蜘蛛男は両手を振りかぶると、何か投げつけるように男達へと両手を向けた。すると両手から糸が飛び出して男達の首に巻きついた。
さらに糸は自ら意志を持っているかのように大量に巻き付いて、男達の全身を覆ってしまう。

「ムグ……モガッ!」

「!!……!?」

 男達の口も塞がれて喋る事はおろか、呼吸すらままならなかった。次第に苦しくなってくるが、それは口を塞がれただけではなく全身
を締め上げられている為でもあった。身体に巻きついた糸が男達の身体を締め上げていた。全身を締め上げるというより押し潰される
ような感覚に、声を出そうと言う意志も消えていく。そして先程と同じような音が全身至るところから聞こえる、いや響いてきた。
それが、自分の体中の骨が折れる音だと認識したのと同時に男たちの命が消えた。

「ギギィッ!」

 糸を出すのを止め、満足そうに奇声を上げる蜘蛛男の前に何かが飛来してきた。それは先刻、会社帰りの女性を襲った蝙蝠男だった。
蜘蛛男と蝙蝠男は頷き合うと、夜の闇の中へとその姿を消した。




                     Kanon 〜MaskedRider Story〜    
                             第三十三話       




 水瀬家
 
「……」

 リビングでは、先程以上に重苦しい空気が流れていた。その場にいる名雪も香里も言葉を忘れたかのように沈黙している。
 玄関で倒れた祐一と舞を奥の部屋へと運び、秋子と美汐、後舞の手当てを申し出た佐祐理を残して名雪と香里はリビングへと戻って
いた。佐祐理は自分も負傷していたので秋子達は止めたが、彼女の真剣な態度に負けてこれを許した。香里も手伝おうとしたが、名雪
が酷く取り乱してしたので、彼女に付き添って落ち着かせることにして部屋を出た。

「祐一が……仮面ライダーが負けるなんて……信じられないよ」

 今は落ち着きを取り戻しているが、一番ショックを受けたのは名雪だった。血みどろで舞に背負われ、意識の無い祐一を見た自分の目
が信じられなかった。余りの出来事に駆け寄って声をかける事も忘れて、皆が動くのを呆然と見ていた。名雪にとって祐一は、時折自分
をからかうがいつだって優しく、強くて頼れる存在だった。そして仄かに想いを寄せる相手でもある。

「考えられない事じゃ無いわ」

 名雪の呟きを受けて口を開いたのは香里だった。彼女もまた大きなショックを受けていたが、普段の明晰な知性は曇っていなかった。

「香里?」

「カノンのヤツらだって馬鹿じゃないわ。今までの怪人との戦闘データからライダーの力を研究しているはずよ。ライダーの力に対抗、
 或いは上回る怪人を創り出したっておかしくないわ」

 だが理性が判断しても、感情はそうは行かなかった。香里も祐一の事を想っているのだから。名雪が先に取り乱していなかったら、
そして妹の死を看取った経験がなければ、彼女も取り乱していただろう。これは今ここにはいない美汐にも言えた。

「悔しい事だけどね……」

 その時、リビングのドアを開けて美汐がやって来た。その後ろに佐祐理が続く。二人とも顔には疲労が滲み出ていた。

「美汐ちゃん。祐一は?」

「はい、大丈夫です。川澄先輩も」

 言いながらソファーに座る。佐祐理も隣に腰を下ろした。

「でも、今は眠っていますから会いに行くのはやめた方が良いですよ」

 佐祐理に言われて、部屋を出て行こうとした名雪は一度浮かした腰を下ろす。

「……私達、これからどうしたら良いの? 祐一が負けちゃって、これからどうすれば良いの?」

 名雪の言葉が全員に重く圧し掛かる。香里は何か考えていたが、やがて口を開く。だがそれは名雪に答える為ではなかった。

「秋子さんは?」

「秋子さんは後片付けと、残って舞と祐一さんを看ています。私達には、もう遅いから休むようにと」

 佐祐理が答えると香里は頷いてから立ち上がり、皆に告げるように話した。

「そうね……もう遅いし、休ませてもらいましょう。ほら名雪もよ。大体貴女がこんな時間まで起きてるなんて……」

「香里! 香里は祐一の事が心配じゃないの!?」

 祐一を見捨てたかのような発言に名雪は驚き、そして親友に怒りすら覚えた。だが香里はいつものように冷静に、名雪に答えた。

「心配よ。だからこそ休むのよ」

「え?」

 香里の発言の意味が分からなかった。美汐も佐祐理も同じだった。

「相沢君も、川澄先輩も助かって今は眠っている。だったら私達が今ここに居ても出来る事は何も無いわ、違う?」

「それは……そうだけど、でも!」

「相沢君がああなっている以上、貴女は……いいえ、私達全員は休んで万全の状態で居る事が必要なの……ねぇ名雪、私達が今ここに 
 居るのは何の為?」

「え……それは」

 突然の香里の質問に、名雪は答えが出せなかった。「祐一が心配だから」が答えとして浮かんだが、今までの事から、これは香里が
期待するものとは違うと分かっていた。香里が望んでいるのはもっと根本的なもの。それは……

「それは……」

「カノンと戦う為、ですよね」

 答えたのは美汐だった。香里の発言の意味を理解したのか、その顔には決意が浮かんでいる。

「佐祐理だってそうですよ。舞と祐一さんと一緒に居るって決めたんですから……先程の名雪さんの「これからどうすれば良い?」
 の答えは「カノンと戦う」ですよね? 香里さん」

 次いで佐祐理も発言する。笑顔の中にも強い意思が見て取れる。佐祐理の答えを頷いて肯定すると、香里は話を引き継いだ。

「仮面ライダーを、相沢君を支える。彼と一緒に戦うって決めたんでしょ、私達は。だから相沢君が傷ついて戦えない以上、私達が戦
 わなくちゃいけないのよ。そりゃ、私達には仮面ライダーのような力なんて無いから怪人はおろか、戦闘員とだってまともには戦え
 ない。でもだからって、ただ手をこまねいているなんて出来ないわ」

