「お前は……川澄の娘だな?」

 黒づくめの一人がそう言ってきた。その言葉に舞はゆっくりと顔を向ける。

「すぐに父親の後を追わせてやる」

 既に研究データは別の仲間に渡してあり、舞の事を知らないので黒づくめは舞を殺そうと短剣を構えて近寄った。その姿を見た時に、
舞の中で感情がはじけた。

「う、ウワァーーーッ!」

 舞は袋に入ったままの刀を振りかぶると、その場から一足飛びに黒づくめに飛び掛り、刀を叩き付けた。




                     Kanon 〜MaskedRider Story〜    
                             第二十九話       




「イ゛ーッ」

 脳天に強烈な一撃を貰った黒づくめが崩れ落ちると、他の黒づくめも舞を警戒して短剣を構えた。

「お前達は……許さない!」

 舞はそう叫んで感情の赴くまま、黒づくめ達に襲い掛かった。

 それからの事はよく覚えていなかった。気が付くと舞は近くの川原に倒れていた。ここは家の裏にあった森にある川で、ここで舞は
良く遊んでいた。朝日が川面に反射して美しい景色を演出している。舞はその光景に暫く見入っていたが、直ぐに気を取り直して
立ち上がったが、その途端に激しい頭痛に襲われる。

「うっ」

 舞は堪らずにその場にしゃがみこんで頭を抑えた。暫くすると痛みも収まったので、目をあける。次いで舞は頭のあちこちを触って
怪我が無いか確かめるが、何処にも傷らしいものは無いようだった。身体の方には幾つかの斬られた痕があり、血は止まっているが
今になって痛み出してきた。

「……」

 舞は昨夜の様子を徐々に思い出していた。

 舞は”何か”と戦い、全てを倒したものの舞自身も傷を負った。川原まで来た所で舞は意識を失ってしまった。

 その”何か”に父は殺された。

 ”何か”と言うのが舞にはどうしても思い出せなかった。とても重要な事のような気もするが思い出そうとすると頭が痛み出す。
思い出すのをやめた舞は、これからの行動について考えた。やはり父に教えられた通りに倉田と家を訪ねることにした舞は、荷物の
中から手紙を取り出して住所を確認した。ここからはかなりの距離があるが、父の意志を無駄にしない為にもなんとしても
辿り着かなければならなかった。先ず舞は川に入って血を洗い流すと傷口の手当てをした。次いで荷物から服を取り出して着替える。
準備を終えた舞は父も弔わずに、住み慣れた街を後にした。

「さようなら、お父さん」

 舞は一度だけ家のある方角を振り向いてそう言うと、後はひたすら前だけを見て歩き続けた。それから舞は電車やバスを乗り継いで
目的地へと向かった。特急や高速バスなどを使えばもっと早く行けるが、まだ子供の舞が一人でそのような物を利用すれば人々に
怪しまれてしまう。それでも子供が一人で電車等に乗っていれば人目につくこともあるので、そのような時は歩いていた。
既に常人の大人以上の体力を持つ舞は、夜通し歩いても平気だった。むしろ人目につき難い分、夜歩いたほうが都合が良かった。

 そうして数日後、舞は倉田低の前に居た。後半は殆ど山歩きだったので今の舞の格好は薄汚れている。応対に出てきた使用人は
最初舞を門前払いしようとしたが、舞の持ってきた手紙の名前を見ると態度を改めて、家の中へ通した。
中へ通された舞は、中の装飾や調度品に見とれる事も無く黙って案内人に付いていく。

 邸内の一室に案内された舞は、そこで風呂と着替えを与えられる。言われるままに舞は身だしなみなどを整えて、今度は応接間
らしき部屋に通され、そこで舞は暫く待たされた。やがて一人の男が入ってきた。年は舞の父親より幾分か上のように見えた。
舞が持ってきた手紙をもっていて、その顔には舞を安心させようという笑顔が浮かんでいた。

「君が、川澄君の娘の舞ちゃんだね?」

 舞の向かいの椅子に座るなり、男はそう確認してきた。舞は目の前の男にやや警戒しつつも、黙って頷く事で答える。

「そんなに警戒しなくてもいい」

 男は苦笑しつつも、舞の警戒を解こうと自己紹介をし、父との関わり等を語った。そうするうちに舞の警戒心も薄れ、
目の前の男――倉田――の話を聞くようになっていたし、自分の事も話すようになっていた。

