バンッと黒板を叩く派手な音がし、その黒板を叩いた張本人は予想以上に痛かったのか、赤くなった手をもう片方の手で押さえて涙ぐんでいる。

 そんなに痛かったのならやらなかったらいいのに、と思わないでもないのだが、実のところ、ああ言った演出めいたものが大好きなんだと知っているから止めはしない。止めたら止めたでうるさそうだし。邪魔するなとか言って。うん、理解あるなぁ、私。

「とにかくっ! 我々の計画が遅々として進まないのはっ! いっつもいっつも我々の邪魔をするあの女っ! あの女がいるからなのですわっ!!」

 さっき黒板を叩いた手で今度は教壇をバンバンと叩いている。やっぱり痛かったのだろう。それともまだ黒板を叩いた時の痛みが残っていたのか、またしても涙目になっている。

「今度って言う今度こそっ! あの女をぎゃふんと言わせてやりますわっ! 絶対に泣かせてやるんですからっ!」

「あー……それこの前も言ってなかったっけ?」

 そう言ったのは私の真正面に腕を組んで座っている眼鏡。何と言うか、こいつを一言で言い表すのならやっぱり眼鏡。冷静沈着、頭脳明晰、クールな眼鏡。最大の特徴、眼鏡。

「……あんた、また失礼なこと考えているでしょ?」

 ジロリと眼鏡が私を睨み付けてくる。

 うーん、何でわかったんだろう?

「あんたはすぐに顔に出るからね。我らが総帥もそうだけど、もうちょっと気をつけた方がいいよ」

 そう言って眼鏡がため息をついた。

 顔に出る、か……これはちょっと気をつけないと。と、思うんだけど、そう簡単に直るわけないよなー。

「だからもうちょっと気をつけろって言ってんの。全く、いつもいつもあの女にいいように邪魔されるのは、あんたのその脳天気さと総帥のイマイチ役に立ってないそのプライドの高さなんだから……」

「へーいへい。気をつけますって」

「ちょ、ちょっと参謀!? 何気なく私まで非難ですかっ!?」

「いや、だからさ、総帥。あんたがその無駄に高いプライドを捨てて、形振り構わずかかればあの女一人ぐらい何とか出来るんだって。その為の作戦いつも考えてんじゃん。それが全部無駄になっちゃってるのは総帥の”美学”だの”プライド”だの、それと後はそこの脳天気が後先考えず行動するからなんだけど」

 眼鏡がそう言って私の方を見る。

 私が「あははー」と笑ってみせると、眼鏡はまたため息をついた。

「と、とにかくですわっ! 次の作戦ではあの女を必ずぎゃふんと言わせてやりますわよっ!」

「おー!」

 気を取り直したように我らが総帥が宣言し、私も元気良く右手を突き出して返事をする。


 でもって作戦の当日。

「ぷぎゅ〜」

 などと情けない声をあげながら私は思い切り踏みつけられていた。

「お、おのれ……またしても我々の崇高な計画を……!」

 本気で悔しそうに総帥がそう言う。

 いや、言うのはいいんだけども何でそんなに離れていますか? 私が踏みつけられている場所から軽く十メートルは離れていると思うんですけど。

「ふん、崇高な計画ねぇ……あんた達の言う崇高な計画とやらはこの私を背後から襲撃するって事なの?」

「お、お黙りなさいっ! 大体あなたがいちいち我々の計画を邪魔しなければこうしてあなたを襲う必要などありませんですのよっ!」

 私の背中を思い切り踏みつけている女が馬鹿にしたような口調で総帥に向かって言い、総帥が大きい声で言い返す。離れているからなんだろうけども、それ以外にもきっと色々と心にたまっている不満とかが爆発しているんだろうなぁ。

「いや、見逃す訳には行かないでしょうが、あんた達の計画。はっきり言って迷惑だし」

 あっさりとそう言い、女は私の背中から足をどけた。

「あなたは風紀委員でも生徒会でもないでしょうにっ! 一体全体どうしていつもいつも我々の邪魔をするんですかっ!?」

 そそくさと私は女の足下から這いずるようにして離れる。また踏み潰されるのは御免だ。

 しかしながら総帥の疑問はもっともだ。どうしてこの女は私達の邪魔をいつもいつもやるのだろうか。風紀委員ならそれとわかる腕章をしているし、生徒会の役員は皆それぞれに有名で、それに加えて制服の襟に生徒会役員を示すバッジを付けている。私達の邪魔をしそうな連中は大体こいつらなんだけども、この女はそのどちらにも所属していない。なのにどうして?

