焚き火の中で木の爆ぜる音がする。

「!!」

 その音が舞を現実に引き戻す。周囲はすっかり闇に染まり、焚き火の炎が舞とその周りを照らす。それはあの日の惨劇を思い出させる。

「(魔物は討つ、佐祐理は守る)」

 あれから舞は成長し、それにつれて力も強くなった。あの日別れた少年、祐一は強くなって自分の前に現れて「共に戦う」といった。
 舞は焚き火に雪を掛けて火を完全に消すと、バイクに乗り街へと繰り出した。

 魔物……カノンと戦う為に。




                     Kanon 〜MaskedRider Story〜    
                             第三十話       




 水瀬家
 祐一は佐祐理と学校で別れた後、商店街から駅前まで回ってみたが、舞を発見する事は出来なかった。ともかく一旦帰ろうと思い、
水瀬家に着くが、百花屋には明りが点いていなかった。営業時間は過ぎているが、本来なら後片付けなどで明りが点いている筈だ。

「あれ? 今日は休みじゃなかったよな?」

 不審に思った祐一が住宅の玄関から入って、「ただいま」と言うと直ぐに名雪が飛び出してきた。

「あ、祐一。お帰り、遅かったね」

「ああ、ちょっとな。それより今日は店はどうしたんだ?」

「うん。今日は祐一が川澄先輩を連れてくる予定だったから、早くお店を閉めたんだって」

「そうか」

 祐一は家に上がると、着替える事はせずにリビングへ向かう。そこには秋子達が座っていて祐一の帰りを待っていた。

「「「お帰りなさい」」」

「ただいま。秋子さん、すいません。お店の方を閉めさせちゃって……」

「良いんですよ。名雪達から聞きました。舞ちゃん、学校に来ていなかったんですって?」

 祐一の謝罪に答えた秋子は、祐一に座るように手で促しながら、舞のことを聞いた。

「はい。昨日遅くに佐祐理さんの家を飛び出してから、戻ってないそうなんです。それで、俺もさっきまで探していたんですが、
 見つけられなくて……」

「そうですか。心配ですね」

「でも、相沢君」

「何だ? 香里」

「川澄先輩の居場所は分からなくっても、彼女が現れる場所なら分かるわよ」

「えっ、香里、分かるの?」

「簡単よ」

 香里には確信があるのか、名雪に教えるように話し始めた。

「川澄先輩はカノンと戦っている。で、カノンのヤツらは昨日学校に現れた。……そこまで分かっていれば直ぐわかるでしょ?」

 香里は「当然、貴方も分かっているわよね?」とでも言いたげな視線を祐一に向けた。祐一も分かっていたので頷いて返した。
名雪も分かったのか頷いていた。

「そっか、学校で待ってれば良いんだ」

「ああ、俺はこれから学校に行ってみる。舞が居ても居なくても、カノンが学校付近で何か企んでいるのは事実なんだ。そいつ
 を突き止めてやる」

「でも、相沢さん。川澄先輩は生徒会にマークされているんですよ。大人しく現れるでしょうか?」

「舞にしてみればカノンの方が重要だ。気にしてもいないだろう」

 祐一が、出かけるために支度をしようと立ち上がった所で秋子に止められた。

「祐一さん、急ぐ気持ちは分かりますが、夕飯を食べてからにしませんか?」

「すいません、そうしたいのは山々なんですが」

 祐一が謝ると、秋子も「仕方ないですね」と言いながら、キッチンに向かった。その行動が気になったが構わずに、自分の部屋に
戻ると着替えた。支度を終えた祐一がリビングに戻ってくると、秋子がおにぎりを差し出した。

「せめてこれだけでも食べていってくださいね。『腹が減っては戦は出来ぬ』ですよ」

「わかりました。ありがとうございます」

 礼を言ってから、座って食事を済ませると、香里達がやって来た。

「相沢君、私達も一緒に行った方が良いんじゃないかしら?」

「いや、皆は残っていてくれ。戦いになるかもしれないし、学校の人間に見つかれば何かと厄介だからな」

「……わかったわ。気をつけてね」

 納得した香里達に見送られて、祐一はバイクに乗ると学校へ向かう。

「(そういえば舞のやつ、飯は食ったんだろうか?)」

 そんな事を考えて、先日舞と出会った牛丼屋の前まで来た祐一は、店に立ち寄って持ち帰りの弁当を購入して行った。


                         ★   ★   ★


 学校
 予想通り舞は学校に来ていた。既に日は落ちて校舎内に人影は無い。先日のように塀を飛び越えて潜入し敷地内を歩く。そして中庭
へと通り抜けられる通路を通って中庭に来た時だった。ソレは突然襲い掛かってきた。

