ちょっと急ぎ足で廊下を歩いておりますと、前方に見慣れた後ろ姿。確認するまでもなく、あの後ろ姿が我が世界征服同好会の作戦参謀、雨宮 凪であるとわかりました私は彼女に声をかけようとして、それを思い止まりました。何故なら凪が誰かと妙に神妙な顔をして話をしておりましたから。

 きっと何か大事なお話なのでしょう。私の方は別段彼女に重要な用がある訳でもありませんでしたので、今は声をかけずに、そもそもの急いでいた理由を思い出して、目的の教室へと向かいます。

「犬神小夜はいますか?」

 目的の教室に入るなり私がそう言うと、その教室の前方、ほぼ中央の机(要するに教壇の一番前の絶好のポジションですわ)の上に突っ伏していた少女が顔を上げて入り口のところにいた私の方を振り返ってきました。そして、私の姿を認めて、その顔に満面の笑みを浮かべます。

「沙耶ちゃんっ!」

 そう言ってその少女、犬神小夜は物凄い勢いで立ち上がると私の側まで飛ぶようにやってきました。文字通り、いくつかの机の上を飛び越えて、ですが。相変わらず凄い運動神経ですわね、この子は。

「どしたの? 私の教室まで来るなんて珍しいよね?」

 何故か目をキラキラさせて小夜がそう言ってきます。もし、この子に尻尾が生えていたらきっと全力で振っていることでしょう。何故かそう言う気が致します。

「先日あなたにお貸しした英語の辞書を返して頂きたいのですけれども」

「へ? 辞書?」

「この間あなたが忘れたから貸してと言ってきたので貸してあげましたでしょう? 次の時間、私のクラスは英語ですから必要なんです。ですから返して頂けません?」

 キョトンとした顔をする小夜に少し呆れながら私は説明します。しかしながら、授業と授業の間の休み時間はそれほど長くはありません。出来れば早く辞書を返して頂き、自分の教室に帰って次の授業の準備など致したいところなのですが。

「あー……辞書ね、辞書……英語のだよねー?」

 少しどころじゃなく眼を泳がせる小夜に私は何やら言い表せない嫌な予感を覚えました。もしかするともしかするんじゃないかと。出来ればこの予感は外れて貰いたいのですが。

「……えっと……ゴメン、家に持って帰って忘れて来ちゃった」

 そう言って舌を出す小夜を見て、私はやっぱり、と思うと同時にため息をつきました。得てして嫌な予感というものは当たるものだと何処かで聞いたことがあるのですが、まさか自分にまで適用されようとは。

 しかし、そうなると困りましたわね。一応予習復習は欠かしておりませんが、辞書があるのとないのとでは色々と違います。

 ここで小夜を責めるのは簡単ですが、彼女を責めたところで辞書が降って湧いてくる訳でもありません。まぁ、彼女のことだからそう言う可能性もなきにしもあらず、と言う気はしておりましたし……。

「本当にゴメンね、沙耶ちゃん。あの日宿題出ててさ、それやる為に思わず持って帰っちゃって、そのままで……」

「まぁ、宿題をやろうと思っただけでもマシですわね。仕方ありませんわ、辞書無しでも何とかなるでしょうし」

 私の様子を見てちょっと申し訳なさそうな顔をする小夜にそう言い、私が自分の教室に戻ろうとした時でした。不意に横合いからすっと英語の辞書が差し出されます。

「辞書。これでいいだろ?」

 男っぽい言葉遣いでそう言ってきたのは凪でした。いつから私と小夜の話を聞いていて、そして何時の間に辞書を用意したのかはわかりませんが、とにかく辞書を差し出してきた凪はニヤリと笑っています。