「……もしかして暇人?」

「また踏み潰すわよ」

 私がぼそりと呟いた言葉をあの女は聞き逃さず、私を思い切り睨み付けてくる。その視線が冗談じゃなく怖かったので私は大慌てで総帥の後ろまで走って、その陰に隠れた。

「ちょっ、戦闘担当のあなたが私の陰に隠れてどうするんですかっ!」

「だってあいつ本気なんだもん!」

「あなたもたまには本気でやりなさいっ!」

「私は何時だって本気だい!」

「はいはい、見苦しい言い争いは止めなさい。それよりも私のことだったわよね。前にも言ったと思うけど、もう一度聞かせてあげるわ」

 私と総帥の言い争いをパンパンと手を叩いて止めた女はすっと空に向かって手を伸ばした。それから人差し指を天に向かって突きつける。何と言うか、その姿が物凄く様になっているのが羨ましいやら悔しいやら。

「この地球は太陽を中心に回っている。それと同じく、この世界は私を中心に回っている。私こそが世界の要、天の道を行き、全ての要となるもの……超絶天才美少女、天道 要とはこの私の事よ!」

 天に指を突きつけたまま、高らかにあの女は宣言した。

 しかし……世界は自分を中心に回っているとか世界の要とか自分で超絶天才美少女とか、何と言うか傲岸不遜と言うか、一歩間違えれば危ない人というか充分危ない人のような気がする。

 まぁ……私も総帥もあんまり人のこと言えないんだけど。

「……あなた、本気で言ってますの?」

 流石の総帥も呆然とした感じで尋ね返していた。

「本気も本気。と言うか当然、世界の常識って奴よ」

 さらりと女がそう言いきる。

 今まで何度もこの女とやり合ってきたんだけども、こうしてまともに名乗られたのは初めてのような気がする。まさか、こんなに痛い女だったとは……正直言って驚きだ。

「さて、何であんた達の邪魔をするのかだったわね。さっきも言った通り私はこの世界の中心、世界の要。言ってみれば私はこの世界そのもの……あんた達が世界を自分たちのものにしようとするなら、この私を倒さなければならない。だからよ!」

「いや、意味わかんないし」

 堂々と宣言する女に私は半ば呆れながらそう言った。

 と言うか、何なんだ、この天上天下唯我独尊女は。今まで変な連中とは色々と会ったことがあるけどもここまでの奴は初めてだ。

 しかも私達の邪魔をしている理由が本気で意味不明だし。何なんだ、自分は世界そのもので世界征服をするなら自分を倒せってのは。それって私達の邪魔をする理由になってんのか?

 我らが総帥も口をあんぐりと開けて固まってしまっている。

「さて、私があんた達の邪魔をする理由もわかったでしょ? それじゃ今日はこの辺で失礼するわ」

 そう言うと天上天下唯我独尊女は呆然として固まっている私達をその場に残し、颯爽と去っていった。

 一体何なんだ、あの女は……?



「成る程、今日もまたこてんぱんにやられた訳だ」

 我らが本拠地であるところの空き教室に戻ってくるなり、私の姿を見た眼鏡がそう言い放ってきた。

「少しは良い勝負になったか? その為のプランを立ててやったんだから、ちょっとくらいは善戦出来ただろう?」

「……その言い方だと私が初めっから負けることを想定していたみたいだね?」

 ちょっとじと目になって眼鏡を見ると、眼鏡の奴は何を思ったのか物凄くいい笑顔で頷きやがった。

「何、相手があの天道だからな。あんたが運動神経抜群で体力に自信があると言っても正直勝ち目は薄いと思っていた」

「なら勝てるようなプラン立てろよ、このインテリ眼鏡! 大体あんたは何で戦いの場にも来ないでここでのんびりしてるんだよっ!」

「物事には役割ってものがあるだろうに。あんたは肉体労働担当で私は頭脳労働担当。プランを立てた時点で私の仕事は終わってるの。わかる?」

「わかってたまるか、そんなの! たまには私や総帥と一緒に現場に出てきて、ちょっとは苦労してみろ!」

「苦労ならいつもしてる。後先考えない脳天気なあんたと役にたたないプライドと美学にこだわり続ける総帥に、ちょっとでも成功しそうなプランを考えるのって物凄い重労働なのよ、主に頭の」

