COLORFUL ALMIGHTYS
部員獲得編その9

 遂にこの日が来てしまった。

 出来ればずる休みしたいなぁとか思っていたんだけど、したらしたで何言われるかわかったもんじゃないから、我慢して、覚悟を決めて家を出る。

 覚悟を決めたはずなんだけど、どうしても心は暗鬱で足が重い。何故なら期日になったにもかかわらず我が写真部の部員は私を含めて4名のみ。我が校での正式な部活の規定人数は5人と後一人足りない。このままだと我が部は廃部……上手く立ち回ることが出来れば同好会に格下げぐらいで済むんだろうけど、正直なところ私にそこまでの才能はない。それに時間もないから下工作なんて出来ないし。

 放課後にある部活運営委員会のことを思うとどうにも憂鬱で憂鬱で仕方がない。お陰で今日の授業はまるで頭に入ってこなかった。それどころかノートすら一つもとってない。一体何やってたんだ、私?

 とりあえず放課後になり、部活運営委員会が始まるまでの間の少しの時間、私はおそらく今日で最後になるであろう部室へと足を運ぶのであった。

「うぃ〜っす」

 元気なく肩を落としながら部室のドアを開ける私。

「よし! それじゃ復唱だ!」

「了解であります、サー!」

「我々は強い!」

「我々は強い!」

「我々は無敵だ!」

「我々は無敵だ!」

「我々は正しい!」

「我々は正しい!」

「我らの土地は我らの手で守る!」

「我らの土地は我らの手で守る!」

「敵は横暴な生徒会!」

「敵は横暴な生徒会!」

 いきなり目の前で繰り広げられている光景に思わず私はふらついてしまった。

「よし、それでは我らの権利を守る為、これより我らは鬼となり、敵である生徒会を殲滅にかかる! 総員、続け〜!!」

 そう言ってくるりと振り向いたのはこの部の元部長である黒宮先輩だ。

 先輩の正面には部員である緑川さつきと黄川田伊織の二人が並んで立っていた。何故か三人ともおそろいの軍服を着て、手にはエアガンを持っている。

 とりあえず部室からでていこうとしている先輩の襟首を掴んで引き留める。

「で、何処行くつもりなんですか、先輩?」

「ぐ、ぐえっ……彩ちん、首絞まってる首絞まってる!」

 じたばたと藻掻く先輩を無視して私は後輩である二人をジロリと睨み付けた。

 びくりと身体を震わせる二人。どうも私が他人を睨む時の目つきはかなり怖いらしい。普段私のことを「お姉様」と慕っているさつきやクールな伊織でさえも私が睨み付けるとガタガタ震えてしまう程だ。

「まったく……あんた達も先輩と一緒になって何をするつもりだったのよ?」

「あー……その……」

 何やら言いにくそうにしているさつき。

「実は生徒会を強襲して今日の部活運営委員会を無しにしようと」

 さつきに代わって伊織がそう言うのを聞き、私は盛大にため息をついた。一体何を考えているのやら。そんなことをしたらただでさえ悪い心証が更に悪くなってしまうではないか。もう最低ラインまで行っているような気がしないでもないんだけど。

「で、でもそうでもしないと写真部がなくなるかも知れないって黒宮先輩が……」

 ちょっと目をうるうるさせながらそう言うさつきに私は苦笑を浮かべてみせると、未だじたばたしている先輩をぐいっと自分の方に引き寄せた。

「先輩、お気持ちはありがたいんですけどもうちょっと方法を考えていただけますか?」

 ニッコリと笑顔を浮かべて言う私。

「わかった! わかったから離してくり……」

 ぐったりと項垂れながらそれだけ言う先輩。いい加減苦しそうだったのでとりあえず襟を掴んでいる手を離してやる。

「まったく……最近彩ちん、乱暴になったねー。昔はもっと大人しかったのに」

「先輩の無茶な行動を止めるには直接手を下した方が早いと悟ったんですよ」

 何やら文句を言いたげな先輩にそう返し、私は近くにあった椅子に腰を下ろす。それから部室の中を見回してみると奥の方にある椅子にこの部の残り一人の部員が腰掛け、優雅な仕草で紅茶を飲んでいるのが見えた。

