COLORFUL ALMIGHTYS
新人歓迎撮影会編その4

 物凄い勢いで走り去った白鳥真白と彼女に抱えられていた黒宮先輩の二人を追って私、灰田彩佳は写真部の部室へと向かっていた。

 とりあえず教室に置きっぱなしになっていた真白と自分の鞄を持って、だ。

 ぱたぱたぱたと注意されない程度の速さで廊下を走りながら私は考える。真白は一体何を思って先輩をああも強引に連れ去っていったのだろうか。しかもあのタイミングで。お陰で教室の中にいた連中が物凄く変な顔をしていたじゃないか。あの連中に見つからないように自分の教室に戻るの大変だったんだぞ。

 まぁ、そんな私の方の事情はとりあえずどうでもいい。今は真白が暴走のあまり先輩に危害を加えないか、と言うことの方が心配だ。もっとも先輩は殺しても死なないような某黒い物体レベルの生命力の持ち主だから多少のことなら大丈夫だと思うけど。

 そんなこんなで部室棟に辿り着き、ようやく我が写真部の部室の前までやって来た時だ。中から真白の非常に慌てたような、切羽詰まったような声が聞こえてきた。

「忘れなさい! さっき見たもの全て忘れなさい! 忘れなさいったら忘れなさい!!」

 口でそう言ったところで忘れるような先輩じゃないと思うんだけど……それにあの時先輩は私達が何をやっていたかわかっていなかったんだし、そんな事言ったら余計に怪しまれると思うんだけどな。