「君のお父さんには、息子の病気を治す研究を頼んでいたんだ。尤も間に合わずに息子は亡くなってしまったがね」

 舞から視線を外して、膝上で組んでいる自分の両手を見つめながらそう話す倉田の顔には、深い後悔と苦悩の色が浮かんでいた。

「お父さんの事、恨んでいるの?」

「いや、恨んではいないよ。彼の研究が無ければ、息子はもっと早くに亡くなっていただろうからね。感謝しているよ」

 舞の言葉に倉田は、慌てて顔を上げて答えた。言いながら笑顔を浮かべる。次いで話は舞が持ってきた手紙のことになった。

「この手紙には、娘を先にこちらに寄こす。自分は後から行くつもりだが、もしもの時は娘を頼む。という感じで書かれていたんだが
 お父さんは何時こっちに来るのかな?」

 今度は、舞が辛そうな表情を浮かべる番だった。その様子を見た倉田は、舞の父に何が起こったか検討が着いた。

「お父さんは……来ない。死んじゃったから……」

「そうか……もしよかったら話してくれるかい?」

 倉田は、自分から聞き出そうとせずに舞が話すのを待った。舞は既に自分の中で整理をつけており、泣いたりどもったりせずに
父親と自分の身に起こった事を話し始める。しかし自分の身体の事は話さなかったし、襲ってきた”何か”に関しては自分の記憶が
はっきりしない為に、死因については研究の事故で死んだと話した。

「そうだったのか……、そんな事が……」

 そう言ったきり、倉田は何か考え込んでしまった。そのまま部屋には沈黙が続く。部屋に置かれている時計の針を刻む音が
やけに大きく聞こえた。

「分かった」

 沈黙を破ったのは倉田の口だった。

「君は今日からこの家で暮らしなさい。何も心配は要らないよ」

 それからは、舞の意志に関係なく事態が進んでいった。倉田が後見人となり舞はこの家で暮らす事、この街にある学校に通う事など
様々な事が決められ、処理されていった。まだ子供の舞にはどうしようもなく、ただ決められた事を受諾するより無かった。

 それから舞が倉田邸の一室で休んでいると、倉田がやって来た。

「舞ちゃん、ちょっといいかな? 私の娘にあって欲しいんだ」

 この家には、亡くなった息子の他にもう一人娘がいるのだと聞かされた。

「佐祐理と言うんだがちょうど君と同じ年でね、良かったら娘と友達になって欲しいんだ」

 倉田は、舞の先を歩きながらそんな事を言う。舞に背を向けているのでその表情を窺う事は出来ない。やがて、とある部屋の前まで
来ると立ち止まり「ここだ」と舞に教えた。

「佐祐理、私だ。いいかな?」

 倉田はノックをした後、部屋の中にいるであろう人物に声を掛けた。だが暫く待っても部屋の中から返事は無かった。舞は、
「いないのかな?」とも思ったが、ノックをした倉田は、これが何時もの事と納得しているのか、得に態度に変化は無い。

「入るよ」

 一言断ってから、倉田はドアを開けて室内へと入っていく。舞も「失礼します」と言ってから、倉田の後に続いた。室内は
一目で高級品と分かる様々な調度品が置かれている。だが派手さは無く、落ち着いた風合いを醸し出す物ばかりであった。
窓にはレースのカーテン、本棚、勉強机、ぬいぐるみ等が整理されて置かれていた。そしてベッドの上に一人の少女が座っていた。

