果たして一体今、自分の目の前で何が起きているか。
 呆然とした面持ちで少年は自分のすぐ側で繰り広げられている異形の者達の戦いを見つめていた。片や六本の腕に全身を黒い体毛で覆った蜘蛛人間。片や全身を半光沢の皮で包み、更にその上から金属的な感じのプロテクターを纏った髑髏仮面。二体の異形が目にも止まらない程の速さで駆け、跳び、そして殴り合っている。
 少年にわかるのはこの二体の異形が敵同士であると言うこと。特に蜘蛛人間の方が髑髏仮面を敵視しているようで、この場に誘い込んできたのも蜘蛛人間の方だった。
「フフフフフ……死ね、仮面ライダー!」
 蜘蛛人間が吼え、髑髏仮面に向かって跳躍する。その姿はさながら本物の蜘蛛そのものだ。更に空中から髑髏仮面に向かって白い糸を吹き付けていく。どうやらそれで髑髏仮面の動きを封じようと言うつもりらしい。
 だが、髑髏仮面はそれを承知していたかのように後方に跳び下がるとそこから上へと大きくジャンプした。その速さと高さは、着地した蜘蛛人間が思わず見失ってしまう程だ。
 そしてその直後、空中に少年が見たことのない魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣が黄金の光を放つと同時に、その中から髑髏仮面が急降下してきた。右足を突き出し、キックの体勢を取りながら。更に髑髏仮面の飛び出してきた魔法陣がその場から一気に地上へと降り、蜘蛛人間の周囲に展開する。
「ぐっ!? し、しまった!!」
 慌てて逃げ出そうとする蜘蛛人間だったが、どうやらその魔法陣には相手の動きを阻害する効果があるらしく、蜘蛛人間はピクリとも動けなかった。
「ライダー……キックッ!!」
 髑髏仮面がそう叫び、蜘蛛人間に向かって一気に急降下する。髑髏仮面の突き出した右足が蜘蛛人間に後少しと迫った時、不意に蜘蛛人間の動きを止めていたはずの魔法陣が光を失い、消えてしまう。それによって体の自由を取り戻した蜘蛛人間が慌てて横へと転がろうとする。しかし、そこに髑髏仮面の急降下キックが直撃した。
 次の瞬間、物凄い衝撃波が起こり、じっと蜘蛛人間と髑髏仮面の戦いを見ていた少年の身体を軽々と吹っ飛ばした。地面を転がり、何とか地面にしがみつくようにして止まった後、少年が顔を上げるがそこは土煙がもうもうと立ち込めていて何も見えない。だが、その中にゆらりと蠢く人影を見つけた。果たしてあれは蜘蛛人間なのか、それとも髑髏仮面なのか。
「くうっ……覚えておけ、仮面ライダー! この借りは必ず返すぞ!!」
 聞こえてきたのは悔しげな蜘蛛人間の声。それも最後の方が遠くなっていたことから、どうやらこの場から蜘蛛人間は逃げていったらしい。
 恐ろしい異形同士の戦いはとりあえず終わったようだ。それに安堵したかのように少年がふっと気を緩めると、いきなり目の前に手が突き出されてきた。蜘蛛人間は逃げ出したが、この場にはもう一人、髑髏仮面がいたのだ。それを思い出し、ぞっとなる少年だったが、彼の前にいたのは黒髪の青年だった。
「大丈夫か?」
「あ……は、はい」
 そう声をかけてくる青年に少年はおずおずと答え、彼の手を取って立ち上がった。青年の向こう、土煙の立ち上っていた方を見ても、そこに髑髏仮面の姿はない。そこにあるのは大きく陥没した地面とおそらくは蜘蛛人間のものであろう黒い体毛に覆われた不気味な腕が三本だけ。
 そこから少し離れたところには少年の幼馴染みの少女が気を失ったまま倒れている。
「……あ、あの……」
 少年が恐る恐るという感じで青年に声をかけた。彼はおそらく蜘蛛人間の逃げていった方であろう、森の奥をじっと険しい表情で睨み付けていたが、少年の声にすぐに振り返った。
「何だ?」
 少しだけ表情を和らげ、青年は少年に問う。
「……あなたは……何者なんですか?」
 まるでなけなしの勇気を絞り出すかのように、おずおずと少年が尋ねた。
 少年は既にこの青年が髑髏仮面に姿を変えるところを二度も見ている。更に彼がこの世界にはない魔法を使うところも。故にこの質問も彼にとっては当たり前のことだろう。
 果たしてこの青年が自分にとって敵か味方か。この世界にとって彼は一体どう言う存在になるのか。それらを含んだ上で、彼の正体を知りたいと少年は思ったのだ。
「俺は……そうだな、俺は”仮面ライダー”だ。少なくても前にいた世界じゃそう呼ばれていた」
 そう言って青年はニヤリと笑うのだった。
 
仮面ライダーマギウス
Episode.U Invader from the different world
 
 ルイン=ヴェルド=サンドリュージュはじっと隣に並んでいる青年の顔を見つめていた。
 自ら”仮面ライダー”と名乗ったこの青年は近くで気を失っているルインの幼馴染みの少女、シャルル=ヴィルヌール=ド=カストゥルモールを背負うと、ルインを促してこの場を足早に立ち去った。そして彼とシャルルが乗ってきた馬のところまでやってくるとまずシャルルを彼女の乗っていた栗毛の馬に乗せる。それからルインにその馬に乗るように言い、自身はルインの愛馬である黒毛の駿馬に跨り、このブルーニュの森を出たのだ。今はゆっくりと馬を歩かせながらルインの実家へと向かっている。
「あの……」
「ん?」
 青年に向かって声をかけるルイン。
「色々と聞きたいことがあるんですけど、とりあえず先にお礼を言っておこうと思って。森の中でゴブリンに襲われていた僕たちを助けてくれたから」
「……別にいいさ。あのままお前らが殺されたら次は俺の番だ。まぁ、起きていたら俺一人なら何とでもなったと思うが」
「そ、そうですよね……すいません」
「……謝る必要はない。お前とそこのお嬢ちゃんが頑張ってくれたから俺は意識を回復出来た。むしろ礼を言わなければならないのは俺の方だ」
 青年にそう言われ、ルインは少し驚いたように改めて彼の方を見た。そこに浮かんでいるのは柔和な笑み。
「それよりももっと聞きたいことがあるんだろ、お前?」
「あ、い、いえ、それは……」
「わかるさ。話ならゆっくりとしてやる。とりあえず落ち着けるところまでいけたら、だけどな」
 そう言って青年がチラリと後方を振り返る。その視線の先にあるのはブルーニュの森と呼ばれている小さな森だ。ルインとシャルルが青年と出会った場所。そして謎の蜘蛛人間と遭遇した場所。青年が警戒しているのはあの蜘蛛人間が自分たちを追ってきていないか、と言うことなのか。
「あの蜘蛛の化け物、逃げていったんじゃ……」
「いや。あの程度の傷ならすぐに回復してくるだろう。問題は俺の方だ。どうやらこの世界じゃ俺の力が少し弱まっているみたいだしな」
 青年の視線に気付いたルインが身体をびくりと震わせながらそう言うのに、青年は小さくため息をつきながら返した。それを聞き、ルインが更に驚いたような顔をする。
「力が弱まっている!? あれでですか!?」
 青年が変貌したあの髑髏仮面。彼自身は力が弱まっていると言うが、ルインの眼からしたらその力は驚異であり、そして脅威としか言いようのないものだった。幾多のゴブリンを相手に武器も持たず、その拳はゴブリンの頭蓋をいとも容易く砕き、その膝はゴブリンのガードしようとした腕をいとも容易くへし折る。更にその足は筋骨隆々な重戦士が扱う戦槌のごとくゴブリンを屠っていく。あれだけの力を見せながらも、それでもその力が弱っているという。では一体本当の力というのはどれほどのものなのか。考えただけでも恐ろしい気がした。
「まだこの世界に慣れていない所為だろう。本来の力が出せればあの蜘蛛野郎を逃がすことはなかった」
 冷静な口調で青年が言う。
「あの……あなたは本当に別の世界から来たんですか?」
 青年の口振りやこの世界にない魔法を使ったことから、ルインは彼がこの世界の人間ではないと考えていた。当人がはっきりとそう言った訳ではないので、あくまでルインの想像でしかないのだが、可能性はかなり高いだろう。大体髑髏仮面のような異形に姿を変えることの出来る人間がこの世界にいると言う話は御伽話にも聞いたことがない。
「ああ、そうだ。俺はこの世界の住人じゃない。まぁ、前にいた世界の住人でもないんだが」
 最後の方は小さく呟くような声だったので上手く聞き取れなかったが、それでもルインは自分の考えが当たっていたので、その件についてはそれ以上は何も言わなかった。本当を言えば一体どの様な手段を使ってこの世界へとやって来たのか、どうしてこの世界にやってきたのかなど色々とまだ聞きたいことがあるのだが、先程「落ち着いたらゆっくりと話してやる」と青年自身が言っていたのでそれを待つことにしたのだ。
 しかし、もう一つだけ、どうしても聞いておきたいことがルインにはあった。そっと青年の方を窺いながら、質問を口にするタイミングを計る。
 すると、ルインの視線に気付いたのだろう、青年が訝しげな顔をして彼の方を振り返ってきた。
「何だ?」
「あ、い、いえ……その……もう一つ質問してもいいですか?」
「話なら後でしてやるって言わなかったか?」
「そうなんですけど……どうしても聞いておきたいことがあって」
 青年の視線に射竦められたように、恐る恐る言うルインに青年はため息をつく。どうやらこのルインという少年、結構好奇心が旺盛らしい。無視してもいいのだが、そうすると何時までもじっとこちらを見ているだろう。それはそれで鬱陶しかったので青年は無言で彼を見返した。質問を受けるという仕草だ。
