「そうですね。佐祐理も舞の事を信じます」

「あぁ。いつかは佐祐理さんに訳を話してくれると思うよ」

「はい。でも……戻ってきてくれるでしょうか?」

「舞だって佐祐理さんの事を大事に思っているからきっと戻ってくるよ。俺も探すからさ、見つけたら良く話すように言うよ」

「祐一さん、ありがとうございます」

 それから二人は他愛もない話をしていた。そこへ誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。舞かと思ってそちらを見るがやって来たのは
舞ではなく、祐一の知らない眼鏡を掛けた男子生徒だった。同じように見ていた佐祐理はその生徒を知っているようで、声を掛けた。

「あ、久瀬さん」




                     Kanon 〜MaskedRider Story〜    
                             第二十八話       




「佐祐理さんの知り合い?」

 祐一はその名前を何処かで聞いた気がしていたが思い出せず、知っているであろう佐祐理に尋ねた。

「生徒会長の久瀬さんですよ。こんにちは久瀬さん」

 佐祐理は祐一に久瀬の事を話すと、今度は久瀬に向かって挨拶した。

「こんにちは、倉田さん」

 対する久瀬も挨拶を返すと、祐一達のいるところまでやってくる。

「昨日はどうも。ん? 君はたしか……この前転校してきた2−Aの相沢祐一君だったね」

 屋上へと続く階段の踊り場を見ながら久瀬が言った。そして今度は祐一へと話かけてくる。

「そうだが……生徒会長ってのは生徒一人一人のことまで把握してるのか?」

 祐一は軽い驚きと共に久瀬に答えた。

「まさか……でも君は色々と有名だからね。陸上部部長の水瀬君の従兄妹。毎朝の早朝ダッシュは既に学校の名物だし、先日は
 女子生徒二人を抱えての登校だったじゃないか」

 久瀬は、軽く笑いながら祐一に疑問に答えた。その笑いに嘲る雰囲気は無く、ただ単に面白がっているようだった。対して久瀬の
答えに祐一は沈黙するしかなかった。それは否定しようの無い事実であったから。

「今日はどうされたんですか?」

 沈黙してしまった祐一に変わって佐祐理が尋ねた。ここは普段から人気も無く、またこんな場所まで佐祐理達を尋ねてくる者も
滅多にない事だったから。

「今日は川澄さんに直接話をしようかと思いまして。尤もロクに時間も無いから放課後に生徒会室に来てくれるように言うつもり
 だったんですが……今日はいないのですか?」

 久瀬は、何時も佐祐理と一緒にいるであろう舞がこの場に居ない事を不思議に思っているようだった。

「あ……えっと、舞は……」

「舞なら今日は休みだ」

 言いよどむ佐祐理に変わって、今度は祐一が答えた。

「そうなのか……ん? 相沢君、君は川澄さんと仲がいいのか? それにこの場に居るという事は倉田さんとも知り合いだったのか?」

「まぁな。舞は昔の知り合いで、その繋がりで佐祐理さんとも知り合った。俺がこの場に居るのは彼女達に誘われたからで、決して
 強引に付きまとっているわけでは無いぞ」

 佐祐理達は普段は、高嶺の花という感じで近づきがたい雰囲気を持っており、男子はおろか女子生徒もどこか遠慮しがちに話しかけ
ていた。そんな様子を知っているだけに久瀬は、佐祐理と親しげに接し、舞と呼び捨てにしている相沢祐一という生徒を驚きの目で
見ていた。

「そうか……じゃあ、昨日川澄さんと歩いていた男子生徒というのは相沢君のことだったのか」

 それは目撃した生徒たちの間で話題になっていた。あの川澄舞が佐祐理以外の生徒、それも男子生徒と並んで歩いていたのだから。

「君は川澄さんとどういう……」

「ん?」

「あ、いや……相沢君が川澄さんと知り合いなら丁度いい。相沢君、放課後に時間取れるかい?」

 そう言うと久瀬は親しそうに話していた態度を改め、真面目な調子で話しかけてきた。その様子に祐一も真面目に話を聞く体勢になる。

「別に何も予定はないから構わないが、何かあるのか?」

「ちょっと川澄さんのことで話があるんだ。放課後に生徒会室まで来てもらえないか?」

「今じゃ駄目なのか……ってもう昼休みも終わるな。いいぜ、放課後に生徒会室だな」

「ありがとう。助かるよ」

 久瀬は祐一との約束を取り付けると、佐祐理にも挨拶をして去っていった。

「舞のことで……か」

「あの、祐一さん」

 久瀬の話のことで考えていると、先程まで黙っていた佐祐理が祐一に話しかけてきた。

「おそらく久瀬さんは、祐一さんに昨日佐祐理が言われたのと同じ事を言うと思うんです」

「昨日? あぁ、さっき話していた『舞を止めてくれ』ってやつか……」

「はい」

 先程佐祐理が話した、昨夜舞に詰め寄った話の中で出てきた事を思い出していた。

「まぁ、放課後になったら行ってみるよ」

 そうしている内に昼休みも終わりに近づいてきたので祐一と佐祐理はそれぞれの教室へと戻っていった。祐一の教室では既に
名雪達も戻ってきていて、祐一に気付いた香里が声を掛けてきた。

