幻想の鍵

プロローグ3. 


「あ〜!あのクソジジイどもめ!」
 その晩、北白川ちゆり技術少尉が部屋のドアを開けた、全く同時にテーブルを叩く音と共に赤い洋服に身を包んだ、赤毛の短めの髪の少女の怒鳴り声に思わず肩を竦ませる。
  北白川ちゆりは英国人のような碧眼と金髪の水兵服に身を包み、美しい金髪を若干長いツインテールにしている。
  「おいおい、どうしたってんだ?そんな大声出して」
  少女、と言うにはかけ離れた言葉使いで声の主である岡崎夢美に声をかける。夢美はちゆりに気付き、目を向ける。よほど気が立っているのかまるで睨み付けるかのような剣幕である。
  「どうした?どうしたですって!?どうもこうもないわよ!見なさいよこれ!」
  夢美が椅子から立ち上がり一枚の紙を突きつける。ちゆりはそれを受け取り目を通す。
  「おいおい、原子爆弾の開発って・・・こりゃ、下手したら救国の英雄に名を連ねるぜ?栄転じゃないか」
  「栄転?ふざけるな!これがどんな物か!兵も民間人も無い・・・国が幾つも無くなりかねない」


  岡崎夢美は若干14歳の時に東京帝都大学を卒業、その後帝都大学で教鞭を執り、17の頃には物理学で博士号を手に入れた才媛である。そして、その能力を買われ帝國海軍の兵器開発に協力を要請され、彼女も自らの研究を形ある物にする為それに進んで協力していた。18歳にしてその能力を惜しげ無く振るっている。
  北白川ちゆりは同じく帝都大学卒の15歳の少女である。夢美の教え子であり、卒業後帝國海軍の技術士官になっている。
  完全な男性社会とも言えるこの時代で、男に勝る女傑達である。


  「やけに詳しく・・・お前まさか!?」
  「ええ、出来てるわよ、理論は。後は実験だけの段階よ」
  恩師の爆弾発言に耳を疑う。
  「ちょっ!それっ!えっ!?」
  「言っておくけど私、これに関しては軍部に技術提供するつもりはないし、まして私自身がこの研究を続けるつもりなんて無いから」
  言って夢美はテーブルの上のティーセットで紅茶を淹れ、それを一気飲みして一息つく。ちゆりの分を淹れたりはしない。
  「あんな何もかも薙ぎ払うだけの美学の欠片も無い物誰が造るか!あたしの提出した計画書は笑い飛ばしたくせに!」
  彼女の提出した計画書の内容、それは「霊的な力の動力化運用」である。
  古来より霊力や魔力といった言葉で伝えられてきた人の内にあると言われる力。帝都大学でも心霊学として研究されていたそれを物理的な動力として変化させる動力機関を開発、航空機や戦艦等の動力を担わせる、というものである。理論は完全ではないが、一応完成は遠くないだろうと夢美は確信している。やがては現在使用されている全ての内燃機関に取って代われるだろうと、それほどの自信がある。性能もだ。時を経て洗練されれば航空機は音の速さを超え、戦艦ほどの重さを宙に浮かべることさえ可能になるだろう。
  その計画書を軍令部に提出したが、担当官に一笑に付されてしまった。曰く霊力の類が物理的な力に転じることはありえないのだと。科学と心霊学は別物なのだと。
  そして、今回のこの辞令である。戦況が苦しくなるにつれ、さして結果の出ていない神霊学は不要な学問として研究が禁じられ夢美は独自に研究せざるを得なくなってしまったのだ。だと言うのに図々しい事この上ない。
  「全く、あの石頭ジジイどもめ。こんなもん完成したって負け戦を覆すには向かないってのに。あんたは良いわよね、新型艦の開発だっけ?馬鹿でかいの」
  夢美はぼやくように言う。良いわよね、大艦巨砲主義の浪漫って、と。
  と、そこまでぼやいて夢美はようやくある事に気付いた。
  「そう言えば、あんたなんでいんのよ?」


