チリン……チリン……
晴れ渡った丘に鈴の音が鳴っている。音は小さく、数メートルも離れれば聞こえなくなるような大きさだった。だが、そんな音に
反応するものもいた。祐一が森の方を見ているとその一角から誰かが飛び出してくるのが見えた。長い髪をツインテールにした少女。
祐一が探していた少女、まことだった。
「こっちからまた鈴の音が……あ、祐一!」
辺りを見回していたまことが祐一を見つけると、一目散に祐一の所へ走ってくる。
「まこと、探したんだぞ! 勝手に走り出して……」
「あぅ……ごめん。鈴の音が聞こえたから……森の中に入ったら聞こえなくなっちゃって……でもまた聞こえたから……」
「ふう、まぁ無事に見つかって良かったよ。ありがとな、天野……天野?」
まことが見つかった事に安堵して、礼を言おうと振り向いたが、美汐はこちらを見たまま動かなかった。こちらを、と言うより
祐一のそばに立つまことを凝視していた。その視線に怖気づいたまことは、祐一の後ろに隠れてしまった。
「あぅ……?」
祐一の後ろに隠れながら顔だけ出して美汐を見ていた。一方の美汐はまことを見ていたが、やがてポツリと呟いた。
「真琴……ですか?」
Kanon 〜MaskedRider Story〜
第二十話
「天野?」
いつもとは違った雰囲気の美汐に戸惑いながら声を掛けるが、美汐は祐一の声が聞こえないのかまことを見つめていた。
「真琴……なのですね?」
「あぅ……名前はまこと、だけど……?」
まことが躊躇いがちに自分の名前を言った途端、美汐は近づいてまことを抱きしめた。祐一もまことも、突然の事に
驚いて身動きが取れなかった。
「真琴! 今までどうしていたのですか!? 連絡が取れなくなって……何時こちらに来ていたのですか!? どうして今まで……」
まことを抱きしめながら、自分の感情をそのまま叩きつけるように、美汐は喋っていた。
「あ、あ、あぅ!?」
まことは訳がわからないといった感じで、美汐に抱きしめられるままに立っている。その二人の様子を呆然と見ていた祐一だったが
美汐がこの少女の事を知っていると分かると、美汐に問いかけた。
「おい、天野。この子の事を知っているのか!?」
祐一に話しかけられた美汐は、今度は祐一に向かってきた。
「相沢さん、真琴と知り合いなのですか? 彼女はいつこちらに来ていたのですか!? 何故連絡が取れなくなっていたのですか!?
何故私に知らせてくれなかったのですか!? そんな酷な事はないでしょう!」
「あう〜〜〜」
まことだけでなく、美汐も少々混乱しているようだった。祐一はとにかく美汐を落ち着かせようと声を掛ける。
「ちょっと落ち着け天野。俺の話を聞けって!」
「これが落ち着いていられますか! 心配していた友達に会えたんですよ!」
「……友達?」
友達という言葉にまことが反応した。あきらかに態度のおかしいまことに気が付いた美汐が、改めて彼女に話しかける。
「真琴……どうしたのですか? 私ですよ。美汐、天野美汐です」
「みし、お?」
「忘れてしまったのですか? 小さい頃よく一緒に遊びましたし、手紙のやり取りだって……」
「……知らない」
「知らないって……」
まことが困惑しているのを見て、美汐は祐一に視線で問いかけた。ようやく話が出来ると思い、祐一は美汐に事情を話す。
「天野……この子は記憶喪失らしいんだ。自分の名前は思い出せたんだが、何処に住んでいて何をしていたのか全く覚えていないんだ」
「そんな!」
それから祐一は美汐に、まことと出会ってから今までの事を全て話した。美汐はただ黙って祐一の話を聞いていた。
「そうでしたか……そんな事が……」
「ああ。天野、まことの事を知っているなら教えてくれないか? この子は一体……」
「わかりました」
