<カノンベース・司令室 11:23AM>
大きなモニター上に映し出されているのは前回の戦い、星獣人・ラリリゴとカノンレンジャーとの戦いの様子であった。一体何処から撮影していたのか微妙に気になるアングルもあったが、誰もそれを口に出そうとはしない。何と言っても世界でも最先端の科学技術を誇るISDOがバックにいるのだ。きっと何か物凄い撮影機材やら撮影技術やらを持っているのだろう。
モニターではカノンパープルが運転するジープが容赦無くラリリゴを轢き倒しているところが映し出されていた。同じ事を何度も何度も繰り返すカノンパープル。同じ事を15分程続けた後、ようやくカノンパープルはジープから降り、他の4人と合流、5人が揃ってそれぞれの得意技をふらふらのラリリゴに叩き込んだ。
その一撃を受けたラリリゴが天に向かって両腕をあげ、そしてそのまま仰向けに倒れ、爆発する。
それを最後にモニター上の映像が消え、替わりに大きなため息が聞こえてきた。
ため息の主は一段上になっている司令席に座っている水瀬秋子ISDO副司令。呆れたような、切ないような、何とも言えないため息。そして思わず額を手で押さえ、首を左右に振る。
そんな副司令の様子を見たオペレーターズがそれぞれ振り返って立ち上がった。
「だ、大丈夫です、副司令!」
「きっといいことありますから!」
「そんな簡単に諦めないでください!」
相変わらず副司令の人気は絶大のようである。しかしまぁ、何処かずれているような気がしないでもない励ましである。
「……七瀬さん」
秋子がそう言って司令室にいるもう一人の女性を見た。
髪を左右にくくったツインテールにした女性、七瀬留美。こう見えても彼女はカノンレンジャーの訓練教官である。今は引きつった表情を浮かべているが。
「あ〜……とりあえずすいません」
「いえ、謝ってもらわなくても構いません。あの子達に……そう、華麗な勝ち方を求めるのはまだ流石に無理でしょうから……」
そう言った秋子は既に諦めきったような表情を浮かべていた。同じような表情を留美も浮かべている。
はっきり言って戦闘の素人のカノンレンジャーの5人、彼女たちに華麗なる勝利などまだまだ無理であろう。
「ですが」
「……ですが?」
何となく嫌な予感がする。この場から逃げ出したくなるのを必死に堪えて留美は副司令の次の言葉を待つ。
「あの勝ち方はどうあがいても許せません。あれじゃどっちが正義の味方かわかりません。早急に何とか手を打ってください」
はっきりと秋子はそう言った。
同じ事を留美自身も考えていたが、こうもはっきりと上から言われてはどうしようもない。
「わ、解りました……とりあえず5人を招集して……」
「事は急を要します。次回の出動時にまたあのようなことがあれば……解りますよね?」
「……わ、解りました……」
上司の脅しに冷や汗をかく留美。
一体何をする気なのか……自分がどう言う目に遭うのか何となくだが想像がつく。意地でもあの5人を何とかしなければ。

司令室を退去した後、通路を歩きながら留美は考える。
どうすればあの5人を上手く華麗に見せられるか。イヤ、違う。どうすればああ言う卑怯とも取れる手を使わずに敵を倒すことが出来るのか。
「……やっぱり特訓かしらね……?」
色々と特訓メニューを考えながら留美は通路を進んでいく。
とりあえずどうするかある程度考えておいて、後は自分の直属の上司である特別作戦部の主任にでも相談するとしよう。まだもう1週間ほど入院期間が残っているはずだが、会うぐらいなら出来るはずだろう。
「よし!」
留美はそう決めるとさっさと歩き出した。

奇蹟戦隊カノンレンジャー
FORTH ACT.必殺技、大特訓!!


<何処かの採石場 14:54PM>
ドカーンと言う音と共に派手な爆発が起こる。
「きゃああっ!!」
「うぐぅっ!?」
「あううっ!?」
「えうっ!?」
「……っ!」
爆発に吹っ飛ばされたのは青、赤、黄、桃、紫のスーツを着た戦士達。言わずと知れた奇蹟戦隊カノンレンジャーの面々である。
ちなみに場所は何処かの採石場。戦隊シリーズの毎回のラストバトルの場所としては定番の場所である。具体的に何処とか何時の間に移動したとかは考えてはいけない。とにかくそう言うものなのであった。
「な、何なんですか、あの強さはっ!!」
むくっと起きあがるなり文句を言ったのはカノンピンク、美坂 栞。
「非常識にも程がありますっ!!」
「いや、そう言うものじゃないかな〜って思うんだけど……」
困ったようにそう言い返したのは顔だけ上げたカノンレッド、月宮あゆ。
「だいたい相手は地球を狙う侵略者さんなんだし」
「侵略者に”さん”なんてつける必要ないわよっ!!」
逆さまになったままのカノンイエロー、沢渡真琴がビシッとカノンレッドに向かって指を突き付けながら言った。
「今はそう言うこと言っている場合じゃないと思うよ〜」
そう言いながらぴょんと跳びはねるようにカノンブルー、水瀬名雪が起きあがる。
「あいつは前の奴よりも強い……」
カノンブルーの隣で片膝をついているのはカノンパープル、川澄 舞。
彼女たち5人の前にいるのは無骨そうな戦車に手の生えたような怪ロボットであった。地球を狙う要塞艦ヴェルドリンガの誇る5大軍団の一つ、機甲兵団に所属する戦闘ロボット・ドルパオレ。鈍重そうな見掛けはそのまんまなのだが、その装甲の厚さと攻撃力の高さは機甲兵団でも随一である。先程カノンレンジャーを吹っ飛ばした爆発はこのドルパオレの砲撃によるものだったのだ。
「と、とりあえずあいつの攻撃は栞のブライトネスストールで防いで……」
「む、無茶言わないでください! いくらブライトネスストールでも戦車砲なんか防げません!」
カノンイエローの提案に慌てて反論するカノンピンク。
「それじゃあゆ! あんたの出番よ!」
「うぐぅ……何で真琴ちゃんが仕切るんだよ?」
ぶつぶつ言いながらカノンレッドが立ち上がり、手にバスターライフルを持った。そしてその照準をキャタピラをキュラキュラ言わせながら近寄ってくるドルパオレにセットし、引き金を何の躊躇いもなく引く。もっともカノンレッドの射撃能力はカノンレジャー中一、二を争う程低い。だが、今回は標的のドルパオレが鈍重な上にサイズが大きめだったようで、流石のカノンレッド、あゆでも命中させることが出来た。
「やった! 当たった!」
「そこ、喜ぶ所じゃないと思います」
「それくらい当てて当然よね〜」
喜ぶカノンレッドに容赦無く言い放つカノンピンクとカノンイエロー。そのあまりもの容赦無さっぷりに思い切り落ち込むカノンレッド。
「う、うぐぅ……」
そんな彼女をよそにじっとバスターライフルの直撃を受けたドルパオレの様子を伺っていたカノンパープルが思わず驚きの声をあげた。
「………っ!」
いや、息を飲んでいた。
何とドルパオレはバスターライフルの直撃を受けても全く無傷だったのだ。気のせいか、前回戦った星獣人・ラリリゴも数発はバスターライフルの直撃を受けていたがロクにダメージを受けていなかったような気もするが。
「……ここで言えることは一つです」
突如カノンピンクが真剣な口調で言う。
「……何よ?」
何となく嫌な予感を覚えつつも一応問いただしてみるカノンイエロー。
「今の状況では勝てる気が全くしません。ここは一時撤退するべきかと」
と、次の瞬間ドルパオレの放った戦車砲の一撃が又カノンレンジャーを吹っ飛ばしていた。

