黒いカノンが黒麒麟に向かって走り出す。
黒麒麟は走り出したカノンを見て両手を前へと突き出した。
それにも構わずカノンは黒麒麟との間合いを計った上でジャンプ、空中で一回転してから両足を揃えて前へと突き出した。
その足先が光に包まれていく。
「ウオオオオオッ」
雄叫びと共にカノンのキックが黒麒麟の両手を直撃する!
黒麒麟はカノンの渾身のキックをその両手で受け止めていた!
ぶすぶすとキックを受け止めた手から煙が上がる。それにも構わず、黒麒麟が力を込めてそのキックを押し返そうとする。
それに気付いたカノンが左足をひき、その脚をもう一度突き出し、黒麒麟の手を支点に後方へとジャンプする。
着地したカノンは、膝を折り、腰を落として反動をつけて一気に黒麒麟の懐に飛び込んでいく!
「ウオオオリャアアッ!!」
全身全霊の力を込めて、必殺のパンチを放つカノン!
そのパンチが黒麒麟の胸板を貫き、背中へと貫通する!!
ばっと血しぶきが飛び散った。
辺りが沈黙に包まれていく。誰一人、何一つ動くものはない。
カノンも黒麒麟の胸板を右手で貫いたまま、まるで彫刻にでもなったかのように動かなかった。その姿が黒いカノンから相沢祐一のものへと戻っていく。
「まさか・・・これほどの力が・・・」
呻くように言う黒麒麟。
「これが・・人の思いの力・・・?」
そう言って天を見上げる黒麒麟。
その目が何かを捕らえたが・・・すぐに光を失っていく。
と、突然近くにあったパトカーが爆発を起こした。そこから次々と連鎖的にパトカーが爆発していく。
「危ない!!」
呆然とカノンと黒麒麟との戦いの結末を見ていた美坂香里の腕を同じように見ていた中津川忠夫が取り、走り出した。
「ここにいると君まで死んでしまうぞ!!」
中津川がそう言うが今の香里には聞こえていなかった。
「相沢、逃げろぉっ!!」
もう一人、戦いを見ていた北川潤がそう叫ぶ。
だが、祐一は動かない。
「相沢・・・」
潤がそう呟いた。
彼の胸にはとんでもない不安が巻き起こっていた。
あの一撃を決めた時、もう相沢祐一は死んでいたのではないか、と。
ふと、祐一の首が動き、彼らの方を向いた。
ぼうっとした虚ろな目で三人を見る。
爆発が起こした炎で歪む空気の中、彼は微笑んだようだった。しかし、それはとても疲れたような笑み。
「相沢くんっ!!」
香里が中津川の手をふりほどいて、炎の方に向かって叫ぶ。
それを受けてか、祐一の口が動いたが、その声は届かなかった。だが、祐一が何を言ったのか、香里や潤には解っていた。涙を浮かべながら頷く香里。
祐一は口を閉じると、開いている左手の親指を立て、ニッと笑って見せた。
次の瞬間、祐一達を中心にして大爆発が起こった!!
一際大きい炎が立ち上る。
それを見た香里はがくっとその場に膝をついた。
何が起こったのか解らないまま、ただ瞳から涙をこぼし続ける香里。
潤も呆然と炎を見ていることしか出来なかった。
 
仮面ライダーカノン
Episode.6,5「卒業」
 
部屋に飾られている制服を見ながら、彼女は考え事をしていた。
あの日からもうどれだけ経ったのだろうか。
仲のよかった四人組の一人は炎の中に消え、一人は未だ覚めることのない眠りの中に落ち、残る一人との関係もあれからしっくりと行かなくなっている。
一体どうしてこうなってしまったのか・・・彼女は全てが始まった日のことを思い出す・・・。
 
階段の踊り場の窓ガラスが割れ、外から何かが飛び込んできた。
それは両手両足を広げて着地すると、そのままの状態で上にいる五人を見上げる。
「お、おい・・・」
震える声で北川が言う。何が言いたいのか、大体祐一にもわかっていた。
踊り場では怪人がゆっくりと立ち上がって五人の方へと一歩一歩足を踏み出している。少なくても今この怪人は自分たちを目標としている。それがわかっていながら恐怖で足が動かない。
「・・・に、逃げろっ!」
そう言ったのは中津川だった。
彼は祐一の肩を押すと、自分は階段に向かって走りだし、怪人に飛びかかっていく。それでようやく全身の呪縛が解けた祐一は他の三人に向かって叫んだ。
「走れっ!」
祐一達が駆け出そうとした時、中津川の身体が宙を舞って彼らの後方へと叩きつけられた。続けて怪人が祐一達を飛び越え、彼らの進行方向に立ちふさがる。
「く・・・このっ!」
祐一が怪人に向かって突っ込む。
流石に不意をついたのでそのタックルを喰らって怪人は祐一もろとも転倒してしまった。
「今だ、逃げろっ!」
祐一が再び叫ぶ。
「祐一!」
名雪の悲鳴。
「お前一人をっ!」
北川がそう言って怪人に飛びかかった。
「美坂、行けっ!」
「北川君!相沢君!」
香里の声に祐一と北川は頷く。
「俺達は良いから!」
「早く行け!」
「・・・絶対・・・絶対死なないでよ!」
香里がそう言って二人と怪人に背を向け、名雪の手を取り階段を駆け下りる。だがよほど慌てていたのだろう、香里は足を階段から踏み外してしまう。
「あっ・・・」
そう思ったときはもう遅かった。
名雪もろとも二人は階段を転げ落ち、踊り場に叩きつけられる。
「くう・・・」
全身に走る痛みに顔をしかめながら香里は身を起こすとすぐに一緒に落ちたはずの名雪の姿を探した。
「名雪・・大丈夫?」
返事はない。
香里は顔を上げ、すぐに辺りを見回し、驚愕した。
踊り場の壁のそばに名雪が倒れている。その長い髪の下から血がゆっくりと広がっている
「な、名雪っ!!」
慌てて名雪のそばに駆け寄るが名雪は返事をしない。どうやら落ちたときに壁に頭を打ったらしい。今は気を失っているのかさえ、香里にはわからない。
「相沢君!名雪がッ!名雪がッ!」
訳も分からず、ただ叫ぶ香里。
 
そう・・・あの時、私は名雪に怪我をさせてしまって・・・それからのことは余りよく覚えていない・・・。
 
「やあぁぁぁぁぁっ」
雄叫びをあげて壁を蹴り、前に飛び出す祐一。その数p上を怪人の腕が通り抜けていく。時間が止まったときに身体の体勢を変えていなければ出来なかったことだ。
「ハァハァハァ」
荒く肩で息をし、背中にはびっしょりと冷や汗をかきながら廊下を転がる祐一。その目は素早く周りを見回し、ベルトの位置を確認する。今彼のいる位置からは少し遠い。もう一歩、前にでなければ手に届かない。
「くそっ!」
床を蹴って祐一がベルトに手を伸ばす。同時に彼の動きに気付いた怪人がジャンプしていた。
二つの腕がベルトに向かって伸びる。一瞬早く祐一の手がベルトを掴み、自分の方に引き寄せることに成功した。怪人はジャンプした勢いのまま、廊下に激突して跳ね飛ばされている。
祐一は怪人に構わずベルトを腰に装着してみた。すると、石のようだったベルトが途端に輝く金属風に生まれ変わる。そして、ベルトは・・祐一の体内に吸い込まれるようにして消えてしまう。
「くああ・・・!!」
祐一は身体中に焼け付くような痛みを感じていた。見ると、彼の身体・・・ちょうどベルトをつけたあたりの服が破れ、下の身体が赤くなっていた。
「ハァハァハァ・・・こ、この・・・」
何とか身体を起こし、祐一は怪人を見た。
ゆっくりと身を起こそうとしている怪人を見て、祐一は怪人に向かって走りだした。
「へ、変身!」
そう叫びながらタックルを喰らわせるが何の変化も起きず、彼は怪人によってあっさりとはじき飛ばされてしまう。教室のドアに叩きつけられ、ドアごと教室の中に祐一は倒れ込んだ。
「は、話が違うじゃねぇかよ・・・」
そう呟きながら必死に身体を起こす。
「このままじゃ・・死ぬ・・・」
まだ立ち上がれない祐一に向かって怪人がゆっくりと歩み寄ってきていた。それに気付いた祐一だが、まだ動けなかった。
「く・・・」
再び全身に力を込め、立ち上がろうとしたとき、祐一の頭の中に何かのイメージが駆け抜けた。グレイの身体の戦士・・・右腕で大きく十字をきり、その手を左の腰に当てている。
「う・・うおおおおっ!」
雄叫びをあげて一気に全身に力を込めて立ち上がる。そして、頭の中を駆けめぐったイメージと同じく右腕で大きく十字を書き、そのまま右手を左の腰に当てる。
「変身!」
今まで体の中に消えていたベルトが浮かび上がり、その中央が光を放つ。同時に祐一の身体が変化していく。身体は灰色のボディアーマーで覆われ、左右の手には同じく灰色の手甲とナックルガード、その手首には赤く輝く宝石がはめ込まれている。膝には灰色のサポーター、足にも灰色の足甲が備わり、頭がヘルメットのようなものに変化する。そう、言うならばそれは仮面に近い・・・赤い目、牙を持つような意匠の口、そして輝く角。この姿こそ、祐一の頭の中を駆けめぐったイメージの戦士そのものであった。
「な、なれた?」
戦士となった祐一は自分の姿に驚きつつも、すぐに気持ちを切り替え、怪人の方を見た。怪人はいきなり変身した祐一にとまどっているようだ。呆然と立ちつくしている。
「くらえっ!!」
そう言って殴りかかる戦士。そのパンチは怪人の頭を捉え、教室の入り口から廊下へと怪人を吹っ飛ばした。廊下の窓ガラスに叩きつけられ、そのまま廊下の床面へと倒れ込む怪人。
「ひ・・ひいぃぃっ!!」
いつの間にやら気がついていたらしい中津川がいきなり飛んできた怪人を見て悲鳴を上げる。そんなところに教室の方から灰色の戦士が出てきた。それを見た中津川はヒッと息をのんだが、すぐにマジマジと戦士を姿を見て、ぽんと手を叩いた。
「仮面ライダー!」
一言そう言って中津川は立ち上がった。そして、すぐに彼が「仮面ライダー」と呼んだ戦士のそばに寄ってくる。
「もしかしたら、と思っていたがやはりあれはライダーベルトだったのか・・・うむ、それなら君は正義の戦士だな?」
一人納得顔で頷く中津川。
「よしよし、ならば君の戦いをこの中津川、ちゃんと見届けよう!思う存分戦ってくれ!」
そう言って中津川が戦士の肩を叩いた。
その時、倒れていた怪人が起きあがり戦士に向かって飛びかかってきた。それに気付いた戦士は中津川を押しのけ、怪人を受け止める。そして、そのまま窓際まで行き、窓ガラスを叩き割って二人とも下へと落下する。
慌てて中津川は窓の側に走り寄り、下を見る。怪人と戦士はあっさりと着地し、戦闘を開始していた。
互いに間合いを取り、相手の隙を伺いつつ校庭の中央へと向かっていく。
ふいに怪人が口らしき場所から白い糸のようなものを吹き出した。今までのものは放射状に吐かれていたが今度は一直線に戦士に向かって伸びる。
とっさに右手を前に出し、白い糸を受ける戦士。白い糸は戦士の右手首に巻き付き、戦士の右腕の自由を奪う。
「くっ!」
怪人が白い糸を手にし、ぐいっと引っ張った。バランスを崩す戦士に向かって怪人がキックを放ってきた。流石にかわしきれず、そのキックをまともに受けてしまう戦士だが右手に巻き付いた白い糸のせいで間合いが取れないでいる。後ろの少しよろけたところで白い糸がピンと張りそれ以上戦士の身体を向こうには行かせない。
「こ、このっ!」
戦士は左手で右手に巻き付いている糸をつかむと逆にぐいっと引き寄せた。今度は怪人がよろける。そこを狙って戦士がパンチを繰り出すが、怪人はぴょんと飛び上がってそれをかわしてしまう。また糸がピンと張り、戦士がそれに引っ張られてよろける。すかさず怪人のパンチ。倒れてしまう戦士。
「く、くそっ!」
戦士は素早く立ち上がると怪人を見た。が、既に怪人の姿はそこにはなく、後ろから強烈な衝撃が加えられ、戦士はまたも地面に倒れ込む。
「うわっ」
倒れた戦士の背に足を乗せ、怪人は大きく右手を振り上げた。その指先がぐっと伸び、鋭い先端の針のようになる。
「ライダー、気をつけろっ!」
ふいにそんな声が響いた。声の主は勿論中津川である。
その声に遠のきかけていた意識を取り戻した戦士は両手をついて、一気に起きあがり、背を踏んでいる怪人を振り落とした。そして、右手に巻き付いている糸を左手でほどき、戦闘ポーズを取る。
「ライダー、一気にいけっ!」
中津川の声に頷き、戦士はまだ倒れている怪人に駆け寄り、容赦なく蹴りを食らわせる。地面を転がり、怪人が起きあがるのを見た戦士は素早く走り寄って連続パンチを食らわせていく。ボディに数発喰らわせた後、強烈なアッパーカットを怪人の顎に決め、怪人を吹っ飛ばす。
「ライダー、今だ!ライダーキックだ!!」
その声を背に、戦士が走り出す。怪人との間合いを計った上でジャンプ。空中で一回転した上で右足が前に出る。その足の先が光に包まれ・・・よろよろと立ち上がろうとした怪人の身体に直撃する!
着地した戦士は肩で息をしている。呼吸もかなり荒い。相当なエネルギーを消費したようだ。
一方怪人はよろよろと二、三歩よろめいた後、両手を広げてその場に大の字に倒れ込んだ。次の瞬間、怪人が爆発を起こす。
「やった!勝った!ライダーが勝った!!」
中津川が嬉しそうに大声で叫ぶ。
そんな彼の方を戦士は向いて親指を突き立てて見せた。
 
これは後で相沢君が教えてくれたこと・・・。
相沢君はこの日から・・・自分自身を傷つけながら決死の戦いを始めることになった・・・。
 
一階に辿り着いた祐一はその廊下の向こうに怪人が立っており、その近くに栞がいることを発見した。
「・・・変身ッ!!」
右手を十字に切り、構えていた左拳のすぐ上に添える。そして、両手を広げると、腰の辺りにベルトが浮き上がり、その中央が放射状に光を放った。
「うおおおぉぉぉぉっ!!」
走り出す祐一の身体が少しずつ変化を始める。胸は筋肉を模した灰色のボディアーマーに覆われ、左右の手には同じ灰色の手甲とナックルガード、手首には赤く輝く宝石がはめ込まれている。膝には灰色のサポーター、足にも灰色の足甲が備わり、最後に頭がヘルメットのような仮面に覆われる。赤い目、口には牙の意匠、輝く角。
変身が完了し、戦士となった祐一が今にも栞に襲いかかろうとしている怪人に飛びかかる。だが、怪人はそのタックルをあっさりと受け止め、なおかつ戦士を持ち上げると、外に向かって放り投げた。裏口のガラスの扉を突き破って外に投げ出される戦士。それを追って怪人も外に出てくる。
「く・・・・何て力だ。昨日のとは桁違いだ・・・」
そう呟きながら何とか立ち上がる。
「久しぶりだな、カノン!再び会えるとは思ってもみなかったぞ!我が名は玄武!無敵の鎧の玄武だ!」
怪人が大声でそう名乗りを上げる。だが、それよりも重要なことがあった。怪人・・・玄武は戦士のことを「カノン」と呼んだのだ。
「カノン・・・そうか、カノンか・・・」
戦士となった祐一はそう呟くと玄武の方を見て身構えた。
「いくぞ!」
戦士、カノンが一気に玄武に詰め寄りパンチを食らわせる。だが玄武はそのパンチをかわそうともせずその大きな胸板で受け止めた。
「何ッ!?」
何度も何度もパンチを打ち込むカノンだが玄武は平然とした顔でそのパンチを受け続ける。全くダメージを受けていないようだ。
「その程度の力でわしを倒すことは出来ない」
玄武はそう言うと、カノンの首筋をぐいっと掴み、持ち上げる。そして、一気に投げ飛ばした。宙を舞い、病院の壁に激突するカノン。
倒れたカノンに向かってゆっくりと近付く玄武。
地面に手をついてなんとか立ち上がろうとするカノンの脇腹に蹴りを食らわせ、更に吹っ飛ばす。
「ぐああっ!!」
吹っ飛ばされ、地面を転がるカノン。そのカノンをわざわざ追いかけ、踏みつける玄武。
「今の貴様などわしの相手ではない」
そう言って玄武は更にどんとカノンを踏みつけた。
その足を両手で掴み、持ち上げると、カノンは身体を転がして玄武の足の下から脱出して、何とか立ち上がった。
「相手でないか・・・」
カノンが再び身構える。
「これでも喰らえッ!!」
玄武に向かって走り出すカノン。玄武との間合いを計った上でジャンプ。空中で一回転し、右足を前に出す。昨日怪人を倒した必殺のキックだ。
だが、玄武はそれを見てもひるまない。それどころか悠然とキックを待ちかまえているようだ。
キックが直撃する直前、玄武が背中を向ける。そこには甲羅のような装甲が備わっており、カノンのキックはそこに直撃した。次の瞬間、吹き飛ばされたのはカノンの方だった。
大きく宙を舞い、地面に叩きつけられるカノン。
「その程度で・・・笑わせるなっ!!」
玄武が吠え、倒れているカノンに向かって走り出す。
玄武が接近していることにも気付かず、カノンがよろよろと立ち上がろうとする。そこに首を引っ込め、背中の甲羅を前方につきだした玄武が突っ込んできた。
その一撃を受け、またも吹っ飛ばされるカノン。今度は病院の壁に突っ込み、そこを崩してしまう。厚いコンクリートの壁を突き破ったカノンは倒れたまま身動き一つしない。
玄武はそれを見るとつまらなさそうにカノンに背を向けた。
「この程度でわしに立ち向かおうとは・・・愚かな・・・」
そう呟き、その場を立ち去ろうとする玄武。だが・・・。
「・・・愚かだろうが何だろうが・・・・」
よろよろとカノンが崩れた壁の間から姿を現す。
「負けられないんだよ、俺はっ!」
その声にはっと振り返る玄武。一瞬、ぎょっとしたような顔を見せたがすぐに不敵な笑みを浮かべて、
「その心意気は誉めてやろう・・・だが・・・」
言いながら玄武がまたも首を引っ込め、背中の甲羅を前方に動かした。先ほどカノンを吹っ飛ばしたあの技の前触れである。
「これで終わりにしてやろう!!」
玄武が走り出そうとした時、その足下に真っ赤な鳥の羽根のようなモノが突き刺さり、玄武の動きを止めた。むっとして変形を解き、空を見上げる玄武。
玄武の視線の先には真っ赤な姿の大形の鳥のようなモノの姿がある。
「朱雀か・・・邪魔をするな!」
「玄武、ここは引きあげなさい。青龍がいい場所を見つけたの」
遙か上空にいるはずの赤い鳥のようなモノ・・・朱雀がそう言う。
「むう・・・」
「それに今倒しちゃったらもったいないじゃない。もっと楽しみましょうよ」
朱雀にそう言われて玄武は少しの間黙り込んだが、やがてクルリときびすを返しカノンに背を向けて歩き出した。
「運が良かったな。だが次はないと思え」
「く・・・」
今のカノンに玄武を追う力は残っていなかった。それどころか立っているだけでも精一杯だったのだ。まさに玄武の言う通り、運が良かったのだろう。
 
初めて私が見たカノン・・・その敵はあまりにも強くて・・・カノンは徹底的に痛めつけられて・・・その上・・・。
 
カノンは病院裏口に戻ると、中で震えている栞のそばに駆け寄った。
栞は始めにカノンが見たときと全く同じ位置にいて、まだがたがた震えていた。駆け寄ってきたカノンを見ると彼女はまたびくっと体を震わせた。
「い、いや・・・お願い・・・殺さないで・・・」
その呟きを聞いて、カノンはさしのべようとしていた手を止めた。止めざるを得なかった。
「・・・・俺は・・・」
何かを言いかけた時、不意に後ろから大声が聞こえてきた。
「栞から離れて!!」
香里である。背中には名雪を背負っているが、その名雪をそばにいた秋子に預けて栞のそばに駆け寄ってくる。
「栞から離れなさい、この怪物!!」
そう言って香里は栞とカノンの間に割り込んできた。
「お、お姉ちゃん・・・」
「大丈夫、私がいるから・・・大丈夫よ、栞には指一本触れさせないから」
香里はそうは言ったものの震えが隠しきれていない。
一方カノンは先ほど香里が言った「怪物」という言葉にショックを受けていた。
(そう・・・だな。他から見れば俺もあいつらと変わりないか)
自嘲の笑みを仮面の下で浮かべ、カノンは立ち上がった。そして、裏口から走り去っていく。
その後ろ姿は何かとても寂しげだった。
 
大きな誤解・・・この誤解が彼を苦しめることになって・・・。
でも、それでも彼は戦うことをやめようとはしなかった・・・。
 
「イヤァァァァァァァッ!!!」
香里が絶叫する。
その時・・・まるでその声を受けたかのように一台のバイクが校門前のパトカーを飛び越えて校庭に入ってきた。
そのバイクはそのままのスピードを維持したまま一直線に朱雀に向かって来、いきなりウイリーして前輪で突然の乱入者に驚いている朱雀を跳ね飛ばした。
「むうう!?」
玄武はいきなりのことで何も出来ない。ただ驚きの声を上げるだけだ。
バイクの前輪が着地し、乗っていた男が静かに降り立つ。
誰も何も声が出せなかった。
今、この場を支配しているのはこのバイクの男。
「だ、誰・・・だ?」
呻くように北川が言うと、その男はヘルメットを脱いで見せた。
そして、右手で十字を切り、腰に構えていた左拳の上に添える。
「変身!!!」
その声と共に両手を広げると腰の当たりにベルトが浮き上がり、その中央が放射状に光を放った。
その男、相沢祐一の姿が瞬時に戦士・カノンへと変わる。
「あ、相沢・・・?」
あまりのことに声を失う北川。
呆然と祐一の変身した姿を見ている美坂姉妹。
「・・・はははっ!!」
いきなり後ろにいた玄武が笑い出した。
「よく来たな、カノン!今度こそとどめを刺してやろう!!」
そう言って巨体を翻らせ、カノンに飛びかかってくる。
それをかわしたカノンは北川達を見て、
「早く逃げろ!」
そう言い、玄武にパンチを繰り出していく。
だが玄武の鎧のような皮膚はそのパンチを受け付けない。
「やっぱりダメか!」
「その程度の力でこのわしに敵うとでも思ったか!」
玄武はそう言うと、カノンを両腕で掴みあげ、投げ飛ばした。
地面に叩きつけられるカノンだが素早く起きあがると玄武の向こう側にあるバイクを見た。
(いちかばちか・・・ダメ元でやるしかないか!)
カノンがすっと右手を前に出し、左拳を腰に構えた。
「行くぞ!!」
そう言って駆け出すカノン。
「ふははははっ!!その技は通じないことがまだわからんのか!!」
高笑いして玄武はカノンの攻撃を待ち受ける。
「たぁぁぁぁっ!!」
玄武との間合いを計ってジャンプ。空中で一回転するところまでは昨日と何も変わらない。だが、カノンはキックを出さず、玄武を飛び越えたのだ。
「何?」
慌てて振り返る玄武の目に・・・バイクにまたがるカノンの姿が映った。
アクセルを回し何度もエンジンを吹かすカノン。
次の瞬間、カノンのベルトの中央がまたも光を放ち、バイクを包み込んだ。そして、バイクは変形を始める。
それはカノンのベルトに秘められた力が起こしたある種の奇跡かも知れない。
バイクはただの市販のバイクからこの世にただ一つだけの、カノン専用のバイク・アーツランダーへと姿を変えたのだ。
アーツランダーのエンジンが唸りをあげる。
「うおおぉぉぉっ!!」
カノンの雄叫びと共にアーツランダーが前輪を持ち上げて玄武に迫った。
「何だとっ!?」
前輪での一撃に玄武が吹っ飛ばされる。
カノンはアーツランダーを反転させると再び玄武に向かっていった。今度は前輪ではなく、急ブレーキを掛けて後輪を持ち上げ、横殴りに叩きつけた。
たまらず、吹っ飛ばされ、倒れる玄武。
地面に両手をついて起きあがった玄武が次に見たものは唸りをあげてこちらに突っ込んでくるアーツランダーの姿であった。
アーツランダーの猛スピードの体当たりを受けて、玄武が大きく吹っ飛ばされる。
大きく宙を舞い、校舎の壁に激突、更に地面に叩きつけられた玄武は自分の不利を悟った。
「まさか・・・ここまでとは・・・」
玄武は立ち上がると、先程自分が飛び出してきた窓に飛び込んでいった。
「逃がすかっ!!」
カノンが叫び、アーツランダーで玄武を追うべく、ジャンプして窓の中へと突っ込んでいく。
教室の中には倒れている生徒や壊れた机、椅子などで散乱としていたが玄武の姿は何処にもない。だが、カノンには玄武が何処に逃げたかすぐに察知できた。
「・・・上かっ!」
アーツランダーが教室を抜け、廊下へと飛び出す。上へと続く階段を駆け上り、一気に三階まで上がっていくと、廊下の端に玄武が立っているのが見えた。
「ここまでだ、玄武!」
カノンが叫ぶと玄武は大きく頷いた。
「ここで決着をつけてやろう!」
玄武が身体を変形させる。
首を引っ込めて、背中の甲羅を前へと押し出す。昨日、カノンを倒したあの技だ。
だが、カノンはそれを見てもひるまない。
(どんな奴にも弱点の一つや二つはあるもの・・・)
朝、別れ際に中津川が言ったことが思い出される。
どれだけ固い体でもどこかに弱い部分が存在する。背中の甲羅の堅さは相当なものだ。身体全体を覆う皮膚も鎧のように頑丈。だが・・・唯一、この技を使うときに隠す頭・・・もしかするとそこが弱点かも知れない。
(あれをかわして・・・一気に勝負を掛ける!)
カノンがアクセルを回し、エンジンを吹かした。そして、ウイリーしながら走り出す。
同時に玄武も走り出した。
このまま行けば廊下のほぼ中央で両者は激突するだろう。
だが・・・カノンはぶつかる直前、前輪を着地させて後輪を反動で浮かしつつアーツランダーを反転させて玄武の突撃をかわしたのだ!
まさにギリギリのタイミングで玄武の突撃をかわしたカノンはすぐさまエンジンを全開にさせて玄武を追いかけた。
着地した玄武が驚く暇もなく、その背中にアーツランダーの前輪が激突し、そのまま前へと突っ走る。
その先には階段があるが構わずにカノンはアクセルを全開にし続ける。そして、玄武もろともアーツランダーが宙を舞った。階段の踊り場を越え、その先の壁をぶち抜き、外へと飛び出す!
「うおおおぉぉぉぉっ!!」
カノンの叫び声が轟く。
着地する直前に無理矢理前輪を持ち上げ、バランスを取り直すカノン。
玄武はそのままの勢いで地面に叩きつけられてしまう。更にその上にアーツランダーの後輪が落ちて来、更なるダメージを与える。
「ぐああっ!!」
たまらず玄武は声を上げた。
流石の玄武も三階から突き落とされた上にアーツランダーの重さをも加えられてかなりのダメージを受けたようだ。背中の甲羅にはひびすら入っていた。硬い皮膚に覆われた身体はともかく、内臓にかなり深刻なダメージを与えられている。
カノンは少し離れたところでアーツランダーから降りると、さっと身構えた。
よろよろと立ち上がろうとする玄武を見据え、走り出す。
玄武との間合いを計った上でジャンプ。空中で一回転した後、右足を前へと突き出す。その足が光に包まれ・・・立ち上がったばかりの玄武の頭部に直撃する!!
たまらず吹っ飛ばされる玄武に、すっと華麗に着地するカノン。
カノンはかなりエネルギーを消耗したのか、肩が大きく上下している。更に呼吸も荒い。
一方玄武は立ち上がろうと地面に手をつくが、それもならず、ばったりと地面に倒れ伏した。
「・・・・何故だ・・・何故このわしが・・・無敵の鎧の玄武が・・・」
玄武がそう呟く。
次の瞬間、玄武の身体が大爆発を起こした!
 
朱雀が宙を滑るようにカノンへと襲いかかってくる。
そのスピードは尋常ではなく、カノンは何度も吹っ飛ばされていた。
「くう・・・なんてスピードだ・・・」
よろけながらも何とか倒れることだけは防ぐカノン。
倒れたら最後、あの鋭い爪の餌食になることは間違いないだろう。それだけは避けたかった。
「ほほほほほ!その程度でよく玄武を倒せたものね!」
朱雀があざ笑う。
だが、カノンは玄武を倒すのに使った必殺のキックのためかなりエネルギーを消耗していた。
「これでも喰らいなさい!!」
朱雀がそう言って真っ赤な羽根をとばす。
それはまるでダーツの矢の如く、カノンの身体に突き刺さる。
「ぐああっ!!」
たまらず悲鳴を上げるカノン。
羽根の刺さった場所から血が噴き出している。
「この朱雀の身体が赤い理由を教えてあげましょうか?あなたのような戦士の血を浴びて真っ赤に染まったのよ・・・さぁ・・・私をもっと楽しませて!!」
朱雀がそう言って鋭い爪を振り上げてカノンに襲いかかる。
ボディアーマーを切り裂かれ、腕に幾筋もの傷を負い、たまらずカノンが倒れてしまう。
「ううう・・」
何とか立ち上がろうとするが、力が入らない。
だんだんと視界も歪んできているようだ。
変身のタイムリミットが近付いている。
(ダメだ・・・今変身が解けたら確実に死ぬ・・・)
薄れていく意識の中、カノンはそれだけを考えた。
まだここで死ぬわけにはいかない。まだ敵は残っている。目の前の朱雀、まだ見ぬ白虎と青龍。
今ここで俺が死んだら誰がみんなを守る?
今ここで俺が死んだら・・・誰が・・・彼女を守る?
不意にカノンの脳裏に一人の少女の笑顔が浮かび上がった。
何時もそばにいてくれた少女。
何時も眠そうで、起こすのにとても苦労させられて・・それでも・・その苦労が楽しかった。
(そうだ・・・まだ約束、あったよな)
『後でバイク、見せてね?』
名雪の無邪気な声が彼を奮い立たせた。
「まだだ・・・まだ死ねないんだ・・・」
カノンが立ち上がる。
そして、とどめを刺そうとしていた朱雀の腕を掴むとパンチを食らわせた。
「こんなところでやられるわけにはいかないんだよ、俺はっ!!」
そう言って何度もパンチを繰り出すカノン。
朱雀は玄武みたいに全身を硬い皮膚で覆われてはいないらしい。そのパンチが着実にダメージを与えている。
「うおおっ!!」
雄叫びをあげながら回し蹴り。倒れたところに踵落とし。起きあがろうとするところに肘を落とし、更に顔面にエルボーを叩きつける。
たまらず吹っ飛ばされる朱雀。
「な、何なの、このパワーは?さっきまで死にかけていた奴のパワーじゃないわ!!」
驚きの声を上げ、朱雀はカノンを見た。
肩を上下させ、荒い息をしているがカノンはまだまだ戦える力を持っている。
「こんな奴に正面からぶつかるのは馬鹿よ」
朱雀はそう言うと翼をはためかせ、一気に空高く上昇した。
「流石のあんたもここまでは来れないでしょう?自分の無力さを噛み締めて死になさい!!」
遙か上空からそう言って朱雀は地上のカノンに向けて羽根を降らせた。
上空を見上げていたカノンは朱雀が何かをしたのを見るとすぐに地面を転がって移動した。すると先程まで立っていた場所に次々と赤い羽根が突き刺さるではないか。
「く・・・何て奴だ。ここからじゃ何の手出しも出来ないことを・・・」
そう言ってからカノンは停めてあるアーツランダーを見た。
もしかして、あれなら。しかし、かなりの危険を伴う行為に違いはない。失敗すれば待っているのは確実な死。
(それでも・・・やるしかない!)
カノンは立ち上がるとアーツランダーに駆け寄った。そして、エンジンを吹かすと一気に走り出す。
その間も、次々と赤い羽根は降ってきており、カノンのいた場所へと突き刺さっていく。
「いちかばちかだ!いくぞ!」
そう言ってカノンはアーツランダーで校舎の中へと入っていく。今度も階段を駆け上り、一気に屋上へと飛び出した。
そこから空を見上げると朱雀の姿が確認できた。
向こうはカノンがいきなり校舎に隠れたので少し降下してきているようだ。
(チャンスは今しかない!頼むぞ、アーツランダー!!)
エンジンを大きく吹かし、猛スピードで走り出すアーツランダー。そして・・・空に向かってジャンプする!!
「いけぇぇぇぇっ!!!」
その声に気付いた朱雀が慌てて上昇する。
「き、貴様!?」
「逃がすかぁっ!!」
カノンはそう言うと、アーツランダーの上から更にジャンプした。
その瞬間、カノンが朱雀の上をキープする。
がしっと朱雀の身体を掴んだカノンはその翼に手を掛けた。
「な、何をする気?」
「決まってんだろう!!」
言うが早いかカノンは全身の力を込めてその翼を引きちぎる!
「ぎゃああぁぁっ!!」
悲鳴を上げる朱雀。
その身体がカノンと一緒に落下を始める。
「ついでにもう一枚ッ!!」
残る片方の翼も先程と同じように引きちぎる。
落下スピードが更に増した。
「こ、このままだと貴様も一緒に・・・」
「構わない!お前は必ず倒す!」
猛スピードで落下する朱雀とカノン。
だが、カノンに死ぬつもりはなかった。
地面に落ちる直前、朱雀の身体を蹴って上へとジャンプしたのだ。
蹴られた勢いで更に地面に落ちるスピードを増す朱雀。一方カノンは空中で一回転して校舎の壁を蹴り、落下する勢いを殺していた。
ものすごい勢いで地面に叩きつけられる朱雀と華麗に着地するカノン。イヤ、それでも殺しきれなかった分、がっくりと膝をついてしまう。
「ま・・まさか・・・そんな・・・」
呻くような朱雀の声。
次の瞬間、朱雀の身体が大爆発を起こした。
 
必死の思いで二人の怪人を倒した相沢君・・・だけど・・彼を待っていたのは・・・。
 
「ハァハァハァ」
荒い息をして、立ち上がることすら出来ない祐一。
身体中に先程朱雀と戦ったときの傷が有り、血が流れ出している。額からも流れ落ちる血。まさに満身創痍だった。
「か・・・勝ったのか・・・?」
何とか立ち上がる祐一。
そんな彼を遠巻きに生徒達が見つめていた。
校庭には二体の怪人が爆発したときに出来た穴が二つ。校舎のあちこちにはひび割れや穴、窓ガラスに至っては大半が割れていた。
それを見て祐一は唇をかみしめた。
(勝ったと言っても・・・これじゃ・・・)
その時、一人の生徒が前に進み出た。
「お前だ!お前がいるからあいつらは襲ってくるんだ!」
そう言った男に祐一は見覚えがあった。
生徒会長の久瀬。
彼とはある少女を通じての因縁がある。
「そ、そうだ!お前のせいだ!」
他の生徒の声。
次々とわき上がる非難の声。
傷だらけになって、必死に怪人を倒して、その結果がこれ。
祐一は苦笑を浮かべた。
「お前なんか出ていけ!」
「この怪物!」
祐一はそんな声を無視してバイクを探した。
先程空中で飛び降りたから無事ではないだろう。そう思っていたが・・・校庭のど真ん中にそれは無惨な姿をさらしていた。
地面に叩きつけられた衝撃で完全に壊れてしまったようだ。折れ曲がったフレーム。あちこちから漏れているオイル。ぶすぶすと立ち上る煙。からからとむなしく空回りする車輪。
(・・・済まない・・・ありがとう・・・短い付き合いだったけどな)
祐一は生徒達に背を向けた。
体中が痛む。足下がおぼつかない。視界も歪んでいる。
変身が解けた後は何時もこうだ。
でも、今は倒れるわけにはいかない。
祐一はよろよろと校門から出ていく。
 
学校中の生徒の非難を受けて・・・相沢君は何処へかと去っていった・・・。
 
祐一は・・・。
彼女は思う。
かつて夜の校舎で共に戦ってくれた一人の少年のことを。
だが、その少年の戦いには彼女は何の役にも立てなかった。そう彼女は思っていた・・・。
彼を慰めることも出来ず、ただ、黙って彼を見ていることしか出来なかった。
 
白虎が右手を振り上げる。
鋭い爪が再び伸ばされる。
その恐ろしさに美汐が目を閉じた時、疾風の如く影が美汐と白虎の間に割って入り、今にも振り下ろそうとしていた白虎の右手を手にしていた剣で跳ね上げていた。
「大丈夫?」
その声に美汐が目を開けると・・・そこでは剣を持った舞が白虎と対峙していた。
「川澄先輩?」
舞は別れたときと同じ服装に剣を持っている。その姿が妙なくらいはまっているように美汐には思えた。
「ここは任せて」
いつもと変わらない短い発言だが、今はかなり緊張感が感じられた。
「・・・ほう、人間の戦士か・・・面白い、その細腕でこの俺に敵うとでも思ったか!」
何故か嬉しそうに言う白虎。
一方対峙している舞は油断無く剣を構えつつ、相手の隙を伺っていた。
その額から頬に掛けて汗が流れ落ちる。
(こいつ・・・想像以上に強い・・・)
今まで夜の学校で見えない魔物と戦っていたが、それでもこれほどの恐怖を感じたことはなかった。
(恐怖・・・私が・・怖がっている?)
不意に自分の中に沸き上がった感情にとまどう舞。
その心の動揺が彼女の持つ剣に現れた。剣先が震えだしたのだ。
「ふっふっふ・・怖いか?怖いだろうな。何せこの俺は・・・お前ら人間などとは比べものにならない力を持っているからな」
白虎が震えだした剣を見てそう言った。
「力と言えばあの連中も俺には劣るもののかなり強い力を持っていたのにな。それを戦いに使う術をしらん為、俺に滅ぼされたのだ」
「あの連中・・・!!」
舞はその時になって気付いた。
この白虎という怪物こそ、ものみの丘の妖狐を惨殺した張本人であることに。
「・・・貴様!!」
舞に心に怒りの灯がともった。
それは今まで彼女が感じていた恐怖を吹き飛ばす程に一気に燃え上がり、震えていた剣先がぴたりと止まる。
「お前だけは許さない!!」
そう言って舞が剣を振り上げる。
「やる気になったようだな!それでこそ、戦士だ!!」
舞の鋭い一撃をかわした白虎がことさら嬉しそうに言う。
怒りにまかせて縦横無尽に振り回される舞の剣。だが、その全てを悠然とかわし続ける白虎。
いつもの冷静な舞の姿はもう無かった。
怒りに駆られ、剣を振り回すが一向に当たらず、だんだん焦りを募らせていく。
「このっ!!!」
思い切り、剣を上段から振り下ろす。
すっと後ろに下がってその一撃をかわす白虎。
勢いよく振り下ろされた剣が地面を叩き、その衝撃が舞の剣を握る手を痺れさせる。それでも剣を放さなかったのは流石、と言うところだろう。
「くっ・・・」
だが、そこに舞にとって致命的な隙が出来てしまった。
それを逃す白虎ではない。
猛然と舞に飛びかかる白虎。
その鋭い爪が彼女を襲う。
舞は必死に身をよじってその一撃をかわすことしかできなかった。しかし、かわしきれず、左腕を少し切り裂かれてしまう。
「ううっ・・・」
痛みに顔をしかめ、片膝をつく舞。
その左腕からは血が流れ落ちる。
「今度で最後だな」
白虎がそう言って後方を見やった。
そこにはまだ美汐と真琴がいる。
舞もそのことに気がつくと、何とか立ち上がり剣を構えようとする。だが左腕が痛み、剣を構えることが出来なかった。
それを見て白虎は口の端を歪めて笑った。
「お前は良く戦ったよ、人間の戦士。だが所詮人間では我々には敵わないのだ」
そう言って右手を振り上げる。
「川澄先輩ッ!!」
美汐が叫び声をあげる。
真琴が息をのむ。
誰もがもうダメだと観念したとき・・・彼はやってきた。
灰色のボディアーマー、左右の手には灰色のナックルガードと手甲、その手首には赤く輝く宝石がはめ込まれている。膝には灰色のサポーター、足にも灰色の足甲が備わり、頭は金に輝く角、赤い目、牙の異様の口を持った仮面。
戦士・カノンである。
カノンは白虎に肩から体当たりすると、舞の前に立った。
突然現れたカノンにぎょっとなる三人。
「お前は・・・」
舞が声を掛けようとすると、体当たりを喰らって倒れていた白虎が起きあがり、カノンを睨みつけた。
「出てきたな、カノン!!この俺がお前を殺す!!」
そう吠えると、一気にカノンに飛びかかる白虎。
正面から白虎を受け止め、地面を転がってその勢いを受け流すカノン。
そのまま立ち上がり、白虎はカノンを持ち上げると投げ飛ばした。
宙を舞うカノンだが空中で一回転し街灯の柱を蹴って白虎に飛びかかり、パンチを食らわせる。
そのパンチが綺麗に白虎の顎に直撃、よろける白虎。
着地したカノンは白虎の方を振り返るとさっと身構えた。
必殺のキックの体勢である。
白虎に向けて走り出すカノン。間合いを計った上でジャンプ。空中で一回転した後右足を前に突き出す。
それを見た白虎は同じようにジャンプしてカノンを迎撃した。カノンと同じように空中で一回転した後、右手を前に突き出す。
カノンの右足が白虎の胸に直撃するのと全く同時に白虎の右手がカノンの胸を直撃する。
両者は同時に地面に倒れた。
「くう・・・流石だ・・・」
白虎はそう言いながら、ゆっくりと立ち上がった。だがその足下はふらふらである。
カノンはピクリともしないで倒れている。
「これで・・・終わったと思うな、カノン」
それだけ言うと白虎はその場から歩み去った。
これ以上の戦闘は不可能だと判断したのかも知れない。
一方倒れていたカノンのそばに駆け寄った舞は思わぬものを見ることになる。
そこに倒れていたのは・・・舞の家で寝ているはずの祐一だったのだ。
 
本当に強いのは・・・きっと祐一の方・・・。
彼女はそう思う。
どんなことになろうと決してあきらめない・・・その強さが彼にはあった。
 
「そうはさせない」
そんな声がして、舞が真琴と白虎の間に躍り出た。
手にはいつもの西洋刀。
「お前にそんなことをする権利はない」
舞の声はいつもと同じく静かだが怒りがこもっている。
「この俺に敵わないことは昨日よくわかったんじゃないのか?」
白虎がそう言うが舞はひるまない。
「言ったはず。お前だけは許さない」
そう言って斬りかかる舞。
だが白虎はそれを右手で受け止めてしまう。そして、舞の手から剣を奪い取ると、その剣を投げ捨てた。
「戦士としての心意気はいいんだがな、相手じゃないんだよ」
白虎が舞を殴り飛ばす。
吹っ飛ばされ、地面を転がる舞。
すぐさま起きあがろうとする舞を祐一が手で制した。
「お前じゃ無理だよ・・・」
静かにそう言うと、祐一は真琴を振り返った。
「真琴、昔のお前はどうあれ今のお前はちゃんとした人間だ!俺や、秋子さんや名雪の、大切な家族だ!だから・・・自分を見失うな!」
そう言ってから白虎を見据える。
「白虎・・お前だけは許さない。真琴や舞、天野を傷つけ、そして何の罪もないこの丘の妖狐達を殺したお前だけは!!」
そう言った祐一の目から涙があふれ出していた。
それは妖狐達を悲しむ涙だったのか、それとも怒りの涙だったのか。
「変身!!!」
右手で十字を切り、その手を腰に据えた左手の上に添える。そして、両手を広げると、腰の部分にベルトが浮き上がり、その中央部分が放射状に光を放った。
三人の見ている前で、祐一の姿が戦士・カノンへと変化する。
「今度こそ決着をつけてやる!」
昨夜商店街では互いに大きなダメージを受け、戦闘継続が不可能となった。
しかし、今度は違う。
白虎は自分が勝つ自信があった。
カノンはそれに答えず、油断無く身構え、一定の距離を保っている。
先に動いたのは白虎だった。
猛然と頭からカノンへと突っ込んで来る。
それを横にかわし、左足で白虎の背をけりつけるカノン。
のけぞり、よろける白虎だが、すぐに振り返り、カノンめがけて右腕を振り下ろす。
左腕で受け止め、更に接近して間合いを詰め、カノンは膝蹴りをその腹に叩き込む。追い打ちを掛けるように身体をくの字に曲げた白虎の首筋に今度は肘を落とす。
またもよろける白虎だが、いきなり地面に手をつくと、その反動を利用して宙に飛び上がった。空中で一回転し、上からカノンに襲いかかる。
鋭い爪がカノンめがけて振り下ろされるが、何とかそれをかわし、カノンは白虎と間合いを取るべく少し飛び退いた。
しかし、白虎はそこを逃さずタックルをカノンに喰らわせてきた。そのまま地面に押し倒し、カノンの肩口に噛みつく。
爪に負けず鋭い牙がカノンの左肩のアーマーを貫き、その身体を傷つけていく。
「ぐああっ・・・」
悲痛な声を上げるカノン。
噛まれた部分から血が噴き出す。
顔面をカノンの血で濡らしながらも白虎はまだ離さない。
そこへ、日本刀を持った舞が斬りつけてきた。
刃のほとんどつぶれた西洋刀とは違い、この日本刀の刃は健在である。その鋭い切っ先が白虎の無防備な背中に突き刺さった。
「ぎゃああっ!!!」
今度は白虎が悲鳴を上げる番だった。
思わずカノンの肩から口を離し、のけぞる白虎。
日本刀の刺さった傷口からは血がどくどくと流れ出している。
「今だっ!」
すかさずカノンが両足をそろえて白虎の腹を蹴った。
吹っ飛ばされ、地面に倒れる白虎。
起きあがったカノンは舞を見て右手の親指を立てて見せた。そして、起きあがってくる白虎を見据える。
「よくも!よくもやってくれたな!!もう手加減はしない!皆殺しにしてやる!!」
白虎はそう言うと、両手を地面についた。
それが本来の姿であるように、また白虎の姿が変化する。四つ足の獣の姿に。
ダッと地面を蹴る白虎。
そのスピードは先程とは比べものにならなかった。
あっという間にカノンのそばまで来、前足でカノンを殴り飛ばす。
倒れたカノンの上にのしかかり、大きな口を開いて牙をカノンの首へと突き立てようとするが、カノンは両手でその上顎と下顎を掴んで必死にくい止める。
「・・何てパワーだ!さっきとは全然違う!!」
カノンは必死に白虎を押しとどめようとするが着々とその牙はカノンへと迫ってきていた。
「祐一ッ!!」
舞がそう叫びながら日本刀を振り上げて白虎に向かってくる。
それに気付いた白虎はカノンから放れると、今度は舞に向かって飛びかかった。
舞が日本刀を振り下ろす。
だが白虎は牙でその一撃を受け止めてしまった。
そのまま、日本刀をかみ砕き、舞を前足で突き飛ばす。勿論鋭い爪は伸ばされたままだ。
突き飛ばされた舞の制服の右肩部分が破れ、そこから血が流れ出していた。更に彼女の左手の袖の下からも血が流れ落ちている。おそらく昨夜受けた傷が開いたのであろう。
倒れた舞を見て、白虎がニヤリと笑った。
「まずは・・・」
「たぁぁぁぁっ!!」
カノンが白虎に飛びかかる。
背中に馬乗りになり、首を両腕で締め上げる。
だが白虎は身体全体を大きく振ってカノンを引き剥がした。
「小賢しいぞ、カノン!!」
そう言ってカノンの足をくわえて投げ飛ばす。
宙を舞い、地面に叩きつけられるカノン。
白虎はカノンが倒れたことを確認すると、真琴と美汐の方を見た。
「まずは・・お前らからだ」
そう言って白虎が一歩一歩二人に迫っていく。
それを見た舞は周囲を見回し、自分の剣を探した。
日本刀は折られて使い物にはならない。西洋刀は投げ捨てられて何処にあるのかわからない。武器もなしに白虎に勝てるとは思えない。
「く・・・」
悔しそうに唇を噛む舞。
美汐は自分たちに迫ってくる白虎を見て、それから真琴を見た。
「な、何?」
その視線に気がついたのか真琴が訝しげな顔をする。
「真琴、御免なさい。あなたのこと、本当は知っていたんです。でも、それは話すべきではないと思っていました」
美汐はそう言って真琴の目をじっと見つめた。
「やっぱり・・・真琴は・・・人間じゃなかったの?」
「いいえ、違います。元は確かに人間じゃなかったかもしれません。でも今のあなたはちゃんとした人間で、相沢さんや水瀬さんの家族の一員です。そして・・・」
美汐はそこで言葉を切った。
「・・・昔、私はあなたの仲間と出会いました。その子は・・・力を使い果たして死んでしまいましたが真琴はそれを乗り越えて、本当の人間になったんです。だから、安心して」
すっと手を伸ばし、美汐は真琴を抱きしめた。
「あの子は助けてあげられなかったけど、真琴は助けてあげられます。これが・・・私なりの・・・償いです」
美汐はそう言うと、真琴を突き飛ばし、白虎の方へと走り出した。
「美汐ッ!!」
突き飛ばされ、地面にしりもちをつきながら真琴が叫ぶ。
彼女には直感的に分かっていた。
美汐が自分を逃がすために死ぬつもりだと言うことが。
「だめぇっ!!!!」
真琴が叫ぶ。
次の瞬間、ざわっとものみの丘全体が揺れた。
彼女の叫びに答えるかのように。彼女の思いに答えるかのように。
白虎の身体に、足下に生えていた雑草が巻き付いていく。風は彼にとって逆風になり、動きを鈍らせる。
「な、何だ?何が起きた!?」
慌てる白虎。
舞は左手で肩の傷を押さえながら周りを呆然と見回している。
「これは・・・あの子たちの思い・・・?」
美汐も呆然と立ちつくしている。
「真琴の声に・・答えたんですか・・・?」
真琴も呆然と風の中に立ちつくしている。
「みんな・・・真琴に答えてくれたの・・・?」
それは奇跡だったのか、それとも成仏できなかった妖狐達の怨念だったのか。
とにかく白虎は動けなくなっていた。
「うおおおっ!!!」
動けない白虎の前にカノンが現れ、思い切り振りかぶったパンチをその顔面に叩き込んだ。
二度、三度、何度もパンチを叩き込むカノン。
その姿に妖狐達の姿が重なる。
まさに怒りの化身。
「うおおおりゃぁぁっ!!」
最後に強烈なアッパーカット。
身体に巻き付いた草ごと、宙に舞いあげられる白虎。
地面に倒れた白虎の顔はカノンのパンチでボロボロになっており、鋭い牙も何本か折られていた。
「ぐあああ・・・」
よろけながらも何とか立ち上がる白虎。
カノンの姿は先程の連続パンチの時に白虎が流した血で赤く染まっていた。
「よくも・・やってくれたな・・・まだ、これで終わりではないぞ、カノン!」
白虎はそう言うと、走り出した。
昨夜カノンのキックと相打ちになったパンチを放とうとしているらしい。
あのパンチはかなりの威力を持っている。今の状態でもカノンと相打ちぐらいにはなるだろう。
カノンは油断無く身構えた。
こっちも必殺のキックの体勢である。
「祐一ッ!!」
舞が横から叫んだ。
彼女の手から何かが宙に投げられる。
それは先程白虎によって噛み砕かれた日本刀の切っ先部分の破片。
「とおっ!!」
カノンがジャンプする。そして、その破片にキックを食らわせた。
破片が一直線に白虎に向かう。
「何ッ!?」
白虎は既にジャンプしていたのでその破片をかわすことは出来なかった。
破片が白虎の額に突き刺さる。
「ぐわぁぁぁっ!!!」
叫び声をあげながら地面に倒れる白虎に向かってカノンは走り出した。
間合いを計った上でジャンプ。空中で一回転した後に右足を前に突き出す。その足が光に包まれ・・・白虎の額、日本刀の破片が刺さった部分に命中する!!更に、左足で白虎の胸板を蹴り、とどめとばかりに顎を右足で蹴り上げ、カノンは空中で一回転した後、着地した。
必殺の三段蹴り。
カノンの怒りが込められたその三段蹴りを喰らった白虎は二、三歩よろめくとそのまま大の字になって倒れた。
「ま、まさか・・これほどの力が・・・」
白虎の最後の言葉。
次の瞬間、白虎の身体が大爆発を起こした。
 
あの怪物にも祐一は敢然と立ち向かっていった。
本当に強いのは祐一・・・。
私は強くない・・・まだ・・・もっと・・・強くならないと・・・。
 
あの人は・・・優しい人です。
彼女はそう思い、空を見上げる。
とても死んだとは思えない。
今もこうしていると、笑顔を浮かべながらからかいに来るのではないか、そう思えてしまう。
でも・・あの時見たあの人の表情は今までに見たことのないものでした・・・。
 
祐一は呆然と立ちつくしていた。
左肩からは血がだらだらと流れ落ち、それを右手で押さえている。
全身には白虎の返り血がつき、服のあちこちを染めている。
「祐一?」
舞が駆け寄ろうとするが、その気配を察した祐一は左手でそれを制した。
「来るな!」
その激しい口調に、舞の足が止まる。
美汐と真琴も祐一の方を見た。
「俺は・・・俺だって奴らと一緒だ。あいつらと同じ・・血に飢えた怪物でしかない・・・・」
俯いたまま言う祐一。
「怒りにまかせて・・・あいつを殴っていたとき、俺の意識は真っ白だった。何も考えられない・・・ただ、目の前のあいつを倒すことしか考えていなかった。これじゃ・・・奴らと何も変わらない」
祐一はそう言うと天を見上げた。
既に肩から流れていた血は止まっている。その代わり、いつもと同じく強烈な疲労感、脱力感が彼を襲い始める。
「違います!」
不意に大きい声がした。
振り返ると、美汐が彼を睨みつけている。
「相沢さんは奴らとは違います!奴らは血も涙もない怪物です!でも相沢さんは・・・例え、奴らと同じ力を持っているのだとしても・・・それでも・・・あなたはあの子たちのために泣いてくれました」
そう言った美汐の目から涙がこぼれ落ちる。
そして、それを見た祐一の目からも涙がこぼれた。
その場にがっくりと膝をつき、天を見上げたまま、祐一は涙を流し続ける。
それは・・・果たして何の涙だったのだろうか?
 
あの人があの時流した涙は・・・一体何の涙だったのでしょうか・・・?
 
私の甥っ子は優しい子です。
私の姉の子供ですから。
少し意地悪なところもありますが、それでも本当は心優しい子です。
その彼が・・・あれだけの決意を背に浮かべて行ったんです。
私には見送ることしか出来ませんでした。
 
「・・・」
秋子は無言で立ち上がる。
そして、玄関に向かい、すぐに外に出て、先に外に出た人物に声を掛けた。
「あなたに会いたい人が居るわよ」
「会えません」
「・・・何処にいくの?」
「わかりません。でもここにいるときっと秋子さんに迷惑を掛けます」
その人物はそう言うと歩き出した。
秋子もあえて止めようとはしない。
「これだけは憶えておいてください。祐一さん、あなたが帰る場所は、ここですから」
それだけ言って秋子は玄関に戻っていく。
歩き出した人物、祐一はその場に足を止め、ぐっと拳を握りしめた。
「ありがとう・・・ございます、秋子さん」
その声に、涙が混じっていたのは気のせいだろうか。
祐一は再び歩き出す。
一方、秋子は玄関先でドアにもたれて上を見上げていた。
そうしないと、涙がこぼれそうだったからだ。
彼女は祐一の背中に何かの決意を見出していた。そして、それは誰が何と言っても決して止められないと言うことも。
だから、送り出す以外何も出来なかった。
 
でも・・あの子は・・・それきり帰ってくることはありませんでした・・・。
 
彼が・・再び私の前に現れたのは全くの偶然だった・・・。
激しい戦いの続く中、彼は私に色々と話してくれた。
でも・・・彼の身体はその時、確実に・・・。
そして・・・・。
 
