「仮面ライダー」相沢祐一は改造人間である

 彼を改造させた「カノン」は世界征服を企む悪の秘密結社である

 仮面ライダーは人間の自由の為にカノンと戦うのだ




                  Kanon 〜MaskedRider Story〜    
                          第二十四話       




 夢……

 夢を見ていた

 幼き日の思い出……

 自分の眼前に広がる大きな麦畑

 風にそよぐ麦穂

 その様は海原を思わせた

 穂の色は生命力溢れる緑だったか

 それとも実りを約束させる黄金であったか

 それよりも鮮明に覚えているのは

 麦穂と同じように自分の髪を風になびかせている少女

 長い髪が風の思うままに流される

 寂しげに佇む少女


『どうしてこんな所に一人で居るの?』


『私は、皆と遊べないから』


『なんで遊べないの?』


『私は皆とは違う……皆が私を恐がるから』


『じゃあ……僕と遊ぼうよ。君がどう違うのか分からないけど、一人で居るより良いよ』


『君は私が怖くないの?』


『そんなの関係ないよ、一緒に遊ぼうよ』


『……ありがとう』


『僕の名前は…………君は?』


『私は…………』




「舞……」

 夢の少女の名前を呟いた所で祐一は目を覚ます。視界の先に映るのは幼き日に遊んだ麦畑ではなく、ここ一月以上を過ごした
水瀬家の、自分の部屋の天井だった。

「懐かしい夢を見たもんだな……すっかり忘れてたよ」

 引っ越した翌日、名雪を学校に送り届けた時に思い出してはいたがカノンとの戦いが続く中、今まですっかり忘れていた。

「まだ少し早いが起きるか」

 枕元の時計を確認した後、ベッドから下りてカーテンを開ける。澄んだ空に昇る朝日が冷え切った街を照らしていた。祐一は手早く
着替えを済ますと洗面所で身だしなみを整えて、ダイニングへと向かう。そこには既に先客がいた。先ほどまで朝食の用意をしていた
のかエプロン姿で、朝食のトーストやサラダを持っていた。入ってきた祐一に気が付くと朝の挨拶をする。

「おはようございます、相沢さん」

「おはよう、相沢君」

「おはよう、天野に香里」




 真琴の一件以来、美汐は水瀬家に居候の身となっていた。両親が長期出張で一人暮らし同然であったし、一人で真琴を喪った悲しみに
耐えていくのは辛すぎる、と考えた秋子が申し出たのだった。秋子は「家族が増えたみたいで嬉しいわ」と言ってたし、祐一も名雪も
あのまま美汐を放っておく事など出来なかったからすぐに賛成した。そして美汐は水瀬家に温かく迎え入れられた。その甲斐あってか
今まで通り、とまではいかないものの、笑顔をみせるようになっていた。

 それから暫くして、美汐は、

「相沢さん、私もカノンとの戦いに加えて頂けませんか?」

 と申し出た。美汐を戦いに巻き込む事はしたくなかったが、放っておけば一人でも戦いそうな雰囲気の前に、香里の時と
同じように同意した。

 香里もまた水瀬家に半ば居候していた。香里の家は両親も居たし、その両親が未だ栞の死に悲しんでいた。本来なら香里は
両親の側で支えあっていく筈だったが、香里がやろうとしている事を知った両親が「香里の事を頼みます」と秋子と祐一に
頼みに来たのだ。その為、週の半分は水瀬家に寝泊りしていた。




「今日は早いのね」

「あぁ、なんだか早くに目が覚めてな」

 そう会話しながら席に着く。各自が席に着いた所で、秋子が飲み物を持ってやって来た。

「おはようございます、祐一さん」

「秋子さん、おはようございます」

 祐一と香里の前にはコーヒーが、秋子と美汐には紅茶が置かれた。「いただきます」と挨拶をして朝食が始まる。祐一が朝食を
半ば食べ終えた所で、香里が話しかけてきた。

「相沢君、名雪はまだ寝ているのかしら? もしかして二度寝?」

 朝、名雪を起こすのは祐一の役目になっていた(香里も美汐も挫折している)。祐一が毎朝名雪を起こしてから降りてくるので、
今日のように祐一が下にいても名雪が一向に起きて来ないのを疑問に思ったのだ。

