「正直怖かったんだ。俺達の、特にこの俺の能力を受け入れてくれるのかが……。相沢から話は聞いていたが、やっぱり自分で確かめたかったんでな。場合によっては、正体を隠してカノンと戦っていたな」

「だけど、皆と出会って話す内に、良い人達だって分かったんだよ。香里ちゃんも美汐ちゃんも、秋子さん達が攫われたって聞いたら直ぐに飛び出そうとする位仲間を想っているんだもん。だからこの人達になら、全てを打ち明けても良いって」

「今まで話さなくて、申し訳ありません」

 瑞佳と茜が、浩平の後を継いで話して頭を下げる。更に、昨日百花屋に逃げてきた男を殺したのは戦闘員で、そいつは自分達が倒したと付け加えた。浩平達の謝罪は秋子達全員に受け入れられ、ここにきて部屋の空気も重苦しさは無くなっていた。

「じゃあ、如何して俺達がカノンと関わって、俺が仮面ライダーになったのかを話さなくちゃな」

 浩平がそういった途端、部屋の雰囲気がまた変わった。皆浩平の話を聞こうと、真剣な顔つきになる。




                  Kanon 〜MaskedRider Story〜    
                          第二部・四十三話




 折原浩平は病弱の妹、みさおと共に親戚にあたる小坂由起子の元で暮らしていた。父親は既に亡く、母親はみさおが病気がちになるのとほぼ同時に、怪しげな組織と行動するようになり、家に寄り付かなくなった。見かねた由起子が二人を引き取り、浩平達は由起子の経営する学生寮で生活する事になった。そこで浩平は、同じ寮にすむ学生達とも仲良くなり、平和に暮らしていた。只一つ、みさおの病気だけが心配の種だった。原因不明の病気はみさおを苦しめ、一旦発作がおきると入院を余儀なくされていた。

 それは、みさおが入院して浩平が見舞いに行こうとしたある日の事だった。浩平の前に長い事行方知れずだった母親が姿を見せた。驚く由起子達とは裏腹に、浩平は何の感慨も無かった。浩平の中では、母親は既に死んだ存在であり、自分達を見捨てた怒りなどは当の昔に捨てたつもりだった。

「何故居なくなった?」

 だが、いざ目の前に母親が現れ、自分達に悪びれた様子も無いのを見ると、浩平の中に静かに、だが確実に怒りが湧き上がる。浩平は務めて冷静な態度を取ると、事務的にそれだけを聞く。自分だけならまだしも、病気で苦しむ妹を見捨てたのは、数年たった今でも、到底忘れたり出来るものではなかったのだ。

 ――みさおの病気を治す為よ――

 母の言葉は、浩平に一瞬全ての怒りを忘れさせた。しかし今度は新たな怒りが湧き上がる。みさおの病気は原因不明、治療法も不明という、現代医学では解明しようのない物だった。遠く離れた街に、同様の症状を持つ少女がいると聞くが、そちらでも似たような状況で、しかもその少女は最近亡くなったという。そんな病気がどうすれば治ると言うのか? 目の前で静かに笑みを浮かべる母を、浩平は睨みつけていた。一方の母は、浩平の視線に臆する事無く平然としている。浩平が何か言おうとすると、遮るように話を続ける。

 母曰く、「自分の身を寄せた団体の研究施設では、現代の科学よりも優れた技術を幾つも確立している。そこにみさおを連れて行けば、きっと病気も治せる」

 だから貴方達を連れに来たのよ、一緒に行きましょう。と話を締めくくった。現代よりも優れた技術など、最初は信じられるものではなかったが、とある会社の研究員をしていた母の言葉には妙な説得力があった。

「本当か?」

 浩平の質問に、母親は力強く頷く。自分達を捨てた母を恨むと同時に、心の奥底では求めていた浩平は、母の言葉を信じた。だが何故、みさおだけでなく自分も行かねばならないのか? その疑問に母は、浩平も必要だから、としか答えなかった。格闘技も習い、スポーツに関しては非凡な才能を有していた浩平だが、学力においては、瑞佳や茜達に助けられて如何にか平均を維持するのがやっとであった。そんな自分が、学力を求められるような医療の現場で何か出来るとは思えなかったが、それでも妹の心の支え位にはなれるかと考え、母に従った。

