COLORFUL ALMIGHTYS
部員獲得編その7
一体何処から用意したのかなかなかに上等そうなティーカップからこれまた質の良さそうな紅茶の香りが漂ってくる。
「いつも疑問に思っていたんだけど、その紅茶セット、一体何処から出てくるのよ?」
「お嬢様の嗜み、ですわ」
「いやそう言うことを聞いているんじゃなくて」
「そこそこ名家のお嬢様たるものこれくらいは当然とお母様がいつも仰っていますもの」
「あんたのお母さんってのも昔から謎なのよねぇ。いつ遊びに行ってもいないし」
「お母様は忙しい人ですもの。私もここ一、二年は顔を見ておりませんわ」
「よくそれで親子関係が保っていられるわね」
「常に顔を合わしているばかりが家族ではありませんわよ。こう言う家族関係もあるんです」
しれっとそう言い、入れたばかりの紅茶を優雅な仕草で飲む我が親友でそこそこ名家のお嬢様、白鳥真白。
私こと灰田彩佳もそのご相伴に預かっているわけだけど、流石はお嬢様、その仕草が堂に入っている。思わず見惚れてしまう程だ。これで場所が花が咲き誇る庭園とかだったらさぞかし絵になるんだろうけど、生憎とここは我らが写真部の部室。絵に描きたいようなものではない。
「ところで例の新入部員はどうなったんですの?」
「あー、そのことなんだけどちょっと困ったことになっててねー」
真白の言う新入部員とはつい先日、この部にやってきた黄川田伊織のことだ。
私のことを「お姉様」と慕う緑川さつきがどこからともなく連れてきたのが彼女なのだが、むっつりとしていて何を考えているのか今一つわからないところがある。それでも一応私の話を真剣に聞いてくれていたのはいたみたいで入部については前向きに考えてくれているみたいだ。
しかしながら、彼女には少々問題があるようで、それが解決しないことには入部は難しいとのこと。その問題自体は彼女のプライベートに関わることなので特に聞き出しはしなかったのだけれども、なかなかに厄介な問題のようでそう簡単には片が付きそうにないらしい。
「後四日しかないわけだし、ちょっとやばいかなーと思わないでもないんだけど……こればっかりは私たちが口出ししていいような問題じゃないからねー」
「それもそうですわね。それならあのちびっ子先輩の手綱をより一層きつく引いておく必要がありませんこと?」
「……そう言えばそうだわね。ほっといたらまた何しでかすかわかったもんじゃないし……で、その先輩は一体何処に消えた?」
くるりと部室の中を見渡してみるけども件の人物の姿はない。普段ならば何の用事のない日でも誰よりも早くこの部室に来ているはずなのに。
何か猛烈にイヤな予感がしてきた。こう言う場合、このままじっとここにいるという選択肢は状況を更に悪化させることに他ならない。
「探しに行くわよ、真白!」
「行ってらっしゃいませ」
勢いよく立ち上がった私に対して真白がひどくあっさりと言い放つ。
「あんたも一緒に来るの!」
「……私ではあのちびっ子先輩を抑えきる自信ありませんわよ」
「一人で探すよりもその方が早いでしょ! 見つけたら携帯に連絡してくれたらいいから! ほら、行くわよ!!」
私はそう言うと、イヤそうな顔をする真白を連れて部室を後にするのであった。
真白と手分けしてトラブルメーカーである黒宮先輩を捜すこと三十分。
とりあえずわかったことと言えば校内に先輩の姿はないと言うことぐらいか。先輩が学校の外にいるとなるとその捜索範囲は非常に広くなってしまう。となる私と真白の二人で見つけることはほぼ不可能だ。
「困ったわね」
一体何処に消えたのか、早く見つけないととんでもないことになりそうな気がする。先輩に関してはこう言う予感が外れた試しがないのが本当に困りものだ。
「フフフ……何やらお困りのようだね」
ああ、一体どうしてこう言うタイミングで現れるんだ、こいつは。とりあえずこいつと話していても時間の無駄なので無視することに決め込む。
「おおかたあの先輩の姿が見えなくて探していると言うところかな?」
無視だ、無視。
「あの人は稀代のトラブルメーカー、姿が見えないだけで不安になるだろうねぇ、君としても」
無視無視。それにしても真白からの連絡遅いなぁ。
「一体今回は何処で何をしでかしているやら」
無視……無視……。
「君で対処出来るようなことならばいいんだろうけどねぇ。あの人は後のこととかあまり考えない人だから」
