その日の放課後、例によって私こと灰田彩佳が何とか存続なった写真部の部室でこの間買ったばかりの雑誌をパラパラとめくっていると、こちらも例によって作業用のテーブルの上に胡座をかきながらマンガ雑誌を読んでいた黒宮先輩がマンガ雑誌から目を離さずに私に声をかけてきた。

「そう言えばさー」

 先輩の口にした「そう言えばさー」に私は露骨なくらい眉を歪めて見せた。この言葉から始まる先輩の台詞の中身はほぼ九割の確率でくだらないことだからだ。もっとも先輩はマンガ雑誌から少しも目を離してないわけで、私がどう言った表情をしていようと構うことはないんだけど。

「折角部も存続出来ることになったし、新人も入ったことだし、何かやりたいねー」

 予想外のまともな発言に私は思わず先輩の顔を見てしまう。

「新人歓迎パーティとか」

「この間やったじゃないですか、パーティなら。写真部存続決定記念と言うことで」

「あれはあれ、これはこれ、それはそれだよ、彩ちん」

「単に先輩が大騒ぎしたいだけでしょう?」

「まー、そうともいうね」

「却下です」

 私はそれだけ言うと、また雑誌の方に目を落とした。

 何だと思えばやっぱりくだらないことだったか。聞くだけ損した、ってことはないけど単なる時間の無駄遣いってことに変わりはない。ほんのちょっとの時間だけどね。

 しかし、折角部の存続も決まり、それに新人も入ったことだし何かしたいという意見には賛成だ。宴会は断固拒否するけど。

 とりあえず入った三人は写真に関してはど素人のはず。その辺のレクチャーも兼ねて撮影会でもやってみるか。

 そう思った私は手にしていた雑誌をぱたんと閉じると椅子から立ち上がった。


COLORFUL ALMIGHTYS
新人歓迎撮影会編その1


 何事も思い立ったが吉日、と言うわけでもないけれどやると決めたら早い目に予定は立てた方がいい。

 この間までの部員獲得の時の反省もふまえて私は部室の壁に備え付けてあるホワイトボードに「新人歓迎撮影会」と黒マーカーで書き込んだ。

「おお? 撮影会かー。何て言うか、随分久し振りに聞いたねー、その言葉」

 背中側から聞こえてきた先輩の声に振り返る私。

「長い間やってませんでしたからね。水前寺先輩とかが卒業した後、私と先輩だけになってからは一度もやってなかったんじゃないですか?」

「彩ちん付き合い悪いから」

「先輩が一度も提案しなかっただけじゃないですか。やるって言えば付き合いましたよ。こう見えても時々一人で写真撮りに行ってたりしていたんですから」

「彩ちん、何か寂しい青春送ってるねー」

「誰の所為だと……まぁ、別にいいです、そんなこと言っても始まりませんし。とりあえず真白達に写真のこと、レクチャーする意味でも撮影会っていいと思うんですよ」

 そう言いながら「新人歓迎撮影会」と書いたすぐ下に「レクチャー」と書いてさっと丸で囲む。

「伊織はお父さんが画家だからもしかしたらってこともありますけど、真白とさつきは多分素人だろうし」

「うん、良いアイデアだと思うよ。で、いつやるの?」

「とりあえずみんなに予定を聞いてみないことには決められませんね。まぁ、来週の日曜日辺りを考えていますけど」

 私は部室の壁に掛かっているカレンダーを見ながらそう言った。

 ちょっと間をあけたのはみんなの予定がわからないからだ。それに準備をする期間というものもある。まぁ、一週間ぐらいあれば大丈夫だろう。

 後は……どう言った撮影会をするか、だ。

 モデルさんを使う方の撮影会をするか、外に出ていって風景とかをメインにする撮影会をするか。

 どっちにしても新人レクチャーがメインだから、真白達に選ばせるのもいいか。



 そんなこんなで翌日の放課後。

 昨日は珍しくと言うか久し振りに私と先輩の二人っきりだったわけだけど、今日は我が写真部の部員が全身揃っている。

 ちなみに昨日は何で先輩と私の二人だけだったかというと、私の腐れ縁の幼馴染み、白鳥真白は家の用事(そこそこ名家のお嬢様なだけに色々とあるらしい)、私をお姉様と慕っている緑川さつきは家が何かのお店をやっているらしくそのお手伝いの為、もう一人の部員、黄川田伊織は画家である父親に用事を言いつけられていた為、らしい。