そう言うと美汐は、まことを離して祐一に向き直り、二人に向かって話し始めた。
美汐の話によると、彼女の本当の名前は『沢渡真琴』。彼女は美汐の家の近所の子で美汐とは幼馴染だった。仲が良く、いつも
一緒に遊んでいた。あるとき真琴の両親が事故で亡くなった。真琴は親戚に引き取られる事となり、遠くに引っ越してしまった。
「そうか……じゃあ、この子の本名は……」
「はい。『沢渡真琴』です」
「さわたり……まこと……」
まこと−−真琴が自分の名前を呟く。だが、新たに思い出せるものは何も浮かんでは来なかった。
「そうですよ。貴女は沢渡真琴です」
「名前が分かったのは良いが……ところで天野、真琴が俺に何か特別な恨みを持つような心当たりはないか?」
「いいえ。少なくとも私と居た頃には、相沢さんとは出会ったことは無いと思いますが……」
「そうだよな……俺は、その引き取られた家の辺りに行った事も無いしな……後、何かすごく恐い目にあった事はないか?」
「それもわかりません」
「親戚の家に引き取られてからなのかな?」
「手紙にはいつも「元気でいる」と書かれてありました。真琴は何かあったらきちんと言う子でしたから、それも考えられません」
祐一と美汐が話しているのを黙って見ていた真琴だったが、何かに気づいたのか美汐に近づくと、動物のように匂いを嗅ぎ始めた。
クンクン……
「ま、真琴?」
その真琴の行動に驚いた美汐が声を上げるが、真琴は構わずに美汐の周りを回りながら匂いを嗅いでいた。
「なんか……この匂い……覚えがあるの」
「真琴、何か思い出せそうか?」
祐一が尋ねると、真琴は俯いて何か思い出そうと考え込んでいたが、顔を上げるとはっきりと言った。
「うん、知ってる。真琴、美汐の事知ってる! すごく懐かしいし、ずっと一緒だった!」
「懐かしいけどずっと一緒だったっていうのがよく分からんが……とにかく天野の事を思い出したんだな?」
「うん! 美汐、みしおーっ!」
真琴は泣きながら美汐に抱きついていた。美汐もまた真琴を抱きしめる。
ギューッ
「い、痛い! ま、真琴……苦しいです……」
「あ、あぅ……ごめん、美汐」
あやまりながら離れる真琴の顔には、後悔と戸惑いが混ざった表情が浮かんでいた。美汐も、真琴の人並みはずれた力に驚きを
隠せないでいた。
「真琴……貴女に何があったのですか?」
「……わかんない。真琴、美汐の事は思い出せたけど……他の事は何もわかんないの……」
「真琴……」
「天野」
なおも問い詰めようとする美汐を、祐一が止めた。
「天野、これ以上は……」
「そうですね……」
無理に問い詰めても効果がないと悟ったのか、美汐はそれ以上真琴に聞こうとはしなかった。
「これからどうするか……そうだ。天野、真琴の昔の写真とか持ってないか?」
「ありますよ。あ、それを見れば……わかりました、私の家に行きましょう」
「美汐の家に行くの?」
「そうですよ。真琴も何度も来ていますから、何か思い出せるかもしれませんね」
美汐がそう言い、帰ろうとしたときだった。森が騒がしくなったかと思うと、中から複数の人影が飛び出してきた。
「イーッ! 見つけたぞ」
黒づくめのカノンの戦闘員達だった。祐一達を取り囲み、腰から短剣を抜いて構えている。
「きゃっ」
「カノン!」
美汐と真琴は抱きあって怯えていた。祐一は二人を庇うようにして身構える。そうしている内に更に森の中から新たな影が
飛び出して祐一達の前に立った。それはカノンの怪人・ジャガーマンだった。
「新しい怪人か!」
ジャガーマンは祐一を指しながら言った。
「俺様はジャガーマンだ! キサマ、相沢祐一だな?……大人しくそこの娘を渡せ!」
「真琴を? 何故この子を狙う?」
「それをキサマが知る必要は無い!」
