「魔物を討つ。それは私がやらなきゃいけない事だから……」

「どういう事だ?」

「祐一も、佐祐理も巻き込みたくないから……これ以上は言えない」

「佐祐理さんも? 佐祐理さんはこの事を知っているのか?」

「祐一」

 舞は今までに無い、強い調子で祐一の名前を言った。

「お願い、これ以上関わらないで。佐祐理にも関わらせないで。二人とも……私の大事な人だから」

「舞……」

「それじゃ……」

 舞はそう言い残して立ち上がると、祐一を振り返る事無く足早に公園を出て行った。祐一は、舞を追いかけることも出来ずに
座っていた。舞が公園から姿を消しても暫くはその場から動かなかった。




                  Kanon 〜MaskedRider Story〜    
                          第二十六話       




 祐一は座ったまま舞の言葉の意味を考えていた。

「舞、お前は何をしなきゃいけないんだ? お前にしか出来ないって……何と戦おうとしているんだ?」

 祐一は動かなくても時間は過ぎ、辺りは暗くなっていく。やがて灯りだす公園の外灯の頼りない光が、祐一を照らしていた。

「帰ろう……」

 商店街の人通りも少なくなっており、祐一のような学生の姿は殆ど見られなくなっていた。


                         ★   ★   ★


「ただいま」

 祐一は、水瀬家の住宅の玄関から入っていった。既に夕食の用意がされているのか、美味しそうな匂いが玄関まで漂ってくる。

「おかえり……」

「あぁ、名雪。ただい……おわぁっ!」

 出迎えに出てきたらしい名雪の声が聞こえたので、そちらに向きつつ答えた祐一は名雪を見て驚きの声を上げた。名雪はドアの
陰から身体を右半分だけ出して、ドアに隠れるようにして立っていた。更に右手は顔の辺りでドアに副えられていて、顔をより
隠していた。そして恨みがましい目で祐一を見ている。

「な、名雪……サン?」

「遅かったね……」

 抑揚のない声で言う。普段の名雪の明るさを知っているだけに、この話し方は気味が悪かった。加えて、今気付いたが玄関の
照明も落とされていて、それが一層気味悪さを引き立てていた。

「何処にいってたの? 別の女の所なの……?」

「あ、イヤ、それはだな……っておい、まだ昼間の続きか? いい加減その話題から離れろって」

「私という者がありながら……許せないよ……こうなったら祐一……」

 名雪は祐一の叫びにも構わず、相変わらず抑揚の無い声で喋り続けていた。

「だから俺が悪かったって……」

「祐一っ!」

「名雪!?」

 名雪が突然叫ぶと祐一に向かってきた。祐一は身構えて名雪に備えるが、名雪は祐一の直前で停止すると何時もの笑顔を見せて言った。

「ご飯食べようよ。もう夕飯の支度出来てるよ」

「……はい?」

 名雪の変貌ぶりに対応しきれずに、祐一は身構えたままの姿勢で固まっていた。

「驚いた?」

「……あぁ」

 ようやく、一連の事が名雪のイタズラと理解した祐一は力を抜いた。名雪はというと、母がよく祐一達に見せていた
『イタズラが成功した時の顔』をしていた。

「(やっぱり血縁なんだな)」

「えへへ〜」

「……」

 変な所で感心し、同時に懐かしいものを感じて微笑んでいた祐一だったが、喜んでいる名雪をみている内に次第に腹立たしくなって
きたので名雪の頭部にチョップをいれる。

「う〜、いたいよ祐一」

「やかましい。この俺を驚かそうなんて生意気な」

「う〜、祐一が何時も私達をからかうからいけないんだよ〜」

「ぬぅ、今度からは控える事にしよう……ここぞという時にしてやるからな」

「それってもっと性質が悪いよ……」

 名雪が不満の声をあげるが、祐一が「悪かったな」と言いつつ頭を撫でると、名雪の顔も笑顔に戻る。

「それにしても名雪がここまで……ん? 私達、か。そうか、さしずめ「かおりん」と「みっし〜」辺りの入れ知恵だな」

「誰が「かおりん」よ!」

「「みっし〜」と言うのは私の事ですか?」

 名雪が飛び出したドアから香里と美汐が次いで姿を現した。二人とも私服姿で祐一を出迎える。妙な呼び方をされたのが
気に入らないのか、二人とも不満顔だった。

 実際今回の事は香里と美汐の入れ知恵だった。今回の作戦は昼間の出来事をふまえて、加えて栞の影響からか、よく見るようになって
いたドラマの内容と組み合わせて考え付いたものだった。普段祐一にからかわれている事への、ささやかな仕返しのつもりだった。