 苦笑を浮かべながら私は部室のドアを開けた。そしてそこで見た光景に思わず口元の笑みが強張ってしまう。いや、凍り付いた、と言うべきか。

「……真白さん?」

 思わず普段呼び捨てにしている親友に「さん」をつけてしまう。

 何せ真白は先輩の首を絞めながら大きく前後に揺さぶっていて、その先輩は青ざめた顔で口から泡を噴き、ぐったりとしていたからだ。

「……お、落ち着け、真白!」

 一瞬意識が飛びかけそうになったのを何とか無理矢理引き戻し、慌てて私は真白を羽交い締めにした。

「それ以上やったら先輩が死ぬから! ゴキブリ並の生命力を持ってる先輩でもそれ以上やったら確実に死ぬから!!」

「離してくださいまし、彩佳! よりによってこの人にあの場を見られたんですのよ! 殺してでも先程見たものを忘れて頂かなければ私の人生、お先真っ暗ですわ!!」

 そう言いながら暴れる真白。

「つーか、殺した方があんたの人生お終いでしょうが! とりあえず落ち着けー!!」

 この後、真白が落ち着くまでに要した時間は実に三十分を超えるのだった……。



「申し訳ありませんわ、彩佳。取り乱してしまって」

 ようやく普段の落ち着いた様子に戻った真白がしゅんと小さく項垂れた。

「わかって貰えてとりあえず結構……でも疲れた……」

 そう言って私は作業用のテーブルの上に突っ伏す。

「しかし、あの事は何とかして忘れて貰わなければ……」

「まだ言うか」

 そう言いながら顔だけを上げた私が見たものは何故か部室の隅に立てかけてあった金属バットをじっと見つめている真白だった。

「ま、待ちなさいっ! もうこの際あんたの人生はどうなっても構わないけど、ここで事件だけは起こすなっ!!」

 思わずがばっと身を起こす私。

 そんな私を見て真白はうふふと口元を手で隠しながら笑う。

「いやですわ、彩佳。冗談ですわよ、冗談」

 いや、あのバットを見ていたあんたの目は本気そのものだった。つーか、今も目が笑ってないし。背中を伝う冷たい汗はきっと気のせいじゃないはずだ。

「どうせやるなら金属バットよりもお」

「わーっ!! その話題は危ないからダメっ!!」

 ダメだ、今の真白は完全に壊れてる。何と言うか、こうなった原因は私にもあるので責任を感じてしまうんだけど、一体どうすればいいのやら。誰か助けて。

「……おおっ!?」

 いきなり何か驚いたような声が聞こえてきた。

 声のした方を振り返ってみると、完全に意識を失っていたはずの先輩が息を吹き返している。

「うーん、何だかわからないけど酷く頭が痛い……」

 そう言いながら先輩は自分の後頭部を撫でている。

「うおっ!? 何だこりゃ!? でっかいたんこぶ出来てる!? 一体何故? ほわい? ほわっと? ほえん? ふー? ほえあー? はう?」

 何故5W1H? と言うか順番無茶苦茶だし。

 とまぁ、一人騒いでいる先輩を私は何処か醒めた視線で見つめていた。

「うーむ……謎だ。一体私が気を失っている間に何があったと言うのだろうか。これはミステリーだぞ、明智君!」

 一人腕を組んで何やら考えていた先輩だったけど、いきなり私に向かって指を突きつけてきた。

「誰が明智君ですか誰が。それにこの場合は明智君じゃなくって小林少年じゃないんですか?」

 何と言うか、どうでもよさそうに答える私だ。

 正直言って真白を落ち着かせるのに体力の大半を注ぎ込んだんで先輩の戯言につきあえるだけの気力が残ってない。

「やぁ、なかなか鋭いね、彩ちんは。しかし一体何があったんだろう……」

 そう言ってからまた腕を組んで考え込み始める先輩。どうやら頭のたんこぶが余程気になる様子だ。

「何か気を失う前の記憶が飛んでるんだよねー。彩ちん達がなかなか来ないから探しに出たのまでは覚えてるんだけど」

「何処かですっころんで気を失ったんじゃないですか? 例えば廊下に落ちていたバナナの皮でも踏んづけて」

「むー! 如何に私が芸人根性持ちまくりだと言ってもそこまでべたなことはしないぞー!」

「どっちかと言うと芸人根性を持っていたと言うことの方が驚きですが。まぁ、今までの行動とかを考えてみればそれも納得出来てしまいますけどね」

「何か馬鹿にしているな、彩ちん。この名探偵黒宮先輩はそこまで節穴じゃないぞ!」

「芸人根性持ちまくりの名探偵……迷探偵の間違いじゃないんですか?」

「はっはっは、なかなか上手い事言う……って、やっぱり馬鹿にしてる!?」

「してませんよ、多分、きっと、おそらく、まぁそうだったらいいなって感じで」

「何そのどっちかと言うと否定的な要素の数々!?」

 何やらショックを受けている先輩を無視して、私は真白の方をチラリと見る。

 どうやらあの肝心の場面の記憶が抜け落ちているらしいと知って真白は安心したように胸を撫で下ろしていた。

 まぁ、それはそれでいいんだろうけど、思い切り首を絞めていたこととかバットで殴り倒そうとか、それを申し訳ないとかは思っていなさそうなのが何げに怖い。

 とりあえず真白を限界まで追いつめたら非常に怖い、と言うことだけ心のメモに書き留めておこう。これからあの彼関連でからかう時は慎重にやらなければ。まぁ、今回のは相手が敵に回すと非常に恐ろしいというか洒落にならない先輩だったからだと思うのだけど。

 しかし、たんこぶなんていつの間に出来たんだろう? 真白が実際にやっていたのは首を絞めながら大きく前後に揺さぶっていたことだけで、バットで殴ろうとは考えただけで実行には移していない。もしかして走ってここに来る途中に何処かでぶつけたとか……でも後頭部だし、あまりそれは考えられないか。

 そんなことをぼんやりと考えていると、真白が少し非難めいた目で私を見ているのに気がついた。

 何だ、何が言いたいんだ?

 そう言う意味を込めた視線を返すと、真白は小さくため息をついた。それからまた私の方を見つめてくる。

 何々、あのオチビ先輩のたんこぶを作ったのはあなたですわよ、だと?

 一体どう言う事よ?

 ふむ、あなたが私を羽交い締めにした時にオチビ先輩の身体がそのまま後ろ向きに倒れて、その時に出来たもの、ですって!?

 うわっちゃぁ〜……言われてみればあの時は真白を止めるのに必死で先輩のこと、すっかり忘れていたわ。そうか、かなり豪快に前後に揺さぶられていたから倒れた時も結構な勢いだったはずで、それで思い切り後頭部をぶつけてたんこぶが出来たのか。

 し、しかしまぁ、あれのお陰で先輩はあの事を忘れちゃったんだし、これはこれでいいんじゃないかなー?

