『蠍男、キサマには失望したぞ……』

首領の声に冷たいものが交じる。それを聞いた蠍男に恐怖が走る。失敗した者の末路は死……蠍男は首領に懇願した。

「ま、待ってください首領! もう一度俺にチャンスを!! アイツを、仮面ライダーを誘き出して殺す作戦が
 あります!! どうか、お願いします!!」

『…………』

「首領!」

『よかろう……蠍男よ、もう一度チャンスをやろう。左腕の再生手術も許可しよう。だが、今度失敗したら……良いな?』

「ハハッ! ありがとうございます」

蠍男は立ち上がるとレリーフに向かって一礼する。その目には激しい復讐の炎が燃えていた。

「(相沢祐一……仮面ライダー。テメェは必ず殺してやる)」




               Kanon 〜MaskedRider Story〜    
                       第十五話      




栞が倒れてから数日がたっていた。
祐一の懸命の捜索にも関わらずアジトの所在はおろか手がかりすら掴むことが出来なかったし、健吾の資料からも
治療の手がかりになりそうなものは発見されなかった。最初は皆を励ましていた香里の心にも次第に焦りや不安が
出始め、今では希望よりも諦めや絶望が多くを占めていた。ただ栞の意識は回復しており、症状も幾分か落ち着いた
ので一般病棟に近い部屋へと移っている。さらに一日の内僅かではあるが面会が許されていた。
祐一達もその僅かな時間を使って栞を、挫けそうになる自分達の心を励ましていた。
そして今は、香里が栞の病室にいた。

栞はベッドに寝かされていた。その姿は数日前の栞が想像できない程変わり果てており、様々な機械の端子や点滴の針が
取り付けられていた。顔に血の気が無く身体はやせ衰えて、見るものに深い悲しみと絶望を与えた。

「栞……」

姉の声が聞こえると、栞は薄く目を開く。

「おねぇ……ちゃん……」

香里の方へと顔を向け、僅かばかりの笑顔を見せる。

「調子は……良いみたいね……」

栞の前で泣き顔や不安な顔を出す訳にはいかなかった。ぐっと堪えて無理矢理明るい表情を作り出す。
祐一、香里、父、母、名雪、秋子、美汐……栞の見舞いに来る者たちは皆そうしていた。


栞は知っていた。自分の命がもう長くないことに……。誰に言われた訳でもないがなんとなくそう感じていた。

「おねえちゃん……わたし、あと……どれくらい、生きていられるんでしょうか……」

「なっ!? 栞、何バカな事言ってるの!! 諦めちゃ駄目よ!!」

諦めちゃ駄目……それは栞よりも香里自身に言い聞かせる言葉だった。しかしその言葉も、今や心の大半を絶望が占める香里
には空しく響くだけだった。だが口はそんな心とは裏腹に栞を励ます言葉を紡ぎ続ける。
下手な同情や慰め、励ましは返って相手を傷つける事にもなりかねないが、そうせずにはいられなかった。

「舞踏会で相沢君と踊るんでしょ? ドレスだって用意したじゃないの」

そう言って壁を見る。そこには所々焼けているものの、あの時選んだドレスが掛けられていた。

「でも……練習して、ない……です、から……」

「だったら早く良くなる事ね……でも大丈夫よ。相沢君ならきっと上手くリードしてくれるわよ……」

自分の言動が姉を悲しませた事を悟った栞は、精一杯明るく振舞った。

「そう、ですね……足、踏んじゃっても……祐一さんなら……許して、くれますよね……」

「ええ、そうね」

ようやく香里の顔にも笑顔が戻る。

「おねえちゃん……」

「なぁに?」

「ごめんなさい……それと…………ありがとう……」

「どうしたのよ、急に?」

「そう言いたい気分だったんです……少し、休みますね……」

言って栞は目を閉じる。ふと時間を見れば、もう面会時間も終わりだった。

「そう。じゃあまた来るからね」

「……はい」

栞は目を閉じたままで答えた。それを聞いて、香里も部屋を出て行く。


栞は悲しかった。自分の事で皆が苦しんでいたから。
栞は嬉しかった。そんな自分を皆が懸命に支えてくれたから。
だから思った。皆がこれ以上悲しい思いをしない為にも自分は笑っていよう。自分は幸せだったと。
そうすれば皆の心も少しは救われるかもしれないから。
だから……この命が最後の時を迎えるまで笑っていよう、と。