  ちゆりは新型艦の開発で主砲開発を担当する技術者の一人だった。戦艦全体を設計することも出来るが、一番得意なのがこれなのだった。もっとも夢美も当然それくらい出来る。ちゆりにそれらの技能を叩き込んだのは他ならぬ彼女なのだから。それが故にちゆりは夢美に行き詰まってしまっている部分の助言を貰いに来たつもりだった。
  51cm砲。全世界の戦艦の中で最大口径となるその巨砲を旋回させる駆動部分がどうしても無理が掛かり、計算上とても実戦に耐え得る回頭速度と強度が得られないのだ。
  それはそうと北白川ちゆりその人は今。
  「何でこんな事になってんだ?」
  師でもある夢美の車、トヨダAA型乗用車の運転を任されていた。
  「病気、療養、実家に帰ってね。やってられっかっての」
  操縦席のちゆりの呟きに投げ遣りな返答を寄越す夢美。普通、助言を乞いに来て何処を如何したら相手の運転手をやらされるのだろう。そんなことを思いながら車を東京駅の方に向ける。
  「ま、護衛ね。まがりなりにもちゃんとした軍人なんだしあんた」
  「何から護衛するんだ?」
  「暗殺者」
  「軍や政治屋のお偉いさんじゃあるまいに」
  「そいつらよりもっと凄い世紀の大天才」
  後ろの席で仰け反りながら、さも当然のように言う師の自信に思わず苦笑いが浮ぶ。彼女を本当の意味で理解していると妙に真実味があるように感じてしまうから困る。
  「それに事実何度か殺されかけてるわよ?私」
  「はあ!?」
  事も無げに放たれた聞き捨てならない一言にちゆりは、思わず夢美に振り向いてしまう。
  「ちょっ!前!前!こっち見んな!」
  夢美の催促にすぐ視線を前に戻すが、心中は穏やかではいられない。
  「ちょっと、今の話どういうことだ?」
  「ま、あれね。強力な兵器を造って前線に送る技術者の恐さを理解してるヤツが敵にいるって事ね」
  ちゆりは「あ〜、そうですか」と適当に応えると、バックミラーに目をやる。そこには一両の外国車があった。
  「ってことは後ろでくっ付いて来てる車は偶然じゃないって事かよ」
  「おっ、なんか来てるの?」
  夢美は後部座席から身を乗り出し外車を見る。その眼はまるで面白いことを見つけた悪戯小僧のようだ。
  「どうするよ?重要人物」
  「ちょい、裏道入って誘ってみる?」
  「あぶないぞ?」
  「一緒に列車に乗られたらそれはそれで危ないでしょ?それに実家にまで着いてきて欲しくないし」
  妙にウキウキした感じで言いながら座席の下から何かを取り出してちゆりに渡す。片手で持ってみると、それは軍人にとっては見慣れた、だが民間人が持っている筈のない物だった。『モ式大型自動拳銃』、帝國軍で準正式採用されている銃である。
  「あんた、こんなもんまでどうやって・・・」
  「蛇の道は蛇ってね」
  溜息を吐きながらちゆりはハンドルを切り、車を人気のない小道へと進めていく。
  「どうなっても知らないぜ?」
  「信頼してるわよ」
  そして、その後を黒い外国車が後を追って行く。


  翌日、東京駅からやや離れた隅田川で、川に突っ込んだ外国車が発見された。憲兵が調べた結果、車に幾つかの弾痕があったことから他国からの間諜絡みの事件の疑いも挙がったが、結局詳しいことは分らなかった。聴きこみの中で、昨日の晩に現場付近で蒼い光を見た、きっと川の神様が出てきたに違えねえ、という証言があったが、八十を超えた老婆がフゴフゴしながら伝えた言なので憲兵は呆けているのだろうと真面目に取り合わなかった。
  結局この件は詳細不明のまま片付けられることとなった。その件で結局トヨダ車の話が挙がることはなく、二人の少女の話が挙がることもなかった。そして、二人の行方不明の記事が後日新聞に掲載されることになる。
  

  1944年、春の出来事だった。





  **後書き**
  え〜と・・・なんちゅうか、最近仕事が忙しくあまりこっちに時間が割けません。つ〜か体力持たん。話自体は脳内で勝手に妄想されていくから、文に出来ないイライラが募ってくる。あ〜、書きて〜、やれ、書きて〜。ついでに0083のカノンクロスも書きて〜。前に一年戦争用に作った設定で書きて〜!

  さて今回は直接話の主な部分にはあまり関わりのない話になっています。でも、機体の設定上結構大事かもです。リーンの翼のABは和風デザインでしたが、それはまあ、お国の王様が日本人だったから、という事でじゃあ、こっちも迫水王の代わりに日本人投入してみようという事ですね。で、PC−98時代の二人に御登場願ったわけです。多分言葉使いとか違うんだろな。今のと違ってオフィシャル設定集無いんだよな確か。
  後、作中で言及した心霊学は帝都大学(確か今の東大だったかな?)で実際に研究されていたらしいもので、超能力の研究と合わせて行われていたとか何とか。まあ、この時代の兵器が幻想郷のABに大きな影響を与えている訳で、それを上手く表現できたらと思います。原爆も開発自体は行われていたらしいですが、すぐウランが尽きて実験すら出来なくなってしまったとか。
  で、出てくるアイテムについて解説をば。
  モ式大型自動拳銃、ぶっちゃけモーゼル・リミタリー。満州などで大量に鹵獲した物を独自生産した物です。第二次世界大戦関連の映画にもかなり出てるので知ってる人多いかと。アレのシルエットは独特だし。
  もう一つトヨダAA、今のトヨタの作った外車っぽいデザインの日本初の高級車(多分)。
  とまあ、考えようによっては省略しても良かったかもしれないエピソードですがちょっと書きたかったので。

  とまあ、今回はこの辺で。次は多分‘向こう側’の話になる予定です。ま、予定は未定と言う言葉もありますが・・・
  それでは次回、楽しみにしてくれている人がいる事を祈っている丸井でした。

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