その日、神坂刀弥は一人で駅前にあるショッピングモールを訪れていた。学校帰りであるらしく制服姿である。目当ては最近人気が赤丸急上昇の超美少女アイドル・栢木エミナのニューリリースのマキシシングル。今日がその発売日であり、彼女の大ファンである刀弥はわざわざ学校帰りに買いに来たのである。もっともちゃんと予約してあるから買えないと言うことはまずないのだが、それでも発売日の当日に買いに来ている辺り彼の栢木エミナに対するファンっぷりがよくわかると言うものである。
 モールの中にあるCDショップから予約特典である大型のポスターを手に何ともだらしない顔をして出てくる刀弥。ちなみに何故彼が一人で来ているとか言うと、普段から良く一緒に行動している彼の幼馴染みにして親友の御剣空也がアイドルとかそう言うものにほとんど興味を持っていない上に、出てくる直前になって担任教師に呼び出されて用事を押しつけられてしまったからだ。日頃から何処かぼんやりとしているところのある空也はこうしてよく担任教師に用事を押しつけられることが多い。嫌がらせとかそう言うわけではなく、単に頼みやすいからだろう。暇であれば刀弥も手伝ったりするのだが、今日はどうしても手伝うわけにはいかなかった。それほどまでに彼はこの栢木エミナの新CDが早く欲しかったのだ。
「さてと、こいつは姉貴に見つからないように隠しておかないとな……」
 今回のポスターの絵柄は何と栢木エミナの水着姿。その可愛い見た目に似合わないグラマラスなボディの彼女の水着姿のポスターを部屋に貼っていて姉である神坂珠里に見つかった日には「不潔!」だの「だらしない!」だの何だのかんだのと容赦なくけなされた上でそのポスターは没収、下手をすれば焼却処分にされてしまう。何故か珠里は異常な程にそう言う方面では潔癖性なのだ。
 残念だがこのポスターは一回広げた後、もう一度丸めて何処か姉に見つからない場所に保管しておかなければならない。
「うう〜、エミナたんごめんよ〜。うちに凶暴な姉貴がいるお陰で……」
 ちょっと泣きそうな気分になりながら家路を急ぐ刀弥。あまり遅くなるとまた珠里がブツブツと文句を言ってくる。出来ればそれは避けたかった。
 モールの外に出ると何処かからかサイレンの音が聞こえてくる。目の前の道路を何台ものパトカーが通り過ぎていくのを何気なく目で追うと、パトカーは少し先にある銀行の前で止まった。
「何だ?」
 何となく興味をそそられた刀弥がそっちに向かって歩き出すと、すぐに人山だかりに出くわした。ざわざわと騒いでいる人達の話を聞いているとどうやらパトカーが止まった銀行に強盗が入って立て籠もっているらしい。どっちかと言うと閉店間際に押し込んで、何やら手順が狂ったのかまごまごしているうちにパトカーなどがやってきて逃げるに逃げられなくなり、仕方なく立て籠もっていると言う感じであったが。
 馬鹿な銀行強盗だな、と思いながらも野次馬根性全開で銀行の方を見る刀弥。
 銀行の前ではパトカーから降りた警官達がジュラルミンで出来たシールドを構えて銀行の入り口と睨み合っている。犯人側からの要求は今のところ無さそうだ。だが、それも時間の問題だろう。どっちにしろ何らかの要求を出さないことには逃げることも叶わないのだから。
 事の推移を他の野次馬達と一緒に見守っていると一人の覆面をした男が銀行の入り口辺りに姿を見せた。手には猟銃のようなものを持っており、おそらくその銀行の行員であろう女性を引き連れている。自分だけ出たら狙撃される可能性がある。女性はその為の保険だろう。
「お、お前ら! 人質を解放して欲しかったらなぁ! すぐに車と金を用意しろ!」
 覆面男がそう叫ぶ。
 車は逃走用だろう。だが、改めて金を要求するのは一体どう言うことだろうと野次馬達が首を傾げる。刀弥もそんな中の一人であったが、おそらく思った程現金がなかったのだろうと勝手に推測し、そう決め込んだ。
「いいか! 三十分だけ待つ! それまでに用意出来なかったら人質を一人ずつ殺すからなぁっ! いいか、三十分だぞ!!」
 それだけ言うと覆面男は女性と共に銀行の中に引っ込んでいった。
 車を用意するのにそんなに時間は必要ではない。三十分と言うのは金を集めさせる為の時間なのだろう。しかし、その金をいくら程持ってくればいのかをあの覆面男は言い忘れている。
 やっぱり馬鹿な強盗だ、と思って刀弥は思わず失笑を漏らした。
 しかし、三十分経って車は用意されてもそこに金がなければあの連中、本当に人質に手を出すかも知れない。果たして警察はそれを止めることが出来るのか。
(三十分か……それだけあれば)
 何処かからか銀行の中に入り込み、強盗どもを制圧する。刀弥にとってそれはさほど難しいことではない。だが、普段はあまり目立つような真似をするなと姉のみならず彼のもう一つの顔を知っている者は皆、口を酸っぱくして言っている。もし、ここで警察に変わって自分が銀行の中に潜入し強盗どもを制圧したとして、それだけのことを警察に気付かれることなく、且つ中にいるであろう人質の人達に顔を見られないように出来るだろうか。決して不可能ではないかも知れないが、成功率は格段に落ちるだろう。それに下手に自分だと気付かれて、それが姉の耳に入ったりしたら誉められるどころか逆に怒られるだろう。
(さて、どうするか……?)
 腕を組んで考え込む刀弥。
 銀行強盗が一体どれだけいるかわからない。人質の人数も不明。その状況で誰に気付かれることもなく銀行強盗を制圧する。刀弥がその方策に思いを巡らせていると、新たに一台のパトカーがそこにやってきた。その中から降りてきたのはすらりとした長身の若い男。少し神経質そうな感じもするが、どことなくエリート、と言う感じを周囲に与えている。いや、実際にエリートなのだろう。彼に他の警官達が一斉に敬礼をしている。
 その男はこの現場の指揮をしている警官から状況を聞くとニヤリと口元に笑みを浮かべた。何とも鋭利な笑みである。冷笑と言ってもいいだろう。
 男の笑みを見た刀弥は何やらイヤなものを感じた。この男とは絶対に相容れることは出来ないだろうと直感的にそう思ってしまう。もっともこの男と知り合うことはおそらくないだろうが。
 現場に指揮官と何やら話し合った後、その男が上着を脱ぎ指揮官に手渡した。更にショルダーホルスターに納めていた拳銃も指揮官に手渡し、それからゆっくりと銀行の方へ向かって歩き出した。
 一体何をする気なのだろうか、と野次馬達が男の動向に注目する。勿論刀弥もその中の一人だ。
 男は銀行の側まで行くと突然立ち止まった。
「銀行強盗の諸君! 君たちに話がある!」
 そう叫ぶと、男は両手を広げた。自分が何も持っていないと言うことを示しているかのように。いや、事実そうなのだろう。
「見ての通り私は何も武器は持っていない! 話がしたいだけだ! 頼む! 私を受け入れてくれ!」
「い、一体何なんだよ、お前は!?」
 中から先ほどの覆面男の声が聞こえてきた。少々戸惑い気味なのはこの男の態度があまりにも堂々としている為であろうか。
「私は警視庁捜査一課の刑事、水無月史郎! 決して君たちに危害を加えるつもりはない! あくまで話がしたいだけだ!」
 水無月史郎と名乗った男が一歩前に出る。
 覆面男からの返事はない。おそらく中にいる仲間達と相談しているのだろう。少しの沈黙の後、ゆっくりと銀行の入り口が開いた。先ほどとは別の覆面男がやはり人質と思われる女性を連れて姿を見せる。
「本当に武器は持ってないんだな?」
「ああ、見ての通りだ。それに私は嘘が嫌いだ。決して君たちを騙すつもりはない」
 覆面男の問いに答え、水無月はその場でくるりと一回転してみせた。何処にも武器は所持していないと言うことをアピールしているのだろう。
「よ、よし、ついてこい! 少しでもおかしな真似をしたら人質を一人殺すからな!」
「ああ、わかってる……」
 覆面男が銀行の中に戻っていくのを見て水無月が歩き出す。口元にまた鋭利な冷笑を浮かべながら。
 水無月が銀行の中に入って五分後、銀行の入り口から人質になっていた行員達が飛び出してきた。一瞬何が起こったのかわからず、呆然としていた警官隊だがすぐに彼らを保護しに走る。続けて悠々と水無月が銀行の中から出てきた。
「み、水無月警部!」
 この現場の指揮官が慌てたように水無月に駆け寄っていく。そして彼に上着を着せてやる。
「お疲れさまです! 相変わらず見事な腕前で」
「それほどのことでもないさ。何せ向こうは油断してくれていたからね」
 上着の袖に腕を通しながら水無月は何でもないように指揮官の言葉に答えた。その顔には何処までも冷たい笑みを浮かべながら。
 その間に銀行の中に警官達が突入し、中で倒れて気を失っている銀行強盗の五人を次々と逮捕していく。どうやら身一つで銀行の中に入っていった水無月が一瞬の隙と相手の油断をついて五人を次々と倒してしまったらしい。
 意識を取り戻した五人の銀行強盗が銀行の外へと連れ出され、パトカーへと連行されていくのを野次馬達が興味深そうに見つめている。一体どの様な奴が銀行強盗などと言う大それた犯罪を犯したのか、皆興味があるのだろう。勿論、刀弥もその中の一人だ。
 警官達に引きずられるようにしてパトカーの側にその五人の銀行強盗犯が連れられてきたその時だった。突如一番前にいた強盗犯が苦しげな声を漏らし、その場に倒れ込んだ。そこで彼はやはり苦しそうに胸を掻きむしり、更には口から泡を噴き出す。それは一人だけではなかった。強盗犯の全員が同じように苦悶の声をあげ、胸を掻きむしり、そして口から泡を噴いて倒れていく。その様子を見ていた野次馬の中から悲鳴のような声が挙がる。
「な、何だ!?」
 倒れた強盗犯の側に慌てて駆け寄る指揮官と水無月。その内の一人の腕をとって脈を測った見るが、既にその男は絶命していた。
「死んでいる……」
「ふむ、やはり悪いことは出来ないものだ。悪には必ず報いがある」
 呆然としている指揮官に対し、水無月はあくまでも冷徹にそう言い放つ。
「すぐに救急車を手配しろ!」
「おそらくは手遅れだろうがな」
 必死に叫ぶ指揮官の横で小さく呟く水無月。その声は何処までも冷徹で、だが彼の言う通り、その五人は全員既に死亡していた。後に解剖されたところ、その五人が五人とも心臓発作で死んでいることが判明したという。
 すぐにやって来た救急車に運び込まれていく五人の銀行強盗を遠目に見ながら刀弥は何やら妙な胸騒ぎを覚えていた。何かがおかしいとそう感じている。
 ゆっくりとその視線を運ばれている強盗達からたった一人で銀行の中に入り、人質を救った英雄の方へと向ける。
 水無月史郎。
(一体何なんだ、あいつは……?)

