それは遙か昔から続くものだった。

それは美しく、何より純粋だった。

それは、ただ大切なものを守りたかった。

 

 

―殺せ―

 

―あれは災い―

 

―災いは消し去らなければ―

 

―あの娘を殺せ―

 

―あの化け物を殺せ―

 

―あれは存在してはならない―

 

―この世から消え去れ―

 

―滅せなければ封じよ―

 

―あれはこの世に―

 

―存在してはならない―

 

白い翼が舞っていた。

それはとても綺麗で儚かった。

その翼は純粋な白い輝きを放っていた。

けれど人々の恐怖が翼を汚していった。

人は呪詛を放ち、翼を縛っていった。

それを解く為に翼は力を解放した。

怒り、憎しみ、絶望、恐怖、悲しみ。

すべてを解放した。

そして感情は全てを壊した。

光が全てを包み、光が全方へ飛び散った。

後には全てを無くした黒い翼が残った。

 

 

 

事の始まりなど誰も分からぬまま時が過ぎた。

幾千の時を越え、枷の鎖は緩み始める。

鎖を壊さんと翼は動き世界を壊そうと、翼を封じようと鎖も世界と繋がろうとする。

それらはゆっくりと、確実に動き出しつつあった。

そして、それは一組の少年と少女を戦いへと誘った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー

LEGENDBLOCKADE

「甦りし封印」

前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫…いける! 頑張れ俺!!」

ここは、とある港町にある寺の社殿裏手。

そこで一人の少年が壁に肘を突きながら、時折壁を叩きながらブツブツと何か話していた。

「カァーーーーーーーーーーーーーッツ!!」

−スッパァアアアアアン!!−

「ぐぁっ!?」

少年の頭に巨大なハリセンが叩き込まれ、大きな音が響き渡る。

「何すんだよ和尚!!」

少年が頭を抑えながら振り向き、突然の事に驚きながらも抗議の声を上げた。

そこには髪の毛の存在を完全に消滅させた中年の男性が、呆れた顔をしながら立っていた

はっきり言って、お坊さんが着るような服を着ている事からこの寺の住職なのだろう。

「朝っぱらから雑念をむき出しにしとるからじゃ」

少年の講義に対しハリセンを方に背負い、呆れた表情をしながら話す。

「酷いなぁ…雑念じゃなくて俺の情熱を溢れ出してるだけじゃないか」

「アホな事言っとらんで早く学校に行かんか」

「・・・今何時?」

少年の問い掛けに対し、和尚は腕時計を摘むように持って少年に見せる。

そこに記された時間を見て、少年の表情がみるみる青ざめていく。

「遅刻じゃないかぁああー!?」

少年は叫ぶと急いで駆け出し、本堂の中に入っていく。

寺の中でドタバタと騒がしい音が響いた後、少年は社殿裏手に残った和尚の所に戻り、その手から腕時計を奪い取るように持っていく。

「どうしてもっと早く教えてくれなかったんだよ!?」

言いながら少年は、更に裏手にある物置小屋らしき場所に入っていった。

「お主がこんな所で妖しい事しとるからじゃろうが」

「だーかーら、俺にとっては今日が人生の分かれ目なんだよ!!」

言いながら少年はバイクを転がしながら小屋から出る。

「なんじゃ? 学校でテストでもあるのか?」

「そんなのどーでも良いよ!」

良くないだろと言う和尚の言葉を聞き流しながら、時計を見て時間を確認する。

急いでヘルメットを被ってバイクに跨り、一気にスピードをつけて走らせていった。

「今日は彼女の誕生日なんだよ!!」

 

 

・・・

 

この港町は平和そのものであった。

ここだけでなく、他の市町村も多少犯罪が起こるものの比較的平和と言えるだろう。

しかし、日の当たらない影の部分では既に何かが始まっていた。

その事に気付いている者は少なく、多くの人が普段どおり過ごしていた。

その中にはこの少年、大空寺八雲も入っていた。

 

大空寺八雲。

彼はこの港町にある寺に住み、この港町にある高校に通うごく普通の少年である。

今日彼は、自分が思いを寄せている人へ告白をしようと決めていた。

先程まで社殿裏手にいたのは告白前に気持ちを落ち着けようとしていたのだ。

彼女の誕生日にデートに誘い、取って置きの場所に案内して良い雰囲気を作り告白する。

そう決めた日に遅刻したら、何となく不吉な感じがするので今は急いで学校へと向かう。

 

彼は知らなかった。

遥か昔に起こった争いの事も、これから起こることも。

この日が彼の転機となる事も。

平和な日と大切な人との別れを告げる運命の日だと言う事さえも。

 

 

・・・

 

―キーンコーンカーンコーン―

「うおおおおおおおおおおお!! 燃えろぉ! 俺のブレイブハートォ!!」

八雲は訳の分からない事を叫びながら全速力で教室に飛び込んでいく。

「きりーつ」

ガラッドガン!!

