「仮面ライダー」相沢祐一は改造人間である

 彼を改造させた「カノン」は世界征服を企む悪の秘密結社である

 仮面ライダーは人間の自由の為にカノンと戦うのだ




                  Kanon 〜MaskedRider Story〜    
                          第三十六話       




 少女は夢を見ていた

 それは、深い悲しみの記憶

 夢の中の少女は泣いていた

 既に父は亡く、今最愛の母を亡くした

 まだ幼い自分はただ泣く事しか出来なかった

 今日もまた一人、死んでしまった母を想い泣いていた

 母との様々な思い出のある街で

 そこで少女は出会った

 自分に再び笑顔を取り戻してくれた存在に……


                         ★   ★   ★


「ん……」

 微かな振動を感じて、少女は目覚めた。うっすらと目を開ければ、窓ガラス越しに周りの景色が流れていくのが見える。少女は
長距離輸送トラックの助手席で眠っていた。

「(眠っちゃってたんだ)」

 朝早くにこのトラックに乗せて貰ってから暫くは起きていたが、何時の間にか眠っていたらしい。太陽の高さからみてそれほど
長い事寝ていたわけではなさそうだが。

「(あの時の夢……)」

 少女は先程まで見ていた夢を思い出していた。幼き日の記憶、悲しい思い出……。しかしそれだけでは無い。僅かな間ではあったが、
自分は確かに笑顔でいられた。笑顔を取り戻してくれた存在があった。それを思い出した少女はそっと自分の頭に触れてみる。そこには
色あせて、少々サイズの小さい赤いカチューシャが嵌っていた。

「お嬢ちゃん、目が覚めたかい?」

 唐突に横から声がかけられた。少女は一瞬驚くが、声の主が自分をここまで乗せてくれたトラックの運転手だと気が付いて落ち着く。

「あ、ごめんなさい。ボク寝ちゃってて……」

「ははは、いいってことよ。よっぽど疲れてたんだな」

 別に謝られることでもないので、運転手は豪快に笑うだけだった。強面だが顔に反して優しい男で、事情がありそうなこの少女から
何も聞かずに、自分のトラックに乗せてここまで運んでくれた。

「それよりホレ。もうじき着くぞ」

 流れていく道路標識に目を向ければ、少女が目指す街まであと数kmの所まで来ていた。ここからなら歩いてもそう時間は掛からない。
そう思った少女は運転手に声をかける。

「おじさん、ここで良いよ。後は歩いていくから」

「ん、いいのか? 何なら街の中まで送ってやるぜ?」

「ううん、平気だよ。おじさんだって荷物届けなきゃいけないでしょ?」

 たまたま行き先が近かったので運転手は少女を乗せる事にしたのだが、確かに運転手の目的地を考えればこの辺で別れたほうが良い。
少し走ったところで運転手はトラックを止めて少女を下ろした。

「おじさん、本当にありがとう。助かったよ」

 少女がそう言って頭を下げると、運転手は笑って「良いって事よ」と答えたが、不意に表情を真剣なものに変えて少女に言った。

「お嬢ちゃん。家出してきたんだろ?」

「え、えっと……」

 どう答えたらいいか迷う少女をみて、運転手は自分の言葉通りだと解釈して話を続ける。

「いやな、責めてるわけじゃねぇんだ。あの時のお嬢ちゃんの目を見りゃ、何かとんでもない訳があるんだって分かるからよ。だから
 俺はお嬢ちゃんのいうとおりに此処まで乗せてきたんだ。けどよ……、やっぱり家族ってのは大事なもんさ。どんな事情で家を飛び
 出したかは知らねぇけど、きっとお嬢ちゃんの家族も心配してるぜ。一寸落ち着いたら家に連絡して、親御さんと良く話してみな」

