柔らかい日差しも西の空に消え、今は人工の光が街中を照らしている。

 この北の街にも遅まきながら春が訪れていた。雪は姿を消し、代わりに地中から植物、生物が顔を出す。冬の間動けなかった鬱憤を晴らすかのように、この季節を謳歌している。木々は枝に乗せていた雪も消え、新たな葉を茂らせようとしていた。

 そんな中、街中にある一軒の喫茶店『百花屋』。料理の素晴らしさと、働くウェイトレスの可愛さで評判の店であるが、今はそのウェイトレス達及び店主に、心からの笑顔が欠如していた。無論接客に手を抜いている訳では無いが、彼女たちの笑顔に何処か一抹の寂しさを感じる。陽気とは裏腹に、未だ冬の寂しい雰囲気を纏っているようだった。




                  Kanon 〜MaskedRider Story〜    
                          第二部・四十一話       




 本日、最後の客が会計を済ませて店を出て行った。

「ありがとうございます」

 店員一同、笑顔で見送る。カウベルを鳴らしてドアが閉まると、本日の営業を終えた安堵から、皆が一息ついた。しかし営業が終了したとは言え、まだ片付け等が残っているので、すぐさま取り掛かる。皆手馴れた物で、食器の片付け、店舗の清掃、住宅に戻って夕飯の準備を滞り無くこなして行く。そんな中、店舗の清掃をしていたこの家の娘、水瀬名雪がふと呟いた。

「祐一、まだ帰ってこないのかな……」

 相沢祐一、名雪の従兄妹で今年の初めにこの街にやって来た青年。そして彼は謎の組織『カノン』と戦う改造人間『仮面ライダー』だ。カノンとの戦いは、名雪の生活に大きな変化をもたらした。行方不明だった父の死、幾つもの悲劇や新たなる出会いなど。

 そして祐一は数ヶ月前、カノンと決着を付けようとこの街から旅立った。「必ず戻ってくる」と約束して。祐一の約束を信じてはいるがそれでも、日々募る不安は隠しきれず、先の名雪の言葉は彼女たちの間では、発言者を変えて毎日のように聞かれた。

「そうね……でもきっと大丈夫よ」

 名雪の不安を、彼女の親友の美坂香里が打ち消すように言う。尤も香里も、別の時には誰かに今の自分と同じことを言われているのだが。今は偶々、彼女が宥め役に回ったに過ぎない。

 祐一の行方は杳として知れなかった。だが本人からの連絡は無いものの、無事だという推測は出来た。それは時折新聞に載る記事が根拠だった。人里離れた山奥や、無人島で起こる謎の火災や爆発。それらはカノンのアジトが壊滅した事を示している。普通の人には分からないし、重要な事では無いかもしれないが、カノンを知る名雪達には、祐一が戦い続けている、祐一が生きている事の証だった。

「だけど……」

 大丈夫、と言った香里が不安げな顔になる。だがそれは、祐一の命を心配して浮かんだ物ではない。

「相沢君、早く帰ってこないと……出席日数足りなくなって留年するわね」

 この春から、香里も名雪も進級して三年生になっていた。同い年である祐一も進級していたが、彼はまだ一度も授業に出ていない。

「祐一さんは無理に学校に通う必要ないのよ」

 そう言って店に入ってきたのは、この店と家の主で名雪の母親の水瀬秋子だ。娘と並ぶと親子というより姉妹にしか見えない若々しさと、全てを包み込むような笑顔で近所でも何かと評判の女性だった。

「お母さん、どういう事?」

 夕飯の準備を終え、店舗に入ってきた秋子に名雪が尋ねる。と同時に外の片付け及び清掃をしていた三人の娘が入ってくる。

「お掃除終わりました」

 天野美汐、川澄舞、倉田佐祐理の三人だ。皆カノンに直接間接と関わり、その結果こうして行動を共にしていた。

「皆さん、何かお話していたんですか?」

「あ、うん。お母さんがね、祐一は無理に学校に通う必要は無いって」

「なぜ?」

 店内に入ると、秋子達が何やら会話していたので、佐祐理が質問すると名雪が答えた。意味を図りかねた舞が質問すると、皆の視線が秋子に向かう。皆の視線を感じた秋子は、話を始める。

「前に、姉さんから聞いたんだけど」

 姉さん、と口に出した時、一瞬だが秋子の顔が曇った。秋子の姉とは祐一の母である。そして祐一を除く彼の家族は、カノンに
殺されている。秋子は表情を改めると話を続けた。