無視…………真白、早く電話してこい。今の私はあんまり余裕ないぞ。
「まぁとんでもない騒ぎになる前にあの人が見つかることを祈っておくよ」
別にあんたに祈られたくない。あんたに祈られると何か物凄い勢いで逆の結果になりそうな気がするから。
「さて、それじゃこれで失礼するよ。こう見えても色々と準備の為忙しいんでね」
なら何で声をかけてくる。黙って部室に籠もってその準備とやらを大人しくやっていろ。
そう怒鳴りつけたくなるのを必死で押さえ込む。
そんなところにようやく真白がやってきた。ちょっと慌てた様子でこっちに向かって走ってくる。
「彩佳、こんなところにいたんですか。探しましたわよ、もう」
「携帯に連絡来ると思って待っていたんだけど……で、どうかしたの?」
息をちょっと切らしている真白に向かってそう言うと、真白は私の隣に立っている奴の方をチラリと見た。
まだいたのか、こいつ。さっき「失礼する」とか言っていたんじゃないのか? 早くいなくなれ。目障りだ。
そう言う思いを込めてそいつを思いきり睨み付ける。
「そ、それでは今度こそ失礼する!」
それだけ言ってそいつはようやくその場から足早に去っていった。
「何でしたの、あれ?」
「別に気にしなくていいわよ。で、どうしたの?」
「そうでしたわ。ちびっ子先輩なんですけど、見た人がいて」
「何処!?」
「何か背の高い一年生の後をつけていったとか……」
「追いかけるわよ、真白! 手遅れにならないうちに!!」
真白の話を全て聞き終わる前に私は彼女の手を取って走り出していた。
先輩が後をつけていた背の高い一年生ってのはおそらく黄川田さんに違いない。そう言えば先輩は彼女の抱えている問題に興味津々だった。おそらくはそれにちょっかいを出しに行っているに違いない。
先輩の所為で黄川田さんが抱えている問題が壊滅的にややこしいことにならないうちに先輩を見つけて連れて帰ってこなければ。
途中で見つけたさつきも一緒に連れて私たちは黄川田さんの家の前までやって来ていた。
先輩が後をつけていたというのが黄川田さんならば確実にこの近辺にいるはずなのだ。まぁ、何処に隠れているのか見つけるのが更なる問題なんだけど、とにかく捜索範囲がある程度狭まったのは何とも喜ばしいことで。
「それじゃ手分けして先輩を捜すわよ! さつきはあっち、真白はそっち、私はこっちを探すから。見つけたら私の携帯にすぐに連絡。見つからなかったら……そうね、30分後にもう一度ここに集合。それじゃ解散!」
素早く指示を出し二人が私が指で指し示した方へと駆け出していくのを見届けてから私も先輩を捜して走り出した。
もっともそう簡単に見つかるような人ではないことは充分承知の上だ。と言うか、隠れんぼとかそう言うことに関しては本当にもう、無駄だと思う程に上手い。気配すら絶ってしまう程なのだ。何て無駄な才能だろうと今までに何度思ったことか。スパイとかさせるのならもってこいの才能だと思うけど。
そして30分後、何の成果もなく私たちは再び黄川田さんの家の前で顔を突き合わせていた。
「まるで見つかりませんわね」
「流石は先輩だわ……何処に隠れているんだか」
そう言ってくるりと首を巡らせて周囲を見回してみる。まぁ、そんなことで見つかるとは私は思ってないんだけど。
「お姉様、お姉様。いっそのこと黄川田さんに聞いてみたらどうですか?」
「はい?」
「先輩が何処かに隠れて様子をうかがっているにしろいないにしろ、目的は黄川田さんなんだから彼女に直接会って話をした方がいいと思うんですけど」
「それは良いアイデアですわね」
さつきの提案に真白がダメを押す。
確かにさつきの言う通り、こっちが先に本命を抑えてしまえば先輩と言えども下手な手出しは出来ないはずだ。事がこれ以上ややこしくなる前にそうした方がいいだろう。
「それもそうね。それじゃ行きますか」
とりあえず良いアイデアを出したさつきの頭を軽く撫でてやりながら、私は黄川田さんの家の前へと歩いていった。そして門柱についているインターホンのボタンを押す。
ピンポ〜ンと鳴るのかと思いきや聞こえてきたのはベートーベンの「運命」だった。
あまりにも予想外の音楽に思わずその場でこけてしまう私たち。
と、そんなところに玄関のドアが開いて中から黄川田さんが顔を見せた。
「あ……」
彼女にしては珍しくちょっと驚いたような顔をして倒れている私たちを見ている。
「あはは〜、こんにちわ」
