「良く来たな、川澄舞」

 舞が振り向いた視線のその先、舞が屋上へと出て来た階段室の上に、一人の異形が立っていた。そいつは屋上の床へと飛び降りて
ゆっくりと舞の方へと歩いてくる。舞いも刀を正眼に構えて対峙した。

「お前は、電話の……」

 声に聞き覚えがあった。佐祐理の携帯電話に掛かってきた自分を挑発し、学校へと誘い出した声。

「カノンの怪人?」

「そうだ。俺はアルマジロング」

 異形……カノンの怪人・アルマジロングが名乗ると同時に、周囲の陰に潜んでいた戦闘員達が現れて舞を取り囲んだ。

「最近この辺を嗅ぎまわっているお前の存在が邪魔なのでな、ここで死んで貰うぞ」

「何を企んでいるの?」

「これから死に往くお前が知る必要はない。戦闘員達よ、かかれ!」

「イーッ!」




                     Kanon 〜MaskedRider Story〜    
                             第三十二話       




 舞が校舎内に入った頃
 祐一もようやく学校の校門前に来ていた。だがあたりに人影はない。佐祐理のスクーターの側に舞のバイクが停められている。

「舞は既に中か」

 祐一もバイクを降りようとしたときに、柵の向こうから戦闘員達が現れた。

「イーッ!」

 戦闘員は柵を開けると、一斉にこちらに向かってくる。祐一は降りるのを止めて、エンジンを噴かすと戦闘員達に突っ込んでいった。

「邪魔だっ!」

 すれ違いざまの手刀で戦闘員を打ち倒す。間合いが充分に離れた所でターンして再び戦闘員達に突っ込む。それを何度か繰り返して
戦闘員達を倒していった。 

「イ゛ーッ」

 最後の戦闘員を倒した祐一は、近くの棟の校舎から窓ガラスが割れる音を聞いた。

「中庭か?」

 バイクに乗ったままそこに向かうと、戦闘員が倒れているのを見つけた。先程の音の正体は、この戦闘員が窓ガラスを突き破った
音らしかった。次いで何度も窓ガラスの割れる音が聞こえてくる。舞は戦いながら移動しているようだ。

 「舞はこの上か」

 バイクから降りて、校舎内へと入っていく。廊下を走っていく祐一の行く手に、切り倒された戦闘員達が転がっていた。舞が進み
ながらこれらを倒していったのだとすれば、この先に舞が居るはずだった。祐一は後を追って走っていった。

「この先は……屋上?」

 舞の居場所の予測がついた祐一は、一層足を速めた。屋上手前の踊り場まで来たとき、ここが舞達と昼食を食べた場所だと気付いたが、
今はその事に構わずに、屋上へと飛び出した。そこでは、舞が戦闘員たちに取り囲まれながら戦っていた。
 だが舞は向かってきた戦闘員を斬った後、ガクリと膝をついた。屋上の床に刀を突き立てて体が崩れ落ちるのを堪えている。

「カノン!」

 祐一は叫んでから走り出し、戦闘員達の注意をこちらに引き付けた。振り向いた戦闘員を殴り飛ばして包囲網の一角を崩して、舞の
元へと駆け寄った。

「舞、大丈夫か?」

「……」

 舞は祐一に答える余裕も無いほど疲弊していた。新たに幾つかの傷も付き、手当てをされた箇所からは又しても血が滲み出ている。
祐一は舞を庇うように前に立つと身構えた。すると、離れた場所に立っていた怪人が祐一の前に現れた。

「ほう。相沢祐一、キサマも現れたか」

「カノンの怪人か……」

「俺はアルマジロング」

「お前達、この学校で一体何を企んでいる!?」

「キサマがそれを知る必要は無い。さぁ、二人まとめてあの世へ送ってやろう……かかれっ!」

「イーッ!」

 アルマジロングの命令で戦闘員達が一斉に向かってくる。祐一は舞を抱きかかえると、背後から襲い掛かる戦闘員の頭上を飛び越え
包囲の輪を脱した。そのまま屋上フェンスの側まで下がっていく。そして舞を下ろし、再び身構える。