「おかえりなさい、相沢君」

「おぅ、今帰ったぞ。飯は?」

「無いわよ」

「風呂は?」

「沸いてないわ」

 昼休みももう終わるし、学校であるから風呂の用意など出来ているはずも無かった。

「二人とも、会話だけ聞いてるとまるで『冷え切った夫婦の会話』みたいだよ〜」

 そんな祐一達の会話に、珍しく名雪がツッコミを入れていた。


                         ★   ★   ★

 教室・放課後

「祐一、放課後だよ」

 本日の日程が終了し、教室内が何時もの喧騒に包まれると、祐一の隣に座る名雪が何時ものごとく、祐一に報告した。

「ねぇ、祐一。今日は部活もお休みだから一緒に帰ろうよ」

 久しぶりに祐一と帰れるのを楽しみにしていたのか、名雪が実に嬉しそうに言ってきた。

「あ〜すまんな、名雪。俺はこれから生徒会に用事があるから一緒には帰れない」

「そうなの?」

 祐一の答えを聞いた途端に名雪の表情が曇る。期待に満ちた顔からの変化は実にわかりやすかった。

「相沢君、今度は何をしたのよ?」

「今度はって、俺は何もしてないぞ。ちょっと舞の事で話があると言われてな」

「川澄先輩の? まさか、カノンとの事で……」

「しっ!」

 何か言いかけた香里を慌てて制した。香里もまた、その事はここで話すべき事では無いと悟ったので、すぐに大人しくなった。
舞とカノンの事は今朝香里達に話しており、彼女達も舞と協力する事を了承していた。

「いや、そこまで分かっているはずは無い。ただ舞が夜に街をうろついている生徒だというのがバレてるようで、その事で呼ばれて
 いるんだ」

 祐一達は周りの注目を集めないように、なるべく小声で会話していた。

「でも、何で祐一が呼ばれたの?」

「俺が舞の知り合いで丁度いいと久瀬に言われてな。おそらく俺に舞を説得させるつもりなんだろうよ」

「久瀬? 相沢君、生徒会長に会ったの?」

「あぁ、昼休みにな」

 それから祐一は、久瀬という生徒やこの学校の生徒会に付いて香里達から色々と聞いた。久瀬は倉田家ほどでは無いが、それなりに
資産のある家の生まれで成績も優秀。生徒会長としての手腕も秀でており人気も上々、これと言った欠点のない生徒だった。
 またこの学校の生徒会は教師連中よりも権力があり、生徒の学校生活の管理、指導も行っているとの事だった。生徒の自主性を重んじ、
自己管理等を学ばせるという名目だったが、それを快く思わない教師達もいるらしいと聞いた。

「下手に生徒会を怒らせないほうがいいわよ。退学処分なんてことにもなりかねないから」

 そう言って香里は話を締めくくった。だが祐一は別に気にした風もなく、ただ「そうか」とだけ答えていた。

「まぁ、とにかく行ってくる」

「あ、祐一。川澄先輩のことはどうするの?」

 話では今日にでも家に連れてくる予定だったが、生徒会に呼ばれているし、何より当の本人が学校に来ていないので連れて行くことは
できそうに無かった。その旨を名雪たちに伝えた。

「今日は無理かもしれん。秋子さんにもそう伝えといてくれ」

 そう言うと祐一は支度を済ませて、残っているクラスの連中に挨拶をすると教室を出て行った。その後、名雪達も帰ろうと教室を
出ようとした所で、先に出て行った筈の祐一と鉢合わせた。

「あれ、祐一どうしたの?」

「なあ……生徒会室って何処だ?」


                         ★   ★   ★


「ここか……」

 あれから祐一は、名雪達に場所を聞き、ここ生徒会室へとやってきていた。昨夜校内を見て回ったときにこの部屋の前も通っていた
筈なのだが、周囲を警戒していたこともあって覚えていなかった。ここは祐一達の教室棟とは別の棟で特別教室などが立ち並び、辺り
には放課後ということもあって生徒達の姿も無かった。目的は室内にあるのでまずはノックをする。

「お邪魔します」

 そして一言断ってから部屋に入っていった。部屋の壁には整然と棚が並べられて、中には様々な資料が収められている。中には数人
掛けのテーブルにパイプ椅子が並べられて、そこでは幾人かの生徒が何かの作業をしていた。

「あ、何か御用ですか?」

 祐一に気が付いた女子生徒の一人が作業の手を休めて向き直って尋ねてきた。

「会長に呼ばれて来たんだが、会長は居る?」

 既に話が通っていたのか、それだけ聞くとその女子生徒は納得した顔になって話を続けた。

「2−Aの相沢さんですね。会長は奥にいますからどうぞ」

 言われて奥を見れば、そこにはドアがあり掛かっているプレートには『会長室』と書かれていた。

「あれか、じゃぁ通らせてもらうよ」

 応対してくれた生徒に断って部屋を横切り、会長室のドアの前に立つ。それからノックをすると中から「どうぞ」と返事が聞こえたので
祐一は中に入っていた。中は前の部屋と同様に壁には棚が置かれていた。部屋の中にはごく普通の事務机が置かれていてそこで久瀬が
何かの書類に目を通しているところだった。あと他にはパイプ椅子が幾つかと、空いている壁に空調用のエアコンが設置されているだけ
だった。