「いたの、あんた?」

「おりましたわよ。あなたが来る前から」

 ジロリと彼女、白鳥真白を睨み付ける私。だが、彼女は何処吹く風だ。て言うか、いたんなら止めろよ、この連中を。

「私ごときが何を言ってもオチビ先輩は止まりませんわよ」

 それでよく副部長などと自称するな。しかしながら真白に先輩を止めろと言うのは矢張り酷な話だろう。一年以上の付き合いがある私ですらさっきみたいな直接的な手段に訴えると言うことを覚えたのがついこの間なんだから、まだまだ先輩との付き合いが浅い彼女には無理難題だろう。

「それよりも部活運営委員会じゃなかったのですか?」

「まだ少し時間があるわ。折角だから最後に部室をちゃんと見ておこうかと思って……」

 真白にそう言って私は部室の中を見回した。

 色々と思い入れのある部室だ。ここで初めて先輩と出会って、他の先輩方やOBの人にもよくしてもらって、写真というものの面白さを教えてもらった。あまり広いわけでもないけど思い出だけはいっぱいある。

 そんな思い出を一つ一つ思い出している時だった。トントンと部室のドアがノックされる。

 まさか!? このギリギリのタイミングで新入部員が!?
  
 そう思って椅子から腰を浮かせる私。だけどその期待を裏切るようにドアを開けて姿を見せたのは生徒会の役員だった。

「あのー、部長さんはいらっしゃいますか?」

 あからさまに落胆した私のを見て驚いたのか少々おどおどとした感じで生徒会の役員が声をかけてくる。

「私だけど……何の用? 部活運営委員会ならちゃんと逃げないで行くわよ」

「いえ、そうじゃなくて……生徒会長がお呼びなんですけど」

「生徒会長が……?」



 そう言うわけで私は生徒会室へとやって来た。

「……とりあえずあんたあっちはここで待ってなさい。一緒に入ると何かと誤解を生みそうだし」

「えー」

「文句言わない。ついてきたかったら着替えてからにして」

 ちょっと疲れたように額を手で押さえて言う私。

 ちなみにそんな私の後ろには相変わらず軍服姿のさつきと伊織がエアガン片手に突撃体勢で立っていたりする。私一人で敵地に向かわせるわけには行かない、と言うのが先輩に言い含められた二人の言い分である。まぁ、諸悪の根元である先輩は何故かこの場にはいなかったりするんだけど。一応真白に見張りを命じておいたから、変なことをするとは思えないんだけど何となくいないならいないで不安だったりする。

 それはさておき、こんな連中を連れてこの中に入ったりしたら私が何か生徒会に対して反乱でも企てているんじゃないかって噂されたり、いや、それよりも生徒会長が怒るだろう。ただでさえ悪い心証が……以下略。

 とりあえずこの二人には部室に戻って着替えてくるように申しつけ、私は生徒会室のドアをノックした。

「失礼します、写真部部長灰田ですけど」

「入りたまえ」

 中から聞こえてきた妙に重苦しい声にちょっと首を傾げながらドアを開けて中に入る。

「うおっ!?」

 ドアを開けて入った生徒会室の中は真っ暗だった。完全に窓も閉め切られ、何処からも光の一つも入ってこない。私が開けたドアが閉まってしまうとそれこそもう完璧なくらいの闇に包まれてしまう。

 思いっきりこの状況についていけずに戸惑っていると、ぱっと一カ所だけ電気がついた。その下には机の上に肘をつき、ちょっと俯き気味の生徒会長がいる。一体何のつもりだ、この人は。