<カノンベース 16:23PM>
何とかドルパオレから逃げ出すことに成功したカノンレンジャーの面々はようやくその活動拠点である秘密基地、カノンベースへと帰り着いていた。あの後も何度か砲撃を喰らっていたので全員ボロボロで這々の体で帰ってきたのだ。
「…………お帰りなさい、あんた達」
帰ってきた彼女たちをそう言って出迎えたのは彼女たちの訓練教官である七瀬留美だった。その姿を見た瞬間、思わずその場から逃げ出そうとするあゆ、栞、真琴の3人。
「はい、そこの3人、捕まえて!!」
留美がそう言うと、何処に隠れていたのか彼女と同じISDO特別作戦部に所属する職員が現れ、3人をあっと言う間に拘束する。
「うぐぅ、何するんだよっ!」
「あう〜、離しなさいよっ!」
じたばたと暴れるあゆと真琴に対して栞は大人しく捕まっている。と言うか暴れる元気すらないようだ。ここまで戻ってくるのに体力を使い果たしたらしい。相変わらず体力の無さではカノンレンジャー随一だ。
「さぁ、行くわよ」
留美がそう言って歩き出したので拘束されてない名雪と舞は互いの顔を見合わせ、それから慌てて彼女についていった。拘束されている3人はそのまま、拘束している職員が担ぎ上げていく。何と言うか酷い扱いである。
留美に連れられて向かった先は司令室であった。いつものオペレーターズはいるが今日は副司令である秋子の姿はない。いや、いつもはいないのだ。ISDO副司令である秋子がこのカノンベースにいることの方が本当は珍しい。それほど副司令と言う立場は忙しいのである。
「まぁ、とりあえず座りなさいな」
留美がそう言って司令室内に設置されている長椅子に座るよう促した。本人はその横にあるイスに腰を下ろしている。
何が何だか解らないがとりあえず腰を下ろす舞と名雪。その横にいつの間にか逃げられないようにロープでぐるぐる巻きにされたあゆ、真琴、栞が転がされた。
「あう〜、こんな扱いするなぁ!!」
真琴が文句を言うが誰も相手にしない。
あゆと栞はもう諦めてしまったようだ。互いにため息を付き合っている。
「さてと、これはさっきのあんた達の無様な戦いっぷりを録画していたテープだけど……」
留美が手に持ったビデオテープを5人に見えるようにしてからそう言い、近くにいたオペレーターの一人に手渡した。
テープを受け取ったオペレーターが頷いてテープをビデオデッキにセットする。すると司令席の後ろにある大モニターがつい先程まで行われていた戦闘を映しだした。
留美の言う通りかなり無様な戦いぶりである。ほとんど為す術無いまま一方的にやられているのだから。思わず目を覆いたくなる程の無様っぷりだった。
「……本当に無様としか言いようがないわね」
やたら冷静に留美が目を細めて言う。ついでに口元には引きつった笑みを浮かべながら。
「いや〜、こうして見ると、本当に強いね、あいつ」
「うんうん、真琴達じゃ敵いそうもないわね」
「少なくても今のままじゃ勝ち目は無いと言い切ってもいいと思います」
縛られたまま転がされている3人が口々に言う。
モニター上の戦闘がカノンレンジャーの敗走で終了し、ぷっつりと消えてから留美が5人を振り返った。
「さてここであんた達に質問だけど……一体何が負けた理由だと思う?」
「何だろうね?」
「前回のことを考えれば十分勝てるはずなんですが」
「それじゃさっきもまた一台ジープ潰せば勝てたんじゃない?」
「う〜ん……何だろう?」
「………さぁ?」
5人の返答を聞いて留美は思わず頭を抱えていた。これが副司令の秋子だったらすかさずオペレーターズの励ましが入るところなんだろうが生憎留美はそこまで人気がないようだ。
「あんた達ねぇ……」
ピクピクとこめかみを震えさせながら、絞り出すような声を出す留美。
「もうちょっと建設的な意見はないの、建設的な意見は!」
「建設的な意見と言われても……」
困ったような声をあげたのは栞だ。
「……う〜ん……」
首を傾げて考え込む名雪。
「……やっぱり攻撃力不足じゃないかな?」
少しの間考えた後、あゆがそう言った。
「前回もそうだったけど、今のボク達の装備じゃ戦闘員は倒せても怪人とかはなかなか倒せないんだよ」
そう言うあゆの横で舞がうんうんと頷いている。
「……それは装備部に報告しておくわ。それと今度、あんた達に共通の装備品が出来たから次の時から忘れないようにしてね。で、他には?」
「他……?」
「そうよ。装備の所為以外にも何か無い?」
「それ以外ですか……?」
「それ以外ねぇ……」
揃って首を傾げる栞と真琴。
「あ〜……もしかしてあれかな?」
不意に名雪が声をあげた。
思わず皆が名雪の方を見る。
「あ、あの、そんな大したことじゃないと思うよ?」
そう前置きしてから、
「あのね、わたし達って、ほら、寄せ集めだし、まだそれほど訓練とかちゃんとやってないから……」
「……チームワーク?」
「そう、そのチームワークが足りないんじゃないかって思って」
ぽつりと呟いた舞の言葉に大きく頷き、名雪は留美の方を見る。
「そうね、確かにチームワークは足りないわね、圧倒的に。でもまぁ、あんた達って元々知り合いなんだしある意味ライバル関係でもあるんだからその辺については大丈夫だと思うわよ」
そう言うと留美は一冊のノートを取りだした。どうやらある回答を望んでいたようだったが、何時になったら望む回答が出て来るやら怪しいので自分で言う気になったようだ。
「これは我らが特別作戦部の主任がわざわざあんた達の為に用意していたものよ」
ノートを5人に向かって突き出す留美。その表紙には「カノンレンジャー必殺技考」と書かれてある。
「主任って確かボク達の直属の上司になる人だよね?」
「そう言えばそう言うのがいるって聞いてたけど」
「でも実際にどう言った人なのかは解らないんですよね」
縛り上げられた上に転がされている3人が小声でぼそぼそ話しているが、留美はそれをあえて無視して続けた。
「このノートには主任があんた達の為に考えに考えた必殺技のプランが色々と書かれているわ。今日からあんた達にはこの中の一つをマスターしてもらう為に特訓をしてもらうからね」
「え〜」
「また特訓〜?」
「もう懲り懲りですぅ〜」
そんな声が聞こえてくるがやっぱり無視する留美。いちいち相手にしていたら話が進まなくなることを彼女はよく知っている。それにこの連中の文句はいつものことだ。
「それじゃ早速始めるわよ! トレーニングウェアに着替えたらすぐに訓練場に集合!」
そう言って留美はさっと立ち上がり、司令室から出ていった。
少しの間呆然としていた名雪と舞だったが、やがて互いに頷き合い、司令室から出ていく。どうやらこの二人は真面目に特訓を受ける気があるようだった。
「……あう〜、どうせなら解いていってよぉ〜……」
真琴の呟きにうんうんと頷いているあゆと栞。
とりあえず誰も彼女たちを助けようとしないところがまた何と言うか……こんな事でいいのだろうか。

