<7年前>
 まだ雪の残る、夕焼けの街。
 街路樹の植えられた遊歩道のようなところを一人の男の子が走っている。その後ろにはおそらく同じぐらいの歳であろう女の子が男の子を必死に追いかけていた。なかなか追いつけていないのだが。
 更にその少し後ろ、走る男の子と女の子の背中を微笑ましそうに見ている女性が一人。女の子をそのまま大人にすればきっとこう言う美人になるだろう。それもそのはず、女の子の母親なのだから。
「待ってよ〜。早いよ〜」
 女の子が前を走る男の子の背中に向かって呼びかける。
 その声に男の子は振り返るとちょっとだけムッとしたような顔を女の子に向けた。
「何言ってんだよ。お前が遅いんだろ。早く来いよ!」
 それだけ言うと男の子がまた走り出した。
 女の子は一瞬泣き出しそうな顔になるが、すぐに男の子に追いつこうとスピードを上げる。
 そんな二人の様子をやっぱり女性は微笑ましげに見つめていた。
 何気ない夕暮れ時の平和な一時。それを打ち破るような異変が起きたのはまさにその時だった。夕陽が沈む西の空とは逆、東の空に太陽のように輝く何かが現れたのだ。
「何だ?」
 その眩い光に気付いた男の子が足を止めて振り返る。同じように女の子、次いで女性も足を止めて光の方を振り返った。
「何だろう、あれ?」
 男の子が光を指差して言う。
「でも綺麗……」
 うっとりとした声で女の子が光を見ながら呟いた。
 女性は初めは女の子と同じような感想を持っていたが、すぐに違和感を感じ、顔をしかめた。違和感の正体が何かは掴めない。だが、何故かここにいては危険だと思ってしまう。
「名雪、祐一君、行きましょう」
 そう言って二人の子供を急かして歩き出そうとした瞬間、東の空に浮かんでいた光が膨れあがった。続けて眩い閃光が周囲を包み込む。
「二人とも、伏せてっ!」
 女性の叫びもまたその光の中へと包み込まれていく。
 余りにも眩いその光の中、女性は子供達に向かって手を伸ばそうとするのだが、その子供達が何処にいるのかすらわからない。必死に名前を呼び、手を伸ばしても何の反応も返ってこない。それどころか、女性も自らの姿すら光の中に見失ってしまうのだった。

 一体どれだけの時間が経ったのか。
 女性が意識を取り戻して一番初めに気付いたのは自分が地面に倒れていると言うことだった。身体中のあちこちがひどく痛む。まるであちこち叩きつけられたかのように。それでも動けない程ではないので、痛みを堪えて身体を起こして、周囲を見回してみた。そして愕然となる。
 彼女の周囲は等しく廃墟のようになってしまっていたのだ。一定間隔で並んでいた街路樹は全てなぎ倒れており、遊歩道のあちこちに小さな地割れが走っている。更に周囲にあったはずの建物も一部が崩れていたり、中から火が噴きだしていたりする。
 まるで自分が気を失っている間に何処か戦火の絶えない街へと放り込まれたかのようだ。しかし、ここがつい先ほどまで子供達と共に歩いていた場所だと言うことはわかっていた。
「……名雪? 祐一君?」
 しばし呆然としてから、女性は一緒にいたはずの子供達がいなくなっていることに気付いた。周囲を見回してみても何処にも子供達が倒れている様子はない。
 痛みを堪えながらゆっくりと立ち上がり、女性はフラフラと歩き出した。
「名雪?」
 まるで周りには誰もいないかのように静まりかえっている中、女性の声だけが小さく響き渡る。他に聞こえてくるのは時折吹く風の音だけ。
「祐一君?」
 何処からも声は帰ってこない。
 少しの間子供達の名前を呼びながら歩いていた女性だが、足下の地割れに足を引っかけて転んでしまう。起き上がろうとするのだが、手には力が入らなかった。
 周囲の惨状を見るに、どうやら助かったのは自分だけのようだ。一緒にいたはずの子供達はその姿すら残すことなく消え去ってしまったのだろう。運良く自分は生き残ってしまったのだが、果たして本当に運良くなのか。むしろ生き残ってしまった方が運が悪かったと言うべきではないか。
 愛すべき子供達を突然失い、女性が声もなく泣き始める。
 そんな彼女の前に何かが現れた。
 女性が顔を上げると、そこにあるのが光だと言うことがわかる。光の粒子を周囲に撒き散らしながらその光は泣いている女性の方へと近付いてきた。
 何故かはわからない。何となくだが優しげな感じを受けるその光を女性はじっと見つめ続けるのであった。

 それから7年の歳月が流れ、物語は始まる――。

奇跡神世Gカノン
MISSION:01世界が燃える日

 太平洋上にあるとある小さな島。
 上空から見れば単なる無人島に見えるのだが、近寄ってみれば実際にはそれは巧みに偽装されたものでありほとんどが人工のものであると言うことがわかる。もっともその島の周囲は切り立った崖に覆われ、海からその島に入ることは不可能だったが。
 更に偽装されている木々の間には対空砲が所狭しと設置されており、空からの侵入者に対する防御も完璧となっていた。そして、それらに守られるような形で滑走路が建設されている。
 その滑走路上には今何機もの巨大な輸送機が止まっており、離陸の時を今か今かと待っていた。
 まるで要塞のようなその島の内部もまた高度に機械化された要塞そのものとなっている。その内部にある広い一室。大ホールとも言うべきその室内には黒光りする仮面を付けた大勢の兵士達が所狭しと、だが整然と並んでいた。その数は数千、数万にも及ぶだろうか。
「時は来た!」
 突然響き渡る声。
 兵士達が並んでいる前方、そこに壇があり白髪を撫で付けた初老の男が立っている。そこで彼は右拳を固く握りしめ、それを振り回しながら居並ぶ兵士達に熱弁を振るっていた。
「地球一の頭脳を誇るこの私を追放した愚か者どもに目にもの見せる為ここに雌伏して数年! 復讐の時は来たのだ!!」
 そう言いながらドンと前にある壇を叩く。
「もはやこの地球を愚かな者どもに任せてはおれん! 今すぐにでも我らストーンブリッジがこの腐敗し、爛れきった世界を浄化しなければならん!」
 熱く、情熱的に初老の男の叫びは続く。
「この世界全てを地獄の業火により浄化した後、この私が世界を統率する! 来るべき戦いの正規の為に! さぁ、行くがいい! 戦いの時は来た! この世界を浄化してくるのだ! 我が愛すべき地獄の使者達よ!」
 初老の男の言葉を受け、数万にも及ぶ兵士達が一斉に動き出した。その動きには一つの澱みもなく、一つの乱れもない。完璧なまでに統率されている。
 それもそのはず、動き出した兵士達の中に人間は一人もいないのだから。そこにいたのは全てロボット兵。人工知能にプログラムされた通りに動く人造の兵隊達。
 完璧に統制された動きで大ホールから出ていくロボット兵達を見下ろしながら初老の男は口元を歪め、壮絶な笑みを浮かべる。
「フフフ……見ているがいい、愚か者共め……」
 それから少しして、この島の滑走路で出撃の時を待っていた巨大輸送機が次々と飛び立っていくのだった。

 西暦20XX年12月24日。
 突如世界中の大都市の上空に飛来した巨大輸送機、そこから次々と降下してきた巨大ロボット兵器によってそれらの大都市は戦火に包まれた。あまりにも突然のことにまともに対処出来た軍隊はほとんどなく、罪のない一般市民達は逃げまどうばかり。
 その後遅まきながらも出動した各国軍隊だが、その攻撃は謎のロボット兵器には一切通用せず逆に壊滅させられて犠牲者を増やすだけであった。
 大都市を壊滅せしめた謎のロボット兵器軍団はその魔の手を大都市から近隣の都市へと広げていく。戦渦はあっという間に世界中に広がったのだ。
 それは悪夢のクリスマスイブ。破壊と混沌、血に飢えた悪魔からのクリスマスプレゼントだったのか。
 この悪夢が実はたった一人の男の妄執によって引き起こされたなどと考える者は世界中誰一人としていないだろう。しかしながらこの日の来ることを薄々ながらも予測し、それに対抗するべく密かに力を蓄えていた者達がいたのだ。

