ぴんぽんぱんぽ〜ん♪
「は〜い、今日も絶賛放送中の放課後放送局! 唐突ですがここでお呼び出しをおこないま〜す! 写真部の皆様〜、至急部室に集合してくださ〜い! 繰り返しま〜す! 写真部の皆様〜、至急部室に集合してくださ〜い!」
ぴんぽんぱんぽ〜ん♪
「むむっ!?」
いきなり聞こえてきた放送に私は思わず足を止めてしまっていた。
何と言うあからさまな罠。この放送が私を誘き出すものだとすれば絶対に失敗だ。こんなものに引っ掛かる私だと思ったか、彩ちん!
しかし、こう言う放送をしてきたと言うことは既に万策尽きたか……まぁ、彩ちんがこの私に勝とうなどと言うのは百万光年程早いのだけどなっ!
そんなことを考えながら私は下足室へと向かう。
さっきの放送を聞いて、きっと真白んも百合っ子もむっつりもみんな部室へと向かったはずで、今なら下足室は百パーセント安全なはず。今の間に靴を履き替えてさっさと逃げてしまおう。
意気揚々と下足室の側までやって来て、ふとあることに気付いた。
さっきの放送、あれは私を引っかける為の罠だと言うことはほぼ確実だ。しかし、同時にこんなあからさまで見え見えの罠に私が引っ掛かるとは彩ちんも思っていないはず。つまりは、さっきの放送は二重の罠で実はみんな揃って下足室に私が来るのを待ち受けているんじゃないだろうか?
「……その可能性は有り得る……」
彩ちんは一年以上私と一緒にやってきているから、私がさっきの放送を聞いてどう言う風に考えるか、大体見当が付いているはず。ならその思考の裏をかこうとしているはずだ。
「あ、危ない……」
そう呟いて私は下足室に背を向けて歩き出した。
ふっふっふ〜のふっ。
彩ちん、なかなか考えたみたいだけどもこの私には通用しないのさっ!
COLORFUL ALMIGHTYS
死闘!期末試験 大捕獲編
部室にてさっきの放送を聞いた私は満足げに一人頷いていた。
まぁ、あんなものでのこのこここにやってくる先輩ではないのは充分承知している。しかしながらあの放送の目的はそれ以外のところにあったりするのだ。上手く先輩がそれに引っ掛かってくれればいいのだけど。
「一体何ですのっ! 今の放送はっ!! この忙しい時にっ!!」
そう言いながら部室に入ってきたのはこの写真部の自称副部長の白鳥真白だ。そこそこ名家のお嬢様で私、灰田彩佳の幼馴染み。無駄に気が強くてカッとなりやすいところが弱点だ。
「まぁまぁ、ちょっと落ち着きなさいって。ほら座って」
鼻息荒く、同時に肩を大きく上下させている真白にそう言って私は近くにあるパイプ椅子を勧めた。
「座ってなどいられませんわっ! あのチビ先輩を捕まえて同じ目に合わさなければ気が済みませんものっ!」
「でもあれはあんたの自爆だからなぁ……」
ぼそっとそう呟いた私の声は真白には聞こえなかったようだ。
しかしまぁ、あちこち走り回って疲れたのか、真白はムッとした表情のまま椅子に腰を下ろしていたりする。
「お姉様、ただ今戻りました〜」
「……ただ今戻りました」
真白が座るのとほぼ同時に一年生達が部室に帰ってきた。
初めに入ってきた方が緑川さつき、後から入ってきた方が黄川田伊織。人に変なあだ名を付けるのが大好きな真白に言わせると「百合っ子」「むっつり」コンビだ。
「……部長、いいんですか?」
入ってくるなり伊織がそう尋ねてきた。
彼女には先輩が下足室に現れた時の為にそこで見張りを頼んでおいたんだけども、さっきの作戦の為にさつきを使いに出し、戻ってきて貰ったのだ。
「あー、多分大丈夫。気にしないで伊織も座って。さつきも」
一年生の二人が椅子に座ったのを見て、私は立ち上がった。そして棚からお菓子と買いおいてあったペットボトルを取り出してテーブルの上に置く。
「何ですの?」
「まーまー。今は気にしないで休憩、休憩」
訝しげな顔をする真白にそう言って私は近くにあったポテトチップスの袋を開ける。
普段は率先してそう言うことをやらない私にさつきも伊織も少し驚いたような顔をしているけども、私はあえてニコニコ笑顔でお菓子を二人にも勧めるのだった。
ちなみにこのお菓子、もとはと言えば先輩が勝手に持ち込んだもの。私が用意したのはペットボトルのジュースぐらいで懐はほとんど痛まない。先輩には悪いけどね。
