「多分、大丈夫だって」
「え?」
戦士が未来の頭を撫で、顔を上げてデパートの屋上を見上げる。
「じゃ…行ってくる」
そう言うと戦士は足を高質化させてから大きく飛び跳ね、その足をデパートの壁に引っ掛けて垂直に駆け上がる。
「ッシャァアアアアアアアアアアアアア!!」
戦士は咆哮を挙げながら壁を登っていく。
「お願い…します」
未来はその姿を見ながら四人の無事を祈った。
仮面ライダーR【リベンジ】過伝
FirstEpisode.3 [無情]
「フッ!!」
戦士は屋上に着くと金網を飛び越え周囲を見渡す。デパートの屋上には子供向けの遊具が揃っていた。
「うわァァァ…!!!」
「!?」
突然、鏡が割れる音と共に男性の叫び声が聞こえた。声のした方を見ると、男性が血まみれになりながら床を転がっていた。
「…た・・助け…・!!」
その男性に戦士が駆け寄ろうとすると、花火の様な音と共に男性の身体から血が吹き出る。
続けざまに音が鳴り、音の数だけ男性の身体が跳ね、血が飛び出す。
「なっ!?」
戦士は男性に駆け寄ろうとする。その瞬間、戦士の身体に火花が散った。
「グア!?」
何が起こったのか分からず、突然の痛みによろめき胸を押さえながら周囲を見渡す。
そして、おそらく店の屋上出入り口であろう場所に異形の怪人の姿を見つける。
「何だアイツは?」
その姿を見て戦士は驚く。
その姿は身体のあちこちに機会が埋め込まれ、骸骨と化した様な動物の顔をしていて、今まで戦ってきた相手と違っていたのだ。
戦士が驚いていると怪人は片手を戦士に向ける。すると、上手首から銃の砲身が出てくる。
(拳銃!?)
怪人の動作を見ていた戦士はすぐ横に飛ぶ。その直後、戦士の後ろにあった遊具から火花が散った。
「ッシャアアアァァ!!」
戦士は自身の爪を硬質化させ、遊具の影に隠れながら怪人に詰め寄っていく。
「ヘァ!!」
「な!?」
遊具の影から新たな怪人が現れ、戦士に組みかかる。戦士は咄嗟に腕を振るって怪人を振り払う。
「ファ!!」
「なに!?」
戦士が目の前の敵に組みかかろうすると、背後からまた別の怪人が戦士に襲い掛かる。
戦士はそれを力任せに引き離し、背後の怪人に肘打ちをくらわす。背後の怪人は一旦離れるが、入れ違い様に他の二体が戦士に襲い掛かる。
「ックソオオォォォ!!」
一旦離れた改心も加わり、戦士は三体の怪人と組合になる。
四体は組み合ったまま押し合いとなりデパートの壁に激突。そのまま壁をぶち破り店の中に入った。
「グアッ!!」
四体は激突の衝撃で離れ床を転がる。戦士はすぐに立ち上がり応戦しようとするが、周囲の状況を見て足が止まった。
そこはまさに地獄絵図と化していた。
店内は所々破壊され電灯もほとんど無く薄暗く、異次元空間に迷い込んだように内装が歪みきっている。
周囲には今、自分が戦ってきた怪人と同じ様な姿をした怪人が多くの人を殺し廻っているところだった。
ある者は血塗れで息絶えており、ある者は身体の一部が無くなっていて、彼方此方から悲鳴が聞こえ、子供も大人も関係なく血に塗れていた。
戦士はその光景に言葉が出ない。
「いやあああ!!!!」
「たす―!!」
「キャーー!!!」
「!!」
戦士は近くから聞こえた悲鳴で気を持ち治す。声のした方を見ると、親子と思われる人達が怪人の銃弾を浴び、血塗れになっていた。
「ヤメロオオオオオオォォォ!!!」
戦士は全速力で親子の元に向かう。怪人たちは戦士に気付き、数体ほどそれぞれの銃口を戦士に向ける。
「ギャァオ!?」
「ギェ!?」
「ゴァ!?」
「なっ!?」
怪人たちが打ち出そうとした瞬間、それぞれの銃口が爆発した。
「ッシャアアアアアアアアァァァ!!!」
一瞬驚いたが戦士は怪人たちに向かって走り、そのままの勢いでつま先蹴りを放つ。
「ギャァ!?」
戦士の蹴りが一体の怪人の身体を貫く。そして怪人を蹴り飛ばして足を引き抜き、その勢いを利用して体を捻りながら、反対側に飛び上がり別の怪人につま先蹴りを放つ。それを数回繰り返し、自分の周囲にいる怪人たちを殲滅する。
「ハァ、ハァ・・・」
息を整え戦士は先程の親子を見る。
「うわああああぁぁぁ!!!」
「!!」
戦士が親子の心配をする暇もなく、別の場所で悲鳴が飛び回る
戦士は一目親子を見た後、駆け出した。親子は顔を涙と恐怖に染めて、既に息絶えていた。
走っている時に周囲を良く見ると、怪人たちは全て体の何処かが壊れていた。怪人たちは身体の一部が無くなっている者も、途中で身体の一部が弾け飛ぶ者もいた。だが、そいつ等はまるで自分が壊れる事さえも楽しむかのように、全ての怪人が笑っていた。その姿は、身体だけでなく心まで壊れている様だった。
それを感じた戦士は一瞬恐怖を覚える。
「何だよ…何なんだよお前らはあぁ……ァァアアアアアア!!」
戦士は叫びながら戦いに走った。
恐怖を振り払うかの様に、大切な人達の無事を祈りながら多くの人の命を守る為にその腕を振るった。
「ハアッ! ハアッ!! ッッラア!!」
戦士は手を突き出して怪人の後頭部を掴み、勢いに任せて壁に叩きつける。
壁を突き破り怪人の頭をめり込ませ、そのまま戦士はつま先蹴りを放った後、怪人を蹴り飛ばし離れる。
フロアを一週し、数階降りながら、何度も同じ様な動作を繰り返した。しかし、未だに友人達は見つからず気が焦るばかりである。
「相川アアァーーーー!!!」
叫びながら走る。
敵に見つかるなど関係ない。もはやこの建物自体が敵の巣窟と化し、店内は瓦礫の山と化していたのだから。