「イーッ!」

 中庭に設置されている常夜灯に照らされて、カノンの戦闘員が短剣を手に、背後から襲いかかってきた。舞は後ろを振り向く事無く、
前方に身を投げ出して攻撃をかわすと、振り向きざまに抜刀して戦闘員と向き合った。舞から飛び掛り、戦闘員に切りつけた。上段から
振り下ろされた刀は、戦闘員の短剣に止められる。しかし舞は、受け止められると即座に戦闘員の腹部を蹴りつけた。戦闘員の身体が崩
れると、今度は横薙ぎの斬撃を放ち、戦闘員を切り裂いていた。

「イ゛ーッ」

 戦闘員を切り捨てた舞は、辺りの気配を窺うまでもなく自分が包囲されている事を悟った。暗闇から戦闘員達が現れて舞を取り囲む。
舞の気配に圧されてか、襲い掛かっては来ないが包囲の外には出さないとばかりに彼女を警戒している。

「……」

 突然、戦闘員達の動きに変化があった。揃って舞の周りを同じ方向へ走り出した。上から見れば、まるで舞を中心に巨大な輪が回転
しているかのようだった。そして輪が徐々に縮小し始め、戦闘員達は舞へと片手斬りに短剣を振るってくる。このままでは戦闘員達に
よって切り刻まれてしまう。

「(一角を切り開くか……足の間を抜けるか……)」

 戦闘員達の戦法を見極めた舞は、この包囲をどうやって破るか考えていた。包囲の輪は最初の頃よりかなり小さくなっていて、このまま
では切り刻まれてしまう。そして僅かな逡巡の間に舞が出した結論は、

「(跳ぶ)」

 戦闘員達が一斉に短剣を振り上げた瞬間に、舞は跳躍した。そのまま前方宙返りをしつつ戦闘員の頭上を飛び越える。その際に回転の
勢いを利用して戦闘員の一人の背中を切り裂いた。

「イ゛ーッ」

 悲鳴とほぼ同時に着地した舞は、即座に向き直ると今度は先程とは逆に、舞が戦闘員達の回りを走り出した。舞の跳躍が予想外
だったのか、戦闘員達の動きは止まっていた。だが、舞が動き出すと気を取り直し、斬りかかろうとするが舞の動きは戦闘員以上に
素早く、目で追うのが精一杯だった。一方の舞は戦闘員達の周囲を回りながら、その角々にいる者を斬っていった。

 そうして数人斬った所で舞は、校舎に向かって走り出した。新たな戦闘員が向かってくるのが見えたからだ。このままでは再び
包囲されてしまう。校舎にたどり着いた舞は走る勢いをさらに強め、そして両手で顔を覆うとそのまま窓ガラスに体当たりして中
に飛び込んだ。回転して受身を取った舞は、勢いを殺さずに起き上がり、入った部屋を横切っていく。立ち止まって怪我を確認し
ている暇は無かった。背後から戦闘員達が迫る気配を感じていたから。


                         ★   ★   ★ 


 校門前
 舞が戦闘員達と戦っている頃、祐一は校門前に到着していた。相変わらず見回りらしき人影もなく、辺りは静まり返っている。

 「舞は来ているのか?」

 先日、舞が忍び込んだところへ向かおうとした祐一だったが、遠くから微かに剣戟の音が聞こえてきた。集中して聞くと中庭の方から
それは聞こえてくる。

「戦っている……舞か!?」

 次いで、ガラスの割れる音も聞こえてきた。祐一は校門の柵を飛び越えると、目的地へと急いだ。 

「舞!」

 祐一が中庭までやってきた時には、既にそこでの戦いは終わっていた。倒れている戦闘員、割れた窓ガラス。戦いの跡を常夜灯が
照らし出していた。倒れている戦闘員を調べた祐一は、一刀のもとに斬り捨てられている事を知った。

「舞がやったのか。舞は何処だ?」

 辺りを見回すが、彼女の姿は何処にもない。

「校舎の中か? ここを割って入っていったのか」

 割れた窓ガラスを見て、祐一はそう結論付けた。ガラスの破片が室内へと飛び散っていたから。他にも数枚、同じように割られた窓
ガラスが見つかった。祐一は、割れた窓から校舎内に入ると舞を探し始めた。廊下は、月明かりもあり、庭の常夜灯の光も差し込んで
いるので真っ暗闇というわけではない。

