薄暗い森の中を必死に逃げている一人の男。
着ている白衣はあちこちが破れており、いかにも必死で逃げているという雰囲気がある。と言うか、こう言った森の中を白衣で逃げていること自体がおかしい。明らかに場違いである。
「ハァハァハァ……撒いたか?」
立ち止まり、後ろを振り返るが彼を追いかけていた相手の姿は見えなかった。いや、今自分を追いかけている相手のことを考えると油断はならなかった。一刻も早く、この場から遠ざからないと。休んでいる暇はない。
白衣の男はまた前を向いて歩き出した。が、その足がすぐに止まった。
彼の前方に不気味な巨体がまるで彼の行く手を遮るように立っている。そして、そこに次々と集まってくる異形の影。
「クッ……」
白衣の男が足を引こうとするが動けなかった。少しでも動けば自分を容赦無く攻撃して来るであろう事がわかったからだ。自分の前にいるのは話し合いとかが通じる相手ではない。その事は彼自身が充分よく解っていた。
「研究所にお戻りいただきたい、Dr.」
そう言ったのは異形の影の中で一番細身の影。一歩前に出ると白衣の男に向かって恭しく頭を下げる。
「我々と致しましてはあまり手荒なことは致したくはございません故」
「だ、ダメだ!! お前達の言うことは聞けないっ!!」
白衣の男はそう言って足を一歩引いた。
「俺の研究をこれ以上こう言う形で使われてなるものか!!」
男が激しい口調でそう言うのを聞いて細身の影は首を左右に振った。それから肩を竦めてみせる。
「やれやれ、出来る限り穏便に事を進めたかったのですが、そう仰られるなら仕方ありません。少々手荒なマネを致しますこと、お許し下さい」
細身の影はそう言うと自分の背後にいる異形の影達を振り返った。
「手足の一本や二本は構わん。頭さえ無事ならいいとマムは仰っている」
そう言うとその細身の影は異形の影達の後方へと下がっていく。替わりに他の異形の影達が前へと出、白衣の男に迫っていった。
自分の迫ってくる異形の影を見て、ごくりと唾を飲み込む白衣の男。自らの絶体絶命のこの瞬間、彼が思ったのは自分のことを心配しているであろう人のこと。この研究所に来てから一体どれだけの時が経つのかわからないが、一度も連絡していなかったから余計に心配しているだろう。もう二度と連絡出来ないかも知れないが。
「フッ……こんな時に自分の事じゃなくあいつらのことを思い出すとはな」
それが彼の最後の言葉だった。
白衣の男に一斉に襲いかかる異形の影達。飛び散る血しぶき、骨の折れる嫌な音、断末魔の絶叫が森の中に響き渡る。
「……もういいでしょう。殺してしまっては意味がありません」
細身の影がパンパンと手を鳴らすと白衣の男を襲っていた異形の影達が動きを止めた。その先には虫の息になった男が倒れている。手足は完全に折れ、内臓もかなりの部分が破壊されており、生きているのが不思議な程だ。勿論彼が着ていた白衣も血まみれで赤くなっている。
と、そこにまた新たな影が現れた。その姿を見た異形の影達が一斉に直立不動の姿勢を取る。その様子を見た影は軽く手を挙げ、異形の影達の労をねぎらった。それから倒れている白衣の男の方を見やる。
「マムのご命令通り、生かしてあります。瀕死ではございますが」
そう言ったのは細身の影。
「ご苦労様」
マムと呼ばれた影は細身の影にそう答えると瀕死の男の顔を覗き込んだ。それからニッコリと笑みを浮かべ、彼に向かって話しかける。
「随分おいたが過ぎましたね、祐一さん。だからこう言う目に遭うんですよ。わかりましたか?」
瀕死の男は答えない、いや、答えることが出来ない。意識があるのかどうかさえ定かでないのだから。
「研究所に運びなさい。彼の頭脳は優秀です。ここで失う訳にはいきません」
マムの命令を受け、異形の影達が瀕死の男を抱え上げた。そして男が逃げてきた方へと歩いていく。
森の奧にある研究所の方へと歩いていく異形の影達を見送りながら、マムは細身の影を手招きした。
「何でございましょうか、マム?」
「祐一さんに与えてあった研究室を調べなさい。彼はなかなか機転が効きます。誰かに連絡を取っていたかも知れません」
「しかしながらマム、Dr.相沢にその様なことをする暇があったとは思えません」
「……私の命に逆らうのですか?」
マムが反論した細身の影を睨み付けた。その視線はどこまでも冷徹。逆らうものなど必要ではないと言い切るような冷たい視線。
「わ、わかりました。直ちに……」
細身の影はマムの冷徹な視線に恐怖を覚えながら慌てて一礼すると研究所の方へと駆け出した。
その場に残されたのはマムと呼ばれた影のみ。その影も研究所の方へと歩き出そうとして、足下に落ちているロケットに気がつき、それを拾い上げた。ボタンを押すとパチンと言う音と共に蓋が開く。そこに納められていたのは4人の人物が写っている写真。マムはその写真をしばし眺めていたが、やがてギュッとそのロケットを握りつぶし、その場に捨ててからまた歩き出した。
壊れたロケットは地面まで落ちず、地面から生えている下草の枝に引っかかっている。そこから中の写真がこぼれ落ちた。いや、正確には写真ではない。いわゆるプリクラというものである。4人の人物の上に書かれた文字、そこには「水瀬家一同」と書かれてあった。

その頃……研究所の中のある一室では。
主のいない研究室の中、一台のパソコンが起動していた。モニターに映し出されているのは先程異形の影達に瀕死の重傷を負わされた男とそっくりの人物図。そしてその上に開くウインドウ。
『ANDROID U−1 STARTING』



































Presented by Worldend of Foll'nAngels
















偉大なる萬画家、石ノ森章太郎先生に大いなる尊敬を込めて
















人造人間キカイダーU−1 序章



































今ではなく、しかし、今に近い未来。
ここではなく、しかし、ここに近い場所。

人類の科学技術の進歩は著しく、今や街中にロボットが溢れていた。かつて人々が夢に描いた未来が徐々に実現し始めているのだ。工業用の巨大な作業用ロボットから愛玩用のペットロボ、人間に替わって様々なことをしてのける人型ロボットなど。街中至る所にロボットは存在している。
だが、その多くは単純作業用の簡素な人工知能AIしか組み込まれていない。人間並みに自分でものを考え、自分で判断が出来るような高度なAIを組み込まれているロボットなどそう多くはないのだ。
それは人類がロボットの叛乱を恐れたからかも知れない。人間以上の力を持ち、人間以上の知能を持つロボットが人類に叛乱を起こせば人類は苦戦を強いられること間違いないだろう。下手をすれば人類はロボットに支配されてしまうかも知れない。それを恐れるが故に人類はロボット達を自分達に逆らうことが出来ないようにしているのだろう。
しかし、それでもまだ安心出来ないと言う人々もいる。彼らは地球上にある全てのロボットを処分するべきだと叫び、過激な行動に出ることもしばしばである。街で働いているロボットを襲い、破壊する。それがどう言った種類のものであろうとお構いなし。
反ロボット主義者と呼ばれる彼らの行動はいつしか社会問題となっていた。

とある街角のオープンカフェで水瀬名雪は憂鬱そうな表情で街行く人々を眺めていた。
待ち合わせの時間はとっくに過ぎている。一体相手はいつまで待たせる気なのか、相手のその性根を疑いたくなってくる。
「全く……遅すぎだよ」
時計を見てそう呟き、ため息をつく。
「おかわりいかがですか?」
そう言ってやって来たのはこのオープンカフェのウエイトレスロボットだった。あちこちで見掛ける普及型のウエイトレスロボット。手にはポットを持ち、この店のエプロンと制服を身につけている。
と、そこに一台のジープが突っ込んで来た。オープンカフェと道路を区切っている木製のフェンスを叩き壊しながら突っ込んで来たジープは品のいいテーブルとイスを幾つか巻き込みながら停止し、乗っていた数人の男達が持っていた銃をいきなり乱射しだした。
「きゃああっ!!」
「うわあああっ!!」
