COLORFUL ALMIGHTYS
部員獲得編その1

「これでよしっと」

 校舎のあちこちにある掲示板に部員勧誘のポスターを貼り、それが一段落したところで私はチラリと隣に貼ってあるポスターを見、そしてため息をついた。そこに貼ってあるのは今度新設されるデジタル写真部の部員勧誘のポスター。わざわざ隣にうちの部のポスターを貼ってやったのはある意味嫌味だ。テメェらのお陰でうちの部は廃部にされかかってんだぞ、と言う嫌味。もっとも通じるかどうかは怪しい限りだが。

 今から五日程前、いきなりこの私、白黒写真をメインでやっている写真部の部長の灰田彩佳は生徒会室に生徒会長直々に呼び出された。そして言われたのだ。「次の部活運営委員会までに部員を五人揃えないと廃部にする」と。

 ちなみに今うちの部の正式な部員は私一人。まぁ、部室には先代の部長で引退したはずの人が何故か私よりもいい出席率でいるにはいるんだけど、あの人は一応引退したはずなので正式な部員としては数えられないはず。

 そう言うわけで時期はずれもいい時期にこうやって部員勧誘の為のポスターを作って校内の掲示板に貼っている訳なのだが。活動内容を考えるにたった一ヶ月、正確には後三週間程で後四人も人が集まるようには思えない。

「どうしたものかなぁ……」

 そう呟いてまたため息をつく。

 二日程前にお気楽極楽、口八丁手八丁で今まで生徒会をだまくらかしてきていた先輩がとんでもない方法で部員を獲得しようとしたのを必死で止めたけど、今考えてみればあの方法もやむを得ないかと言う気がしてくる。いや、あんな方法で部員を集めたって長続きはしないはずだ。私としては入ってくれた部員にはその、白黒写真の面白さとか奥深さとかをしっかりと味わって貰いたいし。

「部員勧誘ポスターか。随分と真っ当且つ消極的な方法を選んだものだね」

 不意に聞こえてきた少し嫌味な声にそっちの方を向いてみるとそこにはメガネをかけた少し細身の男子生徒が立っていた。私が先ほど貼ったポスターを見ながらニヤニヤと口元に笑みを浮かべている。何つーか、不愉快な奴だ。

「あの先輩がいるからもっと後ろ暗い方法で部員を集めるのだろうと思っていたのだがね」

「先輩はもう引退したんですよ。今は私が部長です。私には私のやり方があるんです」

「ああ、そう言えばそうだったね。だけど君にあの先輩を御することが出来るのかい? あの人は稀代の騒動師だからねぇ」

「後半部分は認めますけど……先輩は先輩で部のことを思って色々と考えてくれているんです。御するとかどうとか言う問題じゃありません」

「その様子だとまたあの人の起こす騒動に巻き込まれて泣きを見るよ。まぁ、精々頑張りたまえ。後三週間程だけどね」

 そう言ってその男子生徒がやはりニヤニヤ笑いながら去っていく。

 あー、何つーかぶん殴りてぇ。マウントポジションとって泣き喚くまでぶん殴ってやったらきっと私が今抱えているストレスなんか吹っ飛ぶんだろうなぁ。もっともそんなことやったら確実に停学喰らってうちの部も廃部にされちゃうだろうけど。

 ちなみに今の男子生徒、あれが今度新設されるデジタル写真部の部長となる奴。名前は確か……大田原学だったかな? 何か色々と先輩とは確執があるような感じだけど、ああやって私にまで絡んでくるのは止めて貰いたいものだ。その内マジでぶん殴ってしまうかも知れないし。

 ただでさえ憂鬱な気分がますます憂鬱になってくる。

 とりあえずここにいてもはっきり言ってもうやることは何もない。後はこのポスターを見て興味を持ってくれた人が部室に来てくれることを祈るのみだ。



 放課後、いつものように部室に行き、施錠してあるはずのドアを何気なく開けてみる。本当なら開くはずはないんだけど、やっぱり開いた。中を伺ってみると作業用のテーブルの上にいつものように腰を下ろしてどこから持ち込んだのかスナック菓子を食べ散らかしながらマンガ雑誌を読んでいる先輩の姿が見えた。