「一回も成功した試しないじゃんか! 本当に使ってんのか、その頭!?」

「失礼な事言うな。少なくてもあんたよりは使ってる」

「ムキーッ!! 馬鹿にしてえっ!!」

 もう我慢の限界だ。そう思って眼鏡に向かって手を伸ばそうとすると、パンパンと手を叩く音が聞こえてきた。

「はい、そこまで。参謀に口で敵わないからと言って手を出すのはダメですわよ」

 総帥がそう言って私と眼鏡に座るよう手で示す。

 私は眼鏡に向かってべーってしてからいつもの椅子に腰を下ろした。そんな私に対して眼鏡はふふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らしてから、長机を挟んだ私の正面にある椅子に腰を下ろす。

「さて……今回の反省を致しますわよ」

 この反省会はいつもやっている。こうして何が問題だったのかをみんなで徹底的に語り合って次回の作戦に活かす為だ。もっとも、何でか一回も活かされてないような気がしないでもないんだけど。

「参謀、今回の作戦をもう一度説明してくださります?」

 総帥がそう言って眼鏡の方を見ると、眼鏡はこほんと咳払いして立ち上がった。

「えらそーに」

「はい、そこの脳天気、ちょっと黙ってなさい。えー、今回の作戦は我々の邪魔をするあの女の排除が最大の目的と言うかそれだけのものだった訳なんだけど。総帥があの女の注意を引いて、そこの脳天気がその隙に後ろから攻撃って流れで、まぁ、これなら一発ぐらいは殴れるはずだと思ったんだけど?」

 そこまで言って眼鏡が改めて私を見た。何やら言いたげな表情をしている。まぁ、何が言いたいのか見当つくけど。

「あー……それなんだけどさ、一応言っておくけど私はあんたのそのプラン通りに事を運んでたんだよ? なのにさ、総帥がまたやらかしてくれちゃったんだよねー」

 私がそう言い、総帥の方に視線を向けると眼鏡も同じように総帥の方を向いた。

「な、何ですの!? また私が悪いとでも言いたいのですか?」

「あー、いや、悪いと言う気はないけどさ」

 明らかに狼狽する総帥に一応フォローするように言う私。

「で、今回は何をやらかしたんだ?」

 小さくため息をつき、額に手をやりながら眼鏡が総帥に問いかける。

「わ、私は別になにも……」

「いや、いつもの通りなんだけどさ。初めはプラン通りだったんだけどね……またやらかしてくれちゃった訳なのさ」

 あからさまに視線を逸らせる総帥に代わって私が説明を開始した。

「あー、皆まで言うな、見当がつく。どうせあれだ、いざ襲い掛かろうとした時に”さぁ、やっておしまいなさい!”とか”今ですわっ!”とか言っちゃったんだろ?」

 おお、流石は眼鏡、伊達に眼鏡をかけてない。いや、違った、伊達に頭が良くはない。あれ? 何かおかしいな?

 まぁ、とにかく総帥がそれをやっちゃった所為で私はあっさりとあの女に気付かれて回し蹴り喰らって倒れたところを踏みつけられたと。ああ、思い出しても悔しいなー。もうちょっとで一発喰らわせられたのになー。

「わ、私は悪くありませんわよ! 大体悪の総帥たるもの、その台詞を言わずしてその価値が何処にあると言うのですかっ!」

「いや、だからその美学が邪魔をしてるんだってば。そこをちょっと我慢してくれれば総帥が言っていた通りにあの女にぎゃふんと言わせた上に泣かせることが出来たと思う訳なんだけど」