「そう言うわけであんた達の歓迎の意味も込めつつどっちかと言うと写真についてのレクチャーをする為に撮影会を行いたいと思うんだけど」

 ホワイトボードの前に立った私が椅子に座っている真白達を見回しながら言う。

 その反応はまちまちだ。

 真白は私の言い方が気に入らなかったのかちょっとムッとしたような顔をしているし、さつきはキラキラと瞳を輝かせて私を見つめているし、伊織に至っては何を考えているのかわからないむっつりとした無表情。

「はいはーい」

 さつきがそう言って手を挙げたので私は彼女の方を見る。

「何、さつき?」

「それでその撮影会はいつやるんですかー?」

「一応来週の日曜日にやりたいなーって思ってるんだけど、何か予定ある?」

「さつきは全然予定ありません! あってもお姉様の為ならそんな予定全部キャンセルします!」

 力一杯力説するさつきのその横に座っている伊織がすっと手を挙げた。

「……私も特に問題ありません」

「あー、伊織、別に発言する時は手を挙げなくてもいいから」

 ちょっと脱力しながら伊織に言う私。

 それから後一人の新入部員の方をチラリと見る。

 何か予定が入っているとしたらこいつぐらいだろう。何をやっているのかわからないけど、このお嬢様、色々と家の用事をよくこなしているらしいから。

 で、そのお嬢様は鞄の中から手帳を取りだしてパラパラとめくっていた。生徒手帳じゃなく自前の手帳だ。表紙にはプリクラとか貼っていて女子高生が持っていても何ら不思議のない感じの手帳。おそらくはスケジュール帳も兼ねているんだろう。

「よろしいですわよ。その日は特に何の用事も約束も入っておりませんし」

 そう言ってぱたんと手帳を閉じる真白お嬢様。

 何となく私は手を伸ばして真白の手からその手帳を奪い取ってみた。表紙に貼ってあるプリクラにはこの前私たちと撮ったものや一年生の頃彼女がよく連んでいた連中のものとかがある。

 その中でも特に目を引くのは周りに映っている連中をマジックか何かで塗り潰し自分と後一人だけにした奴だろうか。

「な、何やってるんですか!」

 慌てたようにそう言って真白が私の手から手帳をひったくろうとするが、その手をひらりとかわし、私は手帳を開いてみた。
 
 スケジュール帳のところには色々と書き込みがある。家の用事だとか自分のお稽古ごとだとか。

「か、返しなさい! 彩佳っ!」

 真白が立ち上がって私の方にやってくるが、私はやっぱり彼女の手から逃げるように後ろに下がるのだった。

 で、真白から逃げながら手帳のページをめくっていくとなかなか面白いページに行き当たる。

「へへ〜、道理で必死になるわけだ」

 ニンマリと笑って私は真白を見た。

 真白も私が何処のページを見ているのかわかったらしく、顔を真っ赤にしている。だけど、すぐに私の手元から自分の手帳をひったくった。

 しかしまぁ、私としてはもう目的は達成されたわけで奪い返されたところで何の問題もない。ただニヤニヤと笑みを浮かべて幼馴染みの顔を見るだけだ。

「な、何ですの?」

「いや〜。まぁ、頑張って頂戴、真白ちゃん」

「……何かむかつきますわね」

「誰にも言わないから安心しなさいって。特に先輩には絶対に言わないから」

「是非そう願いますわ」

 そんな会話を繰り広げている私たちをキョトンとした顔でさつきと伊織が見つめている。

 そう言えば話の途中だったっけ?

「えっと、それじゃ日程は来週の日曜日で決定ってことで」

 こほんとわざとらしく咳払いしてから私はホワイトボードに黒マーカーで日付を書き込んだ。それからまたみんなの方に振り返る。

「それで、これはあんた達に決めて欲しいことなんだけど。この撮影会、モデルさんを使った人物ポートレート系撮影会にするか、何処か外に出て風景とかそう言うものを撮る撮影会にするか。どっちがいい?」