「ちゃんと返せよ、沙耶佳。小夜と違って信じてるからな」

「ちょっと、どう言う意味なのさ、凪ちゃん!」

 チラリと小夜の方を見て嫌味を言う凪に早速小夜が食って掛かります。

 どうも凪は小夜のことをああやってからかうのが好きみたいで、また小夜も結構ストレートに反応するので余計に凪はそれを楽しんでいるみたいなところがありますわ。まぁ、ちょっとやりすぎるとケンカになりかけますけれども、それでもこの二人、仲が悪いわけではなく、むしろこの様なやりとりが二人にとっての日常、それはそれでそれなりに仲はよいようでして私としては安心して見ていられるのです。

「ああ、そうだ、沙耶佳」

 小夜と睨み合っていた凪が不意に私の方を見てきます。

「何でしょう?」

「今日の活動、ちょっと遅れるから先に始めておいてくれないか?」

 神妙な顔をしてそう言う凪に私はコクリと頷きました。今日のところはこれからどうするかを話し合うだけの予定(まぁ、いわゆる作戦会議って言うものですわね)だったので、少しぐらい凪が遅れてきてもさほど問題はないでしょう。もっとも頭脳労働担当である凪がいなければ話は少しも進みませんでしょうけども。



 そして放課後。

 この学園には有象無象のクラブや同好会が数多とある訳ですが、私達の「世界征服同好会」も又その内の一つ。もっともその名称からもわかる通り、あまり表沙汰に出来るような活動ではありませんので非公式な訳ですが。それでもこうして空き教室一つを丸々我らの部室というか本拠地に出来ているのは一重にこの私の手腕によるものですわ。

「ねー、総帥。眼鏡は何で来てないの?」

 何処から持ってきたのか、小夜がクッキーをかじりながら私にそう尋ねてきました。確か今日は調理実習などはなかったはずですし、そうなると家から持ってきたのかそれとも何処かで買ってきたのか。まぁ、後者は有り得ませんわね。小夜の家は小夜を筆頭に兄弟姉妹が総勢9人。そんなに裕福な家ではありませんし、お小遣いもそんなに貰ってはいないと聞いたことがありますので、おそらくは家に用意されていたおやつをこうして持ってきているのでしょう。でもそれをやったら弟や妹たちとケンカになったりしないのでしょうかね?

「まさかして、あの眼鏡、さぼり?」

「参謀は何か用事があると言っておりましたわよ。と言うか、その場にはあなたもいたでしょうに」

 少し呆れながらも私はそう答えました。

 それにしても小夜はどうして凪のことを”参謀”とは呼ばすに”眼鏡”と呼ぶのでしょうか? まぁ、確かに凪は眼鏡をかけていて、それが似合うのですけれども、出来ればこうして活動中はちゃんとその役職で呼んで貰いたいものですわ。もっとも凪も小夜のことを”脳天気”と呼んでおりますけれども。

 ちなみに小夜のこの同好会での役職は”戦闘担当”で、いわば怪人ですわね。ですから今のところ私も凪も活動中は小夜のことを特定の名称で呼んでいたりはしないのですが。

「ん〜? 聞いてないよ、私」

「英語の辞書を返して貰いに行った時ですわよ」

「あー……眼鏡ばっかり気にしてたから……」

「本当にあなたは……」

 ここが小夜の悪いところですわね。一つのことに夢中になるとまるで周りが見えなくなると言う。まぁ、ある意味長所でもありますが、短所でもあります。出来る限り改善するよう注意してきたのですけれども、本人にやる気がないのか、まるで改善する様子は無し。全く、頭の痛い話ですわ。

「お待たせ……ってまだ始めてなかったのか?」

 私が小さくため息をついたのとほぼ同時に凪が教室に入ってきました。少し息が切れているのは走ってきたからでしょうか。

「始めるも何も参謀たるあなたがいなければ何も始まりませんわ」

「そうだそうだ。今まで一体何処で何してやがったんだよ、眼鏡?」

「色々と下調べと根回しだよ、脳天気。大体お前が普段からもっとしっかりしていてくれればこんな苦労はしなくて済んだんだ。宿題忘れるだの授業中に居眠りするだので放課後に補習とか、そう言ったことがなければな!」