「えっと……”カメンライダー”……って言っていましたよね? 一体それって……」
「仮面ライダーは仮面ライダーだ。それ以上でもそれ以下でもない。まぁ、あえて言うなら巨大な悪に立ち向かう孤独なヒーローってところだ」
「ヒーロー……ですか?」
「英雄、みたいなもんだ。もっとも俺自身はそんないいものじゃないんだがな」
「英雄……この世界を救う英雄ですか?」
 少し考えた後、何気なくと言う感じのルインの質問に青年は少し驚いたように彼の方を見た。やや険しげな視線を含ませながら。
「あ、いえ、その……伝説があるんです。この世界に大いなる闇が襲い掛かる時、遙かなる彼方より伝説の英雄が現れ、その闇を打ち払うって言う」
 自分に向けられた青年の視線に、多少ならず怯えの色を浮かばせながらもルインは何とかそう答える。
「ただの御伽話よ、そんなの」
 不意にルインの背中からそんな声が聞こえてきた。青年がそちらに視線を向けると、今まで気を失っていたはずのシャルルがいつの間にか目を覚ましており、じっと青年の方を見つめている。
「シャルル? 何時気がついたの?」
 驚いたようにルインが後ろを振り返ろうとするが、その背中にぴたっとシャルルがくっつき、彼を振り返りさせない。ちなみにそうしているシャルルの顔は熟したトマトのように真っ赤だった。
「か、勘違いしないでよねっ! ここで振り落とされでもしたら怪我しちゃうでしょっ! だからなんだから!」
 ルインの耳元で大きい声で怒鳴るように言うシャルル。その声があまりにも大きかった所為か、ルインが手綱を持っていた栗毛の馬が驚いたように前足を振り上げ、それから一気に駆けだした。
「う、うわわっ!」
「きゃあっ!!」
 栗毛の馬に乗っていた二人がほぼ同時に悲鳴のような声をあげる。それでもルインが慌てた様子だが手綱を握りしめ、更にその彼の背にシャルルがギュッとしがみつくことによって二人は走る馬の背中から振り落とされることを何とか免れた。そしてルインが何とか馬を落ち着かせ、一旦その足を止めさせる。
「大丈夫か?」
 数百メートル程走って、ようやく足を止めた栗毛の馬の側に黒毛の駿馬に乗った青年が近寄ってきた。
「は、はい、何とか」
 大きく肩を上下させながら答えるルイン。その後ろではまだシャルルが彼にギュッとしがみついている。硬く目を閉じ、その身体を小刻みに震わせながら。
「シャルル、もう大丈夫だよ」
 ルインがそう言うが、シャルルはその手を離そうとはしなかった。チラリと青年の方を見ると、彼はただ肩を竦めただけ。どうやらこの状態から脱するのを手伝ってはくれないらしい。ルインは小さくため息をつくと、再び馬を歩かせ始めた。
「で、何処へ向かっているんだ?」
 先に動き出したルインの馬に追いつくなり、青年が尋ねてくる。
「僕の家ですよ」
 ついさっき自分を助けてくれなかったことを根に持ったのか、ルインの返事は素っ気ないものだった。その事に苦笑しつつ、青年はルインの後を追って黒毛の駿馬を走らせる。そしてルインはとうとう、彼の家に辿り着くまで一言も口を聞くことはなかったのだった。
 
「何だ、これ……?」
 目の前にそびえる巨大な門を見上げ、呆然としたように青年が言う。
「これは家って言うか城だろ?」
「家ですよ、歴とした」
 少しムッとしたようにルインが言い返してくるのに青年は小さくため息をついた。この、まるで城門のような巨大な門を有している家に住んでいるらしいこの少年、どうやらかなりのお坊ちゃんらしい。もっともそれは着ている服や、彼のものらしいこの黒毛の駿馬を見ても十分見当の付くものであったが。
「ルインの家は代々武門の家系だから。この屋敷も城塞のようになっているのよ」
 当のルインに変わってそう説明したのは彼の背にいるシャルルだ。流石にもうギュッと抱きついてはいない。腕を彼の腰に回し、振り落とされないようにしているだけだ。
「城塞か……確かにその通りだな」
 城門の前には人工的なものだとわかる堀が、浪波と水を湛えている。門へと続く橋を上げれば攻め込むのはかなりの重労働になるだろう。
「もっとも最後に戦争なんかが起きたのはもう何十年も前の話よ。ルインのお父様もまだ子供で戦場には出ていなかったって言うし」
「だろうな。何となくだがわかる気がする」
 そう言って青年はルインの方をチラリと見た。武門の家系に生まれた割には線が細すぎる。これでは満足に剣も振れないだろう。もし、ここが戦時であるならば彼のような少年が自由に外には出れないはずだ。
「とりあえず入りましょう」
 ルインがそう言い、栗毛の馬をゆっくりと進ませる。青年がそれに続き、門の内側に入ると、二頭の馬が足を止めた。そこに慌てた様子で駆け寄ってきたのは、おそらくルインの家に召し抱えられている召使いなのだろう。馬から下りたルイン達に代わり、栗毛の馬と黒毛の駿馬の手綱を持って馬小屋の方に引っ張っていく。
 手持ち無沙汰そうにその様子を見ていた青年だが、ルインが呼ぶ声に反応して彼の方を見た。
「どうしたんですか?」
「ああ、いや……」
 何でもないという風に肩を竦めてみせ、青年はルインやシャルルの方に向かって歩き出す。二、三歩程進んでから彼はいきなり足を止めた。そして前方をじっと睨み付ける。
 一体何事かと驚いたのはルインの方だ。こっちに向かっていた青年がいきなり足を止め、思い切り睨み付けてきたのだから。彼の視線には殺気すら込められているように感じられた。果たして、自分は彼の気分をそこまで害するようなことをしたのだろうか。先程、馬上でシャルルに思い切り抱きつかれていたのを助けてくれなかったことで、少々拗ねてみたものの、その程度でそこまで起こるはずはないだろう。それ以前に怒るならばその時に怒っているはずだ。では一体どうして今になって?
 ルインのその疑問はすぐに晴らされた。彼の前方、彼が家であると言い放った屋敷の入り口の方から一人の鎧を着た若い男がずんずんと近寄ってきていたからだ。その若い男も青年に負けず劣らず、鋭い殺気のようなものを全身から醸し出している。
「兄さん……?」
 ずんずんと、歩みの速さを落とすことなく近付いてくるのはルインの兄であるリオン=ヴィサーブ=サンドリュージュ。ルインにとっては八つ年上の、サンドリュージュ家の次男。王都警備隊の一部隊を任されている若きエリート騎士である。
 彼は真っ直ぐにルインの側までやってくると、何も言わずに彼を抱きしめた。
「心配したぞ〜っ、ルインッ!! 聞いたところによるとブルーニュの森に行っていたそうじゃないかっ!! あそこはゴブリンの一団が住み着いて危ないと言っておいただろうにっ!」
「に、兄さんっ!?」
 弟を抱きしめるなりそう言うリオンに抱きしめられている当人であるルインは戸惑ったような声をあげる。
「それにこんな遅い時間になって……俺や父上がどれだけ心配したと思っているんだっ!!」
「お、遅いって……まだ日が暮れてすぐだよっ!」
 如何にも心配していた、と言う風な兄の口調にそう言い返すルインだが、彼の兄は彼の言葉を聞いていなさそうだ。更にギュッと彼のことを強く抱きしめている。
「なぁ……あの兄弟はいつもあんな感じなのか?」
 少し離れたところでルインを抱きしめているリオンを微妙な視線で見ていた青年が隣に立っていたシャルルに問いかけた。すると彼女は小さく肩を竦めてみせる。
「ルインは見ての通り身体つきも細いし、昔は病弱だったから。おじさまや二人のお兄さまには物凄く可愛がわれていたわ」
「成る程」
 シャルルの説明を聞いて、青年は納得したように頷く。
 しばしの間、二人の様子を見つめていたが、このままだと事態がまるで進展し無さそうだと判断したシャルルは二人の側へと歩み寄っていった。
「あの……リオンお兄さま?」
 貼り付けたような笑みを浮かべ、ルインを抱きしめている彼の兄に向かって呼びかける。すると、少し驚いたような表情を浮かべてリオンが彼女の方を向いた。どうやら彼女がいたことにまるで気がついていなかったらしい。
「……おお、これはカストゥルモール公のお転婆娘ではないか!」
 リオンはそう言うと抱きしめていたルインを離し、シャルルの肩を叩いた。その力があまりにも物凄かったせいか、シャルルの表情が引きつる。しかし、リオンはそんなシャルルにまるで気がついていないようで、豪快に笑っていた。
「はっはっは、その様子だと相変わらずお転婆のようだな! 今日もまた弟を振り回していたか!」
 言いながらバンバンとシャルルの肩を何度も叩くリオン。叩かれている方のシャルルの顔は、やはり引きつり気味の笑みを浮かべていたが、それも段々青ざめてきている。それにリオンは全く気がついていない。
「に、兄さんっ!」
 シャルルの顔が本当に青くなってきたのに先に気付いたのはルインだった。慌てたような声をあげて彼女の自分の方へと引き寄せる。
「ダメだよ、兄さん。兄さん、ただでさえ力が強いのに、そんなにバンバン叩いたらシャルルの肩に痣が出来ちゃうよ」
「……? おお、これは済まなかったな、シャルル! 何、心配するな! いい薬師が来ているからな! そいつにすぐに薬を用意させよう!」