私としてはそれだけ言うのが精一杯だった。
「どうぞ」
黄川田邸の応接間に通され、そこにあるふかふかのソファに腰を下ろし彼女が持ってきたお茶を飲む。
外からではわからなかったんだけどこの家、妙に広い。この応接間も十畳以上ありそうな感じだ。まぁ、そこそこ名家のお嬢様の真白からすればそれほど広いというわけでも無さそうなんだけど。
黄川田さんが持ってきたお茶も結構なもののようだ。一般庶民の代表格である私にはよくわからなかったんだけど。私の横で真白が少し感心しているので何となくわかっただけ。
「一体何の用なんですか?」
無言でお茶の味を味わっていた私たちにしびれを切らしたのか黄川田さんが声をかけてくる。ちょっとムッとしているような感じだ。どうやらあまり歓迎はされてないっぽい。おそらくは先ほどの質問の後にこう言う続きがあったに違いない。わざわざ家にまでやってくるなんて、と。
「あ〜、いや、そのね……」
果たして何と答えるべきか。ストレートに黒宮先輩が何か迷惑をかけに来ていないかと尋ねてみようと思ったのだが、もしも何もなかった場合こっちの悪印象を植え付けてしまいかねない。そうなるといい言い訳が思いつかなかった。
私が言い淀んでいると、横から助け船を出すようにさつきが口を開く。
「このお茶、美味しいですね。やっぱり高いもの?」
「ああ。うちは来客が多いから、客に出すお茶はそれなりにいいものを使ってるんだ」
「へぇ〜。今度何処で買ったか教えて貰えます? お姉様に出すお茶、これからはこれにしますね」
何故か嬉しそうに私を見て微笑むさつき。
いや、別にそう言うことに気遣いしなくてもいいから。つーか、そんな高いお茶、あんたの小遣いで買えるのか?
そう口に出しかけて、思い切り飲み込む私。多分口にしたらいつものように泣き出しそうな目で見てくるに違いない。
「わざわざお茶のことを聞きに来たんですか?」
「あ〜、いや、そう言う訳じゃないんだけど」
「彩佳、下手に隠し立てするよりもはっきり言った方がいいですわ」
さっきまで静かにお茶を飲んでいた真白がチラリと私を見ながら口を開いた。
「あなたが言えないなら私が代わっても別に構いませんわよ?」
気のせいか、真白の口調に棘を感じる。多分、多分だけど黄川田さんから感じる非歓迎的なムードが彼女のお気に召さないんだろう。簡単に言えばさっさと用事を済ませてここからおさらばしようと言うことっぽい。
「あー、いや、ここは私に任せて貰えるとありがたいって言うかあんたは黙ってろ」
下手に真白に話をさせたりしたらケンカになりかねないと思った私はそう言うと黄川田さんの方を向いて居住まいを正した。
「何て言えばいいのか……その……この間部室に来てくれた時にもう一人いたの、覚えてるかな?」
「はい。あの変な質問をした後先輩にハリセンで殴られてから後はずっと隅でいじけていた人のことですね」
細かく覚えてるな、この子。
「あの人、まぁ先輩な訳なんだけど、なかなかお節介な人でね、黄川田さんが抱えている問題を何とかしてあげたいって思ってるみたいなのよ。私はそれは彼女のプライベートなことだからよしておけって言ったんだけど、どうもそれじゃ納得出来ないみたいで……」
一応言葉を選びながら、それとわからないように私たちがやって来たわけを話す。
「それで先輩がお邪魔して迷惑かけてないかなぁと心配になって様子をね」
「……見に来たというわけですか」
「そう言うことになるわね」
それを最後にちょっとの間沈黙がその場を支配する。
私たちとしてはそれ以上何も言うことが無く、黄川田さんの方は何を話していいか考えているみたいで、それでどっちも口を開かず、私の横で真白とさつきが暢気にお茶を飲んでいる音だけが聞こえてくる。
私としても間が持たないのでとりあえずお茶の入ったコップに手を伸ばした。中身はちょっと冷めてしまっているが、それでも充分美味しいのは何て言うか凄い気がしないでもない。
「……来て貰えますか」
不意に黄川田さんがそう言って立ち上がった。そして応接間から出ていこうとしたので私たちは慌てて彼女を追いかけた。
私たちを先導するようにゆっくりと歩く黄川田さんが向かったのは奥の方にある部屋だった。何やらやたら重厚そうなドアには南京錠がかけられている。ポケットの中からとりだした鍵で南京錠を外した黄川田さんが私たちに中に入るように促した。
「……失礼します」