 それもそうですわね、と真白の視線が言っている。

「何二人でさっきから必死にアイコンタクトかわしてるのかなー?」

 いきなり先輩の顔が私の目の前に現れた。

「うわわわっ!!」

 あまりにも至近距離だったので思わず飛び退いてしまう私。

「まったくさっきから何げに失礼だぞ、彩ちん」

 ちょっとムッとしたように頬を膨らませながら言う先輩。

「そりゃいきなりあんな至近距離に来られたら驚きますって!」

「……しまった、どうせなら彩ちんのファーストキス奪っておけばよかった」

「そう言うことは心の中だけで思っていてください」

 何と言うか、もう苦笑すら浮かんでこない。呆れ返ってため息が一つ漏れるだけだ。

「ちなみに私はもうファーストキス、済ませてますから」

「何ぃっ!?」

 私の発言に先輩が予想以上の驚きを示す。

「い、いつ!? 何処で!? 一体誰と!? 何で!?」

「そんなの私の勝手ですし、人に言うような事じゃありませんから」

 如何にも興味津々、と言うにはやけに必死な感じだけど、そう尋ねてきた先輩にぴしゃりと返す私。

 そんな私を見て真白は必死に笑いを堪えている。そう言えばこいつは知っているのよねぇ、私のファーストキスの相手。とりあえずジロリと睨み付けておいて喋らないよう釘を刺しておこう。

 しかしこの話をさつき辺りにしたら卒倒するんじゃないだろうか。先輩ですらこんなにショックを受けているんだから私のことを「お姉様」と言って過剰に慕ってくれているあの子だと本当に気を失いかねないな。絶対に黙っておこう。



「しかし、本格的に困ったわね〜」

 再びテーブルの上に突っ伏す私。

 おそらく真白は二度とあの話に首を縦に振ることはないだろう。そうなってしまうと本当にもうあてが無くなってしまう。

「およ? 何をそんなにお困りなのかね、彩ちん?」

「新人歓迎撮影会のモデルですよ。なり手がいなくて困っているんです」

 私の呟きを聞き咎めたのだろう先輩が声をかけてくる。これが普段の私ならばテキトーに答えてはぐらかそうという気にもなるのだが、今日はちょっとそう言う気力すら沸かないので正直に答えてみた。

 まぁ、この先輩に話したところで事態が好転するとはあまり思えないが、と言うか下手をすれば悪化の一途を辿るだけなんだけど、それでも今は藁にも縋りたい気分だし。

「ん? モデ研は?」

「今現在絶賛活動休止中です。知らなかったんですか?」

「そうかー。昔はパリコレに出るんだーとか言ってた奴がいた程だったのになー。これも時代の流れって奴かねぇ」

「部費使った上に学校さぼってそのパリコレ見に行った所為で今活動停止中なんですけどね」

 ちなみにそのモデル研究会、略してモデ研の部員はそれぞれバイトとかして必死にその使い込んだお金を返済中なんだとか。それが済めば一応復活はするらしい。そんなことをこの間の部活運営委員会で聞いた覚えがある。

「そう言えばそんな話を聞いたことありましたわね」

「結構有名な噂だったからね。新聞部……じゃないな、あれは確かフォーカス部だったっけ? あいつらが大喜びで記事にして生徒会に睨まれたって話もあるし」

「あーあー、そう言えばそんなこともあったねー。確かその辺にあの時に発行されたルークタイムスがあったはずなんだけど」

 そう言いながら先輩が本棚の方へと歩いていく。

 ちなみに”ルークタイムス”と言うのはこの学校の数ある謎部活の一つ、フォーカス部(新聞部にあらず)が発行している学内新聞のようなものだ。

 一応我が校には正規に新聞部というものがちゃんと存在していてそっちは比較的真面目な学内新聞を発行している。それに対し、フォーカス部のルークタイムスは巷に溢れている芸能情報誌やら写真週刊誌と同じような感じのもの。とある教師と生徒が実は付き合っているだの、ある部活のマネージャーがそこのキャプテンと放課後キスしていたとか、そう言うゴシップ系の記事が大半。たまに訳のわからない妙な記事も乗ったりするんだけど……ここ最近のことならゴリラのような怪物が調理実習室に突然現れたとか人間大の梟がこの付近を飛んでいたとか……そう言った事ばかり載せているから生徒会とか部活運営委員会からはあまりいい顔をされてはいないんだけど、生徒からの人気は妙に高い。だからこそ未だに活動を続けていられるんだろうけど。

「あったあった。これだ」

 そう言って先輩が本棚から薄い冊子を取り出した。それを持って私達の方へと戻ってくる。

「ほら、これでしょ?」

 わざわざその記事の載っているページを開いてみせてくれる先輩。誰もそう言うことを頼んだ覚えはないんだけど、それでも私も真白も興味があったのかそのページを覗き込んでいた。

 そこにはモデ研の連中の写真付きの記事が載っている。

 写真に写っているモデ研の連中は妙に嬉しそうな顔をしている。多分これはお叱りを受ける前なんだろう。でなければこんなにいい笑顔なんかしていられる訳がない。

「……彩佳」

 一緒になって記事を覗き込んでいた真白が私を小さい声で呼ぶ。一体何だろうかと真白の方を見ると、彼女はそっと写真の下の方を指差していた。

 真白の指先にあるのはこの写真の提供者の名前。そこに書かれていた名前を見た私は思わず唖然となってしまった。そして、それから顔を上げて、また作業用のテーブルの上で胡座をかいてニコニコしながらこっちを見ている先輩を見る。

「……先輩、ちょっとお聞きしたい事があるんですが」

「何かな、彩ちん?」

「この写真……」

 そう言いながら私は恐る恐るルークタイムスを先輩に向ける。ついでにそこに掲載されている写真を指差しながら。

「ああ、それ? いい感じで撮れてるっしょ? ほれ、一応私も写真部の一員だからさ。そこそこ自信はあったりする訳なんだわ」

 何故か自信たっぷりにそう言って笑う先輩。

 そう、この写真を撮ったのは先輩だったのだ。更にこれをフォーカス部に提供したのも。つまりはモデ研が現在絶賛休業中な一因はこの先輩のお陰だと言う事になる。

「そ、それで……どうしてこの写真は」

「ああ。結構いいお金になったよ、それ。一枚千円ぐらいかな? まー、なんかブツブツ言ってたけどね」

「金かー!!」

 先輩の口から出た言葉に私の我慢も限界に来た。手にしていたルークタイムスを投げ捨て、先輩に掴みかかろうとするが、それを真白が止めてくる。

「放せ、真白! 一発、一発殴らせろー!!」

「お、落ち着きなさい、彩佳!」

「わ、わ、な、何だよー!!」

 いきなり暴れ出した私を見て逃げ出す先輩。それを追いかけようとするけど真白が邪魔で出来ない。

「先輩が余計な事しなければー! 金に目がくらみやがってー!!」

「ご、誤解だよ、彩ちん!」

「嘘つけー!!」

 モデ研が休止中になったのは連中が学校さぼって、更に部費をつかってわざわざパリまでパリコレか何かを見に行った所為なんだけど、それをフォーカス部の連中がおもしろおかしく記事にした所為で、更にそれに先輩が写真を一枚千円と言う事で提供した所為で……今の私の苦労がある。

 見当違いとか八つ当たりとかそう言う気もするけど……それで一発ぐらい殴ったってきっと許されるはずだ!

「放せー!! 真白ー!! せめて、せめて一発ー!!」

「彩佳、落ち着きなさい! 下手な事をして……」

 そうか、真白が私を止めようとしているのは下手な事をして折角忘れているっぽいあの事を思い出されるかもしれないと思っているからか。つーか、それって自分の為なのかよ!

「うがー!!」

「彩ちんが切れたー!?」



 結局この日は何の進展もなく終わるのであった……。

 撮影会の暇で後六日。何か良いアイデアは出てくるんだろうか……。

 それにしてもどうして私ってこういう風に時間に追われてばかりなんだろう……トホホ。 

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