「佐祐理」

 倉田がベッドに座る少女に声を掛けてる。この少女が倉田 佐祐理だった。

「……」

 だが倉田が話しかけても佐祐理は反応しなかった。空ろな表情のまま、その目は何も見つめようとはしていなかった。舞が居る事
にも気が付いていない様子で座っている。

「佐祐理」

 再び倉田が話しかけると、今度はゆっくりと顔をこちらに向けた。

「あ、お父様……」

 表情は空ろのまま、抑揚の無い声で答えた。そして初めて舞に気が付いた。

「そちらは?」

 倉田は舞の肩に手を置いて舞を佐祐理の前に優しく押し出して紹介する。

「私の友人の娘でね。今日から家で暮らす事になったんだ。ホラ」

「舞……川澄舞」  

 倉田に促されて舞は、自分の名前だけを言う。舞は目の前の少女も自分と同じで、何か深い悲しみを持っていると感じていた。

「倉田……佐祐理です。佐祐理と呼んでください」

 佐祐理もぎこちなく挨拶を返した。だがお互いに微笑みかけるという事も無く、ただ言葉を交わしただけ、という感じであった。

「佐祐理、舞ちゃんにはお前の友達になってくれるように頼んだから、仲良くするんだよ」

 倉田のその言葉を聞いた途端、佐祐理が顔を倉田に向けた。

「駄目です……」

「佐祐理?」

「駄目です。佐祐理に友達なんて……佐祐理は、もう……誰とも友達になっちゃいけないんです……幸せになっちゃいけないんです。
 だって……佐祐理は、一弥を……弟を……殺してしまったんですから。弟の幸せを、命を奪ってしまった佐祐理が、誰かと笑って
 生きていくなんて、駄目なんです!」

 最初は弱く、だが徐々に自分の湧き上がる感情を抑えきれなくなった佐祐理は、最後は叫んでいた。自分の身体をきつく抱きしめて、
嗚咽混じりに叫んでいる。

「佐祐理、一弥が死んだのは病気の所為だ。お前の所為じゃない。私がいけなかったんだ」

 倉田が佐祐理に駆け寄り、肩を抱きながらそう言うが佐祐理は泣き止まなかった。

「いいえ! 一弥が病気になったのは佐祐理の所為です。佐祐理がもっと一弥に優しくしてあげたら、もっと良く一弥の事を見て
 いたら……ヒック……」

 後はもう言葉にならなかった。時折嗚咽に混じって「ごめんね」とか「佐祐理が悪いんです」といった言葉が舞の耳に届いた。
舞はそんな親娘の様子を黙って見ていた。

「今日はもう休みなさい」

 倉田は娘を宥めてベッドに寝かせると、舞を促して部屋から出て行った。舞は部屋を出るときに一度だけ振り向いた。視線の先には
シーツを頭から被り未だに泣いている佐祐理の姿があった。

「すまなかったね」

 舞が先程まで居た部屋に戻ってくるなり、倉田が舞に謝ってくる。

「君には話しておいた方が良いだろうな……聞いてくれるかい?」

 そして倉田は思い出すのも辛い過去を舞に話し始めた。


                        ★   ★   ★


 佐祐理には弟がいた。名前は『倉田一弥』。倉田の名前を持ち、佐祐理の弟という事は倉田グループの跡取りの意味も含まれている。
だが佐祐理にはそんな事は関係無かった。ただ自分の弟という事だけが全てだった。佐祐理は一弥を可愛がり、一弥もまたそんな姉を
慕う仲の良い姉弟だった。

 佐祐理にとってはそうでも、世間では一弥が「倉田グループ」の長男で跡取りだという事は重要な意味を持ってくる。両親も周りの
人間も一弥に過度の期待をし、立派に育てようとまだ幼い内から一弥に過酷な教育、躾を施し始める。幼い一弥がそんな期待に答えら
れるはずもなく、彼は泣いたり逃げ出そうとした。そして逃げ込むのは唯一自分に優しくしてくれる姉のところだった。

 一弥を庇う佐祐理に、周りの人間が言う。

『この子は将来倉田グループを背負っていかなければならない人間だ』

『その為には甘やかしたり優しくして、軟弱な人間に育ててはならない』

『佐祐理も、弟には立派な人間になってもらいたいだろう?』

 口々に言われ続けては、佐祐理もそうだと思わずにはいられなくなってきた。
 
 次第に『自分が一弥を立派な後継者に育てなければ』という想いが芽生え始める。その為には一弥には厳しく接しようと決意する。
 
 そして、

「お姉ちゃん、遊ぼうよ」

「……」

「お姉ちゃん?」

「一弥、勉強はどうしたの? 立派な人間になる為にはしっかり勉強をしなさい。遊んでちゃいけません」

 何時ものように慕ってくる弟に、佐祐理は周りの大人たちと同じ事を言った。この家で、いや、倉田一弥という少年の世界の中で
唯一の味方であるはずの姉にそんな事を言われた一弥は、酷いショックを受けた。信じられなかった。
 驚く一弥を部屋から連れ出し、家庭教師に押し付けた佐祐理は、辛く思いつつも「これでいいんだよね」と呟いていた。佐祐理も
一弥ともっと遊びたいと思っていたから。その後も一弥は姉の所にやってきたが、その都度佐祐理は

