<註:このお話は、本来のカノンMRSとの話の繋がりはありません。>
< 時間的には舞編が終わって、次の話が始まるまでの間です。 >
線路の上を列車が走っていく。その車内で舞は窓に顔を寄せ、流れていく外の景色を眺めていた。自らバイクを運転し、風を切って
進むのも良いが、こうして身を任せてゆっくりと景色を眺めるのも嫌いでは無かった。表情の変化に乏しい舞だから傍目には分からな
いが、分かる者が見れば機嫌の良い、嬉しそうな顔をしている。
「……」
対照的に、その隣に座る祐一はご機嫌とはいえない顔をしていた。別に舞と出かけるのが嫌な訳では無い。しかし、原因は舞にあった。
「舞」
「何?」
ついに見かねた祐一が舞に話かける。舞は祐一に答えるが、視線は外に向けられたままだった。祐一はそれに構わずに話を続ける。
「舞、外の景色を眺めるのは良い。だけどな……小さい子供みたいに、座席に膝立ちになって外を見るのは止めろ」
祐一の指摘通り舞は、座席に膝立ちになって窓に手を付き、へばりつくようにして外の流れ往く景色を見ていた。
「ぽんぽこたぬきさん。首だけ後ろを向くのは疲れる」
変わらず外を見ながら答える舞に祐一は説得を諦め、反対側に座る佐祐理に救援を頼んだ。
「佐祐理さんからも何か言ってくれないかな?」
自分の言う事は無理でも、親友の佐祐理のいう事なら聞くかもしれない。そんな淡い期待を込めて佐祐理に舞の説得を頼んだ。
「あははー。舞、駄目だよ」
何時もの明るい口調で
「ちゃんと靴は脱がないとね」
靴を脱いではいるが、舞とまったく同じ体勢――座席に膝立ち――で佐祐理が舞を諭していた。
「って、佐祐理さんも!?」
祐一の悲鳴じみたツッコミが車内に響いた。車内に乗客はそれほど乗っては居なかったが、それでも何人かが何事かと思い、祐一達
の方へと顔を向ける。しかし直ぐに興味を失ったのか、乗客たちの視線はまた別の方へと向く。周りの興味が無くなった事に安堵した
祐一はため息をつきながら、疲れたように座席に深く座り込んだ。
Kanon 〜MaskedRider Story〜
番外編
祐一・舞・佐祐理の三人は、動物園へ行く為に電車に乗っていた。舞が以前から行ってみたいと言っていたので、百花屋でのバイトが
休みの日に合わせて出かけたのだった。祐一も一緒に行く事に、名雪達が難色を示したが、お土産を買ってくるという事で何とか納得し
て貰った。また、バイクではなく電車で行きたいと言い出したのも舞で、佐祐理がそれに賛成し、今回は電車で行く事となった。
「とにかく、舞も佐祐理さんも普通に座ってくれ。頼むから」
祐一が疲れきった表情で懇願すると、それが功を奏したのか舞も佐祐理も普通に座った。
「はぇ〜、電車にはああやって座るものだと思ってましたが、違ったんですね〜」
本気でそう思っていたらしい佐祐理が真面目な顔で言うと、舞も「知らなかった」と言わんばかりの顔で頷いていた。
そんな事を話しながらも電車は走っていく。暫くすると、祐一達の乗る車両に車掌がやって来た。車掌は乗客の切符を確認しつつ、
祐一達の座る所まで歩いてくる。
「切符を拝見します」
この路線は無人駅も存在しており、そのような駅から乗った場合は車掌から切符を購入するのだが、祐一達は既に切符を購入している
為、三人分の切符を纏めて佐祐理が車掌に切符を渡した。
「……」
「あの……」
切符をじっくりと見ていた車掌の様子に、何処と無くおかしいものを感じた祐一が声を掛けたが、車掌は突然邪悪な笑みを浮かべると
三人の切符を破り捨てた。
「なっ!?」
「フハハハッ!」
車掌は高らかに笑うと、祐一達から間合いを取るようにバックステップで離れた。が、着地の瞬間に突然列車が揺れて、バランスを崩
した車掌はその場にズッコける。
「ぬぉぉぉーーっ」
「「「……」」」
後頭部を強打し、その場でのた打ち回る車掌に祐一達はどういった言葉を投げかけて良いか分からずに、ただ黙って座っていた。やがて
痛みが治まったのか、涙目になりながらも車掌は起き上がって祐一達と向き合った。
「あー……え〜っと……」
「『何をするんだ!?』ですよ、祐一さん」
一連の行動に呆気に取られてたので、先程自分が言おうとしていたセリフを忘れていたが、佐祐理に教えられた。
