幻想の鍵

プロローグ4.The different world


  空という名の海を悠然と進む三隻の船。その何れも武装の施された軍艦だった。古き時代の軍艦がそうだったように砲や機銃で武装し、されどそれらの船とは似ても似つかない有機的な、巨大な甲虫の殻を持って形作られた勇姿。力強く、威圧感さえ見る者に与える。
  二隻の駆逐艦に先導されて蒼の中を進む比較的大型の、砲を持たない平坦な箱に少し小さい三角屋根と艦橋を付けたようなシルエットを持つ軍艦、クサハナ級軽空母八番艦サンフラワー。24機のオーラバトラーを搭載可能な、軽空母としては平均的な機能の軍艦である。
  その左舷に有る水平の甲板の上に、1機の黄色のオーラバトラーがしゃがむような姿勢で鎮座している。やはり甲虫を擬人化したような姿でマスクをつけた騎士のような頭を持っている。手足は人を基準にすれば異様に細長く、腰から蜂の物を連想させる羽が鞘翅の下に納められている。足は猛禽類のそれに似ており、手首の外側には獣の牙にワイヤーを括りつけたワイヤーアームが付けられている。そして腹部のキャノピーの左サイドに金属のカバーがついている。
  量産型オーラバトラー、カイカ。ロールアウトから20季程経っている第三世代型と呼ばれる機体の中で現状最も多く造られている、ベストセラー機である。やや旧式化してはいるが依然一線を退く気配は見せない。尚この機体は黄色だが通常は焦げ茶で、キャノピー左の金属カバーもない。
  その足元のすぐ横に黒電話らしき物体が置かれた、屋外のティーラウンジで使うようなテーブルと椅子が置かれている。テーブルにはフリルの付いた日傘が掛けられている。深い緑色のウェーブの長髪の美しい、赤っぽいオレンジと黄色のチェック柄のジャケットを着た女性が紅茶を楽しんでいた。その横には薄いピンクのエプロンドレスに身を包み、白いポークパイソフトハットを被った金髪の女性が侍っている。二人の長髪が風により、色を付けた絹のように靡く。
  エプロンドレスの女性、エリーがティーポットからあらかじめ暖められたカップに茶を注ぐ。緑の髪の女性は優雅に、されどやや気だるげにカップを口元に運び、一口。
  「う〜ん、やっぱり船の上じゃ直ぐ温くなるわね」
  「甲板の上なら当然です。せっかく上質のペパーミントを使ってるんですよ?」
  エリーの不満には耳も貸さず、ペパーミントティーを味わうでなく、一気に飲み干す。そして椅子から立ち上がり、日傘を差すと甲板の端まで行き眼下に広がる光景を睥睨する。
  ゆったりと、起伏の緩やかな山々が連なり、所々に平地が点在している。見える範囲で人の営みはない。一面草木と大地の色だけ。当然だ。人の営みが有っては困る。この世界最大の軍港がもう直ぐ見えるはずだ。
  港に着けばちょっとした休暇をはさんで新しい任務がある。久々に本格的な戦闘が行えるかもしれない。
  女性、風見幽香は薄らとサディスティックな笑みを浮かべる。