「舞、無事でいろよ」


                         ★   ★   ★


 校舎内
 とある教室の入り口の陰に、舞はしゃがみこんでいた。目を閉じ、待ちの体制に入っている。自分を追ってくるであろう戦闘員を
待ち伏せする為だった。警戒しながらも、普通に歩いてくる者はまず目の高さのものを見る。そして目の光は暗い中でも目立つ。
故に舞は、その体勢で相手を待っている。目で見るのではなく気配を感じる。周りが暗いとは言え、目に見ることが出来ない不安に
押し潰されることなく、ごく自然に舞はそれを行っていた。

「……」

 やがて複数の気配と足音が聞こえてくる。息を潜め、足音を殺して慎重に進んでくる。ドアの前まで来ると慎重に開けて中の様子を
窺っている。だが室内に入って詳しく調べるような事はせずに、入り口から中を覗き込む程度の調べ方であった。
 舞は気配を殺し、相手が通り過ぎるのをじっと待つ。歩いている気配は三人、一列で歩いているようだった。その最前の戦闘員が
舞の隠れている教室のドアを開いて中を覗き込んだが、舞には気付かずにまた廊下を歩き始める。そして最後尾の戦闘員がドアの前を
通り過ぎたその瞬間に舞は行動を起こした。目を開き、しゃがんだ体勢のまま素早く背後に近寄り、立ち上がりながら、抜打ちの斬撃
で戦闘員を斬り捨てる。

 戦闘員が倒れるより早く、舞はその身体を蹴り飛ばした。異変に気付いた戦闘員は、振り返るより早く左右に別れた。だが、振り
返った戦闘員の一人は、それ以上に素早く動いていた舞によって袈裟斬りに斬られた。残った戦闘員は漸く短剣を構えて斬りかかる
が、かわされてその喉元に舞の刺突をくらい絶命した。

「おい、こっちだ!」

 今の戦いの音を聞きつけた戦闘員が仲間に知らせていた。今度は気配も足音も殺さず、走ってくるのが分かった。舞は急いでその場
から離れる。しかし、階段を下りた所で舞は、自分が待ち伏せされているのに気付いた。短剣を構えた戦闘員達が踊り場に居る舞を
見上げている。直ぐに自分を追ってきた戦闘員が、階段の上から舞を見下ろしていた。舞は刀を構えて対峙した。ここには窓もなく、
包囲を突破する以外、道は無い。

「イーッ!」

 階上にいた戦闘員の一人が飛び込んできた。隙だらけのその攻撃に舞は一瞬躊躇ったものの、身体は反応してその戦闘員を斬り捨てる。

「イ゛ーッ」

 だが戦闘員は刃が自分に当たった瞬間、これを自ら抱え込んでさらには身体に食い込ませた。

「クッ!」

 舞は慌てて刀を引こうとするが、戦闘員はそれを許さなかった。一瞬躊躇った後、舞は自ら刀を手放して戦闘員を蹴りつけると、その
反動を利用して後ろへ飛んだ。しかしそれほど広くも無い踊り場であったから、舞の身体は壁にぶつかって止まる。その間に、上と下
からやって来た戦闘員達が舞を追い詰めていた。先程中庭でやったように頭上を飛び越えようとするが、それは出来なかった。舞を
半包囲する人垣が二重になっていた。これでは目の前の人垣を飛び越えても次の人垣との間に着地してしまう。そして無防備な着地の
瞬間を狙われては、かわしようが無かった。

「イーッ!」

 狭い場所でも振るえる短剣の特性を活かして、戦闘員達が斬りつけてきた。それでも舞はかわし時には反撃もしたが、かわしきれない
斬撃が舞の身体を傷つけていく。

「舞!!」

 その時誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。階下の廊下から聞こえてくる。そちらを見れば、階下の包囲が崩れていた。突然の乱入者が
投げつけた何かが戦闘員に当たって、連中に隙が出来た為だ。他の戦闘員も一瞬そちらへと意識を向ける。舞にはその僅かな時間で
充分だった。