KISIN-Hunter of Angels-
断罪の天使の章

 翌日の朝、例によって幼馴染み四人組が学校への道を急いでいた時のこと。通学路の途中にある川縁の桜並木をいつもと同じく喋りながら歩いている。
「やっぱりエミナたんはいい!! あの可愛さであの歌唱力! まさしく反則級!!」
 刀弥が昨日買った栢木エミナのCDの良さを力説している。
「なぁに言ってるのよ。あんなの、どうせ別の誰かが歌ってるとか編集したとかそう言うのでしょ」
 何処か呆れたような馬鹿にしたようなそんな口調で珠里が言うと、刀弥が振り返って彼女を睨み付けてきた。
「何を言うか、この芸能オンチ! エミナたんは違う!!」
「そうだよ、珠里お姉ちゃん。エミナたんは本当に歌上手いんだから」
「俺も一度生放送で歌ってるの見たことあるけどなかなか上手かったよ」
 珍しく反論してくる刀弥をまるでフォローするかのように日向真帆と空也が続けて言ってくる。今日に限っては誰も自分に同意してくれない。そのことを少し悲しく思いながらも、刀弥はともかくこの二人までもがそう言うのだからおそらくは自分が言っていることこそ見当違いなのだろう。
「こ、今度一度聞いてみようかしら?」
「そうしてみる? CDなら持ってるから今度貸してあげるね、珠里お姉ちゃん」
 そう言って真帆が笑みを見せる。
 そんな彼女に珠里は少し曖昧な笑みを返した。はっきり言ってしまえばどっちでもいいことだ。とりあえずフォロー代わりにそう言っただけであって本当に聞いてみようなどとはそれほど思っているわけではない。だから真帆の厚意に対して曖昧な笑みを返すしかなかったのだ。
「べ、別にいいわよ。そんな貸してもらわなくったって」
「そうそう。真帆、貸すだけ無駄だ。姉貴なんかにエミナたんの良さは一生かかったってわかりっこないんだからな」
 やんわりと遠慮しようとする珠里に被せるように刀弥がそう言ってニヤリと笑う。
「姉貴にはあれだよ、演歌とかそう言うのがお似合いだ。よく風呂で歌ってるの聞くしな」
「なっ!」
 刀弥の言葉に思わず真っ赤になってしまう珠里。確かに彼の言う通り、お風呂に入っていて気分がいい時にはお気に入りの演歌など口ずさんでいる。だが、それをまさか弟に聞かれていたとは。
「あ、あんた、何でそれを……」
「あれだけ大声で歌ってりゃイヤでも気付くだろ。俺だけじゃねーぞ、爺も知ってるだろうし親父やお袋だって。下手すりゃ近所の人だって知っているんじゃないか?」
「そ、そんな……」
 まさか誰にも知られていないと思っていた秘密を皆が知っていると知って珠里が激しいショックを受ける。そのあまり呆然となり、硬直してしまう。
「意外だな、珠里姉もそう言う事するんだ」
「私もよくやってるよー。お風呂場って声が反響するからなんか気持ちいいんだよねー、歌ってて」
 少し驚いたような顔をする空也と嬉しそうに両手を上げてそう言う真帆。
「そうか、たまに夜に聞こえてくる調子っぱずれな歌は真帆のだったのか」
「くー兄、ひどーい! 私そんなに歌下手じゃないもん」
「まぁ、風呂場で歌ってりゃ多少下手でも反響でわからないって話だしな」
 からかう空也にむくれる真帆、そこに更に刀弥が追い打ちをかける。
「そこまで言うなら今日の帰り、カラオケ行こうよ! 私が歌下手じゃないって証明してあげるから!」
「おお!? 望むところだ。なぁ、空也」
「そうだな、久し振りにそれもいいか。珠里姉はどうす……」
 そう言いながら珠里の方を振り返る空也だが、その場に珠里の姿はなかった。ずっと後ろの方で未だに彼女は硬直し、立ちつくしている。
「珠里姉!?」
「まさかあそこまでショックだったとは……」
 驚きながら慌てて珠里の方へと走り出す三人。ショックのあまり半ば意識を飛ばしてしまっている珠里を引き連れて学校に辿り着いたのは予鈴の鳴る一分前であった。