「……」

「何なら、俺が連絡してやろうか?」

「え、ううん。大丈夫だよ。……うん、おじさんの言うとおりにするよ」

 少女が慌ててそう返すと、運転手も先程までの優しい雰囲気に戻った。

「そうか……ま、気をつけてな」

「うん、おじさんも気をつけてね。本当にありがとう」

「おぅ」

 運転手はそれだけ言うとトラックを発進させ、少女の目的地とは別の道を走っていく。

「……ごめんなさい」

 トラックが見えなくなった頃、悲しげに呟いた。少女は嘘を付いていた。自分には帰る家も、帰りを待ってくれる家族も無かった。
ここまでやってきたのは、ある目的があったから。

「いかなくちゃ……ボクは会わなきゃいけないんだ」

 決意を胸に秘め少女は歩き出す。目指すはかつて自分が住んでいた街。

「あの街にいるんだよね……。早く会いたいよ……。祐一君に……仮面ライダーに」


                         ★   ★   ★


 水瀬家・リビング

「……」

 祐一は居心地の悪さを感じていた。何というか、空気が張り詰めている。

『……』

 原因は、祐一の目の前でそれぞれ睨み合っている五人の少女達にあった。何れ劣らぬ美少女だが、今その顔には美しさや可愛らし
さといったものは感じられず、戦いを前にした戦士の決意にも似た物が漂っていた。その雰囲気がこの部屋の空気を張り詰めたもの
に変えていた。隙を見せたら命取り、逆に相手の隙を見つけて……と、皆が考えているようだ。

「なぁ……」

「祐一は黙ってて。この戦い……負けられないんだよ」

 緊張に耐えられなくなった祐一は少女達を宥めようと口を開くが、それはこの家の娘である名雪に止められた。名雪の普段からは
想像できない真剣な物言いに、祐一は思わず口篭る。

「香里。譲る気は……無いんだね?」

「当たり前よ。幾ら名雪でも、こればっかりはね」

 名雪は隣に座る親友の香里に尋ねた。香里もまた真剣な顔で名雪に答える。その目には他の少女同様に不退転の決意が窺える。

「舞……退く気は無い?」

「はちみつくまさん。佐祐理は親友……でも、今はライバル」

 仲の良い筈の舞と佐祐理も、互いに牽制しあうように言葉をかわす。

「皆さん。此処は一つ、年上の女性として心の広い所を見せるべきではありませんか?」

 美汐が皆に向かって言った言葉は、『自分に譲れ』という意味であった。普段から何かにつけて遠慮深い美汐がここまで自分を主張
するのは珍しかった。そして彼女の真意は分かっている皆だが、彼女の言葉に頷く者はいない。美汐とて此処で引き下がる気は毛頭無い。

「……」

 全員が言葉を発する事無く睨みあっていたが、誰からとも無く視線は彼女達が囲んでいるテーブルに注がれる。そこにあるのは……。

「なぁ……クッキー一つで如何してそこまで真剣になるんだ?」

 再び祐一が、今度は少し呆れた口調で少女達に話しかけた。言いながら祐一は、どうしてこんな事態になったのか考えていた。


                         ★   ★   ★


「秋子さん、何をやってるんですか?」

 未だ学校が休校中で家に居た祐一は、百花屋が定休日でもあるこの日、店のキッチンで作業中の秋子を見つけて声をかけた。

「はい、お店で出すクッキーをつくろうと思いまして」

 見ればキッチン台の上に、様々な材料や道具が置かれている。今秋子はバターと小麦粉を混ぜ合わせている所だった。手伝いでも
しようかと近付いた祐一は、ある事に気が付く。

「ひょとしてこのバター、自家製ですか?」

「えぇ、そうですよ」

 食べ物にはこだわる秋子だから、もしかして、と思ったが案の定そうだった。秋子も見抜いた祐一に感心して話しかける。

「良かったら祐一さんも作りませんか?」

「え?」

「姉さんから、教わっているんでしょう?」

 確かに祐一は、何かと趣味の多い母からダンス同様に料理も教え込まれていた。祐一も最初から秋子を手伝うつもりだったので、
昔を思い出しながらクッキーを作る事にした。そうして焼きあがったクッキーを、遊びに来ていた舞と佐祐理に出したのだった。