「はいはいはーい!」

 私が言い終わるのと同時にさつきが元気よく手を挙げる。

「モデルさん撮影会がいいと思いまーす」

「その根拠は?」

 何故か真白がさつきをチラリと見て尋ねる。

「是非ともお姉様をモデルにして写真が撮りたいからでーす! 色々と衣装とかも考えてるんですよー。あ、二人っきりならヌードとかもありかなーと」

「だ、そうですわよ、彩佳」

「……悪いけどその意見は却下するわ、さつき」

 先ほどのお返しとばかりにニヤニヤ笑っている真白の視線を感じつつ、私は苦笑を浮かべてそう言った。

「えー、何でですか〜?」

 心底残念そうにさつきが言うので私は小さくため息をついてから説明することにした。

「私がモデルやったら誰がさつき達に教えるのよ。それ以前に私はモデルとかそう言うの向いてないから遠慮しておくわ。後、ヌードなんかもってのほかよ」

 下手にさつきの前でヌードになったりなんかしたらそれこそ何されるかわかったもんじゃないし。慕ってくれてるのは構わないけど、私は一応ノーマルなんだから。

 それに前に伊織の家で何かモデルみたいなことをする羽目になった時に感じたんだけど、ずっとじっとしているなんて私には無理。まぁ、今回は絵じゃなくって写真だからそれほどじっとしていなくっちゃいけないことはないんだろうけど、それでもあまりやりたくはない。スタイルとかも自信ないし。

「うう〜、残念至極ですぅ〜」

 ガックリと肩を落として本当に残念そうに言うさつき。

 何かあんな彼女を見ていると私が悪いみたいじゃないか。何故か胸に罪悪感がわき上がってくるのを無理矢理押し殺して、さつきから相変わらず何考えているかわからない伊織の方に視線を移した。

 何考えているのか、いや実は何も考えてないんじゃないかと思えるようなむっつりとした表情の伊織。これで目を瞑っていたら寝ているんじゃないかって疑ってしまいそうだ。まぁ、世の中目を開けたまま寝ることが出来る強者もいるらしいんだけど。

 少しの間じっと伊織の顔を見ていたんだけど何の反応もない。本当に目を開けたまま寝ているんじゃないかと思い始めた時、すっと彼女が手を挙げた。

「……私は外での撮影会がいいです」

「あら? どうしてですの?」

 何故か私じゃなく真白がそう伊織に尋ねる。

「……いえ、まぁ、特に理由らしい理由はありませんが。ダメですか?」

「別に構わないわよ。で、真白、あんたはどっちがいいの?」

 私がそう言って真白を見ると、彼女は腕を組んで考え込み始めた。

 何を考えているのか時折にへらと相好を崩したりするんだけどすぐに首を左右に振ってその考えを振り払っている。端から見ていると随分面白いんだけど、いつまでも待っているわけにもいかないのでそろそろ現実に帰ってきてもらおう。

「真白、帰ってこーい」

 彼女の前で手をぱたぱたと振る。

 すると、我に返ったのか真白が身体をビクッと震わせた。キョロキョロと周囲を見回してから、ちょっと残念そうにため息をつく。一体こいつの頭の中ではどんな妄想が繰り広げられていたのやら。

「それで、あんたはどっちなのよ?」

「……そうですわねぇ……モデル……の方にしておきましょうか」

 ちょっと歯切れの悪い彼女の発言から私は何を真白が想像していたかをだいたい理解出来てしまう。

 こいつ、多分憧れの彼にモデルをしてもらって二人っきりでの撮影会なんか考えていたに違いない。

 誰がそんなことさせるかっての。

「それじゃ二対一でモデルの方に決定するけど、伊織、構わない?」

「別に構いません」

 また手を挙げて発言する伊織。

 だから別に手を挙げなくてもいいんだってば。

「それでモデルは一体どうしますの? まさか本職の人を連れてくるわけにも行かないでしょう?」

「それもそうなのよねぇ。昔はモデル研究会って言う変な部活があったんだけど今は活動停止だし……誰か協力者を募ってみるか」

 またホワイトボードに向き直り、モデルと書いてからそれを丸で囲む。

 さて、また新たな問題発生だ。

 このモデルを一体誰に頼むか。

 チラリと真白達の方を振り返ってみると、真白はまた何やら変な妄想にトリップしているらしくにへらと普段見せないだらしない顔をしているし、さつきは私を何やら熱い視線を私に向けている。伊織はまたしてもぼけーっとしているだけ。

 とりあえず額に手をついて私はまたため息をつくのだった。

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