 その日の授業が全部終わり、下校時間になった。
 珠里は三年生の教室を出ると大急ぎで下足室へと向かう。素早く靴を履き替え、校舎の外に出て校門へと向かう。
「遅いよ、珠里お姉ちゃん」
 校門を出たところで少し咎めるような声が彼女を呼び止めた。足を止め、ゆっくりと振り返ってみるとそこには膨れっ面をした真帆が立っている。すぐ側にはニヤニヤと笑っている刀弥と少々眠たそうな顔をした空也がいた。
「姉貴〜、まさか逃げる気じゃねぇよな?」
「だ、誰が、逃げるって言うのよ!」
 挑発的に言う刀弥に思わず食って掛かる珠里。普段とは全く逆の構図に物珍しそうに二人を真帆が見つめている。
「とー兄が珠里お姉ちゃんに勝ってる」
「これから二度と見られない光景かもな」
 やはり眠たそうに大きな欠伸をしながら空也が言う。
「わかったわ! あんたがそこまで言うならやってやろうじゃない!」
「おう! 吠え面かかせてやるぜ!」
「それじゃくーや、真帆! 行くわよ!!」
 すっかり刀弥の挑発に乗せられてしまったらしい珠里は興奮したような口調でそう言い、ずんずんと歩き出した。
 その後ろ姿を見ながら空也は刀弥に耳打ちする。
「お前何言ったんだ?」
「いや、たまには姉貴をへこませてやろうって思ってな。普段押さえつけられてばかりだし、たまには仕返ししとかねぇと」
 刀弥はそう言ってニヤリと笑った。だが、思わぬ形で彼の期待は裏切られることになる。

 この街の商業施設はだいたい駅前に集中している。刀弥達が向かったカラオケボックスも駅前にあるものだ。
 そのカラオケボックスの一室で今、刀弥は頭を抱えていた。先ほどから珠里がマイクを持って離さないのだ。しかも歌っている歌は全て演歌で、本人はあまり気がついていないが微妙にその音程が外れている。聞くに絶えないと言う程でもないのだが、連続して聞かされていると段々頭が痛くなってくる。だから頭を抱えているのだ。
「くーや、次次! 次はねぇ……」
 初めは嫌々だった珠里だが歌っている間に段々気分が良くなってきたのか今はもうノリノリで歌っている。その上珠里の歌が終わるたびに空也と真帆の二人が何故か彼女を誉めるのだ。おそらくは気を遣ってのことだろうと刀弥は思うのだが、それに気をよくした珠里は空也や真帆に言って次から次へと自分のお気に入りらしい演歌を入力させていた。今やこの部屋は珠里のワンマンショーの会場と化していた。
 またイントロが始まり珠里が機嫌良さそうに、微妙に調子の外れた感じで歌い出すのを見てから刀弥は空也の服の袖を引っ張った。
「ん?」
「お前さぁ、何で姉貴の歌誉めるわけよ?」
 自分の方を向いた空也に素早く耳打ちする刀弥。
「わかってんだろ、お前も。あれ以上歌わせるとこっちの耳がどうにかなっちまうぞ」
「まぁまぁそう言うなよ。誉めておけば珠里姉の機嫌もいいんだし」
「多分本人だけが気付いてないんだろうな。自分が歌下手だって事に」
「珠里姉にも苦手なものがあったんだな」
 そう言って苦笑する空也に刀弥は苛立ったように頭をかいた。
「問題なのは! 本人がそれに気付いてないって事だよ! お前や真帆が不用意に誉めたりするから余計に調子に乗ってるじゃねぇか! あの調子っぱずれな歌をずっと聞かされるこっちの身にもなってみろよ!」
「で、どうなるのかしら?」
「決まってるだろ! こっちの音程まで狂っちまう! 俺が姉貴に隠れて努力した分が全部あれでパーだ!」
「……隠れて?」
「当たり前だろ! あの姉貴の前でエミナたんの歌なんか歌ってみろ! 速攻で殺されちまう……」
 そこまで言って刀弥はようやく空也が自分の後ろを指差していることに気がついた。何となくイヤな予感を覚えつつ、ゆっくりと後ろを振り返ってみるとそこではにっこりと笑顔を浮かべた珠里が刀弥を見下ろしている。どうやら先ほど入れた曲はかなり短いものだったらしく、とっくの昔に歌い終わり、何やらこそこそと話している二人に気がついて聞き耳を立てていたらしい。
「刀弥く〜ん、そこまで言うからにはさぞかし自信があるんでしょうね〜?」
 珠里がそう言って刀弥の顔を覗き込む。
「……舐めるなよ、姉貴……こう見えても俺は歌にはかなり自信があるんだぜ」
 ニヤリと笑って刀弥がマイクを手に立ち上がった。空也の前に置いてあったリモコンを手にとると手際よく入力していった。本を見ずに入力しているところを見ると、何度も歌ったことのある歌のようだ。
 やがて前奏が始まり、空也が「ああ、これか」と呟く。どうやら彼はこの曲を知っているらしい。一方の珠里はこの曲が何の曲かわからず、隣に座っている真帆の耳にそっと耳打ちしていた。
「この曲知ってる?」
「知ってるよ。とー兄の十八番。ほら、ちょっと前までやってたドラマの主題歌」
「そ、そうなの……」
 真帆もこの曲を知っているらしい。おまけに刀弥が歌ったところも見たことがあるようだ。
 歌が始まり、刀弥の熱唱が始まる。十八番だけあってかなり上手い。珠里はよく知らないのだが、この様子だとこの歌を歌っている歌手も顔負けのレベルなのだろう。それほど上手かった。だが、上手ければ上手い程、何故か珠里は不愉快な気分になってきていた。
(……刀弥ったら修行もしないでこんな事ばっかりやってたのね……これはもうちょっと修行の質とレベルを考えた方がいいわね)
 刀弥の歌声を聞きながらそんなことを考える珠里。それでも、彼の歌が上手い、と言う事実だけは認めるしかなかった。