「おう、香里に天野。ただいま」

「「おかえりなさい」」

 祐一に抗議しても『帰ってきたときの挨拶は「ただいま」と「おかえり」だぞ』と返されると分かっていたので二人とも普通に挨拶を
返した。

「二人とも気に入らなかったか。可愛いと思ったんだがなぁ」

「も、もう。何言ってるのよ!」

 祐一の何気ない言葉に、香里も美汐も顔を赤くしていた。香里はそれを悟られないように言葉を続ける。

「ほ、ホラ。早く着替えてきなさいよ。秋子さんも待ってるわよ」

 香里はそう言って室内へと戻っていく。美汐と名雪もそれに続いて室内へと戻る。一人残された祐一も靴を脱いで階段を上り、
自分の部屋へと入る。着替えを終えた祐一はダイニングに入った。そこには秋子以下全員が既に席に付いていて祐一を待っていた。

「すいません秋子さん。遅くなりました」

「いいんですよ。さ、食べましょうか」

「「「「「いただきます」」」」」

 先程の事を話しながらの食事は進んでいく。やはり秋子の料理は美味かった。時折香里達が秋子に料理のコツなどを教わっている。
秋子もこんな賑やかな食事の時間が嬉しいのか、喜んでいた。やがて秋子達の話がひと段落ついたのか、香里が祐一に話しかけてきた。

「そういえば相沢君、倉田先輩と知り合いだったの?」

「倉田……?」

 一瞬誰の事か分からなかったが、直ぐにそれが佐祐理の名字だと思い出す。

「あぁ、佐祐理さんの事か。今日知り合った」

「今日知り合ったって……倉田先輩が相沢君の言ってた「昔の知り合い」じゃないの? 放課後の時も随分親しげだったし」

「いや違うぞ。その昔の知り合いを通じて佐祐理さんと知り合った」

 二人の会話に興味を引かれて、名雪たちも会話に参加してきた。
 
「祐一。今日あったばかりなのに倉田先輩の事、名前で呼んでるの?」

「本人からそう呼んで欲しいと言われたからな……なんだ? 何か不味いことでもあるのか?」

「相沢さん。倉田先輩の事はご存知無いのですか? まぁ転校してきて間もないですから無理もありませんが」

「ん?」

 美汐の問いかけに答える事が出来なかった。今日知り合ったばかりだが、あの佐祐理という少女に別段おかしいところは感じなかった。

「何かあるのか?」

「相沢君も知ってるでしょ、「倉田グループ」の名前は」

「ああ。いくつもの企業を抱える、この辺じゃ有名な資産家だろ。たしかこの街に家があるんだよな……ん? 倉田? 佐祐理さんは
 倉田グループと関係があるのか?」

「彼女はね、その倉田グループ総本家の一人娘よ。この街の住人で彼女の事を知らない人間はいないわ」

 香里が、さも重大事のように告げるが祐一本人は別に気にした風も無く普通に聞いていた。

「ふ〜ん、そうか。そういやどことなくお嬢様って感じがしたな」

「驚かないの?」

「別に。海外に居た頃にもそういった連中と話した事だってあるし、第一俺は「倉田グループの娘の佐祐理さん」じゃなくて
 「学校の先輩の佐祐理さん」として知り合ったんだしな」

 祐一は、さも当然といった感じで話を続けた。秋子は感心し、名雪達はただ黙って祐一を見ていた。

「本人もそう見られるのが嫌だったんじゃないか?」

「そうかもしれませんね」

 祐一の疑問に秋子が同意していた。

「その倉田先輩が、祐一に何の用事だったの?」

「ん? 舞と一緒に帰ってくれって」

 名雪に次いで秋子が祐一に質問する。

「祐一さん、舞というのは誰なんですか?」

 それを聞いた途端、名雪達も活動を再開する。先陣を切ったのは名雪だった。

「そうなんだよ! 祐一、その人って誰? また女の子の名前だよ!」

「あー落ち着け名雪。その舞って言うのが昔の知り合いだよ。名前は川澄舞、ウチの学校の三年生だ」

「川澄先輩と知り合いだったの?」

 再度、名雪達が驚いていた。今日はやけに名雪たちを驚かせる日だな、と苦笑しつつ祐一は舞の事を尋ねた。

「なんだ、佐祐理さんだけじゃなくって、舞も有名人なのか?」

 それに答えたのは美汐だった。

「はい。いつも倉田先輩と一緒にいますから」

「それだけじゃないわ」

 香里が美汐の説明に捕捉するように話を次いだ。

「彼女って普段から無口でしょ。それで何処と無く怖いってイメージがあったのよ。それでも倉田先輩と一緒という事で、
 別に嫌われるとか疎まれるとかは無かったんだけど」