『勉強しなさい』

『遊んでいる時間はありません』

『そんな事では立派な人間になれません』

 と一弥に厳しく当たった。また学校の友達と遊ぼうとしても

『ごめんなさい、一弥はこれからお家で勉強しなければいけないんです。貴方達と遊ぶ暇なんて無いんです』

 と言って、嫌がる弟を無理矢理に連れて行った。
 
 少年に優しく接してくれる姉はもういなかった。

 次第に一弥の様子がおかしくなってきた。食事も禄にとらなくなり、顔色も悪くなってきた。姉の所にも来なくなり、誰とも話さず、
感情の失われた顔になっている。そして終に一弥は倒れた。
 精神的に追い詰められ、それが身体に悪影響を及ぼした所に重い病気を併発してしまったのだ。

 両親、周りの人々、そして佐祐理もここに来て漸く自分達の過ちに気付いたが、それはもう後悔でしかなかった。既に手遅れだった。

「ゴメンね……一弥、ゴメンね……」

 病室のベッドで寝ている一弥に、佐祐理は涙を流しながら謝る事しか出来なかった。自分が弟をこんな風にしてしまった。
その想いが自分を責め立てていた。

 父である倉田もまた深く後悔していた。まだ幼く、遊びたい盛りの子供にどんな重圧を掛けてきたのかと思うとやりきれなかった。
それに、一弥にとってたった一人の味方であった佐祐理にも酷い事をさせてしまった。もし過去に戻れるならば自分を殺してでも
止めていたかも知れない。それほどまでに思いつめていた。優秀な医者達を集めて医療チームを編成して治療に当たらせた。また、
知人である川澄博士にも研究を依頼したが、病状の進行を遅らせるのが精一杯だった。

「お姉ちゃんと、遊びたいな……」

 日に日に弱っていく一弥がある日、そんな事を言った。あれほど厳しく接してもまだ自分を姉と慕ってくれる一弥に、佐祐理は
申し訳ない気持ちで身体が張り裂けんばかりだった。

「うん、病気が治ったら沢山遊ぼうね。お姉ちゃん、一弥とずっと一緒に居てあげるから。早く好くなってね」

「また、お姉ちゃんの作ってくれたお菓子が食べたいよ……」

「うん……美味しいお菓子を沢山作ってあげるね。お菓子だけじゃないよ。ご飯も、一弥が好きな物何でも作ってあげる。色んな
 お料理出来るように、お姉ちゃん沢山お勉強するから」

 優しかった姉を思い出しながら弱い声で話す一弥に、佐祐理は泣き出したいのを堪えて笑顔で答えていった。またある日、佐祐理は
自分で作ったお菓子と、商店街の玩具屋で購入した玩具を持って夜の病院に忍び込んで一弥と遊んだ。一弥は、禄に身体を動かす事が
出来ない程に弱っていたが、それでも「楽しい」「お姉ちゃん、ありがとう」と言ってくれた。


『神様お願いします、弟を助けて下さい。佐祐理が悪いんです。佐祐理はどんな罰でも受けます、だから一弥を助けて下さい』


 そう神様にも祈った。だがその甲斐もなく、姉に看取られながら、一弥は死んだ。


                         ★   ★   ★


「それ以来、佐祐理は事あるごとに『一弥を殺したのは佐祐理だ』と言って自分を責めているんだよ」

 気が付けば自分の事だけでは無く、佐祐理が父に――まるで懺悔のように――話したことまで舞に喋っていた。
 それで舞は、何故佐祐理があれほどまでに深い悲しみを抱えているのかを理解した。だが、そんな佐祐理に何をしてあげられるか
答えは出せない。人とは違う身体になり「バケモノ」とまで言われ、拒絶された自分だったから。佐祐理も自分の事を知れば拒絶
するかもしれない。