「あぁ、それそれ。……何をするんだ!?」
三人の切符を破り捨てた行為を詰問する祐一に、車掌は(相変わらず涙目のまま)邪悪な笑みを浮かべて答えた。
「フフフ。切符を無くしてしまった以上、貴様達は駅から出られない。出ようとするならば、もう一度先程の切符と同じだけの金額を払う
必要がある」
「それがどうした?」
「その行為を日本中で行ったらどうなると思う? 電車に乗る度に倍の金額を支払う事になる。そうすれば支払いがかさんで家計を圧迫し、
やがては日本経済をも悪化させるのだ!」
「ふぇ〜。舞、今月はちょっと切り詰めないといけないね」
「はちみつくまさん。なんて恐ろしい作戦」
既に倉田の家を出て、アルバイトで生計を立てている二人が顔を青ざめさせていた。
「『可燃ライダースナック』買えないね」
「ぐしゅぐしゅ……」
「……。まぁ、恐ろしいといえば恐ろしいが……なんというか、壮大というか、セコイというか……」
作戦に怯える舞達と、どうリアクションを返すべきか迷う祐一を見ながら、車掌は話を続ける。
「そして相沢祐一。貴様を此処で倒せば、我らの野望は達成されたも同然!」
「何!? すると貴様は……」
「俺だけでは無いぞ!」
車掌が手を上げると、車両に乗っていた乗客たちが一斉に立ち上がり、突如姿を変えた。
「イーッ!」
正体を現した戦闘員達が、祐一達を取り囲むように動き出した。
「カノン!」
戦闘員の姿を見た祐一達も立ち上がって、連中と対峙した。舞は佐祐理を庇うようにして立っている。
「すると、お前はカノンの怪人か? 正体を現せ!」
祐一は周りを警戒しつつ、正面に立つ車掌を指差して言う。
「フフフ。俺は他のヤツらと違って姿を変えるようなことは無い。これが俺の本当の姿なのだ」
「何だと……」
通常の人間と変わらない姿に、祐一は驚きを隠せなかった。人間と変わらない姿の者と戦えるのか? そんな不安が頭を掠める。
「従来の怪人達は皆、様々な生物の力を持っている。アリは自分の体重の何倍もある物を持ち上げる事が出来るし、蚤は自分の体長の
百倍も飛び上がることが出来る。そんな生き物達が人間と同じ大きさであったら、人間は到底太刀打ち出来ん。故に、それらの生物
の能力を持った怪人は凄まじい力を備えている」
目の前に立つ怪人らしき男が話すのを、祐一は黙って聞いていたが、周りの戦闘員達の動きには注意していた。舞もまた、背後の佐祐理
を庇いつつ、警戒を怠らない。
「だがしかし、そんなアリや蚤でも、本来の大きさでは人間には敵わない。数万もいれば象とて倒せるが、一匹では所詮小さな虫に過ぎな
い。人間に踏み潰されて終わりだ。つまり、結局は人間の方が強いと言う訳だ」
「すると貴様は?」
「そうだ。この俺は、人間の力を持った怪人……『人間男』だっ!!」
「……」
「フフフ、恐ろしさのあまり声も出なくなったか。無理もない……この俺は人間の力、人間の頭脳を持っているのだからな。相沢祐一、
いや仮面ライダー。この列車がお前の棺となるのだ」
余裕の表情で話す人間男に対し祐一は、危機感を感じる表情を……全く浮かべていなかった。それどころか、どこか呆れた表情を
していた。
「いくぞっ!」
人間男は叫ぶと、祐一に飛び掛ろうとするが、又しても電車が揺れてバランスを崩してその場に転んだ。
「ぐぉぉーっ!」
「イ゛ーッ!」
人間男だけでなく、戦闘員たちも同じように転んでいた。あるものは後頭部を、またあるものは顔面を強打してその場でのた打ち回
っていた。
『えー、この先列車が揺れる事がありますので、お立ちの方は吊革、手すりにお掴まりください……』
車内アナウンスが響く中、祐一達はしっかりと吊革、手すりに掴まりながら、未だ痛みにのた打ち回る人間男達を冷ややかな目で
見ていた。
「お……おのれ、相沢祐一。一度ならずニ度までも……」
「……俺の所為なのか?」
顔面を強打して、赤くなった鼻をさすりつつ立ち上がった人間男が、涙目のまま祐一を睨みつけた。いい加減学習をしたのか、今度
はしっかりと、手すりに掴まっている。
「かかれっ!」
「イーッ!」
人間男の指示の元、戦闘員達が襲い掛かって来た。祐一と舞は、佐祐理を後ろに庇うように左右に分かれて立ち、戦闘員を迎え撃つ。