 慌しい日々が過ぎ、数日後浩平は皆に見送られながら、母、妹と共に母の言う施設へと赴いた。

 その施設と言うのが、カノンのアジトだった。

 絶海の孤島に設けられた施設を見たとき、浩平とみさおは不安と恐怖に駆られた。秘密を守るという観点から、人里はなれた場所に施設を造るのは当然だろうが、それにしてもこれは研究所というより、牢獄か何かを連想させた。施設の大半は地下に造られているらしく、海の上からは殆ど建築物が見えない。船が島に近づくに連れて浩平は黙り、みさおは不安から浩平にしがみついていた。母はそんな二人に構わずに、時折どこかと連絡を取っていた。浩平はそんな母の姿に不安を覚えた。

「(あれは、本当に母さんなのか?)」

「お兄ちゃん……なんだか怖いよ」

「大丈夫だって。あそこにいったら、すぐお前の病気も良くなる。そうしたら、すぐに帰ろうな」

 浩平は殊更明るく振舞って妹を元気付けた。尤も半分は自分に言い聞かせた言葉だったが。

 そうする内に、船は島へと辿り着くが、島には上陸できるような場所は無かった。その時、島の絶壁の一部が左右に分かれ、入り口が現れた。船はその中へと進んでいく。内部は外観とは裏腹に人工物で埋め尽くされていた。幾つもの係留所には浩平達が乗ってきたのと同型の船が繋がれ、他にも潜水艦や、小型のボートなどもあった。照明の照らす中、黒尽くめの格好の者達がせわしなく動き回っている。

「こっちよ。いらっしゃい」

 船が繋がれ、桟橋が掛けられると、母は声だけ掛けてさっさと船を降りていく。船着場から続く通路は整備され、人工の光が充分な明るさを提供していた。浩平もみさおも黙って母の後に続くが、二人ともその足取りは重く、みさおは浩平の手を強く握っていた。母はそんな二人に苛立つ事もなく、時折止まっては浩平達が追いつくのを待っていた。

「母さん、ここは……」

「いいから、黙って付いてきなさい」

 浩平達が何か言おうとした時だけ、母の表情も口調も厳しいものに変わった。そんな母を見る度に、みさおは身体を震わせ、浩平にしがみつくのだった。それから二人は、一言も発する事無く母に従って歩いていく。幾度も廊下を曲がり、エレベーターで昇ったり下りたり、さらに幾つかのセキュリティチェックを受けるうちに、何処を歩いているのかさっぱり分からなくなってしまった。また同じような所を進む内に時間の感覚も薄れてくる。

 そうして時間と方向の感覚が麻痺しかけた頃、とある部屋の前に辿り着いた。

「入りなさい」

 そこは窓もなく、天井に照明と監視カメラ、ベッドがあるだけの簡素な部屋だった。壁面の一つに別室は繋がるドアがあるが、そこは開いていて、今居る所から見る限り洗面所のようだった。浩平が一歩部屋に入り、みさおも続こうとした所で母が二人を引き離した。

「みさお、貴女はこっちよ」

「キャア!」

 何時の間に現れたのか、先程見かけたのと同じ格好をした黒尽くめが、強い力で浩平とみさおの手を離した。浩平は突き飛ばされ、部屋の中央辺りで尻餅を着く。

「何すんだ!? みさお!」

「お兄ちゃん!」

 浩平が立ち上がって駆け寄るが、それより先にドアが閉じられる。浩平の身体はそのままドアにぶつかるが、そのくらいではドアはビクともせず、反対に浩平を弾き飛ばす。

「おい! どういうことだ、母さん!! ここを開けろ! みさおっ!」

 再びドアに駆け寄り、拳でドアを叩きつけながら叫ぶが、ドアが開く事は無かった。だが、どこからか冷たい母の声が聞こえる。それは、入り口の上部に設けられたスピーカーから聞こえてくる。

「浩平、貴方は暫くここで過ごしなさい」

「なんだって!? みさおはどうするんだ!?」

「みさおは別の場所で治療を受けるの。元々この子の治療でここに来たのだから」

 たしかにその通りではあるが、浩平その言葉を素直に受け入れる事が出来なかった。今すぐにでも妹を連れてここから帰りたくなっていた。その事を叫ぶが、母からの返答は冷たいものだった。

「それは出来ないわ。ここに来たらもう二度と戻れはしないの」

 母の言葉を最後に、スピーカーから何も聞こえなくなる。ただ最後に母の言葉に混じって、みさおの自分を呼ぶ声が聞こえた。

 それから数日間、奇妙な事が続いた。本来は妹の治療でやってきたのに、何故か浩平が身体を調べられた。運動能力や体力等を測定され、その度に測定していた研究員らしき者達が「素晴らしい」「これなら充分な……」と話していた。はっきりとは聞こえなかったが自分は何かの実験に使われるのでは? と推測した。無論浩平は幾度となく逃げ出そうとしたが、その度に妹の事が頭を過ぎるのだった。何処かで治療を受けている、きっと良くなると信じた浩平は、大人しく連中に従い、日々を過ごしていった。