 初めは何のことかわからないという風に怪訝な顔をしていたリオンだが、もはや涙目になっているシャルルを見た途端、全てを理解したという風に豪快に笑ってみせた。しかし、反省した様子はない。細かいこと、些細なことにあまりこだわらない性格なのだろう。
「全く……」
「まぁ、そう言うな! ところで……あいつは誰だ?」
 全く反省した様子のない兄にため息をつくルイン。そんなルインにリオンは少し離れたところに立っている青年を指差し、尋ねた。
「あ、あの人は……」
「私達を助けてくれた人ですわ、リオンお兄さま」
 青年のことをどう説明しようか、ちょっと言い淀んだルインに代わってシャルルが言う。
「ブルーニュの森でゴブリンに襲われていたところに現れて、私達をゴブリンの手から救い出してくれた命の恩人です」
「成る程、そうか!」
 リオンはそう言うと青年の方へと歩み寄ってきた。それからすっと右手を彼の方に差し出す。
「どうやら弟たちの危機を救ってくれたみたいだな! 感謝する!」
「……成り行きだ。感謝される程の事じゃない」
 如何にも豪快そうな笑みを浮かべてそう言うリオンに青年はぶっきらぼうに言い返す。
「おお、これはこれは! また随分と謙虚な男だな!」
「それよりも聞きたいことがある。お前のところは武門の家系とあそこのチビから聞いたが、あんな線の細い、如何にもひょろひょろの奴にまで剣を持たせているのか?」
 そう言って青年がルインの方を向いたので、それにつられるようにリオンも弟の方を向いた。確かにルインは線の細い、如何にもひ弱そうな少年だ。剣を持っても、逆に剣に振り回されるだろう。
「うむ。あれでも我がサンドリュージュ家の一員だからな! 剣を持つのは嗜みというものだ!」
「あんなクズ同然の剣を持たせておいて良く言う」
 青年はそう言うとリオンに詰め寄る。
「あいつが持っていた剣は戦闘に耐えれるような代物じゃないことはお前達が良く知っていたはずだ。なのにそれをあいつには教えずに持たせていた。あいつだって男で、それに武門の家系ならいざとなれば自らが先陣を切って戦うことを簡単に決意するだろう。事実、そうだったしな」
 じっとリオンを睨み付けるようにして、青年はそう言い放った。
「今回は偶々その場に俺がいたから良かったものの……あいつが死んでいたら一体どうするつもりだったんだ? あいつは何も知らず、クズ同然の剣で勇敢に戦い、あのチビと一緒に死んだだろう。もしあいつが自分の持っている剣が戦闘には到底耐えられないクズだとわかっていたら別の選択肢を選べたはずだ。逃げる、とかな」
「ふん、何を言うか! 我がサンドリュージュ家は武門にて今の地位を得た家系! 勇敢に戦い、そして死することこそ誇り! 敵に背を向け、生き恥を晒すはもっとも情けなきこと!」
 リオンはあっさりとそう言い、青年を馬鹿にしたように見下ろした。彼はルインと違って、かなり体格も良く背も高い。普通にしていても青年を見下ろせるぐらいだ。その彼があえて青年を見下ろしているのは、青年を威圧する為か。
「生き恥か……馬鹿らしい。生き延びること以上に大切なものがあるか。そんなくだらん誇りなど捨ててしまった方がいい」
 青年は不敵な笑みを浮かべながらリオンに言い返す。どうやら彼はリオンの威圧などものともしていないらしい。
「貴様……その言葉、我がサンドリュージュ家を愚弄するつもりか?」
 リオンの顔に明らかに不愉快そうな皺が刻まれる。青年の返答次第ではこの場で叩き斬る、そう言わんばかりの表情だ。
「愚弄するつもりなんか無い。俺が言いたいのは、くだらん誇りなんかの為に死ぬのは馬鹿らしいって事だけだ」
「貴様、ルインの命の恩人だと思って黙っておればいい気になりおって!」
 そう言うが早いか、リオンは青年を突き飛ばし、すぐさま腰に帯びていた剣を引き抜いた。殺気を帯びた視線で青年を睨み付けながら、剣を構える。
「黙ってって、あんたいちいち言い返してたじゃねぇか」
「黙れ! 散々我がサンドリュージュ家を愚弄したその舌、叩き斬ってくれる!」
 リオンがそう言って剣を振り上げたのを見て、青年もすっと身構えた。空手か拳法の経験でもあるのだろうか、彼の構えはなかなかに堂に入ったものがあり、そこに隙は見えない。
「むう……貴様、武器は持たないのか?」
 青年の一部の隙もない構えを見て、リオンは眉を寄せる。剣や槍、斧などの武器を持たずともこの自分と渡り合えるというのか。いや、それよりも気になるのは、あの全く付け入る隙の見えないあの構えだ。
 見たことのない構え。無手による戦闘術なのだろうが、あのような構えは見たことがない。右足を後ろに引き、半身になりつつ、左手は軽く開いたまま少し前に突き出している。膝は軽く曲げていつでも前に飛び出せるようにし、残った右手は腰に引き寄せ。
(何だ……あいつは……?)
 リオンも武門の家系に生まれた以上、剣や槍、斧などの武器による戦闘術以外にも一応素手による格闘術は学んでいる。だが、それはあくまで戦場で武器を落とした時などの緊急措置的なもので、それだけで戦うようなものではないはずだ。
 しかし、リオンの目の前に立つ青年は無手での戦闘術で自分に挑もうとしている。しかも彼の見たことの無い無手での戦闘術。一分の隙もない見事な構え。今、相対しているこの青年はどうやら徒者ではないらしい。その事がリオンの心に火をつけた。
「少しは楽しませて貰えそうだな! 行くぞ!」
 リオンはそう言うと大きく振り上げた剣を、一歩前に踏み出しながら振り下ろした。唸りを上げて振り下ろされる剣を青年は半歩左に動いてかわす。目の前ギリギリを通過する剣には目もくれず、青年は一歩前へと踏み込んだ。そしてリオンの胸に向かって拳を突き出す。しかし、その拳はリオンが着ている鎧によって阻まれてしまう。
「むうっ!」
「ちぃっ!」
 リオンは青年にあっさりと懐に入られた上に拳による一撃を胸板に貰ったことで、一方青年は拳による一撃を鎧によって阻まれたことに、それぞれ唸り声と舌打ちを漏らす。そしてすぐさま青年は数歩後方へと跳び下がった。
 下がった青年を睨み付けるように見据えながら、リオンは口元に笑みを浮かべた。継いで、剣を大きく振り上げながら地面を蹴って一気に前に飛び出す。
 青年との距離を一気に詰めたリオンが大上段に振り上げていた剣を恐ろしい程の勢いで振り下ろす。だが、そんな大振りの一撃を読めない青年ではない。先程と同じく半歩だけ身体をずらしてその剣をかわすが、何かに気付いたように後ろへと跳び下がった。直後、つい先程まで彼がいた場所をリオンの剣が通過していく。いわゆる逆袈裟。振り下ろした剣を素早く切り返し、斜め上へと斬り上げたのだ。もしも青年が後ろへと下がらず、前へと踏み出していればその身は真っ二つとなっていただろう。
「なかなかやるな、今のに気付くとは」
 ニヤリと笑いながらリオンが言う。ゆっくりと、まるで青年に見せつけるかのように再び剣を大上段へと振り上げる。
「だが次はかわせるか?」
 言うが早いか、リオンが剣を振り下ろした。
 青年はまたしても半歩だけ身体をずらしてその一撃をかわす。続けて切り返される一撃を少しだけバックステップしてかわす。
(かかった!)
 青年が剣の届かないギリギリの距離でかわしたのを見たリオンは心の中でほくそ笑んだ。これで勝った、と自らの勝利を確信する。
 リオンが振り抜いた剣が再び切り返され、更にリオンは一歩踏み込みながらその剣を青年に向けて振り下ろす。しかし、その剣が青年を捉えることはなかった。青年は果敢にもリオンが前に踏み出すのに合わせて自分も前に踏み出し、そして彼のすぐ横を擦り抜けるようにして彼の後方へと駆け抜けていたのだ。
「なっ!?」
 リオンからすれば、目の前にいたはずの青年がいきなり消えてしまったように見えたのだろう。思わず驚きの声をあげてしまう。
「……こっちだ」
 自分の後ろから聞こえてきた声に、はっとなったリオンが慌てて振り返る。と、その眼前に突きつけられる拳。勿論青年が突き出したものだ。
「……何故止めた?」
 ムッとしたようにリオンが問いかけると、青年は拳をゆっくりと下ろした。
「殴ればあんたはもっとやるだろう?」
「貴様が止めたからと言って止めるとでも言うと思ったか!」
 リオンは吼えるようにそう言うと後ろに下がって再び剣を構える。今度は先程とは違い、大上段には構えない。柄を握る手を顔の横に、右足を大きく引いて腰を落とし。先程までとは違い、先手を打つ構えではない。どちらかと言うと防御的な構えだが、そこから発せられる威圧感は並大抵のものではなかった。
「……来いっ!」
「くっ……」
 青年は先程の一撃を止めたことを今、後悔していた。彼はあれで矛を収めて貰えると思っていたのだが、どうやら余計にリオンのプライドを傷つけ、更に怒らせてしまったらしい。こうなると、自分が斬られるか、それともリオンを倒すかのどちらかしかない。元より斬り倒されるつもりはないので、ここはリオンを倒す事一択だが。
 しかし、それが物凄く難題であると言うことをすぐに青年は思い知らされる。構え方を変えたリオンから放たれる威圧感は物凄い。更に打ち込む隙がまるでない。下手に打ちかかれば、一撃で真っ二つにされてしまうだろう。
(こいつ……さっきの”燕返し”といい、思った以上にやる……!)