「香里……」

「それとも何? 名雪は相沢君が負けたらもうそこでカノンとの戦いを諦めるの? 貴女の決意ってその程度だったの? それでも
 良いけどね。私達だけじゃロクな抵抗も出来ずに殺されてしまうでしょうから。でも私は最後まで諦めない。死んだってヤツらの
 思い通りにはならないわ」

 一気に言い終えた香里は名雪を見る。名雪は俯いたままじっと何かを考えているようだった。香里は名雪に気付かせる為にあえて
酷い事を言った。もしかしたら名雪はこのまま立ち直らないかもしれない、一瞬そう思ったが香里は名雪を信じ、名雪は親友の気持
ちに答えた。

「諦めないよ……私は、祐一を支えるって、祐一と一緒に戦うって皆よりも早く決めたんだもん。私だってカノンと戦うよ!」

「名雪」

「香里、ありがとね。思い出させてくれて」

 かつて、祐一から父の事を聞かされたときの事を思い出していた。その時の気持ちに変化の無い事を確かめるように、そして
皆を励ますように「ふぁいとっ、だよ!」と明るく言った。

「相沢さんは……」

 全員が戦う決意を再確認した所で、美汐がポツリと呟いた。小さな声であったが、部屋にいる全員に聞こえた。

「相沢さんは、どうされるのでしょうか?」

 それは全員の気持ちを代弁していた。詳しい事は舞から聞いてないので不明だが、祐一の状態から見るにおそらくは怪人に完敗した
のだろう。そんな祐一が再びカノンと戦おうとするだろうか? 身体の傷は癒えても心が折れてしまったら? 祐一の、仮面ライダー
の事は信じたい。自分達だけでも戦うとは言ったがやはり……。

「負けないよ……祐一は絶対に諦めないよ」

 名雪は自分が先程示した決意以上に、ハッキリと言った。

「祐一だって……ううん、祐一が一番辛い思いをしてるんだもん。お父さん、祐一の家族、栞ちゃん、北川君、真琴ちゃん。それに
 きっと川澄先輩の事だって祐一は気にしてる。そんな祐一が、簡単に諦めるわけ無いよ。きっとカノンとの戦いを続けるよ。私、
 信じているもん!」

 名雪の言葉を聞いて、香里達は苦笑した。何のことは無い、自分たちも大事な事を見落としていたのだ。相沢祐一という青年の意志
の強さを。彼はきっと立ち上がる。自分たちもそれを支え、共に戦っていこう。

「舞だってそうですよ。きっとカノンとの戦いを続ける筈です」

 佐祐理の言葉に、三人は再び頷く。彼女だってこれから共に戦う仲間なのだから。

「そうと決まればもう寝ましょう。……あっそうそう名雪、相沢君はあんな状態だから明日は自分で起きるのよ」

「え? 祐一の代わりに香里達が起こしてくれるんじゃないの?」
 
「名雪、確かに私は言ったわ。『相沢君が傷ついて戦えない以上、私達が戦わなくちゃいけないのよ』って。でもね、相沢君が
 傷ついて貴女を起こせない以上、私達が貴女を起こす……事は出来ないわ。こればっかりは無理よ」

「そうですね……」

 香里と美汐の発言に、名雪はガクリと項垂れた。

「はぇ〜、噂には聞いていましたけど、そんなに酷いんですか?」

 実情を知らない佐祐理の言葉に、名雪の心は益々絶望に侵されていく。

「ど、努力はするよ……」

 少女達の苦笑でありながらも明るい声が、リビングに響いた。



「……」

 その声を秋子は、リビングのドアの前で聞いていた。美汐達からそれほど時を置かずして秋子も戻ってきていたが、ドアを開けよう
とした所で香里達の話し声が聞こえたのでそのまま会話を聞く事にしたのだ。

「(あの娘達、強いわね)」

 仮面ライダーの敗北にもめげず、立ち直ってくれて嬉しく思う反面

「(また、あの娘たちを戦いの中に放り込んでしまう)」

 とも思っていた。

「(なら、せめて……)」

 あの娘達の力になれる事をしよう。秋子はリビングに入ろうとはせずに、黙ってその場を離れた。


                         ★   ★   ★


 カノンのアジト

『アルマジロングよ、仮面ライダーを倒せずに取り逃がしたそうだな』

 指令室に首領の冷たい声が響く。聞けば誰しも恐れ、跪くであろう首領の声にもアルマジロングは平然としていた。

「お言葉ですが首領、奴の事など気にする必要はありません」

『仮面ライダーを甘く見るな。ヤツには今まで数多くの計画を潰されてきたのだ』

 首領の声に苛立ちが混じっていた。

「もし再び刃向かってきたとしても、今度こそ止めをさしてやれば良いだけの事」

 ライダーの必殺技を悉く打ち破った自分の能力に絶対の自信を持っているのか、怪人に恐れる様子は無い。

『よかろう……アルマジロングよ、今度こそ仮面ライダーの息の根を止めるのだ。ヤツを倒し、そして今計画中の作戦が完成の暁
 には、お前をカノンの幹部としよう』

「ハハッ! 必ずや仮面ライダーを抹殺してご覧にいれます」

『その言葉、忘れるなよ』

 それを最後に、レリーフから光が消えて首領の声もしなくなった。その後、部屋を出ようとしたアルマジロングの前に二体の怪人が
立ち塞がる。蜘蛛男と蝙蝠男だ。

「ギギギ……カメンらいだーニ、ニゲラレタ、ヨウダナ……」

 酷く不鮮明な声で蜘蛛男がアルマジロングを馬鹿にしていた。蝙蝠男もそれに追随する。

「グググ……ショセンハ、シンザンモノ……つめガ、アマイ、ナ……」

「「ガガガ……」」

「黙れ」

 アルマジロングは、両手でそれぞれの首を掴んで怪人達が笑うのを封じると、そのまま壁に押し付けた。

「「グ……グァ……」」

 蜘蛛男達はアルマジロングの腕を外そうともがくが、怪人の腕は爪を立ててもピクリとも動かず、余計に自分の首が閉まる。

「キサマ達はその仮面ライダーに倒されたんだろうが。そして首領の情けにより再生されたんだぞ。再生といっても改造手術のデータ
 を元に新しく作られたいわばコピー品、それも粗悪な代物だ。そのキサマ達が偉そうな事を口走るな!」