「……一体どう言うことなのか説明して頂きたいものですわね、彩佳」
ようやく少し落ち着いたらしい真白が私を睨みながら言う。
「もうちょっとであのおチビ先輩を捕まえられたのに……わざわざあんな放送を使って呼び出した以上、何らかの理由があるわけですわよね?」
「まー、理由ならちゃんとあるわよ。まだ話せないけどね」
ポテトチップスに手を伸ばしながら私はそう言うと、片目を瞑って見せた。
それから二十分ぐらい私は真白の不審げな視線と伊織の不安そうな視線を(あえて後一人は割愛。いやだって、この子が私を見ている時の視線っていつも同じなんだもの)受け止めながらも、何とかまったりとした時間を過ごした。
あくまでこれは単なる時間稼ぎ。今頃先輩は……フフフ、私だって伊達に先輩と一年以上付き合ってないのだ。先輩が何を考えているのか、ある程度は読める。それはきっと向こうも同じだろうけど、いや、だからこそ生きる作戦なのだ、これは。
「さてと。それじゃそろそろ本格的に作戦の締めにかかりますかね」
「……? どう言うことですの?」
思い切り不審を露わに真白がそう尋ねてくる。
「まーまー、あまり気にしないでもいいって。それじゃ……」
真白の疑わしげな視線をさらりと受け流すと私はさつきと伊織に指示を出す。それから真白にも。
三人がちゃんと私の指示に従ってくれたのを見て、私も行動に移るのだった。
むうううううううう……。
彩ちんの考えていることなら手に取るようにわかるつもりなんだけども、どうやら何か怪しげな雰囲気がする。
とりあえず下足室を回避して、しばらく様子を見ていたんだけども向こうに動きはない。
散々私を追いかけ回していた真白んの姿も見えない。あの放送を聞いて一旦部室に向かったのは確実だろうけども、真白んはなかなかに激しい気性の持ち主だから彩ちんの言うことを聞かない可能性がない訳でもないだろう。あの怒りっぷりならすれば言うことを聞かないで私を追いかけてくる方を優先するはずだ。そう思ったんだけど。
それにむっつりの姿も見えない。普段はぼんやりしているように見えるけど、結構なかなかに身体能力は高いらしいので、彩ちんが私を捕まえるのにむっつりを頼りにしているのは重々承知だ。そうでなければ一人で下足室に配置なんかしないだろう。もしかしたらあの放送を聞いてもそこに残るように彩ちんから言い含められている可能性もある。やっぱり下足室を回避したのは正解だな、うん。
まぁ、百合っ子ははっきり言って問題外だろう。体力は結構あるみたいだけども私には敵う程じゃない。もっとも彩ちんが絡むと予想外の力を見せたりする可能性があるから注意するに越したことはないけど、それでもあいつ一人で私を止められるものか。
でもって、おそらく一番厄介な彩ちん。やっぱり一年以上私に付き合ってきただけあって、私の考えていること、考えそうなことを読んでくる。もっともそれはお互い様なので、私にも彩ちんの考えが大体読める。読めるはずなんだけども、どうもさっきのあの放送はイマイチ意図が読めない。
罠だと言うことはわかる。表向きは放送につられて私がのこのこと部室にやってくるのを待ち受けると言うことで、裏を読むとすると下足室で私が来るのを待ち伏せているだろう。さて、そこから更に裏を読むとやっぱり部室に行った方が安全か。でも彩ちんならそれくらいは読んで当たり前だ。では、裏の裏のそのまた裏を読んで下足室に行ってさっさと帰るべきだろうか。
「う〜ん……でも彩ちん、それも読みそうだしなぁ……」
一応他の選択肢がない訳ではない。何処かに隠れて下校時間が来るのを待つという考えもない訳ではないんだけど、この寒い中、暖房の効いているところなんか数えるぐらいしかないし、そう言うところは誰かしらいるはずで、そこから彩ちんに連絡が行くことは想像に容易い。だから人のいない場所に隠れなきゃならないんだけど、そう言うところは暖房が効いてないかなかったりするから長時間居たくはない。
「こりゃ困ったな〜」
果たしてどう動くべきか。
と言うか……何で私、みんなに追いかけられてるんだろう?