祐一達が会話を続けるその後ろで、真琴は恐怖を感じていた。それは戦闘員を見たときからだった。そして怪人ジャガーマンを
見たときに恐怖は最高潮に達していた。自分の知らない記憶の、奥底に眠るものが出てきたような気がした。昨夜出てきた
冷たく、恐い目……それをジャガーマン達から感じ取っていた。
「うぅ……」
必死で美汐にしがみついていた。美汐もまた、怪人達に怯えつつも真琴をしっかりと抱きしめている。
「天野……」
祐一は、ジャガーマン達の動きに注意しながら美汐達にだけ聞こえるように囁いた。
「(天野、俺がヤツらの注意を引き付けるからその隙に真琴を連れて逃げろ。百花屋に行って秋子さんに事情を話すんだ)」
「(でも、それでは相沢さんが!?)」
「(俺なら大丈夫だ)」
「(ですが!)」
「(良いから、俺を信じろ。それより真琴を頼むぞ)」
「(わかりました。でも無茶はしないでくださいね)」
「(あぁ)……ジャガーマン、この子は渡さん!」
「ならばキサマを殺してから連れて行く。戦闘員よ、かかれぇ!」
「イーッ!」
祐一は、一番近くにやってきていた戦闘員の短剣を持った腕を掴むと、捻り上げて短剣を落とさせる。そのまま戦闘員を他の連中が
居るところへ蹴り飛ばした。
「イ゛ーッ」
次に落とした短剣を拾って、真琴達の背後にいた戦闘員に投げつけた。短剣はかわされてしまうが、その隙に近づいた祐一は
戦闘員を殴り飛ばした。その隣に居た戦闘員が祐一の背中に短剣を振りかざしてくる。
「相沢さんっ!」
思わず美汐が祐一の名を叫ぶ。だが祐一は戦闘員の気配を感じていたのか、後ろも見ずに戦闘員の攻撃をかわすと、その顔面に
裏拳を叩き込み、戦闘員が怯んだ隙に背負い、投げ飛ばす。
「天野、今だっ!」
包囲の一角が崩れたので、祐一が美汐達を促した。それを聞いた美汐はハッとなり、次いで真琴の肩を抱きながら戦闘員達の
輪の中から逃げ出した。真琴は未だ怯えていたが、それでもしっかりと自分の足で走って、美汐と逃げていく。
「逃がすなっ、追え!」
ジャガーマンの指示で戦闘員が美汐達に追いすがるが、背後から祐一に肩をつかまれて動きを止められてしまう。戦闘員の肩を
掴んだ祐一は強引に振り向かせると、戦闘員を殴り飛ばした。
「ここから先へは通さん!」
戦闘員を殴り飛ばした祐一は、逃げていく美汐達に背を向けて、ジャガーマン達と対峙した。
「俺様が相手だっ、いくぞ!」
今度はジャガーマンが飛び出してきた。ジャガーマンは素早い動きで祐一との間合いを詰めるとパンチを撃ってくる。それを
しゃがんでかわした祐一は、ガラ空きの腹部にパンチを撃ちこむ。だがその攻撃は効果が無く、祐一は右腕を取られてしまい、
更には襟首を掴まれて投げ飛ばされた。投げ飛ばされた祐一だったが、空中で回転してバランスを取ると、少し離れた場所に
危なげなく着地した。睨み合いが続く中、チラリと美汐達が逃げていった方を見る。二人が森の中に逃げ込んだのを確認した
祐一は、ジャガーマン達に向き直る。そして、
祐一は足を開いて左腕を握り腰に構える。右腕は指先を揃えて左上に真っ直ぐに伸ばす。
「ライダー……」
右腕を時計回りに旋回させて右上に来た辺りで止める。
「変身ッ」
今度は逆に、右腕を腰に構えて左腕を右上に真っ直ぐ伸ばす。すると祐一の腰にベルトが現れて中央の風車が回転する。
ベルト中央の風車が発光し、その光は祐一の全身を包み込んだ。
光が収まるとそこには祐一が変身した戦士−−仮面ライダー−−がいた。
「仮面ライダー!」
ジャガーマンが叫び、ライダーは戦闘員達に向かっていく。戦闘員が振り下ろしてきた短剣をかわすと手刀で短剣を持った手を打ち払い、
かえす手で戦闘員にチョップを打ち込む。続いてやってきた戦闘員の攻撃を、ライダーは拾った短剣で受け止める。
キィンッ!