「あぁ相沢君、来てくれたか。適当に座ってくれ……どうかしたかい?」

 部屋に入ってきた祐一が室内を見回しているのを不思議に思った久瀬が尋ねてきた。

「いやな……会長室っていうから、もっとこう大企業の社長室とか、豪華な学校の理事長室みたいなものを想像していたんだが……」

「ハハハ、一応は学生の身分だからね。そんな贅沢は出来ないよ」

 祐一の感想に、久瀬は苦笑でもって答えていた。再度久瀬が勧めると、祐一は適当な椅子に座る。祐一が席に着き話を聞く体勢に
なった所で久瀬が話を始めたが、まず最初にした事は祐一に頭を下げる事だった。

「態々呼びつけてすまない。本来なら用件のある僕が相沢君の所へ出向くのが筋なんだが、今回の話は回りに人が居ない所で
 したかったんだ」

 その行動が意外だったのか、祐一が酷く驚いた顔をする。そして祐一は、その意志を素直に口に出していた。

「驚いたな」

「何がだい?」

「いやな、あんたが素直に頭を下げた事がさ。聞いた話じゃ、佐祐理さんの家ほどじゃないにしても結構な資産家のお坊ちゃんだ
 そうじゃないか。それで生徒会長だろ? てっきり椅子にふんぞり返って威張りくさっている物だとばかり思っていた」

 祐一の答えは久瀬も何度か言われた経験があるのか、怒ろうともせずに再度苦笑するだけだった。

「まぁそう見られても仕方ないけどね。さて、そろそろ本題にはいってもいいかな?」

 久瀬はそう言って眼鏡を直す仕草をすると祐一に向き直った。その顔からは笑みが消えて、真剣で冷静な生徒会長の顔になる。
それを感じ取った祐一も、今までのどこかおどけたような表情を引き締めて久瀬と向かい合う。

「舞の事だったよな?」

 祐一が確認すると、久瀬は頷く事で答えた。

「先に言っとくが俺は、舞とは小さい頃に何度か遊んだ事があるだけだ。それで昨日、数年ぶりにこの学校で再会したんだ。
 その位の関係だからとても親密とはいえないぞ」

 祐一がそう言うと、久瀬はどこか安心な顔をしたがそれも一瞬の事で、すぐに表情を引き締めると口を開いた。

「そうだったのか……いやでも、君が川澄さんの知り合いである事には違いない。こちらとしてはそんな君にも頼りたくてね」

「俺に何をさせようというんだ? まあ、佐祐理さんから大体の所は聞いているが」

「多分君の予想通りだよ。川澄さんの行動を止めて貰いたいんだ。最近夜の街に出歩く生徒がいて、それが川澄さんだというのは君も
 知っているだろう? 勿論出歩くだけならそれほど騒ぎ立てることでもないんだが、暴力行為とか何か問題のある行動を起こされる
 と不味いんだ。これはあくまで噂なんだが、彼女が誰かと争ったという話もあるんだ」

 それはカノンの戦闘員と戦ったのではないか? と推測したが、祐一は顔には出さずに黙って久瀬の話を聞いていた。

「加えて最近は、彼女を夜の学校で見かけたという報告も届いている。ここまでくると、生徒指導の教師連中も黙っていなくてね。
 いくら倉田さんの知り合いと言えど、こちらとしても何かの対策を取らなくてはならないんだ」

「舞が何の為にそんな事をしているのかは調べないのか?」

「無論それは彼女にも尋ねたよ。でも何も答えてくれなくてね。今では行動そのものが問題になっているんだ」

 それに彼女は以前、生徒を助ける為とは言え喧嘩をしているしね。だから今回も余計に問題視されている。と久瀬は付け加えた。

「なぁ、なんで生徒会がそこまで舞のことを気にするんだ?」

 久瀬との話がひと段落ついたのを見計らって、祐一が質問した。

「この学校の生徒会が、強い権力を持っているという話は聞いた事があるかな?」

「ああ」

 それはここに来る前に香里から聞いていた。

「その事を快く思わない教師達も多くてね。なにか口実があればその権力を取り上げようとしているんだ。『子供である生徒は
 黙って、我々大人である教師のいう事を聞いていれば良いんだ』とでも言いたげにね」