 巨大なモニターに映し出されているのは世界地図。そのあちこちが赤い色になっており、それは既に世界地図の約60%を占めている。
「宣戦布告も無しで初めてたった12時間でこの成果か」
 じっとモニターを見つめている男が小さく呟いた。
「そろそろ動きがあってもいい頃だとは思わないか?」
「そうですね。宣戦布告……と言うのも今更ですし、ここはやっぱり勝利宣言の方かしら?」
 男の少し後ろにいて、同じようにモニターを見つめている女性が男の質問にそう答える。
 女性の言葉を聞いて男は薄く口元に笑みを浮かべた。どうやら男も女性と同じことを考えていたらしい。
「かも知れないね。あの人ならやりそうなことだ。元々顕示欲の強い人だったし」
 それだけ言って男は女性の方をチラリと振り返った。
 女性はただ小さく頷いただけで、その視線はモニターに向けられたままだ。いつ何が起こってもいいように、と言うことなのだろう。
「総司令、衛星回線をジャック、世界中に映像を流している者がいるようです。モニターに出しますか?」
 同じ室内にいて、巨大モニターの少し下にあるコンソールの前に座っていたオペレーターの一人が二人の方を振り返って尋ねた。
「ああ、出してくれ」
 少しも考えることなく”総司令”と呼ばれた男が即答する。するとこちらの方を向いていたオペレーターはコクリと頷き、すぐさま衛星回線に接続した。
 世界地図を写しだしていたモニターの端に小さくウィンドウが開き、それがすぐに大きくなって一人の初老の男の姿が大きくそこに映し出された。
『だからこそ! 我らストーンブリッジがこの世界を正しい方向へと導くのだ!! 繰り返す!』
 モニターに映し出された初老の男の顔を見て総司令と呼ばれた男が苦笑を浮かべる。やはり彼だったか、想像通りだな、と言う風に。それから肩を竦めて後ろに立っている女性を振り返った。
「やはり彼でしたね」
 モニターの中で熱く何かを語っている初老の男を背にしながら男は女性に声をかけた。
「やれやれ、死んではいないだろうとは思っていましたが、まさかこんな大それたことをしでかしてくれるとは。油断ならない人ですね、相変わらず」
「むしろ私が気になるのはあの人のバックに誰が、いえ、どんな企業が、どんな組織が、どんな国がいるのか、の方です」
 女性は少し眉を寄せながら、しかし冷静な声でそう返す。
「あの人が機関を放逐されたのが確か5年前。あれから今までの間にあれだけの戦力を整えるにはかなりの資金や協力者が必要なはずです。やはり何らかの組織なり国家なりがあの人のバックに付いているものと考えた方が」
 更に言葉を続けようとする女性を男は手で制した。それから再びモニターの方へと向き直る。モニターの中では未だに初老の男の熱弁が続いていた。
「まぁまぁ、その詮索はその辺にしておこうじゃないか。今はあの人を一体どうするべきか、だよ、水瀬君」
 再び女性の方を振り返って男は言う。その顔にはもう苦笑は浮かんでいない。あるのは冷徹な戦略家の顔だ。
「いずれにしろあの人の最終的な目標はここのはず。その時が決戦の時です」
 水瀬君と呼ばれた女性は男に負けないくらい真剣な表情を浮かべて、モニターの中で自分たちの正当性を熱く語っている狂気の色に彩られた瞳の初老の男を見つめている。
『我らはストーンブリッジ! この欺瞞と腐敗に満ちた世界を破壊し、新たな秩序に満ちた世界へと導く者!』
 初老の男が拳を振り上げ、熱弁を振るっている。先ほどから何度も同じ映像が繰り返し流れていることからリアルタイムでの映像ではないことがわかる。おそらくは先に撮影しておいたものを流しているのだろう。何とも用意周到なことだ。
『今、この世界は汚れきっておる! 真の天才を理解せず、愚か者がこの世の舵を取り、いずれ来るであろう終末へと直走っている!』
「……相変わらず元気な人ですね」
 モニターの中の初老の男を少し馬鹿にしたような、それでいて何処か懐かしむように男は見ながら呟いた。
『我らはそのような愚か者をこの地上から一掃し、来るべき新たな世界、新たな秩序を作るべく今のこの腐り果てた文明を徹底的に破壊することを宣言する! この放送を見ている多くの者は知るまい! この地球が決して平穏ではないと言うことを! 宇宙からの侵略の脅威にさらされていると言うことを! 今のままではその侵略者に対抗することなど不可能!』
「やれやれ、何を言い出すのやら」
 初老の男の宣言を聞き、またも苦笑を浮かべる男。
「しかし……この様な形で知らせてしまってもいいのでしょうか?」
 オペレーターの一人が振り返ってそう尋ねてくる。どうやら彼女、モニターの中で熱弁を振るっている初老の男の言うことが一般市民にどう言う影響を与えるか心配しているようだ。
「何、こんな荒唐無稽なことを信じる奴なんか誰もいないさ。この老人の言っていることはただの妄言だ、妄想の戯言だって勝手に思ってくれるさ。まぁ、一部の人間を除いて、だけどね」
「しかしそれもあの人を倒すことが出来れば、の話です」
 オペレーターを安心させるように少し砕けた口調で言う男に、女性が真剣な表情のまま横から口を挟む。
「もしあの人のシナリオ通りに事が運べばこの放送で言っていることが真実であると」
「ストップ、ストップだよ、水瀬君」
 再び女性の言葉を手で制する男。ちょっと困ったような顔を彼女に見せ、更に肩を竦めてみせる。
「水瀬君、君はまさかあの人を止めることが不可能だなんて思っているんじゃないだろうね?」
「あら、物事に100%はあり得ませんわ、橘総司令」
 そう言って女性――水瀬秋子は微笑むのだった。

 同じ頃、太平洋上にある無人島に見せかけた要塞島。世界中へロボット兵器軍団を搭載した巨大輸送機を差し向け、更に衛星回線をジャックして全世界へと向けた映像を流し、そこで熱弁を振るっていた初老の男の本拠地。
 その奥深くで初老の男はまるで王座のような大きな椅子に座り、次々に入ってくる、自らが差し向けたロボット兵器軍団の戦果報告を聞いていた。
『ヨーロッパ方面の制圧状況60%を突破』
『西アジア地区、今だ抵抗頑強』
『アフリカ方面、防衛軍の戦力、ほぼ壊滅』
『南米方面、抵抗勢力壊滅』
『オセアニア地区、防衛軍戦力による抵抗、未だ継続中』
 複数のモニターからもたらされる報告を聞きながら初老の男はニヤリと笑う。
 全てはシナリオ通りに進んでいる。この調子で行けば後一日二日もあれば世界は、地球はこの手のものとなるだろう。まだ防衛軍が抵抗を続けているところもあるがそれも時間の問題だ。今の防衛軍の戦力であのロボット兵器軍団を倒せるはずがない。
 かつて数多くの者が目指し、だが決して叶うことの無かった世界征服の野望が後少しで達成出来る。そう思うと興奮が止まらなかった。
「フフフ……後少し、後少しだ……」
 そう呟いてから初老の男は立ち上がった。
「各国政府に通達せよ。我らストーンブリッジに降伏するならばよし。抵抗を続けるならば徹底的に破壊し尽くすとな!」
 初老の男のその言葉をすかさずコンピュータが世界各地の政府へと向けて発信する。世界中のありとあらゆる政府の持つコンピュータには既にハッキング済みだ。この通信を聞けないはずはない。
「出でよ、聖四天王!」
 続けてそう言うと、初老の男の前に四つの影がすっと現れた。
「大元帥ハーニバル!」
「大将軍ジャオム!」
「大参謀アラニド!」
「大神官クウシン!」
 それぞれがそう名乗り、すぐさま初老の男の前に跪く。その姿は彼が世界中へと送り出したロボット兵とは明らかに違っていた。身体のあちこちをメカニックが覆っているが、その顔は人間のものだ。
 ハーニバルはアフリカ系を思わせる黒人強面の大男。
 ジャオムは神経質っぽい白人男。
 アラニドはサドっ気を漂わせた美女。
 クウシンはアジア系の物静かそうな男。
 初老の男はその四人を見回すと満足げに頷いてみせた。この四人こそ初老の男がもっとも信頼する部下。その名を聖四天王。それぞれが専用の巨大戦闘メカを持ち、その戦闘能力はそれぞれ一機だけで世界中を蹂躙している戦闘ロボット兵器軍団をはるかに越える。
「行くがいい、聖四天王! 我が慈悲の降伏勧告を無視した者どもにその愚かさを思い知らせてやれ! お前達の、我らストーンブリッジの恐ろしさを見せつけてやるのだ!」
 右腕を突き出すように伸ばし、初老の男が目前に控えている聖四天王に命令を下す。
 先ほど世界中の政府にコンピューターネットワークを通じて送りつけた降伏勧告。しかし、それを受け入れず抵抗を続ける国もあるだろう。そう言った愚かな国に対しては他の国に対する見せしめの為にも徹底的に破壊し尽くしてしまわなければならない。更に今までの戦闘ロボット兵器軍団を越える戦闘能力を持つ聖四天王の専用巨大戦闘メカを送り込むことによって、相手に更なる恐怖と絶望を植え付けるのだ。もはや自分たちに反抗する気力すら起こさせない為に。
 そして、初老の男の命令を遂行する為に聖四天王が現れた時と同じようにさっと姿を消していく。それから少しして要塞島の上部が開き、四つの巨大なメカが姿を現した。これこそが聖四天王が操る専用巨大戦闘メカ。一体は翼竜を思わせるフォルムを持ち、別の一体は巨大な首長竜のような姿、更に別の一体は他の二体に負けぬ大きさの爆撃機のような姿、残る一体は他の三体よりもやや小型の全身鋭角的な人型ロボット。そのどれもが世界中で暴れ回っている戦闘ロボット兵器よりも大きい。
 四体の巨大戦闘メカは発進すると、一旦島の上空まで上昇し、そこから四方向へと飛び散っていった。世界中に恐怖と災厄をばらまくべく。
 そして、その様子をモニターで見ながら初老の男は改めて叫ぶのだった。
「さぁ、愚かなる世界よ! この私の前にひれ伏すがいい!!」

 量産型戦闘ロボット兵器の軍団により炎に包まれる街。
 各国の軍隊が必死の抵抗を試みるも次々と撃墜されると言う事実。
 そこに突きつけられる謎の組織「ストーンブリッジ」からの降伏勧告。
 その降伏勧告を蹴った者に与えられるのは徹底的な破壊。
 たった一人の男の野望、その為に世界が掌握されようとしている。

