COLORFUL ALMIGHTYS
部員獲得編その6
「お姉様お姉様! 今日お弁当作ってきましたの! ご一緒にいかがですか?」
お昼休みになった瞬間、教室のドアが開き、そう言って飛び込んできたのは一年生の子。大きな丸メガネがチャームポイントの緑川さつきだ。手には二人分のお弁当箱と思われる包みが乗せられている。
「やって来ましたわね、百合っ子」
何処か冷めた視線で入ってきたさつきを見ながら呟いたのは幼馴染みであり親友である白鳥真白だった。
「これで三日連続。愛されていますわね、彩佳」
「言うな」
ぐったりと机の上に突っ伏したまま、私、灰田彩佳は答えた。
私に好意を持ってくれるというのは別に構わない。もっとも私にそう言う趣味はないんだけど。
わざわざお弁当を作ってきてくれるって言うのも別に構わない。むしろ昼食代が浮いて結構助かっている気がしないでもないから。
でも!
教室に来てまで「お姉様」と大声で呼ぶのだけは止めて欲しかった。お陰でクラスメイトの視線がやたら痛かったり生温かかったり。
そう言う趣味はないんだけど……断じてないんだけど、もうクラス中に私がそっち系の人だって噂されまくっていると思うと、いっそのことそっちの道に走ってしまおうかな、と思わないでもない。
「お姉様、どうかしましたか?」
キョトンとした顔で机の上に突っ伏している私を覗き込んでくるさつき。
女の私から見ても充分に可愛い子だ。男の子からも人気が高いだろう。にもかかわらず当人は男に興味のない百合っ子な訳で。今現在のその興味の対象が私な訳で。
「ほらほら、彩佳。大事な妹が心配しておりますわよ」
私が頭の中で何やらモヤモヤと考えているのを邪魔するように真白が声をかけてくる。ちょっと楽しげな感じのその声から、この状況を面白がっていると言うことがありありとわかる。
「はいはい。とりあえず場所を変えましょ。さつきもいいわよね?」
私がそう言いながら立ち上がると、さつきは満面の笑みで頷いた。
「はい♪ お姉様と一緒なら何処へでも」
心底嬉しそうな顔をして言うさつき。
……誰かこの子を何とかしてくれ。
さつきと何故か一緒について来た真白を伴ってやって来たのは屋上だ。
ちょっと季節柄寒いと言えば寒いんだけど、今日は天気もいいし、それに何よりそれほど人目があるわけでもないのでさつきにいくらでも「お姉様」と呼ばれようと気にしないでもいい……何か半ば諦めの境地になってきているような気がしないでもない。
「お姉様、こっちです」
いつの間にか日当たりの良い一角にさつきがビニールシートを広げていた。
と言うか、ビニールシートなんか持ってきていたのか、この子。昨日一昨日は教室で食べていたからわからなかったけど、なかなか準備がいいわね。
とりあえず靴を脱いでビニールシートの上に腰を下ろすとさつきが持っていたお弁当箱を差し出してきた。それを受け取り、開けてみると何と言うか思わず顔が真っ赤になるような代物がそこにあった。
「あ、あの、さつき……?」
思わず一旦開けた蓋をもう一回閉じてからさつきの顔を見る私。
さつきはと言うと私が一回中を見たのを確認していたようで顔を赤らめながら身体をくねくねさせていた。
「さつき……」
「彩佳が呼んでいますわよ、百合っ子」
いくら声をかけても身体をくねくねさせていて全く聞いていなさそうな雰囲気のさつきを見かねてか真白が少し厳しい目の声を出す。
ちなみに真白はさつきのことを「百合っ子」と呼んでいる。さつきも特に反論する気はないようで、その呼び方が二人の間では定着してしまっているようだ。
「す、すいませんお姉様。ちょっと自分の世界に行っちゃってました」
一体どんな世界なのだろうかという興味がないこともなかったが、あえて聞き出してみようと言う気にもならない。何となくだが聞かない方がいいって言う気が猛烈にするからだ。
「あー、それでね、さつき。このお弁当は何なのかなーと」
「どう言ったものですの? 見せていただけます?」
私が膝の上に置いてあるままのお弁当箱を横から手を伸ばして真白が取り上げた。慌てて取り返そうと私が手を伸ばすよりも先に真白がお弁当の蓋を取ってしまう。
「……これはこれは」
「だから見せたくなかったのよ」
思わず真白も顔を真っ赤にしてしまっている。
私は額に手を当てながらそう言うのが精一杯だった。
さつきが作ってきた今日のお弁当、それは何処の新婚さんが作ったのかと言いたくなるような、それはもう愛情たっぷり籠もってますよー、ラブラブですよーと諸に主張しているような愛妻弁当だったのだ。