「それで舞の事をその口実に使われようとしているのか」

「ああ。『一人の生徒を律することも出来ない生徒会にそんな権力を与えるのはおかしい』といって取り上げるつもりだろう」

「それで久瀬は、自分達の権力を守るために舞を止めてくれ、と言いたいのか。それで最悪の場合は舞を処分して権力を守ると」

 祐一は皮肉めいた口調で久瀬に言った。その事を実感しているのか、久瀬は苦い表情をして黙りこんだ。

「たしかに、その考えもある事は認めるよ。でもそれだけじゃないことは信じて貰えないかな」

 口を開いた久瀬は、そう言って祐一を見る。その目にある決意を見て取った祐一は、だまって久瀬の話を聞く事にした。

「生徒会の仕事は生徒を守る事だと思っている。代々の生徒会もそうやってきたからね。今回の事も、川澄さんに夜に学校や街を歩き
 回るという事をやめてもらえればそれで事は収まるんだ。彼女が何か問題を起こしてから、或いは何かトラブルに巻き込まれて怪我
 をしてからでは遅いんだ。そうなる前に止めたいんだよ。君だって川澄さんが怪我でもしたら嫌だろう?」

「ああ」

「もし彼女が何か問題を起こせば、教師や他の生徒達の手前、何か処分を下さなくてはならない。そうしなければ教師連中に介入
 する口実を与えるし、介入させれば生徒会の力は取り上げられて、この学校は徹底した管理教育の場になってしまう」

「そこまで酷いのか?」

「そうしたがっている教師も多いってことさ」

「俺達の担任はそんな風には見えないぞ」

「石橋先生は生徒寄りだよ。結構人気もある」

「この学校は結構自由な校風だと思っていたんだがな」

「それを守っているのが生徒会というわけなんだ」

 生徒の自主性を重んじ、自己管理、自律の精神を学ばせるという事で自由な校風を保ち、それを統括しているのが生徒会だ、
と付け加えた。

「だから相沢君、生徒会の権力を守るためとは言わない。生徒達の為に川澄さんを説得してくれないか? 彼女自身の為にも」

 久瀬はそう言って再び頭を下げた。

「舞の為にも、か……随分と熱心だが、生徒全体の為にか? それとも舞個人の為にか?」

 祐一が少し、からかうような口調で問いかけると、久瀬の顔に動揺が浮かび、その様子は一目で祐一に伝わった。

「あ、いや……それは、その……」

 久瀬をよく知るものであれば、彼のそこまでうろたえた顔を見るのは珍しいと評していただろう。だが祐一はそれほど久瀬との
付き合いが深い訳でもなく、ただそんな久瀬を面白がって見ているだけだった。

「まぁ、良いか。俺に何処までのことが出来るのか分からんけど舞と話をしてみるよ」

 舞はカノンと戦う仲間だから止めるなんて事は出来ないが、取りあえずはそう答えておいた。

「(そうだな。学校内に忍び込むのは止めろ、とでも言っておくか)」

 祐一の答えを聞いてか、久瀬も落ち着きと冷静な表情を取り戻して祐一に礼を言った。

「ありがとう、助かるよ」

「話はそれで終わりだよな。もう帰っていいか?」

 言いながら祐一が立ち上がり掛けるが、久瀬はそれを制した。

「あぁ、待ってくれ。もう一つあるんだ。これはさっきまでの話とは全く関係ないんだが……朝の登校についてなんだ」

 久瀬の話を聞いた瞬間、祐一の動きが止まる。次いでその表情が気まずいものへと変わっていく。

「あ〜、それは……」

「陸上部部長の水瀬君と殆ど毎朝の遅刻ギリギリの登校。いくら遅刻ではないとは言え、これでは問題にもなりかねないんだよ」

「ど、努力はしているんだよ……」

「努力だけじゃなく、成果をみせてほしいんだが……まあ気をつけてほしい。それだけだよ」

 祐一と久瀬が、何処かで見たようなやり取りをしていると、会長室のドアがノックされた。

『会長、宜しいですか?』

 生徒会の役員の声だった。久瀬が了承すると、先程祐一に応対してくれた女子生徒が何かの書類の束を持って入ってきた。

「失礼します。会長、舞踏会の設備の手配ですが……」

 そう言いながら持っていた書類の束を渡す。久瀬は優秀な生徒会長の顔になると渡された書類に目を通す。そんな様子を見て祐一は
今度こそ立ち上がる。

「なあ、話は終わりか?」

「ああ。態々来てもらってすまなかったね、今日はありがとう。じゃあ宜しく頼むよ」

 久瀬は書類から目を離して祐一に顔を向けて礼を言った。

「まあ、お茶の一杯も出なかった事に不満はあるが、了解だ」

「ハハハ、次からは用意しておくよ。尤も百花屋なみの物というわけにはいかないけどね」

 祐一は冗談で言っただけなので、それを見抜いた久瀬も笑って答えていた。それだけ言うと再び書類に目を向ける。
 
「忙しそうだな」

「あぁ、舞踏会が明後日だからね。これから最後の詰めで大変さ」

「楽しみにしている生徒も多いんだ。しっかりやってくれよ」

「分かっているよ」

 そんな会話をしながら、祐一は会長室を出た。生徒会室には未だ生徒会の役員である生徒達が作業をしている。そんな中を
横切って退出した祐一は、廊下で見知った顔を見つけた。