「祐一さんは外国に居た時に、飛び級で大学まで出ているのよ」

『えぇ〜〜っ!?』

 秋子の発言に名雪だけでなく、皆が驚いていた。

「知らなかったよ……」

 名雪は呆然と呟いた。昔から祐一の頭の良さは知っていたがここまでとは。宿題を見てもらった事も一度や二度ではない。実は科学者の父と母の間に産まれたのは祐一で、自分は何処かから拾われてきたのでは? と考えた事もあった。無論そんな事は無いのだが、名雪は自分の成績を見るたびにふと思うのだった。

「はぇ〜、祐一さんって凄かったんですね〜」

 佐祐理と美汐が感心し、舞も無言で頷いていた。香里も黙っていたが、その顔は不満気だった。

「(じゃああれは、実力を隠してたって言うの?)」

 まだ祐一が通学していた頃、クラスで小テストが行われた。結果は、学年首席の香里がトップで祐一は十番位だった。彼は「凄いな〜、流石首席のかおりんだな」と笑っていたが、真実を知った今ではその賞賛も素直に受けられなかった。

「(ふふふ……そう、そうなのね……見てなさい、今度こそ……)」

「香里、怖い……」

 密かに闘志を燃やし、笑みを浮かべる香里に、舞が怯えていた。美汐と佐祐理も香里の放つオーラに気圧されていた。

「でもさ」

 そんな空気を払拭するかのように、名雪が寂しげに呟く。効果はあったようで、香里達も名雪に注目する。

「一緒に通えないのは、寂しいよ」

「そうね」

「そうですね」

 香里と美汐も同意する。舞と佐祐理は既に卒業しているので無理なのだが、名雪、香里、学年は違うが美汐は祐一と一緒に学校に通えるのを楽しみにしている。

「お母さん、祐一から連絡って無いの?」

 祐一が居ない寂しさを再認識した所で名雪が尋ねた。その質問は秋子が待ち望んでいたもののようで、娘の言葉を聞くと秋子に笑みが浮かんだ。

「あぁ、それなら……」

 と言いかけた所で、やや乱暴に店のドアが開かれた。ドアの開け方に抗議するかのようにカウベルが大きな音を立てる。既に営業時間は終わっており、入り口の照明は消したのだが、入ってきた人物にとっては些細な事のようだった。入ってくる、というより文字通り飛び込んできたのは、三十前後と思しき男だった。薄汚れて、所々破れた服を着ていた。男は入ってくるなり、慌てた様子で質問してきた。

「ここは、百花屋だな?」

「そうですけど。すいません、今日の営業はもう終了しているんですが」

 秋子が申し訳なさそうに答えるが、男はそれにも構わずに店内を見回す。強盗の類か? と思った舞と香里が警戒を強めると、男は突然土下座をした。呆気に取られる皆に構わず話を続けた。

「た、頼む! 助けてくれ! 仮面ライダーに会わせてくれ!」

「どういう事?」

 仮面ライダー、という言葉に皆が反応し、舞が警戒を強めつつ男の肩を掴んで顔を上げさせると、男は怯えた表情をしていた。

「ここに来れば仮面ライダーに会えるんだろ? 頼む、助けてくれ!」

 男はそう繰り返すばかりで、一向に話が進行しなかった。そこへ秋子が進み出て男を落ち着かせた。

「落ち着いてください。大丈夫ですから」

 秋子がそう言うと、不思議にも男は落ち着きを取り戻していた。相変わらず怯えてはいるが、喚き散らす事は無くなっていた。

「助けてくれって……命を狙われているのですか?」

 一度に質問をしても男が答えられないと思ったのか、秋子は男が助けて欲しい理由に付いて聞く。

「あ、あぁ……、そうだ。だから仮面ライダーに助けてもらおうと」

「何故、仮面ライダーに? 貴方を追っているというのは……」

「……カノンだ」

「!!」

 男の答えに、全員に緊張が走る。此処暫くは秋子達の前に姿を見せていなかったが、依然として存在している組織だった。

「俺は、カノンの戦闘員だった」

「下がって!」

 舞が叫ぶと、掴んでいた男の肩を突き飛ばし秋子の前に立つ。香里と美汐が秋子を下がらせ、名雪と佐祐理も男を警戒する。舞は構えを取り油断無く男を見張っていた。愛用の刀こそ持っていないが戦闘員一人なら素手でも充分に渡り合える。一方の男は突き飛ばされ尻餅をついた体勢で、必死に腕を振って弁解を始めた。

「ま、待ってくれ! 俺はカノンから逃げ出して来たんだ! あんた達と戦うつもりはない! 頼む、話を聞いてくれ!」

「……分かった。でも変な真似をしたら……」

 男の態度に嘘は無いと感じた舞が言うと、男もどうにか落ち着いた。しかし舞を始め皆は、男が少しでもおかしな素振りを見せたら、対処出来る様に警戒を強めた。

「カノンの戦闘員と言うのは本当なの?」

「ああ。本当だ」

 最後尾に追いやられた秋子が代表して男に尋ねると、男も舞達の様子に気圧されつつ答えた。

「それなのに、何故此処に?」

「……逃げ出して来たんだ。俺には娘が居たんだが、病気になってしまって……。そんな時カノンに来れば助けてやるって言わ れて……だがそこは……地獄だった。娘と妻は実験台にされて殺されて、俺は戦闘員に……」

「そうだったの」

「仮面ライダーの事もその時に知った」

 当時の光景を思い出しているのか、男は俯きながら話していた。しかし男は顔を上げると、再び強い調子で話し出す。

「だから、頼む! 助けてくれ! そして妻と娘の敵を……ぐっ!」

 男の話は途中で遮られた。舞達が止めたので無いのは彼女達の表情を見れば明らかだった。ゆっくりと倒れていく男の背中に短剣が生えていた。それは窓ガラスを割って店内に飛び込み、男の背中に突き刺さった物だ。舞は即座に短剣の飛んできた方向を見る。外は暗く店内は明るいので見通しは悪いが、それでも強化された彼女の目は、逃げ去る人影を捕らえていた。躊躇う事無く舞は外へ飛び出していき、香里も後の者達に残るように言うと、舞を追って飛び出していく。

「大丈夫ですか?」

 次の襲撃を警戒して、テーブルに身を隠していた佐祐理が男に近づいて声を掛けるが、男は既に事切れていた。秋子達も身を隠しながらやって来た。とりあえず男の遺体を奥に運ぼうとしたが、出来なかった。何故なら男の遺体から泡のようなものが滲み出たかと思うと男の全身を覆いつくし、遺体を融かしてしまったのだ。すぐさま泡も消え去り、後には何も残らなかった。

「これは?」

「佐祐理が以前見た時と一緒です。こうやって痕跡を残さないようにしているんです」

 改めてカノンの脅威を感じつつ、秋子達は飛び出していった舞と香里の安否を気遣っていた。


 一方、人影を追って飛び出した舞だが途中で相手を見失っていた。気配も掴めず、舞は闇雲に住宅街を探し回っていた。

「舞さん!」

 そこへ、舞同様に謎の人影を探しに出てきた香里が合流した。お互いの様子から二人とも人影を見失ったのを悟る。

「どうします?」

「一旦戻る」

 舞の提案に賛成し、二人は一旦百花屋に戻る事にした。再度襲撃があるかと、辺りを警戒しつつ歩いていたが店に戻っても気配は感じられなかった。

「駄目だったわ」

「見失った」

 店に入るなり報告する二人を、全員が出迎えた。秋子達も二人に、男の遺体が消滅した事を報告する。

「……参りましたね」

 状況を整理した美汐が呟く。カノンが未だ暗躍しているのも問題だが、今は自分達の所に祐一――仮面ライダー――が居ない事が重要だった。他の者も口にこそ出さなかったが同じ気持ちだ。

 皆が黙り込んでいる中、再びドアが開く音がした。先程とは違いごく普通に開けられたドアは、相応にカウベルを鳴らす。

「あの、すいません」

 申し訳なさそうに入ってきたのは、名雪達と同年代の少女だった。左右に分けた髪を三つ網みにして、両肩から下げている。
先刻の一件もあって皆が警戒の視線を向けるが、少女は平然と立っていた。

「申し訳ありません。もう閉店なんですが」

 秋子が警戒しつつ断りを入れると、少女は首を振った。

「私はお客ではありません。あの、ここは百花屋ですよね? 水瀬秋子という方にお会いしたいのですが?」

「私ですけど、貴女は?」

 秋子が答えると、少女は居住まいを正して頭を下げた。

「申し遅れました。私、里村茜と言います」

 里村茜、と名乗った少女を見た秋子が何かを思い出した顔になり、身体から僅かだが緊張が抜けた。

「貴女が?」

「秋子さん、彼女を知っているんですか?」

 秋子の言葉を聞いた香里が耳聡く反応し、代表するように聞くと秋子も皆に聞こえるように答える。

「えぇ。と言っても直接会った訳ではないし、話すのも初めてなんだけど、祐一さんの手紙に彼女の事が書いてあったの」

「祐一の!? え、どういう事? お母さん!」

 名雪だけでなく、皆が驚いた顔になり秋子に詰め寄った。今は茜の事より、祐一の方が気になっていた。一方の茜は別段気にする風も無く、相変わらず平然としていた。

「さっき話そうとしたんだけど」

 そう前置きしてから秋子が説明し始めると、皆も黙った。

 曰く、先日祐一から手紙が届いた。内容は「近い内そちらに尋ねていく者達がいる。彼らもカノンと戦う者達だから受け入れて欲しい」という物だ。後は、そこに尋ねる人物の名前と祐一の署名が入っていた。