 モニター上に映し出されている世界地図の色がどんどん塗り替えられていく。元々は緑色だったのが、今はその8割方が赤く染められていた。そして今も赤い部分は着実に増えている。
「凄いねぇ……たった24時間でここまでやれるなんて。流石はあの人だってところかな?」
 感心したような声で男はモニター上の世界地図を見ながら言う。
 この男の名は橘 敬介。先ほど”総司令”と呼ばれていた男だ。見た目は若く、まだ40才にもなっていないだろう。ぴっちりと着こなしているこの組織の青と黒を基調とした制服に対して少しおどけたような口調、そして顔に浮かんでいる笑み。世界中が一人の男の手によって征服されつつあると言うのに、何処か余裕があるように見える。
「さて、そろそろこっちに目が向いてもいい頃合いだけど」
 モニター上の世界地図でもう赤くない部分はそれほど残っていなかった。未だ抵抗を続けているところもあるのだろうが、その趨勢はほぼ決していると言えよう。
 しかし、まだ赤く染まっていない部分に日本列島があった。世界中の大都市の上空に突然飛来し戦闘ロボット兵器軍団を降下させた巨大輸送機だが、何故か日本列島の各都市の上空には現れていなかったのだ。まるで最後のお楽しみと言うかのように、日本を除く世界各国の大都市からその攻撃は始められていたのだ。そして今、遂に敵の魔手は最後に残る日本へと向けられようとしていた。
「まさかとは思うけど忘れてるってことはないよね?」
「他のことはあってもここだけは絶対に忘れないと思いますよ、あの人なら」
 そう言ったのは橘のやや後方に控えて、彼と同じように赤く染まりつつあるモニター状の世界地図を見つめている女性だった。
 女性の名は水瀬秋子。やや青みがかった長い髪の毛を三つ編みにして肩から胸の方へと垂らしている落ち着いた印象の美女。見た目はまだ若そうだが実年齢は橘より少し上、しかし年齢をまったく感じさせない美貌の持ち主で、この組織では橘に次ぐ”副司令”の立場にいる。
「それと先ほどから財団のお偉方やら政府の重鎮の方々から文句と抗議の電話が鳴りっぱなしですよ。早く何とかしろとか研究の成果を見せろとか。このままだとここの電話回線がパンクしますよ」
 秋子がそう言うのを聞いた橘は彼女の方を振り返って苦笑を浮かべ肩を竦めてみせた。
「やれやれ、まったく何もわかっていないお偉方程手に負えないものはないね。我々が研究しているのは秘中の秘、人類最後の希望と言っても何ら差し支えないものだって言うのに。そう簡単にそれを出すわけには行かないってことがどうしてわからないのかねぇ」
 呆れたように言う橘。
「それにしても電話回線とはまた……」
 今度はからかうような笑みを秋子に向け、橘がそう言うと彼女は少し照れたように、だがすぐにちょっとムッとしたような表情を浮かべ、彼を見返した。
「すいませんね、古い人間で」
「ああ、いや、そう言うわけではないんだけど……」
「それはさておいて、あの方々の気持ちもわからないでもありませんよ。世界が征服されたらあの方々の立場はかなり危険ですからね」
 少し慌てた様子の橘に対して秋子は苦笑を見せつつ言う。
 橘は一旦咳払いしてからまたモニターの方へと向き直った。
「自分たちの都合だけで人類最後の希望を勝手に持ち出さないで貰いたいものなんだけどねぇ。まぁ、いいさ。どのみち、矛先がこっちに向けられるのも時間の問題だろうしね」
 もはやどうでもいいと言う感じで橘がそう言った直後、オペレーターの一人が何かを発見し、慌てた様子で総司令と副指令の二人を振り返った。
「レーダーに反応! 巨大な飛行物体が多数この島に接近中です!」
 オペレーターの慌てた声を聞いた橘はニヤリと笑みを浮かべてから秋子の方を向く。
「ほら来た」
 ニッコリと笑ってそう言う橘に秋子はただ苦笑を返すだけだ。それを見た橘は満足げに頷くと、またモニターの方へと顔を向ける。
 モニターには先ほど報告のあった巨大な飛行物体――世界中の大都市に戦闘ロボット兵器軍団を輸送した巨大輸送機が複数、接近しているのが映し出されている。
 それを見ながら橘は小さく呟くのだった。
「それじゃ、お手並み拝見と参りますかね、石橋先生?」

 本州最北端と北海道との間、津軽海峡のまっただ中にある人工島、鍵島。
 波荒く寒さ厳しいこの島では数年前から何らかの国際的な研究機関が設置され、雪の降りしきる中、その研究が続けられている。どう言うスタッフがその島にいて、どう言った研究が為されているのかは全て部外秘とされ、その詳細は一切不明。しかしながらその設立には日本政府だけではなく国連も関わっており、更にバックには「財団」と呼ばれる巨大な資本力を擁する組織がついていると言うことが知られている程度。
 今、その島へと「ストーンブリッジ」と名乗る謎の侵略者の尖兵が迫っていた。巨大な輸送機の内部に量産型の戦闘ロボット兵器を大量に詰め込み、この島にある研究機関を一気に殲滅せんとばかりに。

 鍵島上空を複数の巨大輸送機が飛び交っている。
 その内の一機、その中から初老の男がじっと地上に見える研究施設を何処か感慨深げな表情を浮かべて見下ろしていた。
 かつては自分もこの島の研究施設で研究員の一人として働いていたのだ。その時はかなりの地位にいたのだが、ある一件で他の研究員達と衝突、結果彼がその研究機関から放逐されてしまった。彼自身は未だに自分の方が正しいのだと信じている。あの時自分を放逐した連中は自分を理解出来なかった愚か者だと断じているのだ。だからこそこの島を破壊するのは一番最後、詰めの段階にした。恐怖と絶望を存分に与えた上で殲滅する。自分の才能を理解しなかった奴らにはそれが相応しい。
「忌まわしき過去の象徴、炎となりてこの世の露と消え去るがいい……攻撃開始!!」
 初老の男の命令を受け、巨大輸送機から次々と戦闘ロボットが降下していく。その数はかなりのもので、地上から見ればまるで空を埋め尽くす程に見えただろう。
 次々と島の沿岸部に着地する戦闘ロボット兵器軍団。手に専用のマシンガンやバズーカを持ち、研究施設へと向けて攻撃を開始する。更に巨大輸送機の方からも爆雷が投下され、地上にあった施設が次々と吹っ飛ばされていく。
 元々人工島である為にそれほど大きくはない鍵島だ。地上にあるのは研究施設とそこで働く研究員やその家族の為の宿舎などだけであり、後はカモフラージュの為に木々が植えられている程度。今、その全てが吹き飛ばされ、炎に包まれていく。
 その様子を見下ろしながら初老の男は感慨深げに呟いた。
「何と……何とあっけないことか」
 燃え上がる島を見下ろしている彼の頬を一筋の涙が伝う。
「これが……これが長きに渡り私を苦しめ続けていたというのか……」
 ほとんど抵抗らしい抵抗も見せず、ただ一方的に蹂躙されている鍵島。そこで何が研究されているかを知っている身としてはもう少し抵抗があってしかるべきだと思っていたのだが、実際には何ともあっけない最後だ。少し拍子抜けしたと言ってもいい。
 だが、ほんの一瞬、立ち上る黒煙が風に払われた時、彼は思わず目を大きく見開いていた。まるで何か信じられないものを見たかのように。
「な、何と!?」
 眼下には黒煙立ち上る鍵島が見えている。未だに攻撃は続けられ、もはや見る影もない程だ。しかし、その中に彼は見た。研究施設のあった場所の真下に閉じられた鋼鉄のシャッターを。まるでそこの地下に何かあると言わんばかりに鋼鉄のシャッターは閉じられ、先ほどまでの攻撃を受けて尚、傷一つ無い。
「ま、まさか……」
 思わず初老の男は身を乗り出していた。何か非常に嫌な予感がする。絶対的に優勢なはずなのに、このままでは危険だと頭の何処かで警鐘が鳴っている。
「こ、攻撃中止!」
 慌ててそう命じると鍵島に降り立った戦闘ロボット達が一斉に動きを止めた。巨大輸送機も爆雷の投下を中断する。
「むむむ……」
 じっと鍵島を見下ろす初老の男。立ち上る黒煙が吹き渡る風に払われ、徐々に島がどう言う状態になっているのかが見えてきた。そこに見えた光景に初老の男の顔が怒りのあまり真っ赤になる。
「や、やはり……おのれ、謀ったな、橘っ!!」
 怒りのあまり初老の男が怒鳴り声を上げた。

 決して初老の男の血を吐くような憎しみの籠もった叫びが聞こえていたわけではないのだろうが、その名を呼ばれた男――橘 敬介は腰に手を当てながらニヤリと笑いながら、巨大輸送機が映し出されているモニターを眺めていた。
「石橋先生、我々があなたのいなくなった後の時間をただ無為に過ごしていたわけではないと言うことを今こそお見せ致しましょう」
 橘はそれだけ言うとやや後ろに控えている秋子を振り返る。彼女に対して何やら裏のありそうな笑みを向け、それから大きく頷いてみせた。
 秋子も頷き返し、さっとこの室内にいる全ての人員を見回した。
 誰もが秋子の方を注目している。それぞれ緊張したような面持ちで、秋子の次の発言を待っているようだ。
「これよりこの鍵島の全ての封印を解除します」
 その発言に皆がより一層緊張感を強めた。鍵島の封印を解除すると言うことは、もはや二度と戻れぬ道を歩き始めることと同意。ここから先は覚悟を決めてかからなければならない。
「オペレーションG、発動!」
 秋子が高らかにそう宣言すると、この室内にいた者が皆一斉に動き始めた。自らがやるべきことを的確に、且つ迅速にこなしていく。
 それと同時に今まで薄暗かったこの部屋の照明がつき、この部屋が戦闘指揮室だと言うことが判明する。
 更に島の上部、固く閉ざされていた鋼鉄のシャッターがゆっくりと開いていき、その下から極秘裏に建造されていた秘密基地がせり上がっていく。その周囲にはバリア発生システムと地対空ミサイルなどを装備した武装コンテナや対空砲などがその偽装を解いて姿を見せていた。
 その全容は要塞、戦闘を考慮して建造された堅牢な要塞そのものだ。
 これこそが人類最後の希望、「奇跡創生機関KEY」の本拠地なのである。

 鍵島の地上に姿を見せた要塞を見た初老の男の怒りはもはや頂点に達していた。今まで懸命に攻撃していたのはこの島にあった研究施設を葬る為であったのだが、これではまるで奴らの為に島の上部を掃除してやったかのようではないか。馬鹿にするのにも程があるというものだ。
「おのれ……許さんぞ、橘! やれ! 完膚無きまでに破壊するのだ! この世に奴らの痕跡を一つたりとも残してはならん!!」
 怒りにかられ、もはや狂気の域に達しながら初老の男は命令を下す。
 もはやこの島にある全てのものを破壊し尽くすまで初老の男の怒りは収まらないだろう。いや、もう狂気に囚われてしまっているのだ、その程度で収まるかどうかも怪しい。
 かつて自分を裏切り、そして自分を必要とせず、否定したこの世界への怨念が彼をここまで狂わせてしまったのか。止める者も誰一人としておらず、その狂気はもはや留まるところを知らない。
 狂気と怨念に凝り固まった男の命令を受け、戦闘ロボット、巨大輸送機からの攻撃が再開された。

「バリアシステム作動!」
「バリア、展開完了!」
 オペレーター達が大きい声で報告しながらキーボードを次々と操作している。モニターにはバリアに覆われた基地が映し出されている。初めて稼働させたバリアシステムは順調に稼働しているようだ。戦闘ロボットによる攻撃も巨大輸送機からの爆雷攻撃も全てバリアが防ぎ、基地には一つの被害も及ばない。
「流石だねぇ……さて、一方的にやられてばっかりと言うのも芸がないことだし、そろそろ反撃と参りますかね」
 激しい攻撃を受けてもまるでびくともしないバリアを頼もしげに見ながら橘はニヤリと笑って秋子の方を振り返った。
 彼は奇跡創生機関KEYの総司令という立場にあるが、この鍵島基地の指揮権は副司令である秋子にある。総司令であっても基地司令である彼女を差し置いて勝手に命令を下すわけには行かないのだ。
「戦闘システム起動! Gナンバーズ、出撃準備急げ!」
 一度橘に向かって小さく頷いてから秋子が大声で命令する。
 その命令を受けてオペレーターが攻撃システムを順次起動させていった。武装コンテナが開き、中から次々とミサイルが発射されていく。続けて対空砲が火を噴き、上空の巨大輸送機への攻撃を開始する。
 しかしながら敵側の戦闘ロボットの数の方が圧倒的に上であり、武装コンテナや対空砲をフル稼働させていても戦力不足は否めない。だが、それを知りながらも戦闘司令室にいる者は誰一人として慌てている様子はない。むしろそれが当然であるという感じだ。まるでこれだけがここの戦力ではないと言わんばかりに。