勢い良く扉を開けて教室に入る。

彼の担任は出席を取る前に入れたら遅刻ではないのでセーフだ。

その事に安堵し、息を切らせながら着席の号令と共に自分の席に着く。

「セーフ」

「お疲れ! 八雲くん」

疲れきって机に突っ伏す八雲に隣の少女から声がかけられる。

「あ、ああ。朝から良い仕事したぜ」

体力的な面と精神的に出た汗をふき取りながらふーっと一息つく。

内心ドキッとしながらもいつも通りおどけてみせる。

「まだ配達のバイトしてるの?」

八雲の仕草に微笑しながら少女が尋ねる。

「ふっ爽やかな朝を届けるのは美少年である俺の義務だからな」

自分で言うのも図々しいが、確かに八雲はかなり格好良い容姿に入る。

黙っていれば殆んどの女性が彼に交際を申し込むのだが、本人にその気が無い為、そういう付き合いはない。

そんな彼と親しげに会話しているの少女は、八雲の幼馴染で青海水鳥という。

学年でも上位に入る容姿の持ち主で、八雲が恋した少女である。

配達のバイトをしたのも、彼女の誕生日に間に合わせる為に影で色々頑張ったのだ。

もっとも、給料貰った時点で止めてしまっているのだが、今はどうでも良い事だろう。

「ほらそこ、喋らなーい」

担任の女教師が二人を注意する。

「ちっ朝の暑・・・じゃない楽しみくらい見逃して欲しいよね」

もう少しおどけようかと思ったが、ついどもってしまった。

どうも、告白すると決めてから緊張してしまったのか、迂闊な発言が出来ないようだ。

「仕方ないよ、ちゃんと聞くのが学生の本分でしょ?」

「仕方ない、じゃあ最後に一つ聞いて良いか?」

その言葉に首を傾げる水鳥。

「今日放課後、ちょっと・・・付き合ってくれないか?」

「うん、良いよ」

(そんなあっさり!?)

かなり覚悟を決めて切り出したのに対し、あっさり返されて力が抜ける八雲。

まぁ、いつも気軽に話して遊びに誘ったり、何なりしているのだから当然の反応だろう。

その際机に頭をぶつけそうになりながらも、何とか持ち直す。

(全く脈絡なしなのか? ・・・いや、落ち着け俺! 取り合えず第一段階はクリアだ!)

「どうしたの?」

「いや・・・じゃあ後で話したい事あるから、また放課後話すよ」

そう、全てはこれから始まるのだ。

 

 

・・・

 

闇の中、何かが動き出していた。

 

―≪時ガ来タ≫―

 

―≪立テ、時ノ糸・・・封印ノ鎖ヨ≫―

 

―≪因果ヲ壊シ・・・破滅ヲ齎スモノヲ≫―

 

―≪悪シキ翼ヲ持ツモノヲ≫―

 

―≪アノ悪魔ヲ殺セ!≫―

 

 

何所からか響く声に誘われ、別々の場所で幾人の人が天を仰いだ。

そして、手繰り寄せられるかの様に、其処に幾人の人影が集まった。否、現れた。

人が闇の中に現れるのと同時に色とりどりの、だが全てが黒色に近い鳥居が現れる。

それらは円になるように並ばれていた。

しかし、唯一つだけ主の居ない黒に近い緑色をした鳥居があった。

その事に気付いた一人が尋ねる。

『そこのヤツはどうした?』

『さぁね』

『死んでるんじゃない?』

人影はあまり興味なさそうに会話する。

―≪彼奴ハ、アレノ近クニイル≫―

その言葉に全員が鋭い目つきになった。

『まさか、アレがもう復活しているの?』

『オレ達がいる事がその証拠だろ』

『そうゆう意味じゃないわよ!!』

口喧嘩を始めた人影を余所に、円の中心に何かの映像が映し出される。

『なんだぁ、アリャァ?』

『どうやら、未だに覚醒してないようね』

映し出された映像を見て、それぞれの反応を返す。

その大半が呆れや疑惑の眼差しを向けていたが、ただ一人口元に笑みを浮かべる存在がいた。

映し出した本人、人か何かも分からないその存在は黙って映像を写し続ける。

そこには一組の少年、少女の姿が映し出されていた。

(八雲・・・)

