今名雪は、あの日祐一の様子がおかしかった原因を知った。祐一の隣に座るこの少女が怪我をした所為で、祐一は苦しんだ。そして今日再会する日まで、心の何処かで気にし続けていた。

「(この子の所為で祐一はあんなに苦しんだの? あんなに悲しんだの?)」

 名雪の心には、あゆに対する嫉妬や憎しみといった負の感情が渦巻き始めていた。




                  Kanon 〜MaskedRider Story〜    
                          第三十八話       




 水瀬家・リビング

「それで、あゆ。今まで何があったんだ?」

 名雪の感情には気付かずに、祐一は話を続けていた。香里や秋子も最初は名雪を気にしていたものの、今ではあゆの話を聞く体勢になっていた。

「うん……。あの日、木から落ちてからの記憶は無いんだけど」

 そう前置きしてから、あゆは自分身に起こった今までの事を語りだした。


                         ★   ★   ★


 結局あれから、あゆの意識が戻る事は無かった。あゆを引き取ると申し出た親戚は、意識不明のままのあゆを近くの病院に転院させた。だが、最低限の治療をさせるのみで、積極的に彼女を回復させようという気は全く無かった。この親戚の目的は、あゆの親が残した僅かばかりの財産であり、あゆ自身はそのついで、むしろ邪魔な存在だった。あゆの意識が戻れば何処かの施設にでも放り込もうと考えていたが、あゆは一向に目覚めず、更に入院費用で財産が失われていった。

 そして、いよいよ財産も無くなろうとした頃、とある組織から一つの申し出を受けた。

「新しい医療技術の臨床試験に、彼女を使いたい」と。

 提示された金額は莫大なものであり、この親戚は一も二も無く飛びついた。
 こうしてあゆは知らぬ間に、身柄をその組織――カノン――へと移され、そこで意識を取り戻した。

 カノンの技術により、意識の戻ったあゆがその話を聞かされても、彼女には不思議と怒りも憎しみの感情も浮かんでこなかった。
ただ、もう此処からは出られそうにないこと、もう再び祐一に会えないことが悲しかった。

 検査の結果、あゆは少々運動能力に優れているものの、改造人間の素体には不十分であった。その為、医療技術のサンプル或いはいずれ行われるであろう何らかの実験材料として、カノンのアジトの一つに幽閉される事となった。

 そこでの生活は、ある程度の自由はあるものの監視の目は厳しく、ろくに外にも出られない物だった。といっても外は見渡す限りの海で見える範囲に陸地は無く、ここが日本なのかも分からなかった。同じように連れてこられた者達の中には、逃げ出そうとする者もいたが、見つかり次第殺された。皆が絶望に打ちひしがれ、あゆも何度泣いたか分からない。だがその度に、親戚が持たせた彼女の荷物の中にあった物――祐一がくれたカチューシャを握り締めて耐えていた。

 アジトで日々を過ごす中であゆは、年の近い者と仲良くなっていた。話を聞けば、自分が住んでいた街に暮らしている者、或いは昔そこに住んでいた者だった。

「北川潤君と沢渡真琴ちゃんって言うんだ。でも、二人ともボクより前に、何処かに連れて行かれちゃったんだ」

「北川君!?」

「真琴がいたのですか!?」

 二人の名前を聞いて、香里と美汐が驚きの声を上げた。だがそれ以上は騒ごうとせず、大人しくあゆの話の続きを待った。あゆも又、二人を知っている人物が目の前にいた事に少々驚いていた。

「えっと……天野美汐ちゃん? そっか、真琴ちゃんがよく話していた美汐って、君だったんだ」

「真琴……」

 懐かしそうに話すあゆを見て、真琴の事を知る物は彼女の事を思い出していた。特に美汐は他の者達より、その想い出も多いだけに目には薄っすらと涙を浮かべていた。

 それからあゆは、当時の事を話した。僅かな自由時間で遊んだ事、真琴の悪戯に北川が巻き込まれた事、三人で此処から抜け出そうと話した事。

「でもね、結局は駄目だったんだ」

 この施設には、あゆ達の他にも多くの人がいたが、時折やって来た戦闘員が、人を連れて行くことがあった。そして連れて行かれた者は二度と戻ってくる事は無かった。

「それである日、北川君が連れて行かれて、次に真琴ちゃんが連れて行かれたんだ……二人は……」

 あゆはそこまで言うと、口を閉ざしてしまった。あゆには二人がどうなったかは知っていたが、二人の知り合いの前でそれを言うのは憚られた。祐一達もまた、二人がどうなったかはあゆ以上に知っていたので、何も言わなかった。

