「はい……あ、それと秋子さん、もう一つ皆に」
「何ですか?」
「えっと、今日ってたしか舞踏会の日ですよね? それで……『一緒に踊れなくてすまない』と」
「ふふふ、そうでしたね。伝えておきますよ」
「じゃ、行ってきます」
「はい」
祐一は秋子に見送られてバイクを走らせる。
「(俺は……カノンを滅ぼすまで倒れるわけには行かないんだ!)」
その胸に、新たなる闘志を燃やしていた。
Kanon 〜MaskedRider Story〜
第三十四話
水瀬家
「祐一さんなら、もう目を覚まして今は家には居ないわよ」
昼近くになり漸く目が覚めた名雪がリビングに来て、既に起きている皆に祐一の具合を確認した所、帰ってきた答えがそれだった。
「えっ、もう起きているの? それで何処に居るの!?」
今度こそバッチリ意識が覚醒した声でさらに秋子に尋ねた。秋子は舞達にした話をもう一度娘に話す。
「名雪、行っては駄目よ」
話を聞いて、リビングを飛び出そうとした名雪を秋子の声が制止した。名雪は大人しくソファーに座る。
「大丈夫よ、相沢君を信じましょう。貴女も言ったでしょ? 『祐一を信じる』って。彼ならきっと怪人を倒す力を身につけてくれる
わよ」
隣に座っていた香里が励ますように告げると、名雪も「そうだね」と言って微笑み返した。何か手伝える事はないか、と言うのは
ここにいる全員の共通した気持ちだった。仮面ライダーのおそらくは過酷な特訓に、自分達は勿論舞だって付き合えるとは思えないが
祐一の為に何かしたかった。
「でも、何かしてあげられないかな?」
「私達は、私達に出来る事をやるのよ」
名雪に答えたのは秋子だった。それを聞いた皆は今日自分達がこれから成すべき事を思い出す。
「学校行かなくちゃね」
「美汐さん、佐祐理達は昼食の準備をしましょう」
「はい」
今日は舞踏会の日で登校は昼過ぎからになっているが、そろそろ準備を始めた方が良い時間になっている。皆が頷き、各自の部屋に
戻って支度を始める。今日学校に行かない佐祐理と美汐は昼食の支度をする事にしたが、部屋を出て行く舞を、佐祐理は心配そうに見
つめていた。
「佐祐理さん、どうかしましたか?」
「いえ、舞の刀なんですけど……大丈夫でしょうか? と思って」
「どういうことですか?」
美汐には佐祐理の言葉の意味が分からず、再び質問した。
「今まで沢山戦ってきましたし、いっぱい刃毀れもありましたから……折れてしまうような事が無いと良いんですが」
刀剣に詳しい訳でも無いので、美汐は佐祐理の心配を晴らす事は出来ない。暫く黙っていた二人だったがすぐに思い直し、三人で
食事の支度を始めた。
★ ★ ★
「そろそろ行きましょうか」
そう言って香里が立ち上がる。既に準備を整え、後は家を出るだけになっていた。香里に続いて名雪と舞もそれぞれの荷物を持って
ソファーから立ち上がった。
「皆さん、気をつけてください」
「舞も、無茶しちゃ駄目だよ」
美汐と佐祐理も三人を玄関まで見送ろうと席を立つ。
「ちょっと待って。渡すものがあるのよ」
秋子がリビングから出ようとしていた皆を止めた。言った秋子はリビングを出ると先に部屋を出て行く。直ぐに戻ってきたが、その手
には黒いケースを二つ持っていた。
「お母さん、それは?」
「万が一の為に、これを持って行きなさい」
秋子は名雪の問いに答えながら、そのケースをテーブルに置いて開いた。中には白い金属製のナックルガードのような物と、黒く
所々に金属の板が取り付けられた膝まであるブーツが収められている。
「これは……武器ですか? ひょっとして、秋子さんがこの所研究室に篭っていたのは……」
ケースの中に収められている物を見た香里が尋ねた。
「えぇ……本当は、こんな物を作りたくは無かったのだけど」
香里の疑問を肯定する秋子の顔は、以前祐一に告げた時と同様に悲しげだった。秋子はこんな人を傷つけるような物を作りたくは
無かった。だがカノンとの戦いが続けば、祐一のみならず名雪を始め、多くの大切な人達が傷ついてしまう。香里や美汐達も、秋子に
とっては娘も同然だったから。せめてその危険を少しでも減らしたい、祐一の負担を減らし彼の手助けを出来るようにしたい。そう
考えた秋子はあえてこのような武器を作り出したのだった。
「お母さん……」
秋子の表情を見るまでもなく、名雪達は秋子の気持ちを悟っていたし自分達も同じ気持ちだった。だから余計な事は言わなかった。
「お母さん、使い方教えて」
名雪達が決意を込めた表情で秋子に、武器の使い方を尋ねる。秋子もまた迷いを振り払うように一回頷くと、皆に説明を始めた。
「まずは、これだけど」
秋子が最初に取り出したのはナックルガードだった。先端部には突起状の物が四つ付いている。ここには炸薬が詰められていて、
相手を殴って先端部が接触すると、中の炸薬が爆発してダメージを与えるようになっている。四連発だがスイッチの切り替えで一度に
全部の炸薬を爆発させる事も可能だった。また先端部は交換が可能だと説明した。
「こっちのブーツは」
次に足裏、爪先、脛等に金属板が取り付けられたブーツを取り出した。ふくらはぎ辺りに小さな箱状の物が付いている。これは
金属板に電流を流す仕組みになっていて、相手を蹴って金属板が接触すると電流によってダメージを与えるようになっている。