 浩平達が島にやって来て数日後、今まで姿を見せなかった母が浩平に会いに来た。日に三度食事を持ってくる者も、浩平を検査に連れ出す者や、研究員も全員覆面を被った妙な格好をした者達ばかりで、人間らしい姿をした者に会うのは実に久しぶりな気がした。ただそれが、再び疑念を持った母であったのは皮肉としか言いようが無かった。

「母さん、ここは何なんだ。あの怪しい連中は何者なんだ? みさおは何処だ!? 何で俺まで検査を受けているんだ!?」

 母が現れるなり、浩平は一気に詰め寄ってまくし立てた。

「順番に答えてあげるから、落ち着きなさい」

 母は浩平をかわすように動くと、相変わらず笑みを浮かべて答えるが、浩平にはその笑みが薄気味悪く感じられて不快だった。
 
「ここはね、カノンの研究施設よ。いえ、アジトと言った方が良いかしら。で、あの覆面達はここの研究員と戦闘員よ」

「カノン……?」

 カノン、それが母が行動を共にするようになった組織の名前だった。聞いた事の無い名前を口にする浩平に構わず、母は話を続ける。

「みさおは別の場所で処置されているわ」

 母の言葉はとりあえず浩平を安心させた。そして最後の質問に母が答える。

「浩平。貴方の検査はね、適正を見るためだったのよ」

「適正?」

「そう。……そして浩平、貴方は見事合格したわ。カノンの一員に選ばれたのよ!」

 恍惚とした表情で母が呟くが、浩平は母のように喜ぶ事など出来なかった。むしろ憤りすら覚える。

「俺は、こんな訳の分からん連中の仲間になんかならねぇ」

「あら、そんな事言うなんて……みさおがどうなってもいいの?」

 自分の娘を取引材料に使う母に、浩平は愕然とした。

「あんた、本当に俺達の母さんか?……」

「親にあんたなんて言うものじゃないわ。私は間違いなく貴方とみさおの母親よ。尤も、親子の情なんて当の昔に捨てたけど」

「な!?」

「私はカノンに全てを捧げたの。その為なら貴方達を平気で切り捨てられる。でもね浩平、貴方がカノンの一員になったら、母さんも嬉しいわ。また貴方を愛してあげる。一緒に暮らしましょう」

「みさおは……みさおはどうなんだ!?」

「あの娘は駄目ね……精々研究の資料にしかならないもの」

「!!」

 実につまらなそうに履き捨てる母を見て、浩平の怒りは頂点に達した。最早目の前に立つ女性を母とは思わなかった。怒りの声を上げながら母へと殴りかかる。だが浩平のパンチは、横合いから伸ばされた異形の腕に、母の眼前で止められる。

「な!?」

 自分の腕を掴んでいる相手の姿に、浩平は驚愕する。全体の姿形は人型ではあるものの、容姿は異形の怪物だった。まるで漫画の世界に出てくるような怪物に、恐怖を覚えた。

「サイギャング」

 母がその怪物らしき者の名前を呼んだ。名前が示すとおり、怪物はサイに似た容姿をしている。額と頭頂部辺りから大小の角が生え、全身はサイの皮膚のように灰色をしている。両肩から胸にかけて皮膚を硬質化したようなプロテクター状の物を付けていて、腰には雪を模したマークの付いたベルトをしている。サイギャングは浩平の腕を捻り上げると彼の背後に回り、動きを封じてしまった。浩平は抵抗するが、サイギャングの力の前に全く無力だった。

「な、なんだ、こいつは……?」

「俺はサイギャング。栄えあるカノンの改造人間だ」

「改造、人間?」

 聞きなれない言葉に浩平が反応すると、母が疑問を解消すべく話し始める。カノンの科学力は素晴らしく、あらゆる兵器や病原菌等、更には様々な動植物の能力と人間を組み合わせた改造人間――怪人を創り出している事などを自慢げに語った。

「浩平、貴方はその中でも最高の改造人間になれるわ。素晴らしいと思わない?」

「誰が、お前達の……ぐっ」

 浩平が動くのを察知したサイギャングが腕を捻り上げると、浩平の動きが封じられた。怪人に握られている箇所の骨が軋み、あと少し怪人が力を加えれば、浩平の骨はあっけなく握りつぶされてしまいそうだ。