<とあるビルの屋上 17:03PM>
夕暮れの街を見下ろしながら要塞艦ヴェルドリンガの誇る5大軍団の一つ、機甲兵団団長・猛将軍クイーバは全身機械のボディを夕日に輝かせながら何処で手に入れたのか、高級そうな葉巻を美味そうに噴かせていた。
「あら、随分と余裕たっぷりのようね、猛将軍様?」
からかうようにそう言いながらクイーバの背後に妖艶な美女が音も無く姿を現した。肌も露わな妖艶なボディスーツに身を包み、顔の半分を仮面で隠した美女。要塞艦ヴェルドリンガの誇る5大軍団の一つ、傭兵師団主将・姫将軍リオカーである。
「私があげた情報、実際どうだったのか教えてくれてもいいんじゃなぁい?」
そう言ってクイーバの背にしなだれかかるリオカー。
だが、クイーバはそんなリオカーをちらりと一瞥すると一歩前に出てリオカーと少し距離を取った。その所為でリオカーは少しつんのめってしまう。
「ちょっと!」
「……確かにお前の情報の通りだった……あの小娘共、俺の部下、ドルパオレの前に手も足も出なかった」
クイーバがあまり面白くも無さそうに言った。
「フフ、やっぱり……この前の戦いであの小娘達が見せたあの無様な戦いっぷり……どうやら本物のようね」
クイーバとは対照的に嬉しそうに言うリオカー。
どうやら彼女は前回の星獣人ラリリゴとカノンレンジャー達の戦いを何処かからか見ていたらしい。そして確信したのだ。カノンレンジャーの5人は全くの素人である上にその攻撃力は非常に貧弱であると言うことを。
自らの目で得たこの情報をわざわざクイーバに流したのは更に確信を深めたかったに他ならない。それに自分の配下である傭兵師団は基本的に全て雇われ者。わざわざ雇った傭兵にその様な実験的なことをさせるのはもったいない。その点、クイーバの部下である機甲兵団ならば防御力もかなりある。多少攻撃を受けたところでそう簡単にやられはしない。その計算があった上のことである。
「……気にいらんな。わざわざそれを確かめる為に俺の部下を使ったのか?」
多少の苛立ちを込めてクイーバがそう言う。
「あら? 怒ったの? 冷静沈着、クールなのがウリの猛将軍様ともあろう御方が?」
やはりからかうような口調でリオカーが言った。少しもクイーバなど恐れていない。いや、彼女にすれば同じ5大軍団のリーダーはからかいの対象でしかないのかも知れない。
「……フン」
クイーバはつまらなさそうに沈んでいく夕日を見やりながらまた葉巻を噴かせる。
「……まぁいい。カノンレンジャーを倒せばその手柄は俺のものだからな」
「そうそう、そう言うこと。じゃ、頑張ってね、猛将軍様」
リオカーはそう言うと、ウインクしてから姿を消していった。
クイーバはリオカーが消えた辺りをちらりと振り返り、鼻を鳴らす。
「フン……何を考えているか……気にいらん女だ……」
そう呟き、また葉巻をふかすクイーバだった。