ふくらはぎにある箱状の物はバッテリーで、交換が可能だと説明した。
「簡単に説明したけど、分かった? 戦闘員になら充分な効果があると思うわ」
秋子の説明を聞きながら、名雪と香里はそれぞれブーツとナックルガードを手にとって具合を確かめていた。
「うん、大丈夫だよお母さん」
「ええ、これならいけると思います」
名雪と香里は武器をケースに収めると、ブーツは名雪が、ナックルガードは香里がそれぞれ自分達の荷物に加えた。
「舞さんは?」
「私にはこれがあるから必要ない」
舞は自分の刀を掲げると、竹刀袋に納める。
「それじゃ皆、気をつけてね。何かあったら直ぐに連絡して。それと、無理しちゃ駄目よ」
「「「うん(はい)」」」
玄関まで見送りながら秋子が声を掛けると、三人は力強く頷いて家を出て行った。
「……」
三人が出て行った後も、ドアをじっと見つめていた佐祐理だったが何か決意した様子で頷くと、急いでリビングに取って返す。
不審に思った秋子達が後を追うと、佐祐理は自分の上着から電話を取り出して、何処かへ掛けていた。暫く電話の向こうの相手と
やり取りしていた佐祐理だったが、突然普段からは想像もつかないような強い調子で話し出した。
「貴方に許可を貰おうというのではありません。持ってきて下さいとお願い……いえ、命令しているのです。お父様には佐祐理から
伝えますから。……はい、お父様が良い刀だと話していた『清麿』を百花屋という喫茶店に届けて下さい。鞘と柄の拵は舞の刀と
同じように……分かっています。とにかく大至急用意を」
佐祐理はそれだけ伝えると、一方的に電話を切る。
「佐祐理ちゃん、一体何を?」
「はい。万一の事態を考えて舞に新しい刀を用意しようと思いまして。お父様が持っている刀の中でも良い物をここに届けてくれる
ように電話したんです。学校だとすぐに舞に会えるかわかりませんし、カノンが居たら届けに来た人が危険ですから」
秋子に答える佐祐理の口調は元に戻っていたが、心配そうな表情は変わっていなかった。
「(舞、皆……気をつけてね)」
★ ★ ★
学校・更衣室
今日は舞踏会の為に幾つかの教室が臨時の更衣室として使用されていた。中からはドレスの着付けを頼んだり、お互いの姿を批評
しあう声が聞こえてくる。そんな女子更衣室の一つに名雪と香里の姿もあった。本日の舞踏会では、何を踊るという決まりもないの
で、各々好きなタイプのドレスを着ていた。
「名雪、着替え終わった?」
既に着替えの終わった香里が隣の名雪に声を掛けた。香里はシンプルなデザインの黒色のラテンドレスを着ていた。ワンショルダーで
左肩がむき出しになっており、左腕は長手袋で肘まで覆われている。スカートは右上から左下にむかって斜めにカットされていた。後は
首にドレスと同色で、刺繍の入ったチョーカーを着けていた。
「うん、オッケーだよ」
髪の毛をアップに纏めていた名雪が、鏡で確認しながら答えた。名雪もまたシンプルなデザインの、青色のドレスに着替え終わって
いた。Aラインタイプのモダンドレスでスカートは緩やかに波打つフレアスカートだ。ネックラインは前後共にVネック状態に開かれ
ている。名雪もまた香里と同様にチョーカーを着けている。
「後は、これだけど……」
「そうね、流石にこれをこのまま会場に持ち込むわけにはいかないわね……」
二人は、出掛けに秋子に渡されたケースを見ながら困った顔をしていた。中には秋子が作ったブーツとナックルガードが入っている。
「私はスカート長いから履いていても平気かな?」
「でも、完全に隠れるわけじゃないでしょ。それに足の裏は金属だから音が大きいわよ」
「別に踊らないから大丈夫だよ。祐一いないし……」
名雪の表情は寂しげだった。本来なら祐一と踊るはずだったのだから。それを聞いた香里も言葉を無くして俯いた。名雪と同じ気持ち
であったし、加えて栞のことも思い出していたのだ。楽しみにしていた舞踏会を、カノンに邪魔されたという思いが二人の心の中を駆け
巡る。
「名雪ー、香里ー、早く行こうよー」
着替えの終わったクラスメイトの一人が二人に声を掛けてきた。周りを見回せば、残っているのは名雪達数人だった。
「まだ終わらないの?」
「えぇ、先に行ってて」
香里が答えると、そのクラスメイトは他の友人と連れ立って部屋を出て行った。室内に名雪達二人だけになったところで、ケースから
ブーツ等を取り出して装着した。香里はナックルガードを納めたベルトを足に巻きつけてスカートで隠していた。
「これで良し。名雪、そっちはどう?」
「うん。良いよ」
二人はロッカーを閉めると部屋から出て行く。
「今思ったんだけど、そのドレスで蹴りが出せるの?」
「これはスカートの裾を取り外しできるから大丈夫だよ。それに下はスパッツはいてるし。香里だってそうでしょ」
開始時刻が近く、参加者は既に体育館に向かっていたので人気の無くなった廊下を、二人はそう話しながら歩いていった。
★ ★ ★
体育館
既に会場の準備は整えられていた。クロスの掛けられたテーブルの上には多くの料理が並び、壁や2階席の窓ガラスにはレースの
カーテンや暗幕が掛けられている。ステージ上では生徒達ではなく、有志らしい者達の楽団が音あわせを行っていた。
「うわー、凄いね」