 秋子は皆に手紙を見せた後、茜にも確認を取った。茜は頷き、手荷物から秋子の持つ手紙と同様の物を取り出した。

「相沢さんは念の為に、と言って私達にも同じ物を持たせました」

 茜の差し出した手紙は、同じ筆跡で同じ文章が書かれていた。それらを見比べた皆から、秋子の様に僅かに緊張が抜ける。

「これ、間違いなく祐一の字だよね」

「そうね……ここまで下手な字は相沢君の字よ」

 何処の言語の文字だ? と疑いたくなるような文字は、間違い無く相沢祐一の筆跡だった。幾度と無く見てきた香里と名雪が断言した。幸いな事に解読可能なレベルだったので、他の者もそれ以上拘らずに手紙を読んでいく。

「来たのは貴女だけですか? 祐一さんからのお手紙には貴女の他に後二人来ると書いてありますが?」

 手紙を読み終えた佐祐理が質問すると、茜の顔がやや曇る。

「申し訳ありません。途中まで一緒だったんですが逸れてしまって……でも、この場所は知っていますから直ぐに来る筈です」

 茜の言葉を証明するように、程なくして話し声が聞こえてきた。こちらに向かっているらしく、段々と声が大きくなってくる。
と同時に、会話の内容もはっきりしてくる。男女が言い争っている、というより、女性が男性を無理矢理連れてきて、男性が女性に抗議しているようだ。

「ほら、ちゃんと来ないと駄目だよ。もう茜は先に行ってるんだよ!」

「ちょっ! 痛い! 耳がちぎれる!」

「一緒に来ないのがいけないんだもん!」

 言いながら、会話の主達が百花屋に入って来る。見た目は二人とも茜と同じ位で、少女が青年の耳を引っ張っている。秋子達が呆気にとられる中、茜の冷静な言葉が響く。

「瑞佳、人前です。その位にしておきましょう」

「え? あ! え、えっと……ごめんなさい! ホラ、浩平も謝るんだよ!」

 瑞佳と呼ばれた少女は、周りの様子に気づくとバツが悪そうな顔になり、慌てて謝罪した。その際、浩平と呼んだ――さっきまで彼女が耳を引っ張っていた――青年の頭を掴むと、同じように頭を下げさせる。

「ぅおぅ!」

 先刻まで耳を引っ張られ、すぐさま頭を掴まれて下げさせられる事に、意味不明の言葉で抗議を上げつつも、浩平と呼ばれた青年は瑞佳の手に任せるまま頭を下げていた。

「遅くなってごめんなさい!」

「……えっと、良いのよ。頭を上げてくれないかしら?」

 秋子が言うと、瑞佳も漸く頭を上げた。左右の髪の一房を山吹色のリボンで後頭部で束ねた髪が揺れる。

「貴女達がこちらの茜さんと来たって言う……」

「はい、長森瑞佳です」

「別名「だよもん星人」だ」

 瑞佳が名乗ったのに続き青年が発言すると、彼女は頭を押さえつける腕に力を込めた。

「浩平、なんて事言うんだよ! 私「だよ」も「もん」も付ける癖なんて無いもん!」

「……な?」

 青年は頭は下がったままだが、同意を求めるように腕をあげて瑞佳を差していた。同意を求められた方はどう答えれば良いか分からず、只沈黙するのみだった。

「ところで……瑞佳、俺は何時までこうしていれば良いんだ?」

「あ!」

 頭を押さえつけられたままの青年が抗議すると、瑞佳はそこで初めて気が付いたように、慌てて青年の頭から手を退ける。頭を上げた青年は、容貌こそ似つかないが何処かしら祐一に似た雰囲気を持っていた。

「そしてコレが……」

「コレって言うな!」

 茜が青年を紹介しようとした所で、青年が遮って自己紹介を始める。

「コホン、俺様は美男子星からやって来た美男子星人の、折原浩平様だ!」

 青年――浩平が大げさな身振りを交えて名乗るが、秋子達全員どう返して良いか分からずに固まっている。浩平の言動に慣れている瑞佳と茜は、ため息を付いて呆れていた。

「浩平、その自己紹介は止めようって言ったのに」

「……問答無用のバカです」

「むぅ、俺はこの場を盛り上げようとだな」

 言い争う三人を暫く眺めていた秋子だが、漸く我に返ると三人に声を掛けた。

「あの、三人共。此処ではなくて奥に行きましょう。詳しい話はそこで聞きますから」

 秋子の提案に浩平達も、今まで固まっていた名雪達も同意して、場を住宅のリビングに移した。
 リビングでは、流石に全員が座る事は出来ずに、浩平・瑞佳・茜の向かいに秋子・名雪・香里が座り残りの者は隣接するダイニングに居た。既に秋子達も自己紹介を済ませて、今は秋子達が詳しい話を聞いていた。最初に、何処から来たのか? という質問に対しては、あゆの捕らえられていたアジトの近くの街という答えが返って来た。

「それで、貴方達は如何して祐一さんと知り合い、そしてカノンと関わる事になったの?」

「俺達のいた街がカノンに襲われたんだ……」

 秋子の質問に答えたのは、意外にも浩平だった。その様子に先程までのふざけていた雰囲気は無く、真剣な面持ちで話している。
瑞佳も茜も黙って浩平が話すのを聞いている。

「親も……ヤツラに殺された……妹まで……」

 妹、という単語を聞いた瞬間香里が反応するが、それに気づいた者は無く、香里自身も直ぐ浩平の話を聞く体勢に戻ったので、浩平も話を続ける。

「そんな時、相沢に……仮面ライダーに助けられたんだ」

 後は、仮面ライダーと共に各地を回りながら、カノンと戦い続けたと瑞佳が締めくくった。

「祐一は? 祐一は今何処!?」

 今までは秋子が中心になって浩平達に質問していたが、祐一の名前が出るなり名雪達が一番聞きたかった質問を、舞が発した。
続いて他の皆も異口同音に聞く。

「相沢なら、今は日本に居ないぜ」

「え?」

「俺達が此処に来る少し前に、ヨーロッパに行った。向こうでカノンが活動している情報を得たからな」

「本当なんですか?」

「本当です」

 美汐の呟きにも似た問いに、茜が答える。瑞佳も黙っている事から、彼等が冗談を言っているようには思えなかった。

「そんな……」

 それは誰が漏らした呟きだったか。或いはここに居る浩平達以外の皆だったかもしれない。会いたい者に会えない寂しさ、それが実感となって圧し掛かってくる。幾人かは直ぐにでも会いに行こうと考えたが、欧州中を飛び回っているかもしれない一人の人物を、当ても無く探し出せる筈も無い。

「参りましたね……」

 佐祐理が呟くと舞と美汐も同意する。会えない寂しさも勿論だが、祐一が居ないという事はカノンに立ち向かう戦力が激減している意味も含まれていた。あれから戦う意志は微塵も衰えていないが、それでも心の支えたる仮面ライダーが居ないという不安要素は拭えない。

「悩んでも仕方無いよ。私達に出来ることをやるだけでしょ? 皆、ふぁいと、だよ!」

 重苦しい空気を払拭したのは名雪だった。そんな彼女の言葉に励まされ、皆も元気を取り戻した。

「私達だけではどうしようもなくなったら、必ずライダーは来てくれる」

「そうですね」

 舞が宣言し、美汐も付随する。他の者も頷いて同意した。

「まぁ、俺達もいるから大丈夫だって」

 皆の話を黙って聞いていた浩平達も会話に参加してくる。此処に来て漸く部屋の空気も穏やかな物に変わった。その後は浩平達の処遇に付いて話し合われた。一先ず、離れの部屋を二つ彼らの為に用意した。次いで遅くなった夕飯となり、浩平達も交えての、賑やかな夕食となった。浩平も、その頃には当初の雰囲気に戻っており。時折瑞佳や茜に窘められていた。

 夕食が終わると、浩平達は「長旅で疲れたから」と断って早々に部屋に下がっていた。今は秋子達全員がリビングに集まっている。

「香里、さっきからずっと黙ったままだけど、どうかしたの?」

 名雪の指摘通り、夕食中も香里は黙ったままだった。話しかければ返答するものの、自分から誰かに話しかける事もなく、時折浩平達を観察するように見ていた。

「彼等は、信用できるのかしら?」

 香里はその事がずっと引っかかっていた。浩平達がやってくるタイミングが良すぎると思ったのだ。助けを求めに来た戦闘員が殺され、犯人を捜していた所に彼等がやってくる。後、彼らの話の端々に何か言うのを躊躇うような気配が感じられた。