  大地と海の狭間にそこは存在する。世界に被さるように存在するもう一つの世界、バイストン・ウェル。そこにかつて幻想郷と呼ばれた国があった。一つの大陸とその周辺の島国を含めた広大な版図を纏め上げ、統一国家を創り出すに至った。
  幻想郷は他の国との交流を一切持たなかった。自分たちの住まう大陸以外の世界を知らず、外の世界も幻想郷を見つける事が出来なかったからである。恒久的な嵐に文字道理囲まれているのだ。そんな幻想郷も全ての文化を自国内のみで育んできた訳ではない。オーラロードと呼ばれる蒼いゆらぎ。そこを通して地上界、表の世界の人間が稀に迷い込み大なり小なり変化を、刺激を与えていった。
  そして国が崩壊。絶対的な支配を失い、各地の領主達が争い合う戦国時代の様相を呈すようになる。だが、いかに己の領土が広がろうが国を名乗る者は現れなかった。
  そのような状況が二百季余、大小幾つもの勢力が消えては生まれ、生まれては消えてを繰り返していた。その状況に転機を与えたのが二人の地上人の少女達だった。
  当時地上人は様々な情報や知識を運んで来る事が多い事から、そこの領主が食客として保護する事が多いのだが彼女達を保護した紅魔領の領主であるスカーレット卿は幸運だった。
  二人は技術者だった。そして天才だった。更にある種のマッドだった。
  それまで冷兵器を中心に、僅かに火砲とマスケット銃があるだけだった戦場にある種の革新をもたらした。
  人に内在する力を動力として動く、天駆ける巨大な甲虫騎士。強獣と呼ばれる巨大のな獣の肉体を繋ぎ合わせ、殻でもって鎧とし、オーラコンバーターと名付けられた機械が乗り手の生体エネルギー、オーラ力を動力とする。砲弾を弾き、空を飛び、城砦の壁を打ち壊す巨大なフランケンシュタインの怪物達を止められるものは無く、後にオーラバトラーとカテゴライズされるこれらの兵器で紅魔領は僅か数年の間に幻想郷最大の領土を持つに至った。
  革新はそれだけではない。時を掛けながらも戦場は変わってゆく。巨大な山の向こうまで届く火砲。連射が出来る銃。果てには空に浮かぶ戦艦まで現れた。紅魔領の拡大は数的な限界が訪れるまで続いた。
  重ねて述べる。彼女達は天才だった。そしてマッドだった。
  彼女達は政治に興味は無かった。ただ、技術者として創れる物を造っていった。そしてその為にあらゆる努力を惜しまなかった。
  彼女達は自分達が研究のみに打ち込めるようにするために世界情勢が安定したほうが良いのではないかと考えた。別に兵器が大量生産されなくても構わない。ある意味で自己満足の為に研究している様なものなのだから。と言う訳で一時的にとは言え政治にも大いに干渉した。彼女達はスカーレット卿にある進言をした。
  幻想郷における国際連盟の設立。
  幻想郷で特に力のある勢力を中心に会議の形で互いに協力もしくは牽制する事により戦争行為の抑制、治安の安定等を目的の組織を立ち上げる事となった。
  紅魔領の提唱したこのコクサイレンメイなるものの設立に対し各勢力の反応は決して良いものではなかったが、幻想郷において比類なき軍事力と領土を得た紅魔に異を唱えられるわけも無かった。結果「幻想郷共栄中央評議会」、通称「中央議会」と言う名で紅魔領を中心に、最も永い歴史を持つ永夜領、最大の生産力を誇る白玉領、そして他の大小勢力を含んだ幻想郷初の国際機構とでも呼ぶべきものが創られた。初代議長には幻想郷時代の政治の中枢を担った四家(神事を司った博麗、権謀術数を司った八雲、歴史の本紀を司った上白沢、歴史の列伝を司った稗田)の家系にという動きがあったが四家とも辞退。結局各勢力の不満を削ぐ意味でも当時ただの小勢力ではあるものの、歴史ある「狐」の部族の族長が選ばれた。
  その後、平和維持の名目で各勢力からの出向と言う形で議会付きの軍事組織「中央監察軍」、幻想郷全体に対する警察権及び裁判権を持つ対犯罪組織「是非曲直庁」がそれぞれ設立される。
  結果としてこの機構は成功だった。内戦を除き大きな戦争を起こさずに、一応の平和を実現させたのである。元になった地上界の国際連盟の結果とは正反対だった。
  それからの世界はオーラバトラーを始めとする各種オーラマシンの普及でゆっくりと、されど確実に動いていった。
  それは今から60季以上も昔の事。



  中央監察軍第四機甲艦隊、精鋭が揃う中央監察軍において最強と称される戦闘部隊。それを指揮するのが風見幽香大佐、夢幻領次代領主位継承者である。
  彼女の部隊は二重の意味で最強である。まず風見幽香自身である。幻想郷最強の二つ名で呼ばれるほどのオーラバトラーの操手である事。優れた操手には専用に誂えられたオーラバトラーが与えられる幻想郷では珍しく、手が加えているとは言え量産型に乗っている。そして基本的な性能は一切変わっていない。その上での最強である。本人の高い生体エネルギー、卓越した技量、そして判断力。いずれも一流と言う言葉を超越している。
  尚、特別な専用機を持とうとしない理由は「強い機体で強いのは当たり前すぎるでしょ?」との事。
  二つ目は部隊の精強さである。それもただ強いのではない。司令官たる幽香が本当の意味で部隊の力を把握できているのだ。地上界のある軍略家はこう言ったらしい。「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」と。たとえ仮を知らずとも己を充分理解できれば危険は減る。幽香は部隊の力をかなり正確に把握している。その理由は3年前まで監察軍の新兵訓練施設で教官をしていた。今の部隊の操手の半数近くは当時の教え子を引き抜いてきたものである。そして残りは故郷の夢幻領の頃からの子飼の部隊だった。
  この二点がさして数的戦力の無いこの部隊を監察軍最強の地位を揺らぎ無いものにしていた。
  その第四機甲艦隊の行き先は白玉領。だが、別段白玉領に問題が起こったわけではない。ただ単に補給と整備の為に領内のドッグを利用させてもらいに行くのだ。中央監察軍に専用の基地は無い。中央議会加盟勢力の基地等に間借する形を取っている。仕事先はその御隣、永夜領。内戦、には至っていないがきな臭くなっている。永夜領からは干渉無用との事だが、一応は何か起きたら対応できるように戦力を置く必要はある。
  幽香からすれば久々の当たりかも知れないと言う期待がある。何しろそこそこ安定している今の世界情勢では軍人の本来の仕事は多くない。要は退屈だったのだ。