戦闘員の攻撃を押し返して、相手が体勢を崩した隙をついてライダーは戦闘員を切り裂く。
「イ゛ーッ」
戦闘員を倒したライダーは、ジャガーマンに向かって短剣を投げつけたが、それはジャガーマンにかわされてその後ろに
いた戦闘員の胸元に刺さった。今いる全ての戦闘員を倒したライダーは、ジャガーマンと対峙する。
「いくぞっ、ジャガーマン!」
「ウォーッ!」
ジャガーマンは雄叫びを上げながら、恐るべきスピードでライダーに飛び掛ってきた。鋭い爪で引き裂こうと腕を振り下ろして
くる。ライダーは半身になって攻撃をかわすとジャガーマンの側面にパンチを放った。だがそれは、素早く身体の向きを変えた
ジャガーマンに受け止められる。ライダーはバックステップをして一旦ジャガーマンから離れた。
「(素早い動きだ……捉えきれるか?)」
お互い構えを取って向き合っていたが、再びジャガーマンが動き出した。その名の通り豹を思わせるしなやかな動きでライダーに
襲い掛かる。ジャガーマンの突き出した腕を辛うじてかわしたライダーは相手の腕を取り、がら空きの腹部にパンチを叩き込む。
「グッ」
今度の攻撃は命中し、ジャガーマンにいくらかのダメージを与えた。攻撃を受けたジャガーマンも負けじと空いている
腕を振り上げて、ライダーに叩きつける。
バキッ!
「クッ」
攻撃はライダーの右肩に命中し、堪らずライダーは地面に膝をついてしまった。ジャガーマンは再び攻撃をしようと腕を振り上げ
て叩きつけたが、今度はライダーの右手に阻まれる。ジャガーマンの両手を掴んだ格好になったライダーは自ら後ろに倒れこむと
その勢いを利用し、ジャガーマンに巴投げを仕掛けた。倒れこむ際にジャガーマンの腹部を蹴り上げて遠くへと投げ飛ばす。
投げ飛ばされたジャガーマンだが、空中で一回転すると着地する。その頃にはライダーも立ち上がって身構えていた。
「おのれライダー」
ジャガーマンは忌々しげにライダーを睨みつけていたが、突然雄叫びを上げてから、叫んだ。
「ウオォーーーッ! 来いっ、バイク部隊!」
「何!?」
ヴォォォン
暫くして複数のエンジン音が聞こえてきたかと思うと、ジャガーマンの背後から黒いバイクに乗った戦闘員達が現れた。
「かかれっ!」
「イーッ!」
戦闘員達は横一列で向かってくる。ライダーは攻撃を、バイクの隙間に飛び込みながらかわした。攻撃をかわされた戦闘員達は
ライダーから離れると、一糸乱れぬ動きでバイクをターンさせて再びライダーへと走り出す。
「イーッ!」
今度はライダーの手前で90度向きを変えると、ライダーを中心に円を描くように取り囲んで回りだす。ライダーは構えながら
頻繁に身体の向きを変えて、戦闘員の攻撃に備えていた。
「(ヤツら……何をするつもりだ?)」
すると、戦闘員達は先が輪になったロープを取り出して、ライダーに向かって投げてきた。
ヒュン
ロープのスピードは速くなかったが、あらゆる方向から飛んでくる為に回避は困難だった。ライダーは何とかかわし続けていたが
ついに、一本のロープに絡め取られてしまった。
「しまった!」
ロープを手刀で切ろうとするが、その隙に2本、3本とライダーの身体にロープが掛けられる。ライダーの身体にロープが
掛かったのを確認した戦闘員達は、またバイクの動きを変えて一斉に同じ方向へと走り出した。
「クッ!」
ライダーは引っ張られながら走っていたが、2台のバイクがライダーと並走しながら攻撃をしかけてきた。攻撃を回避したものの
その際にバランスを崩してしまい、ライダーは転倒してしまう。そしてそのまま引きずられていた。地面に倒れているライダーに
向かって、ロープを掛けていない戦闘員達が短剣を突き刺してきた。ライダーは転がって回避するが、その内の何回かは身体を
掠めていた。
「クッ…………サイクロンッ!」
ライダーは戦闘員達に引きずられながら愛機の名前を叫んだ。そうしている間にも戦闘員の攻撃は続いていた。なんとか
立ち上がってロープを外そうとするが、並走する戦闘員達の攻撃をかわすとどうしてもバランスを崩してしまい、再び転倒する。
その繰り返しだった。
「このままでは……」
戦闘員に引きずられ、幾度と無く転倒させられていた時だった。
ヴォォォンッ!
力強いエンジン音と共にライダーのマシン・サイクロンがやって来た。サイクロンは、ライダーにロープを掛けている戦闘員
の一人に体当たりをした。
ドゴッ!