                         ★   ★   ★


「ふぅ……」

病院から出た香里はため息をつく。白い吐息は瞬く間に消えていく。それが香里に栞の命の灯を連想させた。

「うぅ……」

堪えきれずに涙がこぼれる。もう栞の誕生日は間近に迫っていた。「また来るから」と言ったが次に来るときはおそらく……

もうどうしようもなかった、祐一も秋子達も何やら懸命に探しているようだったが間に合うとは思えなかった。
辛かった、「何故あの子がこんな目に会わなければならないの! あの子、何の為に生まれてきたの!」
そう叫びたかった、だが一番辛いのは栞の筈だ。その想いだけが今の香里を辛うじて支えていた。

どれほど立っていただろうか、香里がふと気づくと辺りの地面が白かった。
空を見上げれば白いものが舞い降りてきていた。

「雪……」

ここ数日は曇り空が続いていたが、とうとう空も堪え切れなくなったのか雪を降らせていた。
まるで涙を堪えきれなくなった香里のように……
風も無く、雪は静かに降り続けていた。自分の頭にも、肩にも薄っすらと積もっている。このまま雪に埋もれてしまえば……
自分の身体も心も全て白く塗りつぶしてしまえばこんな辛い気持ちから逃れられる、全てを忘れられる。そんな事を考えていた。

だから、誰かが香里の側にやって来ているのに気がつかなかった。

「美坂……」

「え?」

香里は呼びかけられて初めてその存在に気がついた。既に日が落ちているが、辺りは外灯が雪に反射してそれなりに明るかった。
改めて声を掛けてきた人物を見る。その人物はゆっくりと香里の方へと歩いてきて外灯の下に立つ。
それにより姿がはっきりと確認できた。コートを着ていて襟元からはマフラーが覗いている。帽子などは被っておらず、
顔がしっかりと見えた。香里はその顔と髪型に見覚えがあった。

「北川君?」

「ああ。久しぶりだな、美坂」

香里達のクラスメイト、北川潤だった。


                         ★   ★   ★


香里と北川は病院ロビーの椅子に座っていた。受付には常駐の職員の姿もなく照明も落とされていた。

「久しぶりね、いつ退院したの?」

「つい最近さ。知らせられなくて悪い、ちょっと特別な施設にいたからさ」

そういって鼻の頭を掻く。だがその顔には何の感情も浮かんでいなかった。

「そうだったの」

「妹の……栞ちゃんのことは聞いたよ」

「栞」という名前に、香里の肩がピクリと動く。

「栞は……あの子は……」

握り締めていた両手に力が篭る。唇をかみ締めて懸命に涙を堪えていた。

「そのことなんだがな美坂……栞ちゃん、助かるかもしれないぜ」

「え?」

最初、香里には北川の言葉が理解できなかった。時が経つにつれてその意味を理解し始める。「助かるかもしれない」、確かに
そう聞こえた。助かる? 栞が? 医者も諦めている栞の命が? その方法を目の前のクラスメイトが知っている?

「……でも、だって……あの子は……」

「ああ、次の誕生日まで生きられない。現在の医学ではどうしようもないんだろ?」

「ええ……」

普段の香里であれば、なぜ北川がそんな事を知っているのか疑問に思うはずだった。栞の余命の事を知っているのは医師達を
除けば香里の家族、祐一、あとは秋子くらいだったから。だが「助かる」と聞いた香里の頭はそんな疑問を持たない程困惑していた。

「現在の医学ではどうしようもなくても、現在よりもっと進んだ医学ならどうだ?」

「それは……でもそんなものが……」

「あるんだよ、俺の居た所がそうさ。そこじゃ今じゃとても治らない様な病気だって治せるんだ。他にも色んな研究をしているんだぜ」

そういって香里に笑いかける。香里にしてみれば降って沸いたような話に飛びつきたいところだが、僅かに残っていた冷静な
部分がそれを押しとどめていた。

「……信じられないわ」

「まぁ、そう思うのも無理ないけどな……俺じゃ証拠にならないか? 俺も現在の医学じゃどうしようもない病気だったんだよ。
 それが今じゃこうして元気になって美坂と話してる。どうだ?」