「あれ、佐祐理さん?」

「はい、佐祐理ですよ」

 生徒会室前の廊下には佐祐理が立っていたが、佐祐理の表情は昼間と同じで何処か沈んでいた。

「どうしたの?」

「はい、祐一さんと一緒に帰ろうかと思いまして」

 それでも出来る限りの笑顔をして、そう言ってきた。祐一にしても断る理由も無いので佐祐理と一緒に昇降口へと歩いていく。

「あの、祐一さん。久瀬さんのお話と言うのはやはり舞のことでしたか?」

 道すがら、佐祐理がそう尋ねてきた。表情が沈んでいたのはその事を気にしていたからだった。

「ああ。『舞の行動を止めてくれ』って言われたよ」

「そうですか」

 それきり二人の間に会話が無くなる。玄関前で一旦別れた二人は、靴を履き替えて再び合流して歩き出した。

「舞から連絡あった?」

 今度は祐一から話を切り出すが、佐祐理はただ首を振るだけだった。そうやって歩くうちに校門前までやってくるとそこに、一台の
高級車が停まっていた。佐祐理達が近づいていくと、一人の執事のような身なりをした中年男性が車から降りて佐祐理に頭を下げた。

「佐祐理お嬢様、本日は舞様が居られないのでお迎えに上がりました」

 柔和な表情でそう告げる。だがその身のこなしに隙はなく、何か格闘技でも習得していてボディーガードも兼ねている事は明らかだった。

「あ……」

 その事が予想外だったのか佐祐理が一瞬戸惑った顔を浮かべ、続いて祐一を気まずそうな顔で見つめる。

「お迎えが来たのか。じゃあしょうがないな」

「すいません」

「さ、お嬢様」

 二人が会話しているところへ、執事が割り込んで半ば強引に引き離した。祐一に向けるその視線には明らかに警戒の色が浮かんでいた。
それを敏感に察した佐祐理は執事を窘めた。

「この方は舞の友達で、佐祐理にとってもお友達です。失礼な真似はしないで下さい」

 それを聞いた執事は「申し訳ありません」と頭を下げたが、それは佐祐理の手前仕方なく、という感じだった。

「すいません、祐一さん」

「いいよ。俺は気にして無いから。それじゃあね、佐祐理さん。また明日」

「はい……あの、舞の事は」

「俺も色々当たってみるよ。それで舞を見つけたらちゃんと話をする」

「お願いします」

 そういって佐祐理は車に乗り込む。執事も一礼してから運転席に乗り込んで車を発進させた。車が見えなくなってから祐一は
帰宅するべく歩き出した。


                         ★   ★   ★


 車内
 車が走る事により、周りの景色が流れていくが佐祐理の目には映っていなかった。佐祐理は舞の事を考えていた。

「あの、舞から何か連絡はありましたか?」

「いえ、ございません。探してはいるのですが……」

「そうですか」

 執事との短い会話を打ち切ると、佐祐理は漸く外の景色に意識を向けた。既に日も落ち始めた空を見上げながら呟く。

「舞……何処に居るの? 何をしているの?」


                         ★   ★   ★


 街外れにある森の中
 昨夜から舞はこの森の中に居た。家を飛び出した舞はこの森の中で一夜を明かし、それから鍛錬などをして過ごしていた。
 この時期、屋外で一夜を明かすという事は凍死する危険性が充分だったが、舞は大した防寒装備もないのに平気だった。

「……」

 一通りのトレーニングを終えた舞は、今はバイクの側に座り、焚き火の前でじっと刀を見つめていた。昔のことが頭を過ぎる……




 病室
 白い壁、白い天井。殆どが白く統一された部屋。開いた窓から吹く風がカーテンを揺らす。部屋の外は青い空、新緑の木々。生命に
 満ち溢れた世界。ここは周囲を山に囲まれた静かな土地だった。

「……」

 だが狭い部屋のベッドの上で寝ている舞には近くて遠い世界。僅かの距離でありながら手を伸ばす事すら叶わなかった。
舞は病気を患っていた。元々健康な身体とは言いがたく、些細な事ですぐ寝込んでしまう。今日もこうしてベッドの上で時を
過ごしていた。耳を澄ませば遠くに子供の遊ぶ声が聞こえてくる。

「……」

 舞は独りだった。物心ついた頃には母は既に亡く、科学者である父も舞とロクに話もしなかった。最近は何かの研究に没頭
しているらしく、舞が病気になると、設備だけは整った病院に入れて見舞いに来る事も無かった。たまに来る事があっても
担当の医師と何か熱心に話しこんでいるばかりであった。そんなある日の事。