「イーッ!」
揺れが治まったのを見計らって飛び掛ってきた戦闘員のパンチを、祐一はしゃがんで避けると立ち上がりざまのパンチで、戦闘員を
殴り飛ばした。殴り飛ばされた戦闘員は、背後に控えていた仲間を巻き込んで後ろに倒れる。舞も同様に、攻撃を巧みにかわしては、
戦闘員を打ち倒していく。
「フ……やるな、相沢祐一。戦闘員では相手にならぬか。ならば! この俺様、人間男が相手だ!」
人間男が不敵な笑みを浮かべつつ、戦闘員を打ち倒した祐一に向かって慎重に歩いてきた。対する祐一はライダーに変身することも
なく、その場に立っていた。
「いくぞ!」
人間男が、立ったままの祐一にパンチを繰り出してきた。常人と変わらぬスピードで繰り出されたパンチを無造作に払いのけると、
祐一の放った右ストレートが人間男の顔面に直撃し、人間男は後方に吹き飛ばされた。
「お、おのれ……」
人間男は、殴られた箇所を手で押さえつつ立ち上がった。今度は数歩後ろに下がり、助走をつけて祐一に飛び蹴りを放ってくる。
だがその攻撃も、祐一は僅かに身体をそらすことで避けていた。そしてすれ違いざまに放った裏拳が人間男の後頭部を直撃する。
「ぬ゛あ゛あ゛〜〜〜っ!」
先程転んだ時にぶつけた箇所と同じ場所に攻撃を受けた人間男は、頭を抱えて悶絶した。
「くっ……何故だ!? 何故変身もしていない貴様がこれほどまでに俺様と戦えるのだ!?」
「いやぁ……だって、なぁ……」
指を差しつつ詰問してくる人間男にどう答えたらいいか迷っていた祐一だが、だんだん馬鹿らしくなってきたのか怒りの篭った口調で
話し始めた。
「お前は人間の力を持っているんだったな?」
「そうだ! この俺様は人間並みの力と頭脳を持っているのだ!」
「だったら……」
「……だったら?」
「普通の人間と全く変わらんって事だろうがぁっ!!」
「…………!! あぁっ、言われて見ればっ! なんたる盲点、全く気が付かなかったぁっ!!」
「祐一パーーンチッ!」
「ぐぼぁっ!」
祐一の、充分に体重を載せて放ったパンチは、人間男を列車の窓まで吹き飛ばした。そこの窓は舞と佐祐理によって開けられていて、
その隙間から人間男は列車の外へと放り出された。丁度列車は橋を渡っている最中で、人間男は下を流れる川に落ちていった。
「ふぅ……終わったか」
川に水しぶきが上がるのを見て祐一は、疲れたように呟くと座席に座り込んだ。
★ ★ ★
水瀬家リビング
怪人・人間男を撃破した祐一達はあの後、結局切符の代金を払って目的の駅で降りると、動物園へ行った。そこでは、舞が気に入った
動物の檻の前から一歩も動かないとか、そうかと思えば人並みはずれた速さで別の動物の所へ走り出し、遅れた佐祐理と逸れてしまった
り、園内の店で舞と佐祐理が、動物のぬいぐるみを二時間程眺めていたりと(結局祐一が買わされるハメになった)色々あったが、概ね
楽しく過ごせた。そして現在、何時ものように食事に誘われた舞と佐祐理は、水瀬家に来ていた。
「……という事があったんだ」
祐一は座りながら、出されたお茶を飲みつつ香里達に今日の様子を語っていた。因みにリビングにいるのは香里、佐祐理、舞で、他の
者達は夕食の準備をしていた。リビングにいる者達も手伝おうとしたのだが、普通の家庭のキッチンの広さしかない水瀬家では、これだ
けの人数が動けないので、交代で秋子を手伝っているのだった。
「そう」
聞いていた香里も、どこか疲れたような顔をしてお茶を飲んでいた。
「あ〜、でも動物園は楽しかったな、舞」
「……」
祐一が隣に座る舞に話しかけるが、舞は無言のままだった。幾ら舞が無口とは言え答えないのはおかしかったが、それは舞が食い入る
ようにテレビを見ていた所為だった。テレビの中ではとある変身ヒーローが、悪の怪人と戦っていた。
「舞?」
「駄目ですよ、祐一さん。舞は『可燃ライダー』を見ている時は何時もこうなんです」
舞に再び声を掛けた祐一を佐祐理が止めた。舞はしっかりと画面を見つめているが腕は、抱えている『可燃ライダースナック』の袋と
口を正確に往復していた。これは祐一が、「一人一袋」と言って、舞と佐祐理に奢った物だった(祐一の分も買った)。
「……」