 舞は包囲を突破しようと目の前の戦闘員を飛び越えた。外の人垣はやって来た何者かが対処してくれると舞は信じた。だが舞も
任せっぱなしにしておく事はしない。跳び上がるまでは先程と同じだが、今度は目の前の戦闘員の肩を掴んでそこで倒立をするように
伸び上がる。そのまま回転を続け着地すると、勢いを利用して掴んだ戦闘員を振りぬくように階下へと投げ飛ばした。階下の戦闘員達は
やって来た何者かに気を取られ舞に対処出来なかった為に、投げ飛ばされた戦闘員とまともに激突した。舞はそれを見届けながら階段を
駆け下りて、やってきた乱入者と合流した。そこで初めて相手の正体を知った。

「舞、無事か!?」

「祐一!?」


                         ★   ★   ★


 校門前
 祐一と舞がようやく合流した頃、学校前にやってくる一台のスクーターがあった。校門前まで来るとかん高いブレーキ音をさせて
停止する。エンジンを止め、スクーターから降りたその人物はスタンドをおろして安定させる。ヘルメットを脱ぐと、人物の後頭部
に先ずはチェック柄のリボンが現れる。長髪らしく、髪の毛が流れていく。その人物は夜の学校を見上げ、心配そうにある人の名前
を呟く。

「舞……」

 舞の親友の佐祐理だった。吐く息は白く、佐祐理はコートで包まれた自分の体を抱きしめる。だがそれは、寒さの為だけでは無い。
親友の身に起きている事、親友がやろうとしている事。それが大変に危険な物のような気がして、佐祐理は身震いした。


                         ★   ★   ★


 何事も無く帰宅した佐祐理は直ぐに家の人間に、舞の事で何か分かりましたか? と尋ねたが、帰ってきたのは否定の言葉だけだった。
自分と舞が暮らしている離れのリビングで、佐祐理はじっと舞の帰りを待つしかなかった。祐一には「舞を信じる」と言ったが、時が
経つに連れて、不安の芽はどんどん大きくなっていく。


『舞は何処にいるのか?』


『舞は何をしているのか?』  


 佐祐理の頭の中は、その考えが無限ループのように駆け巡っていた。そして無限の輪の如く、その問いに答えが導き出される事は
無かった。だがその輪に小さな綻びが見える。

「あの時の舞の顔……何処かで……」

 昨夜舞が、「佐祐理には関係ない……私に構わないで」と言ったときの顔。それに何処と無く覚えがある気がした。

「あれは……たしか……」

 徐々に佐祐理の記憶が蘇る。つい最近の事では無い。もっと昔……自分がまだ小さかった頃、そう……舞と出会った時の頃……

「ううっ……」

 それは佐祐理にとって一番辛い時期の記憶でもあった。だが同時に、舞という掛替えのない親友と出会った時期でもある。そして
舞と打ち解けた時のことを考えていた時に、それは思い出された。


 『魔物が来るの』


 あの日病室で、色んな事を話していた時に舞がふと漏らした言葉だった。そのとき見せた舞の顔、それと昨夜の顔が重なった。
その顔が佐祐理の脳裏に焼きついていたのだった。当時は、親が、言う事を聞かない子供に聞かせる「お化けが来るよ」といった
類の話だとばかり思っていた。だから、舞にその事を聞こうともしなかったし、自分も今まで忘れていた。

「舞は、魔物と戦っている?」

 普通に考えれば、そんな現実離れした事を誰も信じるはずが無い。佐祐理だってそんな話を、何時もなら笑って冗談だと
済ませていただろう。しかし今の佐祐理は、それを否定する事は出来なかった。

「舞は、何かと戦っている?」

 『魔物』と言うのが比喩だとしても、舞が何かと戦っている。佐祐理はそう感じた。不安に駆られ、居ても経ってもいられなくなった
佐祐理は身支度を整える。舞に会って話がしたかった。今何処にいるかは分からないが、おそらく今日も学校に行くはず。支度を終えた
佐祐理は家の者達には黙って出かけた。


                         ★   ★   ★


 佐祐理は校門前までやって来た。自分が三年間通った学校でありながら、夜の校舎は初めてみる建物のように思える。校門の柵は
閉ざされ、何者をも通さんとするその姿は、舞が佐祐理を拒絶しているかのように思われた。