突然の乱入者によって学校中がまたしても騒然となっていた。
「何だ、一体何の騒ぎだ!?」
自分の教室から廊下に飛び出す生徒会長・久瀬。
何時か、祐一がいなければ怪物は襲ってこない、と言い張った人物である。
だが、彼が見た光景は・・・自分たちとそう変わらない背格好の少年が、手も触れないで次々と生徒達を投げ飛ばし、折角取り替えたばかりの窓ガラスを次々と割っていく・・・そう言う光景だった。
その少年は何故か嬉しそうな笑顔を浮かべて、自分の方へと迫ってきている。
久瀬は青い顔になって迫り来る少年を見ていることしかできなかった。逃げだそうにも恐怖に足がすくんで動けなかった。
「な、何だ、お前はっ!?」
そう言えたのはやはり生徒会長としての責任だからだろうか?
少年は答えず、すっと右手を彼の方に向ける。
次の瞬間、久瀬の身体は宙を舞っていた。天井に叩きつけられ、リノリウムの廊下にも叩きつけられる。
何が起きたか、久瀬にはわからなかっただろう。
それ程一瞬の出来事だったのだ。
「な・・何が・・・」
何とか顔を上げて正面に立つ少年を見上げる。
「フフフ・・・気分はどうだい?」
少年がわざわざ久瀬の前にしゃがみ込んで聞く。
「ど、どうして・・・」
久瀬は譫言のように言う。
「どうしてだ?あいつはもういないのに!?」
「あいつ・・・君の言うあいつというのが誰かわかるような気がする。カノンのことだね?」
少年は笑顔のままそう言う。
「カノンがいなければ何もないと思うのは間違いだよ。カノンは守る者。我々は狩る者。君たちは狩られる者。ただそれだけだよ」
「ど、どういう意味だ・・・?」
「我々は狩りの場所を決める。そこにカノンがいようといまいと関係ない。カノンは我々を関知し、我々の狩りから狩られる者、君たち人間を守る。ゲームのルールはそれだけだ」
少年はそう言うと立ち上がった。
「遙か古代から続く・・・それだけが我々のゲームのルール」
微笑みからニヤリとしたイヤな笑みを浮かべる少年。
「カノンは・・・まだ来ないのかな?」
そう言って窓の外を見る。
そして、まるで何かが来たことを察知したかのようにニヤリと笑う。
「運が良かったね」
一言そう言って少年が窓ガラスに手を添える。すると、窓ガラスが一瞬にして外側に向かって割れる。
「さぁ・・・ゲームの第二段階の開始だよ・・・」
少年がすっと外へと飛び出した。
その身体は重力に逆らって飛び出した位置にとどまっている。
少年の視線が校庭へと逃げ出している生徒達に注がれる。
その中には一番始めに彼が襲った教室の生徒達もいた。
勿論、北川や香里もその中にいる。
「ほら、早く!!」
香里が北川を急かすが、北川は少年に投げ飛ばされたときに身体のあちこちをかなり強く打ちつけていたので未だその痛みが取れていない状態だった。
「これでも急いでいるんだけどなぁ・・イテテ」
顔をしかめながらよろよろと歩く北川。
その時、上空からゆっくりと少年が降り立ってきた。
それを見た生徒達が一瞬足を止め、言葉を失う。
「ゲームはまだ終わりじゃない。狩りの獲物を逃がすようなことはしないよ」
少年が酷薄な笑みを浮かべる。
そして、少年は足下に落ちているガラスの破片に目をやった。
「大勢を相手にするならこれがいい」
少年がそう言った瞬間、そのガラス片が宙に浮き上がる。
「まずは一回目」
ガラス片が周囲にいる生徒達めがけて飛んでいく。まるでそこから放たれた矢のように。
「きゃああっ!!」
「うわぁぁっ!!」
次々と上がる悲鳴。
ガラス片が何人もの生徒に突き刺さり、切りつけていったのだ。
香里と北川はかろうじて、その一撃目の被害にあっていなかった。だが、少年の周りにはまだガラス片が浮いており、それが今にも他の生徒を襲おうと隙を伺っているようだった。
「これじゃ逃げられそうにもないわね」
香里がそう言って北川を見た。
「美坂は俺が守る!」
そう言って北川が香里の前に出る。
「その身体で何が出来るって言うのよ・・・気持ちは嬉しいけど」
香里は何とか笑みを浮かべた。
「せめて、その顔ぐらいはかばってやるよ」
「嬉しい事言ってくれるわ、ホント」
二人がそんなことを言っている間に少年は再びガラス片を飛ばしていた。
それは香里達二人も完全に狙いに捉えていた。
「きゃああああっ!!」
香里が悲鳴を上げる。
北川が目を閉じる。
だが・・・いつまで経ってもガラス片の刺さる、もしくは切りつける痛みは二人を襲わなかった。
二人がゆっくりと目を開けると・・・そこに、一人の少年が二人をかばうように立っていた。
大きく両手を広げ、二人をかばうように背中を向こう側に向けたその少年は・・・背中のあちこちにガラス片を突き刺されながらも、背中から血を流しながらも二人が無事なことを見て、にこっと笑って見せた。
「よっ・・・待たせたな」
「あ、相沢・・・」
北川が自分たちをかばった少年を見て呻くように言った。
「どうして・・ここに?」
「あいつが最後に一匹だからだ。それに・・・あいつがこの場所を選んだんだ・・・」
そう言って祐一は少年の方を向いた。
「随分待たせたようだな。退屈しのぎにしちゃ、ちょっとやりすぎだと思うぜ」
「それがゲームだ・・・君は彼らを守り、我々は彼らを狩る。君がいなかった間は狩りは自由にやらせて貰ったよ」
少年が笑みを浮かべたまま言い返す。
「何がゲームだ・・・そっちの勝手なゲームに付き合う義理はこっちにはないんだぜ」
祐一は痛みに顔をしかめながら言う。
背中に刺さったガラス片の数はかなりのものである。
香里も北川も、その背を見ながら何も言うことが出来なかった。
「今度はこっちのゲームに付き合って貰おうか・・・お前を倒すってゲームになっ!!!」
そう言った祐一が変身ポーズをとろうとする。
だが、背中の激痛に、その場に膝をついてしまう。
「くう・・・」
歯を噛み締め、激痛に耐える祐一。
「相沢ッ・・・お前・・・」
北川が彼に駆け寄る。
「何で・・・何でそんなになってまで戦うんだよ!?」
「守りたいものを守ることの出来る強さ・・・誰かのために何かが出来る力・・・今の俺が出来ることをするだけのことだ」
言いながら立ち上がる祐一。
「それが・・俺の・・・信念だっ!!」
祐一が右手を高く掲げる。
「変身ッ!!!」
掲げた右手を真下に下ろし、更に左から右へと動かし、十字を描く。そして、その手を、左の腰に構えている左拳の上に添える。
続いて、両手を左右に広げると、腰の部分にベルトが浮き上がり、その中央部分が光を放射状に放った。
その光の中、祐一の姿は戦士・カノンのものへと変わっていく。
「戦士、カノン・・・さぁ・・・楽しませて貰うよ・・・」
そう言った少年の姿が変化していく。
それは・・・ワニを思わせるような爬虫類の顔・・・イヤ、更に凶悪そうである。言うならば龍を思わせるような顔つき。
少年だった身体も変化を始めていた。
全身の筋肉が盛り上がり、表面に青く輝く鱗のようなものが現れる。身体には鱗と同じく青く輝くボディアーマー。
太い手の指先には鋭い爪が生え、それが青い輝きを放っている。
「ゲームスタートだ」
カノンが走り出す。
少年が変身した怪人・青龍もカノンに向かって走りだした。
「うおおおおおっ!!」
カノンが雄叫びをあげて右の拳を振り上げる。
青龍も同じように拳を振り上げた。
お互いに身構え、走り出す。それぞれ右手を振り上げて、渾身の力を込めたパンチを繰り出すと、そのパンチはほぼ同時に互いの胸に命中した。
だが、倒れたのは青龍の方であった。
どうやらカノンの方がパワーは上のようだ。
二、三歩よろめいたカノンだが、すぐに体勢を整えると倒れた青龍にキックを浴びせようとする。
慌てて後ろへと転がり、そのキックをかわした青龍はその勢いを利用して立ち上がると中国拳法のような構えをとった。そして、カノンに向かって飛びかかっていく。
左右の手を振り上げ、カノンに襲いかかるが、カノンは両手で青龍の手を受け止め、がら空きになった胴に膝を叩き込む。
更に首筋に肘を落とし、青龍の首を手で抱えると、後ろへと投げ飛ばした。
地面に叩きつけられ、転がる青龍。
それを見て、カノンは何かおかしいと思っていた。
(最後の一体がこんなに弱いはずはない・・だが・・・早いうちに決着をつけるに越したことはないっ!!)
さっと身構え、カノンは必殺のキックを放つ体勢に入った。
このキックは二度三度と出来る技ではない。全身のエネルギーを足先に集中させるため、その後の戦闘にかなりの影響をもたらす諸刃の剣なのだ。
「決めるしかないっ!!」
カノンが走り出す。
走り出したカノンを見た青龍はさっと左右に目を走らせ、近くに張ってあった黄色と黒のロープ、通称タイガーロープを見つけるとそれに向かって手を伸ばした。
すると・・・タイガーロープが独りでに浮き上がり、青龍の手に収まった。
それを持った青龍がニヤリと口を歪めて笑う。
青龍の手の中でタイガーロープが一瞬ぼやけ、次の瞬間にはそれが青い鞭と化する。
その間にもカノンは間合いを詰めており、今ジャンプしたところであった。
空中で一回転するカノンめがけて、青龍が青い鞭を放つ。
その鞭はカノンの首に巻き付き、カノンを地面へと叩きつけた。
「く・・・一体何だ?」
必殺のキックを邪魔され、なんとか片膝をついて身体を起こすカノン。
一体何が起きたのかよくわかっていないようだ。
その右手首に再び青龍が振るった鞭が巻き付く。
「何ッ・・・うわっ!!」
驚く間もなく、鞭が引っ張られて前のめりに倒れるカノン。
青龍が鞭を手繰り寄せたのだ。
倒れたカノンに向かってジャンプする青龍。その両足でカノンの背を踏みつけようと言うのだ。
素早く起きあがったカノンは横に転がり、青龍の足をかわす。そして、着地したばかりの青龍の背に横になったままキックを食らわせ、青龍をよろめかした上で、素早く立ち上がる。
立ち上がると同時に右手首に巻き付いた鞭を引き剥がすカノン。
そして、再び身構えると、青龍に向かって走りだした。
懐に入り込んでしまえばその鞭が使えない、と考えてのことである。
だが、青龍は鞭をその場に捨てると、ジャンプしてカノンを飛び越えた。そして、そのままカノンに背を向けて走り出す。
「・・・逃げる気かっ!!」
すかさず反転して青龍を追うカノン。
青龍は校舎の補修用の資材が置いてある場所まで来ると、立ち止まった。振り返り、カノンが来るのを待ち受ける。
「へっ・・・ようやく追いかけっこはお終いか?」
カノンがそう言って身構える。
「・・・無敵の鎧の玄武、赤き空の女王・朱雀、血に飢えし野獣・白虎・・・我が同胞を倒したその力・・・見極めさせて貰う!!」
青龍の口から・・・変身前とは違う、太い声が吐き出される。
「大いなる魔・青龍の力を見よ!!」
そう言った青龍は後ろの資材の中から適当な長さの棒を手に取った。
それを両手で握り締まると、その棒の姿がぼやけ、一瞬の後に青いロッドへと変化する。
「これが我が能力・・・手にしたものを武器へと変える・・・さぁ、覚悟しろ、カノン!!」
ロッドを振り回しながら青龍がカノンへと迫る。
回転するロッドはものすごい早さで、風すら巻き起こしている。
(・・・こいつ・・・接近戦の弱さをカバーする為に武器を持つことが出来るのか・・・)
カノンはじりじりと後退しながら相手の隙を伺う。
青龍がロッドの回転を止め、両手でしっかりと握り、カノンに襲いかかった。
突き出されるロッドを間一髪かわすカノンだが、すかさずジャンプしてきた青龍はロッドの反対側でカノンの方を打ち据える。更に、また逆の端でカノンを叩き上げる。
大きくのけぞったカノンの腹にロッドを突き込み、そのまま、持ち上げて投げ飛ばしてしまう。
地面に叩きつけられたカノンは再び振り下ろされようとしていたロッドを横に転がることでかわしたが、青龍はそんなカノンを追うように何度もロッドを振り下ろす。
何度も転がりながらカノンは必死でロッドをかわしていたが、そのうちに壁際まで追いつめられてしまったていた。
青龍のロッドが振り下ろされる。
意を決したカノンは両手を交差させてロッドを受け止めると、その状態からなんとか立ち上がった。
そして、青龍の腹のキックを食らわせると、後方の壁に向かってジャンプする。
よろめいている青龍に壁を蹴って勢いをつけたカノンのパンチが炸裂した。
吹っ飛ばされる青龍。
その手からロッドがこぼれ、元の棒へと戻ってしまう。
それを見たカノンが青龍へと飛びかかる。
よろよろと立ち上がろうとしていた青龍に体当たりし、そのままもつれ合ったまま倒れるがお互いに相手を組み伏せようとごろごろと転がった。
だが、互いに決め手が無く、両者は離れると素早く立ち上がった。
お互いに肩を上下させ、荒い息をしている。
睨み合ったまま、どちらともなく右方向へと走りだした。
ある一点でまるで申し合わせたようにジャンプ、空中で交差するカノンと青龍。その一瞬にも互いにパンチやチョップを繰り出している。
着地すると同時に振り返り、再び睨み合う。そして、両方ともその場に片膝をついてしまった。ダメージは互角のようだ。
(ハァハァハァ・・・このままじゃ駄目だ・・・)
青龍を睨みながらカノンは考える。
彼の身体に変調が訪れ始めていた。
やけに呼吸が上がり、心臓の鼓動も早くなってきている。気を張っていないと今にも身体中の力が抜け落ちそうだった。
(早く・・・ケリをつけないと・・・)
一方青龍はカノンを睨みつつも、周りに注意を向けていた。
格闘能力ではカノンに劣る青龍が今同等の力を発揮できるのはカノンがかなり弱ってきている証拠だった。
だが、青龍は油断しない。
同胞である玄武・朱雀・白虎を倒した油断ならない相手だからだ。
その視線が、カノンの向こう側にある資材置き場を捉えた。
ニヤリと笑う青龍。
すっと右腕を伸ばす青龍。
カノンは何事か、と身構えるが彼自身には何も起きない。
何かが起きているのは後方の資材置き場だった。
鉄パイプが一本宙に浮かんでいる。そして、それはカノンめがけて一気に後方から襲いかかった!
「相沢、危ない!!!」
不意に聞こえる声。
それに従うようにその場でジャンプするカノン。
その真下を鉄パイプがくぐり抜けていく。
着地したカノンが声のした方を見ると、そこには北川潤がニヤリと笑って立っていた。
カノンの視線に気がつくと、右手の親指を立ててみせる。
頷き、カノンも右手の親指を立てて見せた。
青龍は飛んできた鉄パイプをキャッチするとカノンを見た。
「そろそろ決着をつけよう・・・これで終わりにしてやる」
そう言った瞬間、青龍の手の中で鉄パイプが長剣へと姿を変えた。
カノンは青龍の持つ剣を見ると、すかさず自分も後ろに下がって、鉄パイプを手に取った。
武器には武器、そう考えてのことだ。
「うおおおっ!!」
雄叫びをあげながら青龍に突っ込んでいくカノン。
がむしゃらに鉄パイプを振り下ろすが、それをあっさり剣で受け止めてしまう青龍。
そして、左手をすっと前に出すと・・・触れてもいないのにカノンの身体が吹っ飛んでいく。
資材置き場に突っ込んでしまうカノン。
それを見て、青龍がゆっくりと近寄っていく。
その手に握られた剣が禍々しい光を受けて反射している。
「相沢、立て!そんなところで倒れている場合じゃないだろっ!!」
北川が叫ぶ。
彼からは青龍と資材が邪魔でカノンの姿は見えなかった。
今、彼に出来ることと言えば・・・カノンを応援することだけである。
「相沢ッ!!」
青龍が剣を振り上げ、一気に振り下ろす。
だが・・・カノンは鉄パイプでその一撃を受け止めていた。
両足をそろえて、青龍の胸板を蹴りつけ、カノンは素早く起きあがる。
二、三歩よろけた青龍だったがすぐにカノンへと目を向けて、剣を構えた。
カノンも鉄パイプを両手に持ち、身構える。
何度めかの睨み合い。
北川は声もなくただ見守ることしかできない。
じりじりとお互いの距離が狭くなる。
「死ね、カノン」
青龍が剣を振り上げた。
「うおおおっ!!」
カノンが鉄パイプを振り上げる。
両者が同時に武器を振り下ろす!
だが・・・青龍の剣はカノンの持つ鉄パイプをあっさりと切断し、更にその剣先がカノンのボディアーマーを切り裂いていた。
がっくりと膝をついて、その場に倒れるカノン。
倒れた彼の身体の下から血が広がっていく。
「あ・・・あ・・・あい・・ざわ・・・?」
呆然とその様子を見やる北川。
青龍は倒れて動かなくなったカノンを見ると、その剣を逆手に構えた。
カノンにとどめを刺そうと言うつもりらしい。
「・・・や、やめろっ!!」
そう言って北川が走り出す。
彼は倒れているカノンのそばまで来ると、両手を広げて彼をかばうように青龍の前に立った。
「決着はついた!もう充分だろっ!!」
「・・・どけ」
冷徹に言い放つ青龍。
「どくものか!こいつは今まで必死に俺達を守ってくれたんだ!自分自身がどれだけ傷つこうと・・・誰も理解してくれなくても・・・俺は・・・こいつの親友だ!そう簡単にこいつをやらせるわけにはいかないんだよ!!」
北川はそう言って青龍を睨みつける。
だが青龍はひるまない。
「・・・どけ。人間風情が口を挟む問題ではない」
「どかねぇって言っただろ!それに・・・ここに倒れている奴も、人間だ!てめぇみたいな怪物じゃねぇんだ!」
青龍は北川を見、無表情に空いている左手をすっと持ち上げた。そして・・北川を張り飛ばす!
北川の身体はあっさりと吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「く・・・」
何とか起きあがり、口の端から流れる血を手の甲でぬぐい去り、再びカノンのそばに駆け寄ろうとするが、青龍は左手を彼に向けて気合いを放った。
それだけで吹っ飛ばされる北川。
しかし、彼はまた立ち上がる。だが、それまでだった。
彼の身体は彼自身の言うことを聞かず、その場に崩れ落ちてしまう。
「くそ・・・俺に・・俺にも力があったら・・・」
涙を流しながら北川が呟く。
「相沢君!立って!!」
「相沢、立てよ!!」
「相沢さん、立ってください!!」
不意に声が聞こえた。
北川が必死に顔を上げると・・・いつしか生徒達が倒れているカノンととどめを刺そうとする青龍を中心にして集まっていた。
そこには・・・彼のクラスメイトや、そうでないものさえいた。
「祐一、立って!」
「祐一さん、立ってください!!」
川澄舞や倉田佐祐理の姿もそこにはあった。
「相沢さん・・・負けないでください!!」
天野美汐の姿もある。
「相沢君!立ってぇっ!!」
美坂香里の一際大きい声が響く。
今、この場にいるものの気持ちが一つになっていた。
その思いを受けたのか・・・倒れているカノンの手がぴくっと反応を示す。
それが何度か続いた後、その手がゆっくりと握り込まれる。
一方青龍はとまどいを隠せなかった。
この場に集まった人の声に。
この場に集まった人の思いに。
「一体・・・何だ・・・これは・・・?」
二、三歩後ずさる青龍。
その足を、何かが掴んだ。
びくっとして足元を見ると、カノンがその足首を掴んでいる。
「何処へいく気だ?」
そう言ってカノンが一気に立ち上がった。
勿論、青龍はその場に倒されてしまう。
カノンの身体は胸の傷から流れる血で赤く染まっていた。だが、傷自体はもうふさがっている。
立ち上がったカノンを見て、歓声が上がった。
青龍は信じられないと言った様子でカノンを見上げていたが、すぐに気を取り直し、剣を構えて立ち上がった。
「今度こそ、殺す!」
そう言って剣を振り上げる青龍だが、カノンはその場に立ったままかわそうともしない。
一気に振り下ろされる剣。
それを両手で挟んで受け止めるカノン。
真剣白羽取りというものだ。
剣を挟んだ手を左へと持っていき、がら空きになった青龍の胴にキックを食らわせる。
思わず剣から手を離し、よろける青龍に剣を投げ捨てたカノンのパンチが襲いかかった。
一発、二発、三発、何度も叩き込まれるカノンのパンチ。そして、身体を沈ませて反転しながらのキック。
吹っ飛ばされ倒れる青龍。
それを見たカノンが身構えた。
必殺のキックの体勢である。
「うおおおおおっ!!」
雄叫びをあげながら走り出すカノン。
よろよろと起きあがろうとする青龍との間合いを充分計った上でジャンプ。空中で一回転した後右足を前へ突き出す。その足が光に包まれ・・・立ち上がったばかりの青龍の胸を直撃した!!
吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる青龍をバックに着地するカノン。
青龍はよろよろと立ち上がるとカノンに向かって指差した。
「これで最後だと思うな、カノン・・・ゲームは・・・まだ終わらない」
その言葉を継げると青龍は両手を広げて天を仰いだ。
次の瞬間、青龍の身体が大爆発を起こした。
その爆風が収まった後には・・・傷だらけでボロボロの相沢祐一が立ちつくしていた。
 
あいつがあれだけ傷つきながら戦っているのに俺にはどうすることも出来なかった。
相手が怪物だからか?
そうじゃない。
俺に勇気がなかっただけだ。
俺に勇気があるならもっとあいつをフォロー出来たはずだ。
だが・・・俺はあまりにも無力だった・・・。
 