 丁度その頃、基地の最下層にあるドックへと向かう通路をパイロットスーツを着た一人の少年が走っていた。その少し後ろを彼と同じくらいの年齢の少女が追いかけるように走っている。彼女は少年と違って奇跡創生機関KEYの制服を着ていた。
「初めての実戦で緊張していると思いますがあなたならきっと大丈夫です」
 前を走る少年の背中に向かって声をかける少女。
 彼女の名は倉田佐祐理。奇跡創生機関KEYのオペレーターの一人でこの鍵島基地では秋子に次ぐ地位にいる。
「訓練通りやれば何の問題もありません。では頑張ってください」
 佐祐理がそう言うが、彼女の少し前を走っている少年は何も答えない。別段彼女を無視しているというわけでもなく、ましてや緊張のあまり喋れなくなっているというわけでもない。ただ彼は極度の集中状態にあった。
 人間、極度に集中すると周囲の音などがまるで聞こえなくなると言う。まさに今、彼はその状態にある。彼の頭の中にあるのはこれからの戦闘のことだけ。もう既に彼の頭の中は戦闘態勢に入っているのだ。
 彼がそう言う状態にあると言うことは佐祐理もわかっていたので、返事など何の反応もなくても特に気分を害するようなことはない。そして地下ドックへと通じるドアの前まで来ると彼女は足を止め、中に入っていく少年の背中に向かって敬礼して見送るのだった。
 地下ドックの入り口の前まで来て少年は足を止めた。そこに佐祐理と同じくKEYの制服を着た少女が、不安げな表情を浮かべて立っていたからだ。
 少女は少年の方を向いて、何か声をかけようと口を開きかけるのだが、結局何も言わずにその口を閉ざしてしまう。言いたいことがあるのだが、上手くまとまらず結局は口に出すことが出来ない。それが悲しいのか悔しいのか、それはわからないがとにかく少女はその場から逃げるように走り出した。
「……待てよ、名雪」
 走り出した少女の背に少年が声をかける。
 その声に足を止め、少女は振り返った。するとつい先ほどまで険しい表情を浮かべていた少年が彼女の方へと優しげな、彼女を安心させるような笑顔を浮かべているのが見えた。
「大丈夫だ。俺たちは必ず勝つ。何てったってこの日の為に選ばれて、鍛え抜かれた精鋭中の精鋭だぜ」
「……そうだね。うん、頑張ってね、祐一」
 自分を安心させるように言った少年に頷き、少女はそう返した。
 精一杯の笑顔を見せて彼を送り出す。必ず勝ってここに戻ってくると信じて。少女に出来ることはそれだけだ。
「ああ、任せろ」
 少年はそう答えると少女をその場に残し、一人ドックの中へと入っていった。そこで彼が来るのを待っていた機体のコックピットへと滑り込む。シートの上に置いてあったヘルメットを被りながら素早く機体のチェックを行う。発進準備は既に完了しており、出撃命令があればいつでも発進出来るようになっていた。
 その間にコックピットハッチが閉じられ、コックピットブロックの周囲がモニターとなって外側が映し出された。そこにいくつもの小型のウィンドウが開き、様々な情報が表示されていく。
「システムオールグリーン。いつでも出撃可能」
 全てのモニターに目を走らせ、少年はそう呟く。と、まるでそれを待っていたかのように新たにサブモニターが開いた。そこに映し出されているのは副司令である秋子の顔。
『皆さん、準備の方はよろしいですか?』
 それに対して少年は無言で頷いてみせた。秋子のいる戦闘指揮室にも彼の様子はモニターされているはずだ。だから口で答えなくても大丈夫なはず。
『こっちは準備OKです』
『俺の方もOKだ』
 更にサブモニターが二つ開き、そこに少年と同じパイロットスーツにヘルメットを被った少女と少年の姿が映し出された。少年の違うのはパイロットスーツやヘルメットの色合いだけ。少年のものが青を基調としているのに対し、モニターに映る少女のものは赤、もう一人の少年は黄色を基調としている。
『随分と遅かったじゃないか、相沢』
『何処で油売っていたの?』
 モニターの中の二人がからかうように笑みを浮かべながらそう言ってくるが、少年は何も答えない。いや、実際には何か答える前に割り込みが入った為なのだが。
『私語はその辺で。あなた達がやるべきことは一つです。敵の殲滅。よろしいですね?』
 秋子がそう言うのに対し、三人が揃って頷いた。
「了承、です」
 少年だけそう言ってニヤリと笑う。

 それを聞いて秋子は大きく頷くと、大きい声で命令を下した。
「Gナンバーズ、出撃!」
 その声を受けて、地下ドックから三機の戦闘機が発進していく。地下の秘密通路を抜けて海中へと続くハッチから海中へと出て、そこから一気に浮上し海面を割って空へと飛び出していく。
「香里は島の南側、北川は東、俺は西側を担当する。一番早く終わった奴が残る北側、いいか?」
『それじゃ北側は北川君に任せましょうか』
『おう、名前の通りな……っておい!』
「それじゃ行くぜ!」
 モニター越しに軽口を叩き合い、三機の戦闘機がそれぞれ島の西、東、そして南側へと物凄いスピードで別れていく。

 鍵島の東側に向かった戦闘機”Kグランダー”のパイロットは北川 潤。根が明るく、それでいて何処か飄々としているところもあるが、そう見えて格闘技においては天才的な技量を持っている。
「さぁ、行くぜぇっ!」
 Kグランダーが彼の叫びと共に一気に急降下し、戦闘ロボットに肉迫する。
「ウィングスラッシャー!!」
 潤の叫び声と共にKグランダーの翼が戦闘ロボットの胴を切り裂いた。
 まるで血を噴き出すかのように油を噴き出させながら倒れ、爆発する戦闘ロボットを尻目にKグランダーは次々とその翼で他の戦闘ロボット達の胴を切り裂いていく。Kグランダーが通り過ぎた後、一瞬遅れて次々と爆発する戦闘ロボット。
「おらおら! 邪魔だぜ!!」
 強気な潤の雄叫びと共にKグランダーがまだまだ数多くいる戦闘ロボットの群れの中へと突っ込んでいく。

 同じ頃、鍵島の南側ではそちら側に向かった戦闘機が銀色に光る何かを地上にいる戦闘ロボット達へと向けて降り注いでいた。充分その何かが戦闘ロボット達へと行き渡ったのを確認してからこの機体のパイロットを勤める少女はシートの脇のコンソールにあるキーボードに指を走らせる。
 するとその直後、地上にいた戦闘ロボット達が同士討ちを始めた。あるものは隣にいたものを殴り倒し、またあるものは側にいるものへと持っていたマシンガンを乱射する。
「悪いけどちょっと電子頭脳、いじくらせてもらったわよ」
 次々と破壊されていく戦闘ロボットを見下ろしながら少女は微笑む。
 彼女の名は美坂香里。コンピューター電子戦のスペシャリスト。所謂クールビューティな彼女だが、多少人を食ったところがある少女でもある。
 そんな彼女の乗る機体は”Kマリーン”。彼女の能力に合わせて電子戦用の装備の為された機体である。

 そして残る一機が向かった鍵島の西側。
 そこへと到達した戦闘機は機体の先端部からレーザー機銃を放ち、次々と戦闘ロボットを撃破していっている。更に機体の下部に設置されたビームキャノンも使い、どんどん戦闘ロボットの数を減らしていっていた。
 その射撃は正確無比、一発の無駄弾も使用せず、確実に戦闘ロボットを破壊している。それを為しているのはこの機体のパイロットの脅威的な集中力によるものだ。射撃に関するセンスもかなりのものを持っているのだが、それを越える集中力が的確に敵戦闘ロボットの脆い部分、いわば弱点となっている部分を見抜き、そこへとレーザー機銃やビームキャノンを命中させている。
「……そこっ!」
 彼の声と共に発射されたビームキャノンがまた一機の戦闘ロボットを貫き、爆発させた。
 この脅威的集中力の持ち主の名は相沢祐一。彼が操る機体の名は”Kフレイム”。その名の通り火力重視の機体である。

 鍵島近くの海中から現れた三機の戦闘機、それによって島の西、東、そして南側に展開していた戦闘ロボットが次々と撃破されていくのを巨大輸送機の中から初老の男は怒りに肩を震わせながら見つめていた。
「おのれ、橘……まさかあれを完成させていたとは……」
 片方の眉毛をピクピクと小刻みに震えさせながら、初老の男は呟く。目の前にあるモニターには次々と戦闘ロボットを撃破している三機の戦闘機が映し出されていた。そのモニターを見つめる初老の男の目は先ほどまで以上に怒りに燃えていた。
「だが所詮は戦闘機……戦闘機風情がたった三機だけでこの儂の戦闘ロボット達を倒せるとでも思ったか!」
 しかし、そうは言ってみたものの初老の男の胸の中には言いようのない不安がわき起こっていた。
 このモニターに映っている戦闘機の設計などには自分も関わっている。もし、あの時計算しただけのスペックをこの戦闘機達が持っていたならば、地上にいる量産型の戦闘ロボット兵器などではとてもではないが太刀打ち不可能だろう。それだけの力をあの戦闘機は持っているはずなのだ。
 それだけではない。あの戦闘機には更なる秘密がある。自分がいた頃には成し得なかったあの機能がもし完成していたなら、これの十倍の戦力を持ってしてもこの鍵島を攻略することは不可能だろう。
「……この儂抜きであれが完成したとは思えんが……聖四天王を呼べ!」
 次々と破壊され、数を着々と減らしていく戦闘ロボット兵器を見ながら初老の男が怒鳴った。世界中に散らばっている聖四天王だが、自分が呼べば直ちに集まってくる。あの三機の戦闘機を破壊する為には量産型戦闘ロボット兵器などではダメだ。あれを越える戦闘能力を持つ聖四天王を投入するしかない。
「聖四天王が来るまで持たせるのだ! あ奴らにこれ以上好きにはさせんぞ!」
 もはや地上にいる戦闘ロボット兵器達は自分を守る盾にしかならない。聖四天王がこの島に辿り着きさえすれば戦況は一気に逆転出来る。また一機、また一機と撃破されていく戦闘ロボット兵器を見ながら初老の男は歯をギリギリと噛み締めるのだった。