突然のことに慌てふためく人々。その中には勿論名雪もいる。
「ロボットは全て破壊しろっ!!」
「ロボットなど必要無いんだっ!!」
口々にそう言いながら男達が銃を乱射する。どうやら社会問題になっている反ロボット主義者の一グループのようだ。彼らの手によって先程名雪に声をかけたウエイトレスロボットが破壊される。他にもいたウエイトレスロボットも次々と銃弾を受け破壊されていく。
あまりにも突然のことで名雪はどうにも反応しきれないでいた。地面にぺたんと座り込み、目の前で起こっているこの状況を見ていることしか出来ない。
そこにサイレンを鳴らしながら数台のパトカーがやってきた。
パトカーは路上に急停止し、その中から次々と武装した警官達が降りて来る。
「銃を捨てろ!」
「貴様らは完全に包囲されている!!」
「抵抗すれば射殺する!!」
警官達の手には通常のリボルバーではなくアサルトライフルが握られていた。どうやらやってきたのはここ数年急増しているロボットを使用した犯罪に対する特殊部隊のようだった。対ロボット犯罪特務課、通称アサルトポリスと呼ばれるこの警官達はロボットを相手にすることが多い為通常の警官よりも遙かに重武装の上、ロボットを操る犯罪者を射殺する特権も持っている。更にその時の銃撃戦で民間人が巻き込まれても一切不問にされるという特権も。
「あ、アサルトポリスだと……?」
反ロボット主義者達の顔が青ざめた。彼らにとって一番相手にしてはならない存在。問答無用で射殺されてしまうこと間違い無しの相手である。
「こ、この!!」
「俺たちの主張は……!!」
「ここでやられてたまるか!!」
テーブルを蹴倒し、それを盾にして銃撃戦を始める反ロボット主義者たち。それに対して容赦無く反撃していくアサルトポリス。巻き込まれては、と逃げ回るオープンカフェの客や通行人。
そんな中でも名雪はまだ呆然としていた。そこに差し伸べられる手。顔を上げるとそこには見知った顔があった。
「……香里」
「お待たせ。ちょっと色々とあって遅くなったけど、まぁ許容範囲内でしょ?」
美坂香里はそう言うと片目をつぶって笑みを見せた。
「……遅いよ、香里〜」
「まぁまぁ。それよりも早くこの場から逃げるわよ」
頬を膨らませて文句を言う名雪に向かって香里はそう言うと彼女の手を取って走り出した。とにかくこの場から離れなければならない。このままここにいるといつ撃たれるかわからないからだ。
走りながら香里は空いている手で携帯電話を取りだし、メモリ登録してある番号を呼び出した。そしてすぐに通話ボタンを押す。ほぼ間髪入れずに繋がった。
「OK、名雪は確保したわ。早く回収して」
『あいよ、了解』
帰ってきたのは男の声。その声を聞くと香里は近くにあったテーブルの影に名雪共々身を隠した。
「さて、一体何秒かかるかしら」
腕時計を見ながら呟く香里。その間も反ロボット主義者とアサルトポリスとの銃撃戦は続いており、オープンカフェの店員や通行人にも被害が出始めていた。流れ弾が時折、香里達のいるテーブルに当たるが二人は身を寄せ合い、何とか無事にやり過ごしている。
と、そこに一台の軽自動車がやってきた。アサルトポリスと反ロボット主義者達との銃撃戦をものともせずに突っ込んで来たその軽自動車は香里達が隠れているテーブルの前で急停止した。そして助手席側のドアが開く。
「お待たせっ!」
そう言って顔を覗かせたのは北川 潤であった。
「遅いわよ、北川君。せめて15秒くらいで来てくれないと」
香里がそう言いながらその軽自動車に乗り込んでいく。続いて名雪がその軽自動車に乗り込むのを待って潤は車を発進させた。アクセルを思い切り踏み込み、一気にダッシュ。銃撃戦の続く街角を一気に離れていく。
「ま、何にせよご無事で何より」
ある程度あの銃撃戦のあった街角から離れ、ようやく車のスピードを落とした潤がそう言って笑みを浮かべる。と、その頬にめり込む香里の拳。
「何言ってるのよ!! 危うく蜂の巣になるところだったのよ!!」
「う、運転中に殴らないで欲しいなぁ……」
容赦のない香里の言葉に涙目になった潤が答える。
「とりあえず間に合ったじゃないか……それでいいだろ?」
「私達が危険にさらされたことについてはどう思っている訳?」
「あー…………申し訳ありません、次からはもっと早く車を回すよう努力致します」
「それでよし」
ガックリと肩を落とす潤と腕を組んで胸を張る香里。そんな二人を見ながら名雪は口元に笑みを浮かべていた。
この二人は名雪が学生の頃からの友人である。学生の頃も二人は終始こんな感じだった。潤は香里のことが好きなようで、香里には頭が上がらないようだし、香里は香里で潤の気持ちを知っているのか知らないのか彼をいいように扱っているのだ。その二人が卒業後、何やら探偵みたいな事を始めていたのは知っていたがこうして実際にその仕事をしている最中の二人と会うことになるとは思っていなかった。
「さて、先に依頼されてた件について話しておきましょうか。まだ着くまで時間があるでしょうし」
香里がそう言って大きめの封筒を取り出した。そしてそれを助手席に座っている名雪に手渡す。
封筒を受け取った名雪が封筒を開くと中には数枚のレポート用紙が入っていた。そのレポート用紙を取り出し目を通す。
「見て貰えればわかると思うけど、相沢君はその、行方不明になる前まで勤めていた研究所から別の研究所にヘッドハンティングされたらしいわ」
後部座席から身を乗り出すようにして香里が言う。
「どこの研究所にヘッドハンティングされたか調べてみたんだけど、全く不明。ヘッドハンティングされる前にいた研究所にいた人にも話を聞いたけど皆目見当がつかなかった」
「どうもその辺おかしいと思って調べてみたんだけどな、どうやら相沢本人もニセの情報掴まされていたっぽいんだな、これが」
ハンドルを握っていた潤がそう口を挟む。
「まぁ、噂話に過ぎないんだが、日本中のそこそこ名のあるロボット研究者を集めている連中がいるってな。相沢はどうもそいつらに目をつけられたんじゃないかって」
名雪は黙ってレポート用紙を見ながら潤と香里の話を聞いていた。
彼女が二人に頼んだのは従兄弟で家族同然の青年、相沢祐一の行方捜索である。大学を卒業した彼は以前より興味のあったロボット工学の道に進み、そこそこ名の通った研究者となっていた。その彼が誰にも何も言わずにいきなり姿を消してしまったのだ。家族同然の名雪達にも何も言わずに彼が姿を消すことなどあり得ない。きっと彼に何かあったのだと思った名雪が探偵みたいな事をやっているこの二人に連絡を取り、正式に彼の捜索を依頼したのが3ヶ月程前。今日は途中経過を報告して欲しいと名雪が香里に連絡を取り、あのオープンカフェでの待ち合わせになったのだ。
「……そう言うことで相沢君本人がどこにいるかは未だ調査中。でも一つ、面白いことがわかったわ。彼が個人的に師事していた研究者の方がいてね、その人に会えば何かわかるんじゃないかって思って」
香里がそう言うと、名雪をレポート用紙から目を上げ、ため息をついた。それから後部座席にいる香里を振り返る。
「結局まだ祐一がどこにいるかわからないんだ……」
期待していたのに……と言いたげな名雪に香里は苦笑を持って答えるしかない。この広い日本からたった一人の男を捜し出すのは容易なことではない。それはこの稼業を始めてから嫌と言う程思い知らされた。だが、それはこっちのことで名雪がそう言うことを知るはずもない。
「まぁまぁ、そう気を落とさないでよ」
「そうそう。絶対に見つかるよ、て言うか、見つけてみせるさ」
香里、潤の二人がウインクしてみせたので名雪も何とか笑みを浮かべて頷いてみせた。
その間も潤の運転する軽自動車が軽快に道路を飛ばしていく。だが、彼らは気付いていなかった。その車の遙か上空からじっと監視している目があることに。
それは巨大な鳥の姿の怪人。鷹のような頭部を持ち、巨大な翼を持つまるで鷹人間とも言うべき怪人。それがじっと潤の運転している軽自動車を見つめていたのだ。
「Mr.バロン、奴らはどうやら例の所へと向かっているようです」
鷹人間が誰かに連絡するかのようにそう言う。

そこは薄暗い部屋。