いやまぁ、ここ二三日でさつきが料理とか滅茶苦茶上手いって事は知っていたんだけど、まさかここまでやってくるとは。
「私の愛情がそれはもうめいいっぱい籠もってますから♪」
満面の笑みを浮かべて、少し照れながら言うさつき。
「……あははー……もう好きにして」
もはや私が出来ることは力無く笑うことだけだった。
「それはそうとして真剣やばいのよねー」
さつきの愛情が一杯籠もっているらしい愛妻弁当を食べながら(だってもったいないじゃない。折角私の為にって作ってくれたんだから)私がそう呟くと、真白とさつきが顔を上げて私を見た。
「何か気がついたらもう一週間切ってるんだもん。後二人よ、後二人。ちょっとどころじゃなくやばいわ」
「そう言えばそうでしたわね。あれから特に誰も来ませんし」
真白がそう言ってため息をついた。
私や真白、そしてさつきが所属している白黒メインの写真部、その存続を決める部活運営委員会まで後六日。
その六日以内に後二人の部員を見つけなければ部活として最低限の人員を確保出来ていないと言うことで廃部にされてしまう。
この通告を受けた一ヶ月前から色々と頑張ってはいたものの入った部員は真白とさつきの二人だけ。この二人に部長である私を加えても三人。部活として認められる最低限の人員数は五人だから後二人いないとダメだ。
「真白、あんたのお仲間はどうなのよ? 入ってくれそうな子、いない?」
「おそらく無理ですわね。相沢さんは委員会の仕事が忙しそうですし、ちびっ子は料理研究会に入ってますし、サル以下のミジンコはあれでまぁ運動神経だけはいいみたいですから体育会系の部活に引く手数多ですし、委員長はそのミジンコにぞっこんですから」
「で、あんたの本命君は?」
「相沢君はその、お父様のお手伝いとかやっていらっしゃるみたいなのでちょっと……って何を言わせますの!!」
そこまで言った途端に真っ赤になった真白が私を睨みつけてくる。
ふむ、やはり真白の本命は双子の片割れの方か。知っていたって言えば知っていたけど。彼のことを話す時の真白はそれはもう、恋する乙女って感じだし。
「わ、私の方はともかく……百合っ子、あなたの方はどうなんです?」
「はい?」
「誰か写真部に入ってくれそうなお友達はいないのかと聞いているんです」
「……これ以上お姉様の側に余計な人は必要ありません」
そう言ってぷいっとそっぽを向いてしまうさつき。
「お姉様の側には私がいれば充分です。まぁ、真白先輩はお姉様の親友と言うことで私としても譲歩しますけど……」
ちょっと不機嫌そうな感じでさつきが言う。
「さーつーきー。そう言う問題じゃないんだけど」
「でもでも、これ以上誰か入ってお姉様ともお時間が少なくなるのは耐えられません! それでなくてもあの先輩に邪魔されてばかりなのに!!」
さつきの言う先輩というのは多分私の前に部長をやっていた黒宮先輩のことだろう。
私は先輩に気に入られているのかやたら構ってこられる。さつきからすればそれが気に入らないらしい。一応は最上級生と言うことで、先輩の言うことは聞いているみたいだけどどうやら内心では結構ストレスがたまっているようだ。
「百合っ子。ここであなたが誰か写真部に誘ってその人が入ってくれればあなたの大好きなお姉様はそれはもう喜んでくださるわよ」
何時の間に用意したのか、真白が食後のティータイムに入っている。優雅な仕草でティーカップを手に、カップの中の紅茶の香りを楽しみながらさつきに言い聞かせるようにそう言った。
「わかりました! それではお姉様の為、全力で誰か探してきます!!」
私が何か言うよりも早くさつきはそう言うと、あっという間に屋上から姿を消す。余りもの速さに私も真白さえも呆然としてしまっていた。
少しの間呆然としていた私たちだけど、はっと我に返り、互いに顔を見合わせた。そして笑い出す。
「凄いですわね、あの子。あなたの為なら火の中、水の中って感じで」
「あの行動力には脱帽だわ。あれでいてこの間私に声をかけようとしてた時にはおどおどしていたんだから、変われば変わるものね」
「それは彩佳に気に入って貰えるかどうか不安だっただけですわ」
「それは真白の経験論?」
「何を言いますの! そのようなことは」
「はいはい、そう言うことにしておきましょう。それにしても真白ってさつきのこと上手く動かしてくれるよね。お陰で助かったわ」
「まぁ……あの手の子は……」
何か急に遠い目をして真白が言う。
「その……扱いになれておりますから」
一体何があったのかわからないけど、これはあまり問いつめない方がいいような気がした。真白にも色々とあるのだろう。