「おー、彩ちん。遅かったね」

「一応お尋ねしますけども、何で先輩の方が先に中にいるんですか?」

「わかってる癖にー。私は私専用の合い鍵持ってるんだよー」

「それは禁止されているはずですよ」

「まぁまぁ、固いこと言いっこなし。気にしちゃ負けだよ、彩ちん」

「負けでいいですから、出来れば返してください」

「むー……彩ちんが彩ちんの家の鍵を代わりにくれるって言うなら返してあげてもいいけど」

「全力でお断りします。それとここの合い鍵の件にはとりあえず目を瞑りますがあまり人に見られないようにしてください」

「それくらいわかってるよー」

 ケラケラ笑いながら、そして手をひらひら振りながら言う先輩。

 うーん、いつものことだけど、本当にわかっているんだかいないんだか。いつものようにため息を一つつきながら鞄を先輩の座っているテーブルの上に置き、椅子に座る。

「ところで今日はご苦労さんだったねー。わざわざ校内の掲示板という掲示板に部員勧誘のポスター貼ってたんだしょ?」

「見てたんですか?」

「まぁ、彩ちんに気付かれないように」

「見てたなら手伝ってくれたっていいじゃないですか」

「私に何もするなって言ったの彩ちんじゃないかよー」

「部員勧誘に関しては私がやるからそっちは手出し無用と言っただけです! 他のことなら手伝ってくれたって問題ないでしょうが!」

「まーまー、過ぎたことはもういいじゃん」

 思わず語気荒くなってしまう私に対して先輩はいつもと同じく飄々としている。何つーか、それを見ていると正直むかついてしまう私がここにいたりする。

「ほれ、これでも食べて少し落ち着きなされ」

 そう言って先輩が差し出したのは一袋三百円ぐらいで売っているチョコレートの袋。だけど見てみると中身は一つしか残っていない。

「……ケンカ売ってます?」

「まさかー」

 思わずジロッと先輩を見る私。だけど先輩はやっぱり飄々としていて、膝の上に載せたマンガ雑誌のページをめくっていた。

 どーでもいいことだけど、テーブルの上で胡座をかいて座るのは止めて欲しい。同じ女の子としてその座り方はどうかとマジで思ってしまう。

「ところでさー、彩ちん」

「何ですか?」

 先輩からチョコレートの袋を受け取り、最後の一個を口の中に放り込みながら答える。

「部員来るといいねー」

「来てくれないと困ります」

「だねー。それでこれからどうするの?」

「これから? とりあえず興味を持ってくれた人が来たら色々と説明するつもりですけど」

 先輩はマンガ雑誌に目を落としたまま、特に私の方を見ようとはせずに続ける。

「ダメだよー、そんな消極的なことじゃ。うちはさ、ただでさえ廃れていく一方のジャンルの部活なんだからもっと積極的に動かなきゃ」

「積極的、ですか?」

「そうだよー。もっとこっちの方から色々とアピールしてかないと興味も持って貰えないよー」

「…………」

 うわ、何か先輩がひどくまともな事言ってる。そのことに軽くショックを受け、思わず黙り込んでしまう私。それから先輩の方をマジマジと見つめてしまった。

「……ん? どったの?」

 私の視線に気付いたらしい先輩が訝しげな顔をして私を振り返った。

「あー、いえ、すいません。何か先輩がまともな事言ったんで驚いてました。何か変なものでも食べました? それとも熱あるんじゃないですか?」

「何げにひどい事言うねー、彩ちんも」

 私が正直に告白すると先輩は苦笑を浮かべてそう言った。

「私だってこの部には愛着があるんだよ。潰したくないってのは彩ちんと一緒。少しは信用して欲しいなー」

「……すいません、先輩のこと疑ったりして」

 よくよく考えてみれば先輩は去年一年間生徒会相手に口八丁手八丁で部員が規定数に足りないこの部を存続させていたんだった。それもこれもこの部を愛していたからに他ならないはず。そんな先輩を疑った自分が少し恥ずかしいかも。

「やーやー、わかればいいんだよ、わかれば」

 笑いながらそう言って先輩は自分の側に置いてあったスナック菓子の袋にまた手を伸ばした。しかしまぁ、どこからこれだけのスナック菓子を持ち込んだのか。少なくても散らばっている袋の数は両手の指の本数以上だ。