「待たせたね、灰田君」

「いや、ちっとも待ってませんが」

 先ほどドアの外で聞いた妙に重苦しい声。まぁ、当然ながら生徒会長の声なんだけど、何でまたそう言った声をつくっているんだか。

「さて、それでは早速聞かせてもらおうか。この一ヶ月の猶予期間、君があれこれと手を尽くし、足りない部員をかき集めようとしていたかは知っている。その成果をな」

「……それはまぁ、いいんですが……その前に一つ質問していいですか?」

 生徒会長の醸し出す雰囲気に飲まれないように注意しながら私は片手を上げる。何て言うか、あの雰囲気に飲まれたら終わりのような気がする。て言うか、生徒会長ってこんなに変な人だっけ?

「何かね?」

「何でそんな演出しているんですか?」

 私が周囲を見回しながらそう言った瞬間、闇の中から何か凍り付いた気配が感じ取れた。どうやらこの暗闇の中に他の生徒会のスタッフが潜んでいて生徒会長の妙な行動を手伝っていたらしい。それを指摘しちゃ……どうやらいけなかったみたいだ。

「フフフ……撤収」

 相変わらず机の上に肘をついたまま生徒会長が指をパチンと鳴らした。

 すると暗闇の中に潜んでいた生徒会のスタッフ達がわらわらと現れて生徒会室を暗闇に閉ざしていた黒いカーテンやら黒く塗られたベニヤ板などを撤収していくではないか。しかもよく見てみると生徒会のスタッフだけじゃなく演劇部の連中の顔もある。どうやら結構大がかりだったらしい。

「さて、部活運営委員会までそう時間もないことだし、聞かせてもらおうじゃないか。君のがんばりとその結果を。出来る限り手短にね」

 いや、時間がなくなったのは私の所為じゃなくってさっきの撤収作業によるものが大なんだと思いますけども。そう言いたいのを押し殺して私はこの一ヶ月にあった出来事をかいつまんで話し始めた。

 しかし、どうしてこんな事を聞くのだろうか。生徒会からすれば私たち写真部の存亡なんて結構どうでもいいことのはずなんだけど。

「それはだね……何故か前生徒会長がやたら気にしているからだよ。わかるかね、灰田君?」

「いや、わからないでもないんですけど。て言うか、勝手に人のモノローグ読まないでください」

 何でそんな訳のわからない能力もっているんだ、この人は。

 生徒会長の奇妙な能力はともかく、前生徒会長か……そう言えば先輩が妙に親しげだったことを思い出す。かなりの遣り手だったにもかかわらずまるで何か弱みを握られているかのように先輩にはあまり強く出られなかったみたいだったし、それに私と先輩だけの写真部がどうにか存続出来ていたのも先輩があの手この手で何とかしたって言うこと以外にその生徒会長が大いに譲歩した結果とも聞いている。

 残念ながら先に卒業してしまったのでうちの部がどうなったのかを知らないわけで、それで気になっているんだろうな、と。問題はその気になっているという方向が正の方向か負の方向か、と言うことだけど。

「しかし……まったく残念な話だね。君の努力は認めるが結果が伴わないのでは仕方ない」

「はい……」

 本当に残念そうに生徒会長が言うのに私は小さく頷くしかなかった。

 努力はした。でも結果、集まった新部員は3人だけ。正式な部活として認定される為には後一人、全部で5人いなければならない。

 今考えてみると、本当にやれることは全てやっただろうか。私がやったことと言えば……校内の掲示板に部員勧誘のポスターを貼ったこととか放送部に協力してもらって部員勧誘の為のコメントを流してもらったことぐらい。そのどちらも効果を発揮しなかったのは残念だけど。

 新規部員である真白は私が幼馴染みと言うことで半ば無理矢理引きずり込んだわけで、さつきは部じゃなくて私自身に興味があって、伊織はそのさつきがどこからともなく見つけてきたってことで。私自身がやったことは見事なまでに空回りしていて。