「えぇ、ここまでとはね」
会場を見回しながら名雪達は感心したように話していた。彼女たちの周りには思い思いの衣装に身を包んだ生徒たちが、それぞれ
パートナーと談笑していたり、これを機会に意中の相手と仲良くなろうと声を掛けていた。名雪も香里も踊るつもりは無かったので
さっさと壁際に移動して、会場を彩る壁の華と化していた。そんな華に群がろうとする無粋な虫達もいたが、黒い華の持つ雰囲気に
気圧されて声をかける事は出来なかった。
そうしている内に辺りが暗くなっていく。未だ場内はざわついていたが、次第に照明が落とされて暗くなっていくと、それに比例する
ように参加者達の声も収まっていく。会場の照明が完全に消えて真っ暗闇になったが程なくしてステージの一点にライトが当たると、皆
が注目した。そこには何時の間に登場したのか、タキシード姿の生徒会長の久瀬がマイクを持って立っていた。
「皆さん、今日は生徒会主催の舞踏会にようこそ」
それが第一声だった。久瀬は優雅に一礼してから話を続ける。
「多数の生徒に参加頂き、大変嬉しく思います。また同じく、多くの生徒のご協力にも感謝します」
その言葉をきっかけに何処からともなく拍手が上がり、それは会場全体に広がる。そして拍手が収まると、また久瀬が話し始めた。
「さて、本日は舞踏会ですから無粋な挨拶はこれくらいにして、皆さんに楽しい一時を過ごしていただきたかったのですが、そういう
訳に行かなくなりました」
「え?」
「なに?」
久瀬の言葉に、会場がざわつきだした。皆が久瀬の言葉の意味を図りかねていた。ステージ上の久瀬は生徒集会等で皆の前で話す
時と全く変わらない様子――自信に満ち溢れている――で立っていた。それがまた皆に困惑をもたらしていた。
「皆さんは、我々の組織の為にその身を捧げて貰います」
会場の困惑はさらに増した。久瀬という男は冗談を理解するし言ったりもする。しかし使いどころは弁えている。そんな男がこんな
場面で言うとも思えないし、本当に冗談であれば面白くない。会場内の困惑は概ねそんな感じだった。
「ね、ねぇ香里。我々の組織って……」
「まさか……ね」
名雪と香里は会場内でただ二人だけ、違った反応を示していた。
「さぁ、始めましょう」
久瀬が右手を上げるとそれを合図にして場内の照明が一斉についた。急激な明るさの変化に皆が目を閉じる。やがて目が慣れて
きた生徒たちは辺りを見回すまでも無く、会場の変化に驚いた。ステージ上に居たはずの楽団員の姿が変わっていたのだ。更には
二階席にもステージ上の者達と同様の格好をした者達が立っている。
「あれは!?」
「イーッ!」
香里の言葉に答えるかのように、カノンの戦闘員たちが叫ぶ。
「貴方達はこれから我々の、カノンのアジトに来てもらいます」
そう言って久瀬は初めて表情に変化を見せた。それは冷たく、また恐怖を感じさせる笑いだった。
「そんな……久瀬君がカノンの一員……」
カノンを知らない生徒は久瀬の表情に、カノンを知る名雪達はそれに加えて久瀬の話す事実に困惑していた。しかしそれも長くは
続かなかった。会場のあちこちから笑い声が聞こえてくる。この出来事を久瀬のふざけた演出と取ったようだ。
「おい、久瀬。中々面白い演出ではあるが、ちょっとふざけすぎなんじゃないか?」
そんな中、ステージに上がった教師が久瀬に詰め寄った。生徒会主催ではあるが、教師も一応の監視役として数人が参加している。
ステージに上がったのは、その中でも生徒会に批判的な教師だった。
「危ない!」
危険を察知した名雪達が向かおうとするが、それより早くステージ上では変化があった。久瀬に詰め寄ろうとした教師の前に一人の
戦闘員が立ちはだかった。
「な、何だお前は? そんなおかしな格好をして。この学校の生徒か? クラスと名前を……」
教師は最後まで話すことは出来なかった。戦闘員が腰から引き抜いた短剣で教師の胸を突き刺し、そのまま腹部まで切り裂いたのだ。
「グァ……」
教師は自分の身に何が起きたのか理解できなかった。途端に未だかつて経験した事の無い痛みが襲い掛かってくる。そして何か
熱いものが食道を通り、口から吐き出される。それが血だと気付いた時、教師は絶命していた。
「イーッ!」
短剣を引き抜いた戦闘員は、教師の死体を会場に向かって蹴り飛ばした。それは、一人の女生徒の前に落下する。女生徒は目の前の
現実に対応しきれず全く動こうとしなかったが、教師の死体から流れる血が自分の足元まで流れて来ると、金縛りが解けたかのように
その場にへたり込んでしまった。
「あ……あぁ……」
精一杯に声を搾り出してそのまま後ずさる。そして、
「キャーーーーッ!!!」
全ての呪縛が解き放たれたかのように、女生徒はあらん限りの声で悲鳴を上げた。
『キャーーーーッ!!』
『ウワァーーーッ!!』
その悲鳴が伝染したかのようにあちこちで同じような悲鳴が上がる。場内はたちまち悲鳴と恐怖が支配する空間へと変化していた。
「イーッ!」
ステージ上と二階席にいた戦闘員達が抜刀したときに、場内の恐怖は頂点に達した。
「た、助けてェーーーッ!!」
皆が我先にと、それぞれが一番近い出口へと殺到する。名雪と香里は、その喧騒から逃れるようにして、最初自分達がいた壁際に