 二時間程カラオケを堪能した四人がカラオケボックスを出てわいわいと騒ぎながら家路を急いでいると、前方にある大通りの方から悲鳴が聞こえてきた。何事かと四人が一斉に前を見ると、一人の男が女性もののバッグを持って走っていくのが見えた。その後ろから少し年を食った女性が男を追いかけている。どうやらひったくりのようだ。
「刀弥!」
「おうさ!」
 すかさず走り出す珠里と刀弥。二人とも腕に覚えのあるタイプだ。ひったくり程度ならあっさりと取り押さえてしまうだろう。それを知っているから空也も真帆も黙って二人を見送るだけだった。
 バッグをひったくられた女性を追い越し、逃げるひったくりの男を追いかける二人。しかし、二人も予想外な程ひったくりの男の足は速かった。距離が開くことはないが追いつくことも出来ない。こうなると先に体力の限界が来た方が負けだ。そう言うことなら珠里と刀弥の方に分があった。何せ二人は並の人間とは鍛えられ方が違う。体力の面で言えば普通の人間をはるかに越える。ひったくり程度に負けるはずはない。
 しかし、ひったくりの男もかなり体力がある方らしくなかなかへばりはしなかった。
「何なのよ、あいつは!」
「ひったくりにしておくには惜しい体力と足の速さだな!」
 追いつけないのと男が未だにその速さを維持出来ていると事実に苛立つ二人。
 と、男が前方にある角を曲がった。全くスピードを落とさずに角をほぼ直角に曲がったのだ。その技術はある意味凄い。刀弥の言う通りひったくりにしておくには惜しい才能であった。
 男を追って二人もその角を曲がろうとするだが、追いかけることに夢中になっていた所為か二人とも全く減速せずにその角に突っ込み、曲がりきることが出来ずに二人揃って豪快に転んでしまう。
「ぐおおっ!?」
「きゃあっ!!」
 まるでもつれ合うようにして転んだ二人をチラリと振り返り、ニヤリと笑うひったくりの男。その顔には完全に勝った者の余裕が満ちあふれていた。だから彼は自分の正面にすっと、まるで音もなく現れた背広姿の男に気付かなかった。
 背広姿の男はひったくりの男が走り抜けようとするところにすっと片足を差し出した。その足に自分の足を引っかけて思い切り豪快に転ぶひったくりの男。
「ぐわっ! な、何しやが……」
 起き上がったひったくりの男が足を出してきた男の方を振り返って怒鳴ろうとするが、それよりも先に背広姿の男の手が伸び、ひったくりの男の胸ぐらを掴み挙げた。そしてそのまま投げ飛ばす。アスファルトの地面に背中から叩きつけられ、気絶するひったくりの男。そんな彼を一瞥し、背広姿の男は背広の襟を正す。
 と、そんなところにようやく刀弥と珠里がやってきた。二人は倒れているひったくりの男を見た後、彼を投げ飛ばしたのであろう背広姿の男の方に目を向ける。
「あ、あの……」
 珠里が恐る恐る背広姿の男に声をかけると、その男はようやく二人に気がついたように顔を上げた。その手に握られていた携帯電話を折り畳みながら背広姿の男がジロジロと二人をまるで値踏みするように見つめてくる。
「あなたがこいつを?」
「ああ、そうだ。この辺りを歩いていたのは偶然だったが。君たちは?」
 やはり値踏みするような視線を二人に送りながら背広姿の男が尋ねてくる。
「私たちはこの男を追いかけてきたんです。こいつが向こうで……」
「ああ、わかっている。ひったくりだろう? 女性の叫び声が聞こえていたからな。それで君たちはこいつと一体どう言う関係だ? ひったくりの被害にあったのは別に君たちではないだろう?」
「偶然ひったくりを見かけたんでとっつかまえようと思って追いかけてきただけだよ」
 背広姿の男の質問にそう答えたのは何処か不審げな表情を浮かべている刀弥だった。
「そうか。その気持ちはありがたいが君たちのような学生が下手なことはしない方がいい。こう言うことは警察の仕事だ」
「その警察がいなかったから俺たちがやったんじゃねぇか」
 そう言った刀弥は何処までも不審げな顔をして背広姿の男の顔を見つめている。
「まぁ、結果的にはあんたが捕まえてくれたんだけどよ」
「刀弥、そう言う事言わないの」
 あくまで不審げ、見方によっては不服げに見える刀弥の態度を見かねた珠里が彼を嗜めた。それから背広姿の男の方に向かって頭を下げる。
「ありがとうございます。私たち二人じゃこいつを捕まえられなかったかも知れませんでした」
「いや、礼を言われる事じゃない。これが我々の仕事だからな」
 頭を下げた珠里に対して、あくまで冷静な態度を崩さない背広姿の男。
 そこに空也と真帆が一人の女性を連れてやって来た。更にその後ろからは制服警官が数人ついてきていた。どうやらひったくりの被害を受けた女性を見て誰かが通報し、それで警官がやってきたので空也と真帆がひったくり犯を追いかけていった珠里と刀弥を探してここまでやって来たらしい。多分二人がひったくり犯を捕まえたと思ってのことだろう。
「あ、いたいた。とー兄! 珠里お姉ちゃん!」
 真帆が先に刀弥と珠里の姿に気付いたらしく大きく手を振ってきた。その声に珠里が笑みを浮かべて彼女に手を振り返す。
「わざわざ呼ぶまでもなかったか」
 やって来た警官達を見て背広姿の男が呟く。
 警官達は背広姿の男を見てすぐさま敬礼した。どうやら彼らは背広姿の男のことを知っているらしい。
「ご苦労様です、水無月警部!」
「ああ、ご苦労。と言ってもこいつを追いつめたのは私じゃなくこの二人だ。彼らに礼を言ってくれ」
 警官達に頷き返しながら背広姿の男――水無月史郎警部はそう言って珠里と刀弥の方をチラリと見やった。それからニヤリと笑う。
「ご協力感謝します!」
 警官の一人が二人に向かってそう言い、別の警官が地面で伸びているひったくりの男に手錠をかけている。その間に水無月はひったくりの男が持っていた鞄を手に取り、空也と達と一緒にやってきた女性に方にそれを差し出していた。
「これがあなたの鞄ですか?」
「は、はい!」
「申し訳ありませんが調書を取らせて貰わなければなりません。一緒に署まで来ていただけますか?」
 妙に丁寧な口調で言う水無月に女性はただただ頷くばかり。それから今度は刀弥達の方を見る。
「悪いが君たちもだ。来てくれるね?」
「それほど暇じゃないんだけどな……いててっ」
「わかりました」
 ぶっきらぼうに答える刀弥の耳を引っ張りながら珠里が笑みを浮かべて答えた。それから彼女は空也と真帆の方を振り返る。
「そう言うわけだから先に帰ってくれる? どれくらい時間かかるかわからないし」
「うん、わかったよ。ほら、真帆。行くぞ」
「うん。それじゃ珠里お姉ちゃん、また明日ね」
 そう言って去っていく二人と入れ違いにパトカーがやってきた。おそらくは水無月か制服警官のどちらかが呼んだのだろう。
 パトカーの中から制服姿の警官が降りて来、水無月を見つけるとすかさず敬礼する。
「これはこれは水無月警部。流石ですな」
 その警官がそう言ってにこやかに水無月に近寄っていく。
(……あいつは確か……)
 パトカーから降りてきた警官に刀弥は見覚えがあった。銀行強盗があった日、現場で警官隊を指揮していた警官だ。
「この二人が上手く注意を引いてくれたからだ。彼らには色々と話を聞く必要がある。署まで来て貰ってくれ」
 水無月がそう言って刀弥と珠里の方を見やったその時だった。他の制服警官によって引き起こされていたひったくりの男が急に顔面蒼白になり、苦しそうな呻き声を漏らし始めたのだ。
 男は口から泡を噴き出しながら、その場に膝をつき、そのまま前のめりに倒れ込む。ピクピクと全身を痙攣させながら。
「ひぃぃぃっ!!」
 そんな悲鳴を上げたのはこの男に鞄をひったくられた女性。彼女だけではなく、水無月、珠里、刀弥、その他警官達の見ている前でひったくりの男の身体が一際大きく痙攣したかと思うと、まるで糸の切れた人形のようにぱったりと動かなくなってしまう。
 男が動かなくなったのを見て水無月が彼の側に歩み寄り、その手を取った。おそらく脈を測っているのだろう、やがて水無月は無言でその手を放し制服警官達の方を振り返ると首を左右に振った。その様子からひったくりの男がもう事切れているのだと珠里と刀弥は理解する。
(姉貴……)
(わかってるわ)
 互いに視線だけで伝えたいことを伝え、珠里はそっと袖から一枚の呪符を取り出した。手首のスナップだけでその呪符を飛ばす。
 先ほど悲鳴を上げた女性がひったくりの男が死んでいるのを知って、また悲鳴を上げて気を失う。それを慌てて支える刀弥。制服警官の一人が無線で更なる応援を呼んでいる。他には救急車も。周囲が慌ただしくなっていく中、水無月だけが相変わらずの冷静さを保っている。それを訝しげに珠里が見つめていた。