「逆らっても無駄よ。脳改造を受ければそんな事も考えなくなるから、私の様にね」

「母さん……」

「さぁ、行きましょう。もう貴方の改造手術の準備は整っているわ」

 母に促されると、サイギャングが腕に力を込める。押し出される格好になった浩平は、抵抗する間もなく連れ出されていく。

「く、くそーっ! 放せ! み、みさおーっ!」

 せめて自由になる口を動かして力の限り叫ぶが、そんな事で如何にかなるものでもなかったが、みさおの名を聞いた途端、母が歩みを止めた。継いで怪人も動きを止める。

「どうした?」

「……少し予定を変更するわ。この子に最後の対面をさせてあげようと思うの」

 怪人に答えた母は浩平を見て笑みを浮かべた。再び歩き出すと途中で道を変えて、とある部屋に入っていく。その部屋には数多くの機械やモニターが置かれ、数人の研究員が何やら作業をしている。入り口正面の壁はガラスで仕切られ、隣の様子が分かる様になっていた。部屋の中に入りガラス窓まで近づいていくと、向こう側が見えた。こちら側は一段高い造りになっていて、隣を見下ろす格好になっている。向こう側も大きな部屋になっており、様々な機械類が置かれていた。部屋の中央にはベッドが置かれ、そこには一人の少女が寝かされている。その少女こそ、妹のみさおだった。

「みさお!」

 この部屋に入ったときから、サイギャングの拘束は解かれていたので、浩平は窓に駆け寄ると妹の名を呼び続けた。浩平が名前を呼ぶと、寝ていたみさおは目を開けてこちらを見た。

「……おにいちゃん」

 みさおの声が、スピーカーを通じて聞こえてくる。どうやらお互いの音声は通じているらしかったが、妹の声の弱々しさに、浩平はショックを受ける。改めて妹の様子を見るが、数日前とは比べ物にならないほど、みさおの身体は衰弱していた。

「どういう事だ、みさおは治るんじゃなかったのか!?」

 病状が回復するどころか、悪化している状態に浩平は憤った。母を睨みつけ詰問する。しかし母は相変わらず冷めた表情で立っていた。

「言ったでしょ、あの子はもう駄目だって。精々研究資料にしかならないって」

「何……」

「まぁ元々、あの子は実験台だったのよ。カノン科学陣が開発したウィルスのね」

「!!?」

 事も無げに語る母に、浩平は言葉を失った。項垂れる浩平に、再びみさおの声が聞こえる。部屋を見れば、自分を呼びながら、必死に腕を伸ばそうとしていた。浩平も妹の名を呼びながらガラスを叩く。だが、ガラスはビクともせずに二人の接近を阻んでいた。

 それまで静かな電子音しか出していなかった機械が、突然アラームを鳴らした。モニターの幾つかが異常を示す警告を出している。モニターや機械に同調するかのように、みさおが苦しみだした。医学は素人の浩平にも、みさおの容態が急変したのが分かる。しかし、慌てて妹を呼ぶ浩平とは逆に、部屋に居る者達の反応は冷めていた。

「そろそろ限界か」

「まぁ、もった方だろうな」

「以前のこの症状の実験体は、途中で蠍男に殺されたからな。今度は最後までデータが取れるな」

 研究員たちは、みさおが苦しんでいても何も処置しようとはせず、ただ何かの実験をしているかのように振舞っていた。連中の様子に浩平は怒りを覚えるが、それよりも妹の側に駆けつけたかった。血が滲むのも構わずに必死にガラスを叩き、妹の名を呼ぶ。

 だが、そんな浩平の行動も空しく、みさおは最後に「おにいちゃん」と呟くと目を閉じると、力の抜けた腕が落ちる。同時に部屋の機械やモニターも静かになる。

「……」

 浩平は腕をガラスに叩き付けたまま、膝から崩れ落ちた。目を閉じ、今目の前で起きた事を否定するように頭を振る。

「死んだか」

「サンプルNo●●●。症状パターンは……」

 事務的に報告書を作成している研究員の声が聞こえた途端、浩平の怒りが爆発した。獣のような雄叫びを上げ、研究員に殴りかかる。殴り飛ばされた研究員には構わずに、次々と研究員を打ち倒していった。

「元々助からない命だったんだから、しょうがないでしょ」

 研究員を殴り倒した浩平を見て、母がつまらなそうに呟いた。その口調に、実の子供を労わるような物は欠片も見出せず、浩平をさらに怒らせる結果なった。

「あんたはぁーーっ!!」

 いかに脳改造を受けたとは言え、今の発言は赦せるものでは無かった。浩平は目の前の女性を殴るべく、走り出した。その前にサイギャングが立ちはだかる。浩平は構わずに怪人を殴りつけた。だが、怪人の身体は硬く岩でも殴ったような衝撃が浩平の拳に伝わる。殴った拳を抱える浩平に、サイギャングのパンチが襲い掛かる。浩平は咄嗟に防御するが、怪人のパンチは防御した浩平の腕ごと彼の腹部にめり込む。