北川が何故入院しているのか? それは誰も知らなかった。只、酷く重い病気とだけ聞かされていた。香里は未だ半信半疑では
あったが徐々に北川の話に心を動かされていた。

「……そこに行けば栞の病気を診てもらえるの? 本当に栞は助かるの?」

「ああ」

北川の力強い返答が香里の心を決めさせた。藁にもすがりたい心境の香里には、北川から差し出されたものは細い藁では無く、
しっかりとした救いの手に思えた。

「だったら教えて! 何て名前の所なの? 何処にあるの? どうすればそこで診てもらえるの!?」

「落ち着けよ美坂……施設っていうか、その組織の名前は『カノン』っていうんだけどさ、そこで診てもらうには関係者の
 紹介が要るんだよ。まぁそれは俺が紹介してやるよ。ただ、その代わり……」

北川はそこで一旦話を止めて香里を見る。香里は次に北川が何を言い出すのかは見当がついていたので北川に多少の嫌悪感を
覚えつつも、自分から切り出した。

「何が目的? 私はどうすればいいの?」

「流石は学年首席だな、話が早くて助かるぜ」

「茶化さないで……私の身体? いいわよ、好きにしたら? それとも「今度こそ俺と付き合え」とでも?」

ほとんど自棄だった。『栞を助けたい』、その想いが今の香里を突き動かしていた。妹の命を救うためなら何だってするつもりだった。

「手厳しいな」

北川はそう言って自嘲気味に笑った。以前、北川は香里に告白してフラれたことがあった。


『北川君の事は嫌いじゃないわ。でも友達以上には見れない、恋愛感情を持てる相手には思えないの。だから、ごめんなさい』


そう言って断られた。暫くは気まずい雰囲気が続き、その後北川が入院してしまったので、以来会って話す事は無かった。

「……あの時はショックだったな」

「なら……付き合ってもいいわ。それで栞が助かるなら」

「そう言いたいところだが違うんだよ。尤も、そんな事をしても美坂が俺の事を本気で好きになってくれる筈が無いしな」

「栞を助けてくれた事に感謝して、心の底から北川君を好きになるかもよ?」

「そっか……でも違うんだ。美坂にやって欲しい事があるんだよ」

「何をすれば良いの?」

「相沢祐一……ヤツを知ってるよな?」

「? ええ……北川君、彼の事を知ってるの?」

香里には、北川が何故祐一の事を話し出したのか分からなかった。それに香里の知る限り、祐一と北川には面識もない筈だ。
一方の北川は、何か堪えるような顔をしながら話を続けた。

「……まぁ、知ってるといえば知ってるな。でも今はそんな事は関係無い。とにかくだ、美坂にやって欲しい事ってのは、
 相沢の奴を誘い出して欲しいんだよ……それで……」

北川はそこでまた言葉を切った。それは香里に自分が何かとんでもない事をさせられるのではないか? と感じさせた。
ここで話を無かった事にすべきかもしれない。だが香里の口は北川に続きを促した。

「それで……?」

「相沢祐一……ヤツを殺してほしい」       

「なっ!?」

その言葉を聞いた香里は思わず立ち上がる。それを発した北川の方は依然落ち着いている。

「殺せって……」

「言葉通りだ」

「そんな事出来るわけ……」

出来るわけがなかった。
親友の従兄妹にして想い人、それほど時を経ずして親しくなったクラスメイト、妹も彼の事を想い、そしておそらく自分も……
そんな彼を殺せるはずも無い。仮に相沢祐一が憎むべき敵だったとしても、相手は改造人間・仮面ライダー。
普通の人間に過ぎない自分が敵う相手ではない。