「何かあったのか?」

 香里の話の様子に、祐一は不安を感じた。確かに舞は無口だし、冷たいとも取れる表情をしているから一見怖い人間に見える。
だが本当は心の優しい人間だと祐一は知っているから、もし舞が恐れられているならその誤解を解いてやりたいと思った。

「ある時ね、彼女は町のチンピラに絡まれているウチの女子生徒を助けた事があったの。向こうは数人で武器まで持っていたらしい
 んだけど、彼女は素手のままで全員叩きのめして病院送りにしちゃったのよ。まぁ非は相手にあったわけだし、それに倉田先輩の
 友人でもあるから彼女はお咎めなし。そんな事があったから……」

「それ以来、舞は皆に恐れられているって訳か」

 香里の話を聞いて、祐一は暗澹たる思いだった。だが香里はそれを否定した。

「そうじゃないわ」

「え?」

「彼女は強くてかっこいい、無口なのはクールだから、って評判になってね。人気がでたのよ……とくに下級生の女子の間に」

「そ、そうか……」

 予想外の答えに、祐一は安心したような、どことなく不安を感じるような、そんな気分になっていた。

「そんなわけで倉田、川澄両先輩は学校でも有名人って訳よ」

「ふ〜ん。ま、俺は二人が有名人だからって知り合いになった訳じゃないし、二人が何処の誰だろうと俺には関係ないさ」

「流石は相沢さんですね」

「どういう意味だ、みっし〜?」

「みっし〜は止めてください。素直に感心しているんです」

 実際美汐は感心していた。相沢祐一という人間性に。もし祐一が佐祐理の事を知っていたとしても対応は変わらなかった
だろうし、佐祐理の方でも、祐一に親しく接していたのではないか? 相沢祐一という青年にはそうさせる何かがあるように
美汐には思われた。でなければ自分もこうまで目の前の先輩に惹かれることは無かっただろうから。

「う〜、ゆういちぃ〜」

 今まで黙っていた名雪が、再び先程のような恨みがましい声を上げた。

「な、何だ名雪?」

「また女の子と知り合ってる……しかも今度は倉田先輩と川澄先輩だよ」

 佐祐理と舞の人気は親の名声や強さだけでなく、本人達の容姿等も大いに関与していた。女子は誰も知らないが、学校の男子間
で密かに行われている美少女ランキングでも常にトップ集団にいる。

「今度は、って何だよ……」

「香里に美汐ちゃん……クラスメイトに下級生、今度は上級生だよ。校内の美少女を手当たり次第にゲットしてるよ」

 名雪は自分の直感で言った事だったが間違いではなかった。香里も美汐も、加えて名雪も先の美少女ランキングでは佐祐理達と
同様に常にトップ集団にいる。というより彼女達でトップ集団を形成していた。
 