「ぐ、ぐぇぇーーっ!」

 浩平は、嘔吐しながら腹を抱えて床を転げまわった。吐瀉物に赤いものが混じっている事から、内臓も傷つけているのが窺えた。更に、防御した腕は折れてあらぬ方向に曲がっている。

「後で改造手術するとは言え、少しは加減して欲しいわ」

「……」

 近づいてくる母に、浩平は倒れたまま視線を向ける。天井の照明が逆光となって母の表情は窺えなかった。

「浩平、悲しい? でも大丈夫……」

 母が浩平の頬にそっと触れる。だがその手は冷たく、温もり等は一切感じられなかった。母の手が離れると同時に、サイギャングが浩平の前に立つ。朦朧とする意識の中でサイギャングを睨む浩平をあざ笑うかのように、怪人は浩平の腹部を蹴った。

「ぐぅ!」

 浩平の身体は床を転がって、壁面にぶつかって漸く止まる。意識の薄れ往く中で浩平が見たものは、薄笑いを浮かべて立つ母と、こちらに歩いてくるサイギャングの姿だった。そして怪人が浩平を担ぎ上げた時点で、浩平の意識は失われた。


                           ★   ★   ★


浩平はそこまで話し終えると、溜め込んでいたものを吐き出すように息を吐いた。誰も言葉を発する事無く時間だけが過ぎていく。

「栞と、同じだったのね……」

 香里がポツリと小さく、独り言のように漏らす。だが沈黙が支配するこの部屋には充分に響いた。

「同じって?」

「私の妹もね、同じだったのよ」

 瑞佳の質問に香里は、自分達の事を話し始めた。

 自分には栞という妹がいた事
 栞も原因不明の病気で苦しんでいた事
 病気はカノンの計画だった事
 妹は怪人に殺された事

「じゃぁ浩平の話に出てきたもう一人の女の子って……」

「まさか、折原君の妹さんも犠牲者だったとはね。あ、話を中断させて御免なさい、続けてくれるかしら」

 浩平の話から、香里はそう推測していた。しかし香里は、今は彼の話を聞くのが先だと思い、先を促した。次いで浩平は意識が戻ってからの事を話し出す。
 

                         ★   ★   ★


 浩平が目覚めたのは、固い手術台の上だった。自分を照らす照明の光と腹部と右腕の痛みを堪えて辺りを見回す。身体を動かそうとするが、浩平は自分の両手足が拘束されているのに気づいた。外そうともがくが、固定された結束が緩む事は無かった。

「目が覚めた? 浩平」

 浩平が目覚めたのを待っていたかのように、母の声が聞こえてくる。浩平がそちらを向くと、母が相変わらす薄い笑みを浮かべたまま立っていた。

「ここは……」

「ここは手術室。貴方はこれからカノンの最高の改造人間に生まれ変わるのよ。そう、あの仮面ライダーをも倒せる改造人間に」

「仮面ライダー?」

 浩平もその名前は聞いた事があった。浩平の住んでいた街から遠く離れた所で、化け物と戦うという存在。てっきり都市伝説か何かの類だと考え、話題が出ても相手にしなかったが、カノンを知った今ではそいつは実在するかも、と思っていた。しかし今はそれどころではなかった。

「くそ、みさおを殺したカノンの仲間になんか誰がなるか!」

 今まで以上の力でもがくが、相変わらず拘束は解けなかった。暴れる浩平を黙って見ていた母だが、何処からか男の声が聞こえてくると平伏した。母の平伏した先には、壁がありそこには雪のマークのレリーフがかけられている。そして中央のマークの中央部分が発光しはじめ、光と男の声に合わせてなにやら機械音も聞こえていた。

『なかなか威勢の良い男だな』

 声はスピーカー越しで聞こえてくるが、その声には恐怖と威圧感が感じられ、浩平も思わず黙ってしまう。

「だ、誰だ!」

「言葉を慎みなさい。カノンの首領よ」

「何!?」

 母の言葉に、浩平は首を最大限に動かして部屋を見回す。しかし当然ながら、首領と思しき姿は何処にも無い。

『折原浩平よ。お前はこれから改造手術を受け、我が組織の忠実な僕、あの憎き仮面ライダーと同等の能力をもった改造人間に生まれ変わるのだ』

「冗談じゃねぇ!」

 浩平が暴れると、それを諌めるかのように手術台から電気が流れ、浩平を痺れさせる。浩平が大人しくなると電気も止まった。

『準備に取り掛かるのだ』

 首領が命令すると、ドアが開いて手術着姿の男達が、機械を携えて入って来て準備を始めた。室内の機械を操作して設備を起動させていく。壁に設えた機械から先端にメスやドリルの付いたアームが出てくる。