「そんな事……」

「あぁ、出来る訳無いな」

そう言って軽く笑う。その態度と言葉が香里の癇に障ったのか、香里の顔に怒りが浮かび語気も荒くなる。

「北川君!」

「落ち着けよ、美坂」

北川は詰め寄る香里を、胸の前に両手を持ってくる格好をして止めて、落ち着かせようとした。だがそんな北川の態度は
返って火に油を注ぐようなものだった。

「これが落ち着いていられる!? 私は真剣なのよ! この大変な時に貴方は何を言ってるの!」

「悪い……とにかく落ち着いて俺の話を聞けって」

相変わらず薄笑いを浮かべている北川を睨み付けながらも香里は黙った。

「まあ「殺す」までいけば万々歳だが、そこまで望んじゃいない。最悪でもなんらかの手傷を負わせてくれればそれでいい。
 それが条件だ」

「な!?」

再び香里は絶句する。殺す、まで行かなくとも傷を負わせる。条件が緩和されたかもしれないが、それでも香里には
受け入れがたい条件だった。

「そんな……」

「それなら簡単だろ? 美坂ならヤツも油断するだろうし、なんなら色仕掛けで迫ってもいいんじゃないか?」

「なぜ、相沢君を?」

「やつはカノンにとって邪魔な存在なんだよ。それに、ちょっとな……」

北川の顔に怒りの表情が浮かぶ。面識が無いはずの祐一に何か特別な恨みを抱いているかのように思えた。
香里はその事を問いたださずにはいられなかった。

「北川君、相沢君の事を恨んでいるの? 彼と何かあったの? 一体……」

「ストップだ」

「カノンって何なの?」と続けようとした香里を遮る。そこには有無をいわせぬ迫力があった。

「美坂……悪いがそれ以上の質問は無しだ。俺の要求は相沢祐一を殺すか手傷を負わせる。美坂に出来るのは、俺の要求に
 YesかNoで答えることだけだ。Yesなら成功した後で栞ちゃんを助けよう。Noなら話はここまでだ。
 栞ちゃんは助からない」

北川が真剣な目で「どうする?」とばかりに見つめてくるが、香里は目を逸らした。

「何故、どうして? ……貴方本当に北川君なの? まるで人が変わったみたいに……」

……目の前にいる青年は本当に自分の知る北川潤なのだろうか?
香里の知っている北川はこんな事を言ったりする男では無かった。明るくひょうきんな性格でクラスの皆とも仲が良かった。
そんな北川でも怒る事もあっただろうし、喧嘩する事だってあっただろう。だがそこまでの殺意や恨みを持つような性格では
無かったと思う。そうだとしても、一体祐一が何をしたというのか? その質問は封じられてしまい、答えを得られない

「まぁ、それくらいの質問ならいいか。俺は間違いなく美坂の知っている北川潤さ。手術の影響らしく、なんか性格が
 変わったって言われたけどな……痛っ」

北川が話の途中でこめかみ辺りを押さえて顔をしかめる。だがそれもすぐに収まり、ふぅ、と一息つく。

「北川君?」

「……あぁ、大丈夫だ。後遺症らしくてな、時々頭痛がするんだよ。オマケに記憶が曖昧になったりする事もあってな」

香里が北川に目を向けたときには既に元の表情に戻っていた。

「ま、それはいいとして……で、美坂……どうする? YesかNoか」

北川が先ほどの返答を要求してきた。

「Yesならこれを使えよ」

北川が懐から取り出したのは小型の拳銃だった。オートマチック式の拳銃に似たフォルムがロビーの僅かな照明をうけて光沢を放つ。

「これには二発の弾が入ってる。一発目は普通の銃弾だが、二発目は炸裂弾だ。その二発しか無いから慎重にな」

目の前に出された拳銃を見て、香里は後ずさりする。モデルガンなら見たことも実際使った事もあるが目の前に差し出されたのは
多分本物。殺傷を目的とした凶器。日常生活を送る上では必要の無いもの。日常からかけ離れた出来事の連続に香里は、
これは夢ではないかと思い始めた。

身体が震えだす。香里は自分の肩を抱きしめた。そうしないと立っていられなかった。

「そんな……これは……」

「悪いが夢じゃないぜ。目の前に居る俺も、栞ちゃんの事も全て現実だ。栞ちゃんを助けたいんだろ?」

「そうだけど!……でも……相沢君を……彼は名雪の従兄妹よ、それに栞も彼のことを……」

「成る程な。そんな相沢を殺したら水瀬からも妹からも恨まれるって訳か。でもな、殺せとは言ってないぜ。手傷を
 負わせてくれたらそれでいいんだ。あとはこっちで相沢を始末する。だから美坂が気に病むことは無いんだ」

「でも……私が負わせた怪我が元で相沢君が……相沢君に何かあったら私の所為よ……やっぱり私には……」

「美坂」

北川はゆっくり立ち上がると香里の肩を優しく掴む。香里の身体がビクッとなり、思わず北川を見る。

「美坂……よく考えろよ」

そう言って香里の目を見つめ、香里もまた北川に目を向ける。今度は目を逸らさない、いや逸らせなくなっていた。

「よく考えてみろよ、何が一番大事なんだ? 妹の命だろ。その為ならお前は何だってする、そうだな?」

「……私、は……」

確かに栞を助けたい、その為なら……香里はそう思っていた。だがその為に祐一を傷つけるのは……そう葛藤していたが
北川の目を見るうちに思考に靄がかかったようになり、次第に何も考えられなくなっていた。