 もっと出来たことがあったはずだ。今更考えても仕方ないかも知れないけど。

「それでは全くもって残念だが……」

 生徒会長が最後通牒を口にしようとしたその時だった。

 突然生徒会室のドアがバァンと豪快に開かれ、中に3つの人影が飛び込んできた。

「ちょっとお待ちなさい!」

 聞こえてきた声に思わず頭を抱えてしまう私。

 入ってきたのは勿論、真白、さつき、伊織の3人だ。先ほどの声の主は勿論真白だ。

「結論を出す前に少々我々の話を聞いて貰えませんこと?」

「君は?」

「そこの灰田彩佳率いる写真部の副部長、白鳥真白ですわ」

「同じく写真部書記、緑川さつき!」

「同じく写真部会計、黄川田伊織」

 生徒会長の問いに3人が次々に名乗りを上げるんだけど……真白の副部長はともかく、さつきと伊織の役職はいつの間に決まったんだ? どうせどっちも自称だと思うんだけど、何となく妙にはまっていそうな感じがして怖い。

 しかし、この3人がいて先輩がいないというのが妙に気になる。何処で何をしているのか……まさかとは思うけど、部活運営委員会に出る予定の他の部の部長に襲撃をかけたりしていないだろうな。やっぱり武器を押収して縛っておいた方が良かったかも知れない。

「それで、君たちの話とは何だい? あまり時間がないから出来れば手短にお願いしたいのだがね」

「それほど時間はかかりませんわ。私たちが言いたいことはただ一つ!」

「写真部を潰さないでください!」

 何やら面白そうな顔をして真白達を見やる生徒会長にいきなり真白達が頭を下げた。

 それを見て驚いたのは生徒会長だけじゃなく私もだった。特にあのプライドの高い真白が、半ば無理矢理入れられた写真部の為に頭を下げてくれたことが私には驚きだったのだ。

「真白……それにみんな……」

 思わず胸が熱くなる。まさかここまで彼女たちがやってくれるなんて夢にも思っていなかったからだ。

 正直なところ写真部存続に情熱を傾けていたのは私だけであって、真白は私が巻き込んだだけだし、さつきは写真部よりも私の方に興味津々、伊織は……まぁ、この子は色々あって写真部に加わってくれたわけだけどまだほんの少ししか経ってなくてそこまで執着心があったとは思えない。

 それなのにそこまでしてくれるなんて……うう、思わず目元に涙が。

「写真部が潰れるとこの子の行き場が無くなります!」

「そうです! お姉様は写真部に命を懸けてるんですから潰れたりしたら下手したら自殺しかねません!」

「それに潰したりしたらあの設備がもったいないし」

 三人が続けていった言葉に私はその場で豪快にこけた。

 何だ何だ、どいつもこいつも人を何だと思ってるんだ?

 写真部の為に頭を下げてくれたのかと思いきや私の為かい。それも何と言う言い方をしてくれるんだか。

「……まぁ、確かに灰田君の部への入れ込みようはかなりのものだと思うが……設備に関しては大丈夫だよ。ちゃんと生徒会で管理保存するからね」

 一瞬呆気にとられていた生徒会長だけど、すぐに気を取り直したらしくそう答えた。

 そして更に続ける。

「写真部が無くなって意気消沈することはないさ。灰田君には別のことを……」

 と、そこまで生徒会長が言いかけた時だった。

「ちょぉっとまったぁぁぁっ!!」

 突然聞こえてきたその声に私は思わず頭を抱えてしまう。

 何と言うか、遂に来てしまったか、と言う気分だ。

 出来れば来て欲しくはなかったんだけど、こうなったら仕方ない。もはや写真部の存続はほぼ不可能なんだから、こうなれば嫌がらせ方々好きにやってもらおう。後は野となれ山となれ、だ。