 二人が警察署から出ると彼らを待っていたかのように一人の初老の男が二人に向かって頭を下げた。
「お疲れさまでございます、珠里お嬢様、刀弥坊ちゃん」
「迎えになんか来なくてもよかったぜ、爺」
 初老の男の顔を見て刀弥がニヤリと笑って言う。
「俺も姉貴も知っての通りそう簡単にやられるようなタマじゃねぇし」
「あんたは黙っていなさい。爺、ご苦労様」
 刀弥に耳を軽く引っ張りながらそう言うと、珠里は初老の男の方へと向き直った。
 初老の男はコクリと頷くと二人を伴って駐車場の方へと向かっていく。パトカーなどの警察車両の止まっている中、一台だけその場にやたらそぐわないクラシックな車があった。神坂家が所有している車の一つでこの初老の男が好んで運転している車だ。止まっているクラシックカーを見て刀弥も珠里も苦笑を浮かべる。
「相変わらずその車好きね、爺は」
「運転し慣れているのが一番ですからな。さぁ、早くお乗りになってください」
 初老の男がそう言って運転席のドアを開けて中に乗り込む。それを見て珠里と刀弥が後部座席の方に乗り込んだ。二人が乗ったのを確認してから初老の男がクラシックカーを発進させる。
「これ、乗り心地は悪くないんだけどな。せめてエアコンぐらいつけようぜ」
「エアコンなど体に悪うございますよ、坊ちゃん」
「夏は蒸し風呂、冬はクソ寒いよりは遙かにマシだ」
「何を言いますか。昔は皆、それで過ごしてきたんですぞ」
「昔は昔、今は今。時代に合わせようぜ、爺」
「申し訳ありませんな。私は懐古主義者でして」
「嘘つけ。爺の部屋に最新式のパソコンとかあるの知ってんだぞ」
「あれはその、仕事用でございますよ。決して古い映画を快適に見る為に買ったわけでは」
「語るに落ちたな、爺」
 車内で繰り広げられる刀弥と初老の男の他愛ない会話。珠里は無言で外を見ながらその会話を聞くとも無しに聞いている。
「坊ちゃんもお部屋に……」
「わー! 待て! ここで言うな!」
 慌てた様子でそう言い、刀弥がチラリと姉の方を見る。初老の男があの後何を言うつもりだったのかはわからないが、この姉に見つかったらやばいものが部屋の中には山程ある。その中にはついこの間買ったばかりの栢木エミナのCDに付いていたポスターも含まれているのだ。
 しかしながら珠里は何処かぼんやりとした様子で、どうやら今の話を聞いていなかったらしい。ホッと胸を撫で下ろしつつ、刀弥は姉の様子に疑問を覚えた。別段それほど疲れているわけでもないと言うのに一体どうしたというのだろうか。
「姉貴?」
「……爺、悪いんだけどちょっと寄って欲しいところがあるの」
 刀弥の呼びかけを無視して珠里はハンドルを握っている初老の男に声をかけるのであった。

 珠里がハンドルを握る初老の男に頼んで向かった先はひったくりの男が水無月達に捕まり、そして突然死した場所であった。
 あのひったくりの男が死んだ状況、どう見ても、どう考えても異常なものだ。あの男が心臓病など致命的な病を患っていたとはとてもじゃないが思えない。何せあれだけの走りを見せたのだから、どう考えても健康な人間としか考えられなかった。
 そんな男がああも突然死んだりするだろうか。そこに何者かの手が絡んだのではないかと刀弥も珠里も考えている。具体的に言うならば、彼らの敵である”天使”と名乗る存在。奴らが何らかの理由であのひったくりの男を殺したのではないかと二人は思っているのだ。
 珠里は車から降りるとキョロキョロと周囲を見回した。やがて目的のものを見つけると小走りにそこへと駆け出す。
「刀弥、ちょっと来て」
「へいへい。何でしょうか、お姉さま?」
 自分を呼ぶ姉の緊迫した声に気怠そうな感じで返事し、とことこと歩いていく刀弥。彼としては早く家に帰ってゆっくりとしたい気分なのだが、この姉はそれを許してはくれなさそうだ。面倒くさいな、と思いながら珠里のすぐ後ろまでやって来た彼だが姉がじっと見つめているものを見て、その表情が変わった。つい先ほどまで浮かべていた気怠そうな表情が一変して緊迫感溢れる顔になっている。
「こいつは……なかなか面白いことやってくれるじゃねぇの」
 そう呟いた刀弥の前、民家の壁に打ち付けられているのは珠里が放った呪符。彼らの敵である”天使”達を探知する為のもの。それがまるでやか何かで射抜かれたように壁に打ち付けられている。しかも小さな呪符にご丁寧に十字を描くように何度も。
 これは自分たちに対する挑発だと珠里も刀弥も判断したようだ。”天使”達を狩る”鬼の力を得し者”――”天使”達は”天使食いの鬼”と呼んでいる――のことは”天使”達にも既に知れ渡っている。向こうから自分たちを倒そうとやってくる者がいても不思議ではない。今度の敵は珠里が飛ばした呪符に気付き、それで二人を挑発して誘き出し倒すつもりなのだろう。
「へっ、面白いじゃねぇか。挑発してくるなら乗ってやる」
 刀弥がそう言ってニヤリと笑う。
 だが、その横で珠里は神妙な顔をしていた。
「相手の正体が掴めない以上下手に動くのは危険よ。ここはじっくりと相手の正体を見極めてから行動するべきだわ」
「何言ってんだよ、姉貴! まさか怖じ気づいたのか?」
 思わぬ姉の言葉に思わず声を荒げる刀弥。姉が自分と意見を違えるとは思っていなかったのだ。普段は率先して敵を倒すよう仕向けてくるだけに今回の姉の慎重論な意見が信じられない。怖じ気づいたとしか思えなかったのだ。
「まさか。でもさっきも言った通り相手が一体どう言った奴なのかわからない以上下手に動くのは危険よ。相手の思うつぼだわ」
「どんな奴が相手だって俺なら大丈夫だ! わかってんだろ、姉貴も!」
「あんたの腕を信じてない訳じゃない。けど、今回のは厄介な相手よ。おそらくは憑依型。取り憑かれている人を殺さずに奴だけを倒せる? それにどうやって取り憑かれてる人を見極めるの?」
 珠里の言葉に黙り込む刀弥。
 彼らの敵である”天使”にはいくつかのタイプがある。その中でももっとも厄介なものが”憑依型”の”天使”。人間と契約を交わしその身に憑依する。そして契約を交わした人間の望みを叶えようとその力を発揮するのだ。他のタイプの”天使”との最大の違いは普段は契約した人間の中に隠れており、その姿を見つけることが困難だと言うこと。
 ”鬼の力を得し者”の一族の中でもかなり上位の使い手である珠里にしても憑依型の”天使”を見つけるのは至難の業である。探査系の術を苦手としている刀弥では尚更だ。それが自分でもわかっているから刀弥は黙り込むしかない。
「相手の挑発に乗るなんて下の下。ここはじっくりと相手の正体を見極めてから一気に倒しましょう。いいわね?」
「……わかったよ」
 何処か不服そうに応える刀弥を珠里は少し不安そうな目で見つめる。何となく、何となくだがこの弟を放っておくといけない気がする。口では自分の言ったことを理解したようなことを言っているが心の内側では何と思っているか。
(何か手を打っておく必要あり、ね)
 最低でも今夜一晩は身動きをとれなくする必要がある。向こうは手ぐすね引いてこちらを待っているだろう。少しでも相手の裏をかかなければ、下手をすればこちらがやられてしまう。わざわざこちらを挑発してくるくらいだ、今回の敵はそれほどの実力を持っていると考えるべきだ。果たしてそれがこの弟はわかっているのだろうか。
 刀弥に気付かれないよう、珠里は小さくため息をつくのであった。