「祐一、私も……」

 舞も立ち上がって刀を構えようとするが、祐一はそれを止めた。

「その身体じゃ無理だ。ここは俺に任せておけ」

「でも……」

「大丈夫だ、俺も皆とは違うって言ったろ。俺も『魔物を討つ者』だからな」

 祐一は戦闘員達と向き合いながら舞と話していた。舞から祐一の顔は見えないが、その時の祐一は悲痛な顔をしていると舞には思えた。

「祐一……?」

「舞、これが俺の本当の力だ。……全く、何故俺は何時も簡単に正体をバラしてしまうんだろうな」

 祐一は足を開いて左腕を握り腰に構える。右腕は指先を揃えて左上に真っ直ぐに伸ばす。

「ライダー……」

 右腕を時計回りに旋回させて右上に来た辺りで止める。

「変身ッ」

 今度は逆に、右腕を腰に構えて左腕を右上に真っ直ぐ伸ばす。すると祐一の腰にベルトが現れて中央の風車が回転する。

 ベルト中央の風車が発光し、その光は祐一の全身を包み込んだ。

 光が収まるとそこには祐一が変身した戦士――仮面ライダー ――がいた。

「仮面、ライダー……?」

 商店街で初めて見た仮面の戦士。戦闘員をも上回る力を持った怪人を倒した……その仮面ライダーが自分の目の前に居る。そして
その正体が……

「祐一が……仮面ライダーだったの?」

 舞の呟きにも似た問いかけに答えずに、ライダーは戦闘員達へ向かっていった。戦闘員が攻撃するより早く相手を殴り飛ばす。

「イ゛ーッ」

 次いで、横合いから襲い掛かってきた短剣をかわすと、腕をつかんで投げ飛ばした。その後もライダーは戦闘員達と戦い、僅かな時間
の間に屋上に居た全ての戦闘員を倒した。その頃には幾分か体力の回復した舞は立ち上がって、対峙するライダーと怪人を見ていた。

「いくぞっ、ライダー!」

 叫ぶと同時にアルマジロングが突進してくる。間合いに入るなり振りかぶってきた怪人の腕を掻い潜ると、ライダーは懐に潜りこみ、
アルマジロングを担ぎ上げるように持ち上げて投げ飛ばした。だが、怪人は空中で回転してバランスを取ると着地する。

「ライダァーッ、チョォップ!!」

 背を向けているアルマジロングに攻撃するが、チョップの打撃でよろめいたものの、アルマジロングがダメージを受けた様子はなく、
ライダーの攻撃を弾き返していた。

「クッ、なんて硬さだ」

「ククク。俺はアルマジロの能力を持つ改造人間。防御力は今までの怪人とはわけが違うぞ」

 振り返りながらアルマジロングが答える。

「それならっ!」

 ライダーは走りよって左のパンチを放つが、アルマジロングはそれを右手で掃いのけた。しかしライダーは掃われた手で怪人の
右手を掴むと自分の方へと引き寄せて、怪人のバランスを崩した。よろめく怪人の腹部へと、再び攻撃をする。

「ライダーッ、パァーンチッ!!」

 アルマジロングは後方へ数歩たたらを踏むが、やはりダメージを受けた様子は無い。逆にライダーの手がダメージを受けた。

「な、何?」

「甲羅に覆われていない腹部ならダメージを与えられると思ったのか? 無駄だっ、俺は全身が高い防御力を持っているのだ!」

 何処からでも攻撃してみろ、と言わんばかりに両手を広げて見せていた。ライダーは下がって身構えるが、攻撃を加える事が
出来ないでいた。

「今度はこちらから行くぞ!」

 アルマジロングは跳び上がってから身体を丸めると球状に変化して、ライダーへと向かってきた。寸での所でライダーは身を
かわした。だが球体の威力は凄まじく、激突した屋上の床が蜘蛛の巣状にひび割れていた。アルマジロングは暫く転がり、停止する。

「上手くかわしたか、だが次はそうはいかん。キサマがかわせば後ろの川澄舞がどうなるかな? ククク……」

「なっ!?」

 ライダーが振り向いた先には、舞がフェンスにもたれかかっていた。ライダーと舞が一直線に並ぶように誘導されたと気が付いたが
今更どうしようもない。舞はまだ疲労が激しく、立っているのが精一杯で、怪人の攻撃を避けられそうになかった。

「いくぞっ!」

 再びアルマジロングが転がってくる。そして弾みをつけて空中に飛び上がり、ライダーへと迫ってくる。

「トォッ!」

 ライダーも高く飛び上がり

「ライダァーーーーッ」

 空中で一回転すると、強烈なキックを打ちはなった!