 戦闘指揮室のモニターで三機の戦闘機が次々と敵戦闘ロボットを撃破していくのを見ていた橘はその戦果に満足げに頷いていた。
「流石はGナンバーズ、見事なものだね」
「この程度は十分予想出来た範囲ですよ、総司令。Gナンバーズの力があの程度ではないと言うことはあなたもよくご存じでしょう?」
 彼と同じようにモニターを見ながらそう言ったのは勿論秋子だ。
 それを聞いてニヤリと笑う橘。彼女に言われるまでもない。何しろGナンバーズの開発には彼も深く関わっているのだから。Gナンバーズと呼ばれる戦闘機に秘められている力は彼自身もよく知っているのだ。
「しかし問題はこのままでは終わらないだろう、と言うことです。あの人がどう言った反撃の手段を用意しているかわかりませんし」
 少しだけ眉を寄せて言う秋子に橘は笑みを浮かべながら答える。
「それはそうだろうがね。しかしGナンバーズに勝てるはずがない。何せ最強無敵の決戦兵器だからね」
 余程Gナンバーズの秘めている力に自信があるのだろう。橘が浮かべている笑みはまさしく余裕の笑みだ。どんな敵が来ようと必ず勝てる。そう言う余裕に満ちている。
 と、その時、一人のオペレーターが振り返って大声を上げた。
「この島に超高速で接近する物体を発見! その数、四つ!」
「どうやら本命のご到着のようだ」
 オペレーターの報告を聞いて少し楽しそうに橘が言った。まるで新しいおもちゃを前にした子供のように。
 橘の発言に頷きながら秋子は接近する物体をモニターに出すようにオペレーターに命じる。二人が前にしているモニターが切り替わり、中央に鍵島に上陸した戦闘ロボットを次々と撃破していく三機の戦闘機、その左右がそれぞれ上下に分割されて鍵島に接近中の四つの物体が映し出された。
 一つは海上すれすれを波しぶきを立てながら飛行する翼竜型。
 一つは雲の上を悠然と飛行する爆撃機型。
 一つは海面を割り裂きながら進む首長竜型。
 一つは海面を物凄い速さで走る人型。
「データ照合。ストーンブリッジなる組織による降伏勧告を無視、または徹底抗戦を訴えた国に出現し徹底的に破壊を繰り広げた巨大戦闘メカと一致しました!」
 別のオペレーターがそう報告するのを聞いて橘はゆっくりと頷いた。
「……確か……聖四天王……でしたっけ?」
 秋子の質問に橘は再び頷き、彼女の方を見る。
「石橋先生がここを放逐されてから作り上げたメカの中でも最高傑作なんだろうね」
 順番に接近する四つの巨大戦闘メカを見ながら呟く橘。
 そのどれもが今まで島に上陸してきた戦闘ロボットよりも巨大でより禍々しい。
「いくらGナンバーズと言ってもあのままじゃ少々荷が重くはないかな?」
 先ほどまでとは違って少し神妙な顔をしながら橘がそう言ったので秋子も表情を曇らせながら頷いた。
「ですが、まだあれはシミュレーションしか行っておりません。それでも成功率は約40%程です」
「40%ね……」
 秋子の発言を聞いて、橘も表情を曇らせるのだった。

 Kフレイム、Kマリーン、Kグランダーの三機がそれぞれの担当の方面にいた戦闘ロボットを全て破壊し終え、残る島の北側にやってきたのはほぼ同刻のこと。合流を果たした三機は今まで以上に激しい攻撃を仕掛けてくる戦闘ロボットをものともせずに次々と撃破していく。ものの五分もしないうちに鍵島に上陸した戦闘ロボットは全て破壊され尽くしてしまうのだった。
「……これで終わりか?」
 コックピット内のレーダーに敵の反応がないことを確認しながら呟いたのはKフレイムのパイロット、祐一だ。
 地上にいる戦闘ロボットは全滅したがまだ上空には戦闘ロボットを運んできた巨大輸送機が多数飛んでいる。爆撃機の役割も兼ねているあの巨大輸送機を全て撃墜して、初めて今回の任務が完了したと言えるのだ。
『後は上だけだな!』
 サブモニターが開き、ニヤリと笑みを浮かべたKグランダーのパイロット、潤の顔が映し出される。
『さっさと終わらせて飯でも食おうぜ』
『油断大敵よ、北川君』
 新たにサブモニターが開いて神妙な顔をしたKマリーンのパイロット、香里の顔が映し出された。彼女は潤とは違って何処までも真面目なところがある。
『上からの攻撃は止んでいるけど、弾切れだってことはないはずだわ』
「何か企んでいる可能性があるってことか」
 香里の言葉を引き受け、祐一は上を見上げる。
 空は島から立ち上った煙によって出来た黒雲に覆われ、巨大輸送機は更にその上を飛んでいるのかそこからは見えない。だが、レーダーにはその機影がいくつも映し出されている。攻撃をしてこないのはこちらを観察していたのか、それとも何かを待っているのか。
 おそらくはその両方だろうと祐一は見当をつけた。相手は一日半で世界の大半を破壊し、支配下におこうとした程の敵だ。その戦力がこの程度のはずがない。
『皆さん、間もなく敵の新たな戦力がこの島に到達します』
 三つ目のサブモニターが開き、戦闘指揮室にいる秋子の顔が映し出された。彼女がいつになく険しい表情を浮かべていることから、これから現れる敵は今まで以上の強敵だと言うことが想像出来た。
「おそらくそれが本命だな」
 静かに呟く祐一。
『なぁに、どんな奴が来たってこの俺がちょちょいのちょいって感じでやってやるさ!』
 根拠不明の自信たっぷりに言う潤。
『馬鹿言ってんじゃないわよ。さっきまで相手にしていたのとは違うんだから、油断していたらやられるのはこっちよ』
 少し呆れ顔の香里。
『奴らが島に到達するまで後十五秒!』
 オペレーターの何処か必死の声が聞こえてくる。
 おそらく予想されていた敵到達の時間よりも早くなっているのだろう。それだけ敵のスペックが凄いと言うことなのか。
『来ます!』
 オペレーターのその声に祐一達は海の方を見た。
 海上すれすれを、波を蹴立てながら翼竜のような姿の戦闘メカが一直線に鍵島に向かって飛んできている。その速度は確実に音速を超えており、島に近付くに連れ、その巨大さが目に見えてきた。そしてその翼竜型巨大メカはスピードをまったく落とさないまま、島の上空へと達し、Kフレイム、Kマリーン、Kグランダーの上を通り過ぎていった。その後に発生した衝撃波に為す術もなく吹っ飛ばされる三機。
「くうっ! あの巨体で何て速さだ!!」
 吹っ飛ばされ、危うく地面に激突しそうになるのを必死に回避し、体制を立て直しながら祐一は吐き捨てるように言った。
 彼らが乗るKフレイム、Kマリーン、Kグランダーの三機は従来の戦闘機をはるかに越える性能や速度を持っている。しかし、先ほど頭上を通り抜けた翼竜型の巨大メカはその三機をはるかに越える大きさでありながら三機のいずれよりも速いのだ。思わず祐一が毒づいたのも無理はないだろう。
『まだ来るわよ!』
 聞こえてきたのは香里の声。
 さっと振り返ると巨大な爆撃機がKフレイム、Kマリーン、Kグランダーに向かって突っ込んでくるのが見えた。
「散開して回避!」
 素早くそう言うのと同時に祐一はKフレイムを上昇させる。他の二機も各々左右に散り、突っ込んできた爆撃機をかわしていた。
「この野郎!」
 Kフレイムを急速反転させ、爆撃機の後方に回るとレーザー機銃を放つ。続けてビームキャノンでの攻撃も加えていくが爆撃機はびくともしない。
「チィッ!」
『相沢君、深追いしたらダメよ!』
 更なる攻撃を加えようとしていた祐一だが、香里にそう言われて追撃を諦めた。と、その目の前で爆撃機が急上昇する。
(何だ……?)
 訝しげな顔を彼が浮かべた瞬間、目の前の海面を割って巨大な首長竜型メカが姿を現す。
「うおおっ!」
 慌てて首長竜型メカをかわすKフレイム。だが、その前にやたらと鋭角的な人型ロボットが出現し、Kフレイムに向かって叩き落とそうとばかりに両腕を振り下ろしてくる。
「くそっ!」
 流石にもうダメかと祐一が諦めかけた時、Kフレイムと鋭角的ロボットとの間にKグランダーが突っ込んできた。数多くの戦闘ロボットを真っ二つにしてきたその翼で鋭角的ロボットが振り下ろそうとしている腕を弾き飛ばす。その間にKフレイムは横へと離脱した。
「助かったぜ、北川」
『貸し一つな、相沢』
 サブモニターの中に潤に対して祐一は苦笑を浮かべてみせ、それからすぐに大真面目な表情に戻る。
「こいつらが奴らの大本命か」
 三機の戦闘機、Gナンバーズと対峙する四体の巨大メカ。どれも先ほどまで鍵島の上で猛威を振るっていた戦闘ロボットよりも遙かに巨大で、遙かに禍々しいフォルムを持っている。それらを睨み付けながら祐一が静かに呟いた。

 巨大輸送機の中からようやく現れた四つの巨大戦闘メカの姿を見た初老の男の顔に笑みが浮かぶ。
「来たか、聖四天王よ……お前達の前に敵はない! さぁ、奴らに見せてやるのだ! 地獄の業火を!!」
 大きく手を広げ、初老の男が眼下の光景を見ながら宣言するのであった。