「く、止めろぉー!」

「浩平、次に目覚めるときは貴方もカノンの一員よ」

 浩平に話しかける母を、首領が呼んだ。母は今度は直立の体勢で首領の言葉を聞いている。

『良くやったな』

「勿体無いお言葉、ありがたき幸せにございます」

 首領の労いの言葉を受け、母は恭しく頭を下げた。だが、次の首領の言葉は酷く冷たい物だった。

「もうお前は用済みだ」

「え?」

「ギィッ!」

 首領の言葉が終わると同時に、部屋にサイギャングが入ってくる。首領の言葉の意味を考える間もなく、母は突進してきた怪人の角に、胸を貫かれていた。

「え?」

「母さん!」

 サイギャングが角を引き抜くと、母は呆然とした表情で倒れた。母の返り血を頬に受けた浩平は、思わず叫んでいた。

「……な、なぜ……」

 うつ伏せに倒れ、口から血を吐きながらも母は雪のレリーフに向かって手を伸ばした。

『お前の研究成果は全て科学陣が吸収した。後は息子さえ手に入れば用済みだ』

 首領の言葉が終わると同時に、母の手が落ちる。手術台に寝かされている浩平からは見えなかったが、絶命している母の見開いた目は、彼女の息子の方を見ていた。

「な、何故だァーッ! テメェらぁー!」

 目の前で人が殺される、しかもそれが実の母であったことに、浩平は恐怖よりも激しい怒りを覚えた。再び電気が流されるのも構わずに暴れ続ける。首領は、そんな浩平の様子がおかしいのか笑いながら話す。

『ハハハ。その怒りは脳改造によって、仮面ライダーへと向けられるだろう。さぁ、手術を開始せよ』

 首領の言葉を受け、研究員の一人が機械の端末を操作する。すると浩平を取り囲んでいたアームの一つからガスが噴出された。ガスを吸った浩平の意識がたちまち薄れていった。

「く、くそぉ……」

 浩平が薄れゆく意識の中、最後に見たのは、サイギャングに足を掴まれ、無造作に運ばれていく母の遺体だった。


                           ★   ★   ★

 
 再び浩平が目覚めたとき、全てが終わっていた。何処か分からない林の中で目を覚ます。夕暮れが近いのか、紅い日差しが自分を照らしていた。

「(ここは……?)」

 近くに波の音が聞こえたのでそちらに向かって歩き出す。直ぐに林は途切れ、浩平は海岸に出ていた。砂を踏みしめ、数歩歩いた所で視界に映る島を見て驚いた。自分達が監禁されていた島に違いなかったからだ。

「あの島は、カノンの!? 燃えている!?」

 浩平は気づいていなかった。その島は今時分の居る場所からは、常人の視力ではほんの小さな点にしか見えない事に。だが今の浩平には燃え上がる炎などが事細かに観察できた。波打ち際まで駆け寄るが、途中躓いて波に突っ伏してしまう。両手を付いて身体を起こすと、浩平は波に映る姿を見て驚いた。

「な、何だ……こいつは?」

 異形の姿だった。
 頭部はバッタを模した作りの仮面だった。上半分は薄い緑色で赤い目。目の下に黒い縁取りがされている。
 顔中央部は白銀のラインが入っていて、それは頭頂部を通って後頭部で扇状に広がっている。
 眉間部分には赤色のセンサーがあり、その上に触覚を模したアンテナが付いていた。
 下半分は白銀でバッタの口状の形をしていた。首には赤いマフラー。
 身体は黒色で胸部から腹部にかけて緑色のプロテクターで覆われている。
 背中にはバッタの羽根を思わせる緑色の模様が入っていた。腰には正面に風車の付いた赤いベルトが巻かれている。
 身体の側面――肩から腕、腕の内側から腋を通って足まで――には白の一本のラインが走っていた。
 手足にはそれぞれ真紅の手袋、ブーツを着けている。

 波に映るその姿は、自分と同じように動く。腕を上げればその通りに、顔を触れれば波に映る異形も同様に動いた。

「こ、これが……俺なのか? 俺の姿なのか……お、俺は……」

 母や首領が言っていた事が思い出される。

「俺は……改造されちまったのか。俺は……改造人間なのか?」

「目が覚めたか?」

「誰だ!?」

 背後から聞こえてきた男の声に、浩平は立ち上がって振り向く。警戒して身構える浩平とは逆にその人物は警戒した素振りも無く立っている。だがその姿は浩平を驚かせた。その人物は今しがた見た、自分の変わり果てた姿とほぼ同じ容姿をしていたのだ。