だが、壁一面にモニターがつけられており、そのどれもが違う映像を映しだしている。その内の一つが潤が運転する軽自動車を映しだしていた。
「やはり監視をつけておいて正解でしたか……」
そんな声が聞こえてきた。しかし、部屋の中に人の姿はない。部屋の中には棺桶がおかれているだけだった。声はその棺桶の中から聞こえてくる。
「マムのおっしゃった通りあの方は我々の計画に何らかの破綻を生み出す可能性があります……とりあえず監視を続けなさい」
『了解しました、Mr.バロン』
モニターから先程の鷹人間の声が聞こえてくる。
「……後、例の場所で何かあればすぐに報告するように。それによっては……あの方には死んで貰うことになりますが」
『わかっております……もしもの場合に備えて何体か増援をいただきたいのですが』
「……いいでしょう。誰かすぐに差し向けましょう」
『ありがとうございます、Mr.バロン。このコマンドホーク、必ずやご期待にお応え致しましょう』
鷹人間の声が止み、また部屋の中が静寂に包まれる。が、突如棺桶の蓋が音をたてて開き、中から細身の男が姿を現した。病的なまでに青白い顔、オールバックに決めた髪、かなり上品そうな服を着たその男は部屋の中を見回すとさっとマントを身に纏うと指をパチンと鳴らした。
するとドアが開き、そこから上品そうなメイド服を着た少女が姿を見せた。
「お呼びでございましょうか、Mr.バロン」
恭しく頭を下げる少女を見やり、バロンと呼ばれた男は口を開いた。
「クラス”ポーン”から何名か選抜してコマンドホークの元へ差し向けなさい。もしかすれば何かあるやも知れません」
「わかりました、Mr.バロン」
少女にそう命令を下すとバロンはとあるモニターを見やった。そこに映し出されているのは未だ一般人を巻き込みながら激しい銃撃戦を続けているアサルトポリスと反ロボット主義者達であった。
「……下らないですね……こう言う輩は早々に排除するべきでしょう……」
そう呟くとそのモニターにそっと手をかざす。
「そろそろいいでしょう。その真の姿を見せ、愚かなる人類に裁きを下すのです!」
モニターに向かってそう呼びかけるバロン。

アサルトポリスと反ロボット主義者達の銃撃戦が続く街角。
数では圧倒的に少ない反ロボット主義者達だが必死の抵抗により何とか全滅することは免れていた。だが、その数は徐々に減ってきている。一方アサルトポリスも反ロボット主義者達思いもよらぬ必死の抵抗によりかなりの負傷者を出していた。だが、徐々に数で圧倒し始めている。このままで行けばもう少しで反ロボット主義者達は全滅するだろう。もっとも一般人にかなりの被害者がでるだろうが。いや、もう既に被害者の数は二桁に昇っている。
と、いきなりアサルトポリスの隊員の一人が物陰から立ち上がった。
「おい、どうした。ぼけっと突っ立ていると危ないぞ」
同僚がそう声をかけると、その隊員は無感情な目で彼を見下ろし、そして手に持っている銃を彼に向けた。そして躊躇うことなく引き金を引く。
信じられないと言った感じで目を見開いたまま、その隊員が額に穴を開けて倒れる。
いきなりのことに周りにいた他の隊員達が一斉に立ち上がった隊員を見た。
「お、おい!」
「何をするっ!!」
「気でも違ったか!?」
隊員達がそう声をかけると、立ち上がった隊員はそんな彼らに向かって銃を構え、そして無造作に引き金を引いていった。正確無比な射撃、たった一発で、確実に隊員達の眉間を撃ち抜いている。
「貴様ァッ!!」
そう言ったのはこの部隊を率いている隊長だった。彼は手に持っていた銃をその立ち上がり、同僚を次々に射殺した隊員に向けると、容赦無く引き金を引いた。発射された銃弾がその隊員の眉間に命中するが、彼は少しよろめいただけですぐに体勢を整えるとニヤリと笑ってみせた。
「き、貴様は……」
驚愕、そして恐怖にその隊長の顔が彩られる。
そこにいたのは人間の姿をしたロボット。人間そのままに感情を持ち、社会に溶け込み、アサルトポリスの一員として活躍していたロボット。
隊員の姿が変わる。人間の姿から、人型ロボットの戦闘スタイルへと。まるで上に着ていた人間の皮を脱ぎ捨てるかのように。
その様子を見ていた反ロボット主義者達も呆然としていた。いきなり仲間割れしたかと思うと、目の前で人の姿からロボットへと変貌するアサルトポリスの隊員。今までアサルトポリスにはロボットなど存在しなかったはずだ。それなのに今こうして彼らは目撃している。人間の中にいて全く違和感を感じさせなかったロボットを。
「愚かなる人間に裁きを……」
その人型ロボットはそう言うと手に持っていた銃の引き金を引いた。たった一撃で隊長は眉間を撃ち抜かれ、その場に倒れ込む。続いて今度は反ロボット主義者達へとその銃口を向け、正確無比な射撃で次々と彼らを射殺していく。
しばし、呆然としていたアサルトポリスの他の面々はようやく我に返り、今まで仲間だと思っていた人型ロボットに銃を向けた。
「貴様ァッ!!」
「よくも隊長を!!」
「俺たちを騙しやがってっ!!」
口々にそう言いながら引き金を引く。が、銃弾は人型ロボットには全くと言っていい程通用しなかった。人間に模して作られている為、その外皮は人工皮膚で覆われているが、その下には薄く、しかし頑丈にメタルコーティングされた皮膚があり、銃弾はそこで全て跳ね返されてしまっているのだ。
アサルトポリスからの銃撃を受けながらも全く意に介せずに反ロボット主義者達を皆殺しにした人型ロボットは持っている銃が弾切れなのを確認するとニヤリと笑ってアサルトポリスの方へと振り返った。
「裁きの鉄槌、今ここに」
そう言ってアサルトポリス達の方へと駆け出す人型ロボット。その体内にある動力部がいきなり暴走し、オーバーヒートし、そして仕込まれていた爆薬と反応して爆発する。自爆攻撃。だが、その威力は半端なものではない。半径百メートルの範囲で全てが吹っ飛んでしまう。
アサルトポリスだけではない。物陰に隠れていた一般人、近くにあったビルの中から覗いていた人々も含め、半径百メートルの範囲の中にいた人々は皆、その爆発に巻き込まれ、そして命を奪われていたのであった。

そんな事が起きているとはつゆ知らず、潤達の軽自動車は段々街から離れ、郊外にある森の方へと向かっていた。
「こんな所に誰か住んでいるの?」
名雪がそう尋ねると、潤が頷いてみせる。
「この先にでっかい屋敷があるんだ。そこを改造して研究所にした変人科学者が住んでる……はず」
「はずってのはどう言う事よ?」
そう言ったのは香里だった。
「その変人科学者、確か光明寺って言ったかな? かなり昔に死んだって話なんだよ」
潤がそう答えると香里も名雪も訝しげに潤の横顔を見た。彼の言っていることの意味がわからない、と言う感じだ。
「どれくらい前の話かはわからないんだけどな、その光明寺って科学者、ロボットに人間の心を埋め込もうとしてたらしいんだ。成功したんだか失敗したんだか、それは知らないけどな」
「ロボットに人間の心?」
「ああ……まぁ、実際どう言ったものかはわからない。本人に聞いてみないことにはな」
「それはそうよね」
「でまぁ、それはおいておいて、だ。その光明寺博士だが、ある時自分の作ったロボットに襲われたんだとよ。それは新聞に載ってた事件でそこそこ話題になったらしい」
「そうなの? 私は知らないけど」
「相当古い新聞だったからな。図書館でもマイクロフィルムにしか残ってないくらい」
「ふうん。で、その事件で光明寺博士は死亡した、と」
「いや、重傷を負ったが死ぬには至らなかったそうだ。て言うか、襲われた直後に光明寺博士自身が消えたって言うからな。その後、博士はスイスかどっかで目撃されたとか日本の何処かで又研究を続けているとか色々と噂だけはある」
「何て言うか信憑性に欠ける話ね」
そう言った香里がため息をつく。
「で、その死んだと思われる光明寺博士が相沢君とどう繋がるのよ?」
「さっき自分で言っただろ。相沢の奴が個人的に師事していたのがその光明寺博士。生きているのか死んでいるのかわからない。生きていてもかなりの高齢のはずだ」
振り返りもせずに潤が答える。
「なのに相沢はそう言う人に師事していたらしい……」
「つまりは相沢君が消えたのに何か関係がありそうだって言うこと?」
