旅人閑話







それは、あったかもしれない、始まりの物語。
小さな星の話の序章。
旅人の、邂逅の物語。







「お前クビだよクビ。お前みたいな奴使ってられるか」

そんな荒い声が辺りに響く。
何処となく横柄なその言葉に、それを向けられた男はムッとした。
心の中に沸き上がる苛立ち。
そして……

「…っ…」

『それ』を抑えて、呟いた。

「……ああ。こんな所、こっちから辞めてやるよ」

男はそう言って、その店を出た。
その顔には不満そうな表情と……微かな影があった。





その男……乾巧は旅をしていた。
バイトをして金を貯めて、その金でまた旅をする。
そんな生活を続けていた。

何故そんな事をしているのか。

それは巧自身はっきりと理解しているわけじゃなかった。
ただ、それを探す為に旅をしているのだろう。
自分の目的……言葉にするのなら、やりたい事、もしくは夢。
夢がないから、旅をしている。
そんな所だろうか。

「……馬鹿か」

自分のそんな考えにうんざりしながら、巧は歩いていった。
旅支度はすでに済ませている。
後は、とりあえず駅に停めてあるバイクに手荷物を載せるだけだ。
そう考えながら歩いていた時だった。

「なんだありゃ」

通りかかった公園の中、人が集まっていた。
その中心には、黒い服の青年が座っていた。
何かの売り物か見世物だろうか。
微かな興味を覚えて、巧はそこに歩み寄った。

その中心に座る男が、地面に倒れた人形に手をかざしている。
それがどうかしたのか、と思った瞬間。

「さあ、人形劇の始まりだ」

倒れていた人形が独りでに……少なくともそうとしか思えない動きで起き上がり、動き出した。
それから、歩き回り、飛び跳ね、自由自在に動き回った。
最後に空中でムーンサルトを決めて着地。

「……終わりだ。見物料を払ってくれ」

男の物言いは粗雑だったが、皆特に不満を言う事もせず、各々の財布の紐を緩めた。
それだけ、男の芸は不思議かつ見事だった。

皆が空き缶を少し細工した物に金を入れていくのを巧はぼんやりと眺めていた。
そんな巧に声が掛かる。
その声は他でもない、芸をやっていた黒い服の青年のものだった。

「おい、お前」
「なんだよ」
「見てたんなら、チップをよこせ」

それは割と正当な要求だったのかもしれないが、その物言いではそんな気にならない。
ましてや、巧は穏やかと言える性格ではない。
ゆえに、巧はその要求をあっさりと突っぱねた。

「やだね」
「ただ見は犯罪だぞ」
「見たくて見たわけじゃない」
「……」
「……」

二人の間に険悪な空気が流れる。
その空気そのままの表情を浮かべて、二人がにじり寄る。
お互いを殴る……そんなな雰囲気になりかけた時。

「君達、喧嘩か?」
『は?』

揃って振り向くと、他の客に混じってそこに警官……所謂お巡りさんが立っていた。
二人はお互いを指差して、まるで意図したかのように声を合わせた。

『いや、こいつが』
「責任を擦り付け合うのは良くないぞ。喧嘩の原因はなんだね」

警官の言葉に二人はなんとなく顔を見合わせた。
お互いに仏頂面。
それを見ると、事情を馬鹿丁寧に話すのが馬鹿らしくなり、沈黙した。

「なんだ、理由もないのか。これだから最近の若者は……」

警官はその沈黙をそう解釈したらしく、ここぞとばかりに説教を始めた。

「いいか。これからは気をつけるんだぞ」
「……」
「……」

余程最近の若者に不満でも抱いているのか、その警官の説教は長かった。
果てしないとさえ思えた説教が終った後、巧とその男は疲れた表情で立ち尽くした。

「ったく……何で俺が説教されなきゃならないんだよ」
「それはこっちの台詞だ」

そうなったのははっきりいって自業自得なのだが、二人にその自覚は薄かった。

辺りにはもう、二人以外に人がいない。
警官の説教が始まった時点で、芸を見ていた人間達は関わり合いになるのを避けてそれぞれ去ってしまっていた。

「お前のお陰でチップを取り損ねたぞ。どうしてくれる」
「…………あんたの芸に種も仕掛けもなければ払ってやるよ」

確かに見事だったが、どうせ手品か何かだ。
だから、そう言われれば引っ込むだろう。
そんな考えから、巧はそう言ったのだが……

「言ったな」

巧の言葉を聞いて、男は不敵に笑った。

それから数分間、男はさっきも披露したその芸をもう一度行った。
巧はそれを散々に調べた。
だが、男の芸に種も仕掛けも見つけられなかった。
信じ難い事だったが、何をどうしても、見つけることはできなかった。

「どうだ?」

勝ち誇る男に、巧はうんざりとした表情を浮かべて、財布を取り出した。

「ち……わかったよ」
「最初からそうしてればいいんだよ。そうすりゃ、あんな説教聞かずに済んだんだ」
「……ああ、かもな」

金を渡す巧とそれを受け取る男。
心ならずも一緒に説教を延々と聞かされたからか、はたまた相手の中にある自分に似た部分を感じ取ったのか、妙な共感がそこに生まれていた。