<カノンベース訓練場 19:45PM>
ばしっ! びしっ! がしっ!
カノンベースの中に設えられてある室内訓練場に響く何かの音。
「ほら、さっさと立つ!」
ネットの向こう側に脚立を置き、その上に立っている留美が何故かバレーボールを片手に怒鳴り声をあげる。彼女の眼下には何故か体操服を着たあゆ達が倒れ込んでいた。
「こんな事で今度の敵を倒せると思ってるの!?」
「多分こんな特訓しても勝てないと思いますぅ……」
そう言ったのは例によって死にかけの栞だ。カノンレンジャーの5人の中で栞の体力の無さは圧倒的である。まぁ、病弱と言うこともあるのだが。
「だいたい相手は戦車のような奴ですよぉ……バレーボールの特訓して何の意味がぁ……」
それだけ言いきるとばたりと力つきる栞。
「フッフッフ……この特訓にどう言う意味があるか……それはこのノートを見れば一目瞭然ッ!!」
自信たっぷりに留美がそう言って着ていたジャージのポケットに突っ込んでいたノートを取り出す。先程司令室で5人に見せたあの「カノンレンジャー必殺技考」と表紙に書かれたノートであることはすぐに解った。ノートを開けるとぱらぱらとページをめくり、とあるページを見つけるとそこを開いて倒れている5人に向かって突き付けた。
「……?」
何とか顔を上げて開かれたノートを見る5人。
そこにはあまり綺麗でもない字で何かびっしりと書き込まれている。イラストもついており、なかなか親切な感じの必殺技のアイデアのようであった。ページの最上段にはわざわざ赤ペンで『必殺技No.18! カノンレンジャーボール!!』と書いてあった。
「か、カノンレンジャーボール……?」
わざわざ口に出してそう言ったのは名雪である。
「……何つーべたな技……」
呆れ返ったように真琴が言い、がくりと首を垂れた。
カノンレンジャーボール……ノートの解説によると5人が必殺の威力を持ったボールを次々と連携させていき、最後には敵にぶつけて敵を倒すと言う、まぁ何と言うか戦隊ものとして基本的な必殺技である。しかしながら、この技は5人の連携力がそこそこ無いと全く機能しないと言う弱点があった。
留美はこれを見て何かを確信したらしく、今、この5人に特訓を施しているのである。何故かバレーボールの。
「さぁ、早く立って! 敵は待ってくれないのよ!」
確かに留美の言う通り、敵はわざわざカノンレンジャーが必殺技の特訓をしており、その完成を待ってくれる程親切でも悠長でもないだろう。と言うことは一刻も早くこの必殺技カノンレンジャーボールを完成させなければならないのだが。
留美の叱咤にもかかわらず5人は誰も立ち上がれなかった。
「何やってんの! 早く立ちなさいっ!」
「あ、あの……」
弱々しい声であゆが顔を上げる。
「何?」
厳しい声で問いただす留美。
「さ、流石にそれはちょっと無茶が……」
そう言ってあゆが指さしたのは留美の隣に置かれてあるバレーボール用の射出装置であった。ボールをセットすると自動的に打ち出してくれるという素晴らしい装置である。問題は打ち出す速度は半端では無いと言うことだろうか。
これには流石の舞や名雪、運動神経だけはいい真琴もあっさりダウンしてしまったのだ。
「………仕方ないわね。少し休憩しましょうか」
そう言って留美は脚立の上から降りた。そして倒れている5人には目もくれず室内訓練場から出ていく。結構容赦無い彼女であった。
「……あう〜……こんなので本当に大丈夫なの?」
ころりと身体を反転させ、天井を向いた真琴がそう呟いた。
「只あれから発射されるボールを受けるだけの特訓なんて……」
「確かに意味無いと思いますが……」
わざわざ答えたのは先程力尽きたはずの栞であった。体力は無いが、その分回復力は高いらしい。
「そうだよ。あのノート、見た感じじゃボク達が上手くボールをつなげていけばいいだけじゃないかな?」
「それじゃちょっとやってみる?」
あゆに続けて名雪がそう言い、皆のろのろと立ち上がる。
落ちているボールを拾い、まず名雪がぽーんとあゆに向かって手でボールを叩いた。
自分に向かってきたボールを打ち返そうとして、見事に顔面でボールを受け止めてしまうあゆ。あゆの顔面から落ちコートの上をぽんぽんと転がるボール。それを呆然と見守る他の4人。硬直しているあゆ。
「………………も、問題外?」
しばらくの沈黙を破ってそう言ったのは真琴だった。そう言ってから腹を抱えて笑い出す。勿論、呆然としたまま硬直しているあゆを指さすことは忘れない。
「きゃはははははははははっ!! 何なのよ、あゆ! あんた、それでよくもまぁさっきみたいなこと言えたものね!!」
「う、うぐぅ……そう言うなら真琴ちゃんもやってみればいいじゃないかぁっ!」
自分を思いきり笑っている真琴に向かってあゆは足下に転がっていたボールを拾い、すかさず投げつけた。だが、それは真琴ではなく、その側にいた舞の顔面に見事に命中してしまう。普段の彼女ならば飛んでくるボールなど簡単にかわせるのだが、今は相当疲れている上にかなり予想外だったのでかわすことが出来なかった。
「あ……」
「あ……」
突然のことに思わず名雪、栞の二人が口元を抑えて同じ事を言ってしまう。
真琴に至っては笑うのをやめて、あゆと同じく顔面を引きつらせた。
ぽんぽんとコートの上を跳ねているボールを舞は無言で拾い上げた。そして、全くの無表情でそのボールを、しかし、思い切りあゆに向かって投げ返す。
「うぐぅっ!!」
物凄い勢いで飛んできたボールを思わず両手でガードしてしまうあゆ。彼女の手で跳ね返ったボールが今度はあゆの横にいた栞の横っ面を直撃、すこーんと言う感じで倒れる彼女。
「うぐぅっ!?」
「……!?」
思わず硬直してしまったのはあゆと舞。真琴もげげっと言う顔をしていたし、名雪も驚いている。
そんな4人の前でゆっくりとまるでゾンビのように起きあがる栞。
「フフ……フフフ……フフフフフッ!!」
不気味な笑い声をあげながらやっぱり転がっているボールを拾い上げ、それを何故か真琴に向かって投げつけた。
「あう〜っ! 何で真琴なのよぉっ!!」
慌ててそのボールをかわす真琴だが、栞は次から次へとボールを投げてくる。もはや相手は誰でも良いようだ。真琴だけではなく、あゆ、舞、名雪の方にまで。
「わわわっ!」
「うぐぅ!?」
「……!!」
「フフフフフフフフフッ!!」
狂ったような笑い声をあげながら栞は手当たり次第にボールを拾い上げ、それを投げつけていく。
「何で真琴がこんな目に遭わないといけないのよっ!!」
栞が投げてくるボールをかわしながら、今まで募らせていたイライラを爆発させた真琴は投げてきたボールを受け止めるとそれを思い切り投げ返した。
「うにゅっ!?」
真琴が投げ返したボールは何故か真琴のすぐ後ろにいた名雪の顔面に命中、豪快にひっくり返る名雪。
「あうっ!?」
これには真琴も驚いた。別に名雪に当てる気は全く無かった。当てるなら栞だろう。だが現実に名雪にぶつけてしまった。何か物凄く嫌な予感がする。
「……まぁこぉとぉ……」
そう言いながらゆらりと起きあがる名雪。顔はにこやかに、でも、目は少しも笑っていない。これは激しく怒っている、そう感じた真琴が慌てて逃げ出そうとするとその後頭部めがけて名雪が思いきりボールをぶつけてきた。
「あうっ!!」
後頭部にボールをぶつけられて前につんのめる真琴。そして、そこにいた舞に思い切りぶつかり、二人はもつれ合って倒れてしまう。
「こ、この、よくもやってくれたわねっ!」
そう言って起きあがった真琴が振り返ると、そこに栞の投げたボールが見事に命中した。
ばたりと舞の上に倒れる真琴。
そんな真琴を強引にどかせると舞は例によって無言で立ち上がり、ボールを拾い上げた。そしてそのボールを名雪に向かって投げつける。
「甘いよ、舞さんっ!」
そう言って舞の投げたボールをレシーブする名雪。だが、浮き上がったそのボールに向かって舞がジャンプ、見事なスパイクを決め、何故かあゆを撃沈する。
「フフフフフッ!」
未だ不気味な笑い声をあげ続け、ボールを問答無用に投げ続ける栞。
何故か真剣な眼差しで睨み合い、対峙する名雪と舞。

それから5分後、室内訓練場に戻ってきた留美が見たのは出ていった時とは違う場所で倒れている5人の姿だった。その5人の周りにはボールが幾つも転がっている。
何があったか、だいたいの予想がついた留美は思わず頭を抱えてため息をついていた。
「はぁぁぁ……こんな事で大丈夫なの、本当に?」
多分大丈夫じゃないだろう。
ところで留美は気付いていなかったのだが、先程彼女が5人に見せたページにはまだ続きがあった。その次のページには必殺技カノンレンジャーボールで使用するボールのことを詳細に書いてあったのだが、その一番最後に小さい字で「あの連中にチームワークを求めるのは無理と言う気がするのでこの技は没」と書かれてあった。その一文を留美は見事に見逃していたのだった。

<市街地 10:28AM>
人々が忙しそうに立ち回っているとある市街地。
その上空に突如眩い光の球が出現、ゆっくりと降下してきた。
皆、突如現れた光球に何事かと上を見上げている。しかしながら、皆、上を見上げながら何となく嫌な予感に捕らわれている。これから何か悪いことが起きるような、そんな気が。
光球が地面に降り立つ。それはもうゆっくりと。見ている方が苛々するくらい。光球が地面に降り立ったのを見て思わず周囲から拍手が送られてしまう。おそらくだが、光球が現れてから地面に降り立つまで10分はかかっていたのではないだろうか。やっと降り立ったという安堵と無事に降り立ってくれたという、何と言うか子供が立ち上がるのを見つめている親みたいな気分を味わっているのかも知れない。
と、光球の中からにゅっと何かが飛び出してきた。それはまるで大砲、戦車砲の砲身のような細長いもの。それに続いてキャラキャラとキャタピラの音を響かせながら光球の中からぬっと姿を現したのは要塞艦ヴェルドリンガの誇る5大軍団の一つ、機甲兵団の戦闘ロボット、ドルパオレだった。
「うわぁぁぁっ!!」
「きゃああっ!!」
突如現れた戦車みたいな怪ロボットに悲鳴を上げて逃げ出す人々。
ドルパオレはそんな逃げまどう人々に向かって頭部の戦車砲を向けると一発ぶっ放した。
発射された砲弾が着弾、爆発して炎が上がる。爆風に人々が吹き飛ばされる。一瞬にしてそこは戦場と化した。
上がる炎と人々の悲鳴に気をよくしたのか、ドルパオレは次々と砲弾を発射、その直撃を受けた車が爆発し、商店の入り口が吹っ飛ばされ、またしても人々が吹っ飛ばされていく。
さながらそこは戦場。
あっと言う間に地獄絵図が展開される。
だが、そこに来るべき助けは……なかなか来なかった。