保健室の喧噪は既に収まっていた。
主だった怪我人は病院へ運ばれたり、軽い怪我のものは休校となったので家に帰ったりしていたからだ。
今、この保健室にいるのは眠り続けている祐一とそれを見守る香里、顔に大きな湿布を貼った北川だけである。
「・・・これで・・終わったんだな」
北川が呟く。
「ええ・・相沢君が傷つくことはもう無いわ」
香里がそう答える。
「後は・・・名雪が目を覚ませば全部終わり。物語はハッピーエンドで終わるのよ」
「・・・全く、俺が体を張って時間を稼いだんだ。このお礼はしっかりさせて貰うぜ、相沢」
「あら、みんなを説得したのは私たちよ?」
香里の言う通りだった。
カノンと青龍の戦いの場に生徒達が駆けつけてきたのは香里や、舞、美汐、それに佐祐理が皆を説得した事によるもの大きい。
「多分・・これで貸し借り無しよ」
みんなの思いがカノンを再び立ち上がらせ、あの怪人を倒させたのだと言うことを、薄々香里は感じていた。
「全く酷い目にあったもんだぜ。始めの怪物といい・・・」
そう言って頭をかく北川。
確かに彼はかなり酷い目に遭っている。
と、その時、保健室のドアが開けられ、中に警官達が入ってきた。
振り返る二人の顔にさっと驚愕の色が広がる。
二人はその時まで完全に忘れていたのだ。
相沢祐一が、怪物事件の重要参考人として警察が捜していると言うことを。だが、この二人は同時に祐一が自らを犠牲にして怪人と戦い、自分たちを守ってくれていたことも知っている。
だから二人は、祐一をかばうように警官達との間に壁を作っていた。
「一体何の用ですか?」
北川がそう言って警官達を見る。
「ここに相沢祐一という少年がいるはずだ。出して貰おう」
居丈高にそう言って警官達をかき分けて一人の男が出てきた。
「私はここ最近の怪物発生事件の担当をしている橘というものだ。相沢祐一がいるなら素直に出したまえ」
橘と名乗った男はそう言って北川を押しのけようとしたが、北川はその手を振り払った。
「出せって・・・ものじゃないんだぜ、相沢は」
「それに・・一体相沢君に何の用があるんですか?」
香里がそう言って橘を睨みつける。
「君たちには関係のないことだ!さぁ、そこに寝ているのがそうなんだろう?早く起こして・・・」
「ふざけんじゃねぇぞ!相沢をあんたらに渡す理由などこれっぽっちもないんだからな、おれたちには!!」
北川が怒鳴った。
だが橘はひるまず、
「・・彼はここしばらくの怪物事件の重要参考人だ。彼が怪物達と何らかの関係があることは既にわかっている。かばいだてすると君たちも・・・」
「脅しですか?随分なんですね、警察も」
そう言って香里は軽蔑のまなざしを橘に向ける。
「その辺にしたまえ、美坂君に北川君」
また警官達をかき分けて一人の、今度は同じ学校の制服を着た少年が入ってきた。
生徒会長の久瀬である。
「久瀬だ・・・」
何かイヤなものでも見るように北川が呟く。
「彼があの怪物と同じ姿になって戦っていたと言うことは全校生徒が見ていることだ。それに怪物を倒したと言って安心は出来ない。いつ、彼があの怪物と同じように我々を襲うかわからないからな」
「そんなこと無いわ!相沢君はっ!!」
「何故そう言える!?」
香里の反論を叩き伏せる久瀬。
「・・・で、あんた達はどうしたいんだ?」
不意に香里達の後ろから声がしたが、久瀬は気がつかなかったようだ。
「彼はおそらく大学病院で調査されるだろう。危険とわかればその場で処分だろうな。そして・・・」
「解剖されて、標本、か?」
「そんなところだ」
「この野郎!仮にも同じ・・・」
久瀬の言うことに頭に来た北川が殴りかかろうとするのを、声を出していた人物、祐一が止める。
「相沢・・・お前・・・」
「いいさ、どうせこうなるんじゃないかって思っていたからな」
そう言った祐一が笑顔を見せる。
(それに・・・余り長くないだろうしな、俺の命も)
口には出さず、心の中で呟く。
「香里、北川。今までありがとうな。結構楽しかったぜ、短い間だったけど」
祐一はベッドから降りると警官達をじっと見た。
警官達がびくっと後ずさったのがわかる。
苦笑を浮かべ、祐一は両手を差し出した。
「拘束しておくか?」
「当たり前だ!!」
そう言って橘が手錠をはめる。
「よし、連れて行け!」
橘が偉そうに命令する。
「・・・ああ、そうだ。ちょっとだけいいか?」
祐一が振り返って言う。
「なぁ。秋子さんとか真琴、栞に舞、佐祐理さんとか天野によろしく言っておいてくれ。それと・・・名雪のこと、頼むな」
まるでどこかに遊びに行くかのように気軽に言う祐一。
「相沢君・・・・」
香里が目に涙を浮かべながら言う。
祐一は何も答えなかった。
「相沢・・俺はお前のこと、親友だと思っているぞ!お前は俺達を守ってくれた英雄だともな!」
北川が真剣な目をして言う。
それにも祐一は答えない。
橘は警官達を促して、祐一を連れて保健室を出ていった。
残されたのは香里と北川、そして久瀬。
「これで世の中、平和になる・・・」
久瀬がそう言ったとき、北川は思い切り拳を振り上げていた。
「てめぇ、あいつがどんな思いで戦っていたのかも知らないで!!」
だが、久瀬と北川の間に香里が割って入った。
「美坂、邪魔するな!」
「・・・北川君。やめなさいよ。こんな奴殴ってもあなたの拳が汚れるだけだわ」
そう言って香里は北川の肩に手を置いた。
「あなた・・・ご立派ね。でもね、忘れないでよ・・今私たちがこうして無事でいられるのは相沢君のお陰だって事・・・」
久瀬にそう言って香里は乱れたベッドのシーツを戻す。
「・・・死んじゃえばよかったのよ・・・あんたなんか・・・」
ぼそりと呟く香里。
その目からはとめどなく涙が流れ落ちていた。
「出ていけよ」
北川が久瀬を睨んで言う。
「出ていけって言ってんだろ!!でないと・・・俺がお前を殴り殺すぞ!!」
大声で怒鳴る北川。
その目には何も出来なかった悔しさの涙があふれている。
久瀬は・・・そんな二人に何も言わないで逃げるように保健室を出ていった。
 
何も出来なかった。
俺たちを命がけで守ってくれたあいつを・・・ただ連れて行かれるのを見ていることしか出来なかった。
もっと俺に力があれば・・・。
 
彼が連れて行かれた後・・・とんでもないことが起きていたことを私達は知らなかった。
知ったとしても何も出来なかったのには違いない。
でも・・・もう少し、早ければ、彼は・・・ああなることはなかったかもしれない・・。
 
「玄武・朱雀・白虎・青龍を倒したのは君?」
不意に少年が祐一の前に立っていた。
「なら・・・戦う権利を得たんだね」
そう言って嬉しそうに微笑む少年。
と、祐一の手に掛けられていた手錠ががちゃりと言う音を立てて、地面に落ちた。
「さぁ・・・始めよう?」
少年の姿が変化していく。
それは・・・何といっていいのだろうか。
ほ乳類のようであり、爬虫類のようであり、鳥類のようであり、両生類のようであり・・・その全てであるようであり。
「・・・麒麟」
不意に祐一の脳裏にそんな言葉が思い浮かんだ。
「四聖獣が東西南北を守護し、その中央に鎮座する獣・・・それが麒麟」
だが、今目の前にいるのは真っ黒の姿の怪物である。
言うならば・・・黒麒麟。
「・・・・やるしか・・無いようだな・・・」
そう言って身構える祐一。
今、周りに倒れている人たちを救えるのは自分しかいない。
それに今この怪物を見過ごせば今までやったことが全て無駄になる。
そんな気が彼にはしていた。
だから・・・覚悟を決める。
ここで命が尽きても悔いはない。
「・・変・・・」
その時、彼の視界に不意にダッフルコートを着た少女の姿が飛び込んできた。
「駄目!それ以上変身したら祐一君が死んじゃう!!」
しかし・・・祐一の手は動く。
右手が十字を切り。
左手を引き。
右手が左拳の上へと添えられる。
「・・・身!!」
目の前の少女の瞳に涙が浮かぶ。
「祐一君・・・」
祐一の身体が戦士・カノンのものへと変化する。
だが、それは祐一の身体にかなりの負担を強いていたようだ。
変身し、すぐに片膝をついてしまうカノン。
黒麒麟は右手を前に差し出した状態で一歩一歩カノンのそばへと歩み寄ってくる。
「さぁ・・・ファイナルゲームを始めるよ」
黒麒麟が子供のように無邪気な声で言った。
同時にカノンに襲いかかる見えない衝撃波。
為す術もなく吹っ飛ばされ、パトカーのフロントガラスに叩きつけられるカノン。
「くう・・・」
起きあがろうとするカノンの前にすっと黒麒麟が現れ、そのボディを踏みつける。
ガシャッ!!
カノンの背中でガラスの割れる音がする。
必死に黒麒麟の足を掴んで持ち上げようとするが手に力が入らず、ぐりぐりと押し込まれていく。
(駄目だ・・・力が入らない・・・)
先程までの青龍との戦闘の影響か、それとも彼自身の生命エネルギーが尽きかけているのか。
と、いきなり黒麒麟が足をあげた。
そして、すっと地面に着地する。
「四聖獣を倒せたのは偶然の賜物だったのかい?」
そう言って手も触れずにカノンを宙へと持ち上げる黒麒麟。
「本当の力を見せてくれないと面白くないよ」
カノンの身体が再び、今度は別のパトカーのボンネットに叩きつけられる。
そこから滑り落ちるように地面に倒れるカノン。
何とか地面に手をついて立ち上がろうとするカノンだが、そこに近寄ってきた黒麒麟が脇腹に蹴りを叩き込んできたため、またも吹っ飛ばされてしまう。
近くのパトカーのバンパーにぶつかり、動かなくなるカノンを見て、黒麒麟は少々面白くなさそうな顔をして見せた。もっとも外見からはわからないが。
「・・・弱い・・・この弱さで、どうして四聖獣は倒されたのか・・・」
言いながら一歩一歩カノンに近寄っていく黒麒麟。
黒麒麟が後一歩まで近付いた時、カノンが猛然と立ち上がり、右手のパンチを思い切り黒麒麟の顔面に叩き込んだ。
突然の反撃に思わずよろける黒麒麟。
それを見たカノンがまた右手を振りかぶり、思い切りパンチを繰り出す。
だが、黒麒麟は左手でそのパンチを受け止めるとその手を捻りあげた。
「くあああっ!!」
「フフフ・・・なかなか良いパンチだったけどそれじゃ駄目だ」
そう言って空いた右手でカノンの腹にパンチを食らわせた。
カノンの身体が九の字に折れ曲がり、そのまま吹っ飛ばされる。
またもパトカーのボンネットに叩きつけられるカノン。
「強い・・・桁違いだ・・・」
全身に走る激痛に耐えながらカノンは身を起こす。
その時、いきなりカノンの前方、黒麒麟の後方で爆発が起こった。
一番始めに黒麒麟が破壊したパトカーが爆発したようだ。
叩きつけられたときにガソリンがこぼれ、それに今までの戦闘で起こった火花が引火してのことのようだ。
一瞬黒麒麟の注意がカノンから爆発の方へと向く。
(今だっ!!)
素早くボンネットから飛び降りたカノンが黒麒麟に向けて走り出す。
必殺のキックで一気に勝負に行くつもりなのだ。
「うおおおおおおっ!!!」
雄叫びをあげながら猛然と黒麒麟に向けて走るカノン。
黒麒麟との間合いを計った上でジャンプ。
空中で一回転して、右足を前へと突き出す。その足が光に包まれる。
それを見た黒麒麟だが、怯みもしなければ逃げようともしない。
まるでそのキックを待ち受けるかのように立っている。
「おおおりゃあっ!!」
更に高くなるカノンの雄叫び。
黒麒麟はカノンの光に包まれた右足をがしっと両手で受け止める。
ブスブスと白い煙がその手から上がるがそれにも構わず、黒麒麟はカノンの足を押し返した!
逆に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられるカノン。
「これで終わりだ、カノン!!」
ジャンプしてカノンめがけて右の手刀を繰り出す黒麒麟。
必殺のキックを受け止められた上に、跳ね返されたカノンにそれをよける力はもう無かった。
黒麒麟の手刀がカノンのベルトの中央を貫く!!
何かが・・・砕ける音がした・・・。
 