 青年はリオンという男の評価を今更ながら改めた。この男はただのブラコンではない。その実力はかなりのものだ。少なくても自分と同等以上の実力者だろう。
 一体どの様に攻めればいいのか、青年は正直のところわからなくなっていた。懐に飛び込んでも彼が着ている鎧に打撃は防がれてしまうだろう。唯一顔面だけは剥き出しになっているが、そこを攻撃させてくれる程甘くはないはずだ。それに先程見せた”燕返し”に似た剣筋。あの速さは警戒するに値する。だからこそ、青年は動けなかった。
 その一方で、リオンもまた動けないでいた。先程彼が見せた三連撃は彼が今まで必死に努力した末に会得したものだ。あの三連撃を見せて、倒せなかった相手はいない。しかし、目の前にいる青年はその三連撃を見事にかわしてみせた。それどころか背後に回り込み、無防備な顔面に向けて攻撃を放ってきたのだ。もしも青年が止めていなければ、彼の拳はリオンの鼻面を見事に殴っていただろう。下手をすれば鼻骨が折れていたかも知れない。一番初め、懐に入られ、胸に一撃を喰らった時の衝撃から考えればそれも有り得ることだった。それだけの速さを持つ相手だ。下手に大振りの一撃を加えようものなら、それをかいくぐられ、相手の間合いを許してしまうだろう。それだけは避けなければならない。
 互いに一定の距離を取り、睨み合う両者。しかし、どちらもそのままで全く動こうとはしない。
 
「ね、ねぇ、止めなくていいの?」
 睨み合っている二人を少し離れたところから見ていたシャルルが心配そうに、隣に立っているルインに尋ねた。だが、ルインは首を左右に振るだけだった。その顔は蒼白になっている。
 彼は兄であるリオンの実力も十分知っているし、青年の常人ならざる力も知っている。もしも二人が本気でぶつかれば、おそらくどちらかが大怪我をするであろうと言うことは想像に容易い。彼としては、止められるものならば今すぐにもで止めたいのだが、とてもではないが、あの二人の間に割って入れるような雰囲気ではなく、またそのような度胸もなく、出来ることと言えばこうしてただ見守っていることだけだった。
 
 じっと睨み合うこと数分、先に痺れを切らせたのはリオンの方であった。鎧を着ているにも関わらず、それを感じさせない軽やかな動きで青年との距離を詰め、構えていた剣を突き出していく。
 青年はギリギリのところでその剣をかわすと一歩前へと踏み込む。そのままリオンの懐に入ると両手を開いたまま、突き出した。先程は拳による一撃を加えようとして鎧の堅さに阻まれたが、今度は片手ではなく両手、しかも掌底による一撃だ。その打撃力は拳によるものよりも大きい。
「ぐふっ!」
 身体に受けた衝撃にリオンが思わず肺の中の空気を吐き出した。しかし、そのまま何とか踏み止まり、自らの懐にいる青年に向かって膝蹴りを叩き込んだ。
「くうっ!」
 素早くリオンの胸を叩いた手を下ろし、その膝蹴りを受け止めようとする青年だが、勢いを殺すことが出来ずに吹き飛ばされてしまう。それでも何とか転倒せずに青年は着地したが、そこにリオンの剣が襲い掛かった。
「オオオオッ!」
 気合いの声と共にリオンの剣が横に一閃されるが、青年は素早く後ろに下がり、その一撃をかわしていた。だがリオンはそれに追い縋るように一歩踏み出していた。そこから上段に振り上げていた剣を物凄い勢いで振り下ろしていく。例によって半歩身体をずらしてその剣をかわす青年だが、すぐさま更に大きく後ろへと跳び下がった。先程の攻防でリオンが見せた”燕返し”を思い出したからだ。さっきは上手くかわすことが出来たが、あれは偶然に過ぎない。もう一度同じ事をやれと言われても出来る自信はなかった。だからこそ距離を取ろうとしたのだが、リオンがそれを許す訳もなく、すぐさま距離を詰められてしまう。
「フンッ!」
 物凄い速さでの突き。まさに神速と言ってもいい程の速さでくり出されたその突きを青年は間一髪のところでかわす。しかし、今度は先程のようにリオンの懐に入ることは出来なかった。再び鋭い突きが繰り出されてきたからだ。のけぞるようにしながら二度目の突きをかわし、そのまま倒れ込むようにして足を振り上げ、リオンの顔面を狙う。
 青年のつま先がリオンのこめかみを捉えた。その衝撃にリオンの身体がぐらりと揺れるが、それでも彼は何とか踏み止まった。
「やってくれるっ!」
 そう言うとリオンは青年に向かって手を伸ばす。
 その手をかわし、青年はリオンの懐に潜り込んだ。そこからリオンの顎に向けてアッパーカットを喰らわせようとした、まさにその時だった。
「そこまでっ!」
 突如周囲に響き渡った声に青年もリオンも動きを止めてしまう。反論することを許さない、圧倒的なまでに威圧感たっぷりの声。それが広い庭中に響き渡ったのだ。動きを止めたのは青年とリオンだけではなく、この庭にいた者全てであった。
「父上……ッ!」
 そうリオンが呟くのを聞いて、青年も声の聞こえてきた方向を向いた。そこにいたのはかなり体格のいい、一人の初老の男だった。その男が全身から醸し出しているのは明らかに歴戦の勇士としてのオーラ。そのオーラが周囲の人間に動くことを許さない。リオンや青年も他の者と同様に動けなくなっていた。威圧されていたと言ってもいいだろう。
「……一体何事か?」
 ジロリと周囲を見回し、誰ともなしにそう尋ねる初老の男。その視線が一周し、リオンに向けられる。
「……この者が我がサンドリュージュ家を侮辱したので成敗しようと」
 一瞬萎縮しかけたものの、何とかそう言うとリオンは剣を鞘に戻した。
「我がサンドリュージュ家を侮辱?」
 そう言って初老の男がリオンを、それから青年を見る。その目つきは鋭く、まるで射抜くような視線だ。
「俺は思ったことを言っただけだ」
 初老の男の視線を受け返し、逆に睨み返すようにして青年が言う。
「その者は勇敢に戦い、そして死することを愚かと申しました! そんなことよりも生き恥を晒す方がいいと言ったのです! これを侮辱と言わずして何と言いますか、父上ッ!」
 横合いからリオンが大声でそう言うのを、青年は少し迷惑そうに顔を顰めながら聞いていた。しかし、彼の発言を止めるような真似はしない。あくまで自分が言ったことを撤回するつもりはないようだ。
「勇敢に戦おうがどうしようが死んだらそれまでで、意味はないだろう。生きていることこそが大事だとは思わないのか?」
「貴様、まだそのようなことをっ!」
 青年の更なる発言に激昂したリオンが再び剣の柄に手をかける。しかし、それよりも先に初老の男の声が再び響き渡った。
「止めいっ!」
 その声にリオンの肩がビクッと震えた。それから、如何にも渋々と剣の柄から手を離す。
それを見た初老の男が一歩前に出て、青年を睨み付けた。
「先程の言葉の真意を聞きたいのだが?」
 そう言った初老の男の目に何やら妖しい光が宿ったのを青年は見逃さなかった。返答次第では貴様をここで抹殺する、とでも言いたげな感じだ。
「真意と言う程のものは特にない。さっきも言った通り俺は思ったことをそのまま口に出しただけだ」
 初老の男の目をしっかりと見返しながら青年が言い返す。
「ただ、そこの単細胞が少し曲解しているみたいだがな」
「何だとっ!!」
 チラリとリオンの方を見てそう言う青年に再びリオンが剣を抜こうとその柄に手をかけるが、初老の男が視線を向けただけでそれを制止する。
「どんなに勇敢に戦っても死んだらそこで終わりだと言うことが何でわからないのか、そっちの方が俺には疑問だがな」
「勇敢に戦い、そして名誉の死を遂げることに何の不満がある!」
「ああ、もうよしてくれ。あんたと喋っていても時間の無駄だ」
 手をひらひらと振りながら青年はそう言った。その顔には本当にウンザリとした表情が浮かんでいる。何処まで行ってもリオンと青年の意見は平行線で、しかもリオンの声がいちいちかなり大きいので鬱陶しいことこの上ない。
「それといちいち怒鳴るな。耳が馬鹿になっちまう」
「貴様!!」
 今度こそ限界だという風にリオンが剣の柄にまたしても手をかけるが、それよりも早く初老の男が青年とリオンの間に割って入り、リオンを思い切り殴りつける。
「この馬鹿者がっ! 今喋っているのはこの儂だっ!」
 リオンの大声にも負けない、いや、むしろそれ以上の大声で初老の男が彼を怒鳴りつけた。その声量たるや、一番初めに聞いた、この広い庭中に響き渡ったものと同量だ。それほどの大音量を至近距離で聞いてしまった青年は思わず足がふらついてしまうのを感じていた。
「失礼した。まずは君の名を聞かせてはもらえんか?」
「人の名を尋ねるならまずは自分が名乗るのが礼儀だろう?」
「……それもそうだな」
 初老の男は目の前にいる青年が誰に対してもその態度を変えないのを見て、口元をニヤリと歪ませた。
「儂の名はリュシアン=ヴィガード=サンドリュージュ。このサンドリュージュ家の当主だ。では改めて問おう。貴公の名は?」
「俺は……将吾。牧村将吾だ」
 青年の名前を聞いて初老の男――リュシアンは少し眉を寄せる。青年の名前が聞き取り辛かったからだろう。それ以前に聞き慣れない発音だったからだろうか。
「あんたら風に名乗るならショーゴ=マキムラだ」
「ふむ……」