 言い終えると同時に二人を放り出した。床に放り出された蜘蛛男達だったが、アルマジロングに襲いかかろうとはせず、顔だけを
向けて怪人を見上げていた。

「フン……大人しくこの俺に従え、いいな!」

 言い残して一瞥をくれると、アルマジロングは振り向きもせずに指令室を出て行った。

「(仮面ライダー、必ずお前を……)」


                         ★   ★   ★


 翌朝・水瀬家
 表面上はいつも通りの朝がやって来た。秋子達は朝食の支度をしている。佐祐理もまた、怪我をした腕でそれを手伝っていた。

「おはようございまふぅ〜」

 朝食の準備も終わり、さてこれからどうやって名雪を起こそうか相談を始めた所で、ダイニングのドアが開き、当の本人である
名雪が入ってきた。眠そうな声と顔をしてはいるが、ちゃんと目覚めているようだった。

「「「「な、名雪(さん)!?」」」」

 皆の反応は様々だった。秋子と美汐は先日に引き続いて、朝練でもないのに自力で名雪が起きてきたことに驚き、名雪の部屋へと
確認に走った。香里は目の前に立つ親友の姿を幻覚か、或いは自分はまだ夢の中かと思い目をこすったり、目の前で手を握ったり開
いたりしてる。佐祐理は、この事がどれほど珍しい事かまだ良く分かっていないのか、皆の様子をハテナ顔で見つめていた。
 そして名雪は、

「う〜、みんな酷いよ……」

 といって頬を膨らませて拗ねていた。



「さて、今日は余裕をもって登校出来るわね」

「そうですね」

 朝食を終えた香里が時計を見ながら席を立つと、美汐と名雪もそれに従った。昨夜祐一達とカノンとの間で戦闘があったから
休校になるかと思われたが、そのような連絡は無かった。たとえ休校になったとしてもカノンに付いて何か手掛かりを得ようと
学校には行くつもりだった。いまだ拗ねている名雪を宥めた秋子は穏やかな表情を改めると、名雪たちに注意した。

「わかっていると思うけど、昼間の学校で他の生徒達も居るとはいえ充分に気をつけるのよ」

「うん」

「何か見つけても決して深追いしては駄目。必ず連絡をしてね」

「わかりました」

「大丈夫です、秋子さん」
 
 玄関まで見送りに来た秋子に、美汐と香里も返事をする。

「皆さん、気をつけてくださいね」

 ついで佐祐理が声を掛けた。佐祐理は三年生であり、今の時期は三年生は自主登校になっていたので無理に登校する必要は無かった。
加えて、自身の怪我と未だ目を覚まさない祐一達を看る為に、今日は休む事にしたのだ。

「「「行ってきます」」」

「「行ってらっしゃい」」


                         ★   ★   ★


 学校・校門前

「みんな普通に登校していますね」

 美汐が指摘した通り、朝の登校風景に変わった所はなかった。しかし、その風景も学校に来た途端に変わっていた。生徒達が
騒いでいるのがその原因だった。

「何かあったのかな?」

「おそらく、昨夜の戦いの事でしょうね」

 名雪の疑問に答えた香里は原因を確かめようと足早に歩いて行き、名雪と美汐もそれに従った。校門から昇降口へと歩いていく間に
周りの生徒達の話に耳を傾けていく。

『校門前にバイクが置かれていた。それは三年の川澄先輩と倉田先輩の物らしい』

『中庭の木の枝が何本も折れていた。また校舎の窓ガラスが大量に割られ、壁には大きな傷が付いている』

『屋上の床がひび割れている。あと落下防止用のフェンスが壊されている』

 そんな話を聞きながら靴を履き替え、美汐と別れると教室に向かった。途中、中庭の様子も見ていく。屋上のフェンスが垂れ下がって
いたり、常緑樹の枝が折れてその根元に大量に落ちている。校舎の壁には大きな傷跡が残され、割られた窓ガラスのあった所にはベニヤ
板が嵌っていた。

「酷いものね」

「うん」

 着いた教室でも、校舎の破損の話題で持ちきりだった。名雪達の所にもクラスメイトがやってきて噂話を始めた。名雪達はそれに答え、
時には惚けて見せたりしていた。

「そういえばさ、相沢君はどうしたの?」

「え、あ……祐一は……」

「今日は休みよ。風邪引いたらしいわ。ね、名雪?」

「う、うん。そうなんだよ」

 答えに詰まった名雪の代わりに香里が答えた。香里の「話を合わせなさい」という視線に気付いた名雪も返事をする。質問した
女子生徒はそのやり取りに気付かなかったのか、それ以上突っ込んだ質問はしてこなかった。

「席に着けぇ! HR始めるぞぉ!」

 石橋が教室に入ってくると、噂話に興じていた生徒達が慌てて自分の席に戻った。全員が席に着いたのを見て日直が号令を掛ける。
 号令が終わると石橋が出席を確認する。

「おぉっ! み、水瀬が来ている!?」

『あっ!?』

 その事に初めて気が付いたのか、クラス中(香里除く)も驚きの声をあげた。

「先日に続いて又しても……ん? 相沢はどうした?」

「あ、祐一は……風邪でお休みです」

「そうか、珍しいこともあるもんだな」

 出席簿に記入しながら言った。それ以上は追及しようとはせずに、石橋は伝達事項を伝えていく。

「お前達も見たから知っていると思うが、昨夜何者かが校舎に侵入して、窓ガラスを割ったり、屋上を破壊した者が居る。何か心当たり
 があれば直ぐに知らせるように。それから、校舎の一件に関係あるかもしれんが、校門前に三年の川澄と倉田と言う生徒のバイクが
 放置されていた。で、その二人……川澄の方は昨日の朝からだが行方不明だ。こちらの方が重要だ。一応家に連絡はあったらしいが
 今何処にいるかは分からん。なので何か知ってたらすぐ知らせるように」

