帰り道で
「栞の趣味は絵を描くことか」
「はい、これが最近の自信作です……祐一さん、何で身構えるんですか?」
「あ……いや、その……なんと言うか、随分と前衛的な絵だな。で、これは何の絵だ?」
「お姉ちゃんです」
「……(怪人・わかめ女?)」
「祐一さん、どうしました?」
「これ……香里には見せたのか?」
「はい、そしたらお姉ちゃん凄い剣幕で怒り出して……何故でしょうか? 自信作だったのに」
「…………」
商店街のゲームセンターで
「…………」
「初めてみたな、もぐら叩きで0点というのは……」
「そんな事言う人嫌いです」
騒がしくも平和で楽しい時間が過ぎていった。
Kanon 〜MaskedRider Story〜
第十三話
カノンのアジトの指令室。今ここに一人の怪人が首領の召集を受け、参上した。
「首領。蠍男、御呼びにより参上致しました」
そう言ってカノンのレリーフの前に現れたのはカノンが作り出した新たなる怪人、蠍男だ。
茶と黒色で構成されたその身体は、節足動物を思わせる分割された装甲で覆われており左腕は大きな鋏状になっていた。
頭頂部には小さいながらも蠍の尻尾が生えていて、その先端には毒針が付いている。そして口元には二本の触しが突き出ていた。
蠍男がレリーフに向かって礼をすると、答えるかのようにレリーフ中央部が光りだして首領の声が聞こえた。
『来たか、蠍男よ……○市で近日記念式典が開かれる。お前の任務はその式典に参加する要人の抹殺だ』
「ハッ」
『憎き仮面ライダーの妨害も考えられる。心してかかれ!』
「お任せ下さい、首領。ヤツの首も獲ってやります」
『よし……では行け、蠍男よ!』
「ハハッ!」
★ ★ ★
美坂家
「ふふふ、明日はいよいよ祐一さんとデートです!」
栞はぬいぐるみやら、恋愛小説で埋まった本棚のある自室で明日に思いを馳せている。明日の休日は、栞の強引なまでの
誘い(+泣き落とし)により祐一は栞に付き合うこととなった。既に準備は整えられて、散々迷った果てに決定した
服はハンガーに掛けてあるし、目覚ましもセットした。普段より入念に身体を洗い、今はパジャマ姿でストールを羽織っている。
「ちゃんとした計画を練らないと……」
とは言え、既に(主観的には)完璧な計画が出来上がっていて確認済みだった。それでもそう口に出してしまい
何度も見直してしまうなど、それ程楽しみにしていた。
「まずは喫茶店で楽しくお喋りなどした後はウィンドショッピングなんかいいかな? そのときには勿論腕を組んで……」
その時の事を想像しつつ、なおも計画は追加されて行く。
「夜はやはりステキなホテルで……この辺にそんなホテルは無かったっけ……遠出すれば…………」
栞はふと何かを思い出したように静かになる。楽しい気分のままに浮かんだ予定を思い起こしてみるが、
全てを実現するのは今の自分には無理だ、それは自分が一番良く分かっていた。仕方なく計画を大幅に変更する。
「これくらいなら、大丈夫だよね?」
何か予感めいたものに囚われ、自分の心臓の辺りに手を置く。今は規則正しくリズムを刻んでいた。
コンコン……
「栞、いいかしら?」
ドアをノックする音と共に姉の声がした。栞が了承すると、ドアが開いて香里が部屋に入ってきた。
「まだ起きてたの? 明日は相沢君と出かけるんでしょ。早く寝ないと、遅刻したらカッコ悪いわよ」
「だ、大丈夫です。私が遅刻しても祐一さんなら待っててくれます。それに、男性が女性を待つのは当然です!」
「はぁ……」
確かにあの青年なら待っているだろうし、遅刻しても笑って赦してくれるだろう。香里はそう思えた。
栞にとっては、こうやって出かけること自体が嬉しいのだ。ましてや憧れていたデートだ、その喜びも一入だろう。
だが、香里は栞に釘を刺すことを忘れなかった。この部屋に来た理由がそれだったから。
「栞……もう相沢君と出かけることに反対はしないけど……身体の方は大丈夫なの? やっぱり私も付いて……」
「お姉ちゃん。妹のデートに付いてくるものじゃありません」
栞はあくまでも自分の身体を気遣ってくれる姉に感謝していた。だがそれを断った。
「けど……」
香里だって折角妹が楽しみにしている事を邪魔するような無粋な真似はしたくなかった。だがそれでも栞の身体の事が