テレビの中では、ライダーが苦戦していた。舞が余りに真剣に見ているので祐一達も釣られてテレビを見た。
★ ★ ★
『くっ……なんてパワーとスタミナだ……』
『参ったかライダー! この俺「ウナギ男」は今までの怪人とは一味違うぞ。さらに、まだ怪人はいるぞ!』
ライダーの前に数体の怪人が現れた。それぞれに名乗りを上げる。
『スッポン男!』
『山芋男!』
『ニンニク男!』
『ニラ男!』
新たに現れた怪人達に追い詰められた形になったライダーが、じりじりと後退していく。
『フフフ、貴様さえ倒してしまえば我らの計画、「世間のお父さん達に我らの料理を食べさせて精を付けさせ、夜に色んな意味で頑張って
もらい、翌朝は返ってヘロヘロになるがそのまま仕事に行かせてミスや居眠りを連発、それが積み重なって日本の社会が大混乱作戦」を
邪魔する者はいない!』
『くっ……』
『死ねっ、ライダー!』
ウナギ男がそう言うと、怪人達がライダーに一斉に襲い掛り、そこで「つづく」となった。
★ ★ ★
「はぇ〜、どうなっちゃうのかな? 舞、来週も楽しみだね」
「はちみつくまさん」
CMになった所で佐祐理が話しかけると、舞は漸く言葉を発した。と同時にお菓子も食べ終わる。食べ終えた舞は、袋の後ろに付いて
いる小さな袋を取り外すと、口を破いて中に入っているカードを取り出した。
「それは?」
「ライダースナックに付いているカード」
香里の質問に舞は短く答えた。舞はこのカードを集めるのに熱中していた。何のカードが出たのか気になった祐一が舞に尋ねた。
「舞、何が出たんだ?」
「……『牡蠣男』さんが出た」
「ふぇ〜、これで五枚目だね」
「……ぐしゅぐしゅ」
望んでいたカードが出なかったのが悲しかったのか、舞の目に薄っすらと涙が浮かんだ。そのまま佐祐理と祐一を見つめる。視線に
気が付いた二人は、お菓子を食べるより先にカードを確認する事にした。無論二人は「カードだけ取ってお菓子は捨てる」なんて事は
せずに、後で食べるつもりでいる。
「え〜っと、佐祐理は……あ、『可燃ライダーvs怪人軍団』ですね〜。えっと、『マグロ男』さんと『ヒラメ男』さんと『タイ男』
さんと『ウニ男』さんと『アワビ男』さんが写ってますね」
「これはまだ出てなかったよね」と言いつつ、佐祐理は舞にカードを渡していた。そんな光景を微笑ましく見ていた祐一も、自分の
カードを確認する。
「俺のは……ん、何だコリャ?」
祐一は出てきたカードが舞達の物とは違うのに首を傾げた。そこには怪人やライダーの姿は無く、代わりに『ラッキーカード』と
書かれていた。
「ラッキーカードって何だ?」
「「!!?」」
祐一自身、ライダースナックを初めて買ったので、それがどんな物か分かっていなかった。舞と佐祐理に尋ねると、二人は驚きの目で
祐一を見ていた。様子を見ていた香里も二人の変化に戸惑うばかりだった。
「ゆ……祐一さん、それは……ラッキーカードですよ!」
「佐祐理さん、それは分かっているよ。書いてあるし」
興奮して話しかけてくる佐祐理に気圧されつつも、祐一は冷静に対応していた。
「そのカードを送ると、『特製カードアルバム』が貰えるんです!」
興奮した様子そのままに、佐祐理が答えた。祐一はそれがどれほど凄い事なのか未だ分からずに、持ったカードを眺めていた。
「ふ〜ん、これってそんなに凄い……」
カードを見ていた祐一だったが、突然殺気にも似た凄まじい威圧感を感じて押し黙る。気配を辿ってみれば、佐祐理の隣に座っていた
舞が、物凄い形相でこちらを……というより祐一の手に持ったカードを睨んでいた。
「ど、どうした舞……このカードが欲しいのか?」
視線の意味を察した祐一が気圧されつつも尋ねると、舞はこれまた物凄いスピードで頷いた。「どうしようかな〜」と少し意地悪を
しようかと思ったが、舞のプレッシャーに負けた。それは以前、学食でAランチを頼んだときに、名雪の視線に負けてイチゴムースを
献上した時と同じだった。祐一は舞にカードを渡す。
「良かったね、舞」
「はちみつくまさん。祐一、ありがとう」
滅多に見ることの無い、舞の笑顔と感謝の言葉に祐一は「まぁいいか」と思うのだった。
「私は、カードを集める者だから」
★ ★ ★
「祐一さん」