 改めて名乗り直した青年にようやく得心がいったという風にリュシアンは頷いてみせた。
「で、君は一体何故ここに来たのだ?」
 リュシアンの問いに将吾は少し困ったような表情を浮かべる。そもそも彼には何処へ行く宛もなかった。あの森に居続けるのは危険だと判断したので出てきただけであって、この、まるで城塞のような屋敷に来るつもりは一つもなかったのだ。ここに来たのは、偶然ブルーニュの森で助けることになったルインとシャルルが先導してくれたのでそれについてきただけのこと。特に理由らしき理由はない。
「そ、その人は僕とシャルルの命の恩人です!」
 将吾がどう答えようかと考えていると、いきなりそう言ってルインがリュシアンの前へとやって来た。
「ブルーニュの森でゴブリンに襲われていたところを助けてくれたんです。ここにはそのお礼として僕が招待しました」
 どうやら答えあぐねている将吾を見かねて助けに来てくれたらしい。
 招待された覚えはないが、ここに案内されたのは事実だったので将吾は何も言わずにルインを見、それから少し離れたところにいるシャルルの方をチラリと見やった。すると彼女は軽く片目を瞑ってみせる。ここは任せておけと言うつもりのようだ。
「そうかそうか。ショーゴ殿、我が愚息が世話になったようだ。さしたるもてなしも出来んがよろしければ今宵は我が屋敷に逗留なさるがよかろう」
「……わかった。その厚意、ありがたく受けさせて貰う」
 リュシアンの顔に笑みが浮かんだのを見て、将吾も少しだけ笑みを浮かべてそう答えた。下手に辞退したり、先程のように余計なことを言ってまたややこしいことになるのは御免だったので、それ以上は何も言わない。ただ、横目でリオンが苦虫を噛み潰したような顔をしていたのをはっきりと確認しながら、だが。
 
「ショーゴさんって言うんですね」
 広い廊下を歩きながらルインがそう言ってきたので将吾は彼の方を振り返った。
「てっきりあの”カメンライダー”って言うのが名前だと思っていました」
「そんなわけないだろ……」
 そう言って笑うルインに小さくため息をつく将吾。
「名前を聞かれたら始めっからそう名乗るさ。お前が聞いたのは、俺の名前じゃなくって何者かって事だ。だからああ答えたんだ」
「成る程、それもそうですね。あ、ここです」
 その答えで理解したのかどうかはわからないが、とにかくルインが立ち止まり、そこにあるドアを開ける。中は客間になっているようだ。普段からいつでも使用出来るように整えられているのだろう、床に埃はなく、ベッドもちゃんと整えられている。
「この部屋を使ってください。何かあればそこのベルを鳴らして貰えればメイドが来ますから」
「メイドね……」
 この屋敷の広さを考えればメイドの一人や二人はいても当然なのだろう。しかしながら、それでも何故か将吾はちょっと違和感のようなものを感じていた。
「どうかしましたか?」
「いや……メイドなんてものに縁がなかったからな」
「……そうなんですか?」
 不思議そうにそう尋ねてくるルインに、やはりこいつはお坊ちゃんなんだな、という感想を将吾は持った。ルインがお坊ちゃんと言うよりも将吾自身が庶民なのかも知れないが。
「……とりあえず夕食の用意が出来たら呼びに来ますからそれまでゆっくりと休んでください」
「ああ、そうさせて貰う……ところで色々と聞きたいんじゃなかったのか?」
「それもはそうなんですが……先に父にブルーニュの森のことを報告しておかないといけませんので」
 それだけ言うとルインは部屋から出ていってしまった。
 一人残された将吾は何気なく部屋の中を見回した後、大きな窓の側まで歩いていく。そこにかけられた豪華なカーテンをめくり上げすっかり暗くなった外を見てみると、庭にはいくつもの篝火が焚かれ、武装した兵士に何やら指示を出しているリオンの姿が見てとれた。
(何やってんだ、あいつ?)
 こんな時間から戦闘訓練などやろうというのか。そう言えばルインからリオンが王都警備隊の一部隊を任されている隊長だと言うことを聞いた。王都を守る部隊ならば夜間に出動すると言うこともあるのだろう。その為の訓練を今から始めるつもりなのか。どうやら彼は根っからの体育会系のようだ。
「まぁ、俺には関係ないことだが」
 将吾はそう呟くとカーテンを閉め、ベッドに歩み寄った。そして、倒れ込むようにしてベッドの上に寝転がる。
 天上を見上げ、考えることはブルーニュの森で遭遇したあの蜘蛛人間のことだ。
(あいつは俺を待ち受けていた……一体どう言うことだ? 俺が来ることがわかっていたとでも言うのか?)
 疑問は尽きないが答えが出る訳でもない。しかし、一つだけ確実にわかったことがある。
(何にしろ奴らはこの世界に狙いをつけたようだ……なら俺がやることは一つ。奴らを叩き潰す!)
 ぐっと硬く拳を握りしめ、将吾は決意を新たにする。この世界は決して前にいた世界のようにはさせない、と。
 
 晩餐とも言うべき夕食の後、将吾は早々に部屋に戻っていた。何やら話をしたそうなリュシアンやルインに疲れているからと断りを入れ、さっさと部屋に戻り、ベッドの上に倒れ込む。
 疲れているというのは本当だった。他の誰にも言わなかったが、彼は次元門による次元越えを経験した上、何の予備知識もないままにこの世界に放り出されたのだ。しかも出たのは何処とも知れない森の中。その森の中を彷徨っているうちにルイン達と出会い、そして二度の変身と戦闘を繰り広げたのだ。疲れが溜まっていても不思議はない。何時しか彼はすっかり眠ってしまっていた。
 将吾が睡魔に負けて眠ってしまったのと同じ頃、屋敷の中の広い廊下を如何にも不機嫌そうなシャルルがルインを引き連れて歩いていた。彼女は勿論このサンドリュージュ家の人間ではないのだが、ルインとは古く長い付き合いの幼馴染みであり、よくこの屋敷にもお泊まりに来ていた為、自分専用の部屋を何故か用意して貰っているのだ。今向かっているのはその部屋である。
「全く何よ、あの態度! こっちが下手に出ていればいい気になっちゃって!」
「いや、シャルルは別に下手に出てた訳じゃないと思うんだけど……」
 ブツブツ文句を言うシャルルには聞こえないように小さな声でとりあえずの反論を口にするルイン。聞こえないように小さな声にしたのは不機嫌な時の彼女に何か言おうものなら数倍になって跳ね返ってくることを経験上知っているからだ。
「リュシアンのおじさまも何であの不躾な態度に何も言わないのかしら! 理解出来ないわっ!」
「それは多分こうじゃないかな……父さんにああやって全く物怖じしない人って珍しいから、何か気に入っちゃったんだと」
「物怖じとかそう言うのじゃなくって、単にあいつは礼儀を知らないだけだと思うわっ! 大体……」
「そ、そう言えばシャルルは家に連絡したの? うちに泊まっていくのは別にいいんだけど、連絡しておかないと心配するんじゃないかな?」
 そろそろシャルルの愚痴の矛先が自分に向いてきそうな感じがしてきた為、慌ててルインは話を別方向へと向ける。するとシャルルはすんなりとそちらの話に乗ってきた。
「心配無用よ。そもそも出てくる時にルインのところに行くって言っておいたし、遅くなるかもって言ってあるから帰ってこなかったらルインのところに泊まっているって思うはずよ」
「用意周到なんだね」
「当たり前よ」
 シャルルが今日、ルインのところに泊まるつもりであったことを知り、ルインは少し呆れたようにそう言ったのだが、当の彼女はそれが当然だという風に胸を張った。それを見て、小さくため息をつくルイン。
「ほら、何やってんのよ。行くわよ」
 そう言ってシャルルが歩き出す。
「はいはい」
「はいは一回!」
「はい」
 やっぱりシャルルは相変わらずだな、と思いながらルインは彼女の後を追いかけた。昔からそうだ。何時だって彼女は自分を振り回す。それだけではない。何時だって彼の手を引っ張るのは彼女だ。昔はそれを疎ましく思うことがあったが、今となってはそれを何処か心地よく感じてしまっている自分がいる。
「ん……?」
 ずんずんと前を行くシャルルの髪に何かがくっついているのに後ろに続くルインは気がついた。一体何だろうと少しシャルルに近付いてみると、それが小さな蜘蛛だと言うことがわかる。
 その蜘蛛を見たルインの脳裏に思い浮かんだのはブルーニュの森で見たあの蜘蛛人間。見るもの全てに嫌悪感を与えるあの不気味な姿の怪人。それを思い出し、ルインは慌てたようにシャルルの髪についている小さな蜘蛛を払い落とした。そしてすぐさまそれを踏み潰す。
「ちょっと! いきなり何するのよ!!」
 いきなり自分の髪を払われたシャルルがそう怒鳴りながらルインの方を振り返るが、彼は必死に何かを踏み潰している最中でまるで彼女のことに気付いていなかった。
「ちょっと! ルインってば!」
 もう一度彼に向かって怒鳴ると、ようやく彼も気付いたようで彼女の方を振り返る。少しばつの悪そうな顔をしつつ、ルインはシャルルに向かって微笑んだ。
「ご、御免。何?」
「何、じゃないわよっ! いきなり何するのって言ったの!!」
 シャルルが怒鳴るのはこれでもう三回目である。もういい加減我慢の限界に来ているのだ。思わず彼の胸ぐらを掴んでしまったとしても仕方ないだろう。
「ご、御免! 髪に虫が付いていたから!」