心配でそんな事を口走っていた。
「大丈夫ですよ。このところ本当に調子は良いですから……」
「ただ病状が悪化してないだけでしょ。完治したわけじゃないんだから、いつまた入院なんて事になるか……」
「調子が悪くなったらすぐ中止しますから」
「そう……本当に無理しちゃ駄目よ。相沢君にも言っとくわ、「栞の具合が悪そうだったらすぐに帰ってきて」って」
それだけ言うと、香里は部屋を出て行った。
「お姉ちゃん……ありがとう……ごめんね」
自分一人になった部屋で、今この場に居ない姉に感謝と謝罪をする。その顔に全てを諦めたような表情を浮かべながら。
★ ★ ★
ソレは人間の状態で言うなら眠っているだけだった。
時折目覚めると暴れだし、そしてまた眠る。その繰り返しだ。
暴れるたびになにやら抵抗されるが、そんなものでソレを止めたり、ましてや消滅させることなど出来なかった。
たまに眠るのは抵抗が功を奏したわけではない。ただの気まぐれにすぎなかった。
眠っている間に周りは、ソレが暴れて破壊されたところを修復し次に備える。もう長い間そうされてきた。
そろそろ眠りから覚める、今までより深い眠りから。だが今回は違う、途中で気まぐれなど起こさない。全てを破壊する。
ソレは止まらない。自分が宿る少女の命が尽きるまで……
★ ★ ★
翌日
祐一は栞との待ち合わせ場所である公園へと向かっていた。空は曇で覆われていて今にも雪が降りそうな天候だった。
時折吹く風も冷たく、この街が真冬の中にあることを感じさせる。
目的地の公園に着いた祐一は辺りを見回す。水の止まった噴水、雪の残る芝生、時計台、ベンチ……そのベンチの一つに
待ち合わせの相手である栞が座っていた。私服姿で、入院していた時にも身につけていたストールを羽織っている。
「よう、栞」
「遅いですよ、祐一さん」
頬を膨らませて栞が抗議するが、やはりその顔立ちのせいか怒っているようには見えなかった。遅いと言われたが祐一は
そんなつもりは無かった。自分の時計も公園の時計も、今は待ち合わせの時間を示していた。
「時間通りだが?」
「たとえ時間通りでも、女性が先に待っていたら遅刻なんです」
「そんなもんか……悪い、遅れた」
祐一は苦笑するしかなかった。笑って栞に謝罪すると、栞も機嫌を取り直して笑顔を見せる。
「フフ……許してあげます。そのかわり、アイス奢ってくださいね」
「……了解」
「じゃ、早速いきましょう」
栞が立って祐一の所に歩いてくる。
「最初は何処にいくんだ? 言っとくが俺はまだこの街のことはあまり知らないぞ」
「まずは百花屋に行きましょう。そこでアイスを奢ってくださいね」
「百花屋に行くなら、わざわざ待ち合わせしなくても良かったじゃないか」
「駄目です、デートなんですから。待ち合わせすることに意味があるんです」
祐一にはどんな意味があるのか分からなかったが、栞には何か拘りがあるのかそう力説していた。
「ほら、早くいきましょう」
手を引きながらそうせかす栞の様子に、祐一は妹の姿を重ね合わせていた。それは今日初めて感じた事ではない。
最近の明るい栞を見るにつけ、そう思うようになっていた。
「(玲奈……)」
だが、それほど辛くは無かった。妹を失った悲しい記憶よりも、また妹に会えたかのような喜びのほうが大きかったから。
「祐一さん、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。行こうか」
「はい!」
★ ★ ★
カランカラン♪
カウベル付きのドアが開いて男女のカップルらしい客が入ってくる。だが、見た目にはカップルというよりも兄妹に見えた。
「いらっしゃいませ……」
今日は部活が休みで、店の手伝いをしていた名雪が応対したが、その男女は自分のよく知る人物であった。
「あれ、祐一と栞ちゃん?」
「こんにちは、名雪さん」
「出かけるんじゃなかったの?」
「栞によればこれもその一環なんだそうだ。とりあえず今の俺達は客だから席に案内してくれ」
祐一に説明を受けた名雪は未だ納得しかねる顔をしていたが、二人を窓際の席に案内する。まだ開店したばかりで店内に
他の客はおらず、貸切ともいえる状態だった。
「何怒ってるんだ?」
不機嫌な顔を隠そうともせずに注文をとりにきた名雪に尋ねた。
「う〜、祐一ってば極悪だよ。栞ちゃんと出かけるだけじゃなくって態々見せ付けにくるなんて〜」
栞と出かけることが決まってからも名雪は事あるごとに不満を漏らしていた。名雪だって栞が退院してくれたのは嬉しい。
また一緒に遊ぶ事も出来るから。だけど祐一とデートというのは……そんな気持ちが根底にあったから。
「見せ付けに来たわけじゃないって」
「う〜……」
恨みがましい視線を向けてくる名雪に困っているところへ、秋子までやって来た。
「あらあら……」
いつものように微笑んで頬に手を当てているポーズをしていた。
「いらっしゃい、栞ちゃん」
「あ、こんにちは秋子さん。あの、この前のアイスありがとうございました。とても美味しかったです」
いつものように挨拶をかわす。栞は以前お見舞いにくれたアイスのお礼も言って頭を下げた。
「いいのよ……それにしても今日は”デート”ですか、祐一さんも本当にすみにおけませんね。ふふふ」
「あ、秋子さん……」
「う〜……」
さりげなくデートを強調する秋子の言葉に更に機嫌が悪くなる名雪。その空気に祐一は一層の居心地の悪さを感じていた。
「わ、分かった……名雪、今度何処かに行こうな?」
「う〜、約束だよ?」
「ああ……」
「祐一さん、私とのデート中に別の女性とデートの約束するなんて極悪です!」
「いや、その……」
「あらあら……祐一さん、モテモテですね。そういえば香里ちゃんとも約束が……」
「「祐一(さん)……」」
「うう……」
秋子や名雪が悲しみや苦しみを乗り越えて自然に振舞ってくれるのは嬉しかったし、こういった何気ない日常が自分は
『相沢祐一』として生きていると実感できた。だが、願わくばもう少し平穏な生活を……と思わずにはいられなかった。
「と、とりあえず何か注文しないか? 栞」
祐一はその場を誤魔化そうと栞に聞いてみる。
「そうですね……ではバニラアイスをお願いします」
「俺はブレンドコーヒーを」
注文を受けるまで不機嫌な顔をしていた名雪だったが、突然ニッコリ笑うと既にキッチンへと入っていた秋子に
祐一達の注文を伝えて更に付け加えた。
「お母さん、ブレンドコーヒーとバニラアイスクリーム。それとイチゴサンデー2つね」
この店の名物でもあり、名雪の好物でもある品物を追加していた。
「イチゴサンデーは頼んでないぞ? 名雪の奢りか?」
「私が食べるんだよ……祐一、奢ってくれるよね?(ニッコリ)」
「……わかった」
微笑みながらもどこか迫力を感じさせる名雪に、祐一はただ頷くしか無かった。
「祐一さん、これから行きたい所があるんですが」
他に客もいないので、名雪や秋子も交えて注文したものを食べながら雑談していた祐一達だったが、
栞がこれからの予定を話し始めた。
「なんだ、映画か? それとも買い物か?」
「買い物です。えっと、○市に最近新しいビルが出来ましたよね。その中にあるお店に行きたいんです」
そのビルのことは前からTVなどで放送されていたので祐一達も知っていた。服飾店や飲食店、イベントホール
や映画館など様々な施設が入った大きなビルだった。
「あそこか……最近出来たばかりだから人が大勢いるだろうな……」
「たしか今日は○市の発足30周年の記念式典が開かれる筈ですから、もっと混みますよ。たしかこの街からも代議士や
名士の人達が何人か来賓として招かれていますよ」
秋子が祐一の言葉に補足をした。それを聞いた祐一は嫌そうな顔になった。
「祐一さん、嫌なんですか?」
「人ごみの中を行くのはなぁ……それに、荷物持ちをさせられそうだし」
意見を述べた祐一だったが、それとは別に栞の身体の事も心配だった。昨夜香里からの連絡を受けていた
祐一は、栞がそんなところに行ってもし調子が悪くなりでもしたら……と考えないわけにはいかなかった。
「むー、そんな事言う人嫌いです。女性の買い物に男性が付き合って、荷物を持つのは常識です」
なんとなく祐一の気遣いに気づいていた栞だったが、あえてそう言う事で自分は平気だとアピールした。
「む……分かった。それじゃ、混雑しないうちに行くとするか」
せめてもの妥協点として、祐一はそう言った。
「はい。祐一さんのバイクで行きましょう」
「バイクだと荷物が多くなったら持ち帰れなくなるぞ?」
「そんなにいっぱい買い物しませんから平気です。それにお姉ちゃんも乗ってるのに私だけ乗せないなんて
ヒドイです。人類の敵です!」
「分かった分かった、じゃあ待っててくれ。バイク廻してくるから」
そう言って店から出ようとする祐一を秋子が呼び止める。微笑んではいたが、それは何かを企んでいるような微笑みだった。
祐一はその微笑みを良く知っていた。母がよく見せていたものだったから。
「祐一さん、お勘定ですよ」
「あ、ハイ。コーヒーとアイスと…………イチゴサンデー2つでしたね」
「アイスの分はいいですよ、栞ちゃんの退院祝いです。その代わり、このダージリンの分をお願いしますね」
そのダージリンは秋子が自分の為に用意した物だった。何故? と表情で問う祐一に、秋子は変わらず微笑んだままで告げた。
「あら、名雪には奢ってくれたのに私は駄目なんですか……?」
「イエ、奢らせていただきます……」
支払いを済ませた祐一は家へと戻り準備を整えて、ガレージからバイクをだして百花屋の前で栞と合流した。
「ホラ、ヘルメット」
「ありがとうございます」
自分もヘルメットをかぶりバイクに跨ってから、栞を後ろに乗せた。
「ストールが飛ばないようにしろよ……お気に入りなんだろ?」
初めて会った時、また入院中も今も羽織っている事から栞のお気に入りだと分かった。
「はい、お姉ちゃんがプレゼントしてくれたんです。私の大事な宝物なんです」
「そうか……じゃ、行くぞ。しっかりつかまってろよ」
「ハイ」
嬉しそうに祐一にギュッとしがみつく
「…………」
「祐一さん、どうかしましたか?」」
「そんなにしがみ……つかれても(姉とは随分……)い、イヤ……なんでもない。出すぞ」
脇に雪の残る道路を祐一と栞を乗せたバイクが走っていく。祐一達の他に走っている車などは無かった。時折反対車線
を走る車とすれ違うだけだった。空は相変わらず今にも雪が降りそうな天気で、この天気も人の出足に影響しているかも
しれなかった。
「恋人の運転するバイクに乗る。ドラマみたいです……晴れていればもっと良かったんですけど」
「恋人っていうのは、俺の事か?」
「むー、今日ぐらいは恋人でいてください」
栞は上機嫌でそんな事を喋っていた。祐一も運転に注意しながら栞とのお喋りに興じていた。そうこうしているうちに目的
のビルが見える辺りまでやって来る。自分達の住んでいるところよりも栄えているのか、生憎の天候にも関わらず街には多くの
人出があった。やがて目的地に到着すると、バイクをビルの駐車場に停めて中へと入っていった。
「けっこう大きい建物だな」
祐一が中を見ながらそんな事を言う、さらに歩いている途中で盛装をした人の集団を見かけた。周りの雰囲気から、
どうやら秋子が話していた記念式典に参加する来賓とその家族だと分かった。
「混雑する前に行こうか」
「そうですね」
★ ★ ★
ビルの地下駐車場
ここに駐車している一台の黒塗りのバンの中で、コートで全身を覆い隠した人物が、後ろにいる同じような格好を
している者たちに指示をだしていた。
「目標達は予定通りに建物の中に入っていった。これより作戦開始だ」
「イーッ!」
★ ★ ★
栞と並んで歩いて行く。内部は広く、商店街がそのまま移行したかのように様々な店が立ち並んでいた。天井も高くとられて
開放感があり、照明も多くて外の天気を感じさせなかった。
「で、その店は何処にあるんだ?」
「こっちから行きましょう」
祐一は目的地が分からないので、今は腕を組んだ栞に従って歩いていた。栞は店のショーウィンドゥを眺めたりしながら歩いていく。
周りは女性服を扱う店が多く、その為見かける買い物客も女性が殆どであり、たまに見かける男性は多かれ少なかれ荷物を抱えていた。
「ここですよ」
そう言って栞が一軒の店を指し示す。そこは普段着ではなく高級な服、ドレス類などを扱うブティックだった。
「ここか……駐車場からわりと近いからすぐ来れば良かったじゃないか」
「いいじゃないですか、いろんな店を見て回るのもデートの内なんですから」
そんなものかと割り切ってこの店に来た目的を尋ねた。
「随分と高級そうな店だが、何を見るんだ?」
「舞踏会に着るドレスを見に来たんです」
「成る程な。でも高そうな物ばかりだが大丈夫か? まさか俺にプレゼントしろとか?」
「プレゼントしてくれたら嬉しいですけど、流石にそこまで甘えられませんよ」
そんな事を話しながら店に入ろうとしたところへ後ろから話しかけられた。
「あら、相沢君と栞じゃないの」
聞きなれた声に振り向いてみるとそこには私服姿の香里が居た。
「お姉ちゃん?」
「香里?」
「偶然ね。栞もここへドレスを見に来たの?」
自分も驚いたというように話す香里だったが、栞は疑いの目で姉を見ていた。
「お姉ちゃん、私達のデートの邪魔に来たんですか?」
「違うわよ。私もここへドレスを見に来たのよ、会ったのは本当に偶然。まぁ栞の事だからここへ来るんじゃないかとは
思っていたけどね」
「むー……」
「本当よ」
依然として疑いの目を向けられている香里は苦笑しつつ弁解していた。祐一は店の前でにらみ合う二人をこのままにする
訳にもいかず、仲裁に入った。
「まぁ香里もこう言ってる事だし信じてやろう、な?」
「むー、仕方ないですね」
不承ながら栞も納得した。それから話し合った結果香里と一緒に見て回り、祐一は外で待たされることになった。
「祐一さんに選んでもらいたいと思ったんですけど、やっぱり当日までの秘密にしたいですから。ここで大人しく待っていて
くださいね」
「じゃあね、相沢君」
店内に入っていく二人にそう言われて、仕方なく所在無さげに店の横に立っているしかなかった。中からは二人の会話が
聞こえてくる。
「これなんかいいですね」
「栞……自分の身体のサイズを把握してるの?」
「えぅ!……じゃあコッチのは……」
「似合わないわね。そうね……これなんかいいんじゃない?」
「それってすごく子供っぽいです! そんなの選ぶお姉ちゃんなんて嫌いです!」
言い合いながらも二人は一緒にドレスを見ているようだった。
「……なんだかんだ言っても仲の良い姉妹だよな」
祐一が通行人や辺りを眺めているとふと気になる集団を見かけた。コートを着たその人物達は店舗街から外れた、
制御室の前で別れた。その内の一人はその制御室へと入っていく。整備員か? とも思ったが作業服を着ていないし
何か荷物を持っており、人目を避けて行動していた。すぐに制御室に入っていったので周囲の人は誰も気が付いて
いないようだった。
「気になるな……行ってみるか」
栞たちがいる店を一瞥すると、祐一は謎の人物を追って制御室へと入っていった。室内は広く、それぞれの階の
通風、配電、給排水を制御する機械や設備が立ち並んでいた。その合間を縫うようにして祐一は歩いていく。
すると一つの制御盤の前で先ほどの人物らしき者が何やら作業をしていた。祐一は気配を殺して背後に近づいた。
物陰から窺っていると、その人物は荷物からタイマーのついた物を取り出して制御盤に取り付けようとしている。
コートは近くに脱ぎ捨てられており、黒づくめの姿を晒していた。それは祐一の知っている姿だった。
「(あれば……時限爆弾?)」
祐一は物陰から飛び出して叫んだ。
「カノンの戦闘員、そこで何をしている!?」
「!!」
声に振り返ったのは全身黒づくめのカノンの戦闘員だった。祐一の姿を見た戦闘員は作業を中断して、腰の短剣を抜いて
襲い掛かってきた。祐一は振り下ろされる短剣を左にかわすと、すれ違いざまに戦闘員の腹部に右ひざを叩き込む。
さらに身体が折れ曲がった戦闘員の首に手刀を叩きこんだ。
「グエッ」
祐一は呻いて倒れた戦闘員の襟首を掴んで引き起こすと、尋問した。
「おい、お前達はここで何を企んでいる。言え!」
「ぐ、苦しい……い、言う。言うから……」
祐一が掴んでいる襟首を少し緩めると、戦闘員はそれでもまだ苦しそうに話し始めた。
「お、俺達は陽動で、このビルの、機能を停止させる為に……ば、爆弾を……」
「陽動だと? 何が目的だ!」
「そ、それは……イ゛ーッ」
戦闘員が何か言おうとしたときだった。空気を切り裂いて何かが飛んできて戦闘員の背中に突き刺さった。戦闘員の背中には
針のようなものが刺さっていた。祐一が針の飛んできた方向を見るとそこには異形の怪人が立っていて、祐一の方へ頭頂部
にある尻尾のような物を向けていた。
シュッ!
「!!」
祐一が身をかわすと、そこに戦闘員に刺さっていた物と同じ針が打ち込まれる。その隙に怪人は逃げ出していた。
「クッ、待てっ!」
祐一も追いかけて制御室の外に飛び出すが、怪人の姿は何処にも見当たらなかった。ちょうどその時祐一の近くを、
男が通りかかったので尋ねてみた。
「なぁ、ちょっと聞きたいんだが……黒い服装をしたいかにも怪しい連中を見かけなかったか?」
「さぁ、知らねぇよ」
男はそれだけ言うとさっさと店舗のある方へと歩いて行き、すぐに人ごみに紛れてしまった。
「(俺が見た黒づくめは5人。少なくとも後4個の爆弾が……各階の制御室か?)」
そう判断した祐一は、上の階へと走っていく。怪人の事も気になるが今は爆弾を探すことが先決だった。そして幾つかの
階を回って爆弾の設置を阻止していった。だが……
ズズズズン……
鈍い音と共にビルが揺れだし、照明が点滅した後に消えてしまった。
「間に合わなかったか!」
爆弾は制御室の他にも仕掛けられていたらしく、あちこちで爆発音や壁の崩れる音が聞こえて、さらに火の手や悲鳴まで
加わっていた。
★ ★ ★
祐一が爆弾を探してビル内部を走り回っていた頃、香里と栞はようやく決まったドレスを買って店を出ようとしていた。
「ふふふ、これで祐一さんのハートをゲットです」
「服装で惑わされるような相沢君でもないでしょ?」
「そういうお姉ちゃんだって、長い事選んでいたじゃないですか。お姉ちゃんも祐一さんの事狙っているんですか?」
「な! わ、私は……その……ホ、ホラ早く行かないと、相沢君も待ちくたびれているわよ!」
香里は赤くなった顔を見られないようにして店を足早に出て行く。
「あ、お姉ちゃん……」
栞も香里を追いかけようとした時だった。
ソレは目覚めた。自分が宿る少女の命を奪うべく、再び活動を開始した。
ドクン……
「うっ」
栞は身体の急激な変化に、自分の胸を押さえて蹲る。身体が熱い、苦しい、動悸が乱れる、目が霞む、力が抜けていく。
「(そんな……今来るなんて……)」
今までは何らかの予兆があった、だが今回は突然に襲ってきた。これはいつものとは違う、栞はそう感じていた。
朦朧とする意識の中、駆け寄ってきた姉が必死に自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
香里は戸惑っていた。栞に自分でも気づいていない祐一への気持ちを指摘されたことに。
相沢祐一。自分がこれほどまでに心を許した異性はいなかった。
香里だって異性に興味が無いわけではない、告白されたことだってある。だが誰とも付き合おうとはしなかった。
恋愛感情を持つに至るまでの相手とは思えなかったのだ。だが最近、親友を通して知り合った祐一は?
初対面でいきなり、自分を名前で呼んでいいと言ってしまった。
普段は明るく振舞って馬鹿なことも言うが、時折見せる深い悲しみと苦しみを含んだ表情に興味をもった。
自分は彼に恋をしたのだろうか? 普段は聡明な彼女もこればかりは簡単に答えを出せなかった。
自分の親友であり、彼の従兄妹でもある名雪は彼にはっきりとした気持ちを持っているだろう。
以前から何度となく話に聞いていたから。
商店街で起きたバケモノの事件から暫くは何か考えていたようだったが、今では同じように祐一の事を話す。
妹の栞はどうだろう?
昔から身体が弱く、数年前からは病状が悪化して入退院を繰り返す日々。その中でTVドラマや恋愛小説のような恋に憧れた。
祐一を運命の人だという。果たしてそれは、単にドラマみたいな恋に憧れているだけなのか、それとも本当に一目惚れなのか?
おそらく後者だろう。あそこまで明るい笑顔の栞を見たのは香里の記憶の中にも多くは無かったから。
果たして自分は……
「うっ」
自分の気持ちに戸惑っている所に、栞のそう呻く声が聞こえた。香里が振り返ると、栞が自分の胸を抑えて蹲るところだった。
「栞っ!?」
慌てて栞の所へ駆け寄る。栞は意識が朦朧としているようで、何か言おうとするが言葉にならなかった。
「栞、栞っ!」
呼びかけるが返事はない。とにかく祐一を呼ぼうと店の外を見るが、そこに祐一の姿は無かった。
「相沢君? 一体何処に……」
ズズズズン……
その時、鈍い音と共にビルが揺れだした。
続く