香里の言葉にずっと黙って二人のやりとりを聞いていた名雪が顔を上げた。
「行ってみないことにはわからないことばかりだけどな」
それきり潤は黙り込んだ。
香里も特に何も口にせず、沈黙を保ったまま、軽自動車は目的の屋敷の前へと辿り着いた。
その屋敷はかなり古いものらしく外側の壁には蔓草が巻き付いており、かなり不気味さを醸し出している。更に人の気配は全くと言っていいほどしない。誰か住んでいるとは到底思えない、まるで幽霊屋敷のような外観に思わず3人は怯んでしまっていた。
「何つーか、これは強烈」
そう言いながらも潤は勇気を出して玄関口へと歩いていく。その後に続く女性陣。流石に玄関の所は蔓草には覆われておらず、そこそこ綺麗になっていることから、やはり誰かがこの屋敷に住んでいると言うことが伺えた。インターホンを捜してみるがそれらしきものは存在しない。どうしようかと困った顔で潤が後ろにいる二人を振り返ろうとするといきなりドアが開き、中から年輩の女性が顔を覗かせた。
「どちら様ですか?」
「……あ、ああ。俺たちは……」
あまりにも突然のことだったので反応しきれなかった潤を押しのけ、名雪が前に出る。
「相沢祐一という人のこと、知りませんか?」
単刀直入。それ以外に言葉は見つからない。
思わず硬直する潤と香里。まるで時が止まったように。
顔を覗かせている年輩の女性もきょとんとした顔で名雪を見返していた。そして、ゆっくりと扉を開いていく。
「あなた達ね、彼が待っていたのは」
そう言うと、女性は3人に中に入るよう手招きし、自身は屋敷の奧へと歩いていった。
思わず顔を見合わせる潤と香里だが、名雪はそんな二人に構わず中へと入っていく。そんな彼女に気付いた二人が慌てて彼女を追いかけて屋敷の中へと入っていった。
3人が通されたのは屋敷の2階にある応接室だった。女性は空いているソファに座るように言うと自らは応接室を出ていった。すぐにお茶の準備をして戻ってくる。手際よくコップにポットに入った紅茶を注ぎ、それを3人に勧める。
「あ、ありがとうございます」
何が何だかわからないまま、そう言って頭を下げたのは香里だった。
「あの、それで……」
また名雪が口火を切る。
女性はそんな名雪を見て、小さく頷いた。
「相沢さんのことならよく知っていますよ。父の研究資料をよく漁っていましたから」
そう言って女性が微笑んだ。
「あの、父と言いますと……?」
質問したのは名雪ではなく潤だった。何となく気になった。そう言うレベルだが、どうしても聞いておきたかった。この女性が一体何者であるか、を。
「私の父ですわ。光明寺信彦……私はその娘のミツ子です」
女性の口にした名前に潤は驚きを隠しきれなかった。
「あなたが……あの……」
潤の様子が妙なことに気付いた香里が彼の脇腹を肘でつついた。そしてそっと耳打ちする。
「ちょっと。一体どうしたのよ?」
「どうしたのって……知らないのか? 光明寺ミツ子って言えばロボット工学の第一人者としてめちゃくちゃ有名だぞ。今街中で稼働している大半のロボットの基礎はこの人が作ったようなもんだって……」
「それじゃこの人が相沢君が師事していたって言う光明寺博士なの?」
「それは違いますわ」
いつの間にやら声が大きくなっていたらしい。ミツ子が二人の会話の口を挟んだ。
「相沢さんはあくまで父の研究に興味を持っていたようですから」
「そ、それで祐一は今どこにいるか……」
名雪が身を乗り出してそう尋ねるがミツ子は黙って首を左右に振るだけだった。それを見てガックリと肩を落とす名雪。
「ごめんなさい、お力になれなくて。ところで、相沢さんがどうかしたのかしら?」
「……行方不明なんです、祐一」
力無い声で答える名雪。
そんな名雪に替わってとなりに座っていた香里が事情を説明し、どうしてここに来たかを説明する。
「そう……でも私は何も知らないわ。私は彼に父の研究成果の資料を見せてあげて父の研究室を彼に貸してあげていただけだから」
ミツ子がそう言って申し訳なさそうな顔をする。
「そうですか……」
そう言って肩を落としたのは名雪ばかりではなく香里、潤も同様だった。ここに来れば何かわかると思っていただけに、それは勿論こちらの勝手な期待だが、その期待が外れただけに落胆も大きかった。
「……そう言えば……俺たちが来た時に何か仰ってませんでしたか? ”彼が待っていた”とか?」
ふとその事を思いだした潤がミツ子に尋ねると彼女は笑みを浮かべて頷いた。
「私は確かに何も知らない。でも相沢さんのことを知っているかも知れないものがあります」
そう言うとミツ子は立ち上がった。
「ついてきてください。父の……いえ、彼の研究室に案内致しますわ」
ミツ子に先導されて3人はこの屋敷の地下にある研究室へと向かう。そこに行くにはまず二階に上がり廊下の一番奥に巧みにカモフラージュされたエレベータに乗るという手順を踏まなければならなかった。更に研究室の扉は頑丈な鋼鉄製で指紋、網膜、声紋などと言ういくつものチェックをクリアして始めてその扉が開かれると言う厳重すぎる程のセキュリティぶりである。
「……このセキュリティは光明寺博士が?」
「いえ、これは相沢さんがここに来られてから取り付けられたものです。勿論、私の許可を得てからですが」
潤の質問にミツ子が答える。
「一体どうしてこんなに厳重にセキュリティを? これじゃまるで何かから身を隠そうとしているみたいじゃない」
歩きながらそう言ったのは香里だった。鋼鉄の扉が開いた先には長い廊下があり、そのあちこちに監視用のカメラがついている。時折、そちらに不快そうな目を向けているのはそれが気になる所為だろう。
「そこまでは私にはわかりかねますわ。ですがこの監視システムは彼がここに来てまもなくですよ、取り付けたのは」
先頭を歩くミツ子はそう答えた。彼女は何度かこの研究室を訪れていたのか、監視カメラのことも知っており、全く気にしている様子はない。
「……と言うことは相沢君、結構前から自分が狙われていたことを知っていたんじゃないの?」
「そうかもなぁ……」
先を歩くミツ子に聞こえないよう小声で香里と潤が話している。その二人の会話を聞きながら名雪はここにいた祐一が自分の知っている祐一と同一人物とは思えなくなってきていた。
(祐一……一体あなたは何を……)
胸の奥に沸き上がる不安。それを必死に押し殺していると、不意に先頭を歩くミツ子が足を止めたのがわかった。
「ここです」
ミツ子がそう言って廊下の先にある扉を目で示した。その扉はこの廊下を入るところにあった物と同じく鋼鉄製。先程見たものよりも頑丈そうに見える。これではまるで核シェルターだ。実際そう言う意味もあるのかも知れない。
「ここから先はあなた方だけでどうぞ。おそらくですがロックはすぐに解除出来ると思いますから」
それだけ言うとミツ子は3人に向かってお辞儀し、廊下を戻っていった。
その場に残された3人はしばらくミツ子の背中を見送っていたが、やがて研究室と廊下を遮る扉の方を見やった。丁度その扉の真ん中に電子錠があり、それには小さめのキーボードが据え付けられていた。
「……どうやらキーワードを打ち込むタイプっぽいな」
電子錠を見て潤が言う。
「キーワードねぇ……ミツ子さんは私達ならすぐにわかるようなこと言っていたけど」
腕を組んで考え込むような仕種をとる香里。
「名雪、何か心当たりはない?」
「無いよ、そんなの」
少し沈んだ声で名雪が香里の問いに答えた。
「祐一が何を考えているかなんて……」
小さい声で、そう続けたがそれは二人の耳には届かなかったようだ。
「一体何なんだろうなぁ……」
キーボードに触れようと指を伸ばす潤。と、その手を横から香里が止めた。
「ヘタに触らない方がいいわ。もし間違った答えを入力したら何が起こるかわからないもの」
「……それもそうだな」
キーボードに伸ばした手を引っ込め、肩を竦める潤を見て、ため息をつく香里。
「全く、相変わらず考え無しなんだから」
「おいおい、そりゃ酷いんじゃねーの」
二人の軽口を聞きながら名雪は鋼鉄製の扉を見上げた。
研究室への道をふさぐこの鋼鉄製の扉。一体どうしてここまで厳重にロックされているのか、名雪には到底理解出来なかった。
(祐一……一体何があったの?)