「……あ」

「何?」

「忘れてた」

「「「……」」」

 今朝は舞の夢を見たことで早くに目が覚め、その所為か毎朝の日課とも言える名雪を起こすという行為を、すっかり忘れていた。

「あらあら……そろそろ時間になりますね」

 秋子がダイニングにある時計を見ながら懐から耳栓を取り出して装着する。

「毎朝の事とは言え、そんな酷な事は無いでしょう」

「相沢君、なるべく早く止めてきてね」

 美汐と香里も耳栓を装着する。ここ最近は、祐一が目覚ましが鳴る前に時計を止めていた為、使われる事がなかったのだが。

「いってくる」

「「「いってらっしゃい」」」

 三人の美女&美少女に見送られて、祐一は戦場へと赴いた。数秒後、水瀬家のある部屋から目覚まし連合艦隊の騒音が
聞こえてきた。それが収まると今度は、

「名雪ィッ! 起きろぉぉぉーーーっ!!」

 という絶叫じみた祐一の声が聞こえた。


                         ★   ★   ★


「で……今日も走っている訳かぁ〜〜〜〜っ!!」

「う〜〜〜〜祐一がもっと早く起こしてくれたら良いんだよ〜〜〜」

 結局、名雪を起こすのに手間取ってしまい、こうして恒例の早朝ダッシュをしていた。

「ほぉ……そういう事を言うか。よし名雪、『ライダーチャンス』だ。『サイクロンアタック』、『ライダーチョップ』、
 『ライダーパンチ』のどれかを選べ。今度からそれで起こしてやる。因みに『サイクロンアタック』の変わりに『ライダーキック』
 が出現して、それを選べたら大当たり確定だぞ」

「だっ、だぉっ!? ど、努力はしてるんだよ〜〜〜。それに、それってパチンコの……」

 祐一の、半ば本気の脅しに名雪の表情も青ざめる。

「努力どころか、耐性が付いてきているんじゃないか?」

 最近は中々起きなくなってきた名雪を思い出し、今度はため息混じりに呆れた。

「あ、貴方達……なんで、走り……ながら、平気で……会話、出来るのよ!」

 祐一が後ろを振り返れば、香里が何とか追いつきながら走ってきている。そのさらに後方に、美汐が必死に追いつこうと
全力疾走しているのが見えた。その様子には、何かを喋る余裕など微塵もなかった。