「キィーーーーック!!」

 空中で両者は激突しお互いに弾き飛ばされたが、その結果は違っていた。

 アルマジロングは、飛ばされはしたがまるでダメージは無く、空中で球状から元の姿に戻ると危なげなく着地する。一方、キックを
放ったライダーも後方へと飛ばされるが、受身も取れずに床に叩きつけられるかのように、舞の近くに落下した。

「グハッ」

「ライダーッ!」

 傷つき疲弊した舞が駆け寄ってライダーを抱え起こした。ライダーも立ち上がろうとするが、キックを放った右足のダメージが
酷く、立ち上がれずにいた。右足を押さえて膝立ちのまま、視線だけをアルマジロングへと向ける。

「フハハッ、無駄だ! キサマの攻撃はこの俺には通用しない。ライダーパンチもライダーキックも、全て跳ね返してくれる!」

「クッ」

「そろそろ止めだ。死ねっ、ライダーッ!!」

 アルマジロングは跳び上がると、再び身体を球状に変化させてライダーへと飛び込んできた。

「舞!」

 ライダーは未だ自分を抱えている舞を横へ突き飛ばし、自分は何とか立ち上がってアルマジロングを迎え撃とうとする。突き飛ば
された舞は、ライダーの直ぐ横で尻餅をついた格好のまま、その様を見ているしか出来なかった。ライダーは上空から迫る球へと
パンチを繰り出そうとするが、突然球が軌道を変えた。球はライダーの間合いの外に落ちると、床との反射角度を利用して低空から
ライダーへと迫った。ライダーは反応しきれずに、球をその身に受けた。

「グアッ!」

 飛ばされたライダーは背後のフェンスに激突する、その勢いに負けたフェンスが大きく歪んでいく。アルマジロングも後方へと飛び、
変化を解いて着地した。そしてついに、歪んでいくフェンスに耐え切れなくなったのか支柱も根元から抜けて行き、ライダーの身を
屋上の外――空中――へとフェンスごと放り出した。

「ライダーッ!」

 舞は、落ちていくライダーの腕を掴んで引き戻そうとしたが、自分も引っ張られて空中に投げ出されていく。掴んでいる手を離さず
にいるのが精一杯だった。そのまま落下するかと思われたが、フェンスの支柱は4本ほど抜けた所で止まり、ライダー達は網に掴まった
魚のように、空中に浮いていた。だがライダーが激突した部分の金網の大半は切れていて、このままでは落下するのも時間の問題だった。

「ククク……運が良いな、だがそれもここまでだ」

 アルマジロングはそう言うと、まだ屋上に残っているフェンスへと歩いて行く。フェンスを切断してライダーと舞を落とすのが
目的だった。

 舞は素早く状況を確認する。ライダーは動けない。自分は幾らかは動けるまでに回復している。このまま落ちれば自分もライダーも
助からないだろうが、生えている木の上に落ちて勢いを和らげれば何とかなる。しかし金網が絡まっていては無理だ、ならば……

「これで最後だ!」

 迷っている暇は無かった。舞は刀を振りかぶると、自分達を支えているフェンスを切った。網が切られて、舞達は転がるように
その身を空中へ躍らせた。

「ほう、自ら命を絶つか」

 アルマジロングはそういったが、無論舞はそんなつもりはない。

 舞は、ライダーを片手で抱えたまま、もう片方の手に持つ刀を校舎の壁に突きたてて落下の速度を弱めていた。鋼とコンクリートが
削りあう音が響く。やがて常緑樹が近づいてくると校舎の壁を蹴って、木の上へと落ちていく。木の枝を折りながら舞とライダーは
着地に成功した。だがライダーはグッタリとしたまま動こうとはしなかった。