そっと鋼鉄製の扉に手を当てる。すると、鋼鉄の扉の電子錠がいきなり動いた。ロックが外れ、鋼鉄製の扉がゆっくりと開いていく。
「な、何やったの、名雪?」
「な、何もしてないよ〜」
いきなり開きだした扉を前に香里と名雪が顔を見合わせる。ただ一人、潤だけが緊張の面持ちで徐々に見えてきた研究室を伺っていた。扉が完全に開ききると、そこには乱然と機械が置かれてある部屋が広がっていた。一歩中に足を踏み入れてみると意外な程そこが広いと言うことに気付く。
「い、行くぞ」
そう言って潤が先頭になって研究室の中に入っていく。
研究室の中は広い割にあちこちに3人には全く理解不能な装置やらが置かれてあったり、足下には太いコードが何本も走っていたりしてどっちかというと狭苦しい感じをさせた。だが、一応通路はちゃんとあるらしく3人は足下のコードに足を引っかけないよう気をつけながら奥へと進んでいく。
「あ……」
そんな声をあげたのは名雪だった。後の二人は思わず言葉を無くしている。3人は一体どうしたのか、その答えは3人の前方にある巨大なカプセルにあった。
天井から床まで、筒状のカプセルの中には何やらわからないが液体が満たされており、その中には一人の青年が全裸で入っている。青年はまるで眠っているかのように安らかな表情を浮かべ、液体の中で浮かんでいた。3人が驚いたのはそれだけではない。その青年が行方不明の相沢祐一に瓜二つだったからである。
「ゆ……祐一?」
名雪が呆然と呟いてカプセルに手を伸ばす。
「どうして……相沢君が……?」
「……何で……?」
香里も潤も驚きが冷めず、呆然とカプセルを見つめているだけであった。だからカプセルに手を伸ばそうとしていた名雪に気がつかない。
名雪がそっとカプセルの表面に手を触れさせると、先程の扉と同じく何らかのセンサーが働いたのだろう、カプセルの上部についている赤ランプが点灯し、サイレンを鳴らした。
「な、何やったのよ、名雪!!」
いきなり鳴り出したサイレンに香里が名雪を責めるように言う。
「な、何もしてないよ……ちょっと触っただけ……」
香里の剣幕に怯えたように名雪が答える。
「勝手に触るなってさっき……」
また香里が何か言いかけるのを潤が手で制した。彼はじっとカプセルの中を見つめている。
そのカプセルでは中の液体が吸い出され、上のロックが外れてゆっくりと倒れていく。完全に横になると、プシューと言う音と共にカプセルのハッチが開いた。開いた隙間から白い蒸気が漏れだし、辺りは真っ白になり、視界を奪われる。
「わわっ」
「な、なんなのよ」
「うお!?」
3人が3人なりの声をあげる中、開いたカプセルの中から青年がその身を起こしていた。
蒸気が徐々にその白さを薄め、ようやく視界が開けてくる。そして、3人はカプセルの中の青年が身を起こしているのを発見した。
「あ、相沢……?」
潤がそう呼びかけるが青年は全く反応しない。
「相沢君……でしょ?」
続いて香里が声をかけるがやはり青年は反応すらしなかった。どちらかと言うと聞こえていない、そう言った感じだ。肩を竦めて香里は名雪の方を振り返る。
「あなたに任せるわ、名雪」
香里がそう言った時、青年がぴくりと反応したのだが、それに3人は気付かなかった。
「……祐一……じゃないの?」
小首を傾げて名雪が青年に呼びかけると、青年がようやく名雪の方を見た。少しの間じっと名雪を見ていた青年がやがてぎこちなさそうに口を開く。
「な……ゆ……き……?」
自分で言ったことを確認するように青年がもう一度口を開いた。
「名雪……あなたが名雪?」
「う、うん……」
青年の様子に戸惑いを覚えながらも頷く名雪。
と、その時だった。まるで何かに反応したかのようにカプセルの横に置かれてあったパソコンのモニターが白衣を着た青年の映像を映しだしたのは。
『この映像を見ているのが俺の知り合いであることを切に願う……』
その青年はじっとこちらを見つめたまま、ヤケに真剣な口調で話し始める。
『この映像を見ている頃、多分俺は殺されているか生きていても動けないぐらいの重傷を負っていることだろう。俺は今、ある組織に狙われている。その組織は想像以上に強大で邪悪だ。奴らはロボットによる人類の征服を企んでいる。世界中のロボット科学者が次々と行方不明になっているのも奴らの仕業だ。事実、俺はその科学者達に奴らのアジトで何度も会っている』
青年の話す内容に興味を覚えた潤と香里がモニターの前まで駆け足でやって来た。
『奴らは俺や他の科学者が今まで研究してきた成果を利用して強力なロボットを次々と生みだし、それを密かに人間に紛れ込ませている……一体どれだけの人間が既に入れ替えられているか……政府の上層部にも既に潜り込んでいる可能性が高い。このままだと奴らはその野望を達成してしまうだろう』
「おいおい、冗談だろ?」
冷や汗をかきながら潤がそう呟く。
「これが本当だったら大変なことになるわよ」
香里も戦慄を覚え、思わずごくりと唾を飲み込んでいた。
『俺は奴らの陰謀に手を貸す気は毛頭無い。だが、そうも言っていられないのが実情だ。何せ奴らは既に監視をつけている。名雪や真琴、あゆにも。奴らはいつでも3人を殺せる。それはおそらく本当のことだろう。俺は奴らの監視の目を上手くすり抜け、あるものを作り上げた。それをここに運び込むのは多少骨だったが……それが今カプセルから目覚めたU−1だ』
白衣の青年の言葉に香里と潤はカプセルから身を起こしただけの青年を見やった。この研究室内の何処かからか見つけてきた白いシーツを身に纏い、カプセルから出ようとしている。
『U−1は俺の最高傑作と言っても過言じゃない。かつて光明寺信彦博士が作り出したジロー、イチローと言ったキカイダー兄弟と比べても何の遜色もないはずだ。何せそのテクノロジーをかなり導入しているからな。それはともかく、だ。U−1が目覚めた以上、奴らは俺にきっと何かしているはずだ。だから俺はもう名雪達を助けることが出来ない。俺の代わりにU−1が名雪達を守るよう、そうプログラムしてある。これを見ているのが誰かはわからない。だが頼む。U−1を名雪達に引き合わせてやってくれ。組織のことは相手にしちゃダメだ。奴らはどこまで深く入り込んでいるかわからない。名雪達を、俺の大切な人達を守れればいい。頼む』
映像はそれで終わりだった。モニターに映っていた青年が消え、また真っ暗になる。
潤と香里は無言だった。無言のまま、自分達の後ろにやってきていた青年の方を振り返る。そこにいるのは相沢祐一……先程モニターに移っていた白衣の青年……そっくりの青年だ。彼の少し後ろには心配そうな顔をした名雪が立っている。
「……信じられないな……」
潤がそう言って青年から目を反らし頭をかく。
「……本当に……あなたはアンドロイドなの?」
香里が尋ねる。未だ信じられないと言った感じで青年を見つめながら。
「……わからない……僕には……何も」
青年はそう言うと額を手で押さえた。
そんな彼から目を離し、香里は名雪の方を見た。
「名雪、この彼は……」
「うん、わかってる。祐一が作ったアンドロイドだって言うんでしょ? 聞こえていたよ」
名雪はそう言うと額を抑えている青年の肩に手を置いた。
「……君は祐一に作られたんだよね?」
そう問いかけると彼は名雪の方を振り返った。
「………」
小さく頷く。
「祐一が今、どこにいるか、わかる?」
そう尋ねるが彼は首を左右に振った。
「……僕は……」
彼がそう言いかけた時、上の方から爆発音のようなものが響いてきた。ぱらぱらと天井から何かが落ちてくる。
「な、何だ?」
思わず上を見上げる潤だが、そこには天井があるだけだった。
「爆発……? ミツ子さんが危ないわっ!!」
香里がそう言って廊下へと駆け出そうとする。それを止めたのは名雪だ。
「ダメだよ、ここからじゃ間に合わない……!」
また聞こえてくる爆発音。
と、先程消えたモニターが再び点灯した。そこに映し出されたのはこの屋敷の外、丁度順が軽自動車を止めた辺りにいる強大な鋼鉄の怪物の姿。全身を鋼鉄の鎧で覆った二本足の牛頭の怪物。
「な、何だよ、あれ?」
再びモニターを覗き込んだ潤が言う。
「……もしかしたら……あれが相沢君の言っていた組織のロボットじゃ……?」
同じくモニターを覗き込んだ香里がそう言った。