<カノンベース 10:35AM>
市街地にドルパオレが出現、無差別砲撃を開始して周囲に大被害が出ていると言う報告はすぐにカノンベースにもたらされていた。
「市街地に敵出現! 直ちに……ってあれ?」
オペレーターズの一人が報告しようと振り返るがそこには誰もいなかった。本来ならばそこにはカノンベースの総責任者であるISDO特別作戦部の主任がいるはずなのだが彼は未だ入院中で赴任すらしていない。その代理をしているはずの七瀬留美もこの司令室には居らず、更には実戦部隊であるカノンレンジャーの5人もいない。
敵が出現したと言う報告があるとすぐさまカノンベース内に緊急警報が鳴らされ、司令官以下実戦部隊の者はこの司令室に集合することになっている。これは当たり前と言えば当たり前のことなのだが、今は本当にここに来なければならない人物達は誰一人ここに来ていなかった。
「……えっと?」
首を傾げる彼女に、隣にいた別のオペレーターがあるモニターを指さした。
このカノンベースの司令室には常時3人のオペレーターがいる。勿論交代制で数名が担当しているのだが今いるのは秋子副司令の大ファンである3人であった。だからかどうかは解らないが、この3人は特にカノンレンジャーの5人を嫌っている。何しろ彼女たちにとっては憧れの副司令を困られるとんでもない連中と言う認識しかないからだ。その所為か、モニターを指さしたオペレーターは苦虫をかみつぶしたような渋面であった。更に彼女の奧にいるもう一人は呆れ返ったようにため息をついている。そのモニターには昨日から特訓が行われているはずの室内訓練場が映し出されていた。

<カノンベース室内訓練場 10:36AM>
室内訓練場内は悲惨な様相を呈していた。
あちこちに転がっているボール、その中に倒れ伏しているカノンレンジャーの5人、壁にもたれて荒い息をついている留美。ちなみに彼女の手には鬼教官に付き物の竹刀が握られていたが、その竹刀も何故か折れ曲がっていた。
「は、始めて見たわ……ここまでダメな連中……」
そう言って壁に手をつきながら立ち上がる留美。
流石に徹夜で特訓していたのでその顔には疲労の色が濃い。と言うかもはやボロボロと言っても過言ではない。それは倒れ伏している5人も同様だった。中でも栞は半ば魂が抜けかかっているような状況だ。
「ほ、ほら! 立ちなさい! もう一回やるわよっ!」
そう怒鳴ってみるが誰も起きようとしない。
特訓がイヤで起きあがらないのか、それとも本当に気を失ってしまっているのか、はたまた単純に夜を徹した特訓に疲れ果てて眠ってしまっているのか。そんな事はどうでもいい。今は一刻を争う時。何時また敵が襲い来るのか解らない以上、一刻も早く必殺技カノンレンジャーボールを完成させなければならないのだ。そう言う使命感に留美は燃えまくっていた。
と、そこに司令室からの通信が入ってきた。
『市街地に敵出現、反応から前の奴と同じ奴です! カノンレンジャーは直ちに出動願います!』
それを聞いた留美がスピーカーの方を見上げ、チッと舌打ちする。
「……まずいわね……まだ特訓は終わってないし、と言うか、全く完成する見込みも無さそうだし……」
そう呟いてから彼女は壁に設置されているインターホンを手に取った。かけた先は勿論司令室だ。オペレーターズの一人がそれを受け取る。
『はい、司令室です』
「私よ。今はまだ出動出来ないわ」
『……特訓のやりすぎですか?』
「それもあるけど、まだその特訓が全く完成してないの! いいから少しでも時間を稼ぐように言って頂戴!」
『言って頂戴って一体何処に言えって言うんですか?』
「警察でも自衛隊でも防衛軍でもISDOの警備部でも何処だっていいわよ! 今は少しでもいいから時間が欲しいの! この連中に……少しでも見込みが見られるまで……」
言いながら何となくその見込みは一体いつ見られるのかと不安に駆られていく留美。相手にもその不安は何となく伝わったのだろう、少し不憫そうな声で返してきた。
『……大変ですね、七瀬さんも。解りました、とりあえず何とか時間を稼いでみます。えっとどれくらい必要ですか?』
「……2時間……いえ、1時間でいいわ。まぁ、本当なら1日は欲しいけど何とかやってみせる!」
『……頑張ってくださいね。1時間たったらまた連絡します』
「お願いするわ」
そう言ってインターホンを壁に戻した留美はまだ倒れている5人の側に歩み寄っていった。そして思い切り声を張り上げる。
「いい、また敵が現れたわ! 今度は何の罪もない人が襲われてるのよ! あいつらを倒せるのはあんた達だけ! でも今はまだ無理! だから一刻も早くカノンレンジャーボールを完成させるわよっ!!」
流石にこの声は響いたのだろう、舞が、あゆが、真琴がのろのろと身体を起こした。だが、魂の抜けかかっている栞と何故か名雪が起きあがらない。
「ちょっと、そこの二人! 早く起きて!!」
留美がそう言って折れ曲がった竹刀を床に叩きつけるが、それでも二人は起きあがらない。
まぁ、栞は魂が抜けかかっているので仕方ないかも知れないが一体名雪はどうしたのか。
「ねーねー、真琴ちゃん。もしかしたら名雪さん……」
「ええ、多分そうだと思うわよ、真琴も……」
留美には聞こえない程小さな声であゆ、真琴、そして舞が無言で頷き合った。この3人には解っているのだ。おそらく名雪は完全に夢の世界に没入しているであろう事が。元々普通の人以上によく寝る名雪である。一説によれば一日12時間は寝ないとダメだとか言われている彼女が昨夜は特訓の為に徹夜している。きっと限界を突破してしまったのだろう。
一度眠ってしまった名雪を起こすのは並大抵のことではない。それをよく知っているあゆ、真琴はこれ幸いとその場に座り込むのであった。
「こら、名雪! 栞も! 早く起きなさいってば!!」
留美の必死な声だけが室内訓練場に響き渡るのであった。