「香里も天野も、付き合う必要なんて無かったんだぞ?」

 普段は香里も美汐も先に行くのだが、今日は名雪を起こすのに二人も協力した為に、家を出るのが遅くなってしまったのだ。

「こ……今度、は……そう、させ、て……貰うわ」

 以前、名雪を起こそうとして挫折した記憶からか、はたまた走り続けて余裕が無くなってきたのか、香里は先程よりも弱い
声で答えた。

「名雪っ、時間はっ! 間に合うのかっ!!?」

「う〜ん、V2ガン○ムの理論上の最大加速なら……」

「亜光速かよっ! なんか聞く度に速くなってるし!」

 毎度の名雪の天然ボケじみた返答に律儀に反応し、とにかく全力で走ろうとした祐一だったが、自分はともかく香里や美汐は
間に合わないだろうと思った。

「仕方ない……」

 祐一はそう呟くと来た道を戻って、美汐の左側を走る。

「……?」

 美汐は、自分と並んで走り出した祐一を見て怪訝な顔になる。何故? と聞きたいが全力疾走でそんな余裕も無く、顔を
向けるのが精一杯だった。

「天野……遅刻を回避する為だ。一時の恥ずかしさは我慢してくれ」

 祐一が何故そんな事を言いだすのか分からなかったが、それは次の瞬間理解できた。

「!!」

 突然祐一の右手が背中に回ったかと思うと胴体に回され、美汐の身体は祐一の脇に抱え込まれてしまった。

「なっ!? あ、あああ相沢さん!?」

「喋るな、舌噛むぞ!」

 驚く美汐にそれだけ言うと、祐一は加速して、今度は香里の右側に並んで走る。

「あ、相沢君!?」

 香里は、隣を走る祐一の様子を見て驚きの声を上げる。

「香里、非常事態だ。我慢しろよ」

「非常事態って……」

「言葉通りだ」

 言うが早いが、祐一は左手を伸ばして、先程の美汐と同じように香里の身体を抱え込む。

「えっ!? あ、あああ相沢君!?」

「スカートは押さえていろよ!」

 驚く香里達にそう告げて、先を走る名雪と並ぶ。

「あ、美汐ちゃんも香里も羨ましいな〜。祐一、私も!」

 祐一達の格好を見ながら、名雪は心底羨ましい、という顔で言った。祐一の両手が塞がっているので、自分は背負ってもら
おうと、祐一の後ろにつく。

「名雪、先に行くからな」

「え?」

 だが祐一は、そんな名雪に構わずそう言い残すと、転校初日以来出す事のなかった全速力でもって走り出した。

「あ、祐一ぃ〜〜〜〜……」

 後方で叫ぶ名雪の声も徐々に遠ざかっていく。名雪ならまぁ大丈夫だろう、と思った祐一は両脇に美汐と香里を抱えたまま、
通学路をひたすら走り続けた。その甲斐あってか祐一が校門近くに着く頃にはちらほらと生徒の姿も見えてきた。
 校門を過ぎた辺りで、周囲の視線を感じた祐一は立ち止まって香里と美汐を降ろした。

「ふぅ、どうにか間に合ったな」

 祐一は、わざとらしく額の汗など拭うふりをしながら爽やかに言った。

「「……」」

 一方の香里と美汐は赤い顔をしたまま、何も言わずに祐一を見ていた。それに気づいた祐一が二人に声を掛ける。

「あ〜〜、悪かったな二人とも。恥ずかしかったろうけど遅刻は避けたかったからな……」

「えっ、あ……うん、仕方ないわよ」

「そっ、そうです……非常事態でしたから」

 二人は赤い顔のまま、あわてて祐一に答えた。二人の顔が赤いのは祐一に抱えられるまで走っていたのと、恥ずかしさだけ
では無かったが、祐一がその他の理由に気が付くことは無かった。

「そうか……さて、ここまできて遅刻じゃ洒落にならないからな。早く教室に行こうか」

 そう言って二人を促して昇降口へと向かった。その後美汐と別れてそれぞれの教室へと向かうその途中、祐一は壁に張られた
ポスターに目を止めた。

「舞踏会か……」

 それは近々行われる、生徒会主催の舞踏会の告知ポスターだった。祐一の言葉につられて香里も足を止めてポスターに見入る。

「……栞」

 香里は悲しげな表情でポスターを見ながらポツリと呟いた。舞踏会で踊る事を楽しみにしながら、叶わずに逝ってしまった妹の事
を思い出していた。

「香里……」

 祐一が声を掛けると、香里は明るい表情を作って祐一に笑いかけた。

「大丈夫よ……栞の分まで楽しむつもりだから。踊りの相手よろしくね、相沢君」

「あぁ」

 祐一も笑顔で答えた所で予鈴が鳴った。

「イカン! このままでは本当に遅刻になるぞ! 香里、急ぐぞ!」

「!! え、えぇ!」

 二人は気を取り直して教室へと急いだ。結果、二人は(美汐も)遅刻を免れた。名雪もまたギリギリではあるが遅刻を免れていた。


                         ★   ★   ★


「今日の連絡事項だが……」

 朝のHRで担任の石橋が連絡事項を告げている。祐一は、それを聞き流しながら、今朝夢に見た舞のことを考えていた。

「(皆とは違う、って言ってたけど……たしかに足が速かったり力も強かったよな……でも恐いとは思わなかったし……
 なぜあんなに寂しそうにしてたんだろうな……)」

「あー、最近ウチの生徒が夜中の街を歩き回っているという報告もある。出歩くな、とは言わんが建前上は健全な青少年少女なのだ
 からな。お前達がその出歩いている生徒なら一応は控えるように。まぁ最近は何かと物騒な事件も起こってる事だしな。以上だ」

