「おーほっほっほっほっ! 今日と言う今日こそあなたをぎゃふんと言わせた上でさめざめと泣かせて差し上げますわっ!」
のっけから口元に手を添えて高飛車笑いをしてのけたのは我らが総帥だ。一体何処からそのむやみやたらな自信が沸いて出てくるのが不思議でならない。まぁ、これくらい無駄に自信がある方が総帥としてはいいのかも知れないが。
「さぁ、参謀。やっておしまいなさい!」
そう言って総帥がビシッと前方にいる一人の女を指差した。
あいつの名は天道 要。自ら”天の道を行き、全ての要となるもの”とか”世界の要である超絶天才美少女”とか名乗っているかなり痛い奴だ。
もっとも物凄く残念なことに、痛い奴なのは痛い奴なのだが、その実力ははっきり言って容赦なく物凄い。何をやらせてもほぼ完璧にこなす、まさしく天才だ。おそらくはその天才っぷりがあの傲岸不遜な性格を後押しして、想像を絶する痛い奴と化させているのだろう。
正直言ってあまり相手にしたくはないのだが、何故かあいつは我々の計画の邪魔を悉くしにやってくる。だから、と言う訳でもないがこっちもあいつが邪魔をしに来る以上、先にあいつを排除するように計画をシフトせざるを得ないのだ。と言うか、総帥が”絶対にあいつをぎゃふんと言わせた上で泣かす”と言っている以上、そう言う計画を立てざるを得ない。作戦立案を一手に任されている参謀としてはなかなかに頭の痛い話だが。
出来るならばさっきも言った通り、あいつを相手にしたくはない。と言うか、はっきり言って無視して別の計画を進めた方が遙かにいいだろう。しかし、どんな作戦を立ててもあの天道と言う女は必ず我々の前にやってきて、邪魔をして帰る。一体何処の暇人なんだ、あいつは。それとも我々を見張っていたりするのか? そっちの方が暇人だが。
「何をしておりますの、参謀? ほら、ちゃっちゃっとやっておしまいなさい」
「……ちょっと待て! 何で作戦参謀の私がやらなきゃならないのさっ!?」
いつまで経っても動く気配のない私を見かねたのか、総帥が少し頬を膨らませながらそう言ってきたので私は慌てて抗議した。
「何でって……今日は私と参謀の二人しかいませんでしょう? だからですわ」
「いやいやいや、私はあくまで頭脳労働担当で、直接的な戦闘とかはあの脳天気娘の役目でしょうに!」
さらりと、さも当然そうに言って来る総帥に必死に言い返す私。
そう、本来ならば頭脳労働担当の私がこの場に立っていることはない。いつもならば総帥ともう一人、我々の仲間である脳天気な体力馬鹿がいて、その二人であの天道と言う痛い女とやり合っているのだ。
しかしながら、今日、この場にその脳天気な体力馬鹿の姿はない。
「何を仰いますの。頭脳労働担当もたまにはこうやって正々堂々と戦うことがあってもよろしいですのよ? 我が尊敬する某衝撃的組織の大幹部のとある博士も手に大鎌を持って基地に乗り込んできたヒーローと戦ったことがありましたし」
「それ、正体怪人だったじゃないか! それに、別に総帥自らが戦っても問題はないだろう!?」
「それこそ何を仰いますのやら……悪の総帥が直接手を下すのは最後の最後と相場が決まっておりますの。今はまだ始まったばかりですのよ? 私が直接手を出すのはまだまだ先のことですわ」
「……全く何を醜い言い争いをしているんだか………そこにいる人間が変わっても結局やる事は同じみたいね」
私と総帥が必死に言い争っているのを今まで黙って見ていた天道が、いきなり思いきり馬鹿にしたような口調でそう言ってきた。いい加減我々の口喧嘩に飽きてきたのか、それとも待たされていることが我慢ならなかったのか。おそらくは両方、どっちかと言うと比重は後者の方が高いだろう。
「まぁ、誰が来ても同じ事だけどね。この私に敵うものなんかいないんだから……」
自信たっぷりにそう言い、自分の言葉に酔ったかのようにうっとりと目を閉じる天道。
うわ、こいつ、痛い上にナルシストでもあったのか?