「よぅ…日月」
近くから掠れた声が聞こえた。
戦士は周囲を見渡すと、柱を背にして武志が血塗れになりながら座っていた。
「相…川」
「よ…」
武志は何とか右手を上げて答える。
「すまん……遅くなった」
「良いって…来て…くれる・って…分かってたから…な」
目を虚ろにしながら笑みを作る。その表情から心から安心したようだと分かる。
「二人は?」
この日、一緒に遊ぶ約束をした姫悸と雫、二人はほとんど晃達と行動を共にしてきた仲だった。
その二人が近くに居ない事に不安を覚える。
「わりぃ・…先に・・下に行かせた…が・・後は…」
途切れ途切れに答える武志、一言話すのも辛そうに見える。
「分かった…じゃあ掴まって。一緒に行こう」
そう言って戦士が手を差し出すが、武志は首を振って拒んだ。
「俺は良いから…二人を・・助けてくれ」
「…ぇ?・…でも」
「・・俺を連れてったら…二人を・…助けられない・・だろ?」
武志の言葉に押し黙る戦士。実際、自分には武志の傷に対してどうする事も出来ない。けれど、このまま見過ごして他の怪人に襲われない保証なんて無い、むしろ死ぬ確率の方が高い。
「頼む…男なら…格好悪い所・…見られたくないだ・・ろ?」
そう言って笑みを作る。
「……分かっ・・た」
それは精一杯の虚勢だと分かった。けど、自分を進ませる為のものだと判るから答えない訳にはいかなかった。
それに、今こうして話している間にも周りから悲鳴が聞こえるのも辛かった。
「サンキュ、けど…お前優しすぎるぞ?」
「?…何が?」
武志が本当に何の事を言っているのか判らず首を傾げる。
「いや・…何でもない」
「…じゃぁ、行くな」
本当は放って行きたくはなかった。出来るなら一緒に逃げたかった。けど、自分には今出来る事は戦う事だけだから。
「・…・死なないでくれよ」
「…こっちのセリフだろ」
友人の言葉に武志は呆れ気味に答えた。武志は戦士の体力が限界に近いと感づいていた。
今までに無いほどの数と戦ってきたと判っていながら、自分は親友に更に負担になる事を頼んでしまったと後悔する。
もう二度と会えなくなってしまう気さえした。だが、それを口に出さず、承知してくれた親友の優しさが正直に嬉しかった。
遠ざかって行く親友の後姿を見ながら、武志は意識を失った。
「アアアアアアアアァァァァァァァ!!!」
どれだけ同じ事をしてきただろう。
戦士が腕を振るい、怪物が息絶え爆発する。いくら倒しても、それを上回る勢いで犠牲者が出る。
「ハア”! ハア”!! ハァ”!!」
自分の目の前で何十人もの死体と、人が死ぬ瞬間を見せられて戦士は身体だけでなく、精神も限界に達していた。
今なお戦えるのは友人二人と交わした約束と、残りの二人の無事を確かめたい一心からだった。
(何所だ? 何所にいるんだ!?)
一階一階フロアを見渡しながら探し、戦ってきた。しかし、目的の人物は見当たらなかった。居るのは狂った様に笑う怪人たちと、多くの死傷者。
「どこにいるんだよぉおおおおおお!!?」
戦士は叫びながら周りの怪人に飛び掛る。もはや何の為に戦っているのか分からなくなってきていた。その時、戦士の視界が見知った顔を捉える。
「―!?」
何か叫ぼうとした瞬間遠くで怪人が爆発し、その振動で天井や床が軋み、一部崩れ落ちる場所まで出る。
「シャアアアアアアアアアァァァ!!」
周りの様子を見て、嫌な予感のした戦士は全力で走る。
「キャアアアアア!!」
そして、彼女の真上の天井が崩れ落ち、彼女はその瓦礫と一緒に倒れこむ。
「ガァッ!!」
「あぅ!!」
間一髪の所で戦士は崩れ落ちてきた瓦礫を支える事が出来た。
「・…大丈夫…か?」
「・ひ・・の…・月?」
雫は床に肘を付いて、顔を歪めながら上半身を起こして戦士を見る。
「大・…丈夫・・なのか?」
全身傷だらけで、血を流している戦士の姿を見て雫が尋ねる。
その身体には、切り傷、引っかき傷、銃痕、様々な傷が生々しく刻まれ、そこから大量の血が流れ出ていた。
「こっちは良いから…・早く・・逃げてく…ぐあぁ!!」
いきなり戦士の背中に火花が散った。
どうやらこのフロアにはまだ多くの怪人が残っているらしく、そこ彼処から怪人の笑い声と人々の呻き、叫び声が聞こえてくる。
「っく…早く・・!!」
体力の限界が近いのか、足が震えて今にも崩れ落ちそうだ。
「すまない…足が…・挟まって・・動けない」
「!?」
戦士が雫の足元に目を向けると、よく見えないが完全に瓦礫に足が挟まっているようで、自力で抜け出せそうに無い。
「くそっ! どうりゃ…良いんだ!?」
「…・別に・・難しい問題じゃない」
焦る戦士と対照的に、雫は落ち着いて話す。その様子から戦士は何か良い案があるのかと期待する。
しかし、雫の口から出た言葉は予想しないものだった。
「私を放っていけば良い」
穏やかに微笑みながら言い切った。戦士は自分の耳を疑った。
「どういう事だ?」
「放っていくというのは…まあ・・見捨てて行けという事だ。分からないのか?」
惚けた様な口調で話す雫。だが、今の状況下では全く笑えない。
「…・ふ・・ざ・けんな」
体力、精神力共に限界に近い戦士は、雫の言葉に苛立ちを覚える。
雫はその様子に肩を竦めて見せる。戦士は嫌に冷静な雫が、今は不気味にも思えた。
「他に・…方法は無いだろう?」
「も少し・・・考えよー…よ」
「ずっとこうしてても埒が空かない。こうしてる間にも二人は危険な目にあっている」
雫は戦士を見て目線でその答えの同意を求め、その視線から逃れるように戦士は顔を逸らす。
その言葉は事実だった。今まさに周囲からまだ生きている、数少なくなった人々の悲鳴が聞こえてくるのだ。
「・…・それで?」
雫は自分が犠牲になれば戦士が心置きなく戦えると言いたいのだろう。だが、その答えを否定したくて聞き返す。
確かにこのまま天井を支えていても事態は好転しない以上、雫の言う通りにするのがなのだと思える。
だが、そしたら雫はどうなるか。答えは判りきっている。
「もう…足の感覚が無い。もし抜け出せたとしても…どこにも行けはしない」
「だからって…!!」
友人と多くの見知らぬ人の命、どちらの命を取るかなんて決められる訳なかった。
戦士…晃の心情を分かっているのか、雫は悪魔でも冷静に淡々と答える。
「私に構っていたら…誰も助ける事は出来ない」
「・っ…・く」
自分を省みず、他人の身を案じる事。それは、綺麗で美しい事かもしれないけれど、それはあまりにも儚すぎる思い。
そこにあるものが、いっそ狂気だったらこれほど苦しい思いをしなくて済んだんじゃないだろうか。
だが、そこにあるのは雫の揺るぎ無い意思と覚悟だった。
「無駄な手間を掛けさせて済まなかったな」
晃は遺言を残す様に話す雫から視線を逸らしたまま、身体を小刻みに震わせる。
「姫悸のこと、よろしく頼む…まあ、あの子は芯が強いから大丈夫だと思うけど…・」
「・・な・・・こ・・で・・・・くれ」
喉から上手く言葉が出ない。
「?…どうした?」
「勝手な・・こと…言うんじゃねぇよ…」
辛うじて出た言葉、もしかしたら泣いていたのかもしれない。それは赤く丸い異形の瞳に隠れて解らない。
だが、雫は躊躇う事無く首を振って晃を見る。揺らぐ事の無い意思を秘めた瞳で、微笑みながら。
「姫悸の言う通り…優しいな、お前は」
晃は体中が痛くなった気がした。傷が痛むのではなく、身体の奥が締め付けられる様な痛みだった。
晃は何か言わなければいけないと思う。何か言わないと、本当に大切なものを失ってしまうと感じていた。しかし、想いとは裏腹に声が出せない。
「すまない…お前の気持ちを無視して・…辛い事を頼んだ」
晃の様子を見ていた雫が、そっと目を伏せ話しを続ける。
「…一つだけ約束してくれないか? それを約束してくれれば、もう何も言わない」
「…・なに?」
雫は一旦言葉を止めて深呼吸する。
「約束してくれないか…必ず・・必ずあの子…姫悸を助けると」
雫は本当に姫悸の事を実の妹の様に慕っていた。こんな時まで他人の心配をするのかと晃は思い、また体中が痛む。
その痛みを全身で噛み締めながら、晃は雫の視線を正面から受け止めた。
「分かった」
その時、彼女の瞳は揺れていた様に見えた気がした。晃はそれが消えてしまいそうな程、儚く見えて怖かった。
「ありがとう」
彼女は微笑む。
穏やかで透き通るような瞳が閉じられた、初めて見た彼女の心からの笑顔がそこにあった。
「!!?」
瞬間、雫は全力で戦士を突き飛ばした。そして、支えを失った瓦礫が勢い良く雫の頭上に落ち、彼女を埋め尽くした。
「…・え?」
晃は一瞬何が起こったか分からなかった。晃はただ雫がいた場所を見つめている。
「・・・」
身体が重い、体中が痛い、苦しい。彼女がいた場所には無数の瓦礫、その中に彼女の姿は見つけられない。
それが意味するものに、理解するのに数旬の時間を用いた。
「・・ァ・・」
その意味を理解したとき、ふと先程交わした言葉を思い出す。
(俺は良いから…二人を・・助けてくれ)
頼まれた。自身の身を省みず、自分を送り出してくれた友人に。約束した。二人の兄妹に必ず助けると。
(約束してくれないか…必ず・・必ずあの子を助けると)
果たせなかった兄妹との誓い。新たに頼まれた願い。それよりも、目の前で親しい友人を救えなかった事が苦しくて戦士は叫ぶ。
「・・ソ・・クソ…クソ!…・チクショォォオオオオオオ!!!!」
身体の傷はもう気にならなかった。ただ、その場にいるのが痛くて、苦しくて、辛かったから。
戦士は約束の片割れを守るべく走っていった。
その光景を忘れ去ろうとするかのように。
全身に走る幾筋もの傷。
出血こそ少しずつ止まり始めているが、それは最早血が止まってきているのか、出る血がないのか判断できなかった。
数十にも昇る怪人たち、そのほとんどを壊し、ただ走りつづけた今自分が何処に居るのかさえ解らない。
重くなった身体を何とか動かし脚を前に進める。
「次はドイツダアアアアアアアアァァァ!!!!」
戦士は止まり始めてはいるが、今まだ流れ出る血を何とか耐えながら足掻いていた。
もはや何も考える余裕は無く、辛うじて意識を保っている状態だった。しかし、怪人たちは構わず戦士に襲いかかる。
「あああああああああああああああああああ!!!!」
怪人たちと縺れ合いになり、床が砕け階下に落ちる。もはや戦士にとってどれだけ落ちようと関係ない。どれだけ敵がいようと関係ない。
何の為に戦っているかも忘れてしまった。けれど無性に胸が痛くイライラする。ただ、体中に苛まれる苦痛から逃れたかった。だから、早く終わらせたかった。戦士は自分に纏わり着く怪人を打ちのめす、引き裂く、貫く、食い千切る。
「ヒッ!!」
戦士は声のした方を向くと、そこには恐怖に顔を引きつらせた男性がいた。
戦士は男性に近寄った。
「く…来るな! 来るなぁ!!」
男性には血に塗れた今の戦士の姿が悪魔の様に見えて恐怖を感じて必死に叫ぶ。
(うるせぇ…)
戦士は男の態度、声、仕草、全てが不快に思えた。
「…黙れよ」
そう言って一歩近づく。
「来るな! 来るなああああああ!!!」
男性は限界に達している心の底から恐怖し、まともに考える事ができずただ叫ぶ。
まともに考える事が出来ない…それは戦士も同じだった。
「ウルセエッてんだよ」
そう言ってまた一歩近づく。
「わ”あ”あ”あ”あ”―――――――――――――!!!」
「ウルッセエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」
男性は更に大きく、声にならない声で叫び、それにキレた戦士は叫びながら手を振り上げる。
男性は目を見開いた。
「駄目ぇ!!」
戦士が男性に手を振り下ろそうとした瞬間、横から女性が戦士に飛び掛る。
「テメエも邪魔だぁアアアアアアアア!!!」
戦士は女性を振り払おうとする。しかし、女性は戦士に必死にしがみ付く。
「日月さん!!」
戦士は自分の名前を呼ばれた事に驚き、動きが止まる。
「大丈夫…・怖くないから・・大丈夫だから」
女性は幼い子供に言い聞かせる様に話しながら、戦士の背中を優しく叩く。そして、晃はようやく我に返る。
「…ぇ・・な?」
今の自分の現状に少し戸惑いながら、自分にしがみ付いている女性の顔を見た。先程の男性は恐怖のあまり気絶したようだ。
「日月さん」
姫悸が不安気に見上げるようにして晃の顔を覗き込む。
「…・・今・・みんな…殺そうと?」
「日月さん」
姫悸から離れ、困惑した様に話す。晃は離れて姫悸の服に赤黒いシミが付いている事に気付く。
「まさか……その血・・もしかして」
「違います…これは…・貴方の・・血です」
困惑している晃に対して姫悸が悲しそうな表情で説明する。
実際には彼女も多くの傷を負っていたのだが、それは合えて伏せておく。だが晃は少しずつ後ずさり、姫悸から離れようとする。
それを姫悸は晃の手を掴んで引き止める。
「ごめんなさい」
両手で日月の手を握りながら謝る。
晃は何で彼女が謝っているのか分からなかった。
「私達の為に…こんなに・・傷付いて・…辛い思いをしてるのに…何も出来なくて…ごめんなさい・・ごめんなさい」
姫悸は涙を流しながら晃に謝る。彼女のその謝罪の言葉が今の晃には辛く、痛かった。
二人の事を話したくなかった。自分が二人を見捨てて来たと言ったら彼女はどう思うだろう。
実際は見捨てたのではなく、本人達の意思に由る物だったのだが、彼にとっては自分が見捨てたも同じだった。
「違う…キミは悪く・・ない…・悪いのは…・最低な・・」
二人の事を思い、悔しさに拳を振るわせる。
それだけでなく、自分は他人の為に戦えなくて、尚且つ見境無しに暴れて人を、友人を殺そうとしてしまった。
今までの自分自身に怒りを覚える。いや、晃は他人の為に命を賭けられなかった自分自身が憎かった。
「日月さん」
「…・ごめん・…・二人」
何か言おうとする晃に姫悸が抱きつく。
「大丈夫…私は大丈夫だから・・もう…・無理しないでください」
「…・」
晃はその言葉に全身の力を抜こうとした。しかし、それは出来なかった。
「日月さん!?」
瞬間、戦士は姫悸を振り解き、遠くで腕に仕込まれた銃を乱射している怪人に飛び掛る。
「アアアアアアアアアアアアア!!」
戦士の咆哮に気付いた怪人は銃口を戦士に向け、戦士がとび蹴りを放つのと同時に発砲する。
怪物の銃撃が戦士の傷口に当たり、とび蹴りが怪人の胸を貫く。そして戦士が離れられないまま爆発を起こす。
爆発に吹き飛ばされ床を転がる戦士。回転が止まり、手をついて立ち上がろうとするが上手く力が入らず床に倒れてしまう。
「・・ぅ・・ぁ…・」
戦士はなお立ち上がろうとするが、出来なかった。もはや立ち上がる力も無くなってしまったようだ。
その戦士の後ろに別の怪人が現れ、刃と同化した腕を振り下ろそうとしていた。
戦士が後ろの怪人に気付くと同時に刃が振り下ろされる。避けたかったが身体が動かない。
「駄目ぇ!!」
姫悸の叫びと共に戦士の身体が横に動いた。
怪人の刃はただ床を切り裂いただけに終わる。
「あ…・?」
「大丈夫…ですか?」
どうやら姫悸が戦士に飛びついて今の攻撃を凌いだようだ。怪人の方は自身の刃が床に食い込んでいて抜けないでいた。
怪人の様子を見た戦士は、残った力を振り絞ってゆっくり立ち上がり走り出す。
「アアアアア!!」
そして力を振り絞ってつま先蹴りを放つ。戦士は先程と同じ様に爆風に吹き飛ばされるのを覚悟した。だが、突然自分の身体が後ろに引っ張られる。
「!?」
その後すぐに爆発が起こる。
「ぐっ!!」
「きゃあ!!」
その爆風に二人は吹き飛ばされ床を転がる。爆発が収まり、しばらくして戦士の手がピクリと動く。
「い…す・・み…さん?」
戦士は姫悸に呼びかける。姫悸は戦士に抱きついたまま目を瞑っていた。
「ぁ…あの…何で?・…何でだよ」
泣き声にも似たような声で姫悸に呼びかける。その呼びかけに次第に意識を取り戻す姫悸。
「日月…さん」
彼女の声を聞いてホッとする戦士。
「何でこんな事したんすか…死にたいんですかアンタ達は?」
「だって…嫌だったんです…・」
小さな声で、晃を見つめながら話す。
「?」
「これ以上…・何もしないで…日月さんが傷付く所を・・見たくなかったから…・」
晃は息を呑むと同時にため息も付きたくなった。
それだけの為にあんな爆弾に飛び込む様なマネをしたのかと晃は思う。
「・…馬鹿じゃないか?」
言いたいことがうまく言葉にできず、思わず呟いてしまう。
「それを言ったら・・日月さんだって馬鹿になりますよ?」
微笑みながら答える。
「本当に…優し過ぎます」
彼女は先程晃が怪人に立ち向かったのが、近くにいる気絶している人を助ける為だと知っていた。
いや、それだけでなく何時も見ず知らずの他人の為に戦う晃を知っていたから、他人の悲しみを自分の事の様に感じてしまう人だと知っていたから、だから彼女は晃に笑顔を見せる。その笑顔で晃は少し体が軽くなり、自分が救われた様な気がした。
「フフフ…」
その時、店内に響く様な笑い声が聞こえた。
「!?」
晃は立ち上がって姫悸を引き離し、再び周囲に気を配る。店内には鈴の音と共に、ゆっくりと、不気味に足音が響く。
「!!」
戦士は後ろの方に気配を感じ、振り向くと同時に姫悸を庇う様に自分の後ろに隠す。
戦士の視線の先にある物陰から新たな怪人が姿を現した。だがその怪人は、今日出会った奴らと違って身体が機械化されていない。その姿は僧侶が着る様な衣装を着て、手には先端が三叉の鎌を持つ矛、いわゆる“さすまた”を持った狐の様な顔をした怪人だった。
伝説の獣に例えるなら九尾の狐とでも言うのだろうか。だが、戦士はそいつの姿を見た瞬間、全身鳥肌が立ったような気がした。
(今までのと…違う!?)
戦士は相手の実力を肌で感じていた。それも、今の自分では勝てないほどの相手だという事さえも。
九尾が戦士の正面に相対する。
「早く逃げろ!!」
戦士は姫悸に振り向き叫ぶ。
「オマエタチニ…・ミライハナイ」
九尾が死の宣告をし、右手を前に突き出すと、見えない衝撃波が打ち出され戦士を吹き飛ばす。
戦士は為す術も無く吹き飛ばされ床を転がっていった。
「ぅ…ぐっ」
「日月さん!」
倒れている戦士に駆け寄る姫悸。
「しっかりしてください!!」
「…は…や・・く…逃・・げ・・て」
姫悸の呼び掛けに辛うじて答える。しかし、これまでの戦闘の影響で彼の身体は限界に達していた。
姫悸は戦士を起こし、肩を貸して歩き出そうとするが、そこに九尾が再び手を前に出し衝撃波を放つ。
「グァァァ!!!」
「きゃぁぁあああああ!!!」
二人は為す術も無く吹き飛ばされ、壁を突き破り隣のフロアを転がる。
「ぅ・…・ぁ・・」
「ひの…月・・さん?」
姫悸がゆっくりと身体を起こす。どうやら戦士は必死に姫悸を庇ったようで、大した傷は無かった。
その代わりに戦士の体中の血が、彼女の服に大量に染み付いていた。
「日月さん…・ごめんなさい・・私の所為で…・」
姫悸の瞳から涙が零れ落ちる。その雫が戦士の顔に落ち、戦士は床に手を突いて起き上がろうとする。
「早く…行って…・」
「日月さん?」
「一人で…先に…・」
姫悸は戦士の言おうとしている事が分かった。しかし、姫悸は悲しそうな表情で戦士を見つめる。
「どうしてですか? どうして日月さんはそうまでして戦うんですか!?」
叫ぶような声を出して尋ねる姫悸。
戦士も本心では戦う事が怖かった。今すぐにでも逃げ出したかった。けれど出来ない。
「約束…した・・から…」
姫悸の問いに戦士は悔しそうに答える。
そう、この場に居ない友人達と自分は約束をした。しかし、自分は既に約束の片割れを破棄してしまった。だからこの場は逃げ出す訳にはいかない。もし逃げてしまったら、自分には本当に生きている意味も価値も無くなってしまうから。
「だから…」
「私は逃げたくないです…」
戦士の言葉を遮って姫悸が答える。彼女が何を言ってるのか分からず、戦士の動きが止まる。
「日月さんを置いて…自分一人だけ助かりたくはないです」
その言葉に戦士は思わずため息を出したくなった。
自分には力が有る。だから他人を助けに行く。だが友人達は何の力も持たない普通の人間。
それなのにどうして自分の友人達はこうも他人の為に命を懸けられるのかと思う。
「それはそっちの都合だ・・悪いけど…・そっちの都合を聞く余裕は無い」
「嫌です」
しかし、彼女は戦士の顔を正面から見つめて小さな拒否を示す。
「…・こっちもすぐに逃げるから」
情けない言葉だが、万全の状態で戦っても勝負になるかさえ分からない相手と戦う気にはなれなかった。
「本当…ですか?」
「うん」
現に今だって一刻も早く、今直ぐにでもこの場から立ち去りたかった。だが、彼女は納得しなかった。
「嘘です」
「…どうしてそう思うん?」
晃は何故彼女が疑うのか分からない。
「日月さんは…優し過ぎるから」
(またか・・・)
晃はこれまで友人達から聞いた言葉に呆れる。
自分はそこまで言われるほどの優しさを持ってはいない。もし、それだけの思いを持っていたら友人達も救えた筈だ。
「だから、日月さんが逃げないなら…私も逃げません」
晃は自分を見つめる姫悸の肩に手を添える。
「こっちは他の皆と約束した…必ず助けるって・・だから」
晃の言葉に姫悸は俯く。
「日月さん…ずるいです」
「…・え?」
そう言うと姫悸は顔を上げて晃を見る。少し寂しげで、不安気で、心細く、そして他人の事を気にかける優しい瞳。
「雫や相川さん達と約束をダシにして、私はのけ者ですか?」
晃は肩の力が抜けそうになったのを何とか堪える。
こんな命の危機に瀕している時に、何を言ってるのかと小さくため息を吐く。
「わかったよ…で? 何をすれば良い?」
晃の答えに姫悸は少し微笑む。
「日月さんは優しいです…・けど…私とも約束してくれませんか?」
姫悸はそう言って晃の手を握る。