「手当たり次第にゲットって……」

「言葉通りよ」

「言葉通りですね」

 祐一は釈然としないながらも、三人の視線の前に沈黙してしまった。

「あの、祐一さん」

 今までみんなの様子を黙って見ていた秋子が口を開いた。

「何ですか?」

「その、舞という子のことなんですけど」

「舞がどうかしましたか?」

「彼女の家族の事は、何か知っていますか?」

 秋子が何故舞の家族の事を気にするのか分からなかったが、それでも答えようとした。だが舞と話した時に聞いた事を思いだし、
言っても良いものかどうか迷った。

「あ……それは」

 祐一が何を言い淀んでいるのか悟った名雪が、祐一に告げた。

「川澄先輩のことは皆知ってるよ。倉田先輩の家に住んでるんだよね」

「知ってるのか?」

「はい。たしか、ご両親は既に亡くなっていると」

 名雪の答えに美汐も追随する。それを聞いて祐一は「校内でも有名だというし、それ位知っているか」と納得した。

「まぁ、俺が知っていると言えば、それ位ですよ。でも、彼女の家族がどうかしましたか?」

「その舞という子は、川澄博士のお嬢さんはではないかと思ったんですが、どうやら間違い無さそうですね」

 秋子の答えは祐一だけでなく、名雪達も分からなかった。舞の家族が亡くなっているのは知っていたが、舞の家族が何を
していたかまでは、学校の誰も知らなかった。

「川澄博士? お母さん、川澄先輩の家族の事知っているの?」

「えぇ。といっても直接の面識がある訳じゃ無いのだけど。健吾さんが何度か川澄博士、彼女のお父さんについて話しているのを
 聞いた事があるの」

 そう言って秋子は舞の父について知っていることを話した。それによれば舞の父は健吾と同じ科学者だった。特に人間工学の
研究に熱心で、2.3回健吾のところにも来ていたらしい。だがある時から学会や他の科学者達との交流を避けるようになり、
それに伴い健吾とも交流が無くなった。

「そんな事があったんですか」

「はい。健吾さんは川澄博士の事を、実に優秀な科学者だと尊敬していましたけど……それがある時、自宅で火事があって
 亡くなってしまったそうなんです。母親も既に亡くなっていたそうです。一人娘がいると聞いていたんですが、それが彼女
 だったんですね」

「それで舞は佐祐理さんの家に引き取られたんですか?」

「はい」

「でも、川澄先輩はどういう関係で倉田先輩の家に引き取られたのかしら?」

 疑問を口に出したのは香里だった。だがそれは尤もな疑問だった。

「流石にそこまでは分からないけど」

 秋子もそこまでの事情は知らないのか、言葉を濁す。舞がこの街に来た時期を聞いてみると、それは祐一がこの街に遊びに
きていた頃と一致していた。

「(舞はこの街に来た頃に、俺と出会っていたのか)」

「祐一、川澄先輩の事が気になるの?」

 黙り込んでいた祐一を見て、名雪が心配そうに話しかけてきた。

「ん、いや。まぁ心配といえば心配だが。友達だしな」

「そ、そうだよね。”友達”だもんね。”友達”だから心配だよね」

 名雪は、殊更”友達”を強調して祐一に同意していた。言葉にこそ出さないものの、香里と美汐も名雪と同じ気持ちだった。

「あらあら」

 秋子はそんな皆の様子を見て微笑んでいた。


                         ★   ★   ★


 夕食を終えた後はそれぞれの時間を過ごしていた。秋子は明日の店の準備を終えると、健吾の研究室に篭って何か作業をしていた。
祐一達はそれぞれに組み手や課題を終えると、風呂に入るなどしていた。

「ふぅ……」

 祐一は風呂から出て、今は自室のベッドに寝ていた。まだ就寝には早い時間だったので、明りも点けたままでぼんやりと天井を
眺めながら、舞の事を考えていた。

「舞の事は少しは分かったが……」

 今日、秋子達と話した事で少しは舞の過去を知る事が出来た。だが

「魔物を討つ、か……」

 祐一は、その事が相変わらず気になっていた。そう言う時の舞の顔、佐祐理や祐一を巻き込みたくないといった時に見せた顔。
それらは祐一自身気付かなかったが、かつて祐一がカノンと戦うと決めた時に見せたものと同じものだった。

「お前は何をしようとしているんだ、舞」

 何とはなしに、視線を巡らせる。そして祐一は、視線が目覚まし時計に来た所で止めた。時間は、昨日プリントを取る為に
家を出た時間と同じだった。

「そういや、学校で舞と再会したんだよな……今日も学校にいるのか?……行ってみるか」

 祐一は、ふとそんな考えに思い至った。そう決断すると祐一の行動は早かった。直ぐに身支度を整えて下へと降りていく。
秋子は研究室にいるのか、誰にも見咎められることなく祐一はガレージからバイクを出す。エンジンをかけるとそのまま
夜の街へとバイクを走らせた。

「ん……あれは」

 二十四時間営業の牛丼屋まで来た時だった。祐一の前を走っていたバイクがその店先に止まって人が下りる。
祐一はそのまま通り過ぎようとしたが、ヘルメットを脱いだ人の顔を見てバイクを止めた。牛丼屋に止まったのは舞だった。
制服ではなく、黒いライダースーツを着ている。