やだなぁ、こんな変なのとやり合うの。良くもまぁ、毎回毎回総帥もあの脳天生娘もやってるよ。ちょっとだけ感心してしまう。
「ほ、ほら、参謀! 早くやっておしまいなさい!」
まだうっとりと目を閉じている天道を見て、総帥が小声でそう話しかけてきた。どうやらあいつが目を閉じている間にやってしまえってことらしい。
まぁ、まともにやったら勝ち目なんかない訳だし、そもそもにして私は頭脳労働担当なんだからそれも無理ないって事で、勝手にあいつが目を閉じているんだからこっちは何も悪くないぞって事で、やらせてもらいますか。
私はそうっと、足音を立てないように注意しながら天道の側へと歩いていった。
(悪く思うなよ。目を閉じているお前が悪いんだからな)
そう思いながら私がそっと手を上に挙げて天道に殴りかかろうとすると、いきなり天道が閉じていた目を開けてニヤリと笑った。
私が「やばい」と思うよりも先に、天道が振り上げている私の手を取り、あっさりと投げ飛ばしてしまう。
「ふぎゃっ!?」
我ながら結構奇妙な声をあげて地面に叩きつけられてしまった。さほど運動神経がよくない私は受け身もろくにとれず、背中を地面にぶつけて一瞬、息が止まる。だが、直後にお腹に新たな衝撃を受けて、失われそうになっていた意識がすぐさま回復した。
首を上げてみてみると、天道の奴、私のお腹を思い切り踏みつけているじゃないか。
「な、何を……ぐえっ!」
私が文句を言おうとすると、お腹を踏んでいる足に体重をかけてくる。何て嫌な奴なんだ、こいつは!
「頭脳労働担当って言っていたけどもやっていることは姑息なだまし討ち……聞いて呆れるわね。この前に来た犬っころと同じでやっぱり大したことないわね」
だまし討ちって言うか、あんたが勝手に目を閉じたからそれに乗じただけでしょうに。今回、私は何も頭脳労働担当なことをしてないっての。今回は作戦も何も無しでいきなり総帥に連れ出されてきただけなんだし。
しかしながらあの脳天生娘を”犬っころ”とはなかなか言い得て妙だ。確かにあの脳天生娘、その名前の通り、犬っぽいところがある。どっちかと言うと子犬だが。
「くぅ〜〜〜〜っ!」
少し離れたところで総帥が悔しそうに歯を噛み締めている……と言うか、気のせいか、後ろに下がってないか? 初めは確か五、六メートル程離れていただけなのに、今は十メートルぐらい離れてるぞ?
「フフフ……この私、超絶天才美少女、世界の中心、天の道を行き、世界の要となるもの、天道 要の前では如何なる悪も栄えはしない。よぉく覚えておくのね!」
そう言うと天道は長い髪をさっと掻き分けて私のお腹の上から足をどけて去っていった。
「……アイタタタ……」
痛む背中とあいつに踏まれていたお腹と、そしてあいつ自身の相当な痛さに私は顔を歪めながらも身を起こす。
「参謀、大丈夫ですか?」
「そうやって心配してくれるのはいいけども、先に聞きたいことがあるんだけど?」
「何でございます?」
「さっき気がついたんだけどさ、総帥、いつの間にか後ろに下がってなかった?」
「ぎくっ……そ、そんな事ございませんわよっ! 私はあなたが危なくなったらいつでも飛び出して救出出来るように」
「いや、結局来なかったじゃん」
「あー、えーと、それはですね……その……もしこの私がやられてしまうと我々の組織が崩壊してしまうと言うことで……その、最悪あなたの身を犠牲にしてでも私だけでも生き残らなければ……そう、あなたの貴い犠牲は決して忘れませんわっ、参謀!」
(いざって時には逃げるつもりだったのか……まぁ、いいけど)
私はため息をつきながらも総帥が差し出してきた手を取って立ち上がるのだった。
私と総帥が我々の本拠地である空き教室に戻ってくると、仲間のもう一人がいつの間にかやってきていて暢気にポテトチップスなど頬張っていた。そいつは私と総帥が入ってきたのに気がつくと、くるりと振り返って手を挙げる。
「お帰りー、総帥に眼鏡」
「今まで何処で何をしていたのか言ってみろ、脳天気」
ジロリと脳天気娘を睨み付けながら私が言う。すると、この脳天気娘、悪びれることなく笑みを浮かべてこう言いやがったのだ。