更に聞こえてくる爆発音。まるでどこからか砲撃でもしているかのように断続的に聞こえてくる。
「どうやらこいつ以外にもまだいるようだ……とりあえずこの屋敷、結構頑丈そうだからまだ大丈夫だと思うが……ミツ子さんが危ないことに変わりはないな」
『私のことならご安心を』
パッとモニター上に小さなウインドウが開き、そこにミツ子の姿が映し出された。
『この屋敷は何かあったときのためにシェルターになるようになっています。この程度の攻撃に耐えられない程じゃありません。それよりもあなた方です。一刻も早くここから脱出してください』
「脱出って言われても……」
困ったようにそう言う潤。
『その研究室の出入り口は先程の廊下だけじゃありません。もう一カ所、外へと続く通路があります。そこから脱出してください』
ミツ子がそう言うと更なるウインドウが開き、そこに地図が表示される。
「……資材搬入口って所ね。確かにここからなら脱出出来そうだけど」
モニター上の地図を見て香里が少ししかめっ面をした。
「脱出は出来る、でもそれはこの屋敷からだけで、そこから先はどうなるのか……」
「確かにここは陸の孤島みたいなもんだったからなぁ」
この屋敷に来る途中のことを思い出し、潤も顔をしかめた。
「何か乗り物が欲しいところだけど……俺の車取りに行く余裕はなさそうだし」
「諦めなさい。それより資材搬入口なんだからトラックの一つもあるかも知れないわ。捜しましょう」
そう言って香里がその資材搬入口へと歩き出す。
「名雪はここでモニター見ていて。何か動きがあったら大声で教えて頂戴」
そう名雪に言い残し、潤を連れて奧へと消えていく香里。
名雪は頷くとモニターの前までやって来た。その後をちょこちょことついてくるアンドロイドの青年。
まだ砲撃は続いている。天井からぱらぱらと落ちてくるものもその量を増している。このままだと何時か天井が崩れるのではないか、そう言う不安が起こってしまう。
「大丈夫です。僕がきっと守ります」
まるで名雪の不安を見越したかのようにアンドロイドの青年がそう言った。
「ありがとう……そう言えば名前、聞いてなかったね。教えてくれるかな?」
「僕の記憶回路の中には”U−1”としか……」
名雪の問いに少し悲しげな顔をして答えるアンドロイドの青年。
「”U−1”……祐一、か……私達を守るのに……自分そっくりにするなんて……」
今度は名雪の方が悲しげな笑みを浮かべた。
先程モニターの中の祐一が「自分はもう死んでいるか生きていても動けない程の重傷を負っているはず」と言っていたのを思い出したのだ。あの映像を録画した時点で祐一はそうなることを薄々把握していた。いや、もっと前からそう言う危機感は持っていたのだろう。だからこそ、名雪達を守る為に”U−1”と言う名のこのアンドロイドを密かに作り上げていたのだ。しかも、名雪達に不審を抱かせないよう自分そっくりに。
「馬鹿……馬鹿……」
そう言いながら、名雪の目から涙がこぼれ落ちる。
そんな名雪の頬に手を添えるアンドロイドの青年。そして優しく微笑む。
「泣かないでください。きっと大丈夫です」
「……ありがとう」
名雪は指で涙をぬぐうといつしか砲撃が止んでいることに気付いた。モニターを覗き込むとそこに映し出されていたはずの鋼の猛牛ロボットがいなくなっている。
「いない……いつの間に……?」
名雪がそう呟くと横からアンドロイドの青年が手を伸ばし、キーボードのキーを触った。するとモニターが切り替わり、別のところが次々と映し出されていく。その内、屋敷の壁に体当たりしている猛牛ロボットの姿が映し出された。どうやら遠距離からの砲撃では埒が明かないと見て、近接攻撃に切り替えたらしい。どんどんと何かがぶつかる音が聞こえてくる。その衝撃は先程までの砲撃と何ら変わるところはない。いや、それ以上かも知れない。
「名雪〜、車見つかったわ!! こっちにきて!!」
香里の声が奧から聞こえてきた。
名雪はアンドロイドの青年を連れて香里の声が聞こえてきた方へと急ぐ。そこは研究室の入り口の反対側だった。一台のワゴン車がそこにあり、運転席には潤が座りエンジンを始動させている。
「名雪、早くっ!!」
香里はそう言いながら自らは資材搬入口のシャッターの横でシャッターを開けるボタンを押していた。ゆっくりとだがシャッターが開いていく。
それを見ながら名雪はアンドロイドの青年と共にワゴン車に飛び乗った。すぐにワゴン車を発進させる潤。途中で香里を拾い、そして一気に資材搬入用通路を駆け抜けていく。
資材搬入用通路は森の中へと続いており、そこから舗装もされていない道を抜けて潤達がやってきた道へと繋がっていた。
「飛ばすからな! しっかりつかまってろよ!」
潤はそう言うと思いきりアクセルを踏み込んだ。更にスピードを増し、ワゴン車が道を下っていく。
「……何とか逃げられそうね」
助手席から後ろを見やり、何もついてきていないことを確認した香里が前を向いてそう言った。
「だといいけど」
名雪がそう香里に答え、それから隣に座っているアンドロイドの青年を見る。
「大丈夫?」
「………」
アンドロイドの青年は名雪に呼びかけられても答えなかった。じっと後方を見つめている。あの屋敷を襲ってきたロボットを警戒しているのだろうか、それとも……。
「………来たっ!!」
アンドロイドの青年が鋭く言い、潤の方を振り返る。
「奴らがこっちに気付きました! もっとスピード、出せませんか? このままじゃ追いつかれてしまいます!」
「んな事言われてもこれで精一杯だって」
潤がそう言い、バックミラー越しに後ろを見るがそこには何も見えなかった。助手席に座っていた香里も窓から身を乗り出して後ろを見るが何の姿も見えない。
「何も見えないわよ。本当に……」
香里がそう言いながらアンドロイドの青年を振り返ったその時だった。ドンッとワゴン車の屋根の上に衝撃。ワゴン車に乗っていた香里、潤、名雪の3人が上を見上げるのと同時に鋼鉄製の爪がワゴン車の屋根を突き破り、中に飛び込んできた。
「きゃあっ!!」
「うわっ!!」
悲鳴を上げる名雪と潤。
屋根を突き破った爪は一度上に引き上がっていくと再び別の場所を突き破ってきた。今度は屋根を剥がすようにぎしぎしと動いていく。
「このっ!!」
アンドロイドの青年がその爪に手を伸ばした。
「北川君っ!! 振り落としてっ!!」
香里が潤の方を見て叫ぶように言う。
「くっ!!」
ハンドルを思い切り回す潤。だが、ワゴン車の上にいる何者かは振り落とされず、しっかりと屋根につかまっている。
「このっ!!」
ワゴン車の上にいる何者かを振り落とせなかったことに焦った潤が今度は反対側に思い切りハンドルを切った。
「ダメだっ!!」
潤が思いきりハンドルを切ったのを見てアンドロイドの青年が叫ぶ。彼は一度目の切り返しでワゴン車のバランスが狂ったことを瞬時に理解、そして今度潤が反対側にハンドルを切ったことでワゴン車が安定を無くし、転倒するだろう事を瞬間的に察知したのだ。
そして、アンドロイドの青年の予想通りワゴン車がバランスを崩し、横転してしまう。
「うわぁっ!!」
「きゃあっ!!」
潤、香里、名雪の悲鳴が飛び交う。
横転したワゴン車はしばらく道の上を滑った後、ようやく停止した。運転手側から転倒した為、潤はドアにぐったりともたれかかって気を失っており、香里も潤に寄りかかるようにして気を失っている。名雪は転倒した時にアンドロイドの青年に受け止められたので気を失うことはなかったが、それでも全く無傷という訳でもなかった。倒れた拍子に割れた窓ガラスが彼女の腕や足を傷つけていた。その名雪を受け止めたアンドロイドの青年は思いきりドアに背を打ち付けたのか全く、ぴくりとも動かなかった。
「うう……」
痛みを堪えて呻き声を漏らし、名雪は何とか身を起こすと今は天井になってしまったドアに手をかけ、無理矢理開いた。そこから身を乗り出そうとすると外からにゅっと伸びてきた手が彼女を掴む。
「え……?」
驚く間もなく外へと引きずり出された名雪はそのまま地面へと叩きつけられた。
「きゃああっ!」
悲鳴を上げながらも何とか身を起こし、顔を上げた名雪は一体誰が自分を掴みあげ、地面に叩きつけたのかを知ると蒼白になってしまう。彼女の目の前に立っていたのは鷹の頭部に巨大な翼を持った人間だった。そう、光明寺ミツ子のあの屋敷に行く途中、ずっと潤の運転する軽自動車を上空から監視してた鷹人間だ。