笑みを浮かべた人影は、映像の中の水鳥と一緒に映っている八雲に対して呟いた。

 

 

・・・

 

放課後、授業も終わり水鳥と八雲は二人で下校していた。

「話って何かな?」

「あ、や・・・その、今日帰り遅くなっても大丈夫か?」

多少顔を赤らめ、土盛りながらも本日の予定を尋ねる。

その様子に水鳥も少し、頬を赤く染める。

「えっと、大丈夫だと・・・思うけど」

「そっか・・・良かった」

心の中でガッツポーズを取りながら、決してそれを外に出さないように冷静を装う。

いつもはもう少し冗談など言いながら帰るのだが、今日はそれが出来ない。

自分らしくないと思いながらも、あくまで冷静に行動するよう務める。

しばらく歩き、堤防にたどり着く。

「ここがどうかしたの?」

「ちょっと休憩って所かな」

そう言って堤防に腰を下ろす。

続いて水鳥も制服のスカートを押さえて腰を下ろす。

「風が気持ち良いね」

そよ風に髪を揺らし、それを手で押さえながら目を細める。

その横顔に体が熱くなるのを感じ、それを誤魔化す為にポケットに入れといた物を取り出す。

「きょ、今日・・・誕生日だったろ?」

「あ、そう言えば・・・忘れてたよ」

八雲は水鳥の前に、自分の握り拳を差し出す。

水鳥は意味が分からず、首をかしげて八雲に顔を向ける。

「誕生日プレゼント」

そう言うと握り拳の手の平を上に向けて指を広げる。

そこには中心に大き目で、円形の穴が開いた六角形のリングが付いたネックレスの様な物があった。

「良いの?」

「いらないなら、無理しなくて良いんだけど」

「そんな事ないよ」

八雲が手を引っ込めようとすると、空かさず水鳥が手を掴んで止める。

「凄く嬉しいよ」

(本当は後で渡すつもりだったんだけど・・・まぁ良いか)

「ここの穴、何か入れられそうだね?」

「ああ、水鳥って確か、何時も大切に宝石みたいなの持ってるだろ?」

「この月光石の事?」

八雲の言葉を聞いて、水鳥がポケットから丸い不思議な輝きを放つ、水晶玉の様な物を取り出す。

「なるべく填まる様に作ってみたんだけど」

「へ〜、手作りなんだ」

頬を赤く染め、嬉しそうに目を細めながら月光石を六角形のリングに填め込む。

すると、通り抜けたりつっかえたりせず、ピッタリ収まった。

「凄〜い! ピッタリ填まったよ?」

(マジで凄くないか俺!?)

まさか本当に収まり切るとは思わず、内心かなり驚く八雲。

水鳥は月光石を填めたネックレスを嬉しそうに八雲に見せると、直ぐに自分の首に掛ける。

満面の笑顔を見せる水鳥を見て、八雲は計画も忘れて本当に良かったと思う。

 

その後も他愛無い話をして時間を潰し、場所を移動して山に付いた頃には夜になっていた。

―ドクン・・・ドクン―

(さっきから変に心臓がドキドキするな・・・狼になったら洒落にならないよ)

水鳥の手を引いて山道を歩きながら、八雲は夕闇が暗くなる程鼓動が早くなるのを感じていた。

「何所までいくの?」

「水鳥も行ったことがある所さ」

―サァァァアアアアアアア―

暫らく進んでいくと水が流れる音が聞こえてくる。

先に進む度に涼しげな風が歩いて熱くなった肌を心地良く冷やす。

「そろそろ着くよ」

その言葉に答えるように水の流れる音が次第に大きくなっていく。

そして、獣道を抜けるた二人の視線の先には光り輝く雫が舞う、美しい光景が広がった。

「・・・わぁ」

滝から流れ落ちる雫が月の光を受けて、まるで星の輝きの様に光り輝いている。

「キレイ・・・」

「星みたいだろ?」

この場所は八雲が幼い頃、道に迷ったとき偶然見つけた場所だった。

「たまに、辛い事があったりしても・・・ここに来ると和むんだ・・・特に夜はね」

「ふーん。八雲君にも辛い事ってあるたんだ?」

「俺ってそんなに能天気に見えるのか?」

「ごめん、冗談」

少し舌を出して謝る水鳥。

その様子を見て、八雲は遂に覚悟を決める。

 