「! お前は……」

「俺は、仮面ライダー」

「お前が……」

 未だ構えている浩平に、ライダーは状況を説明した。

 カノンという組織があり、そこは世界征服を企む悪の秘密結社である事
 自分はカノンと戦う者だという事
 今はカノンのアジトを破壊して回っている事
 あの島で、脳改造前の浩平を助け出した事を話した。
 ライダーが話し終えると、今まで黙っていた浩平が口を開く。

「俺は、あんたを倒す為に改造されたって言ってたな……」

 浩平は今、自分の身体を駆け巡る強い力を感じていた。その強大さに身体が震える。そうする内に、次第に記憶が蘇ってきた。ライダーの説明通り、脳改造まではされて無いらしく、全てを思い出すことが出来た。あの島に連れて行かれた事、妹と母を殺された事が浩平の脳裏に浮かぶ。カノンへの怒りを思い出した浩平は、そのまま海へと入っていこうとした。だが、ライダーに肩を掴まれて止められる。

「おい、何処へ行くつもりだ」

「ヤツラの所だ」

 浩平は振り向きもせずにライダーの腕を振り解くと、再び歩き始める。ライダーは今度は肩と左腕を掴んで浩平を引き止めた。

「よせ! 復讐の為だけにその力を使うな! それにあのアジトはもう壊滅している」

 ライダーの言葉を証明するかのように、強化された浩平とライダーの耳に遠くからの爆発音が聞こえてくる。音の方を見れば島の各所で大きな火柱が上がっているのが確認できた。呆然とその様子を見ていた浩平だが、気を取り直したかのようにライダーに詰め寄って捲くし立てた。

「おい、あんたはカノンのアジトを潰して回ってるって言ったな!? だったら教えろ! 他のヤツラのアジトを! あと連中のボス、首領は何処にいる!?」

「聞いてどうする?」

「決まってんだろ! 俺をこんな身体にして、みさおを、母さんを殺したヤツラを皆殺しにしてやるんだよ!」 

 浩平の必死の問いかけにも、ライダーは頷かなかった。

「駄目だ。個人の復讐の為だけにしか動かない今のお前に、教える事は出来ない」

「だったら……力ずくで聞き出してやらぁ!」

 そういうと浩平はライダーに殴りかかった。大振りのパンチを難なくかわしたライダーは、バックステップで浩平から離れる。

「止めろ!」

「うるせぇ!」

 砂浜へと逃げるライダーを追って、浩平も駆け出す。飛び蹴りを出すが、ライダーにかわされ、抉られた地面は砂を巻き上げる。浩平は尚もライダーに追いすがり、先程居た林の方へと追い込んでいく。逃げるのを止め、構えを取るライダーに、浩平はパンチを放つ。が、攻撃を読んでいたライダーはパンチを潜り抜けると浩平の背後に回り、肩と腕を捕まえる。

「落ち着け!」

「オオォーッ!」

 浩平はライダーに掴まれた腕を振り回した。その力にライダーは投げ飛ばされる。だがライダーは空中で回転しバランスを取ると、危なげなく着地する。着地したライダーが声を掛ける間もなく、接近して来た浩平がライダーに殴りかかる。潜り抜けるように回転しつつ攻撃をかわす。浩平のパンチはライダーの背後の木に当たり、木をへし折ってしまった。素早く振り向いた浩平は、立ち上がろうとしているライダーに掴みかかり、かわす暇もないと判断したライダーは、これを受け止めた。お互いの手が握り合わされ、力比べをする体制になる。拮抗するかと思われた力比べだが、徐々にライダーの方が圧され始める。

「(力はこいつの方が上か)」

 自分よりも力のある浩平にねじ伏せられつつあるライダーは、力を抜くと自分の方へ相手の身体を引き寄せながら後ろへ倒れこみ、巴投げの要領で浩平を投げ飛ばした。投げ飛ばされ、手を放した浩平は林の中へ飛び込んでいく。だが浩平は直ぐに起き上がってライダーに向かってくる。ライダーは浩平のパンチを打ち払うと、がら空きの腹部に回し蹴りを入れた。くの字に折れ曲がる浩平の後頭部に手刀を叩き込み、腕を掴んで、近くの木に投げつけた。