立っていた。そして香里はチョーカーを外して刺繍を弄っていた。そこには小さいが通信機が取り付けられていて、それを使って
秋子達に連絡を取ろうとした。また傍らでは名雪が舞に連絡を取っていた。
「秋子さん、香里です。聞こえますか!?」
直ぐに応答があったが、音声は不鮮明であった。
『香里ちゃん、どうしたの?』
「舞踏会の会場にカノンが現れました! 学校の生徒を狙っているようです」
『何ですって!? それで今はどういう状況なの?』
「教師の一人が殺されてみんなパニックになってます。それで……キャアッ」
★ ★ ★
水瀬家
『教師の一人が殺されてみんなパニックになってます。それで……キャアッ』
香里の悲鳴を最後に通信が途切れてしまった。
「香里ちゃん? 香里ちゃん!?」
秋子が懸命に呼びかけるが、多くの人が走り回るような雑音がするばかりで、香里からの返事は無い。それでも呼びかけるが何か
踏みつけるような音を最後に通信は完全に途絶えてしまった。
「秋子さん、何かあったんですか!?」
騒ぎを聞きつけて、美汐と佐祐理が部屋に飛び込んできた。
「それが、香里ちゃんから『学校にカノンが現れた』と連絡があったんだけど、途中で切れてしまったの」
「え? それで、香里さんや舞は無事なんですか?」
「分からないわ……」
「そんな……」
秋子の言葉に佐祐理の顔色が青くなる。美汐もまた無言で立ち尽くしていた。
「祐一さんに連絡を取らないと……」
いち早く立ち直った秋子が通信機を調節して祐一に連絡を取ろうとしたが、ノイズが入るばかりで祐一のバイクに取り付けられた
無線機から応答は無かった。携帯電話も同様に繋がらない。
「これは……通信が妨害されている?」
試しにリビングのTVを付けてみるが、地上波も衛星放送も画像と音声が乱れていた。
「駄目です。舞とも連絡がつきません」
舞に電話を掛けていた佐祐理も沈痛な表情で秋子に言った。
「これもカノンの仕業でしょうか?」
「間違いないわね。こうなったら直接祐一さんの所に行かないと」
「佐祐理が行きます!」
秋子の考えを聞いて、即座に佐祐理が名乗り出ていた。
「佐祐理ちゃん!?」
「秋子さん。ガレージにバイクがありましたよね? それを貸してください。佐祐理が祐一さんに知らせに行きます!」
確かにこの家のガレージには祐一が乗っている物の他にもう一台、バイクがあった。健吾がその昔使っていたバイクだ。時折
このバイクの整備もしていたので、直ぐにでも走らせられる状態になっていた。
「今この中で、バイクの運転が出来るのは佐祐理だけですから」
秋子もそれは分かっているが、素直に了承は出来なかった。
「でも、スクーターとは……それに、佐祐理ちゃんは怪我をしているし」
「大丈夫です。時々家の敷地内で舞のバイクを運転してコツは掴んでいますから。それに佐祐理は結構運動神経は良いんですよ」
そう言いながら佐祐理は、既にガレージへと向かっていた。秋子と美汐も後を追う。二人がガレージに着いたときには、既に準備を
終えた佐祐理がバイクを外に出そうとしていた。
「佐祐理ちゃん!」
「すいません秋子さん。でも早く祐一さんに知らせないと……」
秋子の制止にも関わらずに佐祐理はバイクを押していた。しかし低排気量のバイクとはいえ、怪我をしている佐祐理には困難な
作業だった。痛みに顔を顰めながらバイクを押していく。その様子を見ていた秋子と美汐だったが、やがて行動に出る。秋子は
佐祐理と共にバイクを押し、美汐はガレージのシャッターを開けた。
「秋子さん」
「佐祐理ちゃん、気をつけてね」
「……はい!」
佐祐理は道路に出ると、早速バイクに跨りエンジンを掛ける。
「行ってきます」
それだけ行って佐祐理はバイクをものみの丘へと走らせた。
★ ★ ★
校舎内
体育館で久瀬が挨拶を始めた頃、制服姿の舞は人気の無くなった校舎を歩いていた。今では使われなくなった教室や、普段から人気
の無い教室棟を重点的に調べて回る。
「(もしかしたら、カノンのアジトがあるかもしれない)」
戦闘員達の出現の状況からしてそう考えた舞は、隠し通路やカメラの存在などを探して回っていた。時折見回りの教師や警備員と
遭遇するが、連中は気配を殺した舞を見つけることは出来なかった。
「……ここにもない」
教室を調べ終わった舞が廊下に出ようとした時だった。遠くの方で何か争うような音と声が聞こえてきた。
「お前……一体……ウワァーッ」
「!!」
廊下に飛び出した舞の目に映ったのは、先程やり過ごした警備員がカノンの戦闘員に切られた場面だった。倒れた警備員から大量の
血が流れているのがここからでも分かった。
「カノンの戦闘員!」
叫ぶなり舞は抜刀して戦闘員の所へ走っていく。戦闘員も舞の存在に気付き、血塗られた短剣を構えて舞を迎え撃った。
「イーッ!」
戦闘員が振り下ろした短剣を、舞は刀で受け止める。刃がぶつかって火花を散らした。戦闘員は舞を力でねじ伏せようと短剣を持つ
右手に力を込めていく。舞は抵抗していたが、フッと力を抜いて戦闘員を受け流し、自分はそのまま相手の右側へと移動する。
「ハァッ!」
気合の声と共に繰り出された柄頭が、戦闘員の鼻頭に命中した。戦闘員は吹き飛んで壁に激突すると、そのまま崩れ落ちて動かなく