 石橋がそう言って締めくくるとHRが終わった。石橋が教室を出ると途端に騒がしくなる。

「う〜〜〜〜、ゆういちぃ〜〜〜」

 祐一が授業の準備を始めた所で、隣の名雪が恨みがましい目と声で祐一に話しかけてきた。

「な、何だ? 名雪……」

「う〜〜、酷いよ……」

「仕方ないだろ、あのままだと四人とも遅刻だったんだぞ」

「酷いよ……私も抱っこして欲しかったよ。香里達が羨ましいよ」

「置いていった事はいいのか?」

 名雪の、どこかずれた非難を聞きながら祐一はため息をついた。名雪とて、祐一が取った行動も止むを得ないと思っていた。
だが、祐一に抱っこされた(名雪主観)香里と美汐を羨ましいと思ったのも事実なのだ。

「名雪、何言ってるのよ。すごく恥ずかしかったのよ」

 二人の会話に、後ろで聞いていた香里も参加した。その顔は、恥ずかしさとその他の理由で赤くなっていた。その後も「羨ましい」、
「でも恥ずかしい」というやり取りが一時限の担当教師が来るまで続いた。因みに今朝の様子は全校で噂になっており、その噂は尾鰭が
ついて成長していた。曰く、

『2年の相沢君が同じクラスの美坂さんをお姫様抱っこして登校してきた。二人は熱い眼差しで見詰め合っていた』

『いや、お姫様抱っこ云々は正しいが、その相手は一年生の天野という生徒だった』

『いやいや、二人共抱きかかえてきた、と言うのが正しい。そして相沢君はその二人と同時に付き合っている』

『それに加えて陸上部部長の水瀬さんとも付き合っているそうだ』

『だが水瀬さんは相沢君に捨てられたらしい。「祐一、待ってよ〜」と叫ぶ姿が目撃されている』

『水瀬さんは、それでも諦めきれずに相沢君に「抱いて」と迫ったみたいだ』

その噂を知った祐一は、否定する為に東奔西走する事になるが、それはまた別の話。そんな慌しくも平和な時が過ぎていった。


                         ★   ★   ★


 夜、水瀬家の離れにある一室。何かが叩きつけられたような音が室内に響く。

「だおぉっ」

 畳に背中から叩きつけられた名雪が、情けない悲鳴を上げた。

「う〜、痛たた……祐一ひどいよ。手加減してよ〜」

「阿呆、手加減したら鍛錬にならんだろうが」

 名雪は起き上がりつつ抗議するが、投げ飛ばした張本人である祐一は平然と受け流した。離れの一室であるこの部屋は、簡単な
運動が出来るほどの広さと天井高を持っていた。ここへ畳を持ち込んで、名雪は祐一に格闘技を教わっていた。

『香里も美汐ちゃんも戦えるんだもん、私も自分の身くらい守れるようになりたいよ。そうすれば少しは祐一の役に立てるでしょ?』

 真剣な目をしながらそう言ってきた。最初は祐一も名雪達を直接の戦いに巻き込みたくなかったから反対していたが、香里達に

『危険に対処出来る力を持つのは悪いことじゃないわ』

 そう言われて了承した。そんな訳でここ暫くは、夕食後は香里達も交えて簡単な組み手などを行っていた。尤も名雪は香里に

『相沢君の役に立ちたいなら、朝自分で起きられるようにする方が良いんじゃない?』

 などと、からかわれたりもしたが。

「ねぇ、祐一。私強くなっているかな?」

「たった数日で強くなれるなら、誰も苦労しないぞ。まぁ名雪の場合、運動能力と体力はあるからな。強くなれるだろう」

「うん、頑張るよ! 祐一、もう一回お願い」

 名雪はそう言って構えをとったが、祐一は時計を見ながら名雪に言った。

「今日はここまでだ。明日提出の課題があっただろ?」

「あ、そうだったね」

 名雪も課題の事を思い出した。構えを解き、祐一に続いて後片付けを始めた。その後、祐一は部屋に戻り課題をやろうと鞄の中を見る。
しかし幾ら探しても課題のプリントは見つからなかった。たしか授業で使ったノートに挟んであった筈だが、そのノートが見つからない。