 ぶんぶんと胸ぐらを掴まれたまま、シャルルに振り回されるルイン。それでも何とかそう言うと、シャルルの表情が固まった。
「む、虫……!?」
「あ……も、もう大丈夫だよ! 僕が払い落としたから!」
 徐々に青ざめていくシャルルを見て、慌ててルインがそう言う。実はシャルルは大の虫嫌いで、そんな彼女が自分の髪の毛に虫が付いていたなどと知れば物凄い悲鳴を上げて泣き喚くだろう事は想像に難くない。特に幼馴染みであるルインにとっては容易く想像出来たはずなのに、ついそれを言ってしまったのは流石に彼も振り回されて動転していた所為だろうか。
「い、いやぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」
 もう手遅れだった、と言うことをルインが理解したのは目の前のシャルルが壮大な悲鳴を上げ、そして同時に物凄い勢いで彼の身体を再び振り回し始めた時だった。本来魔法使いで公爵令嬢のはずのシャルルだが、その時の彼女の腕力は貧弱と言っても差し支えないルインなどとは比べものにならない程で、振り回されている彼が意識を失うのはそれからすぐのことであった。
 
 サンドリュージュ家の城塞のような屋敷から少し離れたところに小さな森がある。その端の方に生えている木の枝の上に奇怪な姿の怪物が立っており、じっとサンドリュージュ家の屋敷の方を見つめていた。
「あそこか……」
 奇怪な姿の怪物はそう呟くと、チラリと木の根元辺りを見下ろした。そこには手に石斧や石槍などの原始的な武器を持ったゴブリンが数体、身じろぎもせずに立っている。その姿はまるで意思なき彫像のようだ。
「行け! そして奴を引きずり出せ!」
 怪物が屋敷の方を指差してそう言うとゴブリン達はフラフラと屋敷に向かって歩き出した。だが、フラフラしていたのは初めの数歩だけで、徐々にその動きが速くなっていく。従来の、この世界でよく知られたゴブリンの動きではない程に。
 ゴブリン達が屋敷に向かって駆けていくのを見てから怪物が枝の上から地面へと飛び降りる。すっと、音もなく軽やかに地面に着地した怪物はゆっくりとその身を起こすと、チラリと自分の左腕を見た。そこに生えているのは三本の腕。右側の腕が黒い体毛に覆われているのに対し、その左腕には体毛が生えていない。更にその左腕は先程屋敷に向かっていったゴブリン達のものによく似ていた。
「くっ……あり合わせのもので間に合わせたが……やはりこれではあまりよくはないな。しかし、奴を……仮面ライダーを殺すならこの程度で充分だ」
 そう言って怪物が、蜘蛛人間が不気味且つ不敵に笑う。
 
 すっかり深い眠りの中にいた将吾の耳に剣戟の音と悲鳴が届いたのは夜も更け、皆が寝静まった頃であった。突然、聞こえてきたその音に彼はベッドから飛び起き、すぐさま窓に駆け寄る。
 窓の外では片手に松明を持った軽装の兵士が何者かと戦っている。あの軽装の兵士達はきっとリオンが先程訓練していた兵士達だろう。果たして彼らが戦っているのは一体何者なのか。目を凝らしてみるが、ここからではよくわからなかった。しかし、敵は手に松明などを持っていないから、何らかの異形、もしくは亜人だと考えられる。どっちにしろ相手が暗視能力を持っているなら厄介な相手だろう。
「こぉらぁっ!! 何をやっとるかぁっ!!」
 突然、闇を切り裂くように響いてきた声を聞き、将吾は思わず額に手を当てていた。
「相手はたかがゴブリンだろうがぁッ! 後れをとるなっ!!」
 今が夜だと言うこともお構いなしに物凄い怒鳴り声を上げるのは勿論リオンだ。将吾と一戦交えた時に着ていた鎧は身につけておらず、その代わりなのか手には長柄の大斧を持っている。その武器は大柄の彼にはとてもよく似合っていた。
「むんっ!!」
 接近してきた一体のゴブリンをリオンはその手に持った大斧で頭から真っ二つにする。彼の膂力と大斧の重さを持ってすれば、その程度のことは至極容易いことだった。
「凄いな、あいつ……ただの筋肉馬鹿じゃないって事か」
 窓からそれを見ていた将吾が頬を少し引きつらせながら呟いた。もしも将吾とやり合った時にあの大斧を持ってこられていたら、一体どうなっていたか。想像もしたくなかった。
 しばらく屋敷の敷地に侵入してきたゴブリン達とリオン率いる兵士達の戦いを眺めていた将吾だが、ふと疑問が湧き上がった。リオン達はともかくゴブリン達が妙に統制のとれた動きをしているのだ。ゴブリンは集団で行動するが、軍隊ではない。きちんと統制の取れた行動などほとんどしないし、出来ないはずだ。それに周りを堀で囲まれているこの屋敷に一体どうやって忍び込んだというのか。橋は既に上げられているはずで、堀を越える方法をゴブリンがそう簡単に考えつくとは思えない。
「様子を見に行くか」
 そう呟くと将吾は窓を開けた。ベランダに出ると躊躇することなく柵を跳び越え、地面に向かってダイブする。彼が案内された部屋は二階にあったのだが、この屋敷の作りはかなり大きく、二階と言ってもかなり高い位置にあった。高さにして十メートル以上、そこから将吾は何の躊躇いもなく飛び降りたのだ。普通ならばまともに着地など出来ずによくて骨折、下手をすれば死んでしまうかも知れないのだが、将吾はあっさりと着地するとすぐさまリオン達とゴブリンが戦っている場所へと割り込んでいった。
「むっ! 貴様、何しに来た!?」
 また一体のゴブリンの首を大斧で跳ね飛ばしたリオンがやって来た将吾を見咎め、そう怒鳴った。その声に気付いた将吾がゴブリンの攻撃をかいくぐってリオンの側までやってくる。
「おかしいと思わないのか? こいつらは一体どうやってここに入ってきた? 何でこんなに統制がとれている?」
「む……言われてみれば」
 将吾の言葉にリオンもようやく異常に気付いたようだ。そもそも今日やって来たばかりの将吾よりもリオンの方がこの屋敷に関しては圧倒的に詳しいのだ。それにこの世界の住人であるから、やはりこの世界の住人であるゴブリンなどの生態にも詳しい。将吾に言われるまでそんなことはまるで気にしていなかったのだが、気がついてみるとこのゴブリン達がおかしいと言うことはすぐにわかった。
「こいつら……まさか何者かに操られている!?」
「そういうことだ!」
 迫ってきたゴブリンを蹴り飛ばし、将吾はリオンと背中合わせになる。リオンもまた近寄ってきたゴブリンの腕をその大斧で斬り飛ばしていた。
「なかなかやるな、貴様!」
「あんたこそ! ただの声のでかい筋肉馬鹿かと思っていたぜ!」
 また迫り寄ってきたゴブリンの手にある石斧をかわし、逆にその顔面に拳を叩き込む将吾。その後ろではリオンの大斧が唸りを上げて振り下ろされ、ゴブリンの頭蓋を真っ二つに切り裂いていた。
「きゃああああああっ!!」
 と、そんなところに新たな悲鳴が聞こえてきた。
 二人が声の聞こえてきた方を見ると、屋敷の屋根の上に一体の異形が立っており、その腕には一人のメイドが抱え込まれている。今は気を失っているみたいでぐったりとしているが、先程の悲鳴は彼女が上げたもので間違いないだろう。
「むううっ! 何だ、あいつは!?」
 屋根の上に立つ、六本腕の異形を見てリオンが唸った。あのような怪物など今まで見たことがない。しかし、将吾には屋根の上に立つ異形の怪物に見覚えがあった。ブルーニュの森でシャルルをさらい、自分を森の奥へとおびき寄せた蜘蛛人間だ。
「兄さん、一体何が……あ、あいつはっ!」
 庭での騒ぎを聞きつけてきたのだろう、ルインがこのタイミングでひょっこりと顔を出した。そして将吾とリオンの二人が屋根を見上げていたので彼も同じように屋根を見上げ、そこに立つ蜘蛛人間の姿を見て驚きの声をあげる。
「知っているのか、ルイン!?」
 そう尋ねてきたリオンにルインは黙って頷いてみせる。
「で、でもあいつは……」
 確かブルーニュの森で将吾の変身した髑髏仮面――仮面ライダーによって片方の腕を三本とも失っていたはずだ。しかし、今屋根の上に立っている蜘蛛人間には左右両方とも腕がそれぞれ三本ずつ生えている。あの蜘蛛人間が物凄い再生能力を持っているのか、それともブルーニュの森で遭遇したのとは別の個体なのか。その答えを求めるかのようにチラリと将吾の方を窺うルイン。
 と、そんな時であった。周囲で兵士達と戦っていたゴブリン達が一斉に頭を抱えて苦しみだしたかと思うと、その頭皮を突き破るように内側から不気味な蜘蛛が飛び出してきたではないか。その蜘蛛のサイズは丁度ゴブリンの頭部と同程度。まるでゴブリンの頭部を巨大な蜘蛛にすげ替えたような形だ。
「な、何だ!?」
「ひいいっ!!」
 そのあまりにもグロテスクな姿に兵士達に動揺が走る。同じようにゴブリンが変貌するところを見たリオンも青ざめて言葉を無くし、ルインに至っては吐き気を堪えるように手で口を押さえていた。
 しかし、そんな中で将吾だけは冷静であった。彼はかつてこれよりももっとひどい光景を眼にしたことがあるからだ。
「見た目に騙されるな! 所詮こいつらはゴブリン! そう思えばいい!」
 将吾のその言葉に、リオンがギュッと大斧の柄を握る手に力を入れ直す。相手がゴブリンあらば恐れることなど何もない。見た目が替わった程度で一体何を恐れるというのか。