                         ★   ★   ★


「(それで、名雪達も交えて皆で楽しく話していたんだが、最後の一個になったらこれだもんな……)」

 経緯を思い出していた祐一に、先程の発言を聞きつけた名雪が食って掛かる。

「祐一、だって苺入りクッキーなんだよ!? 苺を食べないなんて苺への冒涜だよ!! 祐一にはこの素晴らしさが分かってないの!?」

 名雪の発言を受けて、舞達も続けて言い出す。

「祐一の作った動物さんのクッキー……美味しくて、嫌いじゃないから」

「そう言うことよ」

 佐祐理と美汐も声にこそ出さないが、頷いて同意していた。祐一は、彼女達の主張を聞いているうちに諦めの境地に達したのか、
ため息一つつくと黙ってしまった。その間にも彼女達の間では緊張感が高まり、まさに一触即発の状態だった。

「ふぅ、こうしていても埒が明かないわ……」

「そうですね。一気に決着をつけましょう」

 香里の提案に美汐が賛同すると他の少女達も頷き、立ち上がると右拳を握って腰だめに構える。自分以外の存在を、力を持って排除
せんとばかりに気合を込める。そして緊張感が最高点に達し、今まさに拳が突き出されようとした時に祐一の冷静な、そして呆れた声
が響く。

「……太るぞ」

 一気に空気が凍りついた。余りにも一瞬の変化に擬音が聞こえてきそうだった。少女達も動きを止めてしまっている。

「え、えっと……香里! 苺は大切だけど、ううん大切だからこそ親友の香里に譲るよ!」

「な、何言ってるのよ。名雪が苺クッキーを諦めるなんて……私に苺クッキーを勧める名雪なんて親友はいないわ!」

「あ、あはは〜。ここは舞に譲るね」

「ぽ、ぽんぽこたぬきさん。私は、ダイエットに気を使う者だから」

「み、皆さん。若輩者の私に構わずに、どうぞ召し上がってください」

 祐一は、彼女達が先程とは全く逆の発言をして騒ぎ出すのを呆れて顔で見ていた。そこへ秋子がやって来た。

「あらあら、賑やかね」

「あ、秋子さん。もう終わったんですか? じゃあ後片付けを……」

「いえ、大丈夫ですよ。もう終わりましたから」

「そうですか。すいません、ほったらかしにしちゃって」

「良いんですよ」

 謝罪する祐一に、秋子は微笑んで答えた。祐一の後ろでは名雪達が騒いでいたが、秋子が入ってくるとそれも一先ず収まった。

「これから夕飯の買い物に行ってきますから。舞ちゃんと佐祐理ちゃんも一緒に食べていってね」

「はちみつくまさん」

「はい、ありがとうございます」

 秋子の誘いに頭を下げて答えた。二人はここから近いアパートで暮らしているが、水瀬家で皆と食事を摂る事が多かった。秋子の
誘いによるもので、当初は二人とも遠慮していたが、秋子に誘われるとどうしても断りきれず、また断る方が返って悪いような気に
なってしまうのだった。

「あ、秋子さん。俺も、いや俺が代わりに行きますよ。さっきは後片付けもしませんでしたから」

「でも」

「良いんですよ」

「はい。それじゃ、お願いしますね」

 祐一がリビングを出ようとすると、名雪が声をかけてきた。

「あ、祐一。私もいくよ」

 それに続いて香里達も似たようなことを言ってきた。気が付かなかったとはいえ、秋子の手伝いをしなかった事に多少なりとも罪悪感
を感じているようだった。加えて、舞達は夕食をご馳走になる礼も兼ねていた。更には祐一と一緒に出かけられるのだから、躊躇う理由
などない。