 石橋が一旦話を終えると、又しても教室がざわつき始めた。

「香里……どうしよう?」

 名雪が困惑した様子で言ってくる。一連の出来事について何か知っているどころではなく関係者で、しかも二人は今自分の家にいる。
その事が名雪に後ろめたさを感じさせていた。

「別に悪いことをしている訳じゃないわ。黙っていても問題無いわよ」

「そうだけど……」

 香里ほどポーカーフェイズに徹しきれない名雪は香里の言葉を聞いても後ろめたさを拭いきれないでいた。

「色々追及されても面倒だしね」

「ウン、そうだね」

 今度は小声で名雪に言うと、彼女も納得した。教室内は未だざわついていたが、石橋は生徒達に軽く注意をしてこれを黙らせると別の
事を話し出した。

「……明日の舞踏会の準備もあるから、今日は半日授業だ。係になっていないものは、校舎の一件もあるから早く帰るように」

「先生、舞踏会は中止じゃないんですか?」

 てっきり中止かと思っていた生徒から質問の声があがる。

「ああ。会場となる体育館は無事だったから予定通り行われる、とのことだ」

 それを聞いて、舞踏会を楽しみにしてた生徒たちからは安堵の声が出た。その後、いくつか伝達事項を伝えてHRは終了した。


                         ★   ★   ★


 放課後
 あれから何事も無く時間は進み、本日最後の授業終了を告げるチャイムが鳴る。教科担当の教師が退室すると、教室は何時もと同じ
ような喧騒に包まれるが、舞踏会が楽しみだと話し合う者、準備が面倒だと愚痴を零す者もいて、いつもとはまた少し雰囲気だった。

「香里、行こっか」

 今日は部活も無く、別に用事も無い為にあとは帰るだけなのだが、名雪がそんな事を聞いてきた。

「そうね。あまり時間は無いけれど」

 二人はこのまま大人しく帰るつもりは無く、昨夜の事を調べるつもりだった。カノンがこの学校を拠点に何か企んでいるのは間違い
無い、だから何かしらの手掛かりを見つけようとした。二人が荷物を纏めて美汐の教室に行こうとした時に校内放送が入る。

『二年A組の美坂香里さん、水瀬名雪さん。放課後、生徒会室まで来てください。繰り返します、二年A組の……』

「何だろうね?」

 自分達が呼ばれる事に心当たりの無い名雪がそんな疑問を漏らす。香里も心当たりなど無い為に名雪の疑問には答えられない。

「まぁ、行ってみるしかないでしょうね」

 支度を終えた二人は、何事かと聞いてくるクラスメイトたちに適当に答えてから、教室を出た。途中、美汐と合流するとそのまま
生徒会室へと向かう。待っているという美汐を残して、名雪と香里は生徒会室のドアをノックして中に入る。

「「失礼します」」

 中は昨日祐一が入った時以上に慌しくなっていた。そんな中、一人の役員を捕まえて事情を話すと、奥の会長室へ行ってくれと
教えられた。案内通りに奥へと進み、会長室の戸の前に来るとノックをする。中から了承を得たので二人が中に入ると、机で書類整理を
している久瀬が顔だけを向けてきた。

「ああ、態々呼びつけてすまない」

 入ってきたのが名雪達だと分かると、作業の手を止め、座るように促す。二人が言われるままに席に着いた所で久瀬が話を始める。

「なにぶん明日のことで忙しくてね。それになるべく人のいない所で話をしたかったんだ」

「校内放送で呼び出された時点で内密も何も無いと思うけど?」

「その辺は上手く誤魔化してくれるのを期待しているよ」

 香里の皮肉に、久瀬は苦笑しつつ応じる。

「で、何の用かしら? 私達も貴方達程じゃないけど、忙しいのよ」

「相沢君の事だ。本人から事情を聞きたかったんだが、今日は欠席しているそうじゃないか。それで彼と親しい君達に来てもらった
 という訳なんだ」

「祐一がどうかしたの?」

 名雪は交渉事が不向きだと自覚していたので、香里に任せて自分は黙っていたが、話が祐一の事に及んだのでつい口を出した。

「実は、彼を退学にしようかと思っている」

「「えっ!?」」

 冷静に告げる久瀬とは対照的に、名雪も、いままで冷静にしていた香里も驚いた。

「なっ、それってどういうことよ!?」

「そうだよ、祐一が退学だなんて、そんな!?」

 香里も名雪も立ち上がり、久瀬の机を叩きながら激しく問い詰めた。

「落ち着いてくれないか」

「これが落ち着いていられる!?」

「とにかく、説明するから落ち着いてくれと言っている」

 激昂する香里達に詰め寄られても久瀬は変わらず冷静さを保っていた。暫くして話だけは聞く気になったのか、名雪も香里も机から
離れて座りなおした。

「じゃあ聞かせてもらいましょうか。何故相沢君が退学になるのか」

「ああ。でも君は勘違いしているよ。彼とそれからもう一人、三年の川澄さんの退学はまだ決定じゃない」

「どういう事……って、川澄先輩もなの?」

「ああ、そうだ。本人達と話をしたかったんだが、今日は二人とも来ていないのでね。オマケに川澄さんと親しい倉田さんも今日は
 休みだそうじゃないか。しかも行方が分からないときている」