「あれは?」

 校門前に停まっている一台のバイクが佐祐理の目に留まる。舞の物かと思ったが全く別物だった。祐一のバイクだが、佐祐理はそれを
知らない。

「他にも誰かいるの?」

 そんな疑問が浮かんだ。だが、ここに来た目的を思い出した佐祐理はそれ以上気にせず、どうやって学校に入ろうかと考えた。
結局目の前の柵を乗り越えて行く事にした。手を掛けて跳躍の勢いを利用して身体を持ち上げる。そこから足を掛けて敷地内へと
飛び降りた。運動神経の良い佐祐理は、この位の動作は楽に行えた。どこから校舎内に入ろうかと歩き回っていたが、中庭に来た時に
あるものを見つけた。

「誰か倒れている?」

 遠くから、しかも暗いので良く分からないが、人影らしきものが横たわっていた。他にも幾人か倒れている。

「もしかして……」

 嫌な予感を感じた佐祐理は、おそるおそる近づいていく。視認できる距離まで来ると佐祐理は自分の予感が外れた事を知った。倒れて
いたのは舞ではなかったから。しかし、舞では無いがその姿は異様だった。全身黒づくめで腹部には肋骨を模した模様が施されている。
そして腰には雪の結晶の彫刻の入ったベルトをしていた。

「な、何……この人たち?」

 人物は既に息絶えており、動き出す様子は無かった。胴体部に斬られた痕がある。佐祐理は、他にも倒れている者達を見て回った。
うつ伏せに倒れている者、腕や足が斬り飛ばされている者など様々だが、共通点としてどの身体にも刀傷があった。

「これは一体……」

 佐祐理が辺りを見回した時だった。佐祐理の近くに倒れていた死体のベルトや衣服から何か液体が染み出してきた。佐祐理が見る間に
それは死体の全身に広がっていく。そして液体は泡状に変化すると死体を溶かし始めた。

「ひっ!?」

 佐祐理は短い悲鳴を上げてその場を飛び退る。同様の事は全ての死体に起こっていた。持っている短剣すらも溶かしつくし、その液体
も蒸発して、後にはまるで最初から存在していなかったかのように、何も残っていなかった。

「……」

 佐祐理は黙ってその光景を見ていた。普通なら死体を見つけた時点で悲鳴を上げるか、もしくは卒倒していてもおかしくない。
だが幼い頃、目の前で弟の命が尽きるのを見、更には自殺未遂を経験したことから、ある程度死というものに耐性が付いていた。
そして、余りにも現実離れした出来事に思考が追いついていない所為もあった。

「何が起こっているの?」

 謎の死体すら無くなった中庭に、佐祐理の疑問に答えてくれるものは何もない。どうすれば良いか分からなくなった佐祐理は
周囲を見渡す。すると、一つの部屋の窓ガラスが数枚割れているのを見つけた。何者かがここから進入したのは間違いなかった。

 佐祐理は状況を整理してみる。

 舞は学校に来て何かと戦っているらしい。

 何か、とは先程消えてしまった者達で間違いないだろう。

 その死体は斬られた痕があり、舞は刀を持っている。

 舞はこの場にはいない。

 誰かが、窓ガラスを割って校舎内に飛び込んだ。

「舞は校舎の中?」

 佐祐理はそう結論付けると、迷わずに校舎内へと入っていく。戦闘が行われたのは明らかだったから、もしかして舞は怪我を
しているかもしれない。ならば助けなければ、その想いが佐祐理を突き動かしていた。それとも未だ戦闘中かもしれない、そうで
あればそんな所に行くのは危険だったが、自分よりも親友の身を案じている佐祐理には躊躇う理由にはならない。佐祐理は夜の
校舎内を走って親友の姿を捜し求めた。


                         ★   ★   ★


 校舎内
 廊下を歩いていた祐一は、何者かが戦っている音を聞いた。今いる所から近いと悟ると走ってそちらへと向かう。そして祐一は
階段付近に集まっている戦闘員と、踊り場で追い詰められている舞を見つけた。

「舞!!」

 祐一が叫んで戦闘員の注意を逸らしながら近寄り、今まで手に持っていた牛丼弁当を投げつけ……る訳にもいかず、廊下の棚に
置いてあった、生徒のものらしきバックを投げた。勢いの付いたバックは戦闘員の一人に命中した。それで倒す事は出来なかったが
相手を怯ませ、また注意をこちらに向けるには充分だった。次の瞬間、階上から投げ飛ばされた戦闘員が激突して混乱はより大きく
なった。