「舞?」

 舞は祐一に気が付くことなく店に入っていく。祐一はバイクを舞のバイクの隣に止める。

「舞のやつ、バイクに乗っているのか?」

 祐一は気が付かなかったが、そのバイクは以前祐一が美汐と真琴を探していた時にすれ違ったバイクだった。祐一は舞のバイクを一瞥
した後、舞の後を追って店内に入った。

「いらっしゃいませ!」

 入った途端に、店員の元気な声が響く。店内は明るく暖房も適度に効いていて、外の暗さも寒さも関係なかった。
カウンターとテーブル席にはちらほらと会社帰りのサラリーマンらしき姿も見かけられた。そんな中で黒いライダースーツを着て、
竹刀袋を脇に立てかけている舞が一際異彩を放って、カウンター席に座っていた。祐一は舞を見つけるとその隣に腰掛けた。

「祐一!?」

 隣に座ってきた人物を見て、舞は驚いた。

「よう舞、奇遇だな」

「どうして?」

「ん? 俺だって牛丼位食べにくるぞ。まぁ、舞が来ているとは思わなかったが」

 祐一は平気な顔で嘘をついた。あくまで「牛丼を食べに来たら、そこに舞が居た」という風を装った。本当の事を言えば
舞が直ぐにこの店を出て、祐一を撒こうとすると思ったからだ。

「……」

 それに対して舞は何も言わず、ただじっと祐一を見ているだけだった。

「ご注文は?」

 二人に店員が注文を聞きにやってくる。

「大盛り、汁だく」

 舞は最低限の言葉で注文を言った。祐一もそれに続く。

「大盛り、汁だけ」

「は?」

「冗談だ。俺も大盛り、汁だく」

「……ハイ、大盛り汁だく二丁!」

 二人の注文を聞いた店員が奥にむかって告げると、奥からも「あいよ」と威勢のいい返事が聞こえる。

「牛丼、好きなのか?」

 品が運ばれてくるまでの間に、祐一が舞に聞いてみた。

「牛丼、嫌いじゃないから」

 相変わらず舞は、祐一を疑うように見ていたがそれでも、祐一の質問には答えてくれた。

「ハイ。大盛り汁だく、お待ち!」

 すぐに店員が祐一と舞の牛丼を持ってくる。目の前に置かれた牛丼からは湯気と美味しそうな匂いが漂ってくる。秋子の手料理を
存分に堪能した祐一だったが、あれから時間も過ぎており、また秋子の料理は消化のよさも考えて作られていて、牛丼の一杯位なら
充分食べられるようになっていた。

「みまみま……」

 祐一も舞も、余計な話をせずに牛丼を食べていた。祐一は早いペースで食べていたが、舞もそれに劣らずのスピードで牛丼を
食べていく。ほぼ同時に食べ終えた二人はすぐに会計を済ませて店を出ようとする。

「お勘定、一緒でな」

 祐一はそう言って二人分の代金を支払った。

「祐一?」

「あぁ、奢りだ。まぁ再会の記念とでも思ってくれ」

「ありがとう」

「ありがとうございました!」

 店員の声を受けながら、二人は並んで外に出てバイクへと向かう。舞は竹刀袋を背負い、ヘルメットを被る。

「なあ舞、今日も学校に行くのか?」

 舞がバイクに跨った所で祐一が言った。舞はエンジンも掛けずに祐一を見る。

「俺は、舞が何をやっているのか知りたいんだよ。そして出来る事があるなら協力を……」

「祐一、関わらないでと言った。危険だからこれ以上は首を突っ込まないで」

 それだけ言うと舞は、バイクを始動させて店の駐車場から出て行った。

「おい、舞!」

 祐一も慌ててバイクに跨り始動させると舞を追って道路に出る。祐一は舞を追って夜の道を走る。直線道路で複雑な小道も無いので
追跡は容易だった。

「舞のやつ、なかなかの腕だな」

 祐一は、前を走る舞を見ながらそう呟いていた。やがて学校の近くまで来た辺りで舞はバイクを止めた。祐一も、舞から少し離れた
所でバイクを止める。バイクから下りた舞は着ていたライダースーツを脱ぎはじめた。中から出てきたのは学校の制服姿だった。そして
竹刀袋から昨日見た刀を取り出すと少し歩いて塀の前までやってくる。そこで周囲を確認した後、舞は一気にその塀を飛び越えた。