「イーッ!」
体当たりを受けた戦闘員は転倒し、バイクに付いていたロープも外れる。次いでサイクロンは並走していた戦闘員のバイクに
正面から体当たりをする。
ドガァッ!
「イーッ!」
正面から止められた反動で、戦闘員はバイクから放り出されてサイクロンの後方の地面に叩きつけられた。拘束が弱まったのを
感じたライダーは立ち上がると、引っ張られながらも、数歩走ってからジャンプをする。
「トォッ!」
空中に飛び上がったライダーはそこでロープを外し、或いは切って自由になり着地すると、誘導したサイクロンに跨った。
「いくぞ!」
ライダーはエンジンを噴かすと残っているバイク部隊に向かってサイクロンを走らせる。戦闘員達もまた、バイクを反転させると
横一列の隊形で走ってきた。
ヴォォン!
ライダーは戦闘員達の隙間を走りぬけた。そのまま走って先刻まで戦闘員達のいた地点でサイクロンを反転させる。戦闘員達も
同様にバイクを反転させた。お互いの場所が入れ替わったが、距離は同じだった。再び向き合うと、どちらからとも無く
走り出した。マシンが交錯するが、今度はライダーはすれ違いざまに戦闘員の一人にチョップを放つ。
バキッ!
「イ゛ーッ」
攻撃を受けた戦闘員はバイクから放り出され、バイクも転倒する。三度すれ違い、戦闘員達は距離を取ろうと走っていくが
ライダーは戦闘員達が向き直るよりも早くマシンを反転させて戦闘員達の所へと走っていく。不意をつかれた形になった
戦闘員達は反転もせず、体勢も整わないままライダーの攻撃を受ける事になった。
ヴォォン!
ライダーは戦闘員達の後ろでジャンプした。自分のすぐ後ろに迫ったサイクロンに驚いた戦闘員の一人が身体を仰け反らせて
サイクロンを回避したが、大きく避けた為にバイクから転げ落ちた。戦闘員達を飛び越えたライダーは、無事に着地すると
戦闘員達の前方へと走り去る。戦闘員達はライダーを追いかけようと、エンジンを噴かせて走り出す。
丘を走るライダーの後ろを戦闘員のバイク部隊が追いかけていく。走っていくと、なだらかな丘陵に一段盛り上がった
場所を見つけた。ライダーはそちらへとサイクロンを走らせる。戦闘員の一人もライダーを追いかけてくる。
ヴォォン!
盛り上がった所をジャンプ台にしてサイクロンは飛び上がり、十数メートル離れた場所に着地した。追いかけてきた戦闘員も
同じようにジャンプするが、サイクロン程の飛距離が出ずに、残っていた雪の上に着地してしまい転倒した。
残った戦闘員達が追撃を掛ける。二人の戦闘員がライダーを挟み撃ちにしようと列から離れていく。大きく弧を描くように
バイクを走らせた戦闘員達は前輪でサイクロンごとライダーを挟もうとしたが、それを察したライダーは直前でサイクロンを
ジャンプさせた。
ドガッ!