「ライダー!?」

「ま、い……俺に、構わず……に、げろ……」

 それだけ言うのが精一杯で、後は弱々しく呻くだけだった。

「駄目!」

 舞はライダーを担ぎなおすと、自分たちが隠れた格好になっている木の影から屋上を見上げた。屋上では、ライダー達の生死を確かめ
ようと、アルマジロングが飛び降りようとしていた。

「クッ」

 何とかこの場を切り抜ける手段はないかと辺りを見回すと、一台のバイクが舞の目に止まった。

「あれは……ライダーの」

 祐一が中庭まで乗ってきたバイクだった。今はライダーに変身している為にその姿をサイクロンへと変えている。

「あれなら……ライダー、あそこまで頑張って」

 舞は決断すると刀を鞘に収めて、ライダーを支えながらサイクロンへと走った。その時、後方で何かが着地した音がする。振り向く
までもなく、それがアルマジロングだと分かっていたので舞は足を速め、サイクロンへと辿り着いた。ライダーを後ろに乗せ、自分が
前に座る。髪を纏めていたリボンを解き、足に巻きつけていた竹刀袋と結んで一本の紐状にするとそれで自分とライダーの身体を縛る。
刀は自分とライダーの間に差した。アルマジロングは既にそこまで迫っていた。

「必ずお前を倒す!」

 舞は怪人を睨みつけながら言うとエンジンを掛け、車体の向きを変えて中庭を飛び出した。アルマジロングは追いかけるのを止めて
遠ざかっていくサイクロンを睨んでいた。

「まあいい……俺は勝った、仮面ライダーに勝ったんだ!」

 アルマジロングは両手を振り上げて叫んでいた。



 舞はサイクロンに乗り校門前まで来た。このまま逃げ切れるかと思ったが、校門の柵は戦闘員によって閉ざされていた。そして、舞の
行く手に戦闘員が立ちふさがる。

「どけぇ!」

 舞は叫び、戦闘員の脇をすり抜けざまに蹴り飛ばした。

「イ゛ーッ」

 倒れる戦闘員には目もくれずに前方を見据える。このまま走り続ければ柵に激突してしまう。サイクロンなら無事だろうが、乗っている
舞はその衝撃に耐えられそうもない。だが舞は減速するどころかアクセルを噴かして柵へと突っ込んでいった。そして控柱に前輪を載せる
とジャンプ台代わりにして柵を飛び越えて、空中で車体と道路が平行になるように向きを変える。タイヤが横滑りしたが見事に着地を成功
させると、舞は水瀬家へとサイクロンを走らせた。


                         ★   ★   ★


 水瀬家

「遅いわね」

 リビングの時計を見ながら香里が呟く。今ここには秋子を始め香里、美汐、佐祐理、そして名雪も眠らずに祐一達の帰りを待っていた。
先程の香里のセリフはもう何度も、発言者を変えて言われていた。

「舞、祐一さん……大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ、祐一は仮面ライダーで強いんですから」

 名雪が不安そうにしている佐祐理を励ますように言うが、自分自身、何故か分からないが不安を拭いきれずにいる。祐一の正体は
佐祐理も本人から聞いたと打ち明けているので、名雪がそう言っても問題なかった。

「倉田先輩、相沢さん達を信じましょう」

 美汐も名雪に追随するが、それは佐祐理だけでなく、自分達も安心させる為だった。名雪や美汐だけでなく、この部屋にいる全員が
不安を感じていた。

「そう、ですね……あ、それとそんな畏まった呼び方じゃなくって、佐祐理と呼んでください」

 これから共に戦う仲間であるし、自分と祐一の他に舞と友達になってくれるであろう人達に、佐祐理は親しげに呼んで欲しかった。
それを聞いた秋子達も了承すると共に、自分たちも名前で呼んで欲しいと告げた。僅かばかりだが空気が和んでいた。