 そしてその日の夜。
 江戸時代から続く武家屋敷を少し現代風に改築しただけの神坂家の周囲にある塀の上に黒いコートを着た刀弥が姿を見せた。
「まったく……姉貴の奴」
 よく見ると彼の姿は少しボロボロになっている。
 実は弟の勝手な行動を止める為に珠里は彼の部屋のドアやら外へと通じるドア、窓などに様々な罠を仕掛けていたのだ。中には一歩間違えれば大怪我しかねないものまであり、それを突破するのに予想以上に時間がかかってしまっていた。
「さてと……上手く出てきてくれりゃ御の字なんだけどな」
 さっと軽やかに塀の上から道路に降り立つ刀弥。首を軽く回してから街の方へと歩き出した彼を物陰からじっと見ている影があったことに彼は気付いていない。
「やれやれ、でございますな」
 刀弥の姿が見えなくなってから物陰から出てくる初老の男。刀弥や珠里に「爺」と呼ばれている男だ。彼は小さくため息をつくと懐から携帯電話を取り出した。かける先は勿論珠里だ。
「……あ、珠里お嬢様。刀弥坊ちゃんが出て行かれました。すぐに追いかけて……わかりました。ではそのように」

「まったくあのバカ……」
 電話の子機を充電器を兼ねているホルダーに戻し、珠里は小さくため息をついた。
 あれほど言っておき、尚かつ勝手に出歩かないようあちこちに罠まで仕掛けて警告しておいたのにも関わらず、刀弥は出ていってしまった。
 今回の敵はこちらのことを知っていて、それでいてこちらを挑発してきている。その挑発に乗ってのこのこと出ていけば、それこそ奴の思うつぼ。何らかの罠が用意されているであろう事は見え見えだ。それをわかっていてわざわざ出向く必要はない。向こうが準備をして手ぐすね引いて待っているならばこちらもそれなりの対応をすれば良いだけのことだ。
 それなのに、それを充分言い含めておいたはずなのに刀弥は相手の挑発に乗って出ていてしまった。念には念を入れて爺やに屋敷の外を見張らせておいて正解だったわね、と思いながら珠里は立ち上がる。こんな事もあろうかと既に巫女服姿になっている。後は先に出ていった馬鹿を追いかけるだけ。
「こっちが先に見つけられれば良いんだけど」
 敵が先に刀弥を見つけ、戦闘に突入してしまうと厄介だ。屋敷の外に出た珠里は足早に刀弥の消えた方へと歩き出した。

* * *

 まるで闇の中に溶け込むような漆黒のコートに身を包んだ、まだ少年とも言える歳の若い男が歩いていくのを私は彼に気付かれないよう、じっと見つめている。
 どうやらあの少年が私の”敵”である”鬼の一族”の者らしい。その全身から発せられる我ら”天使”に対する殺気は相当のものだ。だが、それを隠し切れていないところがまだ彼が若く経験が不足していると言うことを証明している。
 あれならば少しの策を弄せば倒すことは可能だろう。彼から感じられる殺気からすれば、後数年経験を積めば”鬼の一族”の中でも有数の使い手になるはずだ。全くもって惜しい才能ではあるが、所詮彼は我らの敵。彼が今以上に強くなり、我らにとってより厄介な敵となる前に始末しておくのが本筋だろう。
 それにしても本当に惜しい才能だ。もしも彼が我らに組みする者であれば私にとって良い片腕となったやも知れないのだが。しかし、現実において彼は我らとは相容れぬ者。決して我らに組みすることはない。彼と我らは互いに殺し合う運命にあるのだ。何とも残念なことではあるが。
 さて、それでは名残惜しいがそろそろ彼には死んで貰うことにしよう。既に彼に対する罠は仕掛け終えている。後は彼がその罠に飛び込んでいくのを見ているだけでいい。
 問題があるとすれば……彼を助けにもう一人の”鬼の一族”の者が現れることだろうか。実戦の経験は彼と同じくそう多くはないだろうが、もう一人の方は彼よりも頭が切れそうだ。私の仕掛けた罠もそっちなら見破ってしまう可能性が高い。出来るなら彼の少年が一人でいる間に何とかしてしまいたいところだが。
 まぁ、良い。来たら来た時だ。一緒に始末することは決して不可能ではないだろう。
 私は何も知らずに、私の仕掛けた罠へと歩み続けている彼の少年の背を見つめながらほくそ笑んだ。

* * *

「何つーかやな感じだぜ」
 先ほどから周囲に人の気配を感じなくなってきている。どうやら敵の仕掛けた結界の中に入ってしまったらしい。
 今回の結界は前回病院で戦った時に張られていた結界と違って単に人を近寄らせない為のもの。中に入ったとしても特に不利になるようなことはない。
 所詮はただの人払い用の結界だ。そうは思うものの何処か緊張してしまう。おそらく、普段なら完全に背を預けておいて安心出来る姉がこの場にいないからだろう。口うるさいわ人のやることにいつも文句を言ってくるわで普段は鬱陶しいことこの上ない姉だが、いざというときにはとても頼りになる。どうやらそれなりに信頼はしているらしい。そんな自分が少しおかしくて思わず口元に笑みが浮かぶ。
「やれやれ、俺もまだまだって事だな」
 そう呟き、刀弥は足を止めた。周囲に漂うただならない空気に気付いたのだ。
 ゆっくりと周囲を見回すといくつもの異形が姿を現してきた。”使徒”と呼ばれる彼らの敵”天使”が人間の心の隙につけ込み、自らの走狗にした怪物だ。元は人間なのだが、もはや人間の心も何も残っておらず、元に戻ることもない。その分身体能力などは格段に上がっているのだが。
「”使徒”? 姉貴の奴、間違えたか?」
 ゆらゆらとまるで陽炎が揺らめくように身体を揺らせている”使徒”達に囲まれながら刀弥が一人ごちる。
 憑依型の”天使”は隠密行動を好むという性質上、”使徒”を使役することはない。稀に例外がないわけでもないが、ほとんど有り得ないことだ。
 今度の敵は憑依型の”天使”だと珠里は断定していた。刀弥も特にそれを疑うわけでもなかったのだが、こうして周囲を”使徒”に囲まれてみると姉の判断が間違っていたのではないかと思ってしまう。
「まぁ……どっちでも良いさ。全部ぶっ倒しゃ同じ事だからな」
 そう呟くと同時に刀弥が駆け出した。
 すかさず彼を追いかけるように”使徒”達も走り出す。
 刀弥は走りながらチラリと後ろを振り返り追いかけてくる”使徒”の数を数えた。全部で十体。一人で倒せない数ではない。一斉にかかってこられると少々厄介ではあるが。
「それじゃ始めますか」
 ぐっと足を踏ん張るようにして急ブレーキをかけた刀弥はそのまま身体を回転させ、おってくる”使徒”の先頭の一体に回し蹴りを叩き込んだ。
 刀弥の回し蹴りを喰らった”使徒”が吹っ飛ばされ、後方を走ってきていた仲間を巻き込みながら倒れていく。倒れた仲間を飛び越えて別の”使徒”が刀弥に飛びかかっていった。指を伸ばし、貫手で彼の身体を貫こうとする。
 片足を引いてその貫手をかわした刀弥はそのまま勢い余って通り過ぎようとしていた”使徒”の首筋に肘を叩き込んだ。べしゃりと濡れた雑巾を叩きつけるかのように”使徒”の身体が地面に叩きつけられる。その背を踏みつけながら今度は刀弥が前に出た。
 新たに飛びかかって来た”使徒”に前蹴りを喰らわせると、ジロリと残る”使徒”を見やる。もしも”使徒”達に人間らしい感情が残っていれば皆怖じ気づいたかも知れない程、その目は殺気ばしっていた。だが、この場にいるのはもはや人間であることを捨てた”使徒”。彼らに人間としての感情はもはや残されていない。完全に”使徒”となった者にあるのは”天使”の命令を遂行すると言うことだけ。
「……まとめてあの世に送ってやるよ」
 刀弥はそう呟くと口元に壮絶な笑みを浮かべた。