「あれ……学校に忘れてきたか?」

 そう思っていると、ドアがノックされた。

『祐一、いいかな?』

「名雪か? いいぞ」

 祐一が声をかけるとカエル柄のパジャマに、本人お気に入りの苺柄の半纏を着た名雪が入ってきた。

「祐一、課題のプリントをコピーして欲しいんだけど」

「どうしたんだ?」

「学校に忘れてきちゃったみたいなの……」

 名雪は縋るような目と態度で祐一に頼むが、生憎と祐一はその願いを聞いてやることが出来なかった。

「名雪……すまないがその願いを叶えてやる事は出来ない」

「え? もう課題をやっちゃったの?」

「いや、俺もプリントを学校に置いてきたみたいだ」

「えぇっ、 祐一もなの!? どうしよう……香里は今日はいないし……美汐ちゃんは……学年違うよ〜」

「むぅ……朝早く行って香里に写させてもらうか……駄目だな。問題の授業は一限目だし、第一名雪が朝早く起きられる筈が無い
 からな。朝練でもあれば良かったんだが……」

「う〜、何気に酷いこと言われてるよ」

 二人して色々解決方法を探ってみるが、結局は学校に行って取ってくるしか無い事に気付いた。

「学校にいってくるか」

「今から? 先生も、夜の外出は控えるようにって言ってたよ」

「仕方ないだろ。まぁ見つかれば何かとうるさい事は言われるだろうが……」

 祐一は、そう言いながら身支度を整えた。

「あ、私も一緒に……」

「いや、俺だけで行ってくる。名雪だと帰ってくる途中で寝てしまいそうだしな」

「そんなことないよ! ……多分」

「ハハハ。バイクで行ってくるから待ってろよ」

「うん。祐一、ありがとね」

 名雪にそう見送られて、祐一は秋子に一言断ってからガレージからバイクを出して、夜の街中を学校に向けて走り出した。途中誰に
見咎められることもなく学校に着いた祐一は、校門前にバイクを止めて夜の学校を見渡す。夜に来るのは操られた香里に呼び出されて
以来だった。同じように柵を乗り越えて雪が殆ど解けた敷地内を歩いていく。空気が冷え切っている為に吐く息は白く、春の到来は
未だ先に感じられた。一階部分を歩き回って校舎内に入れる所を探そうとしたが、教職員用の玄関からあっさりと中に入る事が出来た。

「最近物騒だとか言っておきながらこれか……こんなんで大丈夫なのか?」

 半ば、泥棒のようにセキュリティを解除して進入しようか? と考えていたが簡単に入れた事に少々拍子抜けしていた。しかし、
問題は無いに越した事は無いので、気を取り直して自分の教室へと向かう。夜の校内は昼と違った雰囲気を醸し出している。間取り
等が変わる筈もないが、まるで別世界のように感じられた。祐一が廊下を歩く音が響く。その音が意外に大きい事に気が付くと、
なるべく音を立てないように歩いていった。

「え〜っと……お、あったあった」

 それから教室にたどり着き、目的の物を見つけた祐一は、隣の名雪の机からもプリントを取り出した。

「さて、戻るか」

 祐一が教室から出て階段に差し掛かった時だった。上の階から人がいる気配を感じた。

「(誰かいるのか?)」

 祐一は見つかれば不味い立場にいる訳だが、何故かその気配が気になったのでそちらへと足を向けた。気配は相変わらず存在していた。
祐一は最上階への踊り場に着くとその気配の持ち主に出会う。それは刀を持って廊下に佇む少女だった。背中まである長い髪を首辺りで
青いリボンで束ね、サイドは自然に流している。学校の制服を着ていてケープのリボンの色は青、三年生だった。

 その顔には警戒の色が浮かんでおり、手に持った刀をすぐに振るえるように握りなおす。その刀は片刃で反り身――日本刀――だ。
握っている柄は白木で、試し切りに使われる「切り柄」と呼ばれる拵だった。ツバ元から柄頭に行くに従って細くなっている。試刀で
堅い物を斬る際、刀身が無事でも柄がもたない事が多いのでこのような「切り柄」を使用する。
 このような作りの刀を持っているという事は、この少女は明らかにこの刀を本来の目的、即ち斬ることに使っていると示していた。
月明かりを受けて佇む少女の姿はどことなく神秘的であったが、同じように月明かりを受けている刀身が反射する光は、現実味を
帯びている。黙って見合っていた二人だが、祐一から少女に声を掛けた。