なった。舞は戦闘員には構わずに切られた警備員を見るが、既に絶命していた。
「……」
舞は少しの間目を閉じて、警備員の冥福を祈った。そうしていると、制服のポケットに入れてあった通信機が動き出した。舞が
通信機を手に取ると、名雪の慌てた声が聞こえてくる。
『さん……舞さん!』
「名雪、どうしたの?」
『体育館にカノンが現れ……きゃあっ』
「名雪!?」
呼びかけるが、聞こえてくるのは人々の喧騒ばかりで、やがてそれも聞こえなくなった。
「皆が危ない!」
舞は体育館に向かって駆け出す。しかし、幾らも進まぬ内に現れた戦闘員達に行く手を塞がれる。
「イーッ!」
「退けェッ!」
★ ★ ★
体育館
パニックに陥り逃げ惑う生徒達を見ながら、香里と名雪は秋子達に連絡を取っていた。
「パニックになっています。それで……」
相沢君に知らせて下さい、と言おうとしたが香里達の近くの扉に殺到した生徒達の波に飲まれてしまう。
「キャアッ!」
それによって持っていた通信機も落としてしまい、それは生徒達の足元に消えていく。隣の名雪も似たような状況だった。香里は
隣の名雪の腕を掴むと、何とか人の波から離れた。
「香里」
「今は動かないほうが良いわね」
生徒達は扉を開けようとするがどの扉も開く事は無かった。それにより一層の混乱と恐慌が会場内を包む。扉を叩く者、他の出口を
探す者などいたが皆一様に、この場から逃げたい、という思いでいる。テーブルは薙ぎ倒され、料理や飲み物が辺りに撒き散らされて
いるが、誰も構うものは居ない。
その時、出入り口の一つが重い音を立てて開き始めた。それに気が付いた近くの生徒達が殺到する。そこは通路に面した入り口で
あったが、通路の照明は落とされて会場から差し込む光が僅かに照らすばかりだった。それにも構わず先頭に立っていた生徒は通路に
飛び込んだ。
「た、助か……」
安堵したのもつかの間、生徒は何かにぶつかってその足を止めた。それが何か見極めようと顔を上げると、
「イーッ!」
「わぁっ!?」
カノンの戦闘員が短剣を構えていた。思わず仰け反って後退するが、後に続くそんな事情を知らない生徒達とぶつかり押し戻される。
後に続くものも戦闘員が居るのに気が付いて足を止めてしまう。しかし、なお続く後続の生徒達に押され、結果将棋倒しになってしまう。
そんな事があちこちの入り口で起こっていた。ここに来てステージ上や、二階席に居た戦闘員達が一斉に動き出した。倒れたり、立ち
竦んでいる生徒達を短剣で脅し、会場の中央に集めていく。そして後ろ手に手錠のようなものを掛けていった。
「イーッ!」
「なっ!? は、離しなさい!」
「わ、わわっ!?」
戦闘員は香里達の所にもやって来た。二人は抵抗するが、複数の戦闘員に襲い掛かられて抵抗空しく、他の生徒達と同じように
後ろ手に拘束されてしまい、連れて行かれた。
「フフフ……」
集められた生徒達を見て久瀬が邪悪な笑みを浮かべる。生徒の中には隙を見て逃げ出そうとする者もいたが、すぐさま戦闘員に
見つかり、蹴り飛ばされる。その様子を見ていた周りから新たな悲鳴が上がっていた。
「久瀬君、貴方……カノンの仲間だったの!?」
近寄ってきた久瀬を睨みつけていた香里が問い詰めた。香里の目には怒りが、久瀬の目には邪悪な笑みが浮かんでいる。
「見ての通りだよ、美坂君」
「私達を騙していたのね」
香里は立ち上がって久瀬に飛び掛ろうとしたが、久瀬の隣に居た戦闘員に喉元に短剣を突きつけられる。
「ク……」
「大人しくしていて欲しいな」
久瀬の顔は、学校の生徒や教師達が知っている久瀬の表情ではなかった。そこに居るのは優秀な生徒会長ではなく、冷酷無比で皆の
知らない男のように思えた。
「香里!」
隣に座る名雪が心配そうに声を掛けると、香里は大人しく座りなおす。
「私達をどうするつもり?」
「最初に言ったろう? 君達はこれからカノンにその身を捧げてもらうと。先ずは学校の地下で建設中のアジトの為に働いてもらう」
「な!? 学校の地下にアジトですって!?」
「そして優秀な者は怪人の素体に使われるだろう。女性は女性で別の使い道もあるしね。フフフ」
「そんな事っ!」
「それに、君達二人は更に別の使い道があるからね」
「……どうしようって言うのよ?」
香里は時間を稼ぐつもりだった。秋子とは充分な話が出来なかったが、彼女ならあれだけの会話でも分かってくれるはずだ。そして
祐一に連絡をしてくれる。名雪も舞に連絡していたので直ぐに駆けつけてくれるだろうから。
「君達は仮面ライダーの仲間だ。君達が掴まったとなれば、ヤツは必ず現れる」
「……人質にしようって訳? ライダーに勝てないからって……」
「勝てない、だって?……ふ、ふふ、フハハハハハハハッ!!」
久瀬は突然大きな声を上げて笑い出した。当然の豹変振りに香里も名雪も言葉を失う。一頻り笑った所で久瀬は落ち着きを取り戻し、
先程と同じく香里達を見て言った。
「仮面ライダーの必殺技は最早通用しない。それでヤツが負けた事をお前達なら知っているだろう! 今度こそヤツは死ぬ! その様を
お前達に見せてやろう」
久瀬の表情も、口調も、纏う雰囲気すらも変わっていた。睨みつける視線に殺気じみた迫力が加わる。
「……久瀬君、貴方は……」
「フ、少し話しすぎたか。よし、この二人を残して後はアジトへ連れて行け!」