「舞、家に帰るぞ」

 珍しく見舞いに来た父が入ってくるなりそう言った。普段から無口で必要最低限のことしか話さない父であったから、不満は
なかったが、話の内容は舞を驚かせた。

「お家に帰れるの?」

「あぁ。それにな、外でも遊べるようになるぞ」

 父の顔は僅かだが笑顔へと変わっていた。

「さぁ、早く支度しなさい」

 舞はまだ身体にだるさが残るものの、家に帰れる嬉しさからなるべく急いで着替えた。本来ならまだ退院の許可がおりる状態では
無かったが、病院側と話はついているらしく、舞の退院はスムーズに行われた。だが、家に帰った舞は今度は父の研究室のベッドに
寝かされていた。それからは、舞はまるで実験動物のように扱われた。父自身の手による投薬や採血検査。更に何か機械を取り付け
られての測定などが繰り返し行われた。舞は父親が何故自分にそのようなことをしているのか疑問に思ってはいたが、父親を信じる
ことにした。漸く自分に目を向けてくれたと思ったから。

 舞は、自分の身体が変わっていくのを感じていた。入院していた頃の倦怠感は無く、今まではとても出来なかった運動が出来るように
なっていたから。嬉しかった、これで皆と遊べる。父も時折何かに悩んでいる顔をするものの、自分と多くの時間を過ごしてくれるのも
良かった。自分に様々な事を教えてくれた。そんなある日の事、舞は父が電話で誰かと話しているのを偶然耳にした。

「研究は成功です。これならおそらく息子さんも……えっ、亡くなった?……そうですか、もう少し早く結果がだせれば……はい、
 それで……はい、では失礼します……」

 父の話はまだ続いていたが、舞は聞いていなかった。父が言った『研究』、『結果』。それらが、自分と関係のあるものだという事に
気付いたから。

「(お父さんは私を実験台にした?)」

 悲しくはあったが舞は父を恨む事はしなかった。父の研究の成果で自分は健康な身体になれたのは事実だし、どうやら誰かを助ける
為に研究をしていたらしいから。だから舞は父に問い質すことはせずに、黙ってその場を離れた。

 数日後、舞は公園でようやく出来た友達と遊んでいた。少々人見知りする舞ではあったが、それでもなんとか打ち解ける事が出来た。
だが、ここで舞は初めて自分の身体が他の子供とは違うと気が付いた。自分の力、スピード、反射神経等が明らかに周りの子供を凌駕
していた。友達も最初は「舞ちゃんって凄いね」と言っていたが、そのうちに舞を気味悪がるようになっていった。

 そしてある日の事、皆が公園で遊んでいるとそこへ、一匹の大きな野犬が現れた。目には凶暴な意志を持ち、開いた口からは
鋭い牙が覗く。低い唸り声をあげて、明らかに子供達を襲おうとしていた。

「ウウウ……」

 野犬は低い唸り声をあげて子供達を見据える。野犬は一匹だけだったが醸し出す存在感は皆を怯えさせるのに充分だった。対する
子供達は、身を寄せ合って震えている事しか出来なかった。そして今まさに野犬が子供達に飛び掛ろうとした時だった。

「やらせない!」

 木の枝を持った舞が野犬を殴りつけた。その威力に犬はたじろいだが舞が持っていた枝も折れてしまった。一瞬怯んだ野犬であったが、
戦意を取り戻すと今度は舞へと向き直る。一方の舞は折れた枝を構えながら、野犬を子供達から引き離すように移動する。

「グルル……ガァッ!」

 唸り声を発すると同時に野犬が飛び掛ってきた。舞は持っていた枝を投げつけると同時に駆け出す。枝は回転しながら野犬の顔面に
命中した。その間に舞は野犬に近づいて喉を掴むと、そのまま地面に叩き付けた。叩きつけると同時に自分も飛び上がってから、野犬
の腹部に膝を打ち込んだ。

「ガハッ!」

 野犬は吐血し絶命した。その血が舞の顔や服にかかるが、舞は顔色一つ変えずに野犬から手を離すと子供達の所へ歩いていく。

「大丈夫?」

 舞が子供達に手を差し伸べるが、野犬の返り血を浴びた舞を見た相手から帰ってきたのは拒絶だった。

「イヤ……怖い!」

 誰かがそう叫ぶと、他の子供も口々に舞を拒絶した。

「なんでお前はあんなこと出来るんだよ!?」

「お前って普通じゃないよ」

 その言葉に舞は動きを止めた。自分は皆とは違うと改めて思い知らされた。そして、

「こっちに来るなぁ! バケモノ!」

 明らかな拒絶の言葉。今まで一緒に遊んでいた友達からの拒絶。

「わ、私は……」

 子供故の遠慮の無い言葉、遠慮の無いだけに深く心に突き刺さる言葉。舞は堪らずにその場を走り去った。背後で子供達がまだ何か
言っていたが、舞は二度と振り向かなかった。

「(私は皆とは違う……バケモノなの?)」

 家にたどり着くまで、心の中はその言葉だけが駆け巡っていた。やがて舞の家が見えてくる。舞の家は他の民家から遠く離れた所に
建っており、近所付き合いというものも無い。乱暴に玄関のドアを開けて、玄関に倒れこんだ。舞は起き上がろうともせずにそのまま
でいた。すると、今まで抑えてきた感情があふれ出してきて、舞は泣き出した。誰かがやってきたのに気が付いた舞は涙を拭おうとも
せずに顔をあげる。そこに居たのは父だった。