「それは一先ず置いといて。で、どうして退学がどうこうって話になるのかしら?」

 焦れたように香里が言う。

「校舎の窓ガラスが割られたり、屋上のフェンスが壊された一件は知っているね?」

「えぇ……」

「その犯人が他ならぬ相沢君と川澄さんの二人だったとしたら?」

「「!!」」

 その言葉に二人は言葉を失った。

「ど、どうして……」

「どうしてそうだと思うの?」

 「どうしてその事を知っているのか?」と言いそうになった名雪を遮って香里が惚けたように聞く。ついでに名雪に「ここは任せて」
と視線で訴えた。

「川澄さんはここ最近校舎に忍び込んでいる。今朝は彼女のバイクが校門前で見つかっている。さらに彼女は昨日から学校に来ていない。
 そして相沢君は彼女と親しい。その相沢君も今日は学校に来ていない……これだけ証拠が揃えば充分だと思うが?」

「全部状況証拠でしょ」

 香里のそのセリフは予測済みだったのか、久瀬の態度に変化は無い。

「目撃者がいるんだよ」

「誰よ?」

「僕だ」

 目の前の久瀬という男は、悪意を持って人を貶めたりする人物ではない。香里はそう評価していた。その久瀬が見た、と言うのだから
それは事実だろう。尤も、祐一達が昨夜学校に居たのは確かな事実だが。

「実は昨日、相沢君に「川澄さんを止めて欲しい」と頼んだんだ。彼女が夜の校舎に忍び込んでいるのは確かだからね。しかし彼だけに
 任せておくのも悪いと思ったから僕も昨夜学校に行ったんだ。そしたら丁度、校門前で相沢君達を見かけたんだ。彼等は直ぐにそこを
 離れたんだが、相沢君は誰か背負っていたようだった……おそらくあれは倉田さんじゃないかと思う。彼女のスクーターも校門の前に
 残されていたからね」

 そこまで言い終えると香里達に理解させる為なのか、久瀬は一旦話をやめた。

「それだって状況証拠よ。久瀬君が見たのは相沢君が校門前に居たって所だけでしょ。実際に窓ガラスを割ったり、屋上のフェンスを
 壊しているのは見たの?」

 香里の質問に久瀬は首を振った。

「確かに僕が見たのは彼等が校門前に居た所だけだよ。だけど現時点では彼等が一番怪しい」

「怪しい、とは言ってるけど、その様子じゃ彼等が犯人だと決め付けているわね」

「仕方ないさ。決定的な物が無いとは言え、出てくる証拠が全て彼達に不利な物ばかりだ。しかし驚いたよ。川澄さんを止めてくれと
 頼んだ相沢君が、彼女と一緒に行動するなんて」

「そんな! 祐一は……」

「違うと言うのかい? まぁその辺りの事を彼等に確かめたかったんだが、生憎と休みときている……水瀬君」

「え、わ、私?」

 名雪は、突然自分に話が振られた事に驚いた。今までの会話を聞かなかったわけでは無いが、すっかり香里に任せきっており、
自分は祐一達の事を心配していた。

「相沢君は君の家に居候しているね。だったら何か気が付かなかったかい? 昨夜の彼の行動は? 彼は本当に風邪で学校を休んで
 いるのかい? それに、川澄さんと倉田さんも君の家に居るんじゃないか?」

「え、えっと……」

「そんなに一度に聞かれても答えられないわよ」

 どう答えるべきか迷っている名雪に、香里が助け舟を出す。それで名雪も落ち着いたのか、どうにか久瀬に答えた。

「う、うん……何も気が付かなかった……私、早く寝ちゃったから……川澄先輩の事も……知らない」

 名雪は本来、優しくて嘘のつけない性格だ。いくら秘密を守るためとは言え、嘘をつくのは心苦しかった。その事が言動に表れて
いたが久瀬は気にも留めなかった。

「私も知らないわ。貴方の事だから、名雪の家にも電話して確認しているでしょ?」

「ああ。水瀬君の母親から聞いたよ……そうか、彼は本当に休んでいるのか」

 香里の皮肉めいた問いにも久瀬は臆する事無く答えるが、言葉の後半は自分に言い聞かせるような呟きになっていた。

「……まぁそんな理由から、彼等の退学処分を検討するに至った訳だよ。もし彼等が犯人ではないなら、少なくとも退学処分は
 考えて無い。だが事実なら退学も含めて何らかの処分をしなくてはいけない」

「この事、先生達は?」

「相沢君の一件は、まだ教師達には話していない。話せば何かと理由をつけて生徒会に介入してくるからね。何れ教師達の耳にも入る
 かもしれないが……」

「そうなる前に自分達で解決しようって事?」

「そういう事」

 教師達と生徒会の関係は学校の生徒なら知っている事なので、簡単な会話で香里達は事情を察した。だからといって納得できるものでも
無かったが。

「僕だって好き好んで彼等を処分する訳じゃない。彼等が今回の一件に無関係ならそれで良いんだ。尤も川澄さんが夜に歩き回っている
 のは事実だからそれは止めさせたいが……とにかくだ、相沢君が学校に来たら話を聞きたいんだよ。君達には彼にそのことを伝えて
 欲しい」

「良いわ。話はそれで終わりかしら?」

「ああ。後は……水瀬君」

「え? な、何?」

 話が終わったので立ち上がり、部屋を出ようとした所で名雪に声が掛けられた。また何か祐一達の事で聞かれるのでは? と思った
名雪が尋ねたが、久瀬は先程とは関係のない事を話し出す。こちらはさっきの話程深刻でも無いのか、久瀬の口調は苦笑交じりだった。

「朝の遅刻ギリギリの件、何とかして欲しいんだが?」

「う……ど、努力はしているんだよ」

「相沢君も同じ事を言ってたが……まぁ、成果を見せてくれるとありがたいな。話は以上だよ、態々すまなかったね」

 今度こそ話は終わりとばかりに、久瀬が書類に目を通し始めたので、香里達も会長室を出て行った。その後は、待っていた美汐に
事情を話し、校舎を見て回ったが、屋上と中庭は立ち入り禁止になっていた。これ以上詳しく調べる事も出来ないので名雪達は帰る
事にした。