鷹人間はじっと名雪を見つめると、その鋼鉄で出来た腕を彼女の方に向ける。
「あなた様がよりによって光明寺ミツ子と接触するとは……誠にもって残念ですが……ここで死んで貰うほかありませんな」
鷹人間がそう言って名雪に一歩近寄っていく。
名雪はと言えば恐怖のあまり声も出なくなっていた。目の前にいる鷹人間もそうだが、その鋼鉄製の爪、あれは一撃で自分の命を奪うであろう事が想像に難くなかったからだ。殺される……そう思っただけで恐怖が身体を金縛りにしてしまう。
鷹人間は名雪の側まで来るとその鋼鉄製の爪を振り上げた。これを振り下ろせば名雪など容易く切り裂かれてしまうだろう。その美しい顔は原形をとどめることなく、その気になれば全身を細切れにすることだって容易い。
「それでは……さようならです、お嬢様」
鷹人間がそう言い、これから起こる残酷なショーに心躍らせながら鋼鉄の爪を振り下ろそうとした時だった。倒れたワゴン車の中から何かが飛び出し、鷹人間に向かって突っ込んできた。それは目にも止まらぬ速さで鷹人間に接近すると強烈な一撃を鷹人間に食らわせて吹っ飛ばしてしまう。
「ぐほわっ!!」
吹っ飛ばされ、無様にも倒れてしまった鷹人間がさっと顔を上げると名雪の前に彼女を守るように一人の青年が立っている。その青年の顔を見て、鷹人間は思わず驚きの声をあげていた。
「ド、Dr.相沢!? 何故ここに!? あなたは我らが本部で……」
そこまで言いかけて、鷹人間は慌てて口をつぐんだ。これ以上は言ってはならない。ヘタに漏らしてはいけない。ヘタをすれば自分が粛正されてしまう。
「名雪さんには手を触れさせない!! 名雪さんは僕が守る!!」
そう言ったのは例のアンドロイドの青年だった。彼は名雪を守るように手を広げて立っている。
「……ま、まさか……お前は……Dr.相沢が作ったロボット……?」
鷹人間が確認するかのようにそう言う。
「……面白い。まさかDr.相沢が貴様のようなロボットを既に完成させていたとはな。では貴様の性能をテストしてやろう。アイアンバッファロー!! キャノントータス!!」
鷹人間がそう叫ぶと重い足音を響かせながら猛牛ロボットと背中に大砲を担いだ亀型ロボットが姿を見せた。二体とも戦闘用らしく、かなり無骨なデザインになっているが、その迫力は無骨なデザインにより何割増しかに見えた。
「貴様が戦闘用であるかそうでないか、そんな事は関係ない。そこのお嬢様を殺すことが我らの目的。邪魔するものは死、あるのみ!」
猛牛ロボット・アイアンバッファローがそう言い、鼻息荒くアンドロイドの青年を見る。
「貴様がどれだけ持ちこたえられるか、試してやる!!」
亀型ロボット・キャノントータスがニヤニヤ笑いながらそう言う。
それを聞きながらもあえて無視し、アンドロイドの青年は名雪を振り返った。
「隠れていてください。奴らは僕が何とかします」
「……で、でも……君は……」
必死に声を絞り出す名雪。どう見てもこのアンドロイドの青年、”U−1”は戦闘用ではなさそうだ。精々警護用、と言ったところだろう。その警護用アンドロイドの彼が戦闘用のロボット二体を相手にして勝てるとは到底思えない。それに……ただ似せてあるだけとはいえ、祐一そっくりの彼が壊されるところを見たくはなかった。
そんな名雪の不安を察したのかアンドロイドの青年はニッコリと微笑んだ。
「大丈夫……僕はあなたを守る為に作られた……だから安心して」
そう名雪に言うとアンドロイドの青年はアイアンバッファロー、キャノントータスの方を振り返る。そして静かに身構えた。
「……モードチェンジ。ノーマルモードからバトルモードへ。戦闘回路オープン。セイフティロック解除。キーワード”K・I・K・A・I・D・A・U−1”」
呟くように、機械的な合成音で言うアンドロイドの青年。そして両手を胸の前で交差させ、大きくジャンプした。
「チェンジキカイダー……U−1!!」
アンドロイドの青年がそう叫ぶと同時のその姿が変わる。戦闘用の姿へ。守る為に戦う戦士の姿へと。
右半身を赤、左半身を青に色分けされたボディ、内部のメカが一部見えているがそこは強化ガラスのようなもので覆われている。その顔もやはり人間らしさを残していた。その頭部も内部のメカが見えているが、やはりボディと同じく強化ガラスで覆われていた。
戦闘用の姿となったアンドロイドの青年がさっと空中回転して地上に降り立つ。
それを見た鷹人間やアイアンバッファロー、キャノントータスが一瞬たじろいだ。
「な、何だ貴様は!?」
鷹人間がそう言うとアンドロイドの青年が鷹人間達をビシッと指さしこう言った。
「正義の戦士!! キカイダーU−1!!」
アンドロイドの青年、いや、キカイダーU−1はそう言うとまた大きくジャンプして鷹人間達の真正面に降り立った。そしてアイアンバッファローにパンチを食らわせ、続いてキャノントータスにキックを喰らわせて吹っ飛ばす。更に鷹人間にキックを喰らわせようとするがそれよりも早く鷹人間がジャンプして空へと舞い上がっていた。
「おのれ小癪な……アイアンバッファロー! キャノントータス! キカイダーU−1を生かして返すな! 徹底的に破壊せよ!」
空中から指示を出す鷹人間。
その指示を受けてか、アイアンバッファローがのっそりと身を起こしキカイダーU−1に向かって突っ込んできた。猛牛を元にして作られた戦闘用ロボットであるアイアンバッファロー、その突進の破壊力は抜群である。戦車ぐらいならその一撃で破壊することだって可能だ。
「ウオオオオオッ」
雄叫びをあげて突っ込んでくるアイアンバッファロー。
キカイダーU−1はそれを横に飛んでかわすとその背中に向けてジャンプキックを叩き込んだ。背にキックを受け、無様に頭から転倒するアイアンバッファロー。着地したキカイダーU−1は素早くもう一体、キャノントータスの方を振り返った。
光明寺邸に砲撃を加えていたのがこのキャノントータスである。背に背負ったキャノン砲の威力は並々ならぬものがあり、厚さ30センチの鋼鉄の板すらぶち破れる程だ。もっとも光明寺邸はそれ以上の厚さの鋼板で覆われており、ダメージを与えることは出来なかったが。それでもキカイダーU−1が直撃を食らえばあっさりと破壊出来るぐらいの威力は軽く有している。
「死ねっ!!」
そう言って背のキャノン砲を発射するキャノントータス。だが、それよりも早くキャノントータスの間合いに入ったキカイダーU−1はそのキャノン砲の砲身を真上へと持ち上げていた。真上へと発射される砲弾。そこにいた鷹人間が慌てて回避する。
「ま、まさか……狙ったと言うのか……?」
鷹人間が驚愕の表情を浮かべて下を見下ろした。
キカイダーU−1はその間にキャノントータスを蹴り飛ばし、上空にいる鷹人間を睨み付け大きくジャンプしていた。
「オオオッ!!」
雄叫びをあげて鷹人間に向かって鋭い手刀を突き出すが、ひらりと鷹人間はその一撃をかわしてしまう。更にキカイダーU−1に両足でのキックを喰らわせ地上へと叩き落とした。
地面に叩きつけられたキカイダーU−1だが、すぐに片膝をついて起きあがる。そして上を見上げ、鷹人間を睨み付けた。
「くそっ!」
空を飛べる鷹人間に対し、空を飛べない自分では勝負にならない。あの鷹人間こそがこいつらのボスであるとわかっているが手を出せないとなれば仕方なかった。先に倒すべきは猛牛ロボットと大砲を担いだ亀ロボット。
キカイダーU−1が二体のロボットの方を向こうとした時だった。アイアンバッファローが猛然とキカイダーU−1に向かって突っ込んできたのだ。二本の鋭い角を奮い立て、キカイダーU−1を踏みつぶさんばかりの勢いで突っ込んでくる。
「トォッ!!」
気合いと共に大きくジャンプするキカイダーU−1だが、そこを狙っていたキャノントータスが背のキャノン砲を発射しキカイダーU−1を撃墜した。
とっさに防御姿勢を取り、砲弾をガードしたおかげで吹っ飛ばされることはなかったが、それでもかなりのダメージを受けてしまった。ぶすぶすと身体中から黒煙を上げ、バチバチをあちこちから火花が飛ぶ身体を押して何とか立ち上がる。
(ボディのダメージ38%……戦闘能力10%ダウン……機動性25%ダウン……だが……まだ戦える!!)