「いやー、実はさー、この間の宿題思いっ切り忘れちゃって、それで先生に呼び出し喰らって補習やらされてたんだよねー。参った参った」
その脳天気娘の言葉を聞いた私と総帥は揃ってガックリと肩を落とす。
まぁ、この脳天気娘は我々の中では肉体労働担当と言うか戦闘担当で、そう言ったタイプにもれなく、頭の方はそれほど良くない。この学校に入る時は私と総帥で必死に勉強見てやって、それでどうにかって感じだったし、今も成績は下から数えた方が早いらしいのだ。もっともその分、運動に関してはかなりのもので運動系部活からはしょっちゅう勧誘されているらしいんだけど。
「だからいつも言っているでしょう……予習復習とまでは言いませんがせめて宿題ぐらいはきっちりとやりなさいって」
半ば呆れたようにそう言う総帥。
「いや、この間買ったゲームが面白くってねー。総帥の家に今度持ってくからみんなでやろうよ」
「みんなでやれるタイプのゲームなのか?」
「一人でもOKだけど、みんなでやった方が面白いじゃん」
私のその質問に脳天気娘はご機嫌に答える。補習を受けていたのにご機嫌とは、そのゲームが余程お気に入りのようだ。
「まぁ、あんたの家の事情から考えれば一人プレイ専用のゲームなんか買うわけないよな」
「あははー。まぁ、そうなんだけどねー」
笑ってそう答える脳天気娘の家は驚くぐらい家族が多い。共働きの両親(特に親父さんは出張ばかりで家にいることなどほとんどないそうだ。脳天気娘自身も年に一、二度顔を合わせる程度なんだとか)に兄弟姉妹合わせて総勢九人。ちなみにこの脳天気娘はその中の長女だったりする。とてもそうは見えないが。
「ゲームの話は置いておいて、それでは早速今日の反省会を致しますわよ」
例によって総帥が手をパンパンと叩いて私と脳天気娘の注意を引いた。それを合図に私は定位置となっている長机を挟んだ脳天気娘の真正面の椅子に腰を下ろす。
「それでは今回の作戦を参謀に」
「ちょっと待った! 今回は作戦も何も、いきなり総帥が私を連れだしていったんだ。まず、何でそんなことをしたのかを説明して貰わないと」
いつものように進行しようとする総帥を私は挙手しながら止めた。これがいつも通りだと、私が考えた作戦を改めてここで説明し、それから何故失敗に終わったかを脳天気娘に問いかけ、そして総帥に話に持っていくという流れになるのだが、今日はそうはいかない。何と言っても私は何一つ作戦など考えていないからだ。説明のしようがないし、脳天気娘もここにいたから今回の失敗にはまるで関わりない。と言うことで今回ばかりは総帥自身に色々と話してもらわなければ。
「あー……えー……その……ですね……」
明らかに動揺したように総帥が視線を彷徨わせる。
まぁ、何と言うか、総帥は自分にとって都合の悪いこととかが起こるとこうやってあからさまに視線を逸らせる。本人はとぼけているつもりなんだろうけども、付き合いの長い私達からすればそれだけで一目瞭然だ。
「あ、あれですわ。今回の作戦は迅速且つ」
「明らかに拙速だったと思うんだけど?」
そう言ってじとーっと半眼になって私は総帥を見る。もう、考えるまでもなく思いつきで喋っていることがわかるのがちょっと悲しかったりするが、あえて顔には出さない。
「えーと、その……そう! 奇襲ですわっ! 今回のテーマは奇襲! あの女を奇襲で一気に仕留めてしまおうという」
「奇襲って……思い切り真正面から対峙していたじゃない。あれじゃ奇襲も何もないって」
もう本当に、何とも言えないという風に私はため息をつきつつ、首を左右に振った。
「総帥〜、おとなしく認めようよ。今回は特に作戦もなくとりあえずやってみただけだって」
脳天気娘も呆れたような感じでそう言う。
「そ、そんなことありませんわよっ! あれは……その……あの女の注意を引き付けておいて……」
必死に言い訳を考えている総帥には悪いけども、今回の行動はおそらく脳天気娘の言うとおりなのだろう。何もせずにじっとしていることが出来なかっただけに違いない。気持ちはわからないでもないが、何と言うか、もうちょっと考えて行動を起こして貰いたいものだ。でないとこっちの身が保たない。