「君もお父さんが亡くなったばかりで悲しいと思う。だけど、何とか佐祐理と友達になってくれないだろうか? そうすれば
 舞ちゃんも寂しく無いだろう」

 そう言いながら、倉田は舞に頭を下げた。それは「倉田グループ」総帥ではなく、娘を心配する父親の姿であった。

「あの娘にまでもしもの事があったら……」

 後は「佐祐理を頼むよ」とだけ言い、未だ答えを出せないでいる舞を残して倉田は部屋を出て行った。
 それから舞は、一日に一度は佐祐理の所へ行った。佐祐理を立ち直らせたり出来るとも思えなかったが、それでも話をする位は出来る
だろうし、たとえ拒絶されるとしても佐祐理という少女をあのままにしては置けなかった。だが佐祐理は「自分には人に優しくしてもらう
資格なんてない」、「幸せに生きるなんて許されない」と言って舞と話そうとしなかった。そしてある日、

「もう来ないで」

 佐祐理にそう言われた。それはかつて友達の前で力を見せた時に言われた

『こっちに来るなぁ! バケモノ!』

 という言葉を思い出させた。舞はたまらずに佐祐理の部屋を飛び出していた。そして部屋に戻ると声は上げずに泣き続けた。

「私はやっぱり人とは違う。他の人と遊ぶ事なんて出来ない……」

 あの時と同じように泣き続けた。だがあの時とは違って、やさしく抱きしめてくれた父親はいない。ただ一人で悲しみに耐えなけれ
ばならなかった。翌日から舞は、佐祐理と直接顔を会わせなくなった。外へ出歩く事も多くなった。倉田邸の人たちともあまり接した
くなかったから誰も来ないような場所を探し、そこで過ごすようにしていた。

 その日舞は、先日見つけた広い麦畑にいた。特に理由など無いか、風に靡く麦穂を見つめるのが好きだった。収穫の時期でもないので
人影も無く、静かで舞のお気に入りの場所となっていた。


 そこで舞は出会った。自分を受け入れてくれた少年に


 偶然この麦畑を発見した祐一が、舞のいる所まで迷い込んできたのが最初の出会いだった。

「どうしてこんな所に一人で居るの?」

 自分の事も話さずに、少年は聞いてきた。普段の舞だったら何も言わずにその場を立ち去っていた。だが、孤独に耐えつつも
心の何処かでは人との触れ合いを求めていたのかもしれない。舞は目の前にいる自分と同じ年位の少年と話すことにした。

「私は、皆と遊べないから」

「なんで遊べないの?」

「私は皆とは違う……皆が私を恐がるから」

 つい言ってしまった。この少年も自分を恐れ、拒絶するかもしれない。でもこれでいいのかも知れない。自分と関われば酷い目に
会うかもしれない……魔物のことを少し思い出したのか、舞は漠然とそう感じた。だが目の前の少年は

「じゃあ……僕と遊ぼうよ。君がどう違うのか分からないけど、一人で居るより良いよ」

 と笑顔で言った。

「君は私が怖くないの?」

「そんなの関係ないよ、一緒に遊ぼうよ」

 舞は少年に自分の力を見せてみた。走ったりジャンプしてみたり。一流のスポ−ツ選手をも凌駕する運動能力に少年は「凄いな」
と驚いていたが、拒絶や恐れといったものは無かった。自分もそうなりたい、とまで言った。少年の周りには運動や勉強の出来る
身内がいたから舞を特別とも思わなかったのだ。尤も舞が、以前友達を助けたような事をすれば怖がったかもしれない。その点は
二人にとって幸運だったかもしれない。それから二人は鬼ごっこをして遊んだ。鬼になった舞は少年を容易く捕まえ、逆に少年が
鬼になった場合は必ず逃げきった。

「……ありがとう」

 日も落ち始め、そろそろ家に帰る時間になった頃、舞は少年に礼を言った。そこでお互いに、まだ名乗っていない事に気が付いた。

「僕の名前は相沢祐一。君は?」

「私は…………舞、川澄舞」

 その日はそれで別れたが、次の日も、また次の日も祐一と舞は麦畑で遊んだ。祐一は舞を捕まえようと様々な作戦を考えたりもした。
結局舞を捕まえたり、舞から逃げ切る事は出来なかったが。鬼ごっこだけでなく様々な事も話したし、祐一からおかしな返事の言葉も
教わった。お互いの家庭の事や、何処に住んでいるか、といったことは話さなかった。舞が話したく無く、祐一もそれを感じ取って
いたのもあるが何より、お互いがそこにいて楽しくいられればそれで充分だった。