「二人とも……」

「二人は……カノンに改造されてしまった。北川は……俺が倒して、真琴は……俺を庇って殺された」

 意を決して口を開いたあゆを遮って、祐一が懺悔をするかのような様子で話した。その顔に苦悩とも後悔と取れるような表情が浮かぶ。

「知ってるよ。ボクも聞いたから」

「あゆ、俺は……」

 数少ない友人の最後を聞いても、既に知っていたあゆの表情に変化は無かった。そのことで責められるのではないかと思っていた祐一を労わるようにあゆは口を開いた。

「うん、わかってるよ。ボクは祐一君を責める気は全然ないよ。……それからは一人で居る事になっちゃって、そして……」

 どこか寂しげに笑うと、あゆは暫く黙ってしまった。

「あゆ?」

「う、ううん……。なんでもないよ」

 心配そうに尋ねる祐一に、どこかぎこちない返事を返してあゆは話を続けた。

 ある日の事、終にあゆが廃棄処分にされる時がやって来た。北川と真琴が連れて行かれた後、ある研究の非検体の内の一人になっていたあゆだったが、それも完成したので用済みになったあゆ達を処分しようとしたのだ。だが丁度その頃落雷があり、基地内の機能が一時的に麻痺した。あゆはその僅かな隙を見つけると、躊躇わずに逃げ出した。途中、他の者とははぐれたが、あゆは走り続けた。
 だがアジトの中は広く、また迷路のようになっていたので当然の如くあゆは道に迷ってしまった。自分が出口に向かっているのか、それとも奥へと入り込んでしまっているのか分からないまま、時折現れる追跡の手から逃れるようにあゆは兎に角目の前の道を走り続けた。

「アジトの中を走り回っていたら、変な部屋に出ちゃって」

 その部屋は、あゆには理解できないような機械がたくさん置かれていて、研究室とも手術室とも呼べるような部屋だった。幾つかの機械は作動中らしく、様々なランプが点滅したり、モニターにはあゆにはさっぱり理解できない文字が羅列されていった。

「その部屋に入って暫くしたら、男の人の声がして、ボクはその人に助けられたんだ」

 あゆはその人物から様々な事を聞いた。祐一が仮面ライダーとなってカノンと戦っている事、あゆがいた街で暮らしている事など。
その男の誘導であゆは、アジトから逃げ出す事にした。男が監視カメラや警報装置等のセンサー類を無効にし、そして追跡者を別の場所へ誘き出した。そしてあゆは出口まで無事に逃げ出す事が出来た。途中あゆは、カノンが街社会に潜入する為に用意していた衣類や金銭を拝借していた。船着場まで来たあゆは、係留してあったボートに乗り込むと、男が誘導するままに近くの浜辺にたどり着いた。

「後は、電車やトラックに乗せてもらったりしてなんとかこの街までたどりついたんだ。そしたらカノンの人達に追われて、祐一君に 再会できたんだ」

 後は祐一も知っての通りだった。話し終えたあゆが一息つくと、部屋の中は沈黙が支配した。ただリビングにかけられた時計だけが針の音を規則正しく刻んでいる。暫くした後、祐一が口を開く。

「そうだったのか。良く逃げ出せたな」

「運が良かったんだよ」

「その、助けてくれたという人はどんな人だったのかしら? あゆちゃん、知ってる?」

 秋子の問いに、あゆは首を振るだけだった。

「実は、ボクはその人の姿を見てないんです。声だけ聞こえてきて。ボクのことは知っているみたいだったけど」

「それは妙な話ね」

「そうですね」

 香里の疑問に美汐も同意した。口にこそ出さないが佐祐理と舞も同じ意見のようだった。

「相沢君の事を知っていて、尚且つあゆちゃんを逃がしたのだから、仮面ライダーや私達に協力する意志はある筈よ。だったら姿位 見せてもいいと思うけど。何か訳でもあるのかしらね?」

「でも、カノンの中にも反抗している人がいると分かったのは良い事」

 舞の出した結論に、皆が頷いた。それで謎の人物の事はさておき、話はあゆの事に戻った。

「あゆ、ここにいれば大丈夫だ。安心して良いぞ。……えっと、秋子さん」

「了承」

 祐一が何を言いたいのか察した秋子は、何時もの微笑で祐一の願いを聞いた。尤も秋子は、最初からあゆをこの家に住まわせるつもり
でいた。

「ありがとう祐一君、ありがとう皆さん」

 頭を下げたあゆを見て皆が微笑んでいたが、只一人名雪だけは固い表情のままだった。だがそれに気付いたものはいなかった。その後は遅くなってしまったが夕食をとり、これからの事に付いて話し合った。その中であゆは、自分達が囚われていたというアジトの場所を祐一達に教えた。直ぐにでも乗り込みたい祐一だったが、それは秋子によって止められた。場所が場所なだけに、より慎重な行動が求められると諭されると、従うほかはなかった。

「もう遅いし、あゆちゃんも疲れているから休みましょう」

 秋子の提案で、皆が休む事になった。又何時カノンが現れるか分からないので、舞と佐祐理も水瀬家に泊まっていくことになった。部屋の準備をしている間も、名雪は黙ったままだった。此処に来て祐一は、ようやく名雪の様子がおかしいのに気付いた。今日はもう休むと言って部屋に戻ろうとする彼女を追いかけて、廊下で呼び止めた。

「名雪」

「え、何? 祐一」

「どうかしたのか? 何だか様子が変だぞ」

「何でもないよ」

「そうか……でもな」

 名雪は顔を俯かせて祐一と目を合わせようとしなかった。不審に思った祐一が近づこうとすると、名雪が強い口調で叫んだ。

「何でも無いったら!」

 突然のことに祐一は驚いて足を止め、叫んだ名雪も自分の行動が信じられないのか、呆気に取られたように立ち尽くしていた。だがそれでも祐一より先に立ち直った名雪は取り繕うように言葉を続けた。

「あ……ごめん、ちょっと疲れているんだよ。それにもう、私は寝る時間だから。……ごめんね、祐一」

 そう言うと名雪は、もう祐一を見ようとはせずに自分の部屋に逃げるようにして入って行った。祐一は、その行動を見ているしか出来なかった。その場でしばらく立ち尽くしていたが、今の騒ぎを聞きつけた者はいないようで、誰もやっては来なかった。多少は名雪の事を気にしていた祐一だったが、その場を立ち去った。

「……」

 部屋に飛び込んだ名雪は、明りもつけずにベッドの中で、自分の気持ちを必死に押さえ込んでいた。きつく目を閉じ、けろぴ〜を抱き締める。
 名雪にも、あゆが助かった事は喜ばしい事だと分かっていた。カノンに囚われていた事は悲しいが、それでもたった一言「良かったね」と言えば良い。だがしかし、祐一のあゆに向ける視線を思うとその一言が出てこない。祐一は恋愛感情ではなく、ただ純粋にあゆを心配しているのは分かっている。それでも感情は納得しないし、あゆが怪我をした所為で祐一が苦しんだという認識が、名雪を苦しめていた。

「私、いけない子だよ……。あの子が助かったのは良い事なのに……このままじゃ、あの子の事嫌いになっちゃうよ……」


                         ★   ★   ★


 カノンのアジト
 薄暗いアジトの指令室の中、雪のレリーフの前に一人の怪人が首領の命をうけるべく参上していた。その姿はカラスの頭部と翼を持った怪人だった。手足は鳥の足を思わせる形状をしており、全身が羽毛で覆われている。腰にはカノンのマークの入ったベルトをしていた。
そして背中には漆黒の翼が折り畳まれていた。

『来たか、ギルガラスよ』

「ハハッ」

 ギルガラスと呼ばれた怪人が、頭を垂れた。

『先日、アジトから試作体の一人が脱走したのはお前も知っているだろう。その試作体が仮面ライダーと接触した』

 首領の声には若干の苛立ちが含まれていた。ギルガラスの背後に控える戦闘員たちは恐れ戦き、顔を上げることすら出来ないでいた。
ギルガラスのみが顔を上げ、首領に答える。

「では、私の任務は」

『そうだ。仮面ライダーと、その試作体の始末だ』

「試作体の脱走を手引きした者がいるという話ですが」

『そちらの調査も合わせて行う。お前は、仮面ライダー達を抹殺するのだ、良いな』

「ハッ、お任せ下さい」

『抜かるなよ。逃げ出したのは、お前のデータ収集用に改造した試作体の内の一人だ。さらに、先にこの任を受けたサボテグロンもライダーに倒されてしまったのだ』

「分かっております。そのような試作品に完成体である私が負ける訳がありません。仮面ライダー諸共始末してご覧にいれます」

『では行け、ギルガラスよ』

「ハハッ!」


                         ★   ★   ★


 翌日・水瀬家
 あれから変わったことも無く、翌日の朝を迎えた。何時ものように遅くに起きてきた名雪も、表面上は普通を装っていたが、時折あゆに向ける視線に、物問いたげな物が混じっていた。誰にも気づかれることは無かったが、当のあゆは自分に向けられる視線と、その意味も薄々と感じていた。

「(そうだよね。恨まれて当然だよね)」

 だが名雪はあゆに話しかけるでもなく、またあゆも皆がいない時を見計らって名雪に声を掛けようとするが、名雪に避けられてしまい、中々話をする機会が無かった。

「……どうしよう」

 今名雪は、一人で街外れの公園に来ていた。家の中に居ればいつかはあゆと向き合わねばならない。だから皆には適当に誤魔化して家を出てきた。一晩悩んだものの、結局あゆを憎む事は出来なかった。だが素直にあゆを受け入れる事も出来ないでいた。

「……でも」

 昨晩の皆の様子を思い浮かべて見る。過去の事を知らない香里たちは素直に喜んでいた。当時、事故の対応をした一人である秋子もあゆを恨む様子は微塵も無かった。祐一は? ……祐一にはあゆを恨む気持ちなど最初から無い。当時助けられなかった事を悔やみ続けたものの、あゆが助かったと知ると、心の底から喜んでいた。

 自分はどうか? あゆを許せない、憎いというのはおそらく、いや間違いなく嫉妬から来るものだ。祐一が自分達と遊ばずに、あゆの所ばかり行っていたという事。それが原因だった。だがそれは、当時の祐一は純粋にあゆの事を心配していただけであり、そこに恋愛感情云々は無かった。少なくとも自覚は無い。その嫉妬の感情を取り払ってみれば、他にあゆを恨んだりするような物は見当たらなかった。

 今までの事や昨日の話を冷静に思い返している内に、名雪の心も落ち着いて来た。あゆの事はやはり憎んだりするかもしれないが、とにかく彼女と話してみようと決めた。
 祐一が、自分の周りに居る人に何かあれば気に掛けるのは昔から変わらない。現に今も香里達の事を気に掛けているし、勿論名雪のことも心配してくれている。

「きっとあゆちゃんとも仲良く出来るよね……。ううん、仲良くならなくちゃ」

 ただ、祐一の周りにいる少女達は自分を含め、祐一に想いを寄せている。今でさえライバルが多いのに、そこにあゆも加わるのは間違いない。その点だけは名雪も苦笑するしかなかった。

「でも、どうしたら……。あ、そうだ、たいやきが好きだって言ってたっけ。買っていこう」

 たしか商店街に店があった筈。思い出した名雪が、ベンチから立ち上がって公園を出ようとした時、一人の老人が声を掛けてきた。

「ちょっと良いかな、お嬢ちゃん」

「え、何ですか?」

 老人は、人の良さそうな、穏和な顔で名雪に親しげに話しかけてきた。名雪は、見覚えの無い人に突然声を掛けられた事に驚きつつも、丁寧に答えた。

「突然話しかけてごめんよ。ただ、お嬢ちゃんが何かに悩んでいるみたいだったからのぉ。心配になってな」

「あ、えっと……」

「もし、良かったら話してみないかね」

 老人の親切そうな態度に、名雪の警戒心も徐々に薄れてきた。しかし、悩んでいたのは確かだが、それは今自分の中で解決したので、老人の申し出をありがたく思いつつも、名雪は断った。

「ありがとうお爺さん。でも、もう解決したから良いんです」

 そう言って名雪は老人に会釈しつつ、横を通り抜けて出口へと歩いていった。

「本当に良いのかのぅ」

「え?」

 老人のふと漏らした呟きに、名雪は思わず足を止めてしまった。そして驚いた様子で老人に振り返る。老人は相変わらず優しげな
顔で名雪を見ていた。

「本当にそれで良いのかのぅ……お嬢ちゃん、自分一人が物分りの良い子になればそれで良い、と考えとりゃせんか?」 

「え……何で……」

 そんな事を? 言おうとしたが、老人の自分の心の奥底を見透かした様な口ぶりに気圧されたのか、口が動かなかった。

「本当はあの娘を恨んでおるのでは無いか? 憎いのではないか?」

「わ、私は……」

 名雪は一歩、二歩と後ろに下がった。老人の言葉に動揺し、先程の心情が再燃する。何故この老人がそんな事まで知っているのか?という疑問が浮かんだが、それを考えるより早く老人が、名雪との間を詰めるように歩いてくる。そして名雪は、老人に肩をつかまれてしまった。老人とは思えない程に力は強く、名雪は一瞬顔を顰めるが、再び老人が話し始めると、そちらに顔を向ける。

「嫉妬や憎しみは人間誰でも持っている感情だ。それを無理に押さえ込む必要など無い」

 話し続ける老人の口調が変わったことにも気づかず、名雪は話を聞き続けた。そうしている内に名雪の思考は靄が掛かったようになり、瞳から意志が失われていく。

「(あ、これって……)」

 自分を操ろうとしている? 以前、香里や舞が受けた事を辛うじて思い出したが、すでに名雪は老人から目が離せなくなっていた。
なんとか抗おうとするが、徐々に思考が侵食されていくのを止める事は出来なかった。

「あの娘が居る限り、相沢祐一はお前の所には戻ってこない。いや、あの娘だけではない、他にも相沢祐一を慕う娘がいる限り同じ 事だ」

「わ、私は……」

 老人の声と瞳に力が篭っていくのに比例して、名雪の意識が失われていく。

「さぁ、あの娘――月宮あゆを殺せ。そして他の娘たちも殺せ。そうすれば相沢祐一はお前の物だ」

 その言葉を聞いて、思考停止していた名雪の頭が再起動する。今度は一つの結論に向かって。

「(そうだよ……私は……)」

 名雪の目の焦点は合っておらず、顔には何の感情も浮かべてなかった。その様子を見ていた老人の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。

「私は……あの子が……」

 呟く名雪の目には明らかな殺意が浮かんでいた。

「さぁ行け。あの娘を……月宮あゆを殺せ」

 名雪は、老人の言葉に突き動かされるように、しっかりとした足取りで歩き出した。


                         ★   ★   ★


 商店街
 その頃香里達は、あゆが水瀬家で暮らす為の生活用品をそろえる為に、買出しに来ていた。祐一も付いていこうとしたが、買う物の中には下着類も含まれており、香里達に遠慮させられたのだった。しかし、カノンが現れる可能性は大いにあるので、直ぐ連絡が取れるようにしていた。

「こんな所かしらね」

 最後の買い物を終えた香里が袋の中身を確認していた。その隣では美汐が同じように荷物を持ち、あゆは香里達の少し後ろを歩いていた。最初は何かを買おうとする度に遠慮していたあゆだったが、香里達に諭され、今では何も言わず、ただ心の中で秋子を始め、皆に感謝していた。

「では戻りましょうか」

 自分の持っている荷物の確認を終えた美汐が促し、同意した香里達も水瀬家に向かおうとした。

「えぇ……あら、名雪?」

 前方を見た香里の目に名雪の姿が映った。こちらには気づいていない様子で香里達の前方を歩いている。

「名雪」

 香里が充分聞こえるはずの大きさで声を掛けるが、名雪は全く反応せずに歩いていく。その様子を不審に思った美汐が香里に話しかける。その間に名雪は道を曲がり、香里達の視界から消えてしまった。

「名雪さん……ですよね?」

 自分よりも名雪との付き合いの長い香里が、見間違えるとは思えないが今の様子を見ていると人違いだったのでは? という疑念が沸き起こっていた。

「えぇ、間違いないわ。聞こえなかった筈も無いし」

「そう言えば、名雪さん、朝は何処か様子がおかしかったですし、何か考え事でもしていてそれで聞こえなかったんでしょうか?」

「そうね……とにかく追ってみましょう」

 香里は荷物を持ち直すと、名雪の後を追った。美汐とあゆもまた香里同様に名雪の後を追う。しかし香里達は、最初の内は普通に歩いていたのだが、名雪の様子に違和感を感じている内に、今では少し離れた所を尾行するように歩いていた。名雪はそれに気づかないのか、最初と変わらぬ速さで、商店街を歩いていった。

 実は、名雪は香里達の存在に気づいていた。だが知らぬ振りをして、彼女達をおびき寄せていた。香里達が付いてくるのを気配で感じつつ、最初に居た公園にやって来た。

「香里……出てきなよ」

 周囲に香里達以外、人がいないのを確認した名雪は、初めて振り返って公園の入り口に声を掛けた。その声に反応するかのように香里達が姿を現した。

「香里、それに美汐ちゃんも。どうしたの? 私の後をコソコソ尾けるなんてさ」

「貴女の様子がおかしかったからよ。さっき街中で声を掛けたのに全く気が付いていないみたいだったから」

 香里は、そう言いながら名雪の所まで歩いていく。美汐とあゆは、公園の入り口から少し入った辺りで足を止めていた。

「何か考え事でもしていたの? それとも何処か具合が悪いとか?」

「別に私は何処も悪くないよ」

 香里は、俯いて視線を合わせようとしない名雪を不審に思いつつも、話ながら歩いて行き、名雪の前までやって来た。名雪の言葉とは裏腹に、どう見ても普段通りの彼女の態度では無いことに、香里は警戒感を持った。

「名雪?」

「おかしいのは……香里達の方だよ!」

 名雪は叫びながら顔を上げると、香里に向かって右のハイキックを繰り出す。ノーモーションから繰り出された蹴りが、唸りを上げて香里の顔面に襲い掛かる。しかしそれは、香里には当たらず、彼女の顔が一瞬前まであった空間を通り過ぎていった。名雪の様子のおかしいものを感じていた香里が、警戒していたお蔭だった。しかし、香里の表情は驚愕に満ちていた。

「名雪!?」

 後方に飛び退きつつ、香里は名雪の名前を呼ぶ。後ろでは美汐とあゆが、突然の出来事に声を上げる事すら出来ずに立ち尽くしている。一方、蹴りを放った名雪は、右足が地面に着くと、今度はその勢いを利用して回転、左足での後ろ回し蹴りを香里に見舞う。
香里はこれをしゃがんで回避すると、蹴りが通り過ぎた後にバックステップで間合いを取る。着地した名雪は、今度は追撃しようとはせず、コートの前を開き、右手を腰の後ろに回していた。

「一体どういうつもりなの!?」

 未だに名雪の行動が信じられない香里が驚愕の声をあげる。

「あの子が居るからいけないんだよ……」

 そう告げる名雪の視線の先には、あゆが居た。香里と美汐は、訳が分からないという顔をするが、あゆは名雪の言葉の意味を理解していた。だが、何も言わずに黙って立っていた。

「どういうことよ?」

「言葉通りだよ、香里。あの子が……あゆちゃんがいたから、祐一は苦しんだんだよ、悲しい想いをしたんだよ! だから、あの子 を殺すんだよ!」

「えっ!?」

 言うが早いか、名雪はダッシュで香里の脇を走り抜けた。香里は名雪を捕まえようと手を伸ばすが、その手は空を掴んだだけだった。
慌てて反転し、名雪の後を追う。名雪の視線は、真っ直ぐにあゆを捕らえており、彼女への最短距離を疾走していく。

「うぐぅ!」

 名雪の気迫に気圧されたのか、あゆはその場から一歩も動けないで居た。それを見た名雪は少し手前で飛び上がり、後ろに回していた右手を引き抜く。その手には、大振りの片刃のナイフが握られていた。ナイフを逆手に構えた名雪が、空中からあゆに襲い掛かった。

「やらせません!」

 観念したかのように目を閉じて立ち竦むあゆと、名雪の振り下ろすナイフの間に割って入ったのは、同じナイフを構えた美汐だった。
美汐の眼前で二つの刃が交錯し、火花を散らす。このナイフは、秋子が新たに開発した武器で、以前のブーツと同様に、電流を流す事によって、相手に更なるダメージを与えられる代物だった。今は二人ともスイッチを入れていなかったので、電流が流れる事は無い。

「キャッ」

 名雪の刃を止めはしたが、二人の膂力の差から、美汐は後ろによろめき、あゆを巻き込んで転んでしまった。更には持っていたナイフも落としてしまう。美汐を弾き飛ばし、着地した名雪は、あゆに止めを差そうとナイフを構えなおす。しかし背後に気配を感じ、横へと飛び退る。それは、名雪を捕まえようと追いかけてきた香里だった。香里は、美汐が落としたナイフを拾って構え、名雪と対峙する。

「名雪……本気なの?」

「香里……美汐ちゃんも……邪魔をするんだね。なら、二人ともあゆちゃんと一緒に始末するだけだよ」

「なっ!?」

「二人だけじゃないよ。佐祐理さんも、舞さんも……みんな居なくなれば……祐一は私のものになるんだから!」

 香里と美汐は、名雪の表情と口調に、何処か狂信めいたものを感じ取っていた。明らかに普段とは様子が異なっている。また香里はそんな名雪の様子に、既視感を持った。

「(まさか……私の時のように操られているの?)名雪、貴女……」

「だから……消えてよ!」

「くっ」

 名雪に声を掛けるが、名雪は話を聞くことも無く、香里へと飛び掛ってきた。香里は上空から振り下ろされたナイフを、自分のナイフで受け止めた。刃の合わさる音が響き、二人動きが止まる。香里は美汐のように弾き飛ばされる事無く、名雪の攻撃を受け止めていた。少しの間、お互いを押し切ろうと力を込めていたが、名雪は足のバネと香里の力を利用して背後へと飛んだ。それにより、少しバランスを崩してしまった香里目掛けて今度は、名雪の刃が、地面から掬い上げる軌道を描いて、香里の首筋へと襲い掛かる。だがこれも、香里が即座に引き戻したナイフによって阻まれる。そうした打ち合いが何度か続くうちに、次第に名雪の顔に苛立ちが浮かんできた。一方の香里は、冷静な表情のままで、名雪の攻撃を受け止め、或いは流していた。

「くっ……」

 身体能力的には名雪の方に分があるが、その使い方――戦い方――では、格闘技の経験もある香里の方が勝っていた。

「名雪……」

「ウワァー!」

 香里は、叫びながら向かってくる名雪の動きを冷静に見極めながら、ナイフを返した。名雪の振り下ろして来る刃を今までとは反対の側で受け止める。そこには幾つもの溝が刻まれていて、名雪の刃は溝の一つに挟まっていた。香里がナイフを回転させると、つられて名雪のナイフ、更には名雪の腕も捻られてしまう。名雪は咄嗟に、ナイフを離してしまった。

「あっ!」

 自分の手から離れていくナイフを一瞬だが、目で追ってしまった。香里は、その僅かな間に自らもナイフを手放して、間合いを詰めていく。名雪が視線を戻した時、香里は、突きを打つ体勢に入っていた。

「目を……覚ましなさい!」

 香里の放った突きが、名雪の腹部に命中した。名雪は呻き声を上げると、意識を失って香里にもたれかかるように倒れこんだ。香里は意識の無くなった名雪を抱えたまま、その場に座り込むと、ようやく一息入れた。本気で自分を殺そうとする名雪に対し、こちらは相手に怪我をさせないようにと、気遣っていた疲労感が噴出したのだった。

「香里さん」

 そんな香里達の様子を見て、美汐とあゆが近づいてきた。香里が「もう大丈夫よ」と言うと、美汐の顔に安堵の表情が浮かぶ。だが、それで先程までの名雪の行動が理解できたわけでは無い。次いで香里に尋ねる。

「あの、名雪さんは……」

「おそらく、カノンの連中に催眠術を掛けられて操られていたのよ」

「そんな!?」

「でも、もう大丈夫だと思うわ。私も気絶させられたら元に戻ったし」

 自分の時と同じなら、これで正気に戻っている筈だ。そう考えると同時に、ある種の不安も香里の頭を過ぎる。

「(名雪の言ってた事……あれが、この子の本心なの?)」

 自分は栞を助けたいと言う想いを利用された。名雪は、あゆを憎いという想いを利用されたのか? という事は、名雪はあゆを少なからず憎んでいる事になる。その理由は、先程彼女の口から語られた言葉「祐一が彼女の所為で苦しんだ」。名雪は、あゆを憎む気持ちを持っていたのか。

「(名雪にも、そんな感情があったのね)」

 常日頃の名雪を知るものなら、当然ともいえる反応だった。それほど、普段の彼女からは想像出来ない言動、行動だった。

「名雪さん……」

 名雪の名前を呟くあゆの顔に表情は無く、只黙って名雪を見つめていた。それから程なくして、名雪が呻きつつ、意識を取り戻した。
暫くは寝起き直後のように意識がはっきりしない様子だったが、次第に状況が飲み込めてくるとハッとして表情になる。

「名雪、気が付いた?」

「……香里」

 香里に声を掛けられるとほぼ同時に、自分のしてきたことを思い出してしまい、彼女達と目を合わせられなくなった名雪は顔を伏せてしまう。それを見た香里は、名雪が操られていた間の事も覚えている事、口に出した言葉には本心が含まれている事を察した。

「わ、わたし……」

「良いのよ、貴女はカノンの連中に操られていたんでしょ」

「うん……でも、私……みんなに、あゆちゃんに酷い事を……」

 名雪はそう言ったきり黙り込んでしまう。香里達もまた、名雪にどう言葉を掛ければ良いのか分からず、只時間だけが過ぎていく。
だが、あゆが発した言葉によって、沈黙の時間は終わった。

「ボクなら大丈夫だよ、名雪さん」

 あゆの表情には、名雪を責める様な感情は浮かんでいなかった。むしろ微笑をうかべてさえいる。それも嘲るような笑みではなく、名雪を労わるような笑みだった。

「……あゆ、ちゃん」

「名雪さんが言った通りだと思うから。ボクが木から落ちて怪我しなければ……ボクがいなければ、祐一君が苦しむ事は無かったん だよね」

「……」

「それに、ボクが名雪さんの立場だったら、きっと同じ様に考えているよ。……だから、ボク、祐一君や皆に恨まれたり、何か言わ れても……」

「違うの!」

 自分自身を責めるあゆを見て、名雪は堪らず叫んだ。名雪を非難するどころか許し、更に自分自身を責めているあゆを見るのが辛かった。

 ――責められるより、赦される事のほうが辛い時もあるんですよ――

 以前、母が祐一に言った言葉が思い出された。

「違うの……確かにあゆちゃんの事を恨んだけど、でも! そんな事いけないんだって……祐一をあゆちゃんに取られちゃうんじゃな いかって……私がそんな風に考えたのがいけないんだって……本当は私、あゆちゃんや、皆と仲良くしたいのに……」

 名雪は香里にしがみついて、感情の赴くままに喋り続けた。そして最後の方はただ「ごめんなさい」と繰り返すばかりだった。

「うん……もう良いよ、名雪さん。ありがとう」

「そうね、名雪、貴女の気持ちはもう分かったから」

「はい」

 あゆ、香里、美汐に微笑みかけられると、名雪は喋るのをやめた。そして最後に「みんな、ごめんね」と呟いた。

「そろそろ帰りましょう」

 香里がそう言って名雪と一緒に立ち上がる。その間に美汐とあゆは、荷物を纏めていく。

「それにしても、普段はボケっとしている名雪も、人を恨んだり、責めたりする事もあるのね」

「う〜香里、意地悪だよ」

 そのやり取りは、普段の二人の物だった。親友同士の間には、既にわだかまりは無くなっていた。

「私だって、そういう気持ち位あるよ。……前も、お父さんの事で祐一を責めちゃった事あるし……」

 その言葉を言うときだけは、名雪の表情も暗いものになっていた。だが直ぐに表情を改めると、あゆに向き直って手を差し出した。

「えっと、あゆちゃん……今更だけど、その……」

「ボクの方こそ……」

 あゆもまた、笑顔を浮かべて名雪に手を差し出した。だが、二人の手が触れ合おうとした時に、突然声が掛けられた。

「つまらんのぅ……」

「!!?」

 突然掛けられた声に驚いた皆が、声のした方に振り向くと、そこには言葉通りの表情をした老人が立っていた。直ぐに表情を穏和な物に変えた老人だったが、香里達は今まで何の気配も感じさせなかった事に警戒感を持った。

「誰?……それに、つまらないってどういう事かしら?」

 香里の口調には、明らかに相手を警戒する物が含まれていた。それに伴い身体が自然と構えを取る。美汐も又、あゆ達を庇うように前に出る。

「言葉通りじゃよ。催眠術が解けず、あのままお嬢ちゃん達が殺し合ってくれれば面白かったんじゃが……」

「何ですって!?」

 穏和な顔を浮かべたまま、物騒な事を言う老人に、美汐が驚く。一方の老人は全く気にした風もなく、香里達のいる所へ、ゆっくりと歩いてきた。その歩調は、老人とは思えないほどしっかりとした足取りだった。

「……まぁいい、少々面倒だが従来通りこの俺が始末すれば良いだけの事……」

 何時の間にか、老人の声も口調も変わっている。そして、穏和な笑みも邪悪な物へと変化していた。

「この人、私を操った人だよ!」

 名雪の叫びに、香里達は、目の前の老人が敵――カノンだと、確信した。香里は、先程の名雪のように腰の後ろに手を回す。

「カノンの、怪人?」

「そうだ。俺は仮面ライダーを倒す為、そして、そこに居る試作体を始末する為にやってきた……」

 そう言うなり、老人の身体が変化を始めた。全身が黒い羽毛に覆われ、背中に羽根が生える。手足は鳥のような鈎爪を思わせるものに変わり、顔も鋭い嘴を持った鴉へと変化した。