可燃ライダーも終わり、次の番組を見ていた時に佐祐理が突然声を掛けてきた。呼ばれたのは祐一だったので舞は反応せずに、相変
わらず食い入るようにテレビを見ている。
「何?」
「実はですね。今やっている番組のロケがこの街で行われるんですよ。お父様が教えてくれたんです」
「そうなんだ。そういえば、番組スポンサーに倉田の名前が出ていたね」
「はい。それで、今度皆で見に行きませんか?」
「良いですね。お店をお休みして行きましょうか」
佐祐理に答えたのは祐一では無く、何時の間にかリビングにやって来た秋子だった。
「「「あ、秋子さん!?」」」
「(相沢君、気が付いてた?)」
「(い、イヤ。気配すら感じ取れなかった)」
「(佐祐理も全く気が付きませんでした)」
囁きあう祐一達には特に触れずに、秋子もテレビを見ていた。その様子に意外なものを感じ取ったのか、祐一が話しかける。
「秋子さんも見るんですか?」
「はい、このシリーズは昔から見ているんですよ。姉さんと二人でよく見ていたんです」
昔を懐かしむように、そして亡き姉を偲ぶように語る秋子を見て祐一達も大人しくテレビを見ていた。特に祐一は、亡き母が好き
だったというを聞いて、母の事も思い出していた。そんな中、テレビの中では物語が進んでいく。
★ ★ ★
スキンヘッドで筋肉質、裸の上半身にトゲのついたレザーベルトをたすき掛けにした悪の幹部が怪人や戦闘員と共に暴れまわっていた。
『この地球は我ら「健康帝国」が征服するのだ!』
そこへ五人の戦士が現れた。各々色の違った戦闘強化服を身に纏っている。
『タオレッド!』
『タオレブラック!』
『タオレブルー!』
『タオレイエロー!』
『タオレピンク!』
『卒倒戦隊、タオレンジャー!!』
各自ポーズ付で名乗りを上げた後、今度は全員が新たなポーズを取りつつ再び名乗る。それと同時にタオレンジャーの背後で爆発が
おきて、五色の煙が上がった。
『現れたな、タオレンジャー。この俺、ムキ=マッチョが今日こそキサマらを倒して……たお……もぉ倒れてる!?』
幹部が指差す先には、爆発で吹き飛ばされた……訳ではないが、タオレンジャー達が倒れていた。
『くっ……寝不足はツライぜ』
『うぅ……貧血でめまいが』
『……お腹空いた』
様々な理由を弱々しく口にしながら、タオレンジャー達がもがいていた。
★ ★ ★
数日後
先日の番組「卒倒戦隊タオレンジャー」のロケが行われる日、祐一達は総出で河川敷へとやってきていた。見回せば祐一達の他にも
ちらほらと親子連れや若い女性達、はたまた大きなお友達の集団が見受けられた。そんな中で、番組スタッフが忙しく動き回っている。
「結構大掛かりだな」
撮影の様子を眺めながら祐一が呟いた。祐一含め、全員が番組ロケというものを見るのは初めてのようで、皆が興味津々といった感
じであちこちを見回している。
「あ、あれ。タオレッドの人だよ」
「……本当に不健康そうな顔をしてるわね」
「……ムキ=マッチョ」
「はぇ〜、あんな格好で寒くないんでしょうか?」
そんな事を話している間にも準備は進んで、いよいよ本番という段階になった。スッタッフの間にも、そして遠くから見学してい
る祐一達にも緊張感が走った。そして監督が合図をだそうとした瞬間、突如爆発がおこって、出演者や近くにいた番組スタッフが吹
き飛ばされた。
「なんだ!?」
「爆発!?」
これもシナリオのうちか? とも思ったが、無事だったスタッフたちが慌てているところを見ると、彼らにも予想外の出来事のよう
だった。幸いにも吹き飛ばされた者の中には死んだり重傷を負った者はいなかったが、それでも現場は慌てふためき、混乱していた。
ともかく負傷者を救出しようと、祐一達が向かおうとしたがそれより先に、出番を待っていた戦闘員らしき格好の者達が到着して
いた。しかしその者達は、けが人を助けるどころか、怪我をしていないスタッフにまで暴行を加えていく。近づいた祐一が、暴行を
加えている者に声を掛けよぷとしたが、それより先に、向こうがこちらに気が付き襲い掛かって来た。
「やめろっ!」
祐一は、相手の繰り出したパンチを掻い潜って懐に入り込むと腕を取り、背負い投げで相手を投げ飛ばした。
「祐一!」
一番早く追いついた舞が、祐一の背後から襲いかかろうとした相手を蹴り飛ばした。二人は背中合わせに立って、周囲を警戒した。
襲撃者達は、祐一達に狙いを定めたのか、祐一と舞の二人を取り囲むようにして、立ちはだかる。一方の名雪達は、負傷者の救出や、
見学に来ていた人達の避難誘導をしていたが、幸い、そちらに襲撃者達がやってくる事は無かった。
「お前達は……」
祐一が言いかけるが、それを遮るかのように襲撃者達は、着ている物を脱ぎ捨てて正体を現した。
「イーッ!」
現れたのは先程の服装と大差ないが、祐一達の良く知る相手、カノンの戦闘員だった。
「やはりカノンか。お前達、今度は何を企んでいる!?」
祐一の詰問にも耳を貸さず、戦闘員たちは問答無用で襲い掛かって来た。祐一と舞は離れると、それぞれ戦闘員に向かって行った。
祐一は、間合いよりやや遠い位置からジャンプすると、戦闘員に向かって飛びまわし蹴りを繰り出した。蹴りは戦闘員のかざした腕
に防がれるが、威力までは殺しきれずに、戦闘員の身体は2〜3mほど吹き飛ばされた。それで戦闘員は動かなくなる。着地した祐
一は、即座に次の相手に向かって走り出した。
舞も戦闘員相手に奮戦していた。最初に向かってきた戦闘員を抜打ち様の斬撃で倒すと、次に立ちはだかる戦闘員の繰り出すパン
チをサイドステップでかわし、すれ違い様に相手に斬り付けた。
最初は二人で戦っていたが、やがて名雪達も戦いに参加した。名雪と香里は、以前秋子に渡されたブーツとナックルガードで戦って
いたが、佐祐理と美汐は、新たに秋子が作成した銃と大振りの電磁ナイフを使っていた。護身術を少しは習っていた美汐のみならず、
佐祐理にもセンスはあったのか、二人とも戦闘員相手に遅れを取る事もなく、逆に佐祐理の射撃に怯んだ戦闘員を、美汐が二刀のナイ
フで斬り付ける戦法で優位に戦っていた。そうしている内に戦闘員は徐々に数を減らし、ついには全滅した。祐一は無論、少女達も多
少息切れはしているものの、無傷だった。
「みんな、怪我は無いか?」
「うん、大丈夫だよ」
祐一が名雪達に声を掛けると、彼女達から「大丈夫」との返事が帰ってきた。
「秋子さんは?」
「お母さんなら、避難した人達と向こうにいるよ」
「それなら良いが。……それにしてもこいつら、一体何を企んでいたんだ?」
「それはな」
「誰だ!?」
倒れている戦闘員を見ながら言った祐一の呟きに答えたのは、名雪達ではなかった。祐一達は声の聞こえてきた方へ向き直ると、
身構えた。その視線の先には、何時から居たのか、マントで身体を隠した美形の男性が立っていた。
「それはな……『番組を中止に追い込み、放映を楽しみに待っていた人達を怒らせる。それを何度も繰り返し、怒りが頂点に達した
人達が破壊活動を行って、延いては世界を混乱に陥れる』作戦の為だ! それだけではない! 番組が放映されなければ、おもちゃ
やグッズも売れなくてスポンサーの会社も打撃を受けるのだ!」
「……また、えらく気の長い作戦だな」
高らかに宣言するマントの美形とは対称的に、祐一は呆れたような、疲れたような口調で答えた。しかし、目の前の男もカノンの
一員に違いないと判断すると、気を取り直して対峙する。
「お前、カノンの一員か?」
「そうだ……相沢祐一、先日の恨みも込めて、今度こそ貴様を倒す!」
「何、どういうことだ?」
自分を知っている口振りに祐一は驚くが、目の前の男に見覚えなど無かった。祐一の戸惑う様子を見た男が説明を始めた。
「まぁ、見覚えが無いのも当然か。顔を変えているからな。相沢祐一、俺は以前貴様に殴り飛ばされて、走る電車から川へと落とされ
たのだ! その恨みを今こそ晴らしてやる!」
「するとお前はあの時の……人間男か!? 生きていたのか」
「危うい所だったがな……。だが俺は再手術によって新たな姿になったのだ。もう俺は人間男では無い!」
「じゃぁ、お前は……?」
「フフフ」
男はマントを脱ぎ捨てた。マントの下は金ラメのタキシード姿で、袖には七色に輝くフリンジが取り付けられている。男が踊る度
にそれがひらひらと靡いていた。暫く踊っていた男はキメのポーズを取ると自分の名前を叫んだ。
「俺は……『色男』だ!」
「……」