「祐一なら信じられる。佐祐理の事を話しても良いかもしれない」

 その日も祐一と遊び、別れてからの帰り道に舞はそう考えていた。祐一と遊んでいても舞は佐祐理を忘れてはいなかった。彼女を
放っては置けない、だが佐祐理に拒絶されるのも怖い。せめてもの妥協点として外に行く前と帰ってきてからは、必ず佐祐理の部屋
の前で様子を窺っていた。佐祐理は相変わらず部屋に閉じこもり、舞を始め、誰とも会おうとしなかった。
 
 今日も佐祐理の部屋の前に来た時だった。

「……?」

 舞は何か何時もと違うものを感じた。自分でもよく分からない……いや、微かだが空気に何か異質な臭いがする。これは……

「血の臭い?」

 つい最近、存分に体験した臭いだった。父が死ぬとき、また”何か”と戦った時に。それは目の前の部屋の中から漂ってくる。

「佐祐理?」

 ノックをしつつ、中にいるはずの佐祐理に声を掛けるが返事は無い。次に先程より強くドアを叩く。

「佐祐理、佐祐理!」

 嫌な予感が膨らんでいく。舞は呼びかけるが、やはり中からは何の反応も無い。ドアノブを回すが戸には中から鍵が掛かっていて、
舞を中に通す事は無い。

「クッ……」

 人を呼んで鍵を開けてもらう時間は無いと判断した舞は急ぎ自分の部屋へ行き、父から貰った刀を手にとり戻ってくる。

「ハァッ!」

 舞は刀を抜き放って、戸の蝶番に斬りつけた。金属同士がぶつかり合う音を立てながら、上下二つの蝶番は一刀の元に切り捨てられた。
蝶番の壊れた戸を蹴り開けて舞は室内に飛び込んだ。そこで目にしたものは、

「佐祐理!」

 ベッドに横たわり、左手首から大量に血を流している佐祐理の姿だった。床には既に血溜まりが出来ており、手首から流れる血が
それを広げていく。近くにはカッターナイフが落ちていて、これで手首を切ったのだった。佐祐理の顔色は蒼白で、かなり不味い
状況だった。舞は急いで佐祐理に駆け寄るとシーツを裂いて佐祐理の手首に巻いて止血をする。同時に呼吸を窺ってみると、僅かだが
佐祐理の口は動いていた。

「佐祐理、佐祐理!」

 止血を続けながら、懸命に彼女の名前を呼び続けた。舞は後悔していた。自分には祐一という、自分を受け入れてくれる存在が
出来た。だが佐祐理にはいない。最初に出会った時に思ったように、彼女を放っておくべきではなかった。たとえ彼女に拒絶されても
自分が彼女を支える存在になろうと努力するべきだった。
 やがて騒ぎを聞きつけたのか、倉田邸の使用人たちが集まってくる。そして中の様子を知ると佐祐理の手当て、病院の手配、主人
である倉田への連絡など、忙しく動き回った。

 幸い発見が早く、また舞達の処置もよかったので佐祐理は一命を取り留めた。意識もはっきりとしていたので翌日に面会が
許されると直ぐに、舞は佐祐理に会いにいった。

「どうして……死なせてくれなかったの」

 それが病室に入ってきた舞が最初に聞いた言葉だった。空ろな目で天井を見ながら、誰にともなく呟く。

「佐祐理は……一弥に言ったの。「ずっと一緒に居てあげる」って。だから一弥の所に行かなくちゃ行けないの」

「でも、死んだら駄目」

「けど! そうしないと……一弥の所にいけない」

 舞の言葉に佐祐理は反応した。目には意志が宿り、舞を見つめる。舞も佐祐理を見つめ、お互いの視線が交わった。暫く見つめ合い、
そして先に口を開いたのは舞だった。

「佐祐理が死んだら、お父さんやお母さんが悲しむ。悲しむ人達が沢山いる」

「……」

「それに、私も悲しい」

「なんで? なんで貴女が悲しくなるの? お友達でも無いのに」

「もう、誰にも死んで欲しくないから」

「え? 誰か、死んでしまったの?」

「お父さん」

「お母様は?」

「ずっと前に死んだ……今は、私一人」

 舞は、自分のことを話した。父親の事、父親の研究の事、自分の身体の事も。研究のことを聞いた時、佐祐理は何も言わなかった。
ただ、全てを聞いた後に「寂しくないの? 辛くないの?」とだけ尋ねた。

「寂しいし、辛い。でも、お父さんが私の為にしてくれた事だから。お父さんの所に行きたいと思ったことは何度もある。だけど、
 それじゃお父さんがした事が無駄になってしまうし、喜ばないと思う。だから、佐祐理も死んだら駄目。弟も喜ばない」

 舞自身、そんな事が言えるとは思っても見なかった。だがそれは、自分を受け入れてくれた祐一の存在が在ったからかもしれない。

「弟も、一弥も佐祐理が死ぬ事を望んでいないと思う」

「そんな事、なんで貴女に分かるの!?」

「佐祐理のお父さんが話してくれた。佐祐理がお父さんに話した事を、私に聞かせてくれた」

「だったら……あの子は、きっと佐祐理を恨んでいる。佐祐理の事を許さない」

「それは違う。一弥は佐祐理の事恨んでなんかいない、佐祐理を許してる。でなければ「お姉ちゃんと遊びたい」、「ありがとう」
 なんて言わない筈だから」

「!!」

 佐祐理は舞から視線を逸らすと、そこに一弥がいるかのように天井に目を向けた。

「一弥……お姉ちゃんの事、許してくれるの? お姉ちゃん、そっちに行っちゃいけないの?」

 そう問いかけるが、答えが返ってくることは無い。舞は一弥が佐祐理を許している、いや最初から恨んでなどいないと信じて話を続けた。

「後は、佐祐理だけ」

「え?」

「弟は許した。お父さんたちも佐祐理の事を責めたりしない。私も佐祐理を責めない。だから、後は佐祐理が自分を許すだけ」

「……」

「佐祐理」

「わからないよ……佐祐理はこれからどうすればいいのか……どうすれば自分を許せるのか分からないよ」

「見つければいい」

「見つかるかな?」

「約束……」

「約束?」

「私も自分の力を認められるようになる。だから、佐祐理も自分を許せるようになって」

 二人の視線は再び交わった。舞は笑顔で佐祐理の視線を受け止めた。

「舞、さん」

「舞でいい」

「舞……うん。佐祐理、探してみるね」

 佐祐理は舞を見て、さらに何かを決意したように頷いた。舞に笑いかけると、その笑顔を見た舞は、漸く目の前の少女の可愛らしさ
を知った。未だ悲しみを引きずる笑顔ではあったが、それでも舞はこの笑顔を守りたい、この少女を守りたいと思った。そして自分も
ぎこちなくではあるが笑って見せた。

「私が一緒にいるから。佐祐理は私が守るから」

「うん……ありがとう、舞」

「佐祐理……うっ!?」

 突然、舞の頭に痛みが走った。顔を顰めた舞を怪訝に思った佐祐理が心配して尋ねてきた。

「どうしたの?」

「……なんでもない」

 直ぐに痛みが治まったので表情も元に戻して、佐祐理を安心させた。だが舞の頭の中には、ある情景が思い出されていた。それは
戦いの記憶。あの日”何か”と戦った記憶が少しだけ、浮かび上がってきた。
 
「(これは……何? 私の記憶……何と戦っているの?)」


 あの日、父の研究を狙っていた”何か”に襲撃されて逃げる事になった。そのとき父は言った。

『守れ』と。


 何を?