「「イ゛ーッ」」
ライダーにかわされた戦闘員達はお互いの前輪同士をぶつけ合ってしまった。その反動で二人共マシンから放り出される。
最後の戦闘員がライダーを追いかける。ライダーは後方に迫った戦闘員を引き連れて丘を走っていく。小石ばかりの地面が
多くなった所に出たライダーはサイクロンのスピードを上げる。戦闘員のバイクも、ライダーに引き離されまいと加速していく。
突然前方を走っていたライダーが、マシンの向きを90度変えた。戦闘員がその行動の意味に気づいた時には、既にマシンごと
上空へと放り出されていた。そこは切り立った崖の上で、戦闘員はライダーにここへと誘い込まれたのだった。
「イ゛ーッ」
壁面にぶつかり、途中バイクが炎上しながら戦闘員は転落していった。ライダーは、バイク部隊を全員倒したのを確認すると
サイクロンを停めた。
「なんとか倒したか……だが、ジャガーマンは何処だ?」
辺りを見回すが、怪人の影も形も見えなかった。
「…………」
周囲を見回していたライダーの耳に、遠くから悲鳴らしきものが聞こえた。
「これは、天野の声? しまったっ、バイク部隊と戦っている内にジャガーマンが真琴達を!」
ライダーは悲鳴が聞こえた森の方へとサイクロンを走らせた。
「天野、真琴、無事でいてくれ!!」
★ ★ ★
祐一がライダーへと変身し、ジャガーマン達と戦っている頃、美汐と真琴は森の中を走っていた。二人は森の中に設けられた
道ではなく、木立の中を進んでいく。
「ハァ、ハァ……ここまで来れば大丈夫でしょうか?」
暫く走ったところで二人は足を止めた。人並みに体力はある美汐だが、平坦な道を歩いたわけでも無く、また訳の分からない
恐ろしい連中に追われているという精神的重圧が、美汐の体力を激しく消耗させていた。
「一体あの人達は……それに、あのバケモノは……真琴?」
「う、うぅ……」
未だに真琴は怯えていた。美汐の服をしっかりと掴んでいる。
「真琴……あの人達は貴女を狙っているようでしたが、あの人達と何か関係があるのですか?」
美汐は真琴に向き直り、目を合わせながら質問した。
「う、うぅ……あいつら、すごく恐い連中なのよぅ! すごく恐くて……真琴を……」
真琴は錯乱気味に答えると、頭を抱えてその場に蹲ってしまった。
「真琴……」
美汐はガタガタと震える真琴を見ていたが、傍らにしゃがんで真琴の肩を優しく抱きながら言った。
「大丈夫ですよ。私がついていますから何も恐い事はありません。さ、今は相沢さんに言われたように百花屋へ行きましょう」
昔もこうして美汐が慰めたり励ましてくれたのをなんとなく思い出した真琴は、立ち上がって美汐と一緒に歩き出した。
「(相沢さん……大丈夫でしょうか?)」
最近知り合った一つ上の先輩で、何か変わった雰囲気を持つ男性。大丈夫だ、と言ったが本当に大丈夫だろうか?
たしかに喧嘩くらいはやれそうだったが、相手は得体の知れないバケモノ達だ。普通の人間を相手にするのとは訳が違う。
もしかしたら、いや間違いなく殺されてしまうだろう。それだけの威圧感や殺気を、あのジャガーマンと名乗ったバケモノは
持っていた。ならば戻るべきか? 誰かを犠牲にするくらいなら自分が犠牲に……美汐は最初そんな風に考えた。
だが……あの人は、相沢祐一という青年は必ず生き残る。そんな気がしていた。
『俺を信じろ』
そう言った時の顔を見た美汐は、彼を言葉通り信じてみる気になったのだ。ならば自分のすべき事は……
「美汐?」
肩を抱かれたままの真琴が心配そうに美汐を呼ぶ。
「大丈夫ですよ、ここは相沢さんを信じましょう。私達は一刻も早く、百花屋に行かねばなりません」
そう言って真琴に微笑みかけた。今自分に出来る事は、祐一がカノンと呼んだ謎の集団から真琴を守る事だ。祐一に託されたし、
再び会えた親友を守ることになんの躊躇いもある筈も無い。そう決意して森の中を進んでいった。木立の中を抜けると、森の中に設け
られた道へ出た。ここを抜ければすぐに住宅街に出られる。そこまでいけば、あの連中も下手に手出しは出来ないだろう、
そう考えていた矢先だった。
「イーッ!」
美汐達の目の前に、カノンの戦闘員が現れて行く手を塞いだ。
「さぁ、大人しく我々と来い」
短剣を見せ付けて威嚇しながら二人に近づいて来た。
「い、イヤよぅ……」
「真琴、こっちへ!」
怯える真琴の手を引きながら、美汐は道を挟んで反対側の木々の中に走り出そうとしたが、そこからも戦闘員が現れた。
さらに後方からも現れて、美汐達は完全に包囲されてしまった。戦闘員達はジリジリと包囲の輪を狭めてくる。
ついに美汐達は一本の木の根元に追い詰められてしまった。
「真琴は渡しません!」
「小娘、邪魔をするなら殺す」
真琴を庇って前に出た美汐に、戦闘員が短剣を構えながら威圧する。そのプレッシャーに気圧されながらも、美汐は真琴の
前から動かなかった。
「み、美汐……」
「大丈夫ですよ」
「死ね!」
業を煮やした戦闘員が、美汐に向かって短剣を突き出してきた。美汐はそれを踏み込みながらかわすと、戦闘員の懐へと潜りこんだ。
突き出したままの戦闘員の腕を、右手で取りながら自分の背中を相手の胸に押し付け、次いで戦闘員の腕を引きながら、腰で相手を跳ね
上げるようにして投げ飛ばした。
ダァンッ!