「はいはい、それじゃそう言うことにしておきますか。とりあえず今回のことでちょっと浮き彫りになった問題があると思うんだけど?」
手をひらひらさせながらそう言った私を総帥は一瞬だけ睨み付けてきた。しかしまぁ、そんなもので怯む私じゃない。伊達に付き合いが短くないのだ。それに今から話さなきゃならないことの方がよっぽど重大だし。
「問題? 何かあったっけ?」
そう言って首を傾げたのは脳天気娘。
「さて……私も心当たりありませんが?」
総帥も脳天気娘と同じように首を傾げている。
二人のその返事を聞いて、私は思わずずっこけていた。脳天気娘はともかく総帥まで全く気がついていないとは……いやはや、大物と言うか何も考えていないと言うか。
「あのさ、良く考えてみようよ。今回、そこの脳天気がいないから私が連れ出されたんだよね?」
「そうですわよ」
「それじゃ、もし私もそこの脳天気もいなかったら総帥は一人で行くの?」
「へ?」
「いや、だから今日みたいに脳天気が補習なり何なりでいなくって、私も何かの用事で休んでいたりしたら総帥は一人であの女に挑むのかって話」
「え? ええ?」
総帥が目を丸くして私を見つめている。どうやら頭の中で私の言葉を処理し切れていないようだ。
決して頭は悪くないはずなんだけども、総帥はどうも突発的な事態にはあまり強くない。更に追い込まれるのにも微妙に弱かったりする。流れが自分にある時は強いが、相手の流れになると妙に弱かったりするのだ。もっとも、それでも強気な部分だけを覗かせて、弱い部分は見せようとはしないのは立派だと思う。まぁ、付き合いの長い私や脳天気娘のいる前では素の自分を見せることが多いのだけども。
「えーと……流石に私一人では……」
「だよね? つまりさ、私が言いたいのは」
「人材不足だって事?」
ちょっと弱気そうな顔をしてそう言う総帥に我が意を得たりという感じで頷き、私が言いかけると、横から私が一番言いたかったことを脳天気娘が先に口にしてきた。ちょっとムッとして私が脳天気娘を睨み付けるが、あいつはのほほんとした顔のままだ。私がムッとしていることを理解していないらしい。
「人材不足……人材不足ですか……」
少しだけ深刻そうな顔をしてそう呟く総帥。
しかしながら今まで何でこの問題を無視してきたのか。私達の遠大なる目標を考えればもっと早くからこの問題については考えておくべきだったと思うのだが。
まぁ、何となくだが、総帥がどうしてこの問題を考えなかったのか、その理由については見当がつくのだが……。
「確かにたった三人じゃ無理だよねぇ、この先考えると」
そう言って脳天気娘が椅子の背もたれに身体を寄りかからせた。
「まぁ、一応うちの兄妹も協力してくれるとは言ってるけど、まだまだ先のことだしね」
「あんたのところの兄妹がって言っても全員合わせても十人ぐらいでしょうが。それだけいてもまだ人材は足らないって」
私達がいずれやろうとしていることには十人ぐらいじゃ全然足らない。それこそ百人、千人いたって足りないだろう。それくらい壮大なことなのだ、私達のいずれ達成するべき遠大な目標は。
「……私と致しましては……あまり人数を増やしたいとは思わないのですが。そりゃあ、いずれはもっと人を増やさなければならないとは思いますが、現時点であまり増やすのは我らの結束を乱さないかと」
少し考えたあげく、総帥がそう言って私の顔を見てきた。
「いえ、参謀の言いたいことは充分わかりますわ。ですが」
ほぼ予想通りの答えが返ってきて私が小さく頷いているのを見て、更に言葉を続けてくる総帥。
「今はまだこの三人でやりたいと思いますの」
そう言ってはにかむ総帥に私は「やっぱり」という言葉を飲み込んだ。
今はまだ、これでいいのだろう。早急に何とかしなければならない問題ではない。いずれ何とかしなければならない問題ではあるのだが、今はまだ総帥の意思を尊重しておこう。
それに……こう言った問題を解決するのは、参謀である私の役目であり仕事だろう。