 しかし、声は聞こえても当の本人が姿を見せない。

 その場にいた誰もがキョロキョロと周囲を見回しているだが、何処にも先輩の姿はない。

「はっはっは! 実体を見せず忍び寄る影!」

 新たに聞こえてその声と共に生徒会長の背中側にあった窓が開き、そこから入ってきた風にカーテンがたなびく。

 私たちがそっちを注目したその時、何の脈絡もなく生徒会室の壁に据え付けられている本棚が横にスライドし、そこから声の主である黒宮先輩が姿を現した。

「はっはっは! こっちだこっち! 驚いたかね、諸君?」

 楽しげに笑う先輩に対し、私たちは思いきり緊張をすかされ、皆揃ってこけていた。

 一体何処の新喜劇だ、私たちは。

 とりあえず立ち上がった私はつかつかと未だ楽しそうに笑っている先輩の側に歩み寄ると、その頭をガシッと手で掴み上げた。いわゆるアイアンクローという奴だ。

「ええ、そりゃあもう驚かせて頂きましたわ、先輩」

 ギリギリギリと握りしめる手に力を込めながら言う私。勿論顔には満面の笑みを浮かべながら。

「あだだだだだだだっ! 痛い痛い痛いっ!! 割れる割れるわ〜れ〜る〜!!」

 じたばたじたばたと手足を振り回して暴れる先輩。

「で、聞かせて頂きたいんですけど、いつの間にあんなギミック仕込んだんですか? しかも何でまた生徒会室に?」

「話す! 話すから!! 先に!! 手をっ!! お願い!! 彩ちん!! マジで!! 割れるっ!!」

 必死に訴える先輩。

 流石に私の握力で先輩の頭が割れることはないと思うんだけど一応念のため手を離した。正直なところ割れても困るし、話さないと本当に話さないような気がしたし。

「おお〜、本当に割れるかと思った。彩ちん、いつのまにやらやたらパワーアップしてね?」

「してません。もししていたとしたらおそらく先輩を止める為にきっと神様が与えてくれたんだと思います」

 頭を抑えながら言う先輩に容赦なく言い放つ私。

「む〜、何か酷いなー。私は悪魔か何かかい。まー、それはともかく話すと言った以上ちゃんと話そうじゃないか」

 涙目になってジロリと私を睨む先輩だけど、そんなもので怯む私じゃない。と言うか今の私に怖いものなんかほとんど無いぞ。

「とりあえずこの窓が勝手に開くのとか本棚が動くのとかは私は何も関与してない。これを仕込んだのは前の生徒会長だよ」

「前の生徒会長!?」

 先輩の発言に驚きの声を上げたのは私だけじゃなかった。生徒会長も驚きのあまりに腰を浮かせている。

「まさか倉田先輩がそんなことを? いや、でもあの人ならやりかねない……」

 何かブツブツ言っている生徒会長は置いておいて、私は先輩に詰め寄った。

「先輩、冗談は程々にしてくださいよ? 何で前の生徒会長がそんな訳のわからないことをしなくっちゃいけないんですか?」

「理由までは私も知らないってば。でもあいつ、色々とこの校内に仕込んでいるんだよ? ここだけじゃなくってさ。体育館とかにも。ほら、ここがあいつの実家のものになった時に色々と改装したじゃん。その時に業者に言ってやらせたとか言ってた」

 そう言えば何年か前にこの学校の理事長が替わった時に色々と改装工事してたっけ。前の生徒会長はその理事長の息子だったし、その業者も確かその理事長が運営している会社の系列だったっけ。そうなると理事長の息子である前の生徒会長が何やら仕込むように業者の人に言っていてもおかしくないような気がする。

 しかし、それはともかくとして何でそんなことを先輩が知っているんだろうか?