「でも、あんた」
「なんだ?」
「それだけの事ができるんならテレビ局にでも売り込んだらどうだ?
 その方がよっぽど儲かるだろ」

思いつきで巧は呟いた。
そうすれば一時かもしれないが、それなりに金になるような気がする。
そんな巧の意見に、男は苦笑いというには少し暗い表情を浮かべた。

「ああ。それも悪くなかったんだろうけどな。今はもう無理だ」
「なんでだ」
「……約束をしたからな」
「約束?なんだよ、それ」

その問いに、男は微かに逡巡を見せたが「まあ、いいか」と呟いて、言った。

「……少し前にいた街で、世話になった奴と約束した。
 その約束を守る為にも、旅をしないといけないんだ、俺は」
「……」

そう呟く男の表情は影と光が同居しているように、巧には思えた。
それと同時に、目の前の男が自分と同じく旅をしているという事実に気付いた。

「あんたも、旅をしてるのか」
「まあな。……って、そう言うからには、お前もそうなのか」
「ああ」
「お前はどうして旅してるんだ?」
「あんたには関係ないだろ」
「こっちは質問に答えてやっただろうが」

癪に障るが、その言葉は正しかった。
それに、説教喰らった後で不要な口論をするのも億劫だ。
諦めて、巧は言った。

「……さあな。俺にも分からない。
 分からないから、旅をしてるんだろ……多分な」

普段ならそういう事を口にはしないだろう。
会話の流れか、それとも、妙な共感のせいか、巧はそう呟いていた。

「そうか」

少し間を空けて、男は言葉を続けた。

「……少し前は、俺も似たようなもんだった」







それから、二人は歩いていった。
別に『一緒に旅をしよう!』とまで意気投合したわけではない。
ただ単に行き先が同じ駅だっただけだ。

巧はバイクを駅に停めていたから。
男は駅でこれからの行き先を考える為に。

その道筋で、巧はなんとなく口を開いた。

「なあ、あんた」
「なんだ?」
「あんたの持つ力ってなんなんだ?」
「何だよ、唐突だな。それがどうかしたか?」
「……どう見ても普通の人間にできるこっちゃないから気になったんだよ。
 もしかして、あんたは……」

自分と『同じ存在』なんじゃないのか。
そう言いかけて、巧は口を噤んだ。
そんな根拠は何処にもない。
仮にそうだったとして、それを明かす理由が何処にあるのか。

「なんだよ?」
「……いや、なんでもない。
 ただ……あんた、そういう力持っててどう思う?」
「……どういう意味だ?」
「他の人間にない力を持ってるのって、どんな気分だ?
 それを持ってて良かったって思うか?」

巧自身、誰にも話した事はないが、特別な『力』を持っていた。
事故で『死に損なって』目覚めた『それ』は使い方次第ではかなりの事が可能になる。

……だが、それゆえに。
巧は自分の力が恐ろしかった。
その力の使い方を誤り、自分どころか他人をも巻き込んで傷つけてしまうかもしれない事が怖かった。

現に、今日も危くその『力』を、憎悪を、意識しかけてしまった。
それは微かだが、確かにあった感覚。
ほんの僅かでも、言い訳はできない。
だから、自分が怖かった。
旅をしているのも、そういう不安から、というのもあるのかもしれない。
巧自身、認めたくはないと思っているが。

そんな事まで話すつもりはなかったが、ただ単純に聞いてはみたかった。
この場限りの、少し不思議な『力』を持った、この男に。

男は微かな沈黙の後、口を開いた。

「……あの程度の力だからな。特に優越感とかを考えた事はないな。ただ……」
「ただ、なんだよ?」
「この力がなかったら……俺は、出会う事ができなかっただろうな」

男はぶっきらぼうにそう呟いた。
その言葉の『出会い』に、巧はなんとなく思い当たった。

「約束をした奴にか?」
「……ああ」
「……」
「まあ、だから。
 持ってていいかどうかは分からんが、悪くはない。俺はそう思う」

そんな会話を交わしているうちに、二人は駅に辿り着いた。
辺りはすっかり暗くなっていた。

「あんた、これからどうするんだ?」

バイクに跨りながら、巧は尋ねた。

「……歩いていくだけだ。今まで通りに。
 そう言うお前はどうなんだ?」
「……」

どうなのだろうか。
何処へ行き、何をして生きていけばいいのだろうか。
巧自身考えていない、考えられない部分がある。
男は、そんな巧にぶっきらぼうな言葉を向けた。

「何も考えてないんなら、気が向くままに行けるところまで行けばいいんじゃないか?
 どうせ、立ち止まる時は嫌でも立ち止まるものなんだしな」

行けるところまで行く。

その言葉の響きは、なんとなく巧の耳から離れなかった。
巧はその言葉を頭の中でもう一度思い浮かべて、頷いた。

「……ああ、そうだな。それも悪くない」

呟いて、巧はバイクにキーを差し込み、廻した。
そのエンジンに完全に火が灯るのを見届けてから、男は軽く告げた。

「じゃあな」
「ああ、じゃあな」

別れの挨拶はそれだけで十分だった。
自分達は旅人なのだから。

名を尋ねる事もせず、二人は別れた。







乾巧は、ただひたすらにバイクを走らせる。

行き先は分からない。決めてはいない。
『力』について、何かの見通しが立ったわけじゃない。

ただ。
行ける所まで行けばいいという、あの男の言葉。
その言葉を悪くないと思った自分。
それは嘘じゃないと素直に思えた。

行ける所まで行けば。
何かに出会うのかもしれない。
何かの答えを見出せるかもしれない。
例え、何も起こらなくても、どうにもならなかったとしても、今とは何かが違うかもしれない。

だから、今はただ走る。

「……九州の方にでも行ってみるか」

呟いて、巧はバイクを加速させた。
その旅路の果てにあるものに、一刻でも早く辿り着くように。







それは、小さな星の話の序章。
彼らが辿り着く場所は……まだ誰も知らない。
少なくとも、今、この時は。






…………END



BACK
本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース