水瀬秋子。
私のお母さん。

お母さんは、とても強い人だと思う。
お母さんはたった一人で私を育ててくれた。
お母さんがいたから、たった一人なのに、私は笑っていられた。

だから、私はお母さんのようになりたいと思っていた。







いままでの私、これからの私たち







「祐一っ、早くー」
「病院内で大声を出すなよ、名雪」
「あ、ごめん」
「ったく……」

私がそう言うと、祐一は面倒臭そうに、それでいて早足でこっちに歩いてきてくれた。

その日は日曜日。
私と祐一は事故で入院していたお母さんのお見舞いのために病院に足を運んでいた。
一時は意識不明の重体だったお母さんも、いまではすっかり良くなって通常病棟に移されている。
今日は通常病棟に移されて会う、初めての日だった。

病室に入った私は、上半身を起こして窓の外を眺めていたお母さんの姿を見て、嬉しくて思わず声を上げた。

「お母さんっ」
「……名雪。大きな声を出さないの。ここは病院なんだから」

振り向いた矢先、祐一と同じ事を言われて、私は思わず赤くなった。
こんなに元気なお母さんを見るのは久しぶりで、ついつい気持ちが弾んでいたとはいえ、ちょっとはしゃぎすぎていたかもしれない。

この病室は、四人くらい入れる部屋だったけど、周りのベッドに寝ている人はいなかった。
数日も経てばまた別の患者さんが入ることになるのだろう。

「秋子さん、体の具合、どうですか?」

祐一がそう言うと、お母さんは頬に手を当てて、微笑みながら答えた。

「ええ。もう随分いいわ。
 後少ししたら退院できると担当医の方もおっしゃっていたから、もう大丈夫よ」
「それはよかった。早く秋子さんの手料理が食べたいですよ。名雪のには飽きてきた所なんで」

ニヤリと笑いながらの言葉。
それが冗談だとは分かっていたけど、私は思わず文句を口にしていた。

「祐一、ひどいよー」
「冗談だよ、冗談」
「……あら?」

そんな会話の中、お母さんが唐突にそんな声を上げた。

「どうしました?」
「ジュースを置いていたと思っていたのだけれど……」
「それなら、俺が買ってきますよ」
「そうですか?ならお願いします。私は何でもいいですから」
「私はイチゴの紙パックのジュースがいいな」
「ああ、分かったよ」

それだけで分かったのか、祐一は財布の中身を確認してから、病室を出て行った。

私はただなんとなく、その背中を見送る……いや、見つめていた。
そうせずにはいられなかった。

そんな時。
お母さんが、そんな私を見てなのか、微かな微笑みを漏らした。
その声に気付いて、私はお母さんに向き直った。

「お母さん?どうかしたの?」
「ふふ、なんでもないわ。
 ……ただ、安心しただけ。名雪が、心を通わせ合える、大切な人を見つけたみたいだから」
「え?ええ?!」

慌てふためく私を、お母さんはただ穏やかな瞳で見詰めていた。
それは、「全てお見通しよ」と言っている、そんな瞳だった。
それが不思議で、私はお母さんに尋ねていた。

「……どうして、そう思うの?」
「祐一さんを見る、今の名雪の顔で十分よ。本当に良かった……」
「お母さん……?」

そう呟くお母さんの様子が、いつもと違う事に気付いて、私は問い掛けるように呟いた。
そんな私の視線に気付いたお母さんは、微かに顔を俯かせた。

「私が眼を覚ました時……まず最初に考えた事、名雪の事だったのよ」
「え?」
「名雪が泣いてないか、悲しんでないか。それがまず頭に浮かんだの」
「……あ、う」

お母さんが事故に遭った時。
私はどうしようもなく悲しみにくれて、部屋に閉じ篭っていた。
それこそ、祐一がいなかったらどうなっていたか分からない。
だからお母さんの言葉を聞いて、少し耳が痛かった。

「だから、少し心配していたんだけど、今の名雪の顔を見たら安心したわ。
 名雪は、祐一さんと一緒に強くなったのね」
「そんな事ないよ……私、弱いままだよ」
「どうして?」

少し恥ずかしかったけど。
お母さんの笑顔を見ていると、全てを話さずにはいられなかった。

「……祐一が言ってくれたの。
 ずっと一緒にいてやるって。名雪は女の子だから弱いままでいいって。自分が支えになるって。
 そう言ってくれたから、私は今こうしてここにいるの。
 私は、強くなったわけじゃない。
 お母さんみたいに、強くないよ……」

そう言うとお母さんは首を横に振って、言った。

「名雪。あなたがそう言うのなら、私も強くなんかないのよ」
「え?」

私は、お母さんがとても強い人だと思っていた。
お母さんはたった一人で私を育ててくれたから。
お母さんのお陰で、私はずっと笑っていられたから。

そんなお母さんが弱い……私は、その事実を受け入れ切れなかった。

お母さんは、そんな私の混乱を見透かしているように、言葉を続けた。

「私は……名雪がいるから今まで生きていられた。
 あなたがいたから、あの人がいない長い時間を潜り抜けていく事ができたのよ」

あの人……それが私のお父さんだという事はすぐに分かった。

そして、私は呆然とさせられた。

何故、今まで、気付かなかったのだろう。

私はお母さんと二人きりだった。
それはとても辛い事だと思っていた。

でも、それは。
お父さんの顔さえ知らない私よりも、お父さんと愛し合って私を生んだお母さんの方が本当に辛かった筈なのに。

お母さんは押し黙った私に向けて、言葉を紡ぎ続けた。

「名雪。
 あなたが言うように私が強いと思うのなら、あなたもまた強いのよ」
「私が……?」
「私の強さというのは、一人じゃ作れないもの。
 それは、誰かと一緒に築き上げていく強さ。
 私があの人と築き上げ、あなたを生み。
 あなたと一緒にもう一度築き上げた、そんな強さ」
「……」
「それは、もしかしたら強さじゃないのかもしれない。
 でもね名雪。私は強くはないかもしれないけど、今、幸せよ。
 名雪の一番大切な人が可愛い甥で、その人と一緒にいる名雪はとても幸せそうだから。
 私は、それでいい。
 それでいいと、心から思っているの……」

そのお母さんの顔は、今まで私が見てきたどのお母さんよりも優しく、穏やかで、そしてなにより強い微笑みだと、私には思えた。







病院から出た私たちは、ゆっくりと家路を歩いていた。
その中で、私は思った事を、疑問を、言葉にした。

「ねえ、祐一」
「なんだ?」
「祐一は、強くなりたい?」
「……お前、質問が唐突過ぎだぞ。俺を格闘技王にでも仕立て上げるつもりか?」
「うーごめん。でも、ちゃんと答えて」
「……まあ、俺は男だからな、弱いよりは強い方がいいさ」
「なら、幸せになりたい?」
「そりゃ、不幸せになるよりはな」
「じゃあ幸せになるのと、強くなるの、どっちがいい?」
「幸せな方がいいさ」
「どうして?」
「強くても、幸せにはなれないかもしれない。
 でも幸せなら、強くなくてもいいだろ?
 まあ、どっちにしても、お前は心配しなくていいさ」

そう言うと、祐一は私の頭に優しく手を置いた。
そして、そのままに言った。

「何を不安になってるんだか知らないが、言っただろ。
 お前は強くなくていいって。
 お前の分まで俺が強くなって、幸せにするさ」

恥ずかしいのか、ぶっきらぼうな言葉で、顔は私から逸らしていた。
でも、そこにある気持ちに嘘がない事を私は確信できた。

「それなら、文句ないだろ?」
「うんっ!!」

私は嬉しくて、飛びつくような勢いで祐一の腕にしがみついた。

「って、いきなりくっつくな!!重いだろうが!」
「ひどいよー。私、重くないよー」
「重いものは重いっ!」

そんなやり取りをしながらも、祐一は力付くで私を振り解こうとはしなかった。

……そんな祐一だから、私はこの身を預けられる。

求めるものが強さじゃなくて。
求めるものが幸せなら。
そして、この人と一緒なら。

きっと、歩いていける。
どこまでも、どこにでも、そしていつまでも。

そうして、いつかお母さんのように幸せになる。
なっていこうと、私は強く強く思った。

そんな決意を認めてくれるように。
一つになった影が、私たちの歩く道へ長く永く伸びていた。




…………END



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