 そう言いながら凪は小夜の頭を抱え込んで、その頭頂部に拳をぐりぐりと押しつけました。うーん、見ているだけで痛そうですわね。ですが、あえて止めには入りません。凪の言うことはもっともですし、もう少し小夜にも自覚を持って貰いたいですから。これも小夜の為ですわ。

「いたたたたたっ!! ギブッ! ギブってばっ!!」

 凪はかなり本気でやっていたのでしょう、今にも泣きそうな悲鳴を上げつつ、小夜が自分の頭を抱え込んでいる凪の腕を叩きます。

「全く……」

「アイタタタ……もうちょっと手加減してくれてもいいじゃんか!」

「それはお前の為にならないだろ」

「参謀の言う通りですわね。少しは反省なさい」

 じっと涙目で凪を睨んでいる小夜にそう言い、私は凪の方に目を向けました。さて、先程凪が言っていた”下調べと根回し”とは一体どう言うことなのでしょうか?

 総帥たる私に何も言わず、何かを押し進めるとは、本来ならばもってのほかなのですが、凪が私を裏切るような真似をするとは思えませんし、思ってもいません。きっと何か我々に対してプラスになること、役にたつことをしてくれていたはずです。

「それで参謀、今まで何をしていたのです?」

 ちょっと期待感を滲み出させつつ、そう尋ねます。

「ン……この前からちょっと考えていたんだけどね。何をどう考えてもうちは戦力不足なのは否めない。それは総帥もわかって貰えてるよね?」

「ええ。ですがこの間」

「それは承知してる。でもこの三人じゃ、あいつにすら勝てないのが現状だ」

「ならもっと頑張れよ、眼鏡」

「お前に言われたくないぞ、脳天気。大体お前が戦闘担当だろうに。そのお前があいつに一矢も報いてくれないから、こうやって今回色々とやる羽目になったんだ。ちょっとはその辺のこと自覚しろ」

 茶々を入れてきた小夜に凪がじっと睨み付けるようにしてそう言い放ちます。ですが、そんなぐらいで凹むような小夜じゃありません。

「むー……大体、眼鏡の作戦が悪いんだよっ! と言うか姑息すぎなんだよ! 後ろから殴れとか落とし穴掘ってそこに落とせとか!」

「真正面からやっても勝てないからそう言う案を出してるんだ、私はっ! 一度真正面から正々堂々とやってこてんぱんにされたのを忘れたのか?」

「フンッ、私は過去を振り返らない女なのさっ!」

「ちったぁ振り返れ、この馬鹿っ!」

「馬鹿って言ったら馬鹿って言った方が馬鹿だもーん!」

「なら今三回も言ったお前の方が圧倒的に馬鹿だな」

「むきー、この眼鏡ー!」

 しかしながら小夜は何時になったら口で凪に勝つことが出来ないと言うことを覚えるのでしょうか。私達の付き合いはかなり長いというのに。まぁ、自分でも言っていた通り、あまり過去にはこだわらない、その脳天気な性格がそうさせているのかも知れませんが。

「はいはい、そこまで。何度も言っておりますが、口で勝てないからと言って手を出してはダメですわよ」

 手をパンパンと叩いて二人の注意を私に向けさせます。

 殴り合いをさせたら小夜が凪を圧倒するだろう事は目に見えてわかることですし、そうすることで仲がこじれたりしてもいけません。ちょっと不服そうな小夜ですが、凪の言っていることがわかっているせいか、おとなしく引き下がります。まぁ、何だかんだ言ってもこの二人、結構仲がいいので、ほっといても大丈夫でしょう。

「話を続けてください、参謀」

 そう言って凪の方を見ると、彼女は一回、こほんと咳払いをしました。それを見た小夜が小さい声で「えらそーに」とか呟いていたのですが、あえて無視します。これ以上凪の話を脱線させていると、今度は凪の方が拗ねかねませんし。

「えーっと、何処まで話したっけかな? ああ、私達三人じゃあいつに勝てないってとこまでだったか。それでちょっと考えてみたんだ。私達じゃあいつに勝てない。ならあいつに勝てそうな奴を捜してぶつければいい。仮にあいつが勝ったとしてもこっちに被害はないし、あいつが負ければこっちは万々歳」

「それはそうですが……」

 凪の言うことはわからないでもないのですが、この間言った通り、私はまだ人員を増やす気はございません。その辺りのことを凪は忘れているのでしょうか?