 初老の男がそう宣言していたのとまったく同じ頃、戦闘指揮室の中では橘が勢揃いした巨大戦闘メカを見て思わず口笛を鳴らしていた。
「総司令」
 咎め立てるように秋子がそう言い、彼を睨み付ける。
 流石に自分でも不謹慎だと気付いたのか、橘は苦笑をしつつ肩を竦めた。
「ああ、これは失礼。さて、これで役者は勢揃いと言うところだけど、ここからどうするかな?」
 言いながら秋子の方を見る橘。まだまだ余裕のありそうな口振りだ。出撃中のGナンバーズ三機よりも遙かに巨大な敵の戦闘メカを見てもまるで動じた様子がない。
 そんな彼に対して秋子は少し思案げな表情を浮かべている。敵巨大戦闘メカとGナンバーズとの戦力差を考えているかのようだ。
「……今のままで戦えば勝ち目は低いですね。ここは危険かも知れませんがあれに懸けてみるしかないと思います」
 秋子の発言を聞いた橘が大きく頷き、ほぼ同時にオペレーターの一人が二人を振り返りながら立ち上がった。この鍵島基地のナンバー2格でオペレーター達のリーダーである佐祐理だ。彼女は不安そうな顔をして総司令と副司令の二人を見て口を開く。
「危険です! あれの成功率はシミュレーションでも40%がやっとなんです! それに実機ではまだ一度も!」
「だ、そうだよ、水瀬君?」
 何故か楽しそうな顔をして橘がそう言い、秋子の方を窺った。
「確率なんか目安に過ぎません。それに彼らは本番でこそやってくれると信じています」
 真っ直ぐモニターを見つめたまま秋子はそう言い、それから佐祐理の顔を厳しい目で見つめる。これ以上の反論は許さない、と言う感じでじっと佐祐理を睨み付けている。
「まぁ、足りない分は勇気とか根性とかそう言ったもので補ってもらおうじゃないか。彼らならやってくれる。そう信じよう」
 少し険悪な空気が流れたところを、まるでそれを押し流すようにわざとらしい程陽気に橘はそう言い、それから秋子の肩を叩いた。
「任せたよ、副司令」
 秋子は頷くと一歩前に出た。それから未だにこちらを見つめている佐祐理の方に向き直る。
「……倉田さん、例のプロテクトを全て解除。GナンバーズにフォーメーションKの発動承認を伝えてください」
「しかし!」
「これは命令です」
 まだ不服そうな佐祐理に対し、秋子はぴしゃりと言い放った。しかし、すぐに温和な表情を浮かべて佐祐理の側へと歩み寄ってくる。そして彼女の肩に手を置いた。
「彼らのことを心配してくれるのはとてもありがたいことだし、あなたの気持ちもよくわかります。ですが、今やらなければやられるのは彼らであり、私たちです。彼らを信じましょう」
「……わかりました」
 決して全てを納得したわけではないのだろうが、それでも佐祐理はそう言って頷き、またオペレーターズシートに腰を下ろした。そしてすぐさま他のオペレーター達に命令を伝えていく。
「Kフレイム、Kマリーン、Kグランダーの各プロテクト解除!」
「了解!」
「フォーメーションKのプログラムダウンロード! 各パイロットに発動承認を伝えてください!」
「了解です!」
 それぞれの機体をモニターしているオペレーターが佐祐理の命令にすぐさま応じて、キーボードを叩いていく。Gナンバーズの各機体に施されているプロテクトが解除され、続けてフォーメーションKのためのプログラムが転送されていった。

 空からは翼竜型戦闘メカと巨大爆撃機、地上からは鋭角的な人型ロボット、更に海からは首長竜型戦闘メカと四体の猛攻撃をかいくぐりながらGナンバーズの戦闘機のパイロット達はコックピット内に新たに開いたサブモニターを見て、緊張に包まれた表情を浮かべていた。それぞれが乗る機体に施されているプロテクトが解除され、新たなプログラムが送られてきたのだ。それが何を意味するのかわからない三人ではない。
「……このまま奴らの攻撃から逃げ回っていても仕方ないな」
「こっちの攻撃が通じない以上、やるしか手はないってことね」
「へっ、まともに成功したことないってのによくやらせるぜ」
 三人がそれぞれの機体のコックピット内で呟く。
 今まで何度も、それこそ百回以上もシミュレーションをしてきたが成功したのは四割程度。決して高い成功率とは言えない上に実際の機体に乗ってやったことは一度もない。まさしくぶっつけ本番だ。失敗すれば待っているのは死、やらなくても待っているのは死。それならば。
「……やるしかないってことだ! 行くぞ、香里! 北川!」
 始めに覚悟を決めたのは祐一だ。口元に壮絶な笑みを浮かべて、ニヤリと笑いながらサブモニターに映る仲間の顔を見る。
「一か八かってのはあまり好きじゃないけど……仕方ないわね」
 何処かシニカルな笑みを浮かべながら香里が同意する。
「よっしゃ! 俺たちが本番に強いってことを証明してやろうぜ!」
 パチンと拳をもう片方の手に叩きつけながら潤が言った。
 どうやら三人とも覚悟を決めたようだ。するとそれに合わせるかのようにコックピットの床から新たなコンソールが起き上がってきた。そこには一本の鍵と鍵穴がある。三人はその鍵を手に取ると、素早く鍵穴に差し込んだ。するとコックピットの中が眩い光に包まれる。全てのモニターが光を発しているのだ。
「行くぞ、フォーメーションK! セットアップ!」
 光に包まれるコックピットの中で祐一が叫び、そして足下のペダルを思い切り踏み込んだ。同時にKフレイムのアフターバーナーが点火し、今まで以上にスピードを上げて急上昇していく。それを追いかけるようにKマリーン、更にその後をKグランダーが続く。
 そのコックピットの中では三人のパイロットが物凄い加速によるGに必死に耐えていた。何度となくシミュレーションで体験しているのだが、それでもこのGに耐えるのは難しい。それほどのGに耐えながら同時に機体の制御もしなければならず、そのあまりにも困難極まる作業の為にその成功率はどれだけ頑張っても40%を越えることがなかった。
 失敗すれば待っているのは確実な死。決して高いとは言えない成功率、更にこうやって本物に乗ってやるのは初めてのこと。それでも三人は不思議と落ち着いていた。その身にかかる物凄いGに耐えながらも、その顔にニヤリとした笑みが浮かんでいる。

 その一方で四体の敵巨大戦闘メカは一体何が始まるのかと興味でも抱いたのか、上昇していくGナンバーズの戦闘機をただ見ているだけだ。しかし、はるか上空、巨大輸送機の中にいた初老の男だけは表情を強張らせ、その身体を震えさせている。これから何が始まるのか、まるでそれを知っているかのように。
「ま、まさか……あのシステムまで完成させているというのか!? この私抜きで!?」
 信じられないと言う感じで初老の男は呟くのだった。

「行くぞぉっ! 合体! Gカノン、アサルトォッ!!」
 轟く祐一の叫び声と共にKフレイム、Kマリーン、Kグランダーの順番で三機の戦闘機が変形合体していく。Kグランダーが下半身に、Kマリーンが胴体とバックパックに、そしてKフレイムが上半身となり、最後にKフレイムの機首部分が頭部に変形して合体ロボット・Gカノンが完成した。
 これこそが奇跡創生機関KEYの秘密兵器であり、その研究の成果であり、そして人類の最後の希望であった。KEYの研究により開発された超エネルギー・キーエナジーを動力源とし、そのキーエナジーによって精製された超金属・ミラクリウム合金γでそのボディを作られたスーパーロボット。
 合体の成功率は40%程度しかなかったが、今、それを乗り越えて遂に合体を果たしたGカノンがバックパックからバーニヤの炎を上げつつ、地上へと降り立つ。
 それを見た四体の巨大戦闘メカの頭部がそれぞれ開き、中から四人の男女が姿を見せた。
「少しは手応えのありそうな奴だな。我が名は大元帥、ハーニバル! これは我が愛機、大海竜ヒュドラ!」
 巨大首長竜型戦闘メカの頭部に現れた黒人の大男がGカノンを見下ろしながらそう言う。
「我が名は大将軍ジャオム! これは我が愛機、大空竜ワイバーン! 貴様らを捻り潰してやる!」
 続けて巨大翼竜型戦闘メカの頭部に立つ白人男が叫ぶ。
「我が名は大参謀アラニド。これは我が愛機のファントム。楽しませて頂戴」
 そう言ったのはボンテージルックに身を包んだ妖艶な美女だ。彼女は巨大爆撃機の上に立っている。
「我が名は大神官クウシン。これは我が愛機、エイゲン。お主らを地獄へと導くもの」
 最後にそう言ったのは坊主頭の物静かそうな男だ。鋭角的な人型ロボットの手の上に立っている。
「我らは聖四天王! ストーンブリッジに逆らいし愚か者へ、その愚かさを教え地獄へと誘う者!」
「我らの前に敵はなく、我らが後に刃向かう者無し!」
「さぁ、見せて貰おうかしら、あなた達の力を」
「そして見せてやろう、我らの力を」
 四人が口々にそう言い、それぞれのメカの中へと戻っていく。
 それを見ながら祐一達はわざわざ姿を見せて名乗りを上げた聖四天王の圧倒的な自信の程を思い知らされ、黙り込んでいた。
 目の前にいる聖四天王のメカはGカノンよりも遙かに巨大である。内蔵されている兵器もGカノンを上回るだろう。
 だが、それでも不思議と負ける気はしなかった。初めて合体を成功させた高揚感もあるのかも知れない。不安があるとすればこのGカノンがちゃんと彼らの思う通りに動き、そのスペック通りの性能を発揮出来るかどうかだけだ。
「行くぞ、二人とも!」
 不安を振り切るように力強くそう言った祐一にサブモニターの中で香里、潤の二人が力強く頷き返す。

 先に動いたのは大将軍ジャオムの操る巨大翼竜型戦闘メカ、大空竜ワイバーンだった。一度大きくその翼をはためかせてからGカノンに向かって突っ込んでくる。
「G……ウイング!!」
 そう叫びながら祐一はGカノンをジャンプさせる。するとバックパックから翼が伸び、Gカノンが空へと舞い上がった。
 それを見たワイバーンが急上昇し、大きく口を開けながら上空のGカノンへと向かってきた。その口の中からミサイルが出現してGカノン目掛けて発射される。
「レーザーバルカンッ!!」
 Gカノンの頭部からレーザーが細かく発射される。その名の通りまるでバルカンのように。そしてそのレーザーはワイバーンの口から放たれたミサイルに命中し、ミサイルを爆発させる。
 ミサイルの爆発に思わず怯んでしまうワイバーン。先程放ったミサイルは核こそ搭載していないが威力はそれに類する程のものだ。今までこのミサイルで何度となく敵を葬ってきた大将軍ジャオムだが、流石に目の前でその威力の程を確かめたことなど一度もない。それが目の前で爆発したのだ。その衝撃と閃光に思わず怯んでしまっても仕方ないだろう。
『ぬううっ!!』
 大将軍ジャオムの呻く声が聞こえてくる。
 Gカノンはそんなことをお構いなしとばかりに物凄いスピードでワイバーンに向かっていった。その頭部を思い切り殴りつけ、更に背中側に回っていく。
「G……マグナムッ!!」
 祐一がそう叫ぶと同時にGカノンの両脇からリボルバー型の銃が飛び出してくる。それを手にしたGカノンがすぐに引き金を引いた。Gマグナムと呼ばれる銃から発射されたのは高密度に圧縮されたエネルギー弾。そのエネルギー弾がワイバーンの背中の装甲を易々と貫いていく。
『ぬおおっ!?』
 背中のあちこちで小さな爆発を起こし、地上へと落下していくワイバーン。だが、何度か翼をはためかせて再度浮上し、何とか地面に激突することだけは回避する。
『おのれ……許さんぞ、貴様らぁっ!!』
 怒りに燃える大将軍ジャオムの声が響き渡り、ワイバーンがGカノンに向かって物凄い速さで突っ込んでいく。その速さは先程とは比べものにならない。
 大将軍ジャオムの怒りを身に纏い突っ込んでくるワイバーンを見ながら、それでも祐一はまだ冷静だった。慎重に突っ込んでくるワイバーンに狙いをつけ、引き金を引く。
 Gマグナムからエネルギー弾が発射され、ワイバーンに直撃するがそれでもワイバーンは止まらない。一直線にGカノンに向かってくる。
『相沢君、Gマグナムじゃダメだわ!』
『もっとでかいのぶつけてやらないとな』
 コックピットの中の祐一の左右にサブモニターが開き、香里、潤が口々に言う。
「……OK、それじゃ一発でかいのをお見舞いしてやるか」
 そう言って祐一はニヤリと笑う。
 突っ込んでくるワイバーンをかわしつつ、Gカノンは手に持ったGマグナムを収納した。そして両手を胸の前で合わせる。その手をゆっくりと開いていくと、手と手の間に幾筋ものスパークが走った。
 その間にワイバーンは大きく円軌道を描きながら再度Gカノンに向かって突進し始めていた。今度は先程とは違い、上から下へと。その速さも先程以上だ。自分ごと体当たりしてでもGカノンを葬ろうというつもりのようだ。
 再び突っ込んでくるワイバーンを尻目にGカノンはその両手をゆっくりと頭上に掲げていた。手と手の間に走るスパークはその規模を大きくしており、そこに光球が生まれる。そしてゆっくりとその手と手の距離を開けていくと、光球が左右に伸ばされ、巨大な光の槍と化した。
「行くぜぇっ! Gスパークランサー!!」
 祐一のその叫び声と共にGカノンがその頭上に出来た巨大な光の槍を突っ込んでくるワイバーンに向かって放つ。
 光の槍は一直線に飛び、ワイバーンの口からその内部に入り、そのまま後方へと飛び抜けていった。
『な、何とぉっ!?』
 信じられないと言う感じの絶叫を上げる大将軍ジャオム。次の瞬間、ジャオムのいるコックピットが炎に包まれ、彼はその正体――人工皮膚が溶け落ち、その下から現れたのは機械で作られた顔だ。どうやら彼もロボットだったらしい――を晒していく。そして爆発。
 黒雲に覆われた空に大輪の花を咲かせ、大空竜ワイバーンは大将軍ジャオムごと爆散した。

 地上にてワイバーンとGカノンとの戦いを眺めていた残る三人の聖四天王、そしてはるか上空にて巨大輸送機の中から同じく戦闘状況を見下ろしていた初老の男はワイバーンがGカノンによって破壊されたことに驚愕の表情を一様に浮かべていた。
「おおお……」
 驚きのあまり声も出ないと言った感じの初老の男。
 しかし、そんな初老の男に対して聖四天王の残る三人の反応は冷淡なものであった。初めこそ驚いていたがワイバーンを撃破し、地上へと再び降りてきたGカノンを見るとそれぞれが闘争本能を燃やしたかのように前に出る。
『大将軍を倒した程度でいい気になるな』
『あいつは我らの中でも小物中の小物よ』
『次こそ真の地獄を貴様らに見せてくれる』
「うるせぇんだよ! ガタガタ言ってないでさっさとかかってきやがれ!!」
 聞こえてきた聖四天王の残り三人の声に思い切り怒鳴り返す祐一。先程ワイバーンを撃破したことによって、かなり強気になっている。決して油断しているわけではないが、それでも少し興奮気味なのは否めない。
『ならば次はこのクウシンがお相手しよう。もっとも』
 そう言って鋭角的な人型戦闘ロボット・エイゲンが前に出、その次の瞬間にはGカノンの目の前に現れていた。
「何っ!?」
『我がエイゲンの速さについてこれるのならばな!』
 瞬きする間もなく距離を詰めてきたエイゲンに驚いている間もなく吹っ飛ばされるGカノン。
 地響きを上げながら倒れるGカノンの前に、先程と同じくまるで瞬間移動したかのように現れ、そのとんがった手の先を突きつけるエイゲン。
『フフフ……この速さ、貴様では捉えることは出来まい』
 勝ち誇ったようにクウシンが言い放つ。
『相沢君、アサルトじゃあいつの速さに追いつけないわ! 私に代わって!』
「……わかった! ドッキングアウト!」
 サブモニター内の香里の意見に従って祐一はGカノンの合体を解除した。直ちに分離した三機の戦闘機がエイゲンの足下から脱して、空へと舞い上がる。
「合体! Gカノン、バスタァーッ!!」
 今度叫んだのは香里だった。それに合わせてKマリーン、Kグランダー、Kフレイムの順番で三機の戦闘機が変形合体していく。Kフレイムが下半身となり、Kグランダーが胴体とバックパック、そしてKマリーンが上半身となり、Kマリーンの機首部分が頭部に変形して新たなGカノンが誕生する。
 先程のGカノンはアサルトモード。空戦能力が高く、多彩な武器を使用して敵を倒す為のモードだ。
 それに対して今のGカノンはバスターモード。アサルトモードよりもやや華奢なシルエットを持つが、地上戦に対応しており、何と言ってもその特長は……。
『姿が変わったところで……!!』
 着地したGカノンバスターを見たエイゲンが再び動いた。かき消えるようにしてGカノンバスターの前に現れ、その手を突き出そうとするがGカノンバスターはそれよりも速くその場から後方へと移動していた。
『むうっ!』
 唸り声をあげるクウシン。今度こそとまたGカノンバスターの方へと移動するが、またGカノンバスターはエイゲンが現れるよりも速く、今度はその後方へと回り込んでいた。
「お生憎様。このGカノンバスターはあなたのロボットよりも速いのよ」
 そう言ってニヤリと笑う香里。
『むううっ! おのれぇっ!!』
 バックを取られたエイゲンが逃げるように駆け出すが、その後をぴったりと貼り付いたままGカノンバスターが追いかけていく。
 Gカノンバスター最大の特徴、それは地上における部類の速さだ。その機動性の高さは他の形態を上回り、地上においては他の追随を許さない速さを発揮する。そして今、それが遺憾なく発揮されているのだ。
 エイゲンがどれだけ動こうとGカノンバスターはまったく離されることなくついてくる。それはエイゲンを操るクウシンにとって想像を絶するプレッシャーを与えていた。
 今までその速さで敵の攻撃をかわし、反撃していたエイゲン。その速さに追いつけるものなどいなかったと言うのに、今、Gカノンバスターは易々とエイゲンの動きについてきている。
 エイゲンの出しているスピードはもう限界寸前だ。これ以上の速さを出すと機体がバラバラになりかねない。だが、それに対して合体ロボットであるはずのGカノンバスターはまだ全力を出していないように見える。
『香里、遊びすぎだぞ』
『まぁ、初めてだからはしゃぎたくなるのはわかるけどな』
 コックピットの中に開いたサブモニターの中、祐一と潤がニヤニヤ笑っている。そんな二人に香里はちょっとムッとしたような表情を返した。
「遊んでなんかいないわよ。バスターが何処までやれるか確認しているだけ」
 香里はそう言うと、Gカノンバスターの足を止め、エイゲンと距離を取った。二人の言葉に乗せられたわけではないが、そろそろ決着をつけるべきだろう。敵はまだまだいるのだから、こんなところで無駄にエネルギーと時間を使っている場合ではない。
「それじゃそろそろ決着をつけましょうか。Gドリル!!」
 Gカノンバスターの左腕、肘から先がドリル状に変形する。
 超金属ミラクリウム合金γは非常に硬い合金であると同時に超高性能な形状記憶合金でもある。合体時にもその性能が遺憾なく発揮されるが、この様にボディの一部を変形させて武器にすることも出来るのだ。
『おのれ……舐めるなっ!!』
 エイゲンがその尖った腕を突き出しながら突っ込んでくる。
 それを真っ向から迎え撃つようにGカノンバスターが左手のドリルを回転させながら飛び出していった。
 エイゲンの腕とGカノンバスターのドリルが激突し、火花を散らす。
「ドリル、プレッシャーッ!!」
 香里がそう叫ぶと同時にGカノンバスターの左腕のドリルの回転数が更に上がった。そのままエイゲンの腕を砕き、そのボディをも貫いていく。
『ま、まさか……このエイゲンが……』
 つい先程やられたジャオムと同じく、信じられないと言った口調でクウシンが呟く。エイゲンのコックピットはボディ中央にあったようで、そこにGカノンバスターのドリルの先端が貫いている。勿論そこにいたクウシンの身体諸共だ。バチバチと身体中から火花を飛ばしているクウシン、どうやら彼もロボットだったようだ。
 さっとエイゲンのボディを貫いたドリルを引き抜き、後方へと飛び下がるGカノンバスター。その目の前でエイゲンが爆発四散する。