そう言って重厚そうなドアを開けて中に入ると、そこは何やらアトリエのような部屋だった。あちこちに飾られている絵――油絵やら水彩画やら版画やらとにかく無節操なまでに様々な種類の絵がこの部屋中にある。
「お姉様、お姉様」
半ば唖然としながら部屋中にある絵を眺めていた私の腕をさつきが掴んできた。どうしたのかと思って彼女の方を見ると彼女はとある一枚の絵を指差していた。
「あの絵の人、何か見たことありません?」
さつきの指差している絵には私たちと同じくらいの歳の女の子が描かれている。
「どうやら全部同じモデルのようですわね」
横に立って私と同じく部屋中の絵を眺めていた真白がそう言ったので私も別の絵を見てみると確かに真白の言う通りどの絵も同じモデルの人を描いているようだ。古そうなものは若く、新しそうなものに行くに従ってモデルの年齢が上がってきている。まるで何年もかかってその成長をずっと追いかけて描いているみたいに。
「……まさか、これって」
そう言って私はドアのところに立っている黄川田さんを振り返った。
まちがいない。この絵のモデルは全部彼女だ。
「その通りこの絵のモデルは全部私です」
黄川田さんはそう言うと部屋の中へと進んできた。そして一際大きい一枚の絵の前まで行ってから私たちの方を振り返る。
「ここにあるのは全部私の父が描いたものです。父は私が生まれてからはずっと私以外のモデルを使って絵を描いたことがありません」
成る程、古いものは彼女の若い、と言うか幼い頃のものなのか。しかし、こうやって部屋中に飾られている絵を見回してみると何か執拗なものを感じてしまう。まるでこれでなくてはならないと言う強迫観念に囚われているようにさえ思えてしまう。
「今も父は私をモデルに絵を描いています。もう私以外のモデルでは何も描けなくなってしまっているんです。だから私は……」
「お父様の為に、モデルをする為に他のことをしている時間はない、と言うことですか?」
少し馬鹿にしたような感じで真白が言うと、黄川田さんは少し悲しげな顔をして頷いた。
なかなかに放任主義な両親の元で育った真白からすれば、親の為に自分の自由を捨ててしまう黄川田さんの気持ちが理解出来ないらしい。黄川田さんとしては、自分ばかり描いていた所為で他の絵が描けなくなった父親に対して変な罪悪感があるみたいだ。
「これは本当に私たちが口出ししていい問題じゃないわねぇ」
私がそう呟くとその横でさつきが小さく同意するように頷いた。
だけど。
「馬鹿馬鹿しい話ですわね。あなたばかりを描いていて他の絵が描けなくなったなんて馬鹿馬鹿しくてお話になりませんわ」
本気で馬鹿馬鹿しいという感じで真白がそう言い放った。
「はっきり言って画家失格じゃありませんこと、あなたのお父様は?」
何を言い出すんだ、こいつは!!
私は思い切り真白を睨み付けるが、彼女はまったく意にも介せずまた口を開く。
「筆を折るべきですわね、そんなピンポイントな画家は。この家などを見ているとわかりますがそこそこ昔は名の売れた画家なのでしょう? 一人のモデルしか描けないと言うのならばさっさとやめてしまうか、それとも世に出ずに家でひっそりと描き続けていればいいのですわ」
「そ、そんなこと、あなたに言われる筋合いはない!」
流石に黄川田さんとしても親の悪口を言われてはむかつくのだろう。先ほどまでの淡々とした様子から一転して激情したような口調で真白に言い返す。
「あなたに父さんの何がわかる!」
「わかりませんわね。娘の自由を奪ってまで絵にこだわり続ける人のことなんか」
まー、あんたの家は娘の自由を奪うどころか束縛すらしてないからね。少しくらい束縛された方がいいような気がするんだけど。
などと真白に言いたいのを堪えながら、私は二人を見る。
頭に血が上っているのか顔を真っ赤にしている黄川田さんといつものように高飛車なお嬢様然としている真白。
「私は父さんの為にやっているんだ!」
「それがあなたのお父様をダメにしているのですわ」
「何だと!」
分かり易い程の真白の挑発にどんどん頭に血を上らせて行っている黄川田さん。
と言うか、一体何をする気なんだ、真白は。このまま黄川田さんを怒らせて一体どうするつもりなのだ。少なくても私には真白が何をしたいのかまるでわからないぞ。
「単純に黄川田さんが気に入らないだけなんじゃないですか?」
「そう言う気がしないでもないわね……」
さつきの感想に私はガックリと肩を落としながら頷く。