「佐祐理ちゃん、もう遅いし、怪我にも障るから今日は舞ちゃんとここに泊まっていって。お家には連絡しておくから」

「ありがとう御座います。あ、でも連絡は良いです。佐祐理が自分で伝えますから」

 秋子の申し出に佐祐理は丁寧に頭を下げ、それから携帯電話で自宅に連絡をした。電話の向こうでは酷く慌てていたが佐祐理が
「舞が見つかりました。今日は舞と一緒に友達の家に泊まります」と告げ、二言三言話すと向こうでも納得したようだった。

「信用されているんですね」

 香里が感心したように言った。

「はい。佐祐理はこれでも信用あるんですよ。それに、舞は佐祐理のボディーガードとして信用ありますから」

 その時、家の外で急ブレーキの音がした。

「祐一達、帰ってきたのかな!?」

「でも、音が一台しかしていなかったようですが?」

「とにかく、見に行くわよ!」

 名雪達が話している間に、既に佐祐理と秋子は玄関へと向かっていた。それを見た名雪達も後を追う。玄関に着くと既に佐祐理が
ドアを開けようとしていた。

「舞!?」

 佐祐理が鍵を開けドアを開くとそこには、変身が解けて意識を失っている血まみれの祐一と、その祐一を背負って傷口から血を流し、
今にも倒れそうな顔色の舞が立っていた。

「……祐一、さん?」

 佐祐理の呟きを聞いてそれに反応したように、舞がゆっくりと中に入ってくる。その様子に皆言葉を失っていた。

「佐祐理……ごめん……みんな、祐一を……お願い……」

「一体何があったの? 祐一さんは……」

「ライダーが……祐一が……負けた」

 舞はそれだけ言うと意識を失い、糸の切れた人形のように崩れ落ていく。

「舞!」

 佐祐理が支えるが二人分の体重を支えきれるはずもなく、一緒にその場に座り込んでしまう。

「舞、祐一さん!!」

 佐祐理は意識を失っている二人に懸命に呼びかけ続けた。


                         ★   ★   ★


 同日深夜・住宅街

「全く……こんな時間まで残業させるなんて」

 帰宅途中らしい女性が、職場の不満を漏らしながら歩いていた。同じように歩く人影は無く、道路の各所に設けられた外灯が彼女
だけを照らしている。

「大体、あの課長がいけないのよ! 部下に失敗を押し付けて……」

 仕事の不満から、上司への不満へと変わろうとした時、女性は先の外灯の下で誰かが蹲っているのを見つけた。マントのような
物を身に着け、つばの広い帽子を深く被っているので、どんな人物かは判別がつかなかった。

「(変質者かしら? 最近妙な事件が多いし……でも、急病人とかだったら)」

 何であれ、自分が帰宅するにはこの道を通るしかない。変質者だったら大声をだして急いで逃げればいいだろう。そう判断した
女性は、充分逃げ切れると思う距離からその人物に話しかけた。

「あの、どうかしたんですか?」

「ウ、ウゥ……」

 その人物は低い声で苦しそうに唸るばかりで、女性に見向きもしなかった。

「苦しいんですか? 救急車を呼びましょうか?」

「ウウウッ……」

 マントの人物が一層苦しそうに呻くと、女性は目の前の人物が危険な人かも知れないという事も忘れて、駆け寄った。

「大丈夫ですか!? しっかり…………ヒッ!?」

 女性が肩に手を置くと、マントらしき間から伸びてきた手が女性の手首を掴んでいた。突然つかまれた事に驚くが、それだけでは
すまなかった。自分の手首を掴んでいるその手全体が余りにも異形であり、それも驚きにプラスされている。

「な、何。この手」

 ここに来て、初めてマントの人物が大きく動いた。立ち上がり、帽子とマントを脱ぐ。女性は腕を掴まれたまま、呆然とその様子を
見ていた。

「ギギィーッ!」

 マントの人物が奇声を上げる。その声と、何よりその姿に恐怖した女性は悲鳴を上げるのも忘れていた。自分を掴んでいる腕は、形こそ
人の腕に酷似していたが鋭い爪を持ち、腕全体が茶色い毛で覆われていた。また、腕に沿って何か膜のような物がついていた。次に腕から
全身へ視線を移す。その姿はまさに異形の怪物だった。とがった耳、つりあがった目、そして口元には鋭い牙がはえている。腕だけでなく
全身が毛に覆われており、腕と胴体部は薄い皮膜で繋がっていてそれは蝙蝠の羽だった。そして腰には、雪のマークの入ったベルトを
つけていた。