戦闘員は地面に叩きつけられる。美汐の反撃に驚いた戦闘員達の動きが僅かだが止まる。その一瞬を見逃さずに美汐は真琴の手を
取って走り出した。
「真琴、早く!」
「美汐って強かったんだ……」
「これでも少しは護身術を嗜んでいますから」
だが、戦闘員達はすぐに動揺から立ち直ると追撃を開始した。美汐に投げ飛ばされた戦闘員も立ち上がり、追撃に加わる。
そしていくらも走らない内に追いつき、再び美汐達を包囲した。
「ダメージはありませんか。マズイですね……」
先ほどは小娘と侮って油断していたが、今度は慎重に間合いを詰めていく。美汐は何とか隙を見出そうとするが、それは
果たせず追い詰められていき、又しても木を背負う格好になる。
「(こうなったら……)」
美汐は先ほどの祐一のように、身を挺して真琴を守るつもりだった。自分に目の前の戦闘員を倒す力など無い。だが、
真琴が逃げる時間稼ぎくらいはするつもりだった。
「真琴、貴女だけでも逃げてくださいね」
「え? 美汐……?」
「貴女に再会できて良かったです」
美汐は真琴に笑いかけた。その意味が分からずに困惑してると、突然美汐に戦闘員の居ない方へと突き飛ばされた。
突き飛ばした美汐は戦闘員達に向かっていく。戦闘員達は一斉に美汐に向かっていった。
「美汐!?」
突き飛ばされ、数歩たたらを踏んだ真琴が振り返る。その眼前で美汐は懸命にも戦闘員に立ち向かっていった。
戦闘員の一人が突き出した短剣をかわして、先ほどと同じように懐に飛び込んで投げ飛ばす。だが、投げ飛ばした後の
隙をつかれて別の戦闘員に切りつけられた。
「キャァッ!」
辛うじてかわしたが、右腕を浅く切られていた。美汐は戦闘員達から離れるが、背後にあった木に行く手を阻まれる。
「みしおーっ!」
真琴は叫んでいた。身体が動かない。先刻の怪人や戦闘員を見たときにある感情が浮かんでいた。
それは……絶対的な恐怖。昨夜、何か思い出そうとした時に浮かんできたもの。それが真琴の身体を縛りつけていた。
先ほど思い出せた親友の名前を叫び、見ている事しか出来なかった。美汐が殺される所を。
コロサレル……
シヌ……
ダレガ……?
ミシオガ……
ドクン
その時、真琴の中でなにかが目覚めた
美汐……小さい頃に別れてしまった親友
美汐……一緒に暮らしてきた人
今、真琴は全ての記憶を取り戻していた
自分は何者なのか
何故カノンの怪人や戦闘員達に恐怖を感じるのか
何故こんな二つの記憶があるのか
何故、相沢祐一が許せないと思ったのか
だが、今はそれらよりも優先されるべきことがあった
美汐を守りたい、失いたくない
ならばどうする?
立ち向かえ、あの時のように……
仲間の危機を感じて飛び出していった時のように!
美汐は、自分が守る!
「ダメェーーーーッ!!」
★ ★ ★
ドンッ
追い詰められた美汐は木にぶつかる。右手の傷は深くないが、それでも傷口からは血が流れて地面に落ちていく。左手で
傷口を押さえながら、包囲している戦闘員と対峙していた。どうやら先に美汐を殺すつもりのようだった。
「みしおーっ!」
真琴がこちらを見て叫んでいる。逃げようともせずに立ちすくんでいた。
「(真琴……逃げなさいと言ったのに)」
美汐は内心歯噛みする想いだったがどうしようもなかった。戦闘員達はもう美汐の目の前に来ていたから。既に短剣を
振り上げて、後は美汐めがけてそれを振り下ろせば、美汐の命はそこで終わる。
「(ここまでですか……死んだら栞さんに会えるでしょうか……)」
最近、喪ってしまった親友の事を思い出す。そういえば明るいところは真琴と似ているかもしれない、そんな事を考えていた。
二人とも自分には無いものを持っていた。自分は大人しく引っ込み思案なところがあったが、それでも親友と言う間柄になれた。
「(三人で遊びに行きたかったですね)」
美汐は諦めて目を閉じた。もう間もなくあの短剣が自分の命を奪う。
「ダメェーーーーッ!!」
だが、それより先に真琴の叫び声が聞こえた。目を開けると、戦闘員達が振り上げた短剣をそのままに真琴の方を向いている。
美汐も真琴へと目を向ける。真琴は戦闘員達を睨みすえていた。その様子に先ほどまでの怯えた気配は無かった。
「美汐を……いじめるなぁーーーーっ!!」
真琴は叫んだかと思うと、物凄い速さで美汐達の所へ向かってきた。今まさに美汐目掛けて短剣を振り下ろそうとしていた
戦闘員の下へ数歩の踏み込みで接近して、戦闘員を殴りつけた。
バキィッ!