その言動に、祐一のみならず名雪達も固まっていたが、やがて気を取り直すとそれぞれ呟いた。
「イロモノ男か」
「わっ、イロモノ男なんだ」
「イロモノ男ね」
「イロモノ男ですね」
「はぇ〜、イロモノ男ですか」
「……イロモノ男」
「『モノ』って付けるなぁぁぁぁぁーーーっ!!」
祐一達の呟きを耳聡く聞きつけた色(モノ)男は、地団駄を踏んで抗議するかのように叫んだ。更には目に薄っすらと光るものが浮
かんでいた。
「何か、嫌な思い出でもあったのか? カノンの内部でも散々言われたとか……」
一人で暴れている怪人を見ながら、祐一が呟いた。
「くっ……まぁいい。貴様達全員ここで死んでもらうぞ!」
目元を拭い、赤くなった目に怒りを浮かべた色(モノ)男が祐一達に指を突きつけて叫んだ。その様子に祐一も気を引き締めて
色(モノ)男と向き合った。しかし、そんな祐一の背後から名雪が声を掛けた。祐一を引き止めるかのように肩に手を置く。
「祐一、ここは私達に任せて」
「名雪? 無理だ、あんな『イロモノ』でも一応はカノンの怪人だぞ」
「イロモノって言うな!」
「大丈夫だよ」
二人の会話に割り込むように叫ぶ色(モノ)男を無視して、名雪は祐一の前に身を乗り出す。祐一は引きとめようとするが、名雪だ
けでなく、後に続いた舞達を見て動きを止めてしまった。皆の顔からは何時もの明るさが感じられない。
「おい、みんな……」
「大丈夫よ」
声だけでも掛けようとする祐一だったが、香里にまで大丈夫と言われて黙ってしまう。そうしている内に、名雪達は色(モノ)男
の前に並んで、対峙した。
「ふん、お前達小娘如きが俺に勝てるとでも思っているのか?」
つまらなそうに言う怪人を、再び無視するようにして、名雪がゆっくりと右手を天に伸ばしながら静かに言う。名雪の伸ばした手
の先には太陽が光を放っている。
「お母さんが言ってたよ。『この番組の撮影を邪魔して、私の楽しみを奪うなんて許せない』って。あと『他にも放映を待っている
人達を悲しませる事も許さない』って」
名雪の言葉を聞いて、香里達も頷く。その威圧感に圧されたのか、色(モノ)男は額に汗を浮かべ、一歩二歩と後ずさる。
「行くわよ、皆!」
『うん(はい)』
左手のナックルガードを構えた香里が走り出すと、名雪達も色(モノ)男に向かって走り出した。香里、美汐、舞が先行して色(モノ)
男を取り囲むようにして立つ。名雪は少し後方で止まり、佐祐理は最初の位置から殆ど動いていなかった。佐祐理は既に銃を構え、
狙いを定めている。色(モノ)男は香里達を警戒する余り、佐祐理の銃口が自分に向けられているのが分からなかった。一番近くに
居た舞を蹴散らそうと動き出した所に佐祐理の攻撃が来た。
「あはは〜、さゆりんシューティングですよ〜!」
放たれた銃弾は正確に、色(モノ)男の頭部、腹部などに命中した。
「ぐぉおぉ!」
ダメージは多少はあるのか、撃たれた箇所を押さえながら、色(モノ)男が悶絶していた。それを隙と見るや否や、舞と美汐が得物
を手に、走り出す。
「みっしーカッティング」
美汐は、恥ずかしそうに小声で呟きながら逆手に持った二刀の電磁ナイフで斬り付けた。刃が色(モノ)男に触れた途端、そこから
火花が上がり、更なるダメージを与える。
「……舞ちゃんスラッシュ」
美汐が即座に離れると、今度は舞が色(モノ)男に飛び掛かり、上段から振りかぶった刀を色(モノ)男に叩き付けた。
「ぬ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜!」
真っ二つにこそならなかったものの、色(モノ)男の額からは噴水のように血が噴出し、その箇所を押さえながらのた打ち回った。
「お、おのれ……」
どうにか立ち上がり、周囲を見回す色(モノ)男の前に居たのは、ナックルガードを構え今まさにパンチを繰り出そうとしている
香里だった。
「かおりんパンチ!」
香里の繰り出したパンチはまるで巨大な針が突き刺さるかのように、色(モノ)男の身体にめり込む。そして先端の爆薬が爆発し
て色(モノ)男を吹き飛ばした。そして吹き飛ばされた先には、腰の制御装置を操作して、足のブーツにエネルギーを充填している
名雪が居た。
「いち……に……さん……」