                        ★   ★   ★


 水瀬家

「そうだったの……それで電話が掛かってきたのね」

 秋子はリビングで香里達の報告を聞いている。今日は店を臨時休業にしており、秋子と佐祐理は祐一達を看ていた。

「はい。あと屋上と中庭は立ち入り禁止になっていたので調べられませんでした」

「それよりお母さん、祐一達は?」

 香里の報告が終わるのももどかしく、名雪が勢い込んで尋ねた。立ち上がり、状況次第では直ぐにでも祐一の所に駆けつける
つもりでいた。

「二人ともまだ眠っているわ」

 秋子の言葉に、名雪は一応の落ち着きを取り戻して座りなおす。だがその顔には落胆の様子が見て取れた。

「あと、もう一つ気になる事があったんですが」

 暫く沈黙が続いたが、佐祐理が遠慮がちに話し出した。

「何でしょうか?」

「今朝のニュースでやってた事なんです。美汐さん達も学校で聞いたかもしれませんが」

 それは、今朝方全身の血を抜かれた女性と、骨を砕かれた三人の男性の遺体が発見された、というものだった。

「そういえば、そのような話も聞きました」

 言われて美汐は、校舎の破損の話題が主だった中で、その話もされていた事を思い出す。しかし校舎の一件を考えていたので今まで
忘れていた。それは名雪も香里も同じであったので、美汐に続いて頷く。

「男性の事件の方はともかく、血を抜かれたっていうのは、前にもあったわね」

「うん、それはカノンの蝙蝠男の仕業だったんだよ。でも蝙蝠男はライダーが倒したし……」

「また現れたのでしょうか? それとも学校の怪人がやったんでしょうか? 佐祐理さん、学校に現れたというのはどのような怪人
 かご存知ありませんか?」

「すいません、佐祐理は怪人を見ていないんです。舞か祐一さんなら知っているんですが」

 美汐に問われても、佐祐理はただ首を振るだけだった。暫く沈黙が続くか、それは誰かがリビングに入ってきた事で破られた。

「学校に居たのは、アルマジロさんの怪人」

「舞!?」

 リビングのドアを開けて入ってきたのは、パジャマ姿で各所に包帯を巻かれ痛々しい姿の舞だった。しっかりした足取りで歩いて
いるが、佐祐理が手を貸して自分の隣に座らせた。

「舞、大丈夫なの?」

「はちみつくまさん」

 舞の返事を聞いて佐祐理は安心したが、それ以外の秋子達には舞の言葉の意味が分からなかった。それを察した佐祐理が説明をする。

「あ、はちみつくまさんというのは『はい』という意味で『いいえ』はぽんぽこたぬきさんです。昔、祐一さんに教えてもらった
 そうなんです」

「そ、そうなの……それで舞ちゃん、昨日何があったか詳しく教えてもらえるかしら?」

 いち早く立ち直った秋子が質問すると、舞は昨夜怪人と戦ったときの出来事を語った。元々無口なので余計な事は言わずに事実だけを
淡々と話した。

「……ごめんなさい」

 一通りの説明を終えると舞は、皆に向かって頭を下げた。

「私が先走ったからこんなことになって……私を庇ったからライダー……祐一が怪我をした」

 舞は昨夜の事で自分なりに責任を感じていた。自分が怪人の挑発にのったりせずに冷静に行動していれば祐一は怪我をしなかった
かもしれないと思っていた。

「私、川澄先輩の気持ち分かるよ」

 名雪は舞を責めずにそんな事を言った。

「私だって大切な人を傷つけられたら、きっと川澄先輩と同じようになると思うから。祐一だって、川澄先輩を責めたりしないと思います」

 名雪の言葉に香里達も頷き、誰も舞を責めるようなことは一言も言わなかった。

「みんな……ありがとう」

 舞は再び頭を下げる。頭を上げた舞と目が合った秋子が質問をする。

「舞ちゃん……貴女はこれからもカノンと戦う覚悟はありますか?」

「はちみつくまさん。私は……魔物を討つ者だから」

 舞は、秋子の質問に躊躇う事無く答えた。その目には以前と変わらぬ決意が込められている。

「舞……」

「佐祐理……佐祐理も、皆も私が守るから。……佐祐理、今まで言えなくてごめん」

「ううん、良いんだよ。……これからは佐祐理も舞の事を助けるから」

 そう言うと、二人は笑いあう。以前の仲の良い二人に戻れたのをお互いに感じ、それは他の者達にも伝わっていた。

「そろそろお昼にしましょうか」

 和やかな空気の中、秋子がそう言って席を立つと皆も釣られたように動き出す。そして和やかな雰囲気のまま昼食も終わり、今後に
ついて話し合った。

「今日はこれからどうしますか? 事件のあった所を調べに行きますか?」

 お茶を飲みながら、美汐が提案したが、香里達は頷かなかった。

「そうするつもりだったけど、既に警察が調べて回っているだろうから止めておいたほうが良いわね。そんな所へ出て行って、怪しい
 人物として事情を聞かれても厄介だし。それよりはゆっくりと休んでいた方が良いかもね」

「そうね。皆は昨日は殆ど休んでいないでしょう?」

 香里の考えに秋子も同意した。美汐も同じような考えだったので素直に秋子達に従った。あくまで確認の意味で軽く尋ねただけだった。

「それより明日よ。舞踏会の最中は校舎内に人気が無くなるからチャンスね」

「カノンが舞踏会の会場で何か企んでいるという事は無いでしょうか?」

 佐祐理の疑問に香里達も考えた。もしそうなら参加している生徒達が危険な目に遭う。

「……舞踏会に参加して見張れば良い。校舎の方は私が調べるから」

「舞?」

「私一人なら見つからずに行動できる。皆は体育館の方をお願い。何かあったら直ぐに行くから」

 校舎内は人気が無いとは言え、昨日の一件があったから何かしらの警戒措置が取られている可能性が高かった。それにカノンの連中が
うろついているかもしれない。学校側の監視とカノン、この二つの目をすり抜けて調査するには舞の運動能力が役に立つ。