「よう」

「誰?」

 廊下に立っている少女が、踊り場にいる祐一に問いかける。右手に握られた刀を祐一に向けた。怪しいのはお互い様だが、祐一は少女
の警戒を解こうと明るい調子で答えた。

「あ〜、説得力は無いが怪しい者じゃない。一応はこの学校の生徒で忘れ物を取りに来ただけなんだ。ほら、これだ」

 言って持ってきたノートを示した。

「別に君に敵対するつもりは無いから、その物騒な刀は収めてくれないか?」

 祐一がそう言うと、少女の方も祐一に敵意がないと感じたのか、刀をおろした。今度は祐一が少女に問いかけた。

「君の方こそ、こんな時間にこんな所で何をやっているんだ? しかもそんな物まで持って」

 少女は何も答えなかった。静寂に満ちた時間が過ぎていく。お互いに見つめあったまま祐一は、目の前の少女にどことなく懐かしい
ものを感じていた。

「(俺は彼女と何処かで会っていたか?)」

 答えを聞くのも忘れてそう考えていると、少女が口を開いた。

「私は……魔物を討つ者だから」

「魔物? 魔物って……」

 最初少女が何を言ってるのか分からなかった。聞き返すが少女はそれに答えることは無かった。

「早く帰ったほうが良い」

 少女はそれだけ言うと、祐一に背を向けて廊下を歩いていった。祐一はその後ろ姿を呆然と見送っていた。我に帰って慌てて少女
を追いかけたが、廊下にも教室にもその姿は無かった。

「何だったんだ? 一体」

 祐一の疑問に答える者は無かった。少女のことは気になったが、学校に来てから結構な時間が過ぎていたので、祐一はそのまま
帰ることにした。


                         ★   ★   ★


「ただいま……って、こ、これは!?」

 水瀬家に帰った祐一がリビングに行くと、そこには異様な光景が広がっていた。リビングのテーブルの上に、何かが放射状に
広がっていた。

「あ、相沢さん。お帰りなさい」

「あ、あぁ天野。コレは一体なんだ?」

リビングにやって来た美汐に、物体Xを指差しながら聞いてみた。

「名雪さんです」

「名雪?」

 言われて放射状に広がった物体の根元を見れば、白いうなじが見えた。更に視線を動かすとカエル柄のパジャマに苺柄の半纏
が見える。物体Xの正体は、テーブルに突っ伏して眠っている名雪だった。放射状に広がっているのは名雪の髪の毛だ。

「名雪のヤツ、どうしたんだ?」

「相沢さんが帰ってくるのを待っていたようですが」

「そうか」

 時計を見れば、名雪が起きていられる時間を過ぎている。祐一を待っている間に活動限界が来てしまったらしい。

「帰ってくるのが遅くなったからな……課題は明日写させてやるか。それにしても……髪の毛がこんな風に広がるなんて、よほど凄い
 頭の振りだったんだな。それでそのままテーブルに頭をぶつけたのか」