 浩平の話で「妹も殺された」と聞いたときには、彼に自分と同じ境遇を感じたが、それでも疑念を払うまでには至らず、今もこうして彼等を疑っている。名雪達に自分の考えを披露すると、彼女達も考え込んだ。

「じゃあ瑞佳ちゃん達は敵だって言うの?」

 夕食の僅かな時間の中で、猫好きという共通の話題を見つけ仲良くなった名雪が、弁護するように香里に言った。

「最悪その場合も考えられるって事。手紙だって、本物の彼等を殺して奪えばいい訳だし。……尤も私だってそこまで疑っている訳 じゃないわ。でも折原君達は、まだ何か隠していると思うの」

 悲しむ名雪を見て、香里も慌てて訂正するが、それでも浩平達が怪しいという自説は曲げなかった。何を隠しているのか? までは流石に分からなかったが。

「相沢さんが居ないのは事実ですし、気をつけておくのに越した事はありませんね」

 仮に浩平の話が全て嘘だったとしても、今此処に祐一が居ないのは事実だったから、美汐の言葉に皆が同意した。


                           ★   ★   ★


 水瀬家・離れ部屋
 一方、休むと言って引き下がった浩平達だったが、反して瑞佳達の部屋に三人とも集まっていた。車座になって話している。

「皆、良い人だね」

「はい、ですが……」

「完全に信用されてはいないな」

「やっぱり、戦闘員を倒したのがいけなかったのかな? あの人達、探していたみたいだし」

「まぁ、それで余計に警戒させちまったんだろうな」

 三人の顔には、仕方ないという表情が浮かんでいた。だがそれは既定の事だったので、三人とも直ぐ次の話題に入る。

「それで浩平、次はどうするのですか?」

「暫くは様子見だな。で、油断して来たところを一気に叩く」

「何時になるかな?」

「そんなに時間は掛からないだろうさ」

 意外にも、話の中心になっているのは浩平だった。ふざけた様子とは違い真剣な面持ちで話し、瑞佳も茜もそんな彼に全幅の信頼を置いているように見えた。

「とにかく……」

 浩平は話を途中で止め、周囲を窺うように耳を澄ませた。瑞佳と茜も、浩平の只ならぬ様子に息を潜めた。浩平は静かに立ち上がってドアまで行くと、一気にドアを開ける。そこには慌てて飛び退いた態勢の舞と香里が居た。

「え〜っと、川澄さんに、美坂さんだったな。どうかしたのか?」

 二人が部屋の様子を窺おうとしていたのは明らかだが、浩平はあえて触れずに尋ねた。

「え? あ、うん。長旅で疲れているでしょうから、良かったらお風呂どうぞって、秋子さんが」

 聞き耳を立てようとしたのがバレたか? と思った香里だが、そんな事はおくびにも出さず予め用意していた言い訳を述べる。と言うより、風呂の事で呼びに来た際に、話し声が聞こえてきたので、つい聞き耳をたてようとしたのだった。

「そうですね。ありがたく頂きましょう。あ、着替えはありますのでご心配なく」

 茜が言うと、瑞佳も頷いて荷物から着替えを取り出し始めた。浩平はと言うと、彼もすぐさま自分の部屋に戻って支度を始めた。

「こっち」

 部屋から出てきた彼女達を舞が案内する。舞に続いて瑞佳、茜、浩平と続き……。

「待ちなさい」

「ぐぉっ」

 香里が浩平の襟首を掴んで引きとめた。

「何処へ行くつもり?」

「お、俺も……風呂に……」

「嫌です」

「浩平……」

「は、ハイ! 待ってます! フローリングの木目を数えながら、それはもう石像のように!」

 食い下がろうとした浩平だったが、皆の冷たい視線に全面降伏して大人しく部屋に戻っていった。


                           ★   ★   ★


 翌朝
 水瀬家の朝は何時もの如く、二階の一室から爆音の如く響き渡る目覚ましの音によって始まった。

「名雪、起きなさい!」

「起きる」

「あはは〜、早く起きてくださいね〜」

「うにゅ〜〜」

 香里、舞、佐祐理の連続口撃をもってしても、名雪要塞を陥落させるのは容易ではなかった。何時もは美汐と香里の二人が名雪を起こすのだが、昨晩は舞と佐祐理も水瀬家に泊まっており、本日の参戦となった。しかし今朝は美汐は参戦していない。
彼女は浩平達の所にやって来ていた。そして彼女はここでも同様の事態に遭遇する。