「あー、本人から教えてもらったし。実は地図も持っていたりする」

「没収します」

「ダメだよ、これは。私以外の誰にも渡さないってあいつと約束したんだから。彩ちんでもダメだよ」

 そう言ってチラリと見せた地図を素早く隠す先輩。

「……なら後で燃やしましょう。みんなの見ている前で。それなら許してあげます」

「何でそうなるかな?」

「先輩がそれを悪用するであろうことが目に見えているからです」

「酷いなー。私ってそこまで信用無い? そりゃ先生とか怒った彩ちんから逃げる時に使ったこともあるけど、基本的に悪いことには使ってないって」

 ぷっと頬を膨らませて先輩がそっぽを向く。

 逃走用に使っている時点で充分悪用しているような気がしないでもないんだけど、それ以外に使ったのがこう言う自分の登場の演出だけならばまだいいか。他に悪いことに使って無さそうだし。

「わかりました。今後悪用しないと言うなら今回は目を瞑ります」

「だから一度も悪用したこと無いってばー」

「それはともかく一体何の用なんですか?」

 横合いから生徒会長が尋ねてきた。ちょっと腫れ物に触るような感じなのは、やっぱり先輩の悪名を知っているからだろうか。まぁ、確かに先輩の数々の悪名を知っていれば、出来ればあまり相手をしたくない人物のナンバーワンになっていても仕方ないだろうけど。

「おー、そうだったそうだった。すっかり話が脱線していて忘れるところだったよ。や、どーもサンキューベリマッチ」

 そう言って生徒会長に向かってぴしっと手を挙げる先輩。

 と言うか、話が脱線したのは先輩が妙なところから登場した所為だと思うんですが。

 それはともかく一体先輩が何しに来たのかと言うことには私も興味があった。と言うことで私も先輩の方を見る。

「とりあえず何処まで話が進んでいたんだったっけ?」

「結局写真部は廃部になると言うところぐらいまで?」

 何で私に確認を取ろうとするのか、この生徒会長は。嫌味か? 嫌味なのか? 私に何か恨みでもあるのか、こん畜生。

「そのことだがねー。何で写真部は廃部にならにゃいかんのかね?」

 先輩のその質問に首を傾げる生徒会長。

 言った方の先輩は何やら勝ち誇ったようにニヤニヤ笑っている。どうやら相当自信がありそうな感じだ。何の自信があるのかはわからないけど。

「む……写真部は結局この一ヶ月の期限の間に正式な部員、五名を揃えることが出来なかったから……」

「フッフッフ……ちょぉっと待ったぁぁっ!!」

 何故か恐る恐る答える生徒会長に待ってましたとばかりに人差し指を突きつける先輩。ついでに胸ポケットから生徒手帳を取り出してそれを生徒会長の机の上に叩きつける。

「な、なんだね、いきなり?」

 先輩の突然の行為に明らかに生徒会長は怯んでいる。

 そんな生徒会長を見て、またしてもニヤリと笑ってから先輩は机の上の生徒手帳を指で示した。

「これは……ただの生徒手帳にしか見えないんだが」

「ふっふ〜っん。そんなことは誰が見たってわかることだよ、ワトソン君。問題はその中だ」

 そう言って先輩は生徒会長の机の上に腰掛け、上に置いてあった生徒手帳をひょいと拾い上げた。そしてパラパラとめくっていき、目的のページに達するとそこを開いて生徒会長の目前に突きつける。

「……近すぎてよく見えないんだが」

「ここに書いてあるのはクラブとかに関する校則だよん。生徒会長君も一度くらいは読んだことあるよねー?」

 未だ生徒手帳を生徒会長の目前に突きつけたまま先輩が言い放つ。

「そりゃあ、生徒会長だからね。一通り校則には目を通してあるが……それが何か?」

 迷惑そうに先輩の手を振り払おうとしている生徒会長だが、振り払われる度に先輩はまるで嫌がらせのようにまた生徒手帳を生徒会長の眼前に突きつけ直している。

「フッフッフ〜。部活動に関する規則第二条第三項。覚えてるかにゃ〜?」

 部活動に関する規則第二条第三項?