「イーッ!」
指示を受けた戦闘員達は、生徒達を立ち上がらせると出口の一つへ向かって歩かせた。
「さっさと歩け!」
「キャアッ!」
泣き崩れている女生徒の一人を無理矢理立ち上がらせた時だった。二階のガラスが割れ、それに続いて何かの影が飛び込んできた。
影は跳躍すると二階席の手すりを飛び越えて女生徒を捕まえていた戦闘員に切りつけた。
「イ゛ーッ」
影は止まる事無く走り出し、進路上に居る戦闘員達を一刀の元に切り捨てていく。包囲の輪が崩れ始めたのでそれを見ていた生徒達は
再び我先にと逃げ出す。影は続いて久瀬に切りかかった。だが久瀬は寸での所で後ろに飛びのく。影は追いかけようとはせずに名雪と
香里を背後に庇うように立つ。そこで二人はようやく、飛び込んできた影の正体を知った。
「「舞さん!」」
「二人とも、遅れてごめん」
舞は刀を構えたまま、振り返らずに正面に立つ久瀬を睨みすえていた。今まで激しい戦闘をしてきたのか、制服が所々やぶれ、
薄っすらと血が滲んでいる箇所もあった。
「川澄舞……現れたか」
「久瀬……貴方も魔物……カノンの仲間だったの?」
舞の詰問に久瀬は沈黙していた。今更答える必要の無い事だったから。舞も更に問い詰めようとはせず、只久瀬と向かい合っていた。
「魔物……カノンは、倒す!」
「フフフ……魔物か。ならば、お前の力も魔物の力という事だな」
舞の決意を込めた言葉を聞いた久瀬は愉快そうに笑っていた。
「一緒にしないで。私はこの力を、人々を守る為に使っている。カノンとは違う」
「そういう意味で言ったのではない。お前のその力とカノンの怪人や戦闘員の力は元々同じもの、という意味で言ったのだ」
「どういう事?」
「お前の父、川澄博士は人の能力を向上させる研究をしていた。それによってお前は今の能力を得た。だが……」
「お前達カノンがお父さんを殺して奪った!」
父の事を思い出した舞は、一層強く久瀬を睨みつけ、刀を上段に構えなおした。何時でも飛び掛れるように全身に力を蓄えていく。
久瀬はそれを察知していたが、構わずに話を続けた。
「そうだ。その川澄博士の研究データにより、怪人達の能力が大いに向上したのだ。つまりは川澄舞……お前とお前の言う魔物は、
同じモノから生まれた同じ存在という事だ!」
「!!」
「フフフ……お前の言う魔物に、倉田佐祐理を傷つけたられた気分はどうだ? 親友を傷つけたのが自分の力だと知った気分はどうだ?」
「私が……佐祐理を……」
久瀬の言葉を聞いて、舞の視線も、刀を持っている腕も下がる。自分の力が大切な親友を傷つけてしまった。そんな想いが舞の中を
駆け巡っていた。そんな舞の様子を見ていた久瀬は、更に言葉を続ける。
「そうだ。お前が傷つけた……ところで、お前は『魔物を討つ者』だな?」
「……」
舞は久瀬の言葉にゆっくりと顔を上げる。そして今度は力の篭っていない空ろな目で久瀬を見つめた。思考に靄が掛かったようになり
何も考えられなくなっていくが、目だけは久瀬から離せなくなっていた。
「魔物は今何処にいる?」
「魔物は」
視線を巡らそうとする舞を止めるように、久瀬が言葉を続ける。
「確かにこの場所には多くの魔物がいる。だがそれだけじゃない、お前自身の中にもいるんだ」
「私、の……」
久瀬の言葉と目に、一層力が篭っていく。対照的に舞は空ろな表情のまま、刀も下ろしてただ立っているだけだった。
「そうだ。最初に討つ魔物はお前の中にいる。さぁ、魔物を討つんだ!」
それを聞いた舞がゆっくりと動き出す。刀を持った腕を上げて、刃を首筋に押し当てようとする。
「舞さんっ! 駄目っ、目を覚ましてっ!!」
香里が突然叫ぶと、反射的に舞の動きが止まった。
「ヤツらはそうやって心の隙間に付け込んで操ろうとするの。惑わされないでっ!」
香里自身、以前北川に操られた経験があった。あの時は祐一を殺そうという考えを植えつけられていた。
「そうだよっ、目を覚まして! ここで舞さんが負けちゃったらお父さんの研究が本当に魔物の研究になっちゃうよっ! カノンと
戦ってお父さんの研究は魔物を作る為じゃないって証明しなきゃ駄目だよっ!」
香里に続いて名雪も叫んだ。名雪は自分の父を思い出していた。父の研究が多くの人を苦しめている。しかし成果の一つである
仮面ライダーがカノンと戦う事で、父は悪魔に手を貸した者ではないと示している。それと同じ事を舞に教えたかった。
「「舞さんっ!」」
舞は目を閉じると、迷いを振り払うように刀を一閃した。そして正眼に構え目を開く。その目は先程と同じ強い意志が宿っていた。
「私は……負けない! お前達を倒す!」
「フ……通用しなかったか。だが、お前に俺が倒せるか?」
久瀬が腕を上げると残っていた戦闘員達が舞に飛び掛ってきた。
「二人とも下がって」
舞は名雪達を下がらせると、戦闘員に向かっていく。
「イーッ!」
戦闘員の振り下ろしてくる短剣を刀で受け止めると、舞は力任せに押し返そうとはせずに受け流し、相手の上体が流れるとその隙を
付いて背後を切りつけた。
「イ゛ーッ」
切られた戦闘員には目もくれずに、舞は次の戦闘員へと向かっていく。戦闘員達も舞だけに狙いを定めたようで名雪達の所へは一人
もやってくる事は無かった。
「舞さん、大丈夫かな……」
「今の所心配は無いようだけど……」
名雪も香里も、舞の戦いぶりを心配気に見ていた。
「これを何とか外せれば、手助け出来るのに……」
そう言って自分を後ろ手に拘束している手錠を忌々しげに見つめた。何度も外そうともがいてみたが、その程度でどうにかなる代物
では無かった。
舞は終に、最後の戦闘員を倒した。だが、舞の顔にも疲労が色濃く滲み出ており、肩で大きく息をしていた。しかしそれをあざ笑う
かのように体育館のあちこちの扉から、新たな戦闘員達が飛び込んで来る。
「クッ……」
戦闘員の姿を見た舞の心に不安が生じた。まだ大丈夫だが、このまま消耗戦に持ち込まれたらいずれ戦えなくなる、と。
「(そうなる前に、せめてヤツだけは!)」
目の前で舞の戦いを見物していた久瀬を見据えると、彼は腕を組んで余裕の表情で立っている。舞と久瀬の間を阻むものは何も無い。
舞は刀を構えて突進した。
「久瀬っ!!」
間合いに入ると、舞は刀を真っ向から振り下ろした。普通の人間であれば避けられるタイミングでは無かった。何かで防ぐにしても、
その防いだ物ごと真っ二つになる、それほどの勢いを秘めていた。
★ ★ ★
ものみの丘
その昔、美汐達が遊んだ丘陵地帯から奥に入った所に、地肌がむき出しの崖や巨大な岩が多く転がっている場所があった。今ここで
仮面ライダーが新たな技を編み出すべく特訓していた。空高く飛び上がり、強烈なキックを繰り出す。ライダーのキックを受けて身体
程もある大きな岩が割れた。
「クッ……駄目だ、この威力ではヤツを倒す事は出来ない」
二つに割れた岩を見て、ライダーが悔しげに呟いた。ライダーの周りには既に幾つもの岩の破片が散らばっていた。早朝から何度も
工夫を凝らしたキックを繰り出してはいるが、どれ一つとして思うような威力を発揮できずにいた。
「(健吾さん……俺は、どうすれば良いんですか……これでは……)」
諦めるわけにはいかない、だが出口の見えない問題にライダーは弱気になっていた。
「しかし、こうしている間にもカノンが人々を苦しめているんだ!」
とにかく動くしかない、そう思ったライダーは特訓を続ける事にしたが、不意にある考えが浮かんだ。
「(ひょっとして俺は、無意識のうちにキックに使うエネルギーに制限をかけていたんじゃないか? 足へ負担がかからないように。
それに消耗を抑える為に。だったらその制限を解除して、エネルギーをもっと増やせば。……危険だが、やってみる価値はあるな)」
ライダーは近くにあった岩を見据えるとキックを繰り出そうと構えた。
「祐一さ〜〜〜ん! 仮面ライダーさ〜〜〜んっ! 何処ですか〜〜〜っ!?」
その時、遠くから自分を呼ぶ声を聞いた。聞き覚えのある声にライダーは反応した。その声は崖の上から聞こえてきて、程なくして
声の主が姿を現した。
「佐祐理さん!?」
その姿を認めてライダーが崖下から彼女の名前を呼んだ。ライダーの声が聞こえたのか、佐祐理もライダーの姿を認めて崖の際まで
やってくると、口に手を当てて叫ぶ。
「ライダーさ〜〜〜んっ、大変なんですっ!! みんなが……きゃぁ!?」
突然足元が崩れて、佐祐理が最早壁といってもよい斜面を転がり落ちていく。
「トォッ!」
ライダーは跳び上がり、佐祐理を空中で抱えると斜面を蹴って再び跳躍し、無事崖下の地面に着地した。
「佐祐理さん、大丈夫!?」
ライダーが腕の中にいる佐祐理に声を掛けると、今まで身体を縮こまらせて目をきつく閉じていた佐祐理が躊躇いがちに目を開ける。
「佐祐理さん」
もう一度ライダーが声を掛けると、佐祐理から力が抜けてライダーに目を向けた。
「ふ、ふぇ〜〜〜。怖かったです〜〜」
「もう大丈夫だから」
涙目でしがみついてくる佐祐理を宥めながら、ライダーは優しく声を掛けた。そして佐祐理が落ち着いたのを見計らって尋ねた。
「佐祐理さん、どうして此処へ? 何か大変とか言ってたけど?」
「あっ、そうです、大変なんです! 学校にカノンが現れたって香里さんから連絡があったんですけど、途中で通信が切れてしまって。
それに舞とも連絡がつかなくなって。それで佐祐理がライダーさんに知らせに来たんです!」
佐祐理が思い出したように一気にまくし立てて喋ると、ライダーに緊張と焦りが浮かんだ。
「(まだ必殺技は完成していない……もしまたあの怪人が現れても……)」
「あの、ライダーさん?」
「(だが、このまま皆を放っては置けない)いや、何でもないよ。直ぐに行こう!」
ライダーがそう言ってサイクロンに乗ろうとした時だった。崖上にあった巨大な岩が、先程ライダーが斜面を蹴ったショックで
動き出してライダー達の所へ転がり落ちてきた。岩は一度地面で跳ね上がると、上空から二人に襲い掛かる。
「きゃあっ!」
「クッ!」
ライダーは佐祐理を押しのけると、岩に対峙する。ライダーにはそれがまるで、アルマジロングが変身した球体に見えた。
「(逃げるわけにはいかない。佐祐理さんを、皆を護らなくては。ヤツに、アルマジロングに勝つんだ!)トォッ!」
意を決したライダーは空中へ跳び上がり回転する。そして右足にエネルギーを集めるべく意識を集中させる。怪人に打ち勝とうという
想いが、佐祐理を護らなければという想いが、ライダーの枷を解き放った。
「ウオオォーッ!!」