総帥は総帥らしくふんぞり返っていてくれればいい。実行部隊である脳天気娘と頭脳労働担当である私が支えればいいのだから。
「わかった。それじゃその辺のことは何か考えておく。また連れ出されたら敵わないからね」
そう言って私は総帥に笑みを返した。
「そーそー。もうちょっと考えてから動こうよ、総帥。眼鏡に肉体労働は向かないんだから」
「肉体労働しか出来ないあんたとは違うからな」
「何だとー!?」
脳天気にそう言う、文字通りの脳天気娘にチラリと嫌味を返しておき、脳天気娘がかっとなるのを見て私は笑う。
「はいはい。それじゃ今日もいつものをやって終わりに致しますわよ」
手をパンパンと叩いて自分に注意を向けさせる総帥。
「おー!」
「お、おー……」
それに元気良く片手を突き上げて答える脳天気娘とちょっと恥ずかしいのでややおとなしめに片手をあげる私。
いつも思うのだが、これはどうしてもやらなければならないのだろうか。いや、別にやること自体に反対はしないのだが、何でかどうしてもこのノリに慣れることが出来ないでいる。
「戦闘担当、犬神小夜!」
そう言ってVサインをする脳天気娘。
「作戦参謀、雨宮 凪!」
続けて私は眼鏡をきらーんと光らせながら、くいっと眼鏡の真ん中、ブリッジの部分を中指で押し上げる。
「そして総帥、白鳳院沙耶佳!」
最後に総帥がそう言って高飛車笑いのポーズをとる。しかしながら、いつ見てもこのポーズがやたらと似合うという事実が怖い。まぁ、脳天気娘に言わせれば私もあのポーズがよく似合うと言うことらしいのだが、それはお互い様って奴だ。
「我ら三人、生まれた時は違えども!」
「我らが大いなる野望果たされる日まで!」
「決して裏切らず、共に戦い続けることを!」
「今再びここに誓う!」
「我ら、世界征服同好会!」
それだけ言うと私達は上に掲げた手をそれぞれ叩き合わせた。いわゆるハイタッチという奴だ。パァンという小気味いい音と共に打ち合わされた手を下ろし、私達は互いに笑い合う。
「さて、沙耶佳。今日は絶対にあんたの奢りでオーヴだな」
ニヤニヤ笑いながら私は総帥――沙耶佳の方を見る。
「な、何で私が奢らなければならないのですかっ!?」
「あんな目にあわされたんだ。それ位したって罰は当たらないと思うが?」
「ねーねー、私も行っていい?」
「小夜は自腹ですわよ」
「えー」
何故か嬉しそうに手を挙げてそう言ってきた脳天気娘――小夜に沙耶佳が容赦なく言い放つと、小夜が物凄く残念そうな顔をする。その様子はさながら怒られた子犬だ。
「まぁ、当然だな、今回は小夜がいなかったから起こったことだし。私としては小夜にも奢って貰いたいぐらいだ」
「……太れ」
「ん?」
「凪ちゃんも沙耶ちゃんも、甘いもの食べてぶくぶく太りやがれー!!」
「ふふん、こう見えても私、家ではきっちりエクササイズを欠かしません事よ。ですからこのナイスボディが保たれているのですわっ!」
「悪いな、小夜。甘いものは頭脳労働に必要不可欠なもので、私の部屋にはいつも何か常備されている。しかしながら私もそれなりに身体には気を遣っているんだ。限度は常にわきまえている」
小夜の悔し紛れの叫びに沙耶佳と二人してあっさりと反論し、私は鞄を手に取った。
「さぁ、帰るぞ。沙耶佳、今日は楽しみだな」
「くううっ! わかりましたわっ! 何だって奢って差し上げようじゃありませんかっ!」
「ねー、沙耶ちゃん、私もー」
「小夜は自腹ですっ!」
「沙耶ちゃんのケチー!」
「大体今日はあなたが」
「ほら、先に行くぞー」
小夜と沙耶佳が言い争いを始めようとしているのを遮るように私はそう言い、本拠地としている空き教室を出る。後ろから二人が「おごれ」だの「自腹ですわ」だの「ケチ!」だの「ケチじゃない」だのと言い争っている声を聞きながら私は笑みを浮かべる。
何だかんだ言って私達は仲がいい。こんな口喧嘩だって言ってみればコミュニケーションのようなものだ。
「さて、何にするかねえ?」
駅前にある甘味処”オーヴ”で沙耶佳に何を奢らせるかを考えながら、私は未だ言い争っている二人が出てくるのを待つのだった。
それ行け!世界征服同好会その2 ――とりあえず完