「怪我は良いんですか?」

「はちみつくまさん。大分回復したから問題ない。今日一日休めば大丈夫……私は皆とは違うから……」

「……分かりました。川澄先輩、お願いします。体育館は私が」

「香里、私も行くよ。佐祐理さんは怪我もしているからここに残ってもらうとして、美汐ちゃんもここに残って」

「名雪さん、私も……」

 名雪の提案に美汐が反論しようとしたが香里に遮られた。

「そうね、ここにヤツらがやってくるかもしれないし、相沢君のことも看ていないとね。美汐さん、お願い」

「分かりました。私は舞踏会に参加届けを出していませんでしたし。でも何かありましたらそちらに駆けつけますから」

「じゃあ、明日学校に行くのは私と名雪と川澄先輩……」

「……」

 香里が話をまとめて、舞の名を呼んだときに舞から何か言いたげな視線を感じた。

「あの、川澄先輩……何か?」

「舞」

「え?」

「舞で良い。皆佐祐理を名前で呼んでいるから、私の事も舞で良い」

「えっと……舞さん。私達の事も名前でお願いします」

「はちみつくまさん。……秋子さん」

 部屋を出ようとした秋子を舞が呼び止めた。

「何かしら?」

「砥石があったら貸して欲しい。刀を砥いでおきたいから」

 舞の刀は度重なる戦闘等で多くの刃毀れが生じていた。僅かな時間で研ぎ上げられる筈も無いが、出来うる限りの事をしたかった。
更には寝刃を合わせるつもりだった。寝刃を合わせるというのは砥石で刃の部分をざらざらにすることである。刃はざらざらになる
ことによって摩擦力を強くする。これにより滑らかな刃よりも切れ味を増すのだ。
 秋子は頷くと、舞を案内して部屋を出ていく。明日に備えて今から休む、準備を行う等、各自必要と思われる事を行って過ごして
いった。


                         ★   ★   ★


 翌早朝・水瀬家
 未だ朝日の昇らぬ時間、離れの一室で祐一は目が覚めた。

「ん……」

 意識がハッキリしない祐一の目に飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。ここは何処なのか? 自分が何故ここにいるのか?
まずそれらが頭に浮かぶ。やがてここが何処か理解すると次の疑問が頭に浮かぶ。それにつれて意識もハッキリとしてくる。

「俺は一体……」

 祐一の意識の最後にあったのは、舞に背負われてサイクロンで学校から脱出した所までだった。自分が水瀬家に着いていて、手当て
もされていることから、どうやら助かったようだ。舞も無事だろうと判断する。しかし姿が見えないので確証は無い。

「舞は? それに皆は……」

 言いながら身体を起こす。所々に痛みは残るものの、祐一自身の回復能力と手当ての甲斐があってか動かすのに支障は無かった。
とりあえず部屋から出ようとした時、ドアが開いて秋子が入ってきた。

「祐一さん、目が覚めたんですね!」

 祐一が起き上がっているのを見た秋子の顔が安心と喜びに満ちたものになった。秋子はそのまま祐一の元へと駆け寄って怪我の具合を
確かめた。

「大丈夫ですか?」

「所々痛みの残る所はありますが、平気ですよ」

 祐一はそう言って笑いかけると、自分が意識を無くしていた間の事に付いて聞いた。

「俺はどうしてここに? あれからどれ位時間が経っているんですか?」

「この家まで祐一さんを運んできたのは舞ちゃんです。彼女も家に着いた途端に気を失ってしまって……あ、でも大丈夫ですよ。彼女は
 祐一さんより軽傷だったので今はもう目が覚めています」

 秋子の説明を聞いて、祐一はあれから丸一日以上眠っていた事を知った。

「……それで、皆は?」

「今はまだ眠っています。あの娘達は、あれから殆ど休んでいませんから」

「そうですか……」

 名雪達だけでなく、自分の手当てをする為に秋子も殆ど休んでいないだろう。祐一はそう思っていた。不意に秋子が神妙な面持ちで
祐一に話しかけてきた。

「祐一さん……舞ちゃんから聞きましたけど……」

 あの夜の戦いの事を言ってるのは直ぐに分かった。祐一は素直に負けを認めた。

「はい、怪人に負けました……ヤツにはライダーの技がまるで通用しなかった」

 その時の事が思い出される。ライダーチョップ、ライダーパンチ、ライダーキック。幾多の怪人を倒してきた技のどれもが、あの
アルマジロングの防御力の前にはまるで無力だった。

「おそらく、他の技も通用しないでしょう……」

 そしてヤツの攻撃。咄嗟に後ろに飛んで威力を殺したものの、恐るべき破壊力を秘めていた。まともに食らえば自分は未だ立ち上がる
ことは出来ないだろうし、最悪死んでいたかもしれない。
 祐一はベッドに腰掛けたまま、握り合わせた己の両手をじっと見つめていた。秋子はそんな祐一を労わるでもなく、無表情とも取れる
顔で見つめていた。

「……諦めますか?」

「え?」

 秋子の呟きに祐一は驚いて顔を向ける。秋子は先程と同じ無表情とも思える顔のまま祐一に同じ事を言った。

「祐一さん、戦うのを諦めますか?」

「秋子さん……」

 それでも構わない、貴方は今まで良く戦ってくれました……秋子の顔はそう語っているようにも見えた。しかし祐一は首を振った。

「いえ、俺は諦めませんよ」

「祐一さん……」

「俺がここで諦めたら、本当に今までしてきた事が無駄になってしまう。それに、カノンの犠牲になってきた皆の想いも無駄にして
 しまう……だから俺は諦める訳には行かない、カノンとの戦いを止めるわけにはいかないんです」