「凄い音がしましたから。流石に心配になって様子をみたんですが、平気な顔で眠ってました……」

「まぁ、名雪だからな」

「そ、そうですか……」

 平然と言い放つ祐一と、相変わらず眠り続ける名雪に少し怖いものを感じつつも、美汐は祐一に言う。

「しかし、このままここに寝かせておいたら、いくら名雪さんでも風邪を引いてしまいます。そう思って毛布を持ってきたのですが、
 起こした方が良いですかね?」

「そうだな……名雪、起きろ」

「うにゅ〜〜〜わたし、にんじんたべれるもん」

「いや、人参じゃなくってだな」

「ぴーまんにもたべられるもん」

「食べられるのか!?」

「けろぴ〜もたべれるお〜」

「それは食べちゃイカンだろ!」

「名雪さん、本当に寝てるんですか?」

 二人の漫才のようなやり取りに、美汐は本気で聞いてきた。香里ならともかく、見慣れていない美汐にとっては信じられない
出来事だったから。

「あぁ」

「そ、そうですか」

 美汐は、半ば諦めの境地に達しながら頷いた。

「この手しかないか……名雪、部屋で猫と苺がお前を待っているぞ。さぁベッドに行くんだ」

 祐一がそう言うと、寝ていた名雪がムクリと起き上がり、覚束ない足取りながらも歩き出した。
 
「うにゅ〜〜〜、ねこ〜〜〜いちご〜〜〜〜」

 名雪はそう言いながら、糸目状態のままフラフラと階段上って自分の部屋に戻っていった。祐一は黙って見ていたが、美汐は名雪
が無事にたどり着けるか心配で、名雪の後を追ってリビングから出て行った。

「本当に部屋に戻って寝てました……」

 美汐が、リビングに戻るなり呆れと感心が半々の調子でそう言った。

「名雪さんは寝ながらでも行動できるんですね」

「名雪だからな……俺と香里は大概の事はそれで納得している」

「そうですか……朝もあのようにして誘導してあげれば良いのではありませんか?」

「それは既に試したんだが、突如覚醒、イヤ暴走した名雪に『猫さんは! 苺は!?』と凄い剣幕で詰め寄られてな。それが起こす
 為の方便だと知ると機嫌が悪くなって、お蔭で宥めるのに店でイチゴサンデーを奢るハメになったんだ。明日はそんな事がないと
 良いんだが」

「……」

 それきり二人とも黙り込んでしまった。

「そういえば、秋子さんはどうしているんだ?」

 祐一は、この場にいない秋子のことを聞いてみる。

「秋子さんでしたら、離れの研究室に行ったままですよ」

「そうか、何やっているんだろうな」

 最近、秋子は健吾の研究室に篭る事が多くなっていた。何をしているかは気になったが、秋子の事を信頼していたので特に問い詰める
ような事はしなかった。

「さぁ……でも秋子さんの事ですから」

「そうだな、おかしな事をしているはずが無いな」

 時期が来れば秋子の方から話してくれる。祐一はそう思っていた。その話題はそれで打ち切り、後は美汐と雑談に興じていた。
やがて結構な時間が過ぎているのに気が付いたのでお互いの部屋に戻った。祐一は課題を終えると、今夜学校で出会った少女
のことを考えていた。

「(一体あの子は……何処かであっていたような気もするんだが……制服を着ていたという事はウチの生徒か。なら見かけていても
 おかしくは無いか……いや違うな、学校じゃない何処かで……)」

 長い事考えていたが眠くなってきたので、考えるのを止めて眠りについた。


                         ★   ★   ★


 夢を見ていた


 幼き日の思い出


『魔物が来るの』


『魔物?』


『私はそれと戦わなくちゃいけないの』


『戦う? どうして?』


『私は……魔物を討つ者だから』


『舞……』




 そこで祐一は目が覚めた。夢は最後に舞とあった時の記憶だった。祐一が帰る前の日、舞が「魔物が来るの」と言い出した。
「自分は戦わなくちゃいけない、だからもう祐一とは遊べない」と。祐一が聞いてもそれ以上は答えずに走り去った。
 それ以来この街に来るたびに舞を探したが、出会う事は無かった。

「魔物を討つ者だから……か。そういえば、あの子もそんな事を……まさか、あの子は舞なのか?」

 思い出の中の舞と、昨夜学校で出会った少女の姿を重ね合わせて見る。面影が重なるような気がした。

「探し出して聞いてみるか」

 三年に知り合いはいないから探し出すのは難しいが、噂ぐらいは聞けるかもしれない。そう考えた祐一は、昨日と同じく身支度を
整えるとダイニングに向かった。

「おはよう祐一」

「夢だ」

 ダイニングに入った祐一は、目の前の現実が信じられなかった。名雪が既に起きていてテーブルに着いており、しかも完全に
目が覚めた状態で祐一に朝の挨拶をしてきたのだ。それを見た祐一は、自分はまだ寝ているのだと思って目を閉じて頭を振って
目を覚まそうとする。