「者ども! 我が屋敷に侵入したこの不埒者どもに目にもの見せてやれ!」
 そう言うが早いか、リオンが大斧を振りかぶりながら異形とかしたゴブリンの中に突っ込んでいく。そんな彼に続くように兵士達も再び戦闘を始めるのだが、将吾だけはじっと屋根の上の蜘蛛人間を見上げ続けていた。
「フフフ……あれをただのゴブリンだと思うのか? だとしたら愚かなことだ」
 蜘蛛人間が将吾を見下ろしながらそう言う。明らかにこちらを小馬鹿にしたような口調で、だ。
「何だとっ!?」
「奴らには我が眷属としての力を与えてある。そう簡単にはやられはせん」
「一体貴様の目的は何だ?」
「仮面ライダー、貴様の抹殺! そしてこの世界における手駒を集める事よ!」
「そんなことは俺がさせん!」
 将吾はそう言うと両腕を顔の前で交差させた。
 彼のすぐ側にいたルインには、彼のこのポーズがどう言った意味を持つかわかっている。だからか、期待に満ちた眼で彼をじっと見つめていた。彼ならば、仮面ライダーならばあの蜘蛛人間を必ず倒してくれると。
「変身!」
 そう言って将吾が両腕を腰へと引いた。直後に彼の顔にルーン文字が浮かび上がり、同時に彼を中心として円を描くようにルーン文字が帯状の魔法陣として構成されていく。そしてその魔法陣が眩い光を放った次の瞬間、将吾の姿は異形の姿へと変身していた。
 全身を半光沢の皮のようなもので覆い、その上から何かの金属で出来ているように見えるプロテクターが装着され、その頭部は髑髏のような、飛蝗か何かの昆虫を思わせるような不気味な仮面のようなものを付けた異形の戦士。
「仮面……ライダー……」
 既に二度、将吾が変身するところを見ているはずのルインだったが、それでも改めて彼の変身するところを見て、思わず言葉を無くしてしまう。
「トォッ!!」
 横で呆然とした面持ちで自分を見ているルインなど全く気にすることなく、将吾の変身した髑髏仮面――仮面ライダーが大きくジャンプした。一っ飛びで屋根の上に降りたつと仮面ライダーは蜘蛛人間と対峙する。
「その子を放せ!」
「フフフ……いいだろう。ほれ!」
 蜘蛛人間はそう言って腕に抱えていたメイドの少女を無造作に放り投げた。勿論、仮面ライダーの方にではなく、何もない中空へと。
「くっ! 貴様!」
 意識をなくしているメイドの少女が地面へと落下していくのを見て、仮面ライダーも宙へと身を躍らせる。これが蜘蛛人間の罠だと言うことはわかっているが、何の罪もないあの少女を見殺しにすることなど出来るはずがない。
 地上へと向けて真っ逆様に落下していく少女。その身体に仮面ライダーの手が触れようとした、まさにその時、突如彼女の身体に白い糸が巻き付いた。
「何っ!?」
 その糸が巻き付いたことで少女の身体が宙吊りになり、地面に叩きつけられることはなかったが、その代わりに仮面ライダーが地面へと落下していく。しかし、ライダーは身体を丸め、くるりと空中で一回転して、地面へと着地した。そしてすぐさま、再び屋根の上へと向けてジャンプする。
 屋根の上に舞い降りた仮面ライダーが再び蜘蛛人間と対峙した。先程と構図は全く替わらない。違うところは蜘蛛人間がその腕に抱えているメイドの少女が白い糸で全身をぐるぐる巻きにされていると言うことぐらいだ。
「フフフ……この小娘は人質だ。そう簡単に手放すものか」
 じっと自分を睨み付けているであろう仮面ライダーに蜘蛛人間が言い放つ。その馬鹿にしたような口調に多少の苛立ちを覚えたライダーだが、顔を隠す仮面によってその表情は表には出なかった。
「昼間は早々に人質を奪い返されたが今度はそうはいかん」
 そう言うと蜘蛛人間は一気にライダーとの距離を詰めてきた。少女を抱えている右側の三本の腕はそのままに、左側の腕でライダーに殴りかかっていく。しかし、そんな攻撃で怯むライダーではない。軽々と蜘蛛人間の放つパンチやチョップを両手を駆使して捌き、逆に蜘蛛人間の顔面に鋭いパンチを叩き込んだ。
「ぐふっ!」
 ライダーのパンチが余程強かったのか、それとも反撃されるとは考えていなかったのか、蜘蛛人間は数歩後ろへとよろめいてしまう。それを見たライダーが、少女を助けようと前へと出た。すっと手を伸ばすが、それに気付いた蜘蛛人間は大きく後方へとジャンプし、ライダーとの距離を取った。
「そう易々と人質は返さんと言っただろう!」
 蜘蛛人間はそう言うと口から白い糸をライダーに向かって吐き出した。その糸を素早くかわし、ライダーが再び蜘蛛人間に向かってジャンプする。そして空中からパンチを食らわせようとするのだが、それを見た蜘蛛人間が抱きかかえている少女をまるで盾にするかのようにすっと自分の前に出したのを見て、慌ててその手を引っ込めた。
「愚か者めっ!」
 蜘蛛人間の口からライダーに向けて白い糸が吹き付けられる。その糸がライダーの全身を絡め取り、身動きの自由を奪った。そのまま屋根の上にライダーは落下する。
『貴様のその愚かさ……やはりかわらんな』
 屋根の上に倒れ、何とか自分の身を縛る白い糸から脱しようと藻掻くライダーを見下ろしつつ、蜘蛛人間がそう言う。しかし、その口から聞こえてくるのは蜘蛛人間の声ではなかった。
「そ、その声……」
 突如、蜘蛛人間の口から聞こえてきた蜘蛛人間のものとは違う声にライダーが驚いたように顔を上げる。どうやら彼にはその声に聞き覚えがあるらしい。
『所詮貴様はその程度。いくら我らに刃向かおうがその甘さ、愚かさが足を引っ張り決して我らには勝てない』
「黙れ! 今度はお前らの思うように行くと思うな!」
「フフフ……愚かな虫けらが何を吼える。このまま一気にお前を抹殺してやろう」
 言い返すライダーを馬鹿にしたように見下ろし、蜘蛛人間は新たな糸を倒れているライダーに向かって吹き付けた。その糸の端を空いている手で持つと、もう一方がライダーを絡め取っている糸にくっついているのを確認した上で自分の方に向かって勢いよく引き寄せる。
「うおっ!」
 ライダーの身体が宙に浮いたのを見て、蜘蛛人間は糸を振り回し始める。そのままライダーを投げ飛ばそうと言うつもりらしい。
 だが、ライダーはこのまま黙って投げ飛ばされるつもりはなかった。何とか身体中に絡み付き、身動きを阻害している糸から脱出しようと渾身の力を込めている。しかし、蜘蛛人間の糸は強靱でなかなか抜け出せない上に力で断ち切ることも出来ない。
 そうこうしているうちに蜘蛛人間もライダーが糸から脱出しようとしているのに気がついたのだろう、ライダーを振り回す方向を横から縦へと変化させた。そして勢いよく屋根へと叩きつける。
 ライダー自身の体重に回転による勢いが加わり、ライダーが叩きつけられた屋根が砕け散る。そのままライダーの身体が屋敷の中へと落ち、同時に蜘蛛人間とライダーを繋いでいた糸が断ち切られた。
「チッ……」
 蜘蛛人間は小さく舌打ちすると屋根に空いた穴に近付いていった。このまま一気にとどめを刺すつもりなのだろう。屋根に空いた穴を覗き込み、その下にライダーの姿を確認すると蜘蛛人間はニヤリと笑って穴の中へと飛び込んだ。
 中に降り立った蜘蛛人間は倒れているライダーがピクリとも動かないのを見て再びニヤリと笑う。先程屋根に叩きつけられた衝撃で気でも失っているのだろう。これならとどめを刺すのは容易い。少々物足りなさも感じるが、ここでライダーを生かしていく必要はない。
「死ね、仮面ライダー!」
 そう言って蜘蛛人間がメイドの少女を投げ出し、右腕を振り上げた。その指先に鋭い爪が伸び、それで一気にライダーの身体を貫くつもりなのだ。メイドの少女を投げ出したのはもはや人質としていても意味がないと判断してのこと。何せ肝心のライダーは気を失って倒れているのだから、持っているだけ無駄だというもの。後は振り上げた腕を振り下ろし、その爪でライダーを貫くだけ。
「人の屋敷に土足で踏みいるとは、礼儀を知らぬ奴だな」
 いざその手を振り下ろそうとした瞬間、そんな声が聞こえてき、蜘蛛人間はその手を止める。いや、止めざるを得なかったと言うべきか。それほどまでに聞こえてきた声に威圧感があったのだ。
「それに我が屋敷にこんな大穴を開けおって。不届き千万とはこの事だな」
 蜘蛛人間が振り返ると、そこには一人の初老の男が立っていた。大柄の身体をガウンに包み、その手には大振りの剣を持っている。その眼は細められ、蜘蛛人間をじっと睨み付けており、全身から放たれる威圧感は圧倒的なものだ。
「貴様……何者だ?」
「不届きものが。我が屋敷に勝手に侵入しておきながら我に名を問うか?」
 そう言って初老の男は一歩前に出る。蜘蛛人間の奇怪な姿を見ても怯んだ様子はない。
『ほう……この世界にもなかなか気骨のある人間がいるようだな』
「む……?」
 蜘蛛人間の口から聞こえてきた声に初老の男は訝しげな表情を浮かべた。つい先程自分の名を問うてきた声とは違ったからだ。
『我らはデスボロス。全てを制するもの。この世界もまた我らの手に落ちる運命にある』
「ほお、なかなか面白いことを言うな。容易く出来ると思うのか、そのようなことを」
『既に我らは一つの世界を滅ぼした。それだけの力を我らは持っている。この世界の者に我らを止める力は無かろう』
 少し馬鹿にしたようなその口調に初老の男はムッとした表情を露わにする。