二人の不毛な言い争いを見ていること十五分程。互いに肩を大きく上下させながら睨み合っている真白と黄川田さんにつまらなさそうに欠伸を噛み殺しているさつき、私もどうしたものかと考えあぐねもはや思考を放棄した。
そう言えばいったい何の用事で私たちはここに来たんだろう。
「何をしている!! ここは勝手に立ち入っていい場所じゃないぞ!!」
いきなりそんな怒鳴り声が聞こえてきたんで振り返ってみると、そこにはいかにも画家ですっていう格好をしたおじさんが立っていた。考えるまでもなくこのおじさんが黄川田さん以外を描けなくなってしまった彼女のお父さんだろう。
「伊織! お前がこいつらをここに連れてきたのか!?」
父親に怒鳴りつけられ、黄川田さんは先ほどまで真白と言い争っていた時とうって変わって不安そうな顔になる。
「ご、ごめんなさい。あの、この人達は……」
「そんなことはどうでもいい! このアトリエに勝手に入るなと言っていただろう! 早く出ていってもらいなさい!」
「は、はい……」
半ば涙目になった黄川田さんがぐったりと項垂れてしまう。
何もそこまで落ち込まなくてもいいと思うんだけど、この様子から彼女、かなり父親のことを慕っているみたいだ。それこそ病的なくらいに。いわゆるファザコンって奴なのかも。
「……そこまで言わなくてもよろしいじゃありませんこと?」
いきなり真白がそう言い、黄川田さんのお父さんに詰め寄った。
「彼女は随分とあなたを慕っておりましてよ? 自分の自由を捨ててまであなたの為にと思ってやっている彼女に少しひどくはありませんか?」
「な、何だね、君は?」
「自分から名乗らない輩に名乗る名はありませんわ」
「……私は黄川田将星。そこそこ高名な画家だと自負している」
何故か胸を張りまくって、そのあげく反り返りながら名乗る黄川田さんのお父さん。
何故かわからないけど、私の頬を一筋の汗が伝う。多分なんだけど……このおじさんから感じ取れる妙な人な雰囲気が私に警告を発しているのだろう。きっとこの人も変な人だと。
「私の名は白鳥真白。城西大学付属高校二年生、写真部所属の副部長ですわ」
こちらは当然、と言う風に胸を張って堂々と名乗りを上げる。下手をすればこのまま高笑いをやり出しそうな勢いだ。流石は高飛車なお嬢様なだけのことはある。
「……ちょっと待て。いつからあんた、副部長になった?」
私が真白の肩を掴んでそう言うと彼女は何を言っている、と言う感じで私の方を振り返った。
「何を言っているんですの、彩佳。今の写真部にはあなたと私、そしてそこの百合っ子しかおりませんのよ? であなたが部長、百合っ子は一年生、なら後に残った私が副部長で当然でしょう?」
「いや、私認めた覚えないんだけど?」
「じゃ今認めなさい。それで万事解決ですわ」
「そう言う問題?」
「少なくても今問題にする話題ではございませんわ」
「……わかった。後でゆっくりと話しましょう」
「話は終わったかね? ならこの場から出ていってもらいたいのだが」
軽く睨み合っている私と真白の会話が一段落したところに黄川田さんのお父さんが声をかけてきた。あからさまなまでに不愉快そうな顔をしている。どうやらこのアトリエには非関係者を入れたくはないのだろう。
「まだ終わっていませんわ。むしろこれからが本題ですわよ」
真白は黄川田さんのお父さんの方を振り返ると、まるで黄川田さんのお父さんを睨み付けるようにして、そして腕を組んだ。
しかし、一体何をする気なんだろうか、こいつは。付き合いはかなり長い方だけど今一つ今回は真白が何をしたいのかが読み切れない。
とりあえずここは静観するしかないか。などと思っていると物凄く不安そうな顔をした黄川田さんと目があった。
初めて会った時とかと違って今の彼女、本当に不安そうで、何と言うか小動物的な愛らしさを感じてしまう。言うならば捨てられた子犬みたいな感じ?
「お姉様」
私が何を考えているのかわかってしまったのか、側に立っていたさつきがムッとしたような目で私を見上げてくる。
大丈夫大丈夫と言うように私は笑みを浮かべてみせた。ちょっと頬が引きつっていたけど、その辺はスルーしておいてくれ。
何にせよ……これからどうなるか物凄く不安だ。先輩は見つからないし、真白は暴走気味。部活運営委員会まで後四日しかないし、部員数はまだ後二人足りないし。
果たしてどうなるのやら……。
続く