 ちょっと気になったので私も自分の生徒手帳を取り出してそれが載っているところを見てみた。

 そこに書かれているのは「各部活動は原則五名以上の正規部員と一名の顧問を持って正式な部活動として認める」と言うことだ。

 うちの部が廃部になるに何ら問題はない。そこにはどう足掻いても覆しようののない規則が書かれているだけだ。

「違う違う。彩ちん、それは第一項。私が言ってるのは第三項だよ」

「ちなみに第二項は”正規部員が五名に満たない場合、もしくは顧問が不在となった場合、その部活動は活動停止と為す”ですわ」

「第三項は……”正規部員の資格を持つものは原則として在校生に限る”とありますね」

 どうやら私と同じく生徒手帳を見ていた真白、伊織がそう言ってくる。

 さて、これの何処に写真部廃部という事実を覆す項目があるというのだろうか?

「何だと思えば、一体その何処に何があるというのかね? どう見ても今の写真部の正規部員は四名。第二条第二項にある通りその活動は停止と」

 もはや先輩の手を振り払うことを諦めたのか、生徒会長は目の前に生徒手帳を突きつけられたままの状態でそう言う。

 だけど、そんな生徒会長に見せびらかすように(実際には生徒手帳が邪魔で見えて無いんだけど)先輩がもう片方の指を左右に動かした。

「チッチッチッ。だからさっきから言ってるじゃん。第二条第三項だって」

「”正規部員の資格を持つものは在校生に限る”……それが一体何だと」

「まだわかんないかなぁ? 正規部員であるには在校生であればいいんだよね?」

 そう言って先輩が私の方を振り返った。

「彩ちん、私は彩ちんに部長の座を譲ったよね?」

「あ、は、はい。確かに一ヶ月前に」

 私の返事を聞いて満足そうに頷いた先輩がまた生徒会長の方を振り返る。

「部、部長の座を譲ったと言うことは引退したってことだろう?」

「ノンノンノン」

 先輩がまた指をチッチッチッと左右に振る。

「私は確かに部長の座は彩ちんに譲り渡し、部長は引退したっ! だがしかぁしっ!!」

 そう言ってまたビシィッと人差し指を生徒会長の方に突きつける先輩。

 この人は人様に指差しちゃいけないと教わってこなかったんだろうか?

 何故かふとそんなことを思う私。

 こんな事を考えられるってことは、今の私には心の余裕というものがでてきているのだろう。ちょっと前までは絶望感一杯だったのに、今はそうでもない。それもこれも先輩がこの場に現れてからだ。

 もしかして私は先輩に期待しているんじゃないだろうか?

 写真部が廃部になるかも知れないこの絶体絶命の危機を先輩なら何とかしてくれるんじゃないかって。

 今までこの先輩には散々迷惑をかけられてきた。でも同時にそれを楽しんでいる自分もいたし、それに何より先輩と一緒なら何でも出来る、ある程度の危機なら絶対に乗り切れるという妙な信頼感があったのは否めない。

 先輩だってこの部を愛してるって言ってたし、潰したくないってのは私と同じ気持ちのはずなんだから。

「私はこの部まで引退するなんて一言も言ってないっ!!」

 はっきりそう断言する先輩。

「し、しかしだねっ! 君はもう三年生だろう!?」

「三年生だと言っても在校生には違いないっ!!」

「い、いや、それは確かにそうだが、ほれ、就職とか受験とか、そんなものの準備が」

「私には関係なぁいっ!! こう見えてもエスカレーター進学出来る程度のことはやってあるっ!!」

 色々と反論する生徒会長に対し、あっさりとその反論を封じ込める先輩。

 恐るべし、口先の魔術師。

 ちなみに後で知ったことなんだけど、この時の先輩の発言にある「エスカレーター進学」に関してはこの時点では嘘だったそうだ。この後、卒業式終わってから補修補修の山を乗り越えて何とかエスカレーター進学出来たとか。

 だけど、そんなことをこの時点の私たちは誰一人知る由もない。と言うか、堂々と嘘を言ってのける先輩の度胸が凄まじい。流石はナチュラルボーン詐欺師、とでも言うべきか。

「ついでに言うと、校則の何処にも三年生になったら部活を引退しなければならないなんて書いてないぞっ! 後おまけに言っておく! 部活動に関する規則第二条第五項! ”最上級生が卒業後、正規部員が五名に満たなくなった場合に限り、新入生勧誘期間内まではその活動を続けることを認める”! ちなみに新入生勧誘期間は4月から5月の末までだっ!!」

 ビシィッと人差し指を生徒会長にまたも突きつけ、そう勝ち誇ったように言い放つ先輩。

 それを聞いてその場にいた誰もが生徒手帳を確認した。確かに先輩の言っている通りのことがそこには書いてあった。

「……し、しかし、普通は部長を引退したなら部も引退するものじゃないのか?」

「そんなもん、私の勝手だっ!」

 その一言がとどめとなったのか、生徒会長が机の上に崩れ落ちる。

 それを見届けた先輩が私の方を振り返り、満面の笑みを見せ、それからVサインを出した。

「先輩……」

 思わず感極まってしまった私の目に涙が浮かぶ。

「へっへ〜、どうだ、彩ちん。ちっとは私のこと見直したかい?」

「はい」

 ニッコリと私に笑いかける先輩に、私は素直に頷いてみせた。

「まぁ、これで少なくても来年の五月までは我が写真部は安泰ってことでいいよね、生徒会長君?」

「……わ、わかりました。仕方ありません。認めましょう」

 何処か悔しそうに生徒会長が言う。それから時計を見て、一回咳払いしてから立ち上がる。

「もう時間だ。灰田君、このまま部活運営委員会に出てもらうが構わないか?」

「あ、は、はい! わかりました!」

 慌てて目尻に浮かんだ涙を手で拭い、生徒会長に向かってそう言う私。

 その声に先ほどまでにはなかった元気があるのはある意味仕方ないだろう。何と言ってもまさかまさかの大逆転劇が目の前で繰り広げられたのだから。我が写真部の存続が決まったんだから。

「彩ちん、私たちは部室で待ってるよん♪」

「帰ってきたらパーティでもやりますか?」

「おお、真白んもたまにはいいこと言うねぇ!」

「たまには、は余計ですわよ、オチビ先輩。私たちも貴女のことを少し見直したんですから今日のところは勘弁してあげますけど。それじゃ彩佳、早く戻ってきてくださいね」

「お姉様、お待ちしておりますから!」

「準備は私たちでやっておきます、部長」

 みんなが嬉しそうな顔で口々に言う。

 先輩は相変わらずの勝ち誇ったような満面の笑みで、真白はちょっとすましたような、それでいてうれしさを隠し切れてない顔で、さつきはもうなんか泣きそうな笑顔で、伊織はあまりいつもと変わらない表情だけど、その口元にはやっぱり笑みが浮かんでいる。

 そんな四人に見送られて私は生徒会長と一緒に生徒会室を出た。

「……何と言うかしてやられたよ」

「はい」

「やっぱり黒宮先輩を相手にしてはいけなかったな」

「はい」

「写真部、頑張りたまえ」

「ありがとうございます」

 廊下を歩きながらそんな会話を生徒会長と交わす私。

 

 その後、部活運営委員会の席で我が写真部の存続が生徒会長の口から伝えられたのは言うまでもない。

 デジタル写真部の部長である大田原学だけが一人悔しそうに私を睨み付けていたけど、今の私にはそんなもの何処吹く風だ。て言うか、ざまぁみやがれ、このコンコンチキ。

 

 これでとりあえず我が写真部の一応の危機は去った。

 しかし、物語はこれで終わった訳じゃない。

 むしろこれから始まるのだ。

 私の色々とした気苦労の物語が………。


部員獲得編 終

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