「な!?」

 祐一は、その運動能力の高さに驚いていた。塀の高さは2m以上あり、それを舞は垂直とびで飛び越えていた。慌てて祐一も塀に
駆け寄った。塀の向こうは学校の敷地内だった。

「舞のやつ、一体……」

 舞の身体能力は疑問だったが、その舞本人を追わなければと思い出した祐一も、舞と同じように塀を飛び越えて学校内に潜入する。

「舞は何処だ?」

 祐一が舞の気配を探って歩き出そうとした時だった。突然背後に気配が生まれる。祐一は前方に身体を投げ出してソレをかわした。
ソレは空気を切り裂いて、一瞬前まで祐一が立っていた所を通り過ぎていく。

「くっ」

 かわした祐一は反転して気配の正体を見極めようとした。祐一に向かってきたのは、月明かりを受けて煌く刀身。それを持って
いるのは……

「舞」

「祐一……」

 舞は刀を振り下ろしたままの体勢で祐一を見ていた。昨日見せた、冷たくて神秘的な雰囲気を纏っている。今日はそれらに加えて
明確な攻撃の意志が感じられた。

「舞、どういうつもりだ?」

「……かわした?」

 祐一の問いかけにも答えず、舞は今の攻撃をかわされたのが信じられない様子で立っていた。

「舞!」

「!!」

 祐一が再び舞を呼ぶと彼女は気を取り直し、刀を構えて祐一を睨む。

「どういうつもりだ、舞」

「祐一……祐一には関わって欲しくない。だから、これ以上ついてくるなら……」

 舞の攻撃の気配が膨れ上がる。既に殺気とも呼べるものだった。

「殺すのか?」

「ぽんぽこたぬきさん。ちょっと気絶してもらう。大丈夫、峯打ちだから」

 そういって舞は既に刀身を返している刀を振りかぶって接近してきた。

「(速い! だがっ!)」

 心中で舞の斬撃の速さに驚きつつも、祐一は身を捻ってコレをかわす。舞のスピードはなかなかだが、それでも以前に襲いかかって
きた真琴のスピードよりは劣っていたので、見極めることが出来た。刀身が空気を切り裂き地面を穿つ。それは、常人であれば骨折は
免れないほどの威力を秘めていた。

「舞、その威力は洒落にならんぞ!」

 初太刀をかわされた舞は即座に体勢を立て直すと、今は自分の右側に立っている祐一に向かって横薙ぎの斬撃を放つ。

「おっとぉ!」

 横薙ぎの斬撃をしゃがんでかわす。祐一は、直ぐに立ち上がってバックステップで距離をとった。一方の舞は斬撃の勢いを利用して
祐一に向き直って立ち上がると、刀を自分の元に引き寄せた。そして、剣先を祐一に向けると、刃を水平にして鋭い突きを放ってきた。

「おいっ!?」

 剣先は真っ直ぐに祐一の胸元へと向かってくる。祐一は峯の側――舞の身体の外側――に回避すると舞に接近した。舞も刺突から
横薙ぎに変えるがそれより早く、祐一が刀を握っている手を蹴り上げた。

「ぐっ!」

 だが舞は握っている刀を離さなかった。蹴られた勢いを利用して刀を振り上げつつ刀を両手で握りなおして足を横一文字に開き、真っ向
から一気に振り下ろそうとした。それを見た祐一は回避しようとはせず、体を前のめりに丸めて両手を体の前に下げる。舞は祐一の奇妙な
構えに一瞬躊躇ったが、構わずに最速で刀を振り下ろした。だが祐一は、舞にさらに接近すると左の掌底を刀の柄頭に突き当てた。すると
振り下ろす力と突き上げる力の作用で、舞の手から刀が離れて空を舞った。

「!!」

 何が起きたか分からない舞は、一瞬動きを止めた。祐一はそのまま左手で舞の両手を掴むと空いた右拳で舞の腹部に当身を入れる。

「うっ」

 舞は意識を失って崩れ落ちる。祐一は舞の体を抱きかかえながら、自分も座り込んだ。

「ふぅ……前に本で読んだことを真似てやってみたが、なんとか上手くいったか」

 気絶したままの舞を近くの木にもたれかけさせると、祐一は先程飛ばした舞の刀を回収し、ハンカチで拭ってから近くに落ちていた
鞘に収める。祐一が舞に近づくと、彼女も目を覚ました。