キカイダーU−1はふらつく両足を踏ん張ると、さっと身構えた。
そこにまた突っ込んでくるアイアンバッファロー。ダメージを受けたこの身体ではさっきのように上手くかわすことは出来ないかも知れない。そう考えたキカイダーU−1は腰を落とした。そして正面からアイアンバッファローの突進を受け止める。
「ぬうっ!?」
「ぐうっ!!」
アイアンバッファローの角を手で受け止めたキカイダーU−1が苦しそうな声をあげる。物凄い力でアイアンバッファローはキカイダーU−1を吹き飛ばそうと力を込めて足を前に出す。何とか持ちこたえようとするキカイダーU−1。だが、その足が徐々に動き始めていた。パワーが違いすぎる。ここまで持ちこたえたのが不思議なくらいだ。
「ぬうううっ!!!」
アイアンバッファローが頭を振り回し、角を掴んでいたキカイダーU−1を吹っ飛ばした。
宙を舞うキカイダーU−1に再び狙いをつけるキャノントータス。
「そうそう何度もやらせるかよっ!!」
両膝をつき、キャノン砲の発射態勢に入っていたキャノントータスの背後に額から血を流した潤が手に大きなスパナを持って現れ、そしてそれを一気にキャノントータスの頭に向かって振り下ろした。しかし、キャノントータスの頭部に当たったスパナはカーンと言う甲高い音を響かせ、逆に振り下ろした潤の手の方が痺れてしまう始末だった。
「うおおおっ!?」
思わずスパナを落としてしまう潤。
そんな潤の方をキャノントータスがゆっくりと振り返った。そして潤を思いきり張り飛ばす。その一撃で潤はあっさりと吹っ飛ばされてしまった。
「北川君っ!!」
吹っ飛ばされた潤のもとに名雪と香里が慌てて駆け寄っていく。
「……死ね、人間」
キャノントータスは呟くようにそう言うと両膝を地面につき、背中のキャノン砲を潤達に向けた。
「危ないっ!!」
キャノントータスの行動に気付いたキカイダーU−1がそちらへと駆け出すが、その前にアイアンバッファローが立ちふさがる。
「お前の相手はこの俺様だ」
そう言うと同時にアイアンバッファローがキカイダーU−1に向かって走り出す。
「お前の相手をしている暇は無いっ!!」
突っ込んでくるアイアンバッファローをかわすようにジャンプし、更に勢いをつける為にアイアンバッファローの背を蹴って前へと飛び出す。
「俺を踏み台にしたっ!?」
アイアンバッファローが振り返るがもう遅い。キカイダーU−1はキャノントータスを飛び越え、名雪達の前へと降り立っていた。と、同時にキャノントータスのキャノン砲が火を噴く。
「そう何度も同じ手はっ!!」
そう言ってキカイダーU−1が後ろ回し蹴りで飛んで来た砲弾を蹴り飛ばした。別の方向へと向いた砲弾が地面に着弾し、爆発を起こす。
「な、何っ!?」
驚きの声をあげるキャノントータス。今、キカイダーU−1がやったことはキャノントータスの電子頭脳には不可能なこととインプットされていたからだ。
驚いているキャノントータスを見て、キカイダーU−1は一気に距離を詰めた。そして拳をギュッと握りしめ、渾身の力のパンチを放つ。その一撃でキャノントータスの背のキャノン砲が折れ飛んだ。続いて逆の手でパンチ。キャノントータスの身体が宙に浮く。それを見ずに身体を回転させ今度は突き上げるような蹴りをキャノントータスの腹に食らわせた。今度こそ吹っ飛ばされるキャノントータス。
「とどめだ、喰らえっ!!」
吹っ飛ぶキャノントータスを追ってキカイダーU−1もジャンプした。空中で一回転し、落下しながら両手を振り下ろす。その手がキャノントータスに触れた瞬間、光を放ち、まるでバターに熱したナイフを入れるようにキャノントータスの身体が切り裂かれる。
「ギャ……ギャアアアアアッ!!」
断末魔の声をあげ、キャノントータスがその場に倒れ、爆発した。
仲間の爆発を見、思わず怯んでしまうアイアンバッファロー。だが、爆発の中から飛び出してきたキカイダーU−1の姿を見ると、仲間をやられた怒りに我を忘れたかのように飛び出していた。
「や、やめろ、アイアンバッファロー!!」
空から鷹人間が大声を上げるがアイアンバッファローは止まらない。片膝をついて着地したキカイダーU−1に向かって突進していく。
「グオオオオオッ!!」
雄叫びをあげ、猛然と角を突き出すアイアンバッファロー。
キカイダーU−1はそちらをちらりと見、そして逆サイドに名雪達がいることを確認するとすっと立ち上がった。ここで奴の突進をかわせばそのまま名雪達の方へと突っ込んでいくだろう。それをさせる訳には行かない。
(ここで奴を止めるっ!!)
出来なければ名雪達が危ない。だからやるしかない。そう決意し、キカイダーU−1は腰を落とし、身構えた。
そこに突っ込んでいくアイアンバッファロー。
すっと手を伸ばし、その角を受け止めるキカイダーU−1。しかし先程と同じくアイアンバッファローのパワーに押し負けてしまう。
「くうっ!?」
「貴様の貧弱なボディでこの俺様を止められるか!!」
じりじりと押され、地面の上をキカイダーU−1の足が滑っていく。
このままではいけない。このまま押されていけば名雪達に害が及ぶ。それはさせてはならない。その為に自分は生み出されたのだから。
「させる……かぁっ!!」
そう言い、渾身の力を込めてキカイダーU−1はアイアンバッファローの角を握りしめた。その瞬間、握りしめた手が光を放ちバキィッと言う音と共にアイアンバッファローの角が握りつぶされる。
「グ、グオオオッ!?」
悲鳴のような声をあげてのけぞるアイアンバッファロー。そこに蹴りを食らわせて吹っ飛ばすキカイダーU−1。
吹っ飛んだアイアンバッファローに向かってキカイダーU−1がダッシュする。走りながら両手を胸の前で交差させ、アイアンバッファローに向かって一気に振り下ろす。そのままアイアンバッファローの後方へと駆け抜けたキカイダーU−1が片膝をつきながら停止した。
「ガ……ガアア………」
呻き声を上げるアイアンバッファローの身体が斜め十字に切り裂かれていく。その次の瞬間、アイアンバッファローの身体が大爆発を起こした。
その爆発を背にゆっくりと立ち上がるキカイダーU−1。その姿がキカイダーから元の青年の姿に戻っていく。彼はまず上を見上げ、鷹人間を睨み付ける。
青年に睨み付けられた鷹人間は先程までの青年の戦いぶりに恐れをなし、慌てたように飛び去っていった。
それを見届けてから青年は名雪達の方を見、ニコリと微笑みを浮かべ、その場にばたりと倒れ込んだ。
「お、おい!!」
いきなり倒れた青年に慌てて駆け寄ったのは起きあがったばかりの潤であった。その後ろを名雪、香里の二人がついてくる。
「大丈夫か、おい?」
潤が倒れた青年を抱き上げ、声を掛けるが青年は全く反応しない。まるで死んでしまったかのように。
「やっぱりダメージがでかすぎたのか?」
「エネルギーが切れたんじゃないのかな?」
「そうね。起動して間もないのに襲ってきた戦闘ロボットを二体をも倒したんだし……エネルギー切れの方が可能性濃厚だわ」
3人が顔を見合わせていると、そこに一台の軽自動車がやって来た。潤が光明寺邸に乗り付けてきた軽自動車である。
「大丈夫だった、あなた達?」
軽自動車の中から顔を覗かせたのは何と光明寺ミツ子であった。どうやら追ってきてくれたらしい。
「あら……やっぱり心配した通りになったわね。悪いけど彼を乗せて貰えるかしら。もう一度研究室に戻りたいの」
「あ、はい……」
ミツ子に言われて潤が青年を抱え上げ、軽自動車に乗せる。
「あっちのワゴンはまだ動くわよね?」
「……多分動くと思います」
「それじゃあなた達はあれでついてきてくれる?」
そう言ってミツ子が倒れたワゴン車を指さした。
「と言っても……あれじゃどうしようもないわね」
ワゴン車は横転したままだ。あれでは動かしようがない。ミツ子が困ったような顔をすると軽自動車の後部ドアが開いて中から小型のロボットが飛び出してきた。そのロボットはひょこひょこと倒れたワゴン車に近寄るとその小さなボディに似合わない怪力でもってワゴン車を元に戻してしまう。
「ご苦労様」
ミツ子が小型ロボットに向かって微笑むと小型ロボットは嬉しそうにぴょんとジャンプし、それからまた軽自動車の後部ドアへと戻っていった。
その様子を呆然としたまま、見ていることしか出来ない潤達。一体今何が起こったのかわからないと言った感じだ。
「あれは私が作ったロボットよ。何かあったらと思って連れてきたんだけど、充分役に立ったようね」
ミツ子がそう言って後部ドアを閉じる。そして軽自動車のドアを開けて乗り込むと早々に走り出してしまう。
「とりあえず追いかけないと」
香里にそう言われ、潤はようやく我に返ったように頷いた。元に戻ったワゴン車に乗り込むとエンジンを掛ける。どうにか動き出したワゴン車に乗って3人はミツ子の乗っていった軽自動車を追った。

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