 慌てた様子でそう言う総帥に向かって呆れたようにそう言い、眼鏡は額に手をやったまま首を左右に振った。

「でもさ、総帥にやるなって言っても多分無駄だと思うよ」

 あれはもう完璧に性格によるもので、我慢させようとか止めさせようとしてもきっと無駄だ。この私がそう思うんだから、間違いない。

「それについては私も同意だ。今まで何度言ったかもう数え切れない程だしな」

 大きく肩を落とし、ため息をつきながら眼鏡が言う。

「そ、そうですわっ! もうこれはどうしようもないことだと割り切って、参謀、私のこの性格をふまえた新たな作戦を考えるのですっ!」

 何故か嬉しそうにそう言う総帥を私と眼鏡は半眼になって見つめた。

「……出来ればもうちょっとぐらい努力して貰いたいんだけど?」

「同感」

 眼鏡の言葉に大きく頷く私。

 とにかく総帥のあの性格を何とかしないとダメな気がする。あの女を倒すのもそうだし、私達が掲げる大いなる目標の為にも。

 まー、総帥だけの問題じゃないような気もするけど。あの変な女にすら勝てない戦闘担当の私もそうだし、今一つその頭脳が役に立ってない感バリバリの眼鏡もそうだ。

 もっとも最終的な目標が大きすぎるって気もしないでもないんだけど。

 しかしまぁ、夢はでっかく持った方がいいって誰かも言ってたし、それはそれでいいか。

「と、とにかくっ! これからも私達は最終目標に向けて日夜努力し、切磋琢磨して、着実に進歩していきますわよっ!」

 形勢不利と見たのか、総帥がいきなりまとめに入り出した。

 まー、これ以上やってもグダグダになるだけだろうし、そろそろお腹も減ってきたから丁度いいかな?

 チラリと眼鏡の方を見ると、あいつも私と同じ気分だったみたいで小さく頷いている。

「それではいつものをやって今日は終わりに致しますわよっ!」

「おー!」

「お、おー……」

 総帥がそう言って手を高々と突き上げたのに合わせるように私も手を突き上げ、ちょっと遅れて少し控えめに眼鏡も手を挙げる。恥ずかしがらずにその場のノリに合わせればいいのに。まだまだだな、眼鏡。

「戦闘担当、犬神小夜!」

 そう言ってVサインをする私。

「作戦参謀、雨宮 凪!」

 続けて眼鏡がその眼鏡をきらーんと光らせながら、くいっと真ん中の部分を右手の中指で持ち上げる。

「そして総帥、白鳳院沙耶佳!」

 最後に総帥が口元に手をやって高飛車笑いのポーズをとりながら、高らかにそう言った。何と言うか、こう言うポーズが本当によく似合うのが怖い。眼鏡にしても、総帥にしても。

「我ら三人、生まれた時は違えども!」

「我らが大いなる野望果たされる日まで!」

「決して裏切らず、共に戦い続けることを!」

「今再びここに誓う!」

「我ら、世界征服同好会!」

 そこまで言って私達は上に掲げた手を叩き合わせた。パァンと言う小気味いい音と共に打ち合わされた手を下ろし、私達は笑い合う。もっとも眼鏡だけはちょっと苦笑気味だけど。

「全く、何回やってもこっぱずかしいな〜、これ」

「いい加減慣れなさい、凪」

「そうそう、沙耶ちゃんの言う通り。凪ちゃんはもっと弾けた方がいいと思うよ」

「小夜はもうちょっと落ち着いた方がいいと思うが」

「それは私も同感ですわね」

「あー、ちょっとひどくない、それ?」

 そう言って頬を膨らませる私を見て笑う二人。

 まー、同好会の時間が終わると私達はいつもこんなもんだ。

「さて、それじゃ帰りますわよ、小夜」

 総帥、じゃなかった沙耶ちゃんがそう言いながら自分の鞄を手に取った。

「なー、今日は確かオーヴで割り引きデーじゃなかったか?」

「あら、そうでしたの? それじゃちょっと寄って帰りましょうか?」

 先に自分の鞄を手にしていた眼鏡……凪ちゃんがそんなことを言いながら私達の本拠地としている空き教室から出ていく。続けて沙耶ちゃんも。

「ちょ、ちょっと待ってよー!」

 私も慌てて自分の鞄を手に取ると、大急ぎで先に教室から出ていった二人を追いかけるのであった。



それ行け!世界征服同好会 ――とりあえず完

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