「舞、無事か!?」

「祐一!?」

 祐一が到着する頃には、舞も階段を下りてきていた。祐一が舞の安否を確認しようと声を掛けると、舞は、やってきたのが祐一だと
初めて気が付いて驚いた。

「怪我は……っと、そんな事を言ってる場合じゃないな。話はこいつらを蹴散らせてからだ。いいな?」

「はちみつくまさん」

 舞は祐一に答えると、腰から鞘を抜いて、そのまま階段を駆け上がっていった。降りてくる戦闘員が振りかざす短剣を掻い潜りながら
最小の動き――刺突――で相手の急所を突いて倒していく。先程手放してしまった刀を手に取ると、同じ動きで、今度は確実に戦闘員に
止めを刺していった。


                         ★   ★   ★


 校舎内・保健室
 戦闘員を倒した祐一達は、一階にある保健室にやってきていた。舞は手足や身体に傷を負っていて、そこから血が流れていた。祐一は、
舞を保健室に連れて行き、勝手に薬品や包帯類を漁って舞の手当てをした。後日問題になるだろうが、今は舞の手当てが優先だった。
脇腹の手当てをする際制服を脱いだのでお互いに色々と意識しつつも、どうにか手当ては終了した。そして今、照明の点いた保健室で

「みまみま……」

 舞は祐一の持ってきた牛丼弁当を食べている。祐一の予想通り、舞は食事を摂っていなかった。祐一は、舞のそんな様子を見ながら
後片付けをしていた。今の舞に何か話しかけても無駄だと思った為だ。

「ごちそうさま」

 舞が牛丼を食べ終えたので漸く話が出来るようになったが、祐一は先ず、何から言えば良いのか迷った。そんな祐一から何か感じ
取ったのか、舞が先に口を開く。

「祐一、怒ってる?」

「ん? いや、怒ってないけど……どうしてそう思うんだ?」

「私が一人でカノンと戦っていたから」

「怒っちゃいないさ。まぁ心配はしたけどな」

「ごめん」

「良いって。それより、怪我の方はどうなんだ?」

「平気。このくらいなら問題ない」

 舞はそう言うと手足を動かして平気だとアピールした。祐一も漸く頭の中が整理できた。

「今まで何処にいたんだ?」

「森の中。昔見つけた所にいた」

「この寒いのに外にいたのか?」

「平気……私は皆とは違うから」

 話す舞の顔は悲しげだった。それを見て祐一は、今まで知りえた事から導き出された推測を、舞に確かめる事にした。

「舞……お前は父親の川澄博士の研究で、身体を強化されているんじゃないか?」

「どうしてそれを!?」

 舞の言葉は祐一の推測を裏付けるものだった。祐一は驚いている舞に説明をする。

「俺が世話になっている水瀬家な。あそこは今はいないが、水瀬健吾という科学者の家なんだ。その人が残した物の中に、舞の
 お父さんの事を記した物が在ったんだ。で、それを見たら川澄博士は人間を強化する研究をしているらしいとあったからな。
 それと舞、お前の事だ」

「私?」

「ああ。お前の動きは明らかに普通の人間とは違う。それに……昔言ってたろ? 『私は皆とは違う』って。それはお父さんに
 よって身体が強化されている事を言ってたんだろ?」

 祐一はきつく問い詰めるでもなく、優しく諭すように舞に話していた。祐一には舞を怖がる理由など無い。それどころか逆に、
舞が自分を恐れるかもしれないと思っていた。自分は舞より力の強い、改造人間なのだから。

「祐一……」

「大丈夫だ。俺はお前を怖がったりしない、お前がカノンと戦っている事も知っているからな。それに俺は……」

「何?」

「いや、何でもない。とにかく、舞の事を話してくれないか?」

 祐一を信じた舞は、自分の事を話し始めた。

 自分は昔、身体が弱かった事。

 父親の研究でそれも克服し、更には常人以上の身体になった事。

 そして、その研究を魔物――カノン――に奪われ、父親も殺された事。

 父親が倉田の家に行けと言った事。

「そうだったのか……それで舞は佐祐理さんの所に?」

「はちみつくまさん」

 舞は、話し終えたとばかりに、後は何も言わなかった。心配そうに祐一を見ていた。

「大丈夫だって言ったろ? 舞は舞だよ。お前を拒絶したり、怖がったりしない」

 祐一が笑いかけると、舞も安心したのか不安な気配が消えた。それを感じ取った祐一も安心するが、話に出てきた少女の事を
思い出した。

「佐祐理さんの事だけどな……」

 舞は、佐祐理の名前が出た途端に再び顔を曇らせた。僅かな変化でしかないが顔には苦悩の色が浮かぶ。それを心苦しく思いながらも
祐一は、今日佐祐理と話した事、今日あった出来事などを語った。