「怪我させるんだ……いや、怪我させるだけじゃ駄目だ……確実に殺すんだ」

「……でも……」

「美坂!……出来るよな?……相沢のヤツを、殺せるよな?」

なおも躊躇う香里に、北川が強く言い聞かせる。その目にもさらに力がこもっていた。それとは逆に、香里の瞳から
徐々に光が失われていく。

「妹に恨まれる、妹を悲しませるってか。でもな、そうなるのも生きているからこそだろ? 死んじまったら何もならないぜ。
 恨まれても生きていてくれたらそっちの方がいいだろ。違うか、美坂? これはお前にしか出来ない事なんだ。妹の命を
 救えるのは姉であるお前だけなんだよ。ずっと妹の事を守ってきたんだろ? 美坂……」

「…………」

思考停止していた香里の頭が再起動する。今度は一つの結論に向かって。

「(そうよ……私は栞を助けなきゃいけないのよ……その為なら何だってするわ……たとえ栞や名雪に恨まれても……私は)」

香里は「私は……」と繰り返し呟いていた。目の焦点は合っておらず、顔には何の感情も浮かべてなかった。
そんな香里を見ていた北川の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。

「妹を守るんだろ? 助けたいんだろ?」

「私は……栞を守らなくちゃ……あの子を助けなきゃ……」

「そうだ。その為には何をすればいいか分かるよな……どうする?」

北川は先ほどの拳銃を香里に差し出す。香里は今度は目を逸らさずに拳銃を見つめる。

「わかったわ……」

香里はゆっくりと手を伸ばし、北川の持つ銃を取る。

「彼を……相沢祐一を……殺すわ」



                         ★   ★   ★


雪の降る中を祐一のバイクが走っていた。このところ祐一は夜通しカノンのアジトを探している。
それは人気の無い山中や街中まで広範囲にわたっていた。

「(くそ、この付近には無いのか? もう時間が無いのに……)」

焦るが、手がかりすら一向につかめないまま日数だけが過ぎていった。

「栞……」

祐一の脳裏に、栞を見舞ったときの事が思い出された。




『よう、栞』


『祐一さん……』


『ほら。頼まれていたもの持ってきてやったぞ』


それは栞が絵を描くときの道具一式だった。スケッチブック、鉛筆、カッターナイフ等が入っていた。
それらが入ったバッグをベッドの脇に置く。


『ありがとう……ございます。また……絵を描きたいと思いまして……今は、駄目ですけど……』


『そうか……』


『その時は祐一さん……モデルになってくださいね』


『う? そ、それは……』


『祐一さん?』


『……ああ、いいぞ』


『約束ですよ……あと、またデートしたいです』


『……わかった、またアイス食べような。雪だるまも作ろう』


『雪合戦も、したいです……雪玉の中に……石、いれて……いいですか?』


『良いわけないだろ……頼むからそれは止めてくれ』


『ふふふ…………祐一さん、もう一ついいですか?』


『ん、なんだ?』


『お姉ちゃんの事、お願いしますね』


『香里を?』


『お姉ちゃん、ああ見えて……結構寂しがりやなんです、それに……昔から私の事で……
 色々迷惑かけちゃったから……お姉ちゃんに恩返しがしたいんですけど、きっと無理だから……
 だから、私が死んだら……お姉ちゃんの事お願いしますね。お姉ちゃんの事、支えてあげてください』


『馬鹿なこと言うな! 栞は……』


『そうでしたね……変なこと言っちゃって、ごめんなさい……祐一さんは、私の運命の人ですから……お姉ちゃんや
 名雪さんには、負けませんよ……』


『栞……』




「(栞は自分の身体の事を知っているのか?)」

自分がもう長く生きられない事を知りながら、それでも周りの人達を悲しませないよう振舞っているのでは?
その疑問が祐一の頭を離れなかった。

祐一にとって栞は妹のような存在だが、それだけにその命を失いたくは無かった。玲奈を失った悲しみをもう一度
繰り返したくはないし、その悲しみや苦しみを香里達に味わわせたく無い。

「くそっ、俺はここまで無力な存在なのか!?」

自分は改造人間・仮面ライダーだ。カノンの凶悪な怪人たちをも倒せる強い力を持っている。だがたった一人、
病気で苦しむ少女を救う事が出来ない。周りから見れば些細な願い事をかなえてやる力すらない。歯噛みする思いだった。

Purururu……

胸ポケットに入れてあった携帯電話が鳴り出した。祐一はバイクを路肩に停めて電話を取り出し、発信者を確認する。
そこには『美坂 香里』と出ていた。ヘルメットを脱いでから電話を通話状態にすると、先に向こうから話しかけてきた。

『相沢君……』

「香里か、どうした?」

『…………』

それきり香里は何も言わなかった。いつもの香里では無いような気がした。最近は栞のことで落ち込んだりもするが、
それとも違う様子に祐一は不安を覚えた。

「香里?」

『相沢君……話があるの』

「話か……何だ?」

『栞のことで……』

「栞がどうかしたのか!?」

『…………』

「おい、香里!」

『電話じゃちょっと……相沢君、今出られるかしら?』

「あぁ、それは構わないが……」

『だったら……今から学校に来て欲しいの』

「学校? なんでそんなところに?」

『お願い……大切な話なの』

「……分かった。ちょっと時間が掛かるかもしれんがなるべく急いで行くよ」

『待ってるわ』

それだけ言うと、一方的に電話が切られた。祐一は香里の様子に只ならぬ様子に不安を感じていた。だからこそ香里を放っては
おけない。祐一はバイクの向きを変えると学校へ向けて走り出した。


                         ★   ★   ★


病院の一室
既に消灯時間を過ぎ、院内には最低限の明りしか灯っていない。入院患者である栞の病室もベッドに付けられたスタンド
以外の明りはなく、後はカーテンの隙間から僅かばかりの外の明りが入っていた。そんな中、栞は己の手に握った
カッターナイフの刃を見ていた。最低限に抑えられたスタンドの明りを反射して刃が煌く。それは以前祐一に持ってきて
もらった道具の中にあったものだ。鉛筆を削るのに使うから、と用意してもらった。だが今は別の用途で使おうとしていた。

「……」

さっきまで眠っていた栞は夢を見た。それは今とは違った世界の夢。

その中で香里は言った

『私に妹なんていないわ』と

最愛の姉に自分の存在を否定される夢。
祐一や名雪たちにも巡りあえず、両親と姉にも見放されて恨み言を言い残して一人寂しく死んでいく夢。
誰も……家族も、友人達も、自分も、誰一人笑っていない夢。

「そんな現実もありえたんだよね……」

現実は違った。姉と両親は栞の身体をわが事以上に心配した。祐一達とも巡りあえた。心の底から笑う事も出来たし恋だってした。


もう限界だった。一日の大半を治療とは名ばかりの、最早効果の無いであろう延命処置を受ける日々。
自分を励まし続けるものの、絶望と疲れを隠し切れない周囲の人々。そして自分自身、笑顔でい続ける事に疲れていた。

『この命が最後の時を迎えるまで笑っていよう』

その想いが脆くも崩れ去ろうとしていた。このままでは自分は辛く、悲しい顔をして死んでしまう。そうなれば
『あの子は最後まで笑っていた。幸せに生きていたんだ』と周りの人達を慰めるものすら残せなくなってしまう。
だったらいっそ、まだ自分が笑っていられるうちに……目が覚めた時にそう考え、まずはスケッチブックに遺書を遺した。


『皆さんごめんなさい

 私はあとどれくらい生きていられるか分かりませんが、ここで終わりにします

 もう私の命が長くない事はなんとなく分かっていますから

 皆さん、私の事で心配させてしまってごめんなさい

 私の事で辛く、悲しい思いをさせてしまってごめんなさい

 でも嬉しかったです

 皆さんの励ましが嬉しかったです

 ありがとうございます

 だけど、このままでは私は最後まで笑っている事が出来そうにありません

 毎日が辛いんです

 だから私がまだ笑顔でいられるうちに自ら終わりにしようと思います

 お姉ちゃん、お父さん、お母さん、名雪さん、秋子さん、美汐さん、そして、祐一さん

 それから私に関わった色んな人達

 ごめんなさい

 ありがとうございました

 皆さんと出会えて私は幸せでした

 だから皆さんもこれ以上私の事で悲しまないで下さい

 私は最後まで笑っていられました

 さようなら                                   栞』


後は手に持っているナイフで手首か首を切りさえすれば全てが終わる。それくらいの体力は残っていた。寝ていた状態から
起き上がり、姉から貰ったストールを羽織って、自分の身体を抱きしめる。

「さようなら……」

右手でナイフを握り締め、細くなった左手首に刃を押し当てる。

ガラ……

今まさに栞がナイフを引こうとしたその時だった。入り口のドアが開けられて外の空気が流れ込んでくる。

「え?」

栞は慌ててナイフの刃をしまうと、パジャマのポケットに入れる。看護師の巡回か? と思ったがそうではなかった。
ドアを開けるとその人影は音も無く部屋に入ってくる。

「誰?」

「ん、起きていたか……久しぶりだね、栞ちゃん」

「貴方は……」

声からして若い男のようだった。こちらに歩いてくるにつれて男の顔がはっきりと見えてくる。
僅かな明りに照らされたその男の顔に見覚えがあった。姉が「只のクラスメイト」と言った男。
姉と名雪がその癖っ毛を「アンテナ」と評していた……名前は……

「北川さん?」


                         ★   ★   ★


校門前
ようやく祐一は、香里が指定した学校に到着していた。雪は降り続けていたがその勢いは弱まっていた。
道路にも雪が積もっている中をバイクが進む。やがて校門前に着いた祐一はバイクを停めて降りる。
校門の柵は閉じられ辺りに人影は無い。常夜灯の明りだけが周囲を照らしていた。

「香里は……何処だ?」

見渡せる範囲に香里の姿は無かった。香里に連絡を取ろうと電話を取り出そうとした祐一は
柵の向こう側−−敷地内−−に足跡を見つけた。よく見れば道路にも同じ足跡が残っていた。

「柵を乗り越えたのか……」

柵は二メートル程の高さで、常人でも手をかければ充分上って越えられる高さだった。祐一は自分の身体能力を活かして
いとも簡単に柵を跳び越えた。膝で衝撃を吸収しつつ着地すると、残された足跡を辿っていく。
雪が降り続いていたが、それほど時間も経っていないのか足跡には薄っすらとしか積もっておらず識別は容易だった。
そして、校庭と校舎へ続く道にある常夜灯の一つの下に、祐一の探す人の姿があった。香里は傘も差さずに立っていた。

「香里」

その声に香里も顔を上げる。その表情からは何の感情も読み取れなかった。

「来てくれたのね」

「ああ、遅くなってすまない」

栞と出かけたときの事を思い出して、祐一は素直に謝った。香里はコートのポケットに両手を入れていた。何時から
待っていたのか、その髪にも肩にも雪が積もっている。それを左手だけで掃う。

「いいわ、そんなに待ってないし……ごめんなさい、突然こんな時間に呼び出したりして」

「いや、それは良いんだ。ところで話って何だ? 栞の事って……」

祐一は香里の所へ歩きながら問いかける。

「あのね……栞なんだけど……助かるの……」

その言葉に思わず祐一の足も止まった。

「何だって!? 助かるって……一体どういうことだ?」

「言葉通りよ……」

香里は顔を伏せた。祐一は香里に駆け寄って問い質したい衝動に駆られたが、香里の雰囲気に、なぜかそれ以上近寄れなかった。

「香里……」

「でもね、それには条件があるの……私がある事をすれば、引き換えに栞を助けてもらえるのよ」

香里の話し方は淡々としていた。相変わらず顔は伏せられていた。

「それは?」

「それはね……」

そこで香里は顔を上げ、祐一を見る。そして右手をコートから引き抜いた。その手には銃が握られ、銃口は真っ直ぐに
祐一へと向けられる。左手を右手にそえて、言葉を続けた。

「それはね、相沢君……貴方を殺す事なの」

「香里!?」

「相沢君……貴方を……殺すわ」




続く




後書き

…………ハッ、すいません。後書きの出だしのネタを考えてました。(結局思い浮かばず)

こんにちは、うめたろです。カノンMRS15話、お届けです。

今回も無い知恵絞ってなんとか書き上げました。いかがだったでしょうか?

次回辺りで今回のお話『栞編』は決着の予定です。

現在製作中ですので今しばらくのお待ちをm(_ _)m

なんか段々と後書きが短くなっている気もしますが今回はこの辺で。

最後に

私の作品を掲載してくださった管理人様

私の作品を読んでくださった皆様に感謝して後書きを終わりにさせていただきます。

ありがとうございました。

では。                                  うめたろ


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