「しかしまぁ……先輩、こんなに食べてると太りますよ?」

「大丈夫大丈夫。私は平均よりもちっこいからねー、多少カロリーオーバーしてもまだ足りないくらいさ」

 ぽりぽりとスナック菓子を食べながら私に答える先輩。

確かに先輩はちっこい。私もそれほど背の高い方じゃないけども先輩は私と比べても頭一つ分はちっこい。だからと言ってカロリーオーバーしてもいいわけじゃないと思うんだけど。まぁ、何にせよ太らない、太りにくい体質というのだろう。私からすれば羨ましい限りだ。

「彩ちんも食べる? 美味しいよ?」

「遠慮しておきます。と言うか一体どこから持ち込んだんですか、こんなにも」

 散らばった袋を片付けながら尋ねてみる。

 基本的にうちの学校の指定の鞄は極々ありふれた通学用の鞄だ。運動系の部活の子とかはそれ以外にもボストンバッグとか使っているけど、普通はそれ以外の鞄は認められていない。お弁当とか作ってくる子はそれ用の袋も持っていたりするけど、その辺りは流石に黙認されている。この辺は生徒会が頑張ってくれたらしい。

 それはさておき、私も特に何もない限りは普通に通学鞄を使っている。教科書やノートを入れるだけで精一杯のサイズの鞄にこんなにも大量のお菓子が入るはずがない。かと言って堂々とコンビニのビニール袋にお菓子を満載して学校に来たら確実に見咎められるだろう。それを許してくれる程学校側も生徒会もお優しくはない。

「んー? まだあるよ。そこの戸棚の中」

 先輩が指差したのは普段備品や提出用の書類などを入れてある戸棚の一つだった。立ち上がってその戸棚の方へ行き、スライド式の戸を開けてみると中には様々なスナック菓子がびっしりとまでは言わないもののかなりの量が入っていた。

「な、何ですか、これ!?」

 思わず大声を上げてしまう私。

「い、一体何時の間にこんなにも……」

 少なくても少し前、先輩から部長を引き継いだ時に色々と整理した時にはなかったはずだ。いや、考えてみるとあの時色々と整理したお陰で戸棚が一つか二つ分くらい空いたはず。おそらくここはその時に空いたスペース。

 何となくイヤな予感がした私はもう一カ所空いたはずのスペースを開いてみた。予感的中。そこには先輩が今読んでいるようなマンガ雑誌が何冊もおかれている。勿論、これも整理した時にはなかった代物だ。

「……先輩?」

 ゆっくりと先輩の方を振り返る私。

 この部室に立ち入ることが出来るのは基本的に部員のみ。今部員と呼べるのは私と先輩だけ。私がこんな事をするはずがないのは自分が一番よくわかっているから、残る被疑者はただ一人。しかもその一人は自分用にこの部室の合い鍵まで持っている。もう推理するまでもない。

「あー……ほら、何となくスペース余っていたからね……彩ちん、その氷点下よりも冷たい眼差し、先輩好きじゃないなー」

 流石にまずいと思ったのだろう、先輩は私から視線をそらせる。その顔には大粒の汗が浮かんでいる。だけど私は容赦しない。するつもりも毛頭無い。

「先輩が好きかどうかは問題じゃありません。いいですか良く聞いてください。ここは学校のものであって先輩の私物じゃありません。単純に持ってくる程度なら私も目を瞑りますがそれをわざわざ保管しておくのは私の許容範囲を既に超えています。今日中に持って帰るなり捨てるなり何なりしないのなら私にも考えがありますから。その辺良く理解しておいてくださいね」

 先輩が何か反論する前に一気に捲したてる。

「あー、いや、これだけの量となると一日で持って帰るのはちょっと辛いかなーと」

「何回か往復すればいいだけのことです」

「……彩ちん、手伝ってくれたら先輩としては嬉しいなーと」

「何で私が先輩の私物を運ぶ手伝いをしなきゃならないんですか」

「そんなこと言っちゃうとあれだぞ、先輩としての強権発動しちゃうぞー」

「では私も部長権限でお断りします」

 そう言ってお互い笑顔のまま睨み合う。

 少しの間、そんな状態が続いた後、私は小さくため息をついた。

「わかりました。今日のところは私が折れます。で、持って帰るんですか? 捨てるんですか?」

 何だかんだ言って私も人がいい。結局は先輩の思惑に乗ってしまうのだから。OBの人にもその辺のことは心配されていたなぁ、そう言えば。

『灰田は人が良すぎるな。そんなこっちゃ黒宮にいいように弄ばれるぞ』

 私に対先輩用の秘策を授けてくれたOBの人が苦笑しながらそう言っていたのを思い出す。
 まぁ、その人のお陰で何とか先輩にいいように弄ばれることを防げてるんだけど……でも結局は弄ばれてないだけで、いいようにあしらわれているのは事実のような気がする。