「ねーねー。それじゃ、その、あいつに勝てそうな奴を勧誘するの?」

 私の不安を小夜があっさりと口にします。

「いいや、勧誘はしない。大体それじゃこの間総帥が言ったことに反するだろ。更にさっき私が言ったことにも反してくる。私がしたのはあくまで下調べと根回しだけだ。それ以上のことは特に何もやってないし、するつもりもない」

 さて、これは一体どう言うことなのでしょうか?

 確かに私達ではあの女には勝てそうにありません。そもそも戦闘担当である小夜が全く敵わない時点でもう無理なのは分かり切っています。凪も私も戦闘能力に関してはほぼ皆無に近いものがありますから。まぁ、切り札がない訳でもないのですが、あくまでそれは最後の最後に出すから切り札なのであって、今はまだその時じゃない、と言う気がします。

 ちょっと話が横道にそれましたわね。それはともかく、一体凪は何を考えているのでしょうか。あの子はこの学校でも一二を争う程の天才、何か私達には想像もつかないことを考えているのでしょうが……何となく不安がない訳ではありません。

「一体どう言うことなのさー?」

 明らかに不満そうに頬を膨らませつつ、小夜が尋ねます。

「今から説明するからおとなしく黙って聞け」

 ジロッと小夜を凪が睨み付けます。それからまたこほんと咳払いしてから、凪が口を開きました。

「私達のことを色々と何故か邪魔しに来るあの天道 要――あの自己中と言うか何と言うか、とにかくひどく自信過剰ではっきり言って友達がいないんじゃないかと思える程痛い奴なんだが、その身体能力とか頭脳とかは悔しけれどもあいつの自信過剰を裏打ちするようにかなり高い。しかしながら、やっぱりあの性格……とにかく自分至上なあの性格のお陰でもしかしなくても敵が多いんじゃないかと思ってちょっと調べてみたら、出てくる出てくる。もう一人二人というレベルじゃなくって十人二十人、下手すれば各クラスに五人以上はあいつに恨みとかを持っている奴がいるってレベルだった。この学校は一学年に五クラスはあったはずだから、全部あわせると最低でも七十五人はあいつに恨みを持っているって計算になる」

「い、一体何をすればそこまで恨みを買えるんですの?」

「言っただろ、自信過剰な上に自分至上主義だって。色々とやっているらしいよ。今回、話を聞いただけでも様々な部活荒らしをやっていたとか、クラスで一番の奴に自らケンカをふっかけてみたとか」

「何でそんな事していますの?」

「さぁ? 流石に私は当人じゃないからそこまではわからない。多分でいいなら……あれじゃないかな。自分の能力を自分で再確認しつつ、それを周りに見せつけている。自分は凄いんだぞって」

「うわ〜、それは恨み買っちゃうね」

「そういうこと。まさに人の迷惑顧みず、だね」

 そこまで言って凪は鞄の中からメモ帳を取り出しました。

「そう言う訳であいつ、天道に対して色々と恨みを持っていて、何とかあいつをぎゃふんと言わせたい連中はこの学校にかなりたくさんいる訳だ」

 言いながらメモ帳を開いて、パラパラとめくる凪。どうやらあのメモ帳には例のあの女に対して恨みを持っている人達の情報が記入されているのでしょう。

 しかし、今だに凪が一体何をやりたいのかが見えてきません。

「それでさ、結局何が言いたい訳なのさ?」

 またしても小夜が私の言いたいことをさらっと口にします。何と言うか、まるで以心伝心みたいで、頼もしいやら恥ずかしいやら。まぁ、小夜の方はそんなこと、全く考えていないんでしょうけど。