「それはありがたいんだが、幾らなんでも全員は必要ないぞ。そうだな……一人来てくれれば大丈夫だ」

 祐一は、夕飯を食べる人数からおおよその荷物の分量を計算した。重さは問題無いが買う物が多いので、自分一人では持ちきれないと
思った。しかし、後一人いれば大丈夫だろうと考えてそう言うと、途端に少女達の雰囲気は先程のように緊迫したものに変わった。一歩
も引かぬ想いを胸に秘め、再び睨みあう。

「一気に決着をつけるわ。良いわね?」

 香里の言葉に皆が頷くと右拳を握って腰だめに構える。自分以外の存在を、力を持って排除せんとばかりに気合を込める。
そして緊張感が最高潮に達した時、拳を前に向かって突き出す!

 あるものは己の拳をより強く握り締めて突き出し、

 あるものは相手の目を狙うかのように二本の指を突き出し、

 あるものは全てを受け止めるが如く手を広げて突き出した。

 気合の声と共に


『じゃんけんぽんっ!!』


                         ★   ★   ★ 


 商店街

「えへへ〜」

 買い物をあらかた済ませ、大量の荷物を持って歩く祐一の隣で、名雪が嬉しそうに歩いていた。先程の壮絶な戦いの末に勝利を
手にした名雪は、終始ご機嫌な様子で買い物をしていた。

「何がそんなに嬉しいんだ?」

「え? 祐一と、こうやって出かけるのって久しぶりだなって思って」

「そういえば……そうだな」

 名雪に言われて見て祐一は、こうやって名雪と出かけたのは何時以来だったろうと考えてみる。

「夕飯の買い物に出かけたって言うのは、昔この街に来た時以来だな」

「うん、そうだよ。だから久しぶりだな〜って思ったんだよ」

 お互いに昔を思い出し、色々と話しながら歩いていたが、不意に名雪が黙って俯いてしまった。祐一にも名雪が黙ってしまった理由の
見当がついたので、少し声を落として名雪に言った。

「昔の事か」

「うん……あの頃は楽しかったなって……またあんな風に過ごせたら良いなって……」

 自分達は今、カノンという強大な敵と戦っている。その中で幾つもの悲しい事があった。あの当時は、こんな事が自分の身の回りに
起きるなんて想像もしなかった。

「昔みたいに、笑って暮らせる日がまた来るかな?」

「……来るさ」

 力なく呟く名雪に、祐一は力強く答えた。

「来るさ。いや、俺達で作るんだよ。幸せに暮らせる日を。その為に戦っているんだろ?」

「うん……そうだね。ふぁいとっ、だよ!」

 祐一の言葉に名雪は何時もの明るさを取り戻した。その様子を見ていた祐一の顔に、一瞬だけ悲しみが映る。だが、直ぐに表情を
改めると名雪に話しかける。

「名雪、後他に買う物ってあったか?」

「え〜っとね……うん、あるよ。そこのスーパーで買ってくるから、祐一は待ってて」

 メモを確認した名雪が、目の前にある一件のスーパーを指差した。祐一も付いていこうとしたが、既に祐一の両手は荷物で塞がって
いるので名雪は一人で行く事にした。

「いいのか?」

「うん。そんなに量は無いし、それに祐一でもそれ以上は持てないでしょ」

「まぁ、そうだが」

「じゃぁ行って来るから。何処かにいっちゃ駄目だよ」

「ああ、分かってるよ」

 子供に言い聞かせるように言う名雪を、祐一は苦笑して見送ると他の人の邪魔にならぬように、入り口から少し離れた所に立って
待つ事にし、荷物も足元に下ろす。商店街は夕飯の買い物に来た人々がちらほらと見受けられた。もう少しすれば、もっと人が多く
なるだろう。

「ふぅ」

 何となく一息ついた祐一は、昔のことを思い出した。そして先程一瞬だけ見せた悲しみの表情を浮かべる。名雪は「昔は楽しかった」
と言ったが、祐一にはそれだけでなく、悲しい事もあった。それはこの商店街での出来事……。今日と同じ、こんな夕暮れの日に偶然
出会い、お別れの言葉も言えないまま会えなくなってしまった少女を思い出していた。

「祐一〜、おまたせ」

 スーパーで買い物を終えた名雪が、待っていた祐一の所へやって来た。スーパーの袋を持っている。祐一は下ろしていた荷物を持つと
名雪と一緒に歩き出した。

「これで全部だな、それじゃ帰るか」

「うん」

 祐一達が先程より人通りの多くなった商店街を歩いていると、何やら前方が騒がしくなっているのに気が付いた。

「何だ?」

 祐一が前方を注意して見ると、そちらから誰かが走ってくるのが見えた。周囲の人たちは口々に「危ない」等と言いながら避けていく。
その人物は時折後ろを振り返ったりしたが、前方を向いたときに祐一達の姿が目に映り、慌てて叫ぶ。

「そこの人、どいて!」

 走っている人物――コートを来ている少女は叫びながらも、祐一達の所へ一直線に向かってくる。少女はかなりのスピードで走っていて
急な方向転換は出来そうに無かった。

「名雪!」

 このままではぶつかるので、荷物を持ったまま呆然と立っている名雪を抱えると、間一髪でその場を飛びのいた。対する少女はそれでも
祐一達を避けようとしていたようと強引に身体の向きを変えたが、何かに躓いて転んでしまった。

「うぐぅ……」

「おい、大丈夫か?」

 祐一は、転んだまま起き上がってこない少女を心配して話しかけるが、少女は呻くだけで顔を上げようとはしなかったので、荷物を
下ろして少女に近づき、抱え起こそうとした。

「どこか怪我でもしたのか?」

 少女の肩を掴んで優しく起こすと、少女も祐一を見た。少女の顔に何となく見覚えがある気がしたが、思い出すよりも先に少女が
口を開く。

「うぐぅ……退いてって言ったのに」

「いや、だからちゃんと退いたぞ。それよりこんな所を走っていたら危ないだろ、どうしたんだ?」

 祐一の言葉を聞いた途端、少女は慌てて辺りを見回した。

「あ、こんなことしている場合じゃないんだ!」

「おい、一体……」

 少女は祐一の言葉に構わず、祐一の手を取りながら立ち上がる。

「訳は後、今はここから離れなきゃ!」

「え?」

 少女が走り出すと祐一もつられて立ち上がり、引っ張られるように走り出してしまう。

「あ、祐一〜!」

 名雪が声をかけるが、少女も祐一も立ち止まる事無く走っていってしまった。

「ど、どうしよう?」

 追いかけようとしたが、荷物の事を思い出してしまいつい立ち止まってしまう。名雪が迷っている間にも祐一達は走り続け、ついには
見失ってしまった。


                         ★   ★   ★


 公園
 あれから街中を走り続けた祐一と少女は、商店街から離れた公園にやってきていた。少女が引っ張る力は意外と強かったが、祐一の力
を持ってすれば振りほどけない事は無かった。しかし祐一は、自分を引っ張る少女に見覚えがある気がしていたので、一緒になって走り
続けていた。

「こ、ここまで来れば平気かな?」

 少女は、祐一を掴んでいた手をはなすと、息を整えながら辺りを見回していた。祐一は、少女を改めて見る。自分より年下に見える
その少女はダッフルコートにミトン、頭に赤いカチューシャをつけている。手には大事そうに紙袋を抱えていた。

「なぁ、いい加減に訳を話してくれないか?」

「……言えないよ、巻き込みたくないからね」

 祐一の問いに少女は言い難そうに答えたが、祐一は引き下がらなかった。

「ここまで引っ張ってきたくせに何を言ってる。もう巻き込まれてるよ」

「うぐぅ……は、話せば長く……」

「大丈夫だ、時間はある」

 尚も言い募ろうとする少女を遮って、祐一は少女に食い下がった。少女は祐一が諦めそうに無いのを悟ると、少しずつ訳を話し始めた。

「追われているんだよ」

「追われている? 誰に?」

 祐一は、何やら穏やかでない雰囲気を感じ取ると、真剣な表情になって少女の話を聞き始めた。

「ボク、この街に人を探しに来て……この街にはお昼頃には着いたんだけど、さっきまでずっと探してて……その内にお腹が空いてきて
 ……ちょうど目の前に鯛焼きの屋台を見つけたんだ」

 少女が整理しながら話すのを、祐一は黙って聞いていた。

「そのお店で鯛焼きを買ったんだ。そして鯛焼きを受け取ってお金を……」

「ちょっと待て。まさかお前……『お金を払おうとしたが、財布が無くてそのまま逃げた』って言うんじゃないだろうな?」

 嫌な予感がした祐一は、少女の言葉を遮って自分の推測を述べた。視線は少女が大事そうに抱えている紙袋に向けられている。先程
転倒したにも関わらず、紙袋は破れたり汚れてはいなかった。

「ち、違うよ!」

 祐一の言葉を聞いた少女は慌てて否定した。その強い調子に祐一は、思わず黙ってしまった。

「ちゃんとお金は払ったよ! ……そしたら、ちょうどそこでヤツらに見つかって……」

「ヤツら? ヤツらって一体誰なんだ?」

「そ、それは……」

「いたぞ!」

 少女が口を開きかけたとき、公園の外から数人の黒いコートの男たちが少女達を見つけこちらに向かってきた。祐一は、この少女を
探しているのでは無いのかも、と思ったが生憎と公園内に祐一達以外に人影は無い。

「逃げなきゃ!」

 少女は再び走り出そうとするが、それより早く、反対側の入り口から黒コートの仲間が現れ、行く手を塞いでしまった。逃げ場を
失った祐一と少女は、公園内に立っている木の根元に追い詰められた。

「何故この子を追いかけている?」

 祐一は少女を庇って前に出ると、男達を睨みながら言う。構えを取って相手の動きに注意しながら、隙あらば包囲を突破して逃げ
出そうとしていた。

「大人しくその娘を……お前は、相沢祐一!!」

 祐一の正面に立っていた男が何か言いかけるが、祐一の姿を見ると驚きの声を上げる。

「俺を知っている?……お前達、何者だ?」

 驚いたのは男達だけでは無かった。祐一の後ろに居た少女も、祐一の名前を聞いた途端、驚きの表情を浮かべる。

「え……相沢、ゆういち……? 祐一君、なの……?」

 少女の呟きは祐一の耳に聞こえていた。自分を知っているらしい少女の事が気になったが、今は目の前の男達に集中する。

「えぇぃ! 接触させてしまったか。構わん……相沢祐一、ここで死んでもらうぞ!」

 男はそう叫ぶと、着ていたコートを脱ぎ捨てる。他の者達も同様にコートを脱ぎ捨てた。

「イーッ!」

 そこには、カノンの戦闘員達が立っていた。

「カノン!」

 祐一が叫ぶと同時に、正面に立っていた戦闘員が襲い掛かって来た。祐一は振りかぶってきた短剣を持つ腕を受け止めると、戦闘員の
がら空きの腹部にパンチを一発、二発と打ち込み、相手の身体がくの字に曲がった所で、顔面を蹴り飛ばした。

「イ゛ーッ」

 祐一は蹴り飛ばされた戦闘員には構わずに、その場を飛びのいた。祐一の右手側から襲い掛かって来た戦闘員が短剣を突き出してきた
のだった。飛びのいた祐一は、左手で相手の腕を掴むと自分の所へ引き寄せつつ、右肘を戦闘員の顔面に叩き込んだ。次いで懐に飛び込
んで戦闘員を地面に叩きつけるように投げ飛ばす。

「強い……」

 一般人にしてみれば恐ろしい戦闘員達を前にしても一歩も引かず、逆に相手を圧倒する強さで倒していく祐一を見て少女は呟いた。

「イ゛ーッ」

 少女が見守る中祐一は、戦闘員と戦い続けていた。最後の戦闘員を殴り飛ばした祐一は、他に戦闘員がいない事を確認してから構えを
解いて少女の所へと歩いていく。祐一が近づいても、少女は何も言わずに立っていた。

「なぁ、何でこいつらに追われていたんだ?」

「……」

 祐一の質問に少女は何も答えなかった。だがその様子は、答えたくないというよりも祐一の言葉が聞こえていないようだった。もう
一度尋ねようとするより先に、少女が尋ねてきた。

「祐一君、なの?」

「ん?」

 少女が自分の名を呼ぶ事に違和感を覚えた。先程の戦闘員が祐一の名前を呼んだから、少女が自分の名前を覚えても不思議は無いが、
知っているような口ぶりに困惑した。さっきのことも気に掛かる。

「君の名前、相沢祐一って言うの?」

「ああ、確かに俺は相沢祐一だが」

 祐一が答えると、少女の目に涙が浮かぶ。

「……祐一く〜〜んっ!」

 感極まった少女が祐一の名前を呼びながら、飛び込んできた。しかし祐一は、思わず避けてしまった。祐一にかわされた少女は勢い
余って、祐一の背後に立っていた木――少女の後ろに立っていた木の隣――に正面から激突した。周囲に大きな音が響きわたる。

「あ〜、大丈夫か?」

 祐一は、木に顔から激突した少女を気遣って声をかけるが少女は何も答えなかった。先程までの緊迫した空気とは打って変わって何
となく気まずい空気になっていた。

「うぐぅっ! 避けたっ、祐一君が避けたぁ!!」

 少女は振り返ると、目に涙を浮かべ、赤くなった鼻を押さえながら祐一に猛然と抗議した。

「いや、あんな風に飛び掛られたら普通は避けるだろ」

「違うよっ、抱きつこうとしたんだよ! 折角会えたのに……再会の場面で木に激突したのってボクぐらいだよ」

「やったな。世界初だ」

「そんなの嬉しくないよ!」

「ずいぶんと元気だが……痛くないのか? さっきは凄い音がしたぞ」

「すごく痛かったよ!」

 祐一は、出会って間もない少女と打ち解けた様子で話していたが、未だ目の前の少女の名前も聞いていないことに気が付いた。

「それより……折角会えたとか再会とか言ってるけど、君は俺の事を知っているのか? 君は一体」

 他にも聞きたい事はあった。何故この少女がカノンに狙われているのかという事も。少女も気を取り直し、祐一の様子を窺う顔
になって尋ねてきた。

「昔この街に遊びに来ていた、相沢祐一君なんだよね?」

「あぁ」

「じゃあ間違いないよ。そっか、あれから何年も経ってるから分からないかな……覚えてない? 昔この街の商店街で出会ったんだよ。
 そして一緒に鯛焼き食べたり、ゲームセンターで遊んだりして……」

 少女は話す内に昔を思い出したのか、徐々に嗚咽を漏らし始めていた。祐一は少女の話を聞く内に、自分の記憶の中にこの少女の存在が
あるのを思い出した。それは今より幼い姿であったが、それで見覚えがある気がしたのも納得した。

「まさかお前……あゆ、か?」

「そうだよ、ボクだよ! あゆ……月宮あゆだよっ!」




 続く




 あとがき

 はい、2007年最初のカノンMRSになります。梅太呂です。

 今回からまた新たなお話になります。無い知恵かき集めて製作していきますので、また読んで頂ければ幸いです。

 とは言え、相変わらず忙しい日々が続き、製作はおろか他の方々の作品の感想や、私の感想のレスにも事欠く有り様……。

 でもなんとか時間を見つけては、感想や返答もしていこうと思っていますので、今後とも見捨てずにお願いします。

 今回はこの辺で。最後に

 この作品を掲載してくださった管理人様

 この作品を読んでくださった皆様に感謝して、今回の後書きを終わりにいたします。

 ありがとうございました                             梅太呂












 







  

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