「舞、何かあったのか?」

 静かな声で父が尋ねてくる。舞は起き上がると父の胸に飛び込み、今度は声を上げて泣きはじめた。父は何も言わずに黙って舞の
頭を撫でていた。

「グスッ……」

 泣きじゃくっていた舞だったが、少し収まってくると顔を上げて父に尋ねた。

「お父さん……私は、皆とは違うの? 私は……バケモノなの?」

 それを聞いた父は何も言わなかった。顔から表情も消える。

「お父さん?」

 舞は、何も言わない父を不安に思った。もしかして本当に? という思いが舞の中を駆け巡る。やがて父の口からでた言葉は、

「そうだ。お前は普通の人間とは違う」

 舞は最初、父が何を言ったのか理解できなかった。だが時が経つに連れてその意味を理解する。だが、たしかに自分は普通の人間
とは違うという事も分かっていた。病弱で寝込むことが多かった自分があれほどまでに動けるようになっていたのだから。
 では本当に自分は、人間では無いバケモノなのか? そう思っていた。

「だが……お前は人間だ。バケモノなんかじゃない。私の大事な娘だ」

 そう言って父は、返り血の着いたままの舞を抱きしめた。それで舞は理解した。普段は自分と禄に向き合おうともせずに研究に
没頭していた父だが、ちゃんと自分の事を考えてくれている、自分を愛してくれている、と。

 それから数日……
 舞は学校にも行かずに、自宅でトレーニングと学習に励んでいた。父親から教えられるのは年相応の学問ではなく、戦いの為の知識
であったり、鍛錬だった。舞はその事を疑問に思うことも無く日々を過ごしていた。だが、そんな中で舞は父親の様子がおかしい事に
気が付いた。舞に接する態度は変わらないが、外の様子を気にしたり自室に篭って何かの作業をする、という事が多くなっていた。

「舞」

 ある日の夜遅く、父が帰ってくるなり舞を呼んだ。慌てた様子は無く何か重大な決心をした表情だった。

「何?」

「とうとうヤツらに私の研究の事がばれてしまった。ここにやってくるのも時間の問題だ」

「お父さん、何を言ってるの?」

「いいか舞、これから話す事をよく聞くんだ」

 そういうと父は舞に目線を合わせて話し始めた。自分は人間を強化する研究をしていた事、それによって舞が人並み以上の力を
持つようになったという事、そしてその研究の成果を狙っている連中が居る事などを舞にも分かるように話した。

「じゃぁやっぱり、私は皆とは違うの?」

「舞、すまない。だけどお前を治すためにはそうするしかなかったんだ。そしある子供の命を助ける事も出来たはずなんだ」

 言いながら父は、舞を抱きしめていた。しばらくそうやっていたが父は、再び舞に話し始めた。

「舞、とにかくここから逃げるんだ。ヤツらが来る前に」

「何がやってくるの?」

「……悪魔のような……魔物のようなヤツらだ」

「魔物……?」

「そうだ。舞、いつかヤツらと戦えるようになるんだ。お前にはそれだけの力がある。人々を守る為にその力を使うんだ。その為に
 今日まで様々なことを教えてきたんだ」

「お父さん……」

 そこまで話した時だった。突然部屋に置かれていたモニターが作動して外の様子を映し出した。そこには黒づくめの格好をした
怪しげな人影が複数映っていた。

「もうやってきたか」

「あれが……魔物」

 モニターを見て父が呟くと、舞もいずれ己が戦うことになるヤツらの姿を見た。父は直ぐに舞の手を取ると、奥の部屋に向かって
歩き出した。

「お父さん、何処に行くの?」

「こっちから逃げるんだ」

 二人は家の一番奥にある部屋に入った。部屋に入ると懐から手紙を取り出して舞に手渡す。

「いいか舞。お前は先にこの手紙を持ってここに書いてある倉田という家に行きなさい。そこならお前を保護してくれる」

 手紙を渡された舞はそれを大事そうに胸に抱え込んだ。だが父の言った言葉に不安が過ぎる。

「お父さん……」

 それを悟った父は、舞を安心させるように微笑んだ。舞の頭を撫でながら言葉を続ける。

「大丈夫だ。舞を見捨てたり、全てを押し付けるようなことをするつもりは無い」

「お父さんは? 一緒に行こうよ」

「すまない、まだ私にはやることが残っているんだ。それが終わったら行くから。お前は先に脱出するんだ」

「お父さん……」

「さあ、もう時間が無い。必要な荷物は全てまとめてある。これをもって行くんだ」

 そう言って舞に手提げバックと竹刀袋に入った一振りの刀を渡した。舞はそれを受け取ると部屋の奥にある扉に向かう。
その扉の奥は通路になっていて、ここから外の森へと脱出できるようになっていた。舞は通路への扉を開くと父に振り返る。

「お父さんも早く来てね」

「ああ、大丈夫だ……」

 舞は父の言葉に頷くと今度は振り返る事はせずに通路を走り出し、そして通路から外の森へと無事に抜け出した。見つかる危険性
がある為に舞は、明りもつけずに暗い森の中を進んでいく。だが幾度と無く通った道なので足取りに不安げな様子は無い。そうして
暫く歩いた所で舞は足を止めた。「先に行け」と父に言われたものの、やはり父の事が心配になってきた。