* * *

 自動販売機の取り出し口に落ちてきた缶を取り出し、そのプルタブを開け口を付けようとした時だった。息を切らせながら走る一人の巫女服姿の少女を見つけたのは。
 おそらく彼女の姿があまりにも珍しかったから目に付いたのだろう。夜の街を駆け抜ける巫女さんなどそうそうお目にかかれるものではない。特にそう言う趣味があるわけでもないが何気なく彼女の走っていった方向を見届け、そちらの方へとぶらぶらと歩き出してしまう。
 さて、あの巫女さんは一体何をそんなに急いでいるのだろうか。この街で起きている奇妙な事件、それに何か関係しているのだろうか。その調査の為にわざわざ本庁から派遣されてきた身としては、例え見当違いかも知れないがそれっぽい事件なら追いかけてみる必要があるかも知れない。
 などと言うのは実際のところただの建前だ。本音を言わせて貰えば何やら面白そうな予感がしている、ただそれだけに過ぎない。
 よく友人達から「お前は絶対に就職先を間違った」と言われているが、あながちそれは間違いではないだろう。自分でも時たまそう思うことがあるくらいなのだから。まぁ、今の就職先は何と言っても超安定企業――最近不祥事が多いという話もあるが――なのだから決して選択を間違えたと言うことはないのだが。
 さて、そんな余計なことを考えている間に巫女姿の少女の姿をすっかり見失ってしまったようだ。まぁ、向こうが駆け足だったのに対してこっちは普通に歩いているだけだったから、離されるというのも当然だろう。しかし彼女がどっちへ向かっていったかは覚えている。このまま歩いていけばいずれ彼女を見つけることが出来るかも知れない。
 仮に見つけられなくても、それはそれで構わない。あくまでも今は職務時間外。そこまで仕事の虫でもないので、見つけられなくても何の問題もない。それに単なるコスプレだという可能性もある。
 とりあえずはぶらぶらと歩いてみよう。何かあればその時はその時だ。