腰の制御装置のスイッチを押す度に数を数えていく。そして三のスイッチを押すと同時に、右足にエネルギーが充填される。
「なゆキック!」
丁度の高さ、角度で吹き飛ばされてきた色(モノ)男に、名雪の回し蹴りが炸裂した。
★ ★ ★
水瀬家・リビング
「……ていう所で祐一に起こされたんだよ〜」
早朝とは呼べない時間、水瀬家のリビングから名雪の声が聞こえてきた。彼女の話を聞いていた祐一と香里は揃ってため息をついた。
「まったく、今日は何時にも増して起きてこないと思ったら、そんな夢を見ていたのか」
呆れ100%な感じで祐一が呟く。さらに、「お前は動物園には行ってないだろう」と続ける。
名雪の見たのは夢だったが、先日、実際祐一と舞と佐祐理の三人は動物園に遊びに行った。しかもカノンの襲撃以外は概ね名雪の夢
と一緒だった。
「祐一が楽しげに話していたから覚えていたんだよ、きっと」
そう言って名雪は恨めしそうに祐一を見た。彼女の視線に気づいた祐一は目を逸らしつつ、自分の前に置かれたコーヒーを啜る。
「それにしても名雪、人間男だとかイロモノ男だなんて……。カノンがそんな怪人を創る訳ないでしょ」
祐一を助けるように香里が呆れた調子で言うと、功を奏したのか祐一と名雪の意識もそちらに回る。尤も香里も名雪と同様、恨みが
ましい目で祐一を見ていた。
「そうだよなぁ。……でもまぁ、名雪の見る夢だからな」
「そうね。名雪の事だからね」
「……二人とも、ひょっとして酷い事言ってない?」
「「そんな事ないぞ(わ)」」
祐一は、わざとらしく咳払いをしてその場を誤魔化すと、ビデオのリモコンを操作し始めた。
「さて、録画しておいたヤツでも見るか」
「あ、録っておいてくれたんだ」
それは朝が弱い名雪の為に、祐一達が録画しておいた番組だった。再生が始まった辺りで、何時ものメンバーである秋子、美汐
、舞、佐祐理もリビングに集まってきた。それからは皆で楽しくお喋りをしながら、平和な一日が過ぎていった。そんな様子を見
ながら祐一は、何時までもこんな時間が続けばいい、と思っていた。
★ ★ ★
とあるカノンのアジト
科学者風の格好をした一人の男が、落胆した様子で通路を歩いていた。手には自分が徹夜で作成した資料を持っている。男は先程
まで出席していた会議の内容を思い出していた。
「むぅ……『人間男』の案が却下されてしまうとは。たしかに盲点だったが……」
新たなる怪人の製作計画に、自分の考案した人間男の案を提出したものの、満場一致で否決されてしまったのが余程堪えたのに加
え、自分でも気づかなかった欠点を指摘された男の顔には深い苦悩が浮かんでいた。だが男はこの無念さをバネに、次なる怪人を創
ろうと決意した。
「水瀬健吾……。俺は必ずお前を超える。お前の作った仮面ライダーを倒せる怪人を創り上げてみせる!」
男は顔を上げると、先程までとは打って変わった足取りで、自分の研究室へと向かった。
「……今までは一つの素材を取り入れた怪人を創ってきたが、今度は二つ以上の素材を取り入れたらどうだろう? 例えば……
ウナギと山芋の『山芋ウナギ男』とか……『ニンニクスッポン男』とか……」
……その後、この科学者が創った怪人が仮面ライダーと戦ったかどうかは定かではない。
あとがき(言い訳?)
え〜っと、先ずは……すいません、ごめ(以下略
こんにちは梅太呂です。
本編がシリアス&ダーク風味の反動か、コメディ風味(いずれも主観)な物語が書いてみたくなりまして、
思いつくまま、はたまた昔に考えたネタ(イロモノ&人間男)を盛り込んでみたら、こんな話が出来上がってしまった
と言うわけです。
カブトネタが入ってますが、これは製作中に「あれ? 名雪達の武装って被っているなぁ、キックにパンチに剣……よし」
と(かおりんスティングにしようか迷いました^^;)。さらにSPIRITSでも滝さんが銃とナイフを使っているので
コレを取り入れてしまいました。この装備は本編でも登場の予定です。
今回はとりあえずこの辺で。次回からは元の連載に戻ります。
最後に
今回の話を掲載してくださった管理人様
今回の話を最後まで読んでくださった皆様に感謝して後書きを終わりにいたします。
ありがとうございました。 梅太呂