「(やっぱりお父さんを待とう)」

 そう決めた舞は、近くの木に寄りかかって歩いてきた方を見た。父がやってくるなら自分と同じ道を歩いてくるはずだった。だが
父は一向に現れる様子は無く、1時間ほどが過ぎていた。そして舞が父を迎えに行こうとした時だった。

 遠くの方が何か明るくなっている。何かが燃えているような……。自分の家がある方角だ。

「まさか……お父さん!」

 嫌な予感を感じた舞は来た道を戻った。森の中を全速力で走って行く。一歩一歩踏み出すごとに嫌な予感が膨らんでいく。そして
自分が出てきた通路の出口に来た所で舞は、自分の家が燃えているのを見た。既に火の手は家全体を覆いつくし炎は空をも焦がさん
とばかりに燃え上がっている。

「あ、あぁ……」

 舞は燃え上がる家を見て、その場に立ちすくんでいた。自分が育ち、父と顔も覚えていない母と暮らしてきた家が燃え落ちようと
していた。それを黙って見ているしか出来ない。

「ぅ……」

 立ちつくしていた舞の耳に、微かではあるが人の声が聞こえた。それは森への脱出通路から聞こえてくる。そちらへ目を向けると
誰かが通路の出口に倒れているのが見えた。それは舞の父親だった。

「お父さん!」

 舞は急いで駆け寄って父を抱え起こした。だが無残にも父は身体中を斬られていた。衣服のあちこちが赤く染まっている。

「しっかりして!」

 舞の強い呼びかけに父は根を開いて娘を見つめた。

「舞……逃げろと言ったのに……」

「お父さんのことが心配で……」

「そうか……ヤツらに、研究を……奪われてしまった。そしてヤツらは、抵抗した……私を斬って、家に……火を……」

 黒尽くめ達は当初、博士も連れ去ろうとしたが強い抵抗にあい、止む無く博士を殺してしまった(と黒尽くめ達は思っていた)。
そして博士の研究データを根こそぎ奪い去ると家に火を放ったのだ。

 そこまで話した父はむせ返って、血を吐いた。

「ゴホッ……だが、お前の……舞に関するデータは、既に……消去してある。だから、お前の事は……知らない、はずだ……」

 そうしなければ、舞もヤツらに狙われる事になる。そう考えた博士は舞のデータを一番最初に消去した。

「まだ、辺りに……ヤツらが、いる……かも、しれない。は、やく……に、げるんだ。お前、は……生きる、んだ……」

「嫌だ! お父さんも一緒に!」

 そう言って舞は父を背負って歩き出した。強化されて常人以上の力を持つ舞だったが、身体の大きさは年相応だったので父を
半ば引きずる体勢になっていた。通路からは家から流れてきた煙が上ってくる、一刻も早くここから離れなければならなかった。

「わたし、は……もう、むり……だ。お前を、みす、てる……形に、なって……すま、ない……」

 背中で父が弱々しく言うが、舞はそれに構わずにひたすら歩き続けた。

「(すまない、舞……倉田さん、娘を頼みます)」

 父の言葉はもう音として、舞の耳に届かなかった。

「(……あの街には水瀬君がいたな……彼の所にもヤツらが現れるかもしれない……)」

 その思考を最後に、川澄博士の意識は永遠に絶たれた。

「……?」

 背中の父が急に重くなったのを感じた舞は足を止めて、振り向いて父を見た。父は舞の言葉に返事を返す事もなく、目を閉じている。

「お、とうさん……?」

 嫌な予感を覚えつつも、舞は身体を揺する。揺すられるままになった父の身体は舞の背中からずり落ちた。舞は父の呼吸と心音を
確かめるが、どちらも動いていなかった。

「……」

 舞は横たわる父を無言で見つめていた。父との思い出と様々な感情が舞の頭の中で渦巻いていたが、そのどれもが声となって舞の口
から出る事も、涙となって舞の目からこぼれることは無かった。そこへ、こちらへ歩いてくる複数の足音が聞こえてきた。舞はその音
に反応しなかったが音の方では舞の姿を見つけると急いで向かってきた。それは先程舞の家を襲ってきた黒づくめ達だった。黒づくめ
達は舞と川澄博士の遺体を取り囲むように立ち並んだ。

「お前は……川澄の娘だな?」

 黒づくめの一人がそう言ってきた。その言葉に舞はゆっくりと顔を向ける。

「すぐに父親の後を追わせてやる」

 既に研究データは別の仲間に渡してあり、舞の事を知らないので黒づくめは舞を殺そうと短剣を構えて近寄った。その姿を見た時に、
舞の中で感情がはじけた。

「う、ウワァーーーッ!」

 舞は袋に入ったままの刀を振りかぶると、その場から一足飛びに黒づくめに飛び掛り、刀を叩き付けた。



続く

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