そんな二人の姿をかなり高所の木の陰から見ている人影があった。

「駄目ねぇ・・・使命を忘れて遊んでちゃぁ」

人影は声の質と身体つきからして女性のようだ。

女性は普通の人間には無い気配を漂わせ、目に怪しい光を宿し妖面の笑みを浮かべる。

そして、ゆっくり片手を顔の前に持っていき何かの印を組む。

「封樹之怨鎖似身ヲ徹私・・・」

女性が呪文の様な言葉を唱え始めると、身体から怪しげなオーラが湧き上がっていく。

「祖之身ヲ魔斗士、過去之亡者ヲ撤ス呪甦者ト成ラン」

呪文を唱え終えると、印を組んだ指先を八雲に向けて伸ばした。

 

―ドクン・・・―

瞬間、八雲の心臓が異常な胎動を始めた。

「グッ!?」

突然の事に驚く間も無く、急激な不快感と苦痛に膝を付く。

「八雲君!?」

―ドクン! ドクン!! ドクン!!!―

―≪キガ・・・キタ・・・・・・≫―

(な、何だ!?)

自分を襲う苦痛と一緒に嫌に響く声が聞こえてくる。

その反面、隣で呼び掛けている水鳥の声を聞く余裕は全くなかった。

―≪・・・ヲ・・・殺セ・・・・・・役目ヲ果タセ・・・≫―

謎の声が聞こえてくる度に心臓の動きが激しくなり、八雲の意識は徐々に薄れていく。

「グ・・・ガァ!!」

「や・・・八雲君、大丈夫!?」

水鳥は苦しんでいる八雲に手を伸ばそうとする。

(駄目だ!! 来ちゃ・・・いけない!!)

今の自分では彼女に危害を加えてしまうかもしれない。

直感的にそう感じ取った八雲は、水鳥の手を潜り抜けその場から駆け出した。

一旦水鳥の視界から見えない所まで辿り着くと、息を整えようと木に背を預ける。

「ハアッ! ハッ!! ハァ!」

先程より心臓の鼓動が激しさを増し、激しい不快感と言い様のない黒い衝動が意識を奪いそうになる。

八雲は気持ちを落ち着けようと天を仰いだ。

そして、八雲の視界に銀色に輝く満月の姿を捉えた。

(!!?)

―ドクン!!―

瞳に満月を捉えた時、一際大きな脈動が起こり八雲の身体に内側から変化が現れる。

身体の節々に急速に何かの根が張る様な感覚を感じ、先程より急速に意識が遠のいていく。

月から目を離さなければ、そう思いながらも金縛りにあったように全く身体が動かない。

その瞳の色が徐々に満月と同じ銀から白をへて禍々しさを携えた紫色へと変化する。

そして、八雲の腹部から中心部に黒に近い緑色の宝玉のあるベルトの様な物が現れる。

(駄目だ・・・もぅ・・・・・・オ)

「ォ・・・ォオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーー!!」

八雲の叫び声に呼応するかのようにベルトの宝玉が鈍く光り出し、その身体が一気に変化を起こした。

皮膚が黒く染まり胸部、両肩、両腕、両足に黒に近い深緑の装甲に覆われていく。

頭も中心が赤いラインに中心に小さな宝玉が填め込まれ、その金色の鋭い刃の様な二本角を持ち、限りなく黒に近い紫色の丸く大きな瞳をした黒い仮面に変化する。

変化が終わる頃には八雲自身の意識は無くなり、今や黒緑の怪人と呼べる存在は気を落ち付ける様に項垂れる。

「ゃ・・・君!?」

その怪人の後ろで草を掻き分ける音と水鳥の呼ぶ声が聞こえた。

「八雲君! どうし・・・!?」

怪人は声のする方に顔を向けると、ちょうど八雲の後を追いかけてきた水鳥と対面する。

怪人は何も言わず、水鳥は突然異形の存在と対面した事で一瞬思考が止まってしまった。

(見ツケタ・・・)

「さぁ・・・早くその子を殺しなさい」

先程の木の上から二人の様子を見ていた女性が怪人に対して呟く。

その言葉に答えるように、怪人は水鳥に恐るべきスピードで迫った。

ガッ!!