『人々を』


 何から? ……父の言葉が思い出される。あれは……


『魔物』


 魔物が来る




「……舞!」

「!!」

 舞は、佐祐理の声で我に返った。辺りを見回すと、そこは夜の森の中ではなく、佐祐理のいる病室だった。

「大丈夫? とっても苦しそうだよ? ここ病院だから、看てもらったら?」

「平気」

 舞は全てを思い出した。家を襲撃し、父を殺したヤツら……『魔物』の事を。何時か、ヤツらはまた現れるだろう。そうなったら
自分は戦わなくてはいけない。

「(魔物と戦う……でも佐祐理は巻き込めない)」

 魔物との戦いに佐祐理を巻き込むことは出来ない。だが恐ろしいヤツらの事だ、佐祐理にもその手が伸びてくるかもしれない、
その時は……

「(佐祐理は、私が守る。佐祐理を傷つけたら許さない)」

 即座に決断した。だが心配している佐祐理には悟らせずに、直ぐに表情を消す。

「でも、何かとっても辛そうだったよ?……そうだ! 今日はここに泊まっていって。そして佐祐理ともっとお話しよう」

 確かに、舞は少し疲れていたし、佐祐理と色々と話してみたいとも思っていたので了承した。

「はちみつくまさん」

「はちみつ……何それ?」

「『はい』の意味。友達から教わった。こうやって答えたほうが可愛いって言われたから」

「じゃあ『いいえ』は?」

「ぽんぽこたぬきさん」

「うん。そうだね、可愛くていいと思うよ」

 それから二人は、佐祐理の病室にもう一つベッドを運び込んでもらい、舞はそこで寝る事になった。二人は色んな事を話した。
昔の事、これからの事。辛かった事や楽しかった事。体力が回復しきっていない佐祐理が疲れて眠るまでそれは続いた。

「……」

 横で眠る佐祐理を見ながら舞は、もう一人会って話さなければいけない人がいるのを思い出した。

「祐一」

 麦畑で出会い、自分を受け入れてくれた少年。あの子にも会って話しておかなければ。舞はそっと病室を抜け出すと、いつも祐一と
遊んでいる麦畑へと向かった。
 麦畑に到着したが、祐一が来る時間にはまだ早かったらしくその姿はなかった。

「(祐一とは、もう遊べない)」

 祐一も佐祐理と同様に、自分の戦いに巻き込むことは出来ない。そんな事を考えていると祐一がやって来た。舞は早速話を
切り出すことにした。

「祐一。私、もう祐一とは遊べない」

「え?」

「魔物が来るの」

「魔物?」

「私はそれと戦わなくちゃいけないの」

「戦う? どうして?」

「私は……魔物を討つ者だから」

 舞は最後に「さよなら」と言い残すと、祐一の返事も聞かずにその場を走り去った。後ろから自分を呼ぶ声がしたが、立ち止まら
なかった。祐一にこれ以上話せば「自分も戦う」と言い出しかねない。祐一はそう言う少年だと感じていた。


 その後、倉田邸での生活が続いていく中で佐祐理も徐々に笑顔を取り戻し、舞は倉田邸の警備員達に混じって格闘術等を学んでいた。


 そしてついに……

「(あれは、魔物!?)」

 学校の始業式の日、夕暮れの商店街で舞は、とうとう魔物が現れたのを知った。昔見た黒づくめの魔物――戦闘員――だけではない。
もっと恐ろしい姿をしたバケモノ(蝙蝠男)の姿も確認した。だが同時に、魔物と戦っている戦士――仮面ライダー ――の存在も
知った。戦士はバケモノと戦っている。黒づくめ達は遠くからその戦いを監視していた。腰に巻かれたベルトから、舞はバケモノも魔物
の仲間と判断した。

「あの人は魔物と戦っている。じゃあ、敵じゃない?」

 蝙蝠のバケモノは戦っている人に任せて、自分は黒尽くめと戦う事にした。

「私は……魔物を討つ者だから」


 舞の戦いが始まった。


                         ★   ★   ★


 焚き火の中で木の爆ぜる音がする。

「!!」

 その音が舞を現実に引き戻す。周囲はすっかり闇に染まり、焚き火の炎が舞とその周りを照らす。それはあの日の惨劇を思い出させる。

「魔物は討つ、佐祐理は守る」

 あれから舞は成長し、それにつれて力も強くなった。あの日別れた少年、祐一は強くなって自分の前に現れて「共に戦う」といった。

 舞は焚き火に雪を掛けて火を完全に消すと、バイクに乗り街へと繰り出した。

 魔物……カノンと戦う為に。




続く




 あとがき


 こんにちは、梅太呂です。最早ひねりのきいた挨拶を考えようともせず、何時もの挨拶と共に

 カノンMRSお届けです。

 今回の話ですが……長っ、舞ちゃんの回想シーン長っ!(当社比w)

 当初はここまで長くするつもりは無かったのですが、色々と書き進めていくうちにこうなりました。

 で、でもまぁこれからの展開は速くなる予定ですので、今後もお待ち頂ければ幸いです。

 最後に

 今作品を掲載してくださった管理人様

 今作品を読んでくださった皆様に感謝して今回の後書きを終わりにいたします。

 ありがとうございました。

 では                                    梅太呂

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