「グァ……」

「止めろ、俺はお前と戦いたくない」

 崩れ落ちる浩平に向かって、ライダーは説得するように呼びかけた。ライダーの言葉に奮起したのか、浩平は崩れ落ちそうになるのを堪えて構えを取った。

「俺の、邪魔をする奴は……皆敵だ!」

 言いながら殴りかかってくる浩平をかわし、背後に回りこんだライダーは、浩平を羽交い絞めにする。

「邪魔をする気は無い。ただ復讐の為だけにその力を使うなと言ってるんだ!」

 ライダーの説得にも耳を貸さず、浩平は後ろへと走り、木にライダーを下敷きにしてぶつかる。その衝撃でライダーの拘束が解かれ自由になった浩平は間合いを取りライダーと対峙して叫んだ。

「お前に……お前に何が分かる!? 妹を……母さんをカノンに利用された挙句、殺された俺の気持ちが分かるか!」

 言いながら殴りかかってくる浩平に、ライダーも負けじと叫んだ

「分かるさ!」

「な?」

 浩平の腕を払いのけ、ライダーのパンチが浩平の顎に当たる。浩平は吹き飛んで地面を転がり木に当たって止まる。浩平は即座に起き上がるが、ライダーに襲いかかろうとはぜす、黙ってライダーを見ていた。

「分かるさ……俺だって、妹を……家族をヤツラに殺された。家族だけじゃない……大切な人を……何人も」

「そ、そんな嘘を……」

「嘘じゃない! お前になら分かる筈だ」

 浩平は黙ってライダーを見つめた。そうしていると、目の前に立つライダーから深い悲しみが伝わってくる気がした。

「(な、何だ……これは?)」

 それは同じ能力を持った二人に起きた、精神感応ともいうべき物だった。心を澄ませばより深くライダーの気持ちが伝わってきた。浩平だけでなく、ライダーにも浩平の持つ怒りと悲しみが伝わってきた。お互いに思考や記憶までは読み取れ無いが、心の深い所で通じ合っていく。

「(お前も同じか……)」

「(あぁ……)」


 落ち着いた二人は変身を解いていた。お互いに名乗り、浩平は今は祐一の替えの服を着ていた。

「折原、お前はこれからどうする?」

「俺は……」

 浩平は、祐一に答える事が出来なかった。カノンと戦うつもりではいるが、もう少し考える時間が欲しかった。何の為に戦うのか? 復讐ではなく、もっと別の何かが心の中で渦巻いているが形にならなかった。その旨を伝えると祐一は頷き、浩平の住んでいた街まで彼を送っていく事にした。

 祐一は浩平をバイクの後ろに乗せ、海岸線の道路を走っていく。浩平はただ漠然と流れていく景色を眺めていた。何の気なしに海を見ていた浩平の視界に、数台のボートが映った。何の変哲も無いようなボートだが、乗っている者達を見た瞬間、浩平は驚く。

「カノン!」

「何? 生き残りがいたか!」

 祐一も浩平の言葉に驚き、そちらを見る。ボートに乗っているのは、カノンの戦闘員と二体の怪人。浩平はその内の一体に見覚えがあった。忘れたくても忘れられない、母を殺したサイギャングだった。もう一体は鮫の容姿をした怪人だった。

「あいつら……」

「いかん、街に向かっている!」

 浩平は怒りに震え、祐一は冷静に連中の針路を予測した。祐一の言葉に浩平はハッとなる。

「!! 街には、皆がいるんだ!」

「急ぐぞ!」

 祐一はエンジンを噴かしてスピードを上げ、街へ急いだ。その途中、浩平に話しかける。

「折原。お前に護りたい物があるなら、護りたい人が居るならその力を使え、躊躇うな」

「相沢……あぁ……分かった。だが、どうすれば良い? どうすれば俺は、その……力を使えるようになれるんだ?」

 人間の姿に戻る事は出来たが、どうすれば先程の姿になれるのかは、分からなかった。

「スイッチだ」

「スイッチ?」

「お前の身体の中にエネルギーを巡らせるスイッチがある。それは動作を行う事によって起動する。動作はお前の記憶の中にある筈だ」

 祐一に教えられた浩平は、自分の記憶を探ってみた。すると、ある動作が思い浮かぶ。

「こいつは……何時の間に俺の記憶の中に……?」

「折原……いいな? 護るべき物があるなら、迷うなよ!」





 後書き


 こんにちは、梅太呂です。久しぶりの投稿となりますカノンMRS43話をお届けです。

 ……いきなり回想シーンから始まってすいません^^;

 浩平君の活躍はもう少し後になる予定ですので、今しばらくお待ち下さい。

 今回の後書きも短くて恐縮ですがこの辺で。

 最後に、この作品を掲載してくださった管理人様

 この作品を読んでくださった皆様に感謝して後書きを終わりにいたします
 

 ありがとうございます。                            梅太呂

本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース