「昔この街に遊びに来ていた、相沢祐一君なんだよね?」
「あぁ」
「じゃあ間違いないよ。そっか、あれから何年も経ってるから分からないかな……覚えてない? 昔この街の商店街で出会ったんだよ。
そして一緒に鯛焼き食べたり、ゲームセンターで遊んだりして……」
少女は話す内に昔を思い出したのか、徐々に嗚咽を漏らし始めていた。祐一は少女の話を聞く内に、自分の記憶の中にこの少女の存在が
あるのを思い出した。それは今より幼い姿であった。だがそれで、見覚えがある気がしたのも納得した。
「まさかお前……あゆ、か?」
「そうだよ、ボクだよ! あゆ……月宮あゆだよっ!」
Kanon 〜MaskedRider Story〜
第三十七話
数年前
親戚のいる街に遊びに来ていた祐一は、今日は一人で商店街へ来ていた。普段なら妹と従兄妹の少女が一緒だが、二人は休み中に出さ
れた課題を片付けるのに必死だった。
「(後で文句をいわれるかな)」
二人を見捨てて出てきた事に幾分後悔しながらも、祐一は一人でこの街の探索を楽しんでいた。以前見つけた麦畑では舞に会うことは
出来なかったが、街外れの森に大きな木があるのを見つけていた。
「さて、どうしようかな」
夕暮れが迫ってきたので、そろそろ帰ろうかと思った時だった。前を見ないで歩いていた祐一は、俯いて歩いている少女とぶつかって
しまう。
「わ!」
「きゃ」
お互いゆっくりと歩いていた為に転ぶような事は無かった。祐一は即座に謝ろうと少女に話しかける。
「あ、えっと……ごめん」
だが少女は俯いたまま、何も答えずに嗚咽を漏らし始める。
「……うぅ、ヒック……」
「えっと、ぶつかってごめん」
「……ううん、いいの……」
祐一は黙ってみているわけにもいかず再び少女に謝ったが、少女がぶつかって泣いてしまったのではないのだと分かると今度は事情
を聞こうと出来るだけ優しく尋ねた。
「どうしたの。何かあったの?」
「……お母さん、遠いところに行っちゃった……」
「お父さんは?」
「……いない……ボク、一人ぼっちになっちゃった……」
少女はそれだけ言うと、再び涙を流して泣き始めた。祐一はなんとか少女を宥めて泣き止ませようとするが、一向に効果は無かった。
「うぅ……ヒック……ヒック」
「僕は相沢祐一。君は?」
「うぅ……あ、ゆ……」
「あゆか。で、名字は?」
「あ、ゆ……」
「あゆあゆ? 変な名前だな」
「ちがうよ! ボクの名前は『月宮あゆ』……ヒック、ヒック」
名前は聞き出せたものの、あゆと名乗った少女は再び泣き出してしまい、それ以上彼女に付いて尋ねる事は出来なくなった。
「(弱ったな……)」
目の前で泣き続けるあゆを見捨てる事も出来ずに途方に暮れていた祐一が、何気なく辺りを見回すと一軒の屋台が目に止まった。
「あれは……よし、ちょっと待ってて」
祐一はそれだけを言い残して屋台まで走って行き、そしてそこで何かを買って戻ってくると、あゆを近くの公園まで連れて行った。公園
のベンチに座ると、あゆに先程買ってきたものを渡す。
「これ、は……?」
「鯛焼きだよ、美味しいぞ」
「知ってるよ。でも……」
「うん、これは奢りだから食べていいよ」
あゆに渡したものとは別の鯛焼きを袋から取り出して食べ始めた。
「アチチ……うん、焼きたてだから美味しいな」
暫く鯛焼きと祐一を交互に見ていたあゆだったが、目の前で祐一が実に美味しそうに食べているのを見、また甘い匂いを感じたので
一口食べてみた。たしかに焼きたてで熱かったが、餡子の甘さが口の中一杯に広がる。
「……美味しい」
鯛焼きを一口、また一口と頬張るうちに、あゆの顔に少しずつ笑顔が浮かんでくる。それを見ていた祐一もようやく安心した。二人は
それからは黙って鯛焼きを食べ続けた。鯛焼きを食べ終わった所で、祐一はあゆに詳しい事情を尋ねた。あゆもまた、知り合って間もな
いこの少年に自分の事を聞いてもらえば、少しは心が楽になると思ったのか、少しずつ語り始めた。
「お母さん……遠い所に行っちゃったんだって……もう、会えないって……『しんせき』って人たちが家に来て色々話していて……ボク、
そこに行くみたいだけど」
「遠い所」というのが、まだ幼いあゆにはよく分かっていなかった。祐一には何となく想像はついたが、あゆの事を思ってその事を言
う事はしなかった。あゆの話は続いていたが、話しているうちに、再びあゆの顔に涙が浮かんできた。
「そんな所にいったって、ボクは一人ぼっちだよ……うぅ……」
泣き出したあゆを見て、祐一は何とかあゆを元気付ける事が出来ないかと考えた。まだ子供である祐一に何が出来るでも無いが、この
ままあゆを見捨てる事など出来ない。
「……一人ぼっちなんかじゃないよ」
「え?」
「僕が一緒にいるよ。だったら一人ぼっちじゃないよ」
自分もこの街へは遊びに来ている身で、暫くすれば住んでいる所に帰らなくてはならないが、それまでは一緒にいよう。祐一はそう
考え、あゆに言った。そして二人はその公園で日が暮れるまで遊び、次の日も会う約束をして分かれた。
次の日から祐一は、あゆと遊ぶ日が続いた。未だ課題の終わらない従兄妹達を放って出てくるので帰る度に文句を言われ、親たちには
苦笑されていたが、それでも祐一はあゆを元気付けようとして彼女と遊んだ。ある日、商店街の一角で見つけた店にあるカチューシャを
プレゼントした。
「これ、大きくてボクには合わないよ」
「う〜ん、似合うと思ったんだけど……まぁ、将来あゆが大きくなったら大丈夫だぞ」
「そっか。じゃあその時まで大事にとっておくよ」
またある日はゲームゼンターの前に置かれているクレーンゲームに挑戦した。そこには人気のキャラクターを模した人形ではない
物ばかりが置かれていたので人気がなく、やろうとする人もいなかったが、あゆは興味深そうにその筺体を見ていた。
「あ……あの天使の人形、可愛いな」
「欲しいの?」
「うん……でも……」
「(う〜ん、何とかなるかな?)よし、やってみるか」
祐一は、残り少ないお小遣いから100円を取り出すとゲームを始めた。あゆが欲しがっている人形を取れそうな位置にクレーンを
近づけていく。祐一達が見守る中、クレーンが自動的に動き目的の天使の人形を掴んだ。
「わ、やったよ!」
人形が持ち上がったのを見てあゆが叫んだ。だがあと少しで穴に落ちるという所で、人形はアームから落ちてしまった。
「ああっ」
見ていたあゆは落胆する。しかし人形はそのまま転がり、見事穴に落ちた。
「よし、取れたぞ!」
祐一は筺体下部の取り出し口から天使の人形を取り出しながら言った。
「すごい、すごいよ祐一君。本当に取れるなんて!」
祐一が人形をあゆに渡すと、彼女は喜びと興奮が混ざった顔で答えた。見ていた祐一は、更にあゆを喜ばせたくて、今思いついた
事をあゆに話した。
「あゆ。その人形はな、特別製なんだ」
「そうなの?」
「うん、その人形には不思議な力があるんだよ。僕に出来る事なら3つだけ、あゆの願いをかなえてくれるんだ」
「本当!?」
「うん。でも願い事を増やして欲しいとか、そう言うのは駄目だけど」
「えっと……じゃあ……」
人形を貰ったあゆは大事そうに抱えると、願い事を考えていた。しばらくしてあゆが言った。
「ボクの最初のお願いは、『ボクの事忘れないでください』」
「ん? そんな事で良いのか?」
「だって……もう少ししたら祐一くんはこの街からいなくなっちゃうし、ボクもしんせきの家に行っちゃうから、もう会えなくなるかも
しれないし。だから……」
あゆの言葉の最後は聞き取れないほどに小さくなっていた。祐一は、あゆを元気付ける為に「願いをかなえる」と言ったのだから彼女
が悲しそうにしているのを見ると、慌てたように答える。
「よし、分かった。僕はあゆの事を忘れないぞ。あゆと言う『うぐぅ』が口癖の女の子事は忘れない」
「うぐぅ……酷いよ祐一君。でも……ありがとう」
抗議しつつも、あゆの顔には笑顔が戻っていた。次いであゆは、少し考えてから二つ目の願い事を口に出した。
「二つ目のお願いは……『祐一君と一緒の学校に通いたい』」
「学校?」
「うん」
あゆに縋るような目で言われた祐一は考えた。あゆは自分と同じ位の年だから通っている学校があるだろう。しかし今は冬休みなので
学校は休みだし、例え学校が始まっていても祐一がそこに行くわけには行かない。無論祐一が自分の街で通っている所にあゆが行くのは
無理だ。
「駄目、かな……? 一日だけでも祐一君と一緒に学校に行きたかったな」
「う〜ん……あっ!」
必死に考えていた祐一は、唐突に一つの事を思いついた。祐一の学校に通うのも、あゆの学校にお互いが通うのは無理、だったら……。
「無理じゃないぞ」
「本当!?」
あゆの顔に驚きの表情が浮かんだ。それには疑うようなものは微塵も含まれて居なかった。祐一は自信に満ちた調子で話を続ける。
「ああ、今から行こう」
そう言って祐一が歩き出すと、あゆも天使の人形をい大事そうに抱えながら後を付いてきた。途中、屋台で鯛焼きを買った祐一達は
街外れの森へと向かった。そこは先日、祐一が見つけた大きな木のある森だった。祐一に連れられてやってきたあゆはその大きな木を
見ると驚きの声を上げた。
「すごいね……」
「なんだあゆ、この街に住んでいるのに知らなかったのか?」
「うん。ボク、この辺は遊びに来た事無かったから」
あゆは祐一に答えながらも、この場所が気に入ったようで木の周りを回ったり、木を見上げたりしていた。
「あゆ。ここが『僕達二人だけの学校』だ」
「え、二人だけの学校?」
これが祐一が考え付いた事だった。お互いの学校に行くのが無理なら、何処かに学校を作ってしまえば良い、と思ったのだ。
「ここには、嫌な勉強も怖い先生もいない。そして給食には鯛焼きを食べるんだ」
木の根元に座った祐一は、先程買った鯛焼きを袋から取り出すとあゆに渡した。そしてもう一つ取り出すと食べ始めた。あゆも祐一
の隣に座って同じように鯛焼きを食べ始めた。
「ぅ……うぅ……」
黙って鯛焼きを食べていた二人だが、不意にあゆが嗚咽を漏らし始めた。
「あ、やっぱりこんなのは気に入らなかったか?」
それを見た祐一は、自分の案が気に入らなかったのかと思い不安そうに声を掛けた。しかしあゆは首を振った。
「ううん、違うよ。嬉しいんだよ……祐一君。本当にボクのお願いが叶ったから……」
それから二人は、毎日この学校で遊んだ。この場所で話し、鯛焼きを食べ、遊んだ。だがそんな楽しい時間は続かない。いよいよ祐一
が帰る日が、あゆが親戚の家に行く日が迫っていた。そしてそれが明日という日……。
「ちょっと遅れちゃったな……」
祐一がそう言いながら、二人だけの学校へと続く道を走っていた。手には屋台で買った鯛焼きが入った袋を持っている。明日の準備も
あって今日は何時もより遅くなってしまったのだ。曲がりくねった森の小道を抜け、目的の大きな木が視界に入ったが、何時もなら木の
根元に居るはずのあゆの姿が見えなかった。
「あれ?」
今日で最後だから思いっきり遊ぼう。そう約束して昨日は分かれたから、今日は絶対に来ていると思ったがあゆの姿は見えなかった。
「おーい!」
あゆの姿を探す祐一に、当のあゆの声が聞こえてきた。声は目的地である木の方から聞こえてくる。祐一が声の元を探すとそれは祐一
の視線の上から聞こえてきた。そこで祐一は、漸くあゆの姿を見つけた。あゆは木からはりだした大きな枝に跨って、こちらを見下ろし
ていた。
「おーい、祐一くーん」
木の枝に跨って、やってくる祐一に手を振りながら声をかけるあゆ。木は、いたるところに手や足を掛けるところがあり、昇る事は
可能だが、あゆがそこまで昇れた運動能力を持っているのに祐一は少し驚いていた。しかし、あんな所から落ちたら只ですむ筈も無い
ので、危険を感じた祐一はあゆに呼びかけた。
「あゆ、危ないぞ。早く降りてこいよ!」
「平気だよ。祐一君も上っておいでよ、すごく良い眺めだよ」
だがあゆは祐一の不安を全く気にした様子も無く、笑顔で祐一に呼びかけ手を振っていた。
その時……風が吹いた。それほど強い風では無かったが、枝の上で手を振る少女がバランスを崩すには十分だった。
「キャァッ」
「!! あゆっ!」
落ちていくあゆ。祐一は来る途中屋台で買ったタイヤキの入った袋を放り出して駆け出すが……間に合わず、あゆは叩きつけられる
ように雪の上に落ちた。
少女から流れ出た血が、真っ白な雪を赤く紅く染めてゆく……
「あゆーーーーっ!!」
祐一は、あゆを抱え起こして懸命に呼びかけた。あゆは祐一に笑いかけようとするが、僅かに表情が動く程度であった。そうして
いる間にもあゆの身体から出た血が地面を紅く染めていく。
★ ★ ★
「祐一くん……?」
「!!」
あの日の光景を思い出し、黙ってしまった祐一を見て心配そうにあゆが声を掛けると、祐一はハッとなりあゆを見つめる。
「本当に……あゆなんだな?」
「うぐぅ。さっきからそう言ってるよ」
「あの時、木から落ちてそれで……」
祐一の言葉は途中で詰まったが、あゆには祐一が何を言いたいか分かっていた。
「うん……あの日、木から落ちてからの意識は無いけど、ちゃんとこうして……元気になったんだよ……」
元気になったというのに、何故か語るあゆの表情は暗く沈んでいた。
「あゆ!」
だが祐一は、そんなあゆの表情にも気付かなかった。感極まった祐一は思わずあゆを抱きしめていた。
「良かった、本当に……お前の事……ずっと、心配して……元気になっていて欲しいって……」
後は言葉にならず、ただ「良かった」とだけ繰り返して、あゆを抱きしめていた。
「うん……ボクも、祐一君にまた会えて……嬉しいよ……祐一君に、会いたかったんだ……」
あゆもまた泣きながら、祐一を抱きしめていた。暫く抱き合っていた二人だったが、やがてどちらからとも無く離れる。あゆから
離れた祐一は、あゆに尋ねた。
「それにしてもあゆ、どうしてお前があいつら……カノンの連中に追われていたんだ? ヤツらのことを何か知っているのか?」
「うぐぅ……それは……」
祐一に尋ねられてあゆは言いよどんだ。その様子は明らかに何らかの関わりがある事を示していた。
「俺もカノンとはちょっと関わりがあってな。といってもヤツらの仲間じゃない、心配するな」
祐一がそう言ってあゆに笑いかけると、あゆも少し安心した表情を浮かべた。
「うん、それは知ってるよ。祐一君はカノンと戦っている……仮面ライダーなんだよね」
「!?」
あゆの発言に祐一は驚いた。今まで全く交流の無かったあゆが何故その事を知っているのか? 今度は祐一が取り乱し、あゆは落ち着
いていた。そして自分の事を話す決心がついたのか、あゆが口を開く。
「祐一君。ボクは……」
あゆが話し始めたときだった。祐一の耳に、何かが飛んでくる音が聞こえた。
「あゆっ!」
「えっ?」
祐一は叫ぶと、あゆを抱きかかえてその場を飛び退いた。少し遅れて、祐一達のいた所に数本の、鋭い針のような物が突き刺さる。
「これは……!」
針のような物を取って調べようとする間も無く、次々と同じ物が祐一達の所へ飛んでくる。祐一は、あゆを抱えたまま更に後ろに飛び
退いた。そして木の陰に身を隠す。
「祐一君」
「あゆ、顔を出すな」
腕の中にいるあゆが声を掛けるが、祐一はあゆを庇うようにして、木の陰からそっと様子を窺う。
「ゲゲーッ!」
顔を出した祐一目掛けて、何者かが襲い掛かって来た。祐一はあゆを抱えたまま、転がるようにして身をかわし、間合いを取った所で
何者かと向かい合う。
「カノンの怪人か!?」
祐一達に襲い掛かって来たのは全身緑色の怪人だった。頭部、両手、腹部全体が鋭い刺で覆われている。腰にはカノンのマーク
の入ったベルトをしていた。右手に持ったサボテンの形をした棍棒を振り回している。
「俺はカノンのサボテグロンだ! 相沢祐一、その小娘と共に死んでもらうぞ!」
怪人――サボテグロンが祐一と、その背後に立っているあゆを指しながら叫んだ。サボテグロンの視線と言葉を受けたあゆは怯えて
祐一の背中に隠れた。祐一はあゆを庇うように一歩前に出てサボテグロンと対峙する。
「お前達、何故あゆを狙う。目的は何だ!?」
「その娘は組織の脱走者だ! キサマ諸共俺が始末してやる!」
「な!?」
祐一は、サボテグロンが言った脱走者という言葉に驚いた。「あゆが脱走者?……カノンと関わりがあるのか?」という疑念が頭に
浮かぶ。しかし祐一は、即座にそれを頭から一時的に振り払うと向かってくる怪人へと意識を向けた。
「あゆ、下がれ!」
背後も見ずに、あゆへと声を掛けた祐一は、サボテグロンの突き出した右手をかわすと、その腕の、刺で覆われていない箇所を掴んで
投げ飛ばした。投げ飛ばされたサボテグロンだったが、空中で回転して体勢を整えると危なげなく着地した。祐一に向き直ったサボテグ
ロンが右手に持った棍棒を振り回すと、そこから飛び出した刺が祐一に向かって来た。祐一は転がって避ける。直前まで祐一がいた場所
に刺が突き刺さった。その途端に刺が爆発し、立ち上がりざまだった祐一は、爆風の影響で転んでしまった。
「くっ」
「これで終わりだ!」
サボテグロンが転んだままの祐一に向けて棘を飛ばそうと腕を振り上げた時だった。突如飛んできた刃物状の物体が棍棒に突き刺さり、
棍棒が爆発した。
「何者だっ!?」
サボテグロンが刃物の飛んできた方向に目を向けると、そこには刀を腰に差し、両手に先程投げたのと同じ物を持った少女が立ってい
た。少女はこちらへと向かってきながら、手にした物――棒手裏剣――をサボテグロンに投げつける。
「祐一っ!」
「舞か?」
現れた少女――舞の投げた棒手裏剣を、サボテグロンは避けたり手で打ち払ったりしていた。その隙に祐一は立ち上がり、舞も祐一の
側に駆けつけた。
「どうしてここに?」
「名雪から連絡をうけた。『祐一が女の子と駆け落ちした』って。その子なの?」
舞が少し離れた所に立つあゆを見ながら聞き返してきた。
「それは誤解だ! 詳しくは後で話すが、その子……あゆはカノンに狙われている。舞、あゆを頼む」
「はちみつくまさん」
舞はそれ以上尋ねる事をせず、あゆに近づいた。
「あゆ、彼女は俺達の味方だ」
近づいてくる舞に怯えていたあゆだったが、祐一の言葉を聞いて安心した。
「こっち」
舞があゆの手を取って走りだすと、あゆも大人しく付いていく。そうはさせまいと、サボテグロンが舞達を追おうとするが、祐一が
その前に立ちはだかった。
「おっと、お前の相手は俺だ!」
「えぇぃっ、まずはキサマから始末してやる!」
サボテグロンは新たな棍棒を取り出し、振りかざしながら襲い掛かって来た。祐一は後ろに飛んでその攻撃をかわした。間合いを
取った祐一は足を開いて左腕を握り腰に構える。右腕は指先を揃えて左上に真っ直ぐに伸ばす。
「ライダー……」
右腕を時計回りに旋回させて右上に来た辺りで止める。
「変身ッ」
今度は逆に、右腕を腰に構えて左腕を右上に真っ直ぐ伸ばす。すると祐一の腰にベルトが現れて中央の風車が回転する。
ベルト中央の風車が発光し、その光は祐一の全身を包み込んだ。
光が収まるとそこには祐一が変身した戦士――仮面ライダー ――がいた。
「いくぞ、ライダー!」
棍棒を振りかざしながらサボテグロンが再び襲い掛かって来た。ライダーは棍棒を掻い潜るとサボテグロンの背後に回り込む。そ
して背後から攻撃を加えようとするが、サボテグロンが振り返りながら棍棒を繰り出してきたので、しゃがんでこれを交わす。サボ
テグロンはその隙にライダーへと向き直り、今度は正面から棍棒を振り下ろしてくる。
「くっ」
ライダーは棍棒を持つ手を受け止めた。サボテグロンは左手も副えて、両手でライダーを押し切ろうとする。
「死ねっ!」
サボテグロンが叫ぶと同時に棍棒から棘が発射される。ライダーは間一髪でかわすとサボテグロンの腹部に蹴りを放つ。しかしラ
イダーの蹴りが命中した箇所が爆発し、ライダーは吹き飛ばされる。
「ぐぁっ!」
ダメージを受けた左足を庇いつつ、ライダーがサボテグロンを見る。サボテグロンの身体には、何時の間にか身体の至る所に小さな
サボテン状の物体が生えていた。
「フハハ」
サボテグロンは笑いながら、身体に付いているサボテンを取るとライダーへと投げつける。ライダーは転がってこれをかわして立ち
上がろうとするが、爆風の影響で再び転んでしまう。サボテグロンは棍棒の棘も合わせて、次々と爆弾を投げつけてくる。身をかわす
のが精一杯のライダーは、サボテグロンに一向に近づけないでいた。
「(あの爆弾を何とかしなければ)」
隙をついて近づこうとするが、その隙を見出せないでいた。飛んでくる棘や爆弾を紙一重でかわしても爆風の影響を受けるので、間
合いを広くとる事しか出来なかった。
「(……あれは?)」
焦りが見えてきたライダーの視線に、地面に落ちているある物が移った。それは、先ほど舞がサボテグロンに投げつけていた棒手裏
剣だった。ライダーはサボテグロンの攻撃をかわしつつ、落ちていた棒手裏剣を拾っていく。
「止めだっ!」
「ハッ!」
サボテグロンが爆弾を投げようとするのに先駆けて、ライダーはその爆弾目掛けて棒手裏剣を投げた。爆弾は爆発し、サボテグロン
が怯む。ライダーは再び棒手裏剣を投げた。今度は右手の棍棒に命中し、同様に爆発する。
「ハッ!」
ライダーは気合の声と共に、最後の棒手裏剣を投げると同時に駆け出した。棒手裏剣はサボテグロンの身体に付いていた爆弾に命中
し、その箇所が爆発を起こす。
「トォッ!」
苦しむサボテグロンに近づいたライダーは、爆発を起こした箇所にパンチを放った。一発、二発とパンチが決まり、サボテグロンは
吹き飛ばされる。
「トォッ!」
止めとばかりに、ライダーは高く飛び上がり
「ライダァーーーーッ」
空中で一回転すると、強烈なキックを打ちはなった!
「キィーーーーック!!」
キックが命中したサボテグロンは宙を舞って地面に激突し、爆散した。
変身を解いた祐一は、周囲を見回した。他には怪人や戦闘員達の気配を感じなかったが、公園の地面が先ほどの戦闘によって、あちこち
抉れ、破壊を免れた外灯の光によって無残な姿を晒していた。
「祐一」
そこへ舞が戻ってきて声を掛けた。背後にはあゆが従っていて、祐一の無事な姿を見ると安心した表情を見せた。
「怪我はない?」
「ああ、平気だ」
「祐一、どういう事?」
「それは……」
舞の問いに答えようとしたが、公園の外が騒がしくなってきているのに気が付いた。先ほどの戦闘の騒ぎを聞きつけた人達が集まって
来たようだった。
「舞、今は水瀬家に戻ろう」
「はちみつくまさん」
舞もまた、周囲の気配を感じ取ったのか頷いた。祐一達はあゆを連れて公園を出た。途中、舞同様に祐一を探しに来ていた香里達と
合流すると、水瀬家に戻った。
★ ★ ★
水瀬家・リビング
水瀬家のリビングでは、祐一とあゆを取り囲むように、名雪達が座っていた。本来なら「見知らぬ女の子と走り去った祐一」を問い
詰める所だが、カノンとの戦闘があり、またこの少女がカノンと関わりがあるのだと聞いて、皆困惑していた。
「さて……何から話せば良いかな」
祐一自身、言葉に出したように何から話せばいいか、暫く頭の中を整理しなければならなかった。取り合えず、あゆの事を話さなけ
ればと思い、彼女の紹介から始めようとしたが、それより先に秋子が祐一に話しかけてきた。
「祐一さん、彼女は……月宮あゆちゃんでしょう?」
「秋子さん!?」
祐一以下、そこにいた全員が秋子の発言に驚いた。しかし祐一は直ぐに、秋子があゆのことを知っているのは当然だと思い出した。
あゆの怪我の一件は、当時幼かった祐一が対処出来る筈も無く、祐一の両親やあゆの親戚、そして秋子達が対処したのだった。そして
祐一に、あゆが意識の無いまま親戚に引き取られた事や、例の木が切り倒された事を教えたのも秋子だった。
「お母さん、この子の事知ってるの?」
「えぇ。といっても話した事がある訳じゃないのだけど」
それだけ名雪に答えた後は、秋子は黙って祐一とあゆを見つめるだけだった。
「(そうだな。自分で話すことだよな)」
祐一は決心すると、秋子の後を継ぐように話し始めた。
「彼女は月宮あゆ。その昔、俺がこの街で知り合った子だ」
祐一がそう話すと、名雪達から一瞬「また女の子の知り合い?」という冷ややかな視線が飛んだが、そんな事を言う雰囲気では無かった
のですぐ、真面目な視線に戻った。それに気付かずに祐一は話を続けた。
偶然街で祐一と出会った事
仲良くなって祐一と遊んだ事
そして、あゆが木から落ちて意識不明の重体になった事を語った。
「そんな事があったの……」
香里が呟くその横で、名雪が何かを堪えるように俯いていた。
「名雪?」
親友の様子がおかしいのに気付いた香里が声を掛けると、それが合図になったかのように名雪が声を震わせて喋りだした。
「……それじゃ……」
「どうしたの?」
「それじゃ貴女がっ!」
突然名雪は叫びながら立ち上がり、あゆを睨みつけた。
「名雪!?」
突然の豹変振りに、部屋にいた全ての者が驚きの声を上げた。ただあゆだけが付いていけず、だが自分が原因なのが分かっているの
か、怯えるように名雪を見ていた。
「どうしたんだ、名雪?」
祐一があゆを庇うようにして名雪に声を掛ける。すると今度は祐一に詰め寄ろうとするが、何かに気が付いたようにハッとなる。
「あ……」
我に返ったかのように、名雪は周囲を見回した。皆一様に自分を戸惑いの表情で見つめていた。
「あ……ごめん、なんでもないよ……ホント。……ゴメンね」
それだけを言うと名雪は黙って座り、俯いて何も言おうとしなかった。名雪の様子に驚いた皆だったが、名雪を追及する事はせずに
また祐一の話を聞く体勢に戻った。一方の名雪は話を聞かずに、昔の事を思い出していた。
★ ★ ★
あゆが木から落ちて、意識不明の重体になった日。その日は祐一が帰る前日だった。帰る仕度をあらかた済ませた祐一が、ここ数日
何時ものように出掛けて行くのを、名雪は寂しげに見つめていた。祐一の妹の玲奈と二人で遊ぶのも楽しかったが、やはり祐一とも遊
びたいと思っていた。ましてや明日には、祐一達は帰ってしまうのだからその想いは一層強かった。出かける度に引き止めるのだが、
「又今度な」とか「帰ってきたら遊ぼうな」と言われ、また、何処に行くのか? と聞いてもはぐらかされてしまっていた。
前日から降っていた雪も止み、太陽の光を受けて、積もった雪が光り輝いていた。名雪は外に出て雪うさぎを作っていた。
「(祐一にあげるんだ)」
自分の宝物の赤いビー玉と、庭に生えている常緑樹の葉を使っている。玲奈も自分の真似をして、雪うさぎを作り始めた。所が、雪
うさぎは完成したものの、祐一が一向に帰ってこなかった。何時もなら既に帰ってきている時間になっても、その気配すらなかった。
そうしている内に一本の電話が掛かってきた。名雪には話の内容は分からなかったが、電話を受けた母が酷く慌てた様子で、祐一の両
親達と話すのを見ていた。やがて両親に伴われて祐一が帰ってきたが、酷く憔悴しきった様子でとても出かける前の祐一と同一人物と
は思えなかった。
子供心にも、ただ事ではないと感じられた。だが両親や伯母夫婦に尋ねてもはっきりした答えは帰ってこない。当の祐一は、じっと
黙り込んで自分や玲奈が話しかけても反応しなかった。かと思えば突然喚き出したりと、まだ幼い名雪には手のつけようが無かった。
結局雪うさぎを渡す事も出来ずに翌日になり、幾分か落ち着きを取り戻した祐一は、家族と共に帰っていった。そして、祐一の家族が
殺され、名雪と秋子が祐一達の家に行く日まで、直接会う事は無かった。
★ ★ ★
今名雪は、あの日祐一の様子がおかしかった原因を知った。祐一の隣に座るこの少女が怪我をした所為で、祐一は苦しんだ。そして
今日再会する日まで、心の何処かで気にし続けていた。
「(この子の所為で祐一はあんなに苦しんだの? あんなに悲しんだの?)」
名雪の心には、あゆに対する嫉妬や憎しみといった負の感情が渦巻き始めていた。
続く
後書き
こんにちは、カノンMRS37話お届けの、梅太呂です。
相変わらず、何とか時間を見つけては少しずつ製作中の現状です。
随時製作&投稿してまいりますので
今後とも宜しくお願いします。
物凄く短いですが、今回はこの辺で。
最後に
今作品を掲載してくださった管理人様
今作品を読んでくださった皆様に感謝して、後書きを終わりにいたします。
ありがとうございました。 梅太呂