 女性は知る由も無かったがそれは、仮面ライダーが倒したカノンの怪人・蝙蝠男だった。

「ギギィーッ!」

 蝙蝠男に睨みつけられた女性は、本能の赴くままに逃げ出そうとした。恐怖に足が竦む事無く動いてくれたが、それでも逃げる事は
叶わなかった。女性は蝙蝠男に右腕を掴まれたままだったから。蝙蝠男が彼女を掴んだ右腕を引っ張ると、いとも簡単に女性の身体は
引き寄せられる。

「た、助け……」

 女性は最後まで言う事が出来なかった。蝙蝠男が口を塞いだのだ。空いている左腕で蝙蝠男の腕を掴んで引き離そうとするが、怪人の
力に叶うはずも無かった。

「!……!!……!?」

 激しくもがいていた女性は、自分の首筋に生暖かい息が当たるのを感じた。その直後、何か鋭いものが首筋に食い込んできた。

「!!」

 それは皮膚と肉を突き破って食い込んでくる。痛みに悲鳴を上げるが、口を塞がれた状態では音となって外に漏れる事は無い。
そうしている内に女性は、首筋から何かが急速に流れ出ていくのを感じた。

「(た……たす、け……)」

 女性の意識は遠くなっていき、やがて途切れた。蝙蝠男が満足して解放すると、既に絶命していた女性は道路の上に崩れ落ちる。

「ギギィーッ!」

 女性の血を吸い尽くした蝙蝠男は、満足そうに奇声を上げると、腕を羽ばたかせて夜の上空へとその姿を消した。


                         ★   ★   ★


 ほぼ同時刻・街外れの公園 
 公園にある自動販売機の前に、三人のバイク乗り達が集まっていた。彼らは夜通しの遠乗り計画を立て、今日がその実行日だった。
温かい飲み物で暖を取り、いよいよ出発しようとリーダーの男が皆を促す。

「悪ィ、待ってくれ」

 一人がそう言って、バイクから降りた。

「どうした?」

「ちょっとションベン」

 そういうと男は、トイレには向かわずに近くの茂みへと走っていった。他の男たちは「しょうがねぇな」と苦笑しながらも、男が
帰ってくるのを待つことにした。



「♪〜〜♪〜〜」

 遠くのトイレまで行かずに、近場の茂みで用を足した男は鼻歌混じりに歩いていた。そして、外灯の下を通りがかったときに、
何かが男の肩に落ちてきた。

「ん?」

 男が手にとって確かめると、それは白くて粘着性のある物体だった。手から肩へと糸のように伸びている。

「な、何だコリャ!?」

 気味が悪くなって手を振るが、粘着性のものは一向に手から離れない。必死に腕を振る男の反対側の肩に、再び何かが落ちてきた。
そちら側に目を向けると、同じものが肩に貼りついていた。それは肩から上へと伸びている。男がその糸を目で辿っていくとそこには
バケモノがいた。それは外灯から何か糸のような物で、頭部を下にしてぶら下がっていた。

「な!? ば、バケモノ?」

そうとしか呼べないような代物だった。頭部、胴体、手足など、たしかに人と同じものを持っていたがその姿は異形だった。頭部は黒く
毛むくじゃらで顔の中心部に赤く六角形の昆虫の眼らしきものが3つ並んでいた。その下には鋭い牙を持った口、頭頂部には2本の触覚
らしきものが動いていた。手足は緑色でその指先には爪が凶悪な光を放っている。

 ライダーに倒されたはずのカノンの怪人・蜘蛛男だ

「ギギィッ!」

「ヒッ、ヒィッ!」

 蜘蛛男の奇声がきっかけになったのか、男が腰を抜かして後ずさった。蜘蛛男はスルスルと下りてくると、地上から2〜3mの辺りで
糸を切り、反転して足から着地する。そして未だ腰を抜かしている男へとゆっくりと近づいた。