「舞」

「……祐一!」

 舞は慌てて起き上がると、腰に手をあてる。だがそこには刀も鞘も無く、舞の手は空を掴むばかりだった。仕方が無いので
今度は素手で戦おうと半身に構えた。

「舞、落ち着け。俺の話を聞いてくれ」

「……」

 祐一の話を聞く気になったのか、、舞は頷くと構えをといた。祐一も攻撃の意志が無い事を示す為に両手を広げる。

「今ので分かったろ? 俺だって充分強いんだから舞の邪魔にはならんさ。魔物って言うのが何か知らないけどさ、俺も手伝うから、
 教えてくれないか。色々と」

「……」

「舞、お前のその力は一体……」

 先程までの舞の動きは、自分や真琴よりは劣るものの明らかに常人を超えていた。祐一の疑問を聞いた舞は悲しげな顔をして
祐一に答える。

「私は……皆とは違うから」

 昔聞いたのと同じ答えを繰り返した。その悲しげな雰囲気に、祐一はこれ以上踏み込んだ質問をするのを躊躇った。すると今度は、
舞が祐一に聞いてきた。

「祐一も……違うの?」

「ん?」

 その目には変わらず悲しげな色が浮かんでいた。

「祐一も私と同じで、他の人とは違うの?」

「ん〜まぁ、違うと言えば違うな……」

「自分は改造人間、仮面ライダーだ」と告げる訳にもいかず、曖昧な言葉で答えた。

「そう……祐一は強い。そんなに強いのは、私の他には仮面ライダーくらいだと思ってた」

「!!……そ、そうか」

 祐一は舞の口から出た「仮面ライダー」という言葉に動揺するが、舞には悟られなかった。

「舞も仮面ライダーの事は知っているのか。まぁ結構な噂になっているからな」

「はちみつくまさん」

 これ以上ライダーの話題を出す事も無いと思って、祐一は質問を続ける事にした。

「それじゃ、舞。次は魔物について話してくれないか? 魔物っていうのは一体何だ?」

「……知らない」

「知らないって……」

「魔物の正体は知らない。でも倒さなきゃいけない」

「(正体不明の怪物ってところか?)そうか。じゃあ舞、どうしてお前がその魔物と戦わなきゃいけないんだ?」

 祐一のその質問に、舞は黙ったまま答えなかったが、やがて口を開いた。

「……言われたから」

「言われた? 誰に?」

「お父さんに言われた。『お前は魔物と戦わなくちゃいけない』って」

「お父さん……川澄博士か」

「知ってるの?」

「名前を聞いた事があるだけさ」

 舞は「そう」とだけ呟くと祐一の所へ歩いてきた。

「祐一、私は戦わなくちゃいけない。だから……」

 そう言って手を伸ばす。舞が何を求めているか分かった祐一は、軽く頷くと舞に刀を渡した。

「いきなり切りかからないでくれよ。あと、俺も一緒に戦う。いいよな?」

 舞も頷くと、腰に嵌めていたベルトに鞘を通した。そのまま校舎に向かって歩いていく。祐一も舞に並んで歩き出した。

「舞、魔物っていうのは何時も現れるのか?」

「出ない時もある」

「出るのは学校だけか?」

「ぽんぽこたぬきさん。でも私はいつも学校から見回っている」

「いつから魔物と戦っているんだ? 昔、俺と別れた時からか?」

「戦い始めたのは最近。それまでは戦い方を勉強していた」

 そんな事を話しながら祐一達は校舎内を歩いていたが、ふと舞が足を止めると祐一をじろじろと見はじめた。

「何だ、舞?」

「祐一、制服じゃない」

「は?」

「学校に来るときは制服が決まり」

「……それで舞は制服を着ているのか?」

「はちみつくまさん」

「……ま、まぁそれは置いといて。校舎を全部見て回るのか?」

 舞は頷くことで答えると、二階へと上がっていく。そうやって最上階まで見回った後は別の棟に移って同じように見回って行く。
制服姿に、腰に差した白木造りの拵えの日本刀が揺れている。そのアンバランスさを何となく見ていた祐一だったが、ある疑問が
浮かんできた。