「……生徒会との事も心配している。佐祐理さんには全てを話さなきゃならない時がくるかもな」

「佐祐理……」

 舞とて何時までも隠し通せるとは考えていない、いつかは話すときが来るだろう。それにあの心優しい佐祐理の事だ、きっと舞を
心配して自分から首を突っ込んでくるだろう。そうなったら……

「佐祐理は、私が守る。佐祐理を傷つけたら許さない」

 かつて幼き日に立てた誓いを、今再び宣言した。

 その後も、「夜の学校に忍び込んでいる」事を話し合ったが、少なくとも今はそれをやめる事は出来ないという事になった。ここで
カノンが何か企んでいるのは確実だから、放っておくことなど出来る筈も無い。祐一達は、保健室にいた痕跡を出来る限り消すと再び
夜の校舎の見回りを始めた。今まで明りを点けていた保健室から暗い廊下に出たが、二人の目は即座に暗さに順応している。

「さっき倒したやつらで終わりかな?」

「……分からない」

 小声で話しながら歩いている祐一は、さっきは舞を助ける為に戦闘員を全て倒してしまったが、尋問してカノンの企みを聞き出せば
良かったと後悔していた。今度は捕まえてやる、そう考えていた。

「今度戦闘員を見つけたら、捕まえてヤツらの目的を聞き出すぞ」

「はちみつくまさん」

 上階への階段に差し掛かった時だった。上から何者かがやってくる足音がした。

「舞」

 それだけで舞は、理解して足を止めた。壁の陰に隠れる。祐一も同様に隠れて、二人とも気配を殺して足音の主がやってくるのを
待った。足音の主は気配を殺そうともせず、だが慎重な足取りで階段を下りて来た。一歩、二歩と音が近づいてくる。舞はしゃがみ
込んで目を閉じている。あの時のように、やり過ごして背後から襲い掛かるつもりでいた。

 突然足音が踊り場辺りで止まった。それを察知した舞は気付かれた? と思い、駆け出そうとした。

「(今ならまだ不意をうてる)」

 曲げた足を伸ばしかけた時に、足音の主が漏らした声が聞こえた。それは呟きにも似た小さな声だった。不安に駆られ、つい漏らして
しまったような声だが、他に音の消えたこの空間にはよく響いた。

「舞……」

「佐祐理!?」

「佐祐理さん!?」

 声を聞いた途端、祐一と舞は気配を殺すのも忘れて、気配の主――佐祐理――の視界に飛び出していた。 

「え? 舞……と、祐一さん?」

 舞が飛び出してきたのにも驚いたが、この場にいるとは考えてもいなかった祐一までもが現れたことで、佐祐理は混乱していた。
 

                         ★   ★   ★


 佐祐理は舞を探して校舎内を歩いていた。歩いている内に冷静になってくる。すると徐々に先程の光景――謎の人物が溶ける様――が
頭の中に浮かび、同時に恐怖感がこみ上げてくる。直ぐにでも逃げ出したかったが舞を見つけなければ。という一念でそれを押さえ込ん
でいた。

「舞」

 親友の名前を呟くのは、これでもう何度目になるか分からない。だがそれでも構わずに呼び続ける。この声に答えて、舞が無事な
姿を見せてくれる事を無意識の内に願っていた。

「あれは?」

 外を見ていた佐祐理は、向こうの校舎の一室に明りが灯っているのを発見した。

「保健室に明りが?」

 保健室に明り……そこに誰かがいるのは間違いなかった。

「誰かいるの? ひょっとして舞?」

 前者であれば何か情報が得られるかもしれない。後者であれば、佐祐理の最初の目的は達せられる。だが何故保健室なのか?