 また一人仲間を失った聖四天王だが、それでも怯んだ様子はまるで見せていなかった。それどころか想像以上の強敵であるGカノンにより闘志を燃やしているようだ。
『次はこの大元帥ハーニバルが相手をしてやる!』
 そう言いながら大元帥ハーニバル操る大海竜ヒュドラが海から上がり、その巨大な足を振り上げ、Gカノンバスターを踏み潰そうと襲い掛かってきた。
『美坂、今度は俺の番だぜ!』
「はいはい、わかったわよ。ドッキングアウト!」
 やる気満々な潤に苦笑を返し、香里はGカノンバスターを分離させる。
 地響きを上げて振り下ろされたヒュドラの足をかわして三機の戦闘機が上昇していく。
「よっしゃぁ! 行くぜ、合体! Gカノン、クラッシャー!!」
 潤の叫び声が轟く。それに合わせてKグランダー、Kフレイム、Kマリーンの順で三機の戦闘機が変形合体する。Kマリーンが下半身、Kフレイムが胴体とバックパック、そしてKグランダーが上半身となり、Gカノンの第三形態がここに登場した。
 他の二形態と違って何処か無骨で少々ずんぐりとしたシルエットを持つGカノンクラッシャー。
『おのれ、小癪な!』
 ハーニバルの声が響き渡り、ヒュドラがGカノンクラッシャーを踏み潰そうと足を振り下ろした。
 ヒュドラは聖四天王の操るメカの中でも一番の巨体を誇っている。その分パワーも他のメカよりも上で、更にその重量は一番機動性の高いエイゲンの三倍近くになる。その為に機動性はかなり削られてしまっているが、その分防御力が非常に高い機体として仕上がっていた。
 そのヒュドラがGカノンクラッシャーをその巨体で踏み潰そうとしたのだ。通常ならばその場から逃げるなり何なりしただろう。だが、Gカノンクラッシャーはその場から動こうとはしなかった。それどころか両腕を上に挙げてヒュドラの足を受け止めようとしたのだ。
『愚かな! そのままスクラップにしてくれる!!』
 そのままGカノンクラッシャーを踏みつけるヒュドラ。しかし、どうしてもそれ以上足を降ろすことが出来ない。
『な、何ぃっ!?』
 驚きの声をあげるハーニバル。まさかこのヒュドラの踏みつけ攻撃を受け止めることが出来るとは思っていなかったらしい。
「はん、舐めんじゃねぇぞ! このGカノンクラッシャーのパワー……思い知れ!!」
 潤がそう言うと同時にGカノンクラッシャーがヒュドラの巨体を投げ飛ばした。
 Gカノンアサルト、Gカノンバスターと違ってこのGカノンクラッシャーは強大なパワーを誇る機体だ。実際のところ水中戦をもっとも得意としているのだが、そのパワーは地上でも遺憾なく発揮する。パワー主体の機体な為に機動性などは他の二体に劣るのだが、その分防御力は他の二体よりも上である。
 地響きを上げて地面に倒れるヒュドラ。その身体が巨大なだけに起き上がるのも苦労なようだ。このヒュドラは元々は水中戦用に開発されており、地上ではその巨体を上手く活用出来ないらしい。
 もっともそんなことは知る由もないGカノンクラッシャーは、倒れてじたばたと藻掻いているヒュドラの長い首を掴むとそのパワーを遺憾なく発揮して振り回し始めた。そして一気に海に向かって放り投げる。
 大きく波しぶきを立てながら海中に没したヒュドラを見てGカノンクラッシャーも海へと飛び込んだ。
 海中へと沈んでいくGカノンクラッシャー。先に没したはずのヒュドラの姿はない。
「何処に行きやがった、あのでか物?」
 さっと周囲を見回す潤。
『北川、後ろだ!』
 ぱっとサブモニターが展開し、その中の祐一が怒鳴った。その声に潤が振り返ろうとするが、それよりも先に物凄い衝撃がGカノンクラッシャーを襲う。
「うおおっ!」
『フハハハハ! 愚か者め! この大海竜ヒュドラに水中戦を挑むとはな!』
 聞こえてくる大元帥ハーニバルの笑い声。続けて再びGカノンクラッシャーを物凄い衝撃が襲った。
『自らの愚かさを噛み締めてこの海の藻屑となるがいい!』
 また聞こえてくるハーニバルの声に潤の苛立ちが募る。しかし、それでいて彼は水中を物凄い速さで突っ込んでくるヒュドラの姿をしっかりと見つけていた。
 水中戦用巨大戦闘メカ、ヒュドラはまさに水を得た魚の如く地上とは比べものにならない速さで海中を進み、Gカノンクラッシャーに体当たり攻撃を喰らわせていたのだ。だが、その姿を見つけた今、その攻撃を黙って喰らってやるほど潤は甘くはない。
「舐めんじゃねぇぞ、このネッシー野郎! このGカノンクラッシャー、水中戦だって負けやしねぇんだよ!!」
 潤がそう叫ぶと同時にGカノンクラッシャーが突っ込んできたヒュドラの頭部をかわし、その長い首を抱え込んだ。そしてそのまま海底へとヒュドラの巨体を投げ飛ばす。
 海底へと叩きつけられたヒュドラを追ってGカノンクラッシャーも海底へと降り立った。
「喰らいやがれ、Gミサイルッ!!」
 Gカノンクラッシャーの肩口が開き、そこからミサイルが発射される。
 そのミサイルが起きあがりかけていたヒュドラに命中し、ヒュドラがよろけて再び倒れてしまう。そこにGカノンクラッシャーが猛然と接近し、今度は尻尾を掴んで振り回し始めた。
「ウオオオオッ!!」
 雄叫びをあげながら潤は更に速くGカノンクラッシャーを回転させる。その影響で海上に渦が巻き、更にそれが天に向かって伸びていく。
「ウオオリャアッ!!」
 雄叫び一閃、Gカノンクラッシャーがヒュドラの巨体を上へと放り投げた。渦の中央から空へと向かってヒュドラの巨体が飛び出していく。更にそれを追いかけるようにGカノンクラッシャーも海中から飛び出してきた。
「必殺! Gクラッシュッ!!」
 Gカノンクラッシャーがその両拳を突き出し、重力に引かれて落下してきたヒュドラの胴体をぶち抜いた。分厚い装甲に守られていたはずのヒュドラの腹をGカノンクラッシャーは自らを弾丸にして貫いたのだ。
『このヒュドラが……負けただと……!?』
 呆然とハーニバルが呟き、その次の瞬間、ヒュドラが大爆発した。海上にその破片を散らばらせるヒュドラ。その中にハーニバルの首もあった。その首の裂け目からはバチバチと火花を散らせていることから、やはり彼もロボットであったと言うことがわかる。

 再び鍵島の上に降り立ったGカノンクラッシャーが残る大型爆撃機を見た。
「後はあれだけだな」
 ニヤリと笑う潤。もう負ける気はしない。何せ敵の最終兵器である聖四天王のうち三人までもこの手で倒したのだ。残る最後の一人に負ける要素など何処にもない。
『空中戦なら俺に任せろ』
 サブモニターの中で祐一が言う。
『スピードなら私にお任せよ、北川君』
 別のサブモニター内の香里がそう言ってウインクする。
「おいおい、もう少し俺に楽しませろよ」
 そう答えながらも潤の目は爆撃機の方に向けられたままだ。
 
 その一方で巨大輸送機内の初老の男はわなわなと全身を震わせていた。自分が開発した中でも最高傑作の聖四天王の戦用巨大戦闘メカがその内の三機までもがあっさりと破壊されてしまった。それもかつて自分が研究していたものの完成形に。
「おのれ……おのれおのれ……完成したと言うのか!? この儂抜きで!! Gナンバーズが完成したと言うのか、橘ぁっ!!」
 鍵島の地上、バリアに守られた基地の建物に向かって叫ぶ初老の男。
「ええい、一時退却だ! 体勢を立て直し、次こそ!!」
 怒りにかられても、まだ何処か冷静な部分が残っていたのだろう。このまま戦闘を続けてもこちらがやられるだけだという判断を下し、聖四天王の残る一人に撤退命令を出す。

 鍵島の空を覆う黒い雲の上、巨大輸送機が次々と何処かへ飛び去っていく。それをGカノンクラッシャーの中でパイロットの三人は戦闘指揮室からの通信で聞いていた。
「追いかけるか?」
 潤が仲間の二人にそう尋ねるとまた新たにサブモニターが開き、そこに戦闘指揮室にいるはずの秋子の顔が映し出された。
『深追いは禁物です。これ以上手を出してこないならば見逃しても構いません』
『しかし、このまま……』
 反論したのは祐一だ。
 このまま奴らをここで見逃してしまえばきっとまた戦力を整え直してこの島のみならず世界中を襲うに違いない。そのような暴挙を許さない為にもここで一気に叩きのめしておくべきだ。
 祐一が言いたいのはそう言うことなのだろうが、秋子は首を縦には振らなかった。
 その間に巨大輸送機の大多数は太平洋に向かって飛び去ってしまっており、聖四天王の残り一人、大参謀アラニドの操る巨大爆撃機ファントムがGカノンクラッシャーと対峙しているのみだった。
『……他の三人の敵討ちって訳じゃないけども……でもまぁ、総統が引けって言っているからね。あんたらの相手はまた今度ってことさ』
 アラニドがそう言うが早いか、巨大爆撃機ファントムは急上昇し、Gカノンクラッシャーへと向けて次々と爆弾を投下してきた。
「うおおっ!?」
 次々と周囲に落下し、爆発する爆弾に潤が慌てる。
『北川、ドッキングアウトだ! 分離してかわすぞ!』
「お、おう! ドッキングアウト!」
 Gカノンクラッシャーが三機の戦闘機に分離してその場から離脱した。そしてすかさずファントムへの攻撃を始めようとするが、その時にはもうファントムの姿はそこにはなくなっていた。どうやら爆弾を落として、三人の目をそちらへと引きつけているうちに鍵島から離脱していったらしい。
「……どうやら逃げられちまったようだな」
 もはや何処にも姿のない敵に、半ば呆れたようにそう漏らす潤。
「今から追いかけても無駄ね」
 少し安心したように言ったのは香里だ。これ以上の戦闘は秋子の命令にはんすることになる。それをしないでよくなったので安心しているのだろう。
「……Gナンバーズ、これより帰投します」
 やや不機嫌そうに祐一がそう言った。ここで一気に敵を殲滅出来なかったことがお気に召さないらしい。
 思い思いの三人を乗せた三機の戦闘機が鍵島基地の方へと戻っていく。

 戻ってくるGナンバーズを見ながら歓声を上げているオペレーター達。
 それを前にしながら、それでも橘と秋子の二人は苦々しげな表情を浮かべていた。実際のところ、彼らもこの場で敵ストーンブリッジの殲滅が出来なかったことを悔しく思っていたのだ。しかしながら初めての合体を成功させ、そして初めての戦闘をこなしたGカノンのことも気になる。あのまま敵を追わせてもしものことがあっては困るのだ。だからこそ、敵の殲滅を後回しにしてもGカノンのチェックを優先したのだ。
「……遂に始まったな」
「ええ、これからが本番です」
 静かに呟く橘とそれに答える秋子。
 戦いはまだ始まったばかりだ。今日の戦いがまだまだ前哨戦ですらないことをこの場ではこの二人だけが知っていた。

MISSION:01 OVER

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