「ぁ!?」

水鳥は驚く暇も無く怪人に首根っこを掴まれ、そのまま凄いスピードで後方に押しやられる。

ザザザザザザザザザザザザザザザザザッド!!

一気に森を走り抜け、先程立ち寄った滝の所で怪人は水鳥を地面に押し付ける。

水鳥は強く背中を打ち付けられ、強制的に肺の空気を出され苦痛に顔を歪めた。

(コレデ・・・終・ワ・ル)

怪人は水鳥が逃げられないように首を掴んだ手に少し力を込める。

水鳥は苦痛から逃れようと体を動かそうとするが、叩きつけられて麻痺してしまったのか思うように動かせない。

「うっ・・・ぁぁ」

必死に身を捩るが、その程度の微々たる抵抗では全く意味が無かった。

(死・・・ネ)

怪人は水鳥の様子など構わず首を掴んだまま、もう片方の手をゆっくり振り上げる。

―チャリッ―

不意に水鳥の首から何かが落ちた。

怪人が不意にその物体を目で追うと、そこにはネックレスに填まった月光石が淡い光を放っていた。

「や・・・く・・・も・・・くん」

(!!!?)

月光石の光と水鳥の呼び掛けに気が逸れた。

その時、月が雲に覆い隠されていき、周囲が先程より更に暗くなっていく。

怪人は振り上げた手を下ろしていき、月が隠れていく様に怪人の大きな瞳が禍々しい黒紫から徐々に緑色に変わっていった。

(み・ど・・・り?)

同じ様に八雲の意識も徐々に鮮明に呼び覚まされていった。

ハッキリしてきた視線の先には水鳥がぐったりと力無く横たわり、その彼女の首を掴んでいる自分の手を見て驚く。

すぐさま水鳥の首から手を離し自分の身体を見渡す。

(俺は何をした?)

自分の身体の変化に驚きつつも、彼は今まで自分がしていた事を思い出す。

自分は本来浮かぶ筈の無い感情に支配され、彼女を殺そうとした。

何より心から愛し、守りたいと思い、だからこそ告白しようと決めた人。

それなのに何故自分は彼女を殺そうとしたのか。

(おれは・・・俺は・・・)

「俺は水鳥になにをしたああああぁあぁあああぁぁああああああああ!!?」

八雲は自身の心の憤りを全て吐き出すように叫んだ。

「・・・何を気にしているの?」

「!?」

何の物音も立てずに突然背後から声が声をかけられ振り返る。

そこには先程まで木の上で様子を見ていた女性が怪しく微笑みながら立っていた。

だが、その女性からは身が絞められるような気配が発せられている。

「それが貴方の役割でしょう?」

異形の姿をした八雲に女性は全く恐れず、まるで知り合いと話しかける様に近づいていく。

女性が一歩一歩近づく度に一段と空気が重くなり、身が締められる様に感じる。

「私達、鎖の呪蘇者の役目は世界を破滅から防ぐ事・・・その女の子一人殺すくらい気にする事ないわ」

女性は八雲の目の前まで来ると、顔を近づけその異形の顎に手を添える。

「それが世界を救う事なのだから」

八雲はその女性から自分と近いモノを感じ取っていた。

そして、先程水鳥を襲ったことも含めてその答えが今ハッキリと分かった。

「そうか・・・アンタか」

「?」

「よくも俺を操ってくれたなあぁああああ!!」

「な?!」

叫び、怒りを込めて豪速の拳を振りぬくも、女性は間一髪の所で後方に飛んでかわす。

「仲間に向かって何をするの!?」

「勝手な事を言うな!! 俺はアンタの事なんか知らねぇよ!!」

伸ばした拳を横に振り払い、収まらない怒りに両方の握り拳を震わせながら言い放つ。

「今日はなぁ!! 彼女の誕生日だったんだ!! それがこんなになって・・・告白どころかトラウマになったらどう責任とってくれるんだぁ!!!」

(今日こそ好きだと告白しようとしてたのに!!!!)

「そ、そんな事で私たちを敵に廻すと言うの!?」

「俺に本気で水鳥を殺させようとしやがってぇえー!! ぶっ飛ばす!!」

驚きと呆れが混じったように話す女性を無視し、八雲は水鳥を一目見てから女性に向かって駆け出して思い切り拳を突き出す!

「ラァ!!」

「ふっ」

女性は余裕の笑いを浮かべ、大きく跳躍してパンチをかわす。

「どうやら少しお仕置きが必要みたいね」

そう呟いて地面に着地すると、女性は指を二本立てて顔の前に持っていき何かの印を切る。

すると女性の腹部から中心に黒を含む赤紫色をした宝玉のあるベルトの様な物が現れる。

(我が身を封じの印として、天より生まれた呪いを身に憑かせ、それを封じ転じて滅し天へと還さん)

「我・身・吾・封・印。天・生・憑・呪。封・滅・転・還!!」

呪文を言い終えると、女性は印を作りピンと立てた指を横に振り払う。

すると女性の身体が徐々に黒を含んだ赤紫色の光が纏わり付いていく。

光が肌に重なると全身がやや赤を含む黒い肌に変化し、赤黒いボディアーマーに手甲、足甲、サポーターが生み出されていく。

頭部には八雲と同じ様に黒い仮面に覆われ、丸く大きな赤黒い目が妖しく光る。

さらに金色に光るマウスガードに覆われた口、中央に小さな宝玉が填め込まれ、その左右には二本の触覚が現れる。

光が止んだ時、そこには形状の違いや胸の膨らみなど女性を思わせる違いがあるが、今の八雲と似通った怪人の姿が立っていた。

「その姿・・・やっぱりアンタが俺をこんな姿にしたのか!!」

「それは違うわ・・・その姿は貴方が転生した証」

「はぁ? どういう意味だよ?」

「貴方は私達と同じ・・・その子を滅する為に生まれた存在なのよ」

「俺はそんな事はしない!! させてたまるか!!」

八雲は一気に駆け出し、異形の姿に変化した女性に殴りかかっていく。

だが、そのスピードは先程水鳥を捕えた時より数段遅かった。

「遅い!!」

ブチブチブチ!! ブァアアア!!

女性が叫ぶとそのボディアーマーの筋から三本の爪を持つ、機械的な八本の蜘蛛の足の様な触手が生え出て恐るべき勢いで八雲に襲い掛かる。

その姿はまさに蜘蛛女と呼ぶに相応しいものだった。

「な!?」

ギュルルルル!!

突然の事に足が止まり、その隙に触手がヘビや鞭の様に八雲を捕らえる。

「グッ!? しまっ・・・ぐあああぁぁ!!!」

触手が絡みつき、その太さからは想像出来ないほどの力で八雲を振り回す。

ブゥンブゥンブゥンゥンウンゥン・・・ブン!! ズガァァアアアアアーーン!!

「グハッ! ァ!」

激しく振り回されて為す術なく八雲は岩に叩きつけられる。

強化された身体のお蔭で意識を失わずにすんだが、それでもかなりのダメージを受けた。

「グッうぅ!!」

何とか反撃しようと思い触手を引き千切ろうと力を込めるが、人外の力を持ってしてもビクともしない。

「この程度なの? やはりその真名の通り、月が無ければ形無しね」

「な・・・にぃ・・・?」

「折角だから雲が晴れるまで待ってあげるわ・・・そうすれば貴方も真実に気付くでしょう」

そう言うと蜘蛛女は空を見上げ、つられるように八雲も空を見上げる。

見ると、雲が移動して少しずつ月が現れようとしていた。

「さぁ・・・目覚めなさい。月神、封月

雲が晴れていき、徐々に月が姿を現し淡い光を放つ。

その光が少しずつ八雲を照らしていった。

(何だ・・・力が・・・嫌に・・・湧き出てくるようだ!?)

光に照らされ、力と共に黒い衝動が湧き上がっていく。

それを開放させまいと八雲は必死にその衝動を抑える。

不意に、地面に落ちていた月光石が月の光を浴びて不思議な輝きを放った。

それは決して眩しいと言う程ではなく、あくまでも優しく落ち着いた光を放つ。

(!?)

石の光に八雲が気付き、その光を視界に納めた時、力の上昇とは相反して黒い衝動は一気に霧散していった。

黒い衝動が無くなり、今度は力を押さえ込もうとせずに一気に解放する様に触手を引き千切ろうとする。

すると、それに呼応するように額とベルトの宝玉が輝きだし、丸く大きな瞳も明るい緑色に変化する。

「う・・・ォオオオオオオオオオオ!!」

バキッ! ベキベキベキベキ!! ブァキィ!!

さっきまではビクともしなかった触手を全て力任せにぶち切った!!

そして、触手を引き千切った事で、胸部も金色のボディーアーマーに変化しているのが垣間見える。

「はぁっはぁっはぁ!!」

「気分はどう? 封月」

「ああ、最高にハイってやつだ・・・よ!!」

バキィ!!

「グブ!?」

答えると同時にストレートパンチを蜘蛛女の顔面に力の限り叩き込む!

強烈な一撃を受けて、蜘蛛女は半分意識が飛びかけ、いくらかよろめいた。

「な、何故!? 何故記憶が戻らないの!?」

「何言ってるか分からねえが、水鳥を傷つけた礼は万倍にして還してやるよ!」

バッ!! バキッ!ドッ!!ガキィ!!

自分が殴られた事に驚きと疑惑の声を上げる蜘蛛女に、八雲は縛られた時とは比べ物にならないスピードで飛び蹴りをかまし、左右のパンチを叩き込む。

「ぐっ!! ぶぅ!?」

さらによろめいた蜘蛛女の千切れた触手を掴み、それを強引に引っ張り空いた手の拳を叩き込む!!

その行為により蜘蛛女は大きく吹き飛び、触手は根元から千切れ飛ぶ。

怒涛の連撃が効いたのか、蜘蛛女は足腰に力が入らず地面に突っ伏す。

「ォォオオオオオオオオオオオ!!」

八雲は腹部に力を込めるように叫び、それに反応するかのように腰のベルトの宝玉も月の光の様な白金に輝きを放つ。

次に輝く宝玉の左右の部分が扉を開けるように開放され、宝玉から緑色のエネルギー球が同色の放電現象を起こしながら現れた。

次いで、両腰部分から黄金の輪が現れ、緑のエネルギー球を輪の中心になる様に移動し、様々な方向に回転し始める。

それは八雲の胸の前まで移動し、八雲はそれを左右の手で押さえ込むように覆う。

すると、緑色の稲妻が左右の手に繋がり、その左右の手で回転する二つの輪と緑のエネルギー球を圧縮していく。

「激・天・光・臨・・・封滅破ァアアアアアアアアア!!!」

そう叫びながら両手を蜘蛛女に向けて押し出し、圧縮されたエネルギー球が打ち出された。

起き上がろうとしていた蜘蛛女は避ける事が出来ず、圧縮エネルギーの直撃を受ける。

バシュィィィィン!!!!

「グ!? ガアァ!!!」

蜘蛛女が苦悶の声をあげ、その身体全体に緑光の大きな封に近い印字が浮かび上がり、字の如く蜘蛛女の動きを封じる。

そして、八雲はその場で腰低く身構える。すると、彼の右足が緑色の光に包まれた。

「ウォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

八雲は一気に走り出し、蜘蛛女に向かって跳躍し、緑色のエネルギーを備えた右足を力の限り突き出した。

それは満月の光を受けて最高潮に輝きを放つ!

「ウォラァァアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー!!!」

「ヒィッ!!」

ゴッ!!!!

緑光の蹴りが命中した瞬間、ほんの一瞬だけ印の文字に良く似た金色の印字が浮かび上がり封の印字に重なる。

ドッグオオオオオオオオオーーツ!!!

凄まじい轟音が蜘蛛女の悲鳴を掻き消し、爆発の様な土煙が辺りを覆った。

そして、その土煙の中から突然太い光の柱が空に向かって立ち上る。

・・・がそれも一瞬の事。

次第に光の柱のように土煙も晴れると、そこには月の輝きを受け、神秘的な雰囲気を携える戦士の姿があった。

「・・・やっちまった」

少しして、自分のした行為を認識し八雲は呟く。

いくら正体不明で異形の姿をしていたとは言え、人を手に掛けてしまった事が何より重く圧し掛かる。

加えて自分はあの蜘蛛女と同じ異形の怪人となって水鳥を襲った。

今回はギリギリの所で意識が戻ったから良かったが、もし戻らなかったらと思うとゾッとする。

「っ! 水鳥!!」

そこで水鳥の事を思い出し、すぐに滝の所まで戻る。

辿り着くと、水鳥は先程と変わらず横たわったままの状態だった。

「水鳥!!」

八雲は異形の姿のまま彼女の横に駆け寄った。

「水鳥!! おい、しっかりしろ!! 目を開けてくれ!!!」

今の自分の姿を見たら、彼女がどう反応を返すのか、それを恐れない筈がなかった。

だが、それでも構わなかった。

怖がっても、拒否しても、突き飛ばそうが何をしても構わない。

ただ、無事であって欲しい。

色んな恐怖を忘れさせるほど、彼は彼女を愛していた。

「水鳥・・・!」

「・・・すぅー・・・・・・すぅ」

「・・・ね、てる?」

水鳥の無事を確認できると、八雲は安心して気が抜け一気に元の人間の姿に戻り尻餅をついた。

「・・・良かった」

幾らか気も和らぎ、倒れないように地面を後ろ手で押さえて空を見上げる。

八雲は、先程の戦いの最中に蜘蛛女が話していた事を振り返る。

 

―貴方は私達と同じ・・・その子を滅する為に生まれた存在なのよ―

 

蜘蛛女は確かにそう言った。

私達・・・そう言ったからには他にも仲間がいるのは確かだろう。

そして、自分の隣で寝息を立てている彼女を殺すのが目的と言っていたのが気になる。

実際、認めたくはないが自分も彼女を襲ってしまっている事、それと異形の体が奴等の仲間だという証拠かもしれない。

「ちっ」

奴等の仲間。その考えに不快感を覚え思わず舌打ちしてしまった。

けど、何の為に? 何故彼女が狙われなければならないのだろう。

こうなると、殺傷云々言う前に蜘蛛女から情報を引き出せなかった事が悔やまれる。

「さて、どうするか」

色々考えても何も分からない。むしろ困惑や疑問が増えるばかりだ。

はたして自分も彼女の傍にいて良いのかとも思う。

迷いながら水鳥に顔を向ける。

「ぅ・・・ぅん・・・・・・」

水鳥は少しうなされて横向きになるように動く。

不意に水鳥の手が八雲の手に触れる。

「ゃ・・・くぅ、ん」

それは、はたして八雲を呼んだのか。または別の何かの夢を見ているのか。水鳥ははにかんだ笑みを浮かべた。

それを見た瞬間、八雲は今までの悩みや不安を頭の中から大気圏外まで吹っ飛ばした。

(何を迷う必要があるんだ? 俺が何であろうと俺は水鳥が好きな事に変わりはない)

水鳥が触れた手を掴み、自分自身の思いを確認する八雲。

(それに、あの蜘蛛女の仲間が来た時は誰が水鳥を守るんだ!?)

思いを象徴するかのように、水鳥の手が触れていない方の手を握り拳にして力を籠めていく。

(とにかく、俺はもう二度と水鳥を傷つけない!! 傷つけるヤツは俺がブッ飛ばしてやる!!)

八雲はゆっくり立ち上がり、月に向かって握り拳を突き出し宣言する。

「どんなヤツが来ても、俺が水鳥を守り抜いてやる!!」

夜空の闇より深い闇に対して八雲は拳と、自分の意思を突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ?」

 

「封月が裏切ったか」

 

「へー、面白ぇじゃねえか」

 

「それにしても、魔蜘蛛がやられるとはね」

 

「それも本来アレを封印する為の力で、逆に全ての力と記憶を封印されるなんてね」

 

「流石に私たちの中でも上位に入る力を持ってるだけあるわ」

 

「フンッ・・・」

 

闇の中、中央の映像に対して人影が思い思いの言葉を発していく。

その闇の中から憎悪に満ちた呻きとも音とも取れる声が響き始める。

 

―≪許サン・・・≫―

 

 

―≪呪ワレタ存在ヲ守護スルナド≫ー

 

 

 

―≪絶対ニ≫―

 

 

 

 

―≪絶対ニ許サンゾォォオオオオオオ!!!≫―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇に潜む者達は一体何者なのか?

そして異形の姿に変わる彼等の目的とは何か?

何故八雲の体は突然変化し、水鳥を襲ったのか?

そして、何故彼女は狙われるのか?

はたして八雲は水鳥を守りきれるのか!?

全ては遙か昔から続く呪いの連鎖!!

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー

LEGENDBLOCKADE

「甦りし封印」

前編

Close.

NEXT/STAGE

 

 

 

Coming Soon!!

 

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