「茜、起きてよ〜!」

「……あと五分」

 美汐が瑞佳達の部屋の前まで来た時、瑞佳の大きな声が聞こえた。一言断りを入れてから入ると、上半身を起こした茜の肩を揺さぶって、必死に瑞佳が呼びかけている場面に遭遇した。

「瑞佳さん、これは?」

「あ、うん。茜ってば凄く寝起きが悪いんだよ」

「……」

 瑞佳に言われて茜を見れば、彼女は目を開けてはいるものの心此処にあらずと言った風で、反応を示さなかった。

「起きているようですが?」

「目は開いているけど、そこからが長いんだよ。美汐ちゃん、茜をお願いしていいかな?」

「構いませんが……どうかしたのですか?」

「うん。もう一人、浩平を起こさないといけないから」

 瑞佳はそう言いながら、部屋を出て行き、程なくして隣の部屋から彼女の大声が聞こえた。

「(名雪さんが三人いるようなものでしょうか?)」

 美汐は、茜に呼びかけながらそんな事を思い、朝から憂鬱な気分になるのだった。


                           ★   ★   ★


 昼・百花屋
 朝食を終えると秋子達は開店準備を始めた。今日は休日で、舞と佐祐理も朝からアルバイトに入っているので一緒に準備をしていた。

 浩平達は今は家におらず、商店街へと身の回りの物の買出しに出ていた。浩平達の案内として美汐と香里が同行しており、今店にいるのは秋子、名雪、舞、佐祐理の四人だ。

「そろそろ休憩にしましょう」

『はい』

 午前の最後の客も帰った店内は、今までの喧騒が嘘のであるかのように静かになっていた。しかし全くの無音という訳ではなく、後片付けをする音や、店内に設えたスピーカーから喧騒の所為で目立たなかった自己を主張するかのように、音楽が流れていた。

「香里達、遅いね」

「学校も案内すると言ってましたから、その所為じゃないでしょうか?」

 浩平達は手続きが済み次第、名雪達と同じ学校に通う事が決まっていた。そんな事を話ながら、片付け及び午後の準備を進めて行く。

「♪〜〜♪〜〜……」

「あら、どうしたのかしら?」

 表の札を準備中に変え、住宅に戻ろうとしたとき、店内に流れていた音楽が突然止まった。連動するかのように、店内の照明も明滅し出した。外はまだ明るいので、視界に影響はないが、それでも何か異常事態が発生している事に変わりは無い。異常を察した舞は、キッチンテーブル脇に隠しておいた愛用の刀を取ると、周囲を警戒する。

「舞……」

「気を付けて、何かおかしい」

 只の停電か? と思った佐祐理だが、舞の真剣な様子を見て自分も気を引き締めた。名雪と秋子も周りを気にし始める。全員店の中央に移動し、秋子を中心に三角形の頂点に立つ形で警戒に当たる。

「イーッ!」

 四人の緊張が頂点に達した瞬間を見計らったかのように、カノンの戦闘員が飛び込んでくる。正面入り口だけではなく、裏口と更には住宅へのドアからも飛び込んできた。

「何時の間に!?」

 名雪が驚く間にも、店内に飛び込んできた戦闘員達はこちらに襲い掛かって来た。内一人は窓のカーテンを下ろして店内の視界を悪くしていった。

「イーッ!」

「くっ」

 戦闘員の振り下ろす短剣を、舞は抜刀して受け止める。戦闘員は一旦離れてから再度斬りかかって来た。通常であれば戦闘員に遅れをとる事などないが、テーブルや照明が障害物となり、更には近くに佐祐理達がいるので思うように刀を振るえず、苦戦していた。

 舞の不利を見て取った佐祐理と名雪は、秋子を庇いながら店の隅に移動する。幸い戦闘員達は舞一人に狙いを定めているようで、秋子達に向かってこなかった。今は舞を中心に、戦闘員達が三角形の頂点に立つ形で対峙している。

「イーッ!」

 戦闘員達は一斉に舞に飛び掛り、同時に短剣を振り下ろしてきた。舞は前方に転がって攻撃を避けると即座に振り返って、今は自分に背を向けている相手を切りつける。

「この!」

「えいっ!」

 残った戦闘員に、名雪と佐祐理の投げた皿やフォークが当たる。一瞬怯んだ隙をついて舞は接近し、戦闘員達を斬り捨てた。

「舞、大丈夫!?」

「はちみ……!」

 気遣って自分の所にやって来る佐祐理に答えようとした舞は、背後――店の入り口付近から何かが飛んでくるのに気づき、佐祐理を庇ってその場を飛び退いた。飛来してきた物は倒れている戦闘員の遺体に当たり、その瞬間火花が発生し嫌な臭いが立ち込める。

