COLORFUL ALMIGHTYS
新人歓迎撮影会編その2
「そう言うわけでモデルを捜しているのよ」
とりあえず私が声をかけたのは我らがクラス委員長の冴島恭香だった。
彼女は何故かは知らないけどやたらと交友関係が広い。校内において彼女の知らない人物はいないって言う程だ。
そう言うわけで何か人を捜す場合は彼女に頼めば大抵何とかなってしまう。今回みたいにモデルを捜すことなんて場合には特に、だ。
「モデル? 撮影会でもするの?」
「そんなところ。貧乏してるから本物のモデルなんて呼べないし、モデル研究会も活動停止中だし、誰かやってくれそうな人、心当たり無い?」
「モデルねぇ……」
ちょっと考え込むように腕を組む冴島さん。
彼女のやたらめったら広い交友関係でもモデルを引き受けてくれそうな人間にはなかなか思い至らないらしい。
「急ぐ?」
「来週の日曜までに決まればOK」
「了解。それまでに誰かあたってみるわ。ダメかも知れないから期待しないでね」
「ダメな場合は早めに教えてくれると嬉しいんだけど。予定変更しないとダメだし」
「それじゃ次の月曜には」
「お願いね」
頼まれたことにはとにかく全力を尽くしてやってくれる彼女だから(だからこそクラス委員長なんてやっているんだけど)後は月曜の結果待ちだ。誰かいてくれたら助かるんだけど。
さて、この前の廃部騒動の時にちょっと色々あったのでその反省も込めて私も知り合いやら写真部のOBに当たってみよう。待っているだけじゃダメだって思い知らされたし。
まぁ、結論から言ってしまえば私の努力は例によって見事なまでに空回りしたわけで。
「ううう………」
写真部の部室で作業用のテーブルに突っ伏して落ち込んでいる私。
私の知り合いもダメ、OBの人達もそれぞれに用事があってダメ。見事なまでに全滅だ。
「まぁ、貴女の運の無さはある意味見事、と言うべきかも知れませんが」
何処か哀れむようにそう言ったのは私の幼馴染みのお嬢様、白鳥真白だ。
流石、付き合いが長いだけに私が如何に運が無いかと言うことをよく知っている。およそ懸賞という懸賞に当たったことが無く、くじを引けばほぼ確実にハズレを引く。おみくじを引いて凶が出たことなど一度や二度ではない。
決して不幸というわけではないんだけど、どうにも運がないのだ、私は。
「冴島さんにも頼んであるのでしょう? だったら」
「何となくだけど嫌な予感がするのよねぇ……」
安心させるように言ってくる真白に私はテーブルに突っ伏したままそう返した。
何でだかはわからないけど、何故か妙に嫌な予感がする。
「真白、あんたのとこのメイドさんとかモデルになってくれないかな?」
とりあえず顔だけ上げてそう言ってみた。
あの冴島さんが「ダメかも知れない」と珍しく消極的なことを言っていたから、何か対策をしておく必要がある。個人的知り合いがダメでこの部のOBもダメなら、後は部員の知り合いでも何でも当たるだけ当たっておくべきだろう。
「……そうですわねぇ……」
ちょっと考えるような仕草をする真白。
「メイドとなっ!?」
突然聞こえてきた声に私はがばっと身を起こした。素早く部室内を見回して先ほどの声の主を捜す。
すると床の一端が開き、そこからおもむろに黒宮先輩が飛び出してきた。「とぉっ!」とか言いながら。
「メイドかぁ〜。いいね〜、何て言うかさ、どことなくエロチックで」
「何処をどうすればそう言う思考に達するんですか?」
何やらニコニコと笑顔でそう言う先輩を半眼で睨みながらそう言う私。
「何を言うかな、彩ちん。メイドさんだよ、メイドさん。ご奉仕だよ、ご奉仕」
「意味不明です、先輩」
やっぱりニコニコと、だけどどことなく怪しげな笑みを浮かべながら先輩が言うのに、私はとりあえずそう突っ込むのだった。
そんな先輩を真白は警戒したのだろう、ちょっと眉間にしわを寄せながら私に声をかけてくる。
「彩佳、さっきの話は無しと言うことに致しますわ」
「へ?」
「そこのオチビ先輩の前にうちのメイドを連れて行ったら何をやらせるかわかったものじゃありませんわ。うちの使用人の身に何か起こってはいけませんからお断りします」
ぴしゃりと言う真白。もうこうなるといくら言っても彼女は自分の意見を変えようとはしないだろう。
「先輩〜」
ジロリと先輩を思いきり睨み付ける私。
真白がああ言ったのは先輩の、何て言うか不穏な発言の所為だ。折角モデルのあてが出来たかも、って思っていたのを見事なまでに潰してくれやがりましたよ、この先輩は。
「あー……でもほら、メイドさんって、何て言うか、萌えって感じじゃん?」
まったくフォローになっていないどころか余計に泥沼なことを言う先輩に私はため息をつくことしか出来なかった。
「メイドさんの衣装なら用意出来ますよぉ?」
放課後の食堂。前にも話したけど、放課後はカフェテリアとして解放されているのでそこそこ賑わっている。
その一角にあるテーブルを私と真白、そして写真部の後輩である緑川さつきと黄川田伊織の四人で占拠していた。何で部室じゃないかというと、先輩が出てきた床の穴を先輩自身の手で塞がせているからだ。
前の生徒会長がこの学校の改修をした時に作らせたという様々な隠し通路。写真部の部室の床にあるのもその出口の一つらしいんだけど、とりあえずああ言うものは必要ないので塞いでおくように先輩に命令しておいた。ちなみにちゃんと塞がないとしばらく口を聞いてあげないと言う罰つきで。
そんでもって先輩が泣く泣く穴を塞いでいる間、こうして私たちは食堂にやってきている訳なんだけど。あの時にはいなかったさつきと伊織の二人に先ほどの顛末を話し、その後に出たさつきの発言がこれだ。
「いや、そうじゃなくて。別にメイドがいいって訳じゃないんだってば」
「そうなんですかぁ? お姉様ならきっと似合うと思ったんですけど。もっともお姉様なら何着ても似合うと思いますけどぉ」
何故か満面の笑み、ついでに頬まで赤く染めて身体をくねらせつつ言うさつき。
「と言うか何でそんなもの用意出来るのよ?」
「言ってませんでしたっけ? さつきの家は服飾専門店なんですよぉ」
「初耳だわ。何か店をやっているってのは聞いていたけど」
「と言うことでおよそ服と名の付くものなら何でも用意出来ますです、はい」
満面の笑みのままそう言うさつき。
ふむ、この事は覚えておこう。何か後々役に立つかも知れないし。
しかしながら今回はこの事あまり役に立たない。何と言ってもモデルをやるのは私じゃないんだから。それに何か変な衣装を着てもらうこともないだろうし。
「うう〜、残念ですぅ〜。折角お姉様のお役に立てると思ったのにぃ〜」
「それはまた今度ね。さてと、伊織、貴女はどうかしら? 誰か心当たり無い?」
心底残念そうに肩を落とすさつきに苦笑を浮かべつつ、私は伊織の方を見た。
「むっつり、貴女はお父様のモデルをしていたのでしょう? そのつてで誰かいませんですの?」
更に横から真白が言う。ちなみに”むっつり”というのは真白がつけた伊織のあだ名だ。普段からむっつりとして何を考えているのか今一つわからないところから来ているのだろう。
もう一つちなんでおくと真白はさつきのことを”百合っ子”と呼んでいる。真白は昔から人に妙なあだ名を付けるのが好きで、まぁ、相手がいやがったりしたらすぐに止めるんだけど今回は二人とも特に何も言わないのでそれが彼女の中で定着してしまっているらしい。
私は幼馴染みと言うこともあって真白の悪癖から逃れられているけども、まぁ色々と他の人間には変なあだ名を付けてそれで呼んでいるみたいだ。真白が本来所属している「双子と愉快な仲間達」の面々もきっと変なあだ名を付けられていることだろう。もっとも真白の憧れの君である双子の男の方は普通に呼ばれているかも知れないけど。
「……まぁ、ないでもないですが私が知っているのはプロの人だけです。呼ぶのならそれなりにお金がかかりますよ」
「真白」
「何で私が」
「それじゃ今のは無しね」
うーん、何て言うか見事なまでに八方塞がりだわ。こうなるともう冴島さんに期待するしかないか。
週末、土曜と日曜を利用して真白達に教える為の簡単なレジュメを作って私は週明け、月曜日を迎えた。
冴島さんとの約束は今日。出来る限りいい返事を期待したいところだけど、私の運の無さを考えると非常に嫌な予感がしてならない。
校門を抜けて下足室の辺りでその冴島さんを見つけた私はちょっと駆け足になって彼女に追いついた。
「おはよう、冴島さん」
「ああ……おはよう、灰田さん」
ちょっと元気の無さそうな感じで私の挨拶に答える冴島さん。
その様子から私の嫌な予感が益々増大していく。
「あー……あのさ、この間頼んだことなんだけど……」
恐る恐る私は尋ねてみる。
神様、どうか彼女の口から「ダメだった」なんて言葉が出ませんようにお願いします。もし出なかったら今度の日曜……はダメだからその次の日曜、教会に行ってお祈りしますから。
「あー、ゴメン。やっぱりダメだったわ」
ちょっと申し訳なさそうに言う冴島さん。先程元気がなかったように見えたのはこの事を私に報告しなければならなかった為だろう。私の期待を裏切ってしまったことを彼女なりに気にしているのに違いない。
「色々と心当たり当たってみたんだけどね。流石にモデルはちょっと……本当にゴメンね」
そう言って謝る冴島さんに私は構わないと手を振って答えた。
いや、本当は物凄く困るんだけど、彼女は出来る限りのことをしてくれたんだろうから文句は言えないだろう。と言うか言う筋じゃないし。
さて、それはそれとして、本当に困った。
私が自分で当たったOB関係は全滅、部員の関係もまた全滅で頼みの綱だった冴島さんでもダメだった。となると……。
あー、どうしたもんだろう?
とりあえず次の日曜までまだちょっと間があるから、何か考えよう。
そんなことやって、前に失敗しかけたんだけど、とりあえずはそうするしかないなー。
教室に向かいながら私は大きくため息をつくのだった。