  「そろそろ、白玉からの迎えが合流予定ポイントに着きます。艦橋に戻らないでいいんですか?」
  エリーは面倒くさそうに後ろから声を掛ける。
  「居なくても良いように高い金掛けて有線引いたんでしょ」
  艦内通信を伝声管に頼る事の多い幻想郷において軽空母サンフラワーは珍しい有線通信設備を持った艦である。その内一本は甲板上に通じ、こうして茶を楽しむ時の邪魔を出来ら限り減らすためというものだった。
  そうこう言っているとテーブルの上の黒電話がジリリと鳴り出す。幽香はテーブルまで戻ると椅子に座り電話を取る。
  「こちら風見、何事?」
  挨拶もなしに用件だけを聞く。
  『艦橋より大佐へ、電探に反応あり。予定の白玉領の艦隊と思われます。あ、目標より入電です』
  艦橋からの連絡に幽香は露骨に嫌な顔になる。もう少し部下の淹れた温いハーブティーを楽しんでいたっかのに。
  『「我、西行寺御庭番、白玉は貴殿等ヲ歓迎スル」、です』
  「そう、じゃ当り障りない返信で反して」
  艦橋から了解の返事を受け幽香は電話を切る。
  「適用ですね」
  「適当でいいのよ。軍の挨拶の内容なんてマニュアル化されてるんだし」
  風見幽香、目下と判断した者に対してはとことん慇懃無礼であった。それでも部下に嫌われたりしないのは人徳か、他の魅力か。
  間もなく白玉からの迎えの艦隊が目で見える距離まで近づいてきた。