* * *

 ”使徒”のハイキックをしゃがみ込むようにしてかわし、そのままその”使徒”に足払いを仕掛ける刀弥。その背後から彼に掴みかかろうと別の”使徒”が近寄ってくるが、その手をかいくぐり相手の腹に肘を叩き込む。更に空いている片方の手で”使徒”の顔面を掴むとそのままアスファルトの地面に叩きつけた。
 勿論この程度のことで”使徒”を倒せるとは思っていない。”使徒”となった人間の耐久力は並大抵のものではない。普通の人間なら即死しかねない一撃でも簡単に耐えてみせる。
 倒した”使徒”から離れ、他の”使徒”を見やる。どいつもこいつもまだまだぴんぴんしている。やはりこの連中を素手で倒すのは無理らしい。決して不可能ではないが、相当時間と体力のかかることだろう。たかが”使徒”に時間をかけるわけにはいかない。
 そっとコートの内側に手を入れ、そこから一振りの刀を取り出す刀弥。超金属ヒヒイロカネで出来たこの刀は光さえ切り裂くことが可能。並大抵の攻撃では倒れることのない”使徒”もこの刀の前では敵ではない。
「恨むなよ。お前らが自分で選んだ道だぜ」
 ”使徒”達に言い聞かせるようにそう呟き、刀弥は刀を鞘から抜きはなった。そしてタッと地面を蹴る。次の瞬間、彼の姿は一体の”使徒”の真正面に現れていた。”縮地”という移動法だ。
 あまりにも突然、目の前に現れた刀弥にその”使徒”は反応出来ず、彼の持つ刀によって肩口から一気に斬り下げられてしまう。
 斬られた”使徒”が灰化するのを見届け、刀弥は素早く振り返った。同時に手にした刀を斜め上へと斬り上げる。その一撃を彼の背後から掴みかかろうとしていた”使徒”がまともに喰らい、すぐさま灰化した。
「まずは二つ」
 そう呟き、他の”使徒”達を見やる。相変わらず動揺の一つも見せていないが、少し彼を警戒するような動きを見せ始めている。どうやらほぼ一瞬にして二体の仲間を失ったことを見て刀弥が徒者ではないと向こうも悟ったらしい。
「チッ……そう簡単には行かないって事か」
 こちらの隙を窺うように動く”使徒”達に刀弥は苛立ちを覚えた。この”使徒”を操っている本命の敵である”天使”は未だ姿を見せていない。だが確実に何処かで自分を見ているはずだ。でなければこの”使徒”達の突然の動きの変更は説明が付かない。
 ”使徒”達には自らの意思はない。彼らを”使徒”にした”天使”の命令によって動くのみの存在だ。機械と同じように与えられた命令をただ遂行するのみ。例えば誰かを足止めしろと命令されればその身を滅ぼされるまでその誰かを足止めし続けるだろうし、敵対するものを殺せと言われれば、やはりその身が滅びるか対象の相手が死ぬまで戦うだろう。
 だが、相手の動きに対応してその行動を変えると言うことはしない。足止めしろと命令されている時に対象の相手が逃げようとしてもやはり足止めするだろう。彼らの主である”天使”からの命令を新たに受けない限りその行動を盲目的に遂行するのみなのだ。
 その命令自体は特に口頭でやらなくても出来るのだろう。”天使”と”使徒”の間には何か見えないラインのようなものが繋がっているらしく、だがその視界の中に入っていない限りその命令が届くことはない。
 自分よりも敵について詳しい姉がそう言っていたのだからおそらく間違いはないのだろう。と言うことは何処かで自分を見ている”天使”が必ずいるはずだ。そして自分の剣技に脅威を覚えて”使徒”の行動をより慎重なものへと変更させたに違いない。
「何処にいやがる……?」
 自分を取り囲み、隙を窺っている”使徒”を無視してこの”使徒”達を操っている”天使”の姿を探す刀弥。”天使”さえ倒してしまえば残された”使徒”は自然に崩壊する。決して元の人間に戻ることはないが、それでも”天使”にいいように捨て駒として使われるよりはマシだろう。
 そんな刀弥を見て、隙ありとでも思ったのか一体の”使徒”が彼に飛びかかって来た。
 振り返りもせずにその”使徒”を叩き斬る刀弥。
 飛びかかろうとした姿勢のまま、灰となり崩れ落ちる”使徒”。
「……あー、何かもう面倒くせぇ。お前ら全員倒したら本命も出てくるだろ」
 少し肩を落としながらそう言い、刀弥は降ろしていた刀を構え直した。残る使徒はだいたい七体。少し時間がかかるかも知れないが倒せない程ではない。
「さっきも言ったが……お前らが自分で選んだんだ。恨むなよ」
 言うと同時に地面を蹴って一体の”使徒”の前に躍り出る。その”使徒”が何らかの反応をするよりも早く、その身体をヒヒイロカネの刃が貫いた。目の前で灰となり崩れ落ちる”使徒”に背を向け、背後から飛びかかって来た別の”使徒”に振り返り様の一撃を叩き込む。胴に横薙ぎの一撃を食らった”使徒”がその場で灰となる。
 その灰が刀弥の前に広がり、一瞬彼の視界を奪った。
「しまった!?」
 もしこの場に珠里がいたら叱咤の声が飛んだであろう失態を演じてしまった刀弥だが、すぐさまその広がった灰の中に飛び込んでいく。次の瞬間、彼が立っていた場所に別の”使徒”が鋭い手刀を突き立てていた。強化されているその指先がアスファルトの地面を穿つ。
 地面を転がり灰をかわした刀弥は身を起こすと同時に刀を前に突き出した。そこに飛び込んで来ていた”使徒”が切っ先を受けて吹っ飛ばされる。灰化はしない。ただ吹っ飛ばしただけだ。
 刀弥は立ち上がると後ろに向かって蹴りを放った。灰の中から飛び出そうとしていた”使徒”がその蹴りを喰らって地面に倒れる。素早くその上にまで移動し、刀弥は刀を逆手に持って振り下ろした。彼の足下にいた”使徒”が灰化する。
「後四つ!」
 そう叫んだ刀弥に向かって一体の”使徒”が拳を突き出してくる。左腕でその手を払いのけた刀弥は素早く足を振り上げ、その”使徒”に回し蹴りを見舞った。たまらずよろけるその”使徒”に代わって別の”使徒”が彼の背後から襲い掛かってくる。その場で大きくジャンプしてその”使徒”の攻撃をかわす刀弥。着地すると同時にその”使徒”の背をばっさりと斬り捨てる。
 倒れ込みながら灰化する”使徒”を背に刀弥は駆け出した。何故かはわからないが、この場に止まっていてはいけないような気がしたからだ。
(何だ……さっきから感じる視線は……?)
 先ほどから何とはなしに何者かの視線を感じる。一体何者が見ているのかわからないが、じっと観察されているようで何とも不愉快だ。もしこれがこの”使徒”達を操っている”天使”ならば警戒した方がいいだろう。
(何処にいやがる?)
 この場に珠里がいたならば得意の術で隠れている敵を見つけだすことは容易だろう。だが、今この場に頼れる姉はいない。戦闘に特化しすぎている自分では隠れている敵を見つけだすのは容易なことではないが、それでもやるしかない。
 足を止めると同時に振り返った刀弥は手にした刀を横に一閃させた。生憎とその刃が”使徒”の身体を捉えることはなかったが、それはそれで充分だ。”使徒”達は警戒したように刀弥を取り囲んでいる。
 そんな”使徒”達を刀弥がジロリと見回していると、彼の足下にどこからともなく一本の矢が突き刺さった。はっと顔を上げる刀弥。一体何処からこの矢が飛んできたのか、それを見極めようとするのだがそこに”使徒”が飛びかかって来た。
 その”使徒”が鋭く突き出してきた手刀を手にした刀で受け流し、その”使徒”に回し蹴りを叩き込む。と同時に回し蹴りの勢いを利用して身体を跳ね上げさせる。よろけた”使徒”に追い打ちの後ろ回し蹴りを叩き込みながら、更に身体を回転させて反対側に降り立つ。
 その足下にまた一本の矢が突き刺さった。明らかに驚きの表情を浮かべてしまう刀弥。その矢に手を伸ばし、地面から引き抜くとまた周囲を見回す。
 相変わらず自分を観察するような視線を感じている。殺気などは特に感じられないのだが、それが逆に不気味だった。そしてこの矢。一体何の意味があってわざわざ自分の足下に撃ち込んでくるのか。
「何のつもりだ!?」
 思わず口に出してしまう。
 敵が何を考えているのかわからない。自分の命を奪うつもりなら矢を足下に撃ち込みはせず自分の胸に撃ち込めばいい。そもそも自分を殺す為に挑発してきたのではないのか。にもかかわらず一体どうして足下にばかり矢を放ってくるのか。
「いるんなら出てきやがれ! 一思いにぶった斬ってやる!」
 何処かで見ているであろう敵に向かって怒鳴りつける刀弥。
 もはや苛立ちも限界に近い。姿を一向に見せない訳のわからない敵。こちらを挑発しておきながら殺気一つさせず、からかうように自分の足下にばかり矢を撃ち込んでくる敵。馬鹿にされているような気がしてますます苛立ちが募る。
 手に持った矢を思わずバキリと折り、それを地面に叩きつけながら刀弥はぐるりと自分を取り囲んでいる”使徒”を睨み付けた。とにかく先にこいつらを一掃する。そうすれば否応なしに本命である”天使”も出てこざるを得ないだろう。
「ああ、そっちがそのつもりならいい。引きずり出してやるまでだ」
 苛立たしげに刀を構え直し、一歩前に踏み出す。
 それを見て”使徒”達が一歩後ろに退いた。刀弥が一歩踏み出せば、”使徒”達が一歩退く。距離は変わらない。そのことが刀弥をますます苛立たせていた。
「テメェら! いい加減にしやがれっ!!」
 もはや我慢の限界とばかりに思い切り怒鳴ると刀弥は正面にいる”使徒”に向かって飛びかかった。勢いよく刀を振り下ろしていくが”使徒”は両腕を交差させてその一撃を受け止めてしまう。いや、結局は受け止めきれずに腕を切り落とされてしまった”使徒”の無防備となった腹に素早く刀を突き刺し、すぐに引き抜く。
 瞬時に灰化し、崩れ落ちる”使徒”を見ることなく刀弥は残る二体の”使徒”へと振り返った。だがそこに”使徒”の姿はない。何かの気配に気付いてさっと上を見上げるとそこに二体の”使徒”の姿があった。
 それを見た刀弥は口の端を歪めて笑みを浮かべる。上から襲い掛かるつもりのようだがそれは無駄だ。その程度の高さならば自分の跳躍力の方が勝っている。そう思って、刀弥は地を蹴った。あっという間に”使徒”達の更に上へと躍り出る。
「馬鹿! 罠よっ!!」
 突然聞こえてきたその声に刀弥がはっとなった。素早く下を見回してみると悲痛な表情の姉がいる。少し離れたところにもう一人、暗くて顔ははっきりとは見えないが男がいるのがわかった。
(確か今度の奴は憑依型……ならあいつが本命か!?)
 その次の瞬間、空中にいる刀弥に向かって矢が放たれる。その矢の狙う先は今度こそ彼の胸、心臓のある位置だ。
 空中にいる刀弥にはどうすることも出来ない。ただその矢が突き刺さるのを待つのみであった。
 
To be continued...

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