「もっと自分を大切にしてください。だから・…絶対に…・死なないでください・・」
涙を堪えた悲痛な面持ちで、晃の手を握る姫悸。そんな彼女を安心させるように話す。
「・・安心して良いよ…どっちかと言うと約束は守る方だから」
そう言うと晃はそっと、姫悸の手を解いて走り出す。
「じゃあ、早く逃げてよね」
「日月さん!!」
姫悸は咄嗟に手を伸ばした。だが、その手は空を切るだけに終わった。
「オオオオオオオオァッ!!!」
戦士は全力で走る。
そしてゆっくりと歩いてくる九尾の姿を捉え、残った力の全てを込めて必殺のキックを放ちに行く。
もはや自身の体力もほとんど無い。だから一気に勝負を決めるべく、一か八かの勝負に出たのだ。
それを見て九尾は立ち止まる。しかし、九尾に怯んだ様子は無い。
「ッシャアアァ!!」
空中で錐揉み回転して、右つま先足のキックを放つ。九尾は右手を前にかざし、不可視の力で受け止める。
幾らか中空で火花が散り、力負けした戦士が吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。
「グッく!!」
戦士は素早く起き上がる。だが、起き上がった時、九尾は既に戦士の目の前まで近づいていた。
九尾は無言のまま三つ爪の槍を戦士に突き出す。あまりに素早い動きに対し、戦士にそれを避ける術は無かった。
「がぁっハ!?」
鈍い音と共に三つ爪の槍が戦士の脇腹を貫き、九尾はすぐに槍を横薙ぎに振るう。
三つの爪が嫌な音を立てて戦士の身体を引き裂き、血が噴水の様に噴き出す。
「があああああぁぁ・・ぁ・・・ぁ!!」
一回転し、勢い余って地面に倒れ伏す戦士。戦士にはもう立ち上がる力は無くなっていた。
(いてぇ・…)
目が霞み、朦朧とした意識の中、晃は今になって身体の痛みを認知していた。
いや違う。本来なら動ける筈の無い程の怪我によって感覚が麻痺してしまったのだが、その事実に最早大した意味は無い。
(…何でこんな事になったんだ?)
晃は今になって自分が戦ってきた事に疑問を持った。
いくら親しい友人から頼まれたからと言って、何故自分がここまでしなければならないのか。
それ以前からも、何故自分は誰も気付いていない事に自分が苦労し、しかも無償で戦ってきたのか。
何故自分がこんな苦痛を感じなければならないのか。ふと気が付くと九尾は自分の隣まで近寄っていた。
九尾は晃に止めを刺すべく槍を掲げる。
(…別に・・もう…良いか・…・)
九尾の姿を見て完全に諦め、晃は全身を覆う脱力感に身を任せようとする。
そして、九尾の槍が振り下ろされる。
不意に声が聞こえた。
何かが切り裂かれた様な音がした。けれど、その音の発信源は自分ではない。
虚ろに映る目の前の光景を疑った。
夢、もしくは幻であってほしかった。
何故自分は分からなかったのか。
いや、分かっていた筈だ。
彼女は他人を見捨てる事が出来ない人だと。
そう、彼女は逃げずに戦いを見ていた。
彼女は戦士が倒れたのを見て、反射的に飛び出してしまったのだ。
そして・・・・
姫悸の身体から赤い鮮血が舞い、晃の上に倒れた。
晃は何も言えなかった。何も考えられなかった。
姫悸は血の気の失せた顔をゆっくりと晃に向けて話し掛ける。
「ごめん・・な・・さい…・日月・・さん…・約束・・破って」
掠れた声で、必死に声を出そうとする姫悸。
(違う…お前は悪くない)
必死に声を出そうとする。しかし、様々な感情が入り乱れて呼吸をする事で精一杯だった。それでも彼女は晃が何を言いたいのか分かった。
「もう・・いい…の…・ひの・・つ・・き・・さ…ぁっ!!!」
そう言うと姫悸は口から血を吐き出した。どうやら傷は深いらしく、彼女は致命傷を負っているようだ。もうそれほど時間は残ってないだろう。
(みんなは・・・ずっと俺の事を心配してくれたのに…・オレは…オレはぁ!!)
自分自身が情けなく思えて晃は体を震わせる。
この時、異形の姿に隠れて傍目では分からないが、晃は本当に泣いていた。
そんな晃を見て、彼女は微笑んだ。その微笑みは本当に美しく感じられる。
その時晃は血の気を失い、今にも消えてしまいそうな彼女を見て、初めて異性を愛おしく感じた。
「日月さん…私達の…・為に・・泣かない…で」
そう言って晃の顔に手を伸ばす。
瞬間、彼女の体が宙を舞った。
「!!!」
姫悸が離れ、九尾が足を振り上げている。
彼女は背中から壁に叩き付けられ、重力に従って床に落ちる。壁と床に赤々とした血が流れ、彼女は動かなくなった。
晃の位置からは、もう彼女の顔は見られなかった。
「・・なんでだ…・?」
晃は頭の中で多くの自問自答を繰り返す。
どうして彼女は逃げなかったのか。どうして彼女を先に逃がさなかったのか。どうして力を持たない友人達は、自分の事より他人の事を優先できたのか。どうして自分は友人達を守らなかったのか。もし自分が見知らぬ他人を見捨てていれば、友人達だけでも救えたのではないか?。
多くの後悔と悔しさが晃を包み込む。
「…・クズガ・・・」
九尾は蹴り飛ばした姫悸を見ながら呟いた。その視線はまるでゴミに触れて嫌悪感を感じた様な目だった。
―今、コイツは何と言った?―
一瞬、晃の頭の中に何かの声と映像が流れる。
―コイツハ何ヲシタ? 大切ナモノヲ奪ッタ ナゼ奪ッタ? オレガ守リタカッタモノヲ オレノモノヲ オレノオレノオレノオレノ・・・・・・・・・・・・・・・・・・―
こいつが! コイツガ! コイツが!! コイツが!!! コイツガァ!!!!