「ギルガラスだ!」

 怪人は雄叫びを上げると、香里達の所へ向かってきた。

「皆、下がって!」

 香里は皆を促しつつ、腰の後ろに回していた手を引き抜いた。その手にはナックルガードが装着されており、香里は向かってくるギルガラスに拳を突き出した。一方のギルガラスは向かってくる歩調は変えずに、右手を攻撃を受け止めるように出した。香里の突きは、吸い込まれるように、ギルガラスの手に受け止められる。ナックルガードの先端と怪人の手が接触した途端、炸薬が一度に爆発したが、ギルガラスには、大したダメージは与えられなかった。

「こんな物がこの俺に通用するか」

「くっ……」

 ギルガラスは腕に力を込めて、ナックルガードごと香里の手を握りつぶそうとする。

「やらせないよ!」

 名雪の叫びと共に銃撃音が聞こえて、銃弾がギルガラスに当たる。一瞬怯んだ怪人の隙を付いて、香里はナックルガードから手を放して、後方に飛び退る。振り返った香里が見たのは、黒光りする拳銃を構えている名雪だった。この銃はナイフと同様に秋子が新たに開発した武器で銃声と反動が通常の拳銃に比べて軽減されており、名雪達でも楽に扱う事が出来た。名雪はそれを両手でしっかりと構えて立っていた。

「香里、下がって!」

 名雪は狙いもそこそこに発砲する。打ち出された銃弾はギルガラスの身体に命中した。名雪は一旦銃を撃つ手を止めると、片手をポ
ケットに忍ばせた。だがすぐに手を取り出すと、再び発砲する。

「チッ」

 ギルガラスが忌々しげな声をあげた。しかしそれ以上の効果は望めず、怪人に当たった銃弾は身体にめり込む事無く、地面に落ちる。
効果が無くとも、名雪は臆する事無く撃ち続けた。名雪は如何にかして、皆が逃げるまでの時間を稼ぐつもりだった。

「えぇぃっ!」

 効果が無くとも、次々撃ち込まれる銃弾に苛立ったギルガラスは、香里ではなく、今度は名雪に飛び掛ってきた。名雪は後方に飛びながら引き金を引くが、弾を撃ちつくした銃から弾が発射される事は無かった。

「あ!」

「ケケェー!」

 瞬時に間合いを詰めたギルガラスは、右手を掬い上げるように振り回して名雪の銃を弾き飛ばすと、名雪が動くより先に彼女の首を
掴んだ。ギルガラスはそのまま名雪を持ち上げると、背中の羽根を広げて、上空へと飛び上がった。

「名雪さん!」

「駄目っ!」

 美汐が叫びつつ、名雪と同じ銃を取り出してギルガラスを撃とうとしたが、香里に止められた。怪人は名雪を動かしながら上昇していて、名雪に当たる可能性が大きかったのだ。そうしている間にも名雪を掴んだギルガラスは上昇を続けている。

「小娘、先ずはお前からだ。その後でお前の仲間と試作体を始末してやる」

「うっ……試作体って……あゆちゃんの、事?」

 首を絞められてはいるが、僅かに呼吸の出来る名雪が苦しそうに、ギルガラスに問いかけた。ギルガラスの力を持ってすれば、名雪の首を折るなど容易いが、そうはしなかった。僅かな間でも恐怖を味わわせる方法で名雪を殺そうとしていた。

「そうだ。だがお前がそれを気にする必要は無い」  

 ギルガラスは上昇を止めると下を見た。そこでは香里達が自分達を見上げている。それを見つけたギルガラスは笑みを浮かべると、地面に向かって名雪を投げつけた。

「キャーーーッ!」

「名雪ッ!」

「名雪さん!」

 名雪の悲鳴、香里と美汐の叫びが響く中、名雪の身体は物凄い勢いで落下を続ける。受け止める事も出来ず、香里と美汐はこれから起きるであろう惨劇を想像してしまい、きつく目を閉じる。

「うぐぅ!」

 だが、何時までたっても名雪が地面に叩きつけられた音はしてこない。代わりに上空からあゆの声が聞こえてきた。香里と美汐は恐る恐る目を開けた。先ず地面を見るが何処にも名雪の姿は無い。更には先程まで美汐の近くにいたあゆも姿が見えない。

「……あ、あれを!」

 美汐は、あゆの声が上空から聞こえたの思い出し、その方向へと目を向ける。そこにあゆと名雪の姿を見つけ、香里に知らせる。香里もほぼ同時にあゆ達を見つけていた。

「え……」

 二人を見つけた香里と美汐は、上空を見つめたまま言葉を無くす。そこには気を失ったらしい名雪と、彼女を抱えたあゆがいたが、あゆの背中から……

 ギルガラスと同じ、漆黒の翼が生えていた。




 続く




 あとがき

 こんにちは。カノンMRS38話お届けの梅太呂です。

 今回、に限らずなんか回想シーンが多いなぁ、と自分の作品を読み直してそう思う今日この頃です。

 まあ、お話の方はそろそろ佳境に入る……筈なので(汗) 続きをお待ち頂ければ幸いです。

 滅裂な後書きになるまえに今回はこの辺で(ォ

 最後に

 今作品を掲載してくださった管理人様

 今作品を読んでくださった皆様に感謝して

 後書きを終わりにいたします。

 ありがとうございました。                梅太呂
 



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