「わ、酷いよ祐一。私だって早く起きる時があるんだから」

「嘘だ。名雪がこんな時間に、しかもバッチリ覚醒しているなんてありえない……今日は部活の朝練の日じゃないし……
 そうか、お前は名雪じゃないな!? 正体を現せ! ひょっとして天野か? オバサンくさい天野なら朝早くても……」

「朝早くからそんな失礼な事を言うなんて人として不出来ですよ。それに私はオバサンくさいのではなくて物腰が上品なんです!」

 祐一が混乱していると、キッチンから美汐本人が怒りながらやって来た。

「おぉ、天野。聞いてくれ! 天野が名雪の格好をして俺を騙そうと……天野?」

 目の前に現れた人物に現状を訴えようとするが、その人物が美汐本人である事に気付くと冷静に戻った。

「あれ?」

「朝は「おはようございます」ですよ、相沢さん。おはようございます」

「あ、あぁ……おはようございます、天野。じゃぁ、あれは……秋子さんか?」

「あらあら、私がどうかしましたか? おはようございます、祐一さん」

 美汐に続いて、今度は秋子が朝食を持ってやって来た。

「あ、おはようございます秋子さん……じゃあ……あれは本当に?」

 祐一が震える指で名雪を指すと、美汐も神妙な顔つきになって答えた。

「はい……あの方は名雪さん本人です。私も信じられませんでしたが」

「えぇ、私もつい名雪の部屋まで確認に行ってしまいましたから」

 美汐に続いて秋子も真面目な顔をして答える。

「う〜、祐一もお母さんも酷いよ。私が朝早く起きると何時もそんな事言うんだもん。美汐ちゃんも酷いよ〜」

 名雪は頬を膨らまして、相も変わらず可愛らしい顔で抗議していた。その日は普段より随分と早い時間に登校出来た為、
途中で出会った香里や他の生徒達に一騒動あったのは別の話である。


                         ★   ★   ★



「祐一、お昼休みだよ!」

 昼休みのチャイムが鳴ると、名雪が元気な声で祐一に言った。

「何ッ! 名雪、お前は一体誰の許可を得て、この俺に昼休みの報告をしているんだ!?」

「えぇっ、許可が要るの!? ねぇ、誰に許可を貰えばいいの? お母さんの了承じゃ駄目かな?」

「要るわけないでしょ。相沢君、名雪をからかうのもそれ位にしておきなさい」

 二人の漫才じみたやり取りに香里がツッコむ様は、このクラスでは半ば慣例と化していた。

「そうだな。さて、学食にでも行くか」

「う〜、酷いよ祐一」

 祐一は、う〜う〜唸る名雪から逃げるようにして、さっさと廊下に出て行った。

「う〜香里ぃ、祐一が酷いんだよ〜。いつもの事だけど」

「はいはい……今日は私もA定食を食べるわ。そのイチゴムースあげるから機嫌直しなさい」

「わ! 香里、大好きだよ〜!」

 名雪は途端に笑顔になると、香里に抱きついていた。クラスメイトの視線に何やら意味ありげな物を感じた香里は、慌てて名雪を
引き剥がすと、名雪を引きずって教室から出て行く。途中で美汐と合流した祐一達が学食へ向かう途中、祐一は、昨夜学校で出会った
舞らしき少女を見かけた。その少女は祐一には気付かずに階段を上っていく。

「祐一、どうかしたの?」

 立ち止まった祐一が気になったのか、名雪が聞いてきた。祐一は少女の後を追う事に決めた。

「悪い、ちょっと急用が出来た。学食には三人でいってくれ」

 そう言うなり祐一は、名雪達の返事も待たずに階段を上っていった。

「あ、祐一」

「じゃっ!」

「じゃっ、じゃないよ〜」

「じゅっ!」

「じゅっ、でもありません」

「も゛ょっ!」

「じょっ、でも……って、えぇっ! 何よそれっ!?」

 香里達のツッコミを背後に聞きながら、祐一は少女の後を追って行く。上の階に来た所でようやく追いついた。その少女は階段を
上がった所で誰かを待っているかのように佇んでいた。祐一が近づくと、気付いて目をこちらに向ける。

「(間違いない。昨日の子だな)」

 改めて確認した祐一は、少女に声を掛けた。

「よう」




続く


本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース