「く、くるな! う、ウワァー!」
ダァンッ! ダァンッ!
思わず発砲した弾はマントの人物に命中したが、まったく効いた様子は無かった。発砲された事に怒りを覚えたのか、
ゆっくりした歩みから一転して素早く間合いを詰めたマントの人物は、その異形の腕で警官の首を締め上げて一瞬でその
首をヘシ折った。
ゴギン!
鈍い音がして警官の首が本来ありえない方向に曲がる。マントの人物はその警官の死体を軽々と近くの店に向かって
投げつけた。ガシャーンと音をたててショーウィンドゥのガラスが割れて中に警官の死体が飛び込んできた。
警官の死体を放り投げたマントの人物は自ら着ている物を脱ぎ捨てて己の正体を晒した。それは昨夜暴走族を襲った
カノンの怪人、蝙蝠男だった。
「ギギィーッ!」
「キャーーーーーーーーッ!」
その時になって初めて人々の悲鳴が上がり、星の瞬き始めた夕暮れの商店街に響いた。
Kanon 〜MaskedRider Story〜
第十話
その頃
商店街のスーパーで最後の買い物を終えた秋子と名雪は、帰宅しようと商店街出口へ向かっていた。
「お母さん、いっぱい買ったね〜」
「そうね、ちょっと買いすぎたかしら? 名雪、大丈夫?」
「う、うん……このくらい平気だよ」
そう言いながらも名雪の歩き方は少々頼りなかった。
「ほら、もう少し持つから貸しなさい」
「だ、大丈夫だよ」
スーパーの袋を持ち上げると、殊更平気なように振舞ってみせた。
「ふふっ、そういえば昔もこんな事があったわね」
まだ名雪が小さい頃の事だった。親子で買い物にきた帰り道、小さい名雪が必死になってスーパーの袋を持って
歩いていたがヨロヨロと今にも転びそうだった。秋子が「持つから貸しなさい」と言っても
「だいじょうぶだよ、わたしだっておてつだいできるもん!」と必死になって袋を持ちながら歩いていた。
その時と情景が重なり、秋子は笑っていた。
「お母さん。何か様子が変だよ?」
秋子が昔の事を思い出していると、名雪が話しかけてきた。
「どうしたの?」
「ほら、向こうが何か騒がしいよ」
名雪は進行方向を指差していた。秋子もそちらに目を向けると、人々がなにやら口々に叫びながらこちらに向かってくる。
「た、助けてくれぇー! バケモノだぁーっ!」
「キャーーッ!」
そう叫びながら人々は、歩道も車道も構わずに走っていく。
「え、えっ? 何? どうしたの?」
名雪はただ混乱するばかりで、その場でオロオロしていた。
「あの! 何があったんですか!?」
秋子が自分達の近くまでやって来た男に声を掛ける。
「蝙蝠のバケモノが警官を殺してこっちにやってくるんだ! あんた達も早く逃げな!」
男はそれだけ言うと、周りの人たちを押し分けながら走り去って行った。
「え、ええ? バケモノって?」
名雪は益々混乱していた。やがて商店街の外灯が点き始め、その明かりに照らされた蝙蝠男の姿が見えた。
「ギギィーッ!」
「キャーーッ!」
付近の人々の恐怖はより高まっていった。秋子も状況を把握できずに立ちすくんでいたが、怪人の姿を見ると名雪の
手を取って逃げ出した。
「名雪、今はとにかくここから離れましょう!」
「え? う、うん!」
名雪もつられて走り出すが荷物が多く、いつもの速さが出せなかった。
「名雪、いいから荷物は捨てなさい!」
「え、でも?」
「早く!」
そう言いながら秋子は自分の持っていた袋を地面に置く。名雪もそれに倣って袋を置くと母と一緒に走り出した。
★ ★ ★
祐一は水瀬家に着いていた。家には明かりが灯っておらず、家の人間がいる様子は無かった。
「あれ、誰も居ないのか?」
バイクをガレージに入れると、そのまま廊下を通ってリビングに行く。リビングの照明を点けてもやはり秋子も
名雪も見当たらなかった。
「出かけているのか……ん、書置きか?」
祐一はテーブルの上においてあった書置きをとって読んでみた。秋子が書いたものらしく綺麗な字で書かれていた。
『祐一さんへ
名雪と一緒に商店街まで買い物に行ってきます
秋子』
「買い物に行ってるのか…………ん、なんだ?」
祐一の強化された聴覚が異常を感じていた。遠くから悲鳴のようなものが聞こえてきたのだ。
「外か……何かあったのか?」
祐一が外に出ると、それははっきりと聞こえてくる。またその声もこちらに向かってくるようで段々と大きくなってきた。
「助けてくれー!」
中年の男がそう言いながら息も絶え絶えな様子で走っていく。
「ちょ、ちょっと! 一体何があったんですか?」
祐一が呼び止めると男はその場にへたり込んでしまい、もう動こうとはしなかった。
「ハァ、ハァ……しょ、商店街で……蝙蝠の、ば、バケモノが……人を、お、襲って……」
「!?」
商店街に現れた化け物、昨夜の暴走族を襲った奴……カノンの怪人? そう考えた祐一だった。
次いで秋子の書置きが頭に浮かんだ。
『名雪と一緒に商店街まで……』
「二人が危ない!」
祐一は、それ以上男には構わずに家の中へと走っていき、再びガレージからバイクを出すと商店街へ向かって走り出した。
「無事でいてくれ。秋子さん、名雪!」
日が落ちた商店街への道を走っていく祐一の顔には焦りが浮かんでいた。辺りには人影も車も無く、祐一の乗るバイク
だけがその存在感を示していた。
「間に合うか?……よし!」
祐一はハンドルから手を離すと上体を起こして腰を浮かす。
そして、左腕を握り腰に構える。右腕は指先を揃えて左上に真っ直ぐに伸ばす。
「ライダー……」
右腕を時計回りに旋回させて右上に来た辺りで止める。
「変身ッ」
今度は逆に、右腕を腰に構えて左腕を右上に真っ直ぐ伸ばす。すると祐一の腰にベルトが現れて中央の風車が回転する。
「トォッ!」
祐一が高くジャンプするとベルト中央の風車が発光し、その光は祐一の全身を包み込んだ。祐一が空中で回転を終える頃、
光も消えて祐一を仮面ライダーへと変身させていた。そしてまた祐一のバイクもサイクロンへと変化していた。
下りてきたライダーは走行中のサイクロンに跨ると、エンジンをふかして商店街へと走り出す。
「(これがサイクロンの加速か……これなら!)今行くぞ、二人とも待っててくれ!」
★ ★ ★
商店街はパニックに陥っていた。逃げ惑う人々を見ながら蝙蝠男は悠然と歩いていく。途中、停車していた車を
破壊し、中に隠れていた人もろとも車を炎上させると雄叫びを上げながら、逃げる人々の血を吸い、或いはその鋭い爪で
引き裂いていった。そして、その蝙蝠男からさほど離れていない店の看板の陰に隠れるように、秋子と名雪の姿があった。
「お母さん……」
娘はただ怯え、母は娘を護ろうと抱きしめていた。二人が逃げなかった、否逃げられなかった原因は秋子にあった。逃げる
途中、人にぶつかり転んだ際に足首を捻ってしまい動けなくなっていた。
「名雪……あなただけでも逃げなさい」
「え? だ、駄目だよ、そんなの! お母さんも一緒に逃げようよ!」
「この足では無理よ。あなたの足なら逃げられるわ。私の事はいいから、早く!」
何故こんな事になったのだろうか?……秋子はそう思わずにいられなかった。ついさっきまで平和に暮らしていたのに。
祐一も自分達もようやく悲しみから立ち直ろうとしていたのに。
「そんな事出来ないよ! もうすぐ助けも来るよ」
こんな時でも励まそうと名雪は希望的観測を言う。だが一体どんな助けが来るというのだろうか? 銃を持った警官も
殺された。あれは人の力でどうにか出来る存在ではない。たとえ誰が来ても……その時、甥の顔が浮かんだ。
「(祐一さんがこの騒ぎを聞きつけたら、急いで駆けつけるでしょうね。でもいくら祐一さんでも……)」
いくら祐一でもあの怪人には敵うわけが無い。だが何故か秋子は祐一が来てくれる。来てくれれば、あの怪人と戦って
倒してくれると思えた。
バキィッ!
二人が話していたときだった。隠れていた看板が蹴り飛ばされてしまい、名雪のもうすぐ助けも来るという願いも空しく
二人はついに蝙蝠男に見つかってしまった。
「ギギギ、まだこんな所に残っていたか」
口から血を滴らせて獲物となる二人を見つめる。母と娘はただ身を寄せ合って震えていた。
「名雪、あなただけでも逃げて!」
秋子は名雪だけでも逃がそうと囮になるつもりだった。だが名雪は秋子以上の力で母親にしがみついていた。
「名雪!」
「駄目だよ! そんなの出来ないよ!」
名雪にしてみれば最愛の母、父が居なくなってからは二人きりで暮らしてきたかけがえのない存在。ずっと頼りに
してきた秋子を見捨てて自分一人が助かるという選択肢は最初からなかった。幼子のように泣きじゃくり、
秋子にしがみついていた。
「ギギギ、二人まとめて殺してやろう!」
そういって蝙蝠男は口と同様に血のついた爪を振り上げる。
「イヤ……たすけて……助けて祐一っ!!」
いまここに居ない従兄妹の名を叫ぶ名雪。今まさに蝙蝠男の爪が、目を閉じた秋子達を切り裂かんとしたその時だった。
ヴォォォンッ!
「待てぃっ!!」
力強いエンジン音と制止の声がして、蝙蝠男と秋子達の間に一陣の風、いや嵐が吹きぬけた。
蝙蝠男は咄嗟に身をかわして近くの店舗の屋根の上に飛び上がっていた。
キキキィーッ!
嵐はUターンしつつ急停車した。
秋子達は、蝙蝠男の爪に引き裂かれる瞬間を待っているしかなかった。だがその時は訪れることなく代わりに一陣の
嵐が自分達の前を通り過ぎていった。
「え……何?」
秋子も名雪も目を開けて嵐が過ぎ去った方を見る。そこにはバイクに跨った一人の戦士の姿があった。
輝くマシン、真紅のマフラー、緑の仮面……カノンと戦う戦士、仮面ライダーだ。
「トォッ」
ライダーはジャンプをすると、秋子達の前に立ち、蝙蝠男に向かって構えた。
「ギギィーッ! キサマが仮面ライダーか?」
「そうだ。お前達カノンと戦う、仮面ライダー! この人達には指一本触れさせん!」
ライダーの背後では、未だ秋子と名雪がお互いを抱きしめていた。
「お、お母さん……あの人、私達を助けてくれるの?」
秋子は黙ってライダーの乗っていたマシンを見続けていた。
「(あのバイクは!)」
その間にも、ライダーと蝙蝠男の対峙は続いていた。
「ギギギッ、この蝙蝠男がキサマを始末した後でゆっくりと始末してやるわ!」
「クッ……二人とも、早く逃げるんだ!」
後ろの二人に向かって声をかけるライダーの様子に、名雪は何処か懐かしいものを感じていた。
『早く逃げるんだ、名雪! 玲奈!』
昔、三人で遊んでいた時の事、突然野良犬が三人の前に現れた。子供の目から見れば大きな野良犬が三人の前でうなり声
をあげて今にも飛び掛らんとしていた。名雪も玲奈も泣き出す直前の表情で、恐怖に打ち震えていた。只一人、
祐一が自分も逃げ出したいのを必死で堪えて、野良犬から二人を護ろうと立ちはだかっていた。その後駆けつけた人達に
野良犬は取り押さえられて祐一達に怪我は無かった。
「(ゆう、いち……?)」
「何をしているんだ!? 早く!」
声を掛けても反応が無かったので、再び今度は大きい声で二人を呼ぶ。その声に名雪は我に返って答えた。
「だ、駄目。お母さんが足を怪我して動けないの!」
「(秋子さんが?)サイクロン!」
ライダーが呼ぶと、サイクロンはひとりでに動いて名雪たちの前で停まった。
「それに乗って! しっかりつかまっているんだ!」
ライダーの指示を受けた名雪が肩を貸して秋子を立ち上がらせると、まず秋子を座らせてから名雪が前に座って
ハンドルを握った。
「行け、サイクロン!」
ライダーの命令を受けると自動で動き、商店街の道を走っていった。二人を逃がすと、ライダーは自分から蝙蝠男へと
向かっていく。
「いくぞ、トォッ!」
★ ★ ★
商店街を、名雪達を乗せたサイクロンが走っていく。ハンドルを握っている名雪だが、運転しているわけでは無かった。
乗り手の意思を無視するかのように自動でマシンは走行していた。
「わ、わわ。このバイクさん、勝手に動くよ〜(……あれ? この感じ……)」
名雪は説明のつかない違和感を感じつつも乗り続け、やがて商店街の入り口まできた辺りでサイクロンは停まった。
「えっ、『もう大丈夫だから降りろ』ってことかな?」
まず名雪が降りて、次いで名雪の補助をうけた秋子が降りた。サイクロンは自動で固定スタンドが動いていた。
辺りには人影も見えて、一先ず安心できるようだった。
「助かった……のかな?」
「…………」
ここに来るまで、秋子は一言も喋らなかった。先程自分達を助けてくれた仮面ライダーと名乗る人物の事、
それからここまで運んでくれたサイクロンという名のマシンについて考えこんでいた。
「(このマシンはやはり……じゃあ、あの仮面ライダーと名乗ったあの人は……でも何故……?)」
「お母さん?」
名雪が、何の反応も示さない母に心配して声をかけると、秋子もようやく気がついた。
「え? ええ、助かったみたいね」
「お母さんは? さっきから何も喋らないから心配しちゃったよ。怪我は大丈夫なの?」
「まだ痛むけど大丈夫。軽い捻挫みたいだから」
「うん、よかった……平気かな? あの仮面ライダーって人」
「そうね……」
だが秋子には何故か確信があった。あの戦士、仮面ライダーが必ず勝つと。
★ ★ ★
ライダーは空を飛ぶ蝙蝠男に苦戦していた。自分の攻撃は飛び上がった蝙蝠男にかわされ、逆に相手の攻撃は死角である
頭上からなのでくらう事が多かった。
「ギギギ、どうだライダー」
「クソッ、トォッ!」
ライダーの強靭なジャンプ力を持ってしても空を飛ぶ蝙蝠男には届かずに、攻撃はまたしても空を切る。
「くらえっ!」
バキッ
「グァッ」
蝙蝠男の繰り出した蹴りがライダーを捕らえて、空中でバランスを崩したライダーは背中から地面に叩きつけられる。
「グッ……」
「ギギギ、キサマの血も吸い尽くしてやるわ!」
急降下した蝙蝠男は、未だ倒れているライダーに覆いかぶさると首筋に牙をつきたてた。牙はライダーの身体に食い込んで
血を啜り始める。
「グゥッ……ち、力が抜ける……」
血と共にエネルギーも吸われていく。
なんとか蝙蝠男を引き剥がそうとするが、思うように力が出せなかった。徐々に意識が薄れていく……
「ここまでか……ここまでなのか、俺は?」
その時、ライダーの脳裏にある人達の姿が浮かんだ。
『祐一君……』
叔父・健吾の姿が
『祐一、立つんだ』
父・和真の姿が
『コラ祐一、何やってるの!』
母・綾乃の姿が
『お兄ちゃん、負けないで』
妹・玲奈の姿が
そして……
『祐一』
『祐一さん』
名雪、秋子の姿が
「みんな……俺は……俺は負けられないんだぁ!」
ライダーは力を振り絞って、手刀を蝙蝠男の後頭部に叩きつけた。
バキッ!
「グガアッ!」
蝙蝠男は仰け反ってライダーから牙を離した。その隙を突いてライダーは相手の肩を掴んで、巴投げの要領で投げ飛ばした。
そして、ふらつきながらも立ち上がって蝙蝠男と向き合う。
「グガガ……」
「チャンスだ!」
先程のライダーの一撃がよほど効いたのか、蝙蝠男は未だ苦しんでいた。ライダーは接近すると連続して攻撃を浴びせた。
左右のストレート、相手を掴んで投げ飛ばす。そして止めの攻撃をしようとするが、力が入らずに膝をついてしまう。
一方の蝙蝠男もかなりのダメージを受け、これ以上の戦闘は不可能だった。
「グッ……ライダー、勝負は預けるぞ! 次こそキサマを殺してやる!!」
そういうと蝙蝠男は空を飛んで逃げていった。だが先程までの高度が取れずに低空を飛んでいた。
「待て!……くっ」
ライダーも後を追おうとするが、立ち上がるのが精一杯だった。
「ここでヤツを逃がす訳には……そうだ! 来い、サイクロン!!」
★ ★ ★
秋子達は商店街の入り口にいた。周囲にはようやく到着した警官達が突入の準備を進めていて物々しい雰囲気に包まれていた。
「お母さん……」
「大丈夫よ……」
その時、二人の側にあったサイクロンのエンジンが始動するとライトが点いた。
「え?」
名雪の疑問の声にも構わずに、サイクロンはまるで人が操っているかのようにスタンドを上げハンドルを動かして、
やって来た道を戻っていった。
★ ★ ★
「来たか……」
響き渡るエンジン音に、ライダーは自分の愛機がやってくる方向を見る。間を置かずに道の向こうからライトが見えて、
サイクロンがライダーの近くまでやってくる。
「トォッ」
ライダーはサイクロンに飛び乗るとハンドルを握り、エンジンをふかして蝙蝠男を追いかけた。
「逃がさん!」
走る事でライダーのベルトに風が当たり、風車が回転する。それに伴いライダーの身体に新たなるエネルギーが蓄積されていく。
そしていまや、蝙蝠男の姿を完全に捉えていた。
「いくぞ!」
言ってハンドル横についていたスイッチを押す。すると左右のライト下のスリットから赤いウイングがせり出してきた。
ヴオオォォンッ!!
さらにサイクロンを加速させるとハンドルを持ち上げてバイクを起こす。するとサイクロンはそのまま上空へと舞い上がった。
一方の蝙蝠男は、ライダーが自分を追いかけて来ているのは知っていた。だがこっちは空を飛んでいるし、追いつける
とは思っていなかった。だが……
ヴオオォォンッ!!
エンジンの咆哮に後ろを見ればバイクに乗った仮面ライダーが空を飛び、こちらにやって来た。迎え撃つべく反転して
ライダーに迫った。
「サイクロンッ、アタァーーック!!」
ドガァッ!!
空中で両者は激突した。だが、蝙蝠男の爪より早くサイクロンの前輪とフロントが蝙蝠男を撥ね飛ばしていた。
「ギギィーッ!」
撥ね飛ばされた蝙蝠男はそのまま飛んで行き、空中で爆散した。
サイクロンは滑空すると地面に着地してゆっくりと停車した。
「なんとか勝てたか……お前のおかげだ、サイクロン。これからも頼むぞ」
蝙蝠男を倒したライダーは変身を解き、祐一に戻ると秋子達と合流すべくバイクを走らせていた。
ライダーが戦っている方向から行くと何かと怪しまれそうだったので商店街を迂回して行く。
秋子達は、自分がサイクロンを誘導して降ろした場所に居た。祐一は、さも今発見したように秋子達に近づいていく。
「秋子さんっ、名雪! 無事ですか!?」
「あ、祐一!」
「…………」
祐一に気がついて大きく手を振る名雪とは対照的に秋子は黙って立っていた。秋子の足には包帯が巻かれていた。
二人の近くでバイクを停めて駆け寄った。
「大丈夫か? 『商店街で蝙蝠のバケモノが暴れてる』って聞いて……」
祐一は二人を騙す事に若干の罪悪感を覚えながらも、いま駆けつけたように振舞った。そこでようやく緊張の糸が切れたのか、
名雪が泣きながら祐一に抱きついた。
「う、うう……うわぁーーーーん、こ、怖かった。怖かったよぉーーーーっ!!」
「よく無事だったな……良かった」
幼子をあやすように髪を撫でながら言った。そうしていると暫く泣きじゃくっていた名雪も
話が出来る所まで落ち着いてきた。
「うん。あ、あのね……仮面ライダーって人が助けて……」
ふと名雪は妙な気にとらわれた。先程自分達を助けてくれた仮面ライダーという人物に祐一を感じたように、今自分を
抱きしめている祐一に、仮面ライダーの雰囲気を感じていた。
「(え?)」
「どうした、名雪?」
「あ、ううん。何でもないよ……あのね、今もその仮面ライダーって人が蝙蝠男っていうバケモノと戦っているはずだよ」
蝙蝠男はすでに倒された事を知る筈のない名雪は、未だ不安げな表情だった。祐一が来てくれたので安心していたが
もし仮面ライダーが倒されていて、またあの蝙蝠男がこちらにやってきたら……そう思わずにいられなかった。
「大丈夫だ名雪。戦いの音らしいものは聞こえてこないし、その蝙蝠男ってやつも現れないからきっと仮面ライダー
が勝っているさ」
「う、うん……」
それを裏付けるかのように、商店街に突入した武装警官たちの間からバケモノの姿が見当たらないという報告が
聞こえていた。
「名雪、怪我はないか?」
「うん、私は平気だよ。でもお母さんが足を捻挫しちゃって」
そう言われて祐一は秋子を見る。秋子は未だ黙ったまま祐一を見ていた。
「秋子さん、大丈夫ですか?」
「……」
「秋子さん?」
そこまで言われて、初めて秋子は自分が祐一を凝視していた事に気がついて慌てて視線を外した。
「秋子さん……どうかしましたか?」
「い、いえ。なんでもありません……」
「怪我は大丈夫ですか?」
「ええ、先程応急手当をしていただきましたので」
「良かった」
「あの、祐一さん……助けにきてくれて、ありがとうございます」
秋子はそう言って深々と頭を下げた。
「いえ、そんな……俺は今来た所ですから。助けたのはその、仮面ライダーってヤツでしょ?」
「……ありがとうございます」
それに構わず、秋子はもう一度感謝を述べた。祐一は秋子の態度に何か不自然なものを感じて、秋子に近づこうとしたが
軽いめまいに襲われて顔を抑えた。
「祐一どうしたの?」
しがみついたままの名雪が心配していた。原因は分かっていた。先程の蝙蝠男に血を吸われた為に軽い貧血状態になって
いたのである。今はサイクロンを走らせて得たエネルギーでなんとかカバーしていた。
「ああ、平気だ……二人の事が心配でな。もう大丈夫だと思ったら力が抜けて」
そう言って誤魔化した。一応名雪は納得したのか「心配かけてごめんね」と謝っていた。
「私達は大丈夫ですから……祐一さんの方こそ怪我はありませんか?」
今度は秋子が祐一を心配して聞いてきた。どこか祐一を怪しんでいるような感じだった。
「(秋子さん……俺が仮面ライダーだと疑っているのか?)」
真実だが二人に自分が仮面ライダーだと知られる訳にいかない祐一は、あくまで誤魔化すつもりだった。
「俺は大丈夫ですから」
「そうですか……」
その後、商店街で被害にあった人は病院で検査を受ける為、秋子と名雪も病院へと向かう事になった。
「祐一さん、夕飯なんですが……」
「俺の方は大丈夫ですから。あんな事の後じゃ食欲無いかもしれませんけど、秋子さん達の方こそちゃんと摂って下さいね」
それだけ言うと、祐一はやって来た救急車に乗り込んだ秋子と名雪を見送った。そのまま帰ろうとしたが、まだカノンの
残党が狙っているかもしれないと思い、救急車の後について行き病院を警戒することにした。
祐一は病院の中庭に来ていた。外灯に照らされた雪の残る中庭には常緑樹が植えられ、またベンチも幾つか置かれており、
病院を訪れる人や入院患者の憩いの場となっていた。だが今は冬の寒い時期でもあり既に日も落ちているので普段なら誰も
居ないはずの中庭には、祐一の他に一人の少女がいた。入院患者らしいその少女はパジャマ姿でベンチの一つに座って
いる。防寒具としてストールを羽織っているが、この寒さの前ではあまりにも頼りなさそうだ。
祐一が近づくと、気づいた少女と目が合ったので祐一の方から話しかけた。
「こんなところで何をしているんだ?」
少女の方は突然現れた見知らぬ男に話しかけられても動揺せずに落ち着いていた。そして多少弱々しくはあるが、
はっきりと答えてきた。
「雪だるまを作ってました」
「雪だるま?」
「これですよ」
少女の隣には手に乗る位の小さな雪だるまが置かれていた。
「随分小さい雪だるまだな」
「本当はもっと大きいのを作ろうと思ったんですけど」
少女がどのくらいの雪だるまを作ろうとしたかは分からないが、中庭に残っている雪ではそれほど大きな物は作れそうになかった。
「今は……星を、みていたんです」
そういって空を見上げる。つられて祐一も空を見上げた。空気の澄んだこの街では、祐一の住んでいた街に比べて
より多くの星々が輝いていた。
「星を見るなら、屋上とかの方が良いんじゃないか?」
「ここで見るのが好きなんです。それ以前に、屋上はこの時間は立ち入り禁止なんですよ」
少女は微笑みながら答え、今度は祐一に質問した。
「えっと、それで貴方は誰ですか? 入院患者じゃ無さそうですし。お見舞いの人ですか? 面会時間は過ぎてますよ」
「……悪と戦う正義の味方ってところかな?」
この少女との会話を楽しんでみたいと思った祐一は、少しおどけてみせた。受ける印象は違っていたがどことなく
妹と話している気分になれたから。
「正義の味方さんですか、カッコイイですね。ドラマみたいです」
天然なのかあえてそうなのかは分からないが少女ものってきて、変に追求しようとはしなかった。
「はは……」
祐一は笑いながら少女に近づく。少女はまったく警戒するそぶりも見せずにベンチに座っていた。
「君の方は入院患者だろ? 寝てなくていいのか?」
「……寝ていてどうなるものでもありませんから」
少女は悲しげに俯いた。肩口で切りそろえられたボブカットが頭の動きにあわせて揺れる。その様子をみて祐一は、
目の前の少女は思ったより重い病気にかかっているのではないか? と感じた。外灯だけでよく分からないが、顔色も
あまり良さそうには見えなかった。
「だけどな……ここにいたら風邪ひくぞ」
何の病気か聞く訳にもいかずに、無難な説得を試みた。
「心配ですか?」
「君とは会ったばかりで何も知らないけど……今ここで俺と話していた事で風邪でもひいて病状が悪化したなんて
ことにでもなったら、俺だって気まずいしな」
そう言われた少女は何か考えていたようだが、顔を上げると祐一に微笑みかけた。
「そうですね、正義の味方さんに心配かけちゃいけませんね。病室に戻ります」
少女は建物に向かって歩いて行き、半分ほど進んだ所で祐一に降り返った。
「また……会えますか?」
「どうだろうな……」
「会えたらいいですね。正義の味方と美少女の運命的な再会。ドラマみたいです」
「美少女ってのは、君のことかい? たしかに悪くはないが……」
「そんな事言う人嫌いです」
「う……」
「ふふふ」
一頻り笑った所で少女が「失礼します」と頭を下げて病院の中に入っていく。それを見届けてから祐一も
病院の中に入って警戒を続けた。
結果としてカノンは現れなかった。祐一は迎えに来た風を装って検査の終わった秋子達と家に帰った。秋子の怪我も大した事は
無く、名雪も無傷だったことから帰宅が許されていた。だが肉体的には何もなくとも心的外傷後ストレス障害の心配がある
ために暫くは通院するかもしれなかった。
「……」
「……」
秋子と名雪は先程から黙ってリビングのソファーに座っていた。病院から戻るときから秋子だけでなく、名雪もまた黙りこむ
ようになっていた。そして時折、何か言いたそうに祐一をじっと見つめている。
「あの、秋子さん。今日はもう休んだほうがいいですよ。名雪も」
「祐一さん……ちょっといいですか?」
疲れた表情をしながらも秋子はしっかりとした声で祐一に言った、まるでなにかを決意したかのように。
「……はい」
秋子の様子から大事な話だと推察した祐一は、秋子の反対側のソファーに座って、秋子が話し出すのを待った。
「祐一さん、単刀直入に聞きます……貴方が仮面ライダーなんですね?」
「!!」
続く