「まだわからないかねぇ……天道 要に恨みを持っていて、あいつをぎゃふんと言わせたい奴はたくさんいるんだよ。私達以外にもね」

 そこまで言われて、私はようやく凪が何を言いたいのかを理解しました。

「成る程、私達以外にあの女に恨みを持っている連中を先にあいつにぶつけて消耗させようと言う作戦ですわね?」

「そう言うこと。まぁ消耗云々じゃなくってそのまま倒してくれても全然困らないんだけどね」

 凪がはにかむように微笑みを浮かべながらそう言います。

「でもさー、そいつら一回負けちゃってんでしょ? もう一回やったって勝てないんじゃ?」

 そう言えばそうでした。あの女の異常なまでのスペックの高さは何度となくぶつかっていった私達がよくわかっています。そんな相手に一度負けた人達がもう一度挑んでも勝ってこないはずです。

「まぁ、どっちかと言うとその可能性の方が高い。しかしながらリベンジに燃えている連中も多いからね。もしかしたらもしかするかもって思ってね」

 凪の口振りからすると、あまりあてにはしていなさそうです。おそらくは、時間稼ぎか相手の消耗を誘う作戦なのでしょう。前者ならばこうやって私達とは別の人間をあの女にぶつけておいて、その戦い振りからあの女の弱点をあぶり出すとメリットがありますし、後者ならばあの女がいくら物凄いスペックを持っていても同じ人間です。何度も連続で戦っていれば体力も消耗し、私達でも軽く捻れる可能性が高くなります。どっちにしろ私達にメリットはあれどもデメリットはそれほどない、全くもって万全の作戦です。

「了解しましたわ、参謀。その作戦、思う存分進めなさい!」

「了解、早速作戦を始めます、総帥!」

 ビシッと凪に向かって人差し指を突きつける私に、同じくビシッと敬礼して返す凪。

「……ところでさ、この作戦の名前は?」

 そう言ったのは今回の作戦ではあまり出番の無さそうな感じの小夜でした。

 別段毎度毎度の作戦に名称を付けていたりはしないのですが、何故か今回はつけた方がいいような気がします。まぁ、言い出したのが出番の無さそうな感じの小夜だったから、と言うこともありますが。

「作戦名か……あまり考えていなかったんだけどな」

 凪がチラリと私の方を見てきます。何故か小夜も一緒に。どうやら私にこの作戦名を決めろと言うつもりなのでしょう。

 まぁ、この私が総帥ですから、部下の立てた作戦にそれっぽい名称を決める権利があるのは私だけなのですけども。

「そうですわねぇ……参謀、主に利用するのはどう言った人達なのです?」

「ん……ああ、とりあえずは部活荒らしを受けた連中って考えてるけど。流石に個人だと絞り切れそうにないし」

「なら決まりですわね」

「何々ー?」

「我が尊敬する某衝撃的組織の後継組織がやった結託部族制にあやかって”結託部活作戦”としましょう!」

 自信たっぷりにそう言う私でしたが、他の二人からの反応はありませんでした。

「……なーんか、失敗しそうな気がしないでもない作戦名だねぇ」

「相手が三人目じゃないことだけが救いだな……」

 ぼそぼそとそんな声が聞こえてきますが、私はあえて無視します。何と言っても私が総帥なのですから! 私の決定こそが全てなのです!

「それじゃ今日のところはこれで終わりと致しましょうか」

 気を取り直してそう言うと、

「おー!」

「お、おー……」

 小夜が元気よく、そして凪が少し照れたように控えめに片手を突き上げました。全く凪はいつまで経っても変わりませんわね。こう言うのは恥ずかしがらずに、その場のノリに合わせてやってしまえばよろしいのに。

「戦闘担当、犬神小夜!」

 そう言って小夜がVサインをします。

「作戦参謀、雨宮 凪!」

 凪は自慢の眼鏡をきらーんと光らせながら、その真ん中部分をくいっと指で持ち上げ。

「そして総帥、白鳳院沙耶佳!」

 最後に私が口の横に手をやって高笑いをするようなポーズをとりました。

 よく二人が言っているのですが、私はこのポーズが非常に似合っているのだとか。しかし、私自身は特にこのポーズが好きな訳でも気に入っている訳でもありません。何となく悪の女王と言えばこう言った高笑いのポーズが似合うから、私もそれを真似してやっているだけなのです。もっともそれを二人に言っても全く信じて貰えませんが。

 ええ、わかっていますとも。このポーズをずっとやっているうちにすっかりはまってしまって、今ではすっかり馴染んでしまっていることは。

「我ら三人、生まれた時は違えども!」

「我らが大いなる野望果たされる日まで!」

「決して裏切らず、共に戦い続けることを!」

「今再びここに誓う!」

「我ら、世界征服同好会!」

 そう言って私達は上に掲げた手を互いに叩き合わせました。確かハイタッチ、と言うものでしたわよね。パァンという小気味のいい音と共に打ち合わせた手を下ろし、私達は互いの顔を見合わせて笑い合います。

「さてと、今日は何か疲れたから帰るよ」

「ご苦労様、凪。明日から色々と忙しくなると思いますから今日はゆっくり休んでくださいな」

「ありがと、沙耶佳。そいじゃお先〜」

 今日は色々と走り回ってそれはもう忙しかったのでしょう、本当に疲れたという風に背中を丸めて凪が先に教室を後にしました。

 それを見送った後、私はいそいそと家に帰る準備をしている小夜の方を見ました。

「さて、小夜」

「な、何かな、沙耶ちゃん?」

「今日は小夜の家に寄って行きますから」

「な、何で?」

「貸した辞書、返して頂けますわよね?」

「あー……いや、明日ちゃんと持ってくるから」

「いいえ、今日返して貰いますわ。何せ今日は英語の宿題が出ておりますから辞書が無いと困ります」

「わ、わかった。後で沙耶ちゃんの家に持っていくからさ!」

 何故か執拗に小夜は私が小夜の家にくるのを防ごうとしています。一体どうしてでしょうか? 普段ならいきなり遊びに行っても別に断りはしないはずですのに。

 私は如何にも不審そうに眼を細めて小夜を見ました。

「な、何かな、沙耶ちゃん?」

 見事なまでに小夜が動揺したように答えてきます。

「……一体何を隠しておりますの? もしかして私の辞書にジュースか何かこぼしたとか破いてしまったとか落書きしてしまったとか言うんじゃありませんわよね?」

「何か具体的だよ、それ! 違うってば。今日は……その……えっと、あれだ。家の用事をしなきゃいけなくてさ!」

「あら? それなら手伝いますわよ?」

「あーいや、違った! 今日はさ、妹を迎えに行かなきゃならなくてさ!」

「なら私もご一緒しますわ。それほど時間がかかる訳じゃありませんわよね?」

「あー……えっと……」

「そろそろ本当のことをお言いなさい」

「うー……実は今日持ってきたクッキー、みんなで食べたって事にしようと思いまして」

 クッキー? ああ、そう言えば凪が来るまでの間、一人でぱくぱく食べていましたわね。どうやらあれはやっぱり家族でのおやつだったみたいですわね。それを独り占めしたくて勝手に持ち出してきた、と言う訳ですか。それでもってそのクッキーを私達みんなで食べたって事にして責任逃れをしようとした訳で、私が小夜と一緒に家まで来るとその嘘が弟妹につけなくなるから困っていた、と言うなのでしょう。

「全く……仕方ありませんわね。帰りしなにコンビニにでも寄って新しいクッキー買っていけばよろしいのでしょう?」

「おお、流石は沙耶ちゃん! 優しい上に太っ腹!」

「もっともこの分はちゃんと貸しにしておきますからね」

「さっきのなし! やっぱり今日は来るな!」

 そんなことを言い合いながら私は小夜と一緒に教室を後にします。

 はてさて、明日から一体どうなるのやら。

 とりあえずは英語の宿題をする為にも小夜から辞書を返して貰わなければなりませんけども。



それ行け!世界征服同好会その3 ――とりあえず完

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