「捨てるのはもったいないからー、出来れば持って帰りたいんだけど……ちょっと問題があるんだよねー」

「問題、ですか?」

「そうなんだよー」

「とりあえずどう言った問題ですか? 私に出来ることなら少しは手伝いますよ」

「うーん……」

 珍しく言い淀む先輩。

 普段ならどんな無理難題でもあっさりと口にするのに、これは実に珍しいことだ。だから余計に気になってしまう。

「言ってみてくださいよ。先輩と私の仲じゃないですか」

 いつもなら言わないような言葉を口にして先輩の口を開かせようとする私。果たしてどんな問題をこの傍若無人な先輩が抱えているというのだろう。どっちかと言うとそっちの方に興味がある。後は先輩の家とか家族とかにも。何と言うかそこそこ付き合いが長いんだけども先輩の私生活というものに触れたことがない。先輩は私の家に良く押し掛けてきたりするんだけどもね。

「うーん……彩ちん、怒らない?」

「何で怒るんですか? 先輩の困っていることなら私に出来る範囲で何とかしてあげますよ」

「本当に?」

「ええ、本当に」

 小首を傾げて私を上目遣いに見てくる先輩に心などまるで籠もってない言葉で頷き返す私。先輩のプライベートなことを知るまたとない機会だ。ここはあえて卑怯者となってでも先輩の口を割らせるのみ!

「うーん、実はねー……部屋の中もうこれでもかってぐらいぐちゃぐちゃでさ。もう足の踏み場もないくらいなんだよねー。だから、持って帰っても置くところがないから困ったなーなんて」

 先輩の言葉を聞いて私の頭が思考を停止した。

 はい? 今何と言いましたか、この人は。自分の部屋の中が足の踏み場もないくらいぐちゃぐちゃに散らかっててこのマンガ雑誌とか持って帰っても置く場所がない?

「だからねー、もうちょっとの間ここに置いとかせて貰えたら私としても嬉しいなーと思っちゃったりする訳なんだけど」

 思わずぽかんと間抜けに口を開けっぱなしになっていた私だったけど、じっと上目遣いで私を見つめている先輩に視線に気付くとようやく我に返った。

「す、すいません。今少し呆然としていました。で、何ですって?」

「だーかーらー、もう少しの間ここに置いとかせてって言ったの」

「少しの間って一体どれくらいの期間ですか?」

「そーだねー、まずは私の部屋を片付けなきゃならないから……半年ぐらいかな?」

「半年って……それじゃ先輩卒業しちゃうじゃないですか!」

「大丈夫大丈夫。それまでに何とかなるはずだからさ」

「はずって何ですか、はずって!! あ、もしかしてこの部室を死守しようとしてるのってここを先輩の部屋に入りきらない私物置きにしようと思っているからじゃないんですか!?」

 思わず語気が荒くなる私から先輩はあからさまに視線を外した。どうやら図星だったらしい。あ、あの時ちょっとでも感心し、先輩を見直した私が馬鹿だった……。

「先輩?」

「……彩ちん、部屋片付けるの手伝ってくれたら後でお礼するよ。具体的にはこの私の愛をあげよう」

「全力でお断りします!」

「えー? けちー。私の愛だぞ、愛。今ならもれなく一生付き合ってあげるって言う特典つき」

「全力且つ思いっきりお断りさせて貰います!!」

「うーん、それじゃーそれに加えて今度から彩ちんの家で一緒に暮らしてあげよう。もう二十四時間態勢で彩ちんにべったりだぞ」

「だから!!」

 こうして今日もまた無駄に時間だけが過ぎていく。

 次の部活運営委員会まで後二十五日。

 必要な部員数は前と変わらず後四人。

 あのポスターを見てどれだけの人が興味を持ってくれるのか、もしかしたら先輩の言っていた通り何か積極的にこちらから訴えかけるべきなのかも知れない。

 どうやらまだまだ前途は多難のようだ。

 ちなみにこの後私は先輩にまんまと言いくるめられ、あのマンガ雑誌などは先輩が自分の部屋を片付けるまで(果たして本当に片付ける気があるのかどうか、その辺物凄く不安なんだけど)この部室で預かることになってしまったのだった……。 


続く

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