(コ…ロ・・ス)
九尾の言葉を聞いた瞬間、晃の中で何かが切れた。
ダムが崩壊したように、彼の中で押さえられていた感情が溢れ出す。
何の罪もない人々を殺す敵に対する怒り。友人達を、姫悸を守れなかった自分に対する憎しみ。異形の敵を憎みきれなかった己の甘さに対する後悔。他人よりも己の事しか考えない自分に対する殺意。そして、全てを奪った九尾に対する怨み。それは腹の底から湧き上がる様に、晃の体を覆い尽くしていく。彼は生まれて初めて、本気で相手を殺したいと思った。
ただ、それ以上に自分自身が許せなかった。
「ゥオぉオオおおおオオオオオオオオオぉぉオオオオオアぁあアアあアアあアアあああアアアああああああ嗚呼嗚呼亜阿唖ああ阿!!!!」
溢れるほどの怒りを表現するかの様に叫ぶ。すると、その叫びに呼応する様に彼の身体は変化を始めた。
今の全身が緑の生体装甲に覆われた体、そして・・・赤い目と牙の意匠を持つ口、輝く二本の角を持った仮面。
そんな姿をした戦士の身体に変化が訪れる。
肩に左右に向かって伸びる羽のような棘の生えたアーマー、肘にも同じく棘と灰色の刃が伸び、両手首から赤い鉤爪が現れる。足の踵には天に向かうような赤く鋭い棘、膝も同じように伸びる灰色の刃。そして・・・その全身が緑色から灰色を経て、一気に黒に染まる。この過程で体に生えた棘や刃は更に伸び、鋭さを増していく。
「ハアアアァァァァ・・・・」
変化したその姿はまるで三年前、N県に現れた黒い戦士・カノンに酷似していた。
だが、戦士・カノンと違い、彼の瞳は赤黒く染まり、まるで爬虫類の目の様な不気味さを表していた。
「ソ…ゾンスガタザ!? …ア・アヌダバ…バガ…ア…ズ…ジ……カノン!?」
九尾が驚きと恐怖の入り交じった声を上げた。
黒い姿に変貌した戦士は九尾を睨み付け、殺すために歩き出した。
(ス…ロス…コロス…殺ス!!!)
この時、既に晃の意識は無くなっていた。
(ここは?)
いつの間にか見知らぬ場所にいた。
頭の中に靄が懸かった様に、意識がハッキリしない。ただ周りに何処かの映像が映っている。
(ゥウオオオオオオオおおおオオオオオオオアアアアアアアァァァぁぁぁ・・・・・!!!!)
突然叫び声が聞こえた。
映像の中、浮かぶようにして存在している晃は、どこからともなく聞こえてくる声に驚く。
(ォ゛オ゛オオオ゛・…!…があ゛あ゛あぁ゛ぁ・…・!)
(なんだ!? どうしたんだ?)
必死になって口を動かすが、晃の言葉は音にならない。
声の主を捜し、それらしい姿を見つける。だが、その姿は靄が懸かっているようで朧気にしか見えない。
(人・・ん・・がぁ!…放せぇぇええ!!…・の力・・破滅…ても……絶対…だ!!!)
(あれは…)
(殺す!!……の…を奪った…味方・は……ろうが!!…・皆…殺…!!!)
徐々に周りの景色が消え始め、声の主も少しずつ遠ざかっていく様に見える。
(おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・!!!!)