このとき、彼は一度死んだのだ。
でも・・奇跡のように彼は再び立ち上がり・・・そして・・・。
 
ドックン・・・。
香里は目の前まで迫ってきている黒麒麟に震えながら、祐一の体に起こった変化を感じ取った。
心臓が鼓動を始めている。
始めは弱く、だが確実に強く。
天を見上げている祐一の目に、再び光がともる。
黒麒麟がすっと手を香里に向けようとしたとき、その手を祐一が掴んでいた。
祐一は一気に起きあがると黒麒麟の胸へとキックを叩き込み、香里の前に立つ。
「・・・相沢君・・・?」
「・・・みんなの思いが・・・俺にもう一度戦う力をくれた!その思いに報いるために・・・俺は戦う!!」
すっと変身ポーズをとる祐一。
右手で十字を切りながら左手を腰に添える。
「変身ッ!!!」
右手を左拳の上に添えて両手を左右に開くと、腰の辺りにベルトが浮かび上がる。
その中央は穴が空いたようになっているがそれでも祐一の身体は変化を始めた。
灰色のボディアーマー、灰色の手甲とナックルガード、足甲に膝を守るサポーター、そして・・・赤い目と牙の意匠を持つ口、輝く角を持った仮面。
戦士・カノン・・・だが、そこからまたカノンの身体に変化が訪れる!
肩に天に向かって伸びる角のような棘の生えたアーマー、肘にも同じく棘が伸びる。足の踵にはやはり天に向かうような鋭い棘。そして・・・その全身が灰色から白を経て、一気に黒に染まる。
「そ、その姿は・・・」
黒麒麟が驚きを隠せないかのように言う。
黒いカノンは・・・悠然と手を広げてファイティングポーズをとった。
「フフフ・・それで良い!それなら充分だ!!」
黒麒麟は嬉しそうにそう言うと、自らもファイティングポーズをとった。
「うおおおっ!!」
カノンが走り出す。
その速さは先程まで手緒は比べものにならない速さ。
まさに風の如くカノンが疾走する。
対する黒麒麟も同じように走り出していた。
激突する黒と黒。
両者は同時に吹っ飛ばされ、互いに周りを囲んでいるかのようなパトカーのバンパーに激突する。
だが、両者とも素早く立ち上がると睨み合った。そして、ゆっくりとお互いに向かって歩き出す。
香里も北川も中津川も何も言えず、ただ見守ることしかできなかった。
黒いカノンと黒麒麟がお互い後一歩まで迫ったところで、いきなり黒麒麟がカノンにパンチを放った。
すっと上体を反らせてそのパンチをかわしたカノンは反らせた反動をつけてパンチを黒麒麟にお見舞いする。
そのパンチは黒麒麟に胸に直撃、ぱっと血がそこから飛び散った。
よろける黒麒麟だが、それを見て迫ってきたカノンにキックを食らわせた。
それを食らって今度はカノンがよろける番だった。
よろけたカノンめがけて黒麒麟が飛びかかってくる。
がしっと両手で受け止めたカノンは黒麒麟をそのまま後方へと投げ飛ばした。
黒麒麟がパトカーのボンネットに叩きつけられる。
それを追ってカノンがジャンプした。
黒麒麟はそれに気がつくとすっと両足をつきだしカノンを迎撃する。
着地すると同時に胸に黒麒麟の蹴りを受けたカノンがそのまま、地面に倒れるのを見て、黒麒麟は立ち上がった。
そして、倒れたカノンの上に向かって飛び降りる。
カノンの上に馬乗りとなった黒麒麟がその拳を振り上げた。
その拳が振り下ろされた瞬間、カノンがカウンターのように黒麒麟の顔面を殴り飛ばした。
思わず上体をよろめかせる黒麒麟。
それを見たカノンが素早く身体を反転させ、黒麒麟と身体の位置を入れ換える。
そうはさせじと黒麒麟も身体をふって回転する。
両者がごろごろと地面を転がった。
どちらも相手を組み伏せようと必死であったが、互いに打つ手を無くし、ばっと立ち上がり、離れた。
肩を大きく上下させ、荒い息をつく両者。
(流石に・・・強いな・・・)
カノンは油断無く相手を見ながらそう思った。
(祐一君、余り時間がないよ)
あゆの声が心の中に響く。
(みんなに借りた力ももう限界に近いよ・・・早く決着をつけないと・・・)
(ああ・・そうだな)
カノンはすっと右手を高く上へと掲げた。
左手は腰へと引き、足を前後に少し開く。
「うおおおっ!!」
雄叫びと共にカノンが走り出す。
それを見た黒麒麟が身構えた。
カノンの必殺のキックは黒麒麟には通じない。それをわかっていてなお、カノンは黒麒麟めがけて走る。
(いつものキックは通じなかった・・・でもこれならどうだ!)
すっとカノンが前へと倒れ込んだ。
地面に手をついてそこで一回転する。地面から手を離すとき、少し腕を曲げて反動をつける。
「とおりゃあぁっ!!」
低い弾道での必殺のキック!
先程と同じ軌道でのキックを想定していた黒麒麟はそのキックを受け止めることが出来なかった。
カノンのキックが黒麒麟の下腹部に直撃する。
吹っ飛ばされ、黒麒麟がまたもパトカーのドアに背中から叩きつけられた。
着地したカノンがドアに叩きつけられて動かなくなった黒麒麟を油断無く見つめる。
(決まり切らなかった・・・あれで倒せたとは思えない・・・)
カノンの予想通り、黒麒麟の身体がむくっと起きあがった。
だが、かなりのダメージを喰らったらしくその動きは先程までとは比べものにならない。
(もう一度・・・もう一度やる!みんな、これが最後だ!!)
カノンは立ち上がると、再び走り出した。
それを見た黒麒麟が両手を前へと出して構える。
カノンは黒麒麟との間合いを計った上でジャンプ、空中で一回転する。 そして両足を揃えて前へと突きだした。その両足が光に包まれていく。
「うおおおっ!!」
雄叫びと共にカノンのキックが黒麒麟の両手を直撃する!
今度もまた受け止める黒麒麟!
またキックを押し返されそうになった時、カノンは左足を引いた。
引いた足を再び押し出し、黒麒麟の手を支点にするように後方へとジャンプする。
着地したカノンがその反動を利用して一気に黒麒麟の懐に飛び込んだ!
全身全霊の力を込めた右手でのパンチを繰り出す!!
「うおおおりゃああっ!!!」
そのパンチは・・・黒麒麟の胸板を貫き、背中へと貫通する。
ばっと飛び散る血しぶき。
カノンは・・・まるで彫刻になったかのようにそのままの状態で動かない。
その姿が祐一のものへと戻っていっても、だ。
「ま・・・さか・・・これほどの・・・力が・・・」
黒麒麟が呻くように言う。
「これが・・・人の思いの力・・・?」
そう言って天を見上げる黒麒麟。
その目から光が失われる。
その時、いきなり近くにあったパトカーが爆発を起こした。
どうやら北川が黒麒麟を倒すべくぶつけ爆発させたパトカーから飛んだ火の粉が漏れたガソリンに引火、それが広がったようだ。
次々と連鎖するように爆発が起こる。
「危ないっ!!」
中津川がそう言って未だ呆然と戦いを見守っていた香里の腕をとって走り出した。
「ここにいると君まで死んでしまうぞ!!」
そう言う中津川だが香里には聞こえていないようだった。
「相沢っ!逃げろぉっ!!」
北川が叫ぶが祐一は動かない。
「相沢・・・」
ふと、祐一の首が動いた。
ぼうっとした虚ろな目で北川や中津川、香里の方を見る。
炎で歪む空気の中、彼は微笑んだようだった。
「相沢くんっ!!」
香里が叫ぶ。
祐一の口が動いたが、声は届かなかった。
そして、口を閉ざすとニッと笑い、空いている左手の親指を立てて見せた。
次の瞬間・・・大爆発が起こった!
しかも祐一達を中心にして。
一際巨大な炎が立ち上る。
それを見ながら・・・香里はがくんと膝をついていた。
呆然と、今何が起こったのかまるで理解できないまま、ただ瞳からは涙がとめどなく流れ続ける。
まるで全てを無かったことにするが如く、炎は燃え上がっていく・・・。
 
彼は炎の中に消えていった。
後で聞いた話だと彼や敵の怪人の死体は発見されなかったらしい。
もしかすると・・・彼は生きているのかもしれない。
それはほんの少しの希望。
 
「行っちゃうんだね、舞・・・」
倉田佐祐理が寂しそうな顔をして親友の川澄舞を見る。
こくりと頷く舞。
「今の私じゃ・・・祐一に顔向け出来ない・・・」
舞はそう言って俯いてしまう。
彼女は祐一の最後を香里から聞き出していた。
祐一の復活に力を貸した彼女はそれから三日程寝込んだままであった。
彼女が目覚めた時、もう祐一はいなかった。
それを聞かされた時、彼女は久しぶりに本気で泣いた。泣きわめいた。
佐祐理ですら知らない、彼女の母親も困る程、舞はひたすら泣き、泣きやんだ彼女は・・・一人、剣の修行の旅に出ることを決意したのだ。
自分がもっと強ければ、祐一が死ぬようなことはなかったのだ、とそう考えたのだ。
「・・・佐祐理には悪いと思っている・・・でも・・・もうこんな思いはしたくない」
舞はそう言って哀しげな表情を浮かべている佐祐理を見た。
「・・・解りました。舞は舞の場所で頑張ってください。佐祐理は佐祐理の場所で頑張りますから」
佐祐理はそう言って笑みを浮かべた。
「はちみつくまさん」
舞は佐祐理と同じように笑みを浮かべて歩き出した。
佐祐理は舞とは逆の方向に歩き出す。
二人は別の道を歩き出したのだ。
この二人が再び出会うまでには・・・かなりの時間を要することになる・・・。
 
沢渡真琴は祐一が炎の中に消えた日からものみの丘に来て、ぼうっとしていることが多くなっていた。
「ここにいたんですか・・・」
天野美汐が座ってぼうっと空を眺めている真琴の隣に腰を下ろした。
「どうしてここに来るんですか?」
「・・・ここにいれば、またふらっと祐一が来るんじゃないかって思って」
真琴が空を見ながらそう言う。
彼女も祐一の復活に力を貸した後、しばらく寝込んでいたらしいのだが祐一が炎の中に消えたという話を聞いてふらふらと家を飛び出し、ここにやってくるようになっていたのだ。「ねぇ・・美汐・・・真琴ね、祐一がいなくなったのに・・・哀しくないんだよ・・・」不意に真琴がそう言ったので美汐は彼女を見た。
「マンガとかじゃさ、好きな人が死んだりしたらみんな泣き喚いたりしているけど・・・涙も出ないし・・・何か・・・落ち込むって言うんでもなくって・・・」
困ったようにそう言う真琴を見て、美汐の目に涙が浮かんだ。
そっと真琴の方に腕を回し、彼女を抱きしめる。
まだ彼女は解っていないのだ。
祐一が本当にいなくなったと言うことが。
美汐に抱きしめられて、真琴は何故か目に涙が溢れてくるのを感じていた。
そしてそのまま彼女は泣き出してしまう。
美汐も同じように泣き出していた。
 
「どうしてなんですか!?」
香里は今までこんな剣幕の妹を見たことがなかった。
ばんっとテーブルに手をつき、姉の方を睨み付ける香里の妹、栞。
「祐一さんが最後にお姉ちゃんに言ったことを忘れたんですか!?」
「忘れた訳じゃないわ・・・でもね、私の人生は私が決めるの。もう決めたのよ」
香里は疲れたようにそう言った。
このやりとりは今までにも何度も繰り返された。
香里は・・・東京にある大学へと進学を決めていた。それを聞いた栞は大反対したのだ。
理由は一つ。
祐一が最後に香里達に向かって言い残した言葉・・・「名雪を頼む」だった。
栞はあの時、その場には居ず、病院に居たため、祐一の最後を知らない。香里から話を聞いて、祐一の最後の頼みを聞けなかったことをかなり後悔していたのだ。
だからこそ、香里には名雪の側にいて欲しかった・・・なのに・・・。
「お姉ちゃんは勝手です!祐一さんは・・・お姉ちゃんを見込んで頼んだのに!!」
栞はそう言うと、部屋から出て行ってしまった。
その後ろ姿を見ながら香里はため息をついた。
説得しても彼女は聞き入れないだろう。
「こんな私を見たら・・なんて言うかしらね、相沢君は・・・」
自嘲気味に呟く香里。
 
卒業式の日・・・香里は皆とは違い、制服で登校した。
他の生徒達が袴姿なのに、香里だけが制服姿である。かなり浮いていたが、彼女にはその制服で来ることに大きな意味があった。
制服のケープやワンピースには目立たないが血の跡がある。
そう、全てが始まった日についた名雪の血、そして全てが終わった日についた祐一の血がこの制服には残っているのだ。
何もなければこの日に一緒に卒業するはずだった二人。
香里はその二人を連れてこの場に来ているのだ。
誰もが彼女をやや遠巻きにして好奇の視線で見ている。
香里はそんなことは一切気にしなかった。
(一緒に・・・卒業しようね、名雪、相沢君・・・)
だが、その場に北川潤の姿はなかった。
いつも一緒にいた仲のよかった四人組。
今卒業式に来ているのはその中のたった一人きり。
 
それから3年・・・とある自衛隊の基地に倉田佐祐理の姿があった。
「貴方の力を貸して欲しいんです。かつて・・相沢祐一さんの友人だった貴方の」
佐祐理は目の前にいる青年にそう言って頭を下げた。
「・・こんな俺でよければ・・・いくらでも力を貸しますよ、倉田先輩」
そう言って青年、北川潤は頷いた。
 
そして更に2年がたつ・・・。
N県の山中で謎の古代遺跡が発見されたのと同じ頃・・・山の中を一人の男が釣り竿を持って歩いていた。
「何処か良いポイントは・・・」
川沿いの道を歩いていると、不意に横合いからぼろぼろの服を着、伸びに伸びた髭を生やした男が飛び出してきた。
「ダメだ・・・封印を・・・その封印を・・・・解いちゃ・・いけない・・・」
男はそう呟くと、そのまま川の中へとばったりと倒れてしまった。
「お、おい、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄る釣り竿の男。
髭面の男は完全に気を失っている。
釣り竿の男は釣り竿を脇に置くと、髭面の男を担ぎ上げた。
すると、髭面の男の服から何かが落ちた。
それを拾い上げると・・・それは焼き焦げた免許証だと解る。
「・・・祐・・・?」
何とか読めたのはその一文字。
それから三ヶ月後・・・新たな物語が始まる・・・。
 
Episode.6,5「卒業」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon  

あとがき
えと・・・一応1000HIT記念作品です。
気がつけばもうカウンターが12000を越えて居るんですが。
まぁ気にしちゃ負けですので気にしないでいきましょう。
第一部総集編・・・のような感じですね。
だからあちこち引用ばかりです。
多少は新たに書き起こした部分もありますが、ほとんどが引用ですね。
ほんの少しだけ、第2部に繋がるように。
まぁ、総集編だし、これはこれでいいか(爆)

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