  〜 どん、どん、どん・・・ 〜

  十九発の礼砲。この対応に幽香はいささか驚いた。名目上とは言え国という単位が存在しない今の幻想郷において国賓もしくは領主に対する、最上級の待遇である。つまりは国賓扱いか、それとも次代領主という事に対するある種の皮肉か。
  「エリー、今の西行寺御庭番の司令って誰だったかしら?」
  「確か去年あたり魂魄妖忌氏が引退してお孫の妖夢さんが特務中佐相当官として跡を継いだそうです」
  相当官。つまり正規の軍人ではなくあくまで軍属。その専門分野でのみ軍人としての待遇が行われる。
  「特務中佐ね、という事は・・・白玉に准将ってあったかしら?」
  「いえ、大佐跳んで少将です」
  「そ」
  一文字で返事を返すと幽香は右手を挙げると五本の指を広げ次に一回翻してもう一度指を示し、次に指を三つ出す。するとすぐさま艦橋に動きが現れる。マストに、白玉領の領主たる西行寺家の家紋である花弁が一枚離れた桜の紋があしらわれた旗が揚げられる。そして返礼として挙げられる十三発の礼砲。軍人に対しては、少将相当に対する礼砲の数である。また、幽香の階級が大佐なのでマニュアル道理なら本来最も少ない七発が妥当である。
  ふと、幽香は白玉であることを思い出した。
  「あら?魂魄妖夢・・・どこかで聞いた様な気がするわね」
  「健忘症ですか?いやですね、歳をとるのは」
  エリーの吐いた毒に幽香は表情が引き攣る。
  「あ、あ〜ら、何の事かしら〜?私、23よ?」
  「あら、今の幻想郷の平均結婚年齢はご存知ですか?16ですよ?風見家の周りで結婚してないのご主人だけですよ?私だって実家に戻れれば婚約者が居るんですから」
  ぐぐ、と言葉が詰まる。幻想郷の婚礼に関する思想は地上界の基準で言えば18世紀前後のそれに近い。地位のある人物なら、10代で婚約者くらい居てもおかしくない。歳も、地方や部族の風習で差はあるが遅くても15で成人扱いである。地上界においては妙齢の美女である幽香も幻想郷においては如何に美しかろうと「おばさん」な歳に片足を突っ込んでいるのだ。
  「で、魂魄妖夢については心当たりが多いのでどれを指すのかまでは判断付かないですね。例えばご主人が教官をやってた頃の事とか、ご主人のお気に入りだったショタボーイ(当時13歳)の生徒とか、相沢という地上人の事とか、さてどれの事やら」
  「あんた、分かってて言ってるわね?全部同じ事じゃないの。そう、思い出したわ。相沢祐一の婚約者」
  当時の生徒で特に優秀だった事と、結構好み(ここ重要)だったので引き抜けないかと色々調べた事があった。残念な結果に終わったが。
  西行寺家に代々仕える、名高き武門である魂魄家。10歳の頃に地上から迷い込み、魂魄に拾われた。その後幻想郷でも名の知れた武人である魂魄妖忌に師事を受け、その後白玉からの派遣部隊である第二機甲艦隊の操手候補として幽香の元で軍人としての教育を受けた。数々の逸話を生み出すほどに、良くも悪くも飛び抜けた小僧だったが。
  幽香としては良い思い入れのない名前である。と言うか妙に小憎たらしい。会ったらちょっと苛めてやろう。
  少しすると前方に艦隊が現れる。七隻ほどの中規模艦隊か。白玉の最精鋭の部隊。機会があれば是非‘遊んで’見たいものだ。
  喋っている内に礼砲も10発目が放たれる。幽香は立ち上がると素早くカイカに乗り込む。そしてカイカの足元の甲板にあるハッチを開ける。中にあったのはオーラバトラーの背に匹敵するほどの巨砲。カイカは巨砲を持ち上げるとキャノピー横の金属パネルを開ける。キャノピーの機械の横に複雑に絡む、活きた筋肉の束。巨砲から二本のコードを引っ張り、キャノピーと一体となっている機械、オーラコンバーターと繋ぐ。
  足元のエリーは顔を青くし、出入り用のハッチを開けるとお茶会道具を地面に下ろすとテーブルと椅子を艦内に放り投げる。そして内戦の黒電話を艦内の固定具にセットすると地面に置いたお茶会道具を持って艦内に駆け込む。途中冷めたお茶がエプロンに掛かった。
  艦橋も同様に慌ただしくなる。急ぎ各部署に対ショック準備を急がせる。
  カイカが巨砲を上空に向ける。
  「オーラ力、充填」
  巨砲の砲口から淡い光が漏れ出す。そして、十二発目の礼砲が放たれる。と同時に艦内のほぼ全てのクルーが何処かしらに捕まる。
  「四、参、弐」
  間隔は伍秒。
  「マスタースパーク砲!発射!」
  七色の光の奔流が空を駆けた。
  ついでにサンフラワーが大きく傾き、エリーは頭から冷え切ったペパーミントティーを楽しむ破目になった。



  **後書き**
  さてようやくあっち側の話が書けました。ここまで永かった。本編まだなのに。
  久しぶりにそこそこ納得できる速さで書けました。

  さて、東方っぽさを出せるように書いたつもりですが難しいですね、雰囲気出すの。原作はあのみょ〜に気楽さと残虐さが良い具合でミックスされた掛け合いが味を出しているので、自分もそんな領域に行きたいものです。
  今回はようやく本格的に向こう側の人が出てきました。風見幽香とエリー。
  幽香嬢は東方プロジェクトで現状唯一Win版と98版両方に出てくるキャラです。髪が長いのは98デザイン。これに因んだイベントもその内ありますんでお楽しみに。
  エリーは旧作キャラ。最初の作品東方幻想郷から。東方最初の門番でもある。今のミス門番とは扱いが全く違うわけですよ。消えたから一概に良いとは言えないのが切ないですね。
  他にオーラバトラーやオーラシップもちょっと登場です。軍の礼法を調べるのも一苦労でした。それでいて殆ど活かせてないのがなんとも情けないです。

  それはそうと次回でようやく本編突入です。ようやく主人公祐一が動き出します。
  それでは今回はこれで。またの機会にお会いしましょう。それでは。

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