「う、ウワァーッ!!」

 恐怖に耐えられなくなった男は半ば転がるようにして、その場から逃げ去った。仲間の所へと必死に走っていく。程なくして仲間の
所にたどり着いたが、仲間たちは笑って自分を見ているだけだった。

「おいおい何だよ、そんなに慌てて?」

「アレを野良犬にでも噛まれたか?」

 仲間達はそう言って男をからかっていたが、男が必死の形相なのを見て取ると、心配した顔つきになる。

「一体どうしたんだ?」

「バ、バケモノ……が」

 男はようやくそれだけを告げるが、聞いた仲間は何の事だか分からずにいた。男を見ていた仲間の一人が、男の肩に何か付いている
のを見つけて尋ねた。

「おい、その肩に付いてるのは何だ?」

 仲間に言われて肩を見た瞬間、男は強い力で後方に引っ張られて転倒した。転んだだけでなく、更に後方へと引きずられていく。肩に
貼りついていた糸状の物が男を引きずっていた。糸を目で追っていくとその先には、先程の蜘蛛男が左手を向けて立っている。糸状の物
は蜘蛛男の左手から伸びていた。

「「「ウワァッ!!」」」

 男も、それを追ってきた仲間も蜘蛛男の姿を見て驚いた。加えて、引きずられている男は命の危険も感じていた。

「ギギィッ!」

 蜘蛛男は奇声を上げ、今度は右手から糸を飛ばして引きずっている男の首に巻きつけた。男はもがいて糸を外そうとするが、全く
効果は無かった。次第に顔が青ざめていく。

「あ……ガ……た、すけ……」

 次いで鈍い音がしたかと思うと、男の首があらぬ方向に折れる。蜘蛛男は両手から伸ばした糸を切ると、今度は男の仲間達を見た。

「た、助けてくれぇ!」

「ヒィィィッ!!」

 口々に叫んでその場を走り去った。男が死んだかどうかを確かめる考えは頭に無く、ただ本能の赴くままにその場から逃げ出そう
と全力で足を動かしていた。

「ギギィッ!」

 蜘蛛男は両手を振りかぶると、何か投げつけるように男達へと両手を向けた。すると両手から糸が飛び出して男達の首に巻きついた。
さらに糸は自ら意志を持っているかのように大量に巻き付いて、男達の全身を覆ってしまう。

「ムグ……モガッ!」

「!!……!?」

 男達の口も塞がれて喋る事はおろか、呼吸すらままならなかった。次第に苦しくなってくるが、それは口を塞がれただけではなく全身
を締め上げられている為でもあった。身体に巻きついた糸が男達の身体を締め上げていた。全身を締め上げるというより押し潰される
ような感覚に、声を出そうと言う意志も消えていく。そして先程と同じような音が全身至るところから聞こえる、いや響いてきた。
それが、自分の体中の骨が折れる音だと認識したのと同時に男たちの命が消えた。

「ギギィッ!」

 糸を出すのを止め、満足そうに奇声を上げる蜘蛛男の前に何かが飛来してきた。それは先刻、会社帰りの女性を襲った蝙蝠男だった。
蜘蛛男と蝙蝠男は頷き合うと、夜の闇の中へとその姿を消した。




 続く




 あとがき

 こんにちは、カノンMRS31・32話をお届けの梅太呂です。

 ……さて困った、あとがきで書くネタが無い。と思ったのですが、今回の話で出てきたあるシーンについて捕捉を。

 舞がサイクロンを運転しています。「サイクロンは常人には乗りこなせないマシン」という設定ではありますが、私は

 「性能を100%引き出す=乗りこなす」と考えているので、普通のバイク程度になら常人でも動かせる。という事で

 ご了承下さい。舞はこの話では強化人間という事になっているので、常人よりは幾らかはマシンの性能を引き出せます。

 流石に最大スピードで走らせたりは出来ませんが。

 これからも無い知恵振り絞って製作していきますので、お待ちいただければ幸いです。

 今回はこの辺で。

 最後に、

 今回の話を掲載してくださった管理人様

 今回の話を読んでくださった皆様に感謝して後書きを終わりにします。

 ありがとうございました。

 では                                  うめたろ


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