気合の声と共に繰り出されたライダーの右足が輝く。その右足が迫り来る巨大な岩と激突した。今までで一番大きな音を丘に響かせ
ながら、岩は文字通り粉々に粉砕された。濛々と煙が立ち込める中、ライダーが立ち上がる。
「……出来た。これならヤツを倒せる!……クッ」
自信に満ちた声でライダーが言うが、直後に襲ってきた脱力感にライダーはよろめいてしまう。
「思ったよりエネルギーの消耗が激しいな……一発勝負か」
何とか体勢を整え、未だ引かぬ煙を見ていたライダーだったが、この場にいるもう一人の事を思い出した。
「そういえば佐祐理さんは? 佐祐理さ〜ん!」
「うぅ……けほっ、けほっ、ふぇ〜〜〜〜〜」
泣きそうな声を上げながら、煙の中から真っ白になった佐祐理が姿を現した。目には涙を浮かべ、咳き込んでいる。
「ふぇ〜〜。佐祐理、汚れてしまいました〜〜」
身体や髪の毛に付いた粉塵を掃いながら佐祐理が涙目で訴えた。
「えっと……その、佐祐理さん、ゴメン」
「え? あはは〜、大丈夫ですよ」
佐祐理が笑いかけると、怪我をしていない様子にライダーも安堵した。
「必殺技、完成したんですね?」
「あぁ、これならアルマジロングを倒せる。直ぐに学校に向かわないと」
ライダーは気持ちを引き締めると、サイクロンに跨り佐祐理を呼んだ。
「佐祐理さん、途中まで一緒に行こう。後ろに乗って」
「はい」
佐祐理ではこの崖下から這い上がるのは不可能なので大人しくライダーの後ろに乗って、しがみついた。
「それじゃ行くよ。しっかり掴まってて」
「いいですよ」
ライダーはエンジンを掛けると加速する。充分にスピードがのった所でハンドルの横についていたスイッチを押す。すると左右の
ライト下のスリットから赤いウイングがせり出してきた。より強くエンジンを噴かしてハンドルを持ち上げるとサイクロンは崖上まで
跳び上がり、無事に着地する。そのままバランスを崩す事無く走り続けた。
「佐祐理さん、大丈夫?」
ライダーは背中にしがみついている佐祐理に声を掛けるが帰ってきたのは恐怖を感じさせない声だった。
「平気ですよ。ライダーさんを信じていますから」
「うん。急ぐからスピード出すけど、大丈夫だから」
「はい」
佐祐理の手に一層の力が篭ったのを感じたライダーは、サイクロンのエンジンを噴かして丘を走り抜けた。ベルトに風が当たり風車が
回転する事によって、ライダーの身体にエネルギーが蓄積されていく。そして街中に入り暫くした時に、ライダーは前方からやって来る
一台の車に気が付いた。それは見覚えのある高級車で、以前学校に佐祐理を迎えに来た物と同一の車だった。佐祐理もその車に気が付き、
ライダーに話しかける。
「ライダーさん、止めてください」
佐祐理の言葉を受けてライダーはバイクを停める。車の方でもライダー達に気が付いて停車した。そして車から出てきたのは以前
出会った執事らしき男と竹刀袋を持った美汐だった。
「天野?」
「ライダーさん、佐祐理さん!」
疑問に思うライダーに構わずに、美汐は二人の所へ駆け寄ってくる。執事もまた「お嬢様!」と言いながら走って来る。
「天野、どうして此処に?」
「佐祐理さんがご実家に頼んでいた物が届いたので、舞さんに届けに行くところだったんです」
「舞に?」
「新しい刀です」
そう言って美汐は持っていた袋をライダーに見せた。
「そうか……分かった。これは俺が持っていく。天野は百花屋で待っていてくれ」
「はい、お願いします……あの、新しい技は……?」
「ああ、心配ない。今度は負けないさ」
ライダーの自信に満ちた言い方に美汐は安堵した。もう一度、お願いします。と言ってライダーに刀を渡した。
「佐祐理さんも待っていて欲しい」
ライダーは近くで執事と会話していた佐祐理にも声を掛ける。
「分かりました。気をつけてくださいね」
「ああ、大丈夫さ。皆を連れて無事に戻ってくるから」
ライダーは竹刀袋を背負うとサイクロンに跨り、学校へと走っていった。
続く
あとがき
こんにちは、……えっと、すいません。(舞編が)最後まで終わっていると書いておきながら、
今回で完結させずに、区切ってカノンMRS最新話お届けの、うめたろです。(手直しとか色々ありまして)
流石に、次で完結の予定ですので、寛大な御心でお待ちいただければ幸いです。
で、今回も作中に出てきた幾つかの事に付いて解説というか言い訳というか(ぇ
まずは、秋子さんが作っていたという武器ですが……もう察しはついているでしょうが
『仮面ライダーSPIRITS』で滝さんが使っていたアレが元です^^;
少々都合の良い様に変えてありますが。(たしかナックルは単発だったような)
次に、佐祐理が言ってた『清麿(きよまろ)』ですが、これは幕末期に実在した刀工『源清麿』の事です。
兄の山浦真雄と共に、当時最高ともいわれた刀鍛冶です。以上、詳しい説明は省かせて下さい。
……ボロがでそうなので(ぉ
最後に、作中で佐祐理さんがバイクを運転していますが……はい、無免許運転です。
皆さんは、キチンと交通法規を守って安全運転を心がけて下さいねm(_ _)m
今回はこの辺で。
最後に、この作品を掲載してくださった管理人様
この作品を読んでくださった皆様に感謝して後書きを終わりにいたします
ありがとうございました。 梅太呂