<市街地 11:04AM>
市街地では未だドルパオレによる攻撃が続けられていた。
戦車砲が火を噴き、爆発が次々と巻き起こる。その被害はかなりのものだ。完全復興するまで時間がかかるだろうし、その被害総額はかなりの額になるだろう。いや、そう言う問題ではない。
カノンベースからの要請を受けたISDO警備部の面々が警察と協力してドルパオレに攻撃を加えているが、全く通じている様子すらなかった。勿論、彼らの持っている装備はごく通常のものしかない。警察は拳銃、ISDO警備部も精々ショットガン程度だ。これが自衛隊ならアサルトライフルやらロケット砲などあるのかも知れないが、自衛隊だと出動要請から実際に出動するまで時間がかかりすぎる。防衛軍だと尚更だ。と言うことでほとんど役に立っていない警察とISDO警備部の面々は一般人と共に吹っ飛ばされたり、逃げまどうのみであった。
「……つまらんな……」
とあるビルの屋上からその様子を見下ろしているクイーバがそう呟き、ふーと煙を吹き出した。その手にはいつもの通り、葉巻がある。視線は地上、快進撃を続ける部下のドルパオレに少しは喜んでもいいものだが、クイーバは心底つまらなさそうにそれを見つめている。
「すぐに出てくると思ったが……逃げたか、小娘共」
そう言って手に持っていた葉巻を捨て、足で踏み消す。
「このまま地上を蹂躙するのも……まぁ、悪くないかもな」
「果たしてそう上手くいくかしら?」
後ろから聞こえてきた声にクイーバは素早く振り返り、腰のホルスターに入っていたハンドガンを引き抜いて構えた。
「やだ、こわ〜い」
茶化したようにそう言ってハンドガンの銃身に手を添え銃口を逸らしたのはリオカーだ。例によって何時現れたのか、クイーバにすらその気配を察知させなかったのは見事と言うほか無い。妖艶な笑みを浮かべながらリオカーはクイーバにしなだれかかる。
「きっとあの子達、来るわよぉ……多分パワーアップしてね」
「ほう……その根拠は何だ?」
「だってそう言うものじゃない。一度負けたら次はパワーアップしてくるって言うの」
「……つまらん」
クイーバはそう言うと自分にもたれかかっているリオカーを押しのけた。
「だが……そうであるなら楽しみだ。奴ら、どれだけ強くなっているか……見物だな」
そう言ったクイーバが何処か楽しそうだと、後ろ姿を見ながらリオカーは思い、ニヤリと笑みを浮かべる。
自分達の地球侵略の障害になるであろうカノンレンジャー。その実力を計り、何時か必殺の罠を仕掛ける。それがリオカーの目的であった。その為ならば他の軍団を利用出来るだけ利用してやろう。カノンレンジャーの抹殺、そして地球侵略の手柄はこの私のものだ。
リオカーが口元に邪悪な笑みを浮かべていたが、クイーバはそれに気付くことはなかった。

<カノンベース室内訓練場 11:32AM>
「行くよ、舞さんっ!」
そう言って名雪が飛んできたボールをレシーブする。
「………っ!」
ぽーんと跳ね上がったボールに向かってジャンプする舞。そしてそのボールをあゆに向かって打ち下ろす。
「う、うぐぅっ!」
打ち下ろされたボールに向かってダッシュするあゆ。走りながらこのボールをスパイクして敵にぶつけるのが彼女の役割である。
だが。
「うぐっ!?」
思い切り足をもつれさせてあゆが転倒した。その頭上に舞が打ち下ろしたボールが直撃するのを見て、留美はまたため息をつく。それは他の4人も同様だった。真琴ですら笑うことなくガックリと肩を落とし、ため息をついている。
「う、うぐぅ……」
ボールの直撃を受けた頭を抑えながらあゆが起きあがった。周囲から聞こえてくるため息を耳に、力無い笑みを浮かべてみる。
「あはは……また失敗しちゃった……」
「…………はぁ…………」
そんなあゆを見た留美がまた大きく、わざとらしい程聞こえるようにため息をついた。
「あ、あの、七瀬さん」
恐る恐ると言った感じで留美に声をかけたのは名雪だった。
「何、名雪?」
留美が名雪の方を振り返る。
「えっと……あゆちゃんにはちょっと可哀想だけど、この際、あゆちゃん抜きでやったらどうかな? 一応栞ちゃんから舞さんまでは繋がるんだし」
「……そうねぇ……」
名雪の提案に留美は腕を組んで考え始めた。
カノンレンジャーボールの起点は栞からである。栞から真琴、名雪、そして舞へとボールを連携させていき、あゆが最後に相手にぶつける役なのだが、先程からやっている訓練で何故か最後のあゆだけが失敗を続けているのだった。
勿論初めのうちはなかなか繋がらなかったのだが、全く運動神経を必要としない栞、運動神経だけは物凄い真琴、それなりに動ける名雪、舞の辺りまではすぐにボールを繋いでいけることが出来た。問題は一番最後、敵にボールをぶつけるという重要な役目を任されたあゆである。栞程ではないにしろあゆもなかなか運動神経に関しては鈍い方である。その所為か、先程から何度となく失敗を繰り返しており、皆ほとほと呆れ果てていたらしい。しかしながらまさか名雪からああ言う提案が出るとはあゆも思っていなかったし、それはそれでもの凄くショックだった。
「……うぐぅ」
涙目になって留美の様子を伺うと、腕組みをして考え込んでいた彼女が首を左右に振るのが見えた。
「ダメね。それはそれで物凄く魅力的な提案だけど」
「うぐぅ……フォローされてないよ……」
「この技は5人連携して始めて成り立つ技よ。一人一人のエネルギーが注入されてやっと敵を倒すだけの攻撃力を得ることが出来るの。だから一人欠けてもダメ」
そう言って留美が5人を見回した。
そんなところに再び司令室からの通信が飛び込んできた。
『七瀬教官、約束の時間は過ぎています! カノンレンジャー、出撃願います!!』
スピーカーから聞こえてくるオペレーターのやや焦り気味の声。おそらくは何度となく出動要請が来ていたのだろう。そしてそれを何とか押し止めていてくれたのだろうが、もう限界らしい。まぁ、留美が1時間だけくれと言ったのが原因なのだが。
「……仕方ないわね。カノンレンジャーボールはだいたい7割方は完成しているとして、あんた達、出動よ!」
「……7割も完成してないと思うけど」
「多分最後の詰めの一番大事な部分が完全に出来上がっていませんしね〜」
ビシッと出口を指さす留美の後ろでぼそぼそ言い合っている真琴と栞、更にその横では舞がうんうんと頷いていた。その二人の後ろではまたあゆが泣きそうになっている。
「あんた達ねぇ……」
いつまで経っても動き出そうとしない5人に留美が青筋を立てながら振り返った。
「だってこのままじゃ多分勝てないと思いますし……」
恐る恐る栞がそう言うと留美は額に指を当ててため息をついた。そして、さっと顔を上げると5人に向かってビシッと指を突き付ける。
「やるだけのことはやったわ! 後は愛と勇気と根性よ!」
「…………?」
思わずきょとんとなる5人。
「愛と」
「勇気と」
「根性ですか?」
名雪、真琴、栞の順で留美に問いかけると留美は満足げに頷いた。
「そうよ! 努力は必ず実る! そう信じなさい!」
そんなもので上手くいけば誰だって苦労はしない。そう思う5人だが、何となくそれを口に出すと留美が激しく機嫌を損ねそうなので誰も口にはしなかった。
「と、とりあえず行こうか?」
「そ、そうですね、街の人達を助けないといけませんし」
「そ、それじゃしゅっぱ〜つ」
何ともぎこちない口調でそう言い、5人がゾロゾロと訓練場から出ていく。
その様子を見ながら留美は本当に大丈夫なのかどうか物凄く不安に駆られるのであった。
「でもまぁ……何とかなるか、多分」
いや、案外楽観的であった。

<市街地 11:54AM>
今だ暴れ続けるドルパオレ。
もはや街の損害はかなりのものである。と言うか半径滅状態にほど近かった。それもこれも全てはカノンレンジャーの5人が必殺技の特訓をしていた所為であるのだが、そんな事を知る一般人はいないし、駆り出された警察やらISDO警備部の人間もそれを知らなかった。だから多分今回の被害の請求はカノンベースに回されることはないだろう。
それはともかく街はドルパオレによって蹂躙され尽くされかけていた。
キャタピラをキュラキュラ言わせながら破壊された街を進むドルパオレ。
と、その時である。
けたたましい音をたてて一台のジープがそこに現れた。
そのジープは明らかに暴走しているようで、物凄い勢いでドルパオレに向かって突っ込んでいく。
自分に向かって突っ込んでくるジープを認識したドルパオレはすかさず戦車砲をそのジープに向けて発射した。だが、ジープは上手く蛇行して直撃をかわしてしまう。その動きは全くの偶然だったが、その後もドルパオレが発射する戦車砲をことごとくかわしてしまっていた。そしてジープはドルパオレに正面から衝突してようやく停止した。
ジープのボンネットが開き、煙が吹き上がる中、ジープの中からふらふらと栞、真琴、名雪、あゆが降りてきた。
「す、凄かったね」
「まさかまたやるとは思わなかったわよ……」
「く、車の免許、誰か取りましょうよ……」
「う、うぐぅ……」
そんな5人の台詞を聞きながら舞が運転席から降りてくる。他の4人と違って彼女だけは平然としている。
「大丈夫、この間から教習所行ってるから」
舞のその言葉に4人が一斉に彼女の方を見た。
「ほ、本当ですか、舞さん!?」
栞が代表して尋ねると舞は心外なと言わんばかりに頬を膨らませながらもこくりと頷いた。
「な、何と言う命知らずな教習所……」
「教習所の教官が可哀想だわ……」
栞、真琴が舞に聞こえないように呟く。
そんな5人のすぐ後ろでジープをぶつけられたままのドルパオレが手を伸ばして自分に衝突したジープをゆっくりとだが持ち上げていた。徐々にその高さを上げていき、ついには頭上にまで持ち上げてしまう。
「……もう、遅いですよ」
ちらりとジープを持ち上げたドルパオレを見て栞が呟いた。その一言が合図であったかのように一斉に走り出す5人。
いきなりのことで対応しきれなかったドルパオレを尻目に十分離れたと判断した栞が手に持った装置のボタンを押す。次の瞬間、ドルパオレが持ち上げていたジープが大爆発を起こした。どうやら前もって爆弾を仕掛けておいたらしい。しかもジープの燃料に引火して物凄い爆発になってしまい、十分離れたと思っていた栞達5人も爆風に吹っ飛ばされてしまった。
「や、やった!?」
爆風にころころ転がりながらも真琴がそう言って爆発の中心、ドルパオレの方を見る。
爆発時の炎と煙でその姿は見えないが、あれだけの爆発を間近で受けたのだ、ダメージが零と言うことはあり得ないだろう。いや、ダメージがないと困る。必殺技、カノンレンジャーボールに物凄い不安が残る以上、ここでダメージを与えられなかったらお終いだという気がするからだ。
そんな真琴の期待を裏切るかのようにキュラキュラと言うキャタピラの回る音が聞こえてくる。次いで、黒煙の中からドルパオレがそのボディにちらちらと炎を纏わせながら姿を現した。ボディに少し焼き焦げがあるようだが、それがダメージと言っていいものかどうかは微妙だった。おそらくは無傷、ノーダメージ。
「……チッ」
舌打ちしたのはジープに爆弾作戦を考えついた栞であった。
「こうなったら普通にやるしかありませんね」
「ううう………何か悪役みたいだよぉ……」
涙目のあゆがそう言って立ち上がる。
素早く左手首に装着したブレスレットを構える5人。
「ミラクルチェンジャー、セットオン!」
同時に叫び、ブレスレットのボタンを押す。次の瞬間ブレスレットが光り輝き、その光の中、5人の身体を強化スーツが覆っていった。
「カノンレッド!!」
「カノンブルー!!」
「カノンイエロー!!」
「カノンピンク!!」
「カノンパープル!」
5人が並んで名乗りを上げる。
「天から降り立った5つの希望!!」
バッと5人が揃って右手を天に向かって突き上げる。
「奇蹟戦隊!! カノンレンジャー!!」
5人の声が揃い、一斉にポーズを取る。その背後でタイミングよく爆発が起こった。まるで誰かがタイミングを計っていたかのように。
その様子を近くのビルの屋上からクイーバが見下ろしていた。
「遂に来たか、カノンレンジャー……見せて貰うぞ、お前らの本当の力を」
そう言ってくわえた葉巻を手に持ち、上手そうに煙を吹き出す。
地上では手に共通装備であるカノンブレイダーを持った5人が猛然とドルパオレに向かっていっては弾き飛ばされていた。
カノンブレイダーはカノンファイヤーが使用していたマグナセイバーを元に開発されたもので、元となったマグナセイバーと同じくガンモード、ソードモードと言う二つの機能を有している。今回、5人は何故か5人ともソードモードにして果敢にも突っ込んでいっているのだが、相手は装甲の厚さにかけては機甲兵団随一を誇るドルパオレである。明らかに使用方法を間違っていた。
「うぐぅ……全然効かない」
カノンレッドがどうやっても弾き返されるカノンブレイダーを見て呟いた。
「全く、装備部の連中は何やってるのよ! 全然役に立たないじゃない!!」
憤慨しているのはカノンイエローだ。
「これならこっちの方がマシよ! バニシングクロウ!!」
カノンイエローはそう言うとカノンブレイダーを戻し、手に専用武器のバニシングクロウを装着した。そして猛然と、まるで野獣のような勢いでドルパオレに向かっていく。
「………そもそもですね」
既に地面に倒れ伏しているカノンピンクがそう言って顔を上げた。彼女の視線の先では突っ込んでいったカノンイエローがまた弾き飛ばされている。
「あゆさんのバスターライフルで無傷だった相手です。この武器で倒せる訳がないと思いますが?」
「そう言うことはもっと早く言いなさいよ!」
カノンピンクのすぐ側まで吹っ飛ばされてきたカノンイエローが苛々を押し殺してそう言う。
その間もカノンブルーが、カノンパープルが攻撃を仕掛けては逆に吹っ飛ばされていた。
「……ここはあれですね」
「何よ」
「一か八かやってみましょう、あれを」
「あれって……まさか?」
「そのまさかです」
はっきりとそう言いきり、カノンピンクが起きあがった。
「ま、待ちなさいよ! あれってまだ全然一回も成功してないのよ! こんなところでいきなりやって成功するとでも……」
そう言ってカノンイエローがカノンピンクに詰め寄るがカノンピンクはピッと指をつきだし、左右に振って見せた。
「こんな時だからこそ、です。真琴さん、こう言うどうしようもない状況、これを打破するにはどうすればいいか解りますか?」
「へ?」
「こう言う時にこそ、今まで一度も成功していなかった技をやると成功するものなんです……そう、その場の勢いで!」
ギュッと拳を握りしめ、力説するカノンピンク。
「と言うかここで成功しなかったらこの技の存在意義が無くなります! だから絶対に成功するんです! 教官も言っていたじゃありませんか! 努力は実る、愛と勇気とその場のノリで!」
「そ、そうだっけ?」
何か違うような気もしないでもないが、カノンピンクの異様なまでの力の込めように思わず納得してしまうカノンイエロー。
「と言うことでやりましょう、カノンレンジャーボールを!」
カノンピンクのその一言に今までドルパオレの相手をしていたカノンブルー、カノンパープルが振り返った。そして勿論、カノンレッドも。
「や、やるの、あれ?」
自信なさげにそう言ったのはカノンブルー。やはり今まで一度も成功していないからか、物凄く不安そうだ。
「……一か八か……かけてみる」
そう言ったのはカノンパープル。現状ではどうにもならない。専用武器のバニティリッパーもあの装甲の前には形無しだ。それなら必殺の威力を持っているらしいカノンレンジャーボールに賭けてみるのも悪い選択肢ではない。
「あゆさん! やりますよ!」
カノンピンクにそう言われ、カノンレッドは小さくだが、しっかりと頷いた。
もはや躊躇っている場合ではない。今の自分達に残された道はこれしかないのなら。失敗を恐れていては何も出来ないのだ。
「やるよ、カノンレンジャーボール!」
カノンレッドのその声に、さっと他の4人が散った。
「カノンレンジャーボール、セット! 真琴さんっ!」
カノンピンクが何処からともなく取り出したボールをカノンイエローに向かってサーブした。
「りょーかい、名雪っ!」
飛んできたボールを上手くレシーブするカノンイエロー。
「行くよ、舞さんっ!」
カノンイエローから渡されたボールをトスするカノンブルー。
大きく舞い上がったボールに向かってジャンプするカノンパープル。
「……あゆっ!」
舞い上がったボールをスパイクするカノンパープル。
一気に速度を増して地面に向かって落下するボールを見ながらダッシュするカノンレッド。
(ここで失敗したらいけない……絶対に……ここで失敗したら……絶対に……)
何となく脳裏に浮かんだのは無茶苦茶怒った顔の留美であった。
(絶対に七瀬さんに殺される……!!)
マスクの中で涙目になりながらボールの落下地点に向かうカノンレッド。と、その時、足下に転がっていた小さな瓦礫に彼女は思いきり蹴躓いた。
「え?」
「あ……」
一瞬世界が止まる。
あまりと言えばあまりものお約束的展開に呆然となる4人。果たして誰がこうなることを予測し得たであろうか。いや、きっと誰も予測出来なかったに違いない。勿論、当の本人でさえも。
だが、幸運の女神はこのドジな少女に味方したらしい。
小さな瓦礫に蹴躓いたカノンレッドの身体はそのまま一回転し、振り上がった踵が落下してきたボールを見事に直撃、その軌道を替え、更に勢いを増してドルパオレに向かっていく。
物凄い勢いで飛んでくるボールをドルパオレはかわすことは出来なかった。元々装甲の厚みやら何やらで鈍重なドルパオレである。カノンレンジャーボールを始めた時から彼女たちの動きにもついていけなかったのだ。かわせる道理がない。
5人のエネルギーを集めたカノンレンジャーボールが光を放ちドルパオレを直撃、次の瞬間大爆発が起こった。
「うぐぅ……」
綺麗にひっくり返り、尻餅をついていたカノンレッドの前でドルパオレが、遂に爆発する。
「……やった?」
はっきり言って何が起こったか全く理解出来ていないカノンレッドの元に他の4人が駆け寄ってきた。
「やったね、あゆちゃん!」
「あゆさん、ナイスです!」
そう言って飛びついてくるカノンブルーとカノンピンク。
「そこで決めてもらわなくっちゃ困るわよね」
言いながらカノンイエローがカノンレッドの背中をバンと叩く。
カノンパープルは無言でカノンレッドの頭を撫でていた。

「……フッ」
自らの部下がやられたと言うのにもかかわらずクイーバは平然と勝利したカノンレンジャーを見下ろしていた。
「なかなか面白い連中だ……今のが偶然のよる勝利なのか実力なのかは解らないが……少しは楽しませて貰えそうだ」
そう呟くとクイーバはその場から姿を消した。
後に残されたのは踏み消された葉巻だけ。

必殺技カノンレンジャーボールを何とか成功させ、強敵ドルパオレを撃退することに成功したカノンレンジャー。
気の所為か街の被害が物凄いことになっているようだが、勝ったから良しとするべきか。
これでいいのかどうかは激しく疑問の余地があるのだが、とりあえず今日も世界の平和は守られた……んだと思う。
おそらく次回の課題は出動に至るまでの時間に違いないぞ、カノンレンジャー。
頑張れ、カノンレンジャー。

This Story Is End.
To Be Continued Next Story.


後書き
作者D「何つーか物凄く久々ですね、カノンレンジャー」
かおりん「全く見事なまでにね」
作者D「その割には意外と書き上がったのは早かったんですよ。ここ最近にしては」
かおりん「で、例によってUPするまでに時間がかかった、と」
作者D「一応普通の労働者ですから」
かおりん「その正体は只のオタクだけどね」

かおりん「ちょっと聞いておきたいことがあるんだけど?」
作者D「なんでせうか?」
かおりん「そこはかとなく、栞が邪悪なんだけど?」
作者D「そう言う設定なので」
かおりん「…………ほう?」
作者D「カノンレンジャーは役立たずリーダーのあゆ、居眠りファイターの名雪、運動神経のみの真琴、まともっぽく見えるだけの舞ねーさん、そして自称頭脳労働担当の栞という編成でお送り致しております」
かおりん「………気のせいか名雪だけ優遇されてないかしら?」
作者D「気のせいでしょう……他のと比べて彼女の扱いは本編中では物凄く小さいですから。このカノンレンジャーははっきり言って現時点ではあゆ、真琴、栞の3人が物凄く動かし易いのです!」
かおりん「だから自然とこの3人のキャラがどんどん壊れていく、と?」
作者D「そのとーりっ!!」
かおりん「いばるないばるな」

作者D「さて次回はっ!」
かおりん「次回……あるの?」
作者D「ネタはありますよ。ようやっとスーパー戦隊らしくなるんです」
かおりん「ああ、定番のあれが始まるのね、遂に」
作者D「そーゆー事です!では次回をお楽しみにっ!」
かおりん「本当に楽しみにしていいものかしらね……」

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