「舞、その刀はどうしたんだ?」

「昔からお父さんが持ってた」

「じゃあ剣術もお父さんに?」

「はちみつくまさん。それと佐祐理の家の人達からも教わった」

 次いで祐一は、一番聞きたかった疑問を舞に尋ねた。

「舞。さっき俺と戦った時、本気で俺を殺そうとしなかったか?」

「そんなことない。峯打ちだった」

「突きに峯打ちも何も無いだろ?」

「……」

「おまけに最後の唐竹割り。あれ刃が返っていなかったぞ」

「……」

「殺すつもりはなくとも、本気になって忘れていたな?」

 祐一がからかい半分に舞を問い詰めると、舞は祐一から目を逸らしていた。額には汗が浮かんでいる。

「……ぽんぽこくまさん」

「どっちだよ?」

「祐一はかわした。問題ない」

 舞はそう言うと、気まずい表情のまま先を急いだ。祐一も怒って舞を問い詰めた訳ではないので「怒ってる訳じゃ無いから」と
声を掛けて後ろを付いていった。舞に並ぶと彼女の頭を撫でる。最初は驚いた舞だが、直ぐに大人しくなり、祐一にされるが
ままになった。

「祐一、ごめん」

 舞は、顔を赤くしてポツリとそれだけを言った。

「だから、別に怒ってないって。先を急ごうぜ」

 祐一はそう言って舞から手を放して歩き出した。舞は立ち止まって名残惜しげに祐一を見ていたが、祐一の後を追って歩き出そうとした。

「!!」

 ふと中庭を見下ろした時に、舞はそこで動く影を見つけた。正体を見極めようと窓に近寄って目を凝らす。月明かりと常夜灯の僅かな
光に時折浮かぶそれは、彼女が探していたものだった。

「舞、どうした?」

 ついてこない舞を気にした祐一が振り返って舞に声を掛けるが、舞は中庭を見下ろしたまま動かなかった。

「舞」

 祐一が舞に近づこうとした時だった。

「魔物、見つけた」

「何だって!?」

 そう言うと舞は窓を開けると、祐一には構わずにそのまま外へ身を躍らせた。

「舞、ここは二階……」

 祐一は、舞が飛び出した窓に取り付いて中庭を見下ろす。舞は怪我もなく着地して、今は魔物と呼んだ謎の影と戦っている。

「あれは!?」

 祐一は影を見て驚いたがそんな暇は無かった。舞が戦っている影とは別の影が舞の背後から忍び寄っていたから。舞はそれに
気付いていない。

「くそっ」

 それだけ言うと、祐一は先程の舞と同じように窓から飛び出した。空中で回転して足から着地して、ショックを膝で吸収する。
それから一気に舞の元へと走り寄る。



 中庭に金属同士が打ち合わさる甲高い音が響き渡る。影と数合切り結んだ舞は影の攻撃を跳ね上げると、返す刀で影を横薙ぎに払う。
斬られた影は声も無く崩れ落ちる。

「!?」

 その時舞は背後に殺気を感じた。振り向けば今まさに、忍び寄ってきた別の影が舞に襲い掛かってくる寸前だった。舞はかわそう
とするが、到底間に合う距離では無い。

「(やられる!?)」

 舞が観念して目を閉じようとした瞬間、視界に別の影が映った。

「祐一!?」

「させるかぁっ!」

「イ゛ーッ」

 攻撃が舞に当たる寸前に祐一は、舞が魔物と呼んだ謎の影――カノンの戦闘員――を殴り飛ばしていた。





続く




 あとがき

 はい、カノンMRSの最新話お届けです。新しいお話の始まりです。

 今回は色々とネタを詰め込んだらやたらと長いお話になりました。(先まで書きあがっています)

 色々思う所がありまして、擬音表記を削りました。

 元ネタとは違って、舞の得物を日本刀に変えました。これはまぁ私の趣向です。それに日本刀なら竹刀袋に収まりますから
 (西洋剣だと鍔がデカイし)

 切り柄の説明とか、舞の戦い方などは某時代劇小説読んで参考にしましたが上手く表現できているかどうか(汗

 何はともあれ、またお付き合い頂ければ幸いです。

 最後に

 作品を掲載してくださった管理人様

 作品を読んでくださった皆様に感謝して

 後書きを終わりにさせて頂きます。ありがとうございました。

 では                                  うめたろ


 〜追記

 作中に出てきた祐一君の奇妙な発音ですが、私もどのような発音なるのか知りません(ぉ

 日本語で、しかも読み物だから出来るネタという事で^^;
















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