一際の声が響いた後、徐々に声は遠くなっていった。
(あれは…)
消え去っていく景色の中、遠ざかっていく声の主の姿がハッキリと見えた。
その存在は人々を様々な武器や己の拳を振り回して全てを破壊している。その鬼気迫る姿は正に悪魔の様だった。
だが、晃は知らなかった。
漆黒の瞳を持ち、全てを破壊している悪魔の姿が戦士・カノンと呼ばれる存在と酷似していた事に。
周りの景色が消えるのと同じ様に、晃の意識も白い靄に覆われて消えていく。
意識が無くなっていく中、晃は誰かが泣いている様な気がした。
(…ねが・い・…を・めて)
意識が無くなる瞬間、晃は涙を流している一人の少女の姿を見た。
気が付いた時には全てが終わっていた。
自分の周りには人の物だったのか、怪人の物だったのか分からない肉片が散らばっていた。その中心に自分が立っている。だが、別に何とも思わなかった。自分の身体を見てみると、変身は解けていて瀕死になるほどの傷が全て塞がっていた。にも拘らず晃はただ、人形の様にその場に立っていることしか出来なかった。
デパートの入り口付近に多くの野次馬が集まっていた。
昼間と違いデパートは今にも崩れ落ちそうなほど、其処彼処が壊れているのが見える。
未来は人を寄せ付けなかったこの場所に、突然人が現れた事に驚いた。だが、それは晃が全てを終わらせてくれた証だと思い一時は喜んだ。けれど、何時まで経っても誰も出てこない事に不安を覚える。今はデパートの異変に気付いた人が呼んだ消防団や救急隊員達が人々の救助にあたっている。
救助された数少ない人達が虫の息で運ばれていく、その光景を見ている内に未来は嫌な予感に包まれる。
(きっと・・大丈夫…だって・・約束してくれたから)
しかし、彼女の期待は裏切られる。
運ばれていく救助者の中に、自分の探していた人物がいた。
その人達の姿を見たとき、未来は自分の血の気が引いていく様な感じがした。
ジャリッと言う音を立て、晃が未来に近づいた。
その音に気付いた未来は振り返り、困惑した表情で涙が溢れそうな瞳を晃に向ける。罪悪感から晃は彼女を直視できなかった。
「どう…して?」
俯むいたままの晃に、未来が問いかける。
晃は何も言えなかった。
「どうして黙ってるの!?」
何も答えない晃に声を荒げる未来。
「どうして皆を助けてくれなかったの!!?」
両手を握り締め、晃を叩く未来。
晃は何もせず、未来のやりたい様にさせている。
「何で…」
未来は何か言ってほしかった…でないと晃にやり場の無い怒りを全てぶつけてしまいそうだから。
その思いを知らない晃は何も答えてくれない。
未来はその場に留まる事が出来ず、一度力を込めて叩いてその場から逃げる様に走り去る。
晃はその後姿を見送る事も出来なかった。ただ、自分自身の不甲斐無さを憎み、拳を強く握り締めるだけだった。
卒業式の日、そこに晃の親しい友人達の姿は無かった。
何もなければこの日に一緒に卒業するはずだった三人。
デパートの事件は原因不明の爆発事故として扱われた。
ただほとんどの人が死亡した現場からの数少ない生存者という事で、多くの生徒が晃をやや遠巻きにして好奇の視線で見ている。
晃はそんなことは一切気にしなかった。気になるとすれば、未来の事だった。
正直、今は彼女に会いたくない。
いつも一緒にいた仲のよかった四人組。
今卒業式に来ているのはその中のたった一人きり。
卒業式が終わった後、オレは両親に家を出る事を話した。
友人達を見殺しにした自分だけ、のうのうと普通の暮らしを送るような事はしたくなかった。
いや違う、ずっとこの場所に居る事が辛いから…友人達と会いたくなかったから、逃げる為に家を出るのだ。
行き先はどこでも良かった。
少ない荷物を持って、友人達がくれたバイクと共にオレは逃げ出した。
数ヵ月後、戦いに向かった晃は自分の変化に戸惑った。
「何でだ!? どうして力が出せない!?」
晃の姿は以前の緑の戦士でなく、水色の戦士に変わっていた。更に以前のような力が出せなくなり、心に余裕が無くなっていく。
「こんなんじゃ…・あいつ等をぶっ殺す事が出来ない」
晃は友人達を守れなかった時の憎しみを糧に戦おうとしていた。その想いに力は答えてくれない。
「クソ!!…トコトン使えねぇ!!」
思い通りにならない事に気持ちが荒れる。
それが段々他者に対する怒りに変わっていく。
「大体なんでオレがこんなに苦しまなくちゃいけないんだ!? こんな胸くそ悪い思いしてまでよぉ!」
そう、オレには何の義務も無い、なのにどうしてここまで悩まなくてはならない?
オレは何も悪くない。あの時、あいつが他人の事を頼んだから自分は言う通りにした。
あの時、彼女達が自分の事だけ考えていれば彼女達は助かった筈だ。
全部あいつらが悪いんだ。あいつらが馬鹿だったから・…だから…
…違う…そうじゃない。
分かってる。
誰一人救う事が出来なかったのも、霊石が力を貸さないのも、オレに覚悟が無かったからだ。
誰かの為に命を懸けるという覚悟。
それだけの覚悟があれば少なくとも自分の友人達くらいは助ける事が出来たはずだ。
もし、オレ以外の誰かがこの力を持っていたら、もっと多くの人が救われたのに…
あれから友人達とは会っていない。生きているのかどうかも分からない。
どんな状態になっているのか知りたかったけど、会いに行く勇気が出なかった。
会ってしまったら自分の罪の重さに耐えられないと思うから。だからオレは家を出た。
もしかしたら自分は逃げる為の死に場所を探しているのかもしれない。けれど出来ない。
それだけの根性があれば戦う事に費やせただろう。
死ぬ覚悟も、戦う勇気も無い。あまりにも自分が情けなかった。
晃は自嘲気味に笑い、歩き出す。
一体何故こんな事になってしまったのだろうか。
これからどうすれば良いのかも分からない。
晃は先の見えない道を歩いていく。
この時晃は二年後の出会いによって、再び笑えるようになるとは思いもしなかった。
そして、友人達が犠牲になった事件が、序章にもならないという事も。
全ては二年後…その時物語は動き出す。
First Episode [無情]Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRider Revenge
cross story
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後書き
作者:はい、これが晃の戦い第一部エピソードって所ですね。
晃 「は…半端な…(汗)」
作者:仕方ないんだよ…これ元々没案を使い回したようなモンだし…
銀澪「それなら使わない方が良かったんじゃ?」
作者:でもこの後の事で九尾との戦いの事書いとかないと、最初に言った通り恐らくパワーアップのシナリオに支障が…
晃 「このSS事態元から支障きたしてるだろ」
作者:今回も色々とギリギリかなぁ?
晃 「許容量オーバーだろ」
作者:うう、皆さん申し訳ありません。
取り合えず、DО―DОさんのThe Another Legendの祐一君が逃げたバージョンと思ってください。
晃 「ぶっちゃけ過ぎじゃぁ…」
銀澪「諦めよう…この人に知識・応用という言葉は無い」
作者:なんか偉い言われようだな…兎に角、ここからです! ここから晃君は成長していくのです! 多分!
今後、昔の友人も絡ませる予定! その果てに彼等は如何なる未来を歩むのか!? 乞うご期待!!
晃 「出来ないって」
ここまで呼んでくださる方がいるか分かりませんが、もしいたらありがとうございます。
必死に書いていこうと思いますので、これからも物凄く温かい目で見てください。
それでは