結局昼休みの間にさつきが戻ってくることはなく、放課後になった。
例によって部室に入ってみるとそこにはいつものように先輩が机の上に胡座をかいて座っている。今日は普段と違ってその膝の上にあるのがマンガ雑誌でなくノートパソコンだけど。
「また何か悪巧みでもやってるんですか?」
「開口一番それとはひどいなー、彩ちん」
鞄を置きながら先輩に声をかけると、すかさず先輩が顔を上げてそう答えてきた。
「今日は真面目だよー。レポートの作成中」
「へぇ。何のレポートなんですか?」
「はははー、それは内緒だよー」
かちゃかちゃキーボードを軽やかな手つきで叩きながら笑う先輩。
そっと横からモニターを覗き込んでみると、確かに何かのレポートのようだと言うことがわかった。少しの間そのレポートを読んでみる。
「先輩」
「何かな、彩ちん」
「今すぐそれを全部消さないとそのノート、叩き壊しますよ」
静かに、あくまで静かに、ぐっと怒鳴りだしたくなるのを押さえ込みながら言う私。
ちなみにそこに書かれていたのはレポートでも何でもなかった。一見レポートのように見えたものは何かの小説のようなもの。しかもモチーフが私と先輩、そしてさつきの三角関係もの。
「えー、折角ここまで書いたのにー。これからがいいところなんだよー?」
口を尖らせて言う先輩。
「この先主人公が先輩との愛を取るか自分を慕ってくれている後輩を取るかで凄く悩むんだよ。でも結局は今まで自分を導いてくれた先輩の愛を受け止めることにして、でもその結果後輩の子が自殺未遂をしちゃってそれで主人公の子はまた激しく自分を責めちゃうんだけど、それを先輩が慰めたげて……」
「消しなさい」
「……はい」
私が拳を振り上げているのを見て先輩はシュンとなって大人しくデリートボタンを押した。
「まったく……何でそう言うものを?」
「あー、ほら、新聞部に知り合いがいてさー。面白いネタがあったら載せてくれるって言うから」
「明らかにネタじゃないでしょうが、それ」
「本当のことを言うと国語の先生がさ、単位が足りない分何か面白いものを書いてくればそれでOKにしてやるって言っててさー」
「その先生の名前を教えてください。すぐさま校長と理事長に直訴して、後ついでに教育委員会にもその旨書状を送って懲戒免職にして貰いますから。後ついでにそんないかがわしいものを書いていたと言うことで先輩のことも一緒に御注進しておきますので」
「わかったわかったよー。バックアップも消去するからー」
「やっぱり……」
やけに素直にデータを消したからもしやと思ったけど、やっぱり。まったく油断ならない人だ、この人は。
「うーん、そうなると単位が困るなー。彩ちん、何とかならない?」
「私にどうしろと? 普段からちゃんと授業にでてテスト受けていれば問題ないでしょうに」
「まー、それはともかく部員集まったー?」
ノートパソコンを畳みながら一番聞かれたくないこと堂々と尋ねてくる先輩。
ジロリと先輩の方を睨み付けてみるが、こっちを向いていないのでまったく気がついていないようで、おまけに何と言うか先輩を睨み付けるのは筋違いだと思ったのですぐにやめた。それからため息をついてみる。
「その様子だとダメみたいだねー」
「藁にも……先輩にでも縋りたい気分ですよ、もう」
「そりゃどう言う意味だよー」
「とりあえずさつきが今走り回っているんですけど期待薄ですからねー。私も友達に当たってみたけどなしのつぶてでしたし」
「ま、時期が時期だしね。こんな時に部活に入ろうなんて奇特な奴はそうはいない」
うんうんと何故か納得げに頷いている先輩。
そんな先輩を見てため息をつく私。残り日数は後六日。本格的にやばい状況だと言わざるを得ない。
とりあえず部室でじっとしていても仕方ないので誰か暇そうな奴でも見つけてとりあえずの勧誘でもやってみるか。そう思って椅子から立ち上がった時だった。
いきなり部室のドアが乱暴に開かれ、お昼休み以降ずっと見ることのなかったさつきが姿を現した。
「お待たせ致しました、お姉様!!」
興奮しているのかやたら大きい声でさつきがそう言ってくる。
「あー、お帰りさつき。とりあえずお弁当箱、洗っておいたわよ」
「ありがとうございます! でもそれくらいのことでしたらこの私がやりましたのに……じゃなくって! 見つけてきました!」
「見つけてきた? 何を?」
そう言ったのは先輩だ。
先輩にはお昼休みに真白がさつきを上手く言い含めて部員探しに行かせたと言うことを話していない。だからさつきが何を言っているのかわからないのだろう。
「新入部員ですよ、新入部員! ほら!」
さつきはそう言うと自分の隣にいるのであろう人物の腕を取って中に引っ張ってきた。
入ってきたのは私よりも頭一つくらい大きい女の子。平均よりもちょっと小さいぐらいの私が思わず見上げるぐらいだから、私よりも小さいさつきや先輩からは余計に大きく見えるはずだ。事実先輩は言葉もないようで、ただじっと入ってきた子を見上げている。
「……」
その子は何も言わず、むっつりとした顔のまま私たちを見下ろしているだけ。特に迷惑しているという風でもないんだけど、何か微妙に不機嫌そうにも見えないでもない。
「あー、えーっと……さつき、ちょっと来なさい」
私は額に手を当ててからさつきを自分の方へと手招いた。
「はーい」
何故か嬉しそうに私の側にやってきたさつきを捕まえると私はそのまま部室の奥へと連れて行く。
「あんたねぇ、確かに部員が必要だとは言ったけど、ああやって強制的に連れてくることはなかったのよ」
「違いますよぉ。強制的じゃないです。ちゃんと話しましたよぉ」
「じゃ何であんなに不機嫌そうなのよ? あれってあんたが無理矢理連れてきたからじゃないの?」
「違いますってば。あの子、元からああ言う感じなんです」
「そうなの?」
「はい。それに特に不機嫌でもありませんよぉ。あの顔は何も考えてないって方が正解です」
「それはそれでどうかと思うんだけど……」
部室の隅でぼそぼそとさつきと喋っていた私がふと振り返ってみると、先輩が未だじーっと背の高い彼女の方を見つめていた。
先輩は私よりも頭一つはちっさい。その辺のことを少々コンプレックスに思っていたりするんだろうか。だからああやって背の高い子を羨ましそうに見つめているのか。いや、何か違うような気がしてきた。それは先輩の目があの子のある一点を見つめてやたら輝いていることから判断出来る。何を思いついたんだ、あの人は。何か嫌な予感がする。
「ねーねー、君」
「……」
「何食べたらそんなに大きくなれるのかな?」
「初対面の人間にいきなりそんな不躾な質問してるんじゃないっ!!」
先輩の口からその質問が飛んだ瞬間、私の身体は自分でも想像つかない程の速さで動いていた。まるで自分が風になったかの如く、一気に先輩との距離を詰めるとその脳天にどこからともなく取り出したハリセンを叩き込む。
「おお……あ、彩ちん、そのハリセンは一体何処から?」
「先輩へのつっこみ用にこの間から部室に隠しておきました」
「何時の間にそう言うスキルを身に……」
「私も色々とありますから」
「それはそうとそれほど不躾な質問でもなかったと思うんですけど」
さつきが私の後ろから声をかけてくる。
「背の高い人に対する質問としてはごく普通じゃないですか?」
「まー、確かにそれはそうよね。でも先輩はじっと彼女の胸を見ながら言っていたのよ?」
「胸、ですか?」
「そう」
そう言って私とさつきは未だ無言で立っている子の方を振り返った。
彼女は背が高い。それだけじゃなく、身体もそれなりに発育している。出るところは出ているし引っ込むところは引っ込んでいる。私から見ても羨ましい体型だ。
「……セクハラですね」
「セクハラよ」
ぼそりと言うさつきに同意する私。
先輩はと言うと涙目で何かを私に訴えようとしていたが、それはあえて黙殺することにした。
「えーと、ちょっと失礼があったと思うんだけどあまり気にしないで欲しいんだけどOKかしら?」
精一杯の笑みを浮かべて背の高い子に声をかけてみると彼女はコクリと頷いた。
「で、さつきから話は聞いていると思うんだけど……私はこの写真部の部長をやってる灰田彩佳。さっきの失礼な質問をしたのは……まぁ、もうじきいなくなるから気にしないで」
「彩ちん、ひどいっ!!」
後ろから何か聞こえたような気がしたが無視する。順当にいけば後五ヶ月もすれば卒業していなくなるはずだし、別段間違ったことを言ったつもりはない。
「それで、まずはあなたの名前を教えて貰えないかしら?」
「……黄川田伊織」
ぼそりと背の高い子が小さい声で名乗った。
「黄川田さんね。まぁ、とりあえず座って。入部するしないはまだいいわ。でもここに来たってことは話ぐらいは聞いて貰えるんでしょ?」
黄川田さんが無言で頷き、空いている椅子に腰を下ろすのを見て私は彼女の正面に座る。その隣にわざわざ椅子を持ってきてさつきが陣取り、後もう一人は部室の隅で床に指を押しつけていじけていた。
余計な茶々を入れられたくはないのであのまま放置しておこう。
「それじゃあ……」
続く