「これは!?」

 飛来してきた物は、先端の尖った鞭とも尻尾とも呼べる物だった。その元は、何時の間に現れたのか店の入り口に立っている怪人の左腕に繋がっていた。怪人の左腕は戦闘員の遺体を打ち据えると、元の長さに戻っていく。

「お前は!?」

 舞は佐祐理たちを下がらせて、刀を正眼に構えて怪人と対峙する。怪人は身体の腕、胸部、顔の下半分が白く、残りは青みがかっ た地に白い斑点模様が浮き出ている。頭部には角の様に二本の触覚が生えていた。腕と腰が膜状のもので繋がっていて、怪人が腕を振るうたびに膜――ひれがはためく。腰の尻尾もそれらに連動するかのように動いていた。

「俺はエイキング」

 怪人――エイキングは短く名乗ると、左腕を振るって舞に襲い掛かる。先程の攻撃で威力を悟った舞は打ち返したり、防ごうとはせずに飛び退く。左腕が床を打つと火花と煙が上がる。

「フン!」

 怪人が次々と攻撃を繰り出す中、舞は紙一重で避けていた。障害物の多い室内だが、エイキングの攻撃は単調で動きを良く見れば充分に回避は可能だった。

「ちょこまかと!」

 舞に苛立ったエイキングが大きく左腕を振りかぶると、動きに合わせて舞が接近しつつ棒手裏剣を投げる。怪人は右手で払いのけるが、その間に舞は怪人に近寄り、刀を突き出した。腹部を狙った刺突だが、エイキングは巨体に見合わぬ俊敏さでこれをかわした。
舞の側面に立つ形になったエイキングの尻尾が、攻撃直後で無防備の舞に襲い掛かる。

「くっ」

 舞は右手を離し、身体を開き仰け反って尻尾を回避するが、完全には避けきれずに尻尾は右腕を掠めていった。追撃を警戒した舞は床を蹴ってその場から飛び退くが、テーブルにぶつかってこれを薙ぎ倒し、自分も転倒してしまう。だが即座に立ち上がり怪人に向き合って右手で刀を握ろうとする。が、尻尾が掠めていった辺りから腕が痺れ始めた。痺れは全身に広がり、舞は膝を付いてしまう。辛うじて動く左手に持った刀を床に突き立てて、どうにか堪えていた。

「!?」

 意識ははっきりとしているが、身体が殆ど動かなくなっていた。先程の怪人の攻撃の影響なのは間違いなかった。未だ闘志の衰えない目でエイキングを睨み付ける。

「俺の尻尾には痺れ毒が含まれている。そしてこの腕は……」

 エイキングが左腕を振って舞に叩きつけると、当たった瞬間身体が痙攣した。僅かに残っていた身体の自由を一気に失った舞は、その場に崩れ落ちる。

「電撃を発する事が出来る」

「舞!」

「イーッ!」

 自分の身の危険も省みずに、舞に駆け寄ろうとした佐祐理だったが、又しても現れた戦闘員達に行く手を阻まれた。だが戦闘員達は佐祐理達を拘束するばかりでそれ以上は何もしてこなかった。

「キャーッ」

「は、放しなさい!」

 名雪と秋子も同じように捕らえられている。彼女達の抵抗も空しく、戦闘員達によってロープで縛られてしまった。

「私達をどうするつもり!?」

「お前達には使い道がある。連れて行け!」

「イーッ!」

「舞、舞ーっ!」

 戦闘員に連行される佐祐理の叫びに答えるように、舞が動いた。どうにか動く左手でエイキングの足を掴む。

「み、みんなを……」

「しぶとい奴だ」

 エイキングは再度左手を舞に叩きつける。

「ああぁ!」

 今度こそ舞は、意識を失ってしまった。怪人の足を掴んでいた手も放してしまう。

「舞!」

「舞ちゃん!」

「舞さん!」

「まだ殺しはせん。こいつも連れて行け!」

 威力を抑えて、舞を気絶させたエイキングは、別の戦闘員に指示を出して彼女を運ばせた。エイキングの言葉を証明するかのように、戦闘員に担がれた舞は呼吸をしていた。その事が、一先ず秋子達を安堵させた。

「よし、引き上げるぞ。お前達はここに残り、他の者達も連れて来い!」

「イーッ」

 エイキングは別の戦闘員達に指示を与えると、秋子達を連れた者達と一緒に百花屋を出て行った。




 続く








 

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