例の放送から三十分。
さしもの先輩もそろそろどう動くかを決めて実際の行動に出ているはずだ。
さて、ここからが最大の問題。先輩が私の読み通りに動くかどうか。かなりの高確率で私の考えた通りに動くと思うんだけど、何と言っても私は幸薄いと言われる人間だから裏をかかれる可能性もある。しかしながら布石は打ってあるから何とかなると思う。いや、思いたい。
しかし、ここで迷っていたり悩んでいたりしても仕方ない。もう賽は投げられたのだ。覚悟を決めて動くしかない。
そう思って私は下足室へとやって来た。
「さてと……」
ぐるりと周囲を見回してみても先輩の姿はない。まぁ、当然だ。わざわざ目に付くような場所にいるはずがない。でもあの人のことだからきっと何処かで見ている。そんな気がすると言うか、気配がする。
ちなみにもう下校時間が近い為か、周囲に人影はない。そろそろ期末試験だと言うことで基本的に部活は禁止と言うか自粛されているので、ほとんどの生徒は家に帰っているか塾とか予備校に行っているのだろうし。まだ校内に残っているのは図書室で勉強している人か何かの委員会か私達ぐらいだろう。
逃げ出すには丁度いい頃合いだ。逆に言えば私達が罠を張りやすいとも言える。先輩もそれがわかっているだろうから慎重になっているに違いない。
「……ミッション、スタート」
ポケットの中から携帯電話を取り出し、ぼそりとそう呟く。
ぱっぱっぱっと手慣れた調子で呼び出したのは勿論先輩の携帯電話だ。
『……もしもし?』
「先輩、そろそろ終わりにしましょう」
『ふっふっふ〜、それはこっちのセリフだよ、彩ちん』
返ってきたのはやたら余裕たっぷりな不敵な声。
「今私が何処にいるかわかりますか?」
『勿論。下足室だよね?』
「正解です。と言うことは近くにいるんですね?」
『それを答えると思う?』
「まぁ、答えてくれないでしょうね。別に構いませんよ。今からここに真白達を呼びますから」
『そんなことを教えていいのかにゃ〜』
「受け取り方は自由ですよ、先輩の」
『むむっ……含みのある言い方だね、彩ちん』
「受け取り方は自由ですよ、先輩の」
『むう……』
私の声に余裕が感じ取れたのか先輩が唸り声をあげる。
「それじゃまた後で」
そう言って私は通話を終了させた。そしてニヤリと笑う。
何なんだ、彩ちんのあの余裕は?
私を絶対に捕まえられると言う自信の現れか?
一体どう言う罠を仕掛けているのやら……まぁ、まだまだ彩ちんに捕まえられるような私じゃないけどなっ!
しかし、どっちに行ったもんだかなー。
彩ちんの言うことを信じると下足室でみんなが待ち伏せしてるんだろうし、その裏を行くなら部室で待ち伏せされているんだろう。電話でのあの様子からして下足室にいそうな気がするんだけど、それを確認はしてないから実は部室にいると言う事も考えられる。
ちなみにさっきの電話じゃ彩ちんは私が下足室の近くにいるって思っていたみたいだけど、実際には違うんだよねー。下足室と部室のどっちにでも行けそうな場所にいたりするのだ。勿論、寒風吹き荒ぶ例の隠し通路の中なんだけどさ。
流石にこの時間だと本気で寒すぎる。そろそろ下校時間だし、もうちょっとでタイムオーバーなんだと思うんだけど、何でああ言う風に追いかけ回されているかわからないから下校時間が来たからって終わりになるとは思えないし。
うーん……とりあえず考えるだけ無駄か。追いかけ回されている理由は彩ちん達から逃げ切ってから電話で聞けばいいし。
そう言えば今日逃げ切ったら明日もまたこうやって追いかけ回されるのかな?
それはそれで面白いかも知れないんだけど、いつまでこれが続くのかわからないからある意味怖いなぁ。
「よしっ! とりあえず今日のところは逃げますか!」
寒いからさっさと家に帰ろう。そう決めた。
一旦隠し通路から出た私は周囲を警戒しながら下足室へと向かう。いやまぁ、実際に追いかけてくるのは彩ちん、真白ん、百合っ子、むっつりの四人だけなんだけど、きっと彩ちんの事だから私を見かけたら連絡して貰えるように手配を怠ってない訳がない。だから人に会わないようにする事に越した事はないのだ。
廊下の角に来ると、まるでスパイのように持っていた手鏡を差し出して向こう側の様子を確認する。いやはや、こんなところで某映画とか某漫画で得た知識が役に立つとは思わなかったね。とりあえず廊下に誰もいない事を確認した私はコソコソとそっちへと移動する。
「見つけましたわよ、チビ先輩っ!!」
「チビって言うなー!!」
突然聞こえてきたその声に思わず反論してしまってから、しまったと思った。さっきの声は間違いない。今の私を追いかけて捕まえる事に物凄い執念を見せている真白んだ。一応確認するように振り返ると、物凄い勢いで真白んが私に向かってくるのが見えた。
どうでもいいんだけど、真白んが私を見つけたのは私が鏡を出して確認した廊下の一番奥。丁度同じ様なタイミングで真白んも角を曲がって、遙か向こう側にいる私を見つけたらしい。私が言うのも何だけど一体どう言う視力してるんだか。
っと、こんな事している場合じゃない。早く逃げなければ。何となくなんだけども真白んに捕まるとろくな事にならないような気がする。
「逃がしませんわっ!!」
おお、真白んがもうあんなに近く!?
私も運動神経には自信がある方だけど、真白んもかなりのものだな、こりゃ。と言うか、あの足の速さなら陸上部に入ってたら結構いいとこまで行くんじゃないかな。ただのお嬢様じゃないね、あの子は。まぁ、私には敵わないだろうけどなっ!
「へへーんだ。捕まえられるものなら捕まえてみろっての!」
わざわざ挑発するようにそう言い、尚かつお尻をペンペンと叩いてから逃げ出す私。
真白んは結構カッとなりやすいタイプだから、ああやって怒らせてしまえば判断能力も落ちるだろう。そうすれば私が逃げ切るチャンスもまた大きくなるってもんさ。
「むきー!!! 絶対に捕まえてみせますわっ!!」
おーおー、顔を真っ赤にしちゃって。あれでも一応お嬢様なんだから大したもんだねー。
はっきり言って「深窓の令嬢」って言葉が一番似合わないね、真白んには。
走りながらそんな事を考え、ニシシと笑う。
さて、と言う感じで私は腕時計を見る。
時間はもうそろそろ下校時間。今日はもう本当においかけっこをするだけで終わってしまった。先生に頼まれていた事をするのはもう無理だろう。とりあえず捕まえてちゃんと言い含めるだけだ。期末試験はちゃんと受けろと。
しかし……まさか今までの定期試験を悉く逃げようとしていたとは恐れ入る。まぁ、確かに追試の方が問題とかは易しめになっているからやりやすいんだろうけど。
だけども学生である以上、定期試験はちゃんと受けるべきだ。追試をちゃんと受けているとは言え、そっちは問題が易しめになっている。やっぱり条件はみんな同じでないといけないと私は思う。
「……私の考えている通りだともうそろそろだと思うんだけど」
そう呟いてから私はそっと下足用のロッカーの陰に身を隠した。私が目に見える位置にいると先輩は絶対に近付いてこないだろうから。まぁ、あの人の事だから私の気配とかを察して近寄ってこない可能性もあるけど、それじゃ家に帰れないし。もっともそう簡単に帰す気はなんだけど。
「まーちーなーさーいーっ!!」
「だぁぁっ!! 真白ん、しつこいぞっ!!」
この声は真白と先輩だな。よしよし、想像通り。ちょっと想像と違ったのは真白が未だに先輩を追いかけているって事。私の想像だと真白は先輩に撒かれてるはずだったんだけど、まぁ、こっちの方がやりやすいと言えばやりやすい。
「二人とも、準備いい?」
そっと小さい声で私の側にいるさつきと伊織に声をかけると、二人少し緊張気味に顔を強張らせながらも頷いてくれた。
そうこうしている間にも先輩は真白に追い立てられるようにして下足室に近付いてくる。無駄に運動神経のよすぎる先輩の事だから、下足室にある下足用ロッカーを利用して真白をかわすはずだ。それこそがこっちの狙いなんだけど。
「ふっふっふ〜! 真白ん、覚悟っ!!」
どうやら先輩は私の予想通りの行動に出てくれるみたいだ。
私が隠れているのは一番端のロッカーの陰。そこを通過して、三つ目ぐらいのロッカーに足をかけると、そのままロッカーの上に駆け上がっていく。
「はっ!?」
真白が驚きの声をあげつつ、その姿を目で追ったのだろう。ガコンと言ういい音と共に思いっ切りロッカーにぶつかってしまっていた。うーん痛そうだ。しかし、真白には悪いけど、今が最大のチャンス。
「へっへ〜んっ。残念だったね、真白ん。でわ、さらばじゃ!」
そう言って先輩がぴょんとロッカーの上から飛び降りた瞬間だった。
「さつき! 伊織!」
「あいあいさー!」
「了解」
「へ?」
私の号令と共にさつきと伊織が手にバレーボール用のネットを持って飛び出していく。そして着地したばかりの先輩に飛びかからせた。
流石の先輩もこれには驚いたらしい。慌てて逃げ出そうとするんだけど、その前には二人と同じようにバレーボール用のネットを手にした私が立ちはだかる。
「捕まえたぁっ!!」
そう言いながら私は先輩の身体に覆い被さった。ちょっと遅れてさつき、伊織も上に覆い被さってくる。
「うぐっ!、お、重いっ!」
一番下で私達に潰されている先輩が苦しそうな声をあげるけども、あえて無視する。だって簡単にどいたら逃げ出しそうだし。
「ちょ、潰れる! 流石に三人は潰れるって!」
「大丈夫です。人間そう簡単に潰れたりはしません」
「そうですそうです。それにお姉様は重くなんかありません。もうちょっとぐらい体重増やした方がふくよかでいいと思います」
ジタバタと藻掻く先輩。その上には私がいて、次にさつき。一番上は伊織。いくら先輩でも三人分の体重が上に乗っていたら動けないだろう。
と言うか、さつき。何であんたは私の体重を知っているんだ?
「お姉様の事で知らない事はほとんどありませんですぅ」
私にくっついていられるのが嬉しいのだろうか、やたらニコニコといい笑顔でそんな事を仰るさつき。
何と言うか、たまに怖いわ、この子。
「……それで部長、ここからどうしますか?」
伊織がこれまた妙なくらい冷静な声で尋ねてくる。
「……とりあえず先輩、逃げないって誓えますか?」
このままではどうしようもないので、一番下で潰れかけている先輩に声をかけた。
「ち、誓うから! 神にでも悪魔にでも仏様でもえんま様でも何でもいいから!」
必死そうに、苦しそうにそう言う先輩。
「ちなみにどいた瞬間、逃げ出したら部室にある先輩の私物は全て焼却炉行きにしますから」
「それだけはやめて〜!!」
そう言った瞬間、初めからそうすれば先輩をあっさり捕まえる事が出来たんじゃないかって気がついた。うーん……と言う事は今日のこのおいかけっこは盛大に無駄な時間を過ごしただけだと言うことか。まぁ、気がつかなかった事にしておこう。
とりあえず先輩の上からどいた後、先輩が逃げ出さないように持っていたバレーボールのネットでぐるぐる巻きにし、それから部室へと連行する。部室に入ったらそのまま先輩を椅子の上に座らせ、更に何故かこの部室にあるロープで動けないように縛り付けた。
「えーと……ここまで厳重にする必要はないんじゃないかと思うんですが」
あまりにも徹底的な拘束に流石の先輩の顔も少し引きつっていた。でもまぁ、この先輩の事だから縄抜けなんか平気でやれそうな気がするし、これぐらいやっておいても別に問題ないだろう。
「何げにひどいね、最近の私の扱い」
「そう思うなら少しは自重するなり反省するなりしてください」
「はっはっは〜。私は過去を振り返らない女なのさ〜。そこ、惚れるなよ〜」
「誰に向かって言ってるんですか。そんな事よりも先輩に話があります」
「話と言えば私も彩ちんに話があるんだよ。聞いてくれるかい?」
じっと見つめ合う私と先輩。ちょっと怒り気味の私に対して先輩はいつものように笑っている。何となくだがその笑顔を見ていると、今日の放課後を潰された怒りが和らいでいくような気がしないでもない。あくまで気がしないでもないって程度だけど。
「……わかりました。それじゃ先にどうぞ」
とりあえず先輩を一応立てておこう。何と言ってもこの人には散々振り回されてきたが、世話にもなっているのだから。
「えーと……何で私、みんなに追いかけ回されてたのかなーと。逃げながらずっと考えていた訳ですが、まるで心当たりがないんですけど」
先輩がそう言うのを聞いて私は思い出す。
そもそも今回の騒動は先輩の担任の先生が私に先輩を捕まえてきちんと期末試験を受けさせろと命じた事が発端だ。まさか先輩が定期試験を逃げに逃げまくり追試でいつも事なきを得ていたなど、その時になるまで知らなかった訳で。これはいけないと思ってとにかく先輩を捕まえて話をしようと考えて。
「……あー……そう言えば理由を言う前にみんなに捕獲命令出したんだっけ」
先輩がいつものように暢気に部室に入ってきた瞬間、先に来ていた私がさつきと伊織に「捕獲しろーっ!!」と大声で命じて、それを聞いた先輩が物凄い勢いで逃げていったんだよねぇ。ちなみにその時は真白はまだ来てなくて、二人が先輩を追って部室を飛び出していった後にのこのことやってきたのだ。それで一応部室で待機しておくように言っておいたんだけども、それでまさかあんな事になるとは私だって思ってなかったよ。
「それで今日の放課後を壮絶な鬼ごっこに費やした理由は何なのさ、彩ちん?」
「そうですね、元々の原因はやっぱり先輩なんですが」
そう前置きしてから私は先輩の担任の先生から頼まれた事を話す。
それを聞いた先輩の顔からいつもの無駄に自信たっぷりな表情が消え失せ、引きつり気味の笑みが今は浮かんでいた。
「あー……いやー……ほら、それでもちゃんと試験は受けている訳だしさっ! 一応問題はないと」
「大ありです。みんな同じように試験を受けて成績ってものが出ているんです。なのに先輩は通常の試験よりも易しめの追試で成績を誤魔化しているんですよ。それってはっきり言って卑怯じゃないですか」
「ふっふ〜ん。勝負に卑怯もラッキョウもないっ! 勝てばいいのさっ!」
「いや、勝負じゃありませんし」
「でもこれで今までちゃんと進級出来ていたんだぞっ!」
「なのでたまにはちゃんと定期試験を真面目に受けてください。でないとエスカレーターで大学部には行かさないと言ってましたよ」
「あうっ」
どうやら痛いところをつかれたらしい。以前にも先輩はエスカレーター方式で大学に行くって言ってたから、それがダメとなると色々とやばいみたいだ。まぁ、実はこんな事誰も言っていなかった訳なんだけども、ちょっとぐらいの嘘はいいだろう。たまにはいい薬だ。
「うう〜……これは流石に逃げようがないか……」
どうやら観念したらしい。ちょっと涙目になっているから、ほんの少しだけ可哀想だと思わないでもないけど、これは自業自得ってもんじゃないだろうか。もっともその身体能力だけじゃなく他の部分でも無駄にハイスペック(ただしそのミニマムなボディは除く)な先輩の事だから、真面目にやれば普通に大丈夫だと思うんだけど。そのハイスペックなところをもうちょっと無駄な方面以外に使って欲しいと思った事は内緒だ。
「それじゃ明日から試験の日まではみんなで勉強会しましょうか。部活動も一応禁止だし」
「はーい! 大賛成ですぅっ!!」
嬉しそうに手を挙げながらそう言ったのはさつき。まぁ、この子の場合は単に部活禁止期間中私に会えないのが嫌なんで賛成したんだろう。もっとも普段からお昼休みには私の教室に押し掛けてきてるんだけどね。
「私も賛成です」
さつきの隣でちょこんと手を挙げる伊織。隣にいるさつきがやたらハイテンションなのに対し、彼女はいつもと変わらず落ち着いていると言うか飄々としていると言うか。
「まぁ、見張ってないと何時逃げ出すかわかりませんものね」
ちょっと憎まれ口を叩いたのは勿論真白だ。おでこと鼻の頭に貼られている絆創膏がなかなかに痛々しい。でもまぁ、今日は色んな意味で一番頑張っていたような気がする。
「むー……見張りって何だよ、真白ん。そんな事しなくても私は逃げも隠れも」
「ちなみに逃げたり隠れたりしたらここにある私物を全て焼却炉行きですからね」
「……ううー」
そう言った私を先輩が涙目で睨み付けてくる。
いやまぁ、数ヶ月前には何でこんなにあるんだと思っていた先輩の私物の数々がこんなところで役にたつとは。何がどう転んで福になるのかわかったものじゃないなぁ、本当に。
ちょっとだけ勝ち誇ったように私は口元に笑みを浮かべて、今回ばかりは完全敗北した先輩を見下ろすのだった。
続く……の前に。
「そう言えばもう一つ聞きたい事があるんだけどさ、彩ちん」
「何ですか?」
「あの放送、何だったの?」
「ああ、あれですか」
「あれは罠だって思ったんだけど、放送かかってから三十分ぐらい何もなかったから」
「あれは単なる時間稼ぎですよ。ああ言う放送が流れるときっと先輩は罠だと思うはず。でも先輩の事だからその裏を読んで、それから更にその裏を読んで、またまた裏を読もうとして無駄に時間を潰すだろうって思って」
「な、何とぉっ!?」
「それで追い込んだ訳です。確か隠し通路は冷暖房はないはずで冬場は物凄く寒いって言ってましたよね。なのに罠かどうか、その裏の裏の裏まで読もうとして先輩は動けなくなるだろうなって。でまぁ、後は下校時間が近付けばきっと家に帰る為に下足室に来るだろうと思って罠を張りました」
「おおお……そ、それじゃあの電話も!?」
「ええ。単なる陽動です。とりあえず時間を潰させて下校時間ギリギリにしたかった。ついでに言うと真白もその役割を担っていたんです。まぁ、当の本人には言ってなかったんですけど、真白に先輩を追いかけ回させて更に時間を潰させる。先輩は無駄に体力ありますから、それを消費させる意味もありましたけど。正直、撒かれると思っていたんですけど、よく最後まで頑張ってくれたなーと思ってますよ。お陰で下足室で私達が隠れていた事に気付かなかったみたいだし」
「……ちなみに聞くけど、元々はどうするつもりだったの?」
「……先輩の靴箱の中にねずみ取りをしかけてあったんですよ。靴を取ろうと中に手を突っ込んだらそれに指が挟まる。先輩の事だから本当に無駄なくらいいいリアクションをしてくれるだろうと思ってましたから、そこを三人がかりで取り押さえるつもりでした」
「な、何げにひどいなぁ……」
「まぁ、こんなもんです。下校時間と寒さ、これに追い込まれれば先輩は絶対にとりあえず家に帰るという選択肢を選ぶと思ってました」
「むう……流石だな、彩ちん」
「伊達に先輩と一年以上付き合ってませんから」
「ううむ……やはり弟子が師匠を超えていくのは自然の摂理なのか……」
「誰が弟子で誰が師匠なんですか。私は先輩の悪名の跡を継ぐ気はこれっぽっちもありませんよ」
「悪名って何だ、悪名って!」
「読んで字のごとくですが何か?」
「うう、何か今日の彩ちんひどい……」
「たまにはいい薬ですよ、先輩には」
「ううう……」
続く!