『まず手始めにここだ。この地を我らデスボロスの拠点とさせて貰う』
「そのような真似はさせん!」
 そう言って初老の男が手に持っていた剣を引き抜き、蜘蛛人間に斬りかかった。しかし、蜘蛛人間は右手の爪であっさりと剣を受け止めてしまう。
「フフフ……ただの人間が改造人間に勝てると思ったか」
 ニヤニヤと笑いながら言う蜘蛛人間に初老の男――リュシアンは苦渋の表情を浮かべる。先程放った斬撃は彼にとって本気の一撃だったのだが、それをあっさりと受け止められてしまった。既に現役を退いた身ではあったが、トレーニングは欠かしておらず、自身はまだ現役当時に威力のある一撃を出せると思っていたのだ。しかし、それをあっさりと受け止められてしまったのは歳の所為か、それともこの蜘蛛人間の言う通りなのか。後者だと思いたいが、この身が衰え始めているのは事実だろう。
「フフフ」
 蜘蛛人間は相変わらずニヤニヤ笑いながらリュシアンが押し込もうとしている剣を受け止め続けていた。それどころか徐々に、ゆっくりとだが押し返し始めている。リュシアンもそれがわかったのか、剣を持つ手に更に力を込めるのだが、それでも押し負けてしまう。
「ぬうっ!」
 ジリジリと押されているリュシアンが遂に片膝をついてしまう。その間にも押し返されている剣の刀身がリュシアンの首に迫りつつあった。
「フフフ……言っただろう。所詮、人間の力では改造人間には勝てぬのだと!」
「お、おのれ……!」
 悔しいがこの蜘蛛人間の言う通りなのだろう。この力、おそらく力自慢であるリオンでも防ぎきることが出来るかどうか。しかし、ここで自分が敗れればこの蜘蛛の怪物は屋敷にいる全ての人間を殺し、その魔の手を他にも広げるだろう。それをかつてこの神聖ブリガンダイン王国の近衛騎士団長を務めた自分が許す訳には行かない。このサンドリュージュの領地を敵の前線基地をされる訳には行かないのだ。その意地が今のリュシアンをギリギリで支えている。
「そろそろ終わりにしてやろう」
 蜘蛛人間がそう言ってリュシアンの剣を押し込んでいる三本の右手のうちの一本を離した。ゆっくりと、まるで彼に見せつけるかのようにその腕を振り上げる。その手の先に生えている鋭い爪で彼を刺し貫こうというのか。今までそれをやらなかったのは、ここ一番でリュシアンの意思を挫く為だったのだろう。
「死ね、人間!」
 蜘蛛人間が振り上げた右腕を一気に振り下ろす。
 しかし、リュシアンは蜘蛛人間が剣を押し込む力を利用して右斜め後ろへと倒れ込んだ。そのまま床を転がって蜘蛛人間との距離を取る。
「小癪な!」
 リュシアンが必殺の一撃を上手くかわしたのを見て、蜘蛛人間が悔しげにそう言い、すぐさま彼に向かって口から白い糸を吹き付けた。身を起こしたばかりのリュシアンは吹き付けられた白い糸をかわすことは出来ない。その白い糸を胸に受けた彼は吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられてしまう。そこに向かって蜘蛛人間が更に白い糸を吹き付けて、彼の身体を壁へと固定してしまった。
「む……ッ!」
 両手両足を壁に白い糸で縫いつけられ、身動きのとれなくなったリュシアンが呻き声を上げる。
「今度こそ終わりだな。フフフ……」
 動けないリュシアンを見て蜘蛛人間が笑う。そしてゆっくりと彼に近寄り始めた。何故にゆっくりなのかというと、リュシアンに死の恐怖を少しでも長く味あわせる為だ。
「さぁ……死ね、人間!」
 再びリュシアンの目の前で右腕を振り上げる蜘蛛人間。今度こそその三本の腕の先に生えている鋭い爪でリュシアンの身体に風穴を開ける。その時に彼が上げるであろう悲鳴を想像して蜘蛛人間がほくそ笑んだ時だった。
「いつまでやってんだよ、このクソ野郎!」
 そんな声が聞こえてきたかと思うと、蜘蛛人間は横合いから物凄い衝撃を受けて思い切り吹っ飛ばされていた。自分の身に何が起きたのかわからないまま、蜘蛛人間が床に叩きつけられる。
「大丈夫か?」
「……その声……ショーゴ殿か?」
 リュシアンは自分の前の前に立つ髑髏のような仮面を被った異形に恐る恐るという感じで問いかけた。突然現れ、蜘蛛人間の鋭い爪に刺し殺されそうになっていたのを助けてくれたこの新たな怪人。そこから聞こえてきた声は可愛がっている三男坊の危機を救ってくれたという恩人の声だ。まさか、この髑髏仮面があの将吾だというのだろうか。
「…………」
 髑髏仮面――仮面ライダーは何も答えずに倒れている蜘蛛人間の方に向かって歩き出した。
「き、貴様……どうやって我が糸から!?」
 どうにか身体を起こした蜘蛛人間が自分に向かって歩いてくる仮面ライダーを見て、そう尋ねる。あの糸は伸縮性に富み、それていて鋼よりも強固。それに全身を絡め取られていたのだ。そう簡単に脱出出来るものではない。にも関わらずライダーは脱出してきた。一体どうやって脱出出来たというのか。
 仮面ライダーは何も答えず、ただチラリと横合いを見やった。蜘蛛人間が同じように横を見ると、そこに一人の少女がいて、今はメイドの少女を助け起こしている。彼女もまた白い糸にくるまれていたはずなのだが、もうその身体に白い糸は巻き付いていなかった。
「なっ!?」
 驚きの声をあげる蜘蛛人間。見た感じメイドの少女を助け起こしている少女はごく普通の少女だ。その少女が一体どうして自分の糸を取り去ることが出来たのか。
「そこのお前! 一体何をした!?」
「ひいっ!」
 いきなり蜘蛛の怪物に声をかけられ、短い悲鳴を上げたのはシャルルだった。虫嫌いの彼女にとってこの蜘蛛の怪物の姿は正視に耐えないものがある。事実、ブルーニュの森でこの蜘蛛人間に遭遇した際には彼女はすぐに気絶してしまっている。今も気を失いそうになっているのだが、それでも彼女を支えているのは今、自分が動かなければこのメイドの少女が蜘蛛の化け物に殺されてしまうかも知れないと言う恐怖からだ。自分が死ぬのは勿論嫌だが、同時にこのメイドの少女が自分の目も前で殺されてしまうことを見逃せるはずがない。
「教えてやるよ。こいつの使う火の魔法、お前の糸をよく燃やしてくれるんだ」
 蜘蛛人間に睨むように見つめられ、顔面蒼白になっているシャルルに代わってそう言ったのは蜘蛛人間のすぐ側にまでやって来ていた仮面ライダーだった。
 目の前に立つ仮面ライダーの姿を認識すると同時に蜘蛛人間は天井に向かって白い糸を吹き付け、その糸を手にして天井へと飛び上がる。そして天井に降り立つと、本物の蜘蛛のように両腕両足をついてバランスをとり、床の上にいるライダーを見下ろした。
「お、おのれ、仮面ライダー……このままで済むと思うな!」
 そう言うが早いか、蜘蛛人間は天井に穿たれている穴へと急いだ。穴へと辿り着くとすぐさまその穴から屋根の上へと飛び出していく。
「くっ……まさか我が糸が容易く燃えてしまうとは……」
 どうやらその事実を今まで知らなかったらしい。その点を改良しなければこの先、この糸は役にたたないだろう。今は一刻も早く本拠地に戻り、この弱点を改良して貰わなければ。そう思いながら蜘蛛人間が屋根の端までやって来た。
 そこで空を見上げ、口から白い糸を噴き出す。一本や二本ではなく、一度に数本の糸をまるで天に届けと言わんばかりに噴き出していく。蜘蛛人間はそうすることによって空を飛んで逃げようとしているのだが、その遙か頭上に魔法陣が輝いた。
「な、何っ!?」
 あの魔法陣が何を意味するかを蜘蛛人間は知っている。だから慌ててジャンプし、逃げようとするのだがそれよりも早く魔法陣が黄金の光を放ち、継いでその中から仮面ライダーがキックの体勢で飛び出してきた。同時に魔法陣が一気に降下して蜘蛛人間の身体を捉えるようにその周囲に展開し、空中にその身を固定する。
「し、しまったっ!?」
「ライダー……キックッ!!」
 蜘蛛人間とライダーがほぼ同時に叫んだ。直後、ライダーの突き出した右足が蜘蛛人間の胴体に直撃し、そのまま地上へと叩きつける。
 その衝撃は物凄く、離れたところで異妖な姿へと変貌したゴブリン達に苦戦を強いられていたリオン達も思わず戦いの手を止めて、そちらの方へと振り返ってしまう程だった。
 そこではもうもうと土煙が立ち込め、リオン達は一体何がそこに落ちてきたのかわからない。その土煙が晴れると、そこには身体をほぼ真っ二つに折り曲げられた状態で地面に叩きつけられている蜘蛛人間とその蜘蛛人間に右足を突き込んだ状態で立っている仮面ライダーの姿が現れる。
「あれは……」
「仮面ライダー……」
 何が起こっているのか全くわからず、呆然とリオンが呟くのに答えたのは、彼に守られるようにその後ろにいたルインだった。
 
Episode Over.
To be continued next Episode.
 
Next Episode Preview.
謎の敵”デスボロス”の魔の手が王宮に迫る。
闇夜を切り裂き、空を飛ぶ蝙蝠人間に近衛騎士団はどう立ち向かうのか。
そして将吾はその身に起こった過去を話すのだった……。
次回、Episode.V The name of "MAGIUS"
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