「……怪我をしたの?」

 ふとそんな事が頭に浮かんだ。ならば急がなくてはいけないと思い佐祐理は走った。だが階段室の近くまで来たときに足を止めた。
もう一つの可能性に思い至ったのだ。保健室にいるのが学校関係者や舞なら良い。しかし泥棒や先程の謎の人物の仲間達がいたら……
佐祐理は息を整え、慎重に歩いていくことにした。そして踊り場まで来た時に、再び親友の名前を呟く。

「舞……」

 今までは何の返答も無かった。だが今回は無意識の願いが通じたのか、佐祐理が会いたいと願っていた少女が陰から現れた。

「佐祐理!?」

「佐祐理さん!?」

 舞だけでは無かった。その声の主は最初は分からなかったが、その声には聞き覚えがあり直ぐに正体が判別する。

「え? 舞……と、祐一さん!?」


                         ★   ★   ★


「佐祐理……どうして」

「え、佐祐理は……舞が心配だったから……多分学校に来ているんじゃないかと思って……」

「佐祐理さん……」

「なんで祐一さんもいるんですか? 舞と二人で一体何をしているんですか?」

 佐祐理の弱々しい声の問いかけに、二人は即座に答える事が出来なかった。何時かは話さなければいけない時が来る、覚悟はしていた
つもりだったが、それがこんなにも早く来るとは……。

「舞、佐祐理に秘密にしてまで祐一さんと二人で何をしているの?」

 黙っている舞に、もう一度同じ質問をした。

「私は……」

 階段の上と下。普段なら僅かの距離だが、今では二人の心の距離のように遠くに感じる。

「魔物と戦っているの?」

「佐祐理!?」

「……昔一度だけ話してくれたよね。『魔物がくる』って。中庭で倒れていた人達がそうなの? あれは舞がやったの?」

「……」

「佐祐理さん、見たのか……」

 何も言わなくなった舞に変わって祐一が口を開くと、佐祐理は、今度は祐一に問いかけた。

「祐一さん、昼間に佐祐理に言ったのは嘘だったんですね。祐一さんは舞が何をしているか知っていたんですね」

「それは……」

 佐祐理を巻き込みたくない、という舞の気持ちを尊重し、自身もそれに同意したからではあるが嘘をついた事に変わりは無かった。
 黙っているのを肯定ととったのか、佐祐理の言葉に徐々に熱が篭っていく。

「久しぶりに再会したって言うのも嘘なの?」 

「それは嘘じゃない、私も祐一と再会できるなんて思っていなかった」

「じゃあ教えて! 二人は何をしているの? あの人達は何? 魔物って一体何なの?」

 今までの不安や今目の前に居る祐一達の関係、今日見てしまった事。これらが全て織り交ざって佐祐理の感情を高ぶらせていた。
 祐一は、まだ知り合って間も無いが佐祐理がこんな激しく感情を高ぶらせる少女だとは思わなかった。

「ねぇ……舞……」

「わかったよ佐祐理さん。俺が全部話す」

「祐一!?」

「舞も分かってるだろ。ここまで来たら話すしか無いって。それにこのままだと二人の仲まで壊れてしまうからな」

 祐一の言葉を聞いた舞は、黙ってしまう。次いで祐一は、踊り場にいる佐祐理に話しかける。

「佐祐理さんに黙っていたことは謝るよ。でもそれは佐祐理さんを危険な目に遭わせたくないと思ったからなんだ。その事は
 わかって欲しい」

 それは「自分達は危険な事をしています」と言う宣言と同義だった。佐祐理に一瞬悲痛な表情が浮かぶが、黙って祐一の話を
聞くことにした。

「それで……」

 祐一の視界に何か異質なものが映った。佐祐理の右側、踊り場で折り返した上り階段に何かが居た。ソレは佐祐理の背後に回る。

「佐祐理さん、後ろ!」

「え?」

「イーッ!」

 佐祐理が振り返るとその視線の先には、短剣を振り下ろそうとしているカノンの戦闘員の姿があった。祐一達は佐祐理と話すのに
気をとられていて、戦闘員の接近に気が付かなかった。
 驚いて仰け反った佐祐理はバランスを崩す。佐祐理の立っていた所は段差の直ぐ手前だったので、バランスをとろうと踏み出した
足の先に床は無い。彼女の身体が傾いていく。
 
「キャアッ!」

「佐祐理!!」

 佐祐理の悲鳴と舞の叫びが重なる中、戦闘員の短剣が佐祐理を切り裂いた。




 続く




 後書き

 こんにちは、カノンMRS30話お届けの梅太呂です。

 ようやく来ました30話。でも一話辺りが短い(当社比)ので

 何とも……(何が言いたいのか本人もわかっていません^^;)

 これから話は進んでいく筈なので、お待ち頂ければ幸いです。

 今後とも宜しくお願いします。

 最後に

 今作品を掲載してくださった管理人様

 今作品を読んでくださった皆様に感謝して、今回の後書きを終わりにいたします。

 ありがとうございました。

 では                               梅太呂


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