同時に両者が駆け出した。蔦人間とレオが交錯し、場所を入れ替えてから互いに振り向きあう。今度は睨み合うこともなく、蔦人間がその身体から触手蔦を放った。同時に三本、触手蔦がレオを襲うが、その全てをジャンプしてかわしたレオはそのまま空中で身体を丸めて一回転、そして右足を突き出してキックを叩き込む。
レオのキックをまともに喰らった蔦人間が大きく吹っ飛ばされるが、それでもすぐにフラフラとしながらだが起きあがった。そしてよろけながらも左手を前に突き出し、そこから極細の触手蔦をレオに向かって放つ。
だが、それはレオも想定していたようで蔦人間が左手を突き出すと同時に大きくジャンプして、蔦人間を飛び越えた。蔦人間の背後に着地すると同時に左腰にあるホルスターのような所から一枚のカードを取り出す。そして、そのカードを左手につけられている手甲にあるカードリーダーに通した。
『”Leo Minor” Power In』
機械的な音声が流れ、レオの前に光のカードが現れる。それに描かれているのは子獅子座の星座図。そこに向かってレオが右手を突き出すと、光のカードはレオの右手に吸い込まれるようにして消え、代わりに彼の右手が光に包まれた。
「ウオオオッ!!」
雄叫びをあげてレオの右の拳が放たれる。光に包まれたその拳が与える破壊力は今までのものとは比べものにならない。振り返ろうとした蔦人間に命中した光の拳は、蔦人間の身体を構成している蔦を一部焼き切りながら蔦人間を吹っ飛ばした。
「これでとどめだ」
吹っ飛んだ蔦人間を見たレオはそう言うとベルトの装置に納められていたカードを取り出した。それをすっと前方に投げると彼が変身した時のように、光のカードがそこに現れる。勿論、そこに描かれているのは獅子座の星座図だ。
等身大の光のカードに向かって走り出すレオ。蔦人間は丁度その向こう側にまだ倒れている。レオが光のカードをくぐり抜けると、光のカードは消え、レオの全身が光に包まれた。
「喰らえ、”獅子の一撃”!」
レオはまるで猛獣が獲物に襲いかかるかのように軽くジャンプしながら必殺のパンチを蔦人間目掛けて叩き込んだ。パンチが蔦人間に命中した瞬間、レオの全身を包み込んでいた光が彼の右腕を通じて一気に蔦人間に向かって流れ込む。そして次の瞬間、蔦人間は弾かれるようにして吹っ飛ばされてしまった。
次いで起こる大爆発。その爆発がおさまった後、そこに蔦人間の姿はなく、代わりに小さな水晶玉が転がっていた。その水晶玉を拾い上げる仮面ライダーレオ。
「地刑星か……小物だな」
水晶玉を見ながらそう呟くとレオはその変身を解き、黒いコートの男へと戻った。そして手に持った水晶玉をコートのポケットに突っ込み、ゆっくりと歩き出す。
「お、おい! そこのお前! ちょっと待て!」
後ろの方からそんな声が聞こえるが黒いコートの男は歩みを止めなかった。とりあえず事態は解決した。ここに長居する理由はもう無い。
「ちょっと待てって言ってるだろう!!」
苛立たしげな声がして、肩を掴まれる。その手を振り払いながら黒いコートの男はようやく歩みを止め、そして振り返った。そこにいたのは彼の予想通り蔦人間に襲われていた中年男である。
「説明してくれ。一体あの化け物は何なんだ? それにお前も、何で変身なんか出来る?」
「……答える必要はない」
中年男の質問に素っ気なく答える黒いコートの男。
「納得がいかないな。俺はあいつに殺されかけたんだ、少しぐらいは……」
「納得しろとは言わない。だが、あんたは結果的に助かった。これ以上首を突っ込むな」
それだけ言うと黒いコートの男はまた歩き出した。これ以上下らない話に付き合っている暇はない。まだやらなければならないことはたくさんあるのだ。時間はいくらあっても足りないくらいに。
「おい、お前!」
また中年男が声をかけてきた。
「とりあえず礼だけは言っておく。助けて貰ったしな」
中年男のその発言に黒いコートの男は口元をニヤリと歪ませた。どうやら笑みを象っているらしいが、余り上手く出来てはいない。だが、そんな事はどうでもいい。あの男には見えていないのだから。
黒いコートの男はそのまま何処かへと去っていき、その場には中年男だけが残された。そこに先程の爆発音を聞きつけたのかわらわらと人がやってくる。その中に彼が逃がした少女と少年の姿を見つけ、中年男は二人の元に駆け寄っていった。
「おじさん!」
少女が無事だった中年男に思わず飛びつく。
「……大丈夫だったの、北川のおじさん?」
そう言ったのは先程まで麻酔によって眠っていたはずの少年だった。まだ余り顔色はよくないが立って歩けるぐらいには回復していたらしい。
「まぁ……何とかな。お前らも無事でよかった」
中年男はそう言って笑みを浮かべた。今自分が無事にこの二人と会えたのはまさに先程までここにいたあの黒いコートの男のおかげだろう。一体何者なのかは解らないがとりあえず感謝するべきかも知れない。少々むかつく奴ではあったが。

再会を喜ぶ三人だが、まだ彼らは知らなかった。自分達が何に巻き込まれたのか、これからいかなる運命が待ち受けているのか、その先に待っているものが何であるか。
全てはまだ始まったばかりなのだ。

仮面ライダーZodiac]U

Episode.01「襲来−What attacks and comes−」
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