 そう言って祐一は秋子に微笑みかけた。優しい顔ではあったが、その目に宿る決意に一点の曇りも無かった。それを見た秋子は
安堵すると共に、祐一の心を試すような真似をした自分を恥じていた。

「祐一さん、ありがとうございます……そして、ごめんなさい」

「秋子さん?」

 祐一は、何故秋子が頭を下げるのか分からなかった。秋子が自分を試しているのはなんとなく理解していたが、今秋子が頭を下げた
のはもっと違う理由があるような気がしたのだ。

「貴方を試すような事を言ってすいません。でも、祐一さん達が傷つくのを見たくない気持ちも本当なんです」

「秋子さん……」

「だと言うのに……また貴方を辛い戦いの中に放り込むような事を言ってすいません」

 それが秋子の本心だった。幾ら戦う決意をしたと言っても、実際に祐一が傷つくさまを見るのは辛かった。そして手当てをする度に、
祐一が通常の人間とは違う、改造人間だという事を思い知らされる。そして、その改造を施したのが他ならぬ自分の夫であることも。
 もう普通の身体に戻る事は出来ないが、せめて自由な生活を送ってもらいたかったがそれは出来ない。カノンがある限り祐一の、いや
全人類の自由などありえないから。

 秋子は頭を下げたまま、知らない内に涙を流していた。そしてその身体を、ベッドから起き上がってきた祐一に抱きしめられていた。

「え? ゆういち、さん?」

「秋子さん……心配してくれてありがとうございます。でも、俺のことを考えるのも、自分たちを責めるのも、カノンを滅ぼして
 からにしましょう。俺なら大丈夫ですから」

 言いながら、まるで幼子をあやすように秋子の頭を撫でていた。秋子はされるがままに、祐一にしがみつき涙を流していた。

「祐一さん、ありがとうございます」

 顔を上げた秋子の目には涙の後が残っていたが、顔は微笑んでいた。

「励ますつもりが、逆に励まされてしまいましたね」

「前にも言ったじゃないですか。俺も秋子さんを支えるって。支えあってこその家族だって」

「そうですね……それにしても祐一さん、大きくなったんですね。昔は私が抱きしめて頭を撫でていたのに、今はすっかり反対です」

「秋子さん」

「ふふふ」

 その微笑で、祐一も秋子も普段の自分に戻っていた。お互いに離れると真剣な顔になり、今後について話し合う。

「祐一さん、これからどうしますか?」

「なんとかあの怪人を倒す手立てを考えないといけません。でも今のライダーの必殺技ではあいつには通じないでしょう」

「では……」

「新しい必殺技を編み出してみようと思います。健吾さんが渡してくれたデータをみる限り、俺はまだ仮面ライダーの力を完全に
 引き出せていないようですから。それが出来ればきっとあの怪人を倒せると思います」

「これからですか?」

「はい」

 言うなり祐一は部屋を飛び出して自分の部屋へと行き、身支度を整え始めた。途中歩き回る音等が香里達の眠る部屋にも届いたが
疲れた彼女たちが起きてくる気配は無かった。支度を終えた祐一がリビングに行くとそこには秋子が待っていた。

「祐一さん、これを」

 秋子が持っていたバックを祐一に手渡した。中には弁当や様々なものが入っていた。祐一は礼を言って受け取る。

「祐一さん、何処で必殺技を編み出す特訓を?」

「ものみの丘に行きます。あそこなら丁度良い場所がありますから」

 以前ジャガーマン達との戦いで見つけた場所を思い描いていた。

「分かりました。気をつけてくださいね」

「はい。じゃ、行ってきます」

 部屋を出ようとした祐一だったが、ふと気になったことを思い出して秋子に尋ねた。

「あの……名雪達はどうしてますか? 俺が負けたことで……その……」

「あの娘たちなら大丈夫ですよ。皆祐一さんが居なくても戦うって言ってましたから。舞ちゃんも」

「……強いですね、皆」

「はい。それに、祐一さんは必ず立ち上がってカノンとの戦いを続けるって信じていますよ」

「そうですか」

「あの娘達に、祐一さんの無事な姿を見せなくて良いんですか?」

 部屋を出て行く祐一に秋子の声が掛けられると、祐一は振り返って答える。

「そうしたいのは山々なんですが、今は少しでも早くあの怪人を倒す方法を見つけたいんです。『俺はもう大丈夫だ。心配かけて
 悪かった』と伝えてください」

 言ってガレージに向かい、自分のバイクを出して跨る。バイクは完全に整備がなされており、いつも通りの力強いエンジン音を
朝もやの中に響かせた。秋子が祐一を見送りに外に出てきて、再び「気をつけてくださいね」と声を掛けた。

「はい……あ、それと秋子さん、もう一つ皆に」

「何ですか?」

「えっと、今日ってたしか舞踏会の日ですよね? それで……『一緒に踊れなくてすまない』と」

「ふふふ、そうでしたね。伝えておきますよ」

「じゃ、行ってきます」

「はい」

 祐一は秋子に見送られてバイクを走らせる。

「(俺は……カノンを滅ぼすまで倒れるわけには行かないんだ!)」

 その胸に、新たなる闘志を燃やしていた。




 続く




 あとがき

 こんにちは、毎度の挨拶と共にカノンMRS33話をお届にあがりました、うめたろです。

 ……やはりこれまた何時もの如くネタがありません……orz

 この後は舞編もクライマックスに向けての展開となっておりますので、お待ちいただければ幸いです。

 ……早い所、続きを書き進めないと。

 今回はこの辺で。最後に

 今回の話を掲載してくださった管理人様

 今回の話を読んでくださった皆様に感謝して今回の後書きを終わりにいたします。

 ありがとうございました。                            梅太呂

 

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