「イ゛ーッ」
かわす間もなく殴り飛ばされた戦闘員は、1、2メートル程飛び、地面に落ちて動かなくなった。
「美汐を傷つけたあんた達は、許さないんだからっ!」
そう言って、美汐を庇うようにして戦闘員達と対峙する。
「真琴……?」
「美汐、大丈夫だから。美汐は真琴が守るから」
美汐は真琴の豹変振りに驚いていた。先ほどまで怯えていた真琴とは思えなかった。真琴の瞳にも強い意志が感じられた。
「イーッ!」
「美汐、下がってて!」
残った戦闘員が襲い掛かってきた。真琴は美汐を下がらせると戦闘員に向かっていく。戦闘員が振り下ろした短剣を掻い潜って
懐に飛び込むと、その腹部にパンチを叩き込む。体がくの字に折れ曲がった所へ、右拳で顎へアッパーカットを入れる。
バキィッ!
今度は逆に仰け反り、僅かながら浮かび上がった戦闘員の側頭部に、左回し蹴りを叩き込んだ。
「イ゛ーッ」
連続攻撃をくらった戦闘員は腰の辺りを支点に回転して、頭から地面に叩きつけられる。
「イーッ!」
最後の戦闘員が真琴に短剣を投げつける。
シュッ!
真琴はそれを後方に大きく跳んでかわした。大きく飛んだ真琴は空中で回転すると、背後の木に足から飛び込んでいった。
ダンッ!
そして、木を蹴りつけるとその反動で戦闘員に向かっていく。真琴に蹴られた木は大きく揺れて、枝に積もっていた雪が
地面に落ちる。戦闘員に接近した真琴は、相手の顎を蹴り上げた。真琴はそのまま空中で回転して着地する。
「イ゛ーッ」
蹴られた戦闘員は背後の木に激突する。そのショックで木に積もっていた雪が、倒れた戦闘員の上に落ちた。
「ふぅ……」
辺りに戦闘員の気配を感じなくなったので、真琴は一息入れる。そして下がらせた美汐の所へ向かった。
「美汐、大丈夫?」
「えぇ、平気です。傷は深くありませんから」
美汐は袖を切り裂いて、包帯代わりに傷口に巻いていた。
「ごめんね。真琴の所為で……」
「良いんですよ……それより真琴、貴女のその力は……」
美汐の言葉に真琴の表情が曇る。真琴は全てを思い出していた。美汐の事も、自分が何故こんな力を持っているのかも……
話したくは無かった。話せば美汐は自分を拒絶するかもしれない。バケモノと呼ぶかもしれない。先ほどまでとは違う
恐怖が、真琴の心に浮かんでいた。
「美汐……」
「話して……くれませんか?」
「真琴は……」
言いよどむ真琴を見て、美汐は余程の事だと察した。祐一が話していた、何か恐ろしい目に会った事とも関係があるのだろう。
だが……
「真琴、私は貴女の事を大事な親友だと思っています。貴女に何があったとしてもその気持ちに変わりはありません」
美汐の目は真剣だった。そして優しさに満ち溢れていた。真琴はそんな美汐の目を知っていた。幼き日に、そしてずっと
見てきた目だったから。
「うん、わかった……」
暫く黙っていた真琴だったが、やがて少しずつ話し始めた。
「美汐、あのね